回復期リハ病棟におけるMSWの役割 ~自己決定までの過程を支える支援

◆目的◆
回復期リハビリテーション病棟では疾患によって入院期限が設けられて
おり、リハビリの経過と退院時期を考慮しながらクライアントに必要なサー
ビスを調整していく。しかし重度の若年者では制度調整に時間を要し、時に
はクライアントや家族共に退院後の生活イメージも十分にないまま制度や
転帰先等を進めなければならない事もある。
今回本症例において入院から転帰先決定、退院までの過程で医療ソー
シャルワーカー(以下MSW)がどのような援助を行ったかを後方視的に
検証した。
◆症例◆
症例:42歳 男性
診断名:脳挫傷・急性硬膜下血腫
現病歴:友人と飲酒しながらゴルフをしてる最中
カートより転落し受傷。両前頭葉の広範囲
な挫傷で遅延性意識障害・失語症認め
保存治療。発症より27日目で当院転院と
なった。
キーパーソン
77
78
社会背景:婚姻歴なし。性格は穏やかで社交的、友人付き合いが多い。趣味は野球観戦
ゴルフ。仕事は軍雇用員で建物の修繕管理業務。
自宅は2階建て一軒家。生活の場は主に1階だが自室は2階。
家族情報:父は定年され日中畑作業。母は主婦。兄は教習所教官。兄嫁はパート。
◆経過◆
入院~1週間ミーティングでのスクリーニング
身体面-食事以外のADLでは介助要す。
ブルンストロームステージ(右上肢Ⅱ 右手指Ⅱ 右下肢Ⅲ)
FIM運動24点 認知10点
高次脳-見当識障害、注意障害、自発性低下、病識なし。
自発話が少ないがYES・NOは可。記憶あいまい。
簡単な短文レベルの指示は入りやすい。
ゴール予測-退院時も車椅子レベルの可能性が高い。
2ヶ月目には転帰先の確認をしよう。
介護保険(2号保険者)の場合、外傷性の脳損傷は非該当。活用する制度
は障害者総合支援法となる。身体障害者手帳(福祉用具・住宅改修)と障害
福祉サービス(在宅サービス・入所サービス)の申請が必要になる!
支援の
イメージ
入院から37日目:1回目カンファレンス
病状説明
・記憶、注意障害(転倒数回あり)
・移乗動作が2名から1名介助へ
『次の話し合いでは
・尿意あいまいで失禁あり。
転帰先を決めましょう』
・易怒的になりケアへの拒否
・失語(短文の発話・理解は可)
FIM 運動51点 認知12点
これまでのアセスメントから
考えられるケースの強み
家族の反応・Need
退院後の事はまだイメージで
きていない。
自宅へ帰るには歩行と排泄が
自立してくれないと・・・
強み=ストレングス
・父の頻回な面会
・友人との外出や自宅外出など積極的な希望がきかれる
・経済的な余裕
・制度に対しての受け入れと、利用のサポート力
身体面・高次脳面の予後予測も未定。クライアント自身の病識は薄く、ご家族のサポート
力はありそうだが受け入れまでには時間が必要。在宅と施設同時に検討できないか。
59日目~87日目:発症から3か月が過ぎ制度の申請を行う
退院時に合わせサービスが
利用できるよう再認定の条件
で身体障害者手帳診断書を
主治医へ依頼。
❔
MSWの媒介的機能
(他機関への調整)
障害福祉サービス(高次脳で申請)もこの時期での
手続きが必要だが、行政からは障害者手帳が交付
されていない段階での申請について戸惑いあり。
他市町村では事例があること伝え了承を得た。
転帰先が決定しておらず利用するサービスも未定な
為、複雑な説明が必要になる事を予測し、行政への
申請にMSWも同行した。
行政の理解を得て、在宅サービスと施設入所の同時
申請を行う事で、転帰先について検討する時間がで
きた。またどちらの方向になってもスムーズに退院が
できるよう制度の準備を行った。
93日目:2回目カンファ、転帰先の確認
病状説明
・介助歩行は可能。しかし、退院後の生活
場面では車椅子での移動が想定される。
・排泄も尿便失禁がまだみられる。
・易怒性の増悪にて精神科の介入。
・会話レベルは向上しているが語想起困難
錯誤などが著明になってきた。
・「自宅に帰りたい」とう欲求により離院行為
が頻回にみられるようになってきた。
FIM運動49点 認知15点
114日目:施設からの実態調査
家族の反応
家族に対してもイライラ。勝手に外へ出ようと
したり、排泄失禁など介助が大変。
父→「一旦は施設入所して、長い目でみて
在宅は検討したい」
↓
『方向性としては施設を進めることとなる』
兄より本人へ施設の件伝える。しかし記憶の
低下により覚えていない状態。
情報のサポート
施設側の聴取だけでなく、家族も施設のイメージができるよう同席してもらう。
父や兄からは「どんな方が入所しているのか?」「リハビリの量は?」など積極的な質問あり。
逆に施設側からはデイケアやショートステイ等の在宅サービスの情報提供もあり。
121日目~129日目:施設見学・家屋訪問
家族の迷いと
情報のサポート
見学後、父より「皆さん重症だった、本人には合わない」
「他の施設も見たいが在宅サービスについてもっと詳しく
知りたい」とあり。他施設の案内と同時に在宅サービスの内容を伝えながら、チームは「たと
え施設でも外泊なども考え、自宅訪問させてもらえないか?」と提案した。
父→「是非来てほしい」と了承。 FIM運動51点 認知16点
家屋訪問実施
家族からは「せめて排泄自立できたらね」との声もあるが、「部屋は1階に移せる」「トイレは
改修もできそう」など、在宅生活へ前向きな声もきかれる。→在宅生活のイメージを促す。
135日目:3回目カンファ・転帰先の変更
本人のストレグス
病状説明
家族の反応
歩行はまだ介助レベルだが、排泄は失禁へ 父→「良くなってきていると聞いて迷っている。
の気づきや自分でトイレに向かう場面もあり。 正直心配はあるが在宅退院で考えよう」
認知課題にも集中して取り組むようになり
↓
口数が増え会話がかみ合うようになってきた。
『方向性の変更!』
FIM運動54点 認知18点
MSWの媒介的機能
(関連機関との調整)
176日目:4回目カンファ
関連事業所への繋ぎ
病態やADL等の情報共有。
入浴など両親が介護を行う事への心配など
地域スタッフと残された課題の共有。
FIM運動54点 認知18点
サービス
身体障害者手帳2級・障害区分5
住宅改修(トイレの段差解消・手すり)
福祉用具(ベッド・車いす)
生活介護(デイサービス)週5回
訪問リハビリ週1回
外来リハビリ週1回
179日目:自宅退院
相談支援
福祉用具
専門員
サービス
業者
ショート
家族会
かかりつけ
医
デイ
ステイ
訪問
外来
リハビリ
リハビリ
◆考察1◆
媒介的機能
MSWはチームとしての方向性を加味しながら、クライアントや家族のリアルニーズを
積極的に発見し適切な社会資源に結びつけ、行政や事業者等と連携を図り包括的な
支援を行った。
ストレングス視点
チームは「排泄が出来ない=自宅退院は不可」という単一的な視点だけでなく、身体面
高次脳面でのクライアント自身の成長(さらなる今後の可能性)、父のリハビリを継続させ
たいという献身的な関わり、易怒性のあるクライアントも兄の言葉には素直に応じる関係
性など、このケースの持つ強みに焦点をあて、在宅復帰に向けた支援を続けた。
情報のサポート
MSWの行う情報のサポートとは単に社会資源をあてがうことではない。転帰先を決定
するまでの過程で、施設職員との情報交換や施設見学、家屋訪問等を通してご家族が
感じた事を話してもらい(感情の表出)、それらを受け止め(受容)、必要な社会資源と選
択肢を提案した。
◆考察2◆
林(2011)は介護問題など個の自己決定だけでは解決しえない現実に対
して、個の「主体性の尊重」のみによらず「個」と「親密な他者」で構成される
「社会関係」を支えることがクライアントの暮らしに重要な意味を持つと述べ
ている。また、岩間(2004)は情報の提供や選択肢の提示だけでなく自己決定
に至るまでの過程を支える専門的な援助がMSWに求められていると述べて
いる。
本症例においてMSWはクライアントの自宅退院への思いを受け止めつつ
家族に対しできるだけクライアントの希望が叶うよう支援を続けた。MSWは
自宅退院の条件であった排泄の自立だけに捉われず、本人家族の持つスト
レングスに着目しながら、十分に退院後の生活を検討できるよう情報のサ
ポートと関係機関との媒介的機能の役割を果たしていたことが示唆された。