2012年4月21日 倒産法における相殺禁止(投資信託) 弁護士 斎 藤 公 紀 1.事案の概要 (1)破産者 A は、Y 銀行との間で、平成 18 年 3 月頃、投資信託取引契約及び 保護預り口座開設契約等を締結し、投資信託を購入した。 (2)破産者 A は従前、B 株式会社の代表取締役として同社の Y 銀行に対する 債務を連帯保証していたが、同社が平成 21 年 2 月頃に民事再生手続開始決定を 受けたことにより、当該保証債務が顕在化した(Y銀行は約 9500 万円、他行の 保証債務を併せると約 23 億円)。それに伴い、当時 Y 銀行 A 名義口座にあった 預金残高は、一度相殺された。 (3)平成 21 年 3 月以降、本投資信託の分配金として、毎月 10 日に、14000 円余りが Y 銀行 A 名義の口座に振り込まれていた(平成 23 年 9 月末の合計残 高は約 50 万円)。 (4)その後破産者 A は、平成 23 年 10 月末日に破産手続きを申立て、11 月 8 日に開始決定がなされた。 (5)その後破産管財人 X は、11 月 28 日に、Y 銀行に対し、内容証明郵便で 本投資信託の解約手続を請求したところ、その解約金額は約 500 万円となった が、Y 銀行は、12 月 2 日に、本破産者に対して保証債務履行請求権と投資信託 の解約金支払債務とを相殺する旨の意思表示をした(「本件相殺」)。 2.争点 Y銀行が負う投資信託における解約金返還債務は、 「破産手続開始後」に負担 した「債務」として、相殺禁止にならないか(破産法 71 条 1 項 1 号)。 その前提として、以下の諸論点がある。 論点①:破産債権者が破産手続開始決定時において期限付き又は停止条件付き であり、開始決定後に期限が到来し又は停止条件が成就した債務に対 応する債権を受働債権とし破産債権を自働債権として相殺することの 可否 論点②:証券投資信託における受益者が販売会社に対して有する解約金支払請 求権の法的性質 論点③:民事再生手続の場合 1 【参考判例】 ①最判平成 17 年 1 月 17 日金法 1742 号 35 頁 ②最判平成 18 年 12 月 14 日金法 1800 号 88 頁 ③名古屋地判平成 22 年 10 月 29 日金法 1915 号 114 頁、名古屋高裁平成 24 年 1 月 31 日金法 1941 号 133 頁(上告受理申立て) ④大阪高判平成 22 年 4 月 9 日金法 1934 号 98 頁(上告不受理決定) 3.前提論点について (1)論点①について この点について述べた最判平成 17 年 1 月 17 日(「平成 17 年判例」)は(破産 手続開始前に締結された積立保険契約に基づき、破産手続開始後に期限の到来 した満期返戻金および破産手続開始後に破産管財人による解約により停止条件 の成就した解約返戻金の債務について、相殺が問題となった事案)、「破産債権 者は、その債務が破産宣告(注:破産手続開始決定)の時において期限付であ る場合には、特段の事情のない限り、期限の利益を放棄したときだけではなく、 破産宣告後にその期限が到来したときにも、法 99 条後段(注:現 67 条 2 項後 段)の規定により、その債務に対応する債権を受働債権とし、破産債権を自働 債権として相殺することができる。また、その債務が破産宣告の時において停 止条件である場合には、停止条件不成就の利益を放棄したときだけではなく、 破産宣告後に停止条件が成就したときにも、同様に相殺をすることができる。」 と述べ、ここで述べた「特段の事情」とは、相殺権の濫用にあたるような場合 が考えられ、具体的には、破産債権者が、危機時期において、それを知りなが ら、破産者との間で期限付債務又は停止条件付債務を負担する原因となる契約 を締結し、破産宣告後に期限が到来し又は停止条件が成就した場合が考えられ ると述べている(最判解平成 17 年(上)22 頁)。 (2)論点②について この点について、最判平成 18 年 12 月 14 日は、証券投資信託であるMMF(マ ネー・マネージメント・ファンド)について、投資信託約款において、受益証 券の換金は受益者が委託者に対して信託契約の解約の実行を請求する方法によ ること、この解約実行請求は委託者または受益証券を販売した会社に対して行 うことから、投資信託における受益証券を販売した会社は、解約実行請求をし た受益者に対し、委託者から一部解約金の交付を受けることを条件として一部 解約金の支払義務を負い、受益者は、投信販売会社に対し、上記条件の付いた 一部解約金支払請求権を有すると判示した。 つまり投資信託の解約金支払請求権は、金融機関が投信委託会社から解約金 2 の交付を受けるまでは、金融機関の手元には受益者に対して支払うべき解約金 が存在しないのであるから、金融機関が受益者に対して負う解約金の支払債務 は、投信委託会社からその交付を受けた時点、または投信委託会社が解約権行 使を行った時点のいずれかで、発生すると解され、解約金の受領(投信委託会 社から Y 銀行の A 名義の口座に振替られたとき)、または解約権行使を停止条件 とする停止条件付債務であるとされている(銀行法務 21 735 号 29 頁)。 (3)論点③について ア この点について、名古屋地判平成 22 年 10 月 29 日は、MMFに係る受益証 券の購入者に再生手続きが開始された場合において購入者の支払停止後に販売 銀行が債権者代位権を行使として購入者に代わって受益証券を解約して入金を 受けた同解約金の返還債務を受働債権とした相殺の民事再生法上の効力が問題 となった事案につき、解約金の返還債務が停止条件付に発生するとの理解を前 提に、解約の時点で返還債務が発生するとし、かつ、当該解約金返還債務を受 働債権とする相殺について期待し得る状況になかったから、相殺禁止の例外と して本件相殺を有効と認め得る場合ではないとして、本件解約金の返還を求め た購入者の請求を認容した。 イ それに対して、控訴審は、民事再生法における相殺禁止規定である 93 条 1 項 3 号に該当するとしたものの、相殺禁止除外事由である 93 条 2 項 2 号の存否 について、解約金返還債務は、破産者が支払い停止をする前に締結された投資 信託総合取引規定に基づく投資信託受益権の管理等を目的とする委託契約に基 づくものとして、「前に生じた原因」に該当するとした。 4.本件相殺が破産法 71 条 1 項 1 号により相殺禁止として無効にならないかにつ いて (1)この点に関して、本件と同種の事案である大阪高裁平成 22 年 4 月 9 日判決 (上告不受理決定)について、その第一審判決において、平成 17 年判例を引用 し、本件では 特段の事情 に該当しないことを理由にし、相殺は許されると 判断した。 ア 破産管財人(第一審原告)は、銀行(第一審被告)の負う解約金支払債務 が条件付債務であるとしても、管財人により解約実行請求がなされない限り現 実化せず、相殺に対する合理的期待を欠いていること、実際に解約されるまで 債務額が定まらないことなどからも、銀行による相殺の期待の程度は低いこと、 から銀行は解約金支払債務を受働債権とする相殺について、銀行には何ら合理 的期待は有しておらず、破産法 67 条 2 項に該当しない特段の事情があると主張 した。 3 イ それに対して、一審及び二審判決は、以下のような理由から特段の事情に 該当しないと判示した。 ① 解約実行請求が誰からも永遠になされないことにより条件不成就となる ことは、利殖を目的に運用される投資信託の性質上およそ考えにくい。 ② 銀行としては、いつでも破産者から解約申出を受ける可能性があったの であり、その場合は、所定の手続きにより、委託者から銀行に対して解約申 出当時の基準価格により形式的機械的に算出される解約金が支払われ、銀行 がこれを破産者に支払う義務を負う高度の蓋然性を有していた。 (2)本件相殺に対する当方の対応 (3) 「合理的相殺期待」とは何か?(中西正教授の見解を参考に、銀行法務 21 743 号 28 頁以下) この点について中西教授は、破産手続が開始された場合について、債権執行 における第三債務者の弁済禁止を根拠に銀行の相殺の期待は消滅するため、も はや相殺することは出来ないと主張する(民事再生法においても同様に考える) 。 具体的には、破産者に対して債権を有する債権者が債権執行を行った場合、 その場合は、振替口座簿を備え置いている銀行は、民事執行規則 150 条の 10 第 1 項及び 3 項により差押命令が到達されることにより、電子記録債権の電子記録 をしている電子債権記録機関である銀行は、債務者に対して弁済することが禁 止され、破産管財人は差押債権者と同等の第三者性が認められることを根拠と する。 【破産法】 (相殺権) 第六十七条 破産債権者は、破産手続開始の時において破産者に対して債務を負担するときは、破産 手続によらないで、相殺をすることができる。 2 破産債権者の有する債権が破産手続開始の時において期限付若しくは解除条件付であるとき、又 は第百三条第二項第一号に掲げるものであるときでも、破産債権者が前項の規定により相殺をするこ とを妨げない。破産債権者の負担する債務が期限付若しくは条件付であるとき、又は将来の請求権に 関するものであるときも、同様とする。 (相殺に供することができる破産債権の額) (相殺の禁止) 第七十一条 一 破産債権者は、次に掲げる場合には、相殺をすることができない。 破産手続開始後に破産財団に対して債務を負担したとき。 二∼四 略 2 前項第二号から第四号までの規定は、これらの規定に規定する債務の負担が次の各号に掲げる原 因のいずれかに基づく場合には、適用しない。 4 一 法定の原因 二 支払不能であったこと又は支払の停止若しくは破産手続開始の申立てがあったことを破産債権者が 知った時より前に生じた原因 三 破産手続開始の申立てがあった時より一年以上前に生じた原因 【民事再生法】 (相殺の禁止) 第九十三条 再生債権者は、次に掲げる場合には、相殺をすることができない。 一 再生手続開始後に再生債務者に対して債務を負担したとき。 二 略 三 支払の停止があった後に再生債務者に対して債務を負担した場合であって、その負担の当時、 支払の停止があったことを知っていたとき。ただし、当該支払の停止があった時において支払不 能でなかったときは、この限りでない。 四 略 2 前項第二号から第四号までの規定は、これらの規定に規定する債務の負担が次の各号に掲げ る原因のいずれかに基づく場合には、適用しない。 一 法定の原因 二 支払不能であったこと又は支払の停止若しくは再生手続開始の申立て等があったことを再生 債権者が知った時より前に生じた原因 三 再生手続開始の申立て等があった時より一年以上前に生じた原因 【民事執行規則】 (振替社債等執行の開始) 第 150 条の 2 社債、株式等の振替に関する法律(平成十三年法律第七十五号)第二条第一項に 規定する社債等であつて振替機関(同条第二項に規定する振替機関をいう。以下同じ。)が取り 扱うもの(以下「振替社債等」という。)に関する強制執行(以下「振替社債等執行」という。) は、執行裁判所の差押命令により開始する。 (電子記録債権執行の開始) 第 150 条の 9 電子記録債権(電子記録債権法(平成十九年法律第百二号)第二条第一項に規定す る電子記録債権をいう。以下同じ。)に関する強制執行(以下「電子記録債権執行」という。) は、執行裁判所の差押命令により開始する。 (差押命令) 第 150 条の 10 執行裁判所は、差押命令において、電子記録債権に関し、債務者に対し取立 てその他の処分又は電子記録(電子記録債権法第二条第一項に規定する電子記録をいう。以下 同じ。)の請求を禁止し、当該電子記録債権の債務者(以下この款において「第三債務者」とい う。)に対し債務者への弁済を禁止し、及び当該電子記録債権の電子記録をしている電子債権 5 記録機関(同条第二項に規定する電子債権記録機関をいう。以下同じ。)に対し電子記録を禁止 しなければならない。 2 略 3 差押命令は、債務者、第三債務者及び電子債権記録機関に送達しなければならない。 4 差押えの効力は、差押命令が電子債権記録機関に送達された時に生ずる。ただし、第三債 務者に対する差押えの効力は、差押命令が第三債務者に送達された時に生ずる。 以 5∼10 略 6 上
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