流通外資の進出に対抗するメキシコ現地小売チェーンの経営戦略

ラテンアメリカ・カリブ研究 第 10 号: 32–40 頁. c 2003
〔論文〕
流通外資の進出に対抗するメキシコ現地小売チェーンの経営戦略
丸谷 雄一郎 (Yuichiro M)
愛知大学経営学部
I はじめに
1982 年のメキシコ金融危機以降の「失われた
10 年」はメキシコ政府に開放経済政策への転換
を迫り、この政策転換は小売産業に大きな影響を
及ぼしている。メキシコ小売産業は大多数の伝
統的小売商と一部の近代的小売業者の共存共栄
という棲み分け構造が崩壊しつつある。そして、
表 1 メキシコ小売業者売上高ランキング 2001
(単位: 百万ペソ)
順位
企業名
売上高
1
ウォルマート・デ・メヒコ
88,541
2
コメルシアル・メヒカナ
33,063
3
ヒガンテ
29,626
4
ソリアナ
28,728
5
リベルプール
16,652
(出典)各社が提供するデータに基づいて筆者が作成。
メキシコ小売業に最も強い影響を及ぼしている
代表的流通外資が西友への出資を通じて、2002
年に日本への本格進出も果たした世界最大の売
上高を誇るウォルマートなのである1 。
ウォルマートのメキシコ市場参入はトップリ
テイラーシフラ (Cifra) とのジョイント・ベンチ
ャーという形態で 1991 年に開始され2 、1995 年
に起こったメキシコ通貨危機に乗じて 1997 年
にシフラを買収した。2000 年には、名称がシフ
ラからウォルマート・デ・メヒコ (Wal-Mart de
México, 略称ウォル・メックス (Wal-Mex)) に変
更され、ウォルマートの支配がより明確になっ
1 ウォルマートのメキシコ市場参入は地元有力企業に対す
る出資比率を段階的に引き上げていく手法であり、メキシコ
において最も成功したので日本においては「メキシコ方式」
と呼ばれている。「メキシコ方式」という名称は主にビジネ
ス誌を中心に用いられた。例えば、広野彩子「メキシコ方式
でそろり進出」
『日経ビジネス』第 1134 号、2002 年、6-8 頁
を参照。
2 ウォルマートは 1981 年に現地の食品及び雑貨を取り扱
うコンボ・チェーンのフタラマ (Futarama) に 49%出資し、
メキシコ市場に参入したことがあるが、本格的な国際展開は
1991 年のメキシコへの再進出によって開始されたといえる。
フタラマを通じた進出に関して詳細は、“The Wal-Mart That
is: Mexico” Discount Store News, Vol.38, No.18, 1999, p.85
を参照。
た。 同社の売上高は 2001 年には第 2 位のコメ
ルシアル・メヒカナ (Comercial Mexicana、略称
コメルシ (Comerci)) の約 2.7 倍となり、その格
差は拡大する一方である(表 1 参照)
。同社の急
激な成長は地元小売業者にとって深刻なダメー
ジを与え、ANTAD(メキシコ百貨店およびセル
フサービス協会)も同社の急拡大を危惧し、2002
年 10 月には、同社に対して同協会やその他の会
員企業に対するネガティブ広告や低価格競争広
流通外資の進出に対抗するメキシコ現地小売チェーンの経営戦略
33
告等を禁止する通達を出し、ついにこれに反発
であるメガ (Mega) を開店した。
したウォル・メックスは ANTAD を脱退するに
小売研究を近代的小売業者と伝統的小売業者に
1990 年代には株式上場、外資提携を行った。
1991 年に株式をメキシコ証券取引所に上場し5 、
プライスクラブ(現在のコストコ)と合弁し、1992
年に店舗を開店した。さらに、1995 年にはフラ
分類し、それぞれの視点から行ってきた3 。そし
ンスのオーシャン6 と合弁でハイパーマーケット
て、前者のうち、ウォル・メックスの経営戦略に
を開店した7 。
至っている。
上記の問題意識に基づいて、筆者はメキシコ
ついてはすでに示している4 。本稿では、メキシ
コの小売産業の構図を明確化するために、ウォ
2. 同社の経営戦略
ル・メックスに対抗する国内の 3 大小売業者の
同社の経営戦略は基本的には階層及び地域両
経営戦略を中心に検討して、第 1 にコメルシの経
面での拡大を目指しており、大規模業態への集中
営戦略、第 2 にヒガンテ (Gigante) の経営戦略、
を目指す業態戦略と地方都市出店による全国展
第 3 にソリアナ (Soriana) の経営戦略について具
開を目指す出店戦略に重点をおいている。
体的に検討していく。
II コメルシの対抗戦略
(1) 業態戦略
同社は 2001 年末現在 6 業態を展開している(表
2 参照)。第 1 は主要業態である食品スーパーと
1. 発展の経緯
GMSの複合店舗であるコメルシアル・メヒカナ
コメルシの前身は 1930 年にアントニーノ・ゴン
である。これはイトーヨーカドー、ダイエーと
サレス・アバスカル (Antonino González Abascal)
いった日本型のGMSに非常に類似した業態で
と彼の息子達により、メキシコシティに開店さ
あり、生鮮三品を取り扱う食品スーパーと日用衣
れた衣料品店であり、1944 年にアントニオ・ゴ
類を取り扱う衣料品店が組み合わされた業態で
ンサレス社として設立された。その後、同社は資
あった。しかし、現在では、消費者のニーズに対
本構成や名称を変えながら発展し、1962 年には
応して、DIY 商品8 、家電、調剤といった商品ラ
コメルシアル・メヒカナという名称の最初の総合
インが追加され、55,000 アイテム以上の商品を
スーパーをメキシコシティで開店し、1970 年代
提供している。取扱商品の増加は店舗規模を拡
には 20 店舗となった。1980 年代には、スマサ
大し、現在では大規模駐車場を有するネイバー
(Sumasa)チェーンを買収し、コメルシアル・メ
ヒカナも 51 店舗に到達した。
1980 年代以降、同社は多業態化による成長戦
略を採用し、1982 年にファミリーレストランの
カリフォルニア・レストラン (California Restaurant)、1989 年にディスカウントストアのボデガ
(Bodega)、1993 年にはハイパーマーケット業態
3 筆者のメキシコ小売研究に関して詳細は、拙著『変貌す
るメキシコ小売産業〜開放政策とウォルマート〜』白桃書房、
2003 年を参照。
4 ウォル・メックスの経営戦略に関して詳細は、前掲拙書
第 4 章、2003 年を参照。
フッド・ショッピングセンターの各テナントとし
て展開されるようになっている。
第 2 は倉庫型ディスカウントストアのボデガ
CM である。ボデガはスペイン語で倉庫を意味
5 会長、CEO
など主要なポストはゴンサレス一族が依然
として占めている。コメルシの取締役会の構成に関して詳細
は、同社ホームページ (http://www.comerci.com.mx/) の取締
役会の構成に関する説明の部分を参照。
6 オーシャンは合弁解消後も単独で営業を継続している。
7 コメルシ・ホームページ (http://www.comerci.com.mx/)
を参照。
8 Do It Yourself 商品の略称であり、主にホームセンター
などで販売される商品群である。
34
丸谷
表 2 コメルシの業態別出店状況
店舗名
業態名
1997 年末店舗数 2001 年末店舗数
コメルシアル・メヒカナ
SM/GMS
84
73
ボデガ CM
倉庫型 DS
23
36
メガ
HM
11
25
スマサ
SM
17
18
コストコ
MWC
14
20
カリフォルニア・レストラン
FR
32
50
合計
181
222
注)SM は食品スーパー、GMS はゼネラル・マーチャンダイズ・ストア、HM はハイパーマーケッ
ト、MWC は会員制ホールセールクラブ、FR はファミリーレストランである。なお、SM/GMS は日
本における総合スーパーに類似した業態である。
(出典)同社が提供するデータに基づいて筆者が作成。
し、店内のレイアウトや陳列などを簡素化し、倉
本的には合弁のため、米国のスタイルをそのまま
庫のようにすることでディスカウントを実現し
導入している9 。ボデガ CM と類似しているが、
ている。コスト削減はアイテム数の絞り込みや
明確な業態哲学に基づく運営を貫いており、会費
広告費の削減によっても行われており、商品は
は 3,000 ペソ(米ドルで 32.75 ドル)で、標的階
コメルシアル・メヒカナで取り扱う商品のうち、
層も中小事業者としている。
割引が可能な 30,000 アイテムに絞り込まれてい
第 6 はファミリーレストランのカリフォルニ
る。また、この業態は低所得階層を標的としてい
ア・レストランで、メキシコの伝統的な食事を安
るので、自動車を持たない彼ら向けのトルティー
価に提供している。同レストランの個性はビュッ
ヤやパンを提供するファーストフード部門を設
フェとサラダバーであり、ビュッフェは全売上の
置している。
態として捉えなおした業態であり、60,000 アイ
56.3%を占めている。
コメルシは 1996-2000 年の 5 年間に店舗数を
173 店舗から 213 店舗に拡大し、業態別では、ハ
イパーマーケットのメガとボデガ CM へのシフ
テム以上の取り扱いに加えて、その他の専門店、
トを進めており、その他の業態からの転換を積極
銀行、鍵屋、宝飾品店、靴修理店、写真店などを
的に進めている。この傾向は 2001 年の数値にも
組み入れている。
現れており、主要業態のコメルシアル・メヒカナ
第 3 はハイパーマーケットのメガである。同
業態はコメルシアル・メヒカナの大規模化を業
第 4 は高級スーパースマサである。同業態は
の新規開店が 1 店舗なのに対して、閉鎖が 2 店
買収したチェーンであり、上層及び中の上階層を
舗、メガへの業態転換が 3 店舗、ボデガ CM へ
標的としている。アイテム数は 8,000 と少ない
の業態転換が 5 店舗となっている。
が、厳選されており、生鮮雑貨を中心に薬局を標
(2) 出店戦略
準装備している。近年では、スクラップアンドビ
同社はメキシコシティで創業し、主要な買収
ルドを積極的に行って、大規模化不可能な店舗は
チェーンであるスマサもメキシコシティを基盤
閉鎖している。
第 5 は会員制ホールセールクラブのコストコ
である。同業態は日本にも進出済みであるが、基
9 コストコの経営戦略に関して詳細は、佐藤生美雄『コス
トコ:会員制ホールセールクラブは、なぜ “高価値商品を低価
格で” が可能なのか』ダイヤモンド社、2000 年を参照。
流通外資の進出に対抗するメキシコ現地小売チェーンの経営戦略
35
表 3 コメルシの地域別出店状況
HH
H
H
H
CM
BCM
M
スマサ
コストコ
CR
全国
連邦区
中部
北西
北東
北部
南西
南東
73
36
25
18
20
50
220
19
26
13
16
5
28
79
31
8
9
2
7
55
9
0
0
0
3
12
3
0
0
0
1
4
0
0
2
0
0
2
6
1
0
0
1
8
5
1
1
0
3
10
合計
注)CM はコメルシアル・メヒカナ、BCM はボデガ CM、M はメガ、CR はカリフォルニア・レスト
ランを示す。なお、CR の店舗数は全国と首都圏のみを示しており、全国の合計の部分のみ CR の店舗
数を加えた数値になっている。数値は 2002 年 7 月末の数値である。
(出典)表 2 に同じ。
としていたので10 、現在でも店舗数は首都圏が最
ティ移転を決意し、1962 年にミシュコアク・ヒ
多であり、ファミリーレストランを除いた店舗数
ガンテ (Mixcoac Gigante) を開店した。同店は日
の約 4 割が首都圏にある(表 3 参照)
。その他の
常必需品から薬品、自動車関連製品までを幅広
地域は中部地区に位置する第 2 の都市グアダラ
く取り扱う中南米最大規模 32,000 m2 の店舗で
ハラの店舗数が多く、約 3 割である。
あった11 。
同社は上記 2 大都市での出店を続けると同時
同社はこの出店以降積極的に出店を進め、1977
に、その他の地域への出店も検討しており、全国
年までにメキシコシティとその周辺に 12 店舗を
展開を目指している。特に、NAFTA 締結で更な
開店し、1978 年からの 2 年間でグアダラハラに
る発展が期待される北西地区への期待は大きく、
にベラクルスに商業事業を開業することを志し
8 店舗を開店した。1980 年代以降、中部地区の
中規模都市や第 3 都市モンテレーへの出店もな
され、1987 年にメキシコ北部 3 地区に 23 店舗
を有するアストラ (ASTRA) を買収して 82 店舗
となり、1991 年には同一名称のチェーンでメキ
シコ初の 100 店舗を達成した。1992 年には、エ
ル・サルディネロ (El Sardinero)8 店舗、ブランコ
(Blanco)56 店舗が組み入れられ、8 店舗の新規出
店がなされた。1999 年にはメキシコ系米国人が
て到着したことに由来する。彼は 17 年の厳しい
多い米国ロスアンゼルスへの出店も果たした。
100 万都市ティファナにすでに重点地域として出
店を開始している。
III ヒガンテの対抗戦略
1. 発展の経緯
ヒガンテの創業はロサダ・アンヘル・ゴメス
(Losada Angel Gómez) がスペインから 1923 年
下積み時代を経て、イダルゴ州アパンにビールを
1990 年以降、業態多角化も推進された。1992
商う企業を起こした。この企業がヒガンテの前
年には倉庫型ディスカウントストアのボデガ・ヒ
身であり、ラ・モデルナ (La Moderna) という名
ガンテ (Bodega Gigante)、1993 年には中間階層
前で 14 年間営業を行い、1956 年にメキシコシ
を対象にした食品スーパーのスーペル G(Super
10 スマサはメキシコシティ近隣のモレロ州クエルナバカの
11 ヒガンテ・ホームページ (http://www.gigante.com.mx/) の
歴史に関する部分を参照。
2 店舗を除いて全店舗がメキシコシティにある。
36
丸谷
表 4 ヒガンテの業態別出店状況
PP
PP
PP
P
ヒガンテ
ボデガ G
スーペル G
SP
RS
OD
業態名
1997 年末店舗数
2001 年末店舗数
SM/GMS
113
38
25
0
45
14
29
277
106
54
66
42
63
63
41
435
倉庫型 DS
SM
都市型 SM
CK
CK
FR
トックス
合計
注 1)ボデガ G はボデガ・ヒガンテ、スーペル G はスーペル・ヒガンテ、SP はスーペル・
プレシオ、RS はラディオ・シャック、OD はオフィス・デポを示す。なお、1997 年の合
計店舗数には現在は提携解消したカルフールの店舗数が含まれている。ヒガンテの 2001
年末の店舗数にはロスアンゼルスの 3 店舗が含まれている。
注 2)CK はカテゴリーキラーである。
(出典)同社が提供するデータに基づいて筆者が作成。
G)、2000 年には都市型小型ディスカウントスト
アのスーペル・プレシオ (Super Precio) を開店し
層は広範にわたっていた。しかし、この業態は 2
た。外資との提携による専門業態導入を積極的
継続的なセールの実施であり、この戦術はウォ
に進めており、1992 年に家電ディスカウンター
ル・メックスへの対抗上採用されている。第 2 は
のラディオ・シャック (Radio Shack) を展開する
より上層階層を標的とした業態への転換である。
米国タンディ社 (Tandy) と提携し、1994 年には
すでに 30 店舗がより上層階層を標的とするスー
米国オフィス関連小売最大手のオフィスデポと
ペル・ヒガンテ業態に転換されている。
方向での転換を行っている。第 1 は価格設定と
提携した。その他の事業としてはファミリーレ
第 2 は倉庫型ディスカウントストアのボデガ・
ストラン事業があり、1971 年にトックス (Toks)
ヒガンテである。この業態はコメルシに比べて
という名称で全国展開を始めている。
導入が遅れ、特に、連邦区では苦戦してきた。し
2. 同社の経営戦略
るスーペル・マス (Super Maz) チェーンを加え、
かし、2001 年 10 月に南東地区に 13 店舗を有す
同社の経営戦略は特定の顧客に絞った店舗を
全国展開することでウォル・メックス、コメルシ
全国的にはコメルシに対して優位を占めている。
第 3 は高級食品スーパーのスーペル・ヒガン
との差別化を目指している。
テである。同業態は食品に特化し、買い物の快適
(1) 業態戦略
同社は 2001 年末現在 7 業態を展開している
(表 4 参照)。第 1 は主要業態である食品スーパー
性を重視した業態であり、品揃えを 20,000 アイ
と GMS の複合店舗であるヒガンテである。この
第 4 は都市型小型スーパーのスーペル・プレ
業態はコメルシと同様、イトーヨーカドー、ダイ
シオである。同業態は人口密度が最も高いメキ
エーといった日本型の GMS に非常に類似した約
シコシティ首都圏などの都市部への出店を行い、
50,000 アイテムを取り扱う業態であり、標的階
品揃えをグロサリー、日配品、鶏肉、卵などの必
テムに絞り込み、回遊のしやすさを重視したレイ
アウトを実現している。
流通外資の進出に対抗するメキシコ現地小売チェーンの経営戦略
37
表 5 ヒガンテの地域別出店状況
PP
PP
PP
P
ヒガンテ
ボデガ G
スーペル G
SP
RS
OD
トックス
全国
連邦区
中部
北西
北東
北部
南西
南東
101
54
65
43
63
69
41
14
7
4
41
13
-
42
22
17
2
25
-
2
0
30
0
7
-
30
0
13
0
14
-
8
0
1
0
3
-
3
5
0
0
2
-
2
20
0
0
5
-
注)なお、ヒガンテは上記の他ロスアンゼルスに 3 店舗を出店している。データの関係上集計時点が異なるの
で、表 4 のデータと店舗数が若干異なっている。RS、トックスは合計出店数のみを示した。SP は連邦区の数
値に一部首都圏を形成するメキシコ州の地域の店舗数が含まれる。
(出典)表 4 に同じ。
需品 1,200 アイテムに絞ることで高頻度の来店
図ると同時に、外資との積極的な提携を通じて、
を目指している。
特定カテゴリーへ特化したラディオ・シャックや
第 5 は米国大手の家電量販チェーン、ラディ
オ・シャックであり、第 6 は米国大手のオフィス
オフィス・デポの専門業態の展開も行っている。
第 2 は特定業態を出店していくに際して、全
用品量販チェーンであるオフィス・デポである。
国一律に店舗展開するのではなく、ドミナント
いずれも米国の業態をそのまま導入している。
展開することで各地域での優位性を確保してい
第 7 はレストラン事業であり、ファミリーレ
ることである(表 5 参照)
。同社は都市型業態で
ストラン・トックスを中心に展開した。しかし、
あるスーペル・プレシオ以外は中部地区の出店が
近年は新たな種類の専門レストランを開店して
多いが、各業態ごとに中部地区以外に重点出店
おり、今後も多様なレストランを展開していくよ
地域を設定している。ヒガンテはモンテレーを
うである。
中心とする北東地区、ボデガ・ヒガンテは南東地
(2) 出店戦略
区、スーペル・ヒガンテはティファナを中心とす
同社の出店戦略には 2 つの特徴がある。第 1
は顧客を絞り込んだ業態を組み合わせて出店し
る北西地区、オフィス・デポは北東地区と連邦区
に集中的に店舗を出店している。
ていくことでグループとして全国展開を志向し
ていることである。同社は非常に標的階層が不
IV ソリアナの対抗戦略
明確なヒガンテ12 からアッパーミドルと上層階層
1. 発展の経緯
を標的としたスーペル・ヒガンテ、都市の住環境
ソリアナは 1905 年にマルティン (Martı́n) 一
に対応したスーペル・プレシオへと業態多角化を
族がコアウイラ州トレオン (Torreón) で繊維店と
して創業し、1930 年代にはその商いをチワワ州
12 ヒガンテはメキシコ国内ではその他の業態に比べて標的
階層が不明確であるが、米国ではメキシコ系の総合業態とい
う位置づけを得られるとの判断から、多数のメキシコ系住民
が居住するロスアンゼルスに 2003 年 2 月末現在 4 店舗展開
している。この 4 店舗に関して詳細は、同社のホームページ
の店舗網に関する説明の部分を参照。
とソノラ州に拡大した。1968 年には、トレオン
に最初の食品スーパーを開店し、1971 年にはこ
の事業の成長を促進するために経営体制を集権
化し、1974 年には北部最大都市モンテレーに出
38
丸谷
店し、その後もメキシコ北部及び中部地区を中
表 6 ソリアナの地域別出店状況
心に店舗網を構築した。1986 年には一族間の内
地域
中部地区
北西地区
北東地区
北部地区
南西地区
南東地区
紛からソリアナとソリメックス (Sorimex) に分
裂したが、1994 年に統合された。この分裂期に
も、同社は成長を続け、1987 年にはメキシコ証
券取引所へ上場、1989 年には本社をトレオンか
らモンテレーに移転した。
さらに、1994 年のテキーラショックによって、
同社は競合他社が大きな打撃を受け、出店を凍結
店舗数
21
8
38
40
2
7
注)なお、データは 2002 年 7 月現在の数値である。
(出典)同社が提供するデータに基づいて作成。
したのに対して成長を続け、この時期にコメル
シとヒガンテに匹敵する企業となった。その理
由は主に 2 つある。第 1 は同社の出店地域が国
コストを引き下げ、その削減したコストを価格引
内市場の不況の影響の小さい北部のマキラドー
き下げ、情報化投資及びマーケティングに利用す
ラ都市に集中していたことである。マキラドー
ることで成長してきたのである。
ラ工場は米国輸出用の製品の生産を行っている
また、同社の標準化は店舗にとどまらず、ロジ
ので、国内不況の影響を受けなかった。むしろ
スティックスをも含んだ流通システム全体に及ん
NAFTA 加盟による工場進出が同地域の工業発展
を促進したのである。第 2 はドルベースでの物
でおり、1989 年に POS を導入して以降、ECR15 プ
価下落を利用した買い物をするために、米国から
トプラクティスを積極的に導入し、コスト削減を
多くの人々が国境を越えてヌエボ・ラレードなら
続けている。その上、多額の投資が物流の中核を
びにシウダ・フアレスを訪れたことである13 。
なす流通センターになされており、70%の商品が
ログラムやカテゴリーマネジメント16 などのベス
流通センター経由で納入されている。
2. 同社の経営戦略
同社の経営戦略は地域、業態ともに特化する
ことでニッチリーダーを目指すことである。
(1) 業態戦略
(2) 出店戦略
同社の出店戦略には 2 つの特徴がある。第 1
は特定地域への集中出店ということである。出
店ペースは NAFTA 締結以降凄まじく、2001 年
同社の業態はグロサリーと生鮮食品に衣類雑
末には NAFTA 締結以前の 1993 年末の 26 店舗
貨品を加えた商品を取り扱うソリアナ・イペルメ
の 4 倍を上回る 108 店舗に増加している。しか
ルカード (Soriana Hypermercado) のみである14 。
し、出店地域は創業当初からの基盤である北部地
この業態はハイパーマーケットと銘打ってはい
るが、品揃えの中心はあくまでも食品であり、売
上に占める食品の割合はグロサリー 40%、生鮮
食品 25%である。同社は標準化された店舗を多
店舗展開することによって店舗の出店及び運営
13 Francis Macdermot, Retailing in Latin America, Financial
Times Retail & Consumer, 1999, pp.110-111.
14 現在、会員制ホールセールクラブ業態の開発を行ってお
り、インターネットを通じた会員制サービスも行っている。
15 ECR
とは Efficient Consumer Response の略称であり、
消費者の満足度を高めるために、流通に携わるメーカー・卸・
小売などが連携して、製品やサービスに付加価値を与えない
コストを排除し、消費者がより優れた製品を常に適正価格で
購入できる環境を整えていこうという考え方である。
16 カテゴリーマネージメントとは流通業者と供給者がカテ
ゴリーを戦術的ビジネス単位として管理するプロセスであり、
消費者のニーズをより効果的 に 満足させることに焦点をあ
てることによって、よりよいビジネス成果を生み出していく
ための経営手法である。例えば、チーズをカテゴリーとして
捉えるのではなく、チーズとワインを優雅な食卓というカテ
ゴリーで捉えることで関連購買を促すことができる。
流通外資の進出に対抗するメキシコ現地小売チェーンの経営戦略
39
表 7 メキシコ 4 大チェーンの地域別競合状況
PP
PP
PP ウォル・メックス
P
首都圏
中部地区
北西地区
北東地区
北部地区
南西地区
南東地区
合計
157
82
13
13
16
11
13
308
コメルシ
ヒガンテ
ソリアナ
77
56
12
4
0
8
10
167
68
83
32
43
9
8
22
265
0
21
8
38
40
2
7
116
注)レストランチェーン及びヒガンテのみが出店している専門店チェーンの数値は除いている。
(出典)各社が提供するデータに基づいて筆者が作成。
区の 40 店舗(そのうちチワワ州 16 店舗、コア
はない。
ウィラデサラゴサ州 16 店舗)と NAFTA 締結後
急成長するモンテレーを含む北東地区 38 店舗に
集中している(表 6 参照)。
V むすびにかえて
ウォル・メックスがメキシコ小売産業におけ
第 2 は全国チェーンを目指した出店地域の拡
る位置づけを強め続ける中で競合を余儀なくさ
大である。同社の出店地域はメキシコシティを
れてきている地元有力 3 チェーンの経営戦略を
除く 6 地区全てをカバーし、全国 32 州のうち 24
業態戦略と店舗戦略を中心に検討してきた。
州を占めている。しかし、各州の出店数は 1 店
コメルシアル・メヒカナは業界のリーダーウォ
舗のみが 9 州、2 店舗のみが 6 州もあり、2/3 を
ル・メックスと出店地域が重なる部分が多いので
超えており、北部地区と北東地区以外に属する州
(表 7 参照)、ウォル・メックスとの競合を強く
の最高店舗数はハリスコ州とグアナフアト州の 5
意識したフォロワーの戦略を採用している。表
店舗に過ぎず、店舗密度の低さが目立っている。
8 はウォル・メックスの業態構成と全売上高に占
上記の 2 つの特徴はかなりの矛盾を含んでい
める割合を示しているが、コメルシアル・メヒカ
る。大手チェーンが全国展開を志向する中で、同
ナはウォル・メックスの主要業態であるサムズク
社もナショナルチェーンを志向しているようであ
ラブにコストコ、ボデガにボデガ CM、スーパー
る。筆者は今後も発展が期待される北部を中心
センターにメガというように対抗する業態を展
とした最強のローカルチェーンを目指すことがベ
開している。特に、ウォル・メックスが 2001 年
ターであると考える。同社がナショナルチェー
度にシフラの残存業態オーレラとの統合を完了
ンを志向するなら、地域店舗の密度を高めること
したスーパーセンターで全国制覇を目指す状況
が必要であろうが、今後出店しなければならない
において、メガという新業態を打ち出し、業態転
地区はこれまで出店してきたメキシコ北部とは
換を行っていることはウォル・メックスとの直接
特性が異なる地域が多く、強い競合がすでに生
対決を強く意識していることを示している。
じている地域である。また、メキシコシティが空
ヒガンテは主要業態ではウォル・メックスと
白として残っているが、首都圏は首位のウォル・
の競合を重視しつつも、微妙に業態を差別化する
メックスの牙城であり、ゼロからの進出は容易で
チャレンジャーの戦略を採用している。同社は
40
丸谷
表 8 メキシコ 4 大チェーンの業態別競合状況
ウォル・メックス
の展開業態
企業全体の売上に占
める業態の売上割合
スーパーセンター
28%
ボデガ
サムズクラブ
26%
29%
コメルシ
メガ、コメルシア
ル・メヒカナ
ボデガ CM
コストコ
ヒガンテ
ヒガンテ
ソリアナ
イペルメルカド
ボデガ G
準備中
スーペル G、スーペ
ル・プレシオ
スペラマ
7%
スマサ
スブルビア
ビップス
6%
4%
カリフォルニア
トックス
ラディオ・シャック、
その他
オフィス・デポ
注)ウォル・メックスが 2000 年度まで展開していたオーレラと呼ばれる業態は 2001 年度中に、24 店舗がスーパーセン
ターに、12 店舗がボデガに転換された。
(出典)各社が提供するデータに基づいて筆者が作成。
スーパーセンター、会員制ホールセールクラブと
いった規模を追求するのではなく、より顧客の
ニーズに立脚した業態を展開している。特に、北
西地区に集中的に展開するスーペル・ヒガンテや
首都圏に出店しているスーペル・プレシオといっ
た業態の展開はウォル・メックスとの競合を回避
する方向性を明確にしている。さらに、海外の専
門店チェーンの導入は同社の独自の戦略であり、
顧客ニーズの高度化が進行している地域におい
ては差別化の切り札となる可能性がある。
ソリアナは上記 3 社とは全く異なる過程を経
て成長した地方新興企業の雄であり、ニッチリー
ダー戦略を採用してきた。しかし、ウォル・メッ
クスが全国展開を図り、その他の大手 2 社が追随
する中で、同社の独自性が試される局面を迎えつ
つある。同社の出店戦略は既述のように、ナショ
ナルチェーン化を志向する中で、規模を追求し
てしまう誤まった戦略を採用しつつあるように
思われる。規模の追求は価格競争を引き起こし、
資本力で劣る同社がウォル・メックスと価格で勝
負することは非常にマイナス面が多いのである。
同社の強みを生かすためにも、筆者は最強のリー
ジョナルチェーンを目指すべきであり、既存出店
地域の基盤固めが最重要であると考える。
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