星と波テストにみられる自我機能,攻撃性,不安状態についての基礎的

星と波テストにみられる
テストにみられる自我機能
にみられる自我機能,
自我機能,攻撃性,
攻撃性,不安状態についての
不安状態についての基礎的研究
についての基礎的研究
A Study of Ego-function, Aggression and Anxiety on The Star-Wave-Test
児童学研究科 児童学専攻
07-0613 工藤一恵
1.問題と
問題と目的
星と波テスト(以下 SWT)は,1979 年に Ursula Ave-Lallemant によって開発された投影
法描画テストのひとつで,当初は幼児に対する<発達機能テスト>として使用されていた
が,深層心理学を適用し,パーソナリティ・テストとしても使用されるようになった。
日本では 1990 年代の初めに紹介され,教育機関や家庭裁判所,医療機関などの臨床場面
での活用が模索されている。
SWT と他の描画テストとを比較し, Ave-Lallemant(2003)は,バウムテストは被験者
を取り巻く環境における被験者自身を反映するのに対し,SWT は被験者の世界や被験者
自身の世界体験を反映するとしている。さらに,ワルテッグ描画テストにおいては,被
験者が現実世界の中で「今,何を体験しているのか」という現実的な側面が投影される
のに対し,SWT は「今,世界をどのように体験しているのか」という内的側面が投影さ
れる(Ave-Lallemant,2003)。また,SWT は簡素であるため要求達成のエネルギーは少な
くて済む (稲田,2004)。このような独自の特徴から杉浦・森(1998)は,自由描画と構成
的描画の中間に SWT を位置づけることができ,自我の枠をある程度保ちながらも“深層
にあるイメージ”が表現されているとしている。また,小さな子どもでも描くことがで
き,自由描画に比べあまり抵抗なく描くことができる(杉浦,2000)。
さらに,SWT のテストの実施における特徴として,実施の容易さ(松原,2002)があげ
られる。SWT は非常に簡素であり,手続きも簡単であるため,子どもでも理解しやすく,
また情報が多いことも特徴としてあげられる。
SWT における独自性は星と波を描くことにあり,意識的なコントロールすなわち自我
が星を描き,あるいは無意識レベルのコントロールすなわちイドが波を描くと考えられ
ている(Rhyner.B,1999)。Ave-Lallemant(2003)は,星は知性や意識のあり方を示し,波
は感情や無意識の状態を示すとしている。さらに空間構成において,<空の優位>は知的
側面を強調し,<海の優位>は感情的側面を強調すると示している。
しかしこれらの知見は,検査者の経験に基づいた主観的な見解であり,これらをより
客観的な視点によって補うような研究はほとんど行われていない。研究は多くが事例報
告であり,SWT の性質の検証,臨床的妥当性や信頼性についての基礎的研究は蓄積が少
ないのが現状である(香月・小野・上芝・横山,2003)。香月ら(2003)は,ロールシャッ
ハ・テストとの比較を通して,SWT は自我機能,感情的側面,知的側面,刺激に対する
感受性,対人的側面,気分の状態の6つのパーソナリティ側面が反映されていることを
明らかにしたが,質問紙法との比較などを通して検討する必要があるとしている。
また,SWT の解釈は,Ave-Lallemant による①絵の分類,②空間構造の形式,③空間象
徴,④物体の象徴,⑤筆跡の分析の 5 段階で行われているが,客観性のある判断が困難
であることも問題としてあげられる。
本研究では,客観的な視点基づいた分析項目を作成し,ロールシャッハ・テストとの
比較(香月・小野・上芝・横山,2003)において合致がみられた 6 つのパーソナリティ側
面がどのようにあらわれるのか,妥当性について検証する。特に自我機能,攻撃性,不
安に焦点をしぼり,これらを測定するために新版 TEGⅡ,日本版 Buss-Perry 攻撃性質問
紙(安藤・曽我・山崎・島井・嶋田・宇津木・大芦・坂井,1999)と, STAI 日本版(清水・
今栄,1981)の 3 つの質問紙を用いて検証する。
2.方法
対象:I 県・C 県の私立大学(心理学・教育学)の大学生 200 名(男子 33 名,女子 167 名)
平均年齢は 20.43 歳であり,SWT を行うのは初めてである。
調査時期:2008 年 6 月下旬から 10 月上旬
手続き:座席を離し集団で施行した (50 人以下)。2B の鉛筆と SWT の指定のテスト用紙
および新版 TEGⅡ,日本版 Buss-Perry 攻撃性質問紙,
STAI 日本版をそれぞれ配布し,
最初に SWT を行い,描き終わったら質問紙に答えるよう指示した。教示は「海の波
の上に星空を描いてください」である。すべてのテストが終了しても話し合ったり
しないよう指示した。時間の制限はせず,被験者のペースに合わせて施行した。
3.結果
SWT の分析項目と,TEGⅡにおける自我機能,Buss-Perry 攻撃性質問紙における攻撃性,
STAI における不安のそれぞれの得点においてt検定または分散分析,χ²検定を行った
結果,次のような項目において関連性がみられた。解釈はすべて先行研究を参考にした。
(1)SWT と自我機能(TEG
自我機能(TEGⅡ
(TEGⅡ)
①垂直的空間の強調:下を強調して描くことは,「NP」の得点が高い人に多くみられた。
「NP」の特徴である思いやりと関連があると考えられる。
②星のたての広がり:狭く描くことは,
「CP」
「NP」の得点が高い人に多く見られた。
「NP」
の得点が高い人は,海を優位に描くために星空が狭く描かれているが,
「CP」の得点
が高い人は,海の範囲も狭く,また星空の範囲も狭く描く傾向がみられた。
③星のよこの広がり:広く描くことは,「FC」の得点が高い人に多く見られた。「FC」の
特徴である自由奔放な自我によって,のびのびと描かれたためであると考えられる。
④星の大きさ:大きく描くことは,
「FC」の得点が高い人に多くみられた。自己顕示欲の
あらわれであると考えられる。
⑤流れ星:
「CP」
「NP」の得点が高い人に多くみられた。描かれた理由は不明。
⑥波の形:装飾的な波を描くことは,
「FC」の高い人に多く見られた。自己顕示欲のあら
われであると考えられる。
⑦生物:「FC」の高い人に多くみられた。
⑧星や月の反射:「CP」「FC」の高い人に多くみられた。
⑨空の塗りつぶし:「A」の得点が低い人に多くみられた。秩序に対する反抗や葛藤であ
ると考えられる。
⑩空と海の塗りつぶし:
「AC」の得点が高い人に多くみられた。感情抑制における葛藤の
あらわれであると考えられる。
(2)SWT と攻撃性(Buss
攻撃性(Buss(Buss-Perry 攻撃性質問紙)
攻撃性質問紙)
①水平的空間の強調:右を強調して描くことは,
「敵意」の得点が高い人に多くみられた。
対人関係における問題や葛藤を示唆すると考えられる。
②星のよこの広がり:狭く描くことは,「短気」「敵意」「身体的攻撃」「全攻撃性」の得
点が高い人に多くみられた。情動コントロールが困難であるためと考えられる。
③星の数:多く描くことは,
「言語的攻撃」の得点が高い人に多くみられた。自己主張の
あらわれであると考えられる。
④星の形:点の星を描くことは,「身体的攻撃」「全攻撃性」の得点が高い人に多くみら
れた。紙を打ちつけるように描かれ,暴力への衝動をうかがい知ることができる。
⑤星座:
「全攻撃性」の低い人に多くみられた。情動コントロールが可能であるあらわれ
であると考えられる。
⑥輝く星:
「敵意」の得点が低い人に多くみられた。星を自分に見立てて描いていること
のあらわれであると考えられる。
⑦黒塗りの星:
「短気」の得点が低い人に多くみられた。情動のコントロールが可能であ
ることのあらわれ,または感情抑制における葛藤であると考えられる。
⑧船:
「敵意」の得点が高く,「言語的攻撃」の得点が低い人に多くみられた。
⑨空の塗りつぶし:
「敵意」の得点が高い人に多くみられた。葛藤のあらわれであると考
えられる。
⑩空と海の塗りつぶし:
「敵意」「全攻撃性」の得点が高い人に多くみられた。空の塗り
つぶしよりも強い「敵意」をあらわし,葛藤を意味すると考えられる。
(3)SWT と不安(STAI)
不安(STAI)
①垂直的空間の強調:上を強調して描くことは,
「特性不安」の得点が高い人に多くみら
れた。不安は理性的思考において生じるためであると考えられる。
②星のよこの広がり:狭く描くことは,「状態不安」「特性不安」の得点が高い人に多く
みられた。情動のコントロールが困難であることのあらわれであると考えられる。
③星の数:少なく描くことは,
「状態不安」の得点が高い人に多くみられた。情動のコン
トロールが困難な状態にあることのあらわれであると考えられる。
④星座:
「状態不安」の得点が低い人に多くみられた。情動のコントロールが可能な状態
であることのあらわれであると考えられる。
⑤船:
「特性不安」の得点が高い人に多くみられた。
⑥雲:
「状態不安」の得点が高い人に多くみられた。
⑦月:
「状態不安」の得点が高い人に多くみられた。集中力や思考力を求めていることの
あらわれだろうか。
⑧月の位置:中央に描くことは,「状態不安」の得点が高い人に多くみられた。
⑨線の安定性:不安定な描線は,
「特性不安」の得点が高い人に多くみられた。自信のな
さなどのあらわれであると考えられる。
⑩空の塗りつぶし:「状態不安」「特性不安」の得点が高い人に多くみられた。葛藤のあ
らわれであると考えられる。
⑪空と海の塗りつぶし:
「特性不安」の得点が高い人に多くみられた。不安を喚起させや
すい特性で,葛藤を示唆していると考えられる。
(4)特異
(4)特異な
特異な描写
星と波の混在,星または海が描かれていないなどの特異な描写は,TEGⅡにおいて“自
罰タイプ”に分類される人や質問紙の回答に統一性のみられない人に多くみられること
がわかった。何らかの心的障害または発達に課題を抱えている場合などが考えられる。
4.考察
客観的な視点に基づき分析を行ったことで,解釈における視点を明確にすることがで
きた。また,自我機能,攻撃性,不安との関連性の検証を行った結果,これまでの SWT
の解釈を裏付ける結果を見出すことができた。さらに,結果から新しい解釈仮説を見出
すこともできた。また,特異な描写については,何らかの障害を示唆している可能性を
見出すことができたが,さらに研究を重ねる必要性がある。
今後の課題として,負の情動だけでなく,満足度などの正の情動を測る質問紙との関
連性も検証する必要がある。また,他の年齢層における検証や性差についても研究する
必要がある。さらに,被験者が抱く「星空」
「海」のイメージを明らかにすることで,特
異な描写の基準を明確にすることができると考えられる。