迫り来る経常赤字

情報メモ NO.25-133
迫り来る経常赤字
~着実に大きくなる双子(財政・貿易)の赤字~
2014 年 2 月 27 日 調査部
担当 鈴木 潤 TEL:03-3246-9370


1 月の貿易統計が発表され、約 2 兆 8 千億円にのぼる過去最大の貿易赤字が注目を集めた。近年
は巨額の貿易赤字が続いており、新聞等では、その延長線上で経常赤字に陥るのではないかとの
危惧が示されている。国際収支上の経常赤字は資金移動の結果であり、企業会計の経常赤字とは
異なる。経常赤字による悪影響を喧伝する報道も多いが、その評価は一義的ではない。本稿では経
常収支の概要と現状を示すと共に、その変化によってどのようなことが生じるかをみていきたい。
経常収支は、財務省と日本銀行が共同で作成する「国際収支統計」において確認することができる。
「経常収支」は貿易や投資活動などを通じて、二国間で資金のやり取りをした結果を表す。経常収支
は主に「貿易・サービス収支」「所得収支」「経常移転収支」で構成され、日本に入ってくる資金が日本
から出ていく資金を上回れば、経常黒字となる【図表 1】。ここで、所得収支とは海外で働くことや、海
外への投資により稼いだ収益の結果である。経常移転収支とは政府援助など無償で海外に資金提
供した結果を表わす【参考図表】。
【図表1】 経常収支の内容
経常収支
(+3.3)
所得収支
経常移転収支
(▲12.2)
(+16.5)
(▲1.0)
貿易収支
サービス収支
(▲10.6)
(▲1.6)
輸出
30
貿易・サービス収支
輸入
(兆円)
輸送
旅行
雇用者報酬
その他サービス
投資収益
(注)数字は2013年の速報値。単位
は兆円で、+は黒字を▲は赤字
を表す。
【参考図表】 用語の解説
【図表2】 経常収支の趨勢
リーマン
ショック
サービス収支
輸送
旅客の運搬、貨物の輸送、乗員を含む輸送手段の
チャーターなどの費用を計上。船舶や航空機によ
る輸送活動は、その運輸業者の居住国に帰属。
旅行
日本人が海外旅行の際に支払う宿泊費・食事代・
交通費・土産代などの費用や、訪日外国人が日本
で消費した費用を計上。
その他
サービス
輸送・旅行以外のサービスで、主に通信・建設・
保険・金融・情報などの費用を計上。
20
10
所得収支
0
雇用者報酬
東日本大震災
▲ 10
▲ 20
貿易収支
所得収支
経常収支
日本人が、海外投資によって所有している外国債
券や外国株式から発生する利子や配当金などを計
上。キャピタルゲイン・ロスは除かれる。
政府間の無償資金援助や国際機関への拠出金、生
経常移転収支
命保険以外の保険金、労働者送金などの無償取引
を計上。
(注)国際収支統計では、正しくは国籍ではなく、居住者・非居住
者の区別に基づいて計上されるが、ここでは分かりやすくす
るため、「日本人」「外国人」としている。
投資収益
サービス収支
経常移転収支
(年)
85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13
(資料)財務省・日本銀行「国際収支統計」、日経Financial Quest
-1-
日本で働く外国人に支払う給料や、海外で働く日
本人が受け取る報酬を計上。





これまで日本は大幅な経常黒字を継続してきた【図表 2】。輸出大国として貿易黒字が牽引したことに
加え、05 年以降は所得収支も黒字が 10 兆円を上回るまで増加している。一方で、サービス収支と経
常移転収支は一貫して赤字だが、貿易・所得黒字を上回ることはなく、経常黒字を維持してきた。
ところが 11 年以降は、経常黒字が急速に縮小している。原因は貿易収支にあり、毎月 1 兆円にも及
ぶ貿易赤字が定着し、月次では既に経常赤字となっている【図表 3】。
輸出大国であったはずの日本が貿易赤字に転じた理由は、リーマンショックと東日本大震災による
二度の危機を経て、日本経済に 2 つの構造変化が生じたことにあるとみられる。即ち、①為替相場が
円安となっても輸出が増加しない、②エネルギーや製品の消費地として輸入が増加したことである。
リーマンショック後に円高が進行すると、日本の輸出企業は為替変動に対する耐性を付けるため、こ
れまで進めていた生産の海外移転を加速させた【図表 4】。その後も中国・東南アジアの低水準な人
件費を背景に、現地生産現地販売のグローバル経営を強化して海外生産比率を高めた結果、為替
が円安方向に向かっても製造業の国内回帰や輸出の増加につながりにくくなっている【図表 5】。
この傾向は、半導体などの電子機械・通信機・テレビなどの家電を含む電気機器の輸出に顕著に表
われる。10 年以降、電気機器の貿易黒字は減少し、12 年末に円安となる場面においても、新興国経
済の減速が重なり、黒字が増加するどころか赤字に転落する場面もみられ、安定した貿易黒字を獲
得している自動車とは対照的な動きとなっている【図表 6】。
3
【図表3】 経常収支の赤字化
(兆円)
東日本
大震災
リーマン
ショック
「アベノミクス」
2
1
黒字
0
赤字
▲1
貿易収支
サービス収支
所得収支
経常移転収支
経常収支
▲2
08/01 08/07 09/01 09/07 10/01 10/07 11/01 11/07 12/01 12/07 13/01 13/07
(年/月)
(注)季節調整値、◆は経常赤字の月。
(資料)財務省・日本銀行「国際収支統計」、日経Financial Quest
40
(%)
【図表4】 海外生産比率
経産省調査
JBIC調査
35
その他
9.2%
中期的計画
(16年度)
【図表5】 大幅な円安が定着した場合
の国内事業見通し
13年度
実績見込み
自動車
13社
分からない
26.7%
電機・電子
11社
回答企業
数:587社
30
(年度)
国内事業見通しに
は影響を与えない
56.2%
25
02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13
16
(注)図表4の調査の有効回答企業数は、経産省:4,258社、JBIC:625社
(資料)経済産業省「第42回海外事業活動基本調査」、
国際協力銀行「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」
-2-
海外事業の一部を国
内事業に切り替える
7.8%
精密機械
7社
繊維
4社
化学
3社
その他
8社


一方、輸入については原油・液化天然ガスを含む鉱物性燃料が増加している。これは燃料価格の高
止まりや円安によって取引価格が上昇したこともあるが、やはり発電用のエネルギー消費量が増加
していることが大きい。さらにスマートフォンなどの革新的な製品の開発で遅れをとったことにより、通
信機の輸入が増加しており、それぞれの貿易赤字は大きく拡大している【図表 6】。
このような要因により、輸出の停滞と輸入の急増が同時に発生し、12 年末以降の円安が輸入額の
増大に働いた結果、貿易赤字の拡大が続き経常黒字は縮小している【図表 7】【図表 8】。
【図表6】 主要品目の貿易収支
8
≪黒字品目≫
(千億円)
電気機器
(千億円)
(千億円)
16
0
(千億円)
≪赤字品目≫
0
自動車(右)
6
12
4
8
2
4
0
▲ 10
▲1
▲ 20
▲2
0
▲2
08/01
鉱物性燃料
(年/月)
10/01
▲ 4 ▲ 30
14/01
08/01
12/01
10/01
通信機(右)
▲3
14/01
12/01
(年/月)
(注)季節調整値。シャドー部分は、1ドル=95円以上の円安局面。
(資料)財務省「貿易統計」、日経Financial Quest
160
【図表7】 貿易収支の変化
(2010年=100、1ドル=円)
リーマンショック
東日本
大震災
(千億円)
15
「アベノミクス」
140
10
120
5
100
0
80
▲5
60
貿易収支(右)
▲ 10
輸出
輸入
ドル/円
40
08/01 08/07 09/01 09/07 10/01 10/07 11/01 11/07 12/01 12/07 13/01 13/07
(注)ドル/円は月中平均値、貿易収支は季節調整値。
(資料)財務省・日本銀行「国際収支統計」、日経Financial Quest
輸出の
伸び悩み
海外生産比率
の上昇
新興国経済
の減速
▲ 15
(年/月)
【図表8】 貿易赤字に転落
輸入の増加
貿易赤字
↓
経常黒字
の縮小
製品競争力
の低下
-3-
エネルギー
需要の増加
スマホの
輸入増加
イノベーショ
ンの不足
輸入額の
肥大化
円安

サービス収支は、その大部分を占める輸送と旅行が一貫して赤字であるため、合計も赤字が続いて
いる【図表 9】。サービス収支は今後も赤字が継続するとみられ、特に旅行は、日本政府も訪日外国
人の増加を目指し、13 年は初の 1,000 万人を突破したものの、出国日本人(日本人の海外旅行)との
差は大きい【図表 10】。
(千億円)
【図表9】 サービス収支
180
1
(万人)
【図表10】 日本の出入国者数
出国日本人
160
訪日外国人
140
0
120
▲1
100
80
▲2
60
(年/月)
▲3
08/01 09/01 10/01 11/01 12/01 13/01
輸送
その他サービス
40
20
08/01 09/01 10/01 11/01 12/01 13/01 14/01
旅行
サービス収支
(注)季節調整値
(注)季節調整値
(資料)財務省・日本銀行「国際収支統計」、日経Financial Quest (資料)日本政府観光局、日経Financial Quest


所得収支は、大幅な黒字を継続し、貿易・サービス収支の赤字を穴埋めして、経常黒字の確保に寄
与している【図表 11】。日本はこれまで獲得した貿易黒字を原資として、多くの海外資産を有してお
り、その資産から発生する利子や配当金の受取が所得収支の黒字に反映されている。
最近増加しているのは、日本の海外現地法人や海外で買収した企業からの配当収入などで構成さ
れる直接投資収益である。過去の海外投資の成果が還元されているということであり、近年の日本
企業による海外企業の大型買収などが、今後の所得収支における黒字維持の布石となろう。
経常移転収支は、ODA などの経済援助や海外の災害援助に加え、国際機関の分担金の支払いな
どで構成される。日本が経済成長を成し遂げていく過程で相応の負担を求められるようになり、継続
的な赤字となって久しい【図表 12】。ただし、貿易収支や所得収支と比べて金額は小さいため、経常
収支を左右するものではなく、今後も年間 1 兆円程度の赤字が続くものとみられる。
20
15
(千億円)
【図表11】 所得収支
雇用者報酬
証券投資収益
所得収支
直接投資収益
その他投資収益
0
百

(年/月)
(百億円)【図表12】
経常移転収支
季節調整値
6ヵ月移動平均
▲5
10
5
0
08/01 09/01 10/01 11/01 12/01 13/01
▲ 10
▲ 15
08/01 09/01 10/01 11/01 12/01 13/01
(年/月)
(注)季節調整値
(資料)財務省「国際収支統計」、日経Financial Questデータベース
-4-
(年/月)




経常黒字/赤字は、あくまで貿易や投資の結果であり、両者への評価は中立的であるべきである。積
極的な外資の呼び込みの結果として経常赤字になることもあれば、内需の不振で輸入が減少し経常
黒字となることもある。では、好ましくない経常赤字の場合にはどのような変化が生じる可能性があ
るのか、悪循環に陥る経路を示したい。
経常赤字ということは海外に対して外貨での支払いが増加することを意味し、円売り圧力が強まる。
自国通貨の売りによって通貨が下落すれば、製品の価格競争力が向上し輸出の増加や輸入の減少
につながる側面はあるが、同時に資源や食料を輸入に依存する日本では輸入価格の上昇によるイ
ンフレが懸念される【図表 13】。
一方で、経常赤字による資金の海外流出と高齢化による国内貯蓄の取り崩しが相まって、日本国債
の安定消化に不安が生じかねない。現在、本邦国債は国内での保有が 9 割を超えているが、国内の
資金余力が失われると海外投資家に依存する必要に迫られる。海外に資金が流出している状況で
はそれも困難であり、国債利回りは上昇する。その結果として利払い費用と共に借り換えた元本が
雪だるま式に増加することとなり、国債消化に対する不安が増幅するという悪循環が形成される。
ただでさえ、わが国の財政赤字は 1,000 兆円を超えており、金利上昇リスクとは隣り合わせの状況で
ある(現在は、日本銀行の金融政策のもとで、日銀によって多額の国債購入がなされ、低金利が実
現されているが、「日銀引き受けによる財政ファイナンス」と評価されれば通貨の信認を損なう事態も
招きかねないため、金融緩和の継続には限界がある)。最悪の場合には、財政破綻となる可能性も
あり、そうなれば(ハイパー)インフレや恐慌という形で国民生活を直撃するであろう。
【図表13】 悪循環への恐れ
高齢化
貿易赤字
経常赤字
国内貯蓄の
減少
資金の海外
流出
国内への波及経路

輸出 輸入
増加 減少
通貨下落
輸入価格上昇
悪循環
インフレ
国債の消化
に不安
金利上昇
通貨暴落
財政赤字増加
国債利払い
の増加
財政破綻?
実際にギリシャなどの南欧諸国や、新興国の一部では、経常赤字を背景とした異なる形の経済危機
1
を経験している。日本ですぐにこのような危機が生じる可能性は低いが、その素地は着実に形成さ
れつつある。回避するためには、①財政赤字を削減する、②海外投資により海外からの所得を確保
する、③国内産業を強化し輸出競争力を高めるとともに海外からの投資を呼び込むことが求められ
る。
1
南欧諸国では財政赤字の増加により、財政危機が発生した。財政赤字が累積する一方、経常赤字のた
め海外資金に依存する経済構造が下地となった。新興国では通貨が暴落し、通貨危機が発生した。国内
の産業基盤が弱く輸出競争力で劣り貿易赤字の中、経済成長を海外の投資マネーに依存したため、資金
の還流が始まると通貨防衛ができなかった。
-5-


上記の防衛策について日本国内の現状を確認すると、①の財政赤字は増加の一途を辿っている。
②の海外投資は積極的に行われており、今後も海外からの所得は黒字を続けるだろう【図表 14】。
③の海外からの対内直接投資は少なく、対外直接投資が大幅に上回る【図表 15】。外国人は日本の
国内産業に対して、ほとんど魅力を見出していないことになる。
この現状を改善するには、現政権の経済政策において、第二の矢である財政出動を抑制し、第三の
矢である成長戦略を実行して産業競争力を高めると共に、規制緩和を進めて海外からの投資を惹き
つけられる国内市場の整備が必要である。
【図表14】 海外設備投資
(千億円)
10
【図表15】 内外直接投資
4
(千億円)
2
対内
対外
直接投資
0
8
▲2
▲4
6
▲6
▲8
4
▲ 10
▲ 12
2
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13
▲ 14
08/01 09/01 10/01 11/01 12/01 13/01
(年/月)
(注)有形固定資産(除く土地)取得額を表示。 (年/四半期)
(資料)経産省「海外現地法人四半期調査」
(注)後方6ヵ月移動平均。海外への資金流出はマイナス表示。
(資料)財務省・日本銀行「国際収支統計」、日経Financial Quest
(参考文献)
日本銀行国際収支統計研究会 「国際収支のみかた」
本資料は情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的としたものではありません。投資判断の決定につきまして
は、お客様ご自身の判断でなされますようにお願いいたします。また、文中の情報は信頼できると思われる各種デ
ータに基づいて作成しておりますが、商工中金はその完全性・正確性を保証するものではありません。
-6-
(参考資料)地域別経常収支
150
米国
(千億円)
100
120
80
90
60
60
40
30
20
0
0
▲ 30
EU
(千億円)
▲ 20
95
97
99
01
03
05
07
09
11
95
97
99
01
03
05
07
09
(年)
20
中国
(千億円)
11
(年)
ASEAN
40 (千億円)
10
30
0
20
▲ 10
10
▲ 20
0
▲ 30
▲ 10
▲ 40
95
97
99
01
03
05
07
09
95
11
97
99
01
03
05
07
09
0
中東
(千億円)
11
(年)
(年)
160
その他
(千億円)
120
▲ 50
80
40
▲ 100
0
▲ 150
95
97
99
01
03
05
07
09
▲ 40
95
11 (年)
97
99
01
03
05
07
09
11
(年)
経常移転
所得
サービス
(資料)財務省・日本銀行「国際収支統計」、日経Financial Quest
-7-
貿易
合計
40
経常収支
(兆円)
25
貿易収支
(兆円)
20
30
15
20
10
5
10
0
0
▲5
▲ 10
▲ 10
▲ 20
▲ 15
95
97
99
01
03
05
07
09
11
95
97
99
01
03
05
07
09
(年)
サービス収支
(兆円)
2
11
(年)
18
所得収支
(兆円)
1
15
0
▲1
12
▲2
9
▲3
▲4
6
▲5
3
▲6
▲7
95
97
99
01
03
05
07
09
0
11
95
97
99
01
03
05
07
09
経常移転収支
(千億円)
0
▲2
▲4
▲6
▲8
▲ 10
▲ 12
米国
中国
EU
ASEAN
中東
その他
合計
▲ 14
95
97
99
01
03
05
07
09
11 (年)
-8-
11
(年)
(年)
(資料)財務省・日本銀行「国際収支統計」、
日経Financial Quest