美空ひばり論

絶対文感
【 附録篇 】
美空ひばり論
陽羅
義光
歌手美 空ひ ばりの 伝記に ついて は、 何 冊かの本 がで ている 。
いずれ も詳 細なも ので、 私ごと きが 付 け足す部 分は ない。
だから ここ では 〈
、 美空ひ ばり の歌 〉と いう視点 です こしだ け書き たい 。
もちろ ん美 空ひば りは、 映画 スター で もあって 、多 くの映 画に主 演し
ている。
そのほ とん どを観 ている が、そ の話 は 別の機会 にし たい。
私ら団 塊の 世代の 多くは 、こ どもの こ ろにいつ も、 美空ひ ばりの 歌声
を耳にし てい るはず だ。
耳にす るだ けでは なく、 よく口 ずさ ん だはずだ 。
【丘のホ テル の赤い 灯も胸 のあか りも 消 えるころ 】
(『悲し き口笛 』)と か、
【山の牧 場の 夕暮れ に雁が 飛んで るた た 一羽】(『 あの 丘越え て』)とか 、
【笛にう かれ て逆立 ちすれ ば山が 見え ま すふるさ との 】
(『 越後 獅子の 唄』)
とか、
【わたし は街 の子巷 の子窓 に灯 がとも る 頃】(『私 は街 の子 』)と か、【花
を召しま せラ ンララ ン愛の 紅ばら 恋 の 花 】(『ひば りの 花売娘 』) とか。
こども のと きはな にも考 えなか った が 、
『河 童ブギ ウギ』をはじ め、当
時の美空 ひば りの声 で、今 聴くと 、相 当 に衝撃的 でさ えある 。
これは 決し て十代( それも 二十歳 に近 い十代で はな く十歳 に近い 十代 )
の少女の 歌声 ではな い。
美空ひ ばり が不世 出の歌 手と いわれ る ゆえんの ひと つであ るが、 ただ
マセテい たで は説明 できな い。
私は当 時の 歌声で 収録さ れた CDを 何 度も聴い て、 ひとつ の結論 を出
した。
美空ひ ばり は【憑 依】で きる歌 手な の だ。
おとな の心 に憑依 できる 、おと なの 声 に憑依で きる 。
むろん 天才 でなけ れば憑 依はで きな い 。
芸術芸 能関 係では 、前例 は数 少ない 天 才作家と 数少 ない名 優しか いな
い。
おとな にな ってか らの美 空ひ ばりは 、 やはりこ の「 憑依」 の術を 相変
わらずつ かっ ている 。
こんど は歌 の主人 公に完 全にな りき る という「 憑依 」であ る。
くわえ て、 天才歌 手美空 ひばり にな り きるとい う「 憑依」 である 。
私たち は、 美空ひ ばりの 代表 曲であ る 『リンゴ 追分 』や『 悲しい 酒』
を想い浮 かべ ればよ い。
それで も足 りなけ れば、 絶唱 といっ て もいい『 ひば りの佐 渡情話 』や
『みだれ 髪』 を。
世間に 「不 死鳥伝 説」を 印象 づけた の も、この 「憑 依」の 術あっ てこ
そだった 。
伝記で 書か れる通 り、美 空ひ ばりは 不 肖の弟た ちの ために 、過去 の歌
手になり かけ たこと が三度 あった 。
毎年毎 年、 美空ひ ばりの 新曲 を聴き 、 旧曲も口 ずさ むとい う、美 空ひ
ばりの歌 声が 五体に こびり つい ている 者 としては 、あ りえな いこと であ
った。
美空ひ ばり だけは 、歌手 以外 の個人 生 活を一切 問題 にする べきで はな
いと考え ても いた。
数年の 時を 隔てた 、不死 鳥復 活の歌 は 、『柔 』で あり 、『真 赤な太 陽』
であり 、『川 の流 れのよ うに』 であっ た 。
『柔 』では 、男伊 達で 歌い 、
『真 赤な 太 陽』で は、エ レキバ ンド・シン
ガーとし て歌 い、『川の 流れの ように 』 では、人 生の 達人と して歌 った 。
私は 、小説 家の条 件とし て、ひいて は 芸術家の 条件 として 、
【 三化 】を
唱えてい る。
異化と 意識 化と徹 底化で ある。
外国の 歌手 はわか らない が、
(ジ ャンル 総てひっ くる めて )日本 の歌手
で、この 【三 化】を なしと げて いるの は 、ただひ とり 、美空 ひばり に限
られる。
つまり 、美空 ひばり の歌 は、
〈 芸術〉の 域に達し てい るとい っても 過言
ではない ので ある。
(ここ では 歌謡曲 の歌手 にか ぎって 比 較するが )美 空ひば りが( おそ
らく永遠 に) 日本一 の歌手 である 。
だれも がそ ういわ ざるを えな い、あ る いはそう 運命 づけら れてい る要
因は、「憑依 」だ けでは ない。
それを 私は 「複音 」と名 づけて いる 。
美空ひ ばり は、三 波春夫 や三 橋美智 也 の〈艶〉 と村 田英雄 や北島 三郎
の〈渋さ 〉の 両方の 歌声を 持って いる 、 歌声を出 せる 。
その〈 艶〉 声と〈 渋〉声 を同時 に、 ま たは前後 して 出せる 。
また裏 声や 高音が 魅力だ った 、岡晴 夫 や霧島昇 や小 畑実も 顔負け の裏
声と高音 を持 ってい る。
その〈 裏〉 声と〈 高〉声 も同時 に、 ま たは前後 して 出せる 。
嘘だと おも うなら 『津軽 のふる さと 』 を 聴いて みれ ばいい 。
カバー 流行 りの今 日だが 、こ の歌を 歌 える歌手 はひ とりも いない はず
だ。
美空ひ ばり の「復 音」(一般 には 「和 音」) を聴 いてば かりい ると、 幸
か不幸か 、他 の歌手 の〈単 音)が 、チ ー プにかん じら れてし まう。
(この「 復音 」は、 音楽の みな らず、 小 説にもい える し、絵 画にも いえ
ることで あっ て、「単音 」より も深み や 滋味や彩 りを あたえ る)
美空ひ ばり の歌の なかで も〈単音〉的 な、
『お 祭りマ ンボ』や『 港町十
三番地』 や『 愛燦々 』など にさえ 、こ の 〈復音〉 があ る。
こうし て名 だたる 歌手は 、美空 ひば り に日本一 を譲 ら ざる をえな い。
ついで にい うが、 美空ひ ばりの モノ マ ネをする 人が かなり いる。
それぞ れイ イ線ま でいっ ている が、
〈復 音〉が出 せない ものだ から、歌
の雰囲気 だけ 似せて いるだ けであ る。
それで は女 性歌手 はとな ると、 足も と にも及ば ない 。
なんと か足 もとに たどり つい ている の は、中森 明菜 と宇多 田ヒカ ルの
ふたりだ けで ある。
山口百 恵と 松田聖 子はた しか に魅力 的 な歌声だ が、 中森明 菜に較 べる
と画一的 であ る。
また中 森明 菜は〈 憑依〉 に関し ては 美 空ひばり に近 いもの がある 。
安室奈 美恵 もビッ グな歌 手で あるが 、 ルックス とス タ イル とセン スで
勝負して いる ところ もあっ て、 宇多田 ヒ カルの歌 手と しての 天才性 に較
べると( エン ターテ イナー とし てはト ッ プだが) やは り一歩 も二歩 も譲
らざるを えな い。
つまり (美 空ひば りは別 格な んだが ) いまのと ころ 、日本 の三大 歌手
は、美空 ひばり 、
( 美空ひ ばりに 似た「 憑 依」の術 がある )中森 明菜 、
(美
空ひばり に似 た天才 性があ る)宇多 田ヒ カル 、の三 名とい うこと になる 。
だから とい うか当 然とい うか 、私は こ の三大歌 手の CDだ けを毎 日繰
り返し聴 いて いて、 他は聴 かない 。
文句の ある やつは いつで も勝負 しよ う 。
遠くか ら、 矢 沢永 吉とか 五木 ひろし と か沢田研 二と か桑田 佳祐と か、
声が聞こ える 。
まった く無 視もで きない ので 、私も 結 構好きだ けど ね、と ひとこ とつ
ぶやく。
近くで は、 松任谷 由美と か中 島みゆ き とか竹内 まり あとか 吉田美 和と
か、なん て声 も聞こ えるが 、こ の人た ち は、たし かに クリエ ーター とし
て優れて いる とおも われる 。
(とくに 中島 みゆき は『 夜会 』で 見せる 憑 依には鬼 気迫 るもの がある が、
これは「 意識 的な憑 依」「演技 として の 憑依」と 私は 呼んで いる)
という わけ で、三 大歌手 にほこ ろび な し。
ちなみ に私 のお薦 めとい うか 、見事 な 成果とか んじ られる 歌は 、
( それ
ぞれ十曲 挙げ たいが 、しつ こい といわ れ るので泣 く泣 くひと つに絞 り)
美空ひば りの 『津軽 のふる さと 』、 中森 明菜の『 トワ イライ ト』、宇多 田
ヒカルの 『 Passion』であ る。