58 太平洋セメント研究報告(TAIHEIYO CEMENT KENKYU HOKOKU) 第170号(2016):田村 他 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ◇資 料◇ セメント製造工程を活用した 車載リチウムイオン電池のリサイクル技術 Recycling Technology of Automotive Lithium-ion Batteries Utilizing the Cement Production Process 田 境 村 典 敏*, 紙 谷 英 征**, 川 下 健 一 郎**, 石 田 泰 之***, 花 田 温**, 隆**** TAMURA, Noritoshi*; KAMIYA, Hideyuki**; KAWASHIMO, Atsushi**; SAKAI, Kenichiro**; ISHIDA, Yasuyuki***; HANADA, Takashi**** 要 旨 電気自動車, ハイブリッド自動車などに搭載され使用済みとなった大型リチウムイオン電池 から, 鉄, 銅, アルミニウム, レアメタルなどの金属をリサイクルする技術開発を行っている. 本研究は, 貴金属リサイクルなどを手がける松田産業株式会社と共同で進めた. 従来のリチウ ムイオン電池のリサイクル方法では加熱処理時に発生する排ガスの処理が課題となっていたが, セメント焼成設備を活用した廃棄物処理技術の経験を活かすことで課題の解決を図った. フッ 化物を含む排ガスを処理する基礎技術を開発し, 2015 年度には処理能力を3トン/日とする 処理設備を設置して実証試験を行った. 本報告では, リチウムイオン電池リサイクルのための 加熱による前処理技術と, 松田産業社の開発した破砕・選別処理による金属回収技術について 紹介する. キーワード:リチウムイオン電池, 焙焼処理, フッ素無害化, 物理選別, 金属回収, セメント焼成工程 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― * 中央研究所 第3研究部 分離技術チーム Separation Technology Team, Research & Development Center ** 松田産業株式会社 MATSUDA SANGYO CO., LTD. *** 中央研究所 第3研究部 分離技術チーム リーダー Manager, Separation Technology Team, Research & Development Center **** 環境事業部 営業企画グループ Business Administration Group, Environmental Business Development Department 59 太平洋セメント研究報告(TAIHEIYO CEMENT KENKYU HOKOKU) 第170号(2016):田村 他 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ABSTRACT Taiheiyo Cement Corporation has been working with Matsuda Sangyo Co., Ltd, who is mainly engaged in recycling precious metals from various materials, to develop a technology for recovering iron, copper, aluminum, rare metals and other metals from large-sized lithium-ion batteries onboard electric or hybrid vehicles. The conventional metal recycling methods had a problem in making exhaust gases from the lithium-ion battery heating process harmless. The problem has been solved in the proposed technique based on the experience and expertise in industrial waste treatment utilizing the burning process of cement plants. The joint research team developed a basic technique for making the fluoride-containing gases harmless during the heating process and carried out a verification test using test equipment in fiscal 2015. It was demonstrated that the proposed technique was capable of processing lithium-ion batteries in the order of a few tons per day. This report describes the proposed lithium-ion battery recycling technique, focusing on the heating (roasting) process to make the exhaust gases harmless, as well as the metal recovery system using the crushing and sorting techniques developed by Matsuda Sangyo. Keywords:Lithium-ion batteries, Roasting, Harmless treatment of fluoride, Sorting, Recovery of metals, Burning process of cement plants 1.は じ め に 経済産業省「自動車産業戦略2014」によると, ハイブリット車に加え, プラグインハイブリット車 や電気自動車の普及もあり, 2030年におけるリチウ ムイオン電池搭載車の割合は新車販売台数中の30∼ 40 % まで増加すると見込まれている(Table 1) 1) . リチウムイオン電池搭載車の増加に伴い, その廃棄 台数も急速に増え始め, 2030年には10万台分の電池 が廃棄されると推計されている. 一般的にリチウムイオン電池は, 正極側にアルミ ニウム箔, 負極側に銅箔が使用され, 正極材には コバルトをはじめとするレアメタルが含まれている. また, 電池のカバーには, 鉄, アルミニウムやSUS (ステンレス鋼)等の金属が含まれるなど, 資源 価値が高い材質を多く含んでいる(Fig.1). 適正な 資源循環のためには, リチウムイオン電池の廃棄量 が急増する前にリサイクルシステムを構築しておく ことが重要である. 車載用リチウムイオン電池は, 携帯電話等に使用 されている小型リチウムイオン電池より高い電気容 量であることに加え, 引火性のある溶媒である電解 液が含まれていることから, そのまま破砕処理を行 うと発熱・発火の危険性を有している. さらには, 電解液には人体に有害なフッ素を含む化合物も用い られており, 前述の発熱・発火に伴ったフッ素化合 物の発生の危険性も有している. これらのことから, 自動車リサイクル法において「事前取外し物品」に 指定されている使用済みリチウムイオン電池には, 安全性の高い回収・リサイクルの仕組みが求められ ている. Table 1 Popularizing targets of next-generation vehicles /Submitting1) (次世代自動車の普及目標1)) Fiscal year Next-generation vehicles Hybrid vehicles All-electric vehicles Plug-in hybrid vehicles Fuel cell vehicles Clean diesel vehicles 2020 20∼50% 20∼30% 15∼20% 2030 50∼70% 30∼40% 20∼30% ∼1% ∼5% ∼3% 5∼10% 60 太平洋セメント研究報告(TAIHEIYO CEMENT KENKYU HOKOKU) 第170号(2016):田村 他 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― このような背景の下, 当社は貴金属リサイクルな どを手がける松田産業株式会社と共同で, リチウム イオン電池から鉄, 銅, アルミニウム, レアメタル などをリサイクルする技術開発を2011年度より開始 した. 開発の課題は, リチウムイオン電池を加熱した際 に発生するフッ化物を含む排ガスの処理である. 当 社は,セメント製造工程を活用することで安価にフ ッ化物を含む排ガスを処理する技術を開発し, 2015 年度には, 処理能力を3トン/日とする設備を設置 して実証試験を行ってきた. 本報告では,当社が担当したリチウムイオン電池の 加熱による前処理技術と,松田産業社の開発した破 砕・選別処理による金属回収技術について紹介する. Positive electrode Negative electrode ー Copper foil Separator + Aluminum foil Positive electrode material (Co,Ni,etc.) Negative electrode material (C) Nonaqueous electrolyte 2.リサイクル事業の概要 Fig. 1 Structure of lithium-ion batteries (リチウムイオン電池の構造) 事業化予定のリチウムイオン電池のリサイクルシ ステムを Fig.2 に示した. 使用済みリチウムイオン MATSUDA SANGYO CO.,LTD TAIHEIYO CEMENT Corp. + Nationwide network of collection and transport and technology of recycling metals Technology of recycling waste materials Exhaust gas and waste heat Base of MATSUDA SANGYO CO.,LTD Used lithium‐ion batteries ・Collection ・Transport ・Transshipment ・Safekeeping Dissolution Sorting Electronic components Used lithium-ion battery packs ・Collection ・Transport Fig. 2 Plastic materials Dismantling battery packs Cement plants Recycle as raw materials and fuels of cement harmless treatment of fluoride New base only for recycling batteries Roasting Under 600℃ Iron Crushing Sorting Copper Roasting facilities (testing facilities) Recovering rare metals Aluminum Roasting batteries Residue Rare metal ・Crushing ・Sorting Recycling system of used lithium-ion batteries (使用済みリチウムイオン電池のリサイクルシステム) Selecting valuable materials 61 太平洋セメント研究報告(TAIHEIYO CEMENT KENKYU HOKOKU) 第170号(2016):田村 他 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 電池の収集は, 松田産業社が保有する全国収集運搬 のネットワークを活用して行う. 回収されたリチウ ムイオン電池には, 電子基板やプラスチック類が付 いているため, 解体して電池単体を取り出す. 電子 基板, プラスチック類は有価物として売却する. 電子基板などを取り外したリチウムイオン電池は, 600 ℃ 以下の温度で加熱処理され, 電池内の電解液 や被覆しているプラスチック等の分解・蒸発・炭化 を行う. この 600℃ 以下の加熱処理は, 融点以下の 高温処理であることから「焙焼」と呼んでいる. 焙 焼した処理物は破砕機で細かく破砕され, 篩選別, 磁力選別, 比重選別等の物理選別処理で, 鉄, 銅, アルミニウムとレアメタルを含む粉末に選別する. 回収した金属は売却し, 最終的に製鉄会社や非鉄製 錬会社でリサイクルされる. 物理選別処理後の回収 残渣である粉末にはカーボンが多く含まれており, セメント原燃料としてリサイクルされる. 電解液を蒸発させた際に生じるフッ素やフッ化水 素を含んだ腐食性の高い排ガスは, セメントの焼成 設備に送り込むことで, セメント原料の石灰石に含 まれるカルシウム分と結合させて無害化することが できる. 焙焼処理の熱源にはセメント焼成設備の排 熱を利用して, コストの低減を図ることもできる. Fig. 3 Appearance of roasting facilities for verification (焙焼実証設備の外観) 3.技術開発の経緯と進捗 本技術は太平洋セメント社と松田産業社が 2011 年度に共同で研究に着手し, 2013年度以降は経済産 業省の補助を受けて研究開発を進めた. 研究当初は 小型の焙焼炉で種々のデータとノウハウを蓄積し, これを基に, 2014 年に処理能力を1日当たり3トン とした実証設備を製作した(Fig.3). 実証設備の試 運転を 2015 年の1月より開始し, 焙焼処理条件の 最適化と負荷試運転での能力アップを繰り返して, 2015年10月には, 24時間連続運転で目標能力の1日 あたり3トンの処理能力を確認した. また, 24時間連続運転時の排ガスを用いて, セメ ント製造工程でのフッ素の無害化を模擬した検証実 験を行った. 焙焼により発生した排ガスを一部抽気 してセメント原料を充填したカラムを通過させるこ とで, 排ガス中のフッ化物が吸着できることを確認 した(Table 2). カラム通過前にフッ化物濃度が 210 mgF-/m3 Nであったものを,通過後は0.9mgF-/m3 N とすることができ,環境省の定める基準(1mgF-/m3 N 以下)を達成して排ガス処理の基盤技術を確立した. Table 2 Effect of reducing fluoride using cement raw materials adsorption (セメント原料での吸着による フッ化物の低減効果) Exhaust gas Exhaust gas after adsorption The density of fluoride (mgF-/m3N) 210 0.9 予定している実プロセスではセメント製造工程を用 いた排ガス処理となるため, 今回の検証実験と比較 してはるかに多量のセメント原料と接触させること となり,さらなる低減が期待できるものと推察する. 62 太平洋セメント研究報告(TAIHEIYO CEMENT KENKYU HOKOKU) 第170号(2016):田村 他 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 焙焼した処理物は, 松田産業社に設置した破砕・ 選別の実証設備で金属の回収を行う(Fig.4, 5). リチウムイオン電池は,正極にアルミニウム箔と リチウムやコバルトおよびニッケルなどのレアメタ ルの化合物を用いており, 負極に銅箔とカーボンを 使用している. メーカーによって材料の構成は異な るが, 銅やアルミニウムがいずれも2∼3割, 鉄が 1割前後含まれている. 破砕・選別設備では, まず焙焼した処理物を破砕 機で細かく破砕し, 次に篩による分級で, リチウム, コバルト, ニッケル等が含まれる極材粉とアルミニ ウム箔, 銅箔, 鉄などの金属類に分離する. 極材粉 からは, 非鉄製錬会社でコバルト等のレアメタルの Fig. 4 Appearance of crushing and sorting facilities (破砕・選別設備の外観) Roasted batteries Crushing equipment Screening equipment Electrode materials and others Magnetic material (iron) Magnetic separator Mixed metals(copper, aluminum) Lumps of Copper and Aluminum Wind specific gravity sorter Mixed metals (Laminated foils of Copper and Aluminum) Copper foils Copper-aluminum separater Aluminum foils Fig. 5 Crushing and sorting flow of roasted batteries (焙焼されたリチウムイオン電池の破砕選別フロー) 4.お わ り に 回収を行い, 回収後の残渣はセメントの原燃料とな る. 金属類は, 磁力選別により鉄と非磁着物である 銅, アルミニウムなどを含むミックスメタルに分離 される. ミックスメタルはさらに比重選別機で塊状 のものと箔状のものに分離され, 箔状のものは銅・ アルミニウム選別機で銅箔とアルミニウム箔に分離 される. 鉄は, くず鉄として売却する. これらの金 属回収物は, 実証試験の結果, 売却可能な品位にま で選別・濃縮できる目処が立っている. 2016 年度は, これらの実証設備を実際のセメン ト製造設備に移設し, 実用化に向けた検証を開始す る予定である. 使用済みリチウムイオン電池の処理は, メーカー による回収や電気炉製鋼法の原料にすることが多く, リサイクルする仕組みが整っていないことが現状で ある. ハイブリッド自動車や電気自動車の普及によ る大量廃棄に備えて, リサイクル技術の確立と使用 済み電池の回収ネットワークの整備を進めることで 資源循環への貢献を推進していきたい. 参 考 文 献 1) 経済産業省製造産業局自動車課, 自動車産業 戦略 2014,p21-22.
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