シゾフィランを利用した核酸分離剤の開発 木村太郎*1 Development of a novel separation system for polynucleotides by using schizophyllan Taro Kimura シゾフィランはスエヒロタケから抽出されるβ-1,3-グルカンであり,特定の 1 本鎖 DNA や RNA と複合体を形成するこ とが知られている。本研究ではこの特性を利用して,シゾフィランを用いた新規核酸分離システムを開発することを目的 としている。分離対象となる核酸には,バイオテクノロジー上需要の高いメッセンジャーRNA(mRNA)を選択した。更に 簡便かつ短時間に mRNA を分離する事を目標として, 「フィルター分離方式」を考案した。検討の結果,シゾフィランを用 いた「フィルター分離方式」により mRNA を収率 80%,純度 87%で分離抽出することができた。また,分離に要する時間 は 40 分以下であった。更に,本方式はコスト的にも安価であり,実用化に近い分離システムを構築することができたと 考えられる。 2 研究,実験方法 1 はじめに シゾフィランはスエヒロタケから抽出されるβ-1,3- 2-1 分離方式についての検討 グルカンの1種である(図-1)。最近このシゾフィランが 当初,分離方式としてアフィニティーカラム方式での 特定の 1 本鎖DNAやRNAと複合体を形成することが発見さ mRNA 分離を試みた。これは,シゾフィランを固体微粒子 1,2) 。これまで,DNAやRNAと選択的に結合する物質と 表面に結合させたものを合成し,これをカラムに充填し しては核酸様物質やポリカチオンが知られていた。しか たものを用いる方法である。実験の結果,この方法によ し,シゾフィランはグルコースのみからなる多糖であり, り実際に mRNA が選択的に分離されることが明らかとな 従来の核酸結合性物質とは全く異なる素材である。 った。しかし,分離時間が 12 時間程度かかること,シゾ この特性を利用して,シゾフィランを用いた新しいタイ フィラン固定化微粒子の調製に手間がかかること,とい れた 3-7) プの核酸分離システムの開発を行っている 。この研究 の中で,シゾフィランが真核生物のメッセンジャーRNA (mRNA)と複合体を形成することを世界に先駆けて発見 した 4-7) 。mRNAは,バイオテクノロジー産業において重要 った欠点があり,実用的といえるシステムとはならなか った。 この点を踏まえ, フィルター分離方式 を考案した (図-2)。この方法は, な物質であり,簡単な分離抽出するための技術が求めら ① シゾフィランを分離対象試料に加える。 れている。そこで,シゾフィランを用いたmRNAを簡便か ② シゾフィラン/mRNA 複合体を形成させる。 つ安価に分離抽出するためのシステムを構築することを ③ フィルターによりシゾフィラン/mRNA 複合体のみを 目標とし,研究を進めた。検討の結果,フィルター分離 方式を用いると,シゾフィランを使って簡単にmRNAを分 離することができた。 分取する。 ④ フィルターから mRNA の抽出 という操作からなる。この方法では,シゾフィランをR NA混合物(total RNA)に加え,シゾフィラン/mRNA を HO OH 形成させた後,複合体をフィルターで分取するだけなの OH で短時間かつ簡便な操作で行うことができる。また,シ O HO OH HO O HO O OH O HO O OH 図 -1 シ ゾ フ ィ ラ ン の 構 造 *1 生物食品研究所 ゾフィランに化学修飾を施す必要がなく,特殊な機器も OH O 用いないので,低コストでの分離が期待される。 O O OH n ② ① シゾフィランーmRNA複合体の形成 ③ フィルターによる分離 1.サンプル溶液 2.すすぎ 3.溶出 シゾフィラン (M.W.2000000) 熟成時間10分!! RNA混合物 溶出 分子フィ ルター 図-2 シゾフィランを用いたフィルター分離方式の原理 フラクション中のmRNA含量に応じて発色する。つまり, Total RNA サンプル(400µl) 5℃ 1.シゾフィラン添加 2.フィルター濾過 mRNAは溶出液1に濃縮されたことを示すものである。従 ってフィルター分離方式によりtotal RNAからのmRNA分 離が可能であることを示すことができた。 3.すすぎ (Tris-HCl 300µl x2) 3-2 分離時間の検討 シゾフィランを用いたアフィニティーカラム方式によ 4.mRNA溶出 70℃ (DEPC水 300µl x2) り mRNA 分離を行うと,分離に 12 時間程度かかることが 既に明らかとなっている。この主な理由として,アフィ ニティーカラム中ではシゾフィラン/mRNA 複合体の形成 図-3 フィルター分離の手順 速度が遅く 6 時間以上熟成させる必要があるからである。 カラム中ではシゾフィランは固体表面に固定化されてお 3 結果と考察 り,自由度が少ないために複合体形成速度が遅いと考え 3-1 フィルター分離方式による mRNA 分離の操作 られる。これに対し,フィルター分離方式では,固定化 効率良くフィルター分離を行うために,図-3 に示す操 していないシゾフィランを,溶液中で RNA と混合して複 作手順を確立した。この手順では,シゾフィランを RNA 合体を形成させるので熟成時間が大幅に短縮されること 溶液に加え,5℃で 10 分間冷却した後,フィルター濾過 が期待される。検討の結果,約 10 分で複合体の形成が行 を行う。この操作では,大半の不要な RNA はフィルター われることが明らかとなった。また,分離操作も,溶液 を透過するが,シゾフィラン/mRNA 複合体はフィルター をフィルター透過するだけなので,短時間で分離操作を 上に残る。次に,非特異的に吸着した不要な RNA(rRNA, 完了することが可能である。従って,1 回の mRNA 分離操 tRNA)を取り除くための「すすぎ」操作を行う。その後, 作に要する時間は 40 分以下となり,短時間での分離が可 フィルターを加熱し mRNA/シゾフィラン複合体が解離し 能となった。 た状態で水を加えると,mRNA のみが回収される。 3-3 分離された mRNA の純度に関する評価 実際に,各操作で得られたフラクションについて吸光 分離した mRNA の純度を検定するためにゲル電気泳動 度測定,ノーザンブロット実験,を行った結果を図-4 に 実験を行った(図-5)。一般に rRNA はシャープな 3 本の 示す。吸光度測定の結果から,ほとんどのRNAは 2 回のす 泳動パターンを,mRNA はうすいブロードなバンドを与え すぎ操作で取り除かれ,溶出液1にはわずかな量のRN ることが知られている。total RNA は約 80%が rRNA なの Aのみが含まれることが明らかとなった。一般に分離対 で強い rRNA 由来のシャープなバンドが観察される。また, 象のtotal RNAには 1-5%程度のmRNAしか含まれていない total RNA に含まれる mRNA は全体の 1-5%であるのでほ ので,これはほとんどの不要なRNAが取り除かれているこ とんど観察されない。これに対し,分離した mRNA 試料の とを示唆する。これに対し,ノーザンブロットの結果で ゲル電気泳動パターンをみると,rRNA 由来のバンドが大 は,溶出液1のみに強い発色が確認された。このノーザ 幅に減少し,相対的に mRNA 由来のブロードなバンドの強 ンブロット実験はoligodT20をプローブとしているため, 度が上昇していることが分かる。また,この蛍光強 RT-PCR生成物 A260 0.6 分子量マーカー 0.4 ACT1YEAST sense primer 5’-CTTCCCATCTAT CGTCGGTAG-3 ’ antisense primer 5’-TCTTATGCTGCT TTCACCAGG-3’ 0.2 溶出液2 溶出液1 すすぎ液2 すすぎ液1 透過液1 0 1011 bp 図-6 RT-PCR産物のゲル電気泳動写真 性能を持つことが示された。また,コスト面について検 図-4 フィルター分離法によって得られた 各フラクションの評価 (上)各フラクションの吸光度、(下)ノーザ ンブロット 討を行うと,シゾフィラン法で用いた試薬,消耗品類の 金額(定価)を合計すると 300−400 円/回と試算された。 これに対し,従来製品の定価はおよそ 1000−1500 円/回 であった。両者を単純に比較することはできないが,少 なくともシゾフィラン法が有意に低コストな分離法とな ︷ 溶出 tota すす液1(m l R ぎ液 RN NA 1 A) り得ることが示唆される。 rRNA 表-1 従来製品との性能比較 oligodT法 シゾフィラン法 収率 80% 80% 純度 65−90% 87% 価格 約1500円 369円 操作時間 30ー60分 40分 total RNA 溶出液1(mRNA) 純度87% 図-5 分離抽出物のゲル電気泳動写真(左)、及びその蛍光 強度分布(右) 度パターンのピーク面積比から,分離した mRNA 試料の純 4 まとめ 本研究において,多糖であるシゾフィランを用いて 度は 87%であることが明らかとなった。 mRNA を分離抽出することに成功した。これは従来の方法 3-4 RT-PCR 実験 とは全く異なる原理に基づいており新規性に富んだ分離 分離した mRNA が実際のバイオテクノロジー実験に用 システムといえる。しかしこれまでのところ,操作の煩 いることが可能であることを示すために RT-PCR 実験を 雑さや操作時間がかかりすぎるといった問題から,実用 行った。標的遺伝子として,酵母のハウスキーピング遺 化にはほど遠いものであった。今回報告したフィルター 伝子の一種である ACT1YEAST 遺伝子(1011 bp)とした。 分離方式を導入することにより,これらの問題の多くが 所定の操作により得られた RT-PCR 産物についてゲル電 解決され,実用化に近づいたと考えられる。 気泳動実験を行ったところ,1000 bp 付近に単一のシャ ープなバンドが確認された(図-6)。これは分離された 5 参考文献 mRNA を鋳型として目的の cDNA を合成することができた 1) K. Sakurai, et al., J. Am. Chem. Soc., 122, 4520 (2000). ことを意味する。 2) K. Sakurai, et al., Biomacromolecules, 2, 641 (2001). 3-5 従来製品との性能比較 3) T. Kimura, et al., Chem. Lett., 2002, 1240. mRNA 分離キットとして oligodT 法を用いた製品が既に 4) T. Kimura, et al., Nucleic Acids Res. Suppl., 1, 223 (2001). 市販されている。これは DNA(oligodT)が mRNA の polyA 5) T. Kimura, et al., 高分子加工, 52, 201 (2003). tail 領域と選択的に結合する事を利用したものである。 6) T. Kimura, NEWS LETTER, 18, 10 (2004). この従来製品との性能比較を行った(表-1)。その結果, 7) T. Kimura, et al., Biomacromolecules, 投稿中(2004). 純度,収率といった基本的な性質についてはほぼ同等の
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