6 引用文献 井上哲也 “「コンセプチュアライゼーションが経済に与える影響についての研究会」第 2期報告”『金融研究』近刊. 斉藤誠 “高度化した資本市場におけるリスクと流動性:マーケットメーカーとアービトラ ージャーの役割” 『フィナンシャル・レビュー』1999, 6 月. 西村清彦・渡部敏明 ”非ワルラス型資産市場と価格の過剰反応:日本の土地市場と 株式市場” 『現代経済学の潮流 1999』東洋経済新報社、1999. 5 情報技術の進展と「素人」の参入 情報技術の進展と「素人」の参入:価格の過剰反応 「素人」の参入:価格の過剰反応 次に、情報技術革新などにより「情報コスト」が低下した場合の影響を考え よう。この場合、市場に多くの「素人」つまり情報で劣位にある投資家(uninformed investor)が参入することが考えられる。こうした「素人」の資産価値に関する 期待は、 「玄人」のそれに比べれば、はるかに散らばりが大きいと考えられる。 このように期待の分散が増加すると、資産価値の変化に対して価格が大きく変 化するという意味で価格の感応度が上昇する可能性が高い。いま市場参加者に いま市場参加者に 強気の者が中庸の期待を持つ者に比べて相対的に増加したとしよう。すると市 場参加者の期待の平均は変化しなくても、強気の者が増えているわけだから高 い価格をつけても売れる確率が上昇する。そこで強気の売り手はますます強気 になり、価格は上昇する、というロジックである。 になり、価格は上昇する 情報技術進展の光と影 情報技術の進展は、情報の民主化としてもてはやされている。しかしながら、 それは本報告で見たように、同時に情報操作の大衆化という側面を持つ。 特定の市場参加者が、他の参加者の高度な情報処理能力に基づいた合理的な 期待を通じて逆に価格形成を左右する可能性は、他の領域でも確認されている。 例えば、オークション理論において、オープンビッドの場合、ある参加者が特 別な情報をもっていると考えられる場合に、その参加者に対しては多くの参加 者が価格の競り上げで対応する可能性がある。 さらに、過去に予測されなかった大きな変化が起こり、「素人」が大挙して市 場に参入してくる場合には、価格がマーケットファンダメンタルズに著しく過 剰に反応する可能性がある。たとえば石油危機の際一部物資が不足した際に、 限界的な供給者が価格支配力を有したとの実証結果がある。情報技術の大衆化 は、こうした「素人」の層を様々な市場で急激に厚くし、変化に対する過剰反 応を更に激しくする可能性がある。 こうした情報技術進展の負の影響を如何に制度的に最小化するかが、今後の 重要な課題であろう。 4 「情報の不完全性」と情報技術の影響 資産価格は、その資産の将来収益の予想に依存している。そして将来の予想 は完全ではない。従って情報の「情報の不完全性」が存在する。 情報の不完全性は概念的には、以下の4つに区分することが可能である(井上 1999) 。 十分 対称 不十分 (完全情報) 非対称 行の部分は、取引に関係する主体が有している情報が対称であるか非対称であるかの区分を示しており、 列の部分は、取引に関係する主体が有している情報が量的・質的に十分であるか不十分であるかの区分を 示している。「対称かつ十分」であれば完全情報の状態となる。他方、「非対称かつ十分」は、例えば、不 動産の持ち主はその不動産の特性を完全に知っているが、潜在的な買い手にはそれがわからないという状 況を指す。また、 「対称かつ不十分」は、例えば、国債市場などで個々の投資家がマクロ変数に関する同一 の不十分な情報を有している状況を指す。 情報技術革新は、情報の「不十分さ」に基因する「情報の不完全性」を緩和す る可能性がある一方で、情報の「非対称性」に基因する「情報の不完全性」に はあまり影響を与えない可能性が高い。すなわち、情報技術革新は、図の実線 の矢印は実現する可能性があるが、図の点線の矢印を実現することは難しい。 情報処理能力の高度化と情報操作の個人化:トスカーナの邸宅の例 情報処理能力の高度化と情報操作の個人化:トスカーナの邸宅の例 不動産の例に戻ろう。イタリア・トスカーナの邸宅例のように、不動産では、売り手がその不動産の特 徴について買い手より多くの情報を持っており、価格を提示して買い手がつくのを待つのが典型的である。 電子化に典型的に見られる情報技術の発展、そしてそれに呼応する情報処理 能力の向上は、買い手が合理的に期待形成 合理的に期待形成するようになることを意味する。そ 合理的に期待形成 して買い手が合理的に期待を形成するなら、売り手の希望販売価格は実は不動 売り手の希望販売価格は実は不動 産の真の価値についての情報を含んでいることに気づくはずである。合理的な期待 産の真の価値についての情報を含んでいる 形成をする買い手は、この情報を取り入れて自分の事前期待をアップデートし、そのアップデートした事 売り手は真の価 後期待に基づいて購入するかしないかの決定を下すはずである。平均的に見て、売り手は真の価 値が高いときに高い価格をつける。これを買い手は知っているから、売り手が 値が高いときに高い価格をつける 高い価格をつけているときは、おそらく真の価値も大きいのだろうと合理的に 類推するようになる。実はこのことは、売り手の方に新しい情報操作の可能性を与える ことになる。と言うのは、売り手は高い値段を付けることで、買い手にこの不動産 の価値が高いと思わせることができるからである。 の価値が高いと思わせることができる 3 豊穣な赤ワインで有名な、イタリアのトスカーナ地方特にキアンティ周辺は、気候温暖・風光明媚で、 イタリアはもちろん、英国等の裕福な人々がセカンド・ハウスあるいは老後の住まいを求める理想の地方 として名高い。そこに邸宅を持つある人が、その家を百万ドルで売りに出したところ、問い合わせも少な く、買い手がつかなかったという。この百万ドルというのは、この地方の、この手の邸宅のほぼ標準的な 値段だそうである。業を煮やしたその人は、売値を百十万ドルに上げたところ、問い合わせが急に増え、 買い手がすぐついて売れたそうである。つまり標準的な値段より高い値段を付けることで、この人は買い 手の主観的な評価に影響を与え、それで売却に成功したのである。 資産市場:マーケット 資産市場:マーケット・メーカーのいる場合といない場合 :マーケット・メーカーのいる場合といない場合 まず、資産市場には大きく分けて二つの種類があることに注意したい。 (1) ワルラス型資産市場-マーケット・メーカーのいる資産市場 ワルラス型資産市場では、 「ワルラスの競り人」がいる取引形態を考える。そこでは「ワルラスの競り人」 が価格を仮決定する。それに対応して資産の売り手と買い手は、その価格を所与として供給量と需要量を それぞれ決定し、 「ワルラスの競り人」に報告する。この時点では需要と供給が一致している保証はなく、 取引は行われない。そこで「ワルラスの競り人」は、この価格を変化させ、供給量と需要量が一致すると ころに実際の価格を誘導する。そしてその価格(均衡価格)で実際の取引が成立するのである。 例:ロンドン金市場 もちろんこうした「ワルラスの競り人」が文字通り存在する市場は実際には少ない。しかし文字通りの 「ワルラスの競り人」はいなくても、マーケット・メーカーと呼ばれる「ワルラスの競り人」に似た特別 な市場参加者がいる場合がある。こうしたマーケット・メーカーは売り価格と買い価格を決め、その価格 での売りと買いを満たす。しかしこのとき需要と供給が一致する保証はないので、マーケット・メーカー が一時的な需給のギャップを埋めることになる。マーケット・メーカーはこの需給ギャップをみながら売 り価格と買い価格を変化させ、最終的に需給を一致させるのである。従ってマーケット・メーカーは、ト ライアル・アンド・エラーで需給を均衡させる「ワルラスの競り人もどき」と考えることが可能である。 例:NASDAQ、NYSE そこでの情報化・高度化の問題については斉藤 1999 を参照。 (2) 非ワルラス型資産市場-マーケット・メーカーのいない資産市場 ワルラスの競り人も、またその役割を実質的に果たすマーケット・メーカーもいない。売り手、買い手 がそれぞれ自分の売りたい価格や買いたい価格を提示し、取引相手をバラバラに独立に探し、相対取引で 折り合えば取引が成立する市場である。仲介業者もマーケット・メーカーではなく、単なる情報の取り次 ぎ者、あるいは交渉の場の提供者に過ぎない。 例:不動産市場。おそらく eBay 等のインターネットオークションも同じ性格を持つと思われる。 一部の高度化した株式市場や債券市場を除けば、多くの資産市場は非ワルラス 型資産市場である。上述イタリアの邸宅市場も非ワルラス型資産市場である。 本プロジェクトでは、この非ワルラス型資産市場での情報処理の高度化、情報 処理技術の発展の価格形成の影響を見ている。 2 情報と資産価格:イタリア 情報と資産価格:イタリア・トスカーナ地方キアンティの邸宅価格 :イタリア・トスカーナ地方キアンティの邸宅価格 まずは、イタリアはトスカーナ地方の例を見ることにしよう。 古都シエナから望むイタリア・トスカーナ地方 トスカーナ地方のありふれた風景:早春 1 情報技術の発展と資産価格形成 未来開拓事業『電子化と経済社会』シンポジウム報告 1999.10.12 東京大学大学院経済学研究科教授 西村清彦 はじめに 近年、情報技術革新の進展は著しい。知識や情報といった無形で知的な価値 が経済活動において占める重要性が高まるとともに、コンピュータや通信ネッ トワークがさまざまな経済活動に導入された結果、企業や家計の意思決定や、 市場での価格形成といった経済構造自身が大きな変化を遂げつつある可能性が ある。 「電子化と市場経済」サブ・プロジェクトでは、こうした情報技術革新の影 響を (1) 資産価格形成、(2) 金融機関の審査活動効率化、(3) 産業全般の技術進 歩の度合い、の三点から分析を進めている。本シンポジウムでは、このうち資 産価格形成に絞って、情報技術とそれに触発された情報処理能力の発展が、資 産価格形成に及ぼす影響について報告する。
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