アフリカの軽工業: 民間投資の促進と雇用創出に向けた政策

概要
1
概要
アフリカの軽工業:
民間投資の促進と雇用創出に向けた政策
サブサハラ・アフリカの経済状況は、過去 45 年間にわたりほぼ例学なく停滞してきたが、今まさ
に転換点にさしかかっている。2001 年から 2010 年までの 10 年間、同地域の国内総生産(GDP)
は毎年平均 5.2%拡大し、国民一人当たり所得では年率 2%の伸びを示した(それ以前の 10 年間
はマイナス 0.4%)
。マクロ経済の安定と自由化に重点的に取り組んだ 1990 年代の改革の効果が
一気に現れ始めたからだ。2001 年から 2010 年までの 10 年間に新たに流入した外国直接投資は
約 330 億ドルと、1990 年から 1999 年までの総額 70 億ドルの 5 倍近くに拡大し、輸出も堅調な
伸びを示した(世界銀行、2011 年)
。
他の地域での経験に照らすと、労働者を生産性の低い農業やインフォーマル・セクターから、生
産性が相対的に高い活動へと引き上げる構造変革を実施しなければ、この 10 年の成長を持続させ
ることはできない。だが、サブサハラ・アフリカでは、こうした変革はまだ見られない。事実、
過去 10 年間の成長は、サブサハラ・アフリカの主要な輸出品である一次産品(石油、綿、金属、
鉱物など)の価格高騰によるところが大きかった。アフリカへの投資は依然として低調で、国内
総生産の 15%未満にとどまっており(アジアは 25%)
、80%以上の労働者は依然として生産性の
低い仕事に就いたままである。
特に大きな成功を収めた途上国の先例を見ると、その多くは労働集約型の軽工業が経済改革を主
導しているが、サブサハラ・アフリカでは軽工業がまだ軌道に乗っていない。1980 年以降、中国
が世界の製造業市場に台頭した結果、その他の地域の市場シェアは軒並み低下したが、サブサハ
ラ・アフリカのシェアは、他の大半の地域よりも長期にわたり大幅に落ち込んでいる。世界の軽
工業に占めるサブサハラ・アフリカのシェアは下落の一途をたどり、今や 1%を割り込んでいる。
また米国と欧州連合(EU)の両市場への優先的アクセスもあまり効を奏していない。中国やベト
ナムは、1980 年代にこそサブサハラ・アフリカとそれほど変わりがなかったが、今ではもっと繁
栄している。実際、構造変革なしには、サブサハラ・アフリカがこうした国々に追いつく可能性
は低い。
サブサハラ・アフリカは、フォーマル・セクターの中規模企業や大企業の生産性向上に加えて、
小規模企業の生産性改善、質向上と規模拡大を促進しなければならないが、小規模企業はその大
半がインフォーマル・セクターに属している。サブサハラ・アフリカにおける軽工業の特徴は、
フォーマル・セクターに属する少数の中規模企業が、ニッチ市場や保護された市場に製品を提供
する一方で、インフォーマル・セクターに属する膨大な数の、生産性の低い小規模企業が、国内
2
アフリカにおける軽工業
市場に低品質の製品を提供するという構造にある。後者のタイプの企業は提供する仕事の賃金が
低く、外国為替収入を稼ぐことも、アフリカの若者に生産的な雇用機会を提供することもほとん
どない。小規模企業の生産性向上と拡大には、これまで十分な注意が向けられてこなかったが、
本報告書ではこの点について取り上げる。
今回の調査は次の 5 つの分析ツールを用いて行なわれた。

世銀の企業調査に基づく新しい調査研究

中国、エチオピア、タンザニア、ベトナムおよびザンビアの規模の異なる約 300 社(フォー
マル、インフォーマル両企業)を対象に、調査チームがロンドン大学スクール・オブ・エコ
ノミクスのジョン・サットン教授作成の質問票に基づき実施した定性的な面接調査

上記 5 か国の規模の異なる約 1,400 社(フォーマル、インフォーマル両企業)を対象に、オ
ックスフォード大学アフリカ経済研究センターがオックスフォード大学のマルセル・ファフ
シャンプス教授とサイモン・クイン博士作成の質問票に基づき実施した定量的な面接調査

上記 5 か国のフォーマルな中規模企業約 300 社を対象に、コンサルティング企業のグローバ
ル・ディベロップメント・ソリューションズ社が実施した綿密な面接調査に基づく、バリュ
ー・チェーンと実行可能性に関する比較分析

「改善」をテーマに中小企業のオーナーを対象に実施した管理職向け研修の効果に関する研
究。この研修は(財)国際開発高等教育機構と政策研究大学院大学の日本人研究者の指導の
下、エチオピア、タンザニアおよびベトナムで活躍する約 250 人の起業家を対象に実施され
た。
本報告書では上記の国々と分析ツールを選んだ理由を説明している。詳しい結果は以下のウェブ
サイトで閲覧可能。
http://econ.worldbank.org/africamanufacturing
今回の調査は、以前の調査にはなかった 5 つの特徴を備えている。第一に、上記 5 か国の軽工業
について、サブセクター・レベルおよび製品レベルで実施した詳細な調査結果に基づき、アジア
とアフリカの原価を詳細に比較する。第二に、次々と蓄積される研究成果を踏まえて、本報告書
では、定量的調査やバリュー・チェーン分析をはじめ、様々な定性的手法と定量的手法を幅広く
駆使して、企業にとっての主な制約を見極め、各国間の企業業績の相違を評価している。第三に、
企業の受ける制約が、国、サブセクターおよび企業規模により異なることが明らかになったため、
まず制約を見極め、次にその制約を取り除くために、市場ベースの措置と厳選された政府介入を
組み合わせるという、目的を絞ったアプローチを採用するに至った。第四に、軽工業問題の解決
策は多くのサブセクターに効果をもたらし、その影響は製造業だけにとどまらない。例えば製造
業における投入の問題を解決するには、農業や教育、インフラに内在する個別の問題を解決する
必要がある。第五に、本報告書は他の途上国における経験と解決策を踏まえて、提言を示してい
る。本報告書の目標は、サブサハラ・アフリカにおいて雇用を増やし、雇用創出に弾みをつける
概要
3
ための現実的な方法を見つけることにある。
軽工業の可能性:数百万件の生産的雇用創出に向けて
本報告書では、民間投資強化に明確に的を絞った、実現可能かつ低コストな政策イニシアティブ
を実施すれば、サブサハラ・アフリカの軽工業は競争力を持ち始める可能性があることを、新た
な証拠を使って示す。こうしたイニシアティブは、より広範な投資改革の進展を補完し、地域レ
ベルの生産活動における軽工業の比率を増加させようというもので、ひいては急成長を遂げつつ
ある現地の軽工業市場において国内生産品のシェアを高める可能性がある。また、現地の製造業
者は、事業規模を拡大し、製品の質を改善し、技術、経営およびマーケティング分野で経験を蓄
積していくにつれ、新たな輸出機会を活用できるようになる。(やはり加速的な成長を経験した)
中国やベトナム同様、サブサハラ・アフリカでも外国直接投資を促進する政策により、工業化と
輸出拡大の速度を上げることが可能だ。また最近 EU の切り花市場に進出したエチオピアの例が
示すように、1 つの成功の効果が何倍にも増幅する可能性もある。この事例では、先駆的な 1 社
が門戸を開いた結果、今や 5 万人の労働者を擁する産業が花開いた。本書で提案する戦略が、何
百万人分もの生産的な雇用を創出する可能性のあるプロセスのきっかけになり得るのである。
サブサハラ・アフリカの軽工業の潜在的競争力の基盤には、2 つの優位性がある。第一は労働コ
ストの優位性だ。例えばエチオピアでは、管理の行き届いた一部の企業の労働生産性は、中国や
ベトナムの水準に迫る可能性がある。その一方で、エチオピアの賃金は中国の賃金水準のわずか
4 分の 1、ベトナムの 2 分の 1 に過ぎず、全体的な労働コストを見ても、なお低めだ。サブサハラ・
アフリカの第二の優位性は、履物工業向けの皮革、家具産業向けの堅木材・軟木材や、アグリビ
ジネス産業向けの土地など、様々な原材料の供給源となる豊かな天然資源に恵まれている点だ。
ただし制度面の障害と不適切な政策が阻害要因となり、現地の生産者が利用できない資源もある。
例えばエチオピアの木材原価は、中国やベトナムに比べはるかに高いため、エチオピアには国内
の木材(特に竹)を供給するという膨大な可能性があるにもかかわらず、アジアから家具を輸入
している。本報告書で提言する政策は、皮革や竹といった国内資源の潜在性を解き放ち、成長過
程にある様々な軽工業を、労働集約型製品の国内市場において、ひいては世界市場において、競
争力のある産業に育成することを可能にするようなものである。
今日の世界市場に、サブサハラ・アフリカが参入する余地はあるだろうか。アフリカが自らのチ
ャンスをすぐに活用できるのであれば、答えは「イエス」である。軽工業では中国が世界的な輸
出市場を席巻し、その競争力は、世界市場に最近参入したばかりの低所得輸出国をはるかに上回
っている。だが中国の製造業の輸出中心地である沿岸部では、土地代、法規制の遵守コスト、そ
して何よりも労働コスト(賃金および福利厚生を含む)が急騰しているため、これら輸出中心地
のコスト優位性が低下し始めている。この傾向は今後も続き、おそらく数年のうちに加速してい
くだろう。これに取って代わろうとする新規参入者として、バングラデシュ、カンボジア、中国
内陸部の各省などが、既に列をなして機会を窺っている。労働集約型製造業におけるコスト優位
4
アフリカにおける軽工業
性が揺らいでいる現在、サブサハラ・アフリカには、多くの軽工業品の製造を開始し、民間投資
を強化し、何百万人分もの生産的な雇用を創出する機会が開けている。
サブサハラ・アフリカが最も有望なサブセクターに内在する主な制約を克服することができれば、
現在の世界貿易は、サブサハラ・アフリカにとって幸運なことに、同地域に有利な情勢にある。
低い労働コストと豊富な資源に加え、サブサハラ・アフリカはアフリカ成長機会法およびコトヌ
ー協定の下、軽工業品について米国と EU の両市場に対する無税・数量制限なしのフリーアクセ
スの恩恵を享受している。
こうした優位性は、サブサハラ・アフリカの労働生産性が競争相手であるアジア各国に比べ、総
じて低いという弱点を相殺するのに十分と言えるだろうか。適切な支援策が実施されるのであれ
ば、その答えは「イエス」である。次に挙げるような政策を早期に採用すれば、その利点が長く
持続することは、アジア各国がすでに実証済みであり、本報告書はこうしたアジア諸国の実績を
踏まえたものとなっている。すなわち(1)投入と産出の両方で競争力のある市場を支援する政策、
(2)外国直接投資を域内に誘致し、低賃金の労働力という競争優位性を活用する政策、
(3)技術、
商業、経営の各分野において専門知識を提供する政策、である。アジアと同様に、サブサハラ・
アフリカにおいても、軽工業関連の投入と産出の国内・国際両市場への自由なアクセスを認める
政策や、外国直接投資を誘致しやすくする条件を整える政策を採用することが有効となるであろ
う。
ケーススタディ:エチオピア
本報告者は前述の 5 つの分析ツールのほか、アフリカの 3 か国とアジアの 2 か国から得たデータ
を活用して、アフリカの中でも優良な国々には軽工業の可能性があることを立証する。ただし当
該諸国がこの可能性を発揮するには、国、サブセクターおよび企業規模によって異なる様々な制
約を克服しなければならない。
これまでの調査により、腐敗、お役所仕事、不十分な公共施設、劣悪な輸送機関、未熟な技能、
資金調達の機会僅少など、分野横断的な数多くの問題に内在する制約が特定されている。一方で、
我々の詳細な分析から、より小さく、より具体的で、そして時にはまったく新しい一連の重要な
制約が明らかになっている。分析をさらに進めれば、大半のアフリカ諸国では、財源および人的
資源における制約の範囲内で、改革アジェンダをより管理しやすいものにすることが可能になる。
本報告書は、エチオピアの軽工業の 5 つのサブセクター(アパレル、皮革製品、アグリビジネス、
木材製品、および金属製品)における制約を徹底的に診断し、他の国の成功事例に基づき、これ
らの制約に対応するための政策改革を提案する。
エチオピアは 2008~2009 年の世界的な経済危機を他の多くの途上国よりもうまく乗り切り、輸
出や送金、外国投資はわずかに減少したに過ぎず、その後は危機以前の水準を超えるまでに回復
概要
5
している。輸出と収益の成長が輸入の相対的な鈍化と相まって、外貨準備高の増加につながった。
また食糧価格の下落を主因に、全体的なインフレ率が一桁台に低下した一方、経済成長率は 2009
年以降、年間約 8~9%と堅調に推移している。エチオピア政府は新 5 か年開発計画(2010/11 年
~2014/15 年の成長・変革計画として 2010 年に財務経済開発省が作成)に沿った安定的なマクロ
経済の枠組みの中で、持続的な成長を達成すべく取り組んでいる。同計画の戦略的な柱には、工
業化の促進による急速な経済成長の維持、社会的発展の強化、農業とインフラへの投資、ガバナ
ンスの強化、若者と女性の役割強化などがある。
各国の経済はそれぞれ特有で、エチオピアのガバナンス、制度、および政治情勢も独特ではある
が、エチオピアとサブサハラ・アフリカ諸国という大きなくくりの間には共通要因も十分に存在
するので、エチオピアを全体の特徴を示す例だとみなすこともできる。エチオピアが有する多く
の天然資源は、国内外の市場を供給先とする各種軽工業に貴重な原材料になる可能性がある。こ
の国の豊かな資源としては、畜牛(皮革と皮革製品に加工可能)、森林(家具産業向け)、綿(衣
料産業の供給源)
、農地と湖(農産加工産業の供給源)などがある。エチオピアには低コストの労
働力が豊富なため、軽工業のように熟練度が低い労働集約型セクターにおいて比較優位となる。
またエチオピアは、工場用地の不足、貿易ロジスティクスの不備(特に内陸国)、資金調達の機会
僅少など、アフリカの他の低賃金諸国と共通するマイナス要因も抱えている。
第 II 章で述べるように、本報告書で調査対象としたサブサハラ・アフリカの 3 か国にはいくつか
の共通点があるが、本報告書は、今回の調査で明らかになったエチオピア固有の事情がサブサハ
ラ・アフリカのすべての国々に当てはまると主張するものではない。それでも、各国固有の診断
結果を導き出し、各国の状況に合わせた解決策を提案するに当たって、エチオピアに適用した分
析方法を他のアフリカ諸国にも同一に適用することは可能である。タンザニアおよびザンビアに
対する詳細な政策提言はまもなく発表の予定である。今回の調査の方法論を我々が焦点を当てた
国々以外にも適用すれば、他のサブサハラ・アフリカ諸国における軽工業の制約について、掘り
下げた分析が可能になり、軽工業セクターの成長を地域全体にわたり促進するための具体的な政
策提言を提供できるだろう。
アパレル:貿易ロジスティクスの不備
衣料品の製造に必要な技術と技能がすぐにでも活用できる状態にあるので、国内企業が衣料品の
国内市場と世界市場の両方でシェアを拡大できる可能性があることは明らかだ。重要かつ強まり
つつある労働コストの優位性や、隣国ジブチにある最新式で立地条件のよいコンテナ港へのアク
セス、そして米国と EU の両市場に関税なしに参入できるなど、エチオピアには自国のアパレル
産業拡大の機会が開かれている。また外国直接投資を活用すれば、生産と輸出の増強を加速する
ことができる。さらにエチオピアが高品質な綿の生産を拡大できれば、衣料品の製造拡大に関連
した潜在的利益の増強につながる。エチオピアのアパレル産業の競争力強化には、貿易ロジステ
ィクスの不備が深刻な制約となっており、そのためにせっかくの労働コストの優位性が帳消しと
なっている上、エチオピアがアパレル市場の中で時間的制約があり、価値の高いセグメントから
6
アフリカにおける軽工業
締め出されるに至っている。
税関にアパレル向けの簡易通関制度(グリーン・チャンネル)を設け、外国為替を無料かつ即座
に利用できる仕組みを提供し、信用状のコストを削減すると共に、ジブチとの国境付近に工業地
帯を設置すれば、貿易ロジスティクスの最重要課題を解決できるだろう。中国やベトナムの先例
が示すとおり、こうした改革を実施すれば、アパレル産業を牽引する外国人投資家をエチオピア
に呼び込むことができるとみられる。また、競争力のある繊維工業を発展させることで、アパレ
ル産業の競争力を強化することも可能である(エチオピアは高品質の綿の生産国であると同時に、
低コストの水力エネルギーにも恵まれている)。現在、エチオピアのアパレル産業の輸出規模はわ
ずか 800 万ドル、9,000 人を雇用しているに過ぎないが、本報告書で提言する政策と同様の政策
を実施しているベトナムは、80 億ドルの輸出を達成し、100 万人分の生産的な雇用を創出してい
る。
皮革製品:投入資源の不足
エチオピアの皮革産業は、アパレルよりもさらに労働集約型であり、一段と大きな可能性を秘め
ている。イタリアの靴輸入業者はエチオピア製の皮革製品を極めて高く評価している。ささやか
でも目的を絞った改革を実施すれば、エチオピアに生息する膨大な動物を供給源として、世界最
高級の皮革を大量に生み出すことができるだろう。さらに、皮革製品はアパレルほど時間的制約
を受けないため、貿易ロジスティクスの不備による不利益はアパレルほど深刻とはならない。当
面の制約は、高品質の加工皮革を入手する機会が限られていることだ。
高品質の加工皮革の輸入を可能にすれば、当該産業の深刻な皮革不足を容易かつ即座に解決でき
るだろう。また皮革の輸出に課せられた制限を撤廃すれば、エチオピアの皮革サプライ・チェー
ンに投資するインセンティブが高まるはずだ。課題は、高品質の皮革の商業生産と販売を拡大す
ることにある。優れた実績のある動物農場を対象として、農村の土地を利用しやすくする政策(こ
の方針はエチオピアの現行の開発計画に既に盛り込まれている)を推進すれば、大規模な牧畜企
業誕生の道が開かれる。より良質な品種の奨励、畜牛の疾病管理、畜牛を担保として利用できる
制度の整備により、小規模事業者の生産能力拡大と、高品質皮革の供給量増加につながるだろう。
エチオピアでは、動物の皮膚を侵す疾患「外部寄生虫感染」が見られるが、これは年間 1,000 万
ドル未満の低予算のプログラムで制御可能である。またアパレル同様、貿易ロジスティクスを改
善すれば、競争力の一層の強化が実現できるだろう。エチオピアとほぼ同規模の人口を擁するベ
トナムは、本報告書で提言する政策と同様の政策を実施したことにより、皮革製品産業において
60 万人分の生産的な雇用を創出している。
アグリビジネス:割高な投入価格
コーヒーと切り花の成功例が示すとおり、アグリビジネスの可能性は低賃金や、変化に富んだ土
壌・気候条件、耕作地の収穫高拡大の機会、そして耕作可能な未利用地の広大さにある。エチオ
ピアの乳牛飼育数は、サブサハラ・アフリカではスーダンに次いで第 2 位であり、これにタンザ
概要
7
ニアが続く。他の産業と同様に、問題は(対農業の)投入側市場にあり、そのゆがみが生産性の
低さと割高な価格をもたらしている。例えば食糧の内いくつかの品目については、固定価格制度
が農民の生産性拡大意欲をそいでいる。種子と肥料の両市場に内在する問題も、農業の生産性が
極めて低い原因になっており、小麦の収穫高は一般に 1 ヘクタール当たり 1 トン未満である。投
資家が農村の土地を担保として利用しようにも、国有地をめぐる従来の利権の問題ゆえに困難な
状況にあり、農業用地と畜牛はどちらも融資の担保として利用できない。
アグリビジネスのとてつもなく大きな可能性を解き放つため、政府は肥料やハイブリッド種子な
どの主要な投入市場への民間投資を促進すべきであり、また価格上限規制と輸出禁止を課すので
はなく、農村の食糧セーフティネットを脆弱な都市住民にも拡大すべきである。エチオピア政府
は近年、こうした投資を奨励しており、この傾向は今後も続くと思われる。政府はまた、主要な
地区で土地と畜牛を試験的に担保として利用するパイロット・プログラム、および優れた実績の
ある投資家が農村の土地を担保に利用しやすくする仕組みを推進するとよいだろう。
木材製品と金属製品:土地と融資
木材製品と金属製品の各サブセクターに属する企業は、原料となる木材や金属を費用のかかる輸
入品に依存している。エチオピアの豊かな天然資源は、競争力のある木材の供給源になり得るが、
現在は供給が不安定かつ持続不可能で、組織化も遅れている。比較的適切に管理されている木材
製品会社でさえ、労働生産性は低い。例えば労働者 1 人が 1 日に製造する椅子の数は、中国では
4.5 脚、ベトナムでは 1.9 脚であるのに対して、エチオピアはわずか 0.3 脚にすぎない。またエチ
オピアでは、鉄鋼産業も制約を受けており、貿易ロジスティクスの不備と輸入関税の高さゆえに
エチオピアの鉄鋼価格は中国よりも 30%高い。両サブセクターの潜在性は(少なくとも当初は)
輸出にあるのではなく、成長中の国内市場、そして輸入された木材・金属製品の価値/重量比率
が高い点にある。木材・金属加工産業は、比較的小規模で多くの場合はインフォーマルな企業が
ほとんどであり、大企業や輸出企業は存在しない。木材については、政府が、農村の土地を利用
しやすくする仕組みと民間の植林事業への融資を促進すべきである。金属に関しては、鉄鋼の輸
入関税を 10%引き下げると共に、エチオピアで埋蔵がすでに確認されている鉄鉱石を開拓すれば、
投入原価を削減できる。両サブセクターについて、政府は最もふさわしい企業を支援するために、
技能や融資に加え、ハードウェアやソフトウェアなどの設備が整い、すぐに使える状態にある「プ
ラグ・アンド・プレイ」の工業団地の一角にある工業用地を利用しやすくする仕組みを推進する
とよいだろう。
5 つのサブセクター
要約すると、労働生産性は、上記 5 つのうち 4 つのサブセクターにおけるごく少数の大企業につ
いては高いものの、特に、起業力、経営力、技能に欠ける小規模企業については概して低い水準
にとどまっている。工業用地やフォーマル・セクターによる融資を利用しにくい状況も、各サブ
セクターの制約要因になっている。ある種の産業(アパレル、皮革など)では、政府が大規模な
輸出業者に対して土地や融資を利用しやすくする優遇措置をとっている一方で、小規模企業は制
8
アフリカにおける軽工業
約を受けている。銀行は機械や畜牛を担保として認めず、また土地は売買が規制されているため、
担保として利用しにくい。このように土地や融資の利用が容易でないため、小規模企業は規模の
拡大を図れず、生産性は依然として低く、技術向上や生産拡大を実現できずにいる。
投入に関する政策課題は、最も深刻な制約になっている(表 1)。軽工業の改革アジェンダにおい
て、投入産業に関する課題は見過ごされる傾向にあるため、この調査結果は重要である。実際、
エチオピアでは、豊かな天然資源、好ましい環境、そして安価な水力エネルギーの可能性によっ
て、数多くの投入産業(皮革、木材、多種多様な農産品に加えて、場合によってはアパレルと鉄
鋼)が比較優位を有するが、
(他の多くのアフリカ諸国同様)こうした産業は改革の必要がある。
詳細な政策提言については、実施期間を含め、表 2 に示した。これらの提言の多くは、投資環境
改革のための従来のアジェンダ同様、競争の推進および取引コストの削減(例えば貿易ロジステ
ィクスの改善や、輸入関税の引き下げ)を求めるものである。ただし今回の提言では、詳細なサ
ブセクター診断と多国間比較に基づき、政策提言の数が削減され、提言内容がより具体的なもの
となってている。さらに重要なことに、政策改革のメリットは確認が容易である。植林事業開発
の必要性など、新たな重大課題もいくつか浮かび上がった。
「従来型の」投資環境改革の実施でさ
え、実施状況の飛躍的改善を図ることができる。そのためには、少なくとも初期段階に、将来的
に最も利益を生み出し(例えばアパレルと皮革製品では貿易ロジスティクス)、かつこの国が比較
優位を有するサブセクターに集中的に取り組むことが求められる。
今回の政策アジェンダの実施に当たっては、政府内の様々な部局および省庁間での調整、ならび
に内外の市場において軽工業企業の競争力を促すという目標に対する明確な理解が必要になる。
内外の投資家は経営資源の投入を誓約するに先立ち、改革アジェンダの達成を誓約した政府のコ
ミットメントが信頼できるか否かを確認する必要がある。本報告書の提言を実施するに当たり、
ハイレベルな支援は決定的に重要な要素である。我々は、提案されている改革プログラムを開発・
実施するに当たり、ハイレベルな専任チームを設置するよう、エチオピア政府に提言する。
政策改革と介入の優先度と優先順位付けは、次の 3 つの基準に従って行なう必要がある。第一に、
これらの政策措置は、比較優位性と雇用拡大の可能性が最も高いことを実証しているセクターお
よびサブセクターに集中すべきである。第二に、短期的にも長期的にも、費用効率が最も高く、
かつ財政への影響が最も小さい措置を取るべきである。第三に、実施能力、ガバナンスへの影響、
そして政策改革の政治経済性を徹底的に評価し、その結果を指針として利用すべきである。
本報告書は、経済全般にわたる問題(例えば工業用地が利用しにくい状況、技能不足、貿易ロジ
スティクスの不備)に加えて、各産業固有の問題(例えば畜牛の疾病が皮革に及ぼす影響、鉄鋼
の輸入関税、農産物の上限価格規制)の重要性を明らかにする。ここから、政府がすべての課題
に一度に対処できない中、サブセクター内およびサブセクター横断的な政策改革についていかに
優先順位をつけ、それをまとめていくかという問題が浮かび上がる。特定の改革と経済全般にわ
概要
9
たる改革は、必ずしも相容れないものである必要はない。むしろ相互に補完できる上、経済を前
進させるにはどちらも必要となる。優先順位については、費用対効果分析に基づき決定すべきで
ある。難しい選択が求められる場合、政府は改革の政治的コストを考慮した上で、最大限の可能
性を秘めた立地や産業を優先する必要がある。このアプローチを採用すれば、デモンストレーシ
ョン効果が発揮されて、改革を拡大しやすくもなる。このアプローチを採用した事例としては、
中国の土地改革(深圳経済特区から着手)およびモーリシャスの労働改革(当初は輸出業者に限
定)がある。もちろん、このように意図的に目的を絞った改革には誤りが発生する可能性が高い
ため、改革実行のための透明かつ専門的プロセスの重要性を認識し、誤りを修正する政治的な勇
気を持たなければならない。
10 アフリカにおける軽工業
表 1 エチオピアにおける重要度別、企業規模別、サブセクター別の制約
投入
産業
アパレル
小規模
大規模
皮革製品
重要
土地
融資
起業力
極めて
重要
極めて
重要
重要
重要
貿易
労働者の ロジス
技能
ティクス
重要
極めて
重要
重要
小規模
極めて
重要
極めて
重要
大規模
極めて
重要
極めて重
要
小規模
極めて
重要
重要
重要
重要
重要
大規模
極めて
重要
重要
重要
重要
重要
小規模
極めて
重要
重要
重要
重要
重要
大規模
極めて
重要
重要
重要
重要
重要
アグリビジネ 小規模
ス
極めて
重要
極めて
重要
極めて
重要
重要
大規模
極めて
重要
極めて
重要
重要
木材製品
金属製品
出典:本報告執筆者
注:空白欄は優先事項ではない。
極めて
重要
重要
重要
重要
概要
11
表 2 エチオピアにおける政策措置案
サブセクター
短期(6~12 か月)
中期(1~2 年)
長期(2~5 年)
すべてのサブセク
ター
(a)軽工業向け投入のすべてを対象に
輸入関税を撤廃。国レベルと地域レベ
ルのいずれの市場向けかを問わない。
(b)銀行などの金融機関にインセンテ
ィブを提供して、管理の行き届いた企
業に対する機械購入資金の融資を奨
励。
(a)担保市場を開拓して融資を受けや
すくする。例えば、機械や、家畜、土
地を担保として活用。(b)マーケティ
ングと事業戦略、生産と品質管理、事
業記録管理に関する「改善」をテーマ
とした管理職研修などのプログラムを
支援。
(c)エチオピアの首都アディス
アベバと隣国ジブチの間の貿易状況を
改善し、信用状、燃料コスト、トラッ
ク運送会社間の競争に関連する諸問題
を調べて対処。(d)手続きの簡略化と
情報技術の活用により、税関手続きを
調和・改善。
(a)
「プラグ・アンド・プレイ」工業地帯を
開発し、工業用地や基礎的なインフラへのア
クセスを改善。立地先として、ジブチとの国
境付近を検討。
(b)ハードインフラを(国境
を越える規模で)整備し、複合一貫輸送(い
わゆる「マルチモーダル」
)システムを支援。
当該システムにはアディスアベバとジブチ
間の鉄道線路の修復(計画中)が必要。
(c)
ジブチとのパートナーシップを含め、主要な
貿易回廊地帯に沿って戦略的パートナーシ
ップを構築することで、港湾操業の最適化と
手数料の最小化を図る。
(d)民間部門と提携
して、セクター別に長・短期の入門・中級・専
門の各コースを提供する、ペナン技能開発セ
ンター(マレーシア)で実施されているよう
な技能開発プログラムを用意。
アパレル
(a)綿輸出に対する規制を撤廃。(b) すべてのサブセクターへの提案を参
アパレル・メーカーがいつでも外貨を 照。
入手できるよう保証。(c)外国為替手
数料を撤廃。
(d)税関にアパレル向け
簡易通関制度(グリーン・チャンネル)
を開設。
(e)取扱手数料の引き下げに
ついてジブチと交渉。
皮革製品
(a)皮革の輸出に対する規制を撤廃す
ると共に、高品質の加工皮革の輸入を
促進。
(b)皮革メーカーがいつでも外
貨を入手できるよう保証。
(c)外国為
替手数料を撤廃。
(d)税関に皮革向け
グリーン・チャンネルを開設。(e)取
(a)畜牛の疾病を抑制。
(b)畜牛への
戦略的投資家を対象に、包括的で透明
性の高いプロセスを通じ、農村の土地
アクセスを改善。
すべてのサブセクターへの提案を参照。
畜牛の交雑育種を奨励。
12 アフリカにおける軽工業
扱手数料の引き下げについてジブチと
交渉。
木材製品
合法の木材にかかる税金を軽減。
(a)大都心地区近郊の荒廃地に早生樹
を植林する持続可能な民間事業を対象
に、土地と融資を利用しやすくする仕
組みを推進。(b)植林事業への戦略的
投資家を対象に、弱者を糾合した透明
性の高いプロセスを通じ、農村の土地
アクセスを改善。
(a)違法伐採の根絶。(b)カーボン・ファ
イナンスを利用できるようにする。
金属製品
すべてのサブセクターへの提案を参
照。
(a)鉄鉱床の開発を推進。
(b)フィー
ジビリティ・スタディを実施し、国内
鉄鋼業界の競争力を評価。
すべてのサブセクターへの提案を参照。
農産物
農産物の価格統制を撤廃。
(a)ハイブリッド種子や肥料などの主 乳牛の交雑育種を奨励。
要な投入市場への民間投資を促進(例
えば外国為替へのアクセス改善)。(b)
農業プランテーションへの戦略的投資
家を対象に、弱者を糾合した透明性の
高いプロセスを通じ、農村の土地アク
セスを改善。(c)戦略的投資家とのつ
ながりを図るため、小自作農に技術協
力を提供。
出典:本報告執筆者
注:上記提案は中小企業と大企業の双方に利益をもたらすことを想定しているが、例外として、鉄鉱床の開発推進は大企業の利益に限定されるだろう。
概要
14
アフリカ軽工業の競争力と、アジアから得られる解決案
厳しい制約と政策対応の特性や相対的重要性は、国、サブセクター、企業規模により異なるが、
タンザニアとザンビアにおける事例を分析した結果、両国の主な制約はその大半がエチオピア同
様、投入産業、貿易ロジスティクス、融資アクセス、工業用地アクセス、労働者の技能、および
起業力という 6 つのカテゴリーに分類されることが確認された。タンザニアとザンビアに関する
詳細な政策提言については、間もなく発表の報告書で行なう予定である。
成功を収めている他の途上国は、上記に示した課題に取り組むために、以下のような現実的な解
決策を実施している。
プラグ・アンド・プレイ工業団地
中国は、プラグ・アンド・プレイ工業団地を開発する過程で徐々に複数の制約に取り組めるよう
になった。1970 年代後半からは主に外資系企業が、経済特区で工業用地、港湾施設、標準的な工
場用シェル構造の建屋、労働者宿舎、そして輸出品生産のための材料・機器の免税輸入制度を利
用できるようになった。初期の成功を踏まえ、国内外の市場に展開する国内企業を対象とした工
業団地が急増した。その後、経済特区は拡大し、事業規制に関する研修施設やワンストップ・シ
ョップを含むまでにいたった。こうしたイニシアティブは、管理が行き届いた小規模企業にとっ
て、資金調達コストとリスクの大幅低減に役立ち、これらの企業は銀行融資を受けられなかった
にもかかわらず、中規模企業に成長することができた。こうして中国は、規模別の企業構造が零
細企業か巨大企業のいずれかに偏る「ミッシング・ミドル」の問題を回避した。工業団地は、小
規模企業が大規模企業の近くに立地しやすくすることで、産業集積の発展にも貢献し、中国の産
業に規模の経済と多角化の経済をもたらした。また、工場に隣接した労働者宿舎は、工場経営者
が負担する労働コストと共に労働者の生活費も削減した。
最初は香港特別行政区に、その後は次第に世界有数の貿易ターミナルに発展した国内の港湾に、
それぞれ隣接していたことが功を奏して、中国の経済特区は貿易ロジスティクスの問題を解決す
るに至った。香港特別行政区に隣接した地域に深圳経済特区が設立されてから 30 年も経たないう
ちに、かつての漁村が人口 800 万人の主要軽工業都市に変貌した。また工業団地は困難な改革の
実験場としての役割も果たした。中国は深圳を先導役として、市場に適した借地制度をはじめ、
制度面や規制で新しく多くの取り決めを行なった。
成功の秘訣は、工業団地内外にある企業間の熾烈な競争と協力にある。ほとんどの工業団地は特
定の軽工業をあらかじめ選択していたわけではなく、専門化した産業集積の形成は市場の力に任
せていた。工場建屋や宿舎を含めた工業団地は、地方自治体と民間部門から融資を受けている。
地方自治体の融資は多くの場合、
(経済特区の不動産を担保とする)銀行からの融資でまかなわれ、
経済活動が活性化したことによる税収増加分で返済される。成功を収めるには、工業団地を、生
産と貿易に課せられた最も厳しい制約に対処する支援パッケージの対象として組み込む必要があ
概要
15
る。
主要投入産業
中国およびベトナムは主要な投入産業が競争力をつけられるように、これらの産業を改革・支援
した。中国とベトナムは共に、全国レベルで(機械メーカーで見られるように)主要な投入産業
への外国直接投資を奨励し、持続的に管理された植林事業と競争力のある農業を開発した。両国
は投入市場と産出市場に土地と資金を提供して、これらの市場を支援したのである。その一例が、
地方自治体が管理して、今や世界最大のコモディティ市場になっている義烏(イーウー)市場で
ある。中国とベトナムの両政府はバリュー・チェーンに対する支援と調整も行ったが、その一方
で国内の投入産業の保護を目的とする貿易制限を次第に軽減した。さらに中国は、経済特区内の
輸出メーカーに対しては投入品の輸入にかかる税金と関税を免除し、経済特区外の輸出業者に対
しては税金を払い戻したほか、投入や技術、納入業者に関する情報と技術協力を中小企業に提供
するためのプログラムを時間をかけて開発していった。本報告書が示すように、エチオピアの軽
工業セクターにおいて、投入品にかかる輸入関税を撤廃した場合のコストは総税収のわずか 2%
に過ぎず、必要であれば消費税を課すことで、この減少分は容易に取り戻すことができる。
貿易ロジスティクス
中国とベトナムの両政府は、自国の軽工業が発展する過程の初期の段階で、優れた貿易用ロジス
ティクスを利用して、港湾の近くに工業地帯を創設し、これらの地帯の企業に対する数多くの国
内規制や関税・輸入規制を免除した。このアプローチが功を奏して、中国とベトナムでは、国内
企業が生産・供給で外国勢に対抗できない投入品を効率的に輸入できるようになり、その結果、
新工業地帯を拠点とする企業は、輸出市場に安価かつ迅速に参入することが可能となった。深圳
の事例が示すように、工業地帯が効率的な税関を備えた世界有数の港湾に隣接した立地であった
ことも効果的だった。
サブサハラ・アフリカ諸国、中でも世界有数の港湾への直接アクセスを持たない多くの国にとっ
ては、中国とベトナムに見習うだけでは不十分だろう。アフリカ各国政府は、地域統合に向けて
連携する必要があり、そのために、主要な事業回廊地帯に沿って、貿易ロジスティクス、特に港
湾におけるガバナンスと規制を整備する必要がある。接続性の改善と競争力強化を図るために、
アフリカ諸国は、トラック輸送、鉄道、航空、そして海運を結ぶ複合一貫輸送システムを支える
ハード・インフラの整備を継続する必要がある。また通関制度の調和と改善に向けて、各国は手
続きを簡略化すると共に、情報と技術を活用することが望まれる。そして貨物運送会社や海運会
社、トラック輸送会社の間の競争を促進するために、各国政府は価格統制および外国直接投資規
制を撤廃する必要がある。
先発者
新たな産業に参入する企業は通常、高いコストとリスクに直面する。特にサブサハラ・アフリカ
においてこの傾向が強い。この地域では産業構造とインフラが限定的な上、規制リスクとガバナ
16 アフリカにおける軽工業
ンス・リスクが高いからだ。しかし、エチオピアのバラ産業の例が示すように、単独の参入者が
きっかけとなり、競争力のある新産業が台頭するという展開も現実的である。1 社から始まった
バラ産業だが、すぐに 10 数社を超えるまでに成長し、直接雇用する労働者の数は 5 万人を超えた
(これに加えて、輸送、梱包材などサプライヤーでもさらなる雇用創出があった)。エチオピアの
バラ産業は、政府が最初のバラ農園に対して土地利用を推し進めたことをきっかけに花開いた。
この例は、有望な新興事業の利益となる、限定的で焦点を絞った政策介入が、利益をもたらす可
能性を実証するものである。
中国では、低賃金で労働集約型の生産の拡大を推進するという当初の取組みに代わり、現在では、
熟練労働と高い技術を必要とすることが多い、より複雑な業界の新興企業を対象とした支援プロ
グラムが進められている。支援は、企業が工業地帯に移転する前に、立地選定の申請、プロジェ
クト審査、土地利用と建設への許可などから始まる場合もある。移転後、企業は技術協力、技術
の高度化、そしてネットワークを通じた市場情報へのアクセスが得られるようになり、これによ
り企業や産業が全国的な競争力をつけることが可能になる。先発者への支援提供は(レントシー
キングを回避するために)基本的に 1 回限りで、必ずしも高い費用がかかるわけではない。各国
政府は、マッチング・グラント・スキームを提供して、フィージビリティ・スタディ費用の一部
を支払うなど、先発者の負う高いリスクを分担できる。政府支援は外資系大企業に対象を絞る必
要はない。ザンビアの波型トタン屋根産業の事例が示すように、市場とサプライヤーだけについ
てでも基礎知識を広めようとする政府の取組みが、新たな産業を生む可能性がある。先発者への
支援は、オープンで透明性と一貫性があるべきで、すべての候補者が同一の利便と情報にアクセ
スできるようにすることが求められる。
起業力
我々の定量的調査によると、開業時に技術協力を受けた起業家は、はるかに優れた事業成果を上
げることができている。エチオピアのラムゼイ靴工場の事例は、生産物の量と質の向上に当たり、
技術協力がいかに重要であるかを示している。アフリカの数多くのインフォーマルな小規模企業
の中には、起業家的な才能が豊かな事業者が多く存在する。
「改善」に関する調査によると、小規
模企業では、基本的な経営力の欠如により、資産の蓄積と事業の拡大が実現できていないことが
明らかになっている(Sonobe, Suzuki, and Otsuka, 2011)
。また同調査は、ラムゼイ工場の例の
ように、費用がかからないそれなりの研修や技術支援を利用できれば、一部のインフォーマルな
企業が発展・拡大する道が開かれ、大規模な雇用創出と、場合によっては輸出の大幅増につなが
り得ることも示している。アフリカ各国政府は、特に有望なサブセクターの小規模事業者を対象
として、経営力と技能を向上できるプログラムに投資する機会を追求すべきである。また、目的
を絞った技術協力とアドバイスを事業主と起業家に提供して、国内企業が既存の技術を採用・改
良できるように支援することが望まれる。この支援の対象にはインフォーマルな企業だけでなく、
フォーマルな大企業も含めるべきである。
起業家を支援する方法の 1 つに、マーケティングと事業戦略、生産と品質の管理(作業場の維持
概要
17
管理方法とその他の「改善」活動についての簡単な紹介を含む)
、および事業記録管理という三部
構成の「改善」をテーマとした管理者研修の提供がある。3 週間の研修プログラムでも起業家の
経営慣行を改善し、このプログラムに代金を払ってでも参加しようという意欲を大幅に高めるこ
とができる。また外国直接投資も、起業力の国内ストックを拡大する手段である。中国の事例を
見ると、当初、企業は海外在住の中国人起業家や、多国籍企業の中国支社工場の外国人経営者か
ら提供される知識の恩恵を受けていた。その後、企業は外国直接投資に付随するノウハウの移転
から恩恵を受けるようになり、これが新しい世代の国内起業家の誕生に寄与した。
労働者の技能強化に向けた職業訓練
労働人口の技能が低い場合でも、サブサハラ・アフリカが軽工業の一部サブセクターで競争力を
拡大できる可能性がある。例えばアパレル産業では、少数のマネージャーと技術者が数百人の労
働者を指導することが可能である。専門家の報告によれば、経験の浅い労働者でもミシンの使い
方は 2 週間もあれば習得できる。長期的な視点で見れば、より複雑な生産へと発展させるには、
現在よりももっと熟練した労働力が必要になるだろう。ただし軽工業の発展には、就学率の向上
と学校教育の質の改善を待つ必要はない。適度の技能が求められる有望なセクターまたはサブセ
クターに焦点を絞り(これが本報告書の目的である)、次に投資を検討している民間投資家が直面
する研修費の問題を解決するために、費用引き下げに貢献する政策措置を導入することで、工業
化にただちに着手することができる。各国政府は民間部門と協力して技術協力を提供し、熟練度
の低い労働者を対象とした職業訓練を産業別に提供することが可能である。こうした訓練は、産
業集積地の小規模企業(インフォーマルな企業を含む)にも、工業団地の大企業にも提供できる。
各国政府は民間部門と連携して、単純な機械の操作・修理のほか、説明書を読むことができ、イ
ンターネットを利用して通信と情報検索を行える技術者の輩出を目的とした、公的資金によるプ
ログラムを活用することができる。各国政府は、優れた基礎教育に加え、あらゆるレベルの労働
者を対象として、セクター別に長・短期の入門、中級、専門の各コースを提供するペナン技能開
発センター(マレーシア)で実施されているような技能開発プログラムを用意することも可能だ
ろう。技能開発の専門学校は、国レベルで潜在的に比較優位のあるセクターまたはサブセクター
に照準を当てて取り組んでいる国々で、大きな成果を挙げている。
実施課題
本報告書は、アフリカ各国政府が最も可能性を秘めた軽工業における最大の制約を解決
するために、自国の希少な資源を集中させることがいかに重要であるかを強調する。改
革の実施に当たっては、次の 5 つの事項を考慮に入れる必要がある。

第一に、政策介入はパイロット・イニシアティブから始め、その後も継続的に修正・更新す
ることが望ましい。中国の改革の例が示すように、政策改革が必要とされる分野では、パイ
ロット・イニシアティブをまず地理的に孤立している農村地域を対象に設計することで、政
策介入の規模拡大に先立ち、当該イニシアティブから教訓を得ることができる(Zhang, de
18 アフリカにおける軽工業
Hann, Fan、2010)
。政策介入は、民間部門との連携強化、説明責任の向上、および地方自治
体間の競争促進を図るため、できるだけ分散するとよい。

第二に、対象に選んだ産業への支援すべてが成功するわけではない。アジアの例が示すとお
り、各国政府は成果の出ない政策は廃止する必要がある。そのため、パイロット・イニシア
ティブは小規模に留め、効果的なモニタリング・評価の仕組みを導入して、進行中の介入を
定期的に見直して改善を図ることが重要である。

第三に、民間部門開発における政府の基本的な役割は、競争の促進にある。中国とベトナム
における現在の軽工業発展のパターンが示すとおり、競争は工業開発の最も重大な側面であ
る。いずれの国でも、国営企業を対象とした当初の優遇政策に代わって、現在では、開かれ
た競争を通じて軽工業の成長を促すという国策が実施されている。

第四に、アフリカ各国政府は、構造改革に取り組むに当たり、民間部門、非政府組織、およ
びドナー・コミュニティなど、あらゆるパートナーからの支援を結集することが重要である。

第五に、政府が民間部門の力強い成長を促進するための最善の方法の 1 つは、好結果に結び
つくような安定したマクロ経済環境を維持すると共に、天然資源の適切な管理を確実に行う
ことである。近年ほとんどのアフリカ諸国はこの分野で著しい進展を遂げており、こうした
取組みは今後も続けていくべきである。
政策介入を実施する前に、軽工業政策改革の財政的影響と政治経済性を評価することが望ましい。
多くのサブサハラ・アフリカ諸国では、能力不足と脆弱なガバナンスが制約要因となり、ここで
提案する具体的な政策を策定・実施することが困難であると指摘されることが多い。しかし、次
に挙げる 4 つの理由から、本報告書が提案するアプローチが深刻なガバナンス上の問題を生むこ
とはないと思われる。

第一に、本報告書が提案する改革の一部は既得権益集団の利益を削減はするであろうが、政
策介入の範囲は従来のビッグバン・アプローチよりも小さく、また政治的影響があっても相
対的に小さくなる見込みである。改革から得られる利益はあらかじめ計算でき、また政治経
済性の問題について一層踏み込んだ分析を実施すれば、既得権益集団の損失を軽減すること
も可能である。

第二に、本報告書が提案する政策改革は、対象国の潜在的な比較優位に沿ったものになる。
補助金やその他の支援政策の対象を、潜在的な比較優位と一致する産業に絞れば、必要な補
助金が少額であっても、競争力を有するセクターまたはサブセクターに多くの新規参入者を
呼び込み、その結果、レントシーキングの可能性は低くなる。
概要

19
第三に、政策介入は(例えば参入のコストとリスクを軽減することで)競争および企業の競
争力を増大するはずだ。これは、過去にアフリカで失敗した産業政策(その国が比較優位を
持たない産業で少数の企業を保護・助成する政策など)とは対極にある。

第四に、良いガバナンスに関する広範なアジェンダは重要だが、アフリカ各国政府はガバナ
ンス状況の改善を待つことなく、投資の拡大およびさらなる成長と雇用創出を図る政策で民
間部門を支援していくべきである。東アジアの経験が示すように、民間企業を後押しして市
場の力を解き放つことで開発を推進すれば、ガバナンス問題があらゆるレベルで対処されな
くても、国として大きな成果を挙げることが可能である。