「生物の多様性を育む農業国際会議2014」資料集(日本語

もくじ(日本語)
1
歓迎のごあいさつ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
第3回「生物の多様性を育む農業国際会議 2014」実行委員会
実行委員長 大崎市長 伊藤 康志
2
基調講演・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2
(Ⅰ)いのちを育てる生物多様性
大桃 美代子(タレント)
(Ⅱ)いのちにぎわう農業が持続可能な社会をつくる
夏原 由博(名古屋大学大学院環境学研究科教授)
(Ⅲ)日本の田んぼの生物多様性 その指標づくりと活用
田中 幸一(独立行政法人農業環境技術研究所上席研究員)
3
パネル討論 セッション1 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
テーマ「生物の多様性を育む農業技術の実践」
座長
稲葉 光國(NPO法人民間稲作研究所理事長)
副座長 佐々木 陽悦(全国エコファーマーネットワーク会長)
(1)「JAふるかわにおける環境保全米づくりの推進」
高橋 剛(古川農業協同組合稲作振興会会長)
(2)「環境保全米の栽培に取り組んで
現在の課題 未来への責任」
小松 庸一(いわでやま農業協同組合環境保全米栽培推進委員会副委員長)
(3)「千葉県いすみ市 生きものを育む有機稲作の取り組み」
矢澤 喜久雄(千葉県いすみ市峰谷営農組合代表)
(4)「有機農業の技術と生物多様性」
佐藤 繁男(有機米栽培グループあふあふ倶楽部代表)
(5)「命の農業を可能にする水田生物農法」
チュ・ジョンサン(iCOOP 生産者会主穀委員会委員長)
(6)「ウンカ常習地帯での生物多様性有機稲作の実践−その成功のポイント」
趙 亜夫(元中国江蘇省鎮江農業科学研究所所長)
4
パネル討論 セッション2・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・22
テーマ「生きもの調査と生物の多様性を育む農業技術の評価をめぐって」
座長
城所 隆(元宮城県古川農業試験場長)
副座長 斉藤 光明(NPO法人オリザネット代表)
(1)「環境と生きものから見た稲作農業」
向井 康夫(東北大学生命科学研究科群集生態分野助教)
(2)「農業者を主体とした赤とんぼ保全に向けた調査・実践活動 」
神宮字 寛(宮城大学食産業学部准教授)
(3)「中国本土における有機農業の生態系環境効果に関する現状調査」
王 磊
(中国国家環境保護省南京環境保護研究所有機食品発展センター研究部主任補佐)
(4)「有機栽培を通して日本の農業のあり方を感じた事」
安部 光枝(有機農産物栽培農家)
(5)「iCOOP 生協 水田湿地調査団の田んぼの生きもの調査」
キム・ヒョンスク(iCOOP 生協水田湿地調査団)
5
パネル討論 セッション3・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・33
テーマ「生物の多様性を育み農業・農村を支える地域づくり」
座長
呉地 正行(NPO法人蕪栗ぬまっこくらぶ理事長)
副座長 舩橋 玲二(NPO法人田んぼ研究員)
(1)「ラムサール条約湿地登録渡良瀬遊水地の「賢明な活用の3本柱」」
日向野 貞二(小山市企画財政部長)
(2)「水田養魚にみる稲作農業遺産」
陽 平(滋賀県立琵琶湖博物館主任学芸員)
(3)「生物多様性を育む農業、農村を支える村づくり
-韓国、禮山(イェサン)郡のコウノトリ村づくりの事例」
ソ・ドンジン(韓国教員大学校コウノトリ生態研究院研究員)
(4)「環境負荷低減に向けた地域資源の利活用(循環型社会構築)」
淺見 紀夫(株式会社一ノ蔵名誉会長)
(5)「
『生きもの豊かな田んぼ』の取り組み」
橋部 佳紀
(株式会社アレフふゆみずたんぼプロジェクト)
(6)「めぐみ野(みやぎ生協の産直)活動を通じた生産者と消費者の交流」
大越 健治(みやぎ生協専務理事兼産直推進本部長)
(7)「田んぼか、田んぼでないか、それが問題だ」
本多 清(株式会社アミタ持続可能経済研究所主任研究員)
6
総合討論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・48
進行
あん・まくどなるど(上智大学大学院地球環境学研究科教授)
歓迎のごあいさつ
第3回「生物の多様性を育む農業国際会議 2014」実行委員会
実行委員長 大崎市長 伊藤 康志(いとう やすし)
第3回「生物の多様性を育む農業国際会議 2014(ICEBA2014)
」を、ここ宮城県大崎市で開催する
にあたり、日本国内のみならず、中国、韓国をはじめ海外からご参集頂いた多くの皆様方を主催者
として心から歓迎いたしますとともに、開催にご尽力頂いた関係者の皆様に御礼申し上げます。
当地は、古くは 300 年以上前の江戸時代中頃から米の穀倉地帯として発展し、近年は「ササニシ
キ」や「ひとめぼれ」といったブランド米を生み出した地域であります。また、例年 10 万羽を超
える日本有数のガン類の飛来地となっていますが、この理由は、蕪栗沼と化女沼の2つのラムサー
ル条約登録湿地を有するのみならず、1万6千 ha を超える広大なガン類のエサ場としての水田を
有しているからであります。ガン類の中でも、昔から絵画や和歌のモチーフにされるほど日本人に
とって身近な鳥であったマガンは、近代に入り一時絶滅が危惧されましたが、様々な保護活動とと
もに、当地域のような生息に適した環境が残っていることで現在のような回復傾向を見せるに至り
ました。当地は「渡り鳥に選ばれたまち」であり、まさに「マガンの楽園」であります。
また、当地は、国内他地域に先駆けて有機農業を含む環境保全型農業に取り組んできた地域であ
り、現在、日本各地に普及している「ふゆみずたんぼ農法(冬期間に水田に水を張る農法)
」を最
初に実践したのもこの地域であります。
アジアモンスーン気候に適応した水田稲作農業は、数千年以上も前から人々に食料を供給し、水
田における生物多様性に富む農業生態系、優れた景観を形成してきました。他方、近代化・グロー
バル化の中で、農薬や化学肥料に頼る農業が主流化する傾向にあり、リサージェンス(天敵不在に
よる害虫の誘導多発生)や土壌の劣化、それに伴う農業生態系・生物多様性の劣化などがアジア共
通の課題となっています。これらの対応を議論する場として、
「生物の多様性を育む農業国際会議」
は、
「日・中・韓環境創造型稲作技術国際会議」と「日・韓田んぼ生きもの調査交流会」等を経て、
2010 年に豊岡市で開かれ、今回で3回目となります。アジア諸国において農薬や化学肥料に頼らな
い農業を実践する農業者、行政、環境 NPO、学術研究者、消費者などの多様な関係者が一堂に会し、
情報交換や技術交流を行い、これらの問題について共に考える枠組みがこれまで継続されているこ
とは大変意義深いと考えます。
また、2010 年に「愛知目標」が確認され、
「生物の多様性に関する条約」第 10 回締約国会議にお
いても、水田農業の重要性の認識などが確認され、国連が決定した「国連生物多様性 10 年」の取
り組みの一環として「田んぼの生物多様性 10 年プロジェクト」が始動するなど、国際的にも水田
農業の持つ機能・役割が注目されており、このような点でも本会議は時節を得たものと言えます。
最後に、本会議において関係者間の活発な意見交換と相互理解が進み、アジアにおける水田稲作
農業を核とした生物多様性の向上の取り組みの進展の一助となることを祈念し、歓迎のごあいさつ
の結びといたします。
1
基調講演Ⅰ:いのちを育てる生物多様性
大桃
美代子
MIYOKO
OOMOMO(タレント)
■地球生きもの応援団( 2008 年 11 月 21 日発足~)
■大邱観光名誉広報委員(2013 年 5 月 8 日委嘱)
■新潟県・魚沼特使
■日本災害復興学会 名誉会員
■JOIN 大使
■5 A DAY 食育インストラクター
■農政ジャーナリスト
■雑穀エキスパート
■ジュニア野菜ソムリエ
■おさかなマイスター・アドバイザー
■パンコーディネーター
■地域再生大賞選考委員
■新潟県新資源管理制度総合評価委員
Official blog
「桃の種」http://ameblo.jp/momo-tane/
ニュース番組をはじめ、料理、クイズ、バラエティ、情報番組など幅広い分野で活躍。
趣味が高じて韓国に 3 か月間語学留学するほどの韓国好き。
留学体験など韓国ネタを綴るブログ「韓流への道」http://yaplog.jp/o-momo/
2004 年 10 月に起こった「中越地震」を新潟県魚沼市の実家に帰省中に被災する。
2005 年 11 月に「魚沼特使」に任命され地元の復興を願い、活動をしている。
食に関する資格を多数取得するなど、食育や農業に関心を持ち、中越地震復興に向けて頑張っている
魚沼を全国の人に知ってもらいたいという想いから、07 年より地元魚沼で古代米(桃米)作りを始
める。
地元魚沼の子どもたちと<食>を見つめ直す活動として、生き物調査を始め、環境問題や生物多様性
の大切さを学んでいる。
田んぼが人を繋ぎ、そこから文化が生まれる。活動を通して故郷の復興支援に取り組む。
2
【出版物】
■大桃美代子のきれいになるレシピ
■ちょっと農業してきます
■天使のプッ! ■大桃論
■日本一おいしいお米の食べ方
【DVD】
■大桃美代子のもっと雑穀!おいしい健康レシピ
3
基調講演Ⅱ:いのちにぎわう農業が持続可能な社会をつくる
夏原
由博(なつはら
よしひろ)
名古屋大学大学院環境学研究科 教授
■略歴等:
京都大学大学院博士課程農学研究科修了
大阪市立環境科学研究所研究員、大阪府立大学助教授、京都大学大
学院教授を経て、2010 年より名古屋大学大学院環境学研究科教授。
愛知県環境審議会委員、名古屋市生物多様性センターアドバイ
ザー、
(公)大阪自然環境保全協会会長
赤とんぼがいなくなる。そんなきざしがあらわれている。トノサマガエルやメダカはすでに絶滅危
惧種とされてしまった。これらは長く田んぼで暮らしてきた生きものだ。日本の田んぼは 5,000 種を
越える生きものに生きる場所を提供してきた。田んぼが支えてきたものは生きものだけではない。雨
を一時貯えて、下流の洪水を緩和したり、美しい景色を提供するなど、多面的な機能を持つ。その効
果は年間8兆円に達するともいわれている。
生きものが、田んぼから失われつつあることは、人間社会の未来への警告でもある。赤とんぼが減
少している原因は、環境に優しいと使われ始めた農薬が、卵からかえったばかりのヤゴには優しくな
かったためだ。圃場整備にともなう乾田化も産卵場所の減少や越冬卵の死亡を招いている。生産の拡
大と環境保全のジレンマという古くからの課題の象徴といえる。
生きものがいない田んぼがなぜ問題なのか。農業は生態系からのサービスを受けている。土の中に
は、空気中の窒素を直接利用できない植物に、窒素を供給する役割を果たしている微生物がいる。イ
チゴや蕎麦など多くの作物が昆虫による受粉に頼っている。嫌われがちなクモは害虫を減らしてい
る。害虫が発生していない時期にクモのいのちを支えているのは、ユスリカなどのただの虫である。
無数の生きものがつながりあって、農業をささえてきた。こうした生態系サービスが失われることは、
農業と人類の持続性を損なうことになる。
生きものが住めない田んぼでは、安心して米作りができないことに気づいて、環境に優しい米作り
を始めた農家が増えている。水田の生きものを考える上で、いくつかの問題が浮き上がってきた。農
薬をまかなければ生きものは増えるのだろうか。農家の労力に見合った成果があがるのだろうか。こ
れまで、害虫と天敵以外の水田の生きものについて、研究が少なかった。
農家からはこんな言葉も聞かされた、トキが放鳥されたところはいいが、名前もわからない虫が増
えても誰が喜んでくれるのか。しかし、琵琶湖に近い農家のおじさんは、田んぼで鮒や鯉をとった話
もしてくれた。田んぼの生きもの調査では、孫の前で生き生きと輝いていた。農村は、食料を生産す
るだけの場所ではなく、人が生まれ育ち暮らす場所でもある。食料自給率の低下とともにさびれてい
いものではない。水田や農村の生き物が、経済的な価値を産まなくても、地域をささえる役割が発揮
されると教えられた。こうした生態系サービスの見える化とコモンズ管理の歴史は、世界に発信して
活かすべきだ。
4
調整サービス
気候調節
洪水調節
疾病調節
水質浄化
その他
供給サービス
食物
水
木材と繊維
燃料
遺伝資源
その他
文化サービス
自然美
精神的・霊的
教育
レクリエーション
その他
支持サービス
生態系サービスを生み出すために必要なサービス
物質循環、土壌形成、一次生産、その他
生 物 多 様 性
人の暮らしをささえる生態系サービス
農業と生物多様性:4 つのパターン
農業による生態系サービスの提供
農業への生態系サービス
微生物や土壌動物,植物による窒素固定や土壌形成
昆虫や鳥による送粉
天敵による害虫防除
昆虫や鳥による除草
森林による水源涵養
人と水田の生物のつながり
項目
推定金額
洪水防止機能
3 兆 4,988 億円/年
河川流況安定機能
1 兆 4,633 億円/年
土壌浸食防止機能
3,318 億円/年
土砂崩壊防止機能
4,782 億円/年
有機性廃棄物分解機能
123 億円/年
気候緩和機能
87 億円
保健休養・やすらぎ機能
2 兆 3,758 億円/年
日本学術会議答申ほか
農業が守ってきた自然と生物
5,000 種以上
ところが、絶滅しそうな、
キキョウ、トノサマガエル、タガメ、ゲンゴ
ロウ、あかとんぼ、メダカ、ニゴロブナ、
...
吉田保志子「水辺環境の保全」
5
基調講演Ⅲ:日本の田んぼの生物多様性 その指標づくりと活用
田中
幸一(たなか
こういち)
独立行政法人農業環境技術研究所 上席研究員
■略歴等:
1987 年 名古屋大学大学院農学研究科で学位取得(農学博士)
同年
農林水産省入省 九州農業試験場に配属
イネ害虫の防除に関する研究に従事
(天敵の働き、農薬の影響、抵抗性品種の利用など)
1999 年 農業環境技術研究所に異動
昆虫・クモなどの個体群動態や生物多様性の研究に従事
現在に至る
農耕地は、作物生産の場であるだけでなく、野生生物の生息場所も提供してきた。とりわけ水
田は、代替湿地として、多くの生物の生息場所となりうると考えられている。たとえば、1950 年
代の徳島県の水田における調査において、450 種以上の昆虫とクモが捕獲された。しかも、その内
訳をみると、イネの害虫となりうる植食者(植物を食べる種)より害虫の天敵となりうる捕食者
(他の昆虫などを食べる種)や寄生者(昆虫などに寄生する種)の方が多かった。しかし、農業
の近代化は化学物質など環境に負荷を与えるため、環境や生物多様性に負の影響を及ぼす。環境
負荷を軽減するため環境に配慮した農業は、環境保全型農業(あるいは環境にやさしい農業)と
呼ばれ、その推進が図られている。このような農業は、農業生態系に生息する生物や生物多様性
を保全する効果があると考えられている。しかしながら、これらの生物に対する環境保全型農業
の効果を、定量的に評価した研究はほとんどなかった。そのため、2008~2011 年度に、農林水産
省委託プロジェクト研究「農業に有用な生物多様性の指標及び評価手法の開発」が実施された。
本プロジェクト研究の目的は、環境保全型農業など生物多様性を重視した農業が、生物多様性の
保全・向上に及ぼす効果を、科学的根拠に基づいて現場レベルで評価できるような指標生物とそ
の評価法を開発することであった。指標として選ぶ対象生物は、主に農業に有用な生物とした。
その代表的なものは、農業害虫の天敵となる昆虫類やクモ類などの捕食者と捕食寄生者である。
プロジェクト終了時には、その成果をまとめたマニュアル「農業に有用な生物多様性の指標生物
調査・評価マニュアル」が刊行された。本講演では、このプロジェクトとマニュアルの概要を、
水田に関する部分を中心として紹介する。
今後は、これらの指標生物や評価法を活用することが課題であり、その活用例について考えを
述べる。また、上記のように、指標生物は、主に農業に有用な生物である。とくに害虫の天敵と
なる生物は、害虫が大発生するのを防ぎ、被害を軽減する働きが期待される。さらに、天敵生物
が有効に働くためには、いわゆる「ただの虫」などを含めた生物多様性が重要であるといわれて
いる。そこで、講演では、指標としての活用と合わせて、それらの生物や生物多様性の働きおよ
びその活用についても紹介したい。
6
指標生物: どんな生物が選ばれたか
作目
水田
果樹・
野菜
など
作目
7
全国共通
北日本
関東
中部
アシナガグモ類、
コモリグモ類
トンボ類、
カエル類、
水生コウチュウ・水生
カメムシ類
トンボ類、
トンボ類、
カエル類、
カエル類、
水生コウチュウ・水生
水生コウチュウ類
カメムシ類
ゴミムシ類等、
クモ類
寄生蜂類、
テントウムシ類、
ヒラタアブ類、
アリ類、
カブリダニ類
寄生蜂類、
捕食性カメムシ類、
カブリダニ類
近畿
中国・四国
寄生蜂類、
テントウムシ類、
捕食性カメムシ類、
アリ類、
カブリダニ類、
ハサミムシ類
九州
水田
トンボ類、
カエル類、
水生コウチュウ類
カエル類、
トンボ類、
水生コウチュウ・水生
水生コウチュウ類
カメムシ類
果樹・
野菜
など
寄生蜂類、
捕食性カメムシ類
寄生蜂類、
テントウムシ類、
ハネカクシ類、
アリ類、
カブリダニ類
テントウムシ類、
捕食性カメムシ類、
ハネカクシ類、
アリ類
4
【セッション1】テーマ:「生物の多様性を育む農業技術の実践」
■座長:稲葉 光國(いなば
みつくに)
■略歴等:
NPO 法人 民間稲作研究所理事長
1976 年(昭和 51 年)の冷害を契機に病害虫に強い稲作技術の開発
に取り組む成苗・疎植の田植機稲作によって冷害に強い稲作を実
現。1997 年(平成9年)より「生物の多様性を育む有機稲作」の技
術開発に取り組み、温湯消毒機を開発。2回代かきと深水管理によ
る抑草技術を提案。2011 年 3 月の東電福島原発事故による農地の放
射能汚染を克服するために、油脂作物による植物除染を提案。油脂
作物が大量のセシウムを吸収しながら可食部の油には全く移行し
ないことを実証。
■副座長:佐々木
陽悦(ささき ようえつ)
■略歴等:
全国エコファーマーネットワーク会長、農林水産省生物多様性戦略
推進会議委員、JA みどりの理事
宮城県大崎市田尻生まれ、1967 年から農業に従事、1970 年代後半
から生産者の健康を阻害するダイオキシンやパラコート、航空散布
等化学農薬の危険性を訴え環境保全型農業と生協産直を始める。
「環境ホルモン」の問題が出た 1990 年代後半から有機農業をはじ
めとした化学物質の大幅削減を地域ぐるみで実施。2000 年から田ん
ぼの生きもの調査を始め宮城県の研究者との共同研究を始める。
■趣旨
生産者米価が 60 ㎏あたり 8,000 円台に暴落し、慣行栽培が深刻な経営破たんに直面しているなか
で、農薬や化学肥料の使用量を減らし、環境保全に取り組んでいるお米の値段は一定のプレミアムが
加算され、大暴落を免れている。特に生物の多様性を育む農法で生産された特別栽培米や有機栽培米
は 60 ㎏あたり、16,000 円~20,000 円の生産者米価を維持し、需要も伸びる傾向になっている。食味
や栄養価は勿論、水田やその周辺の生き物たちを育て、それを活かした稲作=生物多様性農法による
稲作は、21 世紀の農業として消費者や国内外の環境保護団体からも高い評価を受けている。その表
れとして再生産の出来る価格が形成されるようになってきた。このセッションでは、こうした生物多
様性農法が国際的にも認知されてきていることから、多面的機能を発揮する日本型直接支払の中心農
法として位置づけられるよう提案したいと思う。
その上で、宮城県大崎市で展開されている環境保全型農業の取り組みをご報告頂き、その内容とそ
の意義、そしてその技術的課題を共有して頂くとともに、農薬の使用回数を半減しただけの環境保全
型農業の限界とそれを克服した生物の多様性を育み、それを活用している無農薬有機農業の実践報告
を発表していただく。
誰でもどこでも出来る生物の多様性を活用した有機稲作は、5月7日にならないと用水が入らない
新潟県魚沼市や北海道でも成功し、昨年まで雑草に覆われ四苦八苦した水田でも、1年で雑草が抑え
られ、田植え後は田んぼに入らない農法に成功した事例。ジャンボタニシ農法の盛んな韓国において
も、その実践がはじまり、またウンカの常襲地帯である中国でもその有用性が実証されてきた。韓国
正農会のチェさん、中国全人代(日本の国会議員に相当)趙先生のご報告を拝聴しながら、生物多様
性農法の技術的ポイントをアジアの共有財産にしたいと思う。
8
【セッション1】報告:「JAふるかわにおける環境保全米づくりの推進」
■氏名:高橋 剛(たかはし
つよし)
■略歴等:
昭和 23 年 1 月生まれ
昭和 41 年小牛田農林高校卒業後 就農
水稲 400a
施設園芸 500 坪(半促成トマト・抑制キュウリ)
エコファーマー、JA古川稲作振興会会長、JA古川敷玉地区稲
作部会長、桑針地区活動組織代表(日本型直接支払事業)
■報告
JA古川では米の主産地として、消費者から信頼される産地づくりを目指し、JAグループ宮城に
よる取り組みである「環境保全米づくり全県運動」を踏まえ、減農薬減化学肥料栽培米の作付拡大を
推進している。生産基準では種子更新を 100%実施し、化学合成農薬の使用回数と、化学窒素成分量
を宮城県の慣行栽培の5割以下と設定している。平成 26 年産のJA古川管内の特別栽培米は、環境
保全米ひとめぼれ 509ha、環境保全米つや姫 142ha、提携米ササニシキ 106ha の計 757ha で、全作付
面積の 16.5%である。
このような環境保全米づくりは、安全で安心な農産物を消費者へ提供することと、水田周辺の環境
改善にもつながっている。化学肥料を減らした分は、堆肥の投入または稲ワラの発酵をすすめる微生
物資材等の使用を推進している。農薬の使用回数を減らすために、種モミは温湯消毒の実施を原則と
しており、除草・いもち病・カメムシ防除についても、それぞれ1回のみの使用に制限している。
しかし、環境保全米の作付面積は全体の 16%程度にしか至っていない。水田の条件によっては、
カメムシ防除が1回だけでは2等米になる確率が高い地域もある。温湯消毒の普及により、ばか苗病
の発生も増加しており、被害が大きくなると米の収量、品質に影響を及ぼす。また、生産方法に制限
がある環境保全米に取り組んでも、米の価格に大きく反映されないことも作付面積が増えない要因と
なっている。無農薬、有機栽培は目指していくべき栽培技術ではあるが、高齢化や担い手の不足によ
る大規模経営農家などへの集積が進む中で、いかに経営できるかが課題であると思う。
また、水田周辺の川の水質を保全するために、水田除草剤散布後の7日間は用水を川に流さないよ
う周知を行なっている。敷玉地区の農家は過去に、地区の中心を流れる川の上流にある企業の汚染排
水によって、農地がカドミウムに汚染された公害問題を経験している。汚染された土は、入れ替え作
業が行なわれたが、地力が無くなり肥料を通常の3倍量投入しないと収量が確保できない状況とな
り、あらためて農業における水と土の大切さを認識させられた。
古川地域についても下水道が整備され、企業や生活排水の流出も減少し、川の水質が改善されたた
め、以前より魚や野鳥も増えてきている。一方で水田の大区画整備事業が進み、水田周辺の小さな堀
は減少し生物の住む場所は少なくなっている。
地区活動組織では、毎年8月に子供達と一緒に生き物調査を行なっているが、大騒ぎしながら生き
物に触れている姿を見ると嬉しくなる。子供達の未来、生き物の棲む環境を維持するためにも、水田
は作物と、生き物も育てる大切な場所であることを認識し、環境保全米づくりを推進していきたい。
9
桑針地区活動組織生き物調査(平成 26 年8月)
10
【セッション1】報告:「環境保全米の栽培に取り組んで
■氏名:小松 庸一(こまつ
現在の課題
未来への責任」
よういち)
■略歴等:
50 歳
ひとめぼれ採種農家(認定農業者)
耕作面積 18ha、凍り豆腐製造6代目、元無人ヘリオペレーター
いわでやま農業協同組合
・環境保全米栽培推進委員会副委員長
・元青年部長
元農研機構東北農業研究センター 水稲冷害研究チームモニター
大崎土地改良区理事
■報告
環境保全米は、全農みやぎと宮城県全JAが取り組んでいる減農薬減化学肥料で栽培しているお米
の総称である。地域の環境保全・向上をしつつ、高品質でおいしく安全で安心な米を消費者に届ける
ことを趣旨にしている米の販売促進活動である。
今までの通常栽培より、半分の農薬使用・半分の化学合成肥料で、土壌改良資材や堆肥を使用する
ことを条件にJAごとに統一した栽培マニュアルでお米を栽培している。
JAいわでやまでは、宮城県の環境保全米の栽培をする以前から、認定農業者と農協がこだわり米
栽培委員会を立ち上げて、良食味で高品質のお米を栽培し、地域の農業環境保全をしていくという活
動を行ってきた。
そのお米をJAいわでやま独自ルートや「あら伊達な道の駅」で直接販売して農家の所得向上につ
なげるという難しい課題に挑戦してきた。
環境保全米に取り組んでみて感じたことは、なかなか農家の所得向上と品質向上につながりにくい
ということである。
まず減農薬栽培では、種子の温湯消毒を行うが、その後、農家の種子管理の不全で、採種農家の頭
のいたい「バカ苗病」という稲の伝染病が発生することがある。バカ苗病が発生すると周囲 200mの
採種圃場が失格となる。
大崎市岩出山地区はひとめぼれ種子栽培を約 100ha を全国最大規模で行いる
ため大きな問題となる。
採種は「主要作物種子法」という法律で厳しく管理されており、バカ苗病が発生すると猛暑の時期
に抜き取り作業があり、一般農家と採種農家の摩擦も起きている。私も有機栽培を行っている産地を
見に行く機会があったがバカ苗病が多いことに驚かされた。しかし、地元の農家に聞けば、当たり前
の水田風景とのことだ。
また、減農薬栽培では、水稲除草剤の使用回数と成分もマニュアル化されており、圃場の整備と時
期や水管理を誤ると雑草が増えて、稗だらけの田んぼになってしまう。慣行栽培では、もう一度除草
剤ということになるが、環境保全米栽培では禁止となり認証されない。
さらに、カメムシ米の発生することである。減農薬栽培で殺虫剤も2回と制限されていて、その年
の気候や地域的に大量発生することがあり、高品質で見栄えを気にする日本の消費者にとって大きな
問題となっている。消費者によっては白米に異物が混入していると訴える方もいる。現在は色彩選別
機を使用して、消費者にカメムシ米が届くことは少なくなっているが、カメムシ被害が発生すれば農
11
家所得が減ることは確かである。カメムシの発生を抑えるため夏の畦の草刈作業が大切であるが、こ
れが重労働で、毎年、何人かは熱中症で倒れている。
次に、肥料であるが、慣行栽培の半分の化学肥料で栽培している、不足する部分を有機肥料と堆肥
を使い、土壌改良剤を使い補完している。JAいわでやまのこだわり米栽培の最初の時期に、有機肥
料 100%で栽培を行った時は、稲の初期生育がかなり抑えられて、収穫量不足になったこともあり、
環境保全米ではこのことを反省材料に毎年、使用資材の検討を行い、地域に合う施肥体系を手探りで
探している。
環境保全米は一般の米の栽培と違い、少ない化学肥料であるため、変動する毎年の気候に寄り添い
ながら生育していくが、この5年はかなり安定して収穫量が見込まれるようになった。また食味につ
いても一般栽培の米と負けず劣らずになってきた。
この栽培活動に取り組んでから、10 年以上の歳月が経過した。きっかけは、18 年前に無人ヘリの
オペレータをしていて、カメムシの防除作業などを行っていた。その時は最新の農業機械を使用して
農家をしているかっこいい農家を目指していた。しかし、ある時、田んぼを飛んでいたアキアカネが
無人ヘリコプターで空中散布中に、パタっと落ちて死んだ。その時、私は初めてカメムシ防除をして
いるだけなく、田んぼの昆虫、生きものすべてを殺しているのだと気づくとともに、最後は私か?と
思った。確かにその後体調も思わしくなかった。
平成5年には大冷害があった。
平成6年に東北農業研究センターに冷害研究チームが組織され平成
23 年までそのチームのモニターをしていた。それは当時普及してきたインターネット環境を利用し、
研究者と農家が協力しながら水稲の生育モデルと気候の推移を合致させながら季節の移り変わり、冷
害や干害、いもち病の発生予測や高温障害予測をしていく研究でありモニターとしてネットを活用し
ながら水稲の農薬使用の時期や追肥の時期を見極めるという活動をしていた。
そのことで、農薬の有効的活用と減農薬を行う技術を身につけていくことができた。例えば、いも
ち病は空梅雨には発生しにくく、高温の夏には紋枯れ病になりやすい。雪の多い年、杉の花粉が多い
年にはカメムシの発生が多い、イナゴの発生が多い年はカメムシの発生が少ないなど、以前は伝承で
あった農業技術がネット環境を活用し、多くの情報が共有されることで明らかになっていった。この
研究は、現在は岩手大学が受け継ぎ、スマートフォンでも情報提供されている。
また、趣味と健康維持のため、自転車ロードバイクで夕食後にサイクリングに出かけるが、道を走
っていると6月下旬から7月初旬は、蛍が舞っている光景を目にする。以前は少なくなったと感じて
いたが、環境保全米の栽培面積の拡大や下水道の整備などもあり、カワニナやタニシ、ハヤ、メダカ、
ドジョウも多くなったのだと思う。
環境保全米の水田には、多くのタニシやカエルが発生し、サギやアオサギが沢山舞い降りるように
なり、稲刈り後には、カモやハクチョウが落穂を食べに来るが、以前よりも増えている様に感じる。
慣行栽培の田んぼより環境保全米の田んぼに選んだように舞い降りる。エサが多いのか、安全と感
じるのか、理由は定かではないが、人が千年以上ここで米を作り田んぼを整え動植物と共存している。
現在、水稲農家は高齢化しており、環境を整えることも難しくなっている。しかし、現状を維持しな
がら、世界的な気候変動に対処し、地域の生物多様性を維持しながら、高品質でおいしい米を栽培す
ることで農家所得を維持し、人と自然が作り上げたこの大崎市の美しい水田風景を保ち、ここで生き
ることの大切さを感じながら、生物多様性を育む農業を継続していきたい。
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【セッション1】報告:「千葉県いすみ市 生きものを育む有機稲作の取り組み」
■氏名:矢澤 喜久雄(やざわ きくお)
■略歴等:
千葉県立高校退職後、2013年に峰谷営農組合の組合長に就任。峰谷
営農組合は2004年「一会計の集落営農」として、集落全ての農家に
あたる22戸で設立し、水稲15haのほか柿、食用菜花を栽培。水稲、
柿、菜花は千葉県認証制度「ちばエコ農業産地」指定。2013年から
無農薬栽培に挑戦。2014年にいすみ市とともに進める“いのち育む
モデル水田事業”で有機稲作技術を導入。2009年度農業農村整備優
良地区コンクール“農林水産大臣賞”受賞地区(全国で3地区)
■報告:
千葉県いすみ市で、生きものを育む無農薬・有機稲作技術を確立しようとする私たちの取り組
み経過を報告する。
関東地方でコウノトリ・トキの舞う魅力的な地域づくりをめざす「コウノトリ・トキの舞う関
東自治体フォーラム」に加盟しているいすみ市では、環境と経済の調和に向けたまちづくり「自
然と共生する里づくり」を進めている。
2013 年に、誰かが具体的な一歩を踏み出さなければプロジェクトが進まないと思い、峰谷営農
組合が手探りの無農薬栽培に挑戦した。生きものへの配慮からビオトープ、水田魚道を設置した
が、栽培方法は慣行栽培から単に農薬と化学肥料の使用を省いただけのもので、予想どおり過酷
な除草作業に追われることとなった。しかし、アマガエルの大発生が功を奏したのかカメムシ等
の害虫被害はなかった。
翌 2014 年からは有機稲作の技術を学びなから、その効果を検証し、当地域にあった栽培体系を
確立しようとする“いのち育むモデル水田事業”に取り組みが発展した。病害虫や雑草、珪藻類
や微生物等の生態や関係性を学び、活かしながら、イネが本来持っているチカラを最大限に引き
出そうとする有機稲作。作業のねらいや適期の見極めも明確であった。2014 年の耕作では田植え
後は田んぼに一度も入ることなく、昨年苦労した草取りから解放された。抑草については、いす
み市で取り組んだ全ての農家が成果を得ることができた。しかし、収穫時期についての理解が不
十分であったため収量が今一歩伸びなかった。
無農薬栽培に取り組み、田んぼに多様な生きものが増えることが確認でき、その豊かな生態系
の働きが米づくりに大きく影響することを実感した。産物や取組のPRを兼ねた対面販売の機会
では、安全なものを安心して食べたいと考える消費者が多いことに改めて気付かされた。
2015 年の耕作では、引き続き抑草に焦点をあて技術の研鑚に努め、その効果を検証しながら安
定多収につながる技術も身につけていきたい。学校給食への導入が決まったことで、子どもたち
の未来を支える米づくりという新たな喜びを得た。来年の米づくりではさらに多くの仲間が加わ
ることに期待したい。
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【セッション1】報告:「有機農業の技術と生物多様性」
■氏名:佐藤 繁男(さとう
しげお)
■略歴等:
1952 年1月生まれ 62 歳
42 歳にて有機農業に目覚めそれ以降全作有機農業。
稲作 150a 畑作 10a
有機米栽培グループ「あふあふ倶楽部」代表。
民間稲作研究所認証センター検査員、自然農法センター認定事務局
委託検査員
■報告:
魚沼市、南魚沼市の5軒の農家で「あふあふ倶楽部」という有機栽培米の生産部グループを作って
おり、その代表となり 20 年が経過した。各会員は1~2ha と魚沼では普通の規模である。
私は 35 年間魚の養殖、水中動植物の仕事に携わりながら兼業農家を続けていたが、有機農産物の
日本農林規格が出来たと同時に認定機関に申請し、それ以降認定を継続している。
仕事柄、長年水中の動植物を見てきたおかげで、田んぼの動植物にも関心があり有機水田の生き物の
多様性には関心している。魚沼は毎年積雪が3m前後ありいわゆる豪雪地帯であり農業にとっては冬
の間には農作業はできないそんな私の有機水田のことを技術と動植物に分けて書いてみた。
長年冬期湛水を続けてきたたんぼはアカガエルをはじめ私が確認できた5種類のカエルの大繁殖
地となったが、それはたった1ペアのアカガエルから始まった。昔、子供のころにはアカガエルが我
が家の田んぼに居たのは見たが、近年はまったく気づかず。その元になったであろうと思われる1ペ
アのアカガエルが死んだことによって気がついたのだった。春になって苗代の雪を消していたら1匹
の大きなアカガエルが死んでいた。その時は気づかなかったが、その後苗が大きくなりかけた頃にま
た1匹の大きなアカガエルが苗の上で動かずにジッとしている、具合が悪そうだなと思いそのままに
しておいたのだが、次の日には苗の上から降りて死んでいた。それで前に死んだアカガエルと今死ん
だアカガエルとはペアだったことが分かった。わずか 10aばかりの田んぼから数千匹か数万匹かわ
からないが、カエルが生まれるようになり、またそれを求めて昼間には親子連れのカモ、ヘビが、夜
にはアオサギが多数集まってくる。夕方にはコウモリ、ツバメ、オニヤンマが有機水田から飛び立つ
小さな昆虫類を求めて上空を乱舞する光景は私を幸せにしてくれる。その他、有機水田の動植物の多
様性やそれらを生み出す生産性はすばらしく有機農業をやっていてよかったと思わせてくれる瞬間
でもある。それはたった1ペアのアカガエルからはじまったと思っている。
新潟平野では行き過ぎた圃場整備と除草剤の使用でトノサマガエルがいなくなり、それを餌として
いたアオサギは魚沼に移り棲まざるをえなくなった。人間の都合で住む場所や餌が無くなる動物のた
め有機農業は最後の砦となるだろう。1人でも多くの農業者が目覚めてくれることを希望する。
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私は、親も亡くなり委託していた方も亡くなった。その頃、偶然にも有機栽培を行っていた方と知
り合い感化され、有機稲作を始めた。最初の5年間位は、耕作面積 60aで出た草は全圃場手で取っ
た。朝4時位に起きて会社へ出かけるまで草取り、会社から帰るとまた田んぼに行くという6、7月
であった。
これではきりがないと“カモ”を放鳥した。これもカモの世話やネット張り、思うように草をとっ
てくれないなど5年位でやめた。有機栽培を始めたものの思うようにはならず、技術的にも有機栽培
の理念や理想なども整理が出来ず悩む日が続いた。丁度その頃、偶然にも地元の新聞に農業関係の講
習会があるとの記事が載り聞きに行くことにした。そこに講師の1人として稲葉先生がおられ、話を
聞きその場で民間稲作研究所の会員にしてもらった。それ以来、民間稲作研究所の技術や理想に感化
され一緒に行動するという日々が続いている。同じ志を有する全国の方々との会話や研修旅行など有
意義な楽しい日々が続いている。
稲葉先生の「田植え後には田んぼに入らない」という技術、信念に同感している。年齢も 60 歳を
過ぎれば泥田に入っての過酷な作業は当然難しくなる。田んぼに入らず一定の収量を上げると言う技
術は最も大事なものと思う。
次に、私の有機稲作の技術的なことを書いてみる。雑草に負けない稲を作る。草に負けずに共存し、
あわよくば稲自らが草を抑えて収穫に十分な生長を果たす。それにはひとつのことを実行すれば良い
のではなく、いくつかのことを連動させなければならない。
○十分生長した大きな苗をつくる。大きな苗をつくるのにもいくつも方法はあると思うが、私はポ
ット育苗で5葉以上の苗を目指す。大きな苗の一番の利点は害虫、稲水象虫の被害が目立たなく
なったことである。それまでは植えてから数週間も苗が生長しないことが毎年のことであった。
その結果、稲が自ら草を抑えるということはまったくできない状況が起こっていたが、現在は自
ら抑えるという理想に近づいていると思う。
○大きな苗を植え、その生長をさらに持続するため重要になるのは十分な基肥であると思う。現在
は有機農産物にいろいろな考えがあるが
草に負けない稲自らが草を抑え生長を持続するため
には十分な基肥を施用する。自分は米ヌカ、おから、菜種粕、魚粕、グアノなどを EM 菌で発酵さ
せ 120~150kg/10a前後を施用している。
○また、代掻きから植えるまでの時間をできるだけ長くとり、発生した草を田植えまでの間に処理
する。いわゆる2回代掻きも重要である。魚沼は例年3m前後の積雪があり3mを超えると雪解
けも遅れるが、出来る限り時間をとるようにしている。
○大きな苗の利点のひとつに移植と同時に深水に出来ることがある。稲が十分に生長する間、それ
を助けるために深水を維持することは重要であると思う。ヒエを抑え、コナギなどの低層に生え
る草などを抑制できると思う。また、この時期に発酵資材などを 20kg/10a程度施用すると浮
き草やアミミドロなどの発生を促し、水に色を付けるなど、雑草の抑制効果が期待できると思う。
田んぼには水を入れ続ける。水を温めるために止めたりはしない。最高の水深を維持し続ける。
○植えてから 40 日前後で田んぼは乾かす。いつまでも水を張っているとコナギなどの水生植物は
いつまでも生長を続けるからである。
大きな苗、2回代掻き、深水、十分な基肥の4点が水稲の有機栽培の低労力にとって重要であり,
以上の作業を繰り返すことにより、田んぼに入ることなく年々雑草は数を減らすものと思ってい
る。
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「セッション1」 報告:「命の農業を可能にする水田生物農法」
■氏名:チュ・ジョンサン( 주정산)
■略歴:
iCOOP 生産者会主穀委員会委員長、
ホンソン iCOOP 協同組合推進委員長
生物多様性を育む農法についての研究、田んぼの生きもの調査交流会、
循環農業、疎植栽培についての生産者教育活動、 iCOOP 地域活動家へ
の稲作教育
■報告:
2004 年から、環境に配慮した農産物(親環境農産物)が過剰生産になり、また消費量が生産量より
少ないため、農産物の販売が不振になった。親環境稲作の場合、2003 年までは生産と消費のバラン
スが取れていたため販売に負担を与えなかったが、2004 年から消費者数の増加が少なくなって農産
物が少しずつ残るようになり、2004 年産の米はさらに大量の米が余った。韓国の農業の場合、質よ
りも量を重要視していた。量を重要視すると、コメの味を考慮せずに量だけにこだわる農業が続き、
消費者から背を向けられるようになった。この事が、農民たちが量より質を向上するための努力を開
始するきっかけになった。
洪城(ホンソン)では農民 5 人が「親環境農業研究会」を作り、米の質を向上させる新たな農法を開
発するための試験栽培をすでに始めていたが、その後、2006 年に日本の水田生物調査プロジェクト
チームが、iCOOP 生協の主要穀物生産地の一つである忠清南道洪城郡にあるプルム穀物法人を訪問し
た。iCOOP 生協とともに韓日田んぼの生きもの調査を行ってお互いに交流することを論議し、同年 7
月 16 日から 18 日まで洪城郡ホンドン面一帯で第 1 回韓日田んぼの生きもの調査を開催することにな
った。
その時、日本の稲葉先生の講演会に接して、研究会は 20 人余りの参加農家を増やし、その稲作方
法を翌年から試験的に実施するようになり、この 9 年間の努力で疎植栽培の重要性を認識した。疎植
栽培の場合、栽培方法を地域に合う方式で調整しながら、病虫害防除、台風、除草の効果、歩留まり
や質の向上などを通じて地域の親環境農家の参加が拡大して行き、現在、親環境農家の 80%以上が疎
植栽培を行う地域になった。
その間の韓国式農業を発展させ、現在では地域循環農業の体系を作ったが、まだ有機農業では除草
の問題と病虫害の問題のうち、除草の問題が解決していない。除草の問題をさらに研究して、農民た
ちに伝える努力が必要である。
栽培技術
1)冬期湛水管理 = 秋の収穫が終わると、田に水を溜め、生き物が暮らせる生息地を提供する。その
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時、ドゥムボン(伝統的なため池)は生物たちの避難所の役割をすることになる。また、水を溜める
ことによって田の有機物の分解を促進して次の年の農作業を準備する。
2)基礎肥料投入 = 冬の間、分解が完了した水田に元肥として畜糞、油粕、米ぬかなどを使用する。
畜糞の場合、自家畜糞か抗生物質無投与畜糞を十分に発酵させてから田に投入する。米ぬかの場合
200 坪当たり 150kg(225kg/10a)を基準とするが、窒素が油粕よりも多いために量を適切に調節しな
ければならず、油粕も畜糞や米ぬかの投入量と水田の特性に従って調節して散布する必要がある。
3)畦造成 = 水をたくさん入れて除草の効果を見るため、できるだけ広くて高く畦を造成する。
4)湛水管理や代掻き = 田起こしの後、最初の水張りは雑草が生える時期と田植えをする時期をよく
区分して行う。草の量と田植えをする時期により時期が変わるが、1回目の代掻きで種の発芽を誘導
する。また、苔が多く発生する水田は最大限、水を遅く張る。2回目の代掻きはできるだけ浅くして
種が上がってこないようにしながら、平らにする。
5)種子の選別/熱湯消毒 = 種子は 2.2 ミリ以上の籾を選別して使用。熱湯消毒はウイルス性病原菌
を抑えるためで、粳米(60 度で 10 分)、もち米(60 度で 7 分)の消毒をする。
6)浸種/播種/苗床積み/苗代 = 芽が出るときは 1 ミリ以下にして、あまり長く芽を出さない。田ん
ぼの生きもの農法の播種方法は、1.成苗播種(播種量 130g)、2.条播種(播種量 80g)、3.ポット播種(播
種量 40g)の方法があり、できる限り苗板は風通しをよくして丈夫な苗を育てることが重要だ。
播種後、苗床箱は 15 個以上は積まないようにする。なぜなら、風通しの影響で苗にカビが生えた
り腐ったりする現象を防ぐためである。この後、ビニールと保温カバーで温度を維持し、苗を育てる。
7)田植え = 通常の苗の田植えでは 10cm 程度の苗を植えるが、水張りが難しく、自然と草が多くな
り除草剤を使用することになる。しかし、20cm 以上の大きさの成苗では水を高く張ることができる
ので、水位管理だけで除草を行うことができる。
8)除草管理 = 水田の生物多様性農業では除草方法に米ぬかを使用する。米ぬかは田植えの後、48
時間以内に 300 坪(10a)当たり生米ぬか 80kg を基準に散布する。米ぬかを散布すると、水面に薄い
膜ができて雑草の発芽を抑制することになり、成苗を植えたので水を十分に張ることができ除草効果
がさらに大きくなる。
9)親環境農業では籾を選別する過程から病害虫をどうすれば防げるか悩むことになる。播種量を少な
くし、間隔を広くとって植え、十分に水を張るなど、慣行農業より簡単な栽培技術が身につけば、誰
でも簡単に親環境農業を行うことができる。
-結論- これまでの数多くの試行錯誤を経て、新しい除草技術、病害·虫害防止、米の質の向上などで
発展してきた。農業従事者の年齢が高くなると地域の農業には新しい農法が必要となり、今より簡単
な有機農業の栽培方法を作る必要がある。これによって誰でも簡単に有機農業ができるようになっ
て、参加農家を拡大して高齢による農業人口の減少を防ぐこともできる。
簡単な有機農業の栽培技術の中に除草と病虫害問題があるが、 今回の発表では除草に関して重点
的に発表する。
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【セッション1】報告:
「ウンカ常習地帯での生物多様性有機稲作の実践−その成功のポイン
ト」
■氏名:趙
亜夫 (Zhao Yafu) 元江蘇省鎮江市農業科学研究所所長
■略歴:
江蘇省鎮江農業科学研究所研究員、句容市戴庄村有機農業合作社顧問
1941 年江蘇省生まれ 鎮江農業科学研究所所長、鎮江市人大常務委員会副主
任などを歴任。農業技術、農民組織化の現場指導者として活躍中。また、1982
年には、中国からの初期の農業研修生として来日。以後、鎮江市の農村現場
で、農業技術や理念を通した中日両国の交流を推進してきた。著書に『草苺
品種及栽培技術』
、『桃樹栽培技術図解』など。2013 年 3 月に日本の国会に
当たる中国全国人民代表大会代表に選出、任期は 5 年。
■報告:
江蘇省鎮江市は、長江下流に立地しており、アジア・モンスーン地帯に属する地域である。こうよ
うな気候条件の下で、水田における稲作を表作とし、裏作に麦、なたねなどを作付けする。水田の高
度利用システムが古くから成立していた。
江蘇省の水稲の単収は、日本の約 1.3 倍に増加した一方、化学肥料と農薬の使用量はそれぞれ日本
の 4 倍と 2 倍に当たり、品質の低下は著しく、環境汚染も深刻になっている。今後、多収第一という
これまでの路線を改め、ある程度の収量の確保と同時に、資源節約・環境保全型の品種開発と栽培技
術研究に重点を置かなければならない。
稲作農家の収益向上を図り、農薬と化学肥料の害から農家と消費者を守るためにも、この水稲の優
良品種開発と有機栽培技術の研究・普及は、必ず大きな課題になるに違いない。
2004 年から鎮江市では良質・安全安心な有機米の試作が始まった。
(1) 品種の選択
有機米づくりの場合は、まずその土地に合うよい品種を選び、食味に重点を置く栽培を行なう。鎮
江市で栽培されている主な品種は、日本で 30 年にわたり作付面積連続一位のコシヒカリと九州など
夏の高温地域で栽培されているヒノヒカリである。句容市天王鎮戴庄村有機農業合作社は、コシヒカ
リを 200ha、そして丹徒区上党鎮五塘村有機米合作社は、ヒノヒカリを 100ha それぞれ作っている。
(2) 病害虫の防除
江蘇省でもっとも被害の大きい害虫はウンカとコブノメイガである。ウンカには、地元で越冬する
ヒメトビウンカと南方から飛来してくるトビイロウンカ、セジロウンカ等がある。そしてコブノメイ
ガも同様に南方から飛来してくる。ヒメトビウンカにより縞葉枯病が発生し、この他に、紋枯病、イ
モチ病及びメイガ等による被害も少なくない。
そのため、害虫別に以下のような対処方法が実施されている。
①ヒメトビウンカ
・防虫ネットで苗代を覆うようにする
・小麦畑に生息するヒメトビウンカの飛来ピーク時を避けて田植えが出来るように、育苗と田植え
の時期を調整する。
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②コブノメイガ
・水田の地力、前作の品種及び施肥の状況を総合的に勘案し基肥と追肥の施用量を調整し 6 月末
まで稲の葉色を濃くせず生長を抑える。
③トビイロウンカ、セジロウンカ
・コブノメイガと同じ長距離移動性害虫のため、同様の施肥管理を行ない、成虫の飛来量と水田
内の個体数を減少させる。
この他に、当地ではマメ科植物由来成分であるマトリン(Matrine)を含有する有機認証の殺虫
剤「苦参碱」が開発されている。ウンカ大発生の年に「苦参碱」を使用する。
(3) 育苗
育苗では防虫ネットの使用により苗の生長が早まるので、稲の葉齢が 25 日程度短くなるように、
播種時期を遅らせて調整する。
苗代播種量は 10a 当たりに 60~75kg とし、
本田は 10a 当たりに 2.25kg
とする。
苗代は、冬の間に耕うんし、十分に熟成した有機肥料を入れておく。その上に稲わら、麦わらの炭
(またはもみがらの炭)を入れると、苗の生長にもよく、肥料効果も上がる。
(4) 疎植
当地の慣行栽培では、10a 当たりに 2.4 万株植えるのは普通である。それに対して、戴庄村の有機
栽培では、約 1.33 万株である。稲の株間が 30cm×25cm(13.3 株/㎡)に広くなると、風通しも日当た
りもよく、水田内の生長環境を改善し、稲株の光合成作用を高め病害虫の繁殖を抑制することになる。
このように有機栽培での病害虫のリスクを減らす。後期の倒伏防止にも有効である。
(5) 施肥
有機米づくりに求められているのは、まず米の食味、次に化学由来の農薬を使用しないという安
全性、すなわち一定の収量が得られる場合、増収よりも品質と安全性を優先することである。このた
め、有機米づくりでは基肥にレンゲを使用し、除草と分けつ肥に米ぬかを散布する他、追肥をあまり
行なわない。そのために、戴庄村の水田では冬季にレンゲ等の緑肥を栽培し、ガチョウ、羊を放牧し、
地力向上に努めている。
具体的な施肥方法は次の通りある。①4 月中旬に緑肥をすき込み(10a 当たりに 3,000kg)②田植え
後の 1 週間以内に米ぬかを 10a 当たりに 75kg 施用する。緑肥、米ぬかの分解が遅いため前期の肥効
が弱くて中期が高いというのは大きな特徴である。
(6) 除草
田植え後に、米ぬかまたは酢の粕を原料とする発酵堆肥を施用し、深水管理を行なう。そのため、
湿生雑草と水生雑草の生長が抑制される。
句容市天王鎮戴庄村有機農業合作社は、上述した農法を 10 年以上連続して実施しほぼ成功した。
そして 2009 年からすべての有機米ほ場で化学由来、植物由来及び微生物由来ともいずれの農薬も使
用せずに栽培を行なってきている。
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毎年の 8 月に有機栽培のほ場で実施された検査結果では、稲株に生息する天敵のクモの数はウンカ
の数より数倍ないし数十倍多いことが判明した。そのため、害虫の発生を抑制することが出来た。
そして戴庄村の有機栽培水田では、鳥や蛇の種類が著しく増加し小動物も大幅に増えている。隣接地
域の慣行栽培水田と比較して動物の種類が 107 種多いという調査結果も出ている。
戴庄村では、2007 年から 7 年間連続で水田と傾斜地に米、野菜及び果樹の有機栽培を行ない、こ
れに村内及び周辺の生態林面積を加えると、約 500ha 以上の農用地で有機栽培を行ない、2014 年に
有機栽培の農地面積が 580ha に達し、村全体農地面積の 60%を占めるようになった。そのため、生物
多様性の保護と農業生態系の修復が進んでいる。
戴庄村の農家も有機農業の普及により生活水準が大
幅に向上している。
有機米ほ場の害虫と天敵に関する調査結果
ウンカ
クモ
(匹/株)
(匹/株)
8 月上旬
0.1
1.3
13
4
碧風
8 月下旬
1.2
2.1
1.8
2
コシヒカリ
8 月上旬
0.2
10.4
52
5
2012.8.23
コシヒカリ
8 月上旬
12.3
18.2
1.5
5
2008.7.7
品種
出穂期
コシヒカリ
天敵倍数
調査
ほ場数
注:2008 年にウンカの発生数が多く、2011 年と 2012 年に少ない。
21
時期
2011.8.22
【セッション2】テーマ:
「生きもの調査と生物の多様性を育む農業技術の評価をめぐって」
■座長:城所 隆(きどころ
たかし)
■略歴等:
元宮城県古川農業試験場長。
東京都出身。信州大学農学部卒。弘前大学大学院修士課程修了。応
用昆虫学を専攻し、集合性昆虫の生態や昆虫の光周反応による季節
適応について研究。1975 年宮城県職員に採用され、研究機関や病害
虫防除所などで害虫の発生予察や総合的管理(IPM)に関する研究
や調査業務に従事。2009 年に「寒冷地における稲作害虫の発生予察
法と IPM に関する研究」で日本応用動物昆虫学会賞受賞。農地にお
ける生物多様性管理(IBM)にも関心がある。
■副座長:斉藤 光明(さいとう みつあき)
■略歴等:
NPO法人オリザネット代表
1973 年から秩父多摩国立公園内の石灰石採掘問題と自然保護に取
り組む多摩川上流の自然を守る会に参画、ほか多摩川水系自然保護
ひらかた
団体協議会、荒川下流の自然を考える会、あらかわ学会、平方エコ
ネットプロジェクトチーム、2003 年より現職。主として河川と農業
の生物多様性に関する活動。越谷市環境推進市民会議会長。
■趣旨:
農業は、ヒトにとって有用な資源である作物を生産する。その作物を様々な生物が加害し、収量や
品質を低下させる。これを排除するため、神頼みの時代、天然物や単純な化合物による防除の時代を
経て、ようやく効果の高い化学合成農薬の時代がやってくる。しかし極端に農薬に依存した病害虫防
除は、やがて抵抗性の発達、潜在害虫の顕在化、環境中への長期残留などの問題を引き起こした。そ
の反省から総合的有害生物管理(Integrated Pest Management=IPM)の考えが生まれ、この半世紀の間
に少しずつ 農業現場に定着していった。IPM で登場する生物は、利害の中心にいる生きものである
ヒトとの関係で、有用な作物、有害な生物、そして防除手段の一つである天敵などに限られる。
ところで、水田とこれに付随した環境(畦畔、用排水路、ため池など)に生息する生きものをリス
トアップした「田んぼの生きもの全種リスト」(桐谷編、2010)には、5,000 種以上が掲載されてい
る。その大部分が、有用でも有害でもない「ただの虫」「ただの生きもの」である。害虫とされる種
類でも、数が少なければ「ただの虫」と考えれば、有害生物はさらに少なくなる。
農地を含む里地里山には、絶滅危惧種の半数以上が生息するといわれ、IPM と生物保全を両立させ
る「総合的生物多様性管理=Integrated Biodiversity Management=IBM」
(桐谷、2004 など)が提案
された。農業現場でそれをどのように実現するかは、多くがこれからの課題といってよいだろう。セ
ッション2では、農業生産の場で多様な生きものが存在する意味を考えながら、その調査法や、得ら
れた結果の評価法、生物多様性と農業技術の関係などについて議論し今後の方向を探りたい。
【キーワード】農地の生物多様性、IPM、IBM、生きもの調査、環境評価、環境指標、生物保全
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【セッション2】報告:「環境と生きものから見た稲作農業」
■氏名:向井 康夫(むかい
ここに写真を添付ください。
やすお)
■略歴等:
東北大学 生命科学研究科 群集生態分野 助教
大阪出身。大阪府立大学大学院博士後期課程修了(農学博士)。応
用昆虫学を専攻し、稲作地域にすむ水生昆虫の生活史と季節的な生
活場所利用について研究。水生昆虫だけでなく、人間を含め、水田
に関わる1mm以上の大型水生および陸生動物の多様性、生活様式、
種間の相互作用に興味を持ち、研究を続けている。
■報告:
湿地は世界中で最も生産性が高く、特有の生活様式を持った生物相を擁する、生物多様性の高い環
境のひとつである。また、湿地は高い生物多様性だけではなく、洪水の緩和や水の供給、漁獲、炭素
の貯蔵、窒素や燐酸の循環といった多面的な機能をもち、高層湿原のように恒常的なものから、水溜
りや河川後背湿地、氾濫原のような一時的なものまで、持続期間や規模は非常に多様な環境である。
湿地は世界中に分布しており、陸地の 5%を占めるとの報告もある。しかし、世界中で湿地の農地へ
の転換や埋め立てによる陸地化が行われてきた結果、原生の湿地は急激に減少しつつある。全世界で
は、全湿地の 50%以上が消失したと考えられている。生息地の消失に伴い、湿地生態系の生物多様
性の低下や、種の絶滅が起こりつつある。
近年、湿地の価値が見直されつつあり、1971 年に締結されたラムサール条約では、主に水鳥の保
全のための生息地として多数の湿地が保全されるようになった。
モンスーンアジアの河川周辺では、雨季に河川や湖の氾濫により氾濫原ができ、乾季には規模が縮
小もしくは水域が消失する、という一時的な湿地の季節変動が見られた。それらの湿地を止水性の水
生生物が多様な方法で利用して生存してきたと考えられている。このような湿地環境は稲作農業の発
展に伴い、氾濫原や扇状地などの湿地環境の多くは、水田に転換されてきた。
水田は、稲作のために、毎年同様の季節に同様の管理が行われるため、規模、湛水期間、水深など
の条件が非常に強く制御された、正確な季節性を持つ湿地環境である。水生生物にとって水田は、稲
作農業が行われる以前にあった不定期の氾濫ででき、規模や持続時間の不安定な氾濫原に比べて、予
測しやすい環境、と思われる。一般的に、生息地の改変は生息する生物に大きな影響を与えると考え
られている。しかし、自然湿地のほとんどが縮小、消失もしくは生物の生息地としての機能が低下し
つつある現在、多くの水生生物が水田およびその周辺の水域に依存して生活している。水田環境が氾
濫原など自然湿地起源の生物にとって好適、と言い切ることはできないが、現在、水田環境には多く
の野生生物が生息しており、その季節性に依存していることが明らかになりつつある。
氾濫原などの一時的な湿地は、長期・広域的に見ると、洪水などの不定期的な撹乱により維持され
てきた。しかし、現在多くの水生動物を擁する水田は、湧水地などを除くと、耕作放棄後、植生遷移
により陸地化し、水生生物の生息地としての機能を失ってしまう。水田は農業者が持続させている湿
地環境であり、稲作農業の継続は、衰退しつつある水生生物に、予測性の高い生息地を提供し続ける
ことを意味すると考えられる。
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【セッション2】報告:「農業者を主体とした赤とんぼ保全に向けた調査・実践活動 」
■氏名: 神宮字 寛(じんぐうじ
ひろし)
■略歴等:
東京都生まれ。東京農工大学連合大学院修了後、秋田県立大学を経
て2007年4月より宮城大学食産業学部の教員。
農村地域の水辺に生息する動植物の保全に有効な農業農村整備技
術について研究している。
■報告:
童謡「赤とんぼ」は、日本人が好む愛唱歌アンケートの 1 位となることが多く、日本人にとって最も親しい昆
虫のひとつである。秋の夕やけに照らされた赤とんぼの群れは、農村の原風景ともいえる。
しかし、近年、研究者らの指摘によって赤とんぼの舞う風景が過去のものとなりつつあることがわかってき
た。上田(2008)が行った調査によれば、全国的にアキアカネの減少が著しいものとなっている。アキアカネ
の減少要因は、水田環境の変化と関係があり、複合的な要因によるものと考えられる。
しかし、2000 年以降の急激な減少は、育苗箱に施用する農薬の影響が大きいと指摘されている。育苗箱
に施用する農薬とは、浸透移行性農薬と呼ばれる殺虫剤である。この農薬は稲体に成分を吸収させ害虫
の食害を防ぐことを目的とし、分解速度が速いといわれている。したがって、環境負荷が少ない薬剤
として注目されている。また、従来の農薬に比べて、農業者の人体への曝露影響が少ないことも利点
となっている。
この現状に疑問をいだき、自らの水田農業を赤とんぼの視点で見つめ直す取り組みが、宮城県大崎市の
農村地帯で進められている。この取り組みは、農業者、JA、消費者、生協および大学が連携して赤とんぼの
舞う水田風景の復活に向けた取り組みである(図 2)。この取り組みでは、農業者が自らの水田で発生する赤
とんぼの種数や個体数を調査する。調査した羽化殻や農法に関するデータを JA に提出し、その結果の分析
を大学が行い、結果を農業者に還元している。農協は調査に係る事務的な窓口となり農業者の相談に応
じる体制をとっている。この取り組みは、2009 年から始まり今年で 6 年目を迎えた。その間、水田
から発生する赤とんぼの現状把握から、赤とんぼを増やす農業への取り組みに発展している。例えば、
より赤とんぼに影響の少ない殺虫剤の選択や農薬の散布量を減らす技術の導入など、赤とんぼを増や
す農業技術の導入が行われている(図 3)
。
この取り組みに参加した農業者の意見は様々である。例えば、「圃場に行ってヤゴを見つけるのが
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「環境と安全に配慮した農業!実践することは自らも幸せに感じます」といった意見
がある一方で「毎日の調査は大変だった。また、いないので面白くなかった」、「全然みつけられず、
残念だった」「楽しみながら通ったのに 1 個のみだった」といったアンケートの回答があった。
省力化や大規模化を目的とした農業技術は、ともすると農業者が水田を赤とんぼの目線で観察する機
会を奪ってしまうのかもしれない。水田の価値を図るには、経済的価値という物差しが必要不可欠なの
は言うまでもない。しかし、生物多様性を直感的に理解できる価値、例えば「赤とんぼの舞う風景を生み出す
水田」、という価値で水田を図ることも大切な事だといえる。
26
図 1 アキアカネの減少曲線
日本自然保護協会会報『自然保護』2012 年 9・
10 月号「新・生命の輪」より
図2
図3
農業者を主体とした赤とんぼ調査の組織体制
赤とんぼ調査の取り組み内容
27
【セッション2】報告:「中国本土における有機農業の生態系環境効果に関する現状調査」
■氏名: 王 磊 (Wang Lei)
■略歴等:
中国国家環境保護省南京環境保護研究所有機食品発展センター研
究部主任補佐
2009年~2012年
中国科学院南京土壌研究所
2012年~現在
中国国家環境保護省南京環境保護研究所有機食
品発展センター
■報告:
慣行農業との比較を見ると、有機農業生産が生態系の環境効果に及ぼす影響については、中国本土
では明らかになっていない。本研究の目的は、中国本土から代表的な有機農業生産地を選定し、主要
農産物の生産団地を調査対象に、それぞれ有機農業と慣行農業の下では生物多様性、面的汚染源、土
壌環境の質に生じた違いを調査することである。
本報告では、中国江南地方の例を取り上げて長期にわたる有機野菜栽培、米麦栽培による生物多様
性、面的汚染源、土壌環境の質に及ぼした影響を紹介する
【資料構成】
1.
研究課題の概況
1)研究背景
有機農業の効果→地力向上、汚染源の抑制、地域環境の改善、生物多様性の増加、生態系環境の
改善
現状調査は、有機農業による生態系環境効果をデータで示す
2)研究方法 定点観測 4 か所
黒竜江省の大豆農場、河北省の野菜農場、江蘇省の米農場、江西省の茶園
センサス調査地 13 か所
アンケート調査 40~50 件
3)調査方法
①植生層動物多様性の調査方法
②土壌層動物多様性の調査方法
③水田動物多様性の調査方法
④面的汚染源の調査方法(実験圃場の整備)
2.
江南地方の有機野菜、米麦の栽培を例に
(江蘇省の野菜農場、江西省と湖南省の茶園、湖南省の果樹園、江蘇省と上海の米農場)
1)動物多様性
2)面的汚染源の紹介
3)窒素、燐の流失
4)温室効果ガスの排出
5)土壌質の現状(土壌の重金属)
6)土壌微生物の多様性
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【セッション2】報告:「有機栽培を通して日本の農業のあり方を感じた事」
■氏名:安部 光枝(あべ みつえ)
■略歴等:
有機農産物栽培農家。
稲作 40ha、大豆7ha、その他野菜 0.2ha の大部分を有機栽培し、生
産行程管理責任者として栽培を含め従事している。
2013 年3月、カネサオーガニック味噌工房を設立し、自家栽培して
いる。有機米、有機大豆を使用した有機米麹、有機味噌の販売を目
指しただ今申請中。
■報告:
多くの農薬や化学肥料を使用する事で、自然に与える影響を憂慮し、わずかずつ始めた有機栽培で
したが、その技術を確立しようとする努力を続けているうちに、有機栽培した農作物は厳しい天候に
耐えうる力を持っている事、土がとろとろに変わっていき、水田を覗けばそこには、足の踏み場に迷
う程のカブトエビが発生し草を取り、表層剥離を抑え藻の発生も抑制する働きをしてくれている事な
どが実感できる様になった。
環境保全型農業は一般にも受け入れられる様になり、その取組に参加する農業者も増えたが、農地
の集約化や米価格の下落に伴いコスト削減の重視で効率の良い農業を推し進められる風潮にあるの
ではないかと心配している。
はたして日本の農業はコスト削減のみを重視して、このまま持続していけるのだろうか。美しい風
景や里山を守り、そこに住んでいる様々な生き物と共存する術はないのだろうか。
そこには日本の国の将来を見通せる政策が不可欠ではないかと思っている。それを我々農家がアプ
ローチするためには生き物調査を全国的なネットワークにし、且つ継続的な取り組みが必要なのだと
感じた。
調査方法や、得られた結果の発信方法を学び、有機栽培農家として、毎日田んぼで出会っている生
き物達の活き活きとした姿を皆様にお知らせしたい。
29
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30
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【セッション2】報告:「iCOOP 生協 水田湿地調査団の田んぼの生きもの調査」
■氏名:キム・ヒョンスク(김현숙)
■略歴等:
iCOOP 生協水田湿地調査団。
生協の組合員として物品の購入をしていたが、2008 年ホンソンでの
水田生態教育を受け、水田の魅力にとりこになり、現在に至る。
都市農村交流事業担当。テグ幸福 iCOOP 生協理事。
■報告:
消費者と生産者の協働で韓国農業の代案を作り、実践している iCOOP 生協は重要な主要食糧品であるコ
メの二重価格制を実施するなど、主穀のコメ消費を増やす努力をしてきた。
2006 年、iCOOP 生協は主要穀物生産地の米の味の品質問題をきっかけに、生物多様性を生かす農法でコ
メの質を高めながら生産者と消費者、市民団体と研究者そして地域住民が参加して田んぼの生きもの調査
をしている日本と初めて交流を始めた。
日韓の交流会を基点にして、2008 年、市民調査団メンバーは6つの生産地のテスト水田で本格的な調
査活動を始め、2014 年現在まで全国 12 の地域の水田で 768 種(「2014 年 iCOOP 生産地生物多様性の報告
書」より)の生物を観察した。
ほとんどの市民調査団メンバーは田んぼや生きものとはほとんど接することのない都市の消費者で構
成されていて、田んぼに入ることから不慣れの連続だった。植物、水生生物、両生類、トンボやカメムシ
など、様々な分野の専門家たちの教育と現場経験によって、生き物たちが息づく田んぼの魅力にだんだん
夢中になった。しかし、1ヵ月に1、2回の調査では不慣れな生物の名前を覚えることすら困難であった。
2010 年までに合計 544 種の生き物が調査され記録されたが、地道な調査によって調査方法と同定能力が
向上し、また資料の蓄積で種の分類を細かくできるようになり、確認種数が増加した。
田んぼの生きもの調査を集中的に行う水田湿地調査団とともに、地域生協の都市消費者たちの多様な農
作業体験(種籾の消毒、代掻き、田んぼの生きもの体験、田植えと収穫など)と田んぼの学校への参加は、
田んぼという空間が稲を初めとする多様な生命体を育てる湿地として機能するところであることを教え
てくれた。また、生物多様性を活かす農業を実践し、農村の環境を復元することが、未来に向けた持続可
能な農業であることに共感する大事な経験だった。
2013 年、全国 15 地域、2,700 人余りの市民が田んぼの学校に参加しており、生産地の田んぼまで簡単
に行くことのできないアクセスの問題は、都心の田んぼを借りて稲作をしたり、また売場の横や屋上にバ
ケツ稲を植えて育てる方法で参加の多様化を試みている。
この活動を持続して発展させるための活動メンバーの確保と田んぼの生きもの調査や啓蒙活動を積極
的に知らせ、実践する市民活動家育成プログラムである'田んぼの生態案内者コース'は活動の体系化をも
31
たらし、持続する力になった。また、韓国水田湿地ネットワークで発行した<田んぼの生きもの図鑑>、<
田んぼの生きもの調査マニュアル>、<田んぼの生きもの下敷き>は初心者はもとより、既存の生きもの
調査に役立つ資料として現場で積極的に活用されている。そして、田んぼの学校を実践する基本情報と事
例を盛り込んだ<田んぼの学校体験資料集'田んぼであそぼう'>は田んぼの学校を初めて実践するとこ
ろでも容易に活用できるように役に立っている。
2014 年、iCOOP 生協水田湿地調査団の生物調査は水田だけに限らず、畑の生物調査も並行した。その最
初が有機の梨畑での生物多様性調査である。畑の生物は蛾の幼虫、甲虫類などの専門家の助けなしには同
定がむずかしい生物たちが多くてたいへんだが、この活動をもとに来年は様々な生産地で多様な生物を生
産者、消費者そして、調査団が一緒に参加して確認する都市と農村交流プログラムとして実施する予定で
ある。これは親環境農業や持続可能な農業に対する生産者と消費者間の利害の違いを埋め、倫理的消費と
生産を拡大発展させる都市と農村の共生のステップになるだろう。
韓国の生物多様性 CBD COP12
2014 年 10 月、韓国で開かれた生物多様性条約第 12 回締約国会議(CBD COP12)で、水田湿地ネットワ
ークは 10 月6日から 13 日まで8日間、田んぼのブースとコウノトリ村のサイドイベントを実施し、参加
者の注目を集めた。10 月 17 日に閉幕した CBD COP12 は、議長国として韓国政府の失望に値するほどの不
十分な総会の準備、生物多様性を向けた努力と政策の不在、名古屋議定書をついに批准しなかったことな
ど、実践が伴わない言葉だけの<江原道宣言文>が採択された。韓国の生物多様性も正しく守ることがで
きないのに、どのようにして生物多様性のために国際社会をリードしていけるのかどうか疑わしいが、国
際社会で 2020 年の'愛知目標'に向けて重い足取りで進んでいくことを希望している。
<2014 年 iCOOP 生協生産地 生物多様性 調査結果>
月
調査産地
調査生物種
調査
総確認
(植物種/動物種)
年数
種数
特別種
ヨコエビ、サンショウウオ、ヨシノボリ(ハ
5月
全北 プアン
87 種 (37/50)
5年
200
6月
全北 コサン
122 種 (55/67)
4年
400
チョウセンブナ、カブトエビ
全北 ハムラ
88 種 (37/51)
2年
150
マルミズムシ
忠南 イェサン
64 種 (動物)
1年
忠南 ホンソン
125 種 (63/62)
4年
83 種 (51/32)
1年
江原 ヤング タンボン
107 種 (50/57)
1年
トカゲ、ギンヤンマ
江原 ヤングパンチボール
94 種 (52/42)
1年
ホソミオツネントンボ
慶北 サンジュ
112 種 (59/53)
5年
7月
8月
9月
忠南 チョナン
(梨畑)
2014 年
同定できなかったもの
植物8種、動物 31 種
32
ゼの1種)
チョウセントノサマガエル、タウナギ
349
331
ザリガニ、タウナギ、タマカイエビ
ヨシノボリ(ハゼの1種)
ミナミヌマエビ、カブトエビ
【セッション3】テーマ:「生物の多様性を育み農業・農村を支える地域づくり」
■座長:呉地 正行(くれち
まさゆき)
■略歴等:
NPO法人蕪栗ぬまっこくらぶ理事長
神奈川県出身。東北大学理学部卒。日本雁を保護する会会長を務め、
日本へ渡来する雁とその生息地を保護・保全する活動に取り組む傍
ら、ラムサール条約湿地の蕪栗沼などを舞台に市民参加型の自然再
生運動や地域興しを実践している。特に最近の循環型農業や生物多
様性水田の新たな展開として注目されている「ふゆみずたんぼ」の
啓蒙普及に力を注いでいる。
■副座長:舩橋 玲二(ふなはし れいじ)
■略歴等:
NPO法人田んぼ研究員
東京都出身。(財)日本生態系協会勤務の後、フリー。日本文理大学
環境科学研究所客員研究員。NPO法人田んぼでは、津波被災地の
水田復元事業等に参加。里地に住むカエルやサワガニ等の生きもの
調査をしながら、生きもののいることの大切さ、地域らしさや地域
の誇りを実感してもらえるよう努力している。NPO、自治会等、
様々な立場で活動をしながら地域環境の向上を模索している。
■趣旨:
近代農業は、単一作物を大規模に栽培するために農法の改良や圃場の整備が行われてきたが、整備
が進むにつれて生物の豊かさは大きく失われてきた。元々、水田等の農地では主とする作物以外にも
多様で身近な動植物が生育・生息し、これを利用してきた。生物多様性は、「地域の豊かさ」そのも
のでありごく当たり前の存在でありながら、衣・食・住に関わる様々な産物を得られたり、環境調節
や防災機能、精神的な安らぎや文化の醸成など多様な価値を有している。
セッション3では地域の生物多様性を育む上で農業の果たす役割について、またそれを支える仕組
みや地域づくりについて議論する。生物多様性の向上を目指す取り組みは、継続的で地道な努力の積
み重ねであると同時に、地域の気候風土、社会的慣習、圃場等の整備状況などとうまく整合させなく
ては実現できない。各パネラーからは、生物の多様性を育む農業と地域づくりについて、行政、企業、
消費者、研究者、NGOがそれぞれの立場からのアプローチをご紹介いただく。さらに、生きものを
育む農業を進める上で、特に初期の段階では様々な課題に直面するが、課題克服にむけたリスク負担
の工夫、農業従事者のメリットにも目を向け、これから生きものを育む農業に取り組む地域へのメッ
セージとしたい。また、次世代につながる持続的な農業、地域づくり、人づくりについて議論を深め
たい。
【キーワード】
生きものを育む農業
地域資源 地域づくり
33
環境負荷低減
6次産業 循環型社会
【セッション3】報告:「ラムサール条約湿地登録渡良瀬遊水地の(賢明な活用の3本柱)」
■氏名:日向野 貞二(ひがの ていじ)
■略歴等:
小山市企画財政部長
■報告:
平成 24 年7月3日に、世界のラムサール条約湿地に登録された渡良瀬遊水地は、小山市の「宝」
であり、小山市は、第1に治水機能確保を最優先とした「エコミュージアム化」、第2に「トキ・コ
ウノトリの野生復帰」
、そして第3に「環境にやさしい農業を中心とした地場産業の推進」を「賢明
な活用の3本柱」として、平成 26 年3月に「渡良瀬遊水地関連振興5ヶ年計画」を策定し、その推
進に努めている。
第1の治水機能確保を最優先とした「エコミュージアム化」は、国土交通省が渡良瀬遊水地第2
調節池の掘削により整備する「浅い池」
、
「深い池」、それらをつなぐ「水路」等を活用し、そこに園
路や木道等を整備し、東京圏の小中学生や、親子連れ、ハイカーなどに、自然観察や自然体験の場
を提供する「エコミュージアム」として、整備を図っていく。平成 26 年度については、生井桜づつ
み南の近傍の約 8.6ha の掘削により、湿地再生が進められており、これにより整備される「浅い池」、
「深い池」等を国土交通省と連携して、自然観察や自然体験の場として活用していきたいと考えて
いる。
第2の「トキ・コウノトリの野生復帰」については、その実現のため「ふゆみずたんぼ」を活用
し、トキやコウノトリの餌となるドジョウやカエル、小魚などが年中生息できる環境整備を推進す
るほか、自然放鳥されたトキやコウノトリが、第2調節池及び周辺地域に飛来し、採餌・巣作りが
おもいがわ
できるよう、渡良瀬遊水地第2調節池・ 思 川 の湿地再生等を、そして周辺水田の湛水化による環境
整備を図っていく。
なお、去る 10 月 18 日(土)午前 11 時頃、渡良瀬遊水地上空に7羽のコウノトリが飛来し、トキ・
コウノトリの野生復帰に向けての追い風となった。
第3の「環境にやさしい農業を中心とした地場産業の推進」については、
「ふゆみずたんぼ」を活
用した、無農薬・無化学肥料による安全・安心な「ラムサールふゆみずたんぼ米」の生産拡大、農
家の経営所得の安定・向上を図るための川魚「ホンモロコ」養殖の拡大、市内小中学校へのヨシズ
設置をはじめとした、ヨシ紙やヨシ堆肥づくりなど地場産業の振興につなげていきたい。
34
35
【セッション3】報告:「水田養魚にみる稲作農業遺産」
■氏名:楊
平(よう へい)
■略歴等:
筑波大学大学院人文社会科学研究科を経て、
2007 年より琵琶湖博物館に勤務。
社会学専攻。博士(社会学)。
「湖」を主なフィールドとして、「水や水田環境」や「自然と人」
について環境社会学的調査研究をしている。
■報告:
東アジアでも有数の稲作地帯の湖である長江下流域の太湖は、稲作農耕と漁業が盛んである。
その集水域には、稲作と養魚を相互促進させることによって、自然との互恵関係をもつ稲作農業シ
ステムを成立させた。
特に伝統的な「稲漁共作」や「桑基魚塘」(農業・養魚が結合した農業)といった資源の多様的利
用による水田稲作システムが特徴である。
太湖の内の水田においても、水田と養殖池の配置による水田漁撈の工夫や、用排水、魚類や動植物
等の資源利用も多様である。
ここでは長江下流域の太湖周辺で行う「水田養魚」をめぐる稲作農業について紹介する。
36
37
ねい
【セッション3】報告:「生物多様性を育む農業、農村を支える村づくり
-韓国、禮山(イェサン)郡のコウノトリ村づくりの事例」
■氏名:ソ・ドンジン (서 동진 Suh Dongjin)
■略歴等:
韓国教員大学校 コウノトリ生態研究院 研究員
イェサンコウノトリ公園主任研究員
コウノトリ農業連合会 営農組合法人 理事
イェサン郡
親環境農業人連合会 副会長
■報告:
◎ 禮山郡と地域住民のコウノトリ復元事業活動の沿革
2009 年 忠清南道禮山郡、 コウノトリ復元対象地選定(文化財庁の公募事業)
2010 年 禮山郡光時面(グワンシミョン) 大里(デリ)、 コウノトリ故郷村選定
コウノトリ棲息地造成のため親環境作物班「コウノトリ水田暮らし 1 班」が発足
2011 年 コウノトリ生態農業連合会発足(村の作物班で構成)
コウノトリ生態農業研究会発足
2012 年 禮山コウノトリ圏域事業着手
禮山コウノトリ公園造成着工、研究・試験水田運営(魚道, ビオトープ設置)
2013 年 禮山コウノトリ公園竣工
(社)コウノトリ・サラン、コウノトリ保護活動
2014 年 コウノトリ帰郷式
コウノトリ放鳥準備のための田んぼの生きもの調査(田んぼの生物 70 種を調査)
2015 年 コウノトリ野生復帰
◎ コウノトリ生態農業連合会の経緯
生産量(M/T)
年度
面積(ha)
農家数
集落数
2010
4
10
1
17
2011
45
67
3
280
2012
99
103
11
533
17
2013
143
130
11
500
400
2014
175
149
13
500
600
38
無農薬認定
有機認定
備考
◎ 関連事業の進行状況
事業名
事業概要
事業費
事業
(百万ウォン)
期間
合計
69,188
禮山コウノトリ公園
研究施設
造成事業
(136,958 ㎡)
19,000
禮山コウノトリ故郷棲息 コウノトリ故郷の
地環境造成事業
12,000
森事業(200ha)
禮山コウノトリ圏域単位 基礎生活基盤拡充
総合整備事業
コウノトリ村侵入道路建
設事業
4,774
事業
1.65km(B12m)
7,000
光時面所在地総合整備計 水辺駐車公園
画
看板整備など
ムハン川生態河川
水質浄化湿地造成
復元事業
(9km)
9,473
15,000
デリ小河川(デリ川、アン 生態河川整備
サルモク川)整備事業
1,326
(936m)
コウノトリ生態親環境農 コウノトリ放鳥
業団地造成
親環境農業(200ha)
615
◎ 課題
○ 生物多様性を通した自然回復、所得増大。
○ 地域内の親環境物質循環構造をどのように構築するか。
○ 親環境ネットワークの拡大。
○ 非交易的な価値の強化を通した地域特化
○ 親環境的な行動、思考と暮らしの質の向上
39
関連部署
備考
2009
~2013
2010
~2013
2013
~2017
文化財庁
環境部
コウノトリ
棲息地
2012
農林
魚道
~2015
畜産部
ビオトープ
2013
国土
~2015
交通部
2012
農林
~2015
畜産部
2012
~2016
環境部
生態河川
2011
消防
~2012
防災庁
2010
農林
コウノトリ
~2016
畜産部
棲息地
魚道
【セッション3】報告:
「環境負荷低減に向けた地域資源の利活用(循環型社会構築)」
■氏名:淺見 紀夫(あさみ
のりお)
■略歴等:
株式会社一ノ蔵 名誉会長
1945 年 仙台市生まれ
1967 年 東京農業大学醸造学科卒
1973 年 県内4酒造会社により株式会社一ノ蔵設立
1998 年 株式会社一ノ蔵代表取締役社長
2010 年 株式会社一ノ蔵代表取締役名誉会長
2014 年 株式会社一ノ蔵名誉会長
関係団体
おおさき発酵と食文化研究会代表
宮城県食品産業協議会会長
■報告:
1.一ノ蔵と農業の関わり
経営理念「一ノ蔵は人と伝統を大切にし、醸造発酵の技術を活用して、安全で豊かな生活の提案
をすることにより社員、顧客、地域社会のより高い信頼を得ることを使命とする」
① 手作り高品質の酒造りでブランド力向上と使用玄米数量の拡大。結果製造販売数量は 40 年間
で当初の5倍、それに伴う原料米の購入数量は8倍となった。
② 松山町酒米研究会の発足 酒造用米の品質向上と契約栽培の促進
③ NPO環境保全米ネットワーク
災害に強い、環境にやさしいコメ作りを行う団体の会員で
他に毎年金銭支援。
④ 蕪栗沼の「ふゆみずたんぼ」有機栽培農家との契約栽培と「ふゆみずたんぼ米仕込純米酒」
の販売、金銭支援
⑤ 2004 年 一ノ蔵農社の設立
目的 酒造用米の品質向上と栽培技術の蓄積
松山町酒造用米特区申請
栽培農家の高齢化とたんぼ賃借で農作放棄回避
減反転作作物の農産加工
ソバ、大豆、野菜
2.2011 年 おおさき発酵と食文化研究会を発会。
「醸造発酵産業による農業の振興と地域の活性化」
大崎地方は清酒、味噌醤油、糀、納豆などの伝統発酵産業の県内最大集積地。
活動目的は発酵による農業振興、発酵による地域活性化、発酵による市民の健康増進。
現在まで温泉旅館などの飲食店、弁当給食店での発酵を取り入れたメニュー開発、スイーツ菓子店
の発酵商品開発、農産加工業者の発酵食品開発を推進。
今年度からは大崎市民と飲食店の糠漬け等の発酵漬物の普及を行う。
40
3.宮城県食品産業協議会は「オールみやぎの食品づくり」を推進するため、東北大学農学部や、公
設試験場と共に食品開発研究プラットホームを構築。産学官連携により中小規模食品製造業が開発
にかかわる技術、知財、マーケティングなどをワンストップで行える仕組み。
県産農産物を原料とした食品の開発を行うことで、県農水産業の振興を支援する。
4.今後の対応
① 加工原料米としての高品質で多様なコメ作りの推進
② たんぼの集約推進と農業経営の効率化
③ 有機栽培米など環境にやさしいコメを原料とした商品群の拡大
④ 伝統作物など地域特産作物の発酵による加工食品開発
⑤ 農産物を原料とする発酵食品の市場拡大
41
【セッション3】報告「『生きもの豊かな田んぼ』の取り組み」
■氏名:橋部 佳紀(はしべ
よしのり)
■略歴等:
2000 年(株)アレフ入社、恵庭エコプロジェクトに配属。2003 年、
省エネ推進チームリーダー(2013 年まで)。2005 年、「ふゆみずた
んぼ(冬期湛水水田)」を中心とした農薬や化学肥料を使用しない
稲作の北海道への普及を目指す「ふゆみずたんぼプロジェクト」立
ち上げ。立ち上げから携わり、リーダーとして現在に至る。2011
年から分析センター、2013 年から農業チームのリーダーを兼務。
■報告:
株式会社アレフはハンバーグレストラン「びっくりドンキー」を中心に全国に約 300 店舗を展開す
るレストランチェーンである。現在アレフでは年間約 4,000t のお米をレストランの食材として調達
しています。お米の取り組みは 1996 年から「省農薬米」の取り組みとして始まり、今日ご紹介する
「生きもの豊かな田んぼ」の取り組みに発展している。
1.
「省農薬米」
:栽培期間中に除草剤1回のみ農薬の使用を認めた、アレフのオリジナル規格のお米
である。理念に共感する生産者との契約を増やし、2006 年にはびっくりドンキー全店で「省農薬米」
の提供が可能になった。産地では、農薬を減らしたことで生きものが戻ってきた、といった声が聞か
れるようになった。
2.ふゆみずたんぼプロジェクト:宮城県などで行われていた「ふゆみずたんぼ」の北海道での実証
と普及を行うため、2005 年にふゆみずたんぼプロジェクトを立ち上げた。北海道恵庭市の自社敷地
内に 1,000 ㎡の実証田を作り、従業員が自ら米づくりを行うとともに、従業員や一般市民が農作業や
生きもの調査を体験できる場として公開している。また興味を持った生産者の水田でも北海道型のふ
ゆみずたんぼの実証を行ってきた。
3.「生きもの豊かな田んぼ」
:これら2つの取り組みを発展させ、2009 年より「生きもの豊かな田
んぼ」の取り組みを開始した。田んぼの生物多様性を、本業を通じて、生産者とお客さまとともに守
ることが目的である。
「生きもの豊かな田んぼ」の栽培基準は、農薬、化学肥料を使用しない栽培、
生産者自らによる田んぼの生きもの調査、ビオトープ、魚道、ふゆみずたんぼなど、生物多様性の向
上に資する取り組みを行うことである。2011 年には「生きもの豊かな田んぼ」の作付面積は 100ha
を超え(調達量全体の約 10%)、2012、13 年度にはびっくりドンキー22 店舗でライスとしてのべ 400
万食を提供している。
42
43
【セッション3】報告:「めぐみ野(みやぎ生協の産直)活動を通じた生産者と消費者の
交流」
■氏名:大越 健治(おおこし けんじ)
■略歴等:
1964 年 宮城県多賀城市生まれ
1983 年 山形市立商業高校卒業
1988 年 富山大学卒業
1988 年 みやぎ生協入協
2011 年 みやぎ生協産直推進本部事務局統括
2013 年 みやぎ生協生活文化部長
2014 年 みやぎ生協専務理事兼産直推進本部長
■報告:
みやぎ生協はメンバー数 67 万人、県内世帯数対比で7割を超える加入率の生協である。店舗事業、
共同購入(宅配)事業を中心に、暮らしに関わる様々な取り組みを行っている。
みやぎ生協の産直は 1970 年に開始された。いわゆる一般的に言われている「産直」=「産地直送」
とは違う「産消直結」⇒中間流通を省略して、単純に産地から売り場へ届けるのではなく、産地と消
費者が直接結びついていること、
生産者と消費者が対等の立場に立って物事を決めていることが大き
な特徴である。
産直の各提携先とは「産消提携基本協定書」を交わしている。その中で、提携することの目的とし
て以下の3点を掲げている。
① 全な食生活の確立と、食料の安全性を高めること。
② 食料自給率の向上を目指し、宮城県と日本の農・畜・水産業を守り、発展させる国民合意の運動
を進めること。
③ 消提携活動に積極的に取り組むことを通じて、日本と宮城県の経済と文化の発展、自然環境保全
に寄与すること。
一般的に言われている「産直」とみやぎ生協の産直を差別化するために、震災後の 2011 年9月、「め
ぐみ野」というブランドを立ち上げた。イメージキャラクター、ロゴ、包材、演出物などの統一を行
い、親しみを感じてもらいながら、わかりやすく産直の意義を伝えていきたいと思っている。
めぐみ野として商品を扱う場合に満たさなければならない基準は 3 つである。
1.「だれ」(生産者)が「どこ」(産地)で作ったかがわかること。
2.「どのように」(栽培・飼育方法)作られているかがわかること。
3.生産者とみやぎ生協のメンバーの交流があること。
1と2の基準は他でいう産直も同じ基準だと思うが、生協の産直の大きな特徴は「生産者と消費者
の交流」があること。みやぎ生協では、メンバー活動の中でもこのめぐみ野活動を大きな柱として取
り組んでいる。
44
主な学習・交流内容
●産地研修会。年 10 回程度。職員やメンバー代表が直接産地をバスで訪れ、栽培の苦労を実感した
り、商品のこだわりを学んでいる。
●店頭推奨活動。毎月 15 日、
(お米は第 1 土曜日)に、生産者とメンバーがともに店頭でめぐみ野の
推奨活動を行う。
●我が家の味噌作り体験。毎日食べる味噌の原料の米・大豆を自分たちで育てて、味噌作りをする 。
田植え、大豆・かぼちゃ・さつまいもの植付けをして、5月~11 月まで6回の農作業を現地で行
う。12 月に味噌作りの実習。参加者限定(基本親子・家族で)の人気企画。
●田植え、稲刈り交流会。田植え、稲刈りを実際に体験。終了後生産者と交流。
●店頭での「秋祭り」。収穫の秋には各店舗でメンバー、職員、生産者が一緒になって店頭で「めぐみ
野祭り(秋祭り)
」を開催している。各店毎年の行事。
●田んぼの生き物調査。子どもたちと一緒に、田んぼに棲んでいる生き物を見つけて、生物多様性、
水田の重要性を実感してもらう。
●バケツ稲コンテスト。バケツ、苗、土をお渡しして各家庭で稲を育て、観察しながらお米について
学んでもらう。店舗ごとに上手に育てた人に対して表彰を行う。2013 年度 17 店舗で 538 人参加。
●めぐみ野学習塾、ミニ交流会。生産者を呼んで、苦労話や栽培のこだわりなどを話してもらい、交
流する。2013 年度学習塾 39 回開催、885 人参加、ミニ交流会 10 回開催、301 人参加。
●めぐみ野交流集会。年 1 回、仙台国際センターで、メンバー・生産者・提携団体・取引先・生協職員
が一同に集まる大集会。全体会では 1 年間の振り返りや情勢の学習、先進事例の報告などを行い、
午後から各分野(野菜・果物・米・畜産・水産等々)ごとに分科会を行う。2013 年度 1,353 人参加。
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【セッション3】報告:「田んぼか、田んぼでないか、それが問題だ」
顔写真
■氏名:本多 清(ほんだ
きよし
ペンネーム:多田 実)
■略歴等:
ここに写真を添付ください。
所属(役職):(株)アミタ持続可能経済研究所 主任研究員
無名塾卒業後、ジャーナリスト(多田実)として国内の環境問題や
野生生物の保全等を主なテーマに活動後、2005 年より現職。専門
は生物多様性保全向上に資する農林水産業の持続可能な発展に向
けた施策や、民間企業の生物多様性戦略の策定および実施支援等の
コンサルティング、保全型ビジネスの展開等。
滋賀県高島市には、トキやコウノトリのような、それ 1 種で強いシンボル性を発揮するような「特
別な生きもの」はいない。数万羽のガンが一斉に飛び立つ際の圧倒的なスケールで感動させるような
「特別な風景」もない。あるのは、かつて全国で当たり前に見られたはずの、多種多様な「普通の生
きもの」たちと、その生息環境である田園風景である。こうした条件の元でも、消費者や市場に共感
を生み出す「特別な物語」を育んでいくことは可能である。たかしま生きもの田んぼプロジェクトは、
この「物語」を豊かに育むことを推進力にしている。農家は、まず自分の圃場の生物を、四季を通じ
て観察し、その中から自身が感情移入をしやすい生きもの(こいつ面白いな、可愛いな、等々)を3
種以上選定し、それらを「自慢の生きもの」に設定する。自慢の生きものの選定基準は、各自農家の
水田を生息環境にしていること以外、何もない。
(※ただし外来生物は選定できない)そして、その
生きものがより豊かに暮らしていけるための保全策(水田魚道やスロープの設置、ビオトープの造成
など)を施すことが「たかしま生きものたんぼ米」の生産条件になっているのである。
このような取組の特筆すべき長所の一つとして、
「水田の多面的な保全機能が総合的に評価される」
ということがある。いうまでもなく水田は「四季を通じて極めて多面的な生物多様性の保全機能を擁
する環境」である。つまり、例えば冬期湛水のような一時的なステージや限定的な管理方法に過剰な
期待や価値をおいてしまうと、それ以外のステージや管理方法の価値を可視化することの妨げにもな
りかねない。乾田の、しかも秋耕起した圃場へ選択的に群れ集まる渡来直後のマガンたちの姿は何を
物語っているのであろうか。本来、乾田と湛水田の間に生物多様性保全上の価値の差などないはずな
のである。乾田や湛水田という多様な管理方法があることで、より豊かな保全ステージが水田地帯に
生まれるという原則を忘れてはならない。そして水田の生産のステージの中心は、何といっても冬以
外の季節である。春から夏、秋にかけての生きものたちが豊かに暮らせる環境こそが重要なのである。
いま、私たちが最も重視するべき「田んぼの生きもの」は、他ならぬ稲作農家である。その稲作農
家の後継者が育たず、“絶滅危惧種”となっている現実を直視しなくてはならない。米価下落が続く
現在、地域で結婚し、子育てをする若手の稲作農家を確保するためには「高付加価値化したブランド
米の札束で横面をひっぱたく」のが最上の方策である。それでも反収はせいぜい 20 万円が良いとこ
ろだ。干拓農地に適した転作作物のスイカやレンコンなら同じ面積で数倍もの稼ぎが見込める。かつ
ての広大な干拓水田が、一面のスイカ畑やハス田が広がる風景となってから後悔しても遅いのであ
る。今こそ、誰もが広範囲かつ安定的に取組める農法での水田の価値を新たに可視化し、農家の営農
実態に即した稲作経済を再構築しなくては、水田の生物多様性の未来は厳しいと言える。
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総合討論
■進行:あん・まくどなるど
■略歴:
○上智大学大学院地球環境学研究科
教授
○慶應義塾大学 特任教授
○環境省地球環境局国連・気候変動に関する政府間パネル(IPCC)
関連業務専門アドバイザー
○カナダ出身。高校・大学時代に日本に留学して以来、20 年以上に
渡り日本全国の農村・漁村のフィールドワークを続けている。2008
年から 2012 年に「国連大学高等研究所いしかわ・かなざわオペレ
ーティング・ユニット」の所長を務め、「能登の里山里海」の世
界農業遺産登録に携わる。全国環境保全型農業推進会議委員(農
林水産省)や、里地里山保全・活用検討会議委員(環境省)など、
政府関係の委員を数多く務める。著書に『日本の農漁村とわたし』
『カナダの元祖・森人たち』。
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発行:
編集: