カナダ・アルバータ州ライフサイエンス産業の現状

2014 年 1 月 1 日発行 第 72 巻 1 号 ISSN 0914-8981 CODEN:BIDSE6
蛍光タンパク質プローブを用いた細胞内レドックス状態の可視化計測
深部地下油層環境のメタン生成経路に与える CO2 地中貯留の影響
全生物の共通祖先遺伝子の復元
ウェルナー症候群原因遺伝子のミスセンス変異の分子メカニズム
個別化医療の実現へ向けて
シリーズ:バイオが貢献して拓く未来社会 ⑦ 1
シリーズ:グローバル連携 ① カナダ・アルバータ州ライフサイエンス産業の現状(2013 年度)
BioJapan2013
World Business Forum
バイオ新産業革命を目指して
No.
シリーズ:グローバル連携
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ま え が き
当協会は、長年にわたって各国の駐日大使館、州政府機関やバイオ団体等と協力し、友好的な互恵関
係を築いてきた。1986 年よりバイオ全般の発展に寄与するために BioJapan という国際バイオ総合イ
ベントを開催しており、特に、ここ数年は多数の海外の関係団体にこの BioJapan へ参加していただい
ている。また、海外バイオイベントに JBA の会員企業、バイオベンチャーなどで派遣団を編成し、現
地を訪問して、海外ネットワーク形成の加速化も図っている。
海外のバイオ団体やバイオクラスターの会員と相互に情報交換し、交流する機会を設け、グローバル
化することは、現在の事業環境を打開する有益かつ効果的な手段の 1 つであると考えている。
新企画として、海外の政府および関係機関、バイオ団体などの活動内容を当事者による“生の声”で
執筆していただき、個々では入手が困難な海外の政策、投資環境、産業動向、研究開発状況などの最新
情報をお届けしたい。 ((一財)バイオインダストリー協会 事業連携推進部長 田中裕教)
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益を還元した大企業もある。技術革新も盛んに行われ、
新しい企業も数多く、いくつもの企業が大きな進歩を
カナダ・アルバータ州
ライフサイエンス産業の現状
(2013 年度)
遂げている。アルバータ州政府も州経済の多様化に注
力していることから、ライフサイエンス業界の見通し
は今後も上向きと予想している。
1. アルバータ州ライフサイエンス産業の特徴
斉藤徳博
• アルバータ州のライフサイエンス産業は非常に多角
化しながら発展しており、患者の治療、医療機器、
は じ め に 医療サービス、農業バイオテクノロジーのほか、様々
アルバータ州のライフサイエンス業界では明るい将
来が予想されている。アルバータ州ライフサイエンス
な領域でバイオテクノロジーを応用している企業な
ど、多くのサブセクターにわたっている。
業界団体である BioAlbertaと監査法人Deloitte 社が共
• 2012 年度の研究開発費の総計は、統計を取り始めた
同で発表した報告書でも強調されているように、アル
2006 年 以 降 で 最 高 額 に 達 し た。回 答 し た 企 業 の
バータ州のライフサイエンス業界は、研究開発費や手
60 % は、2013 年に研究開発費をさらに増やす計画
元資金も堅調に推移する見込みで、雇用の成長も期待
されている。
である。
• 手元資金(平均で 10 カ月分相当)は、BioAlbertaの
2013 年度前半、アルバータ州は世界的に見てもラ
統計が 2009 年に始まって以来、常に手堅い水準を
イフサイエンス業界においてめざましい発展を遂げ
保っている。
た。新規公開株の数や総額もここ数年間で最高を記録
• 資本市場もベンチャー投資資金が困難な時期にある
し、企業の吸収合併も活発である。損失や業務の大幅
ことから、州政府が支援するプログラムとエンジェ
縮小をした企業も一部にはあるが、業界全体では好調
ル投資家が、ほとんどのライフサイエンス企業の主
である。今年、アルバータ州の複数の企業が大きな進
要な資金源となっている。調査に回答した企業は、
歩を遂げた。例えば、工場の拡張、アメリカ合衆国食
2013 年度もこれらの資金源を期待しているが、同
品医薬品局(FDA)の認可取得、アメリカのベンチャー・
時に、企業投資家からの出資や資金調達に向けた戦
キャピタルによる投資、さらに売却によって株主に利
略的提携も計画している。
筆者紹介:さいとう・のりひろ カナダ・アルバータ州政府在日事務所 首席商務官 連絡先:〒 107-0052 東京都港区赤坂 7-3-37
E-mail [email protected](勤務先)
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バイオサイエンスとインダストリー vol.72 No.1(2014)
国際動向
• 医療機器部門でも、ライフサイエンス企業の割合が増
還付付き税額控除制度を導入し、州内の研究開発活動
え続けている。アルバータ州では、医療機器企業が
を支援することで、1 企業当たり最大年 40 万ドルの
ライフサイエンス産業の 38 % と、最大の割合を占
恩恵となる。
めている。
●
4. 医療機関の充実
2. 世界的に知られた専門分野
アルバータ州が提供する最先端の医療環境は、世界最
アルバータ州で長年にわたり研究開発が蓄積されて
高水準の研究活動、技術力、臨床技能によって支えられ
きた専門分野は以下のものである。
ており、すべての住民が、公的部門が運営し公的資金で
神経学、糖尿病・膵島移植研究、心臓病学、がん研
賄われる医療制度の下、必要な病院・医療サービスの利
究・がん治療、骨・関節の研究、感染病予防ワクチン
用を保障されているだけではなく、アルバータ州医療保
近年特に研究開発が加速している医療機器分野にお
険制度(Alberta Health Care Insurance Plan)によっ
いて、次の製品や技術を挙げることができる。
て、医学的に必要とされる治療・診療費用の自己負担
人工装具、手術・リハビリ用の体位固定器具、創
はない。カナダ保健法で義務付けられている医療サー
部ケア用品、特殊ソフトコンタクトレンズ、身体障
ビスのみならず、州内には次のような充実した医療体
害者の自立性と生産性向上のための製品、ソフト
制が提供されている。
• 66 万 2000 km2 の広さと居住者 380 万人に対応す
ジェルカプセル
る約 10 万人の優秀な医療スタッフ
3. 発展する可能性
•105 の病院と緊急医療センター
医療費の高騰から、研究における新しい革新とコス
ト管理が必要になっている。ライフサイエンスの大企
業は、株主価値を高めるために、以下の分野における
技術的な協力関係を求めている。
• 8,071 床の救急病床
5. 豊富な天然資源
アルバータ州の 58 % は森林で、日本の約 1.5 倍の
• 医療機器、薬物送達技術
森林面積の豊富な木材資源がバイオテクノロジーの応
• オーダーメード医療:診断法、バイオマーカー、
用に利用されており、20 万 km2 におよぶ広大で肥沃
マイクロ医薬、細胞医学、代謝学、プロテオミクス
な農地面積を使って穀物栽培と畜産を行っている。
• 一般用医薬品
• 臨床研究・製造のアウトソーシング
• 遠隔医療
• 高齢化:CNS(中枢神経系)
、心臓血管、がん、リハ
ビリ医療
• 健康ニーズ:肥満、糖尿病、不妊治療、女性用医療
ワクチン
• 特殊医薬品・希少疾病用医薬品
• 生物製剤
アルバータ州の研究基盤を支えているのは、政府、
民間企業、教育機関からなる強力なネットワークであ
り、カルガリーとエドモントンの両都市には、それぞ
れ先端技術開発の拠点となる充実した研究地区があ
る。また、資金調達のサポートや技術の事業化支援を
はじめ、多種多様なビジネス支援プログラムを備えて
おり、例えば、科学研究や実験開発を対象に 10 % の
バイオサイエンスとインダストリー vol.72 No.1(2014)
(写真提供:アルバータ州観光公社)
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●
国際動向
アルバータ州のライフサイエンス製品とサービスの
商業化能力が高まるにつれて、ライフサイエンス産業は
潜在的な可能性を存分に発揮できるようになるだろう。
ライフサイエンス産業と医療システム双方の有効性を
向上させるために、積極的な努力が行われている。その
例として、アルバータ州保健省の「医療技術評価と革新」
プロセスや、Alberta Health Service による、企業が臨床
試験を行いやすいようにするための努力などが挙げられ
る。この革新の制度は、
ライフサイエンス業界が、目標と
出典:2013 年アルバータ州バイオ産業の現状
(BioAlberta、監査法人 Deloitte 社)
する政策や活動を進めて成長路線をたどり、さらなる発
展と成功を成し遂げられるように設立されたものである。
6. ナノテクノロジー研究との融合
9. BioAlberta について 1)
カナダ屈指の大学であるアルバータ大学内には、カ
BioAlberta は 1999 年以来、アルバータ州のライフサ
ナダ国立ナノテク研究所(National Institute for Nano-
イエンス業界の意見を集約し、業界をまとめる拠点とし
technology: NINT)が設置され、カナダ国立研究機構
て中心的な役割を果たしてきた。民間の非営利業界団体
(National Research Council: NRC)とアルバータ州政
で、
会員企業は 140 社以上である。BioAlberta の任務は、
府、アルバータ大学が共同で運営している。同大学で
ライフサイエンス業界の支援、プロモーション、ネット
はナノテクノロジーに関する各種研究が広範かつ詳細
ワーク作りなど、業界の発展に寄与することである。全
に行われており、州内には研究、商用化、製造を問わず、
国レベルの支援活動のため、カナダ各州のライフサイ
ナノテクノロジー関連施設が数多く存在している。
エンス団体や、BIOTECanada とも協力している。
7. 農畜産物に関する研究開発
10. アルバータ州について 2)
アルバータ州は、有名な食肉産業に加え、穀物やキャ
アルバータ州はカナダの最西端から 2 番目に位置す
ノーラ油(菜種油)の生産も盛んで、飼料、パン製品、
る州で、南に隣接する米国とは貿易や投資で緊密な関
麦芽、産業用製品、健康補助製品などの生産技術におい
係を構築している。人口は 400 万人で、労働人口の 6
て、州内の各種研究開発施設が連携し、バイオテクノロ
割以上が大学教育またはそれに準ずる高等教育を受け
ジーによる機能性食品、栄養補助食品、食品原料、産業
ている。カナダの中で最も経済力の強いアルバータ州
用や非食品製品の分野で様々な研究が進められている。
は、豊かな天然資源に恵まれ、財政赤字がないだけで
8. アルバータ州のサブセクター別医療・バイオ
企業数比率
世界的に見ても、ライフサイエンス産業は非常に大
きな経済的可能性を示している。アルバータ州では、
なく、売上税や給与税、資本税もないので、投資先とし
て、また、北米拠点設立地域として最適な州といえる。
参 考
1) URL: http://www.bioalberta.com/
2) URL: http://albertacanada.com/japan/ja/
ライフサイエンス産業が経済的多様化をもたらしてい
る。教育レベルの高い人材を引きつけ、確保し、州の
知的財産の発展を促進している。技術の発展と商業化
の速さで世界の他の地域と競うことが、アルバータ州
の人々にとって大きな利益となる。ライフサイエンス
産業はすでに、アルバータ州の研究開発能力、知的資本、
ハイテク経済に重要な貢献をしている。
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カナダ・アルバータ州政府在日事務所は 2005
年以来の公共会員です。ライフサイエンス全般
で素晴らしい活動を続けている、同事務所の斉
藤徳博首席商務官より、同州のライフサイエン
ス産業の特徴と政策についての最新情報です。
事業連携推進部
バイオサイエンスとインダストリー vol.72 No.1(2014)