胃がん検診 - 公益財団法人東京都予防医学協会

胃 が ん 検 診
■検診を指導した先生
馬場保昌
■検診の対象およびシステム
検診は,企業や官公庁をはじめとする職域検診が中心である。
早期胃癌検診協会所長
東京都予防医学協会学術委員
検診方法は1次検診の方法とその後の精密検査と管理の仕方に
原島三郎
よって5つに区分している。検診の流れは下図に示した。
東京都予防医学協会クリニック所長
1.間接X線撮影から精密検査まで実施したグループ
1次検査として間接X線撮影(新・撮影法 8枚)を行い,2次検査・
精密検査として直接X線撮影,高精細間接X線撮影(出張検診の
一部)
,内視鏡検査を本会で行うグループである。
2.間接X線撮影のみ実施したグループ
1次検査として間接X線撮影(新・撮影法 8枚)を行い,その後
の精密検査と管理は他施設で行うグループである。精密検査結果
の把握が不可能となっている。
3.直接X線撮影から実施したグループ
1次検査として直接X線撮影を実施するグループである。この
グループには以前に何らかの所見,または既往歴があり,直接X
線撮影で経過観察とされたグループが含まれている。
4.高精細間接X線撮影から実施したグループ
従来の間接撮影装置に比べ,解像力,コントラストともに優れ
た高画質の画像が得られる間接撮影装置(高精細I.I.)を用いて,
食道の撮影や圧迫撮影を加え,直接撮影と同じ方法で撮影をした
グループである。これは,東京都予防医学協会独自のシステムで
あり,人間ドックの方と,以前に何らかの所見があり経過観察(一
部の事業所)とされたグループが含まれている。
5.内視鏡検査を実施したグループ
以前に何らかの所見,または既往歴があり,内視鏡検査で経過
観察とされたグループである。
東京都予防医学協会年報 2005年版 第34号
胃がん検診
185
胃がん検診の実施成績
東京都予防医学協会放射線部
はじめに
表 1 胃がん検診 検診区分別の受診者数
(2003 年度)
東京都予防医学協会(以下「本会」
)では救命可能
な胃がん発見をめざし,間接撮影の画像の質を向上
させるために,いろいろな工夫を重ねてきた。1994
(平成6)年からは腹臥位前壁二重造影を含む,二
重造影単独の8体位で撮影を行い,1997年からは
すべての撮影において高濃度造影剤(200%以上,
140ml)を使用し,検査を行っている。この撮影法
性別
検診区分
間接X線撮影のみ実施
間接X線撮影から
精密検査まで実施
直接X線撮影から実施
高精細間接X線撮影
から実施
の成績は,日本消化器集団検診学会で発表・提唱し
内視鏡検査を実施
てきた 1),2)。そして,本撮影法は,2002年日本消化
計
(%)
男
女
13,388
(39.4%)
3,073
(27.0%)
14,165
(41.7%)
5,691
(50.1%)
3,891
(11.5%)
計
1,584
(13.9%)
2,378
1,010
(7.0%)
(8.9%)
127
9
(0.4%)
(0.1%)
16,461
(36.3%)
19,856
(43.8%)
5,475
(12.1%)
3,388
(7.5%)
136
(0.3%)
33,949
11,367
45,316
(100.0)
(100.0)
(100.0)
器集団検診学会の胃X線撮影法標準化委員会にお
いて,新・胃X線撮影法の基準,間接撮影法の新・
16,461人(男性13,388人,女性3,073人)であり,受
撮影法として答申された 3)。
診者総数の36.3%を占めていた。
現在,本会の放射線部には,日本消化器集団検診
1次検査の間接X線撮影から精密検査まで本会で
学会の胃がん検診専門技師として17人が認定され
実施したグループは,19,856人(男性14,165人,女
ており,また,日本消化器集団検診学会の指導施設
性5,691人)で全体の43.8%であった。
としても認定されている。
本稿では,2003年度の胃がん検診の実施成績と発
見胃がんの特徴をまとめ,報告する。
1次検査として直接X線撮影から実施したグルー
プは,5,475人(男性3,891人,女性1,584人)であり,
全体の12.1%であった。このグループには,前年度
の検診で要管理と判定され,直接X線撮影で経過観
検診の実施概要
〔1〕検診区分別の受診者数
察とされたグループが含まれている。
高精細間接 X 線検査から実施したグループは,
対象は,職域検診が中心である。2003年度の胃
3,388人(男性2,378人,女性1,010人)で,全体の7.5%
がん検診の受診者総数は45,316人であった。男性は
を占めていた。このグループのほとんどは,人間
33,949人,女性が11,367人であり,男女比は1.0:0.33
ドックの受診者である。
と,男性が多い傾向を示した(表1)
。
内視鏡検査を実施したグループは,136人(男性
1次検査として本会で間接X線撮影を実施し,2
127人,女性9人)で,全体の0.30%であった。この
次検査以降は他施設で実施しているグループは
グループは,既往歴または,以前に何らかの所見が
186
胃がん検診
東京都予防医学協会年報 2005年版 第34号
あり内視鏡検査で経過観察とされたグループであ
る。
1次検査として間接X線撮影を行ったグループは,
全体の8割を占めており,内視鏡検査を実施したグ
ループは全体の1%にも満たない数であった。
〔2〕検診区分別,受診者数の推移
受診者数の推移を示した(図1)
。受診者数全体
では 10,751 人(19.2%)減少した。これは,間接撮
影から精密検査まで実施したグループが10,217人
(34.0%)
,高精細間接X線撮影から実施したグルー
プが722人(13.2%)
,と大幅に減少したためである。
間接X線撮影のみ実施のグループ,直接X線撮影か
ら実施したグループともに,受診者数の変化はほと
んど見られなかった。内視鏡検査を実施したグルー
プは136人であり,81.3%(61人)増加したが,全体
の胃がん検診受診者数からの割合を考えるとわずか
であった。
〔3〕受診者の年齢分布
受診者の年齢分布を示した(図2)
。男性では,35
∼39 歳が最も多く,次いで 40∼44 歳,50∼54 歳,
45∼49 歳の順であった。女性は,男性と同様に
35∼39 歳が最も多く,次いで 40∼44 歳,50∼54
歳,45∼49歳の順であった。39歳以下の受診者は
12,184人,26.9%であり,60歳以上の受診者は5,282
人,11.7%であった。
検診成績
〔1〕間接X線撮影のみ実施したグループ
表2 は検診結果を示した。男女比は1.0:0.23で,
であり,そのうち,精検受診者数は878人,精検受
診率は58.4%であった。精密検査は,胃直接X線検
査と胃内視鏡検査を行っている。精密検査受診者
年齢層では男女とも35∼39歳が多く,次に40∼44
878人のうち,胃潰瘍(瘢痕を含む)は21.8%,十二
歳が多かった。有所見率は15.5%,要精検者数は
指腸潰瘍(瘢痕を含む)は2.6%,胃・十二指腸潰瘍
1392人(8.5%)であった。
〔2〕間接 X 線撮影から精密検査まで実施したグ
ループ
表3では,1次検査結果と精密検査結果を示した。
(瘢痕を含む)は1.6%,胃ポリープ(疑いを含む)は
5.5%であった。なお,胃がんは 11 人(男性 10 人,
女性1人)
,1.3%に発見された。1次検査の受診者に
対する胃がん発見率は0.055%であった。11人すべ
この群の男女比は1.0:0.40であり,年齢層は男性,
てが早期胃がんで,早期がん率は100%であった。
女性ともに35∼39歳が最も多く,次に40∼44歳が
食道がんは1例(女性)発見され,精密検査受診者に
多かった。1次検査の要精検者数は,1,503人(7.6%)
対する発見率は0.11%であった。
東京都予防医学協会年報 2005年版 第34号
胃がん検診
187
表 2 間接X線撮影のみを実施したグループ
(検診結果)
(2003年度)
結果
検 診
受診者
異常なし
男
女
13,388
11,323
3,073
2,590
計
(%)
16,461
13,913
性
(100)
(84.5)
要精密検査
要注意
要観察
要医療
116
435
338
641
17
518
64
152
51
169
5
42
216
180
587
389
810
22
560
1,392
(1.1)
(3.6)
(2.4)
(4.9)
(0.1)
(3.4)
差し支えなし
直接X線
腹部エコー
内視鏡
計
1,176
(8.5)
表 3 間接X線撮影から精密検査まで実施したグループ
(検診結果)
(2003年度)
結果
検 診
受診者
性
異常なし
差し支えなし
要注意
要観察
要医療
要精密検査
直接X線
腹部エコー
内視鏡
計
男
女
14,165
12,275
152
363
226
834
18
297
1,149
5,691
4,969
121
190
57
156
5
193
354
計
(%)
19,856
17,244
1,503
(100)
(86.8)
273
553
283
990
23
490
(1.4)
(2.8)
(1.4)
(5.0)
(0.1)
(2.5)
(7.6)
(精密検査結果)
性別
男
女
計
(%)
受診
者数
異常
なし
切除胃
憩室
胃炎
胃潰瘍※
十二指腸 胃・十二指腸 胃ポリープ 胆のう疾患
胃がん
その他
(早期)
潰瘍※
潰瘍※ ( 疑い含む ) ( 疑い含む )
食道
がん
755
213
3
2
233
168
22
13
39
0
52
10(10)
0
123
33
0
0
36
23
1
1
9
0
18
1( 1)
1
878
246
3
2
269
191
23
14
0
70
11(11)
1
48
(100) (28.0) (0.34) (0.23) (30.6) (21.8) (2.62) (1.59)
(5.47)
(0.00) (7.97) (1.25) (0.11)
注)※ 瘢痕を含む
表 4 胃がん発見成績の推移
表 4 で は, 本 会 の 間 接 X 線 撮
(2004 年 12 月現在)
影による胃がん発見成績の推移
(1998∼2003 年度)を示した。比
年 度
間接総受診者数
較するために,日本消化器集団検
診学会の全国集計による間接撮影
検診成績(職域検診)の数値を加
えた。要精検率は9.9%から7.6%
と減少し,全国集計の8.4%と比
較しても低い値であった。精検
受診率は約80%を示していたが,
2003 年 度 は 6 割 を 切 り 58.4 % と,
1998
1999
2000
2001
2002
2003
34,568
28,416
27,455
26,822
30,073
19,856
要精検者数
率(%)
(全国集計・職域)
3,438
9.9
(9.9)
2,605
9.2
(9.9)
2,645
9.6
(9.9)
2,168
8.1
(8.8)
1,997
6.6
(8.4)
1,503
7.6
精検受診者数
率(%)
(全国集計・職域)
2,775
80.7
(56.6)
2,038
78.2
(55.8)
2,094
79.2
(54.6)
1,750
80.7
(56.4)
1,441
72.2
(54.0)
878
58.4
発見胃がん数
率(%)
(全国集計・職域)
25
0.072
(0.041)
14
0.049
(0.039)
26
0.095
(0.037)
19
0.071
(0.036)
15
0.050
(0.035)
11
0.055
早期胃がん数
率(%)
17
68.0
11
78.6
22
84.6
15
78.9
10
66.7
11
100.0
全国集計と同様の割合を示した。
胃がん発見率は,全体として全国集計に比べ高く
なっているものの,逐年検診者が多くを占める職域
〔3〕直接X線撮影から実施したグループ
表5は検診結果を示した。このグループには,前
検診においては,明らかな上昇傾向は認められない。
年度有所見で経過観察とされたグループが含まれて
早期がん率を比較すると全体では80%前後を維持
いる。この群の男女比は1.0:0.41であり,年齢層は
し,2002年度に70%以下と低下したが,2003年度
40∼44 歳が一番多く,次に 50∼54 歳が多かった。
には100%と回復した。
受診者数は,5,475人で,有所見率は49.1%であっ
た。胃潰瘍(瘢痕を含む)は10.3%,十二指腸潰瘍(瘢
188
胃がん検診
東京都予防医学協会年報 2005年版 第34号
痕を含む)は3.7%,胃・十二指腸潰瘍(瘢痕を含む)
た。年齢層では55∼59歳が最も多く,次に50∼54
は1.1%,胃ポリープ(疑いを含む)は5.8%であった。
歳が多かった。他のグループと比べ,年齢層が高
胃がんは男性2人に発見された。胃がん発見率は
かった。有所見率は97.8%と高く,胃炎55.9%,胃
0.04%であり,早期がんは1例。早期がん率は50.0%
潰瘍(瘢痕を含む)は10.3%,胃ポリープは9.6%で
であった。
あった。男性1人に早期胃がんが発見された。胃が
ん発見率は0.74%であった。
〔4〕高精細間接X線撮影から実施したグループ
表6は検診結果を示した。このグループは人間
2003 年度に発見された胃がんの特徴
ドックの受診者が大半を占めている。この群の男女
比は1.0:0.42であり,年齢層は50∼54歳が最も多
表8は,発見胃がんの内訳である。2003年度には
く,次に40∼44歳が多かった。有所見率は35.5%
胃がんが14人,16病変発見された。14人の胃がん
であり,胃潰瘍(瘢痕を含む)は10.3%,十二指腸潰
のうち,男性 13 人,女性 1 人で,性比は 1.0:0.08,
瘍(瘢痕を含む)は2.56%,胃・十二指腸潰瘍(瘢痕
平均年齢は 54.6 歳であった。早期胃がんは 13 人,
を含む)は0.8%,胃ポリープ(疑いを含む)は4.1%
92.9%であった。
であった。
胃がん16病変の存在部位は,胃上部2例(12.5%)
,
〔5〕内視鏡検査を実施したグループ
胃中部7例(43.8%)
,胃下部7例(43.8%)と胃上部に
少なく,壁在部位は,前壁5例(31.3%)
,小彎5例
表7は検診結果を示した。このグループは,前年
(31.3 %)
, 後 壁 4 例(25.0 %)
, 大 彎 2 例(12.5 %)で,
度有所見で内視鏡検査で経過観察とされたグループ
明らかな差は見られなかった。
である。男女比は1.0:0.07と圧倒的に男性が多かっ
表 5 直接X線撮影から実施したグループ
(精密検査結果)
(2003年度)
性別
受診
者数
異常
なし
切除胃
憩室
胃炎
胃潰瘍※
十二指腸 胃・十二指腸 胃ポリープ 胆のう疾患
胃がん 食道
その他
( 疑い含む ) ( 疑い含む )
(早期) がん
潰瘍※
潰瘍※
男
3,891
1,912
9
33
572
462
179
56
174
3
489
2(1)
0
女
1,584
877
1
16
203
98
21
5
144
2
217
0
0
計
%
5,475
2,789
10
49
775
560
200
61
318
5
706
2(1)
100
50.9
0.18
0.89
14.2
10.2
3.7
1.11
5.8
0.09
12.9
0.04
0
0.00
注)※ 瘢痕を含む
表6 高精細間接X線撮影から実施したグループ
(精密検査結果)
(2003年度)
性別
受診
者数
異常
なし
切除胃
憩室
胃炎
胃潰瘍※
十二指腸 胃・十二指腸 胃ポリープ 胆のう疾患
胃がん
その他
( 疑い含む ) ( 疑い含む )
(早期)
潰瘍※
潰瘍※
食道
がん
男
女
2,378
1,445
5
15
243
287
73
24
80
3
202
0
1
1,010
739
1
5
51
62
14
3
60
0
75
0
0
計
%
3,388
2,184
6
20
294
349
87
27
140
3
277
0
1
100
64.5
0.18
0.59
8.7
10.3
2.6
0.80
4.1
0.09
8.2
0.00
0.03
注)※ 瘢痕を含む
表 7 内視鏡検査を実施したグループ
(精密検査結果)
(2003年度)
十二指腸 胃・十二指腸 胃ポリープ 胆のう疾患
胃がん
その他
(疑い含む) (疑い含む)
(早期)
潰瘍※
潰瘍※
受診
者数
異常
なし
男
女
127
3
9
0
計
%
136
3
0
0
76
13
4
7
13
0
19
100
0.09
0.00
0.00
2.2
0.38
0.12
0.21
0.38
0.00
0.56
性別
切除胃
胃潰瘍※
憩室
胃炎
0
0
73
12
3
7
10
0
127
0
0
3
1
1
0
3
0
9
食道
がん
1(1)
0
0
0
1(1)
0.03
0
0.00
注)※ 瘢痕を含む
東京都予防医学協会年報 2005年版 第34号
胃がん検診
189
早期がん率は92.9%と,良好な検診結果が得られた。
肉 眼 型 は, Ⅱ c 型 12 例(75.0 %)
, Ⅱ c+ Ⅲ 型 2 例
胃がん検診の精度を維持・向上するためには,追
(12.5%)
,Ⅱa型1例6.3%,3型1例(6.3%)と,陥凹
跡調査をもとに,発見された症例を1例ずつ分析す
型が9割を占めていた。
ることが必要である。
大きさは,10mm以下が2例(12.5%)
,11∼20mm
が 8 例(50.0 %)
,21∼30mm が 2 例(12.5 %)
,31∼
本会では,結果が判明した症例に対しては,読影
40mmが2例(12.5%)
,41mm以上が1例(6.3%)
,未
医,撮影技師にフィードバックを行い,切除標本写
報告が1例であり,20mm以下が全体の60%以上を
真,病理標本写真,病理結果がそろう症例について
占めていた。
は,症例検討会を開催している。
これからも研鑽を積み,信頼される胃がん検診を
深達度は,粘膜固有層(m)が10例62.5%,粘膜
提供するよう努力したい。
下層(sm)が5例31.3%,漿膜(s)は1例であった。
組 織 型 は, 管 状 腺 が ん 高 分 化 型(tub1)が 9 例
56.3%,管状腺がん中分化型(tub2)が 2 例 12.5%,
参考文献
低分化腺がん非充実型(por2)が1例6.3%,印環細
1)富樫聖子,関根菜穂子,福原幸一,他:胃集検間
接撮影法の問題点とその解決法に関する考察−撮
胞がん(sig)は4例25.0%であり,分化型がんが11
影法と描出能の比較から−.日消集検誌 31(5)
:
例,68.8%と高かった。
9-20, 1993.
2)富樫聖子,佐藤清二,山岸善九郎,他:救命可能
な胃がん発見をめざして−当施設における間接撮
おわりに
影法の工夫と成績の変遷から−.日消集検誌 35
2003年度の胃がん検診の実施成績と発見胃がん
(5)
:642-658, 1997.
の特徴を報告した。
3)今村清子,細井董三,馬場保昌,他:胃 X 線撮影法
標準化委員会,新・胃 X 線撮影法(間接・直接)の
胃がん検診総受診者数は前年度と比較し10,751人,
基準.日消集検誌第 40 巻 5 号:437-447, 2002.
19.2%減少した。発見胃がんは14人,16病変であり,
表 8 発見胃がんの特徴(内訳)
(2004 年 12 月現在)
190
No
性別
年齢
検診区分
経過
数
肉眼型
深達度
組織型
大きさ
1
男
45
間接
初回
単発
早期
M
後壁
Ⅱc
sm
sig
21-30mm
2
男
48
間接
初回
多発
早期
U
M
小彎
前壁
Ⅱc
Ⅱ c+ Ⅲ
sm2
m
sig
tub2
21-30mm
31-40mm
3
男
50
間接
初回
単発
4
男
57
間接
初回
単発
早期
L
後壁
Ⅱc
m
tub1
11-20mm
早期
M
後壁
Ⅱc
m
tub1
11-20mm
5
女
71
間接
初回
多発
早期
L
L
前壁
前壁
Ⅱc
Ⅱa
sm1
m
tub1
tub1
11-20mm
11-20mm
6
男
71
間接
7
男
44
間接
初回
単発
早期
M
大彎
Ⅱc
m
tub1
11-20mm
逐年
単発
早期
L
小彎
Ⅱc
m
sig
8
男
46
31-40mm
間接
逐年
単発
早期
M
小彎
Ⅱc
m
tub1
9
男
-10mm
49
間接
逐年
単発
早期
M
大彎
Ⅱc
m
sig
10
報告未
男
53
間接
逐年
単発
早期
L
前壁
Ⅱc
sm
tub2
11-20mm
11
男
60
間接
逐年
単発
早期
L
後壁
Ⅱ c+ Ⅲ
sm1
tub1
11-20mm
12
男
54
直接
初回
単発
早期
M
小彎
Ⅱc
m
tub1
11-20mm
13
男
62
直接
逐年
単発
進行
U
小彎
3型
se
por2
61-70mm
14
男
54
内視鏡
初回
単発
早期
L
前壁
Ⅱc
m
tub1
-10mm
胃がん検診
早/進 UML部位 壁在部位
東京都予防医学協会年報 2005年版 第34号
胃がん検診の精度向上を目指して
馬 場 保 昌
早期胃癌検診協会中央診療所所長
けで始まるものである。特に,出会いは,できれば
はじめに
ここ数年で検診やドックの胃X線検査は大きく変
本人にとっていい出会いであって欲しい。小生と本
貌しつつある。それも良い方向に,である。2002
(平
会の放射線技師連中との出会いと付き合いは,果た
成14)年,日本消化器集団検診学会による新・胃X
してどうだったのであろうか。もちろん,胃検診と
線撮影の基準が答申されたことは周知のことと思
いう限られた場での付き合いである。おそらく,苦
う 1)。胃間接撮影に関しては1984(昭和50)年に標
痛と忍耐の連続であったであろうと思う。小生がま
準方式を発表 2)して以来であるから,18年ぶりに撮
るで“鬼”か“邪”のように思えたに違いない。
影基準が刷新されたことになる。学会による撮影基
その出会いと付き合いは,およそ25年前である。
準の変更は,相当に斬新で早期発見などに優れた撮
ある時,先輩からの命令で間接撮影の読影をお手伝
影法でない限りは行われない。その原動力となった
いすることになった。当時の間接X線装置で撮影
のが,東京都予防医学協会(以下「本会」
)で考案さ
された写真の画像は見るに耐えられない代物であっ
3)
,4)
で
た。とはいっても,それでも標準的な画像であるか
ある。もちろん,新・撮影法を考案するまでには紆
ら恐ろしいものである。集団検診学会の基本理念に
余曲折があった。いろいろな苦悩があったに違いな
は“救命可能な胃がんを発見し,社会福祉に貢献す
い。何しろ,18年間も誰一人として変えることが
る”とあるが,実際に行われている検査の精度を見
できなかった撮影法を変えたのであるから。本会の
る限りでは理念を全うすることはとうていできそう
撮影法は,俗に言うといわゆる業界のトップすなわ
もなかったのである。付き合いのきっかけは,読影
ち“てっぺん”に立ったのである。しかし,それを
に参加していたある技師の一言であった。当時,撮
知らない仲間,新しく入ってくる後輩もいる。
影基準の中に造影剤と空気で胃粘膜を表す二重造影
れた新しい間接撮影法であり,その学会発表
このようなことから,本会の胃集検やドックのX
という撮影法を組み込まれていたのであるが,なに
線撮影手技が“てっぺん”にあることを知ってもら
しろ胃内によほど大きな病変がない限りは写し出し,
い,そして多くの人の福祉に役に立つようにありた
読みとることはできないような画像の質である。手
いと思う精神と優れた手技を伝えていただくことを
早く,手巻きのスプールを巻きながら“全てを再検
願って,ここに新しい胃X線撮影法を考案するまで
に回すか”と考えていた。結局,1例も異常をチェッ
の歩みを書きとどめたい。
クすることなく終わってしまったのである。そのと
き,背後から声がした。
“ちゃんと,読んでくださ
1.出会い
人との出会いや付き合いはひょんなことがきっか
東京都予防医学協会年報 2005年版 第34号
い”
。小生は尋ねた。
“何を読むんだ”
,
“何も写って
おらんじゃろうが”
・・・と。そして,後ろを振り
胃がん検診
191
かえった。若い技師さん達の眼差しは真剣であった。
うるさいところである。当時,事務局長には斉藤道
良い写真,早期胃がんを見つけたいという気持ちを
是さんがおられた。この人の理解がなかったら,こ
感じることができた。しかし,専門的な指導は受け
れ以降の撮影法の検討はできなかったであろう。費
られないまま,ただいろいろな医師に言われるまま
用効率上の問題に目をつむり,技師さん達の技術研
撮影していたのである。
鑽に対する熱意を買ってくれた人である。もちろん,
そうこうしているうちに,技術指導をするように
造影剤の使用量も200mlに減らした。
なった。それも,生半可なものでない。精密検査の
1990年後半ごろから粉末造影剤を使用してみる
技術をはじめ胃がんの病理から読影に至るまで,忙
ことにした。粉末造影剤はゾル製剤に比べて,費用
しい時期でも夜遅くまで小生に付き合ってくれた。
が高くつくこと,造影剤の作り置きと運搬の面で大
これは大変な苦痛であったろう。
きな問題があった。この問題も放射線技師さん達が
考え,解決してくれた。まず,粉末造影剤を使う検
2.新・間接撮影法誕生までの変遷
診車を1台に限定して行うことにした。ゾル製剤と
胃集検は撮影枚数に制限がある。その範囲内で良
撮影された写真の画像の質を比較することがその目
い写真を撮ろうとするのであるから何をどう変える
的である。当初は160%粉末にした。造影剤の量も
か,これが難しい。当初は6枚法であった。とにか
160mlにした。一人当たりの造影剤の費用はこれで
く,二重造影の生命線であるバリウムという造影剤
ほぼ同じである。ところで,車検診で上がってくる
の付着を良くすることが先決である。それには,造
写真を見て驚いた,画像の精度が明らかに良いので
影剤の質と濃度,胃粘膜を覆っている余分な胃液を
ある。読影するのが楽しみになってきた。
造影剤で洗い流すことが必要である。そこで,背臥
1993年中頃まで,いろいろな検討をした。使用
位から右下方向へ360度の回転変換を3回行うこと
造影剤も180%粉末も使用した。これまでにない質
を提案した。この回転変換は受診者には不評であっ
の良い二重造影像が撮れるのであるから,撮影枚数
たらしく,苦情が相次いだようである。ユーザーの
7枚の中に二重造影像をもっと増やしたい感情が沸
窓口である検診マネージャーをはじめ、多くの人に
き上がった。今,思うと当然のことである。そこで,
ご迷惑をかけてしまった。造影剤もようやく100%
充盈(えい)像を撮影する意義を検討の対象に選んだ。
ゾルから120%のゾル製剤に換えることができた。
この充盈法は7枚撮影法の中に2枚も鎮座している
ゾル製剤とは,通常の造影剤は粉末製剤であるが,
ので,当然のことである。しかし,この充盈像には
これは時間が経つと沈殿し,固まる性質がある,そ
長い歴史があって,胃X線検査の根幹をなす撮影と
こで沈殿しないようにあらかじめ水と粘稠(ちゅう)剤
見なされているので,この充盈法が必要かどうかを
を加えて懸濁液として作り,市販されているのがゾ
検討すること自体がタブーなのである。しかし,二
ル製剤である。これは,利便性がよい。ただし,こ
重造影法と充盈法について,病変描出能を検討した
の利便性がよいことと画像の精度は,ややもすると
結果,二重造影法のほうがはるかに有意義である成
全く相反することになりかねないのである。ひるが
績が得られた。この成績は通常の感覚では,発表で
えって,撮影枚数も6枚から7枚に増やしてもらっ
きないデータである。なぜなら,充盈法は胃集検に
た。その結果,一気にがん発見率が上がった。それ
必須な撮影法であると主張してきた諸先輩の方々を
まで,発見できずに貯まっていた胃がんが見つかっ
否定することになるからである。このデータを発表
ただけである。この造影剤の濃度を上げ,撮影枚数
したのが本会の放射線部の富樫聖子君である。今で
を1枚増やすだけで,費用効率が相当に悪くなるら
は,
“充盈像不要論”といわれている論文(1993年)
しい。事務局は難色を示した。事務局は費用効率に
の誕生である 3)。
192
胃がん検診
東京都予防医学協会年報 2005年版 第34号
1996年に入って,間接撮影を二重造影法のみで
く影響している。
行ういわゆる新・撮影法に統一していった。ちょう
ど,時期もよく,1993年になって伏見製薬から高
濃度・低粘度造影剤が開発され,市販されている。
3.新・撮影法は早期発見に役に立ったか
いくら素晴らしい検査法であっても,胃がんの早
この新しい画期的な造影剤は二重造影法の利点を
期発見に役に立たなければ意味がない。本会の早期
大きく引き出してくれる造影剤である。この高濃
胃がん発見率は80%を維持している。これは職域
度造影剤の出現によって,新・撮影法は一段と輝き
検診の中では全国トップの成績である。しかし,そ
はじめたのである。高濃度・低粘度造影剤の粉末
れはそれで素晴らしいことであるが,これを広く一
を200%∼220%で140ml使用して行う,二重造影法
般に広め,全国の発見成績を向上させる責任がある。
単独による8枚法の誕生である。この造影剤量はゾ
そこで,同じ撮影法を導入している癌研総合健診セ
ル製剤の200mlとコスト面でほぼ同じであり,腹臥
ンター,早期胃癌検診協会の発見成績を調査してみ
位前壁二重造影像を撮影するにはちょうどよい量
た。驚いたことに,早期がん率はほぼ同じで,癌
である。これをまとめ,学会に報告し,論文として
研総合健診センターは80%,早期胃癌検診協会は
発表 4)した(富樫:1997年)
。これが,現在の学会が
79%であった。撮影者,読影医,内視鏡検査医がそ
推奨する新・間接撮影法の基準案(馬場案)である
れぞれ違っていても,発見成績が同じであることは,
ことはいうまでもない。本論文発表までの詳細は
新・間接撮影法は早期発見に有効な検査法であるこ
5)
馬場塾の最新胃X線検査法 (医学書院,2001)とし
とを示していよう。ところで,同じ高濃度・低粘度
てまとめ,単項本として出版されているのでぜひ,
造影剤を使用し,同じ新・間接撮影法を導入しても
ご一読願いたい。
発見成績が向上しない施設も少なくない。何が違う
新・撮影法が生まれる背景には,癌研究会附属
のか。思うに,一枚の写真を撮影するにも,それま
病院時代からご指導願った熊倉賢二博士の業績と
での過程つまり手技が不十分であること,透視下に
独り言がある。1970 年代,1980 年代と東芝との共
異常所見に気づく目がないこと,読影医の診断能力
同研究によって X 線撮影装置に見られた多くの問
が低いことなどが原因であろう。
題を解決し,鮮鋭度に優れた装置へと改良された
ことについては周知のことと思う。1980 年代の後
4.精度管理について
半になって,X 線装置の改良が一段落したところ
精度向上には,画像と読影のどちらの精度も向上
で,業績をまとめて本を出版 6)(熊倉賢二,杉野吉
させる必要がある。日常的には,画像精度の管理は
則,馬場保昌:胃 X 線診断学−検査編,金原出版,
読影に立ち会うことで,読影精度は発見例の読影内
1992)されることになり,そのお手伝いをすること
容を検討することで大まかに把握することができよ
になった。ちょうどその頃,米欧で画期的な造影
う。しかし,数年単位で精度の高い検診を提供する
剤,すなわち高濃度・低粘度造影剤が開発され,
には,画像評価と読影基準を作り,個々の例につい
市販されたのである。博士はこれをいち早く取り
てこれに当てはめ,集計・分析する必要がある。現
寄せ,使用されている。お会いするたびに,
“この
在,行われているダブルチェックによる読影もそ
造影剤はすばらしい”
,
“苦労することなく,きれ
うである。二人で読もうが,三人で読もうが,診断
いな二重造影像がとれる”
,
“胃 X 線検査をもっと
能が低いと効率のよい信頼できる読影にはならない
簡単にすべきだ”
,
“高濃度造影剤の特性を生かし
のである。ダブルチェックの功罪についても検討す
た検査法を考えなくては”と,何度も聞かされた。
べきであろう。画像精度に大きく影響を与える撮影
新・撮影法の誕生には,熊倉博士の独り言が大き
手技の指導や応接の指導に関して,本会では山岸善
東京都予防医学協会年報 2005年版 第34号
胃がん検診
193
九郎部長をはじめ佐藤清二課長補佐の努力によって
参考文献
しっかりしたものができあがっているし,症例検討
1)日 本 消 化 器 集 団 検 診 学 会 答 申: 新・ 胃 X 線 撮 影
会や勉強会の開催,参加も熱心である。医師,技師,
事務局それぞれの連携が十分にできた上で,教育の
場づくりにも理解がある本会の指導者の方々に,心
から御礼を述べたい。
法(間接・直接)の基準 . 日消集検誌第 40 巻 5 号:
437-447, 2002.
2)日本消化器集団検診学会答申:胃集検間接撮影の基
準,日消集検誌第 62 巻:3-5, 1984.
3)富樫聖子,関根菜穂子,福原幸一,他:胃集検間
接撮影法の問題点とその解決法に関する考察−撮
影法と描出能の比較から−.日消集検誌 31(5)
:
おわりに
9-20, 1993.
日本消化器集団検診学会の撮影基準,特に新・間
4)富樫聖子,佐藤清二,山岸善九郎,他:救命可能な
接撮影法のモデルとなった当協会の胃X線間接撮
胃癌発見をめざして−当施設における間接撮影法
影法を考案するまでの経緯について,その概略をま
とめた。内容については,はしょった部分が多いが
大筋は書き留めることができたように思う。本会は
事実上“てっぺん”に立ったのである。それだけに,
今後は指導的な立場としての責任が求められよう。
の工夫と成績の変遷から−.日消集検誌 35(5)
:
642-658, 1997.
5)馬場保昌,佐藤清二,富樫聖子,他:馬場塾の最新
胃 X 線検査法.医学書院 , 2001.
6)熊倉賢二,杉野吉則,馬場保昌:胃X線診断学 検
査編 . 金原出版 , 1992.
全国の集検・ドック検診のレベルアップに努力して
ほしい。
平成16年12月吉日 馬場塾研究室にて
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胃がん検診
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