WTO 加盟後の中国情報通信産業の現状と課題 The Issues on

WTO 加盟後の中国情報通信産業の現状と課題
‐日本の対中進出ブームの問題点‐
The Issues on Reorganization of Idustries in China under Tansition of Chinese
Entry to WTO from Japanese Prspective
小尾 敏夫†
Toshio Obi
要旨 本稿は急成長著しい中国情報通信産業の実態と
課題に関して、3 回にわたる中国現地調査を踏まえて
まとめたものである。WTO 加盟に向けて、中国政府が
通信産業の大掛かりな再編成を実施した経緯は、国内
産業保護と育成を国策とする同国の国際競争力戦略が
如実に表れている。また、その急成長への外国企業の
寄与と進出での短期、中長期的課題も重視すべきであ
り、その検証が本稿での中心をなす。但し、中国進出
ブームの最中、著者は中国が抱える諸問題点が軽視さ
れている潮流に対し、中国市場の具体的問題点を挙げ
て警鐘を鳴らしている。
④ 日本の IT 企業の対中進出はリスクが多く、トラ
ブル続き。
⑤ 外資は中国への技術移転、研究開発拠点のシフト
に消極的、の5項目である。
2‑1 外資企業の3割プレゼンス
日本のハイテク企業に中国進出フィーバーが起きて
いる。国内の産業空洞化現象とも置き換えられる。例
えば、日立は 1 兆円にのぼる中国内調達を中期的に予
定し、東芝もグループを挙げて中国内工業団地に進出
する。経済産業省から通信機械工業会が委託された
「中国通信市場」研究調査委員会(注 1)の委員長を
私が 1997 年から 3 年間勤めた際、日本側企業からの
一番多い質問は「中国に進出して本当に儲かるのです
か」という内容だった。その点、国家経済貿易委員会
(経貿委)の発表によると、2000 年の中国全体の工
業生産額に占める外資企業(合弁含む)のシェアは
27.3%に達している。また、2001 年の対中直接投資
実行額は過去最高の 469 億ドル(前年比 15%増)を
記録した。2001 年 12 月 11 日に WTO に加盟した結果、
今後は貿易・投資の拡大が予想され、WTO 効果で 2002
年は経済成長率を 0.5〜1%底上げするから、当面の
国家目標の 7%成長は可能であろう。
1. はじめに
2002 年は日中国交回復 30 周年の年に当り、日本企
業の対中進出の在り方を再考するのにベスト・タイミ
ングと言える。特に、中国が世界トップクラスの IT
生産基地、消費市場に発展しているだけに、WTO 加盟
後の中国市場の急速な技術革新、産業再編成、産業育
成・振興、進出リスクなど多方面に関して冷静に分析
すべき時期と考える。その点、本稿は下記の 5 項目の
命題に答えることを目的にしている。すなわち、本稿
は日本で主要な仮説になっている中国の情報通信分野
の問題並びに認識を検証している。それらは
① 中国市場で外資は儲からない。
② 外資キャリアの中国市場参入は困難に近い。
③ 中国通信サービス市場は政府のコントロールで競
争は起きない。
表1-1 外資シェア
2‑2 外資の利益率
表1-2 外資企業の地域別(省市)対生産額シェア
項目
比率
地域
比率
地域
比率
売上額
約27%
広東省
31%
福建省
6.8%
生産額
約27%
上海市
14.6%
淅江省
5.3%
純利益
約29%
江蘇省
12.3%
合計
約70%
出所)中国法人企業統計
†
大学院国際情報通信研究科教授
1
家電市場では、中国民族系メーカーが圧倒的に競争
力を有する。エアコン、冷蔵庫と洗濯機の 3 大家電の
ブランドで 3 割シェアを占める海爾、カラーテレビの
長虹がその一例だ。パソコン・メーカーでは、聯想が
トップで、才正、長城、同創が 2 位グループを形成し
ている。中国法人企業統計(2000 年)によると、外
資企業の地域(省)別対全法人比率は表 1‑1 の通りで
ある。また、外資企業平均の営業利益率は約 12%と
なっている。利益率が二桁台に上昇した傾向は対中進
出が早い欧米企業に強く見られるが、最近は建設機械
分野をはじめ日本企業にも好業績発表が増えている。
外資企業の地域別分布では、上位 5 位地域の外資企業
の生産額全体に占める比率(2000 年)は下右表1−
2の通りである。5 地域で全国の約 70%を占め、東部
沿岸部の都市部周辺に集中していることがわかる。な
お、通信分野の合弁事業形態向け外資投資ルールの制
定は WTO 加盟日の 2001 年 12 月 11 日に制定された。
3.
3 大外資メーカーの実力
外資通信メーカーの主力をなすノキア、モトローラ、
エリクソン 3 社の中国現地生産事業の概要は表 2 の通
りである。
さて、中央政府の情報通信省によると、2001 年の
携帯電話端末 5210 万台生産のうち、4 分の 3 は上表
のノキア、モトローラ、エリクソンの 3 大メーカーが
占めた。しかし、中国国産メーカーの保護育成が進み、
2002 年の生産での 3 社比率は 10%ダウンして 65%に
低下する予想もある。第 3 世代の W‑CDMA の商業化実
験は 2 段階で行われるが、第 1 次実験は 2002 年春か
らスタートしている。
一方、シーメンスは欧州規格の携帯電話 GSM‑WCDMA 方
式を改良した TD‑SCDMA 方式を開発中(端末は 2003 年
に登場予定)である。上海工場の強化とパートナーの
大唐電信 TT 社との協力で年間生産 1400 万台を目標と
する。
表2 3大外資メーカーの現地生産
企業名
所在地
設立
ノキア
北京
東莞
1985
合弁先
概要
中国普天首信集 昨年の売上28億ドル。輸出15億ドル(7割
は欧州向け)。98年RDセンター抗州設
団他
立。
モトローラ
北京、天
津、上海
1992
北京
南京
1985
エリクソン
携帯電話は昨年1700万台。2006年の生
産(電話、半導体)は目標100億ドル。
中国普天首信集 2000年末まで累計24億ドル投資。国内
団
合弁事業は10件。
ソニー
出所)著者の作成
表3 4強+2弱(レールコム、サテライト)体制
チャイナ・テレコム
チャイナ・ネットコム
チャイナ・モバイル
ユニコム
(連通)
レールコム
(鉄通)
サテライト
(衛星)
(電信)
(網通)
(移動)
南部地域22省、全中国光ファイバー基幹線
網70%所有
旧電信北部10省+吉通+ネットコム3社合
併、光ファイバー基幹線網30%所有
GSM方式、25支社、チャイナ・テレコム(HK)
90年7月設立、300支店、GSM・CDMA方
式、UMNET所有
2001年1月設立、インターネットCRNET所有
旧チャイナ・テレコムから分離
出所)筆者作成
2
ソンの中国進出は簡単には成功しない。中国 6 大キャ
リアの経営陣に情報産業通信部副部長クラス(日本の
総務省局長ランクに該当)が天下りしており、周波数
行政などに強力な協力関係を有する」と、外資参入に
対する非関税障壁ごときのハードルの高さを指摘する。
すなわち、中国企業との提携コストは高いと示唆して
いた。
逆に、チャイナ・テレコムの分割 2 社は KDDI、日
本テレコム(ボーダフォン)との提携をどう棲み分け
るのかが課題である。新会社は 2004 年をメドにモバ
イル分野に参入するが、開始までの時間に方式選択を
含めドコモのパートナー化の巻き返しがあるか注目さ
れる。
4. ポスト WTO の通信事業者は新 6 社体制
紆余曲折を経て、中国内のキャリアは表 3 のごとく
4 強 2 弱体制が確立された。日本の NTT に相当するチ
ャイナ・テレコム(中国電信)の 2 分割再編は 2002
年 5 月に完了した。その結果、携帯電話免許は現在の
2 社(チャイナ・モバイル、ユニコム)に加え、分割
されたチャイナ・テレコムとチャイナ・ネットコム 2
社にも与え、2004 年に事業開始のスケジュールが浮
上している。新電気通信法の施行は 2003 年の予定で
ある。なお、当初の情報通信産業省構想と異なり、ホ
ノルル会議(注 2)で会った鉄通(レールコム)の首
脳は「ユニコムと我が社との合併案が示されてきたが、
5‑2
私は無いと思う」と明言した。予想通りの結論が出た。
通信キャリアの実績
北京の米国 IT 産業団体事務所である USTO によると、
2005 年のキャリアの売上規模予測は表 4 の通りであ
る。
世界一の固定電話加入数を誇る中国のキャリアは分
割前の(旧)チャイナ・テレコムが売上規模 2000 年
220 億ドル、2005 年予測 361 億ドルである。携帯電話
数でチャイナ・モバイルの売上がそれぞれ 2000 年
5‑1 通信キャリアとの外資提携
WTO 合意で外資キャリアの進出が注目されている。
その点、ユニコム(中国連合通信)はドイツ・テレコ
ム、フランス・テレコム、テレコム・イタリア各社と
合弁事業に踏み切った。また、ユニコムは KDDI と携
帯電話事業で提携した。韓国の SK テレコ
ムはユニコムに CDMA 技術を供与している。
表5 中国の2大モバイル通信事業者
次に、チャイナ・テレコム(中国電信)
会 社
売上額(億ドル)
は日本テレコムとすでに提携し、最近子会
社 3 社(北京、上海、広東)と業務提携を
(旧)チャイナ・テレコム
361
行うと発表した。上海郵電管理局は、AT&T
と高速通信サービスで合弁を組んでいる。
チャイナ・モバイル
354
チャイナ・モバイルはホンコン上場会社に
英国ボーダーフォンが株式 2%(25 億ド
ル)を有している。肝心のドコモは出遅れ
ており、ホンコンの出資先ハチソン社を活
用して中国進出を検討している。しかし、
2002 年 2 月 ITU 会議(バンコク)(注 3)
で会ったホンコン政府通信庁高官は「ハチ
ユニコム
163
他
230
合計
1108
出所)USITO
表5 中国の2大モバイル通信事業者
会
社
加入者数
市場シェア
方式
チャイナ・モバイル
1億650万人
71.8%
ホンコン
7020万人
47.3%
GSM
コミュニケーション(親会社)
3630万人
24.5%
GSM
ユニコム
4180万人
28.2%
ユニコム
2760万人
18.6%
GSM、cdmaOne
グループ(親会社)
1420万人
9.6%
GSM、cdmaOne
出所)USITO
3
78.5 億ドル、2005 年 354 億ドルと急成長を予測して
いる。
現在の 2 大モバイル通信業者のチャイナ・モバイル
並びにユニコムの 2001 年の加入者数と市場シェアは
表 5 の通りで、普及シェアで見ると前者 7 対後者 3 の
実力と言える。
2005 年完成の第 10 次 5 ヵ年通信発展計画によると、
通信産業の目標値は、
(1)年均成長−23%、(2)固定電話サービス−世界
市場の 20%シェアと普及率−40%、(3)携帯電話−
2 億 9000 万台、(4)インターネット・ユーザー−2
億人、(5)光ファイバー建設−基幹線網は 2005 年に
50 万キロ。そのうち、省際基幹線網は 18 万キロとな
っている。
6‑1 IMT2000 の CDMA 方式
ユニコムは IMT2000 の第 3 世代携帯電話では、日欧
の W‑CDMA ではなく、米国方式の CDMA を採用し、ネッ
トワーク・メーカー外資 6 社に回線建設を発注した。
しかし、2002 年 1 月にホノルルの「チャイナ・テレ
コム 2002」会議に出席した際、中国側は渋い顔をし
て「情報産業部予測の CDMA 普及 1500 万台需要ははず
れた。現在では、100 万台以下ではないか。ネットワ
ーク構築に7ヶ月かかり、故障が多く、加入者数予想
を大幅に下方修正せざるを得ない。中国の IT 分野予
測は上方修正が相次いだが CDMA 分野は例外だ。2.5G
の GPRS、cdma20001X(注 4)に関心がシフトしてい
る」と解説する。そこで、各省で実施中の CDMA の受
注大手外資メーカーのモトローラ、ノーテル、ルーセ
ントなど各社のシェアを調べてみると、次の通りであ
る。他に中国内企業 5 社が受注している。CDMA イン
フラは北米ベンダー勢が強い。
6‑2 ユニコム、吉通の動向
日本のNCCに相当するチャイナ・ユニコムの
2001 年 11 月時点の携帯電話加入者数は 3870 万人。
携帯電話部門収入は会社全体の 70%を占める。中国
表6 外資系企業のCDMA受注実績
の携帯電話市場での同社の売上シェアは 27.2%。次
に長距離通信サービス部門の市場シェアは 6.6%、イ
ンターネット加入者数は 277 万人。ポケットベルは需
要は減少しているが 3900 万人。光ファイバーは 30 万
6 千キロ、そのうち基幹線網は 7 万 4 千キロ、接続都
市は 300。同社首脳は「チャイナ・テレコム 2002」の
講演で、会社戦略は GSM と cdma2000lX を併存さ
せた 2 方式体制にあると説明した。前者はマス市場、
後者はハイエンド市場をターゲットにする。
同社のモバイル市場シェアは現在 27%だが、今後 4
年間で市場シェアを 8%増加させる計画。その増加分
を CDMA 方式の普及で獲得したいとのこと。つまり、
2005 年にモバイル市場 3 億人の 3 分の 1 に当たるシ
ェア 35%を目標。説明では、CDMA は低コスト、高音
質、技術的有利さ、ネットワーク改善容易などのメリ
ットを強調していた。しかし、現実には前述のような
問題があるようだ。講演会場からのコメントは、
「GSM、cdmaOne の 2 方式はネットワーク維持コスト
が高く、世界の主要キャリアは一方式に集中する戦略
を採っている」、「沿岸・東部地域に顧客が集中しす
ぎていないか」、「チャイナ・テレコムの 2 分割でチ
ャイナ・ユニコムの競争力、比較優位はどこまで強ま
るのか、携帯電話市場シェアの 8%アップでは説得力
が弱い」などと厳しい内容が多かった。
さて、IP化で注目される吉通の馬副社長は「チャ
イナ・ネットコムの一員として合併させるが、今秋の
新政権の指導者決定と政権移行期に各社の戦略と再編
構図は具体化する」と解説する。吉通(Jitong)は
94 年に設立された ISP で最大の会社である。97 年に
最初の商業 IP ベース網開始会社としてインターネッ
ト・サービスを提供している。2000 年 4 月にフレー
ムリレー・サービスも開始した。政府のゴールデン・
ブリッジ網プロジェクト(ブロードバンド・ネットワ
ーク)の推進会社として、主要 45 都市に IP ネットワ
ークを完成した。吉通のオーナーはレインボー集団、
中国電子信息工業グループなど。サービス内容は、IP、
ATM、フレームリレー、SDH、DWDM などの技術を活用
する。販売拡充のため、2 千名の全国販売チームを編
成した。光ファイバー基幹線網は 3 万キロにわたる。
内訳はルーセントの建設した自前網 2.5 万キロとチャ
イナ・テレコムからの一部リース分が 5 千キロである。
外資キャリアとの提携を優先し、アライ
アンス相手はベンダー側がシーメンス、
ノキア、ヒューズ、シスコ、サン、エリ
シェア
クソン、ノーテル、IBM、ISP 側が UU ネ
10%
ット、MCI など。
受注企業
シェア
受注企業
モトローラ
21%
エリクソン
ルーセント
11%
三星
8%
ノーテル
14%
アルカテル
8%
出所)China IT Report
4
7. 中国の通信機器市場
2000 年の固定電話機器市場をインテ
ル資料で見ると、中央交換機市場、VOIP