報告書 独占禁止法審査手続の適正化に向けた課題 ∼ 海外調査編 ∼ 二 〇 一六 年 五 月 世紀政策研究所 21 21世紀政策研究所 研究プロジェクト 独占禁止法審査手続の 適正化に向けた課題 ∼ 海外調査編 ∼ 報 告 書 2016 年 5 月 目 次 研究会委員一覧 ····························································· iii 欧州調査編 ································································· 1 はじめに ··································································· 3 海外調査概要 ······························································· 6 第1章 EU における審査権限の行使と適正手続の保障 ························ 9 1.防禦権の根拠となる諸原則について ····································· 9 2.EU・UK の審査権限とその行使の特色 ··································· 13 3.審査ファイルへの完全アクセス ········································· 49 4.日本の審査手続に対する示唆 ··········································· 57 第2章 審査手続をめぐる紛争・事業者の救済方法とヒヤリング・オフィサーが 果たす役割 ························································· 63 1.事業者と審査官の審査手続をめぐる紛争の救済方法の全体構造·············· 63 2.審査手続に関する事業者の違反行動(調査妨害)に対する規制 (委員会がとりうるサンクション)の方法とそれに対する異議·············· 63 3.ヒヤリング・オフィサーとベスト・プラクティス・ルールの役割············ 65 4.UK における聴聞手続と procedural officer の関与 ························ 67 5.具体的な局面ごとの紛争解決システムとその実効性························ 68 第3章 EU における和解・コミットメント制度と日本への示唆················ 75 1.コミットメント――制裁金免除を伴う事件処理簡略手続···················· 76 2.カルテル・セトルメント――制裁金額軽減を伴うカルテル事件処理簡略手続 ·· 81 第4章 EU における決定取消訴訟の争い方と日本への示唆 ···················· 85 1.欧州委員会決定(制裁金額を含む)に対する EU 裁判所の審査基準 ·········· 85 2.欧州委員会の不当手続に対する裁判所の取消決定とその後の委員会の対応 ···· 87 3.適正手続不充足を理由とする制裁金減額の司法裁定························ 87 4.日本での公取委の排除措置命令(及び課徴金支払命令)に対する司法審査 ――EU の状況からの示唆 ·············································· 88 i 韓国調査編 ································································· 91 はじめに ··································································· 93 韓国調査概要 ······························································ 101 第1章 審査権限と適正手続 ··············································· 103 1.審査権限 ···························································· 103 2.立入検査関係 ························································ 106 3.資料提出(報告)命令 ················································ 110 4.従業員の供述聴取 ···················································· 113 5.内部統制の強化 ······················································ 127 第2章 課徴金の減額制度と審査への協力インセンティブ ···················· 131 1.審査への協力インセンティブが必要不可欠である理由····················· 131 2.過料制度 ···························································· 132 3.審査妨害による課徴金加算制度 ········································ 134 4.課徴金減額制度 ······················································ 135 5.韓国のリニエンシー制度 ·············································· 136 6.韓国の議決制度との関係 ·············································· 156 第3章 経済団体の審査手続の改善に向けた活動 ···························· 163 1.2009 年報告書で指摘された問題点······································ 163 2.今回の改革案に対する全経連の意見 ···································· 165 資料1 韓国公正取引委員会による改革の公表(邦訳) ······················ 172 資料2 公正取引委員会調査手続に関する規則(邦訳) ······················ 185 資料3 公正取引委員会会議運営と事件手続等に関する規則(抜粋、邦訳) ··· 204 資料4 不当な共同行為の自主申請者等に対する是正措置等減免制度の 運営告示に関する改正(案)(邦訳)································ 220 資料5 独占規制及び公正取引に関する法律施行令の第六十一条(邦訳) ····· 233 資料6 独占規制及び公正取引に関する法律施行令の別表二(邦訳) ·········· 234 資料7 課徴金賦課の細部基準等に関する告示(邦訳) ······················ 239 ii 研究会委員一覧 研究主幹 上 委 杉 秋 則 フレッシュフィールズブルックハウスデリンガー法律事務所 シニアコンサルタント 員(順不同) 滝 川 敏 明 関西大学法学部教授 常 岡 孝 好 学習院大学法学部教授 川 出 敏 裕 東京大学大学院法学政治学研究科教授 越 知 保 見 明治大学法科大学院教授 矢 吹 公 敏 一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 矢吹法律事務所弁護士 多 田 敏 明 日比谷総合法律事務所弁護士 山 田 香 織 フレッシュフィールズブルックハウスデリンガー法律事務所 弁護士 西 田 英 俊 JX ホールディングス株式会社 法務部法務グループマネージャー 花 井 正 樹 新日鐵住金株式会社 増 山 望 住友化学株式会社 小 杉 麻 弥 株式会社東芝 冨 田 和 裕 日本電信電話株式会社 菊 地 麻緒子 東京靖和綜合法律事務所弁護士 榊 原 美 紀 パナソニック株式会社 知的財産センター知的戦略部渉外課課長 小 畑 良 晴 一般社団法人日本経済団体連合会 法務部国際法務室上席主幹 総務法務室担当部長 法務部法務第二担当参事 法務担当課長 経済基盤本部長 21 世紀政策研究所 井 上 濱 岡 恭 武 主任研究員 平 研究員 (2016 年 3 月時点) iii 欧州調査編 1 はじめに 1.EU、UK の審査手続を調査・検討する意義 平成 27 年 4 月以降、審判制度が廃止され意見聴取手続が導入されたことにより、わが 国の命令の発出および争訟手続が EU における決定の発出およびその争訟手続と同じ構造 になった。つまり、公正取引委員会が発出する命令の抗告訴訟が直接東京地裁に提訴され るようになり、かつ、命令前に意見聴取手続が導入された。この意見徴収手続は、行政手 続法の聴聞手続を独禁法に採用したものであるが、EU、UK における異議告知手続に近い ものと見ることができる。 わが国では、準司法手続である審判にすべてを集中させる考え方(審判集中主義)がと られてきたことから、手続法上の問題を含め独禁法にかかる問題はすべて審判手続で争う ことが当然の前提とされてきた。このように、事前の時代も事後の時代も、名あて人に審 判という準司法的手続により争う権利が付与されている反面として、手続上の問題を直接 裁判所で争う手段・方法が限られていたものと思われる。このことが、審査手続に関して 司法判断が下された事例が少なく、適正手続に関するルール形成が遅れる事態を招く一因 になったと考えられる。 EU、UK においては、立入検査・情報提供要請などの調査権限を行使する処分を直接裁 判所に提起することができることは当然であり、かつ、多くの事件において、名あて人に より実際に提訴されてきた。決定取消訴訟においても、手続上の違法性を争う事例が多く 見られる。このように、審判制度廃止後のわが国の審査手続の適正化のためのルールを検 討する上では、決定の発出およびその争訟手続がわが国と同じ構造にあり、多くの判例が 蓄積され、当局によるガイドラインも整備されている EU、UK の実務を参考にできる点 が多いと考えられる。 2.EU の審査手続の特色 EU の審査手続の特色は、以下の点にある。まず、①当局が関係人の審査を開始する段 階で(通常は立入検査の段階で)、どのような違反行為の疑いがあるか、被疑事実の製品 的・地理的範囲はどのようなものかを、関係人に十分に告知・説明すること(被疑事実を 知る権利)。 次に、②当局が権限を行使して関係人を審査するにあたり、関係人に対する情報提供要 請を中心とする審査手法を採用し、また、立入検査では写しを持ち帰る方法を採用するた め、関係人は自分に関してどのような証拠が当局に収集、把握されたかある程度知ること ができること、また、異議告知書が発出されると当局の審査ファイルへのアクセスが確保 され、その上で関係人に意見聴取の機会が確保されていること(武器対等の原則)。 最後に、③各名あて人に対して、法違反が認定された理由を明らかにすること(法違反 の理由を知る権利)。 このため、公正取引委員会が行使できる権限と欧州委員会や CMA(UK の競争当局)に 3 付与されている権限はほとんど変わらないが、上記①~③の点において EU、UK とわが 国では大きな相違が見られる。その背景には、関係人に審査に協力するインセンティブが 働く仕組みが用意されており、審査活動を関係人に秘密裏に進める(審査の密行性)必要 性が低いこと、当局が行政処分により是正措置その他を命ずる仕組みを採用するため、適 正手続上の関心が事前手続の強化に置かれてきたこと、が指摘できると考えられる。 この点米国では、司法省が関係人を裁判所に訴追するし、連邦取引委員会も審判開始決 定からスタートさせる事前審判制を採用するため、それ以降における適正手続の確保が中 心になっている。つまり被疑事実が起訴状ないし審判開始決定で特定された後の手続は厚 いが、それに至る審査段階においては、必ずしも EU のような武器対等の原則は適用され ていない。 日本は、この米国連邦取引委員会の制度を採用してきたことで、適正手続の確保の中心 が審判手続に置かれてきたものと思われる。しかし、調査に関する処分を直接裁判所に提 起することを制限する考え方は、米国には見られないものであり、この意味においては米 国と同じ争訟制度を採用していたとは言えないものであった。 2015 年 4 月からのわが国の審判制度の廃止は、命令の発出およびその争訟制度を大き く変えるものであり、適正手続の確保の中心を事前手続に移行させる必要性を高めたこと に注目すべきと考えられる。上記のとおり、調査に関する処分に関する司法審査事例が少 ない中で、わが国における審査手続に関するルールには多々問題・課題があることは否定 できず、そのあり方を検討する上で、これまで以上に EU、UK の審査手続に関するルー ルを参照する意味が増大したと考えられる。 3.今次海外調査事項 以上の問題意識に基づき、EU、UK の審査手続に関して詳しく調査することとしたもの であるが、特に以下の点に調査の重点を置いた。 第 1 に、EU、UK では、どのような審査権限が当局に付与され、それがどのように行使 されているか、特に日本の供述聴取中心の審査手法との関係で、これらの国々におけるイン タビューの権限の行使に関して詳細に検討した。さらには、EU、UK において法人に自己 負罪拒否特権が適用されるとされることの意味、および、インタビューの権限を利用せず カルテルの立証をする上での問題なり工夫、UK において従業員にインタビューを強制す る権限と自己負罪拒否特権の関係、についても詳しく検討した。 第 2 に、異議告知書(以下「SO」という)発出の段階で名あて人に完全な審査ファイル へのアクセスを保障することとの関係で、審査官にファイルに取り入れるべき資料・物件 の範囲につき裁量の余地があるか否かを検討した。また、いわゆる審査官手持ち証拠の問 題も検討した。 第 3 に、審査ファイルへのアクセス、文書・資料の秘密性の保持、弁護士・依頼者間秘 匿特権の対象文書か否かの判断、秘密文書の開示の請求、期限付きの処分や手続の期限延 長を求める要請につき、どのような権利が関係人に与えられているか、そして、かかる問 題に関する意見の相違を処理する上でのヒヤリング・オフィサー(UK では、プロシージュ 4 ラル・オフィサー)の果たしている役割や評価について検討した。 第 4 に、EU や UK における決定取消訴訟の争い方にわが国と比べてどのような特色が あるか、および、決定を司法審査する際の基準や考え方について検討した。 第 5 に、EU や UK における和解(セトルメント)や是正措置を講ずるコミットメント により事案を処理する制度のあり方、およびそれが存在することの適正手続に及ぼす意味 を検討した。 なお、本報告書の内容が専門的色彩が強いものであることを考量し、それぞれの執筆担 当者の文責により記述することとした。第 1 章は私(ただし、1(3)および 2(3)ウの 部分は山田香織弁護士) 、第 2 章は越知保見教授、第 3 章・第 4 章は滝川敏明教授の責任 で記述したものである。海外調査の際にも参加者内でいろいろ議論しながら調査を進めた ところであるが、細部にわたるところまで統一できたものではないことをお断りしておき たい。 2015 年 12 月 21 世紀政策研究所研究主幹 上杉 5 秋則 海外調査概要 1. 日程 2015 年 9 月 7 日(月)~12 日(土) 2. 調査地 ロンドン、ブラッセル 3. 参加者 上杉秋則研究主幹、滝川敏明委員、越知保見委員、多田敏明委員、山田香織委員、 西田英俊委員、冨田和裕委員、井上武主任研究員、篠浦雅幸(経団連経済基盤本部) 4. 調査訪問先(訪問順) ○フレッシュフィールズブルックハウスデリンガー法律事務所ロンドンオフィス David Aitman, Global Managing Partner Nicholas French, Partner Bea Tormey, Partner ○日本機械輸出組合ブラッセル事務所 福永哲郎 所長 ○欧州競争総局(DG Competition) Dag Johansson, Policy Co-ordinator, International Relations Ailsa Sinclair, Policy Officer, European Competition Network Simon Vande Walle, Case Handler, Mergers ○欧州委員会(the European Commission) Joos Stragier, Hearing Officer for competition proceedings ○フレッシュフィールズブルックハウスデリンガー法律事務所ブラッセルオフィス Andreas von Bonin, Partner Christiaan Smits, Head of EU Regulatory & Public Affairs ○英国競争当局(Competition and Markets Authority) Simon Constantine, Director, Competition and Markets Policy and International Tony Penny, Assistant Director, International-Executive Office 6 Sarah Mills, Policy Advisor, Competition and Markets Policy Group ○在英国日本大使館 松浦博司 公使 新明由美 二等書記官 ○英国産業連盟(CBI) Matthew Fell, Director for competitive markets 7 第1章 EU における審査権限の行使と適正手続の保障 1.防禦権の根拠となる諸原則について (1)法令上の根拠 EU における適正手続に関する諸原則は、今日では EU 人権条約、EU 人権憲章(2009 年発効)および欧州司法裁判所の判例の三つを根拠として説明されているが、条約や憲章 の規定も判例法上形成されたルールを成文化したものである。防禦権というだけでは抽象 的になるが、それを各種の権利にブレークダウンし、個別事件ごとにその観点から積極的 に主張されることで、適正手続が更に進むという好循環が生まれたものと思われる。 基本的な防禦権の法原則は、以下の四つの観点から展開されている。それが、①公正な 裁判を受ける権利(Fair trial)、②良き行政の原則(Good administration)、③平等原則な いし比例の原則(Proportionality)、④プライバシーの権利の四つの原則である。 ①公正な裁判を受ける権利は、更に a 意見を述べる権利(意見を聴取される権利(right to be heard))、b 被疑事実を知る権利、c 黙秘権(自己負罪拒否特権) 、d 公正な裁きを受 ける権利、の各観点から主張されている。 ②良き行政の原則により、a 処分を受ける明確な理由を示される権利、b 合理的な期間 内に処理される権利、を有するとされる。 ③平等原則・比例の原則は、同一事件における不当な差別的取扱いを禁止するもので、 いろいろな手続上の問題を提起する根拠として活用されている。 ④プライバシーの権利。この観点から、当局に提出する文書・資料につき公開バージョン を作成することが認められるほか、 UK では個人の住居への立入検査に関して司法の関与(令 状)が必要とされている(EU でも、要件が加重されている)。 以上の四つの原則は、別に EU における独自の考え方なり原則ではなく、民主主義国家 であれば当然視されるものばかりである。要するに、EU、UK ではこれらの法原則を駆使 して適正手続の保障の必要性が個別事件ごとに主張され、当局や裁判所もこれを受け入れて きたというに過ぎず、 特段の法改正を必要とするものではないことをまず認識すべきである。 もちろん、これらを「権利」と呼ぶほどのものかという議論はあり得るが、「権利」とし て認められていなければこれらの主張ができないというものではない。したがって、EU、 UK で防禦権の中身として主張されていることを具体的に明らかにし、わが国における防禦 権の中身として同様の主張をすることができるか否かを検討することが有益と考えられる。 (2)審査手続における基本原則 ア.基本原則 競争法における適正手続を確保するための基本原則は、意見を聴取される権利と審査ファ イルへの完全アクセス権の二つに集約されている。審査ファイルへの完全アクセスは、意 9 見聴取の権利を十分に行使できるための前提条件として認められるものである。武器対等 の原則という観点からも説明されている。 そのほかに、自己負罪拒否特権や弁護士・依頼者間秘匿特権(以下、 「秘匿特権」という)、 被疑事実を知る権利、処分を受ける理由を知る権利も、重要な役割を有している。 イ.具体的内容 被疑事実を知る権利は、立入検査の開始に先立ち、30 分から 1 時間かけて関係人に被疑 事実を説明するという形で実現されている。また、立入りの際に欧州委員会による授権を 示す文書においては、文書中に被疑事実の対象(subject matter, purpose, legal basis)を 示すことが求められている。処分を受ける明確な理由を知る権利は、詳細な決定書の記述 という形で実現されている。 法人にも自己負罪拒否特権が認められ、企業に対して行使される情報提供要請において、 企業が違反事実を自認するような質問への回答を強制されないことが保障されている。こ の点は、UK ではインタビューにおける供述の証拠能力の観点からも議論されているので、 2.(4)キ.で詳しく述べる。 制裁金の額が裁量で決められる EU では、特に平等原則・比例原則が重要になるのは当 然である。わが国は、非裁量型の課徴金制度を採るので、平等原則・比例原則の観点から 主張できる点は限られるが、課徴金制度に何らかの裁量制を導入する際には、平等原則・ 比例原則が重要な原則になると考えられる。 秘匿特権が付与される以外に、弁護士の立会いを認めることも適正手続の確保に重要な 役割を果たしている。立入検査においては、弁護士が当局が写しを持ち帰る文書の被疑事 実との関連性をチェックする役割を果たしているし、インタビューにおいては被疑事実と 関連性のない質問や繰返しの質問を回避させる役割を果たしている。他方で、弁護士が関 与することがインタビュー記録の信用力を高めると考えられている。これは、情報提供要 請への回答書の作成においても、同様である。 近年の特色として、電子データの写しの入手が必要不可欠になっている。EU では、審査 官は立入検査において関連文書を識別した場合、その写ししか持ち帰れないが、電子デー タは容易に写しを作成することができる。このため、電子データの写しを作成する際に、 文書・資料の被疑事実との関連性をチェックできないという事態が生まれている。立入検 査の時点でチェックすることが困難な事情がある場合には、事後に弁護士立会いの下で関 連性をチェックする機会が付与されるケースも見られるようになっている。 ウ.企業秘密の保持と適正手続 企業秘密の保持も、適正手続の観点から重要な役割を有している。当局が収集する文書・ 資料には企業秘密が含まれるが、それを理由にこれらの文書・資料の提出を拒否できない のは当然である。しかし、企業秘密の第三者への開示を避けるため、企業秘密に当たる情 10 報を含んでいないかチェックする機会を関係人に付与し、必要な場合には公表バージョン を作成することを認めるというのが EU、UK の採用する方法である。 EU、UK では、関係人から収集される文書・資料や関係人に対して情報提供が要請され る場合については、関係人はどのような文書・資料・情報が収集されたかを知ることがで きるが、関係人の従業員のインタビューについては、武器対等の原則が適用されるからと いって、関係人にその写しを交付しその内容を訂正する機会を付与することまで要請され るものではない。しかし、関係人の違反行為を立証する目的でインタビューが行われるこ とになるので、UK では、従業員にインタビューを強制した場合、その供述の記録作成後に その写しを関係人(所属企業)に交付することが行われている。 このように、従業員にインタビューを強制した場合、その供述の記録を関係人に開示す る根拠として、企業秘密が含まれているか否かチェックする機会を付与する観点から説明 されていることが注目される。 エ.防禦権の行使と適正手続 EU、UK では、防禦権という観点から、上記各種の原則を満たしているか否か関係人ま たはその代理人により厳しくチェックされるので、当局は厳しい緊張の下での審査活動を 迫られている。それでも、調査のための処分違反に対して当局に制裁金を課す制度が認め られているため、これらの適正手続の要請を満たすことが事件審査(真相究明)に支障が あるとは受け止められておらず、当局にとっても当然の要請と受け止められている。 (3)ベスト・プラクティス ア.背景 EU ではベスト・プラクティスと称される審査手続に関するガイドライン (Commission notice on best practices for the conduct of proceedings concerning Articles 101 and 102 TFEU、以下、 「ベスト・プラクティス」という)が、UK では 1998 年競争法事件の審査 手続に関する CMA ガイダンス(Guidance on the CMA’s investigation procedures in Competition Act 1998 cases:CMA8、以下、「UK ガイドライン」という)が示されてお り、適正手続の確保に重要な役割を果たしている。EU では、それまでも上記の基本原 則を書面の形で明確に説明する告示が示されてきたが、これらを集大成するものとして、 EU のベスト・プラクティスが示された。ベスト・プラクティスは 2010 年にドラフトが発 表されるとともに、その運用が始まった新しいガイドラインであり、その運用の結果やパ ブリック・コンサルテーションを踏まえて、2011 年にさらに適正手続の保護を強化する形 で、改定されている1。30 ページにわたる非常に詳細なガイドラインで、審査手続の時間軸 1 DG COMPETITION Best Practices on the conduct of proceedings concerning Articles 101 and 102 TFEU http://ec.europa.eu/competition/consultations/2010_best_practices/best_practice_articles.pdf 11 に沿って、関係人企業の権利や想定される手続を丁寧に説明しており、EU における審査プ ロセス全体の予測可能性を高める上で、非常に大きな役割を果たしている。 競争法による審査に際しての適正手続の保護を求める動きは、特に欧米ではかなり昔か ら存在したが、EU のベスト・プラクティスの導入に見られるように、特に 2010 年前後か ら、急激に活発になったように見受けられる。原因については様々な指摘があるが、イン テル事件において会社側が EU 当局の審査手続が適正手続の権利を侵害していると強く主 張することで、EU における適正手続の保障という問題が注目を浴びたことが指摘できる。 要するに、EU 当局による競争法違反に対する制裁金額が急激に増大する中、審査を受けた 企業側のリアクションとして、公正な手続と防御の機会の確保を求める声が強まったとい うことであり、ある意味で当然のことであろう。 EU のベスト・プラクティスが発表されるのと時期を同じくして、OECD において適正 手続についてラウンド・テーブルが開催され、米国の当局も積極的に適正手続の重要性を 強調するスピーチを行うなど、一気にこの分野における改革の気運が高まったことも指摘 できる。この流れの中で米国や欧州諸国など他の OECD 諸国で相次いで適正手続に関する 改善が図られる中、日本は OECD の重要なメンバーであるにもかかわらず、その流れから 取り残されてしまったということであり、しかもその状態が最近まで続いていると言わざ るを得ない。 イ.概要 上記のような国際的な流れを受けて、EU のベスト・プラクティスは、審査手続の流れや 会社側の権利を言わば「手取り足取り」詳しく説明する内容になっている。EU 当局の適正 手続に関するアプローチの根底にある姿勢として、会社側への手続保障が十分でないと、 結局司法審査により当局の決定が裁判所により覆されてしまうから、審査の段階から会社 側代理人と審査官が十分にコミュニケーションを取って進めていくことが重要であり、こ れを怠ることはむしろ当局の失態であるとする考え方があるように思われる。 今回の調査においても、EU 当局の担当者が口を揃えてこの点を強調したのが印象深かっ た。わが国では、関係人と当局が対立する関係にあると捉えた議論がなされているが、当 局の担当者においてこのような認識が広く見られること、および、その背景に裁判所によ る適正手続に関する司法審査が厳しいことがあることを痛感した次第である。 ベスト・プラクティスは基本的に審査の時系列に沿った形でまとめられており、審査の 端緒に始まり、各審査場面(書面での情報提出要請、立入り、インタビュー)における会 社側の権利として、時間制限、企業秘密の保護や秘匿特権が及ぶことなどが明記されてい る。さらに、ある程度審査が進んだ段階において、「state of play meeting」と称される会 議が審査官と関係人代理人との間で開催され、論点整理や一部重要な証拠の開示が行われ ること、また「SO」という形で正式に最終決定の青写真が提示された後には、審査ファイ ルへのアクセスが保障され、書面による反論の機会が十分に付与されるのみならず、ヒヤ 12 リング・オフィサーが主催する口頭弁論(ヒヤリング)の開催を要求できることが、事細 かに説明されている。 EU の制度設計の特徴は、当局が審査のかなり早い段階から会社側の代理人弁護士と積極 的にコミュニケーションを取り、会社側が有する不満や質問を提起する機会をできるだけ 多く設けようとしていることである。この中でヒヤリング・オフィサーが果たす役割が極 めて大きいとされる。情報提供要請に対する回答期限の延長問題、秘匿特権の対象となる 文書か否かに関する争いや、企業秘密の保護に関する争いにつき、会社側の各権利が侵害 されたと考える場合に、SO が発出された段階で行われるヒヤリングを待たずに、ヒヤリン グ・オフィサーに苦情を申し立てて、その判断や勧告を仰ぐことができるし、また、その ことがベスト・プラクティス等にも明記されている。 このように、詳細なベスト・プラクティスの存在、およびヒヤリング・オフィサーが中 立的な立場で関係人の苦情処理をする体制にあることが、審査官に適正手続を遵守させる 上での抑止力にもなっている。ヒヤリング・オフィサーの権限だけをまとめた別途の告示 が出されていることから見ても2、EU 制度の中で、ヒヤリング・オフィサーが適正手続を 保護する上で非常に重要な役割を担っていることが良く分かる。 このように、EU では、①裁判所による厳しい司法審査を受けること、②審査の段階でも 中立的な立場のヒヤリング・オフィサーによる苦情処理が受けられること、そして、③審 査の進行段階に応じて関係人がいかなる防禦権を行使できるかに関する詳細なベスト・プ ラクティスが示されていことで、事件の審査活動を円滑に進める上で適正手続の遵守が不 可欠であるとる認識が当局内で広く共有されていることがわかる。このような状況は、UK でも基本的に同じである。 2.EU・UK の審査権限とその行使の特色 (1)概要 審査手法として活用されるのは、EU、UK ともに、立入検査、情報提供要請(報告命令)、 インタビュー(事情聴取)の三つであり、この点では基本的に日本と同様であるが、この 三つの権限の行使のパターンに大きな相違が見られる。EU では、正式の決定による場合と それ自体には強制力のない措置による場合の二つが用意されており、強制力のない措置は それに従わない場合は正式の決定によることを当然の前提として利用されている。 わが国の供述調書の方法に相当するのが、インタビューの権限である。インタビューに 関しては、後述のように、EU では任意の協力による場合しか認められておらず、その受け 入れを強制することができないだけでなく、インタビューを行う際にも、回答するか否か は任意であることを確認しつつ行われている。このため、従業員・企業ともにインタビュー 2 DECISION OF THE PRESIDENT OF THE EUROPEAN COMMISSION of 13 October 2011 on the function and terms of reference of the hearing officer in certain competition proceedings http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32011D0695&from=EN 13 に応ずるインセンティブはほとんどなく、何らかの理由で審査に協力するメリットが明白 と考えられる場合(リニエンシー申請する場合や従業員が自主的に情報を提供したいと考 える場合)に利用されるものであって、実際に利用されることはほとんどないとされる。 それでは、なぜインタビューの権限が認められているかというと、それが有効な場合も あり得るからである。インタビューの方法で収集される情報には、①情報提供要請権限を 活用して提出させることのできるものと、②文書・資料といった物証はなく、従業員の記 憶しか情報がないので、その供述に頼らざるを得ない場合、③文書・資料によってもある 程度の推認は可能であるが、それが正しいことを確認するため従業員の供述を求める場合 があり得る。 EU では、①の方法を基本とし、従業員の細部にわたる自白を求める方法ではなく、物的 証拠から違反行為を推認する方法により立証されているといえる。また、情報提供要請の 質問を工夫することで、社内調査を促し、その結果発見した文書・資料を提出させる方法 も用いられている、しかし、物的証拠から違反行為の存在を推認する方法に過度に依存す ると、無理のある推認になるケースも出てくるので、③の方法を用いることを有益とする 指摘も見られる。 推認の方法を活用する場合、企業の防禦権を侵害しないよう、決定書中で、物的証拠か ら違反行為の存在が推認できる理由を細かく記述することが求められる。この点、EU の決 定書が詳しいことは事実であるが、関連する物的証拠を掲げるだけで、推認の根拠が記載 されているとまではいえないとの指摘もなされている。これを可能にするのが、上記③の 目的でインタビューを活用する方法である。この場合には、文書に関して事実を聞く範囲 内で行えるため、自己負罪拒否特権の問題を引き起こすことなく実施できる。 これが、UK で新しく従業員に対してインタビューに応ずるよう強制する権限が認められ た理由と思われるが、②の場合にインタビューの方法を用いることについては、自己負罪 拒否特権との関係で未解決の問題が残されており、この点は(4)オで触れる。 現時点で言えることは、従業員のインタビューに過度に依存することも、インタビュー をまったく利用しないこともいずれも問題があるということである。そこで、従業員のイン タビューで得られた供述を企業の法違反を立証する証拠として利用するに際しては、その 証拠能力に一定の制約を課すなどの工夫も見られる。 (2)立入検査 ア.EU における立入権限 立入検査の方法は二つ用意されている。また、加盟国の法制により裁判所の令状(裁判 官の許可)が必要とされる国もあるため、その際の手続も細かく規定されている。 (理事会規則 20 条 2 項・3 項・4 項) 2. The officials and other accompanying persons authorised by the Commission to 14 conduct an inspection are empowered: (a) to enter any premises, land and means of transport of undertakings and associations of undertakings; (b) to examine the books and other records related to the business, irrespective of the medium on which they are stored; (c) to take or obtain in any form copies of or extracts from such books or records; (d) to seal any business premises and books or records for the period and to the extent necessary for the inspection; (e) to ask any representative or member of staff of the undertaking or association of undertakings for explanations on facts or documents relating to the subject-matter and purpose of the inspection and to record the answers. 3. The officials and other accompanying persons authorised by the Commission to conduct an inspection shall exercise their powers upon production of a written authorisation specifying the subject matter and purpose of the inspection and the penalties provided for in Article 23 in case the production of the required books or other records related to the business is incomplete or where the answers to questions asked under paragraph 2 of the present Article are incorrect or misleading. In good time before the inspection, the Commission shall give notice of the inspection to the competition authority of the Member State in whose territory it is to be conducted. 4. Undertakings and associations of undertakings are required to submit to inspections ordered by decision of the Commission. The decision shall specify the subject matter and purpose of the inspection, appoint the date on which it is to begin and indicate the penalties provided for in Articles 23 and 24 and the right to have the decision reviewed by the Court of Justice. The Commission shall take such decisions after consulting the competition authority of the Member State in whose territory the inspection is to be conducted. 欧州委員会の決定による立入検査の場合(理事会規則 20 条 4 項)、決定自体に強制力が あり、検査拒否はそれ自体で制裁金の対象とされる。また、決定中において、司法審査を 受けられることが告知される。ただし、制裁金の賦課による間接強制であることは変わり なく、物理的な強制はできない。 名あて人が従わない場合には、裁判所の了承(authorization)を得て決定を執行すること ができ、その場合の裁判所の関与の程度につき規定が置かれている。加盟各国の法制度によっ ては決定の実施に裁判所の令状の取得が必要な国があるので、この場合は直接強制となる。 15 (理事会規則 20 条 7 項) 7. If the assistance provided for in paragraph 6 requires authorisation from a judicial authority according to national rules, such authorisation shall be applied for. Such authorisation may also be applied for as a precautionary measure. 通常は、理事会規則 20 条 2 項による立入検査が行われる。これは、委員会が事件につき 立入検査することを証する文書を作成して行われるもので、当該文書では、事案の内容、 目的および理事会規則 23 条に規定される制裁金が課される旨(立入検査の際に質問された 事項につき、不正確・誤認を招く回答をすると制裁金を課されること)、が記載されること が理事会規則で明らかにされている。 理事会規則 20 条 2 項による立入検査につき司法審査を受けることは可能であるが、検査 自体を止められないので、立入検査は受け入れつつ、それと並行的に提訴する必要がある。 ただし、立入検査の根拠は必要性の立証で足りるので、立入検査をすること自体が違法と されることはほとんど想定できない。あり得るのは、持ち帰る文書の写しの範囲が被疑事 実に照らして過剰である場合や、審査官がした質問がルール上許容されない違法なもので ある場合などに限られることになる。 前者は、秘匿特権の問題や文書の関連性・必要性の問題であり、それを根拠に当該文書 の返還を求める訴訟を提起するなどの対応があり得る。文書が秘密情報を含むことは、写 しを持ち帰ることを阻止する理由になり得ないので、文書につき秘密性を主張できるにと どまる(この場合、どの情報が秘密情報か特定するのは事業者の責任とされる。通常は、 公表可能なバージョンを作成して提出することで秘密を守る方法が採られる)。 弁護士の立入検査への立会いは、当然に可能であるが、その到着まで立入検査の開始を 遅らせることはない。当局は、社内弁護士が立ち会っている場合には速やかに検査を開始 する。社内弁護士がいない場合には、1 時間程度待つこととしているが、これは、被疑事実 を検査先企業に十分に理解させるため 30 分から 1 時間かけて被疑事実を説明しているため であり、弁護士の到着を待つという意味ではない。 被疑事実を立入先企業に時間をかけて丁寧に説明する趣旨は、それをしないと(被疑事 実を知る権利)の侵害として後で司法審査等で問題にされる可能性が高いためである。法 律事務所が近くに所在する場合には、この説明している時間内に弁護士が事務所に到着す ることが可能となる。 留置物件の謄写の機会の付与も、EU では問題にならない。謄写するのは当局側だからで ある(UK の場合、令状を取得して立ち入る場合には、必要に応じ原本を持ち帰ることがで きる)。EU でも、秘匿特権の適用が問題となる文書の場合に、原本を封書に入れて持ち帰 ることになるが、これは当該文書の写しを持ち帰ること自体に問題があるためである。 写しには電子情報をコピーすることも含まれるが、これは違反行為に関与した従業員を 特定し、そのサーバー中の特定されたファイルの写しを持ち帰るという方法で行われる。 16 したがって、関連性のない文書も写しを作成されてしまうという問題があるので、審査官 がそのファイルを検討する際に弁護士が立ち会い、関連する文書のみに目を通すことを確 認する方法が用いられることもあるとされる。 ただし、後で関係人に検索ワードを指定し、それにヒットする文書を情報提供要請によ り提出させることもできるので、立入検査の当日電子情報のファイルの写しを入手できな いとしても、それほど審査に大きな支障を生じさせるものではない。関与が強く疑われる 従業員が特定されている場合と、単に関係する部署が分かっている場合では、写しの入手 方法が異なるであろう。状況に応じて使い分ければよく、立入検査の際にすべての関連文 書を留置する必要はない時代になったといえよう。 イ.UK における立入検査と令状の取得 UK は、立入検査の権限を当局に付与しているが、令状を取得して立入検査を実施する場 合と令状なしで実施できる場合がある。また、相手方に予告して実施する場合と、予告な しに実施する場合がある。UK ガイドラインによると、少なくとも 2 日前に通告することに より、令状なしに事務所に立ち入ることができるとされている。この場合には、CMA(UK の競争当局)による許可文書および身分証明書を示すだけで事務所に立ち入ることができ る。 (UK ガイドライン 6.31) 6.31 A CMA officer who is authorised by the CMA in writing to enter premises but does not have a warrant may enter business premises in connection with an investigation if they have given the premises' occupier at least two working days' written notice. カルテル協定の当事者であるとの合理的な疑いがある者の事務所には、令状を取得して 予告なしに立ち入る方法が採られる(事業者に連絡が採れない場合も、予告なしの立入り が認められる)。この点、UK ガイドラインでは、カルテルの場合は原則として令状を取得 して立ち入ると記述されている。予告すれば証拠破棄などのおそれがあることや、従業員 の住居を対象にする必要性もあるためである。また、令状を取得して実施する場合の方が、 行使できる権限が大きいことも、その理由として指摘されている。 令状なしに立ち入ることができるのは、事業者の事務所であり、従業員の住居には認め られていない。要件を満たす場合は、立入先は被疑者の事務所に限定されない。取引先な どの事務所への立ち入りも可能とされる。 令状を取得して実施する場合、人に対して物理的な力は行使できないが、事務所に立ち 入ることを阻害された場合には、審査官は必要な措置を講ずることができる。通常は、文 書の写しの取得にとどまるが、令状を取得して行う場合には原本を持ち帰ることもできる (現場で写しをとることが適当ではない場合など)。 17 (UK ガイドライン 6.39) 6.39 The search may cover offices, desks, filing cabinets, electronic devices such as computers and phones, as well as any documents. The CMA can also take away from the premises: ・ original documents that appear to be covered by the warrant if the CMA thinks it is necessary to preserve the documents or prevent interference with them or where it is not reasonably practicable to take copies of them on the premises ・ any document, or copies of it, to determine whether it is relevant to the investigation, when it is not practicable to do so at the premises. If the CMA considers later on that the information is outside the scope of the investigation, the CMA will return it ・ any relevant document, or copies of it, contained in something else where it is not practicable to separate out the relevant document at the premises. As above, the CMA will return information if the CMA considers later on that it is outside the scope of the investigation, and/or ・ copies of computer hard drives, mobile phones, mobile email devices and other electronic devices. ウ.弁護士の立会いの意味 UK では、弁護士の立会いを求めることができることについては、立入りの際に交付する 文書の中で告知される。弁護士の立会いを求めることは、令状なしの場合にも当然に可能 とされる。UK ガイドラインは、予告なしに行われる立入りの場合、審査官は弁護士が到着 するまで合理的な時間立入検査の開始を待つことができると記述する。 (UK ガイドライン 6.43) 6.43 The occupier may ask legal advisers to be present during an inspection, whether conducted with or without a warrant. If the occupier has not been given notice of the visit, and there is no in-house lawyer on the premises, CMA officers may wait a reasonable time for legal advisers to arrive. 立入検査における弁護士の果たす役割は、以下のとおりとされる。 ①文書破棄その他検査妨害にあたるとされるおそれのある従業員の行為の防止、 ②立入検査を認める文書の内容の適正さ(法的な意味)の理解、被疑行為の理解、 ③経営者への連絡・説明(秘匿特権で守られる範囲内で行う必要があるため)、 ④リニエンシーの検討等のため、キーパーソンの事情聴取(UK では、当局がその場で従 業員のインタビューを行う機会を持たせないようにする意味もあるようである) 、 ⑤立入検査の際に審査官が行使できる質問権の行使への適正な対応(企業を代理できる 者が回答するようにすることなど) 18 事実上の効果としては、審査官の言動の監視という役割がある。審査官の発言や行動を 記録することは、社外弁護士が行う方が後で当局に対して問題提起し易いとされるからで ある。いずれにせよ、EU のベスト・プラクティスや UK ガイドラインを熟知している者で ないと、審査官の発言や質問に問題があるかどうか適切に判断できないので、この点でも 弁護士が立ち会う意味があるとされる。このようなチェックを通じて、審査官は、EU のベ スト・プラクティスや UK ガイドラインに記載されたように審査権限を行使するほかない 状況に置かれている。 19 20 自己の費用負担により、公取委庁舎に おいてコピーをすることが可能。 秘匿特権自体が認識されていない。 立入検査中、従業員が黙秘することは できない。 押収対象文書のコピーの 可否(懇談会の論点) 弁護士=依頼者間の秘匿 特権 (懇談会の論点) 立入検査中における黙秘 権 なし 立入検査を基礎付ける証 拠を閲覧する権利 弁護士の立会いは可能であるが、当局職 員は弁護士の到着を待つことなく検査を 開始。 EU*(Civil Authorization)** 通常は令状発行時には裁判所により閲覧 制限が付されているが、後に制限が解除 されることがある。 企業は裁判所の令状を提供される。令状 には捜索対象場所と押収対象物が記載さ れる。 捜索対象場所を確保するために合理的に 必要な限りにおいて可能 令状の範囲内であれば個人占有物も捜索 の対象となる。 肯定 秘匿特権対象文書が誤って押収対象とさ れた場合、 司法省は返却する必要がある。 秘匿特権対象性に関する争いは、裁判所 が判断する。 「ファイルへのアクセス」手続まで、検査 を正当化する根拠となる証拠を閲覧する ことはできない。 調査の範囲に関する簡易な説明が提示さ れる。 検査対象場所にある個人の占有物はしば しば検査の対象となる。 不可 調査を円滑に進めるための質問に回答し ない場合、調査妨害と判断され企業に甚 大な制裁金が課される可能性がある。個 人に対する制裁はない。 EU の資格を有する外部弁護士の助言は 秘匿特権の対象となり、押収することは できない。争いのある文書については「茶 封筒」手続により処理される。 司法省は、 押収文書のコピーを後日提供。 対象文書の写しを押収し、原本は押収し ない。押収物のリストと写しを立入検査 終了時に企業に提供。 弁護士の立会いは可能であるが、FBI 職 員は弁護士の到着を待つことなく検査を 開始。 米国 (出所)ギブソン・ダン&クラッチャー法律事務所 (注)*EU レベルの状況を記載。各加盟国の手続はそれぞれ異なる。**捜索令状は EU の行政調査手続では利用できない。 企業に対しては、被疑事実の要旨と関 係法条が提示される。 立入検査を基礎付ける令 状の提示を受ける権利 令状の範囲内であれば個人占有物を提 出しなければならない。 不可 弁護士の立会いは可能であるが、公取 委職員は弁護士の到着を待つことなく 検査を開始。 立入検査への弁護士の立 会い(懇談会の論点) 立入検査中における個人 の身柄拘束 個人占有物の検査 日本 論点 立入検査:基本的権利及び手続上の権利(日米欧比較) (3)情報提供要請 ア.EU の情報提供要請権限 必要な情報を得るため、理事会規則 18 条 2 項の要請(simple request)と 18 条4項の 要請(決定)の二つが用意されており、理事会規則 18 条 2 項の要請に応ずるか否かは任意 である(要請に応じない場合でも、制裁金は賦課されない)。後述のとおり情報提供に応じ ない場合には理事会規則 18 条 4 項要請に移行する旨告知された上で要請されるので、単な る任意の処分ではない。 理事会規則 18 条 4 項の要請は、委員会の決定によるものであり、従わないとそれ自体で 制裁金が課される。 (理事会規則 18 条 2 項・3 項・4 項) 2. When sending a simple request for information to an undertaking or association of undertakings, the Commission shall state the legal basis and the purpose of the request, specify what information is required and fix the time-limit within which the information is to be provided, and the penalties provided for in Article 23 for supplying incorrect or misleading information. 3. Where the Commission requires undertakings and associations of undertakings to supply information by decision, it shall state the legal basis and the purpose of the request, specify what information is required and fix the time-limit within which it is to be provided. It shall also indicate the penalties provided for in Article 23 and indicate or impose the penalties provided for in Article 24. It shall further indicate the right to have the decision reviewed by the Court of Justice. 4. The owners of the undertakings or their representatives and, in the case of legal persons, companies or firms, or associations having no legal personality, the persons authorised to represent them by law or by their constitution shall supply the information requested on behalf of the undertaking or the association of undertakings concerned. Lawyers duly authorised to act may supply the information on behalf of their clients. The latter shall remain fully responsible if the information supplied is incomplete, incorrect or misleading. いずれも、名あて人は企業であり、企業の責任で回答する。通常、企業は法律事務所を 代理人として回答の作成にあたる。理事会規則 18 条 4 項要請の決定の場合には、司法審査 を受けることができる旨が告知される。この場合に制裁金を課されるのは企業であり、要 請に対する回答文書の作成責任者ではない。 21 理事会規則 18 条 2 項の要請においては、①これに従わない場合は理事会規則 18 条 4 項 の決定による要請が行われること、②理事会規則 23 条による制裁金の適用があること(提 供した情報が不正確又は誤認を招く情報である場合は制裁金の対象となること)が文書中 で告知される。 企業にも自己負罪拒否特権が及ぶとされるので、要請に答えることにより違反と認定さ れるような質問(違反行為の自認を求めるような質問)には回答しないことができる(た だし、その理由は述べないといけない)。しかし、事実に関する質問であれば、文書の秘密 性や自己負罪拒否特権を理由に提供を拒むことはできず、要するに、社内調査の上関連文 書が存在することを把握した場合には、それを提供しなければならない。つまり、自己負 罪拒否特権は、文書の存否や事実に関する質問には及ばず、企業に違反行為の自認を求め るに等しい質問に回答することを拒否できる(そのような質問は禁止される)にとどまる。 この点に異議があれば、関係人はヒヤリング・オフィサーの判断を求めることができる。 (ベスト・プラクティス、パラグラフ 34) 34. It is for the Commission to define the scope and the format of the request for information. Where appropriate, the Directorate-General for Competition might however discuss with the addressees the scope and the format of the request for information. This may be particularly useful in cases of requests concerning quantitative data. イ.UK の情報提供要請権限 UK では、EU と異なり、情報提供要請は企業または個人に発出することができる(名あ て人は Person とされており、法人と個人を含む概念とされている)。26 条に基づく情報提 供要請があった場合、正当な理由なく回答しないと当局は企業または個人に対して制裁金 を課すことができる。虚偽の情報や誤認を招く情報を提供した場合は、刑事罰の対象とさ れるし、文書の破棄、書き換え、秘匿も刑事罰の対象とされる。これは、当該行為をした 個人による犯罪とされる。 (Competition Act 1998 26 条) 26 Powers when conducting investigations. (1) For the purposes of an investigation under section 25, the Director may require any person to produce to him a specified document, or to provide him with specified information, which he considers relates to any matter relevant to the investigation. (2) The power conferred by subsection (1) is to be exercised by a notice in writing. (3) A notice under subsection (2) must indicate— (a) the subject matter and purpose of the investigation; and 22 (b) the nature of the offences created by sections 42 to 44. (4) In subsection (1) “specified” means— (a) specified, or described, in the notice; or (b) falling within a category which is specified, or described, in the notice. (5) The Director may also specify in the notice— (a) the time and place at which any document is to be produced or any information is to be provided; (b) the manner and form in which it is to be produced or provided. (6) The power under this section to require a person to produce a document includes power— (a) if the document is produced— (i) to take copies of it or extracts from it; (ii) to require him, or any person who is a present or past officer of his, or is or was at any time employed by him, to provide an explanation of the document; (b) if the document is not produced, to require him to state, to the best of his knowledge and belief, where it is. EU では付与されておらず、UK では付与されている権限として、個人(従業員(退職者 を含む))に対して、文書の提出を求めたり、文書に関する説明を求めることができる権限 が指摘できる。この点は、企業に対して文書・資料(例えば、従業員が利用している手帳 の写し)の提出を求めれば、企業が従業員から情報を入手して提出することになるので、 同じ結果が得られることになる。この違いは、要するに、EU ではもっぱら企業を相手に調 査のための処分をする権限が付与されていることから生まれるものである。 また、26 条では、企業または個人に対し文書の提出を求めるだけでなく、文書に関して 説明を求める権限、つまり、文書の意味内容を説明する文書の作成を要請することができ るとされている。これも、情報提供要請の一つの活用方法といえる。個人に対して文書の 説明を求めることもできるので、企業から提出された文書につき従業員に説明を求めるこ ともできることになる。 これは、従業員をインタビューするに近い権限といえるが、後述の 26A 条が 2013 年に 新たに追加されたということは、個人から文書の説明を受けるだけではまだ審査の目的に は不十分と認識されたためであろう。 UK ガイドラインでは情報提供要請を複数回出すことが可能であると明記されているが、 これも当然のことの確認に過ぎない。複数回にわたる情報提供要請は、カルテル事件の場 合に効果を発揮するとされる。第 1 回目の情報提供要請では一般的な情報を求め、各社か ら提供された情報を整理し、より具体的に情報(つまり、各社間で提出する情報に差があ る場合には、足りない情報)の提供を求めることができるからである(追加情報提供要請 23 の活用)。 UK の特色は、情報提供要請の予告をした上で発出する方法や、 その案を名あて人に示し、 その意見を聞いた上で発出する方法を用いることが、UK ガイドライン上明記されているこ とである。 米国では、サピーナ(文書提出命令)につき、どの範囲の情報を提供すればよいか名あ て人代理人との協議に応ずるものの、サピーナの記載自体は変更されない。UK の場合はこ れと異なり、名あて人の意見を聞いた上で要請書の記載を修正して行うものである。 この方法を取るメリットは、名あて人は自分の解釈するところに従い回答する権利があ るので、回答後に名あて人(代理人)とのやり取りをする必要性を少なくできる点にある。 提出すべき情報の範囲や質問の意味が明確に画定できる場合には、あらかじめ名あて人の 意見を聞く必要はない。 情報提供要請は、提供するよう要請された情報の範囲や質問の意味が明確に画定できる ものに限らず、また、社内調査をしないと回答できないような質問をすることもできる。 また、質問によってはそれに該当するものが膨大になるために、必要な範囲に質問を限定 する必要が出てくる。このように、情報提供要請で求められる情報の範囲が明確に画定で きないからこそ、あらかじめ関係人の意見を聞いた上で発出する意味があるといえる。つ まり、情報提供要請に応じて何を提出すれば足りるかにつき解釈の余地があるような広範 な質問ができることを当然の前提とする権限といえる。 ウ.EU の情報提供要請中心の審査方法の具体的内容 <EU の特徴> 前述のとおり EU にも任意のインタビュー制度は存在するが、実際には殆ど使われてい ないのが実情である。カルテル審査においては、競争者の会合を中心とする合意の形成状 況が調べられるが、これらは密室での行為であり、物証を残す形で行われるものとはいえ ない。そこで、日本の公取委は、立入検査で入手した部分的な物的証拠を利用しつつ、会 合での共通の意思の形成状況やその後合意の実施状況につき、従業員に出頭を求めてその 任意の供述を得ることで、カルテルに関する合意が存在することを立証しようとして多大 の労力を費やしている。しかし、EU では、通常、書面による情報提出要請という形でこれ らの情報を入手し、カルテルの立証に努めている。EU でも、立入検査で部分的なカルテル に関する物証を得ている点では日本と同じであるが、物的証拠(最近では、リニエンシー 申請で提出された証拠)を活用して事実に関する質問書を作成し、それに回答させること で必要な情報を収集している。また、第 2 回目の情報提供要請を行うことにより、第 1 回 目の情報提供要請では提出されなかった情報(例えば、特定の日に競争者との会合があっ た事実)を特定し、社内調査の上関連情報を提出させる方法も用いられている。 EU の情報提出要請には強制力があり、虚偽の内容を提出した場合には、最大で前年度の 売上げの 1%までの罰金が課せられる。また、EU 当局には罰金額の決定において非常に大 24 きな裁量を持っているため、情報提出要請に協力しなかった場合には「非協力」というこ とで罰金額の加重があり得る。このため、関係人会社側としても、かなり真剣に丁寧な回 答を準備せざるを得ないこととなる。 実際、EU 当局から聞かれた質問内容について、社内調査をいくらやっても記録文書も何 も見つからず、答えようがないということも少なくないが、そのような場合でも、 「非協力」 と看做されないように、単に関連情報がないと回答するのではなく、何故情報がないのか を事細かに説明することが多い。 <書面審査の内容> EU 当局が出す情報提出要請でなされる質問は、あくまで客観的事実を立証しようとする ものであって、「カルテルに参加したか?」というような主観的な判断を求める質問は含ま れない。もし当局がこのような主観的な判断を要する質問したとすれば、EU の制度が法人 に対しても自己負罪拒否特権を保障していることを理由に、会社側としてはこの質問に回 答せず自己負罪拒否特権を理由に回答できないと回答をすることとなる。審査官がこの主 張を認めない場合には、ヒヤリング・オフィサーの見解を求めるなどの反論をすることに なる。 EU で利用される情報提出要請の内容を見ると、例えばカルテル事件であってリニエンシー 申請により既に競争者間のミーティングの日時が特定できている場合、まずリニエンシー 申請の内容をベースに関係するミーティングの日時や出席者の表が示され、各ミーティン グについて、主催者、設定方法、議事内容、日時、場所、参加者、さらにそれに関係する すべての書面(手帳、メール、航空券、レシート、出張報告書、議事録など)の写しの提 供が要求される。会社としては、上記のような制裁のリスクや「非協力」と認定されるリ スクを避けるため、かなり本格的に内部調査を行い、可能な限りの回答を準備せざるを得 ないこととなる。 逆に言えば、EU では、後記のとおりインタビューを従業員に強制する権限がなく、任意 の協力によるインタビューに従業員が応ずる可能性もまずないために、カルテルに参加し た会社の従業員が物的証拠もないのに任意にカルテルへの関与を自白することは期待でき ない。そこで、EU 当局は、カルテルへの参加という主観的な証拠を集めることはできない という前提に立ち、どれだけ客観的な状況証拠を集められるかという点に労力を注いでい ると言えるであろう。 しかし、上記のとおり、関係人には「非協力」と認定されるリスクを避けるというイン センティブが働くため、本格的に内部調査を実施し、収集できた物的証拠をそのまま当局 に提出せざるを得ない。これが、情報提供要請を中心とする審査手法により、カルテルの ような法違反でも立証できる理由と考えられる。 わが国では、関係人には審査に協力するインセンティブが働かないために、従業員とし てもどこまで任意に供述すべきか悩ましい立場に置かれるというのが実態である。EU でも、 25 企業が争う姿勢の場合には情報提供要請を行っても進んで本格的な内部調査を行うとは限 らず、審査に「非協力」と認定されない範囲で最低限の対応をすることはあり得る。この 場合には、従業員の任意のインタビューもできないので、審査官も他の協力する企業から 得た証拠を中心に当該企業のカルテルへの関与の立証をせざるを得ないとされる。 当初の情報提供要請により各社から情報が集まり、審査官がある程度カルテルの全貌を 掴み、SO をドラフトする段階になると、さらに細かい確認のための情報提出要請が出さ れ、カルテルの背景としての商流、顧客の種類、価格交渉の方法、また罰金の計算のため の会計情報などが要求されることになる。 EU 当局は、立入検査をする際に、最近では関係者のメール・アカウントやパソコンを検 索用語でサーチしてそのままデータをコピーして持っていくという運用をするのが通常な ので、当局自身が集めた客観的証拠がカルテル立証上で重要な役割を果たすようになって いる。複雑な案件では、審査が始まってかなり経ってから、追加の証拠固めのために立入 検査に入る例もあり、情報提供要請により客観的な書面証拠で固めるというアプローチが 確立しているといえる。 <課題> EU が客観的証拠(状況証拠)に依拠する背景として、EU 域外の会社等を審査するには 更に従業員をインタビューする方法の活用が難しいこと、また多くの審査官を一事件に投 入できないというリソースの問題もあり、情報提供要請中心のやり取りの方が効率的と考 えられているようである。 ただし、この徹底した「書面主義」にも問題点があり、例えば書面を見ただけではそれ が本来何を意味するのか、真意が分からない場合も少なくない。そのような場合、当局が 一方的に会社側に不利な意味に解釈する結果となりがちである。インタビューを活用して その書面の背景等を確認する機会があれば、会社にとってはより反論の機会が増えること になる。したがって、EU ではほとんどインタビューの方法が活用されないことが、企業に 有利ともいえないだろう。 また、カルテル規制が厳格化し、カルテルに関与をする企業が少なくなる一方で、「一切 書面の証拠は残さないでカルテルをやる」というような巧妙な事例が増えてくる可能性も あり、書面審査に徹する EU のアプローチでは、将来カルテルの立証に行き詰ってしまう 可能性がある。実際に、カルテル規制の歴史が古い米国では、書面の証拠があまりないと いう事態が実際に存在するようであり、EU にとっても、今後の課題になってくる可能性は ある。この点、英国が最近になって、従業員にインタビューを強制できる権限を導入した ことが注目される。 26 (4)インタビューの権限 ア.EU のインタビュー権限 理事会規則 19 条により個人および法人に対しインタビューに応ずるよう求めることがで きるが、インタビューに応ずるか否かおよび個々の質問に応えるか否かいずれも任意とさ れる。 また、供述内容の正確性を確認するため、インタビューの記録作成後速やかにその写し を供述人に提供することがベスト・プラクティスで明記されている。これは、供述人が回 答した内容をそのまま録取する、いわゆる一問一答方式でインタビューが記録されること を前提に、それを供述人が読み返し、正確と思う内容に変更することを認める趣旨の規定 である。したがって、審査官の判断で供述人の回答内容の一部を削除したり、取りまとめ て記述することなど認められないことは当然である。後記のとおり、インタビューには弁 護士の立会いが認められるので、このチェック作業も弁護士の関与の下に行われることと なる。 (理事会規則 19 条) Article 19 Power to take statements 1. In order to carry out the duties assigned to it by this Regulation, the Commission may interview any natural or legal person who consents to be interviewed for the purpose of collecting information relating to the subject-matter of an investigation. 2. Where an interview pursuant to paragraph 1 is conducted in the premises of an undertaking, the Commission shall inform the competition authority of the Member State in whose territory the interview takes place. If so requested by the competition authority of that Member State, its officials may assist the officials and other accompanying persons authorised by the Commission to conduct the interview. (委員会規則 3 条) Article 3 Power to take statements 1. Where the Commission interviews a person with his consent in accordance with Article 19 of Regulation (EC) No 1/2003, it shall, at the beginning of the interview, state the legal basis and the purpose of the interview, and recall its voluntary nature. It shall also inform the person interviewed of its intention to make a record of the interview. 27 2. The interview may be conducted by any means including by telephone or electronic means. 3. The Commission may record the statements made by the persons interviewed in any form. A copy of any recording shall be made available to the person interviewed for approval. Where necessary, the Commission shall set a time-limit within which the person interviewed may communicate to it any correction to be made to the statement. EU においては、供述人が弁護士の立会いを求めることは当然可能とされるが、ベスト・ プラクティスでは、 「供述人が弁護士に相談する権利があることをインタビュー実施前に告 げること」を求めている。この点を更に確認するため、供述人にはインタビュー手続を説 明した文書を示し、これにサインするよう求めるとされている。 (ベスト・プラクティス、パラグラフ 46・47・48・49) 2.5.6. Power to take statements (interviews) 46. Regulation (EC) No 1/2003 and the Implementing Regulation establish a specific procedure for taking statements from natural or legal persons who may be in possession of useful information concerning an alleged infringement of Articles 101 and 102 TFEU (see Article 19 of Regulation (EC) No 1/2003 and Article 3 of the Implementing Regulation). 47. The Commission may, under this procedure, interview by any means, such as by telephone or video conference, any natural or legal person who consents to be interviewed for the purpose of collecting information relating to the subject matter of an investigation. 48. Before taking such statements, the Directorate-General for Competition will inform the interviewee of the legal basis of the interview, its voluntary nature and the right of the interviewee to consult a lawyer. The Directorate-General for Competition will further inform the interviewee of the purpose of the interview and of its intention to make a record of the interview. In practice this will be done by providing a document explaining the procedure to be signed by the interviewee. In order to enhance the accuracy of the statements, a copy of any recording will be made available shortly thereafter to the person interviewed for approval. 49. The procedure for taking statements pursuant to Article 19 of Regulation (EC) No 28 1/2003 and Article 3 of the Implementing Regulation applies only when it is expressly agreed between the interviewee and the Directorate-General for Competition that the conversation will be recorded as a formal interview under Article 19. It is within the discretion of the Commission to decide when to propose interviews. A party may however also make a request to the Directorate-General for Competition to have its statement recorded as an interview. Such a request will in principle be accepted, subject to the needs and requirements of the proper conduct of the investigation. 供述するか否か完全に本人の任意性が確保されているため、当局にとっての使い勝手は 良くなく、ほとんど利用されていないし、また、法律事務所も任意であることを理由に、 企業や従業員に対しインタビューに応ずる必要はないとアドバイスするとされる。 任意である以上、インタビューに応じないことへの制裁が規定されていないことは当然 であるが、他の権限行使の場合に規定されている、不正確または誤認を招く回答に対する 制裁も規定されていない(理事会規則 23 条では、同 19 条違反に対する制裁規定を置いて いない)。もちろん、従業員がインタビューに応じて不正確または誤認を招く回答をするこ とが企業に有利に働くことはあり得ず、場合によっては審査非協力と認定されるリスクが ある(制裁金の加算要因となる)。 この場合、企業としては、従業員の供述が企業の把握している事実の範囲内でなされる という保証はないし、かつ、企業には審査に協力するメリットがあるにしてもリニエンシー 申請に比べてメリットは小さいので、企業としては従業員がインタビューに応ずることを 認容する動機は働かない。従業員が法違反に繋がる供述をするのであれば、それを自ら聴 取してリニエンシー申請する方が有利になるから、この意味でも企業は従業員がインタビュー に応ずることを了承する動機は働かない(もちろん、従業員が任意にインタビューに応ず ることは阻止できない) 。 このため、従業員と企業の利害が対立する場合(従業員が、内部告発者となることを選 択する場合)には従業員が任意のインタビューに応ずるかもしれないが、通常は従業員に は企業の意向に反してまでインタビューに応ずる動機は働かないといえる。これが、EU で インタビューの権限が認められているものの、限定された場合にしか利用されない理由と される。 以上のとおり、企業としては従業員に対してインタビューの要請に応じないように告げ るのが当然の対応となるが、このことで当局による真相究明に支障があるとはいえない。 その理由は、通常、欧州企業は自らに対する審査開始を受けて内部調査を実施するので、 当局がインタビューしたいと思う従業員はその前に企業がインタビューすることでその供 述内容を把握していることが多いことにある。 その従業員が企業の法違反の認定に繋がる情報を提供できる者であれば、内部調査でそ れを把握した企業は、その情報を利用してリニエンシー申請する途を選択すると考えられ 29 る。当該従業員がそのように判断できる情報を内部調査において企業に話していないから こそ、企業はリスクを避ける意味で従業員のインタビューを認容しないのであり、リニエン シー制度が確立している EU では、当局が従業員のインタビューを実施しても、それ以上 の情報を聞き出せる可能性は小さい。これも、EU 当局が従業員のインタビューの利用に積 極的でない理由の一つと考えられる。 いずれにせよ、EU では、リニエンシー申請者の数が限定されていないこと自体が審査に 協力するインセンティブとして機能しており、それ以外に、審査の協力による減算制度(あ るいは、非協力に対する加算制度)があることによってさらに審査に協力するインセンティ ブを高めていることに留意する必要がある。 イ.自己負罪拒否特権との関係 EU では、企業にも自己負罪拒否特権が適用されるとされている。しかし、EU 当局には インタビューの結果を利用して従業員に制裁金を課す権限はないので、インタビューに応 じた従業員が自己負罪拒否特権を理由に質問への回答を拒否することはできないと解され る。EU でも、従業員が自己負罪拒否特権により企業の法違反に繋がる質問への回答を拒否 できるかという争点がないわけではないが、インタビューに十分な任意性が担保されてい ることで、この問題は顕在化しないものとなっている。 (ベスト・プラクティス、パラグラフ 36) 2.5.2. Self-incrimination 36. Where the addressee of a request for information pursuant to Article 18(2) of Regulation (EC) No 1/2003 refuses to reply to a question in such a request invoking the privilege against self-incrimination, as defined by the case law of the Court of Justice of the European Union, it may refer the matter in due time following the receipt of the request to the hearing officer, after having raised the matter with the Directorate-General for Competition before the expiry of the original time limit set. In appropriate cases, and having regard to the need to avoid undue delay in proceedings, the hearing officer may make a reasoned recommendation as to whether the privilege against self-incrimination applies and inform the director responsible of the conclusions drawn, to be taken into account in case of any decision taken subsequently pursuant to Article 18 (3) of Regulation (EC) No 1/2003. The addressee of the request shall receive a copy of the reasoned recommendation. The addressee of an Article 18(3) decision will be reminded of the privilege against self-incrimination as defined by case law of the Court of Justice of the European Union. EU では、従業員がインタビューに応ずることは任意であることが十分担保されているし、 30 弁護士の立会いも可能なので、従業員がインタビューに応じて企業の法違反につながる情 報を話すか否かも本人のまったくの任意である。また、完全に任意の制度であるので、企 業に不利な回答はしたくないと考える従業員は、インタビューに応じないことができるし、 企業がそれを従業員に示唆したからといって当局から問題にされることはない。 以上に加え、従業員がインタビューに応ずることが任意という場合、応ずるか否かの任 意性に加え、個々の質問に回答しないことも任意とされるので、EU では、自己負罪拒否特 権を口実にせずとも、従業員は企業の法違反につながる質問への回答を拒絶しても何ら差 し支えないことになる。 どの段階でインタビューを打ち切るかも従業員の自由とされるし、従業員が知っている 情報であっても答える義務はない。更に、インタビューの任意性を担保する方法として、 本人から同意文書を求める方法を採用している。ここまで担保して初めて任意のインタビュー といえるという考え方と思われる(この点に関する EU の経験に照らせば、完全に任意の 協力によるインタビューの権限があるだけでは、当局による真相究明の手段としての制約 が大き過ぎるといえよう)。 以上のとおり、企業・従業員とも任意のインタビューに応ずるインセンティブは働かな いし、EU 当局としてもインタビュー以外の方法で審査するほかないことを十分理解してい るので、これによって当局の真相究明能力が左右されることもないと受け止められている。 ウ.インタビューの記録の企業への開示 EU のベスト・プラクティスでは、従業員がインタビューに応じた場合に、企業がその写 しを得られるか、その中に含まれる特定情報を秘密情報扱いするよう主張できるかについ ては記述がない。企業としては、従業員がインタビューに応じて回答した内容に企業秘密 が含まれていないかチェックする権利があるが、EU ではほとんどインタビューが利用され ていないこともあり、これらの点は不明であるが、UK ではこの点に関するルールがより明 確にされているので、オ.で説明する。 法人のインタビューは、法人を代理して供述する者が行うものであり、企業が供述した ことになる。したがって、法違反を認める供述をすれば、法人が違反行為を自認したこと になり得る。この場合をコーポレート・ステートメントと呼んでいるが、企業による自認 である以上、民事訴訟において法違反に関する決定的証拠となり得るので、秘匿特権が及 ぶ形で準備し、かつ、当局に対して口頭で行われ、企業側に当該記録の写しを残さない形 で利用される。このため、リニエンシー申請以外の場合には、コーポレート・ステートメン トの方法もまず用いられない。 他方、企業には自己負罪拒否特権が及ぶとされるので、情報提供要請においては、自己 負罪拒否特権によりどこまで保護されるかが具体的に議論されている。このような問題が あるため、EU 当局は情報提供要請の方法(質問の仕方)を工夫することで対応しており、 企業に対して法違反の自認に繋がる質問を回避しつつ真相を究明する手法を発達させてい 31 る(これは、かなり工夫次第の問題といえるので、 (3)ウ.で EU における具体的な利用 方法を述べた)。このため、法人に自己負罪拒否特権が及ぶとされることで、当局の真相究 明に特段の支障があるとは考えられていない。 エ.立入検査の際の質問権 なお、理事会規則 20 条による立入検査の際に、企業の代表者または従業員、企業の関連 会社の従業員に対して、その場で発見した文書に関する説明(作成者の名前、作成の日時 や場所など)を求めることができる旨特に規定されている。これも個人のインタビューの 一つとして位置付けられている。 関係する規定は、理事会規則 20 条 2 項(e)であり、立入検査の際に審査官が行使できる権 限の一つとして規定されている。この場合、質問に答えることは強制されないが、虚偽ま たは誤認を招く回答をすることは制裁金の対象になる。これらの者によりなされた説明は 審査官により記録され、証拠として審査ファイルに収録される。 (理事会規則 20 条 2 項(e)) 2. The officials and other accompanying persons authorised by the Commission to conduct an inspection are empowered: (a) to enter any premises, land and means of transport of undertakings and associations of undertakings; (b) to examine the books and other records related to the business, irrespective of the medium on which they are stored; (c) to take or obtain in any form copies of or extracts from such books or records; (d) to seal any business premises and books or records for the period and to the extent necessary for the inspection; (e) to ask any representative or member of staff of the undertaking or association of undertakings for explanations on facts or documents relating to the subject-matter and purpose of the inspection and to record the answers. (委員会規則 4 条) Article 4 Oral questions during inspections 1. When, pursuant to Article 20(2)(e) of Regulation (EC) No 1/2003, officials or other accompanying persons authorised by the Commission ask representatives or members of staff of an undertaking or of an association of undertakings for explanations, the explanations given may be recorded in any form. 32 2. A copy of any recording made pursuant to paragraph 1 shall be made available to the undertaking or association of undertakings concerned after the inspection. 3. In cases where a member of staff of an undertaking or of an association of undertakings who is not or was not authorised by the undertaking or by the association of undertakings to provide explanations on behalf of the undertaking or association of undertakings has been asked for explanations, the Commission shall set a time-limit within which the undertaking or the association of undertakings may communicate to the Commission any rectification, amendment or supplement to the explanations given by such member of staff. The rectification, amendment or supplement shall be added to the explanations as recorded pursuant to paragraph 1. この権限は、企業に対する立入りの際にのみ行使できるので、質問を受ける対象は企業 ということになる。しかし、実際には立ち会った従業員がその場で質問され回答するもの であり、企業のために回答する権限を付与された者が回答したとはいえない場合もあり得 る。そこで、当該記録の写しを企業に示し、企業のために回答する権限を与えられていな い従業員が説明した場合は、企業がその説明を訂正、修正または説明を追加することがで きる権利が付与されている。また、企業に当該記録の写しを示し、必要な訂正があれば一 定期限までに申し出るという形で、企業が内容をチェックすることを認めている。 この規定により、従業員が不正確または誤認を招く説明を行った場合には企業に制裁金 が課されるだけでなく、期限までに必要な訂正をしない場合(つまり、企業が従業員が行っ た不正確または誤認を招く説明を訂正しない場合)であっても、企業に対して制裁金が課 されるとの運用とされている。つまりは、企業に対して質問し、回答を得るに等しい運用 といえる。 立入検査の際にこれらの質問ができるとしたのは、立入検査において文書を発見する機 会が多く、その場で当該文書に関する質問をする方が審査を効率的に進めることができる ためであり、情報としては後から情報提供要請により得られる範囲内のものといえよう。 立入検査で発見した文書に関してその場で質問することは、従業員を審尋するに近い行為 に当たることから、特に立入検査の際の権限として規定されたものと思われる。 質問できるのは、当該文書に関することに限られ、文書の記載を離れた質問(作成の経 緯、背景事情、目的など)は許されない。したがって、日本の観点からすると特に審査権 限と呼ぶほどの権限ではないと思われるが、EU ではこのように限定された権限しか認めら れていないことは、それだけインタビューを強制する権限に否定的な考え方が強いことを 示すと見ることができよう。 この権限は立入検査の際にのみ利用できることから、立入検査に不慣れな従業員が不用 意な回答(回答しないくともよい内容の回答)をする可能性があり、それなりに有益な審 33 査官の権限として利用されているとされる。このような問題があるからこそ、弁護士が立 ち会うことで審査官の質問をチェックし、そこに権限行使の逸脱がないかチェックする意 味があるとされる。 オ.UK のインタビューの強制権限 インタビューの権限については、EU よりも UK の採用する方法が参考となる。UK で は、当局は、個人に対してインタビューに応ずるよう強制することができる権限が付与さ れているからである(正確にいうと、質問に回答するよう要請する権限)。この場合、正当 な理由なくインタビューの要請に応じないと、本人に対して制裁金が課される。インタ ビューの対象者には、従業員だけでなく、退職者も含まれる。 (Competition Act 1998 26A 条) 26A Investigations: power to ask questions. (1) For the purposes of an investigation, the CMA may give notice to an individual who has a connection with a relevant undertaking requiring the individual to answer questions with respect to any matter relevant to the investigation— (a) at a place specified in the notice, and (b) either at a time so specified or on receipt of the notice. (2) The CMA must give a copy of the notice under subsection (1) to each relevant undertaking with which the individual has a current connection at the time the notice is given to the individual. (3) The CMA must take such steps as are reasonable in all the circumstances to comply with the requirement under subsection (2) before the time at which the individual is required to answer questions. (4) Where the CMA does not comply with the requirement under subsection (2) before the time mentioned in subsection (3), it must comply with that requirement as soon as practicable after that time. (5) A notice under subsection (1) must be in writing and must indicate— (a) the subject matter and purpose of the investigation, and (b) the nature of the offence created by section 44. (6) For the purposes of this section— (a) an individual has a connection with an undertaking if he or she is or was— (i) concerned in the management or control of the undertaking, or (ii) employed by, or otherwise working for, the undertaking, and (b) an individual has a current connection with an undertaking if, at the time in 34 question, he or she is so concerned, is so employed or is so otherwise working. (7) In this section, a “relevant undertaking” means an undertaking whose activities are being investigated as part of the investigation in question.” UK 当局は、EU 競争法違反として企業に制裁金を課す権限を有するほか、当該カルテル に関与した個人に対して刑事罰(Enterprise Act188 条)を科す規定を有している。このた め、従業員に対してインタビューに応ずるよう強制する場合、その証言を利用して当該従 業員に対する刑罰を科すことは、自己負罪拒否特権との関係で問題を生ずる。 したがって、26A 条の権限は、個人によるカルテル関与を処罰する制度とは別の制度と 位置付けるものであり、日本の場合と同様、企業による法違反を審査するための権限の一 つとして、従業員をインタビューする権限を当局に付与するものである。このため、26A 条の導入に合わせて、インタビューの結果の利用を制限する規定を設けたことが注目され る。 この場合、従業員のした回答が虚偽または誤認を招くものである場合は、当該個人を刑 事処罰できるとされている。この点は EU との大きな相違であり、また、虚偽または誤認 を招く回答をした個人を処罰できるとする点で、日本と同じ仕組みといえる。 26A 条は明記していないが、UK ガイドラインにより、このインタビューの要請は、告知 書を交付した直後に実施することもできるとされ、立入検査の際に従業員本人に告知書を 手渡し、直ちに質問に回答するよう求めることが許されている(カ.においても、この点 を説明する) 。これは、EU の立入検査の際の文書に関する質問権とは異なり、いわゆる従 業員に対する審尋を許すものである。審査官は立入検査で発見された文書に関する質問を 超えて質問をすることができ、従業員はその質問に答える義務を負う。 ただし、日本との大きな相違は、この場合でも従業員は弁護士の立会いを求めることが できるので、その到着を待つ間はインタビューの開始を遅らせることができる。従業員が 弁護士の立会いを求めた場合、審査官はその到着を待たないといけない。 (UK ガイドライン 6.25) 6.25 This may include, for example, where the CMA considers that an individual may have information that would enable the CMA to take steps to prevent damage to a business or consumers, or where the effective conduct of the investigation means that the CMA considers it necessary to ask an individual questions about facts or documents immediately after having given a notice (which will generally be during the course of an inspection pursuant to the CMA’s power to enter premises). このように、UK の場合、審査官は企業と従業員が打ち合わせをする余裕がないタイミン グでインタビューの権限を行使できる。この権限が立入検査当日に行使されることを特に 35 認めているのは、このような活用方法が審査の観点から有利と判断されるためであろう。 この権限が 2013 年に導入されたという事実は、EU のように、立入検査の際にそこで発見 した文書に関して質問することを許すだけでは、審査権限として不十分と認識されたため と考えられる。 このように、インタビューを受ける従業員と企業の間に緊張関係が見られること(正確 に言えば、従業員を強制して得られた供述が企業の法違反の立証に利用されるという関係) は、日本だけの問題ではないことが分かる。そこで、UK では、かかる権限を認めるととも に所属企業との関係やその証拠能力の問題もきちんと規定することとし、この緊張関係を 調整する仕組みを採用したものである。この点は、証拠能力の問題としてキ.でも述べる。 26A 条は、従業員のインタビューを文書により要請する場合、その写しを従業員が所属 する企業にも与える旨規定するが、3 項で、この写しの提供は事後であっても差し支えない とする規定も置いている。その趣旨・目的は明記されていないが、UK ガイドラインは、イン タビューの結果(それを記録したもの)につき、適切な場合には、インタビューする旨通 知した所属企業にその写しを提供し、企業はそこに秘密情報が含まれていないかどうかチェッ クする機会が与えられると記述している。 (UK ガイドライン 6.18、6.19、6.22、6.24、6.26) Power to require individuals to answer questions 6.18 The CMA can require any individual who has a connection with a business which is a party to the investigation to answer questions on any matter relevant to the investigation. Where the CMA wishes to question an individual, the CMA will provide the relevant individual with a formal notice requiring them to answer questions at a specified place and time or immediately on receipt of the notice. The CMA can fine any person who fails, without reasonable excuse, to comply with a formal notice to answer the CMA’s questions. Formal notice requiring an individual to answer questions 6.19 Where the CMA wishes to question an individual under formal powers, the CMA will provide the relevant individual with a formal written notice. The CMA can only issue formal notices to individuals who have a ‘connection with’ an undertaking that the CMA is investigating. This may be a current connection or a former connection, for example where the individual used to work for the undertaking under investigation. ・・・ 6.22 Where the individual the CMA wishes to interview has a current connection with 36 the relevant undertaking at the time the notice is given, the CMA must also give a copy of the notice to that undertaking. The CMA will take such steps as are reasonable in all the circumstances to provide the notice before the interview takes place and, in general, the CMA will provide a copy of a notice to a relevant undertaking at the same time as, or as soon as reasonably practicable after, giving the notice to the individual. ・・・ Conduct of interviews 6.24 As indicated above, in certain circumstances the CMA may interview an individual under formal powers immediately after giving a formal notice to that person. 6.26 Ordinarily interviews will be recorded, but in circumstances where this is unnecessary or impracticable a contemporaneous note will be taken of the questions and the interviewee’s response. The interviewee will be asked to read through and check any transcript of the recording or the questions and answers in the note and to confirm, in writing, that they are an accurate account of the interview. The CMA will also normally ask the individual to identify any confidential information by providing clear written representations by a specified date. The CMA will not accept blanket or unsubstantiated confidentiality claims. If no such representations are received by the specified date, the CMA will assume that the individual does not wish to make any claims regarding confidentiality. The CMA will not seek comments on accuracy and representations on confidentiality of the transcript (or note) of the interview until it is satisfied that it can do so without risk to the investigation. これは、従業員によるインタビューの記録には企業秘密を含むことが避けられないので、 所属企業にそれをチェックの機会を付与するために行われるものとされるが、この点は、 退職者のインタビューの場合にはこれを行わないとされていることと整合的とはいえない。 したがって、所属企業に記録の写しを提供することには、それが企業の法違反の認定に利 用されるという観点も含まれているように思われる(この点退職者は、企業との雇用関係 が終了しているので、従業員以外の者をインタビューした場合(例えば、他企業の従業員 とのインタビューの記録を、当該企業の証拠として使用する場合)と同じ取扱いにしたと の説明は可能であろう) 。 いかなる名目であるにせよ、企業がインタビューの記録にアクセスできることに変わり はないので、UK では、企業は従業員の供述内容を(事後的に)知ることができる。 この場合、従業員がインタビューに応ずる前に時間的余裕を置くと、従業員が企業とあ 37 らかじめ打ち合わせすることはあり得るし、企業としては従業員の回答内容を確認したい (既に企業が内部調査により当人の事情聴取をしている場合には、それと矛盾することがな いかどうか確認したい)と考えることは避けられない。そこで、企業に対する告知書の写 しの交付は従業員への告知書の交付と同時または事後的に行うとするともに、告知とイン タビューの実施までの間に時間的余裕を置かない形で実施できる方法が採用されたものと 思われる。 当局としては、企業が従業員に対する働きかけ(チュータリング)をすることはできる だけ回避したいと考えるので、この両方のバランスを取るべく、従業員をインタビューす る場合には、できるだけ企業の働きかけの余裕のない形で行えるようにするとともに、企 業には同時または事後的に告知文書の写しを与えるようにしたものと思われる。 いずれにせよ、インタビューを強制できる権限が認められて日が浅く、発動例も限られ ているので、当局としてもインタビューの権限をどう活用するか模索している段階にある とされる。今後 CMA がインタビューの権限をどのような形で活用する意向なのかも定かで はなく、今後の動向を見る必要がある。 この場合の従業員の自己負罪拒否特権との関係、弁護士がそれに立ち会うことの意味、 そしてインタビュー記録の証拠能力などの問題は、わが国の供述調書依存の審査手法の見 直しを検討する上で、示唆する点が大きいと思われるので、以下で詳しく検討する。 カ.弁護士の立会いの意味 UK では、インタビューは弁護士の立会いの下で行われるので、弁護士の立会いを当然と する国においてインタビューの権限が行使されると、どのような形でインタビューが行わ れることになるかを見ておくことが有益である。これには、弁護士の立会いを認めると、 これまで(わが国で)許されていることができなくなるという側面と、それによりインタ ビューの結果に付与される信用力が異なるという側面の二つがある。 インタビューという用語が示すように、UK においては、この記録は、審査官の質問に対 する回答を記録するという方法(質疑応答)で作成される。審査官は質問に対する回答に つき更に質問する(審尋する)ことができるので、UK のインタビューの権限でできること と EU の立入検査の際の審査官の質問権でできることにはかなり大きな相違がある。また、 情報提供要請の場合にも更問はできないが、回答に対して更に問う必要がある場合には、 再度の情報提供要請を活用することができる。 弁護士が立ち会うことで、審査官が満足のいく回答がなされるまで同じ質問を繰り返す ことが許されないことは確実である(そのような質問がなされれば、弁護士がそれを許さ ないよう介入できる)。また、インタビューの記録は一問一答の形で回答した内容がそのま ま記録されるので、それが正確に作成されているか弁護士も確認することができる。これ も、弁護士立会いの付随効果といえる。 日本でも、審判における証言のように弁護士の立会いの下で行われる場合には一問一答 38 の形で記録されるし(速記録またはテープ起こし)、そうである以上、繰返しの質問や重複 する質問は許されないことになる(弁護士の求めにより、審判官がそのような質問を阻止 できる)。審尋の場合にも、その記録は基本的に一問一答の形で作成されるので、繰返しの 質問や重複する質問をすると、その経緯は記録上明らかとなる。 また、立ち会った弁護士はメモを作成できるので、供述員の供述内容を審査官がその主 観によりとりまとめた形で調書化することは許されなくなる。つまり、任意であっても強 制であっても、インタビューに弁護士が立ち会うことにより、調書の記載ぶりが大きく左 右されるという相違が現れることになる。 第 2 の効果として、日本の供述調書のように、審査官の質問した内容を供述人が確認し た場合に、これを供述人が供述したものとして調書を作成すること(いわゆる「独白形式」 の調書)は許されなくなる。 わが国においても弁護士の立会いの下にインタビューが行われるようになるとすると、 この二つの調書の作成方法が利用できなくなることを意味する。少なくとも、これまでと 同様の供述調書が作成できなくなることは必定である。この問題は、任意の事情聴取に弁 護士の立会いを認めるべきか否かという形で議論されているが、むしろ、インタビューの 結果を一問一答形式で作成すべきかどうかという問題であり、上記の二つの調書の作成方 法が利用できなくなることは、弁護士の立会いを認めることの効果ではなく、調書作成方 法を変更することの直接的効果といえる。 要するに、弁護士の立会いを認めると、一問一答形式でインタビューの記録を作成せざ るを得なくなり、また、一問一答形式でインタビューの記録が作成されれば、日本で利用 されているような繰返しの質問や重複する質問(満足のいく回答が得られるまで質問を続 けること)はできなくなり、審査官の主観により取りまとめた形で調書を作成することも 許されなくなることを意味する(審判における参考人審尋のあり方を見れば、日本でもこ れが可能であることは明らかである)。 このように、EU や UK との相違は、わが国では、取りまとめ方式の調書の作成が許され ており、調書の記載を見ただけでは取調べの過程が分からないことにある。インタビュー の記録が一問一答形式で作成される UK では、審査官が、繰返しの質問や重複する質問を し、満足のいく回答が得られるまで質問を続けることはできないのは当然であり、これが、 弁護士の立会いの下でのインタビューの本来の姿である。 公正取引委員会(以下「公取委」という)が弁護士の立会いを認めない理由として、そ れにより真相究明に差し支えが出てくると説明されているが、厳密に言うと、審査官に満 足のいく回答がなされるまで繰り返し質問したり、重複する質問ができなくなり、また、 取りまとめ方式の供述調書が作成できなくなることで、真相究明に支障が出てくるという 意味で主張されているものと考えられる。公取委が供述聴取のプロセスを、録音やビデオ により記録することに反対しているのも、同じ理由である。 仮に、弁護士の立会いを認めることで供述人が記憶どおりに供述し難くなるとしても(こ 39 の説明が正当化できるかどうか疑わしいが)、供述調書を一問一答の形で作成することとし ても、公取委による真相究明が困難になるとする根拠がないことは明らかである。 公取委が弁護士の立会いに反対する理由は定かではないが、審査官がした質問に対する 答えをそのまま記録することにより、従来どおりの形の供述調書が作成できなくなること で審査に支障が生ずること、ないしは弁護士が同席すると供述人が記憶どおりに供述し難 くなること、などを懸念していると想定できる。 仮に何らかの理由で弁護士の立会いが認め難いとしても、インタビューの記録が一問一 答形式で記録されるのであれば、供述人が当該証言に至った経緯を明らかにすることがで きる。そして、事後的にせよ供述に至った経緯が記録により明らかになれば、係争事件に おいては当該供述の信用力を弾劾することが容易になり、証拠としての価値は低下すると いうのが、欧米の考え方である。 したがって、一問一答でインタビューの記録を作成するほかない欧米では、当局には弁 護士の立会いに反対する理由がなく、逆に、弁護士を立ち会わせた方が証言の信用力が高 まるとされるのである。 わが国で審査官が繰返し同じ質問をせざるを得ないのは、企業に審査に協力するインセン ティブが働かないからであり、したがって、従業員にも審査に協力するインセンティブが 働かないからである。このような特殊な事情があるわが国では、審査官により繰り返し同 じ質問がされることはやむを得ないように思われる。しかし、供述に至る経緯が一問一答 形式で記録され、その経緯が記録上明らかになることで、欧米のように供述の証拠として の価値が失われるかどうかは、にわかには断定できない問題と考えられる。 この点は、インタビュー記録全体を読めば最終的に供述したことがより信用できると評 価することも可能なので、途中経過がそのまま記録されているかどうかによりその信用力 は左右されないように思われる。したがって、供述に至る途中経過がそのまま記録されて も(欧米では信用できないとしても)、日本では証拠としての価値があると評価されるかも しれない。 他方で、欧米の実務に照らすと、従業員のインタビューが審査手法として効果的か否か は、企業に審査に協力するインセンティブがあるか否かと密接に関係する問題であること が明らかである。企業が審査に協力する姿勢であれば、従業員のインタビューはあらかじ め審査官と弁護士が質問事項を打ち合わせ、供述人も十分に準備した上で作成されるよう になるし、当該記録は供述人の弁護士も立ち会って作成されるからこそ信用力を有すると 見られることになる。したがって、弁護士の立会いに当局が反対する理由はなく、むしろ 信用力を高める効果があるとして、当局からもポジティブに受け止められることとなる。 逆に、企業が協力する姿勢にない場合には、従業員が任意に協力することは期待できな いので(内部告発の形になる場合を除く)、その従業員を繰り返しインタビューしても真相 の究明は困難である。このことが当局に十分理解されているため、米国でも、企業が協力 する姿勢にないときは、デポジションと称される任意のインタビューは利用せず、Grand jury 40 のサピーナという強制権限で対応するとされている。つまり、従業員のインタビューを繰 り返すのではなく、他の情報に依拠して立証するか、強制権限を活用するなどして審査を 進めるかほかないとされるのである。 弁護士の立会いを認めることで、審査官は同じ質問を繰り返すことはできなくなるが、 だからといって真相が究明できなくなるということではない。要するに、欧米では、企業 が協力する姿勢にない場合には、当局に従業員にインタビューを強制する権限があっても、 それを行使すれば真相を究明することができるとはいえないと割り切っているように思わ れる。少なくとも、このような権限のない EU では、情報提供要請を工夫することで対応 するほかないと考えられていることは既述のとおりである。まだ UK 当局が従業員のイン タビューを強制する権限をどう活用するかは明らかではないが、これが今後の審査活動の 中核的手段になるとの見方はなく、当局もあくまでも情報提供要請の活用が中心であり、 26A 条の権限はこれを補完する位置付けと見ていることに変わりはない。 わが国でも一問一答方式で調書が作成されるのであれば、当局が弁護士の立会いを認め ることに反対する理由は失われるように思われる。これにより、供述人が供述した内容と 調書の記述のニュアンスが異なるとする、わが国の審判で頻発した係争も避けることがで き、公取委にとってもプラスになるように思われる。 弁護士が立ち会っておれば、それだけ供述内容が信用できるとする欧米の実務に照らす と、わが国で弁護士の立会いとして議論されている問題は、独白形式や取りまとめ方式の 調書という日本独自の方法ではなく、欧米で行われている一問一答方式の調書では真相究 明に支障が生ずるといえるかという問題として整理する必要があると考えられる。 従業員のインタビューという方法で真相を究明するには、企業に審査への協力インセン ティブが付与されることが重要であることは、今次海外調査から得られる重大な帰結であ るが、それが導入されるまでは現在の供述調書の作成方式を維持すべきとする根拠がない こともまた、今次海外調査から得られる重大な帰結であるといえよう。 キ.強制された証言の証拠能力 次に、強制されたインタビューで得られた証言の証拠価値の問題がある。質問への回答 を強制できるとしても、その証拠としての利用には制約が課されるべきかという問題であ る。 自己負罪拒否特権は、被疑者が自白を強制され、自白を根拠として処罰されることのな いよう、被疑者が黙秘したり、質問への回答を拒否できるとするルールである。これは、 強制によりなされた自白の証拠能力を否定するルールと見ることができる。 EU では、自己負罪拒否特権が法人にも及ぶという言い方をするが、厳密に言えば、企業 といえども違反行為を自認することを強制されないこと、あるいは違反行為を自認するに 等しい企業からの回答(情報提供要請に対する回答)を根拠として、法人が刑事罰(また はそれに等しい高額の制裁金)を科されることを認めないとするルールと整理することが 41 できる。法人といえども、違反行為の自認を強制されないこと、強制された自認を根拠と して刑事罰を科されないこと(強制の下で行われた自認の証拠能力は否定されること)が、 自己負罪拒否特権という形で説明されていると見ることができる。 (UK ガイドライン 7.4、7.5) Privilege against self-incrimination 7.4 When the CMA requests information or explanations, the CMA cannot force a business to provide answers that would require an admission that it has infringed the law. The CMA can, however, ask questions about or ask for the production of any documents already in existence, or information relating to facts, such as whether a given employee attended a particular meeting. 7.5 The law on privilege is complicated. As investigators of a possible infringement, the CMA is not able to advise on the circumstances in which a person can claim privilege. Anyone in any doubt about how it applies in practice should seek independent legal advice. 従業員の場合には、自らが当該供述をしたことによって処罰されるものではないので、 上記の意味での自己負罪拒否特権は問題にならない(ただし、その適用を否定する司法判 断は示されていない)。しかし、従業員が自己負罪拒否特権により回答を拒否できないとし ても、従業員が回答を強制された結果行った供述を証拠として、企業が制裁金を課される 事態が許されるかという問題が残されている。 これは、従業員に対して企業の法違反を認めさせるに等しい質問をすることが禁止され ないからといって、そのような供述により得られた情報を(主たる)根拠として、企業に 制裁金を課すことが許されるかという問題である。前者については、いわゆる自己負罪拒 否特権が個人については問題とならない以上、質問への回答を拒否することに正当な理由 があるとは言い難いと考えられているようである(ただし、この点もまだ司法判断が示さ れていない) 。 しかし、後者については、強制の下で行われた従業員の供述を根拠として企業の法違反 を認定し、企業に対して制裁金を課すことになるから、企業は間接的に自認を強制された に等しいと評価することも可能と指摘されている。そこで、そのような供述の証拠能力の 制限に関するルールが形成されたものと思われる。この場合、従業員は質問への回答を拒 否することはできないとしても、当該供述を(主たる)根拠として企業の法違反を認定す ることが制限されるとすれば、事実上、似た効果が生まれることに注目すべきである。 まず、1998 年競争法 30A 条 1 項は、当局が調査権限を行使して収集した証拠は、当該個 人のカルテル関与の訴追目的では使用できない旨規定する。これは、行政調査権限を用い 42 て収集した証拠を刑事事件で用いることを制限する規定であり、当局が行政調査権限(す なわち、26 条、27 条、28 条、28A 条)を用いて収集した証拠すべてに当てはまるルール である(UK では、企業は EU 競争法違反により制裁金を課される(個人には課されない) ことを理由に、カルテルに対して刑事罰が適用されるのは個人だけとされている)。 (Competition Act 1998 26A 条 1 項、2 項) (1) For the purposes of an investigation, the CMA may give notice to an individual who has a connection with a relevant undertaking requiring the individual to answer questions with respect to any matter relevant to the investigation— (a) at a place specified in the notice, and (b) either at a time so specified or on receipt of the notice. (2) The CMA must give a copy of the notice under subsection (1) to each relevant undertaking with which the individual has a current connection at the time the notice is given to the individual. UK では、26 条は個人に対して情報提供要請をすることも認めるので、26 条 2 項は同条 1 項により得られた情報を自分に対する刑事事件の証拠として利用することを制限したもの である。令状なしで行われた立入検査により得られた情報を刑事事件の証拠として利用す ることを制限することは理解できるが、令状を取得して行われた立入検査により得られた 文書も同じ扱いとされている。調査の目的が異なることを重視したものであろうが、同じ 文書を証拠にするほかないものについては、再度刑事事件のための手続を踏むということ かと思われる。 26A 条により個人に対してインタビューを強制できる規定を導入するにあたり、30A 条 2 項を置き、インタビューでの供述は、当該個人の虚偽または誤認を招く情報を提供したと する刑事事件の証拠としてのみ利用できると規定した。要するに、26A 条により強制され た供述をしたことで従業員がカルテル事件で刑事訴追されることはなく、個人がそれ以外 に刑事訴追されるのは、虚偽または誤認を招く情報を提供した場合だけであるから、その ことを明確にしたものである。 これは、日本で言えば、47 条に基づく審尋においてした供述に基づき、供述人が独禁法 89 条違反で処罰されることはないとする考え方に等しい。日本の場合、犯則手続を導入し た後は、留置した証拠物は告発後検察官に引き継がれるので、この点で UK とは異なる制 度となっている。ただし、わが国では行政調査権限を用いて収集された物件・調書を刑事 事件の証拠として利用すること自体は制限されていない(検察官による押収手続を踏むこ とになる)。犯則手続においては 47 条の審尋に相当する規定は設けられていないが、一般 事件を犯則事件に移行させるケースでは、このような事態が起こり得る。このため、犯則 手続導入前の審査局では、告発事件の審査においては審尋の権限を使用しないとの運用と 43 されていた。 英国競争法 30A 条 4 項は、26A 条によるインタビューでなされた供述により、企業が刑 事訴追されることを禁止する規定を置いた(企業による虚偽または誤認を招く情報の提供 を処罰する刑事事件を除く)。この規定は、インタビューで得られた供述の証拠能力を制限 するものであり、その反対解釈として、供述人はインタビューでの供述を拒否できない(審 査官が企業の法違反に繋がる質問をすることは禁止されていない)との解釈が成り立つと 指摘されている。 (Competition Act 1998 30A 条 4 項) (4) A section 26A statement may not be used in evidence against an undertaking with which the individual who gave the statement has a connection on a prosecution for an offence unless the prosecution is for an offence under section 44. この規定は、条文上は企業に対する刑事事件(a prosecution for an offence)における証 拠としての利用を制限するものであるが、EU には競争法違反につき企業に対して刑事罰を 科す規定はないので(企業が虚偽または誤認される情報を提供する場合は刑事罰が適用さ れるが、その目的で本項が置かれたとは解し難い)、この規定は、企業に対して制裁金を課 す場合に適用されると解することができると指摘されている。 UK でも、制裁金は刑事罰に近い性格のものとされるので、この解釈に従えば、要するに、 所属企業の違反行為を認めることとになる質問につき従業員は回答を拒むことはできない が、その回答を(主たる)根拠として企業に刑事罰(制裁金を含む)を科すことはできな いという整理になると思われる。これは、従業員自身が処分されるわけではないので、従 業員につき自己負罪拒否という問題は生まれないとする考え方と整合的であり、従業員に インタビューを強制することで得られた情報により、企業が刑事罰に近い性格の処分を受 けることを回避するルールといえるであろう。 この解釈が裁判所によって採用されるかは定かではないが、このような制限が規定され ていることで、当局による 26A 条によるインタビューの活用が一定の制約を受けることに なり得ると考えられる。特段の物証もないのに従業員の供述を得ただけでは、企業の法違 反を問うことができないとすると、従業員に対して企業の法違反を自認するよう求めるに 等しい質問を繰り返す意味がなく、物証を示しつつその文書に関してより具体的な供述を 得るという形で 26A 条によるインタビュー権限を利用するほかないと考えられるからであ る。 後者の前提に立つ場合のインタビューは、特定の文書につき事実関係を問うものであり、 特に自己負罪拒否特権により制約されるものではなく、かつ、これが本来の供述調書の活 用の姿といえよう。つまり、インタビューといっても、①単に従業員の記憶を喚起する形 で質問を繰り返す場合と、②特定の文書につきその意味やその背景事情を問うものがあり 44 得るが、UK 当局は、今後①の方法で 26A 条によるインタビューの権限を積極的に活用す るとの考え方は見られなかった(もちろん、文書を示しつつその背景事情を次々と質問す る場合はいずれとも言い難い面があるが、UK ではこれが許され、EU ではこれが許されな いとする整理かと思われる)。 この規定が、文書に関する説明を求めるという EU 当局に付与された権限では真相究明 に不十分という欠陥を埋める目的で規定されたことも、UK 当局が今後①の目的で 26A 条 によるインタビューを活用するようになり、それにより事実上企業による違反行為を認定 できるようにするとの考え方が当局には見られない理由であると思われる。 この個人へのインタビューの強制に関する規定は、2014 年 4 月に施行されたばかりであ り、まだ、利用事例がほとんどない状況にある。したがって、上記の論点は理論上の問題 に過ぎず、まだ確たるルールとはいえないことに注意する必要がある。 ク.UK の立入検査の際のインタビュー要請権限の行使 UK では立入検査の際に、従業員にインタビューを要請する形で 26A 条の権限を行使す ることが認められている。この場合、当局としては当該従業員が弁護士の立会いを求める ときは、弁護士が到達するまでインタビューの開始を待つことになるが、この方法が用い られる場合には、企業としてあらかじめ把握していない情報が当局に把握される可能性が 出てくる。 (UK ガイドライン 6.43) 6.43 The occupier may ask legal advisers to be present during an inspection, whether conducted with or without a warrant. If the occupier has not been given notice of the visit, and there is no in-house lawyer on the premises, CMA officers may wait a reasonable time for legal advisers to arrive. ただし、企業秘密が含まれないかチェックする機会が当該記録の作成直後に付与される ので、企業としては、従業員の供述内容を事後的に知ることは可能である。秘密情報の保 護という観点からではあるが、証拠として作成された段階において従業員の供述内容をチェッ クする機会を企業に付与することは、適正手続の観点とも適合する。 しかし、UK では、立入検査の際のインタビュー要請以外の場合には、企業の対応にもよ るが、企業の内部調査が従業員のインタビュー要請に先行するのが通常といえる。いずれ にせよ、UK 企業は、調査が開始されれば内部調査を実施し、認めるべき事実は認めるとい う対応をとるので、UK において、従業員のインタビュー要請やその写しが企業に交付され ることが、何らかの意味で事案の真相究明に支障があるとは考えられていない。 インタビューの結果は録音の方法により記録するのが通常であるが、メモの作成という 方法も用いられる。従業員は録音や記録された内容が正確かどうかチェクする権利が付与 45 され、それが正確であることを従業員から文書で確認するとされている。この点は、日本 の供述調書の署名押印を求める実務に近いものと考えられる。 (UK ガイドライン 6.25) 6.25 This may include, for example, where the CMA considers that an individual may have information that would enable the CMA to take steps to prevent damage to a business or consumers, or where the effective conduct of the investigation means that the CMA considers it necessary to ask an individual questions about facts or documents immediately after having given a notice (which will generally be during the course of an inspection pursuant to the CMA’s power to enter premises). ケ.インタビューに立ち会う弁護士について 従業員がインタビューに際して弁護士の同席を求めることができるのは当然であるが、 従業員は企業の代理人弁護士を自分の代理人として選定することを排除されていない。UK ガイドラインでは、企業の代理人としてのみ活動する弁護士に立ち会わせることは適切で ないと指摘し、その理由として、率直に答えるインセンティブに欠けるおそれがあること を指摘している。 (UK ガイドライン 6.27) 6.27 Any person being formally questioned or interviewed by the CMA may request to have a legal adviser present to represent their interests. In some cases, an individual may choose to be represented by a legal adviser who is also acting for the undertaking under investigation. While the CMA recognises that the interview power may be used in a range of circumstances, the starting point for the CMA is that it will be generally inappropriate for a legal adviser only acting for the undertaking to be present at the interview. The CMA also considers that in certain circumstances there may be a risk that the presence at the interview of a legal adviser only acting for the business will prejudice the investigation, for example if their presence reduces the incentives on the individual being questioned to be open and honest in their account. In cases where the CMA wishes to question a person having entered into premises as described at paragraph 6.43 below, the questioning may be delayed for a reasonable time to allow the individual’s legal adviser to attend. During this time, the CMA may make this subject to certain conditions for the purpose of reducing the risk of contamination of witness evidence. Such conditions could include requesting that a CMA officer accompanies the individual in the period before the interview takes place and/or suspending the individual’s use of electronic devices, including telephones. 46 つまり UK では、個人に対してインタビューに応ずるよう当局が要請することができ、 これに応じないと個人に制裁が課されるという EU とは異なる状況があるので、従業員に インタビューを強制することと企業の防禦権の間で微妙な問題が生まれることを示してい る。UK ガイドラインではスターティング・ポイントと指摘されているのは、当局としては 好ましいとは考えていないが、結局は、従業員の選択に委ねるほかないとする当局の姿勢 の表れと思われる。 企業を代理する弁護士がインタビューに立ち会った場合に、弁護士が企業の利益を擁護 する観点から審査官の質問に異議を唱えたと判断されれば、審査官はその異議を斥け、従 業員に質問に回答するよう促すことが可能であるので、UK で企業を代理する弁護士が従業 員のインタビューに立ち会うことにより(それが、従業員の同意に下で行われる限り)、特 段の弊害は生まれないよう思われる。 47 48 (出所)ギブソン・ダン&クラッチャー法律事務所 (注)*全ての論点につき、懇談会報告書で触れられている。 可能 不可 証人がメモをとること の可否 証人/供述人が弁護人 に相談する権利がある か 調書にアクセスする権 利があるか 自己負罪拒否特権があ るか 可能。 公取委は審尋することができ、 可能。大陪審において証言を求めること 虚偽の陳述には刑事罰がある。 が可能であり、虚偽の陳述は偽証罪とな る。 ない。行政手続において自己負罪拒 ある。検察官が証言を強制することも可 否特権は認められていない。 能であるが、その場合には当該証言は証 人の不利に用いることができない。 ない。審尋中においては、弁護人が ない。ただし、証人は、質問への回答の 在席しあるいは助言することができ 前に休憩を要求して弁護人に相談するこ ない。 とができる。 不可。調書は提供されない。 不可。調書は通常証人に提供されない。 当局が証人/供述人に 供述を強制可能か 米国 日本* 論点 可能 可能。証人は調書の写しを入手できる。 一定の許可を得ることにより、任意聴取 が可能。聴取を拒否したとしても企業又 は個人に対する制裁はない。 ある。ただし、欧州委員会及び欧州司法 裁判所により自己負罪拒否特権の範囲 は狭く解釈されている。 一般的に弁護士の同席が認められてい る。 EU 取調べ:基本的権利及び手続上の権利(日米欧比較) 3.審査ファイルへの完全アクセス (1)審査ファイルの作成ルール 名あて人が、審査ファイルへのアクセスの権利としてどのような主張ができるかについ ては、第2章5.(6)で述べる。 審査ファイルへの完全アクセスを認めるといっても、審査ファイルに何を入れるか審査 官に裁量が働く場合には、その意味が減殺される。したがって、何をファイルに取り込む べきか、いかなる文書がファイルから取り除かれるかがルール化され、審査官の裁量の余 地ができるだけ小さくされている必要がある。これを規定するのが、審査ファイルへのア クセスに関する告示である。 (Commission Notice on the rules for access to the Commission file in cases pursuant to Articles 81 and 82 of the EC Treaty, Articles 53, 54 and 57 of the EEA Agreement and Council Regulation (EC) No 139/2004、以下「ファイル・アクセス告示」 、パラグラフ 8、 9、10、11) 1. The content of the Commission file 8. The ‘Commission file’ in a competition investigation (hereinafter also referred to as ‘the file’) consists of all documents, which have been obtained, produced and/or assembled by the Commission Directorate General for Competition, during the investigation. 9. In the course of investigation under Articles 20, 21 and 22(2) of Regulation (EC) No 1/2003 and Articles 12 and 13 of the Merger Regulation, the Commission may collect a number of documents, some of which may, following a more detailed examination, prove to be unrelated to the subject matter of the case in question. Such documents may be returned to the undertaking from which those have been obtained. Upon return, these documents will no longer constitute part of the file. 2. Accessible documents 10. The parties must be able to acquaint themselves with the information in the Commission's file, so that, on the basis of this information, they can effectively express their views on the preliminary conclusions reached by the Commission in its objections. For this purpose they will be granted access to all documents making up the Commission file, as defined in paragraph 8, with the exception of internal documents, business secrets of other undertakings, or other confidential information. 11. Results of a study commissioned in connection with proceedings are accessible 49 together with the terms of reference and the methodology of the study. Precautions may however be necessary in order to protect intellectual property rights. 審査ファイルに収録すべきものは、審査中に取得、作成、または収集された全ての物件・ 資料とされ、証拠には、incriminating なものと exculpatory なものの双方があり得るが、 一方のみをファイルすることは許されないことがファイル・アクセス告示で明らかにされ ている。 この方法は、武器対等の原則という観点から優れているといえるが、名あて人が審査ファ イルへのアクセスを得た後に審査ファイルの証拠では立証できない新たな争点を持ち出す ことが何らかの方法で制限されないと、審査活動がエンドレスになるという問題が生まれ る。判例が多数存在する EU では、新たな争点が生まれる可能性が低いということが前提 になっているようであるが、この点を手当てしないとわが国で機能するかという疑問が残 る。 この問題は、提出を命じられる物件や留置される物件の被疑事実との「関連性」に関わ る問題であり、特に争点を制限する法理が見られないとすると、当局として将来提起され る新たな争点に備える必要性も留置物件の「関連性」に当たるとの主張が正当化されるこ とになる。つまり、審査官が被疑事実と「関連性」がある文書・資料の写ししか持ち帰れ ないようにチェックするには、「関連性」に関するルールが明確でないと機能しないおそれ がある(例えば、関与を疑われる従業員が作成した文書は、すべて被疑事実と関連性があ るとするなどのルール) 。 この点、EU、UK では、法務部門の社内弁護士や外部弁護士が写しを持ち帰る文書・物 件の被疑事実との「関連性」を厳しくチェックするし、その「間連性」の判断に異議があ る場合にはそれを審査官に述べ、それを記録にとどめる努力をするとされるので、おのず と「関連性」の範囲が明らかにされるようである。この点も、EU、UK のプラクティスに 学び得る点と言えるであろう。 1982 年の判例で違法と判断される以前は、欧州委員会は違反事実を立証する証拠のみを 異議告知書の名あて人に開示していた。しかし、判例により審査ファイルに収録されたす べての証拠へのアクセスを認めないことは違法と判断されたことで、審査ファイルへの完 全アクセスという権利が確立されるに至った。そして、審査ファイルへの完全なアクセス の意義は、何が審査ファイルに入れられるかに依存するので、当局が権限を行使して収集 された資料はすべて審査ファイルに入れなければならないことが、審査ファイル・アクセ ス告示に明記されたものである。 審査ファイルに収録すべき物件・資料の範囲がルール化されることで、そこに収録され た物件・資料は、例外として特定された種類の文書を除きすべて名あて人が閲覧・謄写で きる(CD-ROM の形で手交されるので、閲覧・謄写の時間・回数制限はない)。閲覧と謄 写の区別もない。特定された開示の例外となる文書とは、当局の内部での検討文書、当局 50 間の連絡文書などに限られる。企業秘密に関しては、公表バージョンの作成という方法に より対処されている。 (2)関連性のない文書の返還 ファイルから除外される文書は、返却される。つまり、当局による文書・資料の取得・ 作成の段階でチェックされるとともに、事後的に「関連性」がないと認められた文書・資 料は返却される。このため、EU、UK には審査官の手持ち資料なるものは存在しないこと になる。つまり、審査官の手持ち資料という問題は、それが生まれる余地のない審査ファ イルの作成ルール、および、「関連性」のない文書と事後的に判断されたものはそれを速や かに返還するという形で処理されるというのが、EU、UK の実務である。 立入検査により必要な文書・資料を発見し、原本(その写し)を持ち帰る場合には、現 場で必要な文書とそうでない文書を明確に区別するよう求めることは現実的ではない。関 連性・必要性のある文書はその一部ということが当然に起こり得るからである。この点、 UK では、令状を取得する場合とはいえ、いったん持ち帰った文書・資料の関連性・必要性 を検討し、不必要と判明した文書は返還することについての規定を置いている。 また UK では、企業が情報提供要請に従って提出した文書・資料につき、重複する文書 や関連しない文書がある場合には、これを返還することが明文化されている。立入検査の 現場で関連性や必要性のある物件であるかどうかすべて確認することは困難であるから、 事後的に検証を行い関連性や必要性が否定される物件は関係人に返還されるという仕組み は、審査ファイルへの完全アクセスを確保する上で必要不可欠な仕組みといえる。 (UK ガイドライン 6.47) 6.47 Where it considers it appropriate, the CMA may return information it has gathered during the course of an investigation (irrespective of how that information has been obtained). The CMA may return information where, after careful review, the CMA considers it is duplicate information or information that is outside the nature and scope of the investigation, including where information falls outside the scope of the investigation as a result of that scope having changed. Any such information that is returned will no longer form part of the CMA’s investigation file. (ベスト・プラクティス、パラグラフ 35) 35. When, in a reply to a request for information, undertakings submit manifestly irrelevant information (in particular documents which are clearly not related to the subject matter of the investigation), the Directorate-General for Competition may, in order not to unnecessarily burden the often voluminous administrative file, return such information to the addressee of the request as early as possible after having received the reply. A short notice reporting this fact will be put in the file. 51 (3)検討期間の長さ EU では、異議告知書に対して最低 4 週間の異議申立てのための期間が付与され、2 か月 までの期間延長が認められるとされているのに加え、個別の申請によりそれ以上の期間延 長が認められる場合もあるとされている。期間の延長に関する意義があれば、ヒヤリング・ オフィサーに異議申立てできるとされている。UK では、最低 40 日、最大 12 週間が異議 申し立てのための期間とされている。ヒヤリング・オフィサーへの異議申立て制度の詳細 は、第2章で述べる。 (ベスト・プラクティス、パラグラフ 100、101) 100. The time limit for the reply to the Statement of Objections will take into account both the time required for the preparation of the submission and the urgency of the case. The addressees of the Statement of Objections have the right to a minimum period of four weeks to reply in writing. A longer period (normally, a period of two months, although this may be longer or shorter depending on the circumstances of the case) will be granted by the Directorate-General for Competition taking into account, inter alia, the following elements: — the size and complexity of the file (e.g. the number of infringements, the alleged duration of the infringement(s), the size and number of documents and/or the size and complexity of expert studies); and/or — whether the addressee of the statement of objection making the request has had prior access to information (e.g. key submissions, leniency applications); and/or — any other objective obstacles which may be faced by the addressee of the Statement of Objections making the request in providing its observations. 101. An addressee of a Statement of Objections may, within the original time limit, seek an extension of the time limit to reply by means of a reasoned request to the Directorate-General for Competition at least 10 working days before the expiry of the original time limit. If such a request is not granted or the addressee of the Statement of Objections disagrees with the length of the extension granted, it may refer the matter to the hearing officer for review before the expiry of the original time limit. (UK ガイドライン 12.3) 12.3 The deadline for submitting written representations will be specified in the Statement of Objections and will be set having regard to the circumstances of the case. Usually the deadline for an Addressee to submit written representations will be at least 40 working days, and no more than 12 weeks, from the issue of the Statement of Objections. 52 EU の情報提供要請に対する回答期間は、2 週間とかなり短いが、これは簡単な提供要請 もあるからであり、膨大な情報提供要請の場合には、延長が認められる可能性が高い。 (ベスト・プラクティス、パラグラフ 38) 38. Addressees are given a reasonable time limit to reply to the request, according to the length and complexity of the request taking into account the requirements of the investigation. In general, this time limit will be at least two weeks from the receipt of the request. If from the outset, it is considered that a longer period is required, the time limit to reply to the request will be set accordingly. When the scope of the request is limited, for example if it only covers a short clarification of information previously provided or information readily available to the addressee of the request, the time limit will normally be shorter (one week or less). 検討期間を長くすることは、事件の処理に要する期間を長期化するという問題を抱えて いるが、検討期間を長くすることは、名あて人が命令に納得するか否かを左右する重要な 要因でもあるから、可能な限り長くすることが事件の効率的処理にも叶うとするのが EU、 UK 当局の考え方である。 わが国で検討期間を短く設定している背景には、十分な検討期間を関係人に付与すると、 意見陳述や抗告訴訟の準備期間を与えるに等しいという考え方があるように思われるが、 その逆に、十分な検討期間がないことが抗告訴訟で争う口実にされることもある。この点 でも EU、UK の考え方に学ぶべきところが大きいと考えられる。 (4)EU における任意の協力の意味 ア.三つの場合分け EU では、調査権限につき、①不履行そのものにつき制裁金を課すことができる場合、② 不履行に対して制裁金を課すことができない場合(この意味で任意といえる場合)、③純粋 に任意の協力による場合、を明確に区別しているという特色が見られる。これは、③の純 粋に任意の協力とされる場合、これに従わない場合でも審査非協力に当たらないが、②の 場合における不履行は、審査非協力に当たるという大きな違いがあるためである。 そして、②の場合、不履行そのものにつき制裁金を課すことができないという意味で任 意といえるだけであり、それに従わない場合は①の権限行使に移行することを告知した上 で利用されるという意味では、その受け入れは任意ではない。 ただし、これがストレートにあてはまらない場合もある。それが、立入検査の際の質問 権である。この場合、質問に対して答えないとしても制裁金の対象にならないし、また、 これを拒否すれば①に相当する権限を行使すると告知した上で質問されるわけではない。 しかし、これを拒否すれば審査非協力に該当するので、ほとんどの企業は質問が文書に関 するものであれば回答することになる。 53 また、立入検査の際の質問に答えない企業がいたとすると、文書に関する質問である限 り、情報提供要請の際にその質問をすることができることも明らかである。この意味で、 立入検査における質問権も、②のパターンに入る権限の行使に当たることは明らかである。 イ.日本の場合との比較 わが国でも任意の協力による場合と、47 条の権限を行使して行われる場合は明確に区別 できるが、任意の協力によるとされる行為には、協力しない場合に 47 条の権限行使に移行 できる場合と、必ずしも 47 条の権限行使に移行できない場合の二つがある。前者は、立入 検査や物件の留置、報告命令がこれに当たり、任意の場合にこれを拒否すれば、47 条の権 限を行使してその受入れを強制することができる。したがって、これらの調査については 任意の協力か 47 条の権限の行使かはそれほど重要な区別ではなく、EU のように、純粋に 任意の行為とそれ以外を区別することの方が重要である。 任意の供述聴取に代えて審尋によることができるという意味では、任意の事情聴取は前 者に当たるが、インタビューの権限に関して詳しく説明したように、この二つは事情聴取 の方法という点では共通であるが、同じ方法で事情聴取できるものではないという意味で は別の調査方法と見るべきものである。 任意の事情聴取を拒否する場合、審査官はそれを審尋の方法に切り替えれば済むのであ れば、これまで審査官が任意の事情聴取に応ずるよう繰り返し説得してきた理由は理解で きないことになる。審査官が任意の事情聴取にこだわる最大の理由は、この場合の事情聴 取の方法が審尋の場合に比べてはるかに使い勝手がよい点にある。 したがって、これは任意か強制かで分けてもそれほど意味はなく、EU におけるように三 つのパターンに分けて考えないと理解できない問題であることが分かる。そして、三つの パターンに分ける際に、EU ではインタビューの権限を上記③のパターンと位置付けたとこ ろ、UK ではこれを上記①のパターンと位置付けたことになる。 このように、国・地域による相違が見られるということは、それだけ難しい問題がある ことを示唆する。わが国には、これ加えて、任意の協力による事情聴取が極めて使い勝手 の良い形で活用できるため、それは一見上記②のパターンのように見えるが、実際にはそ うではない形で運用されてきたものの、では上記③のパターンに当たるかというとそうと もいえないという、特異な位置付けにある。 このため、任意の供述聴取の方法を審尋と同じ方法(あるいは、欧米で行われているイン タビューと同じ方法)に変更すべきか、それともそのように変更すれば任意の供述聴取が 有するメリットが失われ、公取委による真相究明が困難になるかという意見対立が避けら れないこととなる。 今次調査により、EU のようにインタビューの権限を上記③のパターンにするとほとんど 機能せず、UK のように上記①のパターンにすると、その証拠能力に一定の制限を加える必 要がでてくるという事実が示唆されると思われる。わが国の審尋の権限は不履行に対して 54 刑事罰が科されるという意味では上記①に当たり、任意の事情聴取が容易に審尋に切り替 えられる形で運用されるようになれば、上記②のパターンに入るといえよう。しかし、現 状の運用の姿を見ると上記③のパターンに入るとしか言えない。このため、わが国の状況 は法律上は上記③のパターンに当たるものではあるが、任意に協力するよう繰り返し説得 することで事実上②のパターンとして運用するという状況が続いてきたものと思われる。 なお、EU のように、任意の協力であることを個別に告げた上でインタビューを実施しな いと弊害が大きいことが、米国の実務から示唆される。米国では、FBI 捜査官が従業員の 居所に来て行うインタビューの受け入れ要請は、それを受け入れるか否かはまったくの任 意とされるが、多くの米国企業の従業員は、この任意の要請を受け入れてしまうのが実態 と言われている。海外企業の従業員であれば、その可能性はさらに高いといえる。この点 は米国でも批判があるが、企業が従業員に対してどう対応すべきか周知すれば足りるとの 考え方から、EU のように任意であること確認した上で実施することまでは求められていな い。 しかし、米国では FBI の要請を事実上受け入れる者が多く、逆に EU では個別に告げた 上で実施されるが故に要請はほぼ受け入れられていないという事実は、わが国でも個別に 確認する手続が必要であることを示唆するものと考えられる。 他方で、EU ではこのような形で任意性が十分担保されているため、インタビューの権限 行使がほとんどできない事態に至っていることも事実であり、まったくの任意の協力によ るものしか認めないという EU 方式は、わが国では機能しないことが示唆されているもの と思われる。 ウ.企業結合の場合との比較 企業に任意の協力インセンティブが働く場合にはわが国でもそれが十分機能することは、 企業結合分野における情報提供要請のケースと比較することにより明らかにできる。企業 結合においては、ほとんどすべての情報提供は任意で行われている(例外は、事案がいわ ゆる第 2 次審査に移行する場合であり、この場合には要請された情報を提供しなくとも何 ら制裁は課されないが、それだけ企業結合の実施時期が遅れるという明白な不利益を伴う ことになる。また、公取委は事案を正式審査に移行させることにより、47 条の権限を行使 することができる)。 このように、届出企業には任意の情報提供要請や報告要請に従う義務はないが、事案の 早期クリアランスを得るという利益が生まれるので、これに応じている(インセンティブ が働いている)といえる。ときには膨大な資料提供や一定の調査を必要とする情報提供要 請がなされることもあるが、届出企業はほとんどすべての要請に従っているのが実態とさ れる(なぜそれが必要なのか疑問のある情報提供もあるとされるが、それでも企業は提出 に努めるのが実態とされる)。 審査に協力しても何ら企業に対する課徴金が減額されないわが国の仕組みの下では、企 55 業には審査に協力するインセンティブが働かない。しかし、これは必ずしも審査への非協 力を意味するものではない。現に多くの企業は、審査が開始されると審査には協力すると 公表している。 しかし、企業が審査に協力すると公表するからといって、従業員には所属企業に不利な 供述をするインセンティブは働かない。企業が積極的に審査に協力するよう従業員に働き 掛けない限り、従業員には審査に任意に協力するインセンティブが働かないのが現実であ る。このように、企業にはそこまでのインセンティブが働かないことから、真相究明のた めと称して審査官は従業員に対して繰り返し任意の供述を求めるという悪循環に陥ってい るというのが、残念ながらわが国の現実と言わざるを得ない。 企業が審査に協力するインセンティブが働くようにする最も有効な方法は、それに伴い 課徴金を減額する場合である(これは、あらかじめ決められた率で減額される場合でも同 じなので、必ずしも裁量型課徴金制度への移行を前提としない)。この場合には、企業は従 業員に対して協力するよう積極的に働き掛ける姿勢をとるようになり(少なくともそのよ うな企業が出現するようになり)、従業員も任意に審査に協力し易くなるといえる。 企業結合の場合には、その早期クリアランスを得るという利益が企業にあるので、それ が任意の情報提供に応ずるインセンティブを生んでいる。欧米の制裁金・罰金制度の下で は、これと同じインセンティブが企業に働くため、従業員を含め企業の任意の協力を得て 審査を遂行することが可能となっている。他方、任意の協力を拒否する姿勢の企業に対し ては、企業なり従業員に対して強制権限を行使して必要な審査が進められることになる。 このように、企業結合の場合と同様のインセンティブが企業に働くようにできれば、わ が国でも欧米と同様の審査方法を採ることが可能であるといえよう。 (5)文書の開示時期と企業秘密保持の要請 EU、UK で、企業秘密を含む文書が当局に提出される場合、その秘密保持は公務員の守 秘義務だけでは十分でなく、企業は当局に対して公開バージョンを別途提出できることに よりその保護を図ることができるとしている。 わが国でも報告命令に応じて当局に提出する資料・情報については、どの部分が企業秘 密に当たるか回答書の中で指摘した上で提出することができるが、公開バージョンの作成 を認める EU や UK には比すべくもない。わが国では、留置された物件および供述調書に ついては、企業がそこに企業秘密が含まれないかチェックする機会は、意見聴取手続にお いて証拠として開示される段階においても、一切与えられていない。 わが国では、意見聴取の段階で企業に供述調書等が開示されるが、この閲覧できる証拠 は秘密情報部分を黒塗りするなどの形で開示され、企業秘密保持に配慮されているようで ある。この方法によると、証拠中に含まれる企業秘密が競争者たる他の関係人に閲覧され てしまうという問題は最低限回避できるが、当局の判断だけで黒塗りして開示することは、 過剰な開示や過小な開示のおそれがあり、明確なルールの下で黒塗りされることが担保さ 56 れないと、企業秘密の開示や第三者への開示に繋がるおそれがある。 EU では、シェアその他の経済データも企業秘密として保護しており、同業者への開示か らも保護されている。企業秘密が開示されて困るのは同業者になされる場合が最大であり、 そのような情報を含む文書や資料が同業者に閲覧されれば、それは企業秘密が開示される に等しい。企業秘密の保護は、競争行動を採る上での不可欠の前提であり、海外企業は、 わが国の取扱いを見れば、企業秘密の保持に欠け、適正手続に反すると受け止めることは 避けられないであろう。現状では、海外企業が名あて人になる事件が少ないので問題が顕 在化していないだけと思われ、そういうクレームが実際になされる前に、必要な是正策を 講ずる必要があると考えられる。 4.日本の審査手続に対する示唆 (1)被疑事実を知る権利 被疑事実を知る権利は、日本では、告知書の交付という形で行われているが、EU のよう に、関係人の被疑事実についての理解を深める意味で、立入検査の開始の際に説明の時間 を設けることは有益と考えられる。被疑事実を知る上では、製品の範囲が決定的に重要で あり、製品分野を熟知している企業の従業員が説明を受け、かつ、質問できれば、その範 囲を明らかに知ることができる。その結果、留置できる物件とそうでない物件の区別も可 能になる。 この点公取委は、立入検査の開始時間を遅らせると、その間に文書破棄の機会を与える ことを懸念し、できるだけ検査の開始を急ぐ必要があるという考え方のようである。しか し、少なくとも電子データがサーバーに保存・保管される時代になったことで、EU のよう に 30 分程度の説明時間を付与することとしても、審査の支障になるおそれはかなり低まっ たものと思われる。 (2)法違反となる理由を知る権利 わが国では、明確な理由を示されることを権利と受け止める考え方はなく、公取委が行 う命令は抽象的な記述にとどまっている。この点、公取委の命令は他の行政庁による命令 に比べれば詳細に記述されているので、理由の記載が不十分とする主張は難しいように見 える。 しかし、カルテル事件については命令ですべての名あて人が○社という形でまとめて記 述されているため、個々の名あて人としてみると、理由の記載が十分とはいえないことが 多い。EU の考え方に照らすと、わが国の排除措置命令は、個別の名あて人がどういう理由 で法違反と認定されたのか判然としないという問題があり、EU と同じとはいかないにして も、命令書の記載には改善の余地が大きいことが EU、UK の実務から示唆される。 57 (3)任意の審査手法と強制調査権限 EU でも任意の調査手法が利用されているが、任意と強制の線引きの仕方が異なることが 注目される。EU では、情報提供要請の場合には、任意である 18 条 2 項要請を行う場合に おいても、従わない場合には 3 項要請をすることになることを告知するので、事実上企業 が任意と強制のいずれを選択するか可能な形で利用されており、単なる任意の要請とはい えない(立入検査も同じ)。他方、任意のインタビューの場合は、それに応ずるか否かが任 意であることが明確にされた上で利用されている。 インタビューに応ずるか否かは任意であるという場合に、応ずるかどうかが任意である にとどまらず、供述人は個々の質問に回答するかどうか、何時聴取を打ち切るかも任意で あることを明確にして実施するという EU の方法は、任意の協力の意味を考える上でわが 国でも参考となるであろう。 任意の協力によることには企業にとってもメリットがあるが、任意と強制の区別があい まいであることで供述人が勘違いするという弊害も生まれる。したがって、全く任意の協 力による場合と、強制力のある処分の前段階として利用される場合を明確に区別して利用 する EU、UK の仕組みは、わが国でも参考にすべきと考えられる。 純粋に任意の協力によるものであることを明示的に告げて行う(あるいは、受け入れな い場合は強制権限を行使すると告げた上で行う)とすると、企業がそれに応じることにメ リットがあると思う場合にはそれに応じ、メリットを感じなければ受け入れを拒否できる ので、適正手続に資すると思われる。それでは公取委による真相究明に不十分であるとす ると、任意に協力するよう説得を繰り返すのではなく 47 条に基づく強制権限を行使すると いうのが本来の姿であろう。 (4)企業による審査への協力インセンティブと任意の審査手法の関係 EU、UK 更には米国の実務に照らすと、従業員のインタビューにより審査に必要な情報 を得るには、企業に審査に協力するインセンティブが付与されていないと難しいことが分 かる。これは、従業員は所属企業の利益も考えざるを得ないので、企業が審査に協力的で ない場合に、従業員としては進んで真実を供述することが躊躇されるからである。この点 では、日本と欧米で何ら異なることはない。 わが国ではこのハードルを克服するため、審査官は繰返し従業員を呼び出し、また、満 足の得られる供述をするまで繰り返し質問することにより、何とか従業員から供述を得る 努力をしてきたものであるが、このために、適正手続に照らすと欧米では容認されないよ うな方法がとられるという弊害を生んでいる。企業に審査への協力インセンティブが働か ない現状では、適正手続の確保に欠ける審査手法に依存せざるを得ないというのが公取委 の考え方のようであるが、他方で、欧米の経験に照らすと、企業に審査への協力インセン ティブが付与されるとしても、協力しない姿勢の企業の場合には従業員に対してインタ ビューを強制できるだけでは真相究明に不十分であることも示唆されているところである。 58 したがって、企業に対し審査への協力インセンティブを付与することが前提になるとの 考え方は理解できるが、それまでの間現状のような従業員からの供述聴取に依存する審査 方法を続けることまで正当化されるものではない。情報提供要請の活用を中心にする方向 に審査手法を改めることは、直ぐにでも実行可能であることが、EU、UK の実務により強 く示唆されているといえよう。 (5)情報提供要請中心の審査手法 EU、UK ともに情報提供要請を中心とする審査が行われており、これにより従業員のイン タビューが不要または重要な審査手法とする必要がないことが分かる。情報提供要請は企 業が回答するものであるので、企業は当局に提供される情報を把握しつつ対応できること から、競争法違反の調査方法としても相応しいといえる。これが、EU、UK において、長 年情報提供要請を中心とする審査実務が行われている理由と思われる。 また、わが国では企業から入手すべき情報でも供述聴取によるとの実務がなされてきた が、留置した文書に関する説明は、ほとんどの場合企業から回答するよう求めることがで きるというのが、EU、UK の実務の示唆するところである。少なくとも、企業に対して情 報の提供を求め、それで不十分と考える場合に従業員からの供述で補足するというのが、 企業の法違反を追及するための望ましい審査手法といえることが、UK の実務から強く示唆 されていると考えられる。 この点、EU 当局が情報提供要請を活用した書面主義を貫き、しかもかなり精度の高いシ ステムとして運用できているという点はあるものの、UK の動きに見られるように、従業員 にインタビューを強制できる権限を活用する動きも見られることを考え合わせると、わが 国が EU と同じ審査手法をとるようにすべきといえるかには疑問がある。 EU の情報提供要請を活用した書面主義は、公取委の供述聴取中心の立証に対する批判へ の対応策として一定の方向性を示していると言えるであろうが、まず問われるべきは、従 業員による供述により立証すべき事項は何かという問題であろう。公取委による長年のプ ラクティスの中で形成された「供述聴取中心の立証」方法がいろいろな適正手続上の問題 を生んでいることを考えると、企業に回答させるべき審査事項を増やすことが、まず検討 されるべきことが EU、UK の事実から示唆されているといえる。 更に指摘すべきは、公取委が外国会社のカルテル審査を積極的に行おうとするならば、 EU と同じ問題、すなわち外国人のインタビューを実施するには行政コストを含めて大きな 障壁があるという問題に直面せざるを得ないことである。公取委が今後カルテル規制を国 際化していくことは不可避の流れであり、そのためには、現在の供述聴取中心の審査手法 が大きな障壁になることは間違いない。このように、公取委が国際水準のカルテル規制を 行える当局に脱皮するためには、EU、UK のように書面による報告命令を通じてある程度 カルテルを立証できる審査能力を身に付けるほかないと思われる。 59 (6)企業秘密の保護を図るルールのあり方 EU、UK では、企業に文書中に企業秘密が含まれているか否か当該文書の作成・提出の 段階でチェックする機会を付与する点は、わが国にとって重要な示唆といえる。 留置処分の段階で当該物件につき企業秘密が含まれるか否かをチェックすることは実務 的に不可能を強いることから、事後的に(例えば、事後に写しを提供する)企業秘密をチェッ クする機会を付与するとの EU、UK の対応方法は、わが国に対する示唆が大きいといえ る。これまで、わが国では証拠へのアクセス・開示という観点からのみ論じられてきたが、 秘密情報の保護という観点から論じる必要性もあることが、今次海外調査から得られる重 要な示唆と考えられる。 また、従業員が任意に供述した内容を録取した記録を作成後に企業に開示しても、企業 がその内容を変えることは不可能であるから、秘密情報保護の必要性・重大性に照らすと、 それをチェックする機会は当該証拠の作成直後に行われるべきこと(証拠として開示され る段階でその機会を付与することでは、時期に失すること)も、EU、UK の実務の示唆す るところである。 (7)自己負罪拒否特権 わが国では、行政手続においては憲法上の自己負罪拒否特権の適用はないと考えられて おり、したがって、関係人に対して違反行為の自認を求める報告命令をすること自体が自 己負罪拒否特権により禁止されるとか、関係人には回答を拒否することにつき正当な事由 があると解するのは困難とされている。 EU では、法人にも自己負罪拒否特権が及ぶとされるが、これは、情報提供要請の際に、 企業に対して違反行為の自認に繋がる質問への回答を強制しない(そういう質問と考える 企業は、回答しないことができる)とする形で運用されている。他方、個人たる従業員に も自己負罪拒否特権が及ぶか、および(それが否定される場合に)従業員を強制して得ら れた証言で企業の法違反を問えるかは、必ずしも明白ではない。 UK で見られるように、当局はインタビューの権限を用いて従業員に企業の法違反に繋が る質問をすることはできるが、当該供述を企業の法違反を認定する証拠として利用する場 合には、その証拠能力に制約が及ぶとするルールは(まだ、それが確たる解釈といえるか 否かという問題はあるが)、わが国の供述聴取のあり方を検討する際の参考材料にできると 考えられる。 (8)弁護士の立会いによる供述調書の証拠価値の向上 UK では、従業員をインタビューするに際し弁護士の立会いを求める権利は確立されてい るが、その理由はインタビューに応ずるよう強制できることだけにあるわけではない。弁 護士の立会いを認め、本人や代理人にその記録をチェックする機会を付与するだけでなく、 企業にも事後的に写しを提供する機会を付与しているのは、かかる手続を踏むことでその 60 証拠価値が高められるからであり、当局も、そのように受けとめているからである。 任意の供述を得ることが当局による法違反の立証に必要不可欠であるとすると、弁護士 の立会いを認めてでも任意の供述を得るほかないと思われるが、公取委が任意の供述にお いて弁護士の立会いを認めないとしているのは、そうしてまで任意の供述を得る必要はな い(従業員は、弁護士の立会いを認めなくとも、いずれ任意に供述することに同意する) と考えているためであろう。 わが国でも、審尋の方法を使う場合には一問一答の形での審尋調書を作成するほかない ので、新しい審査指針の下で従業員が任意の供述聴取に応ぜず、審尋の方法によらない限 り必要な供述が得られなくなるとすれば、UK や米国で行われているように、わが国でも一 問一答の形で供述調書を作成する方向に進むほかなくなるように思われる。 したがって、弁護士の立会い問題の解決の前に、まず一問一答の形で供述人が供述する とおりに調書を作成すべきことが、 今次海外調査結果により示唆されていると考えられる。 (9)検討期間を十分に付与すること EU では、異義告知書に対する検討期間は最低 4 週間としており、更なる延長も可能とし ている。東京地裁への提訴期間も 6 か月へと延長されたところなので、意見聴取手続だけ 急いで終える理由は乏しいように思われる。また、意見提出のための十分な検討期間を付 与することが、企業の独禁法に対する理解を高める方策といえる。このように、最低 4 週 間程度の意見聴取手続における検討期間を付与したところで、迅速な事件処理に悪影響が 及ぶということはあり得ないことが、EU、UK の実務から示唆されるといよう。 (10)留置物の還付の規定の有効活用 わが国にも審査規則に留置物の還付の規定が置かれているが、「関連性」の概念が限定さ れていないという問題があるため、企業が要求しても留置物が還付されることはまずない とされる。他方で、写しを持ち帰ることが許される文書が被疑事実と関連するものかどう かが厳しくチェックされる EU の実務に照らすと、被疑行為に関連性があるといえる物件・ 資料の範囲についての指針がないことは、被疑事実を特定できないに等しいという問題を 生むこととなる。したがって、留置される物件と被疑行為の関係に関するルールの明確化 が不可欠であろう。 また、その前提として、わが国では、立入検査により留置する物件・資料が、告知され た被疑事実と関連性があるかどうか、厳しくチェックすることが少ないとされるが、この 点の対応が重視されている点、さらには、関連性が無いと判断される場合には事後的に返 還するとされている EU、UK の実務は、わが国でも参考にすべきと思われる。 (11)ベスト・プラクティスとヒヤリング・オフィサー 公正取引委員会は 2015 年 12 月 25 日に審査指針を公表したところである。その内容は、 61 EU のベスト・プラクティスに比べるとかなりざっくりした内容になっており、EU で重視 されている、企業側が審査の各段階で権利主張できる事項の説明や企業代理人側との積極 的なコミュニケーション(State of the Play Meeting)の機会の確保には殆ど言及しておら ず、審査手続のプロセスの予見可能性を高めることしか考えられていないようである。も ちろん審査指針は、審査官の行動を規律するものであり、その意味では企業が苦情を申し 立てる根拠を提供することになるので、審査指針が策定されること自体重要な意味を持つ ことは間違いない。 企業に審査への協力インセンティブが付与されれば、企業代理人側と審査官とが積極的 にコミュニケーションを図ることへの必要性が増すことは確かであるが、それが実現する まではそれが不要とはいえないことも明らかである。企業代理人側と審査官とが積極的に コミュニケーションを図り易くすることは、直ぐにも可能な方策であることが、EU、UK の実務から示唆される。 また、2014 年改正で EU のヒヤリング・オフィサーの考え方を一部取り入れたと考えら れる「手続管理官」が導入されたが、当局による適正手続違反に目を光らせるという EU のヒヤリング・オフィサーの果たしている重要な役割は与えられていない。ヒヤリング・ オフィサーが適正手続違反に迅速に対応することで、当局に対する企業の信頼が高まって いることに照らすと、手続管理官の役割を単に争点整理役に限定するのではなく、審査指 針違反に目を光らせる役職として活用していくことが、EU、UK の実務からの重要な示唆 といえよう。 62 第2章 審査手続をめぐる紛争・事業者の救済方法と ヒヤリング・オフィサーが果たす役割 1.事業者と審査官の審査手続をめぐる紛争の救済方法の全体構造 事業者と EU の case handler(以下「審査官」と言う)の間の紛争・事業者の救済方法 は、いくつかの類型に分けて考えることができる。第 1 は、調査妨害・調査に対する不協 力に対し、委員会がサンクションを課した場合に、これに対し異議を述べることなどによっ て生じる紛争、第 2 は、審査官の調査に対し事業者がその適法性を争う場合、すなわち審 査手続の瑕疵を争う場合である。 第 1 の場合は、調査妨害に対し、独立して履行強制金が賦課される場合においては、そ の賦課決定に対する共同体裁判所への決定取消訴訟という方法により争うことができる。 調査不協力に対し、カルテル違反の制裁金の金額が加重される場合においては、実体法の 制裁金賦課決定に対し、共同体裁判所に決定取消訴訟を提起する。 第 2 の場合は、委員会が決定をもって事業者の手続違反の主張を却下した場合には、独 立して共同体裁判所に決定取消訴訟を提起することができるが、決定が行われる全段階で は、ヒヤリング・オフィサーに対し、審査官の調査手法に対する不満を述べ、ヒヤリング・ オフィサーに関与させて問題を解決したり、EU オンブズマンに不満を持ちこむ方法もある。 手続上の紛争が生じる場合は、多種多様であるが、典型的な場合は、文書の秘密性に関す る意見の相違、弁護士・依頼者間秘匿特権で保護される文書の範囲についての意見の相違、 開示された欧州委員会の手持ち資料に、事業者に有利な証拠が含まれていないことについ ての異議などである。加盟国においては、当局の留置権限に関する意見の相違も紛争の対 象となるが、EU 手続においては、コピーが原則であるので、この点についての紛争はない と見られる。 2.審査手続に関する事業者の違反行動(調査妨害)に対する規制(委員会が とりうるサンクション)の方法とそれに対する異議 欧州委員会の調査手続は、間接強制であり、しかも実効性のある強力な制裁によって担 保された間接強制手段である(日本では、形式的には刑事罰という強力な手段が規定され ているが、発動されたことはなく、任意とされる供述調書の虚偽記載には適用がないとさ れている)。調査に対し、情報提供の拒否などの調査妨害があれば、欧州委員会はこれに対 して三つの方法で対抗手段をとることができる。 第一の方法は、前年の売上総額の 1%を越えない金額で、履行強制金を賦課する方法であ る(規則 01/03 第 23 条 1 項(e))。これは決定をもって賦課されるので、事業者がかかる調 査妨害の存在を争う場合、この決定に対して、2 か月以内に決定取消訴訟を共同体裁判所に 提起することにより、争うことができる。こうした履行強制金が賦課された事例はいくつ 63 かある3が、最近では、欧州委員会が E.ON Energie AG に対して、封印の破棄を理由に 380 万ユーロ(約 4 億 4 千万円)という巨額の履行強制金を賦課した事例がある。この事例で は、欧州委員会が初日の立入調査を終了し、その日に関係文書を事業者の事務室に保管し、 翌日の再調査まで他人が室内に立ち入ることができないようにするために、ドアに施錠し た上で、封印をしたが、翌日欧州委員会の職員が来たときには、封印がはがされ、付け直 されていたという事例について、事業者が従業員に対して封印をはがさないよう注意する 義務があったとして、事業者の過失を認定し、上記の巨額の履行強制金を賦課したもので ある。この事例では、室内の書類が持ち出されたり、置き換えられたりした形跡はなく、 極端に言えば清掃のものが入ろうとして、誤って封印が破棄されたようにも考えうる事例 であったが、共同体裁判所は、欧州委員会の決定を支持し、請求を棄却した。 第二の方法は、課徴金(制裁金)の金額を算定する際に、事業者の不協力事由として課 徴金を加算するという方法である。これに対しては、カルテルについての制裁金賦課決定 に対し、共同体裁判所の決定取消訴訟を提起したうえ、かかる訴訟において、不協力を理 由として制裁金が加重されている点は理由がなく、不合理な裁量権の行使であるとして争 うことになる。ECHR の Menarini 判決(2011 年)4、共同体裁判所の Carte Bancaire 判决 5 (2014 年) により、欧州委員会の決定に関しては、 裁判所は明白の原則(manifest error rule) によらずに、何らの制限なく審査を行う(full review)ことができるようになった。この対 応の背景には、競争法違反の制裁が大きいので、刑事手続的側面があると考えられ、より 厳格な司法審査に服するとの考え方がある(詳細は第 4 章を参照)。 調査妨害に対し、課徴金が 30%加重された有名な事例として、ソニー・ビデオテープ・ カルテル事件6がある。本件では、欧州委員会が立入調査を行った際に、立入調査を受けた ソニーの子事業者の従業員が、違反行為に関連する書類をシュレッダーにかけ、欧州委員 会の職員の質問に対し、回答を一切拒絶したことに関し、1,080 万ユーロ(約 14 億円)の 課徴金の増額(当初課徴金の額の 30%)がなされた。一般に、EU では、口頭の質問に対 し回答することは任意であるが(理事会規則 2003/1 19 条)、立入検査の際の文書に対す る特定の質問については、回答義務があり(同 20 条)、本件は回答義務があるケースなの で、独立して課徴金を課すこともできた事例である。ただし、30%増額の方が、金額的に は履行強制金の賦課よりもはるかに大きくなるものと見られる。本件についても、欧州委 員会の決定が支持された。 第三の方法は、加盟国の協力を得ることである。この方法が必要とされるのは、立入調 3 4 5 6 不正確な供述、虚偽の回答についても、課徴金が課された例がある。井上(2009)88 頁。鞠子公男「EU 競争法の履行強制金」公正取引 705 巻(2009)16 項 The European Court of Human Right (ECHR) judgment, Menarini Diagnostics S.R.L. vs. Italy, 2011. ECJ’s Judgment in Case C-67/13 P (September 11 2014) http://curia.europa.eu/jcms/upload/docs/application/pdf/2014-09/cp140123en.pdf>. Press release on November 20 2007 64 査の入り口で入室拒否をされたり、あるいは「鍵がない」などの理由で事実上入室させな いという対応がとられる場合の対抗手段である。欧州委員会の調査権限は、これはいわゆ る間接強制手段のみを認めるものであり、強引に(有形力を使って)妨害を排除して入室 することはできない。これに対しては、調査妨害として決定で履行強制金を賦課すること が基本的に対抗手段であるが、実際問題として立入ができなければ、競争法違反の有無に ついての事実認定を行うことができない。そこで、規則 01/03 第 20 条 6 項に基づき、加盟 国競争当局や、司法官憲と連携し捜索令状を取得するなどして、妨害行為を排除する(鍵 がないと言って入室を拒否する場合は、鍵を破壊することができる)ことができる。これ に対しては、事業者は加盟国の当局が行った処分に対し、加盟国の裁判所に処分取り消し 訴訟、場合によっては処分の差止め訴訟を提起することによって、争うことになる。 3.ヒヤリング・オフィサーとベスト・プラクティス・ルールの役割 (1)総論 審査手続において、委員会が行う行為に対し、事業者が適正手続に違反しているとして 争う方法として、決定があれば決定取消訴訟を提起することができる。しかし多くの手続 上の問題は、委員会の決定がないような場合がある。そのような場合には処分性がなく、 共同体裁判所に訴訟を提起することができない。そのような場合には、ヒヤリング・オフィ サーに異議を出し、ヒヤリング・オフィサーを通じて審査官の権限の行使の是正を求める ことになる。 (2)ヒヤリング・オフィサーの役割と審査手続の関与 欧州の審査・意見聴取手続でヒヤリング・オフィサーが適正手続の保障のために選任さ れていることはよく知られている。日本でも審判手続廃止に伴い、意見聴取手続における 適正手続の保障のために、ヒヤリング・オフィサーを導入しており、制度上ある種の類似 性があるものの、その役割は相当異なっている。 日本の聴聞官は、意見聴取手続における役割、独立性が重視される。このこと自体は、 EU も同じである。EU のヒヤリング・オフィサーは欧州委員会の職員であるが、規則 773/04 の 14 条 1 項において、口頭聴聞期日はヒヤリング・オフィサーが独立して権限を 行使するとされ、ヒヤリング・オフィサーに聴聞手続の訴訟指揮権限が独占的に付与され ている。言い換えれば、ヒヤリング・オフィサーが口頭聴聞期日において審査スタッフ や 法律顧問など欧州委員会のその他のスタッフの干渉を受けることなく、口頭聴聞期日にお ける指揮権限を行使できることがヒヤリング・オフィサーの独立性の内容である。 ヒヤリング・オフィサーは口頭聴聞期日において新たな証拠が提出されるときこれを許 容するかどうかを決定することができ、また複数の被疑事業者を別々の口頭聴聞期日で審 理するか併合して審理するかについて決定する権限を有する。 なお、SO が発行後のヒヤリング・オフィサーの権限は、手続上の判断権限であり、ヒヤ 65 リング・オフィサーは報告書を欧州委員会に提出するが、この報告書は手続的な問題、書 類の開示、ファイルへのアクセス、違反行為告知書についての回答についての時間的制約 の遵守及び口頭聴聞期日における適切な行動がとられているか等についての報告書であり、 実体面での判断を行うものではない。この報告書は、4~5 頁の簡潔なものである。報告書 の第 1 の章は口頭聴聞期日の概要であり、第 2 の章で手続的な瑕疵についての問題が取り 上げられる。第 3 の章では、主要な論点が要約されている。第 4 の章は、ヒヤリング・オ フィサーの事件についての評価が簡潔に記載される。その中には、証拠の強さについての コメントや制裁金のレベルについてのコメントなども含まれる。この報告書(暫定版) (first report)は当事者に対しては開示されない。 ヒヤリング・オフィサーの権限は、手続に関するもので、実体関係については判断を行 わない。ただし、書面として残らないものの、欧州委員会の協議の中で、証拠が強いとか 弱いとかの意見は述べるようである。 2011 年に新たにヒヤリング・オフィサーの権限に関する規則が制定され7、ヒヤリング・ オフィサーの権限が審査手続について決定を行ったり、意見を述べることができるように なった。審査手続の中で、手続の違法に対し、ヒヤリング・オフィサーに苦情を申立て、 これに対しヒヤリング・オフィサーが意見を述べたり苦情申立てに対する決定を行うこと ができるようになった。現在では、口頭聴聞手続におけるヒヤリング・オフィサーの権限 よりも、審査手続における権限の方が重要性を増している。この点は、日本の場合には、 ヒヤリング・オフィサーの役割はむしろ争点整理を行うもの(準備手続裁判官)としての役 割が与えられ、適正手続に関する役割が薄められているように見えることと対照的である。 (3)EU オンブズマンの関与 欧州人権条約においては、適正手続の保障として、良き行政の原則(principle good administration)があり(第 1 章参照)、この good administration についての適合性に関 しては、EU オンブズマンが勧告を行うことができる。競争法に関し、EU オンブズマンの 勧告が行われた例として、インテル事件があり、下記4. (5)で述べる。 (4)ベスト・プラクティスの作成による透明性の向上 ベスト・プラクティス・ルール8は、12 月 25 日に公表された日本の審査手続についての 指針に相当するもので、欧州委員会の審査手続をどのように執り行うかについての指針を 示すものである。適正手続の保障の内容を明確にし、事業者に対する手続の透明性を確保 する目的で定められた。ベスト・プラクティス・ルールでは、本報告書で言及している調 7 8 Decision 2011/695/EU of the European Commission of 13 October 2011 on the function and terms of reference of the hearing officer in certain competition proceedings Commission Notice on the best practices for the conduct of proceedings concerning Articles 101and 102 TFEU 66 査手続の進行、事業者の権利について詳細に委員会の考え方を明らかにしている。このルー ルは、事業者の側が調査妨害などの対応を取った場合に、制裁金を課されることとの均衡 を意識して作成されたとみられる。 ベスト・プラクティス・ルールにより、調査手続の進行及び事業者の権利が明確になり、 手続の透明性・事業者に対する予測可能性が飛躍的に高まった。そして、これにより、ベ スト・プラクティス・ルールの逸脱という観点からヒヤリング・オフィサーにおいても、 意見・決定を行いやすくなったため、事業者の異議がヒヤリング・オフィサー段階で認め られやすくなったこと、そのためベスト・プラクティス・ルールに反する審査官の実務・ 要請を拒否しやすくなったことは疑いがなく、 手続の保障が強化されたことは疑いがない。 ただし、このような実務が進行するにあたっては、調査妨害に対する制裁の強化と並行し て行われたことについても注意が必要である。 (5)ベスト・プラクティス・ルールの法規範性 なお、欧州委員会の種々のガイドラインには、ガイドラインという名前を明記しないも のも多い。特に TREU102 条に関する Enforcement Priority は、中身は完全にガイドライン であるのに、委員会の執行についての優先度を示すものとの位置づけになっている。そし て、共同体裁判所は何らこの Enforcement Priority に拘束されて判断を下すものではない ことが最近のインテル事件で判明した。 おそらくベスト・プラクティスも同じように裁判所がアプローチすることが予想される。 すなわち、ベスト・プラクティスを委員会が守ったか否かによって、裁判所が制裁金を減 額するという判断を行うのではなく、実質的に手続的保障が侵害されたか否かを判断する ことになると思われる。実際、EU オンブズマンの勧告があっても、制裁金を減額しなかっ た事例も存在する(インテル事件) 。現時点で、欧州裁判所に係属するカルテル事件に委員 会の手続違反を問題にする事例は多く、その中の相当数がベスト・プラクティス・ルール 違反を問うものであるにもかかわらず、共同体裁判所は正面からベスト・プラクティス・ ルールに違反したことを理由として、制裁金を減額するのではなく、あくまで裁判所自身 の基準から手続の違反があったか否かを判断しているように思われる。 4.UK における聴聞手続と procedural officer の関与 (1)UK の聴聞手続 英国の CMA は、EU の欧州委員会よりも充実した聴聞手続を置いている。EU の場合に は、SO 発出後に行われる口頭聴聞後に、自ら審査官が実体的な問題について、最終的に判 断を下すのに対し、英国では、2014 年審査・聴聞手続を改正し、聴聞手続においては審査 を行った審査官(case team)ではない 3 人のスタッフによって決定を行う仕組みを採用し ている。この 3 名を case decision group という。case decision group の 3 名のうち、1 名 67 はパネル・メンバーから選任される。パネル・メンバーとは、日本で言うと登録されてい る識者であり、CMA の在籍者ではない者が選任される。パネル・メンバーは、約 30 名が 登録されている。これに加えて、procedural officer が EU のヒヤリング・オフィサーと同 様に、手続を管理する。 なお UK の聴聞手続は EU のように口頭聴聞が義務付けられるものではない。ただし、 口頭での意見陳述(oral presentation)の機会を与えられ、それを利用するか否かは企業の 任意とされ、 義務的なのは書面による答弁であり、答弁を見て証拠の強さなどを case decision group が見直して、最終的な判断を行う仕組みとなっている。なお、審査官(case team) は、case decision group を構成するものではないが、議論には参加しているようである。 (2)procedural officer の関与 英国の手続にも、EU のヒヤリング・オフィサーに似た procedural officer(手続官)が 存在する。またゼネラル・カウンセルという役職の者もいて、これが EU オンブズマンに ある程度対応している。手続官の役割は、だいたい EU のヒヤリング・オフィサーと同じ であるが、手続官は全ての手続に関し、自らが決定を行うことができる。異議があれば、 まずゼネラル・カウンセルに異議を申し立て、ゼネラル・カウンセルがこれに対する意見 を述べる。この意見に従って、手続官が従来の決定を変更するか否かを自ら決定する。決 定に異議があれば競争法専門裁判所である CAT(Competition Appeal Tribunal)に決定取 消訴訟を提起できる。 5.具体的な局面ごとの紛争解決システムとその実効性 (1)決定が開示する場合 調査手続に関し、事業者が欧州委員会の対応が違法である、あるいは適切でないと考え る場合、ヒヤリング・オフィサーに対し、異議を行うことができる。 審査官の手続が決定による場合は、いちいちヒヤリング・オフィサーに異議を申し立て なくとも、リスボン条約 263 条により、決定の日から 60 日以内に、直接に、共同体裁判所 に決定取消訴訟を提起することができる。この訴え提起に対して、共同体裁判所は、迅速 に判断を行う(数か月で判断が得られるようである)。日本も同じように処分取消訴訟を提 起することができるが、日本の場合、実体関係の判断に付随する手続的瑕疵を独立に争う ことが、現実に困難であるのに対し、欧州ではこのような争い方も一般的である。 ただし、それにより救済を言えることができる確率は必ずしも高くないので、出訴期限 の 60 日が経過するまでは、まず、ヒヤリング・オフィサーに異議を申し立て、委員会に決 定の変更を促すという手法がとられることが多い。つまり、ヒヤリング・オフィサーは、 実際上、手続についての審査官と事業者の意見の相違を調整する役割、仲裁官のような役 割を担っているのである。 ヒヤリング・オフィサーは原則として意見を述べるだけであるが、不開示書類の範囲、 68 弁護士・依頼者間秘匿特権の範囲については、ヒヤリング・オフィサーに対する異議があ れば欧州委員会は決定によって判断を行う。 審査官の手続が決定によらない場合の異議手続は、事業者はヒヤリング・オフィサーに 異議を提出し、ヒヤリング・オフィサーの意見を踏まえて委員会が決定を行う。却下決定 がでれば、決定の取り消しを求めて裁判所に訴えを提起することになる。 (2)秘密性に関する紛争 まず、SO 後に関係人には、委員会手持ち資料を開示するが、秘密保護の観点から一部を 不開示とすることができる。これに関して、非開示部分に、事業者が必要とする情報が含 まれて、それが開示の対象になるべく資料と思料するときは、ヒヤリング・オフィサーに 開示を申し立てることができる。ヒヤリング・オフィサーは、自らの非開示部分を見たう えで、開示するか否かを決定する(非開示部分の範囲の決定は、ヒヤリング・オフィサー が意見を述べるのではなく、決定することができる例外的な事項である)。ヒヤリング・オ フィサーの決定に異議がある場合には、事業者・審査官の双方が、欧州裁判所に異議を求 めることができ、欧州委員会はそれについて、最終的な判断を行う。なお、欧州裁判所に 行く前に、EU オンブズマンの意見を求めることが双方とも可能である。 (3)秘匿特権とその範囲に関する紛争 ア.秘匿特権の射程 弁護士・依頼者間秘匿特権(以下、 「秘匿特権」とする)とは、弁護士と依頼者の通信の 秘密を保障するものでドイツでは法律では保護されていないが、英仏アイルランドなどの EU 加盟国で保障されている。秘匿特権の対象は、実質的な助言に関するものに限られる。 事業者が法的助言を求めている書面、弁護士が法的助言を行っている書面、弁護士のメモ、 事業者が法律的な助言を得る目的で部下が上司に事実の説明を行っている書面、などが対 象である。ただし、弁護士の助言は、法を破る、調査を妨害する、虚偽の事実を述べるよ うな内容のものについては、秘匿特権の対象外である。 会議に参加したり、参加したからといって、その会議の議事録やメモなどが秘匿特権の 対象となるものではない。また CC メールを法律事務所に送ったからといって、秘匿特権の 対象となるものではない。 また、会議で形式的にコメントを入れたからと言って、秘匿特権文書になるものではな い。例えば、秘匿特権対象にするために、いちいち I think・・・などとコメントすること で、秘匿特権文書化するものではない。助言を求める必要性があり、それに対して助言が 与えられていることが必要である。コミュニケーションの目的が秘匿特権を得ることにあ るような場合には、秘匿特権で保護されることはない。 69 イ.弁護士の司法妨害的行動に対するサンクション 会合において、価格カルテルの協議についてこれを止めなかった場合、あるいは CC メー ルにおいてカルテルの合意が形成されているときにそれを阻止しなかった場合などは、違 法行為を助長しているものとして、弁護士の倫理規範違反となり懲戒される。 秘匿特権の前提として、弁護士が司法妨害的行為を助言したり、これを黙認しているこ とに対しては、サンクションの制度が確立しており、秘匿特権により、弁護士による、違 法行為を隠蔽したり、助長したり、放置したりする行為の隠蔽に使われることがないとい うのが弁護士秘匿特権の前提である。EU で、秘匿特権が社内弁護士にない(AKZO 事件判 決)のは、カルテルなどの違法な行為を行う会合に出席しながら、それを止めない可能性 がある、違法行為を放置する可能性があると考えられているためである。 カルテルを助長したコンサルタントに、101 条を適用し、制裁金を課した事例がある。こ の判例が弁護士に適用されるかは意見が分かれる。弁護士にも適用される可能性があると の見解がある一方、弁護士は個人であり法律事務所のパートナーシップであるから、コン サルタントと同じようには考えられないとする意見もある。ただドイツでは、合併の届け 出書類の虚偽記載について、これを担当した法律事務所に制裁金を課した例がある。 以上のように、秘匿特権が保護されるには、弁護士は真相究明を助力する存在であるこ とが確立し、弁護士が司法妨害を行えば、弁護士会の懲戒を受け、それを確立している必 要がある。日本のように、弁護士が検査妨害を行ったことが審決書で認定されているにも かかわらず、弁護士会が当該弁護士を懲戒しないことと、そのような弁護士が綱紀委員会 の部会長を務める状況とは全く異なる状況であることを念頭に置く必要がある。 ウ.秘匿特権に関する紛争 秘匿特権の射程に含まれる文書か否かにつき、審査官と事業者の間で意見の相違がある 時は、ヒヤリング・オフィサーは文書を閲覧したうえで、秘匿特権の範囲に含まれるか否 かの意見を述べることができ、審査官がヒヤリング・オフィサーの意見を聞いたうえで、 自ら決定を下す。ヒヤリング・オフィサーの意見に従わなくともよい。これに対し、不服 がある事業者は、欧州裁判所に抗告を申立てることができる。また、EU オンブズマンの意 見を求めてから、欧州裁判所に抗告することも可能である。 (4)立入検査時の提出が命じられた文書の範囲に関する紛争 立入検査時の提出が命じられた文書が、被疑事実に関して、委員会が権限を付与した範 囲か否かについては、立入検査が委員会の決定によって行われる場合、直接、共同体裁判 所に、提出命令についての取消訴訟を提起して争うことが可能である。しかし、実際問題 として、被疑事実との関連性・検査の射程の問題で、事業者が勝訴することは難しく、少 なくとも、60 日の提訴期間の終了までは、ヒヤリング・オフィサーに異議をだし、ヒヤリン グ・オフィサーの意見を求めて、ヒヤリング・オフィサーが事業者の意見を支持する場合 70 には、審査官に当該文書・情報の返還を促すことになる。ただし、委員会は、ヒヤリング・ オフィサーの意見に従わないこともできる。その場合には、裁判所に取消訴訟を提起する ことになる。 (5)電子メールに関する紛争 mail box の提出の問題は、上記の立入による提出権限の範囲と秘匿文書に関する考え方 の複合事例であり、フランスでは、この点についての判例の蓄積が進んでいる。EU は不明 だが、似たような処理に向かっているのではないかと考えられる。 現行の到達点は、judicial authorization(EU では、委員会の決定に相当する)がなけれ ば、mail box の提出を求めることはできない。この中に、秘匿特権文書が含まれていた場 合、当該文書は破棄しなければならない。現行の実務は、留置した mail box のコピーを事 業者に渡し、15 日以内に事業者に秘匿特権文書と考えるものを特定させる。それについて 審査官が審査し、決定を行う。これに対し異議があれば、裁判所に直接訴えを提起するか、 またはヒヤリング・オフィサーに異議を出し、2 か月以内に決着しなければ裁判所に訴えを 提起するという手続になる。 (6)ファイル・アクセスをめぐる紛争 EU では、第 1 章で詳細に述べたように完全なファイル・アクセスが認められている。ファ イルのアクセスについては、ヒヤリング・オフィサーは意見を述べるのみである。これに 対する却下決定については、取消訴訟を提起できるが、勝訴するのは、なかなか困難なよ うである。 インテル事件では、ファイルのアクセスの問題について、EU オンブズマンに異議が申し 立てられた。そして、オンブズマンが Good administration に反しているとの観点から、 違反との判断が行われた。ただし、このインテルについてのオンブズマンの決定(Good administration が行われていない)にもかかわらず、共同体裁判所は、インテルに対する 巨額の制裁金を課した決定で、この手続違反による制裁金の減額などは行わなかった。 一般に、オンブズマンの決定が 2 か月で行われることはないので、オンブズマンが使わ れることはそれほど一般的ではない。ファイル・アクセスに関してこの手段が用いられた ことは、ファイル・アクセスについては、通常の異議手続が認められる可能性が低いこと を示唆するものと言える。 (7)インタビューにおける異議 インタビューに弁護士が立ち会う権利は保障されているが、これは、いちいち質問ごと に、弁護士の意見を求めることができる権利ではない。立会いの意味は、質問と回答が正 しく、記録されるかの確認と適正手続の点から問題のある質問についての異議を行うこと である。弁護士は、被疑事実に関連しない質問、自己負罪拒否特権に反する質問、繰り返 71 しの質問などについて異議を出すことができる。ただし、異議に対する判断は、審査官が 行うので、基本的には却下される。それについて記録にとどめさせることに意味があり、 その記録に基づき、ヒヤリング・オフィサーが異議を認める意見を出すことができる。ヒ ヤリング・オフィサーが異議を相当なものと認めて、審査官に当該質問と回答の削除を勧 告し、審査官が応じれば、審査官は、当該異議に関連する質問を削除する。異議を却下す る決定を行えば、これを共同体裁判所に取消訴訟を提起することができる。 ただ、EU の場合、立入時の質問権行使の場合以外は、インタビューに応じるのは任意な ので、異議を出した段階でこれを認めなければ、インタビューを打ち切ることができるの で、実際問題として、審査官が質問を続けたければ、質問をかえてくることになる。 UK の場合には、強制力があるので、これについては、上記の異議手続(UK の場合、 procedural officer)によることになる。 (8)報告命令に関する異議 報告命令に関しては、被疑事実に関連しない質問、自己負罪拒否特権に反する質問と考 えるものに理由をつけて回答を留保したうえ、ヒヤリング・オフィサーに異議を述べ、ヒ ヤリング・オフィサーが異議を相当と認める意見を出し、それを審査官が相当と認めれば、 審査官は、質問への回答が不要であることを伝えることになる。ヒヤリング・オフィサー あるいは審査官が異議を相当と認めない場合、異議は却下され、事業者は、却下決定に対 する取消訴訟を提起できる。 (9)日本への示唆 本報告の「はじめに」で述べたように、わが国では、準司法手続である審判にすべてを 集中させる考え方(審判集中主義)がとられてきたことから、手続法上の問題を含め独禁 法にかかる問題はすべて審判手続で争うことが当然の前提であるものと信じられてきた。 しかし、日本でも、実は、審査手続についての個別の処分は、行政訴訟の対象となり得る。 EU においても、共同体裁判所に審査手続の違法を争う訴訟を提起する権限は、終局的な判 決に対する訴訟提起権限を規定する欧州機能条約 263 条であり、その点で日本の法令上、 日本が EU の手続に劣っているものではない。しかし EU においては、実体的判断につい ての決定でない審査手続における処分については、迅速に判断されるのに対し、日本では そのように特別扱いがなされることはなく、実体判断と同じく 1 か月に 1 度の期日が設け られ、裁判所の判断が特に迅速になっているわけではない。また仮の義務付け、あるいは 仮の差止めという制度もあるが、そのような制度に意図して仮の救済が認められる可能性 は極めて低い。 実際にそのような訴訟が提起された例はほとんどないのであるが、最近、JASRAC の審 決取り消し訴訟に関し、被審人ではなく利害関係人であるイーライセンスが文書開示請求 について文書の一部の不開示決定に対し、裁判所に不開示処分の取り消しを求める行政訴 72 訟を行った例がある(判例集未登載であり、本件が唯一の例ではないかと考えられる)。同 事件においては、仮の義務付け訴訟も提起されたが、仮の義務付けについては緊急性の要 件が満たされていないとして、棄却された。本案については、終局的な判断を行う直前に、 公取委が自ら不開示部分を開示したために、訴えの取り下げとなった。 ここで、驚くべきことは、不開示処分取消訴訟において裁判所は、不開示の部分を見る ことができずに判断をしなくてはならないとされていることである。これは、EU とは全く 異なるものであり、ヒヤリング・オフィサーであれ共同体裁判所の裁判官であれ、不開示 部分を自らが見たうえで判断する(そうでなければ適正な判断をしようもない)。ただし、 仮の義務付けを先行させることにより、主張が早期に完結するので、通常訴訟によるより も判断の期間を短くすることができ、数か月での判断は可能である。ただし、上記の不開 示部分を見ないという実務は、秘匿特権の場合も同様に問題となろう。 73 第3章 EU における和解・コミットメント制度と日本への 示唆 米国と EU(及び中国)の競争(反トラスト・独禁)当局は事件解決の方式として、違反 決定につながる通常の事件処理に加えて、相手方企業と和解(セトルメント)する方式も 採用している。和解は、当局と企業側が交渉して、事態の是正措置を探る方法である。和 解は、競争制限状態の解消を違反決定よりも優先して、迅速に事件を処理するために採用 されている。企業側としては、違反決定がなされないので、罰金・制裁金をまぬがれると いう利点がある。その見返りとして企業は、企業の権利保護のために設けられた競争当局 の適正手続が簡略化されるという不利益を引き受ける。 競争当局内での事件処理適正手続が充実するほど、事件処理に慎重な手続がとられる。 このため、適正手続の充実化と並行して、事件処理を効率化するために和解手続が重要に なる。和解手続の利用により、(違反決定手続を重要事件に集中することにより)競争当局 の人的・財的資源が有効に利用される。ところが、日本の公取委は和解手続を有していな い9。公取委が事件処理の適正手続を今後充実化していくに際して、和解手続採用を検討す ることが必要になってくる。TPP(環太平洋パートナーシップ協定)第 16 章 2 項(競争法 執行上の適正手続)が和解手続10を規定したことに応じて、公取委は和解手続を採用する意 向である11。 公取委は(米国連邦取引委員会にならった)審判制度を廃止して行政手続による事件処 理に移行した。このため公取委にとって最も参考になるのは、米国よりも EU の和解手続 である。本章では EU の欧州委員会そして英国競争当局による和解手続を説明し、公取委 による和解手続の在り方への示唆につなげる。 EU と英国での和解手続を説明する前に、用語の問題を解決しておく必要がある。和解は セトルメント(settlement)の用語が通常であり、米国反トラスト当局はこの用語法である。 しかし EU の欧州委員会は特別の用語法を用いており、和解(セトルメント)に該当する 事件処理方式をコミットメント(commitment)と名付けている。そして、ハード・コア・ カルテルの事件処理を迅速化するための簡略化手続をセトルメントと名付けている(英国 競争当局もこの用語法を踏襲した) 。このカルテル・セトルメントは、通常の意味での和解 (セトルメント)ではない。相手企業に競争当局が違反を決定し、制裁金も課す。それを企 9 10 11 2005 年独禁法改正前までは、独禁法上の和解制度として「同意審決」制度が存在していた。しかし 2005 年法改正により廃止された。 「違反被疑行為について競争当局と行為者側が自主的な同意により解決する…」(TPP 第 16 章 2 項パ ラグラフ 5)。 公取委事務総長定例記者会見(2015.11.11) 「…検討の結果、独占禁止法を改正する場合には、TPP 協 定の国内担保法の一つとして、他の国内担保法と同じ時期に、国会に改正法案を提出する」。日本経済 新聞電子版(2015.10.28) 「独禁法違反、自ら是正なら処分せず TPP で導入 早期解決へ公取委新制度」。 75 業側が納得した上で、制裁金額を軽減してもらうことの見返りとして、適正手続の簡略化 を企業が了承する制度である。(用語についての混乱を避けるため本章では、EU(及び英 国)での競争法事件和解を「コミットメント」、そしてカルテル事件処理の簡略化方式を「カ ルテル・セトルメント」と呼ぶ。) 1.コミットメント――制裁金免除を伴う事件処理簡略手続 競争法事件処理について欧州委員会が採る手続は、(1) 違反決定(prohibition decision) 手続(理事会規則[Regulation 1/2003]7 条)、(2) コミットメント決定(commitment decision)手続(理事会規則 9 条)に二分されている。後者のコミットメント手続が、米国 反トラスト当局による和解(セトルメント)に相当する。企業側が違反被疑行為を解消あ るいは改善する措置を欧州委員会に確約(コミットメント)する。確約措置には行動的措 置(行動の改善)だけでなく、構造的措置(資産の一部処分など)も含まれ得る。その確 約を欧州委員会が受け入れれば、違反決定は行わず、したがって企業に制裁金を課さない。 ただし、コミットメントに違約した企業には制裁金を課す。 コミットメント手続を理事会規則により新設する前は、企業が自主的に改善措置をコミッ トメントすることが非公式に行われていた。しかし、この方式では法的な確実性に欠け、 企業のコミットメント違約に対し制裁金を課せないという弊害があった(欧州委員会 Brief §2)12。 コミットメントは企業側が自主的に欧州委員会に申し出ることから検討が開始される。 欧州委員会の方から企業側にコミットメント採用を持ちかけることはない。欧州委員会は 違反決定をすることの重要性と事件処理の効率性のバランス判断により、(違反決定手続に 代えて)コミットメント手続を採用するか否かを決定する。 (1)コミットメント採用についての基準 ア.カルテルには採用しない カルテル(ハード・コア・カルテルを意味する)に対しては、欧州委員会はコミットメン トを採用しない。カルテルに対しては制裁金により罰する必要があるからである(Brief §3)。この点は英国の競争当局(CMA)も同じであり、カルテルのみならず、支配的地位 濫用事件についても悪質な濫用にはコミットメントを採用しない (CMA 手続ガイドライン13、 10.17)。 12 13 European Commission, Competition Policy Brief, Issue 3 (March 2014), “To commit or not to commit?: Deciding between prohibition and commitments”(以下 “Brief”), §2. UK Competition & Markets Authority, Guidance on the CMA's investigation procedures in Competition Act 1998 cases (March 2014). 76 イ.先例基準を形成する必要のある事件には採用しない 法適用の先例を形成することが重要な場合には違反決定手続を欧州委員会は採用する。 違反決定手続においては競争制限性について詳しい説明を欧州委員会が行い、しかも企業 が EU 裁判所に提訴することが多いからである。これに比べてコミットメント決定に対し 当事企業あるいは第三者企業が提訴することは稀である(Brief §2)。 ウ.コミットメント内容が効果的なものである必要性 企業側から申し出られたコミットメントが、欧州委員会が企業側に伝えた競争上の問題 に的確に対処する内容であり、市場に真の変化をもたらすものでなければ、欧州委員会は コミットメントを採用しない(Brief §2)。[CMA の場合]競争制限上の懸念をコミット メントが全面的に解消するものでなければ CMA は採用しない(CMA、10.15)。 エ.競争当局の裁量によるコミットメント採用 企業側からのコミットメント採用希望の申し出に対応して、欧州委員会はコミットメン ト手続を採用するか否かを判断する。この判断は、違反決定手続とコミットメント手続の メリットをバランス判断することによる14。違反決定手続に対比してコミットメント手続に は次の諸メリットがある。(1) 競争制限行為を早急に解消できる、(2) 是正措置(remedy) として効果的な措置を採用しやすい、(3) 長期間を要する事件処理適正手続を簡略化できる (Brief §2)。 過去の違反行為を罰することよりも今後の行為是正を重視する場合にコミットメントが 適している。このため環境変化が早い産業(特に IT 産業)にコミットメントは向いている (Brief §3)。 カルテル事件を除く競争法事件に対する欧州委員会のコミットメント手続採用比率は高 レベルである。最近 10 年間(2004 年から 14 年)では、カルテル事件決定を除く事件中の 34 件がコミットメントであり、19 件が違反決定である(Brief §3)。 オ.コミットメント採用決定のタイミング 企業側がコミットメント方式を検討したいとの意向を示した場合には、企業の意思決定 に役立てるため、欧州委員会は企業側に事件概略と競争制限上の懸念事項を説明する文書 を交付する(Brief §2)。 欧州委員会の事件処理手続が後半に差しかかった段階で企業側がコミットメントを申し 出てきても、手続簡略化の役には立たないので、欧州委員会は採用を拒絶する可能性が高 い(Brief §3)。 [CMA の場合]通常は、異議告知書(Statement of Objection)を発出するか否かの決定 14 欧州委でのヒヤリング、2015.9.9。 77 と並行してコミットメント手続の採用を検討する。コミットメント手続実施の場合には異 議告知書を発出しない(CMA、10.15)。CMA は異議告知書発出前に、対象企業との間で 意見交換のための会合(State of Play Meeting)を開催する。ただし、異議告知書が発出 された後の段階においても、企業は和解を申し出ることができる。しかし事件処理の最終 段階(違反決定前)では当局はコミットメントを受け入れない(CMA、10.18)。 カ.適正手続の簡略化 コミットメント手続においては、手続上の公正目的から設けられた口頭あるいは文書に よる手続を省略する。違反決定手続においては企業側に保障される「欧州委員会文書への アクセス」もコミットメント手続には適用しない(Brief §2)。 (2)コミットメントの運用法、批判、民事訴訟への影響 ア.申告企業など第三者への意見表明の機会提供 欧州委員会は、コミットメント決定の事前にコミットメント案を公表し、該当市場の関 係企業に意見発表機会を提供する。この「市場テスト」のおかげでコミットメント決定の 透明性が確保されるとともに、市場参加者が公式に欧州委員会に意見を事前表明する機会 が確保される(Brief §2)。 [CMA の場合]コミットメント決定により影響を受けると考えられる第三者企業と CMA は交渉を持ち、期限まで少なくとも 11 日間の余裕を与えて、意見表明する機会を設ける (CMA、10.20)。 イ.民事の損害賠償訴訟への悪影響と緩和策 コミットメント手続では欧州委員会は違反を決定しないので、民事訴訟による損害賠償 請求を消極化させる。競争法違反の被害者の企業(及び個人)は、欧州委員会が違反決定 を下したことを受けて損害賠償訴訟を自国裁判所に提起することが通常だからである。域 内国の裁判所は損害賠償請求の審査において欧州委員会が下した違反決定を判断材料とし て用いるので、被害者は損害賠償を請求しやすい。コミットメント手続の損害賠償訴訟へ の悪影響については欧州委員会も認めている――「被害の賠償を求める企業にとって違反 決定の方がコミットメント決定よりも助けになる」(Brief §2)。 EU 閣僚理事会と議会は、競争法違反に対する損害賠償訴訟を促進する措置をとるように 域内各国政府に指示した15。損害賠償請求を起こされることを懸念する企業は、違反被疑事 件をコミットメント手続により処理してもらうように欧州委員会に申請する動きを強めて いると推測できる。 15 Directive 2014/104/EU of the European Parliament and of the Council of 26 November 2014 on certain rules governing actions for damages under national law for infringements of the competition law provisions of the Member States and of the European Union. 78 民事訴訟消極化の緩和策として欧州委員会は、コミットメント決定事件の処理内容をか なり詳しく説明する文書を作成・公表する。この公表文書において該当行為がもたらす競 争上の弊害について充実した説明を行う。これが損害賠償訴訟を提起する企業への援助と なる(Brief §2)。 ウ.欧州委員会のコミットメント多用に対する批判 コミットメント手続を欧州委員会が多用していることに対する批判が諸論者から寄せら れている。批判の主要理由として、コミットメントにより事件が解決されると、事件が EU 裁判所に上訴されないので、新規性を有する競争法事例(特に支配的地位濫用)について の解釈基準が形成されない16。さらに、欧州委員会がコミットメント事件においては、競争 制限により消費者損失がもたらされたことについての明確な理論なしに、事件を処理して いるともコメントされている。 ただし、コミットメント批判に対する反論として 2 点が提起されている。第一に、競争 法事件に限らず、法律紛争の圧倒的に多くが和解により処理されているので、コミットメン ト手続だけを抜き出して批判することは妥当ではない。また、欧州委員会の競争担当・前 任委員の Almunia は、グーグル事件に対しコミットメント手続を採用する理由として、変 化の激しい IT 分野においては事件を早期に解決する必要があることを挙げた17。 欧州委員会は、2013 年より進行中のグーグル事件について、前任の競争問題担当委員の 下ではコミットメント手続を追求していたが、現在の担当委員(Margrethe Vestager)に 交代後、違反決定手続に転換した18。この転換の背景にはコミットメント手続に対する批判 への考慮があると推測される。 (3)米国の同意審決・判決との比較 米国では反トラスト法事件を迅速に解決するための和解(settlement)手続を司法省反ト ラスト局及び連邦取引委員会(FTC)が有している。この手続が同意命令(consent decree) であり、司法省の場合においては、司法省が裁判所に提起する民事事件のほとんどは和解 すなわち同意命令により決着している(ハード・コア・カルテルに対して司法省は刑事手 続を採用するので、同意命令は用いない)。連邦取引委員会も同様であり、近年には大半の 16 17 18 競争法の世界的な有力論客である Frederic Jenny そして Jean-François Bellis による批判(支配的地 位濫用事件のほとんどがコミットメントにより処理されているので、競争法適用基準が不透明になっ ている) (2015 年 8 月)<https://www.linkedin.com/grp/post/2578824-5988564843903348738 >. 同 旨の批判として、Philip Marsden,“The Emperor’s Clothes Laid Bare: Commitments Creating the Appearance of Law, While Denying Access to Law”, CPI Antitrust Chronicle, October 2013 (1). J. Almunia, Statement of Vice-President Almunia on the Google Antitrust Investigation, SPEECH/12/372 (Brussels, 21 May 2012). 欧州委は 2015 年 4 月 15 日にグーグルに対する異議告知書を発出した。これにより違反決定手続が開 始したと考えられる。ただし、異議告知書発出後に欧州委がコミットメント手続に転換することは許 される。 79 事件を同意命令により処理してきている。同意命令は最終的に裁判所の了承を得る必要が あり、同意判決となる。 重要事件の例としては、司法省によるものとして、1982 年 AT & T 事件同意判決(AT & T の歴史的な分割をもたらした事件) 、1979 年 BMI 事件(及び ASCAP 事件)同意判決(日 本の JASRAC 事件相当の米国事件)などがある。また連邦取引委員会は近年の大型 IT 事 件(グーグル検索エンジン事件など)を同意命令により解決してきている。 EU のコミットメント手続と同じく、同意命令(同意判決)において企業側の反トラスト 法違反は認定されない。行為の是正措置が反トラスト当局と企業側の和解交渉により取り 決められる。取り決めた是正措置の実行を企業側が怠れば罰則が科されることも EU の場 合と同じである。ハード・コア・カルテルに対しては同意命令を用いないことも EU と同 じである。 EU コミットメント手続と異なるのは、米国の同意審決・判決制度では、反トラスト当局 と企業側で取り決めた同意命令が裁判所の了承を得なければならない点である。 (4)日本の公取委による採用についての示唆 事件処理の適正手続を公取委が充実させるのに伴って、事件処理の長期化を避けるため、 事件処理手続の簡略化方式を採用することが必要になってくる。この方策として、欧州委 員会(及び CMA)のコミットメント手続をモデルとする和解手続を公取委が採用すること が妥当であると考えられる。米国の同意命令制度は、裁判所の了承を要することが EU・英 国型と異なる。行政中心の競争法・独禁法執行であることにおいて、公取委の執行手続は 米国よりも EU・英国と共通性がある。 欧州委員会(及び CMA)の場合と同じく、ハード・コア・カルテルなどの悪質違反行為 は、和解手続採用から除外すべきである。悪質違反行為を除外するだけでなく、公取委の 法適用先例の形成(これは判例形成にもつながる)に資するため、新規性のある事件に対 して和解手続は採用せず、通常の事件処理を用いるべきである(欧州委員会及び CMA と同 じ)。 コミットメント決定に際しては、(欧州委員会にならって)、対象行為の競争への影響を 中心とする事件内容を説明する文書を作成・公表すべきである。公表文書を詳しい内容に することは民事の損害賠償請求を支援するためにも必要である。 コミットメント手続を欧州委員会が多用しすぎているとの批判がある。公取委はコミッ トメント手続を新設するに際して、ガイダンス文書を作成し、その中で、通常の違反決定 手続とコミットメント手続の選択基準を公表することが求められる。 欧州委員会と CMA のコミットメント手続はほとんど共通しており、双方において基本的 に良好に機能している。両機関共通のコミットメント制度を基本的にそのまま採用するこ とが妥当と考えられる。とくに、コミットメント実施の意思を公取委に申し入れた企業に 対して、その意思決定に資するため、公取委が把握する事件の概略と競争制限上の懸念事 80 項を説明する文書を交付することは必須である。 コミットメントについての交渉において、公取委は企業側に対して公取委が把握する違 反事実と法適用の概要を知らせなければならない。欧州委員会と CMA の場合には事件処理 の早期の段階で「異議告知書(SO)」を作成し、企業側に交付する。このためコミットメン トを申し出る企業側に違反事実と法適用の概要を知らせるのに困難はない(コミットメン ト手続の検討は異議告知書発出前に行われるのが通常である)。しかし公取委における異議 告知書に相当するのは、 「指定職員」 (EU のヒヤリング・オフィサーに相当)による「意見 聴取」の段階での認定事実と法適用の通知(独禁法 50 条 1 項)であり、欧州委員会及び CMA に比べて極めて遅い段階での企業側への通知である。なお、立入検査の際には「被疑 事実の要旨」を記載した告知書が企業側に交付される(公取委審査規則 20 条)。しかし告 知書の記載は異議告知書に相当するような詳細さを欠くので、企業側が防御を検討するた めの役には立ちにくい。また、立入検査がなされない事件については告知書は交付されな い。事件処理手続開始後の早期の段階に公取委が「異議告知書」を企業側に交付すること が、コミットメント制度採用の前提となると考えられる(「異議告知書」の内容は、事件処 理が深まるにつれて変更を可能とすることが必要である) 。 コミットメント手続については公取委の審査規則(及びその基の独禁法条文)改正によ り基本規定を記載するとともに、コミットメント・ガイドラインを作成し、実施内容の詳 細を説明することが求められる。このガイドラインは、企業に対するガイダンスになると 同時に公取委事務局職員向けの業務指針(マニュアル)としても役立てるため、具体的で 詳細なものとすることが望ましい(このガイドラインは、公取委の「独占禁止法審査手続 に関する指針」に組み込むことが適当である) 。 新しいコミットメント制度は、公取委が多用してきている「警告」制度のかなりの部分 を代替することになる。このため規制の透明性が改善されることもコミットメント制度創 設のメリットである。 なお、コミットメント制度では対象企業の独禁法違反を認定しない(したがって課徴金 は課されない)。このため現行の課徴金制度(金額を法定の固定率により算定する)との法 的不調和は生じない。 2.カルテル・セトルメント――制裁金額軽減を伴うカルテル事件処理簡略手続 カルテル・セトルメント(以下「セトルメント」)は、カルテル事件について違反行為を 自認した企業が自主的に採用を当局に申し入れることに応じて当局が採用の有無を検討す る。カルテル自認を促す点においてリニエンシー制に類似の効果を有するものの、リニエン シー制とは別の制度である。リニエンシー制が証拠収集手段であるのに対して、セトルメン トは事件処理を効率化するための手段である(欧州委員会 HP)。企業側は事件処理手続の 簡略化を容認することになり、当局側は、セトルメントを採用すれば、制裁金を減額する 81 (CMA 手続ガイドライン19、11.3; 14.1)(欧州委員会 Settlement Notice20、1; 2)。 (カルテル・セトルメントは欧州委員会と CMA が共通に採用しており、基本的に同じ仕 組である。CMA による説明の方が詳しいので、CMA の方に重点を置いて説明する。) (1)カルテル・セトルメント採用の基準 競争法違反の要件が満たされている場合でなければ、当局はカルテル・セトルメントの 受け入れ検討に着手しない。セトルメント受入の判断要素として、セトルメントにより事 件処理手続が省略・短縮され、当局の資源節約が達成されるか、事件処理のどの段階でセ トルメントが採用されるか、どの程度の割合の当時企業がセトルメントを申し出たのか、 などがある (CMA、14.6)。 (2)カルテル・セトルメント開始のタイミングと交渉内容 CMA の場合、異議告知書発出の後あるいは前のどちらの段階においてもセトルメントを 採用できる(CMA、14.10)。欧州委員会の場合は、異議告知書発出後にはセトルメントを 採用しない(欧州委員会 Settlement Notice、9)。当局の方から企業側にセトルメントを持 ちかけることもある(CMA、14.5)。 セトルメント交渉を開始した後であっても、手続効率化に役立たないことが判明すれば、 欧州委員会は通常の違反決定手続に復帰する(欧州委員会手続規則[773/2004]10a 条 4)。 欧州委員会と企業側間のセトルメント交渉においては、欧州委員会は企業側に被疑事実 の内容そして課徴金減額の幅を知らせる(欧州委員会手続規則 10a 条 1~3)。 (3)事件処理手続簡略化の内容 公正性確保のために設けられた事件処理手続は、セトルメント採用の場合には簡略化す る。簡略化は、企業側による当局側ファイル・アクセス対象を主要文書に限定する、ある いは口頭でのヒヤリングを開催しないなどである(CMA、14.8)(欧州委員会 Settlement Notice、28)。 (4)制裁金の減額率 欧州委員会の場合、セトルメント採用による制裁金減額率は 10%である(欧州委員会 Settlement Notice、32)。セトルメントを申し込んだ企業がリニエンシーも行っていた場合 には、リニエンシー後の制裁金額を 10%減額する(欧州委員会 Settlement Notice、33)。 CMA の場合は、セトルメントが異議告知書発出の前か後かによって制裁金減額率を異な 19 20 UK Competition & Markets Authority, Guidance on the CMA's investigation procedures in Competition Act 1998 cases (March 2014). Commission Notice on the conduct of settlement procedures in view of the adoption of Decisions pursuant to Article 7 and Article 23 of Council Regulation (EC) No 1/2003 in cartel cases (2008/C 167/01). 82 らせている。前の場合は上限が 20%であり、後の場合は上限が 10%である。この上限以下 で具体的に減額率をどの数値に設定するかは、セトルメント採用による人的資源節約の程 度などを考慮して決定する(CMA、14.27)。制裁金減額の数値は、セトルメントを検討す る企業側に当局から伝える(CMA、14.14)。 (5)日本の公取委による採用についての示唆 公取委が適正手続を充実させるのに伴い、事件処理手続を簡略化する方式を設ける必要 性が高まる。しかし、カルテル(ハード・コア・カルテル)に対しては上記の和解・コミッ トメント制度は適用されない。このため、カルテル事件に限定した事件処理簡略制度を公 取委も設けることに合理性があると考えられる。制度の内容としては、欧州委員会及び CMA のカルテル・セトルメント制度(両機関の制度は基本的に共通する)が良好に機能し ているので、これをモデルにすることが妥当と考えられる。 カルテル・セトルメント採用に伴う課徴金減額率は、欧州委員会及び CMA を参考とすれ ば、10 から 20%程度が妥当と考えられる。カルテル・セトルメント採用対象の企業に対し て一律の課徴金減額率を採用することにすれば、現行の課徴金制度の枠組みを維持したま までの一部修正とすることで法的に対処できる。 83 第4章 EU における決定取消訴訟の争い方と日本への示唆 2013 年(平成 25 年)独禁法改正により公取委の審判制度が廃止された。公取委内の準 裁判的手続である審判制度の廃止は、裁判所による司法審査の役割をこれまで以上に高め る。本章は、EU における司法審査の基準(欧州委員会決定の取消訴訟についての EU 裁判 所の審査基準)を分析することにより、日本での公取委措置に対する司法審査の在り方へ の示唆につなげる。 1.欧州委員会決定(制裁金額を含む)に対する EU 裁判所の審査基準 競争法事件の欧州委員会決定に対する EU 裁判所(欧州裁判所[European Court of Justice]及びその下級審である General Court)の審査は、抑制的な姿勢から脱却して、 事実認定と法解釈の両面において全面的な審査とする方向に強化されてきている。つまり、 欧州委員会決定における「明白な誤り(manifest error)」に限定する司法審査ではなくなっ ている。ただし、競争法事件が複雑な経済分析を必要とすることから、裁判所による審査 には事実上の限界がある。欧州委員会決定に対する司法審査は、対象企業に対する違法決 定の取消に関してだけでなく、制裁金額の妥当性についても実施される21。 (1)適正手続保障についての欧州人権保護条約との関係 欧州人権保護条約(European Convention on Human Rights:ECHR)が公正なヒヤリン グ(独立性のある審査機関による審査手続)を受ける権利を被疑者に与えている。この人 権保護条約を競争法事件に対しても適用すべきとする意見が主流になってきている。EU 競 争法の制裁金額が高額なので、実質上、刑事事件に匹敵するとの見方がその背景にある。 それに加えて、EU 域内国中の英国等では競争法違反が刑事罰につながる場合があることも、 刑事事件に相当する適正手続保障を競争法事件に求める意見を強化している22。さらに、EU の規定として「EU 基本権憲章」23が制定されており、効果的な司法救済を得る権利などを 市民(法人を含む)に保障している。 ただし欧州委員会は、競争法審査についての理事会規則(Regulation 1/2003、23 条(5)) が「制裁金は刑事法的性格のものではない」と規定しているので、刑事事件に相当する程 度の権利保護の必要性は否定している。 21 22 23 Freshfields (London), “EU Due Process in Antitrust Proceedings” (September 2015)(21 世紀研究所 調査団への説明資料)、§ 19(司法審査する裁判所は欧州委による制裁金を取り消し、減額、あるいは 増額することができる。裁判所は全面的な司法審査権を有するためである。) 例えば、Jaime Flattery, “Balancing Efficiency and Justice in EU Competition Law: Elements of Procedural Fairness and their Impact on the Right to a Fair Hearing”, The Competition Law Review, Volume 7 Issue 1 (2010), pp. 57-58. Charter of Fundamental Rights of the European Union (2000/C 364/01). 85 (2)欧州裁判所による全面的審査(full review)方式の確立 欧州委員会の競争法適用(違反決定及び制裁金額決定)に対し、企業側は実質的な法律 違反だけでなく、手続上の公正性(respect for procedural rights)の不遵守に対しても EU 裁判所に提訴できる(EU 機能条約[TFEU]263 条)。 行政当局判断に敬意を払う司法審査では、裁判所が当局決定を取り消すのは、当局が「明 白な誤り(manifest error)」を犯した場合に限定される。これに反対して当局决定を裁判 所が全面的に審査する方式が、現在の欧州裁判所による欧州委員会の競争法决定に対する 審査である。全面的審査においては、当局の事実認定と法解釈(questions of fact and law) の双方について裁判所が審査権を有し、全面的審査(full or comprehensive review under “unlimited jurisdiction”)を実施する。欧州委員会内部でのヒヤリング・オフィサーに よる適正手続遵守についての審査も全面的審査(full review)であり、 「明白な誤り」基準 ではない24。 全面的審査方式を確定した判決は欧州人権裁判所 Menarini 判決(2011 年)25である。本 判決で欧州人権裁判所(ECHR)は、EU の競争法事件決定が制裁金を課すので、刑法事件 に相当する人権保護が求められるとし、したがって競争当局決定に対し裁判所は全面的に 審査する権限(full jurisdiction)を有するべきとした。本件で被告企業は、競争当局決定 に対する審査権限についてイタリア裁判所がイタリア法により限定を設けられていること が不当な人権侵害であるとして ECHR に提訴していた。 全面的審査方式を欧州裁判所が改めて確認したものとして Carte Bancaire 判决(2014 年)26がある。本判決において欧州裁判所は、欧州委員会決定を過大に尊重することはせ ず、全面的かつ限定のない詳細審査を実施すると表明した。本件は、新規参入業者を排除 する効果を有する銀行間協定を対象とする事件である。専門的な競争法分析を必要とする 複雑な事件であっても、欧州裁判所が欧州委員会の判断を過大には尊重せず、全面的審査 を行うことを本判決は例証している。 本事件について欧州委員会は、銀行間協調の「目的(object)」自体が競争制限であると して、事件の競争制限効果を検討することなく、TFEU 101 条違反を決定した。銀行側は General Court に提訴したが敗訴し、欧州裁判所に上訴した。欧州裁判所は、本件を「目的」 基準により違法カルテルと認定するのは妥当でないとして、General Court 判决を破棄し、 「効果(effect)」基準による再審査を指示した(本件の銀行間協定は、グループ銀行が共通 カードによる共通サービスを取引先企業に提供するにあたって共同サービスへの只乗りに よる参入阻止を目的とするものなので、目的自体が反競争的とはみなせない)。 24 25 26 2015 年 9 月 9 日欧州委 Hearing Officer, Mr. Joos Stragier からのヒヤリング。 The European Court of Human Right (ECHR) judgment, Menarini Diagnostics S.R.L. vs. Italy, 2011. ECJ’s Judgment in Case C-67/13 P (September 11 2014) < http://curia.europa.eu/jcms/upload/docs/application/pdf/2014-09/cp140123en.pdf>. 86 (3)General Court による欧州委員会決定尊重の傾向 欧州裁判所による全面的審査方式の確立にもかかわらず、General Court(欧州裁判所の 下級審)による欧州委員会決定の審査については、欧州委員会決定を尊重する傾向が論者 により指摘されてきている。欧州委員会による「裁量の余地」を General Court が欧州委 員会決定に与えているとの指摘27があり、また、欧州委員会決定を裏付ける事実について General Court が全面的審査を実施せず、 「明白な誤り(manifest error) 」に限定して審査 してきているとの批評がある28。この限定的審査方法については、競争法が複雑な経済分析 を要することから止むを得ないとする論評がある29。 2.欧州委員会の不当手続に対する裁判所の取消決定とその後の委員会の対応 欧州委員会の競争法手続が公正性の観点から不当であることを理由として、EU 裁判所が 欧州委員会決定の全部または一部を取り消すことがある。この場合、欧州委員会は不備を 指摘された手続を修正した後に、再度、決定を下すことができる30。 この実例が Bolloré 事件31である。欧州委員会が企業側に交付した異議告知書が、被疑企 業中の一社である Bolloré による防御を可能とするためには不充分な内容であったとして、 Bolloré に関係する部分の欧州委員会決定を欧州裁判所が取り消した(2001 年) 。これを受 けて欧州委員会は事件決定を修正したが、Bolloré の TFEU 101 条違反の認定は維持した。 制裁金額については、当初決定における 2,300 万ユーロから 2,100 万ユーロに減額した(た だし欧州委員会の適正手続不備を理由とする減額ではないと欧州委員会は述べている)。本 決定は欧州裁判所判决(2014 年)により支持された32。 3.適正手続不充足を理由とする制裁金減額の司法裁定 EU 裁判所は欧州委員会決定自体だけでなく、制裁金額についても全面的審査を実施する 権限を有している。したがって、欧州委員会による適正手続の不遵守は司法審査による制 裁金額減額の理由となる。代表判例として欧州裁判所 Baustahlgewebe 判决(1998 年)33が ある。 本事件では、企業側(ドイツの鉄鋼製品メーカー)が欧州委員会決定の取消及び制裁金 27 28 29 30 31 32 33 Freshfields (London), “EU Due Process in Antitrust Proceedings” (September 2015), § 19(「General Court が全面審査を実施しているとみなすことが可能ではあるものの、実際には、欧州委に裁量余地 を与えている。」). 例えば、Jaime Flattery, “Balancing Efficiency and Justice in EU Competition Law: Elements of Procedural Fairness and their Impact on the Right to a Fair Hearing”, The Competition Law Review, Volume 7 Issue 1 (2010), p. 77. Id. Freshfields (London), “EU Due Process in Antitrust Proceedings” (September 2015), § 19. Bolloré, [2009] ECR I-7191. Judgment of the Court of Justice of the European Union C-414/12, Bolloré v European Commission, 08/05/2014. Case C-185/95 P Baustahlgewebe v Commission (17 December 1998), [1999] 4 CMLR 1203. 87 減額を求める訴訟を提起した。訴訟理由の一つとして企業側は欧州委員会決定及び第一審 裁判所判决までの期間(5 年半)が長すぎたことを挙げ、審査手続を合理的期間内に終了さ せるべきとする法基準 34に違反したので、制裁金を減額しなければならないと主張した (paras 29-30)。欧州裁判所は、欧州委員会による違反決定自体は支持したが、手続期間が 長期に渡ったことを考慮して、制裁金額を 5 万ユーロ分減額(その結果、295 万ユーロの制 裁金額)することを裁定した(paras 141-142)。 欧州委員会による適正手続の不充足に対する補償としては、欧州裁判所が直接に制裁金 を減額することによってではなく、別途、企業側が損害賠償訴訟を General Court に提起 すべきとした欧州裁判例も存在する。Der Grüne Punkt 判决(2009 年)35であり、本件で は上記 Baustahlgewebe 事件の場合と同じく、企業側が欧州委員会决定の取消及び制裁金 減額を欧州裁判所に求める理由の一つとして、第一審裁判所(General Court の前身)の審 理が長期間に渡りすぎた(6 年近く)ことを挙げた。欧州裁判所は、効果的な司法救済を受 ける権利が侵されたことは認めたものの、企業側はそれについて賠償を求める訴訟を General Court に提起すべき旨を判決した。 適正手続の不遵守に対応して制裁金を減額することについて欧州裁判所が分裂した二つ の救済方法(欧州裁が直接に制裁金を減額するのか、企業側に損害賠償訴訟を提起させる のか)を提示したことになる。これについては、どちらの方策が妥当なのかについて欧州 裁判所が決めかねているとの批評がある36。企業側の権利保護の観点からは、欧州委員会決 定を訴えた先の裁判所が直接に制裁金減額を裁定する方が時間の節約になり、効果的であ る。 4.日本での公取委の排除措置命令(及び課徴金支払命令)に対する司法審査 ――EU の状況からの示唆 EU 裁判所は欧州委員会の競争法事件決定に対し、「明白の原則」などの見方から司法審 査を限定する立場は採用していない。欧州委員会が課す制裁金額が高額化していることも 考慮して、裁判所は司法審査を強化してきており、その審査は全面的審査(full review)で ある。 この EU の状況は、日本での公取委措置(排除措置命令及び課徴金支払命令)に対する 裁判所の司法審査の在り方についても該当すると考えられる。課徴金額が高額になってき ており、億円単位の課徴金額が珍しくなってきている。この額は中小企業にとって大きな 負担となる額である。 2013 年独禁法改正は、審判制度を廃止することに伴い、「実質的証拠」原則(旧独禁法 34 35 36 EU 基本権憲章 47 条が「適正期間内に独立の司法機関による審査を受ける権利」を規定している。 C-385/07 P / Judgment - Der Grüne Punkt (16 July 2009). European Law Blog (December 9, 2013) < http://europeanlawblog.eu/?p=2093 >. 88 「実質的証拠」原則の下においても裁判所は、公取委の審判手続 80 条 1 項)37を廃止した。 による事実認定を格別(行政手続一般に比べて)に優遇してきたわけではない38。 フランスを代表として欧州の国の中には「明白の原則(manifest error rule)」を設けて いる国がある。これは、行政機関の事実認定について裁判所が判断を覆すのは行政判断に 明らかな誤りがある場合に限られるとする原則である39。「明白の原則」は過去には EU 裁 判所がその遵守を表明した例がある。しかし近年にその表明は見られない。最近の判决に より欧州裁判所は、欧州委員会決定に対し、事実認定と法律判断の双方について全面的審 査(full review)を実施すると表明した。 公取委の措置に対し裁判所は、「明白の原則」に相当する控えめな審査ではなく、全面的 審査を実施することが妥当と考えられる。公取委の審判制度廃止に伴い、司法審査の強化 が望まれている。公取委内部での適正手続遵守の体制は現状では欧州委員会(及び CMA) に比べて格段に遅れを取っている。「意見聴取官」(公取委意見聴取規則上の用語は「指定 職員」)の事務局及び委員会からの独立性が、欧州委員会のヒヤリング・オフィサー制度と は異なり、達成されていないことが代表である。この点からも公取委措置に対する司法審 査強化が求められる。 なお、行政事件訴訟法 30 条は「行政庁の裁量処分については、裁量権の範囲をこえ又は その濫用があつた場合に限り、裁判所は、その処分を取り消すことができる。」と規定して いる。しかし、独禁法事件の事実認定と法解釈は高度に知的作業であり、専門的知見を駆 使して議論を戦わせることにより、よりよい判断が導かれる。公取委の措置を行政事件訴 訟法 30 条が対象とする「裁量処分」とみなすことが妥当とは考えられない40。もし「裁量 処分」とみなす場合があるとしても、裁量権に任せる範囲を極めて狭く解して、司法審査 による批判を広く受け入れることが求められる。 EU と日本共通に、競争法適用には複雑な経済分析が取り入れられるようになってきてい る。このため裁判所による競争当局措置に対する司法審査は限界を伴う。EU の General Court による審査が事実上「明白の原則」に相当する審査基準になっているとの評価がある 37 38 39 40 「公正取引委員会の認定した事実は、これを立証する実質的な証拠があるときには、裁判所を拘束する」 (旧独禁法 80 条 1 項)。 越知保見『独禁法事件・経済犯罪の立証と手続的保障』(2013 年、成文堂)292 頁。 越知、同上、294 頁。 栗田誠「違反事実の認定自体は証拠に基づき客観的になされるものであり、 […]裁判所を拘束するよ うな裁量が認められるものではなく、行政事件訴訟法 30 条が適用されることはないとする理解が支持 を得ていると思われる。」(村上・栗田・矢吹・向『独占禁止法の手続と実務』2015 年、中央経済社、 328 頁)。さらに、白石忠志「[排除措置命令と課徴金納付命令]の違反要件については、要件の文言 それ自体は抽象的であるものの、規制される側の予測可能性を高めるための努力が行われているので あって、最後は裁量的判断で構わないという了解を前提とした議論は、公取委のガイドラインを含め、 なされていないといってよい。」 (白石忠志・多田敏明(編著) 『論点体系 独占禁止法』2014 年、第一 法規、481 頁)。また、常岡孝好「司法審査基準の適用の結果、行政裁量の有無やその広狭がわかると いう立場からすると、前裁判的に行政裁量の存否が決定できるという見解は採用できない」(「司法審 査基準の複合系」『法治国家と行政訴訟―原田尚彦先生古希記念』2004 年、有斐閣、396 頁)。 89 のはこのためである。公取委内部での適正手続を確保する必要性は、このような競争法審 査の特性によって強化される。それに加えて、公取委措置に対する審査を専属管轄する東 京地裁の独禁法担当部門(及びその控訴審である東京高裁)が独禁法・競争法の経済分析 についての理解を深めていくことが望まれる。 公取委による適正手続不充足を理由として、司法審査により課徴金を減額することは、 現行の課徴金制度(機械的算定率による課徴金額決定)においては実現できない。公取委 規則で定める基準により課徴金額を加減する仕組みに課徴金制度を変えることが必要であ り、これに伴って、司法審査による課徴金減額を可能とすることが求められる。 90 韓国調査編 91 はじめに 韓国では、2013 年頃から独禁法に基づき発出された課徴金納付命令が、ソウル高裁や大 審院で取消・変更される事例が相次ぎ、社会的に問題とされた。その過程で、韓国公正取 引委員会(以下、 「KFTC」という)は、第一審相当の位置付け(命令に関する抗告訴訟は、 ソウル高裁の専属管轄とされている)であるにも拘らず、それに相応しい手続保障がない ことが批判の対象とされたようである。 この場合、地裁からスタートする三審制という原則に戻すという方向と、二審制を維持 しつつ審査手続における適正手続の保障を強化する方向の二つの選択肢があり得るところ、 韓国では、二審制を維持しつつ審査手続における適正手続の保障を強化する方向での検討 が進められてきたものである。 今回の制度改正は、規則の制定・改正により行われた。すなわち、 「公正取引委員会調査 手続に関する規則」 (公正取引委員会告示 2016 年第 1 号。以下、 「調査手続規則」という) の制定と、「公正取引委員会の会議運営と事件手続等に関する規則」(公正取引委員会告示 1997 年第 28 号。以下、 「事件手続規則」という)の一部改正からなる。それ以外に、 「不 当な共同行為の自主申請者等に対する是正措置等減免制度の運営告示」 (公正取引委員会告 示 2005 年第7号。以下、 「リニエンシー告示」という)の一部改正、がある。 昨年 10 月に関連規則の原案が公表され、パブリックコメント手続を経てリニエンシー 告示を除いて 2016 年 2 月 4 日に最終案が採択され、即日施行された。 今次改訂のポイントは、①供述聴取を含むすべての審査手続への弁護士の関与を認める こと、事件関係人に対しその従業員から聴取した供述調書を原則開示することを明らかに したこと、および、②審査プロセスに関する内部統制・手続の透明性を強化すること、の 2 点にあると整理できる。 今次調査においては、今次改正点に限定せず、韓国における審査手続の全体を対象とす ることとした。今次改正点は、それ以前から改革が図られてきたことの集大成として実現 した改革であり、全体として評価する必要があることは言うまでもない。 また、韓国では裁量型課徴金制度が採用されており、事件関係人に審査への協力イン センティブが生まれる仕組みが採用されており、これが審査手法に大きく影響することも 言うまでもないことである。裁量型課徴金制度が審査方法のあり方にどのような影響を及 ぼすかを検討する上でも、わが国への示唆となる面が大きい。そこで、この問題を第 2 章 で詳しく記述した。 最初に、今次調査を通じて得られた私の印象と重要と感じた点を、記述しておきたい。 第 1 は、今次改正を生んだ要因についてである。 今回の韓国における審査手続の見直しは、 2013 年頃から時間を掛けて検討が進められてきたもので、その集大成という位置付けにあ る。上記のような KFTC の命令に対する抗告訴訟での敗訴事件の続発という問題もあった ことは事実であるが、長期にわたる各方面での議論を反映した改訂である点が重要と考え 93 る(とりわけ重要と思われる経済団体の活動に関しては、第 3 章で記述した)。KFTC の 命令に対する敗訴事件を通じて KFTC における証拠の収集・作成方法に問題があることが 明らかとなり、その解決策として適正手続の強化という方向での解決が図られたことは、 特に注目してよいと考えられる。 しかし注目されるべきは、KFTC が、近年欧米の大企業を事件関係人とする事件の審査 を進めてきたという事実である。適正手続に関する要求水準の高い欧米企業を事件関係人 とする事件においては、欧米並みの適正手続を認めないと、必要な証拠の収集・作成を含 めた事件の審査の遂行が困難になることは、当然に予想されることである。 他方、敗訴事件は国内企業を対象とする事件が中心であったという事実は、適正手続を 強化することが敗訴事件を少なくする方策になり得るという当局の認識を高める効果があっ たと見ることができる。すなわち、欧米企業や国内の大企業にかかる事件において、弁護 士の立会いを認めるなど適正手続に沿った対応を図る事例が増え(これらの事件関係人の 弁護士が強く要求することで、事実上認めざるを得なかったというのが真相であろう)、そ れが必ずしも真相究明に支障を生じさせるものでないことについて、当局の理解が進んだ ものと思われる。 弁護士の関与(特に、供述聴取への立会い)を認めることは、審査官の思いどおりに審 査を進めることが困難になるという問題を生むが、他方、そのようにして作成・収集され た証拠の価値は高まるというメリットが生まれることは、欧米の実務が実証するとおりで あり、今次改正は、この欧米の実務のメリットが韓国でも認識されたことの表れと見るべ きと思われる。 もとより、弁護士の関与を高める措置の導入に法律上の手当ては不要であり、これまで 審査遂行上の必要性に応じて審査官の裁量により事実上許容されてきたものを、今回一般 的に認めるルールとして公表したものと見ることができる。その背景に、近年、KFTC が 欧米企業や国内の大企業相手の事件の摘発を増大させていたという事実があったことを、 本報告書の読者は忘れてはならないだろう。 第 2 は、審査プロセスの改革の目的で、KFTC の内部統制・手続に関するルールを規則 化するという方法を採用したことである。抗告訴訟での敗訴事件が相次ぎ当局への信頼が 揺らいだ場合に、対外的に適正に対応していると言明しても、なかなか信頼してもらえな いという問題が生まれる。そこで、内部統制・手続に関するルールを公表すれば、外部か らもその順守をチェックできるようになるという効果が期待できる。つまり、当局に対す る信頼を回復するために、審査プロセスを「見える化」する方法を、KFTC があえて選択 したことになる。 調査手続規則は、従来三つの内部規程で記述されていた事項を拡充して策定したものと されている。そのうち、電子データの収集に関する部分は、附則により関連規則の廃止が 規定されているので、従来から関連規定があったことが確認できる。このように今次改正 点には、KFTC 内部で既にルール化されていた事項と今回新たに導入された改正点がある ことになるが、どの事項が今回新たに策定されたルールといえるか識別することは困難で 94 ある。新聞発表文で強調されている事項が、新規に導入されたルールにあたると思われる ので、本報告書では、この前提で検討を行った(昨年 10 月の新聞発表分(別添資料 1)参 照)。 また、今次改定において、当局が事件関係人の異議・苦情を自ら積極的に聴取する姿勢 に転じたことも重要と考えられる(上記新聞発表分参照) 。特に、立入検査終了後、KFTC の管理職にある者から事件関係人に対し、審査官の対応に関する異議・苦情を聴取する制 度(ハッピーコール)を設けたり、立入検査に関する異議・苦情があった場合には、その 内容を審査官により作成される上司への検査報告書に記録させ、上司による監視を強める という方法が採られたことが注目される。 韓国では、審査官の威圧的な態度の前に、事件関係人が審査官の対応につき苦情を有し ても、直接指摘し難いという問題があったと指摘されており(訪問先法律事務所からのヒ ヤリングによる)、これらの対応により企業による異議・苦情が申し立て易くなるか注目さ れよう。審査手続規則中に適正手続に関する規定を置くこと自体は EU にも見られる方法 であるが、当局側から事件関係人の異議・苦情を積極的に聴取したり、その有無を上司に 報告させるところまで徹底する制度は、寡聞にして聞いたことがない。 抗告訴訟での敗訴事件が増えたことがマスコミ等で取り上げられ、大きな社会問題になっ たことにより、経済界からの不満が表に出易くなり、当局が受け身の対応を迫られたとい う評価も可能であろう。しかし、審査プロセスの適正手続を強化することで、審査官によ る審査活動の遂行や真相究明に支障があるようでは、問題の解決にならないことは言うま でもない。 この点、KFTC としても、今次改正による適正手続の強化が真相究明に役立つとの判断 がなければ、ここまでの内容の審査手続の改善を図ることは難しかったであろうと推察さ れる。そしてその背景に、韓国では、既に企業に審査への協力インセンティブが働く仕組 みが整えられていた事実があることを強調しておきたい。 第 3 に、ある行為が審査活動に支障があるとしても、それは一定の場合にしかあてはま らないにもかかわらず、行為全体を禁止する例は多く見られることである。韓国もその例 外ではなかったようである。韓国は、今次改正において、この原則と例外を逆転させ、審 査官が個別に「調査を妨害するおそれが高い」といえる場合を除き、行為全体は原則自由 とする方法を採用したものである。 この問題の所在を端的に示すのが、日本の公正取引委員会が昨年末に公表した「独占禁 止法審査手続に関する指針」 (以下、 「審査指針」という)に見られる、以下の記述である。 (審査指針第 2 2(3)イ) イ 供述聴取時の弁護士を含む第三者の立会い(審査官等が供述聴取の適正円滑な実施の 観点から依頼した通訳人,弁護士等を除く。) ,供述聴取過程の録音・録画,調書作成時 における聴取対象者への調書の写しの交付及び供述聴取時における聴取対象者によるメ 95 モ(審査官等が供述聴取の適正円滑な実施の観点から認めた聴取対象者による書き取り は含まない。 )の録取については,事案の実態解明の妨げになることが懸念されることな どから,これらを認めない。 要するに、 「事案の実態解明の妨げになることが懸念されることなど」という抽象的かつ 漠然とした理由で、供述聴取時の弁護士を含む第三者の立会い、録音・録画、調書の写し の交付、供述人によるメモの録取を一律に禁止すると宣言したものである(パブコメを受 けて追加されたカッコ書は、例外と呼ぶに値しないことは言うまでもない)。 一定の行為を禁止するからには、それなりの理由があることは当然である。したがって、 一定の理由があることを根拠として当該行為全体を禁止するのではなく、当該理由がある といえる場合を例外として規定しておけば、ある行為全体を禁止する必要がないことが多 いことは、独禁法の分野では特に重要なことである。韓国は、今回、弁護士の立会い、お よび、供述調書や確認書の写しの事件関係人への交付について、 「証拠隠滅や秘密漏えい等、 審査を妨害するおそれが高いとき」を例外として規定することで、原則自由とすることを 明らかにしたものである。 もちろん、関係規定が整備されることと、その運用が実際に適正化されることとは、別 の問題である。今次調査において訪問した法律事務所が、原則と例外に関する当局による 今後の実際の運用を見守る必要があると指摘していたのも、このためである。 しかし、韓国が「原則自由、例外禁止」のルールを採用したことで、例外にあたること の主張・立証責任は審査官側にあることが明らかとなり、これまでのような審査官の裁量 で認められる場合もあるという事態が解消されることについては、実務家の間で高く評価 されていた。 日本の審査指針の策定は、韓国による今次改定とほぼ同時期に採り行われた(1 か月違 い)措置であるから、日本と韓国の間で審査手続に関する対応に際立った相違があるとの 印象を欧米の専門家に与えることは必至である。私としては、両国の競争当局の対応が、 審査指針と調査手続規則の規定の相違が示唆するほどに大きいものではないといえること を、切に望みたい。 いずれにせよ、今次改正を含む韓国の調査手続規則・事件手続規則と日本の審査指針を 比較対照しつつ理解することが、時宜に適していることは言うまでもない。そこで、本報 告書では、読者に対して両国の審査手続の違いを、その背景を含めて分かり易く示すこと に心掛けた。 第 4 に、任意と強制の関係につき、目から鱗の発見があったので、半分は私の印象に過 ぎないことではあるが、あえて指摘しておきたい。 まず戸惑ったのは、韓国では供述聴取に応ずることを任意と形容していたことである。 わが国独禁法 47 条が規定する審査権限は講学上の間接強制であり、それに応じないから といって直接強制されることのない行為である。しかし、これを任意の行為と形容するこ とはない。従わなければ処罰される可能性があれば、これを強制と見ることができるから 96 である。 他方わが国では、法律の規定とは別に、任意の協力を前提とする調査の世界がその外側 に広がっており、当事者が任意に応ずる限り調査することができると理解されている。そ して、それ自体は当局が適法に行い得る行為と見られており、そこに適正手続上の問題が あるとは認識されていない。 これは、行政指導の世界と同じである。行政指導に法律上の根拠は不要であり、従うか 否か相手方の自由であれば、行政指導の活用自体には制限がないとされる。これと同じ法 理で、相手方が任意に応ずる限り、任意の供述聴取ができることは当然という考え方であ る。 韓国では、法律が強制しているのは命令に応じて出頭することまでであり、供述するか 否かは任意であると理解されていた。私は、韓国訪問前の事前調査で、出頭しないと過料 を科される以上それは強制であり、出頭を命ずるのは供述聴取の目的以外にないのである から、供述聴取に応ずることも強制されると受け止めていた。したがって、驚いたのであ る。 そして、このことを通じて、新たな論点が浮かび上がってきた。審査への協力インセン ティブと適正手続の関係という問題である。 過料が科されるから調査処分に協力する場合を強制と分類すると、課徴金が加算される から調査処分に協力する場合も、強制といえるかもしれない。しかし、韓国では課徴金が 加算されないよう任意に協力しているという感覚が強いようである。当然、課徴金が減額 されるよう積極的に協力することは、任意の協力と見るべきことになる。 いずれにせよ、韓国で企業が任意の供述聴取に応ずるのは、課徴金の加算・減算制度が あるからであり、その利益を享受すべく(不利益の程度を軽減させるべく)審査に協力す ることは、韓国では任意の協力行為と受け止められていることになる。 また、具体的な調査処分に従うのは従業員であるが、課徴金が加算・減算されるのは企 業であるから、企業は審査妨害と認定されないよう、あるいは課徴金減額制度(カルテル の場合はリニエンシー制度)の利益を受けられるよう審査に協力することを選択し、これ を受けて従業員が審査に協力するという関係になる。これが、企業に審査に協力するイン センティブが働くことが、従業員からの供述聴取を円滑に行うことを可能にし、真相究明 に必要不可欠とされる理由である。この場合、従業員は任意に協力しているのか、間接的 に強制されているのか分からないと思うであろう。 以上のとおり、これまで日本でイメージされてきた強制と任意の関係が揺らいでくるこ とは確かである。審査への協力インセンティブが働く仕組みの下では、審査に協力するか どうかは任意であるが、従わなければ企業が不利益を被ることになるので、間接的には強 制力が働いていると見ることもできる。要するに、任意か強制かの区別に関する考え方が 変化を迫られるということであろう。 第 5 に、韓国と日本の審査手続を比較検討する際に、その背景にある法制的な相違を含 めて見ないとその意味が理解できないことが多いことを指摘しておきたい。わが国では、 97 韓国の独禁法は日本の独禁法を参照して制定されたという思い込みがあるが、実際にはい ろいろな相違があり、それを理解することで初めて意味が分かると感じた点が多々あった。 本体でも、関係個所で必要に応じ解説している。 審査手続のあり方に大きな影響を及ぼすと考えられるのは、委員会審理のあり方である。 韓国では、審査官による審査が終了し、審査報告書が取りまとめられた後、委員会(通常 は、小委員会)で審理される前に、それを別添資料とともに事件関係人(名宛人)に開示 するという制度が採られている。 これは、KFTC の審理を第一審に相当する手続とするため(その抗告訴訟は、ソウル高 裁の専属管轄である)、できるだけ対審構造(準司法手続)に近づける必要があるとの考慮 から、委員会が審理する段階で、事件関係人と審査官が委員会による判断材料を共有する とする制度である。このような形で武器対等の原則が採用されていることで、韓国の制度 は、簡素化された委員会審判を経て是正措置等を命ずる制度と見ることができる。 日本でも、命令を下す前に意見聴取手続が設けられているが、これは、委員会で排除措 置命令(案)を審理した後に付与されるもので、韓国との違いは、意見聴取の段階では既 に委員会での審理を経ている点にある。米国連邦取引委員会の審判は、競争局による審査 結果を受けて委員会が審判開始を決定し、その後の手続は行政審判官に委ね、準司法手続 による対審構造の下で作成された審決案を見て委員会が最終判断を下すという制度である。 日本との相違は、米国連邦取引委員会が審判開始決定をする時点では、委員会は事件につ いての実質判断をしていないという点にある。 米国と比較すると、韓国の制度は、委員会が対審構造の下で直接審判するに等しい制度 といえる。ただし、委員会での審理はせいぜい 2、3 回であり、対審構造の下で行われる ものではあるが、準司法手続と見るには物足りないと言わざるを得ない。このように、韓 国の委員会制度は、審理の段階で証拠調べまで行う時間的余裕のない制度なので、審査官 が一方的に作成した証拠に依拠する立証を中心とすると、当事者による証拠の弾劾の機会 が不十分となるおそれがある。 この場合、委員会では問題ないと判断されるとしても、抗告訴訟では証拠の価値が減殺 されたり、証拠の信用力を否定されるリスクがある制度といえよう。このように、韓国の 委員会制度の下では、委員会の審理の段階で当事者から重要証拠が弾劾される可能性があ るので、審査官としても、一方的に収集・作成した証拠に依拠するよりも、可能な限り当 事者の関与の下で証拠を収集・作成する方向に進まざるを得なくなるように思われる。 つまり、個々の証拠の信用力を委員会での審理や抗告訴訟の場(公判)で争うのではな く、できるだけ弁護士を含めた審査段階における当事者の関与を増大させることで対応す ることが、裁判の迅速化の流れにも資するし、審査の効率化にも資するとして支持された という背景があるように思われる。これにより、事件の争点を、証拠の評価と法令の適用 という問題に集中することができる。 日本でも、審判制度が廃止された今日、意見聴取手続において排除措置命令の事実認定 に使用される主要な証拠は開示されるが、この段階で証拠調べをしたり、供述調書の信用 力を弾劾することは、手続的に無理があると言わざるを得ない。かといって、抗告訴訟を 98 これまでの審判におけるような供述調書の信用力の弾劾の場とすることも、裁判の迅速化 の流れに反すると言わざるを得ないであろう。 そうすると、日本も、早晩、韓国と同様審査段階における当事者の関与を増大させる方 向に進まざるを得なくなるように思われる。つまり、韓国が今次改正により、審査官が一 方的に証拠を収集・作成するのではなく、事件関係人の関与を高める方向に進むことを明 らかにしたことは、日本にとってもいずれ避けられない方向性であるように思われる。 また、日本と韓国で同じ「当事者(事件関係人)」と「参考人」の概念が使用されている が、その捉え方の相違からかなり基本的な審査手法の相違が生まれていることも判明した。 これも、法制度の相違が反映する重要問題の一つといえよう。 韓国では、独禁法 50 条 1 項にいう当事者は企業の役員・従業員を含む概念とされ、当 事者に出頭を求める権限を用いて、企業(法人)からの事情聴取も可能であると解されて いる。これは、法人を代理する者(その権限を付与された者)が出頭し、質問に回答する 方式(いわゆるコーポレート・ステートメント方式)であり、EU と同じ考え方である。 企業を代理する立場の者が行った供述を調書にする場合、企業に対してその内容をチェッ クする機会を付与しないと、後で、企業がその信用力を否定するリスクがあるので、調書 化する段階で企業にその内容をチェックする機会を付与する必要性が高いことは言うまで もない。 日本でも、 「事件関係人」の概念にその役員・従業員を広く含むとする解釈が見られない わけではないが、実務においては、従業員は「事件関係人」ではなく「参考人」として事 情聴取されているようである。企業でも供述できることは、リニエンシー申請の目的で企 業の代理人が口頭により減免管理官に対して陳述している事実(いわゆる口頭申請)を見 れば分かる。日本の審査規則も「事件関係人又は参考人」から任意に供述聴取できること を前提に規定しており(13 条)、 「事件関係人」たる企業が任意に供述することを排除して いないと思われる。 しかし、審査指針はあえて「供述聴取者」という用語を使用しており、これは、法人た る企業に出頭、供述を強制することはできないので、企業を代理する立場にある法人事業 者の代表取締役のみが、 「事件関係人」として供述することを想定しているとされる。しか し、 「事件関係人」の範囲を狭く解釈する必要はなく、担当役員や、営業部長、法務部長を 「事件関係人」に含めて運用しても何ら差し支えないと考えられる。 任意の供述において従業員を「参考人」として供述聴取するのは、 「事件関係人」たる企 業から供述聴取しているものではないとする趣旨があるように思われる。つまり、 「事件関 係人」と「参考人」の概念を使い分けることで、参考人としての従業員につき作成した供 述調書は、 「事件関係人」たる企業には開示できないとする根拠に使用されているように思 われる。 今次調査で、韓国では、役員・従業員は「当事者」の概念に入ると見ていることが、企 業の代理人弁護士が従業員の供述聴取に立ち会うことを認めることや、企業に供述調書の 写しの提供を認める措置の導入に関係していることが判明した。これは、UK でも必ずし 99 も認められていないことである(「競争法審査手続きに関する海外調査報告」26-30 頁参 照)。 このことは、わが国における供述調書の写しの企業への開示問題の解決策は、まず、法 人を代表する立場の者を「事件関係人」として供述聴取するようにし、その場合は写しを 企業に示し、その内容の正確性をチェックさせることからスタートすべきことを示唆する であろう。このように、 「当事者」と「参考人」の関係の捉え方は、意外に深い問題なので ある。 最後に、実態調査上の制約について、あらかじめ指摘しておきたい。本調査書は、韓国 の独占規制及び公正取引に関する法律(以下、 「独禁法」という)とそれに基づく大統領令 (25840 号)、調査手続規則、審査手続規則、リニエンシー告示、「課徴金賦課の細部基準 等に関する告示(公正取引委員会告示 2015 年第 14 号。以下、「課徴金賦課基準告示」と いう)の各邦訳と、英語で書かれた文献、今次調査の訪問先でのインタビュー結果を踏ま えて作成したものであり、韓国語の原文に遡って記述の正確性をチェックできていないと いう問題があることをお断りしておきたい。日本語への翻訳の不正確さという問題もある であろうし、法律上の概念を解釈する上で、日本と韓国で法制上の相違があることから、 私が誤解している部分がないとはいえないからである。 また、今次調査では運用の実態まで調査できておらず、規則・告示の文言だけで判断し ているので、韓国の審査手続を理想化するつもりはないことも、合わせてお断りしておき たい。外国の制度を参照する目的は、それがわが国にとってどのような示唆を与えてくれ るかにあり、仮にその国の運用には実態が伴わっていないとしても、わが国として当該制 度を参照する意味は十分にある。その理由は、当該制度(の全部または一部)をわが国で 採用する意味があるかさえ判断できれば、実態調査の目的は十分に達成できるといえるか らである。 このため、本報告書の記述については、今次調査にあたった私(第 3 章については、21 世紀政策研究所 井上武主任研究員) の文責によるものであることを、お断りしておきたい。 2016 年 3 月 21 世紀政策研究所研究主幹 上杉 100 秋則 韓国調査概要 1. 日程 2016 年 1 月 12 日(火)~14 日(木) 2. 調査地 ソウル、セジョン 3. 参加者 上杉秋則研究主幹、太田 21 世紀政策研究所事務局長、井上武主任研究員、濱岡研究員 4. 調査訪問先(訪問順) ○法務法人 (有)和友 Hoil Yoon, Managing Partner In Ok Son, Senior Consultant, former KFTC Vice Chairman Do Ik Jung, Chief Expert Advisor Sinsung (Sean) Yun, Partner ほか ○産業研究院(KIET) Hyunkyung "Kay" Choe, Senior Research Fellow, Director, Corporate Policy Team Woong Jae Baek, Researcher, Corporate Policy Team Mok Sakong, Research Fellow, Industrial Cooperation and Globalization Division ○全国経済人連合会 Seukhun Shin, Head of Corporate Policy Team Jong-hak Park, Manager, Attorney at law, Corporate Policy Team Jung-kyu Wang, Assistant Manager, Corporate Policy Team Youngsu Shin, Professor, Kyungpook National University Law School ○金・張法律事務所 K.T. Jung, Senior Partner Dong-Won Suh, Senior Advisor, Government Regulatory Reform Committee Chairman Won-Joon Kim, Senior Advisor Yong-Kap Kim ほか 101 第1章 審査権限と適正手続 1.審査権限 KFTC の審査権限は、立入検査、資料提出命令(報告命令)、供述聴取(インタビュー) の三つであり、これらは日本や EU と同じである。鑑定人に意見を求める権限は、事件関 係人を審査する方法ではないので、以下の分析では除外している。 KFTC の審査権限には、独禁法 50 条 1 項で認められている、「当事者、利害関係者又は 参考人」に対して出頭を求め、その意見を聴取する権限(1 号)と、資料の提出を命ずる権 限(3 号)があり、これに加え、同条 2 項により、立入検査する権限、陳述(意見)を録取 する権限が認められている。 (独禁法 50 条 1 項、2 項) 第五十条(違反行為の調査等) 公正取引委員会は、この法律の施行のため必要であると 認めるときは、大統領令の定めるところにより、次の各号の処分をすることができる。 一 当事者、利害関係人又は参考人の出席及び意見の聴取 二 鑑定人の指定及び鑑定の委嘱 三 事業者、事業者団体又はこれらの役員若しくは職員に対して、原価及び経営状況に 関する報告、その他必要な資料又は物件の提出を命じ又は提出された資料又は物件の 領置 2 公正取引委員会は、この法律の施行のため必要であると認めるときは、この所属公務 員(第六十五条(権限の委任、委託)の規定による委任を受けた機関の所属公務員を含 む。)をして、事業者又は事業者団体の事務所又は事業場に立ち入って業務及び経営状況、 帳簿及び書類、電子資料、音声録音資料、画像資料、その他大統領令の定める資料又は 物件を調査させることができ、また、大統領令の定めるところにより、指定された場所 において当事者、利害関係人又は参考人の陳述を聴取させることができる。 50 条 1 項は、KFTC の名前で行われる権限、2 項は、KFTC が職員に行使させる権限と して規定されているが、実務上は特に区別して行使されていないようである。KFTC の実 務では、50 条 1 項 1 号により出頭を求め、その者が任意に供述すれば、その陳述を 50 条 2 項に基づき録取するという「合わせ技」が用いられている。陳述を聴取する場所(つまり、 出頭すべき場所)を指定するのも、50 条 2 項の権限による。 50 条 1 項 1 号の意見を求める対象者として、 「当事者、利害関係者又は参考人」が使い分 けられている。わが国では、「はじめに」で述べたように、企業を対象とする事件の場合、 「事件関係人」は審査対象企業およびその代表者を意味し、事件関係人の役員または従業員、 103 および事件関係人以外の企業の役員・従業員は「参考人」にあたるとする運用がなされて いる。また、 「利害関係者」は、審査の結果に利害関係を有する者、つまり広義の被害者を 意味する。 韓国では、1 項にいう「当事者」は、被調査事業者たる企業を意味するが、それを代表す る立場にある役員・従業員も含まれると理解されている。役員・従業員につき個人として 供述聴取する必要がある場合も当然起こりうるであろうが、この場合は「参考人」として 供述聴取をするか否かは明らかではない。いずれにせよ、この権限を用いて企業に対して その意見(陳述)を聞くことは可能とされている。また、50 条 1 項 1 号および 2 項の権限 を用いて、審査官は、企業の従業員に出頭を求め、出頭した者に質問し、意見(回答)が 述べられた場合にはこれを録取することが可能と解されている。 大統領令 57 条は、「利害関係人又は参考人の意見」を聞いた場合には、当該者に対し、 必要な経費を支給することができると規定しているが、これも、「当事者」には当事者を代 表する立場にある役員・従業員が広く含まれることを前提とする規定と思われる。 要するに、企業に代わって供述できる立場の者を広く「当事者」と見て運用する考え方 といえよう。 (大統領令 57 条) 第五十七条(経費の支給) 公正取引委員会が法第五十条(違反行為の調査等)第一項第 一号の規定により利害関係人又は参考人の意見を聴き、又は法第五十条(違反行為の調 査等)第一項第二号の規定により鑑定人を委嘱した場合には、当該人に対し、予算の範 囲内において必要な経費を支給することができる。ただし、利害関係人又は参考人の事 務所又は事業場において意見を聴くときは、この限りでない。 当事者が役員、従業員を含むことは、69 条の 2 の過料の規定にも表れている。韓国では、 過料の上限金額につき法人重科制が採用されており、事業者(事業者団体)の場合と、役 員・従業員では、上限金額に 10 倍の差が設けられている。企業に対して個人と同じ上限の 過料とするのでは、効果が弱いとの理由によるものと思われるが、わが国の過料制度とは かなり異なる概念のように見える。 事業者による違反として過料の対象とされるのは、企業を代表する立場にある者に出頭 を命じたのに、その者が命令に反して出頭しなかった場合をいうと解釈するものと思われ る。 (独禁法 69 条の 2、柱書き、5 号以下) 第六十九条の二(過料) 事業者又は事業者団体が第一号ないし第六号及び第八号に該当 する場合には 1 億ウォン以下、第七号に該当する場合には 2 億ウォン以下、会社又は事業 者団体の役員又は従業員その他利害関係人が第一号ないし第六号及び第八号に該当する場 104 合には 1,000 万ウォン以下、第七号に該当する場合には 5,000 万ウォン以下の過料に処す る。 (中略) 五 第五十条(違反行為の調査等)第一項第一号の規定に違反して正当な事由なくして 出席をしなかった者 六 第五十条(違反行為の調査等)第一項第三号又は第三項の規定による報告をせず又 は必要な資料もしくは物件の提出をせず、又は虚偽の報告をし又は資料もしくは物件 を提出した者 七 第五十条第二項による調査に際して資料の隠匿・廃棄、接近拒否又は偽造・改ざん 等により調査を拒否・妨害し又は忌避した者 八 2 第五十条(違反行為の調査等)第五項の規定による金融取引情報の提出を拒否した者 第四十三条の二(審判廷の秩序維持)の規定に違反して秩序維持の命令に従わなかっ た者は、100 万ウォン以下の過料に処する。 3 第一項又は前項の規定による過料は、大統領令の定めるところにより、公正取引委員 会が賦課・徴収する。 独禁法 69 条の 2 では、50 条 1 項 1 号の規定に違反して正当な理由なくして出頭しな かった者に対する過料が規定されており、事業者にも過料を科すことができるとされてい るので、企業に対しても出頭するよう命ずることができると解されていることが分かる。 この点、刑事罰については、両罰規定(独禁法 70 条)を置いているので、日本と同様自然 人のみを対象にしているのではないかと思われる。 調査妨害については、「暴言・暴行、故意の現場進入阻止・遅延等により、調査を拒否・ 妨害又は忌避した者」 (独禁法 66 条 11 号)に対する刑罰が定められているが、これは自然 人を対象にしているものと思われる。 今回訪問した法律事務所によれば、韓国では立入検査、資料提出命令(報告命令)、企業 からの確認書の提出を中心に審査が行われ、従業員からの供述聴取は補完的に利用されて いるとの説明であった。このような法運用が行われている背景として、第 2 章で述べるよ うに、KFTC が自ら違反行為者に対して過料を科すことができ、EU の履行制裁金制度と同 様の強い執行力のある調査権限が認められていることが指摘できる。このように、KFTC の調査権限の執行力は極めて高いことに留意する必要がある。それに加えて、第 2 章で述 べる、企業に対し審査に協力するインセンティブを付与する仕組みが用意されていること になる。 105 2.立入検査関係 (1)調査公文書の交付・説明 調査手続規則 6 条は、その開始前に事件関係人にして「調査に関する文書」を交付し、 その内容および事件関係人の権利について詳しく説明することを義務付けている。「調査に 関する文書」には、関連法条と違反行為を記載し、また、調査対象はその名称と住所で特 定されなければならないとされている。 説明すべき相手は、事件関係人の役員および従業員とされ、営業所の責任者と区別され ていることに照らすと、事件関係人を代理できる責任者への説明が想定されているようで ある。要するに、企業の上級者(管理者)に対して説明し、その同意の下に関係箇所を検 査することを認めるという趣旨と思われる。 (調査手続規則 6 条・8 条・9 条) 第六条(調査公文書等の交付) 調査公務員は、立入検査開始前に被調査事業者の役職員 に次の各号の事項を記載した調査公文書を交付し、調査公文書の内容及び被調査事業者 の権利について詳しく説明しなければならない。 一 調査期間 二 調査目的 三 調査対象 四 調査方法 五 調査を拒み、妨げ、又は忌避したときの公正取引委員会所管の法律上の制裁内容 六 第一号又は第四号の範囲を超える調査は拒否できる旨 七 調査段階で被調査事業者が公正取引委員会又は、その所属公務員に対して調査に関 する意見を提出又は陳述できる旨 2 第一項により調査公文書に記載される調査目的には、関連法条項と法違反の疑いをと もに記載し、調査対象には被調査事業者の名称及び所在地を特定して具体的に記載しな ければならない。但し、独占規制及び公正取引に関する法律第十九条に規定する不当な 共同行為等に対する調査の場合には法違反の疑いの記載及び説明を省略することができ る。 3 調査公務員は、被調査事業者の調査対象部署の責任者又はこれに準ずる役職員に対し、 別紙第一号の書式に従い「電子及び非電子資料保存要請書」を交付し、被調査事業者の 従業員がその内容を遵守できるように適正な指示をすることを要請できる。 第八条(調査場所) 調査は、公文書に記載された事業所の所在地でのみ実施されなけれ ばならない。但し、記載された事業所の所在地が調査目的に合致する事業所でない、若 しくは調査過程で所在地が異なる事業所において調査目的に合致する法違反の疑いが見 つかった場合には、当該事業所を特定した別途の公文書を交付後、調査を実施すること 106 ができる。 第九条(調査の範囲) 調査公務員は、調査公文書に記載された調査目的の範囲内で調査 を実施しなければならない。但し、調査過程において調査目的の範囲の外、公正取引委 員会所管法律の違反の素地があると判断される資料を見つける場合には当該資料を担当 部署に引き継ぐ等、適切な措置を講じなければならない。 調査手続規則 6 条 2 項は、カルテル事件の調査に関しては、法違反の嫌疑の記載および 説明を省略できるとする。この説明の省略は、カルテルの場合同時並行的に審査を開始す る必要があることを理由とするもののようであるが、法違反の嫌疑の記載まで省略できる とした理由は定かではない。特に、調査手続規則 6 条 3 項は、文書保存要請書を交付する ことを認めているので、当事者に文書保存を命じておけば、必ずしも他の当事者と同時に 審査を開始する必要はないように思われる。この意味でも、6 条 2 項の例外を認める理由は 明白とはいえない。 (2)弁護士の立会い 立入検査への弁護士の立会いは当然に認められるが、 「被調査事業者の弁護人立会い要請 が、調査の開始および進行に遅延や支障を生むと判断される場合」は、例外とされている (この例外に該当する場合の考え方については、供述聴取の箇所で説明する)。この点は、 弁護士の到着を待たないで検査を開始できるとする趣旨の規定と思われ、EU や日本とほぼ 同じ考え方といえる。 この点、日本の審査指針は、以下のように規定している。 (審査指針第 2 の 1(5)) (5) 立入検査における弁護士の立会い 立入検査において,審査官は,立入検査場所の責任者等を立ち会わせるほか,違反被疑 事業者等からの求めがあれば,立入検査の円滑な実施に支障がない範囲で弁護士の立会い を認めるものとする。ただし,弁護士の立会いは,違反被疑事業者等の権利として認められ るものではないため,審査官は,弁護士が到着するまで立入検査の開始を待つ必要はない。 弁護士の到着を待たないで検査を開始するのは、弁護士の立会いの例外にはあたらない ので、日本の審査指針の規定の方が妥当であろう。企業内弁護士であれば、直ぐに立ち会 えるし、近くに所在する弁護士に依頼するかどうかも企業の対応の問題に過ぎないからで ある。 107 (3)謄写の機会 立入検査で収集された文書は、当事者から要請があれば原則として謄写を認めるとされ、 「証拠隠滅や秘密漏えい等、審査を妨害するおそれが高いとき」を例外とする。例外の要件 は、供述調書の写しの場合と同じなので、そちらで解説する。 (調査手続規則 11 条 3 項) 第十一条(資料等の収集、領置) (中略) 3 調査公務員が収集した資料について、被調査事業者の役職員が謄写を要求する場合、 調査公務員はこれに応じなければならない。 この点、日本の審査指針は、以下のように規定している。 (審査指針第 2 の 1(4)ウ) ウ 立入検査当日における提出物件の謄写の求めについては,違反被疑事業者等の権利と して認められるものではないが,日々の事業活動に用いる必要があると認められるもの について,立入検査の円滑な実施に支障がない範囲で認めるものとする。また,違反被 疑事業者等からの求めがあれば,事件調査に支障を生じない範囲で,立入検査の翌日以 降に,日程調整を行った上で,公正取引委員会が指定する場所において,提出物件(留 置物)の閲覧・謄写を認める(審査規則第 18 条)。日程調整を行うに当たっては,違反 被疑事業者等ができる限り早期に閲覧・謄写することができるよう配慮する。 なお,謄写の方法については,違反被疑事業者等所有の複写機だけではなく,デジタ ルカメラ,スキャナー等の電子機器を用いることも認められる。 (4)領置 領置に関しては、営業所の責任者に、調査の目的、範囲につき説明するとともに、領置 調書を作成して被調査事業者に交付することを求めている。日本の場合は、立入検査先で 提出を命じた物件はすべてこれを留置するとの運用なので、韓国の領置に関する規定は、 この段階でもあらためて説明する点で、丁寧な規定といえる。 提出命令を発出するからといって直接物件を持ち帰ることはできないので、提出命令に 応じて提出するか否かは、命じられた者の任意ということになる。韓国の領置確認書では、 「本人の自発的な意志に基づき調査公務員に提出したことを確認する」旨を、書面で確認さ せ、確認者の押印または署名を求めている。重要なのは審査官がどの物件を持ち帰るかに あるから、このように領置する際の説明の必要性についても、かなり丁寧に規定している ことは、わが国でも参考にすべきであろう。 108 (調査手続規則 11 条 4 項) 第十一条(資料等の収集、領置) (中略) 4 証拠隠滅のおそれがあり、資料や物件の領置が必要なときは、領置の必要性を事前に 被調査事業者の役職員に説明し、別紙第二号に定める様式の領置調書を作成して被調査 事業者に交付しなければならない。 この点、日本の審査指針は、以下のように規定している。 (審査指針第 2 の 1(4)イ) イ 物件の提出を命じ,留め置く際には,提出命令書及び留置物に係る通知書に対象物件 の品目を記載した目録を添付する(審査規則第 9 条及び第 16 条)。当該目録には,帳簿 書類その他の物件の標題等を記載するとともに,所在していた場所や所持者,管理者等 を記載して,物件を特定する。留め置くに当たっては,立入検査場所の責任者等の面前 で物件を 1 点ずつ提示し,全物件について当該目録の記載との照合を行う。 日本の場合は、所持者に提出を命じ、これに応じて提出された物件をすべて留置すると する仕組みであり、それ自体は命令ではない。韓国の規定の方が丁寧であるといえること は、上記のとおりである。 (5)立入検査の際の事情聴取 立入検査の際の企業の役員・従業員からの事情聴取については、12 条 2 項が、以下のよ うに規定している。 (調査手続規則 12 条 2 項) 第十二条(供述聴取等) (中略) 2 立入検査の過程で被調査事業者の役職員等の供述や確認が必要であるが、役職員等が これに対し応じることが困難なやむを得ない事情があるときは、後日、調査日程と場所 を協議してこれを進める。 立入検査の際に必要とされた供述や確認は、やむを得ない事情があるときは後日これを 行うとするものであるが、審査への協力インセンティブが働く制度(第 2 章参照)が整備 されている韓国で、立入検査の当日の事情聴取を急ぐまでもないように見える。 日本の審査指針は、この点の記述に欠けるが、これは立入検査の当日に従
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