2015 年度 社会工学類都市計画主専攻 卒業研究中間発表 2015.10.28 地方自治体による公共空間への防犯カメラ大規模設置プロセスの実態解明 理工学群 社会工学類 都市計画主専攻 4 年 201211314 村中 大輝 指導教員:雨宮 護 1. 研究背景 今後、自治体が公共空間に防犯カメラを設置する際 近年わが国では、防犯カメラの設置が増えていると に起こりうる問題を予測し、その対処のための方策を される。この背景には、防犯カメラが持つとされる、 検討するためには、先進事例における防犯カメラ設置 犯罪を抑止する、利用者に安心感を与える、犯罪捜査 プロセスを把握し、その効果や問題点について検証す へ貢献するという効果への期待がある 1)。 実際に警察庁 る必要がある。 (2011)2)や樋野(2008)3)の研究によって、特定の条件下 では犯罪抑止効果が確認されている。このような防犯 2. 既存研究 カメラの機能への期待に加え、世論の支持、コストの 自治体が公共空間に設置する防犯カメラに着目した 低下といった後押し要因もあり、防犯カメラは今後も 研究としては、各自治体の制定するガイドラインなど 普及していくことが考えられる。 の規則や指針を比較し、分析しているもの その中でも、公共空間への設置が可能であること、 しかし、ほとんどの規則や指針では、設置についての 数百台規模での地域一帯の設置が可能であることから、 考え方について触れていないため、設置プロセスに関 自治体が設置する防犯カメラは、都市のインフラとし しては明らかとなっていない。 て定着していく可能性が高い。樋野ら(2008)4)によると、 また、防犯カメラの設置プロセスを明らかにした研 防犯カメラ設置に対する市民の賛成態度は、設置主体 究としては、商店主による商店街への防犯カメラ設置 によって大きな差があり、個人や民間が設置するもの を対象としたもの 8)9)がある。しかし、自治体が設置す と比べ、自治体や警察などの公的主体が設置するカメ る場合とは関与する主体が異なる。自治体が公共空間 ラへの賛成率は高い。多くの市民の同意を得るなかで、 に防犯カメラを設置する際のプロセスを明らかにする 自治体が防犯カメラを設置する事例は今後増加してい ためには、自治体設置に特化した研究が必要である。 6)7)がある。 くものと考えられる。 自治体による防犯カメラ設置は公的資金を活用した 3. 研究目的・仮説 公共事業であるため、設置台数・設置箇所の選定、カ 本研究では、公共空間への防犯カメラの大規模設置 メラの機能、設置前広報・設置後広報の実施、設置後 事業を行う自治体を対象に、防犯カメラの設置プロセ の運用方法、他の防犯対策との連携などの視点から適 スを明らかにすることを目的とする。各自治体のプロ 正なものである必要がある。しかし現在、自治体にお セスを整理・比較することで、今後増加すると考えら ける防犯カメラの設置には、設置の考え方が明示され れる同様の事例のあり方を考える一助とする。なお、 たガイドラインが存在しない。そのため、自治体の設 ここでのプロセスとは、各自治体の防犯カメラ設置事 置プロセスは、自治体の置かれた状況や考え方の違い 業における、事業決定から防犯カメラの運用までの一 を反映して多様なものとなっている。多様な防犯カメ 連の検討・実施作業を指すものとする。 ラ設置プロセスのなかで、必ずしも防犯に役立つ形で 研究仮説としては、 「各自治体の防犯カメラ設置に至 防犯カメラを運用できていなかったり、合意形成が不 るまでのプロセスは多様なものが見られる」こと、ま 十分であったりするなどの問題を抱えている自治体も たそれにより、 「自治体が防犯カメラを設置する際に期 ある。 待されるプロセスを満たしていない自治体もある」こ 実際に、千葉県市川市が公園に設置した防犯カメラ を対象に行われた研究 との二点を設定する。 5)では、 防犯カメラが設置された 公園が市民にとって不安の高い公園と必ずしも重なっ 4. ていなかったり、設置前広報が不十分であったりとい (1) データベース調査 った問題が指摘されている。 まず、日本における自治体が公共空間に防犯カメラ 1 資料と方法 を設置した事例を網羅するため、新聞記事の検索アー カイブ 10)を用いて 2015 年 6 月までに掲載された記事か 表 1 ヒアリング項目と評価の視点 らデータベースを作成する。データベース作成手法は ヒアリング項目 評価の視点 以下の通りである。 1.防犯カメラ設置の経緯 防犯対策としての妥当性 1) ①設置のきっかけ 設置に至るまでの経緯 ②設置の目的 解決したい地域の問題 ③具体的な数値目標 目標のイメージ ④防犯カメラを手段として選ん 十分な検討が行われたか 「防犯カメラ&設置」をキーワードとして入力し て検索を行い、「防犯カメラ」「設置」の二単語を 含む全ての記事を抽出する。 2) 抽出された記事を読み、自治体が設置主体となり だ理由 直轄で管理している事例(自治会などへの補助金 ⑤参考にした事例 他自治体からの影響 事業ではないもの)のみをさらに抽出する。 2.事業の概要 日程・予算の制約 各事例について、重複を除いたうえで、設置主体 ①事業スケジュール 日程の制約 となる自治体、設置決定年月、設置完了年月、設 ②警察との協力状況 警察との関係性 置台数、予算、設置対象についてまとめる。 ③具体的な設置場所 設置場所の分布 ④予算額の内訳 予算の制約 3.設置台数や設置箇所 設置台数・箇所の妥当性 ①設置台数の決定方法 十分な検討が行われたか 大規模設置を行った自治体にヒアリング調査を行う。 ②設置箇所の決定方法 十分な検討が行われたか 調査対象として、(1)の調査データから市区町村単位で ③設置の障害となったこと 実際に何が障害となるのか 1 事業において 100 台以上の防犯カメラを設置した(あ ④設置工事の進み具合 工事は順調に進んだか るいは当該年度内にする予定の)自治体を抽出する。 4.カメラの運用 運用方法 ヒアリング項目(表 1)の意図を以下に示す。 「1.防犯カ ①カメラの機能 目的に見合った機能か メラ設置の経緯」によって、防犯カメラ設置に至るま ②機能を決める過程 十分な検討が行われたか ③カメラ設置の周知方法 設置後広報は十分か ④画像の取り扱い 情報の機密性はあるか ⑤運用にかかる要綱 どのような運用方針か 流れ、警察との関係性、設置箇所の分布、予算を検証 5.市民への対応 市民への説明責任 する。「3.設置台数や設置箇所」によって、設置台数・ ①市民説明会の概要 設置前広報は十分か 設置箇所がどのように決定されたか、設置が順調にい ②市民からの反応 市民の同意を得ているか かなかった場合の原因を把握する。「4.カメラの運用」 6.その他 他事業との連携 によって、どのような基準でカメラ性能の選定が行わ ①他自治体からの問い合わせ 社会への影響 れたか、設置後広報がどのように行われたか、明確な ②補助金の利用状況 補助金事業は成功しているか ③他に行っている防犯事業 カメラと連携できているか 3) (2) ヒアリング調査 研究仮説を検証するため、公共空間への防犯カメラ での検討手順や、地域の問題と防犯カメラ設置との関 係を把握する。「2.事業の概要」によって、事業全体の 規程の元で運用が行われているかを検証する。「5.市民 への対応」によって、設置前広報がどのように行われ 表 2 ヒアリング調査の概要 たか、広報は十分であったかを把握する。「6.その他」 自治体 によって、事業が他自治体に与えた影響、間接設置事 千葉県 業(補助金による民間の防犯カメラ設置)との連携、 市川市 防犯カメラ以外の方策との連携を把握する。複数の自 神奈川県 事業年度 日時 150 2008 年度 未調査 茨城県 スの相違やそれに伴う実態の相違を表形式にまとめ、 285 大阪府 2014 年度 100 大阪府 結果 群馬県 750 2015.9.15(火) 10:00-11:25 2014 年度 2015.7.30(木) 倉田市長、西田議員 11:00-12:00 250 市民安全政策室 2015.7.31(金) 危機管理室 2014 年度 群馬県 検索を行った結果、2,697 件の記事が抽出された。その 100 2015 年度 兵庫県 伊丹市 治体が主体となって防犯カメラを設置した 194 事例が 抽出された。 2 2015.9.1(火) 危機管理室 13:00-14:20 350 2015 年度 2015.9.11(金) 防犯・青少年課 13:00-15:00 高崎市 中から 4 章の方法に従って抽出作業を行った結果、自 交通防災課 14:30-17:15 前橋市 朝日新聞データベース「聞蔵 II」 (1985 年~)で記事 生活あんしん課 〜 枚方市 (1) データベース調査 2015.9.14(月) 2014 年度 箕面市 市民安全課 10:00-11:30 守谷市 それぞれの考え方の違いを明らかにする。 対象 〜 大和市 治体に関して、ヒアリング調査でわかった設置プロセ 5. 台数 1000 2015 年度 2015.7.31(金) 〜 10:00-11:30 都市安全企画課 図 1 新聞記事から見る防犯カメラ設置事例数 ④ 防犯カメラを手段として選んだ理由:ソフト面での 防犯対策はすでに充実しているので、新規の対策と してカメラを導入するという自治体がほとんどで あった。 ⑤ 参考にした事例:全般的には、主に近隣で防犯カメ ラの設置を行った自治体を参考にしているケース が多い。他自治体を全く参考にせず、独自の設置を 行った事例もある。 2) 事業の概要 ① 事業スケジュール:設置主体が自治体であるという 性質上、基本的に事業決定から完了までは単年度で 完結するケースが多いが、いくつかの自治体では複 数年度に渡る設置事業を行っている(守谷市、伊丹 市)。 新聞で報告された最も古い事例は 2001 年の 6 件であ ② 警察との協力状況:すべての自治体で警察への情報 り、その全てが小中学校や幼稚園・保育所に設置され 提供(捜査のための照会への協力)は行っている。 たものである。この背景には同年に発生した附属池田 小事件 11) 多くの自治体では設置箇所の選定の際にも協力を の影響があると考えられる。また、2014 年、 行っているが、全く行わなかった自治体もある。 2015 年(~6 月)だけで 64 件が報告されており、ここ数年 ③ 具体的な設置場所:箕面市では GIS データ、枚方市 で自治体による防犯カメラ設置事例が急増しているこ では地図によって設置場所の情報を得ることがで とが確認できる。 きた。 また、設置場所は 2013 年までは学校や駅がほとんど ④ 予算額の内訳:リースでカメラを整備している自治 を占めていたが、2014 年から通学路・住宅街や公園へ 体(伊丹市、枚方市、前橋市、高崎市)とカメラを購 の設置が半分近くに達しており、より市民の生活に近 入して設置した自治体(箕面市、大和市、守谷市)が い場所への設置が進んでいることがわかる。 あった。また、コンサルタントを契約している自治 (2) ヒアリング調査 体(伊丹市)もあった。 (1)の調査結果から一事業で 100 台以上を設置した自 3) 設置台数や設置箇所 治体を抽出し、ヒアリング調査を行った。調査の概要 ① 設置台数の決定方法:自治体によって様々であり、 は表 2 の通りである。なお、横浜市、北九州市におい 実際に調査を行って必要な台数を決定した例(守谷 ても 100 台以上の設置を行っていたが、暴力団対策で 市、箕面市)もあれば、先に予算が決まっていてそ 繁華街に設置された事例であり、今回の研究の趣旨と の中で割り振る自治体(大和市)や、市長のトップ 異なるため、対象からは除外した。 ダウンで目標台数が決まっている自治体もあった。 各項目別に見た結果を以下に記す。 ② 設置箇所の決定方法:事業開始時に警察と協力を行 1) 防犯カメラ設置の経緯 っている自治体では、警察からの設置すべき箇所の ① 設置のきっかけ:全般的には、(他市も含む)児童連れ 情報をもとに市職員が実際に設置可能かどうかを 去り事件の発生など具体的な事件がきっかけにな 検討するというパターンが多い(大和市、守谷市、 るものと、総合的な防犯対策の一環として導入され 箕面市、枚方市)。市民の意見を取り入れているケ るものに二分される。大阪府の 2 市(箕面市、枚方 ースも見られる(伊丹市)。また、高崎市はカメラ 市)は特徴的であり、警察から市への働きかけが設 設置プロセスを自治会に一任しているため、唯一設 置のきっかけとなっている。 置箇所の選定に市が関与しない形となっている。 ② 設置の目的:全ての自治体で「犯罪の抑止」を第一 ③ 設置の障害となったこと:基本的に問題はなく、順 の目的としていた。副次的な目的を掲げている自治 調に設置が行われた。同じ関電管轄でも、電柱の使 体もあり、 「体感治安の向上」(大和市)、 「事件事故 用許可に苦戦した自治体(箕面市)とスムーズにい の早期解決」(守谷市、高崎市)などが該当した。 った自治体(枚方市)がある。 ③ 具体的な数値目標:具体的な数値目標を設定してい ④ 設置工事の進み具合:全ての自治体でおおむね計画 る自治体はなかった。 通りに進んでいた。自治体による政策であるため、 3 年度末に事業を完了させる必要があるようであっ ラと並行して、青パトなどのソフト防犯事業を行っ た。 ている。 4) カメラの運用 6. ① カメラの機能:自治体による考えの違いが大きく出 考察・今後の方針 る部分であり、その考えの違いによりカメラの機能 これまでの調査から、各自治体が防犯カメラを設置 については大きな差異があった。画質においては、 する目的は「犯罪の抑止」でほとんど統一されている ほとんど見える必要はないという自治体(大和市、 のにも関わらず、その他の設置プロセスや関連主体に 守谷市)から、人の顔や車のナンバーまで見えるべ はばらつきが多いことが明らかとなった。この要因と きだという自治体(箕面市、枚方市)まであった。 しては、各自治体の考え方や知識の相違に加え、予算 ② 機能を決める過程:実際に画像を見て機種を決定し や市民の防犯への要望の強さ、警察との関係など、そ た自治体(箕面市、高崎市)もあれば、満たすべき最 の自治体が置かれている社会環境があるものと考えら 低ラインを提示し入札をかける自治体(大和市)も れる。今後は、事業決定までの議会の議事録や関連文 あった。 書の読解などを通じて、この点を掘り下げて分析をし ③ カメラ設置の周知方法:運用要綱に規定された条件 ていく。最終的に、各事例のプロセスの背後にある要 を満たすための小さな告知板にとどまる自治体も 因や要員間の相互の関係をモデル化することで、本研 あれば、カメラの周知による犯罪抑止効果を重視し、 究の成果とする方針である。 大きなサイズの看板を設置して目立たせる自治体 (大和市、守谷市)もあった。また、電柱設置の自 治体では、電力会社との契約の関係で思うように看 参考文献 板を設置できない例(枚方市)も見られた。 1) 星周一郎(2012)「防犯カメラと刑事手続」弘文堂 2) 警察庁(2011)「警察が設置する街頭防犯カメラシステムに関す ④ 画像の取り扱い:全ての自治体でモニター監視は行 る研究会 最終とりまとめ(案)」 わず、警察などからの請求があった場合のみ開示す <https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki8/7th_siryou_2.pdf> る仕組みとなっていた。しかし、画像の取り出しに 2015/10/27 閲覧 関しては、市職員のみ許可されている自治体(高崎 3) 市、大和市、守谷市)から、業者に委託する自治体 樋野公宏(2008)「駐車場に設置する防犯カメラ等の効果及び利 用者等の態度 −愛知県内での実験から−」、都市計画論文集、 No.43、pp.763-768 や、警察も取り出し可能となっている自治体(箕面 4) 市、枚方市、前橋市)まで様々だった。 樋野公宏・島田貴仁・樋野綾美(2008)「公共空間に設置される 防犯カメラへの賛成態度−設置場所・設置主体の観点から−」、都 ⑤ 運用にかかる要綱:全ての自治体で防犯カメラの取 市計画報告集、No.7、pp45-48 り扱いに関する要綱を定め、それに基づいた運用を 5) 行なっていた。 雨宮護・島田貴仁・高木大資(2011)「千葉県市川市における都 市公園へのネットワーク型街頭防犯カメラの設置例と市民の態 5) 市民への対応 度」、ランドスケープ研究、Vol74-5、pp783-788 ① 市民説明会の概要:市民向けの説明会を行った自治 6) 中野潔、浅野幸治(2005)「防犯カメラについての公的なガイド 体は少なく(伊丹市)、ほとんどが自治会長など代表 ラ イ ン の 比 較 に お け る 一 考 察 」、 情 報 処 理 学 会 研 究 報 告 、 者への説明と、設置される近隣住民への個別説明の 2005-EIP-29、pp37-42 7) みとなっていた。 中野潔(2006)「防犯カメラのガイドラインにおける設置、管理 面の記述の比較」、情報処理学会研究報告、2006-EIP-30、pp1-8 ② 市民からの反応:5)①で述べたように説明会がほと 8) んど行われていないにも関わらず、反対意見や苦情 朝田佳尚(2006)「防犯カメラの設置過程に関する社会学的考察」、 京都社会学年報、No.14、pp1-20 が寄せられた自治体はほとんどない。 9) 6) その他 朝田佳尚(2009)「地域住民が監視カメラに寄せる多様な意味」、 ソシオロジ、No.53、pp73-89 10) 朝日新聞社「聞蔵Ⅱビジュアル」 ① 他自治体からの問い合わせ:各自治体とも県内・県 11) 2001 年 6 月 8 日に大阪教育大学附属池田小学校で発生した小学 外問わず、多くの他自治体からの相談が寄せられて 生無差別殺傷事件。 いる。 ② 補助金の利用状況:箕面市、前橋市、伊丹市では自 治体設置に加えて、自治会の防犯カメラ設置に対し て補助金事業を行っている。 ③ 他に行っている防犯事業:どの自治体でも防犯カメ 4
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