i 山梨大学医学会主催 公開シンポジウム 日時:平成 20 年 3 月 1 日(土)午後 1 時 30 分〜 4 時 30 分 会場:山梨大学医学部 臨床講義棟・臨床大講堂 『メタボリック症候群』 司 会 尾崎由基男(山梨大学医学部 臨床検査医学) 1:30 〜 2:20 pm メタボリック症候群を知ろう 小林 哲郎(山梨大学医学部 第三内科学) 2:20 〜 3:10 pm 脱メタボリック症候群大作戦 福永 茂(山梨大学教育人間科学部 保健体育講座) 3:25 〜 4:15 pm おどろきの脂肪細胞 有田 順(山梨大学医学部 第一生理学) ii 公開シンポジウム:メタボリック症候群 メタボリック症候群を知ろう 小林哲郎 山梨大学医学部 第三内科学 〔定義と頻度〕生活習慣が不規則になり,過 より,脂肪,特に腹部の腸管のまわりに蓄積し, 食,運動不足などがつづくと,肥満(特に内臓 内臓にたまった脂肪から放出されるアディポサ 肥満)がおこる。肥大した大型の脂肪細胞から イトカインスリンといわれる炎症性サイトカイ はインスリン感受性を低下させるサイトカイン ンがインスリン抵抗性をおこし,さらには PAI- である。TNF-α,IL-6 などが分泌される。この I などの抗線溶系物質などの産生も亢進する。 脂肪組織からは遊離脂肪酸,凝固因子,アンジ さらに,脂肪細胞は MCP-I といわれるマクロ オテンシノーゲンなども放出されその結果,糖 ファージの遊走を促す分子を分泌する。その結 尿病,高脂血症,高血圧などが起こってしまう。 果,脂肪細胞にマクロファージの集積と炎症が このような病態が組合わさった状態をメタボリ おこる。このような病態により,糖尿病や動脈 ック症候群といい,これらの病態が組合わさっ 硬化の発症が促進され,結果的には心筋梗塞や た数だけ高頻度に心筋梗塞や脳血管障害の確率 脳血管障害が起こりやすくなる。 が高まる。心筋梗塞と脳血管障害による死亡を 〔予防と治療〕予防と治療は生活習慣の改善 合わせると日本人の第一になっており,現在も につきる。運動は最大酸素摂取量の 40 %〜 増え続けている疾患である。最近の統計による 60 %となる強度の好気性のものを 1 日 20 分間 と 40 〜 60 歳代の男性に限ってみると 4 人に 1 続けることが大切である。食事も脂肪分が食事 人がこのメタボリック症候群をもっていると試 のエネルギーの 20 %を起えないものとする。 算される。 摂 取 エ ネ ル ギ ー は 標 準 体 重 あ た り , 25 〜 〔疾患の誘因〕メタボリック症候群の原因と 35 kcal とする。臍レベルで腹部周囲径を正し しては,まず日本人の食生活の欧米化,特に動 く測定し,体重の推移を毎日測定することによ 物性脂肪の摂取量の増加,車社会になった結果 り,食事,運動の効果を評価することが最も大 としての運動不足などが関係する。 切である。 〔病態〕動物性脂肪の取り過ぎと運動不足に 脱メタボリック症候群大作戦 福永 茂 山梨大学教育人間科学部 保健体育講座 脂肪はメタボリックシンドロームの原因とさ にとって重要な役割を担っています。1 kg 当た れるとともに,ファッションや美容にとって好 り 7,700 kcal という高エネルギーを持つ脂肪で ましくないということで,嫌われたり,敵とし すから,身体につけるにも,取り去るにも,一 て扱われたりしています。確かに多すぎると 朝一夕というわけに行きません。例えば,脂肪 数々の悪さをする脂肪ですが,いざというとき 1 kg 分肥るにはいつもの食事に加えてご飯茶碗 のためにエネルギーを貯蔵するという,私たち 31 杯よけいに食べなくてはなりませんし,脂 iii 肪 1 kg 分痩せるには甲府と横浜の間を往復す うときのために脂肪として貯められるのは悪い る距離である 290 km を歩かなければなりませ ことではありません。それよりも,体内のエネ ん。急いては事をし損じると申しますように, ルギーを消費しないということが,脂肪の貯ま 短期間ではとうてい無理だといえます。しかし, り過ぎの原因なのです。スポーツや歩行などの 毎日小さな大福(100 kcal)を 1 個食べると,1 運動が身体によいとされていますが,身体を動 年間で 4.7 kg の脂肪がつきます。塵も積もれば かさない静的な日常生活が身体に悪いのです。 山となるとはよくいったものです。また,毎日 つまり,「運動が健康によい」のではなく「運 30 分 間 く ら い 2 km の 距 離 を 早 足 で 歩 く 動不足が健康に悪い」といえます。寝不足を運 (100 kcal)と,1 年間で 4.7 kg 分の脂肪を消費 動で補うことはできませんし,栄養不足を睡眠 することができます。但し,毎日ですから,継 で補うこともできません。同様に,運動不足を 続は力なりということです。 食事でコントロールすることはできないので 脂肪を消費することができるのは筋肉だけで す。これは,痩せるために食べる量を減らすと す。私たちの身体づくりには主として蛋白質が いうダイエットが,私たち本来の生活形態のバ 使われ,脳はエネルギー源として糖質だけを使 ランスを崩すということを示しています。 います。それに対して,筋肉は収縮のために糖 さて,メタボリック症候群から脱するには, 質と脂肪の双方を使うことができます。短距離 先ず「こまめに体を動かすこと」が上げられま 走や格闘技のような力強く素早い運動には,筋 す。お尻が軽くてチョコチョコ動き回る人と, 肉の中にある速筋線維という線維を使います。 ゴロゴロしていて余り動かない人とでは,消費 この速筋線維はエネルギー源として 100 %糖質 カロリーで 1 日当たり 100 kcal 以上の差がでま を使います。それに対して,有酸素運動と呼ば す。また,どこかへ行くときはなるべく自分の れる歩行やジョギングのようなゆっくりとした 脚で歩いて行きましょう。「1 日 1 万歩を目標 穏やかな運動には遅筋線維が主に使われます。 に歩きましょう」といわれていますが,子ども 遅筋線維はエネルギー源として糖質と脂肪の両 たちは 2 万歩以上動き回っています。エレベー 方を使います。加えて,私たちが眠っていると ターも健康のためには乗り過ぎに注意です。次 きや静かに座っているときのエネルギー源とし に,自分の体重と生活の様子を記録しましょう。 てはほとんど脂肪を使っていますが,この基礎 きちんとした記録を取ると,どのようなときに 代謝量や安静代謝量は遅筋線維の量が多い人ほ 体重が増えて,どのようなときに体重が減るか ど高まります。また遅筋線維を使った有酸素運 がわかります。それに気が付くようになります 動の後では,運動により高まった代謝は運動後 と,自分の体重管理もしっかりとできるように も比較的長く高いままとなります。このことも, なります。 有酸素運動が脂肪をよく消費するといわれてい ることにつながります。 余計に食べて余ったエネルギーが,いざとい さあ,健康を求めて,「早寝」,「早起き」, 「三度の食事」,「良く動き」,「良く休む」 iv おどろきの脂肪細胞 有田 順 山梨大学医学部 我々の体重は僅か 0.02 %の誤差で正確に調 第一生理学 御による。1990 年代までの体重調節の研究は, 節されているが,一方ではこの正確な体重調節 この脂肪量のモニターが脂肪細胞が発信する信 が食生活,運動不足,ストレス等の様々な因子 号によって間接的におこなわれていることを示 の影響を受けて崩壊し,その結果肥満が生じる 唆していたが,その実体解明にまでは至らなか ことがよく知られている。このような肥満の増 った。しかし,1994 年に,Friedman らによっ 加は,ただ単に医学医療の場での問題にとどま て脂肪細胞が産生分泌するホルモンとしてレプ らず,深刻な社会問題にまで発展している。本 チンが同定された結果,肥満研究が大きく発展 講演では,体重調節の機構を説明し,この調節 することになった。脂肪細胞は脂肪量の情報を 機構にレプチンというホルモンが如何に関与し 脳に伝える手段としてレプチンを分泌している ているかを概説する。 こと,血中レプチン濃度は脂肪量つまり肥満度 食後,余ったブドウ糖は肝臓において多糖類 と相関すること,レプチンは満腹中枢にある神 であるグリコーゲンとして貯蔵され,また一部 経細胞のレプチン受容体に結合すること,レプ は中性脂肪に変換された後,脂肪細胞において チンは食欲低下,エネルギー消費増加,運動量 貯蔵される。空腹時には,グリコーゲンは分解 増加,体温上昇,インスリン分泌低下等の多彩 されブドウ糖となり,中性脂肪はグリセロール 作用によって体重減少と脂肪量減少を引き起こ と脂肪酸に分解されて,血中に放出され,空腹 すことがわかった。レプチンとその受容体が同 時のエネルギー源として利用される。グリコー 定された結果,肥満ネズミとして知られている ゲンと比較して中性脂肪は,単位重量当りのカ Ob/Ob マウスおよび Db/Db マウスではレプ ロリーが高く,しかも細胞内に高濃度に貯蔵さ チンおよびレプチン受容体がそれぞれ欠損して れるためにエネルギー貯蔵の理想的物質と考え いるために肥満を発症することも証明された。 られる。この点に関して中性脂肪は人類の長い しかし,肥満患者の殆どではレプチン分泌異常 飢餓の時代にあっては生存の強力な味方であっ やレプチン受容体異常を認めないことから,ヒ たが,この貯蔵効率の高さ故に現代の飽食時代 トの肥満をマウスのような単純な図式で説明す では逆に脂肪が我々の生存を脅かすことになっ ることは現在のところ困難と考えられている。 ているのは生物進化の皮肉といわざるを得 レプチンの同定は脂肪細胞で産生されるホルモ ない。 ンの探索に拍車をかけることとなり,その結果, 我々の摂食は,脳にある摂食中枢と満腹中枢 アディポネクチンやレジスチンといったインス と呼ばれる相反する機能を持つ二つの領域によ リン感受性に影響を与える分子が次々と発見さ って調節を受けている。短期調節に関与する血 れることになった。 液中の因子としてはブドウ糖と脂肪酸があり, 最近の肥満研究の成果は,脂肪細胞は脂肪貯 前者は満腹時に増加することによって満腹中枢 蔵臓器としてだけではなく,脂肪貯蔵の調節お を刺激し摂食を中止させ,一方後者は空腹時に よびインスリン感受性の調節に中心的役割をは 増加することによって空腹中枢を刺激し摂食を たしていること,また肥満および肥満による生 促進している。摂食の長期調節は,脳による脂 活習慣病の発症に深く関与していることを示し 肪量のモニターと脂肪量設定値に基づく体重制 ている。
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