マーケット&テクニカルリサーチ 50 中国経済の成長を牽引

マーケット&テクニカルリサーチ 50
中国経済の成長を牽引する「上海マーケット」
経済成長が続き、世界中から注目されている中国。今
後も2008年には北京オリンピックが、2010年には
上海万国博の開催が予定され、さらなる経済効果が期
待されています。なかでも、上海市は、中国の総面積
の1%に満たないものの、1,700万人以上の人口を有
し、GDPは2桁成長を続けています。上海を中心に現
在の中国をデータで紹介するとともに、中国と日本と
の関わりについて検証してみます。
中国最大の経済圏・上海とは
■図表1
上海経済圏のデータ(2003年)
江蘇省(省都:南京)
面積:102,600
人口:7,406万人
GDP:1兆2,451億元
(1人あたりGDP:14,796元)
都市部一人当たり所得:9,912元
上海市
面積:6,200
人口:1,711万人
GDP:6,250億元
(1人あたりGDP:46,718元)
都市部一人当たり所得:1万6,380元
上海市は長江の河口に位置し、面積は東京都の約3倍、群馬
県とほぼ同じ広さの6,340km2。中国国内では最も小さい 行
政区です。
上海という名称が歴史上初めて登場したのは13世紀で、16
世紀の明朝時代には綿紡績の中心都市として繁栄していま
す。その後、阿片戦争によって上海港が対外的に開放され
たことで、長江流域の中継港として銀行や貿易会社が設立
し商都となって栄えます。1978年の改革開放以降は、一気
に経済発展の主役となり、近年は、北に接する江蘇省、南
に接する浙江省と一体化し、巨大な経済圏を形成していま
す(図表1)。
2005年1月、人口13億人目となる赤ちゃんが北京で誕生した
と報じられましたが、年々増加する中国の人口問題は深刻
です。上海市にとっても例外ではなく、2003年の戸籍人口
は1,334万人と前年から7万5千人増加しています。ただし、
これはあくまで戸籍に登録された人数のことで、中国では、
農村と都市を厳格に区別しているため、主に大都市には、
都市の戸籍が与えられないまま生活している地方出身労働
者が大勢いるのが現状です。こうした人たちの人数を流入
人口と呼び、戸籍人口に対して、実際に生活している人口
を常住人口で表しています。上海の'03年末の常住人口は
1,711万人、戸籍人口より377万人多いことになります。
これは経済発展が続く上海に、他省から流入してくる労働
者の多さを現す顕著な数字です。近隣の江蘇省7、406万人、
浙江省4,680万人を加えた、1直轄市2省からなる 「上海経済
圏」の常住人口は、1億3千万人を超え、日本を上回る一大
マーケットとなっているのです。
中国の国内総生産(GDP)を見ると、天安門事件の翌'90年こ
そ前年比3・8%でしたが、以後'03年までの13年間で7%を切
った年はなく、名目値で6・3倍を遂げています。'02年には
初めて 10兆元の大台を突破し、'03年も11兆6,898億元で、
実質成長率が対前年比9・1%増でした。
浙江省(省都:杭州)
面積:101,800
人口:4,680万人
GDP:9,200億元
(1人あたりGDP:19,730元)
都市部一人当たり所得:1万4,295元
黄河
江蘇省
上海市
長江
淅江省
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中国経済の成長を牽引する「上海マーケット」
■図表2
中国・上海の国内総生産の推移
上海市に限れば'90年以降13年間で8・3倍とさらなる拡大を
遂げていて、'03年は全国の5・3%にあたる6,250億元、対前
年比は11・8%増でした。しかもこの年は、新型肺炎(SARS)
の影響で、一時はGDPの成長率が低水準に落ち込むのでは、
と見られていた年です。中国には「上海が稼ぎ、北京が使
う」という言葉がありますが、上海市のGDPは国内最高額
で、2桁成長は12年連続となっています(図表2)。
「中国統計摘要」
「上海統計年鑑」より
※1 上海市は、北京・天津・重慶とともに、省や自治区と同格の中央直轄市
※2 上海経済圏は、長江のデルタ地区に位置するため、「長江デルタ経済圏」とも呼
ばれている。長江デルタ経済圏は、上海市と江蘇省(南京、蘇州、無錫、常州、鎮江、
南通、揚州、泰州)、浙江省(杭州、寧波、嘉興、湖州、紹興、舟山、台州)の16市から
なり、香港やマカオに隣接し経済発展を続ける広東省の「珠江デルタ経済圏」同様、
現在、中国経済の中心地となっている
※3 1元=12.58円('05年3月11日現在)
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中国経済の成長を牽引する「上海マーケット」
中国・上海市民の消費生活
驚異的なスピードで成長する中国で、いったい人々はどのよ
うな生活を送っているのでしょうか。市民生活をデータから
探ってみます。
■図表3
まず、人々の仕事がを見てみると、中国の就業者総数は、7
億4,432万人、内訳は第一次産業が49%と最も多く3億6,546万
人、第二次産業が22%の1億6,077万人、第三次産業が29%の2億
農村・都市の年間平均収入比較
(元)
9,000
8,472
8,000
1,806万人です。これを10年前の'93年と比べると、就業者数で
7,000
は7,624万人増え、第一次産業が1,134万人の減、第二次産業
6,000
1,112万人の増、第三次産業は7,646万人の増となり、サービ
5,000
ス産業への就労者増が加速しているのがわかります。
4,000
都市
2,622
3,000
次に人々の収入を見ると、中国の都市部一人あたりの可処分
2,000
所得は8,472元ですが、農村家庭の一人あたりの純収入は
1,000
2,622元と都市(沿岸)部と農村(内陸)部に大きな格差が生まれ
ています(図表3)。
農村
0
’
85 ’
86 ’
87 ’
88 ’
89 ’
90 ’
91 ’
92 ’
93 ’
94 ’
95 ’
96 ’
97 ’
98 ’
99 ’
00 ’
01 ’
02 ’
03(年)
「中国統計摘要」より
人々の食を、国民一人あたりの「熱量供給量」から見ると、
'92年、中国が2、727キロカロリーに対し、日本は2,903キロカ
ロリー。ところが、'01年になると、日本の2,746キロカロリー
に対し、中国は2,963キロカロリーと、中国の方が多くなって
います。内訳を見ると、中国で穀類、
いも類、野菜類、肉類が多いのに対
し、日本では、砂糖類、魚介類、乳
製品が多く、違いが見られます(図
表4)。
■図表4
日本・中国・
(アメリカ)の熱量供給量(2001年)(1人1日当たりKcal)
国(地域)
計
穀類
日本
2,746
1,073
中国
2,963
1,523
66
(アメリカ) 3,766
862
664
上海経済圏などの主に沿岸部や大都市周辺では、「お腹を満
たす」ことが最重要課題だった時代とは違って、食生活に対
する意識が大きく変わってきています。雑誌や新聞のコラム
には健康関連情報が掲載され、高品質の食品を求める消費者
が有名ブランドを求めるようになっています。安全・安心で
おいしい食材が求められ、量販店には「天然」(中国語では
「野生」)と書かれた商品が陳列されています。
上海市民に目を向けると、'03年の市民一人あたりのGDPは4
万6,718元、全国平均を5倍以上も上回ります。可処分所得は、
都市住民一人あたり1万4,867元で、中国の都市平均の1・8倍。
前年比で12・2%増。ところが、消費支出を見ると、'03年の支
出合計は1万1,040元と前年より5・5%増えているものの、増勢
テンポは緩やかです。内訳は食料費の37・2%をトップに、教
育娯楽費の16・6%、住居費の11・6%、交通通信費11・4%と続
きます。
砂糖類 いも類
269
71
豆類
野菜類 肉類
161
卵類
77
「世界の統計2004年」より
魚介類 乳製品 その他
18
79
166
106
726
175
14
149
411
68
34
21
502
109
36
76
442
56
30
381
1,110
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中国経済の成長を牽引する「上海マーケット」
驚いたことに、上海は2桁増の高成長を続けているにもかか
■図表5
上海の消費者物価指数
1990年を100とした指数
わらず、日本同様、近年、物価が低下しデフレ傾向にあり、
上海市政府は公務員の給与引き上げ等による景気浮揚対策を
行っています。一般居住者の物価指数を見ると、'90年を100
とした場合、'02年には2・5倍と上昇はしているものの、個別
に見ると'90年代末から食料費や衣料費、家庭用品などで前年
を下回る数字が出ています(図表5)。
ちなみに、'04年8月に横浜市上海事務所が行った調査データ
によると、上海市の小売り価格は、コメ(10キロ)が20∼30元、
牛乳(1,000ミリリットル)が6・8元、ビール(650ミリリットル)
が3・4元、トイレットペーパー(10ロール)が14元となってい
ます。
「上海統計年鑑」より
また、耐久消費財の普及状況を、'95年時点と8年後の'03年を
比較すると、都市住民100戸あたりに、カラーテレビが108・
■図表6
中国の食糧生産量と自給率
6台→167・6台、冷蔵庫が98・4台→102台、電子レンジが
33・2台→87・4台、携帯電話が0・2台→133台、パソコンが
2・2台→60・4台と、それぞれ増加していますが、なかでも
携帯電話とパソコンが急激に普及しているのがわかります。
中国は経済成長により、当然のことながら、エネルギー消費
が急増しています。'93年からは石油の純輸出国から純輸入国
に転じ、'02年にはアメリカに次ぐ世界第2位のエネルギー消
費国になりました。中国の一次エネルギー消費は世界の11%
を占めるまでになり、昨今の原油高の要因の一つにもなって
います。
また、中国の食糧自給率は、'80年代、95∼100%間で推移して
いましたが、'94年の穀物の不作で翌年輸入量が大幅に増え、
世界の穀物価格が上昇するのでは、と危機感が世界に広がり
ました(図表6)。この年は、政府が供給量の少ない中で流通の
自由化を急いだことが、短期的な価格上昇を招いた理由だっ
たようですが、中国の人口は世界の22%を占めているのに対
し、耕地面積は7%にすぎません。増大する人口を抱える中国
の胃袋を、今後どこの国が賄うのかといった議論が、エネル
ギー問題同様、世界の問題となっているのです。
「中国統計年鑑」ほかより
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中国経済の成長を牽引する「上海マーケット」
そこで、中国の農業・水産業を見てみる。農産物に関してい
えば、この20数年の間に家族営農制度の復活や農業技術の急
速な発展により、米、小麦、トウモロコシの総生産量は年々
■図表7
中国の農林畜産水産業の生産金額推移
(%)
1400
水産
増え続け、前述の中国国民の熱量供給量も上昇しています。
'78年を100とした中国の農林・畜産・水産業の生産金額の伸
1200
びは、'03年でおよそ4倍半、うち農業(播種業)の伸びは3倍強
だが、水産業に至っては13倍に達しています(図7)。
1000
’
78年=100
内訳を見ると、中国における水産業の生産金額の大幅な伸び
畜産
800
は、養殖の発展によるところが大きく、'91年の中国の漁業に
よる生産量は745万トンで、10年後の'01年には1,680万トンと2
600
倍強。養殖業による生産量は同じく834万トンから2,727万ト
ンと3倍強に達しています(図表8)。
一方、中国では水産物の輸入量も増えています。'01年の時点
総生産額
400
林業
播種業
200
で日本に次ぐ世界第2位の輸入国です。「中国漁業年鑑」によ
ると、'01年の魚粉を除く輸入量141万トンのうち、約3分の2
の92・9万トンが海外からの委託加工のために輸入されていま
0
’
78 ’
80
’
85
’
90
’
95
’
00
す。原料の輸入先は、ロシアから41・1万トン、米国から8・8
’
03(年)
「中国統計摘要」より
万トン、EUから7万トン、日本から6万トンなど('01年)。輸入
される主な魚種は、タラ、冷凍カレイ、冷凍イカなどで、中
国国内で加工されたあと、再び輸出されています。中国は水
産物の分野においても「世界の加工工場」となっているので
す。
■図表8
中国の水産物生産量と貿易量
養殖
漁獲
(万トン)
5,000
輸入量
輸出量
(万トン)
350
300
4,000
250
3,000
200
輸入量
養殖
2,000
150
100
1,000
輸出量
0
’
61
’
70
漁獲
’
80
’
90
50
0
’
01 (年)
USDA(米国農務省)資料より
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中国経済の成長を牽引する「上海マーケット」
増加する消費と生産
■図表9-1
日中貿易の推移
日本の国際収支を見ると、'88年以来、中国に対する貿易収支
は赤字が続き、'03年の時点で輸出が572億ドル、輸入が752億
ドルとなっています。輸出入ともに増加が続いており、総額
で見ると、'90年から、'03年の間に、7・3倍増加しています
(図表9)。
中国からの輸入のうち食料品の占める割合は、'03年が7,075億
円で全体の約8・1%。なかでも「魚類」が最も多く、金額ベ
財務省「貿易統計」より
ースでは2,745億円、数量では約53万トンでした。ここ1、2年
は減少傾向にあるものの、安定した状態が続いています。
■図表9-2
日本の財務省「貿易統計」によると、'93年に中国から日本へ
食料品
8.1%
輸入された水産物は、全体(312万4千トン)の8・5%でした。そ
を占め、10年間で2・2倍に増加しました。その内訳は「うな
魚類 38.8%
ぎ調整品」(4万トン)、「えび(活生冷凍)」(2万1千トン)、
「か
品」は数量で3倍に伸びました。
上海経済圏に目を向けてみると、'02年における上海市・江蘇
省・浙江省の対日貿易合計額は380億ドル(対日輸出286億ド
ル、対日輸入194億ドル)で、同年における中国全体の貿易合
計額(1,016億ドル)の37・4%を占めることになります。その内
容の多くを占めるのは工業製品です。
輸入総額
8兆7,311億3,900万円
7,075億3,400万円
れが'03年には、全体(332万5千トン)の17・7%、58万8千トン
に調製品」(9千トン)などが上位を占め、とくに「うなぎ調整
2003年対中輸入額のうち、食料品の占める割合
0
野菜
肉
24.6% 10.6%
50
その他
26%
100(%)
財務省「通関統計」より
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中国経済の成長を牽引する「上海マーケット」
中国のWTO加盟と日中間のFTA
中国がWTO(世界貿易機関)に加盟したのは'01年12月。これに
より、中国は段階的に関税率の引き下げや、非関税障壁の撤
廃、補助金の縮小廃止、法令その他の市場開放措置を実行。
平均関税率を段階的に引き下げており、貿易総額は'04年には
1兆ドルを突破し、日本を抜いて米国、ドイツに次ぎ世界第3
位になりました。
しかし、「右肩上がりを続ける中国の貿易規模に、WTO加盟
に伴う規制緩和が追いついていない」などの指摘があるのも
現状です。
一方、東アジアにおいて進む自由貿易協定(FTA)締結の波は、
ASEAN(10カ国)が中国との交渉を日本より先に進めるなど、
各国の動きが激しくなっています。こうした流れに日本が乗
り遅れると、東アジアでの存在感、主導権といった問題以上
に、中国市場でのASEAN企業との競争で、常に関税というハ
ンデを背負うなど、日本企業のグローバルな生産体制に大き
な影響を及ぼすことになります。
FTAにおいて必ずや問題となる農産物の関税問題をどう解消
するのか。また、両国の政治・歴史的不信感をいかに排除す
るのか。抱える問題は山積ですが、中・長期的には日中間の
FTA締結は不可欠との声もあります。日本にとって中国の経
済発展は驚異として語られますが、貿易を通じて両国が
Win‐Winの関係になることが望まれます。
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中国経済の成長を牽引する「上海マーケット」
北京五輪と上海万博
中国では'08年に北京オリンピックが、10年には上海万国博が
開催されます。この中国の状況は、かつての日本の東京オリ
ンピックや大阪万博、さらにその後の経済発展とダブらせて
語られています。実際、さまざまなインフラの整備が進む上
海は、いわゆる「万博特需」ともいわれています。上海万博
のテーマは「Better City Better Life(よりよい都市と生活に)」。
万博の開催が、その後の中国・上海経済のさらなる発展を期
待しているかのような印象さえ感じさせます。
しかし、大型プロジェクトを抱えた中国の発展は、投資によ
るところが大きく、'00年のGDPに占める投資の割合は36・4%、
消費は61・11%。3年後の'03年は、投資が42・3%とアップした
のに対し、消費は55・5%と減少傾向にあるようです。大型プ
ロジェクト終了後の中国経済はどうなるのでしょうか。
国連の欧州経済委員会は、昨年の世界経済の成長率が5%を記
録し、過去30年間で最高だったと発表しました。さらに2005
年も米中が世界経済を牽引すると予測しています。ただし、
潜在的なリスクとして、「中国の持続的安定成長への失敗」
が挙げられるなど、中国の経済成長を巡っては、悲観論、楽
観論さまざまな予測が行われています。世界経済にビルドイ
ンされた中国を無視して語れなくなっている今、中国とそれ
を牽引する上海からはこれからも目が離せません。
文/松尾 伸彦
参考資料:
『中国経済データハンドブック』
(財)日中経済協会、
『上海経済圏情報』蒼蒼社、
『世界の統計2004』総
務省統計局、
『図説 水産白書 平成15年度』農林統計協会、
(財)横浜産業振興公社HPほかより