セクシュアル・マイノリティの労働問題

第 1 節 セクシュアルマイノリティラインにおける仕事の相談の統計的分析
Ⅰ セクマイライン利用者の中で仕事の悩みを相談した人たちの属性
Ⅱ 仕事の悩みと他の悩みとの関連
Ⅲ セクマイライン利用者の抱えている労働問題の内容
Ⅳ 会社側の対応の好事例
Ⅴ 仕事の問題と自殺念慮との関連
Ⅵ 他機関や他サービスの利用状況
第 2 節 セクシュアルマイノリティの労働問題の事例
ヒアリング事例 1・ヒアリング事例 2・ヒアリング事例 3
第 3 節 まとめー政策的課題を中心に
セクシュアル・マイノリティ
の労働問題
第 4章
第4章 セクシュアル・マイノリティ専門ライン
第 4 章 セクシュアル・マイノリティの労働問題
本章では、セクシュアルマイノリティ(以下、セクマイという)の労働問題について取り上げる。第 1 節では、
平成 26 年 4 月から 9 月までの半年間の相談表全てを対象として(他章の対象期間とは異なる)、セクマイラ
イン利用者の就労支援に関する問題や、職場内での問題について統計的分析を行う。第 2 節では、セクマ
イの相談事例から労働問題を中心に 3 事例紹介する。第 3 節では、以上の節で浮き彫りになったセクマイ
の労働問題に対する政策的課題について指摘する。
※全集計結果については http://279338.jp/houkoku/ を参照。
第4章
第 1 節 セクシュアルマイノリティラインにおける仕事の相談の統計的分析
セクマイ専門ライン
平成 26 年 4 月から 9 月までの半年間におけるセクマイラインの合計接続完了数は 4,369 件であっ
1
た。さらに、セクマイライン利用者に特徴的な仕事の悩みを把握するために、一般ライン利用者の中
で仕事の悩みを相談した人との比較も行っている。平成 26 年 4 月から 9 月までの一般ラインの相談件
数は 57,677 件であり、その中で「仕事の悩み」を相談していたのは 18,663 件 (32.4%) であった。
得られた主な結果を先述すると、以下のとおりであった。① MtF は FtM や MtX/FtX よりも仕事の
2
悩みを相談する割合が高い。②レズビアンはゲイやバイセクシュアルよりも仕事の悩みを相談する割
合が高い。③仕事の悩みを相談している人は、「社会的居場所」がない割合が高い。④仕事の悩みを相
談した人は、「家庭の問題」、「心と身体の悩み」、「暮らしやお金の悩み」を同時に相談している割合が
高い。⑤セクマイラインでは一般ラインに比べて、職場の人間関係に関する相談をしている割合が高く、
失業や解雇、就職活動、転職に関する相談をしている割合が低い。⑥性自認の悩みがある人は就職活動
の悩みや業務内容の悩みを抱えている割合が高く、性的指向の悩みがある人は職場の人間関係やいじめ・
パワハラ・セクハラに関する悩みを抱えている割合が高い。⑦性的指向の悩みがある人は性自認の悩み
がある人よりも、自殺未遂歴がある割合が高い。⑧仕事の悩みを相談している人の 76.5% が精神科・
心療内科に通院しており、仕事や就職活動と通院治療の両立に困難を感じていた。
また、本節では「Ⅲセクマイライン利用者の抱えている労働問題の内容」の中で、セクマイライン
利用者が相談した仕事に関する問題の具体的な内容について記述している。例えば、セクマイであるこ
とを理由に解雇されたケースや、セクマイであることがきっかけとなりいじめ・パワハラ・セクハラを
受けているケース、あるいは仕事中の服装について悩みを抱えているケースなどが見受けられた。
そして、少数ではあるが、会社側がセクマイライン利用者に対して配慮を行ったケースもあり、「Ⅳ
会社側の対応の好事例」ではその記述を行っている。例えば、MtF の人が会社側に性別違和について相
談をしたところ、女性として仕事ができるようになったケースや、職場の上司・同僚が性同一性障がい
について理解を示しているケースなどがあった。このような好事例についても検討を行うことで、セク
マイ労働者に対して今後職場内でどのような配慮を行っていくべきか、あるいは就職活動時にどのよう
1 本節では独自のデータクリーニングを行っている。
2 MtF (Male to Female) とは生物学的性別が男性で、性に関する自己意識が女性である場合を言う。FtM (Female to Male) とは
生物学的性別が女性で、性に関する自己意識が男性である場合を言う。X (X-gender) とは男性でも女性でもない性別上の自
己意識を持つことであり、無性・中性・両性など様々な性自認を含む。本節では、MtX (Male to X-gender) と FtX (Female to
X-gender) をまとめて集計を行っている。
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な支援が必要かということに関する示唆を与える。
本節の構成は、Ⅰセクマイライン利用者の中で仕事の悩みを相談した人たちの属性、Ⅱ仕事の悩み
と他の悩みとの関連、Ⅲセクマイライン利用者の抱えている労働問題の内容、Ⅳ会社側の対応の好事例、
Ⅴ仕事の問題と自殺念慮との関連、Ⅵ他機関や他サービスの利用状況となっている。
Ⅰ セクマイライン利用者の中で仕事の悩みを相談した人たちの属性
まず、セクマイライン利用者の中で仕事に関する悩みを相談している人の属性を把握する。セクマ
イライン利用者全体の性別の内訳をみると、男性が 2,673 人 (61.2%)、女性が 1,601 人 (36.6%)、不明
第4章
3
が 24 人 (0.5%) であり、「性別変更済み」という人も 71 人 (1.6%) いた。このことから、セクマイライ
ン全体では男性の利用割合が高いことがわかる。
セクマイ専門ライン
1 相談者の性別・年代
(a) 性別と性自認、性的指向
性別ごとに仕事の悩みを相談した割合をみると、男性では 27.5%、女性では 24.3%、性別変更済みでは
4
73.2% であり、性別変更済みの人は仕事に関する相談をしている割合が高かった。
図 1-1 相談者の性別
さらに、セクマイライン利用者全体の性自認をみると、MtF が 747 人 (17.1%) と最も多く、FtM が
231 人 (5.3%)、MtX/FtX が 189 人 (4.3%)、不明が 315 人 (7.2%) であった。性自認ごとに仕事の悩み
を相談した割合をみると、MtF (54.2%) は FtM (29.9%) や MtX/FtX (31.7%) よりも仕事に関する悩みを
相談している割合が高かった。
3 ここでの「性別変更済み」については、性別適合手術済みのケースと、性別適合手術を行った上で戸籍上の性別も変更済み
のケースの両方を含む。
4 ただし、性別変更済みの人のサンプルサイズが非常に小さいことには留意が必要である。
第4章
121
第4章 セクシュアル・マイノリティ専門ライン
図 1-2 相談者の性自認
第4章
セクマイ専門ライン
セクマイライン利用者全体の性的指向をみると、ゲイ (G) が最も多く 974 人 (22.3%) であった。そして、
レズビアン (L) は 511 人 (11.7%)、バイセクシュアル (B) は 549 人 (12.6%)、A セクシュアル (A) は 37
5
人 (0.8%) であった。そして、性的指向ごとに仕事の悩みを相談した割合をみると、ゲイ (19.9%) やバ
イセクシュアル (21.1%) よりも、レズビアン (39.9%) は他の性的指向よりも仕事の悩みを相談している
割合が高かった。
図 1-3 相談者の性的指向
(b) 年代
セクマイライン利用者全体の年代の内訳をみると、10 代が 219 人 (5.9%)、20 代が 1,116 人 (30.3%)、
5 ゲイは男性の同性愛者、レズビアンは女性の同性愛者、バイセクシュアルは男性・女性の両方に性的魅力を感じる両性愛者、
A セクシュアルは他者に対して性的魅力を感じない無性愛者である。
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30 代が 729 人 (19.8%)、40 代が 1,306 人 (35.5%)、50 代が 264 人 (7.2%)、60 代が 16 人 (0.4%)、70 代
が 32 人 (0.9%) であった。このことから、40 代の利用が最も多く、20 代や 30 代からの利用も比較的多い
ことがわかる。そして、年代ごとに仕事の悩みを相談した割合をみると、30 代が 33.2% と最も高く、40 代
(31.2%) や 50 代 (29.5%) も比較的高かった。このことから、若年層よりも中高年層で仕事の悩みを相談す
る割合が高いことがわかる。
図 1-4 相談者の年代
第4章
セクマイ専門ライン
2 相談者の障がい・疾病の有無
仕事の悩みを相談した人の中で、障がいがある人は 63.9%、障がいがない人は 36.1% であった。一方、
仕事の悩みを相談しなかった人では、68.3% が障がいあり、31.7% が障がいなしであった。このことから、
仕事の悩みを相談した人は障がいがある割合がやや低いことがわかる。
さらに、仕事の悩みを相談した人の中で、何らかの疾病がある人は 83.3% であった。仕事の悩みを相談
しなかった人もほぼ同様の数値であり、疾病がある人は 82.9% であった。
これらの結果から、セクマイラインの利用者は、何らかの障がいや疾病を抱えている割合が非常に高いこ
とがわかる。
3 相談者の居住形態・収入・家計状況
(a) 居住形態と収入
仕事の悩みを相談した人の「居住形態」をみると、住まいが安定しているのが 98.7%、住まいが不
安定であるのが 1.0%、住まいがないのが 0.3% であった。仕事の悩みを相談しなかった人もほぼ同様
の数値であり、住まいが安定しているのが 98.8%、住まいが不安定であるのが 1.0%、住まいがないの
が 0.1% であった。
第4章
123
第4章 セクシュアル・マイノリティ専門ライン
そして、仕事の悩みを相談した人の中で、現在収入がある人は 90.0%、収入がない人は 10.0% であっ
た。仕事の悩みを相談しなかった人も同様の割合であり、収入がある人が 92.5%、収入がない人が 7.5%
であった。このことから、セクマイライン利用者の多くに何らかの収入があることがわかる。仮説的に
は、仕事の悩みを相談している人は、現在収入がなく、生活に困窮している割合が高いと考えられたが、
6
分析の結果からそのような傾向はみられなかった。
(b) 家計状況
仕事の悩みを相談した人の中で家計状況に問題があるのは 58.3%、仕事の悩みを相談しなかった人
の中で家計状況に問題があるのは 39.8% であった。このことから、仕事の悩みを相談した人は家計状
第4章
況に問題がある割合が高いことがわかる。相談内容をみると、「性別適合手術を受ける ( 受けた ) ため
に多額の費用がかかるため、より多くの収入が必要である」というケース、「ホルモン治療を続けるた
セクマイ専門ライン
めの通院費用がかかる」といったケースがみられた。
図 1-5 相談者の家計状況
4 相談者の同居者・相談できる人・社会的居場所の有無
(a) 同居者
仕事の悩みを相談した人の中で、同居者がいるのは 57.9% であった。そして、仕事の悩みを相談しなかっ
た人では、同居者がいるのは 53.5% であった。このことから、仕事に関する悩みを相談した人には、同居者
がいる割合がやや高いことがわかる。ここで、同居者は両親・兄弟・配偶者・子ども・恋人などが含まれて
いるが、特に障がいや疾病を持っている相談者では、同居者がいるケースが多くみられた。
6 ここでの収入は、「給与収入」、「家族収入」、「事業収入」、「年金等収入」、「生活保護」、「その他」の全てを含むため、現在仕
事をしていない場合でも、生活保護などの収入がある人もいることに留意する必要がある。
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図 1-6 同居者の有無
第4章
セクマイ専門ライン
(b) 相談できる人と社会的居場所
仕事の悩みを相談した人の中で、
現在相談できる人がいるのは51.6%であった。
仕事の悩みを相談しなかっ
た人もほぼ同様の数値であり、相談できる人がいるのは 48.7% であった。このことから、仕事の悩みの有無
に応じて、相談できる人がいる割合に大きな差はないことがわかる。
そして、仕事の悩みを相談した人の中で、社会的居場所があるのは 49.3% であった。他方、仕事の悩み
を相談しなかった人の中で社会的居場所があるのは 60.2% であった。このことから、仕事の悩みを抱えて
いる人は社会的居場所がある割合が低いことがわかる。
図 1-7 社会的居場所の有無
5 相談者の仕事の有無と雇用形態
仕事の悩みを相談した人の中で、現在仕事がある人は 66.4%、仕事がない人は 32.8% であった。他方、
仕事の悩みを相談しなかった人をみると、仕事がある人は 40.6%、仕事がない人は 44.8% であった。この結
第4章
125
第4章 セクシュアル・マイノリティ専門ライン
果から、現在就労している人の方が、仕事に関する悩みを抱えている割合が高いことがわかる。現在仕事が
ない人が抱える悩みとしては、今後就労することへの不安などが比較的多く挙げられていた。
図 1-8 相談者の仕事の有無
第4章
セクマイ専門ライン
さらに、現在「仕事がある」人の雇用形態の内訳をみると、正規の職員・正社員が 450 人 (31.1%)、パート・
アルバイトが 412 人 (28.5%)、契約・嘱託が 66 人 (4.6%)、派遣が 27 人 (1.9%)、その他非正規が 44 人 (3.0%)、
経営者・役員が 9 人 (0.6%)、自営業が 56 人 (3.9%)、家族従業者が 6 人 (0.4%)、請負が 2 人 (0.1%)、福祉
的就労が 303 人 (21.0%)、その他が 71 人 (4.9%) であった。そして、雇用形態ごとに仕事の悩みを相談した
割合を一部抜粋したものを図 1-9 に示す。これをみると、その他非正規 (68.2%) や契約・嘱託 (66.7%) では
仕事の悩みを相談している割合が高いのに対し、正規の職員・正社員 (34.9%) では仕事の悩みを相談して
いる割合が低いことがわかる。
図 1-9 雇用形態別にみた仕事の悩みの相談割合 ( 一部抜粋 )
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また、現在仕事をしていない人の内訳をみると、専業主婦・主夫が 36 人 (2.4%)、家事手伝いが 34 人 (2.2%)、
学生が 263 人 (17.3%)、求職中・職業訓練中が 165 人 (10.9%)、病気療養中が 954 人 (62.8%)、ボランティ
ア・社会活動が 19 人 (1.3%)、その他が 47 人 (3.1%) であった。このことから、現在仕事をしていない人では
病気療養中の割合が非常に高いことがわかる。そして、現在仕事をしていない人の仕事に関する悩みの有無
をみると、求職中・職業訓練中の 70.9% が仕事の悩みを相談しており、非常に高い割合であることがわかる。
図 1-10 無職者の状況と仕事の悩みの相談割合 ( 一部抜粋 )
第4章
セクマイ専門ライン
小括
以上の結果から、セクマイライン利用者の中で仕事の悩みを相談している人の特徴として、① MtF、②レ
ズビアン、③家計状況に問題あり、④社会的居場所なし、⑤現在仕事あり、⑥求職中・職業訓練中である
割合が高いことが示された。ここで、
「現在仕事がある」という割合と「社会的居場所がない」という割合の
両方が高いという結果から、現在就労しているが、その職場を社会的居場所であると感じていない人が多い
ことが推察される。これは職場でのカミングアウトの困難さやカミングアウト後の使用者・上司・同僚の対
応に関連していると考えられる。
Ⅱ仕事の悩みと他の悩みとの関連
セクマイライン利用者の中で、仕事の悩みを相談した人と相談しなかった人が、他の悩みを抱えている割
合を比較する ( 図 2-1)。仕事の悩みを相談した人は相談しなかった人よりも、家族との不和などといった「家
庭の問題」、精神の病気などといった「心と身体の悩み」、生活苦などといった「暮らしやお金の悩み」を相
談している割合が高かった。他方、性的嗜好などといった「性の健康」については、仕事に関する悩みを相
談しなかった人の方が割合が高かった。そして、仕事に関する悩みを相談した人と相談しなかった人の両方で、
第4章
127
第4章 セクシュアル・マイノリティ専門ライン
性別違和感などといった「セクシュアルマイノリティの悩み」と、恋愛・結婚などといった「人間関係の悩み」
7
を相談している割合が高かった。
また、仕事の悩みを相談した人の平均悩み数は 4.89(SD=1.56)、仕事の悩みを相談しなかった人の平
均悩み数は 3.45(SD=1.44) であり、一般ライン利用者の中で仕事の悩みを相談した人の平均悩み数は
3.77(SD=1.62) であった。このことから、セクマイライン利用者の中で仕事の悩みを相談している人は、他の
悩みを比較的多く相談していることがわかる。
図 2-1 仕事の悩みと他の悩みとの関連
第4章
セクマイ専門ライン
7 なお、外国人住民の悩みについては「外国語ライン」、DV や性的な暴力・ハラスメントについては「女性ライン」、震災関連
の悩みについては「被災専用ライン」への相談が可能となっていることから、これらの数値は非常に低くなっていると考え
られる。
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Ⅲセクマイライン利用者の抱えている労働問題の内容
ここでは、
セクマイライン利用者の抱えている労働問題の具体的な内容について検討を行う。以下では「仕
事の悩み」を 1 つでも相談した人のみを分析対象とする。そのため、セクマイラインのサンプルは 1,180 件、
一般ラインのサンプルは 18,663 件である。
さらに、セクマイライン利用者の中で、性自認の問題を抱えている人と性的指向の問題を抱えている人では、
仕事に関する悩みの内容が異なるかどうかについても検討を行う。その場合の分析対象は
「セクシュアルマイ
ノリティの悩み」の中で、
「性別違和感」
(以下、
「性自認」と表記)の悩みを抱えている 577 名と「性指向」
(以下、
「性的指向」と表記)の悩みがある 654 名であった。ただし、
「MtF レズビアン」などは両方のグルー
第4章
プに該当することとなるため、この 577名と654 名の中には重複している人もいることに留意する必要がある。
セクマイ専門ライン
1 セクマイラインと一般ラインの労働問題の内容の比較
一般ライン利用者と比較すると、セクマイライン利用者は「職場の人間関係」に関する悩みを抱えている
割合が高かった。他方、
「失業・解雇」、
「就職活動の悩み」、
「再就職・転職」については、セクマイライン
利用者よりも一般ライン利用者の方が相談割合が高かった。この結果から、セクマイライン利用者は職場内
での問題を抱える割合が高い一方で、一般ライン利用者は失業や就職活動に関する問題を抱える割合が高
い傾向にあることがわかる。
図 3-1 セクマイラインと一般ラインの仕事に関する悩みの内容
第4章
129
第4章 セクシュアル・マイノリティ専門ライン
2 性自認・性的指向と労働問題との関連
(a) 性自認
性自認の悩みを持つ人は性的指向の悩みを持つ人よりも、
「就職活動の悩み」を抱えている割合や「業務
内容の悩み」を抱えている割合がやや高かった。
図 3-2 性自認の悩みを持つ人と性的指向の問題を持つ人の労働問題の内容
第4章
セクマイ専門ライン
性自認に関する問題を抱えている人の「就職活動の悩み」の具体的な内容をみると、
• (MtF の人が ) 履歴書の性別欄に丸をつけずに面接を受けたが、受からなかった。
• (MtF の人が ) 就職の際に名前をどうするか悩んでおり、通称でも良いかどうか知りたい。
• (MtF の人が ) 女性ホルモンを投与しているため、就職の面接に行っても「男性ではないから」と拒否
される。
など、就職面接時に提出する履歴書に、戸籍上の性別を記載するか、自認や外見上の性別を記載するかに
8
ついて悩んでいるケースが比較的多くみられた。それに関連して、
• (MtF の人が ) 求職時にスーツを毎日着用することや短髪にしなければならないことに耐えられず、就職
活動をあきらめてしまった。
• (FtM の人が ) 面接でスカートをはくのに抵抗がある。
など、就職面接時の服装や髪型についても、戸籍上の性別に合わせることを優先すべきか、自認や外見上
8 悩みの内容については、個人が特定されることのないよう、一部加工・修正している。
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の性別に合わせることを優先すべきかを悩んでいる人も多かった。
また、
• (MtF の人が ) 職場で男性扱いされるのが嫌で退職したが、男性扱いされない職場はなかなか見つから
ない。
• 性同一性障がいであることをオープンにして働ける職場を、どのように探していいかわからない。
など、性役割規範に対して悩んでいる事案もあり、性別に関わらず職務の内容が同一である仕事を探してい
るケースなどもあった。そして、性自認の問題を抱えている人の中には性別適合手術を受けている場合もあり、
• ( 就職活動時に ) 性別適合手術を受けていたブランクの期間をどのように説明すべきか、考えなければ
ならない。
第4章
といった悩みも見受けられた。
さらに、公共の職業紹介機関では、性自認に問題のある人に対する理解が十分でないという意見もあり、
セクマイ専門ライン
性自認の問題を抱える人の就労に関する困難が大きいことが確認された。実際、
•(FtM の人が)ハローワークで女性向けの仕事を紹介されて困ったので、臨床心理士に相談し、性別
を問わない仕事を紹介してもらうようにした。
というケースもあった。そして、そのような就労支援の不十分さに起因して、
「仕事がなく就職活動がうまくい
かないために、性風俗業に従事している」といったケースもみられた。
(b) 性的指向
他方、性的指向の悩みを持つ人は、
「職場の人間関係」や「いじめ・パワハラ・セクハラ」に関する悩みを
9
抱えている割合がやや高かった ( 図 3-2) 。性的指向の問題を抱えている人の「職場の人間関係の悩み」の
内容をみると、
• ( 同性愛の男性やバイセクシュアルの人が ) 職場で上司や同僚から「結婚しろ」と言われることに悩み、
転職を考えている。
• 職場で恋愛の話をするうえで困らないために、バイセクシュアルであることをカミングアウトすべきか悩
んでいる。
など、職場で恋愛や結婚に関する会話が出た際に当惑してしまい、コミュニケーションがうまくとれないケー
スが比較的多かった。あるいは、そのような人間関係の不和がきっかけとなり、いじめやパワハラ・セクハラ
に発展するケースもみられた ( これについては以下で取り上げる )。
このような問題に対応するためには、職場で自分の性的指向についてカミングアウトし、周囲の理解を得
ることが 1 つの手段であるが、多くの人がカミングアウトをしていない。実際、寄せられた相談の中には、
• ( 同性愛の男性が ) 職場ではカミングアウトしておらず、それが原因で孤立している。
• ( 同性愛の男性が ) 職場では「女性が好きだ」と自分を偽っているが、本当はカミングアウトしたい。
• ( バイセクシュアルの男性が ) 会社ではカミングアウトしていないが、本当はそれを認められたうえで働
きたいと思っている。
というケースが多くみられた。このようにカミングアウトを躊躇する理由の 1 つとして、カミングアウトに伴う
リスクが大きいことが挙げられる。すなわち、自分の性的指向をカミングアウトしても、周囲の理解が得ら
9 ただし、「職場の人間関係」に関する悩みについては、性自認の悩みを持つ人と性的指向の悩みを持つ人の両方で非常に高い
割合であった。
第4章
131
第4章 セクシュアル・マイノリティ専門ライン
れず、状況が悪化してしまう可能性がある。例えば、
• ( 同性愛の男性が ) 職場でカミングアウトしたら同僚たちがよそよそしくなった。
という相談があった。そして、
• ( 同性愛の男性が ) 職場で同性愛であることが知られるのが恐いため、転職を繰り返してきた。
というケースもあり、性的指向の問題を抱える人が職場の人間関係に悩むことの深刻さがうかがえる。ただし、
カミングアウトにより使用者や上司・同僚の理解が得られた好事例も複数あり、それらについては「Ⅳ会社
側の対応の好事例」で詳述する。
第4章
3. セクマイの抱える労働問題についての特別集計
さらに、相談表の「相談者の悩みの内容」から特別に集計したデータを用いて、セクマイの人たちの抱え
セクマイ専門ライン
る労働問題に関するより詳細な検討を行う。上記のように、
「性別違和感」を抱えている 577 名と「性指向」
の問題がある 654 名が仕事に関する悩みを抱えていたが、職場で「実際に」性自認に関する問題を経験し
たのは 115 人 (9.7%) であり、職場で「実際に」性的指向に関する問題を経験したのは 63 人 (5.3%) であった。
そして、職場で「実際に」カミングアウトに関する問題を経験したのは 56 人 (4.7%) であった。
(a) 解雇や退職に関する問題
これらの問題のうち、最も深刻なものはセクマイであることを理由とした解雇や退職強要である。相談の
中には、
• 性別適合手術を受け、男性から女性になったことで、数年間勤めていた会社を解雇された。
• (MtF の人が ) 女性ホルモンを投与していたら、
「女性にはできない仕事だから」という理由で解雇された。
• (MtF の人が ) 職場でカミングアウトしたら、解雇された。
などといったケースがみられた。あるいは、解雇には至らないまでも、
• (MtF の人が ) 職場で女性として対応してもらえず、仕事を辞めた。
• (FtM の人が )「女性 ( の体 ) なのにしぐさや話し方が男性のようで変だ」などと言われ、仕事を辞めた。
など、セクマイであることが原因となり、自己都合退職をしてしまうケースもみられた。
(b) いじめ・パワハラ・セクハラの問題
上述のように、セクマイライン利用者は「職場の人間関係」に関する悩みを抱えている割合が高いが、セ
クマイであることを理由にいじめ・パワハラ・セクハラを受けているケースも多くみられた。例えば、
• (MtF の人が ) 職場で言葉によるいじめを受けている。
• (MtF の人が ) 職場でカミングアウトしたら、嫌がらせが始まった。
• (FtX の人が ) 使用者にセクハラをされたことで、退職した。
• (MtF の人が ) 職場に女性の格好で出勤したら、
「オカマ」などと言われ、個室のトイレに入っていると
きに水をかけられた。
• ( バイセクシュアルの男性が ) 職場で「オカマ」などと言われた。
などといった相談が寄せられていた。そして、少数ではあるが、顧客からの嫌がらせを受けているケースも
あり、
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• (FtM の人が ) 接客業で勤務していたが、お客さんからのクレームがあり、休職させられた。
という相談もあった。
(c) 職場で の服装や健康診断、通院・治療に関する問題
さらに、比較的多く寄せられた悩みの 1 つに、職場での服装に関する問題がある。今回のデータでは、
職場で服装に関する問題を経験したのは 34 人 (2.9%) であった。その具体的な悩みの内容をみると、
• (MtF の人が ) 職場でメンズスーツを着るのが嫌だ。
• (FtX の人が ) 職場でスカートを履くことを強制されたり、化粧することや女性らしさを求められること
が苦しい。
第4章
などといった相談が寄せられていた。特に、性自認の悩みを持つ人が職場での服装について悩んでいる傾向
がみられた。就職活動の悩みと同様に、職場での服装を戸籍上の性別に合わせるか、自認や外見上の性別
セクマイ専門ライン
に合わせるかを悩んでいる人が多かった。
また、少数ではあるが、会社が実施する健康診断について悩みを抱えているケースもあり、
• ( 戸籍上は男性だが女性として勤務している MtF の人が ) 健康診断を受けることになったが、どうすれ
ばいいのか教えてほしい。
• (MtF の人が ) 会社の健康診断で、男性用の更衣室やトイレを使用するように言われた。
などといった相談もあった。
そして、勤務を続けながら性別適合手術やホルモン療法を受けるのは困難であるという悩みもみられた。
例えば、
• (MtF の人が ) 性別適合手術を受けるためには、会社を退職しなければならない
といった問題を抱えている人もいた。通院・治療や仕事との両立については、比較的多くの人が悩んでおり、
薬の副作用が大きく就業に支障をきたすことに関する悩みを相談しているケースもみられた。
(d) カミングアウトに関する困難
上述のように、これらの問題を解決するためには、職場でカミングアウトすることが 1 つの手段であり、
実際にカミングアウトをしているケースも複数みられた。しかし、カミングアウトによって事態が好転すると
は限らず、
• (MtF の人が ) 性別適合手術を受け、女性として現在の職場で働きたいと上司に伝えたところ、
「ふざけ
るな」と言われた。
• (MtF の人が ) 現在勤めている会社で女性として働きたいと伝えたところ、
「男性として採用したのでダ
メだ」と言われた。
といったケースもみられた。ただし、カミングアウトにより問題が解決したケースもあり、そのような好事例
については「Ⅳ会社側の対応の好事例」で詳述する。
最後に、セクマイライン利用者の中には障がいや疾病を抱えている人も多く存在するため、中間的就労と
して福祉作業所 (A 型・B 型 ) で勤務しているケースもあった。集計を行ったところ、福祉作業所で働いてい
る人の合計は 30 人 (2.5%) であった。その中には、作業所職員との問題を抱えているケースもあり、一般就
労以外の労働問題に悩む人もいることが確認された。
第4章
133
第4章 セクシュアル・マイノリティ専門ライン
Ⅳ会社側の対応の好事例
(a) 使用者からの配慮
ここでは、セクマイライン利用者に対して会社側が配慮を行い、状況が好転したケースを取り上げる。相
談内容をみると、少数ではあるが、セクマイライン利用者が職場環境に満足していることもあった。例えば、
• (MtF の人が ) 職場で性同一性障がいであること、そして今後性別適合手術を受ける予定であることを
伝えたところ、更衣室・トイレ・制服・名前などについて女性として対応してもらえるようになった ( た
だし、配置転換されることにもなった )。
第4章
• (MtF の人が ) 性同一性障がいに詳しい弁護士同席のもとで上司との話合いの場を設け、現在の職種を
続けることの負担を考慮して異動をすることになった。そして、異動先では女性として働けることになり、
制服も女性用のものを支給された。また、性別適合手術を理由とした休職も認められた。
セクマイ専門ライン
など、使用者が配慮を行ったケースがみられた。このように使用者が配慮を行うことは、会社としてセクマイ
労働者を支援する姿勢を示すことにつながるだろう。
(b) 上司や同僚からの理解
あるいは、使用者ではなく上司や同僚が理解を示しているケースもみられた。例えば、
• (MtF の人が ) 職場の同僚は自分が性同一性障がいであることや女性用の服を身に着けていることも理
解してくれている。
• (FtM の人が ) 上司に「自分は男ではないかと思っている」と打ち明けたところ、よりそいホットライン
を紹介された。
というケースがあった。このような上司や同僚の理解は「職場での人間関係」の良好さと直接的に関連する
と考えられるため、セクマイ労働者が働きやすい職場環境につながる可能性がある。
(c) 就労支援に関わる人の対応
就職活動時に就労支援窓口の担当者等に対してカミングアウトした場合には、条件を満たす求人を紹介し
てくれることもあり、
• (MtF の人が ) 女性として働きたいので、ハローワークではカミングアウトして相談している。
というケースが見受けられた。このような事例を今後増加させるためには、就労支援窓口の担当者に対して
教育・研修を行っていく必要があるだろう。
最後に、これらのケースをみると、使用者や上司・同僚がセクマイに対して理解を示したり、具体的な配
慮を行うきっかけとなっているのは、カミングアウトであることがわかる。そのため、上記のようにカミング
アウトは事態を悪化させる可能性があるが、状況が好転する契機でもあると考えられる。
134
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Ⅴ仕事の問題と自殺念慮との関連
1 仕事の悩みの有無と自殺念慮・自殺未遂
仕事の悩みを相談した人 (71.7%) は相談しなかった人 (61.1%) よりも、自殺念慮がある割合が高かった ( 図
5-1)。さらに、一般ラインで仕事の悩みを相談した人 (62.3%) と比較をしても、セクマイライン利用者の中
で仕事の悩みを相談した人は自殺念慮がある割合が高かった。
自殺未遂歴の有無をみると、仕事の悩みを相談した人 (40.4%) は相談しなかった人 (47.0%) よりも、自殺
未遂歴がある割合が低かった ( 図 5-2)。しかし、一般ライン利用者と比較すると、セクマイライン利用者の
第4章
10
中で仕事の悩みを相談した人は自殺未遂歴がある割合がやや高いことが示された。なお、自殺未遂の回数
については、サンプルサイズが非常に小さいためグラフの作成は割愛するが、セクマイライン利用者で仕事
セクマイ専門ライン
に関する相談をしているうち 1 回の自殺未遂歴が 8 件、5 回以内の自殺未遂歴が 11 件であり、6 回以上の
自殺未遂歴は 3 件であった。
図 5-1 仕事の悩みと自殺念慮の有無
図 5-2 仕事の悩みと自殺未遂歴の有無
10 ただし、一般ライン利用者で自殺念慮や自殺未遂の恐れがある場合には、自殺防止ラインを利用している可能性もあるため、
この結果の解釈には留意が必要である。
第4章
135
第4章 セクシュアル・マイノリティ専門ライン
2 性自認・性的指向と自殺念慮・自殺未遂
「セクシュアルマイノリティの悩み」の中で、
「性別違和感」の悩みを抱えている 1,369 名と「性指向」の
11
悩みがある 2,674 名を対象に、自殺念慮・自殺未遂の有無を検討した。
自殺念慮の集計結果を図 5-3 に示す。性自認の悩みがある人 (65.2%) と性的指向の悩みがある人 (68.0%)
の両方で非常に高い割合が自殺念慮を抱えていたが、大きな差はみられなかった。他方、自殺未遂 ( 図
5-4) についてみると、性的指向の悩みがある人 (50.2%) は性自認の悩みがある人 (39.3%) よりも自殺未遂歴
がある割合が高かった。
さらに、性自認の悩みがある人を対象に詳細な集計を行ったところ、自殺念慮については FtM (N=96)
第4章
が最も高く 79.2% が「自殺念慮あり」としていた。そして、MtF (N=372) の 68.3%、MtX/FtX (N=89) の
50.6% に自殺念慮がみられた。自殺未遂についても、FtM (N=44) が最も高く43.2% が「自殺未遂歴あり」
セクマイ専門ライン
であった。次いで、MtF (N=247) の 41.7% に自殺未遂歴がみられたが、MtX/FtX (N=67) では 17.9% と比
較的低かった。
同様に、性的指向の悩みがある人を対象として詳細な集計を行ったところ、自殺念慮についてはレズビア
ン (N=301) が最も高く 83.7% が「自殺念慮あり」という結果であった。そして、バイセクシュアル (N=257)
の 70.0%、ゲイ (N=466) の 69.1%、A セクシュアル (N=20) の 50.0% に自殺念慮がみられた。自殺未遂に
ついても、レズビアン (N=211) が最も高く64.9% が「自殺未遂歴あり」としていた。そして、バイセクシュア
ル (N=174) の 58.6%、ゲイ (N=386) の 48.7%、A セクシュアル (N=14) の 42.9% に自殺未遂歴がみられた。
図 5-3 性自認・性的指向と自殺念慮
11 自殺念慮・自殺未遂については欠損値が多く、半数以上が「不明」となっていたが、ここでは不明を除いて集計を行った。
136
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図 5-4 性自認・性的指向と自殺未遂
第4章
セクマイ専門ライン
Ⅵ他機関や他サービスの利用状況
ここでは、セクマイライン利用者や一般ライン利用者がよりそいホットライン以外の他機関や他サービス
を利用している状況を把握する。全体として、他機関や他サービスを利用していたのは仕事の悩みを相談し
ている人の 79.8% であった ( 相談機関利用なし 6.2%、相談機関の利用状況不明 14.0%)。それに対して、仕
事の悩みを相談しなかった人の中で他機関や他サービスを利用していたのは 60.3% であり ( 相談機関利用
なし 9.4%、相談機関の利用状況不明 30.4%)、仕事の悩みを相談している人の方が他機関・他サービスの利
用割合が高いことがわかる。また、一般ライン利用者の中で仕事の悩みを相談した人についてみると、他
機関や他サービスを利用していたのは 83.1% であった ( 相談機関利用なし 6.9%、相談機関の利用状況不明
10.1%)。このことから、一般ライン利用者の方がセクマイライン利用者よりも他機関・他サービスの利用割
合がやや高いことがわかる。以上を踏まえたうえで、具体的にどのような機関やサービスを利用しているか
に関する検討を行う。その際に、ここでは他機関・他サービスを 1 つでも利用したことがある人を対象とし
た分析を行うため、セクマイライン利用者で仕事の悩みを相談した人のサンプルは 921 件、仕事の悩みを相
談しなかった人のサンプルは 1,876 件、一般ライン利用者で仕事の悩みを相談した人のサンプルは 15,202
件となっている。
1 現在の利用状況
(a) 大分類
他機関・他サービスの現在の利用状況の大分類をみると、仕事の悩みを相談した人は相談しなかった人
12
よりも、就労支援機関を利用している割合が高い。他方、障がいに関する機関を利用している割合と生活
保護・生活困窮に関する機関を利用している割合については、仕事の悩みを相談している人の方が低かった。
また、一般ライン利用者と比較すると、セクマイライン利用者の中で仕事の悩みを相談している人は、保健・
医療機関を利用している割合が高く、就労支援機関を利用している割合が低かった。
12 相談表では他機関・他サービスの過去・未来の利用状況も把握しているが、紙幅の都合上ここでの集計は行わない。
第4章
137
第4章 セクシュアル・マイノリティ専門ライン
図 6-1 他機関・他サービス大分類の現在の利用状況
第4章
セクマイ専門ライン
(b) 詳細集計
13
さらに、現在の他機関・他サービスの利用状況の詳細を一部抜粋したものを図 6-2 に示す。仕事の悩み
を相談した人は相談しなかった人よりも、ハローワーク・ジョブカフェを利用している割合が高かった。他方、
病院 ( 身体 ) を利用している割合や ( 障がい ) 相談支援事業所を利用している割合については、仕事の悩み
を相談した人の方が低かった。また、一般ライン利用者との比較を行うと、セクマイライン利用者の中で仕
事の悩みを相談している人は病院 ( 精神 ) を利用している割合が高かった。対照的に、ハローワーク・ジョ
ブカフェを利用している割合については、一般ライン利用者よりもセクマイライン利用者の方が低かった。
13 利用状況の大分類で数値が低かったものについては、紙幅の都合上、集計を行わなかった。
138
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図 6-2 他機関・他サービス詳細集計の現在の利用状況
第4章
セクマイ専門ライン
2 小括
以上をみると、病院 ( 身体 ) については、仕事の悩みを相談しなかった人の方が利用割合が高かった。対
照的に、病院 ( 精神 ) については、仕事の悩みを相談している人の 76.5% が現在通院していた。実際、性
同一性障がいなどの診断がなされているケースや性別違和などに関連したうつ病等の精神障がいを発症して
いるケースも多くみられ、仕事や就職活動をしながら通院・服薬しているという相談者もいた。そのような相
談者の悩みの内容をみると、
「勤務時間の都合上通院が困難である」、
「休みがとりにくいため通院が困難で
ある」といったものが比較的多かった。一般ライン利用者は、持病を抱えていることを使用者に伝えたうえ
で仕事と通院を両立することが可能であるが、セクマイの場合にはカミングアウト自体が困難である人が多く、
使用者や上司・同僚に通院していることを伝えていない場合もある。その結果、欠勤や遅刻が多くなり、職
務上の不利益が生じていることが予想される。
第4章
139
第4章 セクシュアル・マイノリティ専門ライン
第 2 節 セクシュアルマイノリティの労働問題の事例
14
本節では、セクマイであるがゆえに仕事上の問題を抱える当事者の事例を以下 3 つ挙げる 。
ヒアリング事例 1 40 代 FtM。10 代の頃から土建関係の仕事などに就くが、戸籍上は女性だと知
れるとセクハラや嫌がらせを受け、職を転々としてきた。性同一性障がいに加え、
うつ病も発症し、年齢が上がるにつれて仕事が見つからない。失業中のため、性
別適合手術(高額)やそれを要件とする戸籍変更もかなっていない。
第4章
40 代の FtM。性同一性障がいで通院中。数年前からメンタル(うつ)でも通院・服薬中。煙草がや
セクマイ専門ライン
められず肺の病気の疑いがあり、禁煙外来にも通院中。現在、失業中で生活保護を受給している。
小学校のころ、短パンを履いて男の子と遊んでいたら、女の子から嫉妬のいじめを受ける。先生か
らいじめられたこともあった。中学校では、制服のスカートが嫌で嫌で仕方がなかったが、性同一性障
がいという言葉もまだなく先生にどう伝えたらいいかわからず、登校拒否になった。「オカマ」と呼ばれ、
いじめられ、自分が何者だかわからなくなり、自殺を考えることがたびたびあった。
中学卒業後、土建関係の仕事で働く。履歴書で本名や性別を書いていることもあって、戸籍上は女
性であることが職場で明らかになることがあり、そのたびに、同僚・上司から身体を触るなどのセクハ
ラや(本人の望まない)女性扱いを受けた。ひどい性被害を受けたこともあり、トラウマになっている。
また、仕事を率先してやると「(本当は)女のくせに生意気だ」と文句を言ったり妬んだりする同僚も
いた。このため職場にいづらくなることが多く、職を転々とするようになる。本当は土建関係の資格を
取得したかったが、セクハラや性被害で職場を追われ、受検に必要な実務経験を積めず、取得できなかっ
た。
一度都会で働いたときは職場の人に偏見が少なく、比較的自由に働けたが、現在住む地方都市では、
同僚から「お前気持ち悪い」と直接言われたり、興味本位で「なんでそう(性同一性障がい)なったの?」
と聞かれたりして、嫌な気持ちになった。
年齢が上がるに連れて、履歴書(性同一性障がいと記入している)を送っても、採用されないこと
が多くなる。通院のため休みが取れる仕事でなければならず、しかも、休みを取るために通院理由(性
同一性障がいなど)を告げることを考えると、仕事を見つけるのがより難しくなっている。ようやく見
つけた小売の仕事では、
「いらっしゃいませ」などと大きな声で接客しなければならず、緊張してしまっ
て声が出せず、続けられなかった。
母親は、FtM の自分を一応認めてくれているが、小さいころ DV で離婚した父親に数年前にカミング
アウトしたところ、「もうお前は俺の子どもじゃない」と言われた。
性別適合手術を受けたいと思うが、お金がかかるため働いて貯金をしなければならない。手術を受
けていないために、戸籍も変えられていない。まずは仕事を見つけなければならず、焦っている。
14 以下の 3 事例の当事者ヒアリングは、本章執筆者である内藤忍と長沼裕介が平成 27 年 3 月におこなった(当
事者の特定を避けるため、日にちや場所は明示しない)。なお、ヒアリング調査の対象者は性自認の悩みを持つ
3 人(FTM2 人、MTF1 人)となっており、性的指向の悩みを持つ当事者に対する調査は残念ながら実施できな
かった。
140
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心の支えは、つらいときにいつもそばにいてくれた犬たちである。犬たちのおかげで今は自殺を考
えずに済んでいる。しかし、その犬たちとともに暮らすためには、寮(ペット不可)付きの仕事や、出
張の多い仕事を選ぶことはできないというジレンマもある。
ヒアリング事例 2 30 代 FtM。地方都市で食品製造の店を営む。一般の会社組織では、仕事内容
も振舞いも女性役割を求められると思い、避けてきた。現在、お客さんや同僚に
FtM であることやパートナーを知られることを恐れ、必死に隠している。自由に生
第4章
きられておらず、つらい。
セクマイ専門ライン
30 代の FtM。出身地である都会を離れて、地方都市で暮らす。同居するパートナーの女性と食品製
造の店を営むほか、飲食店のアルバイトをしている。
アルバイト先では社長が FtM である自分を理解してくれているが、他にカミングアウトしているの
は友人数人と都会に住む家族のみであり、お客さんなど地域の人々やアルバイト先の同僚などには自分
が FtM だと知られるのをとても恐れており、必死に隠している。特に男性のお客さんは、自分が FtM
であることを知ったらすごく嫌がると思い、恐れている(男性は、男っぽい女性を嫌うと感じているか
ら)。FtM であることやパートナーのことを知られないようにするために、様々な制約があり、自由に
生きられていないと感じる。
職場でも地域でも、「自分がカミングアウトするか否か」という問題以前に、人々が異性愛などの規
範を「普通で正しい」と信じ、「あの人はレズだ」といって嘲笑するような傾向(そして、FtM である
ことを隠している自分も一緒になって笑うしかないという状況)が、自分にとっては大きな壁になって
いる。自己肯定感を上げていって、少なくとも「私は私だ」と言えるようになりたい。自分が変わって
いかなきゃ周りも変わらないと思うが、まだ勇気がない。
これまでも一労働者として、同じ食品の製造の仕事に従事してきたが、職人的な仕事のせいか、暴
力的な言動を経営者や先輩から受けることがたびたびあった。狭い職場で男性から受けるのは恐怖だっ
た。長時間労働や、少人数の職場の人間関係の摩擦も、身体的・精神的にきつかった。仕事がきつくて、
内臓系の病気になり救急車で運ばれたり、うつ病と診断されたこともある。そのため、好きな仕事だっ
たが、なかなか一箇所で長続きしなかった。
そもそもこの仕事を選んだのは、仕事内容も服装も男女で変わらないという点があったと思う。普
通の会社や役所は、男女で制服が違っていたり、女性は女性らしい服装や化粧をしなければならなかっ
たり、女性が長く独身で働いていると「お局」と嫌がらせ的に言われたり、女性だからといって宴会で
お酌や大皿料理の取り分けをしなければならなかったり、普通の会社にはそんなイメージがあって、就
職を避けてきた。
現在は自営業だが、お客さんの要望に応えて仕事量を増やすことは、体力的にも精神的にも自信が
ない。
第4章
141
第4章 セクシュアル・マイノリティ専門ライン
ヒアリング事例 3 40 代 MtF。仕事でレイプ被害を受け、PTSD を発症、自殺未遂を繰り返す。子
ども関係の職場では性別で職務内容が決まり、MtF の自分には苦痛。DV の交
際相手が職場に追いかけてきて事実上の解雇。通院や親の介護で休みを取る日
があるため、普通の会社では働けないと感じている。
40 代の MtF。現在は、地方都市で支援業務に従事する傍ら、自営業を営んでいる。躁うつ病で通院・
服薬中。
以前タクシー運転手として働いていたときに、3 人組の男性乗客に公園に連れ込まれレイプされ、売
第4章
上金を全部取られた。当事者は戸籍上男性であるため、警察では盗難事件としてのみ扱われ、強姦事件
としては扱われなかった。その後からパニックが起きるようになり、通院を始める。タクシーには乗車
セクマイ専門ライン
できなくなり、仕事を辞めた。
その後働いた子ども関係の職場は保守的で、例えば、子どもを叱るのは男性職員(父親的役割)、愛
着関係を結ぶのは女性職員(母親的役割)というように、一般的に言われている性別役割に応じた職務
内容であったため、父親的役割を仕事上強制されるのが辛かった。男子と風呂に入らなければならない
場合もあるし、肉体的にきつい仕事も男性職員の職務であったが、女性を自認する自分にとっては苦痛
だった。
その頃交際していた男性から DV 被害を受けていて、別れを告げたところ、勤務先まで追いかけら
れたことがあり、カミングアウトすると、「子ども関係の職場でそういう人(MtF)がいては困るから、
辞めてくれ」と言われ、仕事を辞めざるをえなかった。
それから、興味のあった農業に就くも、住み込み研修中にアパートに来た事業主に性行為を強要され、
断るとクビだと言われ、レイプされた。次の日農場に行くと「もう地元に帰れ」と言われ、アパートの
ベランダにロープをかけて首吊り自殺を図った。睡眠薬を多量に飲んでいたため意識を失い、総合病院
の集中治療室で意識が戻り、そこで飛び降り自殺を企図し看護師数人に取り押さえられ、精神病院に転
院させられた。
その後、親戚が経営する小規模な企業で営業の仕事をしたが、男性のスーツを着て回らなければな
らない上、親戚によるパワハラ的言動に耐えられず、辞めざるをえなかった。
現在自営で働くのは、MtF として会社組織で働くのが難しいと思っているからである。また、自ら
の通院や要介護の母親を病院に連れて行くために、休みを取るのが普通の会社では無理だと思っている。
しかし、自営は安定しないため、経済的な不安がある。
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第 3 節 まとめ―政策的課題を中心に
本節では、第 1 ~ 2 節で量的・質的に紹介した、セクマイが仕事に関連して遭遇する問題を整理し、政
策的課題等を検討する。
1. ハラスメント、性暴力
(a) 現状
1
近年、職場のいじめやハラスメントの紛争は全般的に急増しているが、セクマイラインでも、性自認や性
的指向の悩みを持つ人からハラスメントに遭っているという相談が多く寄せられている(性自認 17.0%、性
第4章
的指向 20.3%)。これは、
「職場の人間関係」や「業務内容」に次いで多い相談となっている。彼らのハラス
メントの特徴は、彼らがセクマイであるがゆえに受けているという点である。
セクマイ専門ライン
「職場で『オカマ』と言われる」
(第 1 節Ⅲ)
「
、
(FtM が)同僚から『お前気持ち悪い』と言われる」
「
、
(FtM
が)仕事を率先してやると『(本当は)女のくせに生意気だ』などと言われる」
(以上、第 2 節事例 1)といっ
た同僚らによる言葉によるいじめや、
「女性の格好で出勤したら、個室のトイレに入っているときに水をかけ
られた」といった悪質ないたずらの相談も寄せられている。
「顧客からクレームがあり、休職させられた」と
いう、第三者による言動のケースもある(以上、第 1 節Ⅲ)。
また、身体を触るなどのセクハラ、ひどい性被害(第 2 節事例 1)、事業主・顧客によるレイプ(同事例 3)
など、職場で性暴力に遭ったと訴えるセクマイも多い。
内閣府が平成 24 年度に行った「人権擁護に関する世論調査」によれば、性的指向に関してどのような人
権問題が起きていると思うかと聞いたところ、
「差別的な言動をされること」
(38.4%)、
「じろじろ見られたり、
避けられたりすること」
(25.3%)、
「職場、学校等で嫌がらせやいじめを受けること」
(24.3%)、
「就職・職
場で不利な扱いを受けること」
(22.2%)という回答であった。また、性同一性障害者に関しては、
「職場、
学校等で嫌がらせやいじめを受けること」
(32.6%)、
「就職・職場で不利な扱いを受けること」
(28.8%)、
「差
別的な言動をされること」
(28.1%)といった順となっている。セクマイが受ける行為として、
「不利な取扱い」
も多いが、それより多いのは、
「差別的な言動」や「嫌がらせやいじめ」という調査結果であった。また、
2
当事者団体が多くの職場のハラスメントの事例を発表している。セクマイについては、差別(不利益取扱い)
の問題に加え、ハラスメントの問題がより大きい。セクマイに対するハラスメント対策は喫緊の課題といえる。
しかし、日本では、性自認や性的指向を理由とした差別を直接禁止する法律はなく、EU 法を背景に欧州
諸国が整備するような、性自認や性的指向を理由としたハラスメント禁止の法規定も存在しない。ハラスメ
ント関連で存在する法規定は、雇用の領域におけるセクシュアルハラスメントに関する事業主の措置義務の
規定だけである(男女雇用機会均等法(以下、均等法)11 条)。
( ア ) 性自認や性的指向を理由としたハラスメント(セクシュアルハラスメント以外)
このような法状況の下、セクマイの職場のハラスメントは、どのように防止され、解決されうるのか。まず、
性自認や性的指向を理由とした、セクシュアルハラスメント以外のハラスメントや嫌がらせ(性的言動ではな
いもの)をめぐる紛争については、個別労働紛争解決促進法に基づき、民事上の個別労働紛争の1つとして、
1 厚生労働省「平成 26 年度個別労働紛争解決制度施行状況」(平成 27 年 6 月 12 日発表)。「いじめ・嫌がらせ」に関する相談
件数は 62,191 件(前年 59,197 件)で 3 年連続トップ。
2 LGBT 法連合会「性自認や性的指向を理由として、わたしたちが社会で直面する困難のリスト」
(第 2 版、2015 年 9 月 2 日発表)。
第4章
143
第4章 セクシュアル・マイノリティ専門ライン
労働局における相談、助言・指導、あっせんの対象となる。労働局には、均等法に関する紛争(差別禁止
を含む)を取り扱う雇用均等室と、それ以外の民事上の個別紛争を取り扱う企画室があるが、セクマイの問
題が均等法の対象とされていない現状においては、セクマイに対するハラスメントや嫌がらせ問題は、差別
紛争に比較的不慣れな企画室が取り扱うことになる。
民事訴訟や労働審判においては、主に、民法 90 条(公序に反する法律行為は無効)および 709 条(不
法行為による損害賠償)によって争うことになるが、訴訟においては、セクマイに対するハラスメントや嫌が
らせが争われたものは現在までのところ見当たらない。また、労働局におけるいじめ・嫌がらせのあっせん
3
事案の調査においても、当事者がセクマイであると表明している事案は見当たらない。しかし、上述したと
おり、セクマイのハラスメント被害は多く存在している。セクマイは裁判や労働局のあっせんを利用できてい
第4章
ないか、労働局のあっせんにおいてはセクマイであることを労働局に明かして相談できていない可能性があ
る。
セクマイ専門ライン
( イ ) セクマイに対するセクシュアルハラスメント
次に、セクマイに対するセクシュアルハラスメント(性的言動)については、セクシュアルハラスメントであ
るということから均等法の対象となる。均等法は、2007 年の改正から男女双方に適用されることになった
ため、両性に対するセクシュアルハラスメントが対象になる。行為者の性別は元々限定していなかったため、
2007 年改正時より、同性間のセクシュアルハラスメントも対象になった。
しかし、問題は、セクマイに対するセクシュアルハラスメントに限った話ではないが、均等法のセクシュア
ルハラスメント規定が、その禁止ではなく、それに関する事業主の措置義務を規定するのみであるという点
である(11 条)。同条は、事業主は、性的言動に関する労働者からの相談に応じ、適切に対応するために
必要な体制の整備等の措置を講じなければならないとするのみで、セクシュアルハラスメント禁止についての
明文化もなく、セクシュアルハラスメント禁止違反の私法的効果も規定されていない。
したがって、セクマイがセクシュアルハラスメントを受けた場合であっても、均等法上その行政指導を担当
する労働局は、事業主がセクシュアルハラスメントの措置を講じていない場合にその義務の履行についての
指導を事業主に対して実施することは可能であっても、そのセクシュアルハラスメント行為そのものについて、
均等法違反であるとして、その中止や賠償等を命じることは不可能であるという点が問題である。
均等法にセクシュアルハラスメント禁止も、禁止違反の私法的効果も規定されていないことから、均等法
違反であるとして直接的に司法的救済を求める(裁判に訴える)ことはできず、民事訴訟や労働審判におい
ては、民法 90 条(公序に反する法律行為は無効)および 709 条(不法行為による損害賠償)によって争う
ことになる。しかしセクマイに対するセクシュアルハラスメントの訴訟事案が未だ見当たらないことに象徴さ
れるように、現実的には、セクマイがセクシュアルハラスメントを訴訟という公開の場で争うことは大変困難
を伴うであろう。
(b) 今後の課題
以上のような、セクマイの職場のハラスメントをめぐる日本法の問題点を踏まえると、第一に、セクマイの
セクシュアルハラスメント以外の職場いじめやハラスメントについては、性自認や性的指向を理由としたハラ
スメント禁止の法規定を設けるべきである。また、労働局の相談窓口は、セクマイの問題に対処するべく、
3 労働政策研究・研修機機構『職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメントの実態―個別労働紛争解決制度における 2011 年
度のあっせん事案を対象に―』JILPT 資料シリーズ No.154(2015 年)。
144
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適切な知識や法律情報を身に付けるべきである。
第二に、均等法においてセクシュアルハラスメントの禁止を明文化すること、そして、均等法違反であるこ
とをもって直接的に司法的救済が得られるように、私法的効果について規定することが必要である。また、
そのように法改正することによって、セクシュアルハラスメントの行政的救済の方法についても、法的判断が
より可能となるような形とすべきであろう(法律家による助言・指導やあっせんの体制など)。
2. 解雇
(a) 現状
セクマイは、セクマイであることに関連した理由にもとづいて解雇されている。本章で紹介した例でいえば、
第4章
その理由は、
「性別適合手術を受け男性から女性になったこと」、
「女性にはできない仕事だから(MtF が女
性ホルモンを投与していたケース)」、
「職場でカミングアウトしたこと」
(以上、第 1 節Ⅲ)や、
「子ども関係の
セクマイ専門ライン
職場で MtF がいては困るから」
(第 2 節の事例 3)といったものである。
前述のとおり、現在、日本において、性自認や性的指向を理由とした差別を直接禁止する法律はない。
したがって、性自認や性的指向を理由とした解雇については、解雇の一般法理に従うことになる。労働契約
法上、解雇については、
「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、そ
の権利を濫用したものとして、無効とする」
(16 条)と規定されており、客観的合理的理由と社会的相当性
の双方を満たさなければ無効となる。性自認や性的指向のみを理由とする解雇の場合は、客観的合理的理
由も社会的相当性もないと考えられるため、使用者の解雇権の濫用、解雇無効と判断される可能性が高い。
一方、解雇の理由が、性自認そのものではなく、
「別性容姿での出勤・就労に対する懸念」などとされる
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場合もあるが(懲戒解雇事案であるが、S 社(性同一性障害者解雇)事件)、その場合も同様に、当該解雇
に客観的合理的理由及び社会的相当性が存在するかが問題となる。
また、性同一性障がいの FtM の労働者(のち自殺)が同僚にカミングアウトする際、
(性同一性障がいに
よる苦悩を示すものとして)リストカットの跡を見せるなどしたことが、同僚をして退職を申し出るまでにその
恐怖心や不快感を引き起こし、会社内の風紀秩序を著しく乱したとして解雇された事案でも(B 社(性同一
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性障害者解雇・自殺)事件)
、当該解雇の合理性・相当性には疑問があり、使用者の権利濫用として、解
雇は無効と判断されている(損害賠償として 200 万円の慰謝料が認められた)。
性自認や性的指向の問題で争われた労働事案はこれまでにこれら 2 例だけと思われるため、その判断基
準は未だ明確でないが、性自認や性的指向そのものを理由とする解雇でなくても、解雇が性自認や性的指
向に関連している場合は、その解雇は無効とされる傾向にある。
(b) 今後の課題
このように、セクマイを理由とした解雇や不利益取扱いは、日本においては、人事権の濫用法理の枠組
みの中で、事後的には個別解決をすることが可能である。しかし、セクマイに対する解雇等を法律上明文で
禁止しているわけではなく、使用者にとっては、どのような解雇が無効となるかが明確でないという問題点
がある。そこで、予防の観点から、使用者の行動を変革させるために、性自認や性的指向を理由とする解
4 性同一性障がいの労働者(MtF)が女性の容姿での就労を認められなかったことを主たる理由として配転命令を拒否したこと、
配転に応じた後も業務命令に反し約 1 ヶ月にわたり女性の容姿で出勤したことなどを理由とする懲戒解雇処分が、懲戒権の濫
用に当たるとして無効とされた事例(東京地決平 14.6.20 労判 830-13)
。
5 山口地裁岩国支部判平 22.3.31 判例集未掲載。
第4章
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第4章 セクシュアル・マイノリティ専門ライン
雇や不利益取扱いは差別であるという立法規定が、日本においても必要であると思われる。
EU 法の影響のもと、欧州各国ではセクマイを理由とする差別禁止が明文化された。例えば、イギリスに
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おいては、1999 年に「性差別禁止(性別再指定)規則」が、2003 年に「雇用平等(性的指向)規則」が
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制定され、現在は、これらの規則を含めた包括的な差別禁止法である 2010 年平等法において、あらゆる
分野における性自認や性的指向を理由とした差別禁止が明文化されている。2010 年平等法の「差別」は、
直接差別(13 条)、間接差別(19 条)のことであり、直接差別には、関係差別(特定の差別事由を有する
人との関係を理由とする差別)と憶測差別(差別事由を有すると他人に認識されて受ける差別)を含む。
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なお、ヨーロッパ司法裁判所は 1996 年、P 対 S およびコーンウォール県事件において、
「性別再指定を
理由とした差別」は、男女均等待遇指令(EEC 指令 76/207)の「性差別」に該当すると判示した。日本に
第4章
おいては中長期的には、性自認や性的指向を理由とした差別禁止の明文化が望ましいが、短期的には、上
記判決のように、均等法の適用対象となる差別事由である「性別」に「性自認」を読み込むことで、少なく
セクマイ専門ライン
とも性自認については、これを理由とする差別の禁止を均等法で実現させる方法もあろう。
6 Sex Discrimination (Gender Reassignment) Regulations 1999. 1975 年性差別禁止法に性別再指定を理由とする差別の禁止を加
える規則。
7 Employment Equality (Sexual Orientation) Regulations 2003. 雇用における性的指向を理由とする差別を禁止する規則。
8 Equality Act 2010, s. 4.
9 P v. S and Cornwall County Council, Case C-13/94, [1996] IRLR 347. 邦文解説として、田巻帝子「トランスセクシュアルを理由
とする職場での差別―P 対 S およびコーンウォール県事件」谷口洋幸他編著『性的マイノリティ判例解説』(信山社、2011 年)
117 頁以下。
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