アメリカにおける住宅ローンに係る消費者保護の

レポート
1
Report
アメリカにおける住宅ローンに係る消費者保護の動向
~ドッド・フランク法とRegulation Zを中心に~
住宅金融支援機構 住宅総合調査室 主席研究員(海外市場担当)
❶ はじめに
小林 正宏
のシステミックリスク抑止の観点から、巨大な金融
機関※ 3 への対応やボルカー※ 4・ルール、デリバティ
2008 年 9 月のリーマン・ブラザーズ破綻に端を発
ブの規制等に注目が集まっているが※ 5、問題の震源
した戦後最悪の不況から世界経済は回復過程にあり、
地となった住宅ローン市場についても、重要な改革
震源地となったアメリカの GDP は 2011 年第 2 四半
案が多く含まれている。
期まで、8 四半期連続で前期比プラスを維持してい
ドッド・フランク法はアメリカの国内法であるが、
※1
る
。一方で、中東・北アフリカにおける地政学リ
金 融 シ ス テ ム が 複 雑 化 し、 国 際 的 に 規 制 の 収 斂
スクの高まり、欧州のソブリン危機の再燃、東日本
(Convergence)が推進されている環境において、
大震災によるサプライ・チェーンの寸断等、世界経
他国にも同様の規制を導入する圧力となりうる。実
済の下振れリスクもなお残っている。
際、ガイトナー財務長官は、2010 年 9 月 22 日の議
そうした中、金融危機の再発を防止し、納税者を
会証言で、各国が同じ土俵で競える(Level Playing
保護するため、金融規制を強化する改革が欧米で進
Field)よう要請していくことを表明している。
行中である。その代表例が、アメリカで 2010 年 7
日本において、アメリカの改革が直ちに影響する
月 21 日に成立した「2010 年ドッド - フランク ウォー
わけではないが、同法における規制強化の動き、特
ル 街 改 革 及 び 消 費 者 保 護 法(Dodd-Frank Wall
に消費者保護の動向について整理しておくことは有
Street Reform and Consumer Protection Act of
益であると思われる。
2010 ※ 2、以下「ドッド・フランク法」と表記)
」である。
今回の金融危機の初期段階においては、金融緩和
やグローバル・インバランスによる過剰流動性がア
❷ 消費者金融保護局の創設
メリカの住宅バブルに火をつけ、それが安易な審査
ドッド・フランク法は、大恐慌以来の抜本的なア
と金融機関のモラルハザードを増長し、消費者保護
メリカの金融規制改革と呼ばれるように、法案段階
が蔑ろにされる中でサブプライムローンが蔓延して
で約 2,300 ページ、政府印刷局による製本ベースで
いった。ドッド・フランク法においては、金融市場
849 ページに上る膨大な分量があるが、そのうち、
※ 1 ただし、2011 年に入り、減速感が強まっており、第 1 四半期は前期比年率 0.4% に下方修正された。
ドッド - フランクは、法案成立当時の上院銀行委員長 Christopher Dodd と、下院金融サービス委員長 Barney Frank(共に民主党)の名に由来。
※ 2 Public Law 111-203。なお、
※ 3 システム上重要な金融機関のことを略して SIFI(Systemically Important Financial Institution)と呼ぶ。このうち、世界的に展開している SIFI は G-SIFI(Global SIFI)と呼
ばれる。なお、バーゼル銀行監督委員会の上位機関である中央銀行総裁・銀行監督当局長官グループは、6 月 25 日、グローバルにシステム上重要な銀行(Global
Systemically Important Banks:G-SIBs)に対し、1 ~ 2.5%の追加的な資本(Common Equity Tier 1)を求めることで合意した。 28 行程度が対象となる見込みとされる。
※ 4 元 FRB 議長、Paul Volcker。氏の提唱した自己勘定取引の禁止等が一般にボルカー・ルールと呼ばれている。
※ 5 本稿では、住宅ローンに関係のある条項のみを対象としているが、法律の全体像を解説した書籍としては、松尾 2010b が参考になる。
66
Housing Finance 2011/ Summer
Profile
小林 正宏(こばやし まさひろ) 住宅金融支援機構 住宅総合調査室 主席研究員(海外市場担当)
1988 年東京大学法学部卒業。海外経済協力基金(OECF)マニラ事務所駐在、国際協力銀行(JBIC)副参事役、ファニーメイ特別研修派遣、住宅金融公庫企画部総括
調査役、同総合企画部副参事役、住宅金融支援機構住宅総合調査室主任研究員等を経て、2011 年 4 月より現職。著書に『通貨で読み解く世界経済 ドル、ユーロ、人
民元、そして円』(中央公論新社、2010 年、共著)、
『世界複合不況は終わらない』(東洋経済新報社、2009 年)等がある。著述は、「GSE 危機とそのインプリケーション―ガ
バナンスの観点を踏まえて―」
(財務省『フィナンシャル・レビュー』第 95 号、
“Developments in the Japanese mortgage and housing markets”
(EMF、Hypostat2009)
「
、欧
州カバードボンド制度が我が国ストラクチャードファイナンス分野に与える示唆」
(証券化・流動化協議会『SFJ 金融・資本市場研究』第 2 号)他、多数。ECBC Plenary
Meeting、EMF Annual Conference、日本建築学会、日本不動産学会、証券経済学会、東京大学公共政策大学院、東京大学経済学部日本経済国際共同研究センター、
1st Housing Forum Europe & Central Asia、APUHF Workshop on Housing Finance 等、国内外での講演歴多数。2011 年 4 月より中央大学経済研究所客員研究員。
住宅ローンに直接的に関連するのは、第 10 章と第
モーゲージ・バンクやモーゲージ・ブローカーは連
14 章である。
邦政府の規制に服さないところも多く、サブプライ
まず、第 10 章においては、省庁横断的な組織と
ムローンの温床ともなっていた。
し て、 消 費 者 金 融 保 護 局(Consumer Financial
CFPB の設立により、消費者保護の観点からは、
Protection Bureau:以下「CFPB」と略)が新設さ
継ぎ接ぎ(Patchwork)と揶揄されることの多かっ
れることが規定されている。
たアメリカの金融規制に統一的な網がかかることに
アメリカの金融監督体制は、歴史的背景を踏まえ、
なる※ 7。同法 Section1024 において、住宅ローンの
極めて複雑な構成となっている。アメリカでは州政
オリジネーターやブローカー、サービサーについて
府の権限が強く、また、銀行についても、州免許の
も対象となることが明記されている※ 8。
【図- 1】
。
州法銀行と連邦免許の国法銀行が混在しており、ぞ
ドッド・フランク法 Section 1011 では、CFPB は
れぞれ、
連邦政府における監督官庁も異なっている。
FRB(連邦準備制度理事会)の中の独立した部局
これは、連邦制という国家の成り立ち、並びに巨大
と し て 設 立 さ れ る こ と が 規 定 さ れ て い る。 同 法
金融支配への嫌悪という感情が今なお根強く残って
Section 1062 において、権限の委譲は原則的に同法
※6
いることに由来する
。このような背景もあり、ア
成立後 180 日以降 12 ヶ月以内の期間とされたが、1
メリカの金融規制は包括的ではなく、また、中小の
年後の 2011 年 7 月 21 日に設立された。CFPB の設
図- 1 アメリカの金融監督体系(主なもののイメージ)
【従来】
FRB
OCC
OTS
州政府
組織を監督
銀行持株会社
州法銀行
国法銀行
貯蓄金融機関
MB等
住宅ローン等
住宅ローン等
住宅ローン等
住宅ローン等
住宅ローン等
【今後】
FRB
OCC
CFPB
組織を監督
州政府
商品・行為を監督
住宅ローン等
銀行持株会社
州法銀行
国法銀行
貯蓄金融機関
MB等
※MB=モーゲージ・バンク、ブローカー
注)OCC = Office of Comptroller of Currency、OTS = Office of Thrifts Supervision
※ 6 詳細は小林・中林の 68-70 ページ参照。
※ 7 ただし、自動車ディーラー(Auto Dealer)については、Section 1029 で明示的に適用除外とされている。
※ 8 ただし、業務検査(Examination)と報告書の提出義務の対象となるのは資産 100 億ドル以上の預金金融機関と信用組合のみ等、濃淡はある。
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立に向けて、オバマ大統領は、2010 年 9 月 17 日に
特別顧問
※9
に Elizabeth Warren を指名し、同女史
開示に関し、
「 貸付真実法(Truth in Lending Act:
TILA)
」※ 11 と「 不 動 産 決 済 手 続 法(Real Estate
が実施チームを率いてきたが、2011 年 7 月 18 日、
Settlement Procedures Act:RESPA)
」の書式を統
前 オ ハ イ オ 州 司 法 長 官(Attorney General)の
合することを求めている※ 12。一方で、情報開示を促
Richard Cordray を CFPB の 初 代 長 官 に 指 名
進しつつも、Section 1033 において、金融機関にお
(Nominate)した。CFPB の長官ポストは上院の承
ける審査アルゴリズム※ 13 等の機密情報の開示は不
認(Comfirmation)対象であり、債務上限問題が
要としている。
こじれる中、強硬派の Warren 女史では承認が難航
すると予測されたためと言われている。
CFPB は住宅ローンに限らず、金融商品全般につ
❸ 住宅金融改革及び反略奪的貸付法
いて、不公平、詐欺的ないしは悪虐的な行為・慣行
ドッド・フランク法の第 14 章は、「住宅金融改革
(Unfair, Deceptive or Abusive Acts or Services)
及び反略奪的貸付法(Mortgage Reform and Anti-
から消費者を保護するために、金融商品・サービス
Predatory Lending Act)」となっている。第 14 章
に 係 る 規 則 を 制 定 す る 排 他 的 な 権 限(Exclusive
はいくつかの副章(Subtitle)に分かれており、主
Authority)を付与される。他の連邦政府機関が発
要 な も の と し て、 副 章 A― 住 宅 ロ ー ン 融 資 基 準
した既存の規則と競合する場合は、CFPB の規則が
(Subtitle A-Residential Mortgage Loan Origination
優越する。また、州法との齟齬がある場合は、Section
Standards)
、
副章 B―住宅ローンの最低基準
(Subtitle
1041 に 基 づ き、CFPB の 規 則 が 優 越 す る。 仮に、
B-Minimum Standards For Mortgages)がある※ 14。
州法の方がより強い消費者保護を付与する場合は、
副章 A では、消費者が返済能力(ability to pay)
州 法 が 優 越 す る ことも あ りうる が、 そ の 判 断 は
に応じた合理的な金利水準の住宅ローンを享受でき
CFPB に委ねられている※ 10。違反した場合は 1 日当
るよう、貸付真実法の内容を一部修正し、オリジネー
た り 最 高 100 万 ド ル の 民 事 制 裁 金(Civil Money
ターが手数料を稼ぐために消費者に不利な住宅ロー
Penalty)が課せられる。
ンへ誘導する(Steering)ことを禁止する等、コンプ
具体的な規制の対象は、第 14 章(Title XIV)に記
ライアンスの強化を含めた金融機関の資質の向上が
載 さ れ て い る が、 第 10 章 に お い て も、 例 え ば
規定されている。
Section 1032 において金融商品の情報開示の促進が
サブプライム問題では、本来はもっと有利な条件の
規定され、同条(f)においては、住宅ローンの情報
住宅ローンを利用できていたにもかかわらず、消費者
※ 9 Assistant to the President and Special Advisor to the Secretary of the Treasury on the CFPB
※ 10 ただし、違反事例を提訴する場合は、州の司法長官への事前通告が必要とされる。
」により改正されているが、本稿では割愛する。
※ 11 貸付真実法の一部は「住宅ローン情報開示改善法(Mortgage Disclosure Improvement Act of 2008:MDIA)
※ 12 従来、TILA に基づく情報開示書式は 2 ページ、RESPA に基づく情報開示書式(Good Faith Estimate)は 3 ページあったが、重複する内容も多かったことから、これを統合しよ
うとするもの。第一次案に対し、13,000 件のコメントが寄せられ、第 2 次案が検討中であったが、2011 年 2 月に、CFPB が設立された後に最終案を公表すると先延ばしを決定した。
※ 13 一般的には、FICO スコアや融資率、返済負担率等複数のパラメターに一定の比重を掛けて融資の可否が判断されるが、そのパラメターの設定は金融機関の知的財産であり、
固有情報(Proprietary Information)として非開示が容認されている。ファニーメイにおいても、自動審査システムである Desktop Underwriter(DU)のプログラムの開示を
請求されたことがあるが、却下されている。
※ 14 この他、Subtitle C - High Cost Mortgages、D - Office of Housing Counseling、E - Mortgage Servicing、F - Appraisal Activities、G - Mortgage Resolution
and Modification、H - Miscellaneous Provisions がある。
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レ ポ ート
に不利な(逆に言えば金融機関が暴利を貪れるよう
第 14 章は、基本的に、貸付真実法の条文に修正
な)住宅ローンを取り次いだブローカーには金融機関
を加える形で構成されているが、そもそも、貸付真
から高い手数料が支払われたため、顧客に対する利
実法の実施細則は FRB の Regulation Z に落とし込
益相反行為が蔓延した。同章は、このようなインセン
まれており、具体的な内容については、Regulation
ティブ体系の歪みを是正するものである。
Z の改正内容を見ていく必要がある。
これを条文化したのが同法 Section 1402 で、貸付
真実法に Section 129B を追加し、コンプライアンス
の強化を推進している。なお、同項においては、消
❹ Regulation Z
費者が返済能力を合理的に反映した条件(terms
「1968 年 消 費 者 信 用 保 護 法(Consumer Credit
that reasonably reflect)の住宅ローンを受けられる
Protection Act of 1968)」の Title 12 として制定さ
ことを確保するとされている。このことは、サブプ
れ た 貸 付 真 実 法 は、 そ の Section 1604 に お い て、
ライムのようなリスクの高い層にまでプライム並み
情報開示に係る実施細則を FRB が制定することを
の低利融資を行う必要はないものの、略奪的貸付の
規定している。これに基づき、1969 年 7 月 1 日か
ように不合理に高い金利を課すことも禁止している
ら適用されている、住宅ローンを含む与信に係る規
と解される。
制が Regulation Z である。
副章 B では、住宅ローンの必要書類や手数料、審
Regulation Z は大別すると、クレジットカード等
査基準等についての最低基準を定めている。サブプ
の 使 用 額 が 定 ま っ て い な い 与 信(Subpart B-
ライムに準じるオルト A
(Alternative A)
ローンでは、
Open-End Credit)と、住宅ローンのような融資当
収入証明書がなくても貸付が実行されたが、副章 B
初に利用額が定まる与信(Subpart C-Close-End
では、W2 と呼ばれる内国歳入庁(Internal Revenue
Credit)に分かれている。その他、高金利型住宅ロー
Service:IRS)の書式等による収入証明書の添付を
ンやリバース・モーゲージに係る取引を規定した条
義務付けている。また、融資手数料については、融
項(Subpart E-Special Rules for Certain Home
資額の 3%以下(金利を引き下げるためのポイン
Mortgage Transactions)もある。
ト
と呼ばれる手数料は除く)とされ、融資の審査
貸付真実法は、当初はクレジットカードやリース
金利についても、変動金利タイプ(固定金利選択型
契約を中心に立法化が進んだ。しかし、消費者金融
を含む)では、金利見直し後の指標に完全に連動し
取引における住宅ローンの重要性が高まる中で、こ
た
(Fully indexed)
金利で審査することとされており、
れも対象に加えられた。特に、住宅ローンの商品性
その目安として、当初 5 年間の理論上ありうる最高
が多様化する中で、変動金利型住宅ローンの情報開
金利での審査を適用していれば、違反とはみなさな
示が強化されていったのが特徴と言える。
いというセーフ・ハーバー(Safe Harbor)条項が入っ
米国において、変動金利型住宅ローンは 1970 年
ている。
代 に 一 部 の 貯 蓄 貸 付 組 合(Savings and Loan
※ 15
※ 15 Points。 1 ポイントは、融資額の 1%。アメリカでは、住宅ローンの金利を申込時に固定
(Lock-in)
するために支払う手数料としてのポイントに加え、
住宅ローン金利が通常 0.125%
刻みであるのに対し、MBS のクーポンが 0.5%刻みであるために、その差分を調整するための手数料(Buy-up, Buy-down)としてのポイントもある。
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Association:S & L)が導入したが、本格的に普及
④最悪シナリオによる返済額計算例の提供
したのは 1982 年に「代替的住宅金融取引衡平法
融資期間中に想定される最高金利及び最高償還
(Alternative Mortgage Transaction Parity Act of
金額を開示(③と④はいずれかを選択可)。
1982)
」が制定された後であり、フレディマックの
Primary Mortgage Market Survey でも、変動金利
30 年固定が事実上の標準商品(De facto Standard)
型住宅ローンに関する金利の統計は 1984 年から集
となっているアメリカの住宅ローン市場においては、
計されている。これに伴い、
「競争的平等銀行法
変動金利型住宅ローンは、基本的に例外商品と認識さ
(Competitive Equality Banking Act of 1987)」 を
れており、ファニーメイ、フレディマックの改革に
受けて Regulation Z が 1988 年に改訂された際に、
おいても、両組織を廃止した場合にアメリカ国民に
変動金利型住宅ローンは同規制上の情報開示の対象
とって市民権同然とも言われる 30 年固定ローンが
となった。
利用できなくなる懸念が改革の実施を困難にしてい
Regulation Z は、Section 226.19 ※ 16 において、変
る。逆に言えば、変動金利型住宅ローンは、それだ
動金利型住宅ローンについて、以下の情報開示を行
けリスクの高い商品と認識されてきたにもかかわら
うよう規定していた。
ず、サブプライム問題では、その金利変動リスクが
顕在化してしまった。その原因の一つが、従来の
①変動金利型住宅ローンについて説明した小冊子
Regulation Z が主に FRB の管轄下にある預金金融
の配布
機関を対象としており、州免許のモーゲージ・バン
FRB と OTS(貯蓄金融機関監督庁※ 17)が作成
ク、ブローカーには適用されなかったことにあり、
した、変動金利型住宅ローンの仕組みについて数
この点については、2 で触れた CFPB への監督権限
値例を用いて説明するハンドブックを配布。
の集約で対応可能となる。一方で、FRB の管轄下
②ローンプログラムに関する情報開示
にあった銀行では全く問題がなかったというわけで
金利決定方式、指標金利、金利上限、支払額増
もない。その反省を踏まえ、Regulation Z には以
加限度などの条件を開示。
下の改正が加えられる予定となっている(一部は適
③ 15 年間の金利変動実績データによる返済額計
用済み)。
算例の提供
※ 18
まず、ドッド・フランク法に先立つ 2008 年 7 月
直近 15 年間の指標金利等に基づいて計算した
14 日の修正※ 19 では、固定期間選択型(アメリカで
場合、返済額がどのようになるかを提供。
は Hybrid ARM ※ 20 と呼ばれる)の広告に際して、
※ 16 Certain residential mortgage and variable-rate transactions
。
※ 17 ドッド・フランク法により、通貨管理庁(Office of Comptroller of Currency:OCC)に統合(いずれも米財務省管轄)
※ 18 Regulation Z では過去 15 年間の実際の金利変動に基づく返済額計算例を示すこととされていたが、1996 年の「経済成長並びに規制上要求される書類を削減する法律
」により、キャップ(Cap:変動幅の上限)がある場合の契約上の最高金利に基づく返済額計算
(Economic Growth and Regulatory Paperwork Reduction Act of 1996)
例で代替可能となった。このため、現在は過去 15 年間の実際の金利変動に基づく返済額計算例の開示を選択する金融機関は余り見受けられない。
※ 19 Amendments to protect consumers in the mortgage market from unfair, abusive, or deceptive lending and servicing practices while preserving responsible lending
and sustainable homeownership; to ensure that advertisements for mortgage loans provide accurate and balanced information and do not contain misleading or
deceptive representations; and to provide consumers transaction-specific disclosures early enough to use while shopping for a mortgage
※ 20 Adjustable Rate Mortgage(変動金利型住宅ローン)の略。アームと発音。Hybrid ARM は、当初数年間は固定で、リセット(見直し)後に変動金利等に移行するハイブリッ
ドな商品性から、そのような名称となっている。
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レ ポ ート
金利変動リスクがあるにもかかわらず、固定金利で
ローンの危険性について、消費者に十分理解させる
あるかの如き誤解を生じるような広告を禁止し、原
こととしている。
則的に全期間固定金利型住宅ローン以外は「固定」
これらの改正を通じ、消費者が住宅ローンの商品
という表現での広告を禁止した。同修正は、2009
性とリスクを十分に理解し、リスクを管理できるこ
年 10 月 1 日から適用されている。
とを証明した場合にのみ、複雑な商品を提示しても
ドッド・フランク法成立直後、2010 年 8 月 16 日
よ い よ う に す る( 原 則 的 に 単 純 な 商 品〔Plain
の修正
※ 21
では、オリジネーターが借り手のコスト
vanilla〕を一義的には販売させる)方向性を明確に
を重くして自分たちの収益が上がるような住宅ロー
しているやに見受けられる※ 23。結果的に、住宅ロー
ンに誘導することを防ぐため、コスト構造の明確化
ンにおける全期間固定型のシェアは 9 割を超えるに
と不利なローンへの誘導の禁止を規定し、
「利回り
至り、当初は変動金利型を借りた債務者も、借換の
スプレッドプレミアム(yield spread premium:ロー
際にはほとんどが固定金利に乗り換えるという状況
ン金利に応じた手数料)
」を禁止すると同時に、消
に至っている【表- 1】
。
費者と金融機関の双方から手数料を受け取ること
一方で、これらの改正に対し、金融業界からは、事
や、仲介業者や融資担当者に特別報酬を支払うこと
務負担とコストの増加を招き、消費者の利益に反す
を禁止している。業界団体からは 2011 年 3 月に差
るとの意見も表明されている。なお、Regulation Z
し止めを求める訴訟も提起されたが、却下され、同
についても、2011年 7月 21日以降は、CFPB の管轄と
修正は 2011 年 4 月 1 日から適用されている。
なった。
また、同日に発表された別の修正※ 22 では、変動
金利型住宅ローンの情報開示を強化し、変動金利型
ローンについて、最初の 5 年間で想定される最も高
❺ S. A. F. E. Mortgage Licensing Act
い金利と最高の返済額の開示と、返済期間を通じた
ドッド・フランク法でも何箇所かで引用されてい
金利および返済額の負担上限を示す「最悪ケース」
るが※ 24、住宅ローンのオリジネーションの世界で重
を借り手に説明することを求め、変動金利型住宅
要な法律に、
「住宅ローンの取扱免許に係る安全かつ
表- 1 アメリカの住宅ローンの借り換えパターン(2010 年第 4 四半期)
借換前
変動
固定期間選択型
バルーン
15 年固定
20 年固定
30 年固定
変動
0%
0%
0%
0%
0%
0%
固定期間選択型
9%
21%
9%
1%
1%
1%
バルーン
0%
0%
0%
0%
0%
0%
借換後
15 年固定
27%
6%
23%
87%
70%
20%
20 年固定
9%
6%
8%
1%
10%
12%
30 年固定
55%
67%
60%
10%
19%
67%
全期間固定型計
91%
79%
91%
98%
99%
99%
(資料)フレディマック
※ 21 Amendment to protect consumers from unfair or abusive lending practices that can arise from certain loan originator compensation practices
※ 22 Amendment revising the disclosure requirements for closed-end mortgage loans
非標準的なローンとしては元本の返済が先送りされる IO ローンやネガティブ・アモチ(Negative Amortization)ローンのみが規定されている(Section 1411-§129C(a)
※ 23 法文上は、
(6))が、変動金利の返済能力の計算方法(Section 1412)や Hybrid ARM の金利見直しの事前通知規定(Section 1418)を見れば、基本的には固定金利型を勧奨して
いると総合的に判断できよう。
※ 24 Section 1100、1401(3) 等
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公正を促進する法律(Secure and Fair Enforcement
for Mortgage Licensing Act of 2008:SAFE 法
※ 25
)
」
さ れ て い る。 同 細 則 の 実 施 権 限 も 7 月 21 日 に
CFPB に移管された。
がある。これは、ファニーメイとフレディマック
また、同法とは別に、サービシング業務全般の見
への公的資金注入を可能とした「住宅経済復興法
直しについて、連邦住宅金融局(FHFA)がファニー
(Housing and Economic Recovery Act of 2008:
メイとフレディマックと協力して検討を開始してお
HERA)
」
と同じ 2008 年 7 月30日に成立した法律である。
り、連邦議会でも上院銀行委員会で 5 月 12 日に公
州の免許で事業を営む中小規模のモーゲージ・バ
聴会が開催された。
ンクやブローカーは、行為規範に係る規制も州当局
アメリカでは、サービシングフィーは一般的に
が独自に設定していたため、一部の州ではそれがサ
25bp(変動金利の場合は 37.5bp)とされている。
ブプライム問題を助長した。このため、同法では、
これは、住宅ローンのサービシング権(Mortgage
全国一律の基準に則った免許付与のための立法を各
Servicing Rights:MRS ※ 28)について、証券化を前
州に 1 年以内に制定することを義務付けた。各州の
提とした市場構造の中で、元々債権譲渡が頻繁に行
当局は、
全国住宅金融免許制度・登録簿(Nationwide
われ、更に業務の集約化によるコスト削減の動きが
Mortgage Licensing System and Registry:NMLS)
進む中、MRS が譲渡された後も適切にサービシン
への加盟を要求されている。
グ業務が遂行されるよう、最低サービシングフィー
全国一律の基準には、免許付与のための試験や免
が設定されたことに由来する。
許付与前・取得後の毎年の講習の実施や、FBI ※ 26 に
ただし、今般の住宅バブル崩壊を受け、差押が急
よる犯罪歴の確認のための指紋(Fingerprints)の提
増する中、従来のサービシングフィーの体系では柔
出も義務付けている。
軟な返済条件変更のような労働集約的な業務に人的
なお、同法では、財務状況の監査や免許付与のた
資源を割けない点が問題として指摘されており※ 29、
めの財務基盤についても各州が制定することとされ
かつ、不良債権と正常債権ではサービシング業務の
た。しかし、実際に制定された条件を見ると、必要
事務負荷が異なることから、現在、サービシング
とされる財務監査や純資産の条件は州によりばらつ
フィーの一部(5bp 程度)を信託に積み立てる方式
きが見られる。純資産 25 万ドル以上とする州が多
も検討されている。
い
※ 27
一方で、純資産の水準について全く規定がな
い州も一定に存在する。同法の実施細則については、
HUD(住宅都市開発省)が 2011 年 6 月 29 日に公
表したが、適用除外となる対象を巡り、混乱も指摘
❻ 証券化におけるリスク保持
ここまでの内容は主に住宅ローンの第一次市場
※ 25 Title V of P.L. 110-289
※ 26 Federal Bureau of Investigation(連邦捜査局)
※ 27 ファニーメイと取引を行う金融機関の最低基準と同じ。
※ 28 アメリカにおいて、MRS は、会計上は IO(Interest Only)と同じ扱いとなり、公正価値(Fair Value)の変動はその他包括利益(Accumulated Other Comprehensive
Income:AOCI)としてバランスシート上に反映される。なお、バーゼルⅢでは、MRS の自己資本算入は Tier 1 普通株資本の 10%までに制限されている。
※ 29 2010 年秋に噴出した抵当権実行を巡る一連の問題についても、サービサーの報酬体系が主たる要因として指摘されている。 2011 年 4 月に大手 14 社に対して出された業務改
善命令(Consent Order)でも、サービシングと抵当権実行に係るコンプライアンス・プログラムの設定を要求している。
72
Housing Finance 2011/ Summer
Report 1
レ ポ ート
(Primary Mortgage Market)に関するものであるが、
たが、8 月 1 日まで延長されることが 6 月 10 日に発
ドッド・フランク法では、住宅ローンの第二次市場
表された。民間の証券化では、一般的に、優先劣後
(Secondary Mortgage Market)に係る条項もある。
構造による内部信用補完が施され、原資産のキャッ
サブプライム問題では、住宅ローンが債権譲渡され、
シュフローは、いくつかのトランシェ(Tranche)
証券化されることで、原債権がデフォルトした場合
に細分化される。そこで、5%のリスク保持の方法と
に顕在化する信用リスクが世界中の MBS の投資家に
しては、
①各トランシェの 5%とする垂直的
(Vertical)
伝播していった。このように信用リスクが移転するこ
リスク保 持、② 最 初に損 失を負担 する(first-loss
とで、証券化商品を組成する主体には、適切な信用
exposure)トランシェの厚みを 5%以上とし、それ
リスク管理を怠るモラルハザードがあった。これを是
を保持させる水平的(Horizontal)リスク保持、③
正するために、証券化組成者(Securitizer)に、原
それらの組み合わせの L 字型(L-Shaped)リスク保
債権の信用リスクの一部を保持させることが、同法
持、等が例示されている。いずれの場合も、リスク
の 第 9 章 の 副 章 D、資 産 担 保 証 券 化 過 程 の 改 善
を負担させ続ける=Skin in the game の発想から、
(Subtitle D-Improvements to the Asset-Backed
当該リスクをヘッジないし第三者に移転することは
Securitization Process)に規定されている。
禁止されている【図- 2】
。
具体的には、Section 941 において、証券取引法
一方、QRMs の定義については、①融資率 80%※ 31
(Securities Exchange Act of 1934)に Section 15G
以下(頭金 20%以上)
、②返済負担率 28%以下(当
を追記し、信用リスク保持(Credit Risk Retention)
該融資のみ。その他借入を含めた場合は 36%)
、③
を規定し、適格住宅ローン(Qualified Residential
借入時点で 30 日以上の延滞履歴なし、④過去 24 ヶ
Mortgages:QRMs)を原債権とする場合を除き、
月以内に 60 日以上の延滞履歴なし、⑤過去 36 ヶ月
原則的に 5%以上の信用リスクを保持すること、と
以内に破産・抵当権実行等の履歴なし、等となって
されている。これは、証券化組成者が預金金融機関
いる。これらは、ファニーメイ、フレディマックの買
であるか否かを問わない。ファニーメイ、フレディ
取対象であるコンフォーミング・ローン(Conforming
マック等が証券化した Agency MBS は、Agency
による外部信用補完が付与されているので、適用除
外となる。
リスク保持の方法
垂直的(Vertical)
水平的(Horizontal)
原債権
証券化
具体的な基準については、2011 年 3 月 31 日に、
図- 2 リスク保持のイメージ
関係 6 機関※ 30 の共同記者発表において、QRMs の
シニア
シニア
を発表し、パブリックコメントを求めている。当初
メザニン
メザニン
案は 4 月 29 日の連邦公告(Federal Register)に掲
劣後
劣後
定義に加え、信用リスク保持の方法についての素案
示され、パブコメの期限は 6 月 10 日までとされてい
住宅ローン
各クラスを5%
最劣後から5%
※ 30 OCC、FRB、FDIC(連邦預金保険公社)
、FHFA、SEC(証券取引委員会)
、HUD
※ 31 購入資金の場合。借換は 75%、現金引出借換(Cash-out Refinance)は 70%。
Housing Finance 2011/ Summer
73
Loan)のバブル期前の基準にほぼ一致する※ 32。
おいても、3 年固定等の固定期間選択型が多く利用
された時期もあったが、幸いに、日本では低金利の
環境が続いており、ペイメント・ショックが顕在化
❼ 結びにかえて
するに至っていない。また、金融機関においても、
日本においては、純粋に民間ベースでの組成販売
例えば 3 年固定で当初金利が 1%であっても、融資
型(Originate to Distribute:OTD)モデルは根付
審査に際しては 4%程度の審査金利を適用して返済
いておらず、住宅ローンの債権譲渡を伴う金融取引
負担率を算定するようなケースが多かったとも言わ
は、住宅金融支援機構(以下、「機構」と略)の証
れる ※ 37。更に、日本では、金融庁検査において、
券化支援事業(買取型)くらいと言っていいのが現
与信取引に関する顧客への説明態勢が求められてい
状である。金融安定化理事会(Financial Stability
ることなども関係しているとされる※ 38。なお、機
Board:FSB)等による、モーゲージ・バンクの実
構においては、かつての「ゆとり返済」の反省も踏
態調査では ※ 33、アメリカほど OTD モデルが普及
まえ、フラット 35S や、フラット 35 の 10 年段階
※ 34
した国はないとされている
。
金利等のように当初金利が低い場合でも、金利見直
機構の証券化支援事業においては、住宅ローンを
し後の高い金利で審査を行っている。
融資するオリジネーターは機構に住宅ローン債権を
「はじめに」でも述べたが、アメリカはドッド・フ
譲渡することで一義的には原債権の信用リスク、金
ランク法の適用に関し、アメリカの金融機関のみ規
利リスク、繰上償還リスク等から解放される。ただ
制を強化することで、アメリカの競争力が失われ、
し、買取契約に違反する重大な事実が確認された場
金融機関が業務を規制の緩い海外に移管して金融業
※ 35
)違反で債権の買戻
の空洞化が進展することを阻止するためにも、各国
しを請求されることがある。これにより、
「債権を
と規制を共通化させる方向性を事ある毎に表明して
譲渡するがゆえにリスクを無視して無謀な貸付を行
いる。しかし、そのような規制の収斂は、国際的に
う」と批判されることの多い OTD モデルのモラル
業務展開している巨大金融機関、所謂 G-SIFI や、ク
ハザードは回避される位立てとなっている※ 36。
ロスボーダーでの取引が活発なデリバティブの規制
アメリカのサブプライムローンにおいては、多く
には適しているかもしれないが、ローカル性の強い
の債務者が 2 年固定(2/28)を選択し、金利リセッ
住宅金融の第一次市場については必ずしも域外適用
ト時に市場金利が高騰したために返済額が急増し
的な要請までも念頭に置いているとは見受けられな
(ペイメント・ショック)、破綻が続出した。日本に
い。その意味においては、アメリカの規制強化を日
合は、表明保証(レプワラ
※ 32 コンフォーミング・ローンには限度額があるが、QRMs には限度額はない。
“FSB invites feedback on residential mortgage underwriting practices”, September 20, 2010
※ 33 ※ 34 FSB の報告では、アメリカとロシアにおいてのみ、規制が緩いもしくは規制されていない機関が一定量の住宅ローンの融資を実施しているとされている。サウジアラビアとメキシコ
は特殊要因で高いとされている。
※ 35 Representations and Warranties の略。
※ 36 この点はファニーメイ、フレディマックについても同じであるが、両社の場合は、かつての監督官庁であった HUD から低所得者向けの住宅取得目標(Affordable Housing Goal)を設定
。そのような行動に出た背景として、ドッ
ド・フランク法
され、同目標の達成が役員報酬にも影響を及ぼしたため、リスクの高い住宅ローン債権を買い取った(小林・大類 151-153 ページ)
の Section 1491(4) では、HUD が住宅目標の算定にサブプライムローンを担保とした証券化商品を含めることを 1995 年に許可したことが記されているのは興味深い。
※ 37 この点については、公表された統計データが存在しないため、個別金融機関へのヒアリングに止まる。
※ 38 松尾 2010 a 19 ページ
74
Housing Finance 2011/ Summer
Report 1
レ ポ ート
本に直輸入する必要性は低いと考えられる。
「アメリカの住宅価格が全米一斉に大きく下落す
とはいえ、日本においては、余りにも長期間、低
ることはない」というかつての「神話」は崩壊した。
金利が継続したために、金利上昇に対する警戒心が
これと同じように、「日本の金利は上昇しない」と
極めて薄くなっている。しかし、今回の金融危機や
信じ続けるか否かは自己責任の範疇である。ただし、
東日本大震災の一つの教訓は、テールリスクが顕在
潜在的なリスクに備えなかった人を安易に救済する
化する時は急速かつ急激に発生する、ということで
ことで、備えることへのインセンティブをなくすこ
ある。日本では人口の減少が続く限りデフレは止まら
とのないよう、金融リテラシーを涵養しておくこと
ないという認識が蔓延している感もあるが、危機の
も必要であろう。
本質は平穏(Complacency)の中でこそ蓄積する。
そして、そのような時期が長いほど、反動が出た場
※本稿において、意見に係る部分は執筆者個人のも
合は衝撃が大きい。日本において、金利が一気に跳
のであり、住宅金融支援機構のものではない。
ね上がるリスクは低いかもしれないが、0 ではない。
参考文献
Financial Crisis Inquiry Commission“Final Report of the National Commission on the Causes of the
Financial and Economic Crisis in the United States”Official Government Edition, January 2011
FSB“Thematic Review on Mortgage Underwriting and Origination Practices Peer Review Report”17
March 2011
National Archives and Records Administration“Federal Register 24 CFR Part 267 Credit Risk Retention;
Proposed Rule”April 29, 2011
Sandra F. Braunstein,“Mortgage origination, Testimony Before the Subcommittee on Insurance, Housing,
and Community Opportunity, Committee on Financial Services, U.S. House of Representatives,
Washington, D.C.”July 13, 2011
U.S. Department of the Treasury“Reforming America's Housing Finance Market A Report to Congress”
February 2011
U.S. Government Printing Office“PUBLIC LAW 111-203-JULY 21, 2010 DODD-FRANK WALL STREET
REFORM AND CONSUMER PROTECTION ACT”
小林正宏・大類雄司『世界金融危機はなぜ起こったのか』
(東洋経済新報社、2008 年)
小林正宏・中林伸一『通貨で読み解く世界経済 ドル、ユーロ、人民元、そして円』
(中央公論新社、2010 年)
松尾直彦 a「日本に網羅的な借入者保護法制は必要か」
(
『金融財政事情』2010.11.8)
松尾直彦 b『Q & A アメリカ金融改革法 ドッド=フランク法のすべて』
(金融財政事情研究会、2010 年)
Housing Finance 2011/ Summer
75
スペインの住宅市場の変動と伝統的貯蓄銀行
カハ
(Caja de Ahorros)
の改革について
住宅金融支援機構 住宅総合調査室 主任研究員 新村 昌
たカハについて、制度改革や再編の状況を観察し、
はじめに
その改革のあり方を考察する。
スペインの不動産市場は景気の拡大や移住者の増
加等を背景に過熱状態に達し、金融機関も不動産関
連融資を積極的に行った。しかし、2007 年の米国
のサブプライム問題、2008 年のリーマンショック
❶ 住宅・不動産市場の過熱と減退
(1)経済成長及び金利低下と住宅価格の上昇
による流動性の収縮等により急速に市場は冷え込ん
スペインにおいては、90 年代後半から比較的高
でいった。
い経済成長率が続き、ほぼ同時に住宅の価格は緩や
こうした中、
伝統的貯蓄金融機関であるカハ(Caja
かに上昇を続けて来た(図表 1)。住宅着工につい
de Ahorros、以下、カハと呼称。
)は、市場からの
ても 90 年代後半以降大きな落ち込みを見せること
資金調達が困難となり、スペイン中央銀行(Banco
なく比較的堅調に推移していた(図表 2)。
de España、以下、BDE と呼称。)の指導の下で整
その後、2003 年 6 月に欧州中央銀行(ECB)の
理統合を進めつつある。今回のレポートでは、スペ
政策金利が 2.5%から 2.0%に大きく引き下げられ、
インの住宅・不動産市場の変動及びその中でガバナ
2005 年 12 月に 2.25%に引き上げられるまで 2 年半
ンスや市場資金調達等の問題が浮き彫りとなってき
にわたり低位に維持された。この間、住宅ローン金
図表 1 名目住宅価格(床面積 m2 あたり)と実質 GDP 伸び率(季節調整済、対前期比)
(ユーロ)
2,500
(%)
2
1.5
実質GDP伸び率
2,000
1
0.5
1,500
0
築2年以内
1,000
−0.5
築2年超
−1
500
−
−1.5
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
Q2
Q3
Q4
Q1
レポート
2
Report
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
出典:スペイン国立統計研究所(http://www.ine.es/jaxi/menu.do?type=pcaxis&path=/t38/bme2/t07/a081&file=pcaxis)
実質 GDP 伸び率 EC 統計局(http://epp.eurostat.ec.europa.eu/portal/page/portal/eurostat/home)
76
Housing Finance 2011/ Summer
2009
2010
−2
2011
Profile
新村 昌(にいむら まさし) 住宅金融支援機構 住宅総合調査室 主任研究員
1989 年上智大学経済学部卒、住宅金融公庫入庫
(財)建設経済研究所米国事務所出向、証券業務部証券化支援企画課、財務企画部市場資金室、首都圏支店横浜センター、
業務企画部 MBS 企画グループ等を経て、2010 年 7 月より現職
利についても、ほとんどが変動金利型及び当初金利
のベビーブーム当時に生まれた人々が住宅を取得す
固定型であったため、政策金利の低位維持がほぼそ
る世代になっていたことや、②ラテンアメリカ、北
のまま住宅ローン金利に反映された形となった(図
アフリカや東欧からの移住者の増加、③ヨーロッパ
表 3、図表 4)
北部・西部の国々からのセカンドハウス等の住宅需
また、金融機関の住宅取得融資の貸出態度調査に
要、④その他の社会的変化(離婚、共働き世帯や単
現れているように、この時期は基本的に金融機関の
身世帯の増加等)が挙げられている[Hoekstra and
貸出態度も緩和状態にあり(図表 5)
、後でみるカ
Heras Saizarbitoria、2007 年]※ 1。
ハの新規住宅取得融資も継続的に伸びており、住宅
上記①については、図表 6 にあるように、年齢
価格が継続的に上昇する素地が用意されたものと考
層別の人口分布(スペイン国籍)のピークが 2004
えられる。
年には 25 歳以上 30 歳未満近辺に達し、2007 年に
は 30 歳以上 35 歳未満近辺に達しており、住宅取得
(2)住宅市場過熱の社会的要因等
層と想定される年齢層の増加と今回の住宅市場の
住宅市場が過熱した要因のうち、上述の経済・金
ブームが時期的に重なっていることが確認できる。
融以外の社会的要因等としては、① 1970 年代前半
また、上記②及び③についても、図表 7 の年齢
図表 2 住宅着工戸数(破線のグラフは 12 ヶ月移動平均)
(千戸)
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
'95
'96
'97
'98
'99
'00
'01
'02
'03
'04
'05
'06
'07
'08
'09
'10
出典:スペイン国立統計研究所(http://www.ine.es/jaxi/menu.do?type=pcaxis&path=/t38/bme2/t07/a081&file=pcaxis)
※ 1 [ ]内は参考文献(レポートの最後を参照)を示す。
Housing Finance 2011/ Summer
77
図表 3 住宅ローン金利(変動及び当初固定(1 年まで)
)
、市場金利(Euribor1 年)及び ECB 政策金利の推移
(%)
7
6
5
4
住宅ローン金利
3
2
Euribor 1年
1
ECB政策金利
0
1
3
5
7
2003
9
11
1
3
5
7
2004
9
11
1
3
5
7
2005
9
11
1
3
5
7
2006
9
11
1
3
5
7
2007
9
11
1
3
5
7
2008
9
11
1
3
5
7
2009
9
11
1
3
5
7
2010
9
11
1
3
5
2011
出典:ECB(http://sdw.ecb.europa.eu/home.do)、EC 統計局(http://epp.eurostat.ec.europa.eu/portal/page/portal/eurostat/home)、
ドイツ連邦銀行(http://www.bundesbank.de/statistik/statistik_eszb_indikatoransicht.en.php?liste=www_interest_rates_15)
図表 4 新規住宅ローンに占める金利タイプ別シェア
層別の人口分布(外国籍)をみると、2004 年以降、
(%)
100
25 歳以上 30 歳未満を中心に目立って増加している。
これは 1990 年代末からの高度成長に誘引された海
90
80
外からの移住者が主に労働力として流入し、持家中
70
60
心であるスペインの住宅市場の中で住宅を取得し、
50
40
30
住宅市場過熱化の一因になったと思われる。
■ 固定金利
■ 当初固定
■ 変動金利
20
10
0
また、海外から流入する労働力というと単身世帯
や賃貸住宅居住というイメージがあり、家族を伴っ
06年Q1 07年Q1 08年Q1 09年Q1 10年Q1
て持家を取得するという印象はないが、実態をみる
出典:EMF 2009 年 第 1 四半期 , 2010 年 第 1 四半期
図表 5 スペイン金融機関の住宅取得融資の貸出態度(DI ※、各時点まで過去 3 ヶ月の態度)
60
50
40
↑引締め
30
↓緩和
20
10
0
−10
−20
Q1
Q2
Q3
2003
Q4
Q1
Q2
Q3
2004
Q4
Q1
Q2
Q3
2005
Q4
Q1
Q2
Q3
2006
Q4
Q1
Q2
Q3
2007
Q4
Q1
Q2
Q3
2008
Q4
Q1
Q2
※
「かなり引締め」の回答率+「いくぶん引締め」の回答率× 0.5 -「いくぶん緩和」の回答率× 0.5 -「かなり緩和」の回答率
出典:スペイン中央銀行 http://www.bde.es/webbde/en/estadis/infoest/epb.html
78
Housing Finance 2011/ Summer
Q3
2009
Q4
Q1
Q2
Q3
2010
Q4
Report 2
レ ポ ート
図表 6 人口分布の推移(スペイン国籍)
(人)
3,500,000
2010
2007
2004
2000
3,000,000
2,500,000
2,000,000
1,500,000
1,000,000
500,000
0歳
以上
5歳
以上
10歳
以上
15歳
以上
20歳
以上
25歳
以上
30歳
以上
35歳
以上
40歳
以上
45歳
以上
50歳
以上
55歳
以上
60歳
以上
65歳
以上
70歳
以上
75歳
以上
80歳
以上
85歳
以上
60歳
以上
65歳
以上
70歳
以上
75歳
以上
80歳
以上
85歳
以上
出典:EC 統計局(http://epp.eurostat.ec.europa.eu/portal/page/portal/eurostat/home)
図表 7 人口分布の推移(外国籍)
(人)
900,000
800,000
2010
700,000
2007
600,000
500,000
400,000
2004
300,000
200,000
2000
100,000
0
0歳
以上
5歳
以上
10歳
以上
15歳
以上
20歳
以上
25歳
以上
30歳
以上
35歳
以上
40歳
以上
45歳
以上
50歳
以上
55歳
以上
出典:EC 統計局(http://epp.eurostat.ec.europa.eu/portal/page/portal/eurostat/home)
と、海外からの移住者の平均世帯規模はスペイン国
が住宅市場過熱の一因となった背景として、住宅供
民並みであり(図表 8)
、また、世帯別の持家居住
給が持家中心で貸家の供給が少ないという実態も考
率
※2
を み る と、 市 場 過 熱 期 の 末 期(2007 年 か ら
えられる。
2008 年頃)には 3 世帯に 1 世帯前後が持家に居住
すなわち、住宅ストックの 8 割が持家で、1 割が
しており(図表 9)
、海外からの移住者の持家取得
貸家となっており(残りは無償貸与等)、その貸家
状況が確認できる。
も大部分を個人が所有しており、公営住宅等は極め
一方で、このように、国民はもとより海外からの
て限定的となっている。また、社会住宅(政府によ
居住者までもがかなりの割合で持家を取得し、それ
る補助等を受けた住宅等)の供給も、主に、市場価
※ 2 居住形態(所有、賃貸 等)別の世帯数のカウントは、その住宅について責任を負っている 1 人の居住者によって行っている(出典:スペイン国立統計研究所(El Instituto
Nacional de Estadística、http://www.ine.es)
。そのため、1 住戸に複数世帯が居住している場合でも 1 世帯と数えるので、空家を除く住宅ストック中の持家率に近いものが得
られると思われる。
Housing Finance 2011/ Summer
79
図表 8 世帯主の国籍別世帯規模
全世帯
(人)
スペイン国籍
外国籍
2006 年
2.76
2.74
2.98
2007 年
2.74
2.71
2.99
2008 年
2.71
2.67
3.02
2009 年
2.68
2.64
2.93
出典:スペイン国立統計研究所
(http://www.ine.es/jaxiBD/menu.do?L=1&divi=EPF&per=01
8&type=db&his=6)
図表 9 住宅の主たる居住者の国籍別の持家居住比率 (%)
全体
スペイン国籍
他のヨーロッパ
それ以外の国籍
国籍
同年の新規住宅取得融資は減少に転換し、住宅着工
戸数も低下していくこととなる。
一方、経済全体についても、2005 年末の政策金利
引上げ等で 2006 年頃は実質 GDP の伸び率が巡航速
度に落ち着いてきていたところ、2007 年のサブプラ
イム問題の顕在化、さらに 2008 年 9 月のリーマン
ショックを受けて、実質 GDP 伸び率は 2009 年第 1
四半期の大底に向かって落ち込んで行くこととなる。
住宅・不動産市場もこうした経済全体の影響をさ
2004 年
82.0
83.8
36.8
16.4
2005 年
83.2
85.0
49.1
21.6
らに受けて、住宅価格も 2008 年第 2 四半期以降は
2006 年
82.5
84.2
47.6
26.4
2007 年
82.8
84.8
41.7
28.8
継続的に低下していくこととなる※ 3。住宅着工は新
2008 年
82.2
84.6
44.9
28.7
2009 年
82.1
84.7
47.4
29.5
出典:スペイン国立統計研究所
http://www.ine.es/jaxi/menu.do?type=pcaxis&path=%2Ft25/
p453&file=inebase&L=1
築住宅の売買戸数を上回っていたものが、2009 年
ごろから逆転現象が発生し、新築の住宅売買が売れ
残りを処分する形となっている(新築後、長期間を
経た売れ残り住宅は、中古住宅として販売されてい
格を下回る価格での住宅分譲等により行われてお
た可能性もあり、中古住宅販売も在庫処理に貢献し
り、持家政策が中心となっている。貸家制度の側の
ている可能性がある。)(図表 10)。
問題としては、長い歴史的な背景もあるが、現在の
本レポートでは、スペインの貯蓄金融機関カハが
制度の下では通常の賃貸契約期間が 5 年となること
住宅市場の過熱とその終焉やその後の金融危機の影
や契約期間中の家賃の値上げ率をインフレ率以下と
響を受け、それに対処するためどのような方策がと
する必要がある他、最も大きな問題として、家賃の
られたかをみていくが、次では、まず、スペインの
未払いに対する法的措置が遅いことが挙げられてい
住宅ローン市場におけるカハの位置づけ、カハの特
る[Hoekstra and Heras Saizarbitoria、2007 年]。
徴や過熱した市場における活動を概観する。
(3)住宅・不動産市場の過熱の終焉
2005 年末の政策金利引上げ直後、2006 年の金融
機関の住宅取得融資の貸出態度をみると、引締め・
❷ スペインの住宅ローン市場とカハの概要
(1)主要な業態及びシェア
緩和の両方向にぶれる状態が続いていたが、サブプ
スペインの金融機関全体の総資産は、3 兆 2,517
ライム問題の顕在化等の背景もあり、2007 年には
億ユーロ(2010 年末)※ 4 でスペインの名目 GDP1
急速に引締め方向に向かっており(前掲図表 5)、
※5
兆 625 億(2010 年)
の約 3 倍である。そのほぼ全
※ 3 入手可能な住宅価格の長期データが m2 単価のみであったため、これを利用しているが、2007 年以降利用可能な戸当り価格のデータ(スペイン統計研究所(http://www.ine.
es)
)では先行して 2007 年第 4 四半期ごろから低下しており、住宅価格の高騰により比較的小規模な物件の取引が増加していた可能性がある。
※ 4 スペインの金融機関の総資産額はスペイン中央銀行ホームページより入手。(http://www.bde.es/webbde/en/estadis/infoest/bolest4.html)
※ 5 スペインの名目 GDP は欧州委員会統計局(ユーロスタット)のホームページより入手。(http://epp.eurostat.ec.europa.eu/portal/page/portal/eurostat/home)
80
Housing Finance 2011/ Summer
Report 2
レ ポ ート
てを預金金融機関であるカハ、商業銀行及び信用組
テークホルダー(市町村等の地方自治体、カハの預
合が占めている。中でも、地域的・伝統的貯蓄銀行
金者、職員または創始者等)から構成される最高意
であるカハと欧米流のユニバーサル・バンキングモ
思決定機関により決定が行われてきた点※ 6、②社会
デルに従って展開する商業銀行の 2 業態が、全金融
福祉(慈善団体の支援等)への貢献が重要な使命と
機関の総資産、融資や住宅取得融資のシェアのほと
なっている点、③自治州(国に次ぐ行政単位)を超
んどを占めている(図表 11)
。
えた合併には州政府の認可が必要である点等から営
業エリアが限定されている点等が特徴となってい
(2)金融機関としてのカハの特徴
る。
カハの金融機関としての特徴をみると、①株式会
カハは営業展開が地理的に限定されている点から、
社ではないため株主の代わりに、地域におけるス
地域経済の浮沈の影響を受けやすいと考えられる。そ
図表 10 住宅着工及び売買戸数
(千戸)
90
80
(千戸)
90
住宅売買戸数
(新築+中古)
80
70
70
60
60
50
50
住宅着工戸数
40
40
30
30
20
0
20
住宅売買戸数
(新築)
10
1
2
3
4
5
6
7
'07
8
9
10
10
11
12
1
2
3
4
5
6
7
'08
8
9
10
11
12
1
2
3
4
5
6
7
'09
8
9
10
11
12
1
2
3
4
5
6
7
'10
8
9
10
11
12
0
出典:スペイン国立統計研究所
着工(http://www.ine.es/jaxi/menu.do?type=pcaxis&path=/t38/bme2/t07/a081&file=pcaxis)
売買(http://www.ine.es/jaxi/menu.do?type=pcaxis&path=/t38/p604/a2000&file=pcaxis&L=1)
図表 11 2011 年 3 月末時点の各業態の指標
(単位:百万ユーロ、%)
カハ
商業銀行※
信用組合
その他
合計
総資産の業態別シェア
38.4%
53.5%
3.9%
4.2%
100.0%
融資の業態別シェア
45.4%
46.0%
5.3%
3.3%
100.0%
住宅取得用融資の業態別シェア
52.7%
39.4%
6.6%
1.3%
100.0%
628
97
63
4
126
66.6%
48.5%
76.7%
44.6%
56.4%
1 機関当り店舗数※
融資の対総資産比率
※商業銀行の機関数には外銀のスペイン国内支店が多く含まれている(2011 年 88 機関)点に注意が必要。
出典:スペイン中央銀行ホームページ(www.bde.es/webbde/en/estadis/estadis.html)のデータより作成
※ 6 従来は、資本のうち、一般投資家が保有可能な部分(cuotas participativas(参加出資持分(仮訳)
)
)については、意思決定のための投票権がなかったため、地方自治体
等の地域のステークホルダーで意思決定が行われていた。その後、後述の 2010 年 7 月の制度変更により、当該部分についても投票権を与えることにより一般投資家も意思決
定に参加させることができる仕組みとなった。
Housing Finance 2011/ Summer
81
のため、地域を越えて事業展開しリスク分散しやすい
資残高の 20.3%であった不動産融資残高が、2009
商業銀行に比べて、住宅・不動産市場の変動等の影
年には 51.3%にも達しており、融資スタンスが大き
響を大きく受けた可能性も考えられる。今回のレポー
く変化していた点がわかる。
トで紹介する金融機関の再構築・再編スキームである
一方、資金調達側をみると(図表 13)、①預貸率
FROB(Fondo de Reestructuración Ordenada
が上昇し 2005 年には 100%を越えていることと、
Bancaria ※ 7 )へ再編等の申請を行った金融機関も主
② MBS 及びカバードボンドによる調達残高の割合
※8
にカハとなっている 。
が増加していることから、膨張した住宅融資への需
また、カハの特徴をデータでみると、商業銀行と
要に対応するため、従来のように預金を原資の主体
比較して、① 1 機関当りの店舗数が多く、より細か
とした融資スタイルから変化し、市場資金への依存
い地域ごとに営業を行っていると考えられる点や、②
を高めていった様子がみてとれる。このことが、サ
融資業務が中心(カハは総資産の 6 割超が融資だが、
ブプライム問題やリーマンショックにより市場にお
商業銀行等では総資産の半分弱)
、③住宅取得融資の
ける資金流動性が激減し、資金源を失った住宅・不
市場シェアが大きい点が挙げられる(前掲図表 11)
。
動産市場が急速に冷え込んでいくことにつながった
ものと思われる。
(3)景気過熱期及びその後のカハの状況
次に、住宅・不動産関係融資の不良債権比率であ
住宅・不動産市場の拡大期におけるカハの融資活
るが、図表 14 のとおり、2008 年以降急激に増加し
動等をデータ(図表 12)でみると、① 2007 年ごろ
ており、建設関係の不良債権比率※ 9 が極めて高く、
まで住宅取得融資残高及び不動産開発融資残高の顕
融資全体における不良債権比率を大きく上回る。そ
著な伸びがみられる点、② 2000 年には住宅取得融
の一方、住宅抵当融資の不良債権比率は融資全体に
図表 12 カハの住宅・不動産・建設関係融資の残高推移
(百万ユーロ)
400,000
350,000
住宅取得融資残高
300,000
250,000
200,000
不動産開発融資残高
150,000
新規住宅取得融資
100,000
建設用融資残高
50,000
0
'00
'01
'02
'03
'04
'05
'06
'07
'08
'09
'10
出典:AHE 2011 年
※ 7 英語の名称(The Fund for Orderly Bank Restructuring)で呼称されている場合も多い。
※ 8 2009 年以降、金融機関が発行した債券にスペイン政府が保証を付与するプログラムもあり、こちらの支援を受けている金融機関もある。
(http://www.bde.es/webbde/en/estadis/infoest/htmls/notcp4.pdf)
※ 9 ここでの不良債権は“doubtful loans”で、BDE によれば主に延滞期間 3 ヶ月超の債権等を指している。
82
Housing Finance 2011/ Summer
Report 2
レ ポ ート
図表 13 カハの預貸率(全貸出)と住宅融資関連の市場調達残高比率
(%)
120
預貸率
100
05年には預貸率が
100%を超えた
80
60
MBS・カバードボンドの
対住宅融資残高比率(※)
40
20
0
'00
'01
'02
'03
'04
'05
'06
'07
'08
'09
'10
'11Q1
出典:預貸率はスペイン中央銀行ホームページ(www.bde.es/webbde/en/estadis/estadis.html)のデータより作成、MBS 等の比率は AHE 2011 年より作成
※ MBS 等の比率算定の際、住宅ローン残高には証券化されたものを含む。
図表 14 カハにおける債権種類ごとの不良債権比率
図表 15 税引き前利益/総資産
(%)
14
(%)
1.5
12
建設関係債権
10
1.0
8
融資債権全体(※)
6
住宅抵当融資債権
0.5
4
2
0
'00
'01
'02
'03
'04
'05
'06
'07
'08
'09
'10
(※)融資全体からは、金融機関向け融資及び一般政府向け融資を除く。
出典:スペイン中央銀行ホームページ
(www.bde.es/webbde/en/estadis/estadis.html)
0.0
'06
'07
'08
'09
'10
出典:スペイン中央銀行ホームページ
(www.bde.es/webbde/en/estadis/estadis.html)
比べて低いものとなっている。こういった状況もあ
Acquisition Fund、FAAF)を設立し、国内金融機
り、総資産に対する税引き前利益率も 2008 年以降
関から正常な資産を買い取ることにより流動性供給
縮小の一途を辿っている(図表 15)
。
を行った。また、2009 年には資金流動性の増加と融
資の回復を企図して国内金融機関の発行するシニア
❸ 金融危機とカハの再編・強化
債券に政府保証を付与するプログラムを開始した。
この他、EC の決定に従った動きではあるが、2008
(1)初期の金融危機対応(2008 年~ 2009 年)
年 10 月から預金保険の対象を預金者 1 人当たり 2
スペイン政府は、2008 年 9 月のリーマンショッ
万ユーロから 10 万ユーロに引き上げた動きは、タイ
ク以降の国際的な流動性収縮等に対応するため、
ムリーであったため預金流出等を一定に抑制する効
2008 年 10 月に資産買取ファンド(Financial Assets
果があったのではないかと考えられる。
Housing Finance 2011/ Summer
83
(2)FROB の創設による再編促進(2009 年 6 月)
関の問題が解決せず存続が困難等となった場合で、
こうした政府の対策が講じられてきたところであ
BDE が当該金 融機関の経 営陣に取って代わり、
るが、2009 年 3 月にはリーマンショック後最初の
FROB を管理者として指名する。FROB は再編(リ
カハの経営危機が Caja Castilla-La Mancha におい
ストラクチャリング)計画を BDE に提出し承認を得
て発生し、BDE が介入して経営を掌握した。この
る。再編計画のゴールは合併等や事業の売却等であ
対応については、FROB が創設される以前であり、
る。FROB は再編のため、保証の提供、融資、出資
従来から存在した預金保証基金の制度によって行わ
持分の取得等、様々な手段を活用することができる。
れ た。 そ の 後、BDE の 調 整 の 下、2010 年 9 月 に
・出資持分の取得による支援と投票権の取得
Cajastur Group へと統合された。
カハに対する支援のために FROB が投票権の
このように、金融危機が現実のものとなる中、政
ない出資持分を取得した場合 ※ 11、法に基づき、
府は、潜在的システミック・リスクを考慮した場合、
FROB は、例外的に投票権を付与されることと
現行の通常状況下における金融機関支援制度では不
なり、意思決定に参加できることとなる。
十分で、危機に至る前の段階での予防措置や金融機
関の統合による体力強化が必要との認識に立ち、
2009 年 6 月の法律(Royal Decree-Law 9/2009)に
基づき FROB が創設された。FROB の概要※ 10 は以
下のとおりとなっている。
②存続可能な金融機関が合併等により体力を強化す
る場合
・支援の概要
金融機関が、その非効率性等を背景として市場
で十分な資本を確保することが難しく、そのこと
【目的・機能】
が融資量回復の妨げとなっている等の認識から、
①存続困難な金融機関の円滑な再編処理を行う場合
存続の危機にはない金融機関について、合併等に
・支援の概要
より効率性の向上を行う支援である。
金融機関が存続困難となる可能性があり、自助
金融機関は、統合計画を提出し BDE の承認を
努力により解決できない場合、まず、従来の預金
受ける必要がある。FROB の資金提供は転換優
保証基金の制度の利用が検討されることとなって
先出資持分※ 12 を引き受けることにより行う。
おり、当該金融機関は改善に向けた行動計画を
・出資持分の取得による支援と投票権の取得
BDE に提出し承認を得ることとなる。この段階
金融機関は、可能となった時点でこれらの転換
では FROB は直接関係しないが、預金保証基金
優先出資持分の買戻しを行う義務があるが、発行
を財政的に支援することが可能となった点が、金
から 5 年以内(場合により 2 年延長可)にこれを
融機関支援の前倒しに資するものと思われる。
行わなかった場合、FROB の要求により転換さ
FROB の直接の支援が始まるのは、当該金融機
せること可能となっている。また、BDE が、当
※ 10 FROB の制度は 2011 年 3 月の法律で改正されたが(後述)
、ここでの内容は当該改正前のもの。
※ 11 前述の脚注 6 参照。
※ 12 転換後の出資持分の形態は、統合後のカハの組織(カハのままか、商業銀行を擁するか 等)に応じて普通株式、投票権のない出資持分等があり得る。
84
Housing Finance 2011/ Summer
Report 2
レ ポ ート
該 5 年の期間内に金融機関が買戻しできないと途
中で判断した場合、FROB の要求により転換さ
【FROB の組織、ガバナンス等】
①経営委員会のメンバーは 8 名で、経済財務大臣が
せることができる。
任命。内訳は、5 人が BDE の提案によるメンバー、
カハの場合、一般投資家に対しては投票権を伴
3 人が預金保証基金から任命される。
わない出資持分しか発行できなかったが、FROB
②議長は BDE 副総裁で FROB の代表者でもある。
がこれらの出資持分を転換後に取得した場合は、
③四半期ごと、及び取引の執行ごとに国会に報告す
例外的に投票権を取得できることになっている。
る必要がある。
このことは、5 年の期間内に合併等の実現や継続に
問題が生じた場合や合併参加機関の財務が悪化し
(3)カハの制度改革(2010 年 7 月)
た場合等には FROB が意思決定に参加できる仕組
カハ等の金融機関を支援する枠組みと公的資金は
みとしているものと考えられる。
手当てされたが、カハを支援する場合、市場からの
・合併等の形態
資金調達やそれに影響する経営の透明性に関する以
合併等の形態としては、通常の合併(カハどう
下のような課題が残っていた。
しが合併し、合併後もカハとして存続)や IPS
①合併して通常のカハとして存続する場合、投票権
(Institutional Protection Scheme)※ 13 の仕組みを
を伴う出資持分を発行できないため普通株式並み
活用してカハが共同で商業銀行を設立し資本調達
に投資家を集めることが難しい(一般投資家に対
を行う形態等が想定されている。
して発行できるのは投票権なしの出資持分のみ
だった。)※ 14。
【資金等】
②通常の合併ではなく IPS による統合を行った場合、
① 270 億ユーロ(出資金 90 億ユーロの 3 倍)まで
株式による資本調達はできるが、統合に参加した
政府保証を付与して債券発行等により資金調達す
各金融機関が IPS に留まる義務のある期間(法に
ることができる。
より最低 10 年間)が IPS の合意内容に定められ
②追加の政府保証は国の予算により措置することが
ていて、その後は離脱が可能となっている。その
できる。資金調達可能額は、経済財務省の認可が
ため、安易に金融機関が離脱し IPS が経済的に不
あれば出資金の 10 倍(900 億ユーロ)まで可能
安定となることを投資家が懸念するおそれがある。
③出資金は、67.5 億ユーロが国家予算から、22.5 億
ユーロは預金保証基金から拠出されている。
③カハの最高意思決定機関における投票権の大きな
部分を地方自治体等の公的機関が保有しているこ
とや、役員会等の下部の意思決定機関にも金融等
の専門家ではない公的機関等の関係者が入ってお
※ 13 2010 年の法律(Royal Decree-Law 6/2010)に基づき明確化された手法で、複数以上の機関(ここではカハ)が契約に基づき統合する手法。通常、経営の中心となる商業
銀行等を設立し、参加するカハは当該銀行の資本の合わせて最低 50%を所有する。各カハは純資産、流動性、利益の最低 40%を互いの支援のために拠出することに合意する。
資本の調達は当該商業銀行が株式の形態により行うことができる。IPS のスペイン語の名称は SIP(Sistema Institucional de Protección)
。
※ 14 カハの投票権を伴う出資持分は地方自治体や預金者等のステークホルダー等が保有しており、一般投資家から資本を集める場合は、投票権を伴わない cuotas participativas の
発行により行う必要があった。2010 年 7 月の法律により条件付で投票権の付与が可能となった。
Housing Finance 2011/ Summer
85
り、専門的判断能力や判断の方向性について懸念
うことが期待されるため、投資家の潜在的不安に一
される。
定に対応しているのではないかと考えられる。
④地域を越えたカハの合併等には自治州政府等の認
上記③の課題については、①最高意思決定機関に
可が必要であるが、地域固有の利害に対して、地
おける公的機関の投票権の割合を 50%から 40%に
域を越えた合併によるカハの体質強化という場合
引き下げるとともに、選挙で選ばれた公職者や公的
によっては相反する 2 つの問題を円滑かつ速やか
機関の上級職員のカハの各意思決定機関への参加を
に解決する枠組みが必要。
禁止したため、よりバランスのとれた判断が可能と
なったと思われる。また、地方自治体等からの代表
そのため、カハの制度改編としては 1977 年以来
者(もしくはその代理人)を含む各意思決定機関の
という大改革[BDE 2011 年 2 月①]が 2010 年 7
メンバーにはこれまで以上の専門知識や経験が必要
月の法律(Royal Decree Law 11/2010)により行
となった。
われることとなった※ 15。
最後に上記④の課題については、地域を越えて合
上記①の課題については、通常のカハの資本調達
併する場合の自治州政府による不認可は、客観的で
において、一般投資家が保有できる出資持分へ投票
法的な必要性が満たされていない場合に限られること
権を付与することが可能となった。一般投資家 1 人
と変更された。さらに FROB が関連する再建計画に
が保有できる出資持分が出資持分全体(ただし一般
関わる合併の場合は、BDE の認可のみで足りるとさ
投資家分)に占める割合の上限は従来 5%であった
れたため、迅速な金融危機対応に資することとなった。
が、この上限は撤廃された。これらによって、一般
なお、今回の制度改正によって、カハまたその派
投資家(特に機関投資家や大口個人投資家)の関心
生的な組織により、株式調達またはそれに準ずる調
を引くことが可能になったと思われる。なお、一般
達を可能とする方法は以下の 4 通りとなった。現在
投資家分の発行可能割合の上限は従来どおり出資全
は、カハの形態を残しつつ株式による調達が可能な
体の 50%までとされたため、これまでどおり社会
B 及び C が統合に主に活用されている(後掲表 16
福祉的使命等が遂行される一方、一般投資家の声も
参照)。なお D はカハの商業銀行に対する持分が
反映され、より透明性の高い運営が可能になるので
50%を下回った場合等に適用される形態である。
はないかと思われる。
A.現状のカハのまま存続。発行割合は自己資本
上記②の課題については、一部のカハが脱退する
の 50%に限定されるが、普通株式に準ずる
場合の IPS の経済的安定性を BDE が事前審査する
投票権付きの出資持分を発行可能
こととし、IPS 活用の仕組みの安定性が強化された。
B.IPS の形態で存続。普通株式等が発行可能
中央銀行としての金融システム安定への使命に鑑み
C.実質的に商業銀行へ転換。カハは、金融業務
ると、IPS からの離脱に当たって、BDE が保守的
を商業銀行に移し、当該商業銀行の資本を合
な判断を下す可能性が高く、各金融機関もこれに従
わせて 50%以上保有。当該商業銀行が普通株
※ 15 1977 年の法律(Royal Decree 2290/1977)によって、現在のカハの組織運営の基礎が築かれたことを指していると考えられる。
86
Housing Finance 2011/ Summer
Report 2
レ ポ ート
式等を発行可能。
D.商業銀行と財団等(foundation)に分離
Espiga、Cajasur ※ 17 )が基準を下回ったが、FROB
の支援等によりカバーされている。
カハは、それ自体は財団等に移行して社会福
祉的事業に特化し、金融業務は商業銀行に移
②不動産関連融資の情報開示の推進(2010 年 11 月)
行される。この場合カハが保有する商業銀行
2010 年 7 月のストレステストの後、同年 12 月の
の資本の保有割合が 50%を割ることはもはや
アイルランド支援決定まで、同国の金融セクターへ
問題とならない。
の不安から、欧州の金融市場は不透明なものとなっ
た。特に同国の問題が不動産バブルに端を発してい
(4)カハの透明性に向けたその他の施策
た こ と か ら、 同 様 の 経 緯 を 持 つ ス ペ イ ン で も、
(2010 年 7 月、11 月)
BDE が 2010 年 11 月にカハに対して不動産関係融
カハを中心とした金融機関の再編や制度改革は、
資その他、以下の情報を開示するように要請した。
市場からの資本調達を容易にすることを目的とし
この情報は 2011 年 1 月に各金融機関から開示され
て、財務の健全性や経営についての透明性を確保す
た。BDE はさらにこの情報を 2010 年の財務報告書
るための構造改革だったと考えられるが、その成果
に含めるよう指示した。
としての情報を市場に伝えるための主な施策が以下
・不動産開発・建設関係融資の状況(正常債権か
のとおり行われている。
ら破綻債権までの各金額等)
・ホールセールの資金調達
①ストレステストと透明性の拡大(2010 年 7 月)
・流動性の状況
EU によるストレステスト(対象 EU27 カ国、2010
年 7 月結果公表)では、各国の銀行等の総資産の
これによれば、2010 年の 12 月時点で不動産開発・
50%以上をカバーすることとされ、結果的に EU 銀
建設関係の全エクスポージャーのうち、正常債権以
行セクターの総資産の 65%に該当する金融機関が参
外のエクスポージャーは 46%となっている。また、
加している※ 16。スペインについては全金融機関の
これらに対する特定引当金による引当率は 31%、
95%が参加し
[BDE 2010 年 7 月]
、
EU 全体のカバー
一般的引当金も含めた引当率は 38%となっている
率を大きく超えており、かつ、カハについてはテス
[BDE 2011 年 5 月]。
ト公表時点で存続していた全てがテストに参加した。
これはスペインが金融機関の透明性の実現に尽力し
ていることの現れと考えられる。ストレステストの
(5)カハの改革の完結に向けた高度の資本充実と
FROB の機能追加(2011 年 3 月)
合格基準は Tier1 比率 6%確保で、スペインについ
2010 年 11 月 か ら 12 月 に か け て、EU お よ び
ては 5 機関のカハ(Banca Civica、Diada、UNNIM、
IMF によるアイルランド支援が固まりつつあった
※ 16 The European Banking Authority が発表した“CEBS'S PRESS RELEASE ON THE RESULTS OF THE 2010 EU-WIDE STRESS TESTING EXERCISE”より。
※ 17 Cajasur は、ストレステストの結果が発表された頃(2010 年 7 月)には BBK に売却されていた関係と思われるが、これを除いた 4 機関が基準を下回ったとされている資料も散見さ
れる。また、各機関の名称はその時点のもの(以下、同様)
Housing Finance 2011/ Summer
87
が、アイルランドに端を発した欧州の金融不安は他
左記基準に基づき、3 月初旬に BDE は資本不足
の南欧諸国等の財政状況や金融機関の健全性に対す
の金融機関には通知を行い、4 月下旬には対象と
る不安を惹起していた。
なった金融機関のうち FROB の支援を現段階で必
一方、スペインではバーゼルⅢにおけるコア Tier1
要とする 4 機関のカハが資本強化計画を BDE に提
の基準への移行を視野に入れつつ、再編後のカハ等
出した。7 月上旬現在、BDE と FROB が計画や財
が円滑に株式による資本の充実を行えるように支援
務分析等の妥当性を検討しており、その承認後は、
することにより、カハを中心とした金融セクターの
所要の手続き等を経て、上記期限までに資本の拡充
安定化の施策を最終段階に導いていく必要があった。
がなされていくこととなる(図表 16 参照)[BDE こうした状況を背景に、2011 年 3 月の法律(Royal
2011 年 7 月②]。
Decree Law 2/2011)により以下の 2 つの改革が行
なお、今年 7 月に EU のストレステストの結果(ス
われることとなった。
ペインの対象 25 機関中、カハ 4 機関、商業銀行 1
機関が資本不足)が発表された際、BDE は、2011
年 3 月の法律による資本増強計画で手当て済みであ
①金融機関の自己資本の充実
コア Tire1 に準ずる自己資本
※ 18
の資本比率の最
低基準を、各金融機関のホールセール市場への資金
り、追加の資本強化の必要はないとしている。
[BDE 2011 年 7 月①]
依存等に応じて概略以下の A 及び B のように設定
し、その基準を満たすことを要求している。B は債
券等、市場での調達への依存度が高い場合や一般投
②金融機関の自己資本充実の支援のための FROB
機能の拡充
資家の参加度合いが低く透明性が劣る場合にペナル
FROB が普通株式を引き受けることにより支援
ティを課すケースである。
する。カハは普通株式を発行することができないた
最低基準
め、株式会社である商業銀行等を設立し、当該銀行
A.原則 → 8%
が株式を発行することとなるため、支援活用のため
B.ホールセール市場※ 19 での資金調達比率(※)
には組織改変が必要となる。そのほか、BDE によ
が 20%を超え、かつ、自己資本のうち第三
る計画承認が必要となり、FROB からは管理者が
者が保有する割合が 20%以下の場合 → 10%
送り込まれ、支援申請時に提出した計画どおりに経
※当該比率は、「(ホールセール市場での資金調達-
流動資産)
/融資等」とされる。
営改革等が進んでいるか確認することとなる。
また、合併等が進展した結果と思われるが、改正
達成期限
前の FROB は優先出資持分を引受けることにより
原則、2011 年 9 月(遅くとも 2011 年 12 月(株
カハの統合を支援していたが、改正後は、当該改正
式上場予定の場合は 2012 年 3 月))
時点で申請済みだったカハの案件や信用組合の統合
案件を除いて、普通株式の引受けのみによって支援
※ 18 ここでの自己資本に含まれるものは、バーゼルⅢのコア Tier1 に含まれる普通株式等の構成要素より広く、FROB が引き受けている優先株等も含まれていることに注意が必要。
「ホールセール市場での資金調達」の定義は資料で確認できなかったが、金融危機における市場での流動性の枯渇の問題から、債券等を指すものと考えられる。
※ 19 88
Housing Finance 2011/ Summer
Report 2
レ ポ ート
を行う仕組みに変更となった。
②合併の効果等
なお、経営委員会のメンバーが合計 8 名から 9 名
FROB によればカハの再編、統合の成果として、
に拡充され、その内訳は、経済財務省の代表が 2 名、
店舗の 10%から 25%が閉店され、職員が 12%から
BDE の代表が 4 名、預金保証基金の代表が 3 名で、
18%削減されており、過剰資源の削減の効果が出て
BDE のメンバーの一人が BDE の副総裁で経営委員
いるとされている[BDE 2011 年 7 月②]。今年 5
会の議長となる。
月の失業率が 20.9%と高率にある中※ 21、経済に悪
影響が出ないように雇用対策等が講じられることが
(6)合併等の状況
望まれる。
①合併等の進捗状況
これらの効果以外に、合併等に当たって資本や資
現在各カハは、統合および株式上場等の作業を進
産の公正価値を認識する必要があったことから、合
めているところであるが、FROB によれば、2010 年
併等の時点に向かってバランスシートの再構築に尽
年央に存続していた 45 機関のカハが統合・再編等
力することとなった点や、効果はこれからだが、過
を経て、2011 年 7 月初めには 18 にまで減少したと
剰資源の縮小等による利益の改善により、最終的に
されている[BDE 2011 年 7 月②]
(合併等の全体
市場からの資本調達を容易にすることが目指すべき
像については図表 16 参照※ 20)
。
効果とされている[BDE 2011 年 2 月①]。
図表 16 カハの合併等の状況と FROB の支援等
グループ名等
統合方式等
商業銀行の設立(予定)
FROB 支援(百万ユーロ)
11 年 3 月法に基づく必要資本引上げによる
追加必要額(百万ユーロ)
BFA-Bankia
IPS
あり
4.465
5,775
Effibank
IPS
あり
―
519
Grupo BMN
IPS
あり
915
637
Banca Cívica
IPS
あり
977
847
Caja 3
IPS
あり
―
―
Catalunyacaixa
合併
あり
1250
1,718
Unnim
合併
あり
380
568
CEISS
合併
あり
525
463
Novacaixagalicia
合併
あり
1162
2,622
Unicaja 及び Jaén
合併
あり
―
―
Caixa 及び Girona
合併
あり
―
―
BBK 及び Cajasur
吸収
あり
392
―
―
あり
―
2,800
Ibercaja
―
あり
―
―
Vital
―
―
―
―
CAM
Kutxa
―
―
―
―
Onteniente
―
―
―
―
Pollensa
―
―
―
―
出典:BDE 2011 年 7 月②
※ 20 図表 16 の案件以外に、現在交渉等が進行中のものがある。
ト)のホームページより。
(http://epp.eurostat.ec.europa.eu/portal/page/portal/eurostat/home)
※ 21 欧州委員会・統計局(ユーロスタッ
Housing Finance 2011/ Summer
89
❹ まとめ
を商業銀行に置くとともに、普通株式等の発行を行っ
て資本を追加調達し、バランスシート及び利益額を
2002 年にユーロが市中流通を開始してから、ま
ともに拡大していく方法、もうひとつは、②基本的
だ、10 年を経ていない中、ユーロ圏各国の金融機
に預金の範囲内で低リスク融資を行うことによって、
関は、低金利の経済拡大期から未曾有の大恐慌や
外部からの自己資本の必要性や流動性リスクを最小
ユーロ圏内の国の財政破綻危機までを経験している
限にとどめ伝統的カハとして存続する方法、のいず
わけであるが、その大変動の中で翻弄される各国の
れかであるが、統合等の状況から前者が中心になっ
地方金融機関にも焦点が当たってきた。その代表的
てゆくと思われる。いずれの場合も、カハの社会福
なものが、ドイツやスペインである。金融機関は国
祉的役割は残すことはできる。
から支援を受けることが一般に想定されているた
企業の社会的責任
(Corporate Social Responsibility、
め、金融機関の財務状況が同等でもスペインのよう
CSR)が当然に求められる現代において、古くは 100
に属する国の財政状況等が悪いと市場で不安視され
年以上にもわたる社会貢献の歴史があるカハの存在
調達が難しくなる場合もある。
は、現代においても重要なものであり、今後もその
スペインは、2008 年以降単年度の一般政府財政
活動に注目していきたいと考えている。
収支が赤字であり、2010 年は名目 GDP 比で- 9.2%
なお、末筆ながらAsociación Hipotecaria Española
となっているので、再編や統合によって効率化を速
(AHE、スペインにおける抵当融資の業界団体)の
やかに図り、政府の支援期間を極力短くすることに
Ms. Irene Peña Cuenca から有益な助言を頂いたこ
よって、財政負担を軽くする必要がある。従って、
とに深く感謝したい。
統合により地方金融機関のこれまでの経営が大幅に
改革されるのもやむを得ないと考えられる。また、
※本稿において、意見に係る部分は執筆者個人のも
組織改革についても、今回の不動産市場の激しい変
のであり、住宅金融支援機構のものではない。ま
動や金融危機への対応には高度な判断を要するた
た、本稿の内容のうち事実の部分は資料等により
め、従来の地方のステークホルダーだけでは対応が
十分に確認しているが、当該事実は当レポートに
難しかったと思われ、今回の改革もやむを得なかっ
おける議論の目的のためだけに掲載しており、こ
たと思われる。
れらの事実を使用する場合は、原典等を参照して
そうした改革の後のカハの姿としては、①統合に
事実を確認する必要がある点をご了承願いたい。
よりカハが商業銀行を保有し、金融ビジネスの中核
参考文献
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、
“Relevant Statistics of the Mortgage Market”
、2011 年
Banco de España(BDE)
、
“CEBS STRESS TEST: PRESENTATION OF THE RESULTS FOR THE
SPANISH INSTITUTIONS”
、2010 年 7 月
90
Housing Finance 2011/ Summer
Report 2
レ ポ ート
Banco de España(BDE)
、
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、2010 年 10 月
Banco de España(BDE)
、
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、2011 年 2 月①
Banco de España(BDE)
、
“Spanish Banking Sector: Progress Report”
、2011 年 2 月②
Banco de España(BDE)
、
“Financial Stability Report 5/2011”
、2011 年 5 月
Banco de España (BDE)、Press Release“No Spanish bank is required to increase its capital as a result of
the EBA stress test”
、2011 年 7 月①
Banco de España (BDE)、
“Note on the savings bank restructuring process、 Situation in July 2011”
、2011
年 7 月②
Banco de España(BDE)
、
“Law 31/1985, of 2 August. Regulation of basic rules on governing bodies of
savings banks (Official State Gazette of 9 August). Correction of errors of 27 March 1986.”
、http://www.
bde.es/webbde/es/secciones/normativa/be/l3185.pdf
European Mortgage Federation(EMF)
、
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、2009 年 第 1 四 半 期 及 び
2010 年第 1 四半期
Financial Stability Board(FSB)
、
“Peer Review of Spain, Review Report”
、2011 年 1 月
Fondo de Reestructuración Ordenada Bancaria(FROB)
、
“Fund for Orderly Bank Restructuring”
、2011
年5月
Fondo de Reestructuración Ordenada Bancaria(FROB)
、
“Law 31/1985, of 2 August. Regulation of basic
rules on governing bodies of savings banks (Official State Gazette of 9 August). Correction of errors of 27
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、http://www.bde.es/webbde/es/secciones/normativa/be/l3185.pdf
Fondo de Reestructuración Ordenada Bancaria(FROB)
、
“Royal Decree-Law 9/2009, of June 26, on bank
restructuring and credit institution equity reinforcement.”
、http://www.frob.es/legislacion/docs/RDley_9-2009(english%20version)%20prot.pdf
Fondo de Reestructuración Ordenada Bancaria(FROB)
、Royal Decree-Law 6/2010, April 9th, about
measures for the boost of economic recovery and the employment (BOE 13.04.2010) (Measures regarding
the financial sector)、http://www.frob.es/legislacion/docs/RD%20Ley%206%202010%20%20ingles.pdf
Hoekstra, Joris and Heras Saizarbitoria, Iñaki、
“Recent changes in Spanish housing policies: subsidized
owner-occupancy dwellings as a new tenure sector?”
、2007 年
International Monetary Fund、
“Spain: Financial Sector Assessment Program, Technical Note, Housing
Prices, Household Debt, and Financial Stability”
、2006 年
Housing Finance 2011/ Summer
91
レポート
3
Report
住宅投資と国民経済
―直接効果と間接効果の計測―
住宅金融支援機構 住宅総合調査室 峰村 英二
24.3 兆円(= 12.5 兆円× 1.94 倍)となる。
❶ はじめに
この生産誘発額から中間投入分(原材料の投入分)
国内投資の経済波及効果を計測する方法の一つに
を差し引くと「粗付加価値額」が得られる。粗付加
産 業 連 関 分 析 が あ る。 当 該 分 析 は 国 民 経 済 計 算
価値は国富の純粋な増分であり、
「雇用者所得」、
「営
(GDP 統計)上の「投入産出構造」に基づくもので
業余剰」、「家計外消費支出」、「資本減耗引当」、「間
あり、現実の国内経済の産業構造のあり方に依拠し
接税(関税を除く)」、「経営補助金(控除項目)」に
ながら、国内投資の生産波及効果と併せて実際的な
仕訳される。
※1
経済効果を計測できる利点がある
。
平成 22 年度の実質民間住宅投資から派生する粗
本稿では、産業連関分析に基づき、住宅投資の直
付加価値額は 11.2 兆円であり、その主な構成項目
接的な経済的効果を把握した後、さらに昨今注目を
をみると、雇用者所得:7.37 兆円、営業余剰:1.20
浴びつつある住宅用太陽光発電装置の普及効果につ
兆円、家計外消費支出:0.43 兆円となっている。
いて計測し、住宅建設に付随する間接的な投資効果
さらに、これら粗付加価値の構成要素の一部に粗
を検証する。
付加価値の計算過程で控除された経営補助金を加え
ることにより「国民所得」が形成される。具体的には、
❷ 平成 22 年度の実質民間住宅投資の効果
(1)
「生産誘発額」、
「粗付加価値額」及び「国民所得」
への波及効果
平成 22 年度の住宅投資効果の波及により各産業部門
へ支払われた経営補助金は 0.03 兆円と計測でき、そ
れらを加えると国民所得は 8.60 兆円となる(表 1)※ 3。
また、別途、各産業間における生産過程における
平成 22 年度の実質民間住宅投資額は 12.5 兆円で
原材料の投入、買付けなどを通じ、間接税(関税を
あった。これに対して住宅投資の国内生産誘発係数
除く)が 0.84 兆円派生する。
は 1.94 の水準※ 2 にあり、国内の「生産誘発額」は
※ 1 産業連関表は、国民経済計算の基礎資料となるもので、国内経済の投入産出構造に準拠した経済効果を把握できる利点がある。後に「住宅投資による生産誘発係数の時系
列推移」を試算する過程でみるとおり、産業連関分析の生産誘発係数は国民経済計算上の投入産出関係(マクロ的な線形生産関数)から得られるものであり、この点において
モデルの頑健性や再現性が重要とみなされる計量経済モデルの乗数効果とは似て非なるものである、とみることができるかもしれない。
※ 2 「平成 17 年建設部門分析用産業連関表」(国土交通省)準拠の係数値
※ 3 産業連関表の粗付加価値項目には「家計外消費支出」が含まれている。「家計外消費支出」とは、福利厚生費、企業交際費や出張費などから実際に支払った運賃等を除い
た額(宿泊費や日当)等の企業消費である。一方、国民経済計算(SNA)の定義では、「家計外消費支出」を生産活動に係る中間投入(経費・費用)とみなしており、こ
の点で産業連関分析と相違がある。表 1 では、国民経済計算(SNA)の定義に準拠して「家計外消費支出」を加えていないが、「家計外消費支出」が最終需要の構成要素
の一つであることを考慮すると、実態経済に即した分析を進めるうえで、産業連関分析に準拠し当該支出項目を付加価値に含めた分析を行うことについても、一定に意義があるも
のと思料される。
92
Housing Finance 2011/ Summer
Profile
峰村 英二(みねむら えいじ) 住宅金融支援機構 住宅総合調査室 総括調査役
早稲田大学政治経済学部を卒業後、筑波大学大学院、多摩大学大学院でベイズ統計学、計量経済学、ファイナンス理論など
を学ぶ。日本ファイナンス学会、日本金融・証券計量・工学学会各会員。(社)
日本証券アナリスト協会検定会員補。公刊論
文:Minemura. E. (2006),“An Interest-rate Model Analysis Based on Data Augmentation Bayesian Forecasting”
, Journal
of Applied Statistics, 33, (10). ほか。07 年 4 月より現職。
表 1 平成 22 年度の実質民間住宅投資額:12.5 兆円から
派生する国民所得
(単位:兆円)
国民所得の構成項目
いる。この表に基づき、各産業部門の生産額で当該
部門の就業者を除することで就業誘発係数を把握で
雇用者所得
7.37
きる。
営業余剰
1.20
住宅投資に係る就業誘発係数を求めると、投資額
経営補助金
0.03
1 億円当たり約 15 人の就業誘発効果(投資額 1 兆
国民所得額(総計)
8.60
円では約 15 万人)が見込まれる。したがって、昨
出所:
「平成 17 年建設部門分析用産業連関表」
(国土交通省)
、
「産業連関
表(平成 17 年基準表)
」
(総務省)より加工作成
年度の住宅投資額による就業誘発効果は 188 万人
(= 12.5 兆円× 15 人 / 億円)となる※ 4。
(2)国民所得の増加分から派生する租税効果
国民所得が把握されると、国民所得に対する租税
(4)生産誘発効果の波及時間
負担率から租税収入を見込むことができる。具体的
以下では、上でみた住宅投資の効果が十分に発揮
に、財務省により平成 23 年の租税負担率が次ペー
されるまでに、どの程度の時間が必要となるか考察
ジの表 2 のとおり推定されているので、上で求め
する。
た国民所得:8.60 兆円に租税負担率:22.0%を掛け
この場合、「投入係数行列」:A(各産業部門の生
合わせることにより、住宅投資から派生する租税収
産物 1 単位の生産に必要な産業部門の生産物の投入
入について 1.89 兆円と見込まれ、これに前述の間
割合を表す係数行列)を基にして、図 1 のとおり「住
接税(0.84 兆円)を加えると総合的な税収効果は 2.73
宅投資による生産誘発係数の時系列推移」を逐次把
兆円と計測される。
握できる※ 5。この結果によれば、住宅投資の効果が
概ね 3 〜 5 年程度で発揮されることが示されてい
(3)就業誘発効果
る※ 6。
さらに、産業連関表には「雇用表」が付帯されて
※ 4 ここでの就業誘発効果では、いわゆる雇用者(サラリーマンなど)のほか、個人業主や家族従業者を含む効果まで計測している。産業によっては個人業主や家族従業者の割合が
比較的高い部門がある。例えば、耕種農業や畜産などの農業部門などがそれに該当するが、一方で個人業主や家族従業者の割合が高い部門が労働集約的な産業となるケースも
多いように見受けられる。いずれにしても、住宅建築に投入される中間財の中に労働集約的な産業部門から供給される財(木材、家具、特殊加工の必要な金属製品など)が用いら
れていることを考慮すれば、住宅投資の雇用関係効果を計測するさいには個人業主や家族従業者を含む効果まで計測する必要があるものと考えられる。なお、住宅投資 1 単位から
派生する各産業部門の生産額で当該部門で従事する就業者総数を除すると「就業誘発係数」が得られる。具体的に計測すると、住宅投資に伴う「就業誘発係数」について「15
人 / 住宅投資 1 億円」と捕捉される。本稿では、この「就業誘発係数」に基づき、住宅投資に伴う就業誘発効果を把握している。
:A(各産業部門の生産物 1 単位の生産に必要な産業部門の生産物の投入割合を表す係数行列)を基にして、最も単純な生産誘発係数行列が、
(I - A)- 1
※ 5 「投入係数行列」
と表されることに着目すれば、ある条件の下で、上記は I + A + A2 + A3 +…の収束結果となることが分かる。図 1 は、この逐次的な係数の推移をグラフ化したものである。
※ 6 なお、投資減退などの場合に生じるマイナス効果についても、上記の期間を通じて累積的に波及することが想定される。
Housing Finance 2011/ Summer
93
表 2 日本の国民負担率及び租税負担率の推移(対国民所得比)
1970 年
1980 年
1990 年
2000 年
2010 年
2011 年
国民負担率
24.30%
30.50%
38.40%
37.30%
38.70%
38.80%
租税負担率
18.90%
21.70%
27.70%
23.70%
21.90%
22.00%
社会保障負担率
5.40%
8.80%
10.60%
13.60%
16.80%
16.80%
個人所得課税
5.20%
7.40%
10.50%
7.70%
7.10%
7.20%
法人所得課税
6.40%
6.70%
8.40%
5.00%
3.90%
4.00%
消費課税
5.40%
5.00%
5.20%
7.10%
7.10%
6.90%
資産課税等
1.80%
2.60%
3.60%
3.90%
3.80%
3.80%
(注)1.2009 年度までは実績、2010 年度は実績見込み、2011 年度は見通しである。
2.租税負担率は国税及び地方税の合計の数値である。また、個人所得課税には資産性所得に対する課税を含む。
3.財政赤字を含む国民負担率は、1998 年度は、国鉄長期債務及び国有林野累積債務の一般会計承継に係る財政赤字を除いたベース、2003 年度は、
本四公団債務の一般会計承継に係る財政赤字を除いたベース、2005 年度は、道路関係四公団の民営化に伴う資産・負債承継の影響を除いたベース、
2006 年度及び 2008 年度から 2011 年度までは、財政投融資特別会計(2006 年度においては財政融資資金特別会計)から国債整理基金特別会
計または一般会計への繰入れ、23 年度は独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構から一般会計への繰入れ等を除いている。
4.1980 年度以降は 93SNA に基づく計数であり、1979 年度以前は 68SNA に基づく計数である。ただし、租税負担に関する計数は租税収入ベー
スであり、SNA ベースとは異なる。
資料:
「国民負担率及び租税負担率の推移(対国民所得比)
」
(財務省)
図 1 住宅投資による生産誘発係数の時系列推移
2.50
2.00
1.94
1.50
1.00
住宅投資による生産誘発係数の時系列推移
0.50
0.00
0
1
2
3
4
5
(年)
6
7
8
9
10
11
出所:
「平成 17 年建設部門分析用産業連関表」
(国土交通省)より加工作成
(5)まとめ
今までみたきた内容を整理すると、図 2 のとお
資効果が十分に発揮されるまでの期間は概ね 3 〜 5
りまとめることができる。なお、
「家計消費」につ
年程度である。
いては、雇用者の所得に占める可処分所得の割合を
60%とおき、さらに平均消費性向を 75%と設定し
て計算した(家計消費:3.3 兆円=雇用者所得:7.4
❸ 太陽光発電機設置の生産拡大・雇用効果
兆円× 0.6 × 0.75)。
ここでは視点を変え、今までみてきた産業連関分
また、
(4)で試算した結果に基づけば、当該投
析の応用編として、太陽光発電装置を新設住宅に設
94
Housing Finance 2011/ Summer
Report 3
レ ポ ート
図 2 住宅投資の経済効果 ―就業・雇用と所得・消費、租税拡大効果(まとめ)―
(兆円)
30
就業誘発:188万人
20
国内生産拡大
11.8兆円
営業余剰
1.2兆円
10
住宅投資額
12.5兆円
雇用者所得
7.4兆円
0
国内生産拡大効果
所得拡大効果
家計消費
3.3兆円
租税(含 間接税)
2.7兆円
家計消費拡大効果
税収効果
出所:
「平成 17 年建設部門分析用産業連関表」(国土交通省)、「産業連関表(平成 17 年基準表)」(総務省)より加工作成
置したさいに見込まれる生産拡大効果と雇用誘発効
果を計測する。
まず、前提として、表 3 のとおり、現状の新設
住宅着工戸数(平成 22 年度:81.9 万戸)の 2 割程
度(17 万戸)に太陽光発電装置が設置されるもの
と考え、その場合の工事費(投資額)等を 3,060 億
円程度(= 180 万円 / 戸× 17 万戸)と見込む。
そのさい太陽光発電装置を手掛ける産業部門を
表 3 試算の前提
設置が想定される
戸数 ①
年間発電量 / 戸 ②
機器価格
(含 工事費)/3kw ③
17 万戸
3,000kwh
180 万円
※ 機器価格・工事費は、一般社団法人 太陽光発電普及拡大センター
の公表値等を参考に 60.0 万円 /1kw とし、次式に基づき試算:60
万円× 3kw = 180 万円
(ただし、機器価格は表記金額の
金額の 2 割とおいている。
)
8 割、工事費は表記
「電気機械部門」と住宅建設を包含する「建設部門」
太陽光発電機器が設置された場合に想定される総価格
および工事費(投資額)①×③
と考える※ 7。各部門の生産誘発効果(係数)と就業
3,060 億円
誘発効果は、次ページの表 4 に示すとおりであり、
投資額 1 単位当たり「電気機械部門」で 2.14 倍、
「住
※ 7 本節では、太陽光発電装置を手掛ける産業部門について、機器の製造・販売を担う部門を「電気機械部門」と設定し、機器の据付け等の工事を施工する部門を「建設部門」
」を用いている。
(た
とおいている。なお、必ずしも住宅施工専門の業者でなくとも施工を行えるものと想定し、住宅建設を包含するやや広い産業部門として「建設部門(34 部門表)
だし、その場合においても、全体的な生産誘発係数や就業誘発係数などは、住宅建築に特化した産業部門の効果と大差はない。)
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表 4 太 陽光発電機器を手掛ける産業部門とその生産誘発
効果、就業誘発効果
表 5 太陽光発電機器の設置に係る経済効果
〈試算結果〉
太陽光発電機器を手掛ける産業部門
(産業連関表の部門分類・コード表に基づく統合大分類)
生産誘発額
「電気機械部門」および「建設部門」
6,430 億円
生産誘発係数(開放経済モデル)
就業誘発数
「電気機械部門」
:2.14 倍
「建 設 部 門」
:1.94 倍
就業誘発効果(開放経済モデル)
「電気機械部門」
:10 人/投資額 1 億円
「建 設 部 門」
:15 人/投資額 1 億円
(資料)
「産業連関表(平成 17 年 34 部門基準表)
」
(総務省統計局)
、
「雇
用表(生産活動部門別従業者内訳表)
」
(総務省統計局)
3 万 3,660 人
税収(含 間接税)
579 億円
※ 太陽光発電設備を設置する場合、1kw あたり 4.8 万円を補助
(1 家庭の標準的設備容量:3 〜 3.5Kw の設置で 14.4 〜 16.8 万円
に相当)
平成 23 年度予算額 349 億円
宅建設部門」で 1.94 倍の国内生産が誘発される。
の主要効果の他、副次的な効果として、国内生産の
さらに、就業誘発効果をみると、投資額 1 億円当た
拡大、就業・雇用の誘発、税収の増加などが見込ま
り「電気機械部門」でおよそ 10 人、「建設部門」で
れることが示されている。
※8
およそ 15 人の就業者が誘発される
。
なお、現行の新設住宅着工戸数の 2 割程度(17
これらの前提の下で試算を行うと、新設住宅着工
万戸)に住宅用太陽光発電装置が設置された場合、
戸数の 2 割(17 万戸)に太陽光発電装置を設置す
税収の増加額は約 600 億円と試算されたが、これは、
ることにより 3,060 億円の新規投資需要が起こり、
経済産業省により平成 23 年度当初予算で手当てさ
その結果、国内生産が 6,430 億円拡大し、3 万 3,660
れた「住宅用太陽光発電導入支援対策費補助金」:
人の就業及び雇用が拡がるとともに、税収も 579 億
349 億円を上回っており、この点において十分な政
円派生することが示される(表 5) 。
策的効果があるものと考えることも可能であろう。
上記結果によれば、「住宅用太陽光発電導入支援」
また、かりに新設住宅着工全戸数に太陽光発電装
が行われることにより、住宅の省エネルギー化など
置が設置されるならば、国内生産は 3 兆円拡大し、
※9
※ 8 ここでは、就業誘発効果について既出の「就業誘発係数」を用いて「電気機械部門」と「建設部門」における投資 1 億円当たりの就業誘発効果を表示している。なお、
「電
気機械部門」と「建設部門」を比較すると、生産誘発効果については「電気機械部門」の方がわずかに大きいものの、就業・雇用効果では「建設部門」の方が大きく、
「電
「電気機械部門」と比べて、
「建設部門」の生産効果が及ぶ範囲が広く、とりわけ労働集約的な産業に大きな影響を及ぼ
気機械部門」の 1.5 倍となっている。この背景には、
す傾向があることが想定される。この点において、国内の就業・雇用の維持、誘発に関しては、
「建設部門」の方が一定に優位性を持っているものと考えられる。
「建設部門の生産額」=総新規投資需要:3,060 億円×
※ 9 「電気機械部門の生産額」=総新規投資需要:3,060 億円×按分比:0.8 ×生産誘発係数:2.14 倍= 5,240 億円、
「電気機械部門の生産額:5,240 億円」+「建設部門の生産額:1,190 億円」=「総国内生産額:6,430
按分比:0.2 ×生産誘発係数:1.94 倍= 1,190 億円、したがって、
億円」となる。就業誘発効果については、
「電気機械部門の新規投資需要:2,448 億円(=総投資需要:3,060 億円×按分比:0.8)
」×「電気機械部門の就業誘発係数:
10 人 / 億円」= 24,480 人、
「建設部門の新規投資需要:612 億円(=総投資需要:3,060 億円×按分比:0.2)
」×「建設部門の就業誘発係数:15 人 / 億円」= 9,180
人となることから、
「電気機械部門の就業誘発数:24,480 人」+「建設部門の就業誘発数:9,180 人」=「総就業誘発数:33,660 人」と把握される。なお、
「総国内生産額:
6,430 億円」から「国民所得:1,866 億円」と「間接税:168 億円」が分配されるため、
「国民所得:1,866 億円」に租税負担率:22.0%を掛け合わせることにより租税収入
が 411 兆円と見込まれ、これに間接税 168 億円を加えることにより、総合的な税収効果について 579 億円と計測される。
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Housing Finance 2011/ Summer
Report 3
レ ポ ート
就業及び雇用拡大の範囲も 15 万人程度まで拡がる
を果たす投資項目を選び、支援する意義が高まって
ことになる。
きているものと考えられる※ 10。
今後は、社会構造やライフスタイルの変化、省エ
❹ おわりに
ネルギー、CO2 の削減などの社会的な課題などを踏
まえた住宅関連の新たな需要の拡大に即して潜在的
本稿では、産業連関分析に基づき、住宅投資とこ
な需要の掘り起こしを行い、これらと併せて住宅の
れに付随する住宅用太陽光発電装置などの新規需要
改良改修や耐震性の向上を計る取組みを進めること
が国民経済に関してどのような効果をもたらすか試
等により、中長期的な国民生活水準の向上とともに
算してきた。
短期的な国民経済の下支えにとって効果的な道筋が
その結果をまとめると、国富(付加価値)を高め、
確立されることを期待したい。
就業や雇用を維持拡大するためには国内で行われる
投資需要の拡大が重要であり、とりわけ足下の景気
※なお、本稿において、意見に係る部分は執筆者個
動向を踏まえると、投資効果の波及する産業の裾野
人のものであり、住宅金融支援機構の見解ではあ
が広く雇用拡大に効果的であると同時に、国民資産
りません。
の価値向上や消費の継続的拡大に関して重要な役割
※ 10 国内総生産(GDP)はフローであり、ストックではない。また、当該フローは国内生産及び国内消費から派生する。一方で、住宅関連投資は、投資そのものが国内総生産や雇
用を生み出すと同時に、国民資産(ストック)の質向上に寄与する側面を持っている。国民資産の価値が高まれば、例えば、帰属家賃分に該当する部分の家計所得の向上や貸
家住宅に係る賃料収入の安定化などにつながることも想定され、結果として消費水準を高めるなど、再び国内総生産を増やすことが期待できる。
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