Page 1 Page 2 要 旨 日本語の色彩語 (色の名前) のうち` 白、 黒、 赤

 色彩語のジグソv・一…パズル
ー生命と言語と文化の接点一
The Puzzle of Basic Color Terms
− The Node of Life, language, and Culture 一
末岡敏明(東京家政大学文学部英語英文学科非常勤講師)
Toshiaki SUEOKA, T()kyo Kasei University(part−time lecturer)
要 旨
日本語の色彩語(色の名前)のうち、白、黒、赤、青などの特定のものは、他の色と比較して、「白い」のよ
うに形容詞として用いられる、「真っ黒な」のように形容動詞として用いられる、日常生活の中では基本的な色
とみなされている、文化の中で重要な色として扱われている、などの特徴を持つ。バーリンとケイが世界の言語
を調査して発見した色彩語のメンバーに関する制約にこれらの色彩語を当てはめると、そのメンバーと順番がお
およそ一致することがわかる。また、一致しない箇所に関しても文法的な観点からの説明が可能である。バーリ
ンとケイの制約は色彩語の発生順位をも表しているのだが、それは、日本語の中で上記の色が古くから用いられ
てきたと考えられる様々な言語的・文化的事実と合致する。さらに、上記の色が人間の視覚器官が敏感に反応す
る光と色とも一致することから、これらの色が人間にとって重要な色であり続けてきたことが推測できる。
The synopsis
Some color words in Japanese, such as shiro(white), kuro(black), aka(red), andαo(blue), have some
characteristics in terms of etymology, parts of speech, or the use in the culture, compared to other color words. The
members of these words agree to the chart of Berlin and Kay(1969), which shows the basic color terms of 981anguages
in the world. The chart also shows the order of the appearance of the color words of each language, so it might be
concluded that the words in the above are the oldest color words in Japanese. And this hypothesis also agrees to the
fact that the visual organ strongly reacts to the brightness(i.e. black/white)and the lightls three primary colors(Le. red,
blue and green).
キーワード:色彩語、品詞、視覚、光
Key words:color terms, parts of speech, visual organ, light
柄がつながりを見せ始める。しかもそれは、色彩語と
0.はじめに
いう「単語」と色に関する「文化」との間のつながり
「若竹色」や「紅梅色」などの単語には、それだけ
にとどまらず、人間が持つ言語の普遍性や、さらには、
で一つの絵画を見るような美しい情景が封じ込まれて
人間という一つの生命が持つ特性とのつながりにも及
いる。色の名前(以下、「色彩語」と呼ぶ)は、単に
ぶのである。
色を識別するための符丁ではなく、美しい自然に囲ま
れて生きてきた日本人の感受性と創造力の反映だと言
えるだろう。
1.色彩語の分類
色の違いは連続的であるため、理論的には色彩語は
日本語の色彩語を言語としての特徴から見た場合、
無限の数だけ存在しうる。日本語の色彩語の数は正確
いくつかの観点から分類が可能である。
な数が把握できないほど膨大であり、さらにその数は
今後も増加していく可能性がある。しかし、日本語も
1.1表記
かつては少数の色彩語しか持たなかった可能性があ
色彩語には「ピンク」や「オレンジ」のようにカタ
り、さらに外国語に目を向けると、世界にはごく僅か
カナで表記するものと、「白」や「赤」などのように
な色彩語しか持たない言語が存在する。
漢字(あるいはひらがな)で表記するものとがある。
現在の日本語が持つ豊かな色彩語は、それ自体が貴
カタカナで表記するものが比較的新しい外来語である
重な文化であるが、さらに、服飾や住居などの日常か
ことは言うまでもない。
ら、絵画や映像などの芸術に至るまで、文化を広く支
「赤」と「レッド」は色としては同じであるが、使
える柱の一つとなっている。
われる頻度や使われ方に大きな違いがある。「レッド」
本稿は、それらの色彩語に様々な角度から光を当て、
よりも「赤」の方がはるかに使われる頻度も汎用性も
色彩語の持つ多彩な特徴を探っていく試みである。特
高い。「レッド」は、多くの場合、商品名などの固有
徴の一つ一つは、一見すると互いに関係のない事柄の
名詞や特殊な名詞の中で用いられる。
ように思われるが、ある視点から全体をとらえると、
しかし、カタカナよりも漢字やひらがなの表記の方
やがてジグソーパズルのピースのように、すべての事
が必ず頻度や汎用性が高いというわけではなく、例え
一40一
色彩語のジグソーパズル
色彩語のうち、形容詞となるものは、
ば、「ピンク」は「桃色」よりも多く使用されている。
また、「ベージュ」という名前はよく使われているが、
それに該当する「らくだ色」という名前を耳にするこ
(1)白い、黒い、赤い、青い、黄色い、茶色い
とはまず無いと言ってよい。
の6つである。これらは、「赤」や「青」などの名詞
1.2意味と語源
に形容詞の活用語尾が付き、「赤い」や「青い」など
「紫」という色彩語は、ムラサキという植物の名前
のように変化したものと思われる。それぞれ、名詞と
に由来する。ムラサキの根の色素で染められた物の色
しての用法も持ち続けており、助詞の「の」をつけて「赤
が、一般的な色の名前として転用されたのである。ま
の」や「青の」のような形で名詞を修飾することもで
た、「オレンジ色」がオレンジの色で「灰色」が灰の
きる。したがって、「青」を例に取ると、「青いコップ」
色であることは明らかである。多くの色彩語は、その
と「青のコップ」という2通りの表現が可能になる2。
色を代表する植物や鉱物など、あるいは、その色のイ
色彩語の中で、形容動詞となるのは、
メージに合うものを語源とすることが多い。つまり、
色彩語は「∼の色」という意味になっていることが多
(2)真っ白だ、真っ黒だ、真っ赤だ、真っ青だ
いということである。
一方で、数としては少ないが、「∼の色」という意
の4つである。「形容動詞」という名称が適切であるか、
味ではない色彩語も存在する。例えば、「赤」は何か
また、そもそも「形容動詞」という品詞を認めるか否
の色なのではなくて、「明ける」や「明るい」という
かに関しては議論の分かれるところではあるが、いず
単語と語源が同じであると考えられている。同様に、
れにしても「真っ赤だ」「真っ赤な(夕焼け)」「真っ
「黒」は「暮れる」や「暗い」と同源である。「白」は
赤に(染まる)」などの形を取りうるのが上記の4つ
しるし
「著しい」や「印」と同源で、はっきりしている様子
の色彩語だという点は重要である。
を表す。その反対にはっきりとしていない様子を表し
これらの4つが形容動詞として振る舞う原因は強意
たのが「青」で、「青雲」や「青馬」の「青」は、白
の「真」が付いているためであると考えられる。「まっ
とも黒ともつかない中間的な色を表している1。
すぐだ/な/に」や「真っ正直だ/な/に」のように、
つまり、「赤」「黒」「白」「青」が本来表現している
一般的に状態や様子を表す単語に「真」が付くと、全
概念は、「明るさ」と「鮮やかさ」である。色を記述
体として形容動詞として振る舞うことになる。
する際に中心となる概念に「明度」と「彩度」がある
ただし、興味深いことに、(2)に挙げられた4語の
が、これらの4色はまさにその二つの概念を表してい
うち、前の2語に関しては、
るのである。
語源的には、「赤」と「黒」、そして「白」と「青」
(3)真っ白い、真っ黒い
とが対立する関係にあったのに対して、現在では「白々
と夜が明ける」などという言い方からもわかるように
のように形容詞として振る舞うこともできるのであ
「白」と「黒」が明るさに関して対立する色としてと
る。つまり、名詞を修飾する場合には(強意の有無を
らえられている。「白黒をつける」などという表現も、
無視すれば)、「白」に関しては「白の」「白い」「真っ
「白」と「黒」の対立を表していると言えよう。また、
白な」「真っ白い」という4通りの表現が可能であり
文化のレベルでは「赤」と「白」を対立させる場合も
(「黒」も同様)、「赤」に関しては「赤の」「赤い」「真っ
ある(例えば、運動会)。しかし、対立関係がどうで
赤な」という3通りが可能だということになる(「青」
あれ、これらの4色はどれも何かの物の色ではなく、
も同様)。
もっと「色」の根本に関わる概念を表しているという
形容詞となる色彩語として「白」「黒」「赤」「青」
点で共通した特徴を持っていると言える。
の他に「黄色」と「茶色」があるが、これらに「真」
を付けて、
1.3 品詞
色彩語は色の名前であるから、その品詞は基本的に
(4)真黄色だ/な/に、真っ茶色だ/な/に
は名詞である。なぜ「基本的には」という但し書きが
付くのかというと、色彩語の大多数は名詞として用い
とすることに関しては、抵抗を感じる人と問題なく受
られるが、わずかに形容詞や形容動詞として用いられ
け入れられる人とに別れるようである。これらをさら
るものがあるからである。
に形容詞とする(「真黄色い」「真っ茶色い」)のには、
一41一
さらに強い抵抗があると考えていいだろう。
とれらの色は必ず含まれているはずだ。「赤」や「青」
品詞の分類という観点から色彩語を検討すると、(1)
は無いのに「紫」が入っている色鉛筆のセットという
で挙げた「白」「黒」「赤」「青」「黄色」「茶色」の6
のは考えにくい。
色が主な話題となる。これらの色だけが、名詞ではな
さて、これまでに頻繁に登場した色彩語に対して、
い品詞になりうるからである。それ以外の大多数の色
「例外」「特別」「基本」などと様々な言葉で形容をした。
彩語は名詞として振る舞うので、名詞を修飾する場合
本来、「例外」や「特別」という概念と「基本」とい
には「紫の」や「ベージュの」のように「∼の」とい
う概念は相容れないはずである。ということは、これ
までの考察にはどこか間違っている点があるのだろう
う形を取るしか方法がない。
か。それとも、相容れない概念が両立しうるような説
明方法がありうるのだろうか。
2.文化と歴史の中の色彩語
ここまでで、表記、意味、語源、品詞などの言語学
的側面から日本語の色彩語に関する観察を行った。こ
3.基本色彩語
れらの観察結果から、すでにいくつかの興味深い事実
3.1バーリンとケイの発見
が浮かび上がってくる。
文化人類学者のバーリンとケイ(Berlin and Kay
まず、第一に、日本語の色彩語を何らかの視点から
1969)は、世界の98の言語を調査し、次のような事
観察すると、必ず例外と思われるような例が発見でき
実を発見した。調査した言語には、white、 black、 red、
る。
green、 yellow、 blue、 brown、 purple、pink、 orange、 greyと
第二に、どの視点から観察しても、いつも特定の色
いう11の基本的な色彩語のカテゴリーがあり、各言
彩語が例外として挙がってくる。つまり、ある視点か
語はこれらの中からそれぞれ一定数を色彩語として用
ら見れば「紫」が例外で、ある視点から見れば「オレ
いている。興味深いことに、色彩語の数は言語によっ
ンジ」が例外、というようなことは無い。
て異なるのに、言語化したカテゴリーが11未満であ
第三に、例外となる特定の色彩語の中にも、さらに
る言語では、どの色を色彩語として採用するのかに関
「例外性」の強い色彩語とそうでないものとがある。
して、通言語的な制約があるというのである。その制
具体的には、「白」と「黒」がほとんどあらゆる点で
約とは次のようなものである。
例外的な特徴を持ち、次に「赤」と「青」が例外性が
強い。それに続いて「黄色」と「茶色」が例外性が強
(5)(A)どの言語にもwhiteとblackを表す2つの色
いと言うことができる。
彩語がある。
このように見てくると、日本語の色彩語の中で、「白」
(B)色彩語が3つある言語ではredを表す語があ
「黒」「赤」「青」「黄色」「茶色」が、何らかの意味で「特
る。
別な色」であるという感触が強まってくる。
(C)色彩語が4つある言語ではgreenかyellowの
日本の古い民話には「赤」「白」「黒」「青」の4色
どちらか一方を表す語がある。
しか出てこないという調査がある(大野1995)。むろ
(D)色彩語が5つある言語ではgreenとyellowを
ん、現在まで伝えられていないだけで、それ以外の色
表す語が両方ともある。
彩語も存在したという可能性はある。しかし、この4
(E)色彩語が6つある言語ではblueを表す語が
色だけは確実に古くから日本に存在したと考えてよい
ある。
だろう。
(F)色彩語が7つある言語ではbro㎜を表す語が
また、7世紀から8世紀ごろに作られたと推測され
ある。
るキトラ古墳の内壁には「青龍」「白虎」「朱雀」「玄武」
(G)色彩語が8つ(以上)ある言語ではpurple、
という四神が描かれている。そこには、中国や朝鮮半
pink、 orange、 greyのうちの任意の1つ(以上
島の文化が反映されているのではあるが、それぞれの
の組み合わせ)を表す語がある。
神の名に付けられた「青」「白」「朱(赤)」「玄(黒)」
という4つの色が特別な色であったことは十分に想像
この(A)から(G)までをまとめると、(6)のように表
できることである。
すことができる。
しかし逆に、日常生活のレベルで考えれば、これら
の色はごく基本的な色だと言うこともできる。もし仮
(6)white/black < red < green/yellow < blue <
に、色数の少ない絵の具や色鉛筆を買ってたとしても、
brown<purple/...
一42一
色彩語のジグソーパズル
これは、例えば、ある言語が3つの色彩語を持ってい
そこで、(6)のgreenを「青」として、さらにyellow
るとすると、その3つは必ずwhite、 black、 redであり、
を削除してみると(yellowの問題に関しては後述)、
pink、 orange、 greyのような3色が選ばれることはない
次のようになる。
し、blueがないのにpurpleがあるという言語も存在
(7)白/黒く赤く青く茶色
しない、ということである。
これは驚くべき発見であるが、色彩語が11未満の
言語に関する制約であるとすると、それより多くの色
つまり、(6)のgreenとblueが「青」として一本化され、
彩語を持つ日本語にはこの制約が当てはまらないこと
それによって、(6)が日本語の基本色彩語に当てはま
のように思われる(つまり「これらの色彩語はすべて
り、しかも例外性の強い「白」「黒」「赤」「青」の4
日本語にある」と述べるだけで終わることになる)。
色が左から順番に並ぶことになる3。
しかし一方で、上記の考察で頻繁に登場した「白」「黒」
「赤」「青」「黄色」「茶色」が(6)の配列に酷似してい
3.3 「黄」と「黄色」
るということは、バーリンとケイの制約が日本語の色
(6)のgreenとblueをともに「青」とし、yellowを「黄
彩語にも働いていると考えることができるようにも思
色」として加えると、次のようになる。
える。
ここで、もし、日本語の基本的な色彩語が、形容詞
(8)白/黒く赤く青(green)/黄色く青(blue)<
になることができるもの、すなわち「白」「黒」「赤」「青」
茶色
「黄色」「茶色」だけであると仮定したらどうなるだろ
うか。仮にこの6色を「日本語の基本色彩語」と呼ぶ
バーリンとケイの制約を(A)から(F)まで適用すると、
ことにして、(6)に照らし合わせてみると、次のよう
brownの色彩語を持つ言語は必ずwhite、 black、 red、
なことがわかる。
green、 yellow、 blueを持つということになるので、日
まず、日本語の基本色彩語の中で「白」と「黒」は
本語の基本色彩語と同じカテゴリーが揃うことにな
最も例外性の強い色であったが、それが(6)では最も
る。つまり、バーリンとケイの制約はメンバーという
左に位置する色となっている。次に例外性の強い色
点から考えれば日本語の基本色彩語にも当てはまると
は「赤」と「青」であったが、「赤」に関しては(6)
いうことである4。
の順番と同じである。問題は、redとblueの問に、
ただ、日本語では「青」の方が「黄色」よりも例外
green/yellowが割り込んでいることである。特に、日
性が強いので、バーリンとケイでyellowがblueの左
本語の「緑」は例外性が全く無い色彩語であり、それ
に来るという順番と合わなくなっている。この点に関
がこのように左寄りの位置に登場するということは、
しては、次のように考えると説明がつく。これまでの
バーリンとケイの制約は、少なくとも部分的には日本
ところで、仮に「形容詞になるもの」を日本語の基本
語には当てはまらないということなのだろうか。
色彩語としているが、yellowに相当する「黄」は、一
音節の語であり、しかも「イ列音」で終わるために形
3.2 「青」と「緑」
容詞になることができなかった。「黄色」に「い」を
ここで、バーリンとケイのgreenが日本語のどの
付けて「黄色い」という形容詞が生まれたのは江戸末
色彩語に相当するのかを検討してみたい。もちろん、
期から明治にかけてだと言われている。つまり、音韻
greenは「緑」である。しかし、「青田」「青竹」「青
的な理由から「黄(色)」は形容詞になるのが遅くなっ
リンゴ」などの例からわかるように、日本語の「青」
てしまったのである。そのため、バーリンとケイの制
はgreenを意味することがある。これは日本人がblue
約と日本語の「形容詞になる色彩語」を対比させると、
とgreenを色として見分けることができない(できな
yellowにだけズレが生じることになると考えることが
かった)ということではない。晴天の空の色と植物の
できるのである。
色との違いはわかっていても、どちらも「青」と呼ん
だのである。すでに述べたように、「青」はもともと、
3.4 再び日本語の基本色彩語について
色が鮮やかであることを表す「白」と対立する語とし
バーリンとケイの制約を日本語の色彩語に当てはめ
て、幅広い色を指す言葉であったらしい。その中で、
るにあたって、これまで「例外性」や「形容詞になる」
特にgreenを指す言葉としての「青」は現在でも根強
といった観点を検討せずに用いてきた。そこで、これ
く用いられていることは、比較的新しい「青信号」な
らの点についてここで改めて検討し、日本語の基本色
どという言い方にも見て取ることができる。
彩語についての考察を試みる。
一43一
まず、「例外性」というのは、これまでにも述べた
ると、バーリンとケイの制約の(G)は「色彩語が8つ
ように、それが割合として少数であるということであ
る。多くの色彩語の品詞が名詞であるのに対して、ご
(以上)ある言語ではpulple、 pink、 orange、greyのうち
の任意の1つ(以上の組み合わせ)を表す語がある」
く少数の色彩語だけが形容詞や形容動詞になることが
となっているが、日本語の色彩語としては、この4
できる。色彩語は「色」という「事物の特徴」を述べ
つの色に関しても、さらにはここに挙げられていない
る言葉であるから、事物の特徴を述べるための品詞で
他の色に関しても、特に特徴や重要度の違いは見受け
ある形容詞や形容動詞に移行しようとする力が働くの
られない。ということは、日本語には膨大な数の色彩
は自然な成り行きではある。しかし、品詞が変化する
語が存在するが、その中で特に色彩語の特徴を明確に
のにはそれなりの条件と時間が必要となる。例えば、
持っているものは、「白」「黒」「赤」「青」「黄色」「茶色」
「ナウ」のような言葉が外来語として日本語の語彙に
の6つであると考えられることになる(ただし、「青」
加わった時、最初は名詞として扱われる(いきなり他
はgreenとblueの両方を含むものとする)。
の品詞として扱われることはない)。「ナウ」は事物の
なお、「白」と「黒」から「茶色」までは、特別な
特徴を述べる名詞であるので、それがやがて、「ナウだ」
状況や意味合いでない限り、漢字で表記するのが基本
「ナウな」のように形容動詞として用いられるように
だが、「ピンク」や「オレンジ」はカタカナ表記が基
なり、さらに「ナウい」という形容詞が生まれること
本であるし、「紫」や「灰色」は「パープル」や「グ
になる。このような変化は「事物の特徴」を述べた名
レー」と表記されることも多い。表記の点からも、茶
詞すべてに生じるわけではない。何らかの理由で「選
色(brown)までとそれ以降が大きな境目となってい
ばれた名詞」だけが形容詞や形容動詞になるのである。
ることがわかる。
形容詞や形容動詞は名詞に対する述語となったり、
名詞を修飾したりする働きを持つ。したがって、名詞
について述べたり、名詞を修飾したりする上で必要性
4.含意と発達
が高い意味を持つことばほど形容詞や形容動詞になり
バーリンとケイの発見は驚くべきものである。しか
やすいと考えることができる。したがって、ある色彩
し、その内容は言語が一般的に待つ特徴の一つに過ぎ
語が形容詞や形容動詞になっているということは、そ
ないと見ることもできる。ここで、改めてバーリンと
の色彩語の重要性が高いことの一つの証拠であると考
ケイの制約の構造を確認すると、
えることができるのである。そして、重要なものほど
品詞変化を受けて例外的なふるまいを見せるというこ
(9)(=(6))white/black<red<green/yellow<blue
とは、「例外」や「特別」という概念と「基本」とい
< brown < purple/_
う概念とが両立するということである。
日本語の色彩語のうち、形容詞になる「白」「黒」「赤」
という図式において、”ぐ1は「を含意する」という意
「青」「黄色」「茶色」の6色が、バーリンとケイの制
味を表している。つまり、”A<B”は、「BはAを含
約(F)のメンバーとほぼ一致するのはすでに見た通り
意する」ということ、言い方を変えれば、「Bであれ
である。さらに、この中で形容動詞になる「白」「黒」
ば必ずAを含む」ということを表している。これを
「赤」「青」は、日本に古くからあり、神の色として用
発達のステップとしてとらえると、ある発達段階にお
いられることもある重要な色であり、greenを「青」
いては、必ずその前の段階の内容を内包する、という
と考えればバーリンとケイの制約(C)に該当する。さ
形で発達が進んでいくということである。色彩語に限
らにこの中の「白」と「黒」は、「真っ白な→真っ白い」
らず、言語を構成する要素は、最初にごく基本となる
という形容動詞から形容詞への変化が起こっていると
ものからスタートし、そこに徐々に派生的なものが付
いう共通点があり、バーリンとケイの制約(A)に相当
加される形で発達していくことが知られている。例え
する。
ば、言語の最も基本的な要素である「品詞」もこのよ
ちなみに、(6)は言語の色彩語のおおよその発生順
うな形の発達をする。日本語と英語では持っている品
を反映しているとバーリンとケイは述べており、それ
詞の種類や数が異なるように、個々の言語が持つ品詞
が正しいとすると、(7)ないし(8)が日本語の色彩語
の種類と数は、その言語によって異なる。だが、ばら
の発生順を表している可能性が高いことになり、「白」
ばらにどんな品詞でも持ちうるのかというとそうでは
「黒」「赤」「青」が古くから日本語に存在すると思わ
なく、そこには一定の規則があり、それは概略次のよ
れる事実と一致する。
うに「含意」の概念で表現することができる。
「茶色」(brown)に続く色彩語について検討してみ
一44一
色彩語のジグソーパズル
しかも、言語の伝達目的のために、母音はできるだけ
(10)動詞く名詞く形容詞く副詞
聞き分けやすいように発音される必要がある。そのた
つまり、1つしか品詞を持たない言語が持っている品
め、母音のシステムは、口の中の発音の位置ができる
詞は必ず動詞(述語)であり、品詞を2つ持つ言語は
だけ互いに遠くなるような音の組み合わせになると都
そこに名詞が加わり、さらに品詞が3つの言語ではそ
合がよいことになる。最初に獲得する母音の「ア」は
こに形容詞が加わる、というように拡張していく。決
口の中の下部で発音される。そこで、それに続いて獲
して、形容詞だけの言語や名詞と副詞だけの言語とい
得される母音は、口の中の上部前方で発音される「イ」
うのは存在しないのである(梶田2001)。
と上部後方で発音される「ウ」が最も好都合であるこ
もう一つの例として各言語が持つ母音のシステムを
とになる(発音される位置を頂点とすると口の中に最
挙げることができる。母音の数は言語によって異なる
も大きな逆三角形が描かれるように発音の位置が定ま
が、どの言語でも必ず「ア」という母音を持っている。
ることになる。)。また、四つ目以降の母音が加わる場
世界には3つしか母音を持たない言語がいくっも存在
合も、母音の発音の位置が互いにできるだけ遠くなる
するが、その多くは「ア」「イ」「ウ」という母音の組
ように配置が決まっていく。
み合わせを持っている。さらに、日本の東京方言のよ
うに5つの母音を持っている言語は「ア」「イ」「ウ」「エ」
「オ」の5つの母音を持っている。ここで重要なのは、
3つの母音を持つ言語が、例えば「ア」「エ」「オ」の
5.光と視覚
言語の様々な要素が「含意」という関係を持ちなが
ような3つ母音を持つということはないということで
ら発達していくこと、そして、そのような発達をする
ある(窪園1999)。
のには理由があるということを、品詞と母音を例に挙
ここまで、言語の要素が「含意」という関係で発達
げて述べた。では、色彩語はなぜバーリンとケイが発
をするということを述べてきたが、この「発達」は各
見したような順序で発達するのだろうか。
言語の歴史的な発達を意味するだけではない。子供が
母音のシステムが人間の発声器官と密接に関係があ
言語を習得していく過程での発達においても同様の拡
るのだから、色彩語の発達は人間の視覚と関係がある
張をするのである。つまり、子供が最初に身につける
のではないかと推測することができる。人間がものを
品詞の概念は動詞や名詞であり、子供が最初に獲得す
見るしくみは全体としては非常に複雑で、その全貌は
る母音は「ア」であり、最初に使うようになる色が「白」
いまだに明らかになっていない(藤田2007)。しかし、
「黒」「赤」「青」などなのである。
目が外界の光や色を受け取るしくみに限って言えば、
言語の持つ様々な要素が、言語の歴史の上でも子供
概略、次のようになっていると考えられている。
の習得の上でも、「含意」という関係の形で発達して
外界の光は、レンズの働きをする角膜と水晶体に
いくことは、一見すると不思議な、神秘的な現象のよ
かんたい すい
よって網膜に集められる。網膜には「秤体」と「錐
たい
うにも思われる。しかし、個々の要素の発達に関して
体」という2種類のセンサーがあり、秤体は主に明暗
詳細に検討すると、このような発達の仕方をするのに
を感じ取り、錐体は主に色を感じ取る。これらのセン
は、それぞれ理由があることがわかる。
サーが受け取った信号の強度の組み合わせが視神経か
単語を品詞に分類していくとき、ものを表す単語と
ら脳に伝えられ、人間は光や色を判断しているのであ
しての名詞と行為を表す単語として動詞が基本となる
る。
のは当然である。では、名詞と動詞でどちらがより基
さて、ここで興味深いことに、色を感じ取る錐体の
本的なのかと言えば、それは動詞である。なぜかと言
中で実際に光を感じ取る「視物質」には、主に赤の光
えば、必要な状況が整っていれば「やれ」という動詞
を受け取るもの、主に青の光を受け取るもの、主に緑
だけで「ドアを開けろ」という名詞的内容を含む意味
の光を受け取るもの、の三つの種類があり、赤、青、
を表現することができるからである。形容詞や副詞が
緑以外の色は、これらの色の組み合わせとして感じ
名詞や動詞を修飾する品詞として、名詞や動詞よりも
取っているのである。また、主に赤の光を受け取る視
後から発生するのは当然である。形容詞が副詞よりも
物質と主に緑の光を受け取る視物質は、黄色にも強く
発生が早いのは、名詞の方が動詞よりも圧倒的に数が
反応することがわかっている。
多いからそれだけ修飾語句の必要性が高いからだと思
さて、ここに登場した「赤」「青」「緑」「黄色」に、
われる。
光の明暗(秤体が受け取る)を表すと考えられる「白」
母音の発達に関しては次のように考えられる。人間
と「黒」を加えると、バーリンとケイの制約の(E)ま
の口が出すことのできる母音の範囲には限度があり、
でに登場する色と、全く同じメンバーになる。これを
一45一
偶然の一致と考えるのは難しいだろう。むしろ、人間
般的な状況で用いられる。「テーブルの上に青いコッ
の目はこれらの色に最も敏感に反応し、それが色彩語
プがあります」という言い方に特別な文脈は感じら
の体系に反映されていると考えるのが自然である。
れない。ところが、「テーブルの上に青のコップが
「赤」「青」「緑」は「光の三原色」と呼ばれている。
あります」と言えば、すでに様々な色のコップが存
この三色を組み合わせることによってあらゆる色を作
在することが話題となっていて、それらのうちの「青
り出すことができる。テレビやコンピューターのディ
のコップ」に関してはテーブルの上にあると言って
スプレーがこの原理で発色しているのは周知の通りで
いる、というような特別な文脈が必要となる。さら
ある。光を受け取るための器官である目が、光の有無
に単純な例としては、「青い空」は自然な表現だが、
(「白」と「黒」)、および、光を構成する三つの色(「赤」「青」
「青の空」という言い方が使われることはない、と
「緑」)に敏感に反応するのは当然ではあるが、それが
いう事実がある。色彩語における「∼い」と「∼の」
単に生物としての機能にとどまらず、おそらくすべて
の違いに関しては、沢田(1992)や藤村(2003)が詳
の人間の言語に共通して存在するであろう色彩語の特
細に検討を行っているが、両者ともに「∼い」と「∼
徴を生み出す原因となっていると考えることができる
の」の箇所に注目して品詞論の観点から分析を行っ
ているという共通する問題点があると思われる。色
のである。
彩語における「∼い」と「∼の」の違いの問題は、
おそらく、色彩語そのものの問題や単独の品詞の問
6.まとめ
題なのではなく、一般的に「名詞+の+名詞」とい
最後に、これまでとは時間の流れを逆にして人間と
う構造が持つ意味の問題として扱われるべきではな
いだろうか。具体例で考えると、「小さいピストル」
色彩語の関係について述べ、それを本稿全体のまとめ
としたい。
は必ず「ピストル」である一方で、「名詞+の+名
太古の昔に人類の祖先となる生物が視覚器官を獲得
詞」の場合は、「ロシアのピストル」が「ピストル」
した。視覚器官は光を受け取る器官であるため、光の
であるのに対して「おもちゃのピストル」は「おも
性質である「明暗」と「光の三原色」に対して敏感な
ちゃ」である。つまり、「名詞+の+名詞」という
ものとなった。視覚器官の特徴は、やがて人間が言語
構造では、統語的には右の名詞が主要部のようであ
と文化を発達させていく過程においても影響を与え続
りながら、左右どちらの名詞も主要部となりうる(あ
けた。言語の中では、色を表す語彙が「明暗」と「光
るいは、どちらの名詞も「同程度に」主要部である、
の三原色」を出発点として発達をとげていった。文化
と言うべきかもしれない)。色彩語の「∼い」と「∼
の中においては、「明暗」と「光の三原色」に関わる
の」の違いはこの観点から分析が可能だが、それは
色を基本の色として扱うと同時に、それらの色に重要
本稿の主旨とは異なるので、これ以上の分析はここ
な意味や役割を与えた。
では行わない。
3 日本語の「青」はもともと漠然と幅広い色を指す
限られた情報をもとに人間と色彩語の関係をこのよ
うに大きなビジョンの中でとらえるには、多少の空想
名前だったので、greenとblueを「青」として一本
を加えることも必要である。しかし、個々の詳細な言
化すれば全体の整合性が保たれるのは良いとして、
語現象や文化現象を統一的にとらえようとする時、こ
そもそもなぜ「青」がgreenを表すことがあるのか
のような見方が単なる絵空事ではないことも確かであ
という点は非常に大きな謎である。「青」に該当す
る色彩語がgreenを指すこともあるというのは日本
ると言えよう。
語に限った現象ではない(例えば、中国語)。その
ため、この問題に対する答は、個々の言語に依存し
注
1 ここに述べた語源に関する説には異論もある(大
ない説明でなければならない。答の候補の一っとし
野1979)。しかし、「赤」「黒」「白」「青」という色
て、次のような「引き算」の考え方はどうだろうか。
彩語と視覚器官や光の性質との関連を考えると(後
つまり、人間が色に名前を付けていく時には、最も
述)、ここに述べた説の方がより説得力を持つと考
重要な色から順番に名前を付けていくはずであり、
えられる。
ある色に付けられる名前が決定したら、残った色に
2 ただし、「∼い」と「∼の」の両方の形が存在し
次の名前が付けられる、というように色と色名の対
ても、その両者の意味合いや用法が全く同じという
応が決まっていくという考え方である。色を波長が
わけではない。例えば、「青いコップ」と「青のコッ
短い方から長い方に順番にならべると、「紫→青→
プ」はどちらも可能ではあるが、前者の方がより一
緑→黄色→赤」となる。もちろん色は連続的なので
一46一
色彩語のジグソーパズル
それぞれの間に中間色が無限に存在する。さて、ま
このように書き直すと、日本語においてもgreenと
ず最初に名前が決まるのはこれらの色よりもっと重
blueは別の扱いを受けていることになり、よりバー
要な「白」と「黒」である。次は、最も鮮やかで目
リンとケイの発見に近い形にまとめることができ
立つ色に「赤」という名前がつく(これはバーリン
る。なお、「青さ」や「青み」という名詞がgreen
とケイの制約(B)までと同じ展開である)。問題は
を意味することはあるが、それは形容詞の名詞形な
その次である。鮮やかな色に名前を付けたので、次
のであって、本来の名詞とは区別されるべきである。
はそれとは反対の性格を持つ色に名前が付く。「赤」
は波長が長い色なので、次に名前を付けるのは波長
の短い「紫→青→緑」あたりの色になり、その色に
【参考文献】
Bear, M.E et a1.2007. Neuroscience: ExPloring the
「鮮やかさの無い」という意味の「青」という言葉
Brain(Third Edition). Lippincott Williams&
を当てる。「紫→青→緑」あたりの色の中で自然界
Wilkins.
に圧倒的に多く見られるのは空の色と植物の色であ
Berlin, Brent, and Paul Kay 1969. Basic Color Terms’
る。そこで、「青」という名前に対応する色の代表
Their Un iversality and Evolution. University of
がblueとgreenになる。このように考えると、「青」
という名前がgreenの色を指すこともありうること
が理解できる。しかし、「青」と「緑」をはっきり
と区別するようになった現代においても、なお「緑
California Press.
Clothers, John.1978. Typology and universals of vowel
sツstems. In J.H. Greenberg(ed.), Universals of
Human Language, Volume 2, Phonology, pp.
色のリンゴ」を「青リンゴ」と呼ぶ理由に関して
93−152.
は、北原(1997)の中にその答がある。北原の説明
藤田一郎.2007.『「見る」とはどういうことか 脳
は概略次の通りである。「形容詞の語幹+名詞」と
と心の関係をさぐる』.化学同人.
福田邦夫.1999.『色の名前はどこからきたか』.青
いう造語を色彩語に適用すると、「黒い」の語幹は
「黒」で「赤い」の語幹は「赤」なので、「黒ネクタ
蛾書房.
イ」や「赤シャツ」などの複合語が作れる。同様の
藤村逸子.2003.「色彩名詞と色彩形容詞の対立」
造語を「青い」に当てはめると、「青リンゴ」や「青
『日本語学習辞書編纂に向けた電子化コーパス
信号」などの複合語が作れることになる。一方で、
利用によるコロケーション研究(平成13∼15
「緑」はイ列音で終わるために形容詞になることが
年度科学研究補助金基盤研究(B)(2)(研究課題
できず、したがって形容詞の語幹というものも存在
番号13480069)中間報告論文集).pp.25−48.
しない。そこで「green+名詞」という意味の造語
梶田優.2001.「動的文法理論の考え方と事例研究」
を行おうとすると、かつて「青」が「緑」をも表し
『コーパスの利用による現代英語の語彙構文的
ていたころのように「青」に代行してもらうしか方
研究』(平成13年度∼平成15年度科学研究費
法がないのである。
補助金基礎研究(B)(2)(研究課題番号13410132)
4 藤村(2003)が指摘するように、現在では、「青」
研究成果報告書 研究代表者 大名力).pp.
がgreenの意味で使われて、かつ、単独の名詞とし
て用いられるのは信号にっいて述べる場合を除くと
稀である。「青」がgreenの意味で使われるのは、もっ
69−122.
北原保雄.1997.『青葉は青いか』.大修館書店.
窪園晴夫.1999。r日本語の音声』.岩波書店.
ぱら「青田」や「青竹」などの「形容詞の語幹+名詞」
大野晋.1979.「日本語の色名の起源について」『日
という造語においてであるとすると、バーリンとケ
本の色』(大岡信編).朝日新聞社.pp.193−9
イのgreenに相当するのは、「形容詞の語幹の『青』」
大野晋.1995.『大野晋の日本語相談』朝日新聞社.
だという可能性が生じてくることになる。そうであ
沢田奈保子.1992.「名詞の指定性と形容詞の限定
れば、(8)は、
性、描写性について 一色彩名詞と色彩形容詞
の使い分け要因の分析から一」『言語研究102』
(8−2)白/黒く赤く形容詞の語幹の青(green)/
pp.1−16.
黄色く青(blue)<茶色
安井稔.「修飾ということ」『英文法を洗う』.研究社.
pp.59−72.
と書き直すことができる。(やや煩雑ではあるが)
一47一