自立活動 学習指導案 指導者 広島県立福山特別支援学校 指導教諭 1 日時・場所 川口 辰之進 平成25年10月15日(火) 第3校時 11:10~12:00 F棟2F 自立活動室 2 学部・学年 中学部 第○学年○組(Ⅲ類型,男子1名) 3 題材名 しっかり感じて,見てみよう 4 題材設定の理由 ○ 生徒観 本生徒は,脳性まひによる重度の肢体不自由と知的障害を併せ有しており,移動や食事をはじめ,日常生 活全般にわたって支援を必要とする。健康状態は安定しており,平成25年度1学期の病欠は1日であった。 未定頸なため,全身の筋緊張は低いように感じられるが,変動が大きく,基本的には体幹と四肢の痙性が高 い状態であることが多い。四肢に可動域制限があり,特に手指が拘縮し変形しているため,握る,持つといった 掌握機能の活用は困難である。昨年度,3学期中旬までは股関節脱臼による痛みのため,左側の下肢を動か すことが難しく,車椅子の乗車姿勢でも苦痛を訴えることが多かった。そのため,長期にわたって仰臥位姿勢 中心の生活となり,その間は側臥位や伏臥位等の姿勢変換も困難であった。幸い現在はその痛みは消失して おり,姿勢変換や下肢を他動的に動かしてリラクセーションを促すこと等が可能になっている。 日常生活における姿勢は,車椅子上でティルトの深い仰臥位を基本とし,床上ではクッション等でポジション を整えた仰臥位と側臥位の姿勢で過ごしている。時にはクッションチェアを活用し座位姿勢をとることもある。し かし未定頸なため,頸椎が屈曲することにより呼吸状態が悪化しやすく,また,逆に過伸展した状態となることも 多く,安定した頭部の保持が難しく,座位は短時間に終わっている。 呼吸や発声の状態は,頸部の角度の影響,下顎の後退や胸郭の運動制限等により,閉塞性,拘束性どちら の換気障害も呈している。そのため安定した深い呼吸は難しく,泣いたり笑ったりすることで声は出せるが,随 意性に乏しく,現在,声による応答は困難である。 覚醒レベルが低い状態にあることが多く,学校でも午前中は眠っていることが多い。日々の生活のリズムと体 調,服薬している薬の影響もあり,覚醒のレベルの向上又は維持が大きな課題となっている。 感覚認知に関しては基本的には聴覚,前庭覚優位の状態にある。視覚はワンテンポ遅れるが接近性瞬目 があり,ペンライトなどの発光刺激には声を出して喜ぶなど,光源には応答性が高い。現状では安定した注視 は難しいが,コントラストの強いものであれば,発光していなくても認知できており,提示物の移動に対して眼球 が追随する。これらのことから,提示するものの工夫と環境を整えることで,より多様な視覚情報を受容できる可 能性があると思われる。聴覚は,音刺激に対する好みがあり,特定の効果音を聴くことで,動きが止まることや, 声と共に笑顔を表出できるなど,比較的応答性が高い。 言語理解は判断が難しいが,耳元でやさしく語りかけられたり,笑い声が聞こえたりしてくると,表情が変化 することや,声を出して穏やかに笑うなどの様子がみられることがあり,人の声に対しては,単なる音刺激への 快反応とは異なった,聞こうという意欲を感じる。 前庭覚への刺激を与えやすいトランポリンやブランコによる揺れる活動,スクーターボードでの加速,減速を 好み,また様々な体性感覚(表在・深部)からも刺激を感じ取っているようである。刺激の受容に際しての様子 から,体性感覚については過敏な様子は見られず,むしろ鈍磨傾向にあるのではないかと推察される。快不快 の感覚は明確にあり,自分の感情を表情や声で表現する。身体の痛みや不快は泣いて訴え,不快な状態から から脱すると泣くことを止めるなど,覚醒時の感情表出の能力は高い。 これらのことから,安楽な状態であれば,言葉がけ,音楽や音,揺れなどを受容し,好みの快刺激に対して 笑顔と声で応答することができるため,自立活動の時間には,感覚への刺激入力を中心とした学習を継続的 に取り組んでいる。 1 ○ 題材観 自立活動の学習では,個々の教育的ニーズに応じて「自分のペースでがんばろう」という活動を通年で設定 し,基本的な行動を遂行するために必要な力の育成と,障害に起因する困難さを改善・克服する,という観点 で課題を設定し取り組んでいる。 本生徒の年間目標は,個別の指導計画に次のように記されている。 ○ 覚醒して活動する時間を増やす。 ○ 身体を動かして変形や拘縮を防ぐ。 ○ 声や表情などで,要求や意思を伝える。 生徒実態を踏まえ,設定した年間目標をもとに,本生徒の具体的な課題と学習内容を自立活動の各区分に 整理すると,次の表1のようになる。 表1 自立活動の各区分からの課題と学習内容の設定 区分 健康の 保持 心理的 な安定 項目 ○ 覚醒レベルの向上,維持 足湯,マッサージ,言葉が 生活習慣の形成 ○ 呼吸状態の改善 け,各種刺激体験 に関すること ○ 安定した呼吸状態の維持 姿勢保持,呼吸ケア ○ 安定した快反応を示す 快刺激(光,音,揺れ等) ○ 喜怒哀楽の感情を示す の受容,言葉がけ ○ 特定の指導者の働きかけに気付く 特定の指導者とのスキン ○ 特定の指導者の働きかけを楽しむ シップ,遊び,言葉がけ ○ 周囲の複数の人と関わる経験の増大,蓄 周囲とのスキンシップ,関 積 わり ○ 刺激に対して安定した注意反応を示す 様々な刺激の体験と受容 ○ 触覚刺激により快不快を感じる スクーターボード,ブラン ○ 前庭覚への刺激により快不快を感じる コ,回転盤,エアーマット, ○ 聴覚刺激に対して何らかの反応を示す 振動ベッド,トランポリン等 ○ 提示物を注視,追視する 音,声,音楽を聴く ○ 特定の人の声や音に気付く 光,模様を見る ○ 特定の人の声や音を楽しむ スキンシップ,言葉がけ ○ 様々なものを触って,その違いに気付く 触り比べ,見比べ,聴き比 ○ 様々なものを見て,その違いに気付く べ ○ 様々な音を聴いて,その違いに気付く (1)姿勢と運動・動 ○ 原始反射抑制姿位をとる 四肢屈曲位(ボールポジ 作の基本的技能 ○ 過剰(不適切)な筋緊張を緩める ション),側臥位,伏臥位 に関すること ○ 頭部を動かす(仰臥位,側臥位,伏臥位) 姿勢の保持 ○ 姿勢補助具を活用し,様々な臥位姿勢を マッサージ,ストレッチ 一定時間とる マット類を活用した姿勢の (1)情緒の安定に 関すること (1)他者とのかかわ 係の形 りの 基礎 に関 す ること (1 )保有する感覚 の活用に関する 環境の 把握 こと (5)認知や行動の 手掛かりとなる概 念の形成に関す ること 身体の 動き 学習内容 (1)生活のリズムや 人間関 成 課題 ( 2 ) 姿 勢 保 持 と運 動・動作の補助 的手段の活用に 保持 関すること ○ 人の働きかけを受けて表情や動きを表出 指導者とのスキンシップ, する 遊び,言葉がけ コミュニ (1)コミュニケーショ ケーショ ンの基礎的能力 ○ 何らかの期待反応を表出する 快刺激(光,音,揺れ等) に関すること ○ 何らかの手段で要求を伝える の受容,蓄積 ○ 声で要求を伝える ン 2 これらのことから,本題材は認知発達の初期段階にある生徒の状況をふまえて,覚醒レベルの向上と,呼吸 状態の改善をベースとして,様々な刺激を受容し,快経験として蓄積すること,これらの活動の繰り返しの中で 期待感をもつこと,そして提示物への注視で視覚的な認知力が向上することを目標とする題材としてふさわし いと考える。 本題材の具体的な活動内容は,足湯と呼吸ケアの後,ブランコ,回転盤,スクーターボードなどを活用した 前庭感覚への刺激を楽しむことで,働きかけを快として受容し,覚醒のレベルが向上した状態が維持できること をねらった前半部と,視覚,聴覚刺激から安定した注意反応を引き出すことをねらいとした後半部から成り立っ ている。 ○ 指導観 この題材の第1次の指導では,様々な感覚遊びを快として受容すること,そして特定の感覚遊びに対して, 安定した注意反応が生まれてくることを目標としている。 指導にあたっての留意点は,次のようなものが考えられる。 ○ 体調と覚醒レベルが,活動内容の選定に大きな影響を及ぼすことを踏まえる。 ○ 感覚を活用するため音や光などの周囲環境を整える。 ○ 操作や動きを伴う活動は,身体各部の可動域の制限を踏まえて行う。 ○ シンプルで違いの分かりやすい刺激や慣化・脱慣化を繰り返すことにより,働きかけの理解を促す。 ○ 快反応を高く評価し,さらに刺激を与え強化することで,一種の成功体験として味わわせる。 ○ 視覚を通じての認知を向上させる前段階として,見る体験を重視し,その面白さに気付かせる。 学習を始める際には,覚醒レベルによっては,前庭感覚への強い刺激を与えることが必要となるかもしれな い。ここでは眠っている理由を推察し,過度な刺激とならないように注意し,体調を考慮した適切な対応が必要 となる。「9 指導過程」の学習活動「2」では,足湯によって,温かいお湯の気持ち良さを味わい,全身の血液 循環が良好になることで,覚醒レベルの向上をねらっているため,足し湯をして温度を一定に保つようにする。 学習活動「3」では,まず閉塞性の換気障害への対処として,適切な姿勢保持に配慮し,本人の状態を確認す る。そして次に拘束性の換気障害への対処として,外部から胸郭の運動を補助する呼吸ケアを施す。表情と全 身状態を確認し,安楽な呼吸状態となるように指導していく。 学習活動「4」以降は,様々な感覚を受容する活動となるため,働きかけの場面では,表2のようにパターン 化した言葉がけを基本とし,生徒にとって流れが分かりやすく,予測しやすい活動となるように支援していく。表 2の「(3) 展開」で明らかな快反応が表出した場合は,刺激を繰り返し,反復による快刺激強化を行う。ただし 刺激は慣化しやすいので,刺激を強める,変える等の脱慣化を行い,できるだけ注意が長く継続できるように 支援する。 表2 刺激を与える際の生徒への働きかけの流れ 流れ 働きかけの内容 (1) 開始 「○○くん」と名前を呼ぶ (2) 導入 ○○○○するよ(感覚遊びの名称) (3) 展開 感覚遊びを体感させる (4) 終了 「おしまい」と語りかけ,刺激を止める 5 題材の目標 ○ 安定した注意反応を行うことができる。 「楽しいね」 と語りかける 「もう一回」 と語りかける ○ 視覚的な認知力を高めることができる。 ○ 期待反応を表すことができる。 3 6 指導計画[全75時間] 次 目標 時間数 ○ 働きかけを快として受容 第1次(本時10/25) 25時間 ○ 安定した注意反応 ○ 安定した注意反応 第2次 25時間 ○ 視覚的な認知力の向上 ○ 視覚的な認知力の向上 第3次 25時間 ○ 期待反応の表出 7 本時の目標 実態 ○ ○ 目標 午前中は覚醒レベルが低く, ○ 手立て 評価指標 覚醒レベルを高め ○ 足湯,感覚刺 ○ 覚醒し起きて 眠っていることが多い。 ることができる。 激 いる。 呼吸は浅く,声を出しにくい。 ○ 深く呼吸し,声を ○ 姿勢保持,呼 ○ 呼吸が深くな 出すことができ 吸ケア る。声が出てい る。 ○ トランポリンやブランコ,回 ○ る。 笑顔や声を表出す ○ 快刺激の受 ○ 笑顔や声を表 ることができる。 容 出している。 提示物に注視,追 ○ 光刺激,提示 ○ 提示物に注視, ラストの強いものへの反応が 視することができ 物の活用 追視している。 良い。 る。 笑顔や声を表出す ○ 音刺激の活 ○ 笑顔や声を表 ることができる。 用 出している。 転盤遊びなどの前庭感覚への 刺激を好む。 ○ ○ 光への応答性は高く,コント 音刺激に対しての反応が良 ○ ○ い。 8 準備物 クッションチェア,足湯バケツ,ライト3色,縞模様,渦巻き模様カード,サウンドマシーン,iPad,スピーカー, スクーターボード,大型ブランコ,回転盤,エアーマット,タイマー,評価票 感覚遊び評価票 遊 び 名 称 足 湯 呼 吸 ケ ア ブ ラ ン コ 回 転 盤 ス ボ ク ー ー ド タ ー 光 縞 ・ 渦 巻 き 模 様 声 音 振 動 ベ ッ ド 表情の変化 笑顔の表出 声の表出 ※ 「0」(全く無い), 「1」(わずかにある), 「2」(少しはある),「3」(十分にある),「4」(十分にあり継続する) とする。 4 9 指導過程 学習活動 指導上の留意点(□課題 ○ 支援 ☆評価) 1 はじめの挨拶をし,車椅 頭部の保持に注意し,不安を感じさせないように,ゆっくりと言葉がけを行 子から降りる。 い,抱きかかえられた座位姿勢をとらせる。 ○ 覚醒が低いようであれば刺激を与える。 (3分) ○ 表情に注意し,身体各部の状態を確認する。 2 足湯をする。 クッションチェアで座位をとる際には,脚の可動域が狭いため注意を要する。 ○ 驚愕させないため,足し湯をして湯音を上昇させる。 ○ 頭部の安定した保持を支援する。 表情を観察しながら言葉がけを行い,適宜足をストレッチする。覚醒を促す ため必要に応じて,身体各部への刺激(揺らし,くすぐり,タッピング)を与え る。 (10分) 覚醒レベルの向上 3 側臥位姿勢をとり,呼吸 姿勢補助具を活用し側臥位をとり,呼吸ケアを受ける。 ケアを受ける。 ☆覚醒レベルが向上したか。 ○ 表情に注意して言葉がけとともにゆっくりと行う。 ○ 大きな声が出せるように姿勢に配慮し支援する。 (5分) 呼吸状態の改善 4 前庭感覚への刺激を楽 ブランコ,回転盤,スクーターボードの順に活動する。スクーターボードは伏 しむ。 ☆呼吸が深くなったか。声が出せたか。 臥位をとり活動する。 ○ 表情に注意して言葉がけとともにゆっくりと始め,徐々に刺激を強くす る。 ○ それぞれの活動の際には,「ゆれるよ」(ブランコ),「回るよ」(回転盤), 「動くよ」(スクーターボード)と,刺激を表現するキーワードを繰り返して 言葉がけする。 ○ スクーターボードは伏臥位が難しければ,無理せず仰臥位で活動す る。 (12分) 安定した快反応の表出 5 光刺激を楽しむ。提示物 「4」の活動に続いて,部屋を暗くし,伏臥位で光刺激を楽しむ。 を見る。 ☆笑顔や声を表出することができたか。 ○ 表情に注意して,快反応を引き出せるように,繰り返し提示する。 ○ 頭部の動きを誘発するように提示する。 (5分) 注視,追視 6 音刺激を楽しむ。 エアーマット上で仰臥位をとり,様々な音を聴く。 ○ ☆提示物に注視,追視できたか。 表情に注意し,快反応を引き出せるように,繰り返し聴かせる。 (5分) 安定した快反応の表出 ☆笑顔や声を表出することができたか。 7 振動ベッドで楽しむ。 音と光と振動を同時に体感させる。 ○ 快反応を引き出せるように,強弱を繰り返す。 ○ 様子を観察し,刺激が過剰にならないように配慮する。 (5分) 安定した快反応の表出 8 学習の振り返り。 本日の学習活動で最も笑顔の表出できたものを再度繰り返す。 ○ ☆笑顔や声を表出することができたか。 表情に注意し,共感した言葉がけをする。 (3分) 安定した快反応の表出 9 車椅子へ乗り,終わりの 頭部の保持に注意し,車椅子に乗る。 挨拶をする。 ○ ☆笑顔や声を表出することができたか。 表情に注意し,身体各部の状態を確認する。 (2分) 5 10 本時の評価の観点 ○ 覚醒レベルが向上したか。 ○ 呼吸状態が改善したか。 ○ 安定した快反応が表出できたか。 ○ 注視,追視ができたか。 ○ 学習内容の分量は適切であったか。 ○ 実態に応じた支援は適切であったか。 ○ 教材・教具は目標達成に対して効果的であったか。 11 年間指導計画(個別の指導計画による) 自立活動(個別)では,個々の課題に取り組む活動として,「自分のペースでがんばろう(個別課題)」の時間 を設けている。それぞれの課題については,集中的に取り組むのではなく,年間を通じてバランスよく授業を配 分している。 年間計画(自立活動:自分のペースでがんばろう(個別課題)) 目標 題材名 ○ 覚醒して活動する時間を増やす。 ○ 身体を動かして変形や拘縮を防ぐ。 ○ 声や表情などで,要求や意思を伝える。 合 12 教室内配置図 振 動 ベ ッ ド しっかり感じよう 50 しっかり感じて,見てみよう 75 しっかり感じて,応答しよう 50 計 175 F棟2F 自立活動室 スクーター ボード 暗 幕 カ ー テ ン 指導者 時間数 出入口 生徒 廊 下 シーツ ブランコ 回転盤 クッション チェア エアーマット 6
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