ワシントン情報 (2008 / No. 29)2008 年 8 月 5 日 三菱東京 UFJ 銀行ワシントン駐在員事務所長 Tomoyuki Oku 奥 智之 +1-202-463-0477, [email protected] 政府系住宅金融会社 Fannie, Freddie の救済策の是非 7 月 30 日、Bush 大統領が「2008 年住宅・経済再生法(HR3221)」に署名し同法は成立した。 その中に、政府系住宅金融会社(Fannie Mae と Freddie Mac)の救済策が含まれた。両社は米 住宅ローン市場の半分に相当する住宅ローン債権を保有し、両社が発行する債券のうち 1 兆 5 千億ドルを海外投資家が保有するため、経営が破綻すれば世界金融システムや米ドルの信 認にまで悪影響を及ぼす危険性を孕んでいる。米政府は、両社への実質的政府保証を明らか にすることにより、市場の信頼を取り戻そうとしているが、救済案を実行する事態に至れば 多額の税金を投入しかねないため、非難する声も大きい。 <米政府系住宅金融会社救済策の内容> 連邦住宅抵当金庫(Fannie Mae)と連邦住宅貸付抵当公社(Freddie Mac)は民間金融機関か ら住宅ローン債権を買い取って証券化し、投資家に売却している。両社は合わせて 5 兆ドル を超える住宅ローン関連資産やオフバランス保証債務を保有、米住宅ローン市場全体の約半 分に相当する。両社の発行債券のうち、1 兆 5 千億ドル分を海外の投資家や中央銀行がかか える。民営化されているが、税制や融資などで政府から優遇をうけるため、政府支援企業 (Government-Sponsored Enterprises, GSE)とも呼ばれる。 米住宅不況に伴う両社の経営不安から株価が急落したため、金融システムの混乱を引き起こ しかねないとして、7 月 13 日日曜日に Paulson 財務長官が救済策を発表、下院で審議中であ った住宅ローン債務者救済法案に盛り込まれることとなった。救済策はあくまでも 2009 年 12 月 31 日まで暫定的に財務省や FRB に救済の権限を与えるもので、救済策を実施すると決 定されたわけではない。主な項目は以下の通り。 財務長官に Fannie Mae と Freddie Mac への融資限度額を上げる権限を与える(現行 22 億 5000 万ドル)。また、財務省に両社の株を購入する臨時の権限を与える。 財務省は、市場を安定させ、住宅ローン利用阻害を防止し、納税者を保護するために、 権限の行使が必要であると判断しなければならない。 納税者を保護するため、財務省は政府への返済の優先、配当や役員報酬額の限度などを 考慮しなければならない。 新設する住宅連邦局(Federal Housing Finance Agency)長官は、新たな規制等を発効する 前に、連邦準備制度理事会(FRB)議長と協議しなければならない。 Washington D.C. Representative Office 1 Fannie Mae と Freddie Mac への融資には限度額を設けていないため、全面的な救済も可能であ る。米議会予算局(CBO)は、Fannie Mae と Freddie Mac の救済策に関する試算を発表し、資 金投入を行わずに済む可能性は高いと述べたものの、実行されれば今後 2 年間(2009、2010 年度)の投入額は 2,500 億ドルにのぼると見積もった1。 <住宅市場危機を乗り越えるために政府支援企業の役割は必須> 政府支援企業(GSE)救済策の狙いの一つは、政府による実質的な「保証」を公表すること で Fannie Mae と Freddie Mac に対する市場の信頼を回復し、住宅ローン市場を安定させると いう短期的効果である。結果として救済策を実施せずにすめば理想的だ。サブプライム危機 に伴い機能しなくなった民間の住宅ローン証券化プログラムに代替して、住宅金融市場を支 えてきた両社は、引き続き必要とされている。 GSE は民営化されていながらも、政府との緊密な関係を保ち、政府が GSE を経営破綻させる はずがないという「暗黙の政府保証」に基づき米国債と同等の信用を市場から得ていた。米 国住宅ローン市場の半分を占める債権を保有し、日本を含めた海外の投資家も GSE の債券を 多く保有している。そのため、GSE が債務不履行に陥った場合、両社が発行する住宅ローン 関連の債券が暴落し、世界中の投資家が巨額損失をこうむる。もし投資家がドル建の資産の 一部を手放し始めれば、米ドルへの信認を揺るがす事態まで拡大しかねない。したがって GSE への市場の信頼を回復させることは必須と見られている。 米政府は、短期的には政府支援を明示することで市場心理改善を狙っているが、実際に救済 策を実施することになれば、相当な資金負担になる。財政赤字がさらに膨らむことに対する 懸念は強い。さらに、税金を民間企業の救済に投入することになれば、(好調な時代の)収 益は株主で分かち合い、危機になったら納税者がリスクを負担するという、典型的な経営者 へのモラルハザードだとの疑問も投げられた。また、Bush 大統領は再三にわたり市場原理重 視を訴えてきたにもかかわらず、政府の介入を認めるという大きな譲歩を行ったといえよう。 <専門家からの賛成論> 中道・リベラル系シンクタンク、ブルッキングス研究所の Alice Rivlin 上級研究員(元 FRB 副議長・元議会予算局長)は「国民が Fannie Mae と Freddie Mac への負担を強いられるなら ば、利益も分け合うべきだ」と主張する2。これまで両社が発行する債券への政府保証は暗黙 の了解であったが、今回財務省が両社の経営を支援する権限を一時的といえども把握したこ とにより、政府の「暗黙」保証は明らかなものとなった。そうなれば、利益を生んだ際には 国民に還流するというのは当然というわけだ。そのためにも、Rivlin 上級研究員は Fannie Mae と Freddie Mac の部分的な国有化を求めている。 1 Congressional Budget Office Cost Estimate. “ HR3221: Housing and Economic Recovery Act of 2008.”July 22, 2008. http://cbo.gov/ftpdocs/95xx/doc9597/hr3221.pdf 2 Alice M. Rivlin. “ Do We Want Fannie Mae Public or Private?”July 31, 2008. http://www.brookings.edu/opinions/2008/0718_fanniemae_rivlin.aspx Washington D.C. Representative Office 2 Summers 元財務長官も GSE 救済案を歓迎している3。同氏も、救済案が実行されれば、既に 赤字の財政に大きな追加負担を強いることになり、大きな賭けであることは認めている。し かし、Fannie Mae と Freddie Mac は住宅市場危機を乗り越えるために不可欠な存在であり、両 社の資金調達を滞らせないためには、政府による保証を与えるしかないという。Summers 氏 も GSE が今後数年間は国有化されることを提案している。そして危機を乗り越えた際には、 半国有化に切り替え、民間に株式を売却した代金を、低所得者による住宅の購入を支援する 資金に当てれば良いとしている。 <反対論や批判> 一方、保守系シンクタンク American Enterprise Institute(AEI)の Kevin Hassett 経済政策研究 所長は、自由市場システムに任せるべきと説く4。これまで米国経済が、ドイツや日本など社 会主義寄りの経済よりも高い成長を遂げたのは自由市場経済のお陰であり、自由市場システ ムのサイクルの一部として住宅問題を捉えている。経済を自由市場に任せれば、浮き沈みは 発生する。結果的には自由市場経済は最良の選択であるため、今回の危機も自由市場に任せ るしかないというわけだ。 同じく AEI の Peter Wallison フェローは、GSE 救済策によって当面の住宅ローン危機は切り 抜けるだろうとしつつも、モラルハザードの危険性に警笛を鳴らしている5。 Fannie Mae と Freddie Mac は政府の使命を受け議会によって設立され、法的に免税措置を受け、 両者が危機に陥れば政府は救済措置をとったことから、政府は決して両社を破綻させはしま いという市場の自信を不当に得てしまった。このモラルハザードにより、市場がコントロー ルを失い、GSE は必要以上に肥大化し、今回米国だけでなく世界経済の安定を脅かしている。 今回の住宅ローン危機を乗り越えるために、GSE 救済策は適切であり、結果、住宅ローン市 場は収まりを見せると思われる。しかし、長期的に見て、発表と同じ週に財務長官と FRB 議 長が表明した、FRB が投資銀行の監督を行う権限を持つ点は、市場に FRB が投資銀行に対し て保証を行う印象を暗に与え、再びモラルハザードを引き起こす危険があると警告する。 さらに、AEI の Vincent Reinhart 研究員は、GSE 救済策は長期的には問題の解決になっていな いと述べる6。今後、FRB に住宅金融を監督する役割が与えられると予想される。そうなれば、 本来の任務である雇用と物価の安定と相反する可能性や、FRB が流動性供給を過大に続けす ぎ、インフレリスクを招く可能性を指摘している。 3 Lawrence Summers. “ Unfinished Business at Freddie and Fannie.”July 28, 2008. http://www.washingtonpost.com/wpdyn/content/article/2008/07/27/AR2008072701167.html 4 Kevin A. Hassett. “ Fair-Weather Capitalism Sweeps US in Crisis.”July 21, 2008. http://www.aei.org/publications/filter.all,pubID.28354/pub_detail.asp 5 Peter Wallison. “ There IS No Reason to Punic.”July 14, 2008. http://www.aei.org/publications/pubID.28303,filter.all/pub_detail.asp 6 Vincent Reinhart. “ The Perils of Paulson.”July 15, 2008. http://www.aei.org/publications/filter.all,pubID.28319/pub_detail.asp Washington D.C. Representative Office 3 また半官半民である GSE は、GSE への投資家を自己満足に安住させ、経営者は資本を薄いま まにしてしまい、機能しないことが証明された。GSE は完全に民営化するか国営化すべきで ある。さもないと、今回の GSE 救済策のような事態を繰り返すだろう警告している。 別の保守系シンクタンク Cato Institute の William Poole フェローは(元セントルイス連銀総 裁)は Fannie Mae と Freddie Mac を市場から取り除くべきという大胆な提案を行っている7。 両社が債務不履行となれば世界的な金融危機を引き起こすため、今回の救済策は理解し得る としつつも、危機を乗り越えた後、5~10 年かけて両社を段階的に閉鎖すべきとしている。 GSE は 2 社で住宅ローン市場の大半を占有してきたうえ、税制などで優遇を受けてきた。し かし本来、市場は複数・多数の業者が互いに競争すべき場所であり、両社が住宅ローン市場 から去っても、他の企業がうまく穴埋めをするだろうと Poole 氏は述べている。 <議会と政権の役割の重要性> Fannie Mae と Freddie Mac は半官半民の「利益は株主に損失は国民に」という実態をあいまい にしたまま巨大化してきた。マイホームを持つというのはアメリカンドリームの象徴であり、 政府は国民の住宅購入を支援してきた。特に民主党支持者には貧困層・ミドルクラスが多い。 両社はロビイストを使って政治家を説得して組織維持を図り、両社の経営陣は巨額報酬を受 け取ってきたとの批判がある。 「住宅・経済再生法」は、Paulson 財務長官の日曜日の住宅金融会社支援声明以来、実質約2 週間のスピード成立となった。もともと民主党議会が主導して提案した、持ち家保有者支援 の時限策、つまり住宅ローン借り換えのための連邦住宅局の保証の最大 3,000 億ドル供与な どの法案に、共和党政権の今回の支援策を合体させたものだ。議会スタッフ経験者によると、 民主・共和両党がそれぞれ賛成と反対・抵抗で喰い違う内容を、同一法案内に同居させるこ とで政治的妥協を図る典型的な手法という。 米国経済の減速と回復が見えてこない住宅不況の最中、今回は議会と政権が“国民のため に”早期に歩み寄ることができた。3 月の Bear Stearns 救済に続き、金融市場を熟知する Paulson 長官の週末リーダーシップが奏功したといえる。 Fannie Mae と Freddie Mac が暗黙の政府保証に甘えるというようなモラルハザードが、金融機 関や企業の経営に起ってはならない、との命題の是非論は続くことだろう。一方で、住宅金 融危機の病巣である住宅価格下落や過剰在庫状態の好転はまだ見えていない。次の「動揺」 が発生するまでに、米国の金融システムの修復を急がねばなるまい。 (担当:龍野裕香) (e-mail address:[email protected]) 以下の当行ホームページで過去20件のレポートがご覧になれます。 https://reports.us.bk.mufg.jp/portal/site/menuitem.a896743d8f3a013a2afaaee493ca16a0/ 7 William Poole. “ Too Big to Fail, or to Survive.”July 27, 2008. http://www.cato.org/pub_display.php?pub_id=9566 Washington D.C. Representative Office 4 本レポートは信頼できると思われる情報に基づいて作成しておりますが、その正確性、完全性を保証するものではあり ません。また特定の取引の勧誘を目的としたものではありません。意見、判断の記述は現時点における当駐在員事務所長 の見解に基づくものです。本レポートの提供する情報の利用に関しては、利用者の責任においてご判断願います。また、 当資料は著作物であり、著作権法により保護されております。全文または一部を転載する場合は、出所をご明記くださ い。 本レポートのE-mailによる直接の配信ご希望の場合は、当駐在員事務所長、あるいは担当者にご連絡ください。 Washington D.C. Representative Office 5
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