Annual Report No.27 2013 高性能分子スピン電池の開発: 活物質の分子修飾による出力電圧およびサイクル特性の改良 Development of High-Performance Molecular Spin Batteries: Improvement of Output Voltage and Cycle Performance by Chemical Modification of Cathode-Active Materials H24助自69 代表研究者 森 田 靖 大阪大学 大学院理学研究科 准教授 Yasushi Morita Associate Professor, Graduate School of Science, Osaka University Rapid spread of smartphone and portable electronic-devices requires high-performance rechargeable batteries all over the world. Lithium-ion battery (LIB) possesses the highest performance among commercially available batteries, whereas LIB faces serious problems relevant to safety and product cost originating from the utilization of cobalt oxide as a cathodeactive material. To circumvent these problems, the use of organic cathode-active materials has drawn much attention. Organic radical batteries, reported by NEC in 2001, employ organic polymer compounds bearing nitroxide radicals as cathode-active materials. The batteries show a rapid charge-discharge process and a comparable output voltage to LIB, however the capacity is two thirds of LIB. To develop high-capacity batteries exceeding LIB, we proposed a tailor-made approach by the use of organic molecules with multi-stage redox ability as cathode-active materials in 2002. Based upon this idea, we implemented new batteries using trioxotriangulene (TOT) stable neutral radical possessing a singly occupied molecular orbital (SOMO) and two degenerate LUMOs. The batteries based on TOT derivatives, (t-Bu)3TOT and Br3TOT, afforded a high discharge capacity exceeding 311 A h/kg and high cycle performance. We termed these new batteries Molecular Spin Batteries, because the cathode-active materials were designed in terms of synthetic organic spin chemistry. In this work, in quest of further high battery performance, we have designed a novel TOT derivative (CN)3TOT as a cathode-active material in terms of molecular orbital (MO)engineering and controlling intermolecular interactions in solid. This molecule was successfully synthesized one step from the precursor of Br3TOT. Cyclic voltammetric study in the solution state showed five-stage redox ability, which exceeds the four-stage redox abilities of (t-Bu)3TOT and Br3TOT. The batteries based on (CN)3TOT have showed a high capacity (262 A h/kg) and a high cycle performance (80% after 300 cycles), as expected in the molecular design phase. ─ 570 ─ The Murata Science Foundation モ置換体Br 3 TOTを用いることにより、出力電 研究目的 圧およびサイクル特性を大幅に向上させた。 近年、高性能な二次電池の需要が世界レベ 本研究では、さらなる出力電圧およびサイク ルで高まっている。リチウムイオン電池(LIB) ル特性の向上を目指し、TOT骨格にシアノ基や は、正極活物質に用いているコバルト酸リチ カルボキシル基を導入した誘導体(CN) 3 TOT ウムに由来する安全性の確保とさらなる性能 および(COOH) 3 TOTを合成する。これらの誘 向上は困難であると言われている。さらに、コ 導体のLUMOは縮重を維持しながら、分子軌 バルトはレアメタルであり、資源調達のコスト 道エネルギー準位は全体的に大きく低下して 高が最近の懸案事項になっている。そのため、 いることが量子化学計算から示唆されたことか コバルト酸リチウムの代替活物質の開発研究 ら、出力電圧の向上が期待できる。また、強 が盛んに行われているが、その多くは金属酸化 い分子間相互作用が期待できるので、有機溶 物のリチウム塩を基盤とした従来のLIBの設計 媒への難溶化によるサイクル特性の大幅な向 指針を踏襲しており、LIBの限界を超えるには 上が可能であると考えている。 まだ相当の年月が必要である。 概 要 このような問題の解決法の一つとして、有機 物の電極活物質への利用が有望視されている。 近年高容量で安全な二次電池の需要が高 2001年に報告された有機ラジカル化合物の高 まっている。現在普及しているリチウムイオン 分子ポリマーを正極活物質とする「有機ラジカ 二次電池(LIB)は、正極に用いられている無 ル電池」は、ニトロキシド型中性ラジカルの「一 機酸化物材の本質的な性質のため、さらなる 電子授受能」を充放電に利用しており、LIBと 高容量化や高速充放電は困難であり、過充電 同程度の出力電圧と高いサイクル特性、そし による酸素ガス発生や発火の危険性を孕んで て高速充電を実現した。しかし、容量はLIBの いる。さらに、大半のLIBに使用されているコ 3分の2程度と低いため、実用化には至ってい バルトは、高価なレアメタルであり輸入に大き ないのが現状である。従って、分子レベルから く依存していることから、 「元素危機」として国 の根本的に新しい設計指針に基づく電池開発 家的に大きな懸案事項になっている。こうした が喫緊の課題である。 現状を打破すべく、有機物の電池デバイスへ 本研究者は、レアメタルを使用しない高容量 の応用が注目されている。2001年にNECが発 二次電池である「分子スピン電池」を最近開発 表した「有機ラジカル電池」はその代表的な例 した。この電池の電極活物質に用いたトリオキ である。この二次電池は、ニトロキシドラジカ ソトリアンギュレン(TOT)誘導体は、申請者が ルを含む有機ポリマーを正極活物質と利用し 独自に設計・合成した空気中でも高い安定性を ており、LIBと同程度の高い出力電圧と高速充 有する開殻有機分子であり、一個の単占分子軌 放電ができることが大きな特徴である。しかし、 道(SOMO)と二個の縮重した最低非占有分子 放電容量はLIBの約3分の2に留まっていること 軌道(LUMO)に由来する「四電子授受能」を有 から、高容量化に応えるのは根本的に困難で している。トリ-tert-ブチル置換体(t-Bu) 3 TOT あると考えられる。このような状況に鑑みて、 を用いた電池の初回放電容量は、LIBの約2倍 本研究者は有機分子を正極活物質として用い である311Ah/kgを実現した。さらに、トリブロ た、新しい設計概念に基づく高容量の二次電 ─ 571 ─ Annual Report No.27 2013 池を設計・提案した。この二次電池では、有 実際に(CN) 3 TOTを合成し、その電気化学的 機分子が有する多段階の酸化還元能を電子の 性質の理論計算および実験から解明し、正極 貯蔵・放出に利用していることが特徴である。 活物質として利用した二次電池を開発した。 この設計概念に基づき、トリオキソトリアン (CN) 3 TOTは、市販化合物から短段階高収率 ギュレン(TOT)と命名した新たな縮合多環型 で合成したBr3 TOTの中性ラジカル前駆体から の開 殻 有 機 分 子を 独自に 設 計・合 成した 。 の置換基交換反応により一段階で、一電子還 TOTは、一個の単占分子軌道(SOMO)と二個 元体であるアニオン体のリチウム塩として合成 の縮重した最低非占有分子軌道(LUMO)を有 することに成功した。この分子は、一般の有機 しており、そのエネルギー差は既存の有機分子 溶媒への溶解度が低く、空気中固体状態で高 としては極めて小さい(1eV以下) 。このTOT い安定性を有していた。溶液中で電気化学的 を基盤として、 「分子軌道エンジニアリング」と 測定から、このアニオン体は、五段階一電子 名付けた分子軌道エネルギー準位の制御によ 酸化還元反応を受けることを明らかにした。こ り、嵩高いt e r t -ブチル基を置換した(t - B u) れは、本研究者がこれまでに合成した TOT誘 TOTと強力な電子求引性置換基である臭素原 導体の多くが四段階の還元しか示さなかった 子を置換したBr3 TOTを分子設計した。いずれ こととは対照的である。二次電池の正極活物 も、市販のベンゼン誘導体から五段階程度で 質としての性能を評価するために、金属リチウ の高効率的な合成が可能であり、固体状態空 ムを負極として用いたコイン型電池を作製し充 気中で非常に高い安定性を有している。 (t-Bu) 放電測定を行ったところ、段階的な充放電挙 TOTを正極活物質に用いた二次電池は、市販 動を示した。初回放電容量は262 Ah/kgでLIB のLIB(150∼170Ah/kg)を大幅に超える高い を大幅に上回っており、サイクル特性も(t-Bu) 放電容量(311Ah/kg)を実現し、この電池を「分 3 子結晶性二次電池」と命名して発表・特許出願 池に比べて大きく向上し、300回充放電サイ した(2013年に権利化) 。さらに、Br 3 TOTは結 クル後も初回放電容量の70%を維持していた。 晶中において強固な三次元ネットワーク構造 以上の実験から、 (CN) 3 TOTを電極活物質に を形成しており、電解液への溶解度が極めて 用いることにより、 「分子スピン電池」の性能を 低い。その結果、この分子を用いた二次電池 大幅に向上させることに成功した。 3 3 TOTやBr 3 TOTを正極活物質に用いた二次電 は高いサイクル特性を実現した。これらの研究 結果を「分子スピン電池」と命名して、2011年 に英国総合科学雑誌Nature Materialsに発表し、 新規性および独創性が高い基礎学術の創成と、 その深化により初めて可能になった顕著な材 料応用成果が世界的にも高く評価された。 本研究では、これまでに得られた「分子スピ ン電池」における知見を基盤として、TOT骨格 に電子求引性置換基であるシアノ基やカルボキ シル基を導入した(CN) (COOH) 3 TOTおよび 3 TOTを新たな正極材料として分子設計した。 ─ 572 ─ −以下割愛−
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