日本社会心理学会第57回大会 (於関西学院大学) 2016年9月18日 Twitter等での中継はご自由にどうぞ 人はなぜ買い控えをするのか 福島第一原子力発電所事故による買い控え行動に関する調査 中西大輔 (広島修道大学) 井川純一 (広島文化学園大学) 横田晋大 (総合研究大学院大学) 1 本研究の目的 • 福島県産品の買い控えは何によって影響を受けるのか、 インターネット調査によって検討する。 • メディアの情報を鵜呑みにして情報収集をテレビだけ に依存したり (メディアリテラシーの低さ)、食品リス クに関する知識が乏しかったり (食品リスクリテラ シーの低さ)、食物や栄養が健康や病気に与える影響 を過大に信じたり評価する (フードファディスム傾向) ような消費者が風評被害を引き起こしているのか? 2 高次リテラシー (三浦ほか, 2016) と買い控え • 二重過程理論 • 直感的、感情的なSystem 1の判断を論理的、理 性的、統制的、中立的なSystem 2が監視・統制 する (Evans, 2008; 工藤・中谷内, 2014)。 • 高次リテラシーを持つことがSystem 2を支持する のであれば、買い控えを抑制できる (かもしれな い) 。 3 リスクリテラシー (楠見・平山, 2013) A. リスクに関わる科学的情報を理解する能力 B. リスクに関する用語や概念および政策に関する知 識 C. リスクに関わる情報行動やリスクを低減するため の意思決定や対処行動 4 メディア・リテラシー (後藤, 2005) A. メディアを使いこなす「メディア操作スキル」 B. 情報を鵜呑みにせず真偽を見抜く「批判的思考」 C. 情報メディアを適切に選択し能動的に情報を獲得・ 表現しようとする「主体的態度」 5 • しかし、System 2とはそもそも何なのか? • リスクが深刻である場合、第二種の過誤を引き起こすことは極めて 危険 (エラーマネジメント理論: Haselton, 2000)。 • 森で見かけたキノコをあえて食べない行為はSystem 1による感 情的な反応なのか、それとも論理的で理性的なSystem 2による リスクリテラシーの高い行為なのか? • Evans (2008) Table 2によれば、進化的に合理的なものは System 1に一応分類されているが……。「論理的」「理性 的」の意味とは? • 高次リテラシーが買い控えを抑制するかどうかは自明ではない (?)。 6 工藤・中谷内 (2014) • 調査時期: 2012年6月上旬 • 福島県産農作物の購買意図 • 実際に購入してみたい、自分は遠慮したい、お店に並 んでいたら買うと思う、試しに買ってみようと思う • + 被災地支援、知識による判断、合理的判断 • - 放射線・原発不安 7 • 知識による判断 • 放射性物質によっては減少するのにとても長い時間がかかるもの があるため安全とはいえない • 関係省庁が安全情報を発信しているので安全である • 月日が経っているため放射線の影響は少ない • 放射線検査が徹底されているので安全だ ➡ 測定しているのは放射性物質、放射性物質についての安全性の認 識 (一般的なリスクリテラシーではない) 8 三浦・楠見・小倉 (2016) • 調査時期: 2011年9月、2012年3月、2013年3月、2014年3月の4波 • 放射線災害地域の食品に対する態度 • 食品の放射性物質による汚染濃度が基準値以下ならば、食べても良いと思う • 原発による被災地を応援するために、被災地の食品を購入しようと思う • 放射性物質によって汚染された地域の食品は、汚染濃度が基準値以下でも食 べたくない • 行政は、放射性物質によって汚染された地域の食品ならば基準値以下であっ ても出荷制限をすべきだと思う • 食品の放射線汚染について過度の安全性を求めるべきではないと思う 9 • メディアリテラシー尺度 (楠見・松田, 2007) • 「新聞や報道番組の内容をいつも批判的に見ている」 など5項目 • 科学リテラシー尺度 (楠見・平山, 2013) • 「健康への悪影響を及ぼす原因は一つの原因だけで はない場合がある」など楠見・平山の6項目に2項目 を加えたもの。「知っている」「知らない」 10 • 放射線災害地域の食品に対する態度 • 0 科学リテラシー • + メディアリテラシー (第3波以外) • - 被災地から遠いこと 11 高次リテラシーと買い控えの影響 • 工藤・中谷内 (2014) • • 放射線・原発不安が購買意図に負の影響 三浦ほか (2016) • 科学リテラシーは影響しなかったが、メディアリテ ラシーについては第3波以外で買い控えに負の影響 • 被災地への距離は負の影響 12 方法 13 サンプルと調査日時 • サンプル • 株式会社マクロミルのモニター1,030名 (男性430 名、女性600名、平均年齢43.35歳) • 調査日時 • 2015年3月3日∼4日 14 買い控え傾向 (α=.82) 6段階 1. 国の基準が守られていれば、福島第一原子力発電 所の近辺で取れた作物を食べることに抵抗はない (逆) 2. 風評被害を防ぐために、率先して福島県産の作物 を購入したいと思う (逆) 3. 福島県産の作物と他県で採れた作物が同じ値段だっ たら、他県のものを購入する 15 風評被害を望ましくないと思う傾向 (6段階) 1. 福島第一原子力発電所の事故で起こった風評被害 は望ましくない現象である 2. 風評被害によって福島県の農家が損失を被るのは 望ましくない現象である 16 使用した尺度 (従属変数) • • 以下の尺度をそれぞれ因子分析 (最尤法プロマックス回転) • 食品リスクリテラシー尺度 (楠見・平山, 2013) 5段階 • メディア・リテラシー尺度 (後藤, 2005) 5段階 • フードファディズム尺度 (土岐, 2006) 5段階 その他 • 特性不安尺度 (清水・今栄, 1981) 4段階 17 食品リスクリテラシー尺度 1. 食品の安全性のことで知らないことがあると気になる 情報収集 (α=.70) 2. テレビの健康情報番組を見て、安易にまねしないようにしている 3. 食品の安全性のための情報を日頃から積極的に集めている 情報収集 4. 同じ食品を毎日食べることはリスクがあるため、多くの種類の食品をバ ランスよく食べるようにしている 情報収集 5. 食品を買うときや食べるときは遺伝子組み換え食品であるかどうかを気 にする 食品リスク過敏 (α=.85) 6. 野菜や果物を買うときや食べるときは無農薬であるかどうかを気にする 食品リスク過敏 7. 加工食品を買うときや食べるときは食品添加物が入っているかを気にす る 食品リスク過敏 8. 野菜や果物を買うときや食べるときは中国産であるかどうかを気にする 食品リスク過敏 9. 牛肉を買うときや食べるときはアメリカ産であるかどうかを気にする 食品リスク過敏 18 メディアリテラシー尺度 1. 10. 本に書いてあったことでおおげさだと思った 新聞記者が集めた情報は、全てが記事になる ことがある メディア知識 鵜呑み (α=.66) 2. 11. 知りたいと思ったことは人に聞くより本やイ テレビの同じ場面で、音楽 (BGM) が変わって ンターネットでさがす方だ メディア知識 も受ける感じはそれほど変わらない 鵜呑み 3. 4. 12. テレビではニュースや報道番組も見る メディ ニュースを作る人は、見る人を楽しませるこ とは考えていない 同じ番組は、だれが見ても同じように理解さ ア知識 13. 調べものをするとき、本や新聞、インターネッ トのどれで調べたらいいかまず考える 14. 知りたいと思う情報を得るにはテレビで十分 れる 鵜呑み 5. コマーシャルでは、よく売れるように商品の だ 鵜呑み イメージを強調している メディア知識 6. 15. 新しい知識を得るのにテレビだけでなく新聞 (α=.86) テレビで放送されたことが、新しい流行にな や本も役立てている メディア知識 ることがある メディア知識 7. 16. 必要な情報を得るためなら、多少のお金がか かってもかまわない 17. 自分の好きなことや興味のあることで知らな いことがあると気になる 18. テレビの情報でもそのまま信じるよりも他の テレビ局の番組や新聞、インターネットで確 テレビや新聞がどう情報を伝えるかによって、 人々のものの考え方は大きく変わる メディア 8. 知識 テレビをみていて、大げさな表現をしている と感じるときがある メディア知識 9. かめた方がよい メディア知識 テレビや新聞をみていて伝え方が公平ではな いと思うことがある メディア知識 19 フードファディズム尺度 1. 野菜や魚などの食品が、外国産 8. 市販食品のカロリーはチェック か国内産か気になる 食の安全性 する ダイエット (α=.88) 9. 一日の摂取カロリーが気になる (α=.85) 2. 遺伝子組み換え食品は利用しな ダイエット い 食の安全性 10.三食きちんと食べている 規則正 3. 輸入食品は利用しない 食の安全 しい食生活 (α=.86) 性 4. 野菜は無農薬、有機野菜を利用 11.時間がなくても食事を抜かない 規則正しい食生活 する 食の安全性 12.毎日決まった時間に食事をする 5. 食品添加物が入っている食品は 規則正しい食生活 利用しない 食の安全性 13.食品で「∼が体に良い」と聞く 6. 着色料が使われている食品は利 と利用する 食の情報 (α=.86) 用しない 食の安全性 14.健康番組の影響を受けやすい 食 7. 「∼を食べてはいけない」とい の情報 う類の本を読む 食の安全性 20 特性不安尺度 (STAI) 1. たのしい (逆) 11.物事を難しく考える傾向がある 12.自信が欠如している 2. 疲れやすい 3. 泣きだしたくなる 4. ほかの人と同じくらい幸せであっ たならと思う 5. すぐに決心がつかず迷いやすい 13.安心している (逆) 14.やっかいなことは避けて通ろう とする 15.憂うつである 6. ゆったりした気持ちである (逆) 16.満足している (逆) 7. 平静・沈着で落ちついている 17.ささいなことに思いわずらう 18.ひどくがっかりしたときには気 分転換ができない (逆) 8. 困難なことがかさなると圧倒さ れてしまう 9. 実際に大したこともないことが 気になってしかたがない 19.物に動じないほうである (逆) 20.身近な問題を考えるとひどく緊 張し混乱する 10.幸せである (逆) 21 結果 22 食品リスクリテラシーの男女差 • • 情報収集* (女性>男性) • 男性M=9.13 (SD=2.39) • 女性M=9.76 (SD=2.32) 食品リスク過敏* (女性>男性) • 男性M=15.21 (SD=4.28) • 女性M=16.61 (SD=4.56) 23 メディアリテラシーの男女差 • • • 鵜呑み (低いほどリテラシーが高い) • 男性M=8.20 (SD=2.65) • 女性M=8.36 (SD=2.64) メディア知識 • 男性M=39.44 (SD=6.37) • 女性M=39.60 (SD=5.84) 三浦ほか (2016) によるメディアリテラシー、科学リテラシーはいずれも男性> 女性。 24 フードファディズムの男女差 • • 食の安全性 • 男性M=19.20 (SD=4.61) • 女性M=19.70 (SD=5.06) 食の情報* (女性>男性) • 男性M=5.21 (SD=1.82) • 女性M=6.10 (SD=1.87) 25 特性不安の男女差 • 特性不安* (女性>男性) • 男性M=45.97 (SD=9.50) • 女性M=48.85 (SD=10.51) 26 風評被害は望ましくないと思われている (5段階、高いほど望ましくない) • 福島第一原子力発電所の事故で起こった風評被害は 望ましくない現象である M=4.56 (SD=1.18) • 風評被害によって福島県の農家が損失を被るのは望 ましくない現象である M=4.81 (SD=1.06) 27 買い控えの平均値 • ところが買い控え行動をとりがち (6段階, 逆転前) • 国の基準が守られていれば、福島第一原子力発電所の近 辺で取れた作物を食べることに抵抗はない (逆) M=3.57 (SD=1.48) • 風評被害を防ぐために、率先して福島県産の作物を購入 したいと思う (逆) M=3.35 (SD=1.33) • 福島県産の作物と他県で採れた作物が同じ値段だったら、 他県のものを購入する M=3.88 (SD=1.34) 28 個人内の一貫性 (1) • 「風評被害は望ましくない」と • 「食べることに抵抗はない」r=.47* • 「福島県産の作物を購入したい」r=.50* • 「他県のものを購入する」r=-.31* 29 個人内の一貫性 (2) • 「農家が損失を被るのは望ましくない」と • 「食べることに抵抗はない」r=.44* • 「福島県産の作物を購入したい」r=.46* • 「他県のものを購入する」r=-.27* 30 リテラシーや不安の効果 • 重回帰分析 (強制投入法) • 従属変数 • • 買い控え傾向 (3項目の平均: 高いほど買い控える) 独立変数 • 性別、年齢、福島市への距離、同居子ども数、食品リスク過 敏性 (因子得点)、情報収集 (因子得点)、鵜呑み傾向 (因子得 点)、メディア知識 (因子得点)、食の安全性 (因子得点)、食の 情報 (因子得点)、STAI (平均) 31 重回帰分析の結果 変数名 性別 (1: 男, 2: 女) 年齢 福島への距離 同居子ども数 食品リスク過敏 (FL) 情報収集 (FL) 鵜呑み (ML) メディア知識 (ML) 食の安全性 (FF) 食の情報 (FF) 特性不安 (STAI) R2 β .01 -.12 .07 .08 .06 .10 -.14 -.08 .05 .07 .06 .07 ** * * * ** * ** 32 95%下限 95%上限 VIF -0.06 0.08 1.32 -0.19 -0.05 1.31 0.01 0.13 1.01 0.02 0.14 1.01 -0.04 0.16 2.79 0.02 0.18 1.79 -0.23 -0.06 1.99 -0.16 0.00 1.95 -0.04 0.14 2.37 0.00 0.14 1.21 -0.01 0.12 1.12 買い控え傾向との単相関 • 年齢 r=-.12** • 鵜呑み (ML) r=-.05 • 福島への距離 r=.08 • メディア知識 (ML) r=.02 • 子どもの数 r=.07* • 食の安全性 (FF) r=.13** • 食品リスク過敏 (FL) • 食の情報 (FF) r=.12** • 特性不安 (STAI) r=.06 r=.14** • 情報収集 (FL) r=.15** 33 結果のまとめ • • 買い控えは • 年齢が低いほど • 同居する子どもの数が多いほど • 居住地が福島に遠いほど • 情報収集を積極的に行う人ほど • 鵜呑みにしない人ほど 行いやすい。 34 考察 • 風評被害は望ましくないと思われているが、震災から4年 経った段階でも、買い控え傾向が見られる。 • 福島からの距離が遠い方が買い控え傾向が高い。 • • 三浦ほか (2016) を再現 情報収集を積極的に行う者や、情報を鵜呑みにしない者の 方がむしろ買い控え傾向が高い。 • 「リテラシー」という概念の再考が必要? 35
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