交流パルスMIG溶接機のステンレスへの応用試験

交流パルスMIG溶接機のステンレスへの応用試験
田宮 宏 一 *
鈴木
正幸*
石川
淳*
ApplicationofACpulseMIGweldingtechnologytostainlesssteel
TAMIYA Kouiti, SUZUKI Masayuki and ISHIKAWA Atsushi
抄
録
交流パルスMIG溶接機を用いて、ステンレス薄板(1∼3mm)の溶接試験を行った。ビードオン溶
接 、突 き 合 わ せ 溶 接 試 験 に よ り 溶 接 条 件 の 把 握 を 行 い 、応 用 試 験 と し て 重 ね ス ミ 肉 溶 接 試 験 を 行 っ た 結 果 、
2mmのギャップまでの溶接が可能な条件が得られた。
1.緒言
流の一部をマイナスに切り替え、さらにプラス部
世界的な環境問題対策の一環として、自動車産
業を中心に各種構造物や部品の軽量化が進んでい
分とマイナス部分の面積比を変化させることによ
り、母材への溶け込み量を制御できる。
る。ステンレス製の鉄道車両においても軽量化の
また、溶接装置は図2に示すように溶接トーチ
ための薄板化が図られている。しかし、溶接組立
部分を自走式台車に固定し、溶接加工状態が一定
を基本とする車両製作においては薄板化に伴い、
となるようにした。
ひずみや熱影響の問題が大きくなり、溶接品質の
確保、維持が重要となってきている。
自走式台車
そこで母材への溶け込みを制御でき、溶接の溶
け落ち防止や大ギャップへの対応可能という点で
アルミニウムの薄板溶接で使用されている交流パ
溶接トーチ
ルスMIG溶接について、ステンレス薄板に対す
る適応性の評価と加工データの収集を行った。
溶接方向
2.使用溶接機
本実験で使用した溶接機は㈱ダイヘン製パルス
試験片
M I G 溶 接 機( デ ジ タ ル A C ウ ェ ー ブ 2 0 0) で あ る 。
特徴として、図1に示すようにパルス状の溶接電
図2
溶接装置外観
溶接電流
(+ )
3.溶接実験
供 試 材 と し て は SUS 304と SUS 3 0 1 L-LT を 用 い
た。板厚は1.0、1.5、3.0mm と し た 。 溶 接 実 験 は
(- )
ビードオン溶接、突き合わせ溶接、重ねスミ肉溶
時間
図1
溶接電流波形
接を行なった。
3.1
ビードオン溶接試験
表1に示すとおり溶接電流ならびに溶け込み条
件を変化させて溶接試験を行い、溶け込み状態、
*下越技術支援センター
ビード形状の観察を行い、各供試材に対する最適
表1
ビードオン溶接試験条件
試験片
板 厚 mm
溶接電流
溶け込み条件
溶 接 速 度 cm/min
チップー母材間距離 mm
トーチ角度
ワイヤ
3.2.1
SUS304 / SUS301L-LT (250×50)
1.0
1.5
3.0
4 0 ∼ 80
70∼110
120∼160
浅い
標準
深い
75
60
10
15
75°・ 90°
WEL MIG 308L 1.0φソリッドワイヤ
引張試験、曲げ試験
突き合わせ溶接試験片から引張試験片を作成し、
250 kN オ ー ト グ ラ フ に て 引 張 試 験 を 行 っ た 。
図4に試験結果を示した。なお、破断位置は全て
溶接金属部であった。この結果より、溶接試験片
は素材の強度より低いが、ワイヤ強度と同等もし
くはそれ以上の強度を有しており、強度的には問
な溶接条件の選定を行った。なお、溶け込み条件
題ないと言える。
の設定については溶接機本体のスイッチの切り替
えることにより、溶接電流波形を変化させ、制御
突き合わせ溶接引張り強度(SUS304)
を行っている。
溶接ワイヤ
図3に溶け込み条件を変えた場合の溶接電流波
け込み条件を浅くすると溶接電流波形のマイナス
側の面積割合が大きくなり、深くすると波形がプ
ラス側にシフトしているのがわかる。
(浅い)
0.01
0.02
200
3.0mm
溶接ワイヤ
素材1.0mm
素材1.5mm
素材3.0mm
100
1000
0
-100
-200
0.00
0.01
0.02
0.03
1.2mm
時間 sec
400
300
200
100
0
-100
-200
0.00
0.01
0.02
0.03
時間 sec
1.5mm
SUS304 t3.0 溶 接 電 流 150A
図3
溶接電流波形と溶け込み深さ
800
600
400
200
0
1.0mm
3.2
1.5mm
突き合わせ溶接引張り強度(SUS301L-LT)
300
200
引張り強さ(N/mm2)
A
電流
400
1.0mm
1.0mm
0.03
時間 sec
電流 A
600
試験片
0.00
(深 い )
素材3.0mm
800
400
300
200
100
0
-100
-200
400
(標 準 )
素材1.5mm
0
溶け込み深さ
電流波形
電流 A
溶け込み条件
引張り強さ(N/mm2)
形ならびに溶け込み状態の観察写真を示した。溶
素材1.0mm
1000
3.0mm
試験片
突き合わせ溶接試験
表2に示す条件にて、突き合わせ溶接を行い、
1.5mm
図4
突き合わせ溶接
引張試験結果
試験片に裏波ビードが出る完全溶け込みの試験片
を作成し、引張試験、曲げ試験、組織観察、硬さ
測定を行い、溶接状態の評価を行った。
なお、曲げ試験についても全ての試験片で表・
裏曲げともに欠陥は見られず、良好な溶接である
ことが確認できた。
表2
試験片
板 厚 mm
溶接条件
溶 接 速 度 cm/min
チップー母材間距離 mm
トーチ角度
ワイヤ
ガ ス (混合ガス)
突き合わせ溶接試験条件
SUS304 (150×250)
SUS304 (150×250)
1.0
1.5
3.0
1.0
1.5
3.0
60−5 100−5 150−5 60−5 100−5 150−5
55
50
40
50
45
40
10
15
10
15
75°・ 90°
WEL MIG 308L 1.0φソリッドワイヤ
Ar 98% O2 2% 流量 15ι/min
3.2.2
組織観察
溶接部の金属組織観察を行った。その一例を図
5 に 示 す 。 通 常 SUS 304、 SUS 301 L-LT の 溶 接 に お
いてはフェライト・オーステナイト凝固形態とな
る。図5に示した組織はフェライト・オーステナ
イト凝固組織といえ、正常な金属組織であった。
3.3
重ねスミ肉溶接試験
鉄道のステンレス車両の屋根溶接への適用を想
定して重ねスミ肉溶接試験を行った。図7に示す
よ う に 鉄 道 車 両 屋 根 板 は 、 1 . 5mm の 下 板 に 0 . 6mm
SUS304
の屋根波板を重ねて、全長にわたり溶接を行って
SUS301L -LT
いる。しかし屋根波板は折り返しがついて板厚が
変化しているため、現在は2回に分けて溶接を行
っ て い る 。 こ れ を 交 流 パ ル ス MIG 溶 接 に よ り 1 回
の溶接で行うことにより、ひずみや熱影響を減少
させ、品質の向上を図ることを目標としている。
t1.5
図5
突き合わせ溶接試験片の金属組織
重ねスミ肉 溶 接
3.2.3
硬さ試験
溶接試験片を樹脂埋め込み後研磨して、板厚中
現 状 肉0.6mm
重ねスミ
溶接
央部をマイクロビッカース硬度計にて硬さ試験を
行った。図6に溶接ビード中央部からの硬さ分布
1.5mm
2回 に 分 け て 溶 接 し て い る
交流パルスMI
G溶接
測 定 を 行 っ た 結 果 を 示 す 。 SUS 3 0 4 に つ い て は バ ラ
ツ キ の 範 囲 で 傾 向 は 見 ら れ な い が 、 SUS 301 L-LT に
大きなギャップに対応できる
1回で溶接を行いたい
ついては溶接金属部が低い値となっている。これ
は SUS 3 0 1 L-LT 材 が 元 々 熱 処 理 後 さ ら に 冷 間 圧 延
溶接ひずみ・熱影響の減少
して強度を高めている調質材のため、溶接時に母
品質の向上
材が溶融されることにより強度が低下したためと
ビッカース硬さ(Hv)
考えられる。
図7
240.0
230.0
220.0
210.0
200.0
190.0
180.0
170.0
160.0
150.0
1.0mm
-2.5 -2.0 -1.5 -1.0 -0.5
0
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
1.5mm
実験は1.5mm の 下 板 に 0 . 5mm の 上 板 を 任 意 の ギ
3.0mm
ャップ量で設置して表3に示す条件にて重ねスミ
平均
(t1.0)
肉 溶 接 を 行 っ た 。 ギ ャ ッ プ 量 を 0 mm から0.5mm づ
平均
(t1.5)
平均
(t3.0)
つ増加させて溶接を行ったところ、図8に示すと
ビード中央部からの距離(
mm)
お り ギ ャ ッ プ 量 2 . 0mm ま で 溶 接 可 能 で あ っ た 。
溶接状態の確認は引張試験、組織観察、硬さ試験
SUS 304
ビッカース硬さ(Hv)
実作業への適用の概念図
を行った。
240.0
230.0
220.0
210.0
200.0
190.0
180.0
170.0
160.0
150.0
1.0mm
表3
スミ肉溶接条件
1.5mm
3.0mm
-2.5 -2.0 -1.5 -1.0 -0.5 0
0.5 1.0 1.5 2.0 2.5
ビード中央部からの距離(
mm)
SUS 301 L-LT
図6
突き合わせ溶接
硬さ試験
平均
(t1.0)
平均
(t1.5)
平均
(t3.0)
試験片
SUS 304(240×50
t0.5、1.5)
ワイヤ
WELMIG 308L 1.0φソリッドワイヤ
溶接条件
65−2
溶接速度
15 mm / min
ガス
Ar 98% 、 O2 2 % 流量15 L/min
溶け込み調整
浅い
ギャップ 0.5mm
ギャップ 1.0mm
ギャップ 0mm
ギャップ2.0mm
ギャップ 0mm
ギャップ 1.5mm
ギャップ 2.0mm
図10
図8
重ねスミ肉溶接
金属組織観察
重ねスミ肉溶接結果
図9に引張試験結果を示した。引張試験は上板
0
と下板をそれぞれチャックでつかみ、溶接線と垂
直方向に引張を行った。結果は縦軸に引張強さ、
横軸に上板と下板のすきま(ギャップ量)をとっ
重ねスミ肉溶接硬さ
下していることがわかる。
210.0
ビッカース硬さ(Hv)
た。これよりギャップ量が増えると若干強度が低
200.0
190.0
180.0
0.0mm
170.0
0.5mm
160.0
1.0mm
1.5mm
150.0
引張り強さ(N / m m )
重ねスミ肉溶接引張り強度
350
試験片
素材0.5mm
-1.25
-1.0 -0.75 -0.5
-0.25
0
0.25
0.5
0.75
1.0
1.25
測定位置(mm)
2.0mm
平均(t0.5)
300
図11
250
重ねスミ肉溶接
硬さ試験
200
150
100
4.まとめ
50
(1)突き合わせ溶接においては、各板とも良好
0
0mm
図9
0.5mm
1.0mm
1.5mm
上板と下板のすきま
重ねスミ肉溶接
2.0mm
引張試験結果
な試験結果が得られ、溶接条件を確立することが
できた。
( 2 ) 重 ね ス ミ 肉 溶 接 に お い て は 、 2 mm の ギ ャ
ップまで溶接可能であった。しかし、実ワーク対
図 1 0 に ギ ャ ッ プ な し ( 0mm ) と ギ ャ ッ プ 2 mm の
場合の溶接金属組織の観察結果を示す。図からわ
かるとおりギャップ量の変化による組織の違いは
見られなかった。
また、図11に各ギャップ量における溶接部付近
の硬さ測定を行った結果を示した。バラツキはあ
るもののギャップ量による硬さの違いは見られな
かった。
応に向けては、溶接長さ、ワーク形状への対応な
どの課題がある。