癌化学療法で発現した食欲不振,悪心・ 嘔吐に対する六君子湯の効果

特集
Ⅰ.漢方薬の最新研究 食道癌と六君子湯
癌化学療法で発現した食欲不振,悪心・
嘔吐に対する六君子湯の効果
清家 純一
徳島大学胸部・内分泌・腫瘍外科(食道外科)助教
近年,進行食道癌に対する術前化学療法は目覚ましい効果をあげているが,治療にともなう副作用で治療継続が
困難になるケースも少なくない.なかでも消化器症状は栄養低下を招くだけでなく治療への意欲を減退させ,特に
高齢者において治療完遂率を大きく低下させる.清家純一先生らは,進行食道癌に対する化学療法により発現した
食欲不振,悪心・嘔吐に対する六君子湯の有効性について検討された.ここではその概要を解説していただいた.
吐といった消化器症状が多く発現す
する有効性が報告されている.そこ
る.対策としてステロイドや5-HT3受容
で筆者らは,食道癌化学療法により
体拮抗薬などの制吐剤が投与される
発現する食欲不振,悪心・嘔吐に対
当科では進行食道癌に対する化学
が,効果は必ずしも十分ではない.化
する六君子湯の有効性について検討
療法として,DFP療法
(ドセタキセル+
学療法を完遂させるために,
これらの
した.
5-FU+CDDP)
を一次治療として実施
制吐剤と併用が可能で,
より簡便かつ
対象はDFP療法を行う初発の進行
し良好な治療成績をあげている.し
有効な支持療法が探求されている.
食道癌(主にStageⅡ∼Ⅲ)患者18例
かし,本プロトコールは副作用として
六君子湯は,悪心・嘔吐,胃排出
で,六君子湯投与群8例,非投与群10
骨髄抑制のほか食欲不振や悪心・嘔
能の改善などの上部消化管障害に対
例に無作為割り付けした.年齢,性
癌化学療法に関連する
副作用対策は不十分
研究観察期間
入院
項目
1日
ドセタキセル25mg/m (1,8,15,22日)
化学療法
2日
3日
4日
5日
○
2
6日
7日
8日
9日
10日
11日
12日
13日
14日
○
5-FU370mg/m2+CDDP10mg/body
(1-5,8-12,15-19,22-26日)
六君子湯7.5g/日分3
有
効
性
CTC-AE
ver. 3.0
食欲不振
○
○
○
○
○
○
○
悪心
○
○
○
○
○
○
○
嘔吐
○
○
○
○
○
○
○
○
○
消化器症状(GSRS)
○
QOLスコア(睡眠,気分,意欲,日常活動,不安感) ○
採血
(AM7:00)
グレリン
○
アルブミン
○
図1 研究スケジュールと各評価項目
12
(12)Science of Kampo Medicine 漢方医学 Vol.34 No.1
2010
○
○
○
○
○
別などで両群の患者背景に差はなか
た副作用は,六君子湯投与群では食
(GSRS)
,アルブミンについては両群
った.両群ともに,悪心・嘔吐対策と
欲不振3例(37.5%)
,悪心3例(37.5%)
,
で差がみられなかった.また,血中
して5-HT3受容体拮抗薬(アザセトロ
嘔吐1例(12.5%)
,であるのに対し,非
グレリン値については個体差が大き
ン塩酸塩)およびデキサメタゾンが,
投与群では食欲不振7例(70%)
,悪心
く,食欲不振の発現,六君子湯投与と
消化管粘膜障害対策としてH2受容体
8例(80%)
,嘔吐4例(40%)
,であり,六
の関連性は解明できなかった.
拮抗薬,ファモチジンが投与された.
君子湯投与群の方が発生頻度が少な
ほとんどの症例は化学療法開始2
これらの結果から,六君子湯の併
かった.
週間以内に副作用が発現すること,
用により進行食道癌に対するDFP療
嘔吐の平均スコアの推移をみると,
法による食欲不振,悪心・嘔吐の発
投与4週間では脱落例が出る可能性
嘔吐では8日目までは両群ともにほぼ
現が抑制され,さらにQOLも向上し
があることから,六君子湯投与2週間
0を推移していたが,14日目で六君子
たことが示された.特に,5-HT3受容
の食欲不振,悪心・嘔吐及び,QOL
湯投与群は0.13,非投与群は0.90を示
体拮抗薬の効果が低い遅延性の悪
について評価した
(図1)
.食欲不振,
した.悪心については,六君子湯投
心・嘔吐に対して,六君子湯の効果
悪心・嘔吐はCTC-AE ver.3.0,QOL
与群では8日目ぐらいからやや上昇し
が期待できることは非常に意義のあ
問診票はQOL-ACDを参考としたオ
14日目で0.50を示したが,非投与群で
る結果である.DFP療法施行中に,
リジナルの質問表を作成し,睡眠,
は5日目に上昇し14日目に1.80へ上昇
ムカムカすることなく食事がとれる可
気分,意欲,
日常活動,不安感の5項
し,六君子湯に比べ早期に悪化し,
能性が増すことは患者にとって福音
目について,患者自身に1∼5の5段階
1 4 日 目で 有 意 差 が 認 めら れ た
といえる.
で評価してもらった.数値が高くなる
(p=0.034,Wilcoxon’
s rank sum test,
ほど,QOLは良好であることを意味
図2)
.食欲不振は,悪心と同様な推
に用いられるTS-1(テガフール・ギメ
する.さらに,食欲亢進ホルモンであ
移を示し,14日目のGradeは六君子湯
ラシル・オテラシルカリウム)
でも同様
るグレリンも測定した.
投与群では0.75,非投与群では1.70
の効果が期待できるとした報告がある
で,六君子湯投与群でGradeが低い
ことから,今後は外来化学療法での
傾向であった.
有効性を検討したいと考えている.ま
悪心・嘔吐,食欲不振を予防し
気分,日常活動の低下を
有意に抑制
化学療法開始後14日目までに発現し
QOLの評価では,非投与群に比べ
た,乳癌など消化器以外の癌疾患を
六君子湯投与群は気分,
日常活動の
対象とすればより正確な血中グレリン
低下を有意に抑制した
(図3,4)
.睡
値の分析が可能になる.この点につ
眠,意欲,不安感および消化器症状
いても検討する必要性を感じている.
5
対照群
六君子湯投与群
5
4
3.5
2
1.80
3
3.25
QOL スコア
p=0.034
4.1
3.98
p=0.027
2.63
2
1
0.50
0
0.00
0.00
p=0.027
2.89
2
1日 2日
0.38
0.00
0
0.00
0
1日目
3日 4日 5日 8日 14日
14日目
1日目
Wilcoxon’
s rank sum test
Wilcoxon’
s rank sum test
悪心Gradeの推移
対照群
六君子湯投与群
1
0.50
0.10
0.00
1
0.80
3.5
3
1.89
0.10
図2
対照群
六君子湯投与群
4
3
QOL スコア
Grade(CTC-AE ver.3.0)
4
六君子湯は,再発乳癌や胃癌など
図3
QOLスコア(気分)の推移 14日目
Wilcoxon’
s rank sum test
図4
QOLスコア(日常活動)の推移 (13)
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