博 士 ( 歯 学 ) 演平 須 美 子 学位論文題名 ComprehenslVeDeteCtionofHumanPapi110maVlruS inBuCCalCanCerC011eCtedinBangladeSh (バングラデシュにおいて採取した頬粘膜がん対する ヒトパピローマウイルスの網羅的検出) 学 位 論 文 内 容 の 要旨 【緒言】 ヒ トパ ピ ロー マ ウイ ル ス( HP V) は 、約 80 00塩基 対 か らな る 環状 DN A ウ イ ル スで 、現在ま で1 00 種 類以上の型 が報告され ている。HP Vは種々の 上皮性病変の原因ウイルスとされているが、なかでも9 0 %以上の子宮頚がん においてHP V が検出されている。 HPVは 、 初 期 遺 伝 子 で あ り 非 構 造 ウ イ ル ス 遺 伝 子 の El、 E2、 E4、 E 5、 E6、 E7と 後 期 遺 伝 子 で あ り 構 造 遺 伝 子 の Ll, L2を 持 つ 。 E6、 E 7は、主要ながん遺伝子であり形質転換能を有する。E6 タンパクと細胞内タ ン パクのE6 AP が結 合した複合体はユビキチンライゲースとして働き、がん 抑 制 遺 伝子 で ある p5 3を ユビ キ チン 化 し 分解 する。また E 7タンパクは R b ファミリータンパクと結合し転写因子E 2 F を放出することにより、細胞遺伝 子 の 転 写 を 活 性 化 さ せ 、 DNA合 成 の 誘 導や 細 胞周 期 を 正に 制 御す る 。 疫学的、分子生物学的研究から、H P V 感染と口腔のがん化の関連性が示さ れ て い るが 、 それ ぞ れの 報 告に よ りHPV感染 率は0%から10 0%までの幅 がある。報告された検出結果のうち、高増幅回数のP CR を行ったものにおけ るH PV 検出率が高くなる傾向が認められる。また現段階では、上皮細胞のが ん化にどれだけの数のH P V ウイルス粒子が必要かは明らかになってはいない。 【 材料と方法】 試料として使用したDNA: 正常な頬粘膜組織(日本人:28例、バングラデシュ人:55例)、頬粘膜が ん 組 織( バ ン グ ラ デ シ ュ 人 : 21例) は 、 バ ン グ ラデシ ュの BIRDEM病院 及び、北海道大学病院で患者のインフオームドコンセントの下で生検または擦 過により採取した。組織試料をプロテアーゼK(20ルg/ml)で処理後、フェノ ール・クロロフオルム抽出とエタノール沈殿によルゲノムDNAを精製し、出 発材料とした。 PCR法: 26種 類 の HPV全 長 プ ラ ス ミ ド 、 2種 の HPVプ ラ ス ミ ド を 混 合 した 試 料 、 ま た は 、 正 常 頬 粘 膜 試 料 か ら 抽 出 し た DNAを 鋳 型 と し て 、 コンセンサスプライマーであるpU一1M(51‐TGTCAAAAACCGTTGTGTCC−3|)、 pU−31B(5|−TGCTAATTCGGTGCTACCTG−3|)、pU-2R(51−GAGCTGTCGCTTAA TTGCTC− 3| ) を 使 用 し た PCRを 行 っ た 。 各 PCRは Dynazyme( F INNZYMES社 、 フ ィ ン ラ ン ド ) を 用 い て 、 94℃ 30秒 、 52℃ 30秒 、 72℃ 30秒 で の 増 幅 を 30サ イ ク ル行 な っ た 。 こ れ ら PCR産 物 を精 製 し た 後 、 Av an、 Ac cIを 用 い 16時 間 の制 限 酵 素 処 理 を行い アガ ロー ス電気 泳動にてHPV型を検討した。 DNAアレイ法: 25種類(HPV‐6、11、16、17、18、20、21、31、33、 34、35、39、40、42、45、47、51、52、53、54、56、 58、 59、 61型 ) の HPV型 を ク ロ スハ イ ブ リ ダ イ ゼ ー シ ョ ン なし に 検 出 することが可能な新規のDNAアレイ法(ジェネティックラボ、日本)を用い、 プロトコールに従って頬粘膜がん試料より抽出したDNAの解析を行をった。 【 結果 】 コ ンセ ンサ スプラ イマ ーの 特異性 と感 度: コ ンセンサスプライマーを用い、26種の全長HPVプラスミドを鋳型とした PCRを 行 っ た 結 果 、 26種 の HPVの う ち HPV― 16、 18、 31、 33、 35、 39、 40、 45、 52、 56、 58型 が 検 出 可 能 で あ っ た 。 そ の 後 、 ― 787― 同様のPCRを2種類のプラスミドを混合した試料を鋳型として行なったが、 アガロースゲル電気泳動上では2つのバンドを区別することは困難であった。 し か し 、 .AvaH、 Ac cIを 用 い た 制 限 酵 素 処 理 を 行 う と PCR産 物 の HP Vの 型判別 が可 能で あった 。ま たこ のPCR法 によ り、1細 胞中 1コ ピー のH PVゲノムを検出可能であり、このコンセンサスプライマーセットを用いてH PV感染をスクリーニングできると考えられた。 正常口腔粘膜と悪性部位でのHPV検出: 試 料 は す べ て GAPDHに 対 する PCRによ って 実験 材料 として 適切 であ るこ とを確認した上で、pU−lM/pU−2Rプライマーを用いたPCRにより解析した。 PCRの 結 果 、 日 本 人 正 常 粘 膜 28例 中 2例 で 、 HPV― 11、 16型 が そ れ ぞ れ確 認された。しかし、バングラデシュ人の正常粘膜55例からは、HPV DNAは検出されなかった。バングラデシュ人の頬粘膜がん症例21例にっい て PCRを 行 な っ た が HPV DNAは 検 出 さ れ ず 、 DNAア レ イ 法 を 用 い た 解析によっても、HPVは検出されなかった。 【考察】 喫煙、アルコール摂取と同様、近年HPVもまた口腔がんの主要なりスクフ ァクターであるという報告がなされている。しかし、口腔領域でのHPV陽性 率の報告にはかなりの幅がある。我々の以前の研究では、口腔扁平上皮がん症 例 の 25% か ら 30% に お い てHPV感 染 が 認 め ら れ た 。 43%の 口 腔 が ん症 例 に お い て 、 p53の 点 突 然変 異 が み ら れ た が 、 HPV感 染と p53点 突 然変 異が同時に存在するものは稀であった。このことは、HPV感染が口腔がんの 独 立 し た り ス ク フ ァ ク タ ー で あ るこ と を 示 唆し て い る 。 バングラデシュでは、頬粘膜部扁平上皮がんは、最も頻繁に生じる悪性新生 物 であ るが 、betel―quidが誘 発因 子の ーっで はな いか と考 えられ る。 betel−quidはがん抑制遺伝子を変異させることの可能な化学的遺伝毒性物質 を 含 ん で お り 、 Chibaら は、 betel−quidの摂 取が p53のエ クソ ン5に特 異的な変異をもたらすと報告している。このような遺伝子の変異がバングラデ シ ュ での頬粘 膜部悪 性腫瘍 にも生 じてい る可能 性は高 い。 ― 7 8 8 ― 100種 類以上 のHPV型があ るこ とを 考えると、今回検討した症例におけ るHPV感染の可能性を除外することは出来ない。しかしながら、我カの用い たコンセンサスプライマーセットを使用したPCRでは頻繁に感染が確認され るHPV型 を 高 感 度 で 検 出 で き 、ま たDNAアレイ 法で は、 25種類 の異 なる 型のHPVを同時に検出することが可能であることを考慮すると、バングラデ シュにおいてはHPV感染が頬粘膜がんのりスクファクターとなる可能性は低 いのではないかと考えられる。 Antons sonらは、バングラデシュにおいて採取した額部の試料に対し45 サイ ク ル の PCRを 行 う こ と に より 、全 試料 中の 68%か ら皮 膚型 のHPVを 検出したと報告をしている。しかし我々は35サイクル以上で高いバックグラ ウンドを検出した。また、高感度な方法によってのみ検出可能となるような低 コピー数のHPVが、ヒト上皮細胞をがん化することが可能とは考えにくい。 我々 はま た、 バン グラデ シュ と日 本の正 常口 腔粘 膜に おける HPV DNA 検出 を PCR法 で 行 な っ た 。 そ の結 果 、 日 本 人 28例 中 2例 の みが 、 HPV陽 性であ り、 バン グラ デシュ 人55例か らはHPV DNAが検出 され なか った。 この結果はHPV感染率には、地理的な差異があることを示唆している可能性 がある。頬粘膜におけるHPV感染には、文化や生活習慣の違いが影響を及ば している可能性も考えられるが、口腔領域へのHPV感染経路は未だ明らかで はなく、今回認められた2国間におけるHPV感染率の差異が生じる原因の解 明 に は 個 人 的 な 問 診 を 含 め た 詳 細 な 解 析 が必 要 と 考 え ら れ る 。 ― 789― 学 位論文審査の要旨 主査 副査 副査 副査 教授 教授 教授 助教授 中村太保 柴田健一郎 向後隆男 安田元昭 学 位 論 文 題名 ..Comprehensive Detection of Human Papillomavirus in Buccal Cancer Collected in Bangladesh (バ ング ラデ シュ にお いて 採取し た頬 粘膜がん対する ヒト パ ピ ロ ー マ ウ イル ス の 網 羅 的 検 出) 審 査 は 柴 田 、 向 後 、 安 田 お よ び 中 村 審 査 委 員 全 員 が 出 席 の も と に 、ま ずは 論 文提 出者 に 対 し て 提 出 論 文 の 内 容 の 要 旨 を 説 明 さ せ 、 提 出 論 文 の 内 容 に 関 す る審 査委 員 の口 頭試 問 を 行 っ た 。 以下 に 提出 論文 の要 旨と 審査 の内 容を 述べ る。 1, 提 出 論 文 の 要 旨 I ヒ ト パ ピ ロ ー マ ウ イ ル ス ( HPV)は 、 現 在 ま で 100種 類 以 上 の 型 が 報 告 さ れ て お り 、 種 々 の 上皮 性病 変の 原因 ウイ ルス と され てい る。 疫 学 的 、 分 子 生 物 学 的 研 究 か ら 、 HPV感 染 と 口 腔 の が ん 化 の 関 連 が 示さ れて いる が、 各 々 の 報 告 に よ り HPV感 染 率 は Oを か ら 100を と 幅 が あ り 、 特 に 、 高 増 幅 回 数 の PCRを 行 っ た 場 合 HPV検 出 率 が 高 く な る 傾 向 が 認 め ら れる 。 試 料 は 、 正 常 な 頬 粘 膜 組 織 ( 日 本 人 : 28例 、 バ ン グ ラ デ シ ュ 人 : 55 例 )、 頬粘 膜が ん 組 織 ( バ ン グ ラ デ シ ュ 人 : 21例 ) を バ ン グ ラ デ シ ュ の BIRDEM病 院 及 び 、 北 海 道 大 学 病 院 で 患 者 の イ ン フ オ ー ム ド コ ン セ ン ト の 下 で 生 検 ま た は 擦 過 に よ り 採 取し た。 組織 試料 ― 790― をプロ テアーゼ K(20pg/ml)で処 理後、フェ ノール・クロロフオルム抽出とエタノー ル沈殿 によルゲ ノムDNAを精製し出発材料とした。 26種 類 の HPV全 長 プラ ス ミ ド、2種の HPV全長プラ スミドを混 合した試 料、また は、 頬 粘 膜 試料 か ら抽 出 し たDNAを 鋳型 と し て、 コ ンセ ン サ スプ ラ イ マー で ある pU−1M (5 '-TGT CA AA AAC CG TT GT GT CC -3I). p U-31 B (5'TG CT AA TT CG GTG CT AC CT G-3'). pU‐ 2R( 51― GAGCTGTCGCTTAATTGCTCー 31) を 使 用 し た PCRを 行 っ た 。 各 PCRは Dynazyme( FINNZYMES社 、 フ ア ン ラ ン ド) を 用 い、 94aC30秒 、 520C30秒 、 720C30 秒 で の 増 幅 を 30サ イ ク ル 行 な っ た 。 こ れ ら PCR産 物 を 精 製 し た 後 、 Avan、AccIを 用い 16時間の制 限酵素処理 後アガロ ース電気 泳動にて HPV型を検討 した。 また. 25 種類 (H P V -6, 1 1 , 1 6,1 7, 1 8,2 0 ,2 1,3 0 ,3 1 ,3 3 ,3 4 ,3 5 ,3 9 ,4 0 ,4 2 ,4 5 , 47, 51,52,53,54, 56,58,59,61型) のHPV型を交叉反応なしに検出することが可 能 な 新規 の DNAアレ イ法(ジ ェネティ ックラボ 、日本)を 用い、頬 粘膜がん 試料より 抽 出したDNAの 解析を行なった。 コ ン セ ン サ ス プ ラ イ マ ー を 用 い た PCRの 結 果 、 26種 の HPVの う ち HPV− 6 ,11 ,16 ,18 ,31,33,35,39,40,45,52,56,58型が検出可能であった。その後、同 様 の PCRを 2種 の プ ラス ミ ドを 混 合 した 試 料を 鋳 型 とし て 行 なっ た が、 AvaII、Acc Iを 用 い た制 限 酵素 処 理 によ り PCR産物 のHPVの 型判別が 可能であ った。こ れより、 この コンセンサ スプライ マーを用 いてHPV感染をスクリーニングできると考えられた。 試 料 はすべ てGAPDHに対する PCRによって 実験材料 として適 切である ことを確 認し、 コ ン セン サ スプ ラ イ マーを用 いたPCRにより 解析した 。その結 果、日本 人正常粘 膜28 例中 2例 で 、HPV― 6, 11型 が それ ぞれ確認さ れた。し かし、バ ングラデ シュ人の 正常 粘 膜 55例は 全 てHPV陰 性 であ っ た。 バ ン グラ デ シュ 人 の 頬粘 膜 が ん症 例 21例 に つい て も PCRを 行 な っ た が HPV DNAは 検 出 さ れ ず 、 DNAア レ イ 法 を 用 い た 解析 に よっ て も 、 HPVは 検 出 さ れ な か っ た 。 ― 791― 喫煙 、 アル コ ー ル摂 取 と 同様 、 近年 HPVもまた口 腔がんの 主要なりス クファク ター であ ると報告 されてい る。バング ラデシュでは、頬粘膜がんは頻繁に生じる悪性腫瘍で あ る が、 betel― quidが 誘発 因 子の ー っ では な い かと 考 えら れ る 。betel−quidはが ん抑 制遺伝子 の変異が 可能な化学 的毒性物質を含んでおり、遺伝子の変異がバングラデ シュ での頬粘 膜悪性腫 瘍にも生じ ている可 能性は高 い。 100種 類 以 上 の HPV型 が ある こ と を考 え ると 、 今 回検 討 した 症 例 にお け る HPV感 染 の 可 能性 の 除外 は 出 来な い が、 コ ン セン サス プライマ ーを使用し たPCR法では 頻繁に 感 染 が 確 認 さ れ る HPV型 を 高 感 度 で 検 出 で き 、 DNAア レ イ 法 で は 25種 類 の HPV型 の 同 時 検出 が 可能 で あ るこ と を考 慮 す ると 、バ ングラデ シュにおい てはHPV感染 が頬粘 膜 が ん の り ス ク フ ァク タ ーと な る可 能 性は 低 い ので は ない か と考 え られ る 。 ま た 、 バ ン グ ラ デ シ ュ と 日 本 の 正 常 口 腔 粘 膜 に おけ る HPV DNA検 出 を PCR法 で 行 な っ た が 、 日 本 人 28例 中 2例 の み が 、 HPV陽 性 で あ り 、 バン グ ラデ シ ュ 人55例か ら は HPV DNAが 検 出 さ れ な か っ た 。 こ の 結 果 は HPV感 染の 地 理的 な 差 異を 示 唆 して い る 可 能性 が ある 。 頬 粘膜 に おけ る HPV感染 には、 文化や生 活習慣の違 いによる 影響も 考 え られ る が、 口 腔 領域 へ のHPV感 染 経路 は 未 だ明 ら かで は な く、 今 回認めら れた2 国 間 にお け るHPV感 染 率の 差 異が 生 じ る原 因の解 明には個 人的な問診 を含めた 詳細な 解析 が必要と 考えられ る。 2.審 査委員か らの質問 (1) HPV感染によ る、細胞 のがん化に ついて。 (2)Betel・quidに っいて。 (3)HPVのE6タ ンパク質 とp53の関連 性にっいて 。 (4)HPVの 皮 膚 に 対 す る 感 染 と 、 粘 膜 に 対 す る 感 染 の 機 序 に つ い て 。 (5)DNAア レ イ を 用 い た HPV DNA検 出 に お け る 具 体 的 か つ 詳 細 な 内 容 に つ い て 。 ―792― (6)論文中におけるバングラデシュと日本の正常頬粘膜についての検討について。 これらの質問に対して、論文提出者は適切な回答を行うとともに、本論文の学術的位 置 づけ を的 確に 把握 して いる と思わ れた 。ま た、 HPVに関 する知 識お よび分子生物学 的分野に関して広範な知識を有することが認められると同時に、本研究を臨床分野ヘ応 用する展望、将来性の点においても評価できる。以上のことから、学位申請者は博士f歯 学 )に 値す るも のと 判断 し、 主査な らぴ に副査は学位授与にふさわしいと判定した。
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