序 文
2000 年に開始された回復期リハビリテーション病棟のシステムが導入されて
15 年が過ぎ,時を同じくして開始された Full-time integrated treatment(FIT)
program も 15 歳となった.
FIT program も年を追うごとに洗練され,回復期リハビリテーション病棟とい
う絶好の環境をも取り込んだシステムとして成長した.運動麻痺へのアプローチ
を明確化するための advanced FIT program も発展してきた.
日本の高齢化社会への対応にはリハビリテーションが必須である.それも,一定
以上の水準のリハビリテーションでなければ間に合わない.そこでリハビリテー
ションチームの仲間達,特に回復期リハビリテーション病棟メンバーに参考にし
てもらえる本としてこの最強のリハビリテーション―FIT program を企画した.
FIT program の背景となる回復期リハビリテーション病棟の制度,運動学習か
ら始まり,FIT program,advanced FIT program の実際,さらにはその FIT
program を実践している回復期リハビリテーション病棟の運営,さらには連携に
も展開している.そして FIT program 実行下での患者の機能障害,能力低下の
経時変化等のデータを加えた.
このような拡がりを持って企画された本書籍は,FIT program を説明した以前
の本の改訂ではなく,まったく新たな書き起こしとなった.皆様のお役に立てば
幸いである.
藤田保健衛生大学七栗サナトリウムに勤務し,FIT program の実行に汗を流し,
レベルアップに貢献してくれた教職員のおかげでこの本が上梓できたと考えてい
る.そして,我々にインスピレーションを与えてくれた患者,家族の皆さんにも
感謝申し上げる.
2015 年 7 月吉日
藤田保健衛生大学七栗サナトリウム 園田 茂
【執筆者紹介】
園田 茂(藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学Ⅱ講座)1.1 節
才藤 栄一(藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学 I 講座)1.2 節
小口 和代(刈谷豊田総合病院リハビリテーション科)1.3 節
谷野 元一(藤田保健衛生大学藤田記念七栗研究所リハビリテーション研究部門)
2.1 節
奥山 夕子(藤田保健衛生大学七栗サナトリウムリハビリテーション部)2.1 節
渡邉 誠(藤田保健衛生大学七栗サナトリウムリハビリテーション部)
2.2 節,4.1 節
宮坂 裕之(藤田保健衛生大学藤田記念七栗研究所リハビリテーション研究部門)
2.3 節
川上 健司(藤田保健衛生大学七栗サナトリウムリハビリテーション部)2.3 節
冨田 憲(藤田保健衛生大学七栗サナトリウムリハビリテーション部)3.1 節
野田 美幸(藤田保健衛生大学七栗サナトリウム看護部)3.1 節
塩地 由美香(藤田保健衛生大学七栗サナトリウム看護部)3.1 節
國分 実伸(藤田保健衛生大学七栗サナトリウムリハビリテーション部)3.1 節
岡本 さやか(藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学Ⅱ講座)3.2 節
富田 豊(藤田保健衛生大学藤田記念七栗研究所リハビリテーション研究部門)
3.3 節
前島 伸一郎(藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学Ⅱ講座)3.4 節
尾関 保則(松阪中央総合病院リハビリテーション科)3.5 節
藤井 航(藤田保健衛生大学七栗サナトリウム歯科,現 九州歯科大学老年障害者歯科
学分野)3.5 節
柴田 斉子(藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学 I 講座)3.5 節
下村 康氏(藤田保健衛生大学七栗サナトリウム地域支援室)3.6 節
永田 はるみ(藤田保健衛生大学七栗サナトリウム地域支援室)3.6 節
村井 歩志(藤田保健衛生大学七栗サナトリウムリハビリテーション部,現 山梨リハビ
リテーション病院)4.1 節
横田 元実(藤田保健衛生大学医療科学部リハビリテーション学科)4.2 節
平野 明日香(藤田保健衛生大学病院リハビリテーション部)4.2 節
目 次
序文 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本 9
1 . リハビリテーションの基本姿勢 11
2 . 運動学習エッセンス 14
1 . 活動に焦点を当てた三つの方法論 14
2 . 練習(exercise)
15
3 . 運動学習とスキル 16
4 . スキルの分類 17
5 . 一般運動プログラム 17
6 . 運動,動作の冗長性 18
7 . 運動学習の要点 18
8 . 転移性(transferability)
18
9 . 動機づけ(motivation)
19
10 . 行動変化(performance change)
21
11 . 量,頻度(amount, frequency)
22
12 . 難易度(difficulty)
23
13 . フィードバック(feedback)
28
14 . 保持・応用(retention / application)
29
15 . 運動学習と道具 30
3 . 日本の回復期リハビリテーションの実態 1 . 医療制度の中の位置づけ 34
34
4 目 次
1 . 1 高齢化と回復期リハビリテーション病棟 34
1 . 2 診療報酬による質の評価 35
2 . 現状〜回復期リハビリテーション病棟協会調査より〜 39
2 . 1 病院と病床数 39
2 . 2 スタッフ体制 39
2 . 3 患者状況と入院日数(経年変化)
40
2 . 4 ADL の変化 43
3 . 考察〜回復期の量について 44
第 2 章 FIT program 49
1 . FIT program とは 51
1 . FIT program とは 51
2 . FIT プログラムにおける入院生活の流れ 56
2 . FIT program の成果 60
1 . はじめに 60
2 . FIT program の成果 60
2 . 1 ADL に対する FIT program の効果 60
2 . 2 高齢者に対する FIT program の効果 65
2 . 3 運動麻痺に対する FIT program の効果 66
3 . まとめ 3 . Advanced FIT program ―運動麻痺へのアプローチ― 69
72
1 . 運度麻痺へのアプローチの重要性 72
2 . 回復期リハ病棟での運動麻痺訓練の実際 72
3 . Advanced FIT program とは 73
4 . Advanced FIT program の訓練方法 73
5 . Advanced FIT program の効果 77
目 次 5
6 . ロボット訓練の可能性 79
7 . まとめと展望 81
第 3 章 FIT program を高める環境 85
1 . 回復期リハビリテーション病棟運営 87
1 . 序章 87
2 . 組織管理体制 87
2 . 1 回復期リハビリテーション病棟管理 87
2 . 2 療法士の管理 89
2 . 3 看護師ならびに介護福祉士の管理 90
3 . 療法士の人員配置と勤務体制 91
3 . 1 療法士の人員配置 91
3 . 2 療法士の勤務体制 92
4 . 療法士に求められるスタッフ像(質)
93
4 . 1 療法士に求められる専門性 93
5 . チームアプローチ 94
5 . 1 カンファレンス 94
5 . 2 回診 95
6 . リハビリテーション看護 95
6 . 1 全身管理 95
6 . 2 心理的ケア 96
6 . 3 リハナースと ADL 96
6 . 4 家族指導 96
7 . リスク管理 97
7 . 1 病棟生活で生じるリスク 97
7 . 2 訓練場面で生じるリスク 97
6 目 次
2 . リハビリテーション医 1 . リハビリテーション医とは 100
100
2 . 回復期リハビリテーション病棟においてリハ医に求められること
100
3 . 個人としてのリハ医 101
4 . チームにおけるリハ医 102
5 . リハ医が知っておくべき評価 102
6 . リハ医が行うべき検査 103
6 . 1 嚥下機能評価 103
6 . 2 尿路検査 103
6 . 3 電気生理学的検査 104
7 . リハ医が行うべき治療 105
7 . 1 痙縮のコントロール 105
7 . 2 装具処方 106
3 . リハビリテーション工学 108
1 . リハ工学の歴史 108
2 . リハ工学の担当分野 108
3 . リハ工学の成果例 109
3 . 1 マイスプーン 109
3 . 2 Handy 109
3 . 3 Therapeutic Exercise Machine(TEM)
110
3 . 4 Lokomat 110
3 . 5 歩行補助ロボット 111
3 . 6 対麻痺者用歩行再建ロボット(Wearable Power-Assist
Locomotor:WPAL)
112
3 . 7 Manus 112
3 . 8 環境制御装置(Environment Control System:ECS)
113
目 次 7
3 . 9 離床センサ 113
3 . 10 失禁センサ 114
3 . 11 電気刺激(TES, FES, IVES)
114
3 . 12 車いすの転倒防止 115
3 . 13 車いす自走時の座圧変化 115
3 . 14 ユニバーサルデザイン(UD)
116
4 . リハ工学の役割 4 . 高次脳機能障害 116
119
1 . はじめに 119
2 . 高次脳機能障害の原因と種類 119
3 . 高次脳機能障害の評価 121
4 . 失語症 121
5 . 失行症 123
6 . 失認症 124
6 . 1 半側空間無視 125
6 . 2 その他の失認症 126
7 . 認知症 5 . 嚥下障害への対応 1 . 総論 127
134
134
1 . 1 回復期リハ病棟の摂食嚥下障害患者層 134
1 . 2 嚥下モデル 134
2 . 各論 136
2 . 1 診断 136
2 . 2 評価 137
2 . 3 重症度分類 141
2 . 4 治療 142
2 . 5 回復期リハ病棟でとくに必要とされること 150
8 目 次
6 . 医療福祉連携 156
1 . 地域連携の必要性 156
2 . 医療・福祉諸制度の動向 156
3 . 退院支援の流れ 156
4 . 退院援助時の留意点 157
5 . 関係機関との連絡調整システムやツール 157
5 . 1 高次脳機能障害支援経過手帳 158
5 . 2 三重県脳卒中リハビリテーション機能連携事業 159
第 4 章 機能障害・能力低下の実態 171
1 . 機能障害の経過 173
1 . 先行研究による運動麻痺の経過 173
2 . 当院 FIT program による運動麻痺の経過 174
3 . まとめ 180
2 . 装具と歩行 182
1 . 歩行能力の経過 184
2 . 歩行パターン 186
3 . 下肢装具の使用状況 186
4 . 歩行補助具の使用状況 186
5 . 装具と歩行 186
第1 章
回復期リハビリテーションの基本
【第 1 章の執筆者紹介】
園田 茂(藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学Ⅱ講座)1.1 節
才藤 栄一(藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学 I 講座)1.2 節
小口 和代(刈谷豊田総合病院リハビリテーション科)1.3 節
1 . リハビリテーションの基本姿勢 11
1 . リハビリテーションの基本姿勢
Keywords:機能障害,能力低下,社会的不利,国際障害分類,学習
この本の主たる対象は回復期リハビリテーション病棟に入院してきた脳卒中片
麻痺となろう.しかし,リハビリテーション医療としての取り組みは,どの時期
の,そしてどの疾患の患者にも共通する内容が多い.本項では,そのリハビリ
テーションの基本姿勢をまとめる.
■両面作戦
何らかの障害,症状をもった患者に対し,リハビリテーションでは「なおす」,
「補う・別の方法で実現する」の両面作戦で対応する.
歩行障害を例にとろう.動かないことにより筋力低下をきたして歩行障害に
なっている場合には,筋力増強訓練をして「なおす」
.炎症を改善すれば良いのな
ら投薬等で治癒させる.
しかし,元どおりにはならない場合,たとえば脳梗塞で中等度以上の片麻痺に
なっているのなら,装具や杖を用いての歩行を目指す.これは病前行っていた歩
行ではなく,新たな動作の獲得である.当然われわれは機能障害そのものの改善
も目指すので,麻痺の改善程度を予測して,それでも残存する障害程度に合わせ
た最適な方法での歩行実現を計画する.
■どこにアプローチをするか
両面作戦を障害の概念で言い換えよう.リハビリテーションは活動で活動を変
える医療である.WHO の国際障害分類(ICIDH)
[ 1 ]でいえば機能障害,能力
低下(国際生活機能分類 ICF での活動)
,社会的不利のどの面に対しても改善を
狙 い, そ の 改 善 総 量を 最 大に し よう と す る. い ろ いろ な段 階で運 動の 障害
(dysmobility)に対応しているとも言えよう.最終的に患者らしい暮らし(生活・
社会参加)の再構築を手伝っているとして,そのために能力低下,機能障害へと
振り返り,根元の段階からもアプローチするのである(図 1 )
.
臓器別医療を縦糸とすれば,リハビリテーションは横糸と称すればわかりやす
いかもしれない(図 2 )
.
12 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
図 1 国際障害分類とリハビリテーションアプローチ
リハビリテーションでは,社会的不利の改善を目指す場合に,そのために ADL 改善
と社会的不利への対応法の工夫を考える.さらに ADL 改善のためには ADL そのも
のの改善とともに,ADL 低下を生じさせている機能障害の改善をも考える.このよ
うな流れを見通してリハビリテーションの計画を立てたい.
図 2 縦糸と横糸
疾病,臓器別の医療を縦糸とすればリハビリテーションは横糸として医療を織りあげ
る.脳卒中でも筋力低下は起こり,変形性関節症でも筋力低下が起こる.そこで筋力
低下に対するアプローチを考えようとするのが横糸,リハビリテーションである.
1 . リハビリテーションの基本姿勢 13
図 3 ○○のリハビリテーション
○○のリハビリテーションという多種類の乱立ではなく,どのリハビ
リテーションにも当てはまる評価や治療の考え方があり,そこに○○
に特徴的な部分が加わっていると考えたい.
■○○のリハビリテーション,実は
がんのリハビリテーション,呼吸リハビリテーション,回復期リハビリテー
ション,維持期リハビリテーションなど,非常に多くの種類のリハビリテーショ
ンが並び立っているように見える.しかし,これらはまったく別のものと捉える
より,リハビリテーションの基本骨格を共有し,そこに「○○の」トッピングが
されていると考えた方がよい(図 3 )
.
基本骨格としては(運動)学習,環境調整,不動・廃用対応と考えると良いで
あろう.リハビリテーションが高次脳機能障害にも対応していくことを踏まえ,
運動学習を広く学習と捉えておくべきであろう.
文 献
[1]
WHO : International classification of impairments, disabilities and handicaps.
WHO, Geneva, 1980
14 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
2 . 運動学習エッセンス
Keywords:治療的学習,運動学習,転移性,動機づけ,行動変化,保持・応用,
フィードバック,練習量,難易度
練習(exercise)はリハビリテーション医療の中心的介入手段である.練習は,
活動機能構造連関の活用,支援工学の利用,そして,治療的学習からなる.治療
的学習は,認知学習と運動学習に分けられる.ここでは,運動学習を解説する.
練習のなかで,運動学習は,活動機能構造連関要素と支援工学(支援システム)
をまとめながら目標課題達成へと進む過程である.その際,転移性,動機づけ,行
動変化,保持・応用が主要な考慮因子になる.
転移性は,練習課題がもつ目標課題への効果の程度であり,原則として課題特
異的である.
動機づけは,
「行動を始発させ,方向づけし,持続的に推進する心的過程・機能」
を意味する心理的要素である.動機づけが多分に状況依存的である点に注意する.
行動変化をもたらすために重要な変数は,フィードバック,練習量,課題難易
度である.
行動変化と学習の差,すなわち,保持・応用の問題は,練習法に左右される事
象で,キャリーオーバー問題などを含め興味深い.
1 . 活動に焦点を当てた三つの方法論
リハビリテーション医療は,活動障害(activity disorder)のある個人に介入し,
その活動・行動を再建することで社会生活への復帰を支援する.その際,他の医
療と際だって特徴的な方法論として, 1 )活動機能構造連関(activity-functionstructure relationship)の活用注 1 ), 2 )支援システム(assistive system)の利
用注 2 ), 3 )治療的学習(therapeutic learning)の三つがある[ 1 ].
個人の能力を直接変えて能力低下(diability)を改善する過程を「治療的学習
(therapeutic learning)
」とよぶ.治療的学習は,その対象によって認知学習と運
動学習に分けられる.ここでは,運動面の学習である運動学習(motor learning)
を解説する.
2 . 運動学習エッセンス 15
練習
活動機能構造連関
活動
再建
治療的学習
支援システム
図 1 練習の構造
練習では,活動機能構造連関諸要素と支援シ
ステム(支援工学)を目標課題に統合する
過程,治療的学習がその中心にある.
2 . 練習(exercise)
リハビリテーション医療の中心的対応手段である練習(exercise)あるいは訓
練(training)は,以上の 3 方法論を集中的に活用する場面となる(図 1 練習
の構造).
注 1)
活動機能構造連関
ヒトの機能と構造は,その活動性によって変化する.最大筋力の 60%を超える筋活動に
よって筋力は増し筋断面積が増大する(過負荷の法則)
.臥床して筋を使用しない場合,
筋力は低下し筋萎縮を生じる(廃用性筋力低下・筋萎縮).持続的に伸張(持続伸張)
することで関節可動域が増し,軟部組織のコラーゲン配列が整う.固定や麻痺などに
よって使用できない関節では,軟部組織のコラーゲン配列が乱れ,拘縮をきたし可動域
が低下する.ピアノのトリルなど細やかな協調性は,その練習によって向上し,練習を
怠ると低下する(構造変化は捉えにくいが)
.原則的にこれらの活動に関わる諸要素は,
活動によってその機能と構造を維持しており,通常より活動すれば増え,通常より活動
しないと減る.この活動機能構造連関を利用して,患者の能力を向上させるのがリハビ
リテーション医学介入の基本となる.
注 2)
支援工学
道具や環境を味方にして難課題を乗り切る支援システムには,義肢装具,リハビリ工学,
家屋改造などの工学的支援(支援工学)とケースワークなどによる社会的支援がある.
効率的な練習には,装具など支援工学を活用することが要点となる.
16 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
表 1 新しいスキルの例
・義足歩行
・片麻痺歩行
・対麻痺歩行
・車いす駆動
・片手動作 ADL
・利き手交換
・自己導尿
・SGS など嚥下技法
SGS:Supraglottic Swallow
3 . 運動学習とスキル
練習の中核となる運動学習(治療的学習の一つ)は,活動機能構造連関各要素
と支援工学を「課題実行という文脈」のなかでまとめて課題達成能力の向上をは
かる過程である.
学習(運動学習)は,行動科学的には「経験によって生じる比較的永続的な行
動の変化」と定義される.そして,運動学習によって獲得される行動単位を「ス
キル(skill)」とよぶ.
スキルは,その行動が目的をもっていて,いくつかの運動から構成されている.
適切なスキルには, 1 )達成の正確性(あらかじめ決められた結果に合わせる)
,
2 )身体的,精神的エネルギー節約の満足化, 3 )使用時間節約の満足化,とい
う特徴がある[ 2 ]
.
人間のほとんどの行動はスキルであり,その中核には「生得的」とよべる特徴
があったとしても,多くの場合,
「学習された熟練行動」と考えることができる.
スキップを踏む,自転車に乗る,などはもちろん,ボールをうまく投げる,など
といった課題もスキルに当たる.リハビリ場面での新しいスキル例を挙げる(表
1 新しいスキルの例)
.健常者と患者とで運動学習の原理に大きな違いはない.
スキルと近縁の用語に協調性(coordination)がある.協調性とは,円滑な運動
の遂行であり,スムースな運動特性(skillful)を指す.スキル獲得において,協
調性の向上をもたらす神経系の果たす役割は大きい.また,協調性という用語は
小脳症状や体性感覚障害に伴い生じる失調性運動に関連して議論される場合も多
い.ただしここでは,協調性は活動機能構造連関要素の一つと扱い,それととも
に筋力や可動域など他の活動機能構造連関諸要素を同時に改善しながら統合し課
2 . 運動学習エッセンス 17
表 2 スキルの分類
・閉鎖 / 開放スキル
・分離 / 連続 / 系列スキル
・運動 / 認知スキル
題指向的に変容をはかる過程を運動学習とし,その結果獲得される行動単位をス
キルとよぶ.
4 . スキルの分類
スキルはその特徴によって分類される(表 2 スキルの分類)
[ 2 ].分類の際
に基本となる要素は,感覚-知覚,意志決定,運動制御-運動産出という行動の過
程である.スキルの種類は,学習の方法やその転移(transfer,後述)を考える
際に役立つ.
・開放 / 閉鎖スキル(open / closed skill)
:対戦ゲームなど環境が時々刻々変化
する状況における課題を開放スキルという.それに対し,静止した的を射る弓術
のように環境が安定している課題を閉鎖スキルという.開放スキルでは,感覚-知
覚と意志決定が重要になる.
・分離 / 連続 / 系列スキル(discrete / continuous / serial skill)
:運動課題にお
ける運動制御-運動産出の過程での差で 3 種類のスキルに分類できる.運動の開始
と終了がはっきりしている投球,スイングなどを分離スキルという.開始と終了が
はっきりしない繰り返されるスキルである水泳や歩行などは連続スキルとよばれる.
この両者の間に,体操の規定種目やピアノの演奏のような分離スキルや連続スキル
が組み合わさった課題があり,系列スキルとよばれる.各スキルに適した練習法に
は差がある.
・運動 / 認知スキル(motor / cognitive skill)
:重量挙げのように運動制御が
もっとも重要で,意志決定は重要でない課題は運動スキルとよばれる.それに対
し,チェスや将棋のように意志決定が最大で運動制御が最小の課題は認知スキル
とよばれる.
5 . 一般運動プログラム(表 3 )
スキルの運動類似性は,一般運動プログラム(generalized motor program)の
視点で考えると便利である[ 2 ]
.一般運動プログラムによれば,運動課題は,運
18 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
表 4 運動学習戦略の主要因子
表 3 一般運動プログラム
(generalized motor program)
不変性特徴 invariant feature
相対タイミングの定常性
変数 variant factors
・運動時間の変動性
・運動の大きさの変動性
・転移性
・動機づけ
・行動変化
・フィードバック
・量(頻度)
・保持 / 応用
・難易度
Schmidt RA 改変
・使われる四肢の変動性
Schmidt RA より
動時間,運動の大きさ,使われる肢,という変数(variant factors)と相対タイ
ミング(relative timing)という不変性特徴(invariant feature)からなる.不変
性特徴,つまり,相対タイミングが同等の課題は類似性が高い.逆にそれが異な
る場合,類似性は低い.たとえば,速度の異なる歩行は同等であるが,同速度の
歩行と走行は別課題となる.また,三動作歩行と二動作歩行は別課題である.
6 . 運動,動作の冗長性
目 的 ス キ ル を 選 択 す る 際 に 考 慮 す べ き 点 と し て, 運 動, 動 作 の 冗 長 性
(redundancy)がある.冗長性とは,必要最低限のものに加えて,余分や重複があ
る状態を意味する.目的とする活動は,通常,複数の方法で達成できる.たとえ
ば,仰向けから起き上って立位になる活動には,複数の種類の動作(仰向けから
そのまま起き立つように立位になる~一度腹臥位になり,膝をついて,台に掴ま
り立ち上がる,など)があるし,肘を伸ばす動作には,複数の種類の運動(上腕
三頭筋を収縮させ肘伸展~肩を外旋して肩を屈曲し重力で肘伸展,など)がある.
したがって,課題設定としてどの運動や動作を目指すかには複数の選択肢がある.
7 . 運動学習の要点
運動学習を考える際の主要因子として,転移性,動機づけ,行動変化,保持・
応用がある.また,行動変化に重要な因子として,フィードバック,練習量,難
易度がある(表 4 運動学習戦略の主要因子)[ 3 ].
8 . 転移性(transferability)
転移性とは,練習課題がもつ目標課題への効果の程度であり,練習課題 A が目
2 . 運動学習エッセンス 19
標課題 B を上手にするとき,A は B に転移する(transfer)という[ 2,4 ]
.
転移性は,原則として課題特異的(類似性転移)である.つまり,課題が類似
しているほど転移しやすい.ある練習が,類似性に関係なく多くの運動性能を向
上させるような場合(一般性能向上)を異質性転移というが,このような現象は
あまり期待できない.ピアノを練習してもテニスはうまくならない.この点で,
「必要な課題そのものを練習する」という方法が中心になる.
最終目標となる課題を基準課題(criterion task)という.たとえば退院後に屋
内での歩行自立を目指す患者では,その歩行練習の基準課題は,
「自宅での屋内歩
行」となる.
転移性を考える際の要点は,上述した( 1 )スキルの分類,
( 2 )運動類似性,
( 3 )冗長性である.
・開放スキル課題を閉鎖スキル課題で練習するなど,異なる類型に属するスキ
ル間の転移性は概して低い.つまり,環境が変化しない場面でのスクワットなど
の運動(閉鎖スキル課題)がバランス能力(開放スキル課題)に寄与する程度は
大きくない.
分離スキル課題は通常一体で,さらには分解できない.スイングは,その運動
をさらに細かく分けて練習しても無意味とされている.したがって,分離スキル
は,速度や強度などの変数を変えて練習する.一方,系列スキルは,分解して練
習できる.系列スキルでは,部分的練習によって獲得された部分スキルは系列ス
キル全体に転移する.分解の方法については,難易度の項で触れる.
・一般運動プログラムの類似性(相対タイミングが類似)が高いほど転移性が
高い.たとえば,低速度での歩行は高速度の歩行に転移する.逆にそれが異なる
場合,たとえば,三動作歩行練習は二動作歩行への転移性が低い.
・目標設定の際には,課題達成における冗長性の存在に考慮が必要となる(表
5 立位移動活動の冗長性).三動作歩行練習が二動作歩行へ転移しにくいとし
ても,そもそもおおまかに「歩行」と規定した目標課題が,三動作歩行の達成で
ある場合は,三動作歩行練習を行うことが理に適っている.また,装具歩行が最
終目標の場合には,装具歩行練習が理に適う.漠然とした目標設定でなく,運動
類似性と冗長性を考えた具体的目標課題が必要である.
9 . 動機づけ(motivation)
練習とその他の一般的治療との大きな違いに,
「患者の能動性」への要求がある.
20 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
表 5 立位移動活動の冗長性
脳卒中患者の「歩行」
・二動作歩行(装具歩行を含む)
・二動作杖歩行
・三動作杖歩行
・伝い歩き
・その他
生理学的「歩行」
とは異なる
通常,一つの目標活動には,それを達成する複数
の方法がある(冗長性)
.たとえば,片麻痺患者の
歩行といった際,そこには,生理学的「歩行」と
は異なる種々の立位移動活動が含まれている.
薬物治療や外科治療において,患者は文字どおり「耐える人(patient)」であれ
ばよい.つまり,苦い薬,痛い注射,辛い手術を我慢して受けてくれればよい.し
かし,耐えるだけでは練習にならない.患者は練習に「主体者(prime-mover)」
として参加する.そのために十分な動機づけ(motivation)が必要となる.
動機づけとは,
「行動を始発させ,方向づけし,持続的に推進する心的過程・機
能」を意味する心理学的概念である.リハビリテーション医療における患者参加
には大きな困難性が伴う.すなわち,課題の低価値性や高齢や知的障害などの悪
条件が能動的参加を妨げる.
動機づけには,それをもたらしやすい本来的な課題特性のほか,種々の状況依存
的要素が関与し,一筋縄ではいかない.そのため,精神力動論の障害受容過程,強
化理論の内的・外的強化因子,役割理論の学習者役割,認知心理学の欲求階層性,
原因帰属,体験的認知,アフォーダンス,そして,神経心理学の意識障害や前頭葉
機能障害などの諸概念が役立つ[ 5 ]
(表 6 動機づけに関する心理学的観点)
.
課題の本来的特徴からみれば摂食嚥下練習など欲求階層性の根源的なもの,対
人ゲームなど体験性(体験的認知:experiential cognition)が高いものは,動機
づけしやすい.一方,歩行やセルフケアなど ADL 課題は,本来的に楽しいもの
ではない.
そこで,動機づけには状況依存的側面が強いことを理解して,それを利用でき
るように練習デザインを考える.たとえば,強化理論の考え方は役立つ.外的強
化因子は,課題そのものではなく外部にある因子であり,療法士の患者に対する
賞賛や関心などが正の因子となる.内的強化因子は,課題そのものから得られる
2 . 運動学習エッセンス 21
表 6 動機づけに関する心理学的観点
観 点
概 念
精神力動論
受容段階(例.否認,取り引き)
強化理論
内的・外的強化因子(例.療法士因子)
役割理論
学習者役割(例.病棟 / 訓練室差異)
認知心理学
神経心理学
欲求階層性(Maslow AH)
原因帰属(例.学習性無気力)
体験的認知 vs 内省的認知
アフォーダンス(環境に埋め込んだやる気)
前頭前野機能など
心理学的諸概念を理解することで,複雑な心理的問題を多面的に検
討することができる.
楽しみや達成感などで,結果のフィードバックが要点になる.課題導入時には,
課題はうまく達成できないため課題そのものから内的強化を得ることが困難であ
り,療法士-患者関係を中心とした外的強化因子に十分な配慮を払う.一方,練習
が進み,課題がある程度可能になってきたら,内的因子に注意を移す配慮をする
ことで動機づけの維持に努める[ 5 ].また,
「環境が行動を誘導する」というア
フォーダンス(affordance)の意味は知っておきたい.ヒトの行動は,無意識的
に環境という文脈に影響を受け,解発される.たとえば,ベッドは臥床を誘導し
やすく,廊下は歩行を誘導しやすい.FIT では,病棟設計にあたって,中心部に
6 m 幅の廊下を設けることで,活動的環境を生み出した.「やる気がない」とい
う一言で問題を片付けない姿勢が治療の成功に結びつく.
10 . 行動変化(performance change)
練習によって行動変化が生じる.そして,行動変化が保持・応用できるように
なると学習が成立する[ 2,
4 ].
行動変化と運動学習との関係はやや複雑である.運動学習は,スキルを獲得し
定着させる過程であり,実際に観察されるものは行動変化である.一方,運動学
習は,構成概念注 3 )であり直接測ることができない(図 2 ).そして,行動変化と
学習とはイコールでない.獲得されたものが比較的長期にわたって定着・保持さ
れた状態が学習であり,一時的に獲得されすぐに忘却される変化は学習ではない
22 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
表 7 行動変化と学習の比較
達成率
・行動変化は即時的変化,学習は持続的変化
・行動変化は直接観察可能,学習は行動変化か
ら推測する構成概念
・学習は,遅延テスト(持続性),転移テスト
(応用性)で評価
・行動変化と学習が乖離する状況が存在する
練習量
図 2 学習曲線
[ 2 ].たとえば,一夜漬けで覚えその日のテストで正解できても 1 週間後には忘
れている場合,「行動変化はあったが,学習は起こらなかった」と考える.した
がって,行動変化と学習を区別しておく必要がある(表 7 行動変化と学習の比
較)
.学習を評価するには,練習後一定の期間をおいて評価する「遅延テスト」
,効
果の応用性を評価する「転移テスト」が用いられる.両者の差異については,保
持・応用の項でも議論する.
行動変化で主要な変数は,量(頻度)
,難易度,フィードバックである.
11 . 量,頻度(amount, frequency)
一般的に学習の経過を時間軸(練習量)に対する成果としてみると,シグモイ
ド・カーブになる(図 2 学習曲線)
.この曲線の意味づけについては多くの議
論があり[ 2 ]
,類義語としても,学習曲線,習熟曲線,行動変化曲線などがある
が,いずれにせよ,行動変化は練習量に依存して生じ,スキル獲得のためにはそ
の練習量(頻度)が重要な因子となる.Kottke が指摘したエングラムの重要性
[ 6 ]は,いかに繰り返しの練習が必要かを強調したものである. 1 日 8 時間練
習するピアニストでもその技術的成長は 30 年以上続くとされている.もっと単純
なタバコ巻き習熟の研究によれば,工員がタバコ巻きに習熟しそれ以上速くなら
注 3)
構成概念
それ自体は観察できず,観察された現象から想定される概念を指す.そのため,もし,
脳波やその他の脳活動指標の変化によって,運動学習と行動変化とを区別できるように
なればと期待されている.
2 . 運動学習エッセンス 23
タバコ巻き所要時間
時間 (0.01min)
Crossman 1959
4.2sec
繰返回数
図 3 反復による協調性の改善
協調性の改善には,多数回の反復が必要であり,タ
バコ巻き課題のプラトーには 300 万回の繰り返しを
要する.
[ 6 ]より引用改変
ないプラトー(plateau)に達するまで,300 万回の繰り返しを要するという
(Crossman)
[6]
(図 3 反復による協調性の改善)
.仮にこの数字を歩行練習
に置き換えると 1 日 1 万歩歩いて 300 日を要することになる.したがって多くの
場合,入院中の練習量は圧倒的に不足している.つまり,実際の臨床においては,
練習量を増やす工夫が臨界的(critical)となる.FIT プログラムはこの問題を軽
減するために開発された.
12 . 難易度(difficulty)
練習成功の要となる最重要変数が難易度である.ピアノの練習など広く普及し
ている健常者の練習と比して,患者の練習について「経験的に適切な難易度」は
確立されていない.
シグモイド・カーブで表現される学習曲線は,学習初期の「なかなかうまくな
らない」時期の後,練習に伴って課題ができるようになる立ち上がり部分を経て,
飽和して頭打ちになる時期に至ると解釈される.しかし,この学習初期に関する
解釈は,複雑な課題,すなわち,課題を言語-認知的に理解すべき複雑な内容を有
するシステム的課題の場合にのみ適切で,そうでない課題(理解が容易で,やる
べきことがはっきりしている課題:たとえば,Crossman のタバコ巻き課題),す
24 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
表 8 学習曲線の意味と難易度パラドクス
学習曲線の意味
6~7 割できる課題を繰り返すことで習熟する.
難易度の高いものは,そのままではできるようにならない.
難易度のパラドクス
できないから,できるようになりたい.
でも,学習は行うことで成立するので,
できなければ,できるようにならない.
なわち,ほとんど最初から運動習熟が要求される課題の場合には,左下の「傾き
のない部分」は存在しないと思われる.つまり,このような場合にもしスキルと
しての課題難易度が高すぎる(過剰難度)と,患者は,どうもがいてもそのまま
では達成できず,最後にはやる気を失う(学習性無気力)
.したがって,難課題に
対しては,いかに課題難易度を調整して効果がはっきりとわかる急峻なカーブ部
分において練習するかが重要になる.
繰り返すが,このシグモイドカーブの左下部分は「課題ができないこと」を意
味する.できないからこそ練習するのだが,
「学習はその課題を繰り返すことでで
きるようになる」ため,
「できないものはできない」という矛盾に陥る.私たちは,
これを「難易度のパラドクス」と呼んでいる[ 3,4 ](表 8 学習曲線の意味と
難易度のパラドクス)
.したがって,治療者は,課題難易度を何とかできる程度に
調整する必要がある.
課題難易度を調整する方法は,大きく分けて二通りある[ 3 ]
(図 4 難易度
パラドクス克服のための 2 方法)
.一つは,一時的に神経系を変調し,随意性を
向上させ,課題実行を可能にする「促通(facilitation)
」である.促通(広義)注 4 )
には,物理的感覚刺激や自動運動を利用する種々の促通(あるいは抑制)手技
[7]
,経頭蓋磁気刺激など電気生理学的手法がある.学習に組み込んだ形で行わ
注 4)
促通(広義)
嚥下練習における Thermal tactile stimulation(TTS)も促通の一例である[ 8 ].なお,
ここで促通は「課題遂行を促通する」という行動論的意味を指し,神経回路の促通ある
いは抑制といった神経生理学的機序を表すものではない.
2 . 運動学習エッセンス 25
達成度
目標課題
容易類似課題
適 切
難度
部分法,変数調整,自由度制約,補助
n 課題調整法
n促通法
促通因子,刺激法,薬物
限界難度
過剰難度
練習量
図 4 難易度パラドクス克服のための 2 方法
れる促通としては,川平らのものが体系的である[ 8 ]
.加えて,ボツリヌス毒素
などの薬物療法注 5 )も練習を加速する意味で「促通的」である.
そして,もう一つは,
「段階的練習」である注 6 )[3,4 ]
.目標スキルに転移性を
有する「よりやさしい,適切な難易度の課題(限界難度)
」を用意して,達成が目
に見えるようにしながら課題を段階的に乗り継いで行き,最終的に目標スキルに
到達する.その際,最短で目標スキルへ到達する経路を設計する(図 5 類似課
題戦略).難課題を乗り切る工夫が臨床家の腕の見せ所であり,これを「難課題解
決のアクロバット」とよぶ.手段として,部分法,変数調整,自由度制約,補助
がある.
・部分法(part-task practice)は,課題を分割して重要な部分を取り出して行
う練習で,系列課題で有効である(部分法の反対を全体法:whole-task practice
注 5)
ボツリヌス毒素などの薬物療法
その効果の持続性から,一時的とよぶには十分すぎる期間効果があり,区別する必要が
あるかもしれない.
注 6)
段階的練習
オペラント条件付けの際の行動形成(shaping)に用いられる逐次接近法(successive
approximation method)に類似した概念といえる.
26 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
課題:
A
B
C
D
E
目標スキル
AFO(DF+)+TC
F
AFO(Fix)+TC
達
成
率
AFO(Fix)+QC
AFO(Fix)+QC+SS
KAFO+QC+SS
KAFO+//+介助
出発
練習量
KAFO: 長下肢装具, AFO: 短下肢装具,//: 平行棒,QC: 4脚 ,TC: T字 , Fix: 底背屈固定,
DF+: 背屈遊動,SS: 安全懸架, : 促通手技
図 5 類似課題戦略:歩行練習課題シリーズ例
より容易な転移性のある複数の課題(A~E)を用意して,乗り継いで
目標スキル F に到達する.歩行練習では,装具や安全懸架が難易度調
整に重要な役割を果たす.また,促通手技も併用する.
という). 3 種類の部分法がある[ 2 ]
.
1 )fractionization:運動の一部分を取り出して行う,例)水泳におけるキック
ボードを使ったバタ足.
2 )segmentation:運動の一場面を取り出して行う,例)ボーリングで助走だけ
を練習.
3 )simplification:課題を分解・単純化して容易にする,例)野球のティーバッ
ティング.
・変数調整は,一般運動プログラム内の変数である強度や速度を調整すること
で課題を容易にする.たとえば,歩行練習の際,歩行周期を伸ばしたりストライ
ド長を減らしたりして,難易度を調整する.
・運動を単純化する自由度制約では,装具使用がその代表例となる.また,種々
の運動習得初期にみられる拮抗筋同時収縮による stiffness も生理学的に関節運動
を制約する例である.
・補助(assist)は,練習すべき焦点(クリティカルポイント)以外の部分を支
持することで課題を容易化し,安全な遂行を確保する.補助と介助(help)の区
別については後段で論じる.
ここでは,歩行練習における装具使用について触れる.
「歩行は歩行によって練
2 . 運動学習エッセンス 27
到達目標
過難
患 者
適度
課題難易度設定:
安全,可能,かつ効率的
過易
図 6 療法士は練習のデザイナー
療法士は,いくつの階段を用意すれば,確実かつ効率よい練習がで
きるかを勘案する.
習する」のがもっとも転移性が高く理に適っている.装具によって麻痺した下肢
の自由度を減ずることで,歩行課題を容易化し実際に歩行を可能にする[ 3,
4]
.
各装具の使用段階における患者の具体的課題を理解すると,その意味がわかって
くる(図 5 参照).
長下肢装具を使用すべき場合,患者は,患肢の支持性がなく体幹のコントロー
ルも不十分で,そのままでは立位をとれない.このような場合,麻痺肢の上に
載った体幹と股関節周囲のコントロール達成がクリティカルポイントとなる.長
下肢装具を使用することで,患者は克服すべきこの焦点に注力できる.この段階
は,
「患肢の支持性は練習の中で繰り返される陽性支持反応の結果,後ほど達成さ
れる」という予測のもとに行われる.長下肢装具の難点は,遊脚困難性にあり,健
側補高などによって乗り切る.シェアバン(低摩擦素材)を足底前部に貼って遊
脚時の摩擦を軽減するのも一法である.短下肢装具使用の段階では,患者は,股
関節,膝関節のコントロールに注力する.つまり,装具は自由度制約を通して,部
分法である fractionization や simplification を可能とし,難易度調整をして学習過
程を円滑化する.
段階的練習では,高みにある最終目標(基準課題)に到達するためにいかに適
切な段階を配備するかという方略が大切になる.課題が難し過ぎれば患者は諦め
28 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
てしまうし,易し過ぎる分割は余計な時間を費やす結果となる.例えると,療法
士は,適切な複数の難易度課題を用意して,患者に達成が目に見えるようにしな
がらスムースに課題を乗り継いでもらい,基準課題に最短時間で到達する経路を
設計する「練習のデザイナー」である(図 6 療法士は練習のデザイナー)
.
13 . フィードバック(feedback)
フィードバックは運動学習における感覚情報の中心であり,フィードバックな
しに学習は成立しない[ 1 ]
.運動の経過や結果を知って初めて意味のある影響を
受けることになる.したがって,いかにフィードバックをかけるかが大切になる.
フィードバックには,自らの視覚や固有感覚などを介した内在的フィードバッ
ク(intrinsic feedback)と指示や筋電図などで外部から与える外在的フィード
バック(extrinsic feedback)とがある.
外在的フィードバックの与え方が運動学習に大きな影響を与える.フィード
バックには,( 1 )動機づけ,強化因子,( 2 )情報の統合,エラーの検出,修正
の基準,
( 3 )依存性,という機能・特徴がある.とくにフィードバックのもつ依
存性によって,与えすぎると学習を阻害するという現象が生じる(保持・応用の
項参照).したがって,フィードバックは多ければ多いほどよいという訳ではなく,
使い方として,低頻度,漸減的,帯域的,遅延的な提示が基本となる.
また,その情報内容として,結果の知識(KR:knowledge of result)とパ
フォーマンスの知識(KP:knowledge of performance)とがある.KR は課題の
成功についての情報であり,KP は運動パターンについての情報である[ 2 ].練
習上,KR は課題の達成度(難易度)を明瞭にする.治療者は KR によって「ギ
リギリ」の課題(限界難度)を設定できる.KP は運動の質を明瞭にする.治療
者は KP によって「コツ」の達成度(未修得度)を知ることができる.
リハビリテーション領域でしばしば言及される筋電図バイオフィードバック療
法について触れておく.Wolf は,教科書の中でバイオフィードバック療法の「遅
延なく同時的,低頻度でなく高頻度,運動パターンでなく筋特異的」という特徴
を挙げ,運動学習理論と一線を画している[ 9 ].しかし,その内容と実際の経過
に関する彼の記載をみると練習の進行に従って漸減していくことが明確に示され
ており矛盾するとはいえない.私たちは,筋電図バイオフィードバック療法を運
動学習の重要な一側面であるフィードバック(KR)を強調した戦術(戦略ではな
い)の一つと考えている.
2 . 運動学習エッセンス 29
14 . 保持・応用(retention / application)
練習によって得られた行動変化は保持・応用される必要がある.すなわち,長
期的かつ類似課題に柔軟な行動変化が学習である.行動変化と学習とは遅延テス
トや転移テストで区別する(performance-learning distinction)
[2]
.
学習と行動変化の乖離を示す状況があった際,主な要因は,練習法の違い,
フィードバックの影響,疲労の影響である.
・練習法では,ブロック練習(blocked practice)とランダム練習(random
practice)の差,一定練習(constant practice)と多様練習(varied practice)の
差の理解が必要である[ 2 ]
.例示すれば,歩行,階段,運搬という 3 課題を行
う際,ブロック練習は,まず,歩行ばかりを続けて行い,その後に,階段,そし
て,運搬というように,同一課題を続けて行う練習法である.一方,ランダム練
習は,歩行,階段,運搬,階段,歩行,というように課題をバラバラに混ぜて行
う練習法である.また,ある課題を行う際の変数(variant factors)の扱い方と
して,試行ごとに変数値を変えるものを多様練習という.つまり,歩行でいえば
歩行速度を毎回変えるような練習方法である.それに対し,一定の歩行速度で練
習する方法を一定練習という.
一般にブロック練習や一定練習では行動変化が急速に現れやすい一方,保持は
得にくい.逆にランダム練習や多様練習では行動変化はゆっくりだが,保持され
やすく,また,応用的課題への転移性が高い[ 2 ]
.
これは,ランダム練習や多様練習では,課題遂行における感覚-知覚,意志決定
の過程が十分練習されるためと考えられている.このような視点からみると「単
なる繰り返し」によるエングラムの形成という概念には注意すべきことがわかる.
例えて表現すれば,定着を重視した練習では「繰り返しのない繰り返し」が必要
となる.
しかし,最初から「ランダム練習や多様練習をすればよい」というわけではな
い.実際の練習のデザインでは,それぞれの特性を使い分けることが賢明である.
すなわち,練習初期段階には,ともかく課題が達成できることを実際に示すため
ブロック練習や一定練習を中心に行って,早い時期に課題遂行可能にし,患者に
やるべきことができることを実感してもらう.その後,保持や応用を高めるため,
ランダム練習や多様練習を加えていくのである.
・フィードバックは与えすぎると行動変化と乖離して保持を損なう.その理由
として,外在性フィードバックの存在が内在性フィードバックの発展を抑制する
30 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
機序が想定されている[ 2 ]
.
・疲労は行動に強く影響を与えるが,学習すなわちその獲得と保持への影響は
少ない.したがって,練習の間に休みを入れない集中練習(massed practice)の
ほうが休息を入れる分散練習(distriduted practice)より練習期間(練習実時間
ではなく)当たりの学習達成度は高くなる.ただし,疲労は行動に強く影響を与
えるため,危険が伴う課題や過用による機能障害の発生には十分注意が必要であ
る.
定着・保持に関連した事象として,しばしば,話題にのぼる現象に「キャリー
オーバー(carry-over)問題」がある[10]
.これは,練習効果が翌日にはなく
なって元に戻ってしまう事態に直面して「患者さんの学習能力が低い」と考える
問題である.以下の点の検討が必要になる.まず,この問題が発生する場面は,学
習曲線から考えるともっとも立ち上がりの急峻な時期にあるだろう.この時期に
は少しの環境変化あるいはわずかな忘却でも達成率に大きな変化を生む(曲線の
傾きを考えてみよう)
.つまり,患者は課題達成の臨界的局面にあり,もっとも練
習しがいのある時期と考えてよい.さらに,練習量や頻度はどうであったかも考
える必要がある.この時期には休日などで練習がなければ容易に後戻りしてしま
うからである.「積み重ねが起こらないとき」にまず考えるべきは,この曲線の特
性と練習量・頻度についてである.次に,ブロック / ランダム練習,一様 / 多様
練習の使い分けが適切かを検討する.また,フィードバックの与え方が,低頻度,
漸減的,帯域的,遅延的という性格を持っているかを調べる.このように考えて
いくとキャリーオーバー問題場面はきわめて興味深い臨床過程と理解できる.
15 . 運動学習と道具
運動学習は,できない課題をできるようにするために行うので,練習の際には
それなりの工夫が必要である.その際,装具,各種支援機器などが役立つ.
難易度の項で紹介したように,下肢装具は自由度制約を通して課題の難易度を
調整する[ 3,4 ].片麻痺の歩行練習における長下肢装具や短下肢装具は,歩行中
に不十分な下肢支持性を補助することで歩行練習を可能にする.一方,装具がな
いために生じる不安定な状態を介助者が助けることは,locus of control(制御の
主体者)を患者から介助者へ移すことになり,学習を生じにくくする.基本的に
「介助は自立を阻害する」
のである.介助による歩行練習は可能な限り避けたい練
習方法といえる.これは,スポーツや楽器演奏の習得にあたって,介助練習がほ
2 . 運動学習エッセンス 31
図 7 安全懸架
義足歩行開始時の自動追従型懸架装置を用いた歩行練習場面.
基本的に免荷は要しない.
転倒を予防する安全懸架は,介助者の予期的介入を不要とし,
患者に,自ら立ち直る機会を提供する「安全な危険」
.
とんど存在しないことを思い出せば納得できるだろう.
歩行練習の際に介助を避ける別の方法に,
「安全懸架(safety suspension)
」が
ある[ 3 ]
(図 7 安全懸架)
.人による介助では,介助者の反応時間の遅さ(0.3
秒程度)から見越し(anticipation)なしには転倒を防げない.そのため,転倒の
危険のある場合,介助者は予測を働かせて患者の身体を支える.この先取りは,
患者が,自分で自分の身体を立ち直らせるチャンスを奪う.一方,ハーネスで緩
く体幹と接合した自由移動型あるいは自動追従型懸架装置(通常は免荷しない,
もしくは場合によって部分免荷)は,転倒を防ぎながら,患者に自分で姿勢制御
を行うチャンスを提供する.これが,歩行練習時に「安全な危険」を提供する安
全懸架という概念である.
別の例を紹介する.嚥下練習は,誤嚥や残留をなくし,安全な嚥下を可能にす
るために行う.その際,難易度を調整するために有効な手段として,食物物性の
調整,体位の調整がある.嚥下の容易化を可能にする特殊なゼリーや安全な肢位
を詳細かつ正確に調整できる嚥下椅子[11]は,便利な道具の良い例である(図
8 多機能嚥下いすを用いた嚥下評価と食事練習)
.
近年,練習支援ロボットも臨床場面に登場しつつある.ロボットは,自由度制
約のみならず関節運動も実現できるため,正確かつ安定した練習環境を生み出し,
難易度調整方法を飛躍的に進歩させるだろう.また,仮想現実など,これまで不
32 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
嚥下造影検査
食事場面
図 8 多機能嚥下いすを用いた嚥下評価と食事練習
多様な嚥下肢位を可能にするために開発された嚥下いすを用い,嚥下造影検査で肢位効
果を確認し,ギリギリの安全性を確保しつつ,そのまま食事練習を行う.検査と練習の
同一性が限界難度の精度を高める.(文献[11]より改変)
可能であった新たな練習方法をもたらす可能性があり[12],大きな期待が寄せら
れている.
文 献
[1]
才藤栄一 : 高齢社会とリハビリテーション医療.Bone 2012 ; 26( 1 ): 21-27
[2]
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具.日本義肢装具学会誌 2012 ; 28 : 87-92
[4]
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才藤栄一 : リハビリテーション心理エッセンス―動機づけの心理学.FIT プログ
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2 . 運動学習エッセンス 33
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34 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
3 . 日本の回復期リハビリテーションの実態
Keywords:診療報酬,質の評価,病床数
1 . 医療制度の中の位置づけ
1 . 1 高齢化と回復期リハビリテーション病棟
日本は国民皆保険の下,世界トップレベルの長寿が実現されており,2012 年の
日本人の平均寿命は女性が 86.41 歳(世界 1 位)
,男性が 79.94 歳(同 5 位)であ
る.現在,日本は世界に類のない急速な高齢化が進んでいる.総人口に占める 65
歳以上人口の割合(高齢化率)は 24.1%,75 歳以上は 11.9%に達した(2012 年 10
月 1 日現在).今後,総人口減少の一方で高齢者が増加することにより高齢化率
は上昇を続け,団塊の世代(1947-49 年生まれ)が後期高齢者となる 2025 年,
30%
を超えると推計されている(図 1 )
[1]
.中でも 75 歳以上人口は 2017 年には 65
~ 74 歳人口を上回り,その後も増加傾向が続く.この高齢化により入院を要する
急性患者増に加え,機能障害,活動制限を生じる患者数は数倍になる見込みで,
リハビリテーション(以下リハ)医療の需要は増大する.
従来日本の医療の中で,急性期から回復期,生活期に至るリハ医療は質量とも
未整備で,増加する需要に適切なサービスが提供されない状況にあった.具体的
図 1 日本の総人口と高齢化率(1950 - 2060)
文献[ 1 ]より
3 . 日本の回復期リハビリテーションの実態 35
表 1 回復期リハビリテーションを要する状態および算定上限日数
疾 患
発症から入院
までの期間
1 )脳血管疾患,脊髄損傷,頭部外傷,くも膜下出血の
150 日
シャント手術後,脳腫瘍,脳炎,急性脳炎,脊髄炎,多発
性神経炎,多発性硬化症,腕神経叢損傷等の発症または手
術後,義肢装着訓練を要する状態
2 カ月以内
高次脳機能障害を伴った重症脳血管障害,重度の頸髄損
傷および頭部外傷を含む多部位外傷
2 )大腿骨,骨盤,脊椎,股関節もしくは膝関節の骨折ま
たは二肢以上の多発骨折の発症後または手術後の状態 3 )外科手術または肺炎等の治療時の安静により廃用症
候群を有しており,手術後または発症後の状態
4 )大腿骨,骨盤,脊椎,股関節または膝関節の神経,筋
または靱帯損傷後の状態
5 )股関節または膝関節の置換術後の状態
病棟に入院
できる期間
180 日
2 カ月以内
90 日
2 カ月以内
90 日
1 カ月以内
60 日
1 カ月以内
90 日
には,急性期医療におけるリハ不足による入院期間の長期化,リハ専門病院およ
びリハ医療専門職数の不足,チーム医療の未熟,病棟における ADL の軽視など
である[ 2 ].2000 年介護保険制度発足と同期し,回復期リハ病棟はリハ専門医
療の担い手として制度化された.そこでは,介護保険適用以前に要介護状態を軽
減する「リハ前置主義」が謳われた.
回復期リハ病棟は,脳卒中や脊髄損傷などの神経筋疾患や骨関節疾患,種々の
急性疾患に伴う廃用症候群により ADL 低下を来した患者に対し,病棟単位の多
職種チームによる集中リハで機能や能力を改善し,在宅復帰させる役割を果たす
専門病棟である.診療報酬上,人員配置や施設,発症からの期間や入院期間およ
び適応疾患が明確に規定されるシステムである(表 1 ).諸外国の回復期リハ病
棟(convalescent rehabilitation ward)とは同一ではなく,日本独自の回復期リ
ハ病棟(kaifukuki rehabilitation ward)である[ 3 ].
1 . 2 診療報酬による質の評価
医療の質を評価する指標として,Donabedian による「Structure(構造)
」
,
「Process(過程)」
,
「Outcome(帰結)」のモデルがある.Structure は人員や設
備など医療提供体制として投入される資源,Process は医療者により実施された
36 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
図 2 回復期リハ病棟の「質の評価」
(Donabedian モデル)
診療やケア,Outcome は Structure や Process から生み出された結果,つまり診
療やケアにより実際に得られた成果を意味する.回復期リハ病棟の仕様について
このモデルで分類したものを図 2 に示す.
回復期リハ病棟の診療報酬は「質の評価」の観点から規定されてきた(表 2 )
表 2 診療報酬による「質の評価」の変遷(新たに評価された項目)
Outcome
Process
年度
入院
基本料
重症患者の
受け入れ
訓練量・体制
改善率
在宅
復帰率
2006
1 段階
―
1 日上限
6 単位→ 9 単位へ
―
―
2008
2 段階
日常生活機能評価 10 点
以上が 1 割 5 分以上
―
重症患者の 3 割
が 3 点以上改善
6 割以上
2 段階
日常生活機能評価 10 点
以上が 2 割以上
休日リハ提供体制
(365 日)
リハ充実
( 1 日 6 単位以上)
―
―
―
重症患者の 3 割
が 4 点以上改善
7 割以上
2010
2012
3 段階
日常生活機能評価 10 点
以上が 3 割以上
看護必要度 A 項目 1 点
以上が 1 割 5 分以上
※
重症患者=日常生活機能評価 10 点以上の患者
※
2014 年度医療・看護必要度 A 項目 1 点以上が 1 割以上に改定
文献[ 4 ]より一部改変
3 . 日本の回復期リハビリテーションの実態 37
表 3 日常生活機能評価と医療・看護必要度 A 項目
日常生活機能評価表
0点
得 点
1点
なし
あり
どちらかの手を胸元ま
で持ち上げられる
できる
できない
寝返り
できる
起き上がり
できる
できない
座位保持
できる
支えがあればできる
できない
できる
見守り・一部介助が
必要
できない
介助を要しない移動
介助を要する移動
(搬送を含む)
口腔清潔
できる
できない
食事摂取
介助なし
一部介助
全介助
衣服の着脱
介助なし
一部介助
全介助
できる
できる時とできない
時がある
できない
診療・療養上の指示が
通じる
はい
いいえ
危険行動
ない
ある
患者の状況
床上安静の指示
移乗
移動方法
他者への意思の伝達
※得点: 0 ~ 19 点
※得点が低いほど,生活自立度が高い.
何かにつかまれば
できる
合計得点
2点
できない
点
[ 4 ].2006 年度診療報酬改定で入院までの発症後期間が 3 カ月から 2 カ月に短
縮され,疾患ごとに算定上限日数が定められた.かつ訓練量の上限が発症早期お
よび回復期において 6 単位( 2 時間)から 9 単位( 3 時間)に増加し,充実し
た集中リハを提供できる体制が整えられた.2008 年度には日常生活機能評価が加
わり,入院時 10 点以上(以下,重症患者)を 1 割 5 分以上受け入れかつ在宅復
帰率 6 割以上を達成することが基準として導入された.すなわち Outcome を評
38 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
医療・看護必要度 A 項目
0点
1点
1
創傷処置(①創傷の処置(褥瘡の処置を除く),
②褥瘡の処置)
A モニタリング及び処置等
なし
あり
2
呼吸ケア(喀痰吸引の場合を除く)
なし
あり
3
点滴ライン同時 3 本以上
なし
あり
4
心電図モニターの管理
なし
あり
5
シリンジポンプの管理
なし
あり
6
輸血や血液製剤の管理
なし
あり
2点
専門的な治療・処置
(①抗悪性腫瘍剤の使用(注射剤のみ)
,②抗悪
7
性腫瘍剤の内服の管理,③麻薬注射薬の使用
(注射剤のみ),④麻薬の内服・貼付,⑤放射線
治療,⑥免疫抑制剤の使用,⑦昇圧剤の使用
なし
あり
(注射剤のみ),⑧抗不整脈剤の使用(注射剤の
み),⑨抗血栓塞栓薬の持続点滴の使用,⑩ドレ
ナージの管理)
A 得点
価されることとなった.表 3 に日常生活機能評価と後述の医療・看護必要度 A
項目(以下,A 項目)を示す.同年重症患者のうち 3 割以上が 3 点以上改善し
ている病棟に加算がつく「重症患者回復病棟加算」が設定された(2012 年度包括
化).2010 年度には重症患者割合が 2 割以上に引き上げられ,
「休日リハ提供体制
加算」(2014 年度包括化)および「リハ充実加算」が加わった.
さらに 2012 年度にはより早期に医療的介入の必要な患者を受け入れる体制が
評価され,2014 年度入院料 1 では,入院時 A 項目 1 点以上が 1 割以上,重症患
者 3 割以上で,かつ退院時には重症者のうち 4 点以上の改善率 3 割以上,在宅
復帰率 7 割以上と設定された(表 4 ).重症者増に対し看護体制は 15 対 1 から 13
対 1 に強化された.回復期は従来の「病態が安定した後のリハビリテーション医
療が必要な患者」から「病態は安定していないがリハビリテーション医療が必要
な患者」により適応が広がり,重症化かつ高い Outcome が求められることとなっ
た.
3 . 日本の回復期リハビリテーションの実態 39
表 4 回復期リハ病棟の施設基準と入院料(2014 年度改定)
回復期リハビリテー
ション病棟入院料 1
回復期リハビリテー
ション病棟入院料 2
看護配置
13 対 1 以上
15 対 1 以上
看護補助者の配置
30 対 1 以上
30 対 1 以上
専任医師 1 名以上,専従理
Structure
学療法士 3 名以上,作業療 専任医師 1 名以上,専従理
その他の職種の配置 法士 2 名以上,言語聴覚士 学療法士 2 名以上.作業療
1 名以上,専任社会福祉士
法士 1 名以上
など 1 名以上
3 割以上
入院時の重症患者率
Outcome
重症患者の退院時
日常生活機能評価
医療・看護必要度 A 項目
1 点以上が 1 割以上
3 割以上
4 点以上の改善が 3 割以上 3 点以上の改善が 3 割以上
在宅復帰率
7 割以上
6 割以上
入院料
2,025 点
1,811 点
重症患者=日常生活機能評価 10 点以上の患者
2 . 現状〜回復期リハビリテーション病棟協会調査より〜
2 . 1 病院と病床数
2012 年医療施設調査によると,日本の病院の全病床数は 1,578,254 床(一般病床
898,166 床・療養病床 328,888 床)であり,1992 年をピークに年々減少している.一
方,回復期リハ病棟は制度化以来増加し続け,2013 年 11 月末現在,1,544 病棟,
68,150 床に達している(図 3 )
[5]
.
以下,回復期リハビリテーション病棟協会による会員病院への 2012 年「回復期
リハビリテーション病棟の現状と課題に関する調査」
(有効回答 754 病院,990 病
棟,44,199 病床)の結果を概説する[ 6 ]
.
2 . 2 スタッフ体制
回復期リハ病棟の特徴の一つは多職種によるチームアプローチであり,病棟専
任・専従のスタッフが必要である. 1 病棟の平均病床数は 45 床で,病棟専任医師
数は 69.7%で 1 名,30.3%で 2 名以上となっており,平均 1.57 名である.調査日
時点の主治医は病棟当たり 4.27 名だが,内リハ科専門医は 0.88 名と 1 名に満た
40 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
床
80000
68150
70000
62800 65843
60000
59475
56141
51688
50000
44137
40000
38589
30000
29282
26422
21995
20000
14365
10000
7113
3235
0
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
図 3 回復期リハ病床数の推移
2008
2009
2010
2011
2012
2013
年度
文献[ 5 ]より
ない.
病棟専従療法士の最低基準は PT 2 名,OT 1 名だが,病棟平均で PT 6.43 名,
OT 4.68 名,ST 1.34 名の合計 12.45 名と基準以上で拡充している.病棟専従で ST
を配置している病棟は 60.0%,社会福祉士 60.7%である.2011 年調査では ST 専
従は 36.6%であり,急速に ST の専従化が進んでいる.2012 年度改定が影響した
ものと思われる.
2 . 3 患者状況と入院日数(経年変化)
制度発足当初は入院患者の 7 割は脳血管系の患者だった.近年は整形外科系,
廃用症候群の割合が増加しており,脳血管系は徐々に減少している.2012 年は脳
血管系 47.6%,整形外科系 39.5%,廃用症候群 11.4%となっている(図 4 )
.
発症から入院までの日数は,2006 年度改定の影響で大幅に短縮したがその後は
大きな短縮はなく,脳血管系 35.7 日,整形外科系 26.0 日,廃用症候群 24.8 日であ
る.A 項目導入による短縮効果は見られていない(図 5 ).回復期の平均入院日
数は脳血管系 89.4 日,整形外科系 56.9 日,廃用症候群 57.6 日である.2006 年度改
定の入院期間上限設定が影響し,とくに整形外科系と廃用症候群が 2005 〜 2006
年で約 10 日短縮したが,その後は横ばいである.同様に急性期(入院までの日
数)と回復期を合計した入院日数は,いずれの疾患群でも 2006 年以降大きな変化
3 . 日本の回復期リハビリテーションの実態 41
年度
図 4 疾患別の構成割合の推移
日
文献[ 6 ]より
脳血管系
160
125.7
140
120
89.4
100
合計
80
回復期
60
急性期
35.7
40
20
0
2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
年度
日
整形外科系
日
100
83.7
40
82.9
100
80
80
60
廃用症候群
120
120
56 9
56.9
26.0
57 6
57.6
60
40
24.8
20
20
0
0
2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
年度
図 5 急性期(入院までの日数)と回復期の入院日数の推移
年度
文献[ 6 ]より
42 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
0%
25%
入院経路
50%
3 6 .5
1 5 .2
75%
100%
4 4 .8
3 .1
0 .4
院内他病棟
関連病院
退院経路
その他の病院
7 1 .8
0%
20%
自宅
40%
転棟・ 転院
その他
自宅・ 老健施設
8 .4
1 2 .7
60%
80%
老健・ 福祉施設
急変・ 死亡
図 6 入退院経路
7 .1
100%
文献[ 6 ]より
%
80
70
60
50
自宅
40
転院・ 転棟・ 老健
急変・ 死亡
30
20
10
0
2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012
図 7 退院経路別割合の推移
年度
文献[ 6 ]より
点
3 . 日本の回復期リハビリテーションの実態 43
126
108
9 7 .55
8 5 .8
8 1 .5
FIM
72
整形外科系
脳血管系
90
廃用症候群
7 6 .3
6 8 .4
6 4 .99
54
36
18
入院時
退院時
有効患者数
整形外科系8,994 脳血管系11,826
廃用症候群2,686
図 8 原因疾患別の ADL 変化
文献[ 6 ]より
はなく,脳血管系 125.7 日,整形外科系 83.7 日,廃用症候群 82.9 日である.
入退院経路を図 6 に示す.入院経路は他病院が 44.8%,退院先は自宅が 71.8%
と最多である.重症患者をより多く受ける改定後も,在宅復帰率 70%以上と高い
値を維持している(図 7 ).他疾患に比較し,退院時 ADL が高く,在宅復帰率の
高い整形外科系の増加も影響していると考えられる[ 4 ]
.
2 . 4 ADL の変化
入院時から退院時の ADL の変化は,入院時平均 FIM 73.3 点から退院時平均
FIM 89.5 点へ 16.2 点向上している.疾患別に見ると,脳血管系・廃用症候群は整
形外科系より低い FIM で入院しており,さらに廃用症候群では退院時 FIM・利
得も低い(図 8 ).入院時の重症度別の検討として,2014 年度改定前の A 項目 0
点と 1 点以上,日常生活機能評価 9 点以下と 10 点以上で 4 区分し,それぞれの
入退院時 FIM,入院日数,退院先等を比較すると,Outcome は A 項目の有無よ
りも,日常生活機能評価で異なる傾向にあった(図 9 )
[4]
.A 項目 1 点以上か
つ日常生活機能評価 10 点以上の最重症で,利得と自宅復帰率は低く,急変転院率
が高いことがわかる.患者の重症化に伴い,回復期での基本的な全身管理に加え,
バックアップ機能として急性期との連携をさらに強化する必要がある.
44 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
図 9 A 項目※・日常生活機能評価の点数区分別帰結
※
文献[ 4 ]より一部改変
2014 年度改定前の A 項目
3 . 考察〜回復期の量について
2013 年 11 月末現在,全国の人口 10 万人当たりの回復期病床数は 53 床である
(2010 年人口による算出).都道府県別の人口当たり病床数は特に大都市で少なく
4.7 倍の開きがある[ 5 ].
では,回復期の主な対象である高齢者人口当たり病床数はどうか.全国の 65 歳
以上人口 1 万人当たりの病床数は 23 床であり,地域差(最大/最小)は 3.9 倍とな
る.75 歳以上人口 1 万人当たりにすると,病床数は 48 床,地域差は 4.2 倍である.
高齢者に限ると差はやや小さくなるものの,約 4 倍の偏在は大きい.
「日本の地域別将来推計人口(2013 年 3 月推計)
」に基づいて,
2013 年の病床数
のまま 2025 年になったと仮定し,都道府県別の人口,65 歳以上および 75 歳以上
人口当たりの病床数について算出した[ 7 ]
.つまり 2010 年人口と 2025 年の推計
人口による検討である.結果を図 10 に示す.10 万人当たりの病床数は全国で 6 %
増加し,地域差は 5.1 倍となる.一方,65 歳以上人口 1 万人当たり病床数は 19%
減,地域差は 4.3 倍に上がる.さらに 75 歳以上人口 1 万人当たり病床数は 35%減,
地域差は 4.0 倍と横ばいである.大都市での急激な後期高齢者増を反映し,埼玉,
3 . 日本の回復期リハビリテーションの実態 45
図 10 a 2010 /2025 年人口(推計)による都道府県別人口 10 万人当たり病
床数(2013 年病床数で計算)
46 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
図 10 b 2010 /2025 年人口(推計)による都道府県別 65 歳以
上人口 1 万人当たり病床数(2013 年病床数で計算)
3 . 日本の回復期リハビリテーションの実態 47
図 10 c 2010 /2025 年人口(推計)による都道府県別
75 歳以上人口 1 万人当たり病床数(2013 年
病床数で計算)
48 第 1 章 回復期リハビリテーションの基本
千葉,神奈川,愛知では 40%以上の減となっている.人口減少の時代に,総人口
で適切な回復期病床数を検討するのは妥当でない.高齢者人口および将来の変化
を加味しても,偏在は緩和しない.どの地域も急増する高齢者への対応を迫られ
る.
相対的な病床減に対しては,入院日数の短縮で受け入れ増を図ることが一つだ
ろう.高い Outcome を短い期間で達成できれば,病床増の効果が得られる.計
算上は病床減の割合分日数短縮すれば,同数の患者を受け入れることができる.
逆に,入院日数が延長すれば,さらに病床減してしまう.平均入院日数は 2006 年
度改定で短縮して以来, 6 年間横ばいである.専従療法士数は増加し訓練量は上
がっているが,入院日数短縮にはつなげられていない.より多くの患者に回復期
病床を提供するためには,量だけでなく質,効率が問われよう.
また,回復期の入院期間短縮には,急性期で廃用を最小限に止めることが必須
である.従来は入院で提供していたサービスを,外来や在宅にシフトして継続す
る体制整備も必要である.回復期周辺のリハ機能をさらに高めなければならない.
回復期は治療効率を上げると同時に,地域の医療・介護資源を最大限使い,そ
れぞれの地域特性に応じた役割,運営が求められている.
文 献
[1]
国立社会保障・人口問題研究所 HP 人口統計資料集 2013 年度版.Available from
URL : http://www.ipss.go.jp(2014.1.30 引用)
[2]
石川 誠 : 時論 6 万床時代へ―真価を問われる回復期リハ病棟が今取り組む
べきこと.全国回復期リハビリテーション病棟連絡協議会機関誌 2007 ; 6 :
6-14
[3]
渡邊 進 : 回復期リハビリテーション病棟の現況と課題.リハビリテーション医
学 2009 ; 46 : 799-807
[4]
岡本隆嗣,園田 茂,宮井一郎,筧 淳夫,石川 誠 : 時論 回復期の現状と今
度の行方―平成 24 年度実態調査結果から.回復期リハビリテーション 2013 ; 12 :
22-30
[5]
回復期リハビリテーション病棟協会 HP データ資料集.Available from URL :
http://www.rehabili.jp/sourcebook.html(2014.1.30 引用)
[6]
回復期リハビリテーション病棟協会 : 回復期リハビリテーション病棟の現状と
課題に関する調査報告書 平成 25 年 2 月.2013
[7]
国立社会保障・人口問題研究所 HP 日本の地域別将来推計人口(2013 年 3 月
推計).Available from URL : http://www.ipss.go.jp(2014.1.30 引用)
FIT program
第2 章
【第 2 章の執筆者紹介】
谷野 元一(藤田保健衛生大学藤田記念七栗研究所リハビリテーション研究部門)2.1 節
奥山 夕子(藤田保健衛生大学七栗サナトリウムリハビリテーション部)2.1 節
渡邉 誠(藤田保健衛生大学七栗サナトリウムリハビリテーション部)2.2 節
宮坂 裕之(藤田保健衛生大学藤田記念七栗研究所リハビリテーション研究部門)2.3 節
川上 健司(藤田保健衛生大学七栗サナトリウムリハビリテーション部)2.3 節
1 . FIT program とは 51
1 . FIT program とは
Keywords:訓練室一体型病棟,訓練量,多職種連携
1 . FIT program とは
FIT(Full-time Integrated Treatment)プログラムは,訓練室一体型病棟とい
う環境下で高頻度(週 7 日),高密度( 1 日中)に訓練を行い,多職種との情報
の共有化を根幹としたシステムである.藤田保健衛生大学リハビリテーション部
門で開発され,
2000 年 12 月より藤田保健衛生大学七栗サナトリウム(図 1 )で開
始されている.時期を同じくして回復期リハビリテーション病棟の入院料が新設
されたのも 2000 年 4 月であるが,FIT プログラムは回復期リハビリテーション
病棟の制度に合わせて考案されたのではなく,リハビリテーションの本来あるべ
き姿を追求して生み出されたシステムである.土日祝日関係なく 365 日リハビリ
テーションを実践すること,専門家によって許容上限の訓練を提供する FIT プロ
グラムに,2010 年の診療報酬改定での休日リハビリテーション提供体制加算やリ
ハビリテーション充実加算の新設という形で回復期リハビリテーション病棟シス
テムが追いかけてきていると捉えるべきなのかもしれない.
以下,この FIT プログラムの実際を概説する.FIT プログラムを中核とした病
棟運営に関しては 3 章 1 節に詳述する.
・対象患者
これまで FIT プログラムの成果は脳卒中患者を対象として報告してきた( 2 章
図 1 藤田保健衛生大学七栗サナトリウム
52 第 2 章 FIT program
2 節)が,FIT プログラムは脳卒中に限らず,回復期リハビリテーション対象患
者の基本プログラムであると考えている.動作の習得に十分な訓練量を提供し,
活動的に過ごせる病棟と密な連携により行われるリハビリテーションは脊髄損傷
や大腿骨頸部骨折などの運動器疾患のリハビリテーションにおいても有用である.
実際に当院では脳卒中患者だけに FIT プログラムを適応させているのではなく,
他の疾患も同様に FIT プログラムを行っている.
また,廃用症候群に対するリハビリテーションにも FIT プログラムの利点は大
きいと考えている.耐久性が著しく低下した患者では 1 回の訓練量,強度を制限
する場合もあるが,それでも FIT プログラムによる日常生活の活性化と週 7 日
の訓練は着実に持久力を高め,かつ ADL の効率を向上させる.
・FIT プログラム(ソフトウェア) リハビリテーションの基本は運動学習であり(運動学習の詳細は 1 章 2 節を
参照),FIT プログラムにおいてもつねに適切な難易度での訓練を心がける.た
とえば片麻痺が重度で立位が困難であれば長下肢装具を可及的早期に処方する.
また,運動学習を効果的に行うには訓練時間(量)が大切である.FIT プログラ
ムでは週 7 日の訓練により最大限の時間を確保し,従来の週 5.5 日訓練に比べ
ADL(activities of daily living;日常生活活動)向上と在院日数短縮を果たして
表 1 Triangle-pairs での担当患者割り振りの 1 例
療法士の Triangle-pairs を示している.丸で囲んだ療法士 Y が休暇の場合,療法士 X は主担
当である A,B,G,H に加え,副担当の C,I を担当する.療法士 Z も同様に,主担当である
E,F,K,L に加え,副担当の D,J を担当する.原則として,療法士の担当患者は主担当の
患者が 2 / 3 ,副担当の患者が 1 / 3 という比率で構成される.
図 2 ADL 場面での看護師と療法士
の連携
1 . FIT program とは 53
図 3 家族教室
いる[ 1 , 2 ].
週 7 日,365 日体制でのリハビリテーションを実現させるためには療法士の勤
務体制を整える必要がある.FIT プログラムでは職種ごとに 3 人の療法士を 1 組
にした Triangle-pairs をチームの最小単位として 1 時間単位の訓練を行っている
(表 1 ).患者から見ると,この 1 組の中に主担当と副担当の 2 名がいて 2 : 1
の割合で訓練を受ける.主担当が休暇の際も患者の訓練時間を変更することなく,
「代わりの誰か」ではなく副担当が訓練をする.担当患者の申し送り相手は 1 人
に限定され,主担当・副担当間の密な連携が実現される.回復期リハビリテー
ション病棟で入院初期から行われる種々のカンファレンス,退院に向けた調整,
家族来院時など,主担当が不在でも副担当がいつでも対応可能となるよう,つね
に主担当との情報共有が強いられる.各種ミーティングで副担当の「主担当が不
在のためわかりません」という発言は許容されない.なお 3 時間の訓練体制を実
現する方法に関しては, 3 章 1 節を参照されたい.
療法士による訓練を 3 時間提供したとしても,1 日の残りの多くの時間は病棟
で過ごすこととなる. 1 日中,活動的でいるためには,看護師や介護福祉士の活
躍が不可欠である( 3 章 1 節).とくに,実際の ADL 場面(図 2 )で療法士と
看護職が協働していくことが望ましい.また,患者・家族のリハビリテーション
への理解を深めることも必要である.FIT プログラムでは毎週土曜日の午前に家
族教室(図 3 )を開催し,その週の新入院患者の家族に参加を促している.主な
内容は FIT プログラムの意図,訓練に関する説明(実際の ADL 訓練,歩行訓練)
,
麻痺の経過,退院後の生活である.家族教室に参加することで家族の早期からの
54 第 2 章 FIT program
図 4 訓練室一体型病棟
図 5 ナースステーションからみた訓
練室
退院準備の必要性認識の度合いが増すことはアンケート調査から証明されている
[ 3 ].
・FIT プログラム(ハードウェア)
七栗サナトリウムでは FIT プログラム運用のために病棟が建てられた.6 m ×
50 m の廊下を挟み,病室と訓練室が広がっている訓練室一体型病棟である(図 4 )
.
ナースステーションからも訓練室が一望できる(図 5 ).療法士はいつでも病棟
にて訓練が行えるし,看護職も訓練中の患者状況を実際に確認することが容易で
ある.物理的制約がないため,意図的にコミュニケーションをとろうとしなくて
も,訓練室,廊下,ナースステーション,病室のどこでも顔を合わせて会話を交
わすことができる.訓練室一体型病棟ではあるが,病棟訓練至上主義を意味する
ものではない.病棟訓練は障害の状況,必要な時期を選んで行われるのが良いと
考えている.障害が重度または訓練初期では ADL の動作自体が定着していない
ことが多く,このような時期には訓練室にて環境をその患者の能力に合った状態
にして訓練難易度を調整しながら進めるべきである.その後 FIM(Functional
Independence Measure)で 4 点(軽介助)〜 5 点(監視)程度の ADL が可能
となった段階で,実際の病棟での定着に看護職と協力するのがもっとも効率が良
い.また,その後はより応用的な訓練を訓練室の環境で行っていく.歩行であれ
ば屋外歩行訓練も加え,さらなる ADL 向上につなげていく.
・情報交換
多職種が患者を中心にゴールを目指すためには,情報の共有が不可欠である.
日々の face-to-face のコミュニケーションは重要ではあるが,それだけでは共有す
1 . FIT program とは 55
図 6 朝の申し送り
図 7 ミニカンファレンス
図 8 回診
図 9 クリニカルカンファレンス
べき内容が落ちてしまう可能性がある.FIT プログラムでは意図的に情報共有を
図るイベントも重要視している.毎朝の看護師からの申し送り(図 6 )とグルー
プに分かれてのミーティング,入院後 1 週以内のリハビリテーション科医師の回
診,入院 2 週後の担当者によるミニカンファレンス(図 7 )
,回診(図 8 )
,嚥下
カンファレンス,症例を選んでの回復期リハビリテーション病棟全体のカンファ
レンス(図 9 )などを行っている.詳細は 3 章 1 節を参照されたい.
FIT プログラムが開始された当初は FileMaker Pro を用いた LAN による患者
情報の共有を行っていたが,現在では電子カルテシステムの中にその要素を取り
込んで情報共有が行われている.当院の電子カルテは部門システムに分かれてい
ないことが特徴で医師,看護師,療法士,医療ソーシャルワーカーすべての職種
の記載が同一の画面で行われ,時系列に患者の情報が並ぶ.そのため,情報を得
56 第 2 章 FIT program
歩行でのA D L拡大
高
車いすでのA D L自立
試験外泊
家族指導
住宅改修の
相談
A
D
L
移乗や更衣の
病棟内自立
退院先の
方向性決定
短下肢装具作製
歩行の介入
移乗
更衣の介入
療法士と 看護職の
A D L連携
回診
ミ ニカ ン フ ァ レンス
長下肢装具作製
低
転倒・ 転落への安全管理対策
入院
退院
図 10 入院から退院の流れ
るために別の画面を開く必要がない.
デ ー タ ベ ー ス は 疾 患 別 に 評 価 項 目 を 定 め, 入 院 か ら 2 週 間 ご と に SIAS
(Stroke Impairment Assessment Set)や FIM などのデータを蓄積しており,生
化学データのように数値として取り扱えるようになっている.これらの患者情報
は診療上必要な帳票類とリンクされていて,紹介状を作成する際にはコメント以
外の部分は別途作成する必要がないように配慮されている.また,このデータ
ベースから 4 半期ごとに治療成績を算出してスタッフ皆に公開して治療成績を
振りかえり,さらなる治療成績の向上への糧としている.
2 . FIT プログラムにおける入院生活の流れ
回復期リハビリテーション病棟への入院から退院までの流れ(図 10)を概説す
る.入院時から退院後を想定することが重要である.脳卒中などにより退院時に
も機能障害が残存する場合は患者・家族の理解を得ていないと退院に向けた取り
組みが難渋することもあるため,入院早期から多職種で連携して退院までスムー
ズに進める.
図 11 病室(センサ使用例)
1 . FIT program とは 57
図 12 看護職との立ち上がり
・入院時
入院時には,主治医の診察の結果として訓練処方が出される.この時点で下肢
装具が必要な可能性が高ければ,患者・家族へ作製の説明も併せて行っている.
看護師は情報聴取,病棟の生活や構造に関するオリエンテーションが行う.入院
初日は主治医の指示により,必要な療法士が評価を行う.この時点での療法士の
評価は身体機能のスクリーニングとリスク管理に特化して行っている.入院直後
の転倒・転落を防止するため主治医や看護師と情報を共有し,必要であればセン
サ類やベッド柵などを調整し病室内の設定(図 11)を決める.
・カンファレンス
入院から 2 週後に患者を担当するメンバーによるミニカンファレンスを行い,
ゴールとそれを達成するまでの期間を定め,それを受けて主治医が患者・家族へ
ゴールと入院期間の説明を行い,退院に向けた方向付けをする.詳細は 3 章 1 節
のカンファレンスを参照されたい.
・病棟生活と訓練
FIT プログラムでは訓練室一体型病棟により,患者の能動性を引き出すことを
重視している.患者は訓練以外の時間でも病室から一歩出れば,活動的な現場を
見ることができる.他者の訓練を見ることにより,身近な目標をみつけることが
できモチベーションの向上にもつながる.
訓練以外の時間にも離床を勧めている.看護職だけでなく,療法士も患者が離
床しているか確認する.重症例ではスケジュール管理による離床を促し,訓練開
始前 30 分など時間を決めて離床を促し,徐々に延長してくことで,座位の耐久性
58 第 2 章 FIT program
図 13 療法士と看護職の連携
図 14 廊下に設置している平行棒
向上を図る.ある程度患者の能力が向上してきた段階で,訓練状況に合わせ立ち
上がり(図 12)などを訓練時間外に行い,病棟生活を活動的に過ごせるようにす
る.
退院後の居住環境や患者が担う役割,家族背景を考慮し,退院後の生活スタイ
ルに類似した環境で動作を訓練することが有効である.病棟生活は,その絶好の
リハーサルの場となる.訓練でできるようになってきた ADL を病棟で実際に行
えるよう促していくには療法士と看護職の連携の場(図 13)が重要である.看護
職がなるべく多く参加できるよう,朝のミーティングを利用して集まる時間を設
定する.このような積み重ねにより訓練時間のみならず日常生活そのものが退院
後の生活に直結した訓練となる.
患者の能力が向上し自主トレーニングが可能となれば,必要に応じて廊下に設
置されている平行棒(図 14)や手すりなどを使用する.看護職,療法士の密度の
高い場所に設置することで,リスク管理を容易にしている.
・退院に向けて
退院の時期が近づいてきた時点で,可能な患者には退院前 2 週間前後に試験外
泊を勧め,その後の期間は外泊時の問題点の解決に力を注ぐ.また,ADL 介助を
実際の場面で看護師が指導した方が良い場合や外泊が難しい場合には病棟の中に
設置してある専用の部屋での宿泊介護体験も推奨している.
介護保険の利用には時間がかかるため,この点は入院早期からの説明が必要で
ある.社会的背景などにより,転帰先に難渋しそうな患者では医療ソーシャル
ワーカーによる入院早期からの介入を行う.
1 . FIT program とは 59
文 献
[1]
永井将太,園田 茂,才藤栄一,奥山夕子,長谷川昌士,川北美奈子,金田嘉清 :
The Full-time integrated treatment(FIT)program の効果.総合リハ 2003 ; 31 :
175-183
[2]
�������������������������������������������������������������������������������
Sonoda S, Saitoh E, Nagai S, Kawakita M, Kanada Y : Full-time integrated treatment program, a new system for stroke rehabilitation in Japan : comparison
with conventional rehabilitation. Am J Phys Med Rehabil 2004 ; 83 : 88-93
[3]
新谷実伸,永井将太,園田 茂,川北美奈子,和田陽介,登立奈美,今西ひろみ,
才藤栄一 : 患者と家族に対する脳卒中リハビリテーション教室の効果.総合リ
ハ 2005 ; 33 : 179-185
60 第 2 章 FIT program
2 . FIT program の成果
Keywords:訓練量,環境,高齢者
1 . はじめに
脳卒中リハビリテーション(以下,リハビリ)の訓練効果の検証は散見される
が,どの訓練法が優れているのかの報告が少ないのが現状である.脳卒中ガイド
ライン 2009 によると,ADL の変化に関しては,
「ファシリテーション(神経筋促
通手技)が従来の訓練法より有効であるという科学的根拠はない(グレード C)
」
とされている[ 1 ]
.一方で訓練量の効果については,Kwakkel らの脳卒中リハ
ビリの meta-analysis において,小さな差ではあるものの,訓練量が多いほうが
リハビリ終了時の ADL[Activities of daily living:日常生活活動(動作)]や機
能障害が改善されることが示されている[ 2 ].脳卒中ガイドライン 2009 でも,
「機能障害や能力低下の回復を促進するためにリハビリの量を増やし,集中して
行うことが勧められている(グレード B)
」とされている[ 1 ]
.また,運動麻痺
の治療では,使用頻度増加に着目した CI 療法[ 3 , 4 ]や促通反復療法[ 5 ]の
効果が検証されている.
FIT program は最短の在院日数で最高の到達点を目標とし,2000 年 12 月に開
始された.さらに,2006 年 4 月の診療報酬改定により回復期リハ病棟の位置 1
日上限単位数は従来の 6 単位から 9 単位へと増加された.当院でも療法士増員
により 2008 年 4 月から全患者に対し 1 日 9 単位のリハビリが可能となった.
FIT program が開始されてから 13 年が経過し,今日では多くの施設で毎日訓練
が行われるようになった.以下にこれまでの FIT program の成果を示す.
2 . FIT program の成果
2 . 1 ADL に対する FIT program の効果
Sonoda[ 6 ]らは FIT program 開始前の 1999 年 12 月から 2000 年 9 月の間に
当院を入・退院し従来のプログラムで治療を受けた初発脳卒中片麻痺患者(以下,
従来群)と 2000 年 12 月から 2002 年 3 月群の間に当院を入・退院し FIT program
を受けた初発脳卒中患者を対象とした比較検討を報告している.その結果,退院
時 FIM(Functional Independence Measure:機能的自立度評価法)運動項目合
2 . FIT program の成果 61
表 1 FIM 運動項目,認知項目の変化
従来法(n = 48)
FIT program(n = 58)
FIM 運動項目合計
入院時
64.3 ± 12.9
60.6 ± 14.2
n.s.
4週
73.1 ± 9.5
74.3 ± 11.4
n.s.
6週
74.4 ± 8.8
76.4 ± 11.0
n.s.
従来法の 6 週と FIT program の 4 週の比較
退院時
n.s.
77.0 ± 8.0
80.9 ± 6.9
31.0 ± 3.5
32.3 ± 3.3
**
FIM 認知項目合計
入院時
n.s.
**
4週
31.9 ± 3.4
33.6 ± 2.5
6週
32.4 ± 3.1
33.7 ± 2.5 *
従来法の 6 週と FIT program の 4 週の比較
退院時
32.3 ± 3.2
33.9 ± 2.3 **
在院日数
80.0 ± 26.0
69.8 ± 22.4 *
FIM 効率
0.16 ± 0.09
* p< 0.05,** p< 0.01,n.s. 有意差なし.
0.3 ± 0.14 **
(文献[ 6 ]より引用)
計(以下,FIM-M)
,退院時 FIM 認知項目合計(以下,FIM-C),FIM-M 効率
(退院時 FIM-M −入院時 FIM-M/在院日数)が有意に高く,在院日数が有意に短
かった(表 1 ).入院日数と FIM 運動項目合計の入院後変化との関係では短い入
院日数で高い ADL 改善を実現していることがわかる(図 1 ).永井らは FIT
program の効果を入院時 FIM 得点層別に検証している[ 7 ]
.その結果,すべて
の得点層において FIM-M 効率が有意に高い結果となった(表 2 )
.低得点層では
退院時 FIM-M,FIM-M 利得が高く,退院時 FIM-M 得点の違いが FIM-M 効率に
影響していた.中・高得点層では FIT 群の在院日数が有意に短く,退院時 FIM-M
が高い傾向にあり,退院時 FIM-M と在院日数の違いが FIM-M 効率に影響してい
た.このことから,FIT program を行うことで訓練量を増加させ,訓練室一体型
病棟を実現することにより患者の能動性を引き出して訓練以外の活動性も増し,
かつチーム内の綿密なコミュニケーションを可能にすることで,ADL 改善幅を大
62 第 2 章 FIT program
FIM-M 利得
従来訓練
入院日数 FIT program の方が従来訓練より,左上,すなわち短い入院日数で
大きな FIM-M の改善が得られた.
図 1 入院日数と FIM-M 合計の変化
(文献[ 6 ]より改変引用)
表 2 各層の治療成績比較
低得点層
中得点層
高得点層
(入院時 FIM 13 〜 40)
pre-FIT 群 FIT 群
(入院時 FIM 41 〜 60)
pre-FIT 群 FIT 群
(入院時 FIM 61 〜 80)
pre-FIT 群 FIT 群
(n = 26) (n = 36)
(n = 26) (n = 36)
(n = 26) (n = 36)
入院時 SIAS-M (点)
4.7
4.5
9.1
10.3
(日)
93.0
94.7
12.4
14.4
89.7
75.2*
73.4
58.9*
転帰先(自宅) (日)
53.9
69.4*
入院時 FIM-M (点)
78.3
76.7
90.7
93.6
27.5
27.4
51.8
50.8
71.7
71.1
退院時 FIM-M (点)
47.6
57.6*
75.2
77.3
80.3
84.6**
入院時 FIM-C (点)
16.7
16.8
25.3
28.2
30.7
30.8
退院時 FIM-C (点)
19.9
22.9
29.4
31.1
31.6
32.6
19.8
30.3*
23.4
26.5
8.6
*
在院日数
FIM-M 利得
FIM-C 利得
(点)
3.2
6.1
4.0
3.0
0.9
1.8
FIM-M 効率 (点/日)
0.21
0.34*
0.26
0.38**
0.13
0.25**
FIM-C 効率 (点/日)
0.03
0.07*
0.05
0.05*
0.01
0.04**
*
p< 0.05,
(点)
13.5**
**
p< 0.01.
(文献[ 7 ]より改変引用)
2 . FIT program の成果 63
表 3 病棟間の違い
従来
通常 FIT
高環境 FIT
FIM-M gain(点)
20.3 ± 10.5
20.8 ± 9.7
24.2 ± 10.0
平均在院日数(日)
92.2 ± 20.8
75.9 ± 22.5
74.9 ± 24.7
(文献[ 8 ]より改変引用)
きくできることが示された.
当院には 52 床と 54 床の二つの回復期リハビリ病棟があり,おのおので FIT
program が実施されている.前者は 2000 年の FIT program 開発時に作られた訓
練室一体型病棟を有する高環境の FIT であり,病棟と訓練室の間に横幅 6 m,縦
幅 50 m の廊下を持つ.後者は一般病棟を改築して 2003 年に承認された回復期リ
ハ病棟であり,食堂と廊下を一連のスペースとして社会活動ができるように工夫
されているが,理学療法室や横幅 6 m の廊下は別病棟となっている.園田は 2
階病棟(以下,高環境 FIT)
, 3 階病棟(以下,通常 FIT)と従来のシステムの
比較を報告している[ 8 ]
.高環境 FIT は従来のシステムより有意に在院日数が
短縮され,FIM-M gain が高くなったのに対し,通常 FIT は従来のシステムより
有意に在院日数が短縮されたが,FIM-M gain には差がみられなかった(表 3 ).
このことから,在院日数に関与する因子と ADL をより高くする因子とは同一で
はないことが推察される.退院時 ADL を高くさせるには,高環境に関わる多様
な因子が必要であろう.
川原らは診療報酬改定前の 2005 年 4 月から 2006 年 3 月に入・退院し脳卒中患
者のうち理学療法と作業療法単位数の合計が 1 日 5 〜 6 単位以上の群(以下,6
単位群)と 2008 年 4 から 2008 年 9 月までに入・退院し脳卒中患者のうち理学療
法と作業療法単位数の合計が 1 日 7 〜 9 単位以上の群(以下, 9 単位群)を比
較し訓練単位数増加の効果の予備的な検証を行った[ 9 ]
.その結果, 9 単位群
の退院時 FIM-M,自宅復帰率が有意に高かった.その後,渡邉らは症例数を増や
し上記同様の検証を行った[10]
.その結果, 9 単位群の退院時 FIM-M,FIM-M
利得,FIM-M 効率が有意に高かった(表 4 ). 6 単位群と 9 単位群の入院時と退
院時の FIM-M 合計の関係では 9 単位群が高い ADL 改善を実現していることが
わかる(図 2 ).このように,FIT program を行うことで訓練量を増加させ,ま
た訓練室一体型病棟を実現することにより患者の能動性を引き出して訓練以外の
活動性も増し,かつチーム内の綿密なコミュニケーションを可能にすることで,
64 第 2 章 FIT program
表 4 全対象患者比較
全体
6 単位群(n = 106)
9 単位群(n = 130)
年齢
(歳)
67.0 ± 10.8
63.2 ± 12.8 *
性別
(名)
男 70 女 36
男 75 女 55
診断名
(名)
CH 52 CI 54
CH 60 CI 68 SAH 2
麻痺側
(名)
右 39 左 74 両 12
右 49 左 96 両 10
発症後期間
(日)
33.8 ± 12.3
32.0 ± 11.7
回復期在棟期間
(日)
60.4 ± 26.3
63.7 ± 28.4
転帰先
(%)
74.5%
82.3%
入院時 FIM-M
(点)
52.4 ± 20.0
52.0 ± 19.2
退院時 FIM-M
(点)
70.0 ± 17.8
77.6 ± 12.1 **
入院時 FIM-C
(点)
27.4 ± 6.9
28.7 ± 6.0
退院時 FIM-C
(点)
30.0 ± 6.0
31.5 ± 4.5
FIM-M 利得
(点)
17.6 ± 10.4
25.6 ± 13.2 **
FIM-M 効率
(点)
0.306 ±0.194
0.412 ±0.196 **
CH:脳出血,CI:脳梗塞,SAH:くも膜下出血.* p< 0.05,** p< 0.01.
6 単位群, 9 単位群の基本情報と入・退院時 FIM,FIM-M 利得,FIM-M 効率を比較した結
果を示す.
(文献[10]より引用)
退棟時
退棟時FIM-M
91
78
65
52
39
6単位群
9単位群
26
13
13
26
39 52 65
入棟時FIM-M
78
91
図 2 全対象患者の入棟時 FIM-M と退棟
時 FIM-M との関係
6 単位群に対して 9 単位群は全体的に退棟時
FIM-M が高い値に変位している.
(文献[10]より引用)
2 . FIT program の成果 65
(+6ද ͏ ˩
о
(+6ᵻද
ᣝ
(+6ද ͏ ˨
2TGද ͏ ˩
2TGᵻද
2TGද ͏ ˨
図 3 FIM 運動合計の変化
(文献[12]図 1 )
ADL 改善幅を大きくできることが示された.また,FIT program で訓練量を増
加すると ADL 最高到達点をさらに高め,ADL 効率をより高くすることが証明さ
れた.
2 . 2 高齢者に対する FIT program の効果
現在日本は高齢化が急速に進んでおり,全人口に占める 65 歳以上の割合は
2008 年時点での 22. 1%から 2030 年には 31. 8%に増加すると推測されている[11]
.
そのため , これら高齢者への訓練効果を知ることは重要である.園田らは 2000 年
11 月までの従来型のリハビリ(pre 群)と,2000 年 12 月以降の FIT program の
リハビリ(FIT 群)との比較により,高齢者における訓練量増加の効果を検証し
た[12].その結果,入院時 FIM-M 合計では多重比較において 70 歳以上が 69 歳
までに比べ有意に低値であった(図 3 )
.その後の FIM 改善は訓練量により結果
が大きく異なり,70 歳以上の患者では従来の訓練では伸びが有意に小さいものの
FIT program を施行すれば若年者と同様に伸びるという高齢者の catch-up 現象
が報告されている.
渡邉らは診療報酬改定前の 2005 年 4 月から 2006 年 3 月に入・退院した脳卒中
患者( 6 単位群)と診療報酬改定後の 2008 年 4 から 2009 年 7 月までに入・退院
し脳卒中患者( 9 単位群)を年齢別に 3 層(60 歳未満:低年齢層,60 歳〜 69 歳
以下:中年齢層,70 歳以上:高年齢層),入棟時 FIM-M 得点別に 2 層(54 点未
満:低得点層,54 点以上:高得点層)に層別化し年齢別の訓練単位数増加の効果
を検証した[ 9 ].その結果,入院時 FIM-M 低得点層では , 低年齢層の FIM-M 利
得,中年齢の退棟時 FIM-M,退棟時 FIM-C,FIM-M 利得,FIM-M 効率,高年
66 第 2 章 FIT program
齢層の退棟時 FIM-M,FIM-M 利得,FIM-M 効率が 9 単位訓練群で有意に高かっ
た(表 5 ).高得点層では低年齢層の FIM-M 利得,FIM-M 効率,高年齢層の退
棟時 FIM-M,FIM-M 利得が 9 単位訓練群で有意に高かった(表 6 ).各年齢層
の得点層別の発症後日数とリハ病棟入・退棟時 FIM-M 平均得点との関係では,
低得点,高得点層とも高年齢層は他の年齢層より入棟時 FIM-M は低いが,退院
時になると FIM-M は同程度まで改善していた(図 4 ).このことから,FIT
program による訓練量の増加と訓練する気になる環境要因などが高齢者の ADL
を高めたと考えられる.また,高齢者は廃用などの要素から訓練外の活動量が少
ないため,訓練量を増加することが訓練外の活動量が比較的多い他の年齢層より
効果が高かったのであろう.このように,FIT program で訓練量をさらに増加す
ることで高齢者の ADL を若年者と同様のレベルまで改善させることが証明され
た.
2 . 3 運動麻痺に対する FIT program の効果
森らは 1999 年 10 月から 2000 年 9 月までの従来のリハビリ群(pre-FIT 群)と
2000 年 12 月から 2002 年 3 月までの FIT program を受けた群(FIT 群)の比較に
表 5 FIM-M 低得点(54 点未満)
の各年齢層の比較
低年齢層
6 単位群
(n = 8) 9 単位群
(n = 21)
中年齢層
6 単位群
(n = 19) 9 単位群(n = 19)
高年齢層
6 単位群
(n = 30)9 単位群
(n = 30)
年齢
(歳)
51.9 ± 5.4
50.0 ± 8.8
65.8 ± 2.7
64.5 ± 2.7
75.9 ± 4.7
76.7 ± 4.5
性別
(名)
男 6 女 2
男 14 女 7
男 15 女 4
男 10 女 9
男 15 女 15
男 10 女 20
CI 16 CH14
CI 22 CH 8
診断名
(名) CI 3 CH 5
麻痺側
(名)
CI 6 CH 12 SAH 1
CI 8 CH 11
CI 8 CH 11
右4左5
右 5 左 16
右 5 左 12 両2
右 4 左 13 両 2
発症後期間 (日)
40.6 ± 13.7
32.3 ± 11.7
33.4 ± 13.5
34.6 ± 15.2
33.2 ± 11.1
34.2 ± 11.3
回復期在棟期間(日)
79.4 ± 25.7
86.7 ± 24.7
76.9 ± 17.0
76.5 ± 20.6
73.9 ± 24.8
73.5 ± 23.7
62.5%
85.7%
68.4%
73.7%
50.0%
63.3%
44.0 ± 7.9
36.4 ± 10.4
37.6 ± 12.1
38.3 ± 11.4
34.1 ± 10.7
36.6 ± 13.3
転帰先
(%)
入棟時FIM-M (点)
右 9 左 19 両 2 右 9 左 18 両 3
退棟時FIM-M (点)
73.3 ± 2.8
74.0 ± 10.7
63.5 ± 17.3
74.4 ± 14.3*
52.8 ± 17.1
67.7 ± 13.5**
入棟時FIM-C (点)
27.3 ± 5.9
26.1 ± 7.6
24.8 ± 7.6
28.5 ± 5.1
22.6 ± 6.4
25.0 ± 5.4
退棟時FIM-C (点)
30.4 ± 5.3
31.7 ± 4.7
28.3 ± 6.2
32.5 ± 4.1*
26.1 ± 6.2
28.4 ± 4.6
FIM-M 利得 (点)
29.4 ± 7.4
37.6 ± 8.2*
25.8 ± 9.4
36.1 ± 12.0**
18.7 ± 9.8
31.1 ± 8.8**
0.259 ± 0.161
0.471 ± 0.209**
FIM-M 効率 (点) 0.394 ± 0.126
0.465 ± 0.173
*
0.359 ± 0.177
*
CH:脳出血,CI:脳梗塞,SAH:くも膜下出血. p<0.05,
0.496 ± 0.194
**
p<0.01
入院時 FIM-M 低得点(54 点未満)の年齢層別に 6 単位群と 9 単位群を比較した結果を示す.
(文献[10]より引用)
2 . FIT program の成果 67
表 6 FIM-M 高得点(54 点以上)の各年齢層の比較
低年齢層
6 単位群
(n = 19)
中年齢層
9 単位群
(n = 28)
6 単位群
(n = 14)
高年齢層
9 単位群
(n = 16)
6 単位群
(n = 17)
9 単位群
(n = 16)
年齢
(歳)
52.6 ± 6.7
49.9 ± 8.6
65.4 ± 2.7
64.8 ± 2.2
77.6 ± 4.5
75.1 ± 5.1
性別
(名) 男 13 女 6
男 19 女 9
男 10 女 4
男 12 女 4
男 11 女 6
男 10 女 6
診断名
(名) CI 7 CH 12
CI 9 CH 18 SAH 1
CI 9 CH 5
CI 10 CH 6
CI 12 CH 5
CI 12 CH 4
麻痺側
(名) 右 8 左 11
右 13 左 15
右 5 左 8 両1
右 7 左 9
右 5 左 11 両 1
右 3 左 9 両 4
発症後期間 (日)
32.0 ± 12.5
30.3 ± 9.9
31.5 ± 12.5
28.9 ± 10.0
36.1 ± 12.1
30.7 ± 12.5
回復期在棟期間(日)
50.6 ± 20.1
55.5 ± 27.3
38.9 ± 15.5
32.9 ± 15.5
38.1 ± 16.3
45.0 ± 17.3
100.0 %
100.0 %
92.9 %
93.8 %
82.4 %
81.3 %
入棟時 FIM-M(点)
転帰先
(%)
71.1 ± 10.6
68.0 ± 9.2
66.6 ± 9.1
72.2 ± 10.6
72.5 ± 9.8
69.4 ± 9.6
退棟時 FIM-M(点)
83.0 ± 6.7
85.3 ± 3.9
81.8 ± 7.9
83.7 ± 7.0
81.5 ± 5.9
85.3 ± 3.3*
入棟時 FIM-C (点)
32.1 ± 3.9
32.6 ± 3.3
29.9 ± 6.7
32.1 ± 5.0
31.4 ± 3.3
29.1 ± 4.0
退棟時 FIM-C (点)
34.0 ± 3.2
34.0 ± 2.3
32.2 ± 5.9
32.8 ± 4.9
32.6 ± 2.7
30.5± 4.0
FIM-M 利得 (点)
11.9 ± 7.1
17.3 ± 7.4*
15.2 ± 6.2
11.5 ± 7.9
9.0 ± 6.7
15.8 ± 8.6*
0.257 ± 0.264
0.360 ± 0.229
FIM-M 効率 (点) 0.247 ± 0.159
0.329 ± 0.130*
0.420 ± 0.194
0.328 ± 0.184
CH:脳出血,CI:脳梗塞,SAH:くも膜下出血.* p< 0.05,** p< 0.01.
入院時 FIM-M 高得点(54 点以上)の年齢層別に 6 単位群と 9 単位群を比較した結果を示す.
(文献[10]より引用)
78
6単位群低年齢層
9単位群低年齢層
6単位群中年齢層
9単位群中年齢層
6単位群高年齢層
9単位群高年齢層
65
52
39
26
FIM-M平均値
FIM-M平均値
91
13
20
40
高年齢層・中年齢層は 9 単位群の FIM-M
が退棟時に高い値を示した.低年齢層では
9 単位群の入棟時 FIM-M が低いが退棟時
FIM-M は同程度の値を示した.
(文献[10]より引用)
6単位群低年齢層
9単位群低年齢層
6単位群中年齢層
9単位群中年齢層
6単位群高年齢層
9単位群高年齢層
20
60 80 100 120 140
発症後日数
図 4 - 1 入棟時 FIM-M 54 点未満の各
年齢層の発症後日数平均値
と入・退棟時 FIM-M 平均値
との関係
91
78
65
52
39
26
13
40
60
80 100 120 140
発症後日数
図 4 - 2 入 棟時 FIM-M 54 点以上の各
年齢層の発症後日数平均値
と入・退棟時 FIM-M 平均値
との関係
高年齢層は 9 単位群の FIM-M が退棟時に高
い値を示した.中年齢層は 9 単位群の入棟時
FIM-M が高が退棟時は同程度の値を示した.
低年齢層では 9 単位群の入棟時 FIM-M が低
いが退棟時 FIM-M は同程度の値を示した.
(文献[10]より引用)
68 第 2 章 FIT program
表 7 Pre-FIT と FIT 入・退院時の SIAS 運動 5 項目の中央値
入院時 退院時
Pre-FIT 群(n = 101)
FIT 群(n = 121)
上肢近位(Knee-Mouth)
2
2
手指(Finger-Function)
1
1
股(Hip-Flextion)
3
3
膝(Knee-Extension)
3
3
足(Foot-Pat)
2
2
上肢近位(Knee-Mouth)
2
2
手指(Finger-Function)
1
2
股(Hip-Flextion)
3
4*
膝(Knee-Extension)
3
4*
足(Foot-Pat)
3
3
* p< 0.05.
(文献[13]より引用)
より,FIT program が与える運動麻痺改善への影響を検証した[13].その結果,
麻痺側上肢や下肢遠位への運動麻痺改善は,FIT 群と pre-FIT 群に差が見られな
かったが,麻痺側下肢近位への運動麻痺改善は FIT 群で有意に高かった(表 7 ).
麻痺側下肢近位部に限定した効果が得られたのは,歩行や ADL 場面において麻
痺側上肢よりも下肢近位部が使用されるためであると考えられる.また,下肢遠
位部に効果がみられなかったのは,下肢装具の使用により足関節の動作が制限さ
れていたためであろう.麻痺側下肢近位部以外に対する訓練を増やすことにより,
有意な麻痺改善効果が得られる可能性がある.
登立らは,診療報酬改定前の 2005 年 4 月から 2006 年 3 月に入・退院し脳卒中
患者のうち理学療法と作業療法単位数の合計が 1 日 5 〜 6 単位以上の群(以下,
6 単位群)と 2008 年 4 から 2008 年 9 月までに入・退院し脳卒中患者のうち理学
療法と作業療法単位数の合計が 1 日 7 〜 9 単位以上の群(以下, 9 単位群)を
比較し訓練単位数増加と運動麻痺との関係を検証した[14].入院時 SIAS 得点に
よる重症度別の 6 単位群と 9 単位群の比較では,中等度麻痺群の下肢近位股,下
肢近位膝,軽度麻痺群の上肢遠位の退院時得点,中等度麻痺群の下肢近位股,下
肢近位膝,下肢遠位,軽度麻痺群の上肢遠位で 9 単位群が有意に高い値を示した
(表 8 ).FIT program では PT は歩行訓練が主体となるため,下肢運動麻痺への
2 . FIT program の成果 69
表 8 入院時 SIAS 得点別の SIAS 退院時と利得の平均値
重度麻痺
中等度麻痺
軽度麻痺
(入院時 SIAS 0 , 1 )
(入院時 SIAS 2 , 3 )
(入院時 SIAS 4 )
6 単位群(n)9 単位群(n) 6 単位群(n)9 単位群(n) 6 単位群(n)9 単位群(n)
退院時 上肢近位(Knee-Mouth) 1.2(45)
1.7( 9 )
2.9(37)
3.3(12)
4.3(21)
4.3(10)
手指(Finger-Function) 1.0(74)
1.4(16)
3.1(14)
3.5( 4 )
4.1(19)
4.4(12)*
股(Hip-Flextion)
1.7(21)
1.7( 6 )
3.3(39)
3.9( 9 )*
4.2(34)
4.4(14)
膝(Knee-Extension)
1.7(23)
1.4( 5 )
3.0(42)
3.5(16)*
4.2(31)
4.5(10)
足(Foot-Pat)
1.1(57)
1.4(10)
3.1(14)
3.6(11)
4.2(32)
4.0(11)
上肢近位(Knee-Mouth) 0.5 1.0 0.5 0.9 0.3 0.3 手指(Finger-Function) 0.5 0.7 0.6 1.5 0.1 0.4 * 利得
*
股(Hip-Flextion)
1.0 1.2 0.9 1.6 0.2 0.4 膝(Knee-Extension)
1.0 1.0 0.6 1.0 * 0.2 0.5 0.2 0.0 足(Foot-Pat)
0.8 0.8 0.4 1.1
**
( )内は各項目の人数を示す.* p< 0.05,** p< 0.01.
入院時 SIAS の得点から重症度別に 3 群に層別化し, 6 単位群と 9 単位群を比較した結果を示す.
(文献[14]より引用)
促通要素が多く,下肢運動麻痺への訓練量が訓練時間に比例して増加する.その
ため,下肢運動麻痺で訓練量増加による効果が得られやすかったと考えられる.
また,訓練量を増加させることで,下肢近位部の訓練量は増加するため,さらに
運動麻痺はさらに改善するのであろう.上肢は中等度以上の運動麻痺を有すると
ADL 訓練での麻痺手の使用は困難である.FIT program は ADL や歩行訓練を主
体とするため,上肢運動麻痺への介入が不十分であったことが考えられる.軽度
麻痺群で訓練量増加の効果が得られたのは,訓練時間に比例して ADL 場面や訓
練で上肢の使用が多くなったためであろう.
3 . ま と め
2000 年 12 月の FIT program 開始から現在まで,訓練量増加の効果を中心に
FIT program の効果を検証してきた.FIT program は ADL 訓練や歩行訓練に重
点を置いてきた.FIT program を行うことで,ADL の最高到達点,ADL の治療
効率を向上さ,訓練量増加は ADL 治療効率をさらに高めることが示された.ま
た,訓練開始当初の ADL が低い高齢者に対しては若年者よりむしろ高い ADL 治
70 第 2 章 FIT program
療効率を得られることがわかった.このこように ADL 改善については高い訓練
効果が示せたが,運動麻痺に関しては下肢近位部のみの限局的な改善に留まった.
歩行,ADL 中心の FIT program では上肢や下肢遠位部の効果が少なく,運動麻
痺改善への効果としてはいまだ十分とは言いがたい.運動麻痺回復は ADL 改善
につながるが,運動麻痺回復のための訓練を優先させることは ADL 訓練の質的
な低下を招く可能性がある.そのため,当院では運動麻痺回復訓練の時間枠を設
ける Advanced FIT program を実施している.その詳細は次項を参照されたい.
文 献
[1]
脳卒中合同ガイドライン委員会 : 脳卒中治療ガイドライン 2009.協和企画,東京,
2009
[2]
Kwakkel G, van Peppen R, Wagenaar RC, Wood Dauphinee S, Richards C,
Ashburn A, Miller K, Lincoln N, Partridge C, Wellwood I, Langhorne P : Effect
of augmented exercise therapy time after stroke : a meta-analysis.Stroke 2004 ;
35 : 2529-2536
[3]
Wolf SL, Lecraw DE, Barton LA, Jann BB : Forced use of hemiplegic upper
extremities to reverse the effect of learned nonuse among chronic stroke and
head-injured patients. Exp Neurol 1989 ; 104 : 125-132
[4]
Taub E, Miller NE, Novack TA, Cook EW 3 rd, Fleming WC, Nepomuceno CS,
Connell JS, Crago JE : Technique to improve chronic motor deficit after
stroke. Arch Phys Med Rehabil 1993 ; 74 : 347-354
[5]
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[6]
Sonoda S,
Saitoh E,
Nagai S,
Kawakita M,
Kanada Y : The full taime integrated
treatment(FIT)program,a new system for stroke rehabilitation in Japan ;
comparison with conventional rehabilitation.Am J Phys Med Rehabili 2004 ;
83 : 88-93
[7]
永井将太,園田 茂,才藤栄一,森 美香,新谷実伸,和田陽介,長由希子,登
立奈美,今西ひろみ,川北美奈子,金田嘉清 : 脳卒中リハビリテーションの新し
いシステム The Full-Time Integrated Treatment(FIT)progran の開発と検証.
藤田学園医学会誌 2003 ; 27
( 1 ): 31-36
[8]
園田 茂,鈴木 亨,岡本さやか,岡崎英人,前田博士,水野志保,杉原勝宣,永
井将太,坂本利恵,奥山夕子,登立奈美,川北美奈子,松島文子 : Full-time
[9]
[10]
[11]
[12]
[13]
[14]
2 . FIT program の成果 71
integrated treatment(FIT)program と環境要因.Jpn J Rehabil Med 2005 ; 44 :
766
川原由紀奈,園田 茂,奥山夕子,登立奈美,谷野元一,渡邉 誠,坂本利恵,
寺西利生 : 6 単位から 9 単位への一日あたりの介入時間増加が脳卒中患者の
FIM 帰結に与える効果.理学療法科学 2011 ; 26 : 297-302
渡邉 誠,奥山夕子,登立奈美,川原由紀奈,木下恵子,佐々木祥,辻有佳子,
園田 茂 : 回復期脳卒中患者における訓練単位増加と年齢別の ADL 改善との関
係.脳卒中 2012 ; 34 : 383-390
総務省統計局ホームページ : 高齢者人口の現状と将来.Available from URL :
http://www.stat.go.jp/data/topics/topics051.htm(2013.12. 1 引用)
園田 茂,永井将太,才藤栄一 : 訓練量増加は高齢脳卒中患者の ADL 改善に寄
与するか? リハ医学 2004 ; 41 : 401-403
森 美香,永井将太,園田 茂,青木哲也,川北美奈子,才藤栄一 : The FullTime Integrated Treatment(FIT)program の効果―運動機能と ADL について.
総合リハ 2005 ; 33 : 257-263
登立奈美,園田 茂,奥山夕子,川原由紀奈,渡邉 誠,寺西利生,坂本利恵 :
回復期脳卒中患者における訓練単位増加と運動麻痺改善との関係.脳卒中 2010 ;
32 : 340-345
72 第 2 章 FIT program
3 . Advanced FIT program ―運動麻痺へのアプローチ―
Keywords:運動麻痺,機能訓練,オーダーメイド
1 . 運度麻痺へのアプローチの重要性
脳卒中リハビリテーションの目的として,早期離床,早期退院,残存機能や環
境を有効に利用した日常生活動作(Activities of Daily Living:ADL)の自立な
どが挙げられ,それらの改善がリハビリテーションの効果として報告されている
[ 1,
2]
.わが国の脳卒中ガイドライン 2009 においても,発症早期より十分な訓練
量を確保することにより,機能障害や ADL が良好に回復することが期待できる
とされている[ 3 ].
現在,回復期リハビリテーション病棟では,アウトカム指標を用いた質の評価
が導入されている.これは,重症患者の受け入れ割合,それらの患者の 3 割以上
が退院時に日常生活機能が改善していること,在宅等への復帰率など,医療の質
を評価する基準が定められている.これらは ADL を向上させ在宅復帰を目指す
という ADL 重視の考え方であり,運動麻痺には触れられていない.しかし,運
動麻痺は上肢操作課題および歩行能力とそれぞれ相関があるといわれており,セ
ルフケアや歩行などの ADL を底上げするうえで,運動麻痺の改善は大きな意味
をもつ[ 4,5 ]
.また,患者の中には麻痺機能改善に対する要望も強くあり,リハ
ビリテーションに関わる職種は,それらに対する取り組みを実践していく必要が
ある.その際,治療設備,人的資源,訓練量などの確保の面で課題が残る.
2 . 回復期リハ病棟での運動麻痺訓練の実際
運動麻痺の帰結予測研究は多く,国や医療環境,麻痺の重症度によって回復す
る程度は異なるものの,おおむね,発症から 4 週までは運動機能の回復が著明に
みられ,その後,6~12 週でプラトーに達するといわれている[ 6,
7,8,
9]
.
脳卒中片麻痺患者(以下,片麻痺患者)の運動麻痺に対する訓練方法として,従
来 の 運 動 療 法 や 物 品 を 用 い た 課 題 の 繰 り 返 し 動 作 な ど に 加 え,CI 療 法
(Constraint-Induced movement therapy)
[10],Mirror Therapy[11]
,治療的
電 気 刺 激(Therapeutic Electrical Stimulation:TES)[12]
,Robot-assisted
therapy[13]などの麻痺側機能訓練の効果に対するエビデンスが増えている.
3 . Advanced FIT program ―運動麻痺へのアプローチ― 73
Langhorne らは上肢麻痺治療の systematic review において,19 領域の訓練方
法を上肢は Arm function と Hand function に分けて効果の有無を検討している.
その中で Arm function に対して CI 療法やロボット訓練などが有効としているが,
Hand function については,有効とされる訓練方法は見当たらなかったとしてい
る[14].一方,Pollock らは下肢麻痺治療の systematic review において,何も
訓練しないよりも歩行訓練や筋力増強訓練など異なるアプローチを併用した介入
がより効果的であると報告している.しかし,多種の訓練方法の中でどの訓練方
法が有効であるかは十分な証拠が得られなかったとまとめている[15]
.このよう
に,上下肢の運動麻痺訓練に関しては,適応基準やエビデンスがいまだ明確に
なっておらず,どの訓練方法が麻痺を改善させるのかは解決すべき課題である.
現在,わが国の多くの病院や回復期リハビリテーション病棟では,通常の理学
療法や作業療法に加えて,電気治療機器などを用いた運動麻痺改善のための訓練
を行っていると思われる.今まで,回復期リハ病棟に入院した片麻痺患者を対象
とした運動麻痺訓練として,電気刺激療法[16,
17]
,
Mirror Therapy[18,19,20]
,
促通反復療法[21,
22]などがあり,効果的であると報告されている.しかし,こ
の中で,明確な適応基準が決められているものは少なく,訓練の選定には治療者
の臨床経験や施設の設備等に左右されることが多い.
3 . Advanced FIT program とは
藤田保健衛生大学七栗サナトリウムは,2000 年 12 月に Full-time Integrated
Treatment program(以下,FIT program)を開始し,ADL への高い治療効率
を中心に成果を報告してきた[23,24,25,
26]
.さらなる ADL 改善をはかるため
には機能障害レベルから底上げする必要があるものの,FIT program では麻痺改
善には十分な成果が得られなかった.そこで ADL の基礎となる運動麻痺を改善
さ せ, そ の 結 果 と し て ADL を 向 上 さ せ る こ と を 目 的 と し た Advanced FIT
program を 2009 年 9 月より開始した.Advanced FIT program では,運動麻痺
改善のための訓練の有用性実証のみならず,患者個々の病態や麻痺の重症度,特
徴に合わせた運動麻痺への治療法選択ロジックの確立を目指している.
4 . Advanced FIT program の訓練方法
Advanced FIT program は, 1 日 3 時間の訓練枠内で行っている.ADL 訓練
との両立のため 1 日 20 分( 1 単位)で行うことができ,かつ,今までに片麻痺
74 第 2 章 FIT program
患者を対象とした運動麻痺研究や Randomized controlled trial(RCT)で効果的
とされている訓練方法を複数選び,当院入院患者に RCT の形で提供している.以
下,われわれの訓練方法を紹介する.
<訓練方法>
( 1 )Mirror therapy(MT)
(図 1 )
本来,健側肢が動作する鏡像を見て上肢切断者の幻肢痛を軽減させる治療法で
あるが,非麻痺側動作の鏡像によって麻痺側が動作しているように見せること
で片麻痺患者の運動麻痺治療に応用されている訓練方法である[27,
28]
.
上下肢とも,椅子座位とし,非麻痺側上下肢を鏡に映しながら行う.
以下に上下肢の運動課題を表 1 に示す.
(上肢訓練課題)
メトロノーム(40 回/分)に合わせて, 8 動作を各 2 分 30 秒間実施し,MT 中
は,鏡像を見ながら麻痺側の動きをイメージさせ,麻痺側上肢も同時に動かす.
(下肢訓練課題)
3 動作を患者の快適なリズムで 20 分間行う.
図 1 Mirror therapy
図 2 随意運動介助型電気刺激療法
上図:上肢,下図:下肢
(Integrated Volitional control Electrical
Stimulation:IVES)
3 . Advanced FIT program ―運動麻痺へのアプローチ― 75
表 1 Mirror therapy の運動課題
運動課題
上肢運動課題
下肢運動課題
運動時の関節肢位と課題の詳細
肩関節屈曲,伸展
机上での wiping 動作を行う
肩関節外転,内転
机上での wiping 動作を行う
肘関節屈曲,伸展
肘頭を机上に接地して行う
リーチ動作
前方に 10 cm 台を設置し,上肢をリーチする
手関節背屈
前腕回内位にて行う
手指屈曲-伸展
前腕回外位にて行う
手指対立動作
母指と各指の対立動作を行う
母指橈側外転
前腕回外位にて行う
足関節背屈
麻痺側を同時に動かし,50 回× 4 セット行う.
またぎ動作
前方に台を設置し,非麻痺側を昇降する.麻痺側はイ
メージのみとし,50 回× 2 セット行う.
股関節内転,外転
(開排,閉脚)
麻痺側を同時に動かし,50 回× 2 セット行う.
( 2 )随 意運動介助型電気刺激療法(Integrated Volitional control Electrical
Stimulation:IVES)
(図 2 )
IVES は麻痺筋へ貼付された表面電極から随意筋電位を検出し,リアルタイム
に増幅して同じ電極から麻痺筋へ電気刺激を行う装置であり,運動機能を改善
させることが知られている[29,
30]
.
IVES は,PAS システム(OG 技研)のパワーアシストモードを使用.
(上肢訓練課題)
近位部と遠位部の運動課題を分けて行う.
近位部は三角筋前部線維および中部線維に電極を貼付し,机上での wiping 動
作を 5 分,肩関節外転動作を 5 分,計 10 分間行う.
遠位部は総指伸筋および𣓤側手根伸筋に電極を貼付し,手関節背屈動作を 5 分,
手指伸展動作を 5 分,計 10 分間行う.
(下肢訓練課題)
麻痺側足関節背屈および膝関節伸展の二つの運動を行う.足関節背屈では,前
脛骨筋部に電極を,膝関節伸展では大腿直筋および内側広筋部に電極を貼付し,
76 第 2 章 FIT program
患者の快適なタイミングで行う.
( 3 )治療的電気刺激療法(Therapeutic Electrical Stimulation:TES)
(図 3 )
麻痺筋に対し受動的に電気刺激をする装置であり,運動機能の改善や痙縮に変
化を及ぼすことが知られている[31,
32]
.
TES は,PAS システム(OG 技研)のノーマルモードを使用する.
(上肢訓練課題)
IVES と同部位に電極を貼付し,近位部,遠位部に各 10 分の電気刺激を行う.
ノーマルモードでは,50 Hz で最大許容強度にて 5 秒通電, 5 秒休止サイクル
で行い,通電中は自己による運動は行わない.
(下肢訓練課題)
IVES と同部位に電極を貼付し,近位部,遠位部に各 10 分の電気刺激を行う.
ノーマルモードでは,20 Hz で最大許容強度にて 2 秒通電 3 秒休止サイクルで
行い,通電にあわせて自己にて随意運動を行わせた.
図 3 治療的電気刺激療法(���������
Therapeutic Electrical Stimulation:TES)
上図:上肢,下図:下肢
図 4 促通反復療法
上図:上肢,下図:下肢
3 . Advanced FIT program ―運動麻痺へのアプローチ― 77
( 4 )促通反復療法(図 4 )
伸張反射や皮膚筋反射などの刺激を用いて,運動性下行路を促通し,それと同
時に患者に運動を意図させて,運動を反復して行う訓練方法である.鹿児島大
学病院霧島リハビリセンターの川平により開発された訓練方法である[21]
.
(上肢訓練課題)
近位部(肩関節屈曲,肘関節屈伸)
,遠位部(手関節背屈,母指伸展,母指対立,
各指伸展)とも各 10 分間,いずれかの部位に 100 回以上の促通反復療法を行う.
(下肢訓練課題)
近位部(股・膝関節)は患者の機能により運動方向を選択し 300 回以上,遠位
部(足関節背屈)は 10 分間で 50 回を 1 セットとし 100 回以上の促通反復療法を
行う.
( 5 )通常訓練
上記の( 1 )〜( 4 )
の訓練方法以外とし,関節可動域訓練や物品を使用した繰り
返し課題,ADL 訓練,歩行訓練などを行う.
5 . Advanced FIT program の効果
Advanced FIT program の目的は,オーダーメイドの訓練を提供することであ
り,回復期段階の片麻痺患者に,どの訓練方法が効果的かの検証結果が報告され
ている.以下,宮坂ら,川上らの報告を要約する[33,
34]
.
上肢機能への効果
宮坂らは,初発脳卒中患者 131 名に対し,ランダムに割り付けられた訓練方法
を 1 日 20 分間, 4 週間継続して行い,訓練方法による効果の違いを検討してい
る[33].
4 週間後の Fugl-Meyer Assessment(FMA)の上肢運動項目の合計点を目的
変数とし,FMA のサブスコアや訓練方法などを説明変数としたときの決定木分
析では,FMA 手指が 3 点未満で,かつ FMA 肩・肘が 3 点未満の重度麻痺者は,
MT,TES,促通反復療法が効果的であり,FMA 手指が 8 点以上で,かつ FMA
手関節が 8 点未満の中等度・軽度麻痺者は,通常訓練群以外の訓練方法が効果的
であった(図 5 ).
これらの結果は,重度麻痺者では,随意性の低い状態でも麻痺肢への促通が行
われやすい訓練方法が効果的である可能性があり,中等度・軽度麻痺者では,20
分間の何らかの麻痺改善訓練を行わせた上で FIT program のような高頻度,高
78 第 2 章 FIT program
n=131
<3
3
FMA 手指
n=71
(5.7±7.7)
<3
IVES
CT
訓練方法
n=16
(0.4±1.5)
FIM認知
25
n=6
(2.7±2.4)
32 days
n=17
(2.1±2.8)
< 27
n=27
(4.2±5.4)
n=5
(4.4±0.9)
FIM認知
8
FMA 手指
n=43
(47.7±6.6)
n=17
(31.9±7.9)
n=22
(12.3±9.3)
MT
TES
RFEs
発症後期間
<8
3
FMA 肩・肘
n=49
(2.8±4.5)
n=22
(1.1±2.0)
< 25
n=60
(43.2±10.0)
27
25
発症後期間
n=11
n=17
(14.6±9.4) (27.6±5.6)
< 25
<8
n=6
(39.7±5.2)
n=21
(43.2±6.4)
< 32 days
CT
n=10
(7.6±7.0)
n=6
(39.0±9.4)
訓練方法
FMA 手関節
8
n=22
(52.0±2.8)
MT, IVES
TES, RFEs < 28
n=5
n=15
(44.9±4.0) (47.8±2.4)
FMA 肩・肘
28
n=17
(53.2±1.3)
図 5 上肢麻痺患者の訓練方法に関する決定木
( )内は, 4 週間後の FMA 上肢運動項目合計点の平均値と標準偏差を示す.
FMA: Fugl-Meyer Assessment, FIM: Functional Independence Measure,
MT: Mirror Therapy, IVES: Integrated Volitional control Electrical Stimulation,
TES: Therapeutic Electrical Stimulation, RFEs: Repetitive Facilitative Exercises,
CT: Conventional Therapy
強度の通常訓練を行うことが重要であると解釈できる.
下肢機能への効果
川上らは,初発脳卒中患者 132 名に対し,ランダムに割り付けられた訓練方法
を 1 日 20 分間, 4 週間継続して行い,訓練方法による効果の違いを検討してい
る[34]
.この検討で用いられている患者データを表 2 ,表 3 に示す.SIAS HipFlexion,Knee-Extension,Foot-Pat テストの点数により麻痺を重度麻痺と中・軽
度麻痺に層別化し訓練方法による効果の違いを検討した結果,重度麻痺,中等
度・軽度麻痺とも,有意な群間差は認めなかったが,入院から 4 週間後の比較で
は,中等度・軽度麻痺の Knee-Extension のみ,対照群以外の訓練方法が有意な
改善を示した.下肢の麻痺改善に関しては,通常行われている歩行訓練や立ち上
がり訓練など FIT program に含まれている訓練効果が,個々の麻痺回復のため
の訓練より,結果に影響していたと考えられる.
今回の結果では,20 分という短時間の介入であったため,この程度の改善にと
どまったが,ADL 訓練とのバランスを考慮すると長時間の麻痺への介入を行うの
は現実的ではなく,妥当な結果であったと考えられる.
3 . Advanced FIT program ―運動麻痺へのアプローチ― 79
表 2 下肢重度麻痺患者の運動機能の変化
Hip-Flexion
入院時
4 週後
人数
Knee-Extension
入院時
4 週後
Foot-Pat
人数 入院時
4 週後
人数
1(0.6)
*
1(1.3)
12
0(0.3)
*
1(1.2)
10
0(0.2)
*
0(0.8)
16
0(0.4)
1(1.1)
8
0(0.1)
0(1.1)
7
0(0.3)
*
1(0.9)
14
促通反復 0(0.3)
0(0.5)
4
1(0.7)
1(0.8)
6
1(0.5)
*
1(1.1)
10
0(0.3)
*
0(0.3)
*
17
MT
IVES
TES
対照
0(0.4)
*
1(1.1)
13
2(1.2)
14
1(0.8)
*
中央値
(平均値)
, p < 0.05
表 3 下肢中・軽度麻痺患者の運動機能の変化
Hip-Flexion
入院時
4 週後
3(3.1)
*
4(3.6)
3(3.2)
*
4(3.6)
2(2.6)
*
4(3.3)
促通反復 3(3.1)
*
4(3.5)
MT
IVES
TES
対照
4(3.3)
*
4(3.6)
人数
Knee-Extension
入院時
4 週後
3(3.0)
*
4(3.5)
3(3.0)
*
4(3.7)
20
3(2.7)
*
3(3.3)
17
3(3.1)
*
4(3.5)
20
19
12
4(3.3)
4(3.7)
Foot-Pat
人数 入院時
4 週後
人数
3(3.1)
*
4(3.8)
16
3(2.9)
*
4(3.6)
21
20
3(2.9)
*
4(3.6)
16
15
4(3.6)
*
4(4.1)
10
3(3.2)
*
22
23
12
4(3.8)
9
*
中央値(平均値)
, p < 0.05
図 6 上肢訓練ロボット
6 . ロボット訓練の可能性
脳卒中ガイドラインや Cochrane Database of Systematic Reviews[13]におい
て,ロボット訓練の有効性が示されており,わが国においてもロボット訓練が導
80 第 2 章 FIT program
表 4 ロボット訓練と通常訓練の利得の比較
SIAS
ロボット訓練
通常訓練
knee mouth
0.2 ± 0.4
0.0 ± 0.2
finger function
0.3 ± 0.6
0.1 ± 0.5
自動運動可動域(度) 肩関節屈曲
6.7 ± 13.3
- 0.2 ± 19.8
肩関節外転
5.5 ± 12.5
- 1.0 ± 12.9
肩/肘
1.9 ± 3.2
- 1.3 ± 2.9
手関節
0.5 ± 1.2
- 0.3 ± 1.1
手指
0.7 ± 2.3
- 0.1 ± 2.1
上肢運動項目合計
3.1 ± 5.9
- 1.8 ± 4.8
AOU
0.2 ± 0.2
0.1 ± 0.1
QOM
0.2 ± 0.2
0.1 ± 0.1
FMA(点)
MAL(点)
平均値±標準偏差 **
p値
*
**
**
*
:p<0.01, :p<0.05
SIAS: Stroke Impairment Assessment Set
FMA: Fugl-Meyer Assessment
MAL: Motor Activity Log
AOU: Amount of Use
QOM: Quality of Movement
入され始めている.われわれは 2013 年より,上肢訓練ロボット(InMotion Arm
Robot:Interactive Motion Technologies 社製)
[35,36]を導入し,回復期脳卒
中患者の麻痺改善に取り組んでいる(図 6 )
.
ロボットは疲労することなく訓練量を積み重ね,かつ,その反復にはぶれがな
い.ロボットによる訓練量と麻痺改善の程度には正の相関がある[37,
38]
.また,
ロボットの種類によっては,体性感覚や視覚的フィードバックが得られて運動学
習が促通されるなど,リハビリテーションにおいてその利点は大きい.
宮坂らは,初発脳卒中患者 14 名を対象に,InMotion Arm Robot を用いた 2 週
間のロボット訓練の効果を報告している[39].SIAS 近位機能,FMA 肩・肘,
MAL で有意な改善が得られており(表 4 )
,短期間の集中的な反復動作が機能改
善に有益であり,その機能改善効果が日常生活における上肢使用にも影響を及ぼ
している点でロボット訓練の有効性を示す結果と考えられる.
3 . Advanced FIT program ―運動麻痺へのアプローチ― 81
7 . まとめと展望
Advanced FIT program では ADL 訓練とのバランスを考え,麻痺改善のため
の訓練を 1 単位(20 分)としたが,患者によって,それぞれの訓練に費やすべき
時間は異なると考えられる.最適比率の設定は今後の課題である.また,現在の
診療報酬の枠組みでは,機能訓練に費やす時間は短時間であり,最大限の機能回
復を目指すには限界がある.われわれが行った Advanced FIT program では,訓
練方法ごとで一律のリハメニューを行わせたが,今後はより ADL や IADL の動
作を意識させるため,機能訓練の中身(課題)を工夫することも考えていく.そ
して,最終的には,オーダーメイドの訓練を開発し,回復期リハビリテーション
病棟における訓練を変えていきたいと考えている.
最後に,回復期リハビリテーション病棟の特徴や治療成績をホームページなど
で情報を公開している施設もあるが,まだまだ少ない印象を受ける.今後,医療
の質(構造,過程,成果)を高める上でも,運動麻痺の治療成績を公開していく
ことが望まれる.
文 献
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FIT programを高める環境
第3 章
【第 3 章の執筆者紹介】
冨田 憲(藤田保健衛生大学七栗サナトリウムリハビリテーション部)3.1 節
野田 美幸(藤田保健衛生大学七栗サナトリウム看護部)3.1 節
塩地 由美香(藤田保健衛生大学七栗サナトリウム看護部)3.1 節
國分 実伸(藤田保健衛生大学七栗サナトリウムリハビリテーション部)3.1 節
岡本 さやか(藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学Ⅱ講座)3.2 節
富田 豊(藤田保健衛生大学藤田記念七栗研究所リハビリテーション研究部門)
3.3 節
前島 伸一郎(藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学Ⅱ講座)3.4 節
尾関 保則(松阪中央総合病院リハビリテーション科)3.5 節
藤井 航(藤田保健衛生大学七栗サナトリウム歯科)3.5 節
柴田 斉子(藤田保健衛生大学医学部リハビリテーション医学 I 講座)3.5 節
下村 康氏(藤田保健衛生大学七栗サナトリウム地域支援室)3.6 節
永田 はるみ(藤田保健衛生大学七栗サナトリウム地域支援室)3.6 節
1 . 回復期リハビリテーション病棟運営 87
1 . 回復期リハビリテーション病棟運営
Keywords:組織管理,チームアプローチ,療法士,リハビリテーション看護
1 . 序 章
診療報酬の変遷(第 1 章 3 節参照)から回復期リハビリテーション病棟運営の
ポイントを読み解くことができる.充実した人員配置,曜日に関わらない安全か
つ多くのリハビリテーションの提供,重症患者を含む入院患者の能力の向上,在
宅への退院である.そこで本章では多職種からなる病棟の管理体制,療法士の勤
務体制と療法士に求められるスタッフ像(質)
,ADL の舞台となる病棟生活にお
けるリハビリテーション看護,チームアプローチ,入院生活を安全に過ごすため
のリスク管理について述べる.
2 . 組織管理体制
2 . 1 回復期リハビリテーション病棟管理
回復期リハビリテーション病棟は多職種で構成される点が特徴的であり,中で
も療法士と看護師・介護福祉士の占める割合が高い.当院の回復期リハビリテー
ション病棟は 52 床を有する 2 F 病棟と 54 床を有する 3 F 病棟,計 106 床で構成
されている.この 2 病棟を合わせ,医師 8 人,看護師 44 人,療法士 68 人,介護
福祉士 18 人,社会福祉士 3 人が配属されている.各病棟は二つのチームから成り,
合計 4 チームが回復期リハビリテーション病棟の最小単位となっている(図 1 ).
初台リハビリテーション病院では,同職種による縦軸の管理体制に加え,各病棟
に看護師や療法士からなるマネージング主体のスタッフを配置し,回復期リハビ
リテーション病棟を管理している[ 1 ]
.われわれはリハビリテーション医を中心
に,各職種のスタッフが自らの専門性を最大限発揮した領域で重なり合うように
連携するスタイルが理想と考えている.よって,当回復期リハビリテーション病
棟の管理は,病棟責任者である医師を中心に,看護師長,療法士( 1 人× 2 チー
ム),社会福祉士の多職種で行われる.多くのスタッフ数を抱える療法士(リハビ
リテーション部),看護師・介護福祉士(看護部)はそれぞれ管理体制を整備し,
分化した専門性を最大限発揮できるようはかっている.
患者の重症度化が進む昨今では,全身状態が不安定な患者情報や,社会背景が
88 第 3 章 FIT program を高める環境
回復期リハビリテーション病棟
2A team
2B team
Dr
2F 病棟
Th
Dr
Nrs
Th
CW
Nrs
CW
MSW
3A team
3B team
Dr
3F 病棟
Th
Dr
Nrs
Th
CW
Nrs
CW
図 1 当院回復期リハビリテーション病棟の構成
Dr:医師,Nrs:看護師,Th:療法士,MSW:社会福祉士,
CW:介護福祉士
MSW は 3 人配置されており,病棟を越えて担当患者をもつ.
複雑な患者,リハビリテーションプログラムの進行に難渋する患者を職種横断的
に共有し,議論することで問題解決の遅延を防いでいる.また,入院予定患者状
況を共有し,退院調整も行われる.さらには自部署の状況などを発信し,他部署
に協力を要請することもある.これらは 1 週間に 1 回の頻度のカンファレンス
で議論され,各職種の代表者は管理下のスタッフに情報を伝達することで,回復
期リハビリテーション病棟が管理されている.
一方,リハビリテーション部や看護部は抱えるスタッフ数が多いことから,管
理者の目が末端までは行き届きにくく,実働部隊のリーダーを管理者がコント
ロールすることになる.
実働部隊のリーダーは,上司・部下との縦の連携と,他職種のリーダーとの横
の連携の両方を担うキーパーソンである.横の連携の一つに 1 ~ 2 カ月に 1 回
の各職種リーダークラスのミーティングがあり,主に各病棟でのシステムの見直
しや改善を図っている.リハビリテーション部と看護部の実働部隊のリーダーが
担う縦の管理は異なる部分もあるため,それぞれ別に述べる. 1 . 回復期リハビリテーション病棟運営 89
リハビリテーション部管理者
回復期統括者
Team Manager
PT
OT
Team Manager
PT
OT
Team Manager
PT
OT
Team Manager
PT
OT
ST
ST
ST
ST
2A team
2B team
3A team
3B team
図 2 当院回復期リハビリテーション病棟における療法士の組織構造
療法士を 4 team に分け,Team Manager(リーダー格)を筆頭とした小集団を構成し
ている.その上に回復期リハビリテーション病棟の療法士を統括する管理者を置き,
トップにはリハビリテーション部の管理者が置かれている.目標実施単位数はリハビ
リテーション部管理者が 6 単位/日,回復期統括者が 9 単位/日,Team Manager が 15
単位/日,team 内の各療法士は 18 単位/日である(ST においては, 2 F で 1 人, 3 F
で 1 人が 15 単位/日としている)
.
2 . 2 療法士の管理
リハビリテーション部では,実働部隊のリーダーを Team Manager と称してい
る.2 F 病棟と 3 F 病棟に 2 人ずつ配置されており(図 2 )
,それぞれが PT,
OT,
ST 合わせて 17 人の療法士を管理している(図 3 )
.普段の観察や日々のコミュニ
ケーションから若い療法士が抱える具体的な問題を抽出し,臨床後の時間を利用
して彼らの思考の整理を行う.また,訓練方法,装具などの選定,介助手技等は
臨床時間に患者と接する場面で指導にあたる.
実施訓練単位数も管理が必要で,患者の訓練時間は検査,入浴,外泊等,さま
ざまなイベントを考慮して調整される.Team Manager は患者の訓練時間を一元
化した紙媒体を用い,翌日の訓練時間を管理している.同時に患者氏名と PT,
OT,ST が翌日に取得する予定単位数を記載した 4 枚(各病棟 2 チームずつ)
のホワイトボードを並べて掲示している.これにより,上限単位数を満たしてい
ない患者を一目で把握し,療法士を割り当てる
90 第 3 章 FIT program を高める環境
Team Manager
PT
OT
PT
OT
ST
3B team
ST
Triangle-pairs
: Team Manager
図 3 療法士の team の組織構造の 1 例( 3 B team)
療法士の team は 17 人の療法士で構成され,PT または OT の 1 人が Team Manager
を務める.PT と OT では 3 人からなる二つの Triangle-pairs と,その他に 1 人を配
置している.Triangle-pairs では複数担当性をとっており,主担当-副担当という形で
患者共有がなされている.主担当が休暇の場合に副担当が対応することで,週 7 日制
のリハと先輩療法士との密な連携を実現している.
さらに Team Manager は上司の意図を咀嚼して明確に部下に伝え,部下の思い
を上司へ上申する.高いコミュニケーション能力と,協調的な思考が必要である.
2 . 3 看護師ならびに介護福祉士の管理
看護師ならびに介護福祉士管理に関しても,実働部隊のリーダーを中心に述べ
る.臨床指導と上司・部下との連携については療法士と同様であり,組織構造も
類似している(図 4 )
.特徴的なのはチーム目標・行動計画の立案とチーム内看
護師の看護計画の評価・指導である.定期的に開かれるチーム単位のカンファレ
ンス時に目標の評価が行われ,報告書が看護師長に提出される.
当院では介護福祉士が一人当たり 6 ~ 7 人の担当患者を持ち,9 人の介護福祉
士で病棟全体の患者を網羅している.看護師と担当患者を共有して,トイレ排泄
の推進,オムツ汚染の抑制,排泄スケジュールの立案などの排泄管理について介
護計画を立案している.
当院では,日勤帯( 8 :45~17:00)
,日中帯( 8 :45~21:00)
,夜勤帯(20:
1 . 回復期リハビリテーション病棟運営 91
看護師長
主任
リーダー
リーダー
サブリーダー
サブリーダー
CW
Nrs
3A team
CW
Nrs
3B team
図 4 当院回復期リハビリテーション病棟( 3 F 病棟)における
看護部の組織構造
看護師(23 人)ならびに介護福祉士( 9 人)を 2 team に分け,リーダーを
筆頭とした小集団を構成している.その上に 3 F 看護部を統括する管理者を
置き,トップには看護師長が配置されている.リーダーとサブリーダーには,
看護師が配置されている.
45~ 9 :00)の 2 交代制をとり,日中帯が日勤帯と夜勤帯を繋ぐ勤務体制をとっ
ている.日中帯スタッフの配置により, 1 日の申し送り回数は,日中帯から夜勤
帯スタッフ,夜勤帯スタッフから日勤帯スタッフの 2 回と最小限に抑えることが
でき,申し送り負担軽減,正確な情報伝達が可能となっている.
3 . 療法士の人員配置と勤務体制
3 . 1 療法士の人員配置
療法士の人員配置・勤務体制は,最大限リハビリテーションを提供できること
を念頭に置くべきである.現行の回復期リハビリテーション病棟では, 1 単位=
20 分の個別リハビリテーションとして,患者の上限単位数が 9 単位/日,療法士
1 人当たりの実施単位数の上限は 108 単位/週である.療法士 1 人当たりの目標
単位数と年間労働日数が決まれば,365 日体制で 9 単位のリハビリテーションの
提供を可能にする療法士数を算出できる(図 5 )
.その際,管理業務量を勘案し
た適切な目標単位数の設定や,入院患者数増減も考慮して算出する必要がある.
92 第 3 章 FIT program を高める環境
病床数 × 患者の1 日の上限単位数(9 単位) ×365 日
療法士数 =
年間労働日数 × 療法士1人当たりの1日目標単位数
図 5 365 日体制で 9 単位のリハビリテーションを可能にす
る療法士数
上記の式により,365 日体制で 9 単位のリハビリテーションを可能にす
る療法士数を算出することができる.
実際には,管理者の管理業務時間や勤務体制を考慮した計算が必要となる.
管理職となる療法士は,管理業務に加え後輩指導も仕事の一つであり,当院で
は Team Manager がその中心となる.われわれは臨床現場に入り込んで指導する
べきであるとの考えから管理職となる療法士にも目標単位数を設定しており,
Team Manager には 15 単位/日を課している.その他の療法士の目標単位数はカ
ルテ記載や帳票類の作成,カンファレンスの時間を考慮して 18 単位/日である.
入院患者数はつねに一定とは限らず,ある程度の幅をもって増減する.この変
動に対応するため,当院では,通年での 1 日当たりの平均入院患者を基準にして,
療法士の人数を試算している.患者数が増加する時期には,管理職の目標単位数
を増枠させることで対応し,必要以上の療法士配置を抑え,入院患者数減少時の
療法士余剰を回避している.
3 . 2 療法士の勤務体制
365 日体制でリハビリテーションを提供するための療法士勤務体制は FIT プロ
グ ラ ム の 章 で Triangle-pairs と し て 紹 介 し た( 2 章 1 節 )
.グループ内には
Triangle-pairs に属さない療法士を PT で 1 人,OT で 1 人配置しており,この
内 1 人は Team Manager としての役割をもつ.患者には PT,OT それぞれの
Triangle-pairs で合計 6 単位のリハビリテーションが実施されるわけだが,ST 処
方がない場合,Triangle-pairs に属さない療法士が 3 単位分の理学療法・作業療
法を実施することで 9 単位/日のリハビリテーションを提供している.ここには
経験年数の高い療法士を配置しており,二つの Triangle-pairs にまたがることで,
Triangle-pairs に属する療法士への指導も実現している.若手療法士は Trianglepairs 内の経験年数の高い療法士や Team Manager と担当患者をともにすること
で教育される.
1 . 回復期リハビリテーション病棟運営 93
表 1 当院における代表的な評価
Stroke Impairment Assessment Set[ 2 ]
機能障害の評価
Simple Test for Evaluating Hand Test[ 3 ]
Brunnstrom Stage[ 4 ]
Manual Muscle Testing[ 5 ]
関節可動域測定法[ 6 ] Modified Ashworth Scale[ 7 ]
Fugl-Meyer Assessment[ 8 ]
反復唾液嚥下テスト[ 9 ]
BIT 行動性無視検査 日本版[10]
高次脳機能評価
基本動作能力の評価
日本版レーブン色彩マトリックス検査[11]
標準注意検査法[12]
ウェクスラー記憶検査改訂版(WMS-R)
[13]
標準失語症検査[14]
日本版 WAIS-Ⅲ成人知能検査法[15]
遂行機能障害症候群の行動評価 日本語版[16]
日本版リバーミード行動記憶検査[17]
各種動作の介助量(寝返り 起き上がり 座位 立位 立ち上がり 床
からの立ち上がり)
バランス能力の評価 The Standing Test for Imbalance and Disequilibrium[20]
歩行能力の評価
歩行速度,歩幅,cadence,介助量,使用装具・補助具
ADL 能力の評価
Functional Independence Measure[21]
機能障害,基本動作能力,バランス・歩行能力,ADL 能力の評価は, 2 週または 4 週間隔
で 評 価 し て い る. 高 次 脳 機 能 評 価 は,Mini-Mental State Examination[18] や Frontal
Assessment Battery[19]などのスクリーニングテストの結果を踏まえ,個々の症例に応じ
た評価バッテリーを選択し,評価を行う.妥当性,信頼性の高い評価バッテリーを用い,問
題点の把握,帰結予測,治療効果の判定を行っている.これらは代表例であり,症例の病態
に応じて必要な種々の評価を行っている.
4 . 療法士に求められるスタッフ像(質)
まずは適切なリハビリテーションを,退院後の生活を想定しつつ提供できる療
法士でありたい.また,自身の年齢を大きく上回る患者と関わることが多いため,
高い倫理観と誠実で丁寧な姿勢が求められるであろう.
4 . 1 療法士に求められる専門性
医師の処方の下,理学・作業・言語療法を安全かつ適切に実施することは,療
法士の専門性の最たる部分であり,患者の能力向上に直結する.理学療法士は身
体機能や歩行等の移動手段を含めた基本動作,作業療法士は上肢機能や ADL・
IADL 動作,高次脳機能障害,言語聴覚士はコミュニケーション能力や高次脳機
94 第 3 章 FIT program を高める環境
能障害,嚥下機能などに関わる.定量的な評価(表 1 )を 2 週または 4 週間隔
で実施し,経時変化を捉えるようにする.定性的な要素を含むが,動作分析も重
要であり,その解釈には解剖学や運動学の知識が求められる.問題点の抽出,治
療プログラムまたは介護手技の立案,その効果判定を繰り返す. 1 章 2 節にもあ
るように,運動学習理論を理解し,難易度の調整や適切なフィードバックにより,
動作学習を円滑に進めなければならない.
5 . チームアプローチ
回復期リハビリテーション病棟では多職種でチームを構成し,治療目標達成の
ために協力しなければならない.患者の能力は経過とともに変化するため,多職
種がカンファレンスやスタッフ間コミュニケーションによりリアルタイムに情報
を共有できる体制が必要である.
5 . 1 カンファレンス
当院では,大きく四つのカンファレンスが運営されている.一つ目は朝ミー
ティングであり,始業開始時刻からの 15 分間を利用して,曜日を問わず毎日実施
している. 2 F 病棟と 3 F 病棟に分かれ,医師,看護師,療法士,介護福祉士,
社会福祉士など当日勤務のスタッフが皆参加する.ここでは夜間帯の患者情報と
当日の連絡事項を共有し議論する.司会者が情報共有や患者のリスクにつながる
内容を選び,検討に時間を要する内容はどの日時に議論するかの相談に留めるな
ど,短い時間を有効活用している.
当院における脳卒中患者の平均在院日数は約 2 カ月であり,早い段階での患者
情報の集約が必要となる.入院から約 2 週後に設定されるカンファレンスがあり,
患者を担当するメンバー(主治医,看護師,介護福祉士,理学療法士,作業療法
士,言語聴覚士,社会福祉士)が参加する.各職種の評価結果や収集した情報を
まとめ,チームとしての治療目標と治療方針,入院期間を決定する場である.こ
のカンファレンスの議論を基に,医師は患者ならびに家族への説明を行う.
三つ目は定期に行われるカンファレンスであり,構成は上記同様である.各病
棟によって多少の差異はあるが,入院後 4 ~ 5 週後を目安に議論を要する患者を
抽出している.当院における脳卒中患者の平均在院日数(約 2 カ月)から見ると,
折り返し地点でのカンファレンスといえる.治療目標や治療方針の再展開,問題
点の把握と改善策の議論が主となる.また,必要に応じて短いスパンで頻回に設
定される場合もある.
1 . 回復期リハビリテーション病棟運営 95
四つ目は,回復期リハビリテーション病棟の全職種が集まるクリニカルカン
ファレンスである.臨床チームのみではなく,経験豊富なスタッフからの意見や,
異なる視点からの意見を聞けることが最大の利点である.各病棟単位のカンファ
レンスと 2 F・ 3 F 病棟合同で行うカンファレンスが隔週で行われている.プレ
ゼンテーションの形態に決まりはないが,基本的には 1 患者を受け持つ臨床チー
ムがプレゼンすることが多い.内容はさまざまで,困難事例の検討や安全対策の
ための環境設定から,歩行介助の方法や嚥下機能の帰結まで扱われる.また,ク
リニカルカンファレンスは,3 カ月に 1 回の治療成績のフィードバックの場とし
ても利用されている.
5 . 2 回 診
当院では,理学療法ないし作業療法中の患者を回診することにしている.病院
長をはじめとしたリハビリテーション科の医師,回診該当病棟の看護師長,療法
士からは Team Manager,社会福祉士で構成される.週に 1 回の頻度で, 5 週
で一巡する.患者側から見れば,5 週に 1 回リハビリテーション中に回診を受け
る形となる.カンファレンスとは異なり,患者の実動作を診て議論する.看護師
長および Team Manager は,回診で議論された内容が実行できるよう担当者を援
助する.
6 . リハビリテーション看護
ADL の舞台となる病棟の中心には,リハビリテーション看護師(以下,リハ
ナース)がいる.リハナースの仕事には,全身管理,患者や家族の心理的ケアに
加え,ADL への介入,家族指導がある.患者が退院後に迎えることになる,家族
背景や環境を含めた生活そのものをつねに意識して病棟生活を構築する点がリハ
ナースに特異的である.
6 . 1 全 身 管 理
全身管理は最も基本なリハビリテーション看護であろう.リハナースはバイタ
ルサインの測定や排泄状況,摂食状況等を把握し,症状変化や動作能力の変化を
常に把握し,医師と連携して適切な投薬,ケアを行う.近年では患者の重症化が
進み,患者の急変に対応しうる知識や技術が求められている.また,重症例で高
リスクとなる褥瘡管理も重要である.当院では,入院時に大浦・堀田スケール
[22]を用いてスコア化し,拘縮の有無や起居動作自立度等の褥瘡発生危険因子を
加味して褥瘡リスクに備えている.リハナースは医師や療法士とともにマットレ
96 第 3 章 FIT program を高める環境
スや車椅子のクッション等を選択し,体位交換のスケジュール立案やポジショニ
ングを行っている.
6 . 2 心理的ケア
数カ月単位で入院することも多い回復期リハビリテーション病棟では,経過の
なかで変化する患者や家族の心理面をケアすることがリハナースに求められてい
る.経過の中で生じる患者の日々の変化を言葉にしてフィードバックすることで,
患者や家族は改善を実感するであろう.多忙な業務に患者や家族と接する時間が
圧迫されがちであるからこそ,調整のききやすい日を選択して必要な時間を確保
し,「聴く姿勢」を表現して安心感を提供していきたい.
6 . 3 リハナースと ADL
リハナースによる ADL 介入の目的は,
「している ADL」と「できる ADL」の
乖離を解消し,病棟生活そのものを訓練の場にすることである.訓練室は動作難
易度の調整がききやすい反面,実生活とはつながりにくい.一方,生活の場であ
る病棟では,動作難易度の調整がききにくい.心理面に着目すると,患者は訓練
室では能動的な学習者としての役割を意識しやすく,病棟では受動的な患者役割
になりがちである.このような環境と心理面の特性を理解し,訓練環境を生活の
場である病棟へと移行しなければならない.療法士と看護師が動作方法・介助手
順を統一し,訓練と生活場面の両者で実施することで,患者は病棟でも能動的な
学習者として振る舞うようになり,病棟での動作そのものが訓練となる.当院で
は,主に中等度から監視レベルの患者を対象とし,実場面で動作の手順や介助方
法を統一している.
また,リハナースは患者自身による病棟での機能訓練や,立ち上がり訓練等の
動作訓練を安全確保の面でサポートしている.病棟生活のなかで患者自身による
訓練を習慣化させることは,訓練量増大効果とともに,退院後の自主的な訓練の
継続につながる点で有用である.
6 . 4 家 族 指 導
リハナースが指導する内容は幅多く,再発や合併症を予防する服薬や栄養管理,
介助方法や環境設定などが挙げられる.当院入院 2 週後のカンファレンスで介助
レベルと判断されたケースは,直後の面談にてその必要性を説明し,家族指導を
開始している.家族が行う介助や手順の安全性を多職種で評価し,移乗や排泄支
援,食・栄養など,退院後に必要な援助を家族自身が入院生活中に行えるよう配
慮している.また,介護体験や外泊により退院後の生活をイメージしてもらい,
1 . 回復期リハビリテーション病棟運営 97
退院後の生活への移行を円滑にしている.
7 . リスク管理
回復期リハビリテーション病棟が対象とする主要疾患には脳卒中や高齢者の大
腿骨頸部骨折があり,高次脳機能障害や認知症を伴う患者が多数入院している.
その患者達の活動性を高めるリハビリテーションを行うわけで,病棟生活や訓練
場面での転倒・転落のリスクが高く,さらには離院の危険性もあり,そのリスク
低減は喫緊の課題である.病棟生活で生じるリスクと訓練場面で生じるリスクは
その特性を異にするため,両者を区別して述べる.
7 . 1 病棟生活で生じるリスク
回復期リハビリテーション病棟でのインシデントでは,転倒がその大半を占め
る.過去の調査では,転院後 15 日以内,とくに 3 日以内の転倒が多く,発生場所
は病室で,発生時刻は食事時が多い[23]
.各職種による評価が不十分な時期に,
目の届きにくい場所で,人手の少ない時間帯に発生しやすいことを意味している.
この問題に対応すべく,当院では医師,看護師の入院時診察や評価に加え,予測
しうるリスクに基づいて Team Manager またはそれに準ずる経験年数の高い療
法士が入院日に身体機能や認知機能,バランス能力,患者自身の性格等を評価し
ている.評価結果は医師または看護師に戻し,環境設定,抑制やセンサ類の設定,
重点的に評価する内容を議論し,同日のうちに実行する.
一方,入院経過の中で転倒または転倒未遂が生じた場合,その時点で対策を話
し合う場を設ける.情報を発信したスタッフを中心に各職種が集まり,医師によ
る最終決定の下で対策を実行している.夜間帯に生じた場合は,翌日の朝ミー
ティングの議題に挙がり,その場で対策が決定される.転倒リスクの予測や対策
が後手に回らないことが肝腎である.
7 . 2 訓練場面で生じるリスク
当院における訓練中のインシデントは,療法士介助下・監視下での転倒,点滴
カテーテルやバルーンカテーテル等のカテーテル抜去が大半を占める.経験年数
別に見ると, 1 年目の療法士が起こす頻度が非常に高いことから,若い療法士を
対象としたリスク管理教育が必要となる.当院のリハビリテーション部では,危
険予知トレーニング[24]を導入している.提示された事例写真から想定される
リスクを列挙し,問題点の整理と対策の考案を行うことで,リスク発見の習慣化
を図っている.さらに過去の事例を基にシナリオを作成して,患者役と療法士役
98 第 3 章 FIT program を高める環境
に分かれて疑似体験を行い,管理職の療法士が評価とフィードバックを行ってい
る.あとはオンジョブトレーニングとなろう.
一方,インシデントが発生したとき Team Manager と該当療法士で現場検証を
行い,事例の発生原因と適切な行動を考察してレポートにまとめている.このレ
ポート内容を Team Manager がリハビリテーション部全体に発信することでリ
スク低減を徹底している.
文 献
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the management of basic movement. Jpn J Compr Rehabil Sci 2013 ; 4 : 17-21
医療 KYT 研究会,芳賀 繁 監修 : 医療における危険予知訓練マニュアル ベーシック編.安井電子出版,東京,2008
100 第 3 章 FIT program を高める環境
2 . リハビリテーション医
Keywords:リハビリテーション医,診断・治療,チーム医療
1 . リハビリテーション医とは
一般的な医師のイメージは,患者を診察し,検査などの評価をした上で,診断
を行い,適切な治療を行うというものである.リハビリテーション医(リハ医)
は,同様のことを行うのみでなく,リハビリテーションについての専門的な知識
を有し,その知識に基づいて患者の評価を行い,必要な訓練を計画する医師であ
る.また,患者の ADL 向上に役立つ医学的治療(薬物治療,神経ブロックなど)
や専門的検査(嚥下造影,膀胱内圧測定など)を行うこともその役割である.そ
の行動様式は,図 1 のように示される[ 1 ]
.しかし,リハ医は医療者間におい
ても,まだ十分に知られておらず,全国的に人数も少ない.日本リハビリテー
ション医学会が認定している専門医に至っては,全国で 1930 名(2013 年現在)し
かいない.そのため,回復期リハビリテーション病棟であっても,
「真のリハ医」
がいない病院も多く見られる.われわれは,回復期リハビリテーション病棟にお
いて FIT program を円滑に行うためには,リハ医の存在が不可欠であると考え
ている.
2 . 回復期リハビリテーション病棟においてリハ医に求められること
回復期リハビリテーション(リハ)病棟は,急性期治療が終わった患者に対し
て,多くの医療専門職がチームを組んで集中的なリハビリテーションを実施し,
自宅や社会へ戻っていただくことを目的とした病棟である.その対象となる疾患
は,脳卒中,大腿骨頸部骨折,脊髄損傷,頭部外傷,肺炎や外科手術の治療時の
安静による廃用症候群など多岐にわたる.リハ医は,それらの疾患の発症機序,
機能障害,予後などを十分に理解し,治療にあたることが重要である.そのため,
医学の幅広い知識を備えている必要がある.また,近年リハビリテーションを必
要とする患者は高齢化しており,高血圧,糖尿病,脂質異常症など生活習慣病を
併存していることも多い.そのため,これら疾患の一般的な薬物治療も行えなく
てはならない.さらに,回復期リハ病棟に入院している患者であっても,急性増
悪や,原疾患の再発などもよくみられる.その際に,適切な診断治療が行えるこ
2 . リハビリテーション医 101
診断・帰結予測 障害の診断
どこまで治るか
治療計画設定
療法士
義肢装具士
投薬選択 痙縮の制御
看護師
神経因性膀胱改善など
介護福祉士
手技・検査 筋電図
検査技師
尿路検査など
介護福祉士
ソーシャルワーカー 対応・指示 訓練処方
説明 障害が残るならより多くの説明が必要
診察・評価
図 1 リハビリテーション医の行動様式(文献[ 1 ]より.一部改変)
とも重要であり,救急対応やプライマリーケアの知識も求められる.もちろん,
適切な時期に他科専門医にコンサルトできる判断能力も大切となる.とくに
FIT program の実践においては,高密度訓練を円滑に実施できるように,より一
層の患者の全身管理が求められる.
3 . 個人としてのリハ医
まず,障害のある患者を診察し,機能障害,能力低下,社会的不利[ 2 ]を評
価する.その評価に基づき,必要なリハビリテーションプログラムを立て,療法
士に指示する.その上で,日々リハビリテーションが適切に効率よく行えている
かを確認する.そのために,適宜療法士とも訓練状況や内容について情報交換を
行う.病棟生活においても,ADL 向上に努められるように目を配り,患者の機能
に合わせた介助が行われるよう,看護師と相談しながら指示を出すことが必要で
ある.また,リハビリテーションに対する知識に基づいて帰結を予測し,リハビ
リテーションのゴール,必要な訓練期間を決定することも,効果的なリハビリ
テーションを行う上で重要である.したがって,患者の訓練場面および訓練外に
患者の診察を行い,麻痺や痙縮,感覚障害,関節可動域などがどのように変化し
ていくかをつねに把握しておく必要がある.
当然ながら,患者の退院後の生活設計を考える上で,リハ医は患者やその家族
102 第 3 章 FIT program を高める環境
のニードをしっかり聞き取り,そしてチームメンバーからも情報を得,さらに患
者および家族に機能予後や後遺障害,必要な訓練などについて説明することが求
められる.その場合,一般の方が理解しやすいように,平易で簡単な言葉を用い
ることも必要であろう.予後や後遺障害を説明し,障害受容を促すにあたっては,
患者や家族の信頼を十分に得ておくことが前提となる.そのため,リハ医は他の
科の医師よりも,優れたコミュニケーションスキルを身につける必要がある.
さらに,患者の退院後の QOL(Quality of Life)の高い生活設計のためには,介
護保険制度,身体障害者制度などの社会制度にも精通していなくてならない.そ
の場合には,医療ソーシャルワーカーとの情報交換および連携も必要となるであ
ろう.
4 . チームにおけるリハ医
回復期リハ病棟においては,中心にいる患者に対して多専門職種が関わるチー
ムアプローチが行われている.リハビリテーションにおいて関わる職種は,医師,
看護師,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,介護福祉士,栄養士,医療ソー
シャルワーカー,義肢装具士など非常に多い.リハ医はそのチームの中で,リー
ダーおよびコーディネーター的役割を担う.チームは,患者の機能障害や機能予
後,能力低下の状況,家族背景などの情報を共有し,リハビリテーションのゴー
ル決定および退院後の生活設計を行い,効果的な訓練を行っていく.情報共有の
場としては,定期的なチームカンファレンスが有用である( 2 章 1 節図 7 )
.そ
のカンファレンスの中で,リハ医はそれぞれの職種からの意見を聞きそれらをま
とめ,統一された目標に導くことが必要であり,リーダーシップが求められてい
る.
チームが円滑に効果的なリハビリテーションを行っていくためには,リハ医が
つねにチーム全体に目を配り,日々の患者の変化を把握することが大切である.
そのために,リハ医は,常時病棟や訓練室にいて,患者の生活や訓練を観察し,
チームメンバーとの情報交換を適時行うべきである.
5 . リハ医が知っておくべき評価
リハビリテーションにおいては,チーム内での情報交換をスムーズに行うため
に,共通のツールを用いて患者の機能を評価することが重要である.疾患特有の
評価法もあるので,知っておくべきである.脳卒中麻痺の機能評価である SIAS
2 . リハビリテーション医 103
(Stroke Impairment Assessment Set)
[ 3 ]や,脊髄損傷の評価である ASIA
(American Spinal Injury Association)の分類[ 4 ]はその一例である.また,
FIM(Functional Independence Measure)
[ 3 ]などの ADL 評価法についても
知っておく必要がある.その他,一般の神経学的診察,とくに関節可動域測定や,
徒手筋力検査,歩行評価ができること,また,IADL(Instrumental Activities of
Daily Living)や QOL の評価,標準失語症検査(SLTA)やウェクスラー成人知
能検査(WAIS-III)
,ウェクスラー記憶検査(WMS-R)
,Behavioral Inattention
Test(BIT)などの高次脳機能評価方法についても精通しているべきである.
6 . リハ医が行うべき検査
効果的な訓練を行うため,また帰結予測を適切に行うために以下の検査を行う
6 . 1 嚥下機能評価
回復期リハ病棟には,多くの脳障害患者が入院しており,嚥下障害を来してい
る患者も多くみられる.その評価のために,嚥下造影や嚥下内視鏡検査を行う.
嚥下造影検査は,検査用椅子に座った患者に,造影剤にとろみをつけたものや,
造影剤を混ぜた検査食を嚥下させて,それをビデオ記録装置のついた X 線透視装
置を使用して撮影記録するものである.嚥下内視鏡検査は,記録装置を接続した
内視鏡を外鼻孔から挿入して,咽頭,喉頭などを観察するものである.
内視鏡検査は,いつでもどこでも行え,一般の食品を用いて評価することがで
き,残留を直接観察できるという利点があるが,観察できる部位が咽頭,喉頭に
限られ,嚥下反射時にはホワイトアウトとなるため観察できないという欠点があ
る.
これらの検査により,口から,咽頭,喉頭,食道入口部などの機能的異常や形
態的異常,誤嚥,残留などを知ることができる.また,食物形態や体位,摂食方
法などを調整することで,安全な嚥下方法を見つけ,訓練に生かすことが可能と
なる.これらの手順については,日本摂食・嚥下リハビリテーション学会がマ
ニュアルを作成しているので,参考にしていただきたい[ 5,
6]
.
6 . 2 尿 路 検 査
尿が出にくかったり,頻尿である場合には神経因性膀胱を疑い,膀胱内圧測定
検査や膀胱造影を行う.膀胱内圧測定検査は,経尿道的に膀胱内に生理食塩水や
炭酸ガスを注入して,膀胱内圧を測定するものである.同時に,腹圧や外尿道筋
圧を測定し,排尿障害の部位や程度を総合的に判断し,膀胱および尿道が低活動
104 第 3 章 FIT program を高める環境
図 2 神経伝導速度検査
か過活動かを診断する.膀胱造影は,膀胱内に造影剤を注入して撮影し,形態異
常の有無や膀胱尿管逆流を診断するものである.これらの検査結果により,過活
動性膀胱に対する抗コリン剤など適切な薬物を選択し投与する.
脊髄損傷完全麻痺患者で弛緩性膀胱の場合は自排尿困難であるため,間歇的導
尿を導入する.残尿の程度に合わせて導尿回数や間隔などを設定するのもリハ医
の役割である.また,自己導尿が可能な患者の場合には,手技指導の指示を出す.
もちろん,指導はチーム内の看護師や療法士にも行ってもらい,手技を獲得でき
たかどうかをチーム内で確認していくことが必要である.
6 . 3 電気生理学的検査
ギラン・バレー症候群などの末梢神経障害や,糖尿病患者などで多発神経炎が
疑われるような症例では,神経伝導速度検査や針筋電図検査を行うことが望まし
い.神経伝導速度検査は,末梢神経を電気刺激して誘発される筋反応や神経活動
電位を計測することにより,末梢神経機能を調べるものである(図 2 )
.この検
査により,主病変が軸索変性なのか脱髄なのか,どれくらい神経が障害されてい
るのかを知ることができる.針筋電図検査は,筋内に針電極を刺して,筋線維か
ら発生する,運動単位の活動電位の波形や持続時間を確認するものである.また,
安静時刺入時の異常所見として,陽性鋭波,線維自発電位などの脱神経電位の有
2 . リハビリテーション医 105
図 3 運動点ブロック
無を見ることにより,麻痺の改善予後を予測することができる.
7 . リハ医が行うべき治療
7 . 1 痙縮のコントロール
痙縮を正しく評価し,コントロールすることはリハ医にとって重要である.痙
縮は MAS(Modified Ashworth Scale)で評価することが多い.痙縮を適切にコ
ントロールすることで,ADL の改善が得られることも多い.また,痙縮を抑制す
ることで装具の装着がしやすくなったり,安定した歩容が獲得できることもある.
方法としては,まずバクロフェンやダントロレンなどの抗痙縮剤の投与を考慮す
る.特定の筋の痙縮を抑制したい場合は,フェノールを使用して閉鎖神経ブロッ
クや運動点ブロックを行う.下腿三頭筋や後脛骨筋の運動点ブロックは,中枢性
麻痺患者の内反尖足の改善に効果的であり,回復期リハ病棟においてしばしば行
われる手技である(図 3 )
.運動点を確認する際には,電気刺激を使用する.ボ
ツリヌス毒素注射は手技が簡便であり,実際適応となる患者も多くみられるが,
薬剤料が高額であるため,回復期リハ病棟では使用することが困難である.
脊髄損傷による対麻痺や脳卒中による片麻痺で,重度痙縮が認められる場合,
バクロフェン髄注(ITB)療法が適応となることもある.これは,薬剤注入ポン
プを体内に埋め込んで,髄腔に持続的にバクロフェンを投与するものである.薬
106 第 3 章 FIT program を高める環境
剤の投与量を調整することにより,痙縮コントロールがしやすい,という利点は
あるが,ポンプの埋め込みは侵襲的であるため,適応症例を十分に判断すること
が必要となる.必要であれば,回復期リハの途中であっても,ITB 療法実施機関
に紹介することもある.ITB 療法施行中の患者に対しては,離脱症状や過量投与
を来さないように注意して観察していくことが重要である.
7 . 2 装 具 処 方
麻痺性疾患における装具効果の主体は,
「自由度制約を通した運動の単純化」に
ある[ 7 ].自由度とは,関節運動の方向性の数をさす.装具装着によって麻痺肢
の運動を単純化することで,再現性の高い運動を可能にする.この考え方に基づ
き,患者の機能障害を正しく評価し,適切な装具を処方することはリハ医の務め
であり,法律的に定められた責務である.義肢装具士に処方に基づいた作製を依
頼した後,できあがってきた装具のチェックアウトも行う.
装具処方のためには,どのような装具にどのような効果があるか,などの知識
を有していなくてはならない.また,運動学的な知識も必要となる.例えば,足
部背屈角度を大きくすると,膝が屈曲しやすくなり,状況によっては膝折れとな
る.そのため,麻痺や痙縮の程度に応じて,適切な範囲の底背屈角度・可動範囲
を設定し,歩行訓練を行わなくてはならない.動的チェックアウト時に遊脚期の
振り抜きが不十分な場合,非麻痺側中殿筋の筋力低下が麻痺側骨盤の沈み込みを
起こしている等,ありうる可能性を頭に浮かべて検討すべきである.
その後,訓練の進行に合わせて,最適な難易度を生み出すように装具の自由度
制約を調整することで,難易度を適宜調整し,学習過程を円滑化する[ 8 ]
.その
ため,訓練の経過に応じて,入院中に装具の再作製を検討することもある.
実際どのような装具をどの程度処方しているか,歩行到達度の詳細などについ
ては 4 章 3 節をご参照いただきたい.
以上,回復期リハ病棟において求められるリハ医像を多方面にわたって述べた.
リハ医に必要な知識,資質,技術は多岐にわたっている.回復期リハ病棟は,リ
ハ専門医資格取得に必要な経験をしたり,また専門医にとって修練を行う場であ
ると考える.
文 献
[1]
園田 茂 : 回復期リハビリテーション病棟における医師の役割.石川 誠 編 :
[2]
[3]
[4]
[5]
[6]
[7]
[8]
2 . リハビリテーション医 107
Monthly Book Medical Rehabilitation No. 162 回復期リハビリテーション―
チームにおける動き方.全日本病院出版会,東京,2013 ; pp 14-18
WHO : International classification of impairments, disabilities and handicaps.
WHO, Geneva, 1980
千野直一,椿原彰夫,園田 茂,道免和久,高橋秀寿 編 : 脳卒中の機能評価―
SIAS と FIM[基礎編]
.金原出版,東京,2012
American Spinal Injury Association International Standards Committee : The
new worksheet. Available from URL : http : //www.asia-spinalinjury.org/
elearning/Whats_new_with_INSCSCI-ASIA_072413 _reduced.pdf(2014 年 1 月
19 日引用)
日 本 摂 食・ 嚥 下 リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン 学 会 : 嚥 下 造 影 の 検 査 法( 詳 細 版 )
.
Available from URL : http : //www.jsdr.or.jp/wp-content/uploads/file/doc/
VF15-1-p76-95.pdf(2014 年 1 月 19 日引用)
日本摂食・嚥下リハビリテーション学会 : 嚥下内視鏡検査の手順 2012 改訂.
Available from URL : http : //www.jsdr.or.jp/wp-content/uploads/file/doc/
endoscope-revision2012.pdf(2014 年 1 月 19 日引用)
才藤栄一,水野元実,岡田 誠,金田嘉清 : 脳卒中リハビリテーションにおける
装具再考.浅見豊子 編 : Monthly Book Medical Rehabilitation No. 97 脳卒中装
具療法.全日本病院出版会,東京,2008 ; pp 1-6
才藤栄一,横田元実,大塚 圭,金田嘉清 : 運動学習からみた装具.総合リハ
2010 ; 38 : 545-550
108 第 3 章 FIT program を高める環境
3 . リハビリテーション工学
Keywords:リハビリテーションロボット,リハビリテーションセンサ,生体計
測,リハ工学の役割
リハビリテーション工学(以下リハ工学)とは,医師,PT,OT,ST,看護師
らによるリハビリテーション医学 ・ 医療チームを工学的立場から支援する学問 ・
技術である.たとえば,神経 ・ 筋肉の生理の研究,認知障害の計測,動きの計測,
歩行解析,補装具や自助具の開発,機能的 ・ 治療的電気刺激装置の開発,環境制
御装置入力部の開発,徘徊モニターの開発などがある.本章では,リハ工学の歴
史,役割,成果などを概観する.
1 . リハ工学の歴史
リハ工学は 1970 年代にアメリカでその概念が定着し,日本でもほとんど同時に
生まれた.医学は病気にならないような予防医学,病気やけがの影響が最小です
むような治療を施すが,後遺症として,身体が不自由になった人に対して,どの
ように支援をするのか? そのひとつがリハ工学であろう.
アメリカでは第 2 次大戦中航空技術者であった C.A. McLaurin(1922-1997)
が戦後リハ工学に転じ,画期的な義足をつぎつぎと開発し,さらに車いすの研究
も始めてリハ工学の創始者といわれるようになった[ 1 ]
.その頃日本で根づき始
めたリハビリテーション医学の指導者たちは,伝統的な義肢装具の研究開発にも
工学技術の関与が有効なことを認識し,1969 年に労災義肢センター,1970 年に国
立補装具研究所,1971 年に東京都補装具研究所,兵庫県リハビリテーションセン
ター,1973 年に神奈川県総合リハビリテーションセンターを設立した.やがてエ
ンジニアたちはこの分野には義肢装具だけでなく,幅広い工学的ニーズがあるこ
とに気づき,車いす,移乗機器,移動機器,コンピュータインタフェース,環境
制御装置,電動ベッド,電気刺激装置など障害者を支援する広範な機器システム
の研究開発に取り組むようになり,今日のリハ工学の基盤を築いた[ 2 ].
2 . リハ工学の担当分野
2012 年 3 月 2 日の経済産業省の「新産業 ・ 新市場創出に向けて」に,2020 年
3 . リハビリテーション工学 109
図 1 WHO による国際生活機能分類と医用工学,リハ工学の守備
範囲
にはリハビリ支援サービス規模(医療は含まれていない)が 50 兆円に,介護 ・ 福
祉ロボットが 9.7 兆円になると試算している.この中の多くはリハ工学が関与す
る分野であろうから,今後リハ工学士が増えてくるのであろう.そのための教育
や資格審査などを考えなければならない.
さて,リハ工学が関与する身体障害者とは,脳卒中片麻痺,脊髄損傷,頭部外
傷,脳性麻痺などによる運動障害が主で,視覚や聴覚などの感覚器官,心臓,腎
臓,膵臓などの内部臓器の障害をサポートする人工心臓,人工肺,心臓ペース
メーカ,人工骨,人工関節などの人工臓器を研究するのは医用工学であり,外部
障害者への工学的対応を図るのがリハ工学と考えてよさそうである[ 1 ]
.図 1
参照.
3 . リハ工学の成果例
大学や研究所で数多くのリハ機器,福祉機器が試作されているが,実際の臨床
や生活場面でそれほど役に立っていないものが多い.以下に,臨床に生かされ,
実際に使われている成功例を紹介する.
3 . 1 マイスプーン
施設における食事介助は,人的負担が大きく,病院によっては食事介助の必要
な患者は受け入れない.そこで,頸髄損傷,筋ジストロフィー,関節リウマチな
ど上肢障害者が体の一部を動かすだけで,自分で食事ができるようにするロボッ
トであるマイスプーン(図 2 ,セコム(株)
製)が 2002 年に商品化された.白米や
おかず,お菓子などほとんどのものが食べられる.
3 . 2 Handy
Handy はマイスプーンと同様に上肢障害者のための,飲食,洗顔,髭剃り,歯
磨き,メーキャップができるロボットである.マイスプーンが飲食に特化してい
るのと比べて,応用が広い.しかし,Handy を使用するために長い訓練を要す.
110 第 3 章 FIT program を高める環境
図 2 マイスプーンの外観
図3
���������������������������
�������������������������
��������������������������
T herapeutic Exercise Machine の外観
詳しくはホームページを参照されたい[ 3 ].
3 . 3 Therapeutic Exercise Machine(TEM)
TEM は膝および股関節のリハビリを行う目的で安川電機と慶應大学が共同で
作った.大腿部と下腿部を二つのロボットアームが把持し,両者を独立に動かす
ことで, 6 自由度を得ている.操作は,まず,患者に TEM を装着し,理学療法
士が 1 度通常訓練動作を行うと,その動きを記憶し,繰り返し再現できる.すな
わちダイレクトティーチによるプレイバックロボットであること,さらに,他動
運動,自動運動の介助,関節可動域訓練ができること,とくに関節可動域訓練で
は,インピーダンス制御を行い,患者が可動域終端に近いところで痛がると,動
作を一時停止する制御をするなど理学療法士の徒手のような柔軟で巧みな動作を
再現できることなどを特長としている.また,関節角度やトルクの計測評価機能
を備えているので治療効果の経時的変化を知ることができる.
3 . 4 Lokomat
Lokomat はスイスの Hocoma 社が開発した脊髄損傷や脳卒中のために歩行障害
になった方の歩行再建のための歩行支援ロボットである.Lokomat は免荷式(足
にかかる体重を懸垂ベルトでつり上げる,骨盤で支えるなど,何らかの方法で少
なくすること)歩行トレーニングを行う.Lokomat は免荷の状態で脚を交互に動
かし,理想の歩容を強制的に行うことで,脊髄に存在するといわれている Central
Pattern Generator や大脳運動野などの運動神経系を再学習させることを目的と
している.詳しくはホームページを参照されたい[ 4 ]
.
3 . リハビリテーション工学 111
図 4 歩行補助ロボットの外観
産業医科大学 蜂須賀研二教授の厚意による
3 . 5 歩行補助ロボット
医師や理学療法士などの人手に頼っていた歩行補助を歩行補助ロボットへ置き
換えることにより,リハビリテーションをトータルに支援することを目標として
いる.立位,斜位,臥位の姿勢を取るシート,各姿勢で大腿,下腿をそれぞれ把
持・駆動する 2 対のロボットアーム,上体を支持する上体支持機構,および歩行
面を備えている.Lokomat と同様に強制的に理想的な歩容による歩行を訓練する.
各アームの先端には大腿・下腿を支持するスプリントと,患者の肢体の負荷・
関節角度を検出するセンサを備えている.関節角度は,ロボットアームの各軸の
エンコーダ,スプリント下に搭載されたポテンショメータにより計測する.関節
トルクは,スプリントの姿勢とアームに搭載された力センサの検出値を用いて運
動学に基づいて推定する.
高齢者・障害者・脳機能患者の下肢機能回復の促進,訓練・介護現場での医
師・療法士の負担軽減,および訓練動作の効果,障害レベルの評価機能の構築を
目指している.図 4 参照.
112 第 3 章 FIT program を高める環境
図 5 対麻痺者用歩行再建ロボットの外観
3 . 6 対麻痺者用歩行再建ロボット(Wearable Power-Assist Locomotor:
WPAL)
WPAL はロボット部と装具部とからなり,ロボット部をすべて内側に配置した
ので,欧米で使用されている支持部が外側にある Reciprocating Gait Orthosis や
Hip Guidance Orthosis と異なり,車いすとの併用が可能になった.重量はロボッ
ト部が 12 kg で装具部が 1.5 kg である.WPAL は足,膝,股関節がそれぞれ 50,
120, 40°の伸展屈曲可動域をもち,それぞれに駆動用のモータがある.コント
ローラ,リモコン,バッテリは専用の交互型歩行器(重量 10 kg)に内蔵してある.
使用者の指示により,立ち上がり,歩行,停止,着座する.それぞれの関節の動
きは,装具歩行に慣れた健常者の動作を,内側股継手付 KAFO で歩いたときの基
本パターンを三次元動作解析装置 VICON で測定し設定値とした.ロボットはそ
の動きを倣うようにしてある.使用者によって歩幅や振り出しのタイミングが異
なるので,使用者ごとに微調整する.また,使用者の慣れによっても微調整する
[ 5 ].図 5 参照.
3 . 7 Manus
Manus は,MIT によって開発された精緻な理論に基づいて訓練する運動を計
画し,ロボットアームを介して麻痺の重い上肢に対しては運動を補助し,中等度
の麻痺には介助移動運動を行う.また,訓練が飽きないようにゲーム性を取り入
れている.詳細は本書 2 章 3 節を参照.
3 . リハビリテーション工学 113
3 . 8 環境制御装置(Environment Control System:ECS)
重度の四肢麻痺者が日常生活の中で可能な限り自立することを支援するための
機器である.たとえば,テレビ(ON/OFF,ボリューム,チャネル)
,DVD,食
事( 3 . 1 マイスプーン参照),照明(ON/OFF)
,本のページめくり,エアコン
(ON/OFF,温度設定)
,電話,ベッドの昇降などがある.ECS は入力部が重要で,
( 1 )接点入力:押しボタン式スイッチが多い,
( 2 )帯電式入力:スイッチを押
す力のない障害者用で,電極に触れただけでスイッチが入る,( 3 )まばたき入
力:まぶたの上下動を光りで感知してスイッチを入れる.不随意的瞬目と随意的
瞬目を判別している,
( 4 )呼気式入力:ストローに息を吹き込むまたは吸うこと
による圧力変化を感知してスイッチを入れる.呼気または吸気を感知する 1 動作
式,両方を感知する 2 動作式がある,
( 5 )圧電素子式入力:手,頬,まぶたな
どの,わずかに動く場所にセンサを貼付して,微小な動きを感知してスイッチを
入れる,( 6 )音声入力:
「ベッド」「上げ」…「止め」と発話することによって
ベッドをある位置で止めることができる.風邪をひいて声が変わってしまった場
合でも追従できるよう人工知能を組み込んだものも研究されている[ 6 ]
,
(7)
ブレーン ・ マシン ・ インタフェース(BMI)
:使用者の考えたことを脳波によって
検知し,必要な動作を行う.研究の緒に就いたところで,実用化にはまだ間があ
る.
3 . 9 離床センサ
脳卒中や頭部外傷の後遺症に,認知障害がある.認知が障害されると,医療者
の指示に従うことができず,たとえば,麻痺があってトイレに行くことができな
いのに一人で行こうとして転倒し,さらなる傷害を作ることがある.患者がベッ
ドから離れる瞬間にナースコールが鳴れば上記の対策となる.ベッドから降りる
ところに赤外線ビームを張り,ビームが途切れたらナースコールを鳴らす,ベッ
ドの下に感圧マットを敷いて圧力を感じるとナースコールを鳴らす(マットセン
サ),マットレスの下に荷重計を置き,患者がベッドから離れると荷重が減って
ナースコールを鳴らす(マットレスセンサ)などがある.
また,筆者の考案した簡易で使いやすい洗濯ばさみセンサがある.これは洗濯
ばさみの先の部分に穴を開け, 3 mm のビスを通して,反対側にリード線を取り
付け,ナースコールに接続した.洗濯ばさみの先端の間に紐をつけたプラスチッ
ク板をはさんでベッド柵にしばり,洗濯ばさみにも紐をつけて反対側のベッド柵
に取り付けた.患者がベッド柵の間を通り抜けようとすると,洗濯ばさみとプラ
114 第 3 章 FIT program を高める環境
スチック板がはずれて,ビスどうしが接触し,スイッチが入ってナースコールが
鳴る構造とした.先に説明したいくつかのセンサよりも普及している.臨床現場
ではローテクで操作が簡単な機器が好まれる.
3 . 10 失禁センサ
患者のおむつ交換のタイミングや,排尿後の膀胱内残尿量を測るために,失禁
したことを直後に知る必要がある.そこで,失禁センサの開発が筆者に依頼され,
試作した.原理は二つの電極間の抵抗が尿でぬれることによって減少することを
利用した.電極間と固定抵抗によってハーフブリッジを構成し,抵抗の減少に
よってブリッジのバランスがくずれると,比較器出力が反転するようにした.比
較器の出力に圧電ブザーを接続し,失禁するとブザーが鳴るようにした.電極は
使い捨ての必要があるので,VFF(ビニール平型)コードの先を互いに接触しな
いように, 5 mm 程度被覆をはがしたものを使用した.これでセンサそのものは
数円でできた. 9 V の乾電池を使用しているので,感電の危険はない.
3 . 11 電気刺激(TES, FES, IVES)
機能的電気刺激(Functional Electrical Stimulation:FES)は脳卒中や脊髄損
傷などにより上位ニューロンが損傷を受け,末梢の機能が果たせなくなったとき,
末梢側の神経(α運動神経)を電気刺激して生体の動きを制御し,失われた機能
を再建するものである.歩行の再建,上肢機能の再建などに使う.電極は皮膚に
貼付して経皮的(表面電極)に刺激する場合と,手術によって皮下に埋め込む(埋
め込み電極)場合がある.
治療的電気刺激(Therapeutic Electrical Stimulation:TES)はα運動神経を
刺激し,随意運動能力の回復を目的に使用する.血流が増加し,痛み発生物質や
老廃物を排泄し,栄養が供給され,局所症状を改善することも期待している.周
波数が 1,000 Hz 以下の電流で生体を刺激する低周波治療では,通常は単極性又は
双極性のパルス電流を用いる.また,周波数が 1,000 Hz 以上のものを中周波治療
器と称し,通常は正弦波電流を使用するが,低周波と同様にパルス電流を用いる
ものもある.電極はほとんど表面電極である.
TES は機械のタイマーにより,設定された時間で通電,休息が繰り返されるが,
随意運動介助型電気刺激装置では患者の微小な筋電図を感知して筋電図の大きさ
に比例した刺激を出力する.
TES ではα運動神経のみならず,Ia 感覚神経も刺激されるので,伸張反射によ
る同名筋の促通や相反抑制により拮抗筋の痙縮を抑制することも期待される.
3 . リハビリテーション工学 115
2
図 6 車いす転倒防止サポート
図 7 車いす自走時( 1 ~ 6 )と介助走行時
( 7 ~ 9 )の座圧分布の差
3 . 12 車いすの転倒防止
認知障害のある大柄な患者では,車いす上に拘束しても車いすの横に落とした
物を拾おうとして車いすごと横転する事故がよくあった.車いすの主輪に自転車
用の補助輪をつけて横転しないようにしたつもりであったが,やはり横転事故が
おきた.そこで,横転する患者の横に座り,横転の様子を観測した.その結果,横
転は真横ではなく,斜め前,つまり前輪キャスターの方向へ倒れることがわかっ
た.そこでキャスター近くに主輪と同じ幅になるようキャスターから 2 ~ 3 cm
外側に転倒防止サポートを取り付けた.サポートは U 字型ボルトで車いすのフ
レームに取り付けられており,容易に他の車いすに取り替えられる.このサポー
トにより車いす転倒事故はなくなった.本サポートは床面からの距離が 5 mm
しかないので,施設内で,しかもスロープのないところでしか使用はできないが,
大きな支障はないように思われる.図 6 参照.
3 . 13 車いす自走時の座圧変化
車いすクッションの適応をみる目的で,医療者が座圧の分布を測ることがある.
褥瘡を予防するために,局所的に高い圧力がかからず,全体的に圧力が分散する
ようなクッションを処方する.それは重要なことであるが,車いす利用者がじっ
としているわけではなく,動くこともある.従来は動作時の座圧分布を測定して
こなかった.われわれは,ゴム製の圧力分布センサ(SR ソフトビジョン,東海ゴ
ム,愛知)を用いて,走行時の座圧を測定した.図 7 ( 1 ~ 6 )は脳卒中左片麻
116 第 3 章 FIT program を高める環境
痺患者が自走しているときの圧力分布の時間変化を 1 フレーム 0.2 秒で追ったも
のである.左足はステップに乗せ,右手と右足で自走している.左足はステップ
の上なので,大腿部の圧力が小さい.後ろに寄りかかったときに仙骨周辺に高い
圧力が観測される.車輪を前に押すために体を前傾させるので,座骨周辺に高い
圧力の部位が移動している.約 1 秒の周期でこいでいることがわかる.
介助走行(図 7 ( 7 ~ 9 ))では,ほとんど座圧分布がほとんど変わっていな
いことがわかる.
3 . 14 ユニバーサルデザイン(UD)
UD に似たことばにバリアフリーがある.バリアフリーは,人を隔てたり,行
動を妨げたりする障壁(バリア)を除去した状態をあらわすことばであり,
「障害
者や高齢者など特定の人に対する,特別な対策」という考え方で,健常者用と障
害者用を分けて考えていた.しかし,健常者も障害者も同じものを使うことがで
きれば,バリアという考えもなくなる.そこで,健常者も障害者もそれぞれ平等,
公平に利用できるようにすることが UD といえる.
UD の例
( 1 )缶ビールのプルトップの横に,ジュースやお茶と間違えないように,浮き
出し文字で点字および墨字で「ビール」とかいてある.
( 2 )自動販売機の広い受け皿のあるコイン投入口,選択ボタン,取り出し口が
中央にまとめられている.
( 3 )多機能トイレは内部が広く,手すり,ベビーシートなどが完備されている.
( 4 )ノンステップバスは車いす利用者も容易に乗車できる.
( 5 )エスカレータの降り口前方に支柱を立て,上りと下りのエスカレータを間
違えないようになっている.
( 6 )カップの取手は通常親指と人差し指,中指ではさむが,指に力がない障害
者や高齢者用に親指と 4 本の指を対向してもつことのできるよう,取手
の大きさを大型にした.
( 7 )皿の一方向を高くしたり,返しをつけたりして,内容物を片手のみでス
プーンで寄せても端からこぼれない構造.
( 8 )シャンプーの容器に凸凹をつけ,リンスと間違えないようになっている.
4 . リハ工学の役割
近年,リハ工学,福祉工学を標榜する研究室を持つ大学や研究所が増えてきて
3 . リハビリテーション工学 117
図 8 論文を書くための研究
宮内有紀氏のご厚意による
いる.そこでは数多くのリハ機器,福祉機器が試作されている.しかし,実際の
臨床や生活場面でそれほど役に立っていない.その理由として,大学や研究所で
は高度な学術的成果を目指すために,研究になる機器を開発している.図 8 に示
す絵は,向かって左側の男が,
「老眼になって,見えにくくなってきたので,よい
道具を作って欲しい」と某大学工学部某准教授に依頼してできあがったものであ
る.ヘルメットに付けたカメラで本を撮し,コンピュータで適当なサイズに拡大
して,ヘッドマウントディスプレイで読めるようになっている.電源,コン
ピュータなど,大がかりな装置がベンチの上にある.同年代の隣の男は,凸レン
ズでできた,老眼鏡をかけて,何の不自由もなく本を読むことができている.な
ぜ,某准教授は大仰な装置を作ったのか? それは,大仰な装置を作れば,論文
を書くことができ,昇進や研究費の獲得に有利であるが,老眼鏡を試作しても論
文が書けないからである.大学とはそういうところなので,臨床家は「いま必要
なもの」を大学や研究所に期待してはいけない.大学とは 10 年たてば役に立つか
もしれないものを考えるところである.
リハビリ工学士は他の技術者と同様に常に新しい技術を把握していなければな
らない.しかし,実際に臨床で使うときにはハイテクよりもむしろローテクな枯
れた技術の方が誤動作や,予期しない結末を迎えずにすむ.
同様にリハビリ機器,介助機器,介護機器と称して多くの機器が開発され販売
されている.これらがなかなか普及しない理由は, 1 )エンジニアのひとりよが
りで,使用者の視点に立った開発がされていない, 2 )機械は限られた環境や条
件のもとでは威力を発揮するが,実際の臨床や生活の場面では状況が多様であり,
118 第 3 章 FIT program を高める環境
また, 3 )障害をもつ使用者の個人差は健常者の個人差など問題にならないほど
バラエティがある, 4 )一般の人はふだんこのような装置をみていないので,急
に本人や家族が障害者になったときに,世の中にどのようなものがあるのかを知
らない, 5 )個人差に合わせて微調整するため,および生産量が少ないために値
段が高い,などがある.上記の 1 )
, 3 )は臨床を知っているリハビリ工学者が
設計の段階で参加すれば解消される. 2 )はむしろ臨床の使用者側の問題で,機
械は何でもできると誤解してはならない.機械でできること,人がすべきことを
分ける能力が必要である.4 )
を解消するためには施設のセラピストやケースワー
カ(MSW)が知識をもち,本人や家族に説明できる能力をもつ必要がある. 5 )
を解消するためには介護保険(民間の生命保険の特約でもよい)などが適用され
るようになるとよい.
最後になったが,このような機能障害の補完や能力障害,社会的不利を支援す
るリハビリ工学者を育成するためには,専門学校や大学で教育課程に組み込む必
要があり,さらに専門職としての資格を与える必要があると考える.
文 献
[1]
Childress DS : A Tribute to Colin A. McLaurin. J Rehabil Res Dev 1998 ; 35 :
7-10
[2]
千野直一 編 : リハビリテーション工学と福祉機器.金原出版,東京,2006
[3]
Available from URL : http : //www.techknowlogia.org/(Cited 2013 December
20)
[4]
Available from URL : http : //www.hocoma.com/(Cited 2013 December 20)
[5]
清水康裕 : ロボット(WPAL)による脊髄損傷患者の歩行再建.藤田学園医学会
誌 2010 ; 423-437
[6]
小林晃一,富田 豊,本多 敏,才藤栄一,鈴木 享 : ニューラルネットワーク
を音声認識手段として用いた環境制御装置.総合リハ 1996 ; 24 : 855-860
4 . 高次脳機能障害 119
4 . 高次脳機能障害
Keywords:失語症,半側空間無視,失行症,失認症,認知症
1.は じ め に
高次脳機能障害は脳の器質的病変によって,言語,思考,記憶,行為,学習,注
意などの知的機能に障害が生じたものをいう.すなわち,高次脳機能障害には失
語,失行,失認に代表される比較的局在の明確な大脳の巣症状,注意障害や記憶
障害などの欠落症状,感情障害や幻覚・妄想などの精神症状,判断・問題解決能
力障害,行動異常などが含まれる[ 1 ]
.
高次脳機能障害は,注意してみなければ,ベテランの医療スタッフですら,気
づかないことがあり,軽度に見えても,日常生活や社会生活において種々の問題
を生じることもある.また,患者は自分の病状に関して無関心であったり,過度
にストレスを感じたりする.患者の家族も同様に,一緒に生活しているのに気に
も留めない場合もあれば,病状が理解できずに家庭崩壊の危機に直面する場合も
ある.身体機能障害が軽度で,慣れた環境内での身の回りの動作は自立していて
も,記憶,遂行機能,情緒,行動などの障害のために,就労や就学などの社会参
加に至らない場合も少なくない.このため,病院にいる間に退院した後の生活ま
でを考えて,高次脳機能障害に対してアプローチを行うべきである.このような
患者のリハビリテーションを行うためには,入院中から,明確なゴール設定を行
い,退院した後の生活のことまで考えたアプローチを行う必要がある.
2 . 高次脳機能障害の原因と種類
高次脳機能障害の原因疾患の大多数は脳血管障害であるが,頭部外傷,脳腫瘍,
変性疾患など,脳に可逆的・不可逆的な侵襲をきたす疾患であれば,高次脳機能
障害の原因となる[ 2 ]が(図 1 )
,同じ原因でも部位や大きさなどによって病
態は異なり,その発現機序も均一ではない.たとえば脳出血においては,皮質に
対する血腫の直接的な圧迫,血腫周囲の浮腫の影響,皮質下線維の遮断などに
よって高次脳機能障害が出現する.
高次脳機能の局在には側性化(ラテラリティー)があり,左右の半球で異なる
情報処理がなされている.すなわち,言語や行為,計算などに関しては左大脳半
120 第 3 章 FIT program を高める環境
(名)
7000 6000 脳梗塞
脳出血
くも膜下出血
脳外傷
脳腫瘍
変性疾患
5000 4000 3000 2000 1000 0 失語症 失行・失認 記憶障害 注意・遂行 行動・情緒
機能障害
障害
認知症
図 1 高次脳機能障害全国実態調査報告(2011)
図1���高次脳機能障害全国実態調査報告( 2011)�
遂行機能障害
優位半球(左)
失語
聴覚失認
純粋語聾
劣位半球(右)
健忘症候群
Motor impersistence
純粋語唖
口腔顔面失行
認知症
観念運動失行
観念失行
構成障害
構成障害
着衣失行
Gerstmann症候群
純粋失読
病態失認
半側空間無視
物体失認
皮質盲
相貌失認
図 2 左右大脳半球と高次脳機能障害
球が優位であり,視空間構成や空間的注意に関しては右大脳半球がその役割を
担っている(図 2 )
.原因疾患が脳卒中の場合,失語・失行・失認のような巣症
状が多く,左半球損傷では失語症や観念失行が,右半球損傷では半側空間無視や
病態失認,
motor impersistence がリハビリテーションの阻害因子となる[ 3 ]
.こ
れに対し,びまん性軸索損傷のような脳外傷の場合は,記憶障害や遂行機能障害,
行動・情緒の障害などが問題となることがある[ 4,
5]
.いずれも単独でみられる
ことは少なく,症状が重複するものが多い.また,加齢の影響や廃用による精神
4 . 高次脳機能障害 121
活動性の低下が加わる場合も少なくない[ 6 ]
.
3 . 高次脳機能障害の評価
評価に先立ち,身体所見や神経症状,生活歴,利き手,家族構成,職歴,キー
パーソンなどを把握する.また,病前から,視力・視野,聴力,言語あるいは知
能に障害がなかったかを聴取する[ 7,
8]
.
失語症は,標準失語症検査(SLTA)
[ 9 ]や WAB 失語症検査日本語版[10]
を用いて評価する.いずれも,口頭言語の理解,発話,音読,復唱,文字言語の
理解,書字,計算などの項目からなる.失行症の評価は,標準高次動作性検査
(SPTA)を用いる[11]
.顔面動作,慣習的動作,手指構成模倣,客体のない動
作,連続動作,着衣動作,物品を使う動作,系列的動作,下肢・物品を使う動作,
描画,積み木などの項目からなる.失認症の評価は,高次視知覚検査(VPTA)
が用いられる[12]
.これは視覚の基本機能,物体・画像認知,相貌認知,色彩認
知,シンボル認知,視空間認知と走査,地誌的見当識などの項目から構成された
検査である.
半側空間無視の評価には日本版 BIT 行動性無視検査が用いられる[13].これ
は机上で行う従来の線分抹消検査や二等分検査に加え,メニュー読み,文の朗読,
時計合わせ課題,など無視の行動異常を推察すべく開発されたものである.記憶
障害の評価にはウェクスラー記憶検査改訂版(WMS-R)
[14]やリバミード行動
性記憶検査(RBMT)
[15]などが,知的機能を評価するためには,ウェクスラー
成人知能検査改訂 III 版(WAIS-III)が用いられる[16]
.高次脳機能障害を評価
する際には,障害された機能のみでなく,障害を受けていない脳機能も合わせて
評価するべきである.たとえば,失行症の多くは失語症を合併しているため,
SPTA に加えて,SLTA を行うが必要がある.また,WAIS-III や WMS-R などを
併用し,その残存能力を評価する.
4 . 失 語 症
失語症とは,いったん獲得された言語機能が,何らかの原因による大脳半球の
特定領域の損傷によって障害を受けた状態をいう.語健忘がその本質であり,錯
語のみられることが特徴であるが,聴く・読むなどの言語理解と話す・書くなど
の言語表出のいずれにも障害をきたす.言語中枢は右手利きの 99%,非右手利き
の 60~70%が左大脳半球にあると言われている.すなわち,一般に左大脳半球が
122 第 3 章 FIT program を高める環境
理解
良好
復唱
良好
失名詞失語
不良
超皮質性感覚失語
不良
理解
流暢
良好
伝導失語
不良
Wernicke
Wernicke失語
失語
良好
超皮質性運動失語
自発言語
非流暢
理解
復唱
不良
良好
不良
良好
理解
不良
混合型超皮質性失語
Broca失語
Broca
失語
全失語
図 3 失語章のタイプ分類
障害されたときには失語症の有無や程度を詳細に評価する必要がある.
失語症は大まかに流暢型,非流暢型に分けられる.流暢性を規定する因子は,
句の長さ,プロソディー(韻律)
,会話の速度,努力性,休止,構音のひずみなど
である[17].失語症は,流暢性と復唱,言語理解から図のようなタイプに分類で
きる(図 3 ).失語症をタイプ分類する目的は,損傷部位や障害像を明らかにし,
治療計画の基にすることである.古くより前方病変では非流暢性失語,後方病変
では流暢性失語が出現するとされてきたが,近年,相馬[18]や大槻[19]らの
詳細な病巣研究によって,失語症は要素的な症状の集まりが,それぞれの失語症
タイプを形成すると考えられている(図 4 )
.
脳卒中や外傷性脳損傷による失語症では,発症から数カ月の間はかなりの自然
回復がみられる.急性期には神経学的所見や画像診断から失語症の回復を予測し,
コミュニケーションの方法を探ることが重要である.失語症の重症度に応じて言
語治療のレベルが決定され,目標とする言語行動および実際の課題が導かれる.
重度例に対しては,残されたコミュニケーション能力を知り,生かす方法を探る.
中等度の失語症者では聴く,話す,読む,書くの各モダリティの間に成績の差が
みられる.残存した言語機能を活用して障害された言語機能を補っていく.軽度
失語症では社会復帰が実際的な目標となるので,社会生活における通常の言語使
4 . 高次脳機能障害 123
2007;27:231―243
図 4 失語症の要素的言語症状と病巣局在
用を想定した訓練を行う.言語機能がほとんど失われた場合でも,状況判断が良
い場合には,ジェスチャーや表情,社会的ルールなどの非言語性コミュニケー
ション手技を生かし,日常生活の自立と向上を目指す.同時に,社会適応の支援
なども行う.これらの言語療法には,セラピストと一対一で練習する個人訓練の
ほかに,集団訓練,自習が同時に行われる.集団訓練は楽しんだり,知的活動を
行ったり,他人とのコミュニケーションのとり方の実践練習を行ったり,集団の
世話役を務めるなど様々な目的で行われる[20]
.
5 . 失 行 症
失行症は,運動麻痺,失調,不随意運動,感覚障害,知能障害,意識障害など
がなく,行うべき行為を理解できているのに要求された行為が正しく行えない状
態をいう[21].古典的には,観念失行,観念運動失行,肢節運動失行があり,こ
れに着衣失行,構成失行などが加わる.Liepmann[22]は,要素的運動パターン
の記憶と視覚優位の空間的時間的運動イメージである観念企図を想定し,肢節運
動エングラムの障害である肢節運動失行,観念企図の障害である観念失行,両者
の障害である観念運動失行とした.観念運動失行では物品を使用しない単純な行
為(敬礼やチョキ等)や単一物品を対象とする行為(櫛を使う等)が,自然状況
下では可能であるのに命ぜられるとできない.観念失行は個々の単一の行為は可
能であるにもかかわらず,一連の行為(茶葉を入れた急須に,ポットでお湯を入
124 第 3 章 FIT program を高める環境
れ,茶碗に注ぐ等)ができない.肢節運動失行は用途に適した協調運動,習熟運
動が正しく行えない状態をいう.着衣失行は衣服の各部分と自己身体の関係に混
乱が生じ,着衣(脱衣)動作が困難となる.構成失行はまとまりのある形態を形
成する能力に障害をきたし,空間的に配置する行為が困難になった状態である.
観念失行や観念運動失行は縁上回を含む優位半球頭頂葉の比較的広範な病巣,
肢節運動失行は左右大脳半球の中心前回・後回近傍が責任病巣として推定されて
いる.着衣失行は劣位半球頭頂葉,とくに上頭頂葉が重視されている.構成失行
は左右の頭頂葉が重視されているが,びまん性病変でもみられる.
失行症に対する治療の有用性をしめす報告はそれほど多くない.物品を対象と
した動作,物品を対象としない有意味/無意味動作を網羅する失行訓練プログラ
ムが有効とする報告もあるが,患者の必要性に応じて日常生活で必要な動作を訓
練することが実用的である.言語または身振りを交えて指示を十分に理解させる.
失行は,模倣が比較的容易であるため動作を真似させるが,これができない場合
には,物品の持ち方,上肢の位置,動作の方向,順序を必要に応じて分解し,口
頭指示,模倣,介助により段階的に訓練する.手順を口に出しながら動作を行っ
たり,動作を鏡で見せるなどしてフィードバックを行う.Wilson[23]は,失行
症患者の行為のつまずきを分析し解決の手がかりを与えることや,正しいステッ
プの実現を助ける促しを与え続けることが正しい行為の獲得をもたらすと述べて
いる.我々は観念運動失行例に対し,鏡を用いた視覚フィードバックで新しい運
動のエングラムを再学習させることを試みた[24]
.観念運動失行,観念失行が認
められた症例に対し,クラフト作業という一種の自然状況の中で道具使用の習熟
を図ることや[25]
,客体を使わない模倣動作訓練や基本的物体操作訓練,日常物
品使用訓練,作業活動,ADL 訓練を段階的に,あるいは並列的に用いることも有
効である[26].いずれも,ADL 場面の観察とその動作分析を行うこと,目的と
する ADL 項目を設定し,同一セラピストにより実生活場面で同一の手順で訓練
や援助を行うこと,難易度の低い物品から使用を開始する,他の ADL への汎化
が困難であることを念頭に誤りなし学習を行うことがリハの原則である[27]
.
Smania ら[28]は,左半球損傷によって失語,失行を呈する 33 名の脳卒中患者
を失行治療群と失語の治療を行ったコントロール群とにランダムに割り付けて比
較したところ,コントロール群では言語と知能の改善があり,失行治療群は行為
と ADL に改善がみられたという.
4 . 高次脳機能障害 125
線分二等分検査
文の朗読
錯綜図認知
線分抹消検査
自画像
時計描画
情景画説明
地図上定位
立方体模写/花の絵模写
ぬり絵
視覚度計数
図 5 半側空間無視の机上検査
6 . 失 認 症
ある種の感覚を介する対象を認知することができない状態を失認症という.そ
の感覚の異常や知能低下,意識障害に起因するものではない.失認には視覚失認
や聴覚失認のように,それぞれの感覚様式ごとに独立したものと,半側空間無視
のように複数の感覚様式が重なっているものがある.
6 . 1 半側空間無視
半側空間無視は要素的感覚障害や運動障害がないにもかかわらず,病巣と反対
側からの種々の刺激や状況に気付かず反応しない状態(図 5 )をいう[29,
30].
右半球損傷の十数%から数十%にみられる.半側空間無視の患者では,食事の食
べ残しや無視側にいる介護者に気付かない,車椅子や身体の片側を壁や扉にぶつ
けるなど,日常生活場面で様々な問題を生じる(表 1 )
[31]
.また,転倒や骨折
を伴うこともあり,入院を長期化させる要因となりうる.
半側空間無視に対する治療法は確立されていない.半側空間無視を有する患者
の訓練は,無視そのものを改善させるものと,無視によって二次的に遂行できな
くなる動作を改善させるものに分けて考える.視覚走査訓練[32]は,無視側へ
の視覚走査を促すことにより半側空間無視の改善を図るというもので,左右に光
126 第 3 章 FIT program を高める環境
表 1 半側無視による日常行動異常のためのチェックリスト(Halligan 1991)
1 . 着衣に困難を要しないか?
2 . 身体空間の左右について無視されないか?
3 . 他人と話すことやコミュニケーションすることが困難でないか?
4 . 読みが困難でないか(本の片側のページだけを読み落とすなど)?
5 . ドアやカーブなどで車いすが接触することがないか?
6 . 整容や入浴動作が困難でないか?
7 . 書字に際し,ページの片隅を無視する―例えば片側の文字や単語,文章を省くことはない
か?
8 . 患者自身の現在の状態に対して否認したり,無関心ではないか?
9 . 食事の際に,皿の片隅に置かれた食べ物を見落とさないか?
10. 自分の身体の左右についての知識が乏しくないか?
11. ものをなくしたと訴えたり,自分の所持品をしまっておいた所を忘れてしまうことがない
か?
前島・他(1993)臨床リハより 刺激が出る装置を用いて対象の動きを注視や追視させたり,探索させたりする.
また,タイル貼りやペグボード,数字を書いた絵カードなどを用いて左を見るこ
とを強化する.これに対し,感覚覚醒訓練[33]はある種の感覚に障害がある場
合,他の感覚刺激を与えて統合能力を高め,障害された機能の利用を再教育しよ
うとする.患者の手を療法士が刺激したり,療法士が患者の背中に触れ,患者は
その部位に対応した箇所を指摘するよう触覚を用いた身体像の回復を目指し,無
視行動の改善を導く.さらに,音により聴覚フィードバック刺激を用い歩行させ
る方法などがある.最近はプリズムレンズの装着や経頭蓋磁気刺激が半側空間無
視を改善させたとの報告もある.
一方,無視によって二次的に遂行できなくなる動作を改善させるには,ADL 訓
練を通じて機能を高めていく[34].発動性を高め,自己の障害の認識を促しなが
ら,患側に頭や眼を向けさせるよう ADL の中で繰り返し指導する.起居,移乗,
更衣動作などでは,一連の動作が決まっているので,その手順を学習するように
して,左空間や身体に対する見落としを防ぐ.病棟では,ベッドやお膳の配置な
どを考え,車いすの位置を工夫するなど,外部環境を変えて順応を容易にするこ
とが大切である.
6 . 2 その他の失認症
視覚失認は,視力・視野などの一次的な視覚能力は保たれているのに,対象を
4 . 高次脳機能障害 127
認知できないものをいう.視覚対象の違いによって,物体失認,相貌失認,色彩
失認,同時失認などに分けられる.視覚物体失認は日常の物品を見ただけではわ
からず,触ったり,使用した音を聞いたりしてはじめて認識できる.相貌失認は
熟知しているはずの人の顔がわからず,声などを聞いてはじめてわかる症状であ
る.色彩失認は,色彩の区別はできるが,色名を言うことや,色塗りやカテゴリー
分類ができない.同時失認は個々の部分の知覚は正常であるが,全体的に見て,
相互の関係が把握できず,その意味がわからない.聴覚失認は,聴力は保たれて
いるが,音の性質を認知できないものをいう.狭義の聴覚失認は,言語や音楽は
認知できるが,環境音に限って認知できない.触覚失認は,触覚,痛覚などに障
害はないものの,触ったものが認知できない状態をいう.病態失認は,片麻痺を
否認したり,麻痺に対して無関心で気付かないことをいう.一側身体失認は自分
の身体片側に注意が向かず,一側半身を使用しない場合や,片側の顔を洗わない,
化粧をしない等の行動異常がみられる.病態失認や一側身体失認は半側空間無視
に合併することが多く,日常生活場面での問題がしばしば生じる.これらの失認
症は,臨床場面でみられることは少なく,確立された治療法はないが,ADL 場面
では障害を受けていないモダリティを使っての代償を試みる.
7 . 認 知 症
認知症は,特定の疾患を指すのではなく,種々の疾患により生じる臨床状態で
ある.すなわち,①脳に器質性の異常があり,②一度獲得された記憶や言語など
の複数の認知機能が,③後天的に障害された状態で,④それが慢性的に持続し,
⑤その結果,社会生活活動の水準の低下を来した状態をいう[35]
.認知症は全世
界で,毎年 460 万人ずつ増加し,2050 年には 1 億人に達すると試算されている
[36].わが国における 65 歳以上の高齢者における認知症の有病率は 3.8~11.0%と
されており,近年増加傾向にあるが,認知症高齢者の数は,すでに 300 万人を超
えたといわれ,2025 年には 470 万人に達すると推計されている.認知症は,変性
性疾患だけでなく,脳血管障害や頭部外傷,脳腫瘍,脳内感染症,正常水頭症,そ
の他の全身性疾患なども原因となることがある(表 2 )
.
記憶や言語,視空間認知などの高次脳機能の障害は「中核症状」
,興奮や攻撃性,
易怒性,抑うつなどの感情障害や,睡眠覚醒障害,徘徊などの行動異常は「周辺
症状」あるいは「認知症の行動心理学的症候(Behavioral and psychological signs
and symptoms of dementia;BPSD)
」と呼ばれる[37]
.認知症の診断には,世
128 第 3 章 FIT program を高める環境
表 2 認知症―その他の原因
正常圧水頭症(特発性,続発性)
慢性硬膜下血腫
脳腫瘍
脳内感染症
脳血管炎症候群
ビタミン欠乏症
甲状腺機能低下症
副甲状腺疾患(機能低下,機能亢進)
血糖異常(高血糖・低血糖)
肝疾患(肝性脳症)
腎疾患(尿毒症,透析脳症)
肺性脳症
電解質異常症
薬物性
アルコール性
金属中毒
低酸素脳症
界保健機関(WHO)による精神および行動の障害,臨床記述と診断ガイドライン
第 10 版(ICD・10)
[38]や米国精神医学会による精神疾患の診断と統計のため
のマニュアル改訂第 4 版(DSM-IV)
[39]がよく用いられてきたが,2011 年,
National Institute on Aging-Alzheimerʼs Association workgroup(NIA/AA)よ
りすべての認知症性疾患に対する認知症の診断基準[40]が提唱された(表 3 )
.
認知症を正しく診断するためには,詳細な問診と丁寧な診察が必要不可欠であ
る[41].患者自身からは正確な情報がとれないことも多く,いつからどのような
変化がみられたのかについて,家族からの情報収集も必要となる.神経学的検査
は認知症の原因疾患の鑑別に有用であり,加えて種々の神経心理学的検査を用い
て 認 知 機 能 の 評 価 を 行 う( 表 4 )
.改訂版長谷川式簡易知能評価スケール
(HDS-R)や Mini-mental state examination(MMSE)だけでは認知機能の低下
を見逃すこともあり,スクリーニング検査としても十分とはいえず,簡易前頭葉
機能検査(FAB)やレーヴン色彩マトリックス検査を併せて行うべきである.
ウェクスラー記憶検査改訂版(WMS-R)や日本版 Rivermead 行動記憶検査
(RBMT)を用いて詳細な記憶評価を行う.また,ウェクスラー成人知能検査改
訂第 3 版(WAIS-III)を用いて知能機能の評価を行う.さらに,認知機能障害が
4 . 高次脳機能障害 129
表 3 National Institute on Aging-Alzheimerʼs Association workgroup(NIA/
AA)の診断基準
1 . 仕事や日常生活に支障をきたしている.
2 . 以前と比較して,遂行機能が低下している.
3 . せん妄や精神疾患が否定される.
4 . 病歴聴取と客観的な認知機能検査の両方により,認知機能障害が確認される.
5 . 次の項目のうち,二つ以上の認知・行動障害が存在する.
a.新しい情報の記銘/記憶の低下
b.論理的思考,実行機能,判断力の低下
c.視空間認知機能の低下
d.失語
e.人格,行動,態度の変化
表 4 神経心理学的検査
知能・精神機能
WAIS-III
行為・認知
標準高次動作性検査
WISC-III
長谷川式簡易痴呆診査スケール
標準高次視知覚検査
Behavioural Inattention Test(日本語版)
Mini-mental state examination
Kohs 立方体組み合わせテスト
レーヴン色彩累進マトリックス検査
言語
標準失語症検査
WAB 失語症検査
記憶
ウェクスラー記憶検査改訂版(WMS-R)
Rivermead Behavioral Memory Test
Benton 視覚記銘検査
その他
Wisconsin Card Sorting Test
語想起検査
Rey-Osterrieth 複雑図形
Auditory Verbal Learning Test
Trail Making Test
仮名ひろいテスト
三宅式対語記憶検査
ハノイの塔
Frontal Assessment Battery(FAB)
日 常 場 面 で ど の く ら い 問 題 と な っ て い る か を 観 察 す る 必 要 が あ り,
Neuropsychiatric Inventory(NPI)
や Behavioral Pathology in Alzheimer’s
Disease(Behave-AD),Frontal Behavioral Inventory(FBI)などを用いる.
また,神経画像検査は欠かせない.MRI にて脳萎縮の程度や頭蓋内病変の有無
を評価し,MRA を用いて,主幹動脈の狭窄性病変や血管異常の除外診断を行う.
130 第 3 章 FIT program を高める環境
Alzheimer 病では海馬を含む側頭葉内側部や側頭後頭葉の萎縮が特徴的で,
SPECT では同部位の局所脳血流の低下を認める[42].前頭側頭型認知症では,
前頭葉・側頭葉を含む領域の脳萎縮と血流低下を認める.Lewy 小体型認知症で
は,両側後頭葉の血流低下がみられることがある.さらに,血液一般,赤沈,一
般生化学(肝機能,腎機能,電解質など)
,血糖,アンモニア,甲状腺ホルモン,
ビタミン B 1 ,B12,梅毒血清反応などの血液検査を行い,全身性疾患などを見
いだす.
認知症は一般的に,緩やかに発症し,徐々に進行するため,病期によって問題
となる症状が変わる.初期には,記憶障害や遂行機能障害によって,複雑なこと
や仕事ができなくなる.中期には場所や時間がわからなくなったり,徘徊や行動
異常が始まり,日常生活が困難になる.そして,晩期には,家族の名前や顔がわ
からず,会話も成り立たず,コミュニケーションが困難となってしまうことが多
い.
また,認知症はタイプによっても問題点が異なる.すなわち,早期よりパーキ
ンソニズムを伴う Lewy 小体型認知症や進行性核上性麻痺,運動麻痺や感覚障害
を伴う血管性認知症では転倒しやすく,移動・移乗に困難を要することも少なく
ない.前頭側頭型認知症では,記憶障害よりも自発性低下や抑うつ,易怒性など
の感情障害,行動障害のため,家族や周囲の人との関係が悪化することが多く,
社会生活の遂行が困難となる.
認知症の薬物治療として,アルツハイマー病に対しては,進行予防の目的で塩
酸ドネペジル(アリセプト)やガランタミン(レニミール)
,リバスチグミン(リ
バスタッチ),メマンチン(メマリー)などが用いられる.介護者が対応困難な
BPSD に対しては,抑肝散を用いるが,幻覚や妄想に対する効果は少ないため,
リスペリドン(リスパダール)やクエチアピン(セロクエル)などの非定型抗精
神病薬を少量投与することもある.
認知症が進行すると,身体的にも,精神的にも介護負担度が増加するため,患
者本人に対する治療だけでなく,介護者を含めた生活全般に対する支援を行うこ
とが大切である.認知リハビリテーションでは記憶訓練,見当識訓練,注意訓練
などが知られている[43]
.易怒性を含む感情障害に対して,回想法や環境調整,
リラクセーション法が提唱されている.また,音楽療法や Memory aid,動物介
在療法,光療法などが行われることもある.
社会的資源の利用は,認知症患者の療養管理や日常生活上の援助および活動性
4 . 高次脳機能障害 131
を向上させるとともに,介護者を身体的・精神的・物質的に支援することによっ
て,その負担を軽減する.認知症では最終的には施設入所などが必要となること
も少なくないが,早期に発見できた場合は,ショートステイやデイケア,ヘル
パー支援制度などを活用して,在宅生活の継続が可能である.患者の要因のみな
らず,介護者要因も含めた包括的な評価に基づく適切な在宅介護支援が必要であ
る.
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134 第 3 章 FIT program を高める環境
5 . 嚥下障害への対応
Keywords:嚥下障害,プロセスモデル,嚥下検査,直接訓練,間接訓練
1 . 総 論
1 . 1 回復期リハ病棟の摂食嚥下障害患者層
本邦は超高齢化社会であり,障害者の数も急増している.本邦の死因第 3 位は
肺炎であり,肺炎で入院となる患者の 6 割が誤嚥に関連しているとの報告がある
[1]
.摂食嚥下障害(以下,嚥下障害)は,脱水,低栄養を引き起こすだけでは
なく,誤嚥性肺炎の原因ともなる.老健局全国調査報告書[ 2 ]によると回復期
病棟での嚥下障害者の割合は 30%,対象疾患の中では脳血管疾患が圧倒的に多く,
栄養摂取の状況は,経管栄養のみが 24% , 経口摂取と経管栄養の併用が 13.5%,
経口摂取のみだが食事形態に工夫を要するのが 56.8%であったと報告される.
急性期病院における嚥下機能評価の多くは「経口摂取できるか,できないか」
の評価であり,できない場合に経鼻経管栄養などが選択され,以降評価されてい
ないケースも存在する.回復期病棟への転院時に嚥下機能が改善しながらも経鼻
経管栄養のまま回復期に転院してくる患者もいる.一方で,急性期病院では経口
摂取をしていたが,経過中に肺炎を繰り返したり,食事時のムセなどがある状態
で転院してきて,評価すると著しく誤嚥しているケースも存在する.そのため回
復期病棟では正しい評価を行って,適切な対応をとる必要がある.
1 . 2 嚥下モデル
嚥 下 障 害 を 評 価 す る に あ た り, 液 体 の 一 口 飲 み に 代 表 さ れ る 命 令 嚥 下
(command swallow)と咀嚼嚥下(chew-swallow complex)の違いを知っておく
必要がある.
命令嚥下は 3 期あるいは 4 期連続モデルで説明される(図 1 ). 4 期連続モデ
ルでは,嚥下を口腔準備期,口腔送り込み期,咽頭期,食道期という一連の時間
的連続過程として区分する. 3 期連続モデルは口腔準備期を除外して,随意的に
生じる口腔送り込み期と反射運動である咽頭期と食道期からなる.いずれも各期
は連続するが,明確に分けられる事象とされている.一方,咀嚼嚥下は Hiiemae
と Palmer によって提唱された Process model[ 3,
4 ]によって説明される(図
2)
.固形物の咀嚼嚥下の場合,食物は舌により臼歯部まで運ばれた(Stage I
5 . 嚥下障害への対応 135
口腔準備期
oral preparatory stage
口腔に食塊を取り込んで舌背中央に配し,飲みこみの準備
をし,口腔送り込み期がはじまるまで
口腔送り込み期
oral propulsive stage
随意的に舌背中央の食塊を咽頭へ送り込む時期
咽頭期
pharyngeal stage
嚥下反射が起こっている時期
食道期
Esophageal stage
食塊が食道内を移動し胃に達するまでの時期
図 1 摂食嚥下モデル s
.
図 2 摂食嚥下モデル s
transport)後に,咀嚼により嚥下可能な状態まで粉砕されながら(processing)
,
舌の能動的な動きによって食塊が順次中咽頭(口峡~喉頭蓋谷)まで能動的に輸
136 第 3 章 FIT program を高める環境
図 3 嚥下反射開始時点での食塊先端位置
(文献[ 5 ]より)
送(Stage II transport)され,そこで食塊としてまとめられる. 4 期連続モデル
での口腔準備期→口腔送り込み期という明確に区分された過程ではなく,咀嚼と
送り込みが繰り返し,オーバーラップして生じ,咽頭内で食塊形成された後に嚥
下反射に移行することがプロセスモデルの特徴である.
プロセスモデルの登場により,それまで食塊が口峡に達すると嚥下反射が惹起
されるという考えに疑問符が打たれた.武田らは,液体と固形物の同時咀嚼嚥下
課題では,咀嚼中に先に流れ込んだ液体が下咽頭に達しても嚥下反射が惹起され
ず,梨状窩に貯めたまま咀嚼が継続することを報告した(図 3 )
[ 5,6 ].嚥下反
射惹起のトリガーポイントがどこにあるかは,現在もまだ解明されていない.
2 . 各 論
2 . 1 診 断
嚥下障害を診断するためにはまず,その存在を疑うことが重要である.嚥下障
害に関連する病歴や内服薬の種類,呼吸および栄養状態を含めた全身状態の評価,
神経学的所見,さらに実際の食事場面の観察を行い,総合的に判断する必要があ
5 . 嚥下障害への対応 137
表 1 初診時の確認事項
・原疾患の現病歴
・脳疾患,神経筋疾患の既往
・肺炎,窒息の既往
・意識障害の有無
・呼吸状態
・脱水の有無(ツルゴール低下)
・食事時の咳(ムセ)
,嗄声(湿性,気息性)
・口腔内の状態:歯牙,歯肉,舌,唾液
・体重減少,るいそう
る.
(ア) 問診
嚥下障害への対応の手がかりをつかむため,患者情報を確認する.原疾患,現
病歴,既往歴の聴取を行う.とくに肺炎の既往があれば嚥下障害の存在を疑い,
肺炎発症前の食事に伴うむせの有無などを注意深く聴取する.患者の全身状態の
評価も大切である.意識障害は嚥下機能に影響を与える.Lear らの報告[ 7 ]で
は,ヒトは 1 日に約 600 回嚥下を行うが,うち就寝中は 50 回だけであったとして
いる.同様に意識障害下では嚥下反射惹起が抑制される.言語聴覚士協会では,
経口摂取開始の基準は Japan coma scale(JCS)で 1 桁としている.呼吸機能も
重要で,COPD や結核の既往,間質性肺炎などを有する患者では,少量の誤嚥で
も重篤な肺炎に至ることがあり注意が必要である.確認すべきポイントを表 1 に
まとめた.
(イ) 神経学的診察
嚥下障害患者は,他の障害ももっていることが多く,嚥下に影響を与える.下
位脳神経障害の確認,頭頸部の可動域,高次脳機能障害,四肢の麻痺や失調を確
認する.認知面は重要で,嚥下手技の習得に影響をきたす.とくに危険認知が悪
い場合,安全な食形態を守れず,誤嚥のリスクが高くなる.また,認知が悪いと
嚥下手技の習得にも影響がでる.四肢の麻痺は食事動作の獲得に影響し,失調は
嚥下手技の安定性や安全な姿勢保持に影響が出る.確認すべきポイントを表 2 に
まとめる.
138 第 3 章 FIT program を高める環境
表 2 神経学的所見
・下部脳神経障害:三叉,顔面,舌咽,迷走,舌下
左右差に注意して診察する
舌偏倚,舌運動,咽頭絞扼反射,カーテン徴候等
・頭頸部の関節可動域:上位頸椎可動制限
・構音障害
・高次脳機能障害
失語,失行,半側空間無視
注意障害,記銘力障害,情意制御障害
・四肢の麻痺,失調,パーキンソニズム,不随意運動
・感覚障害
2 . 2 評 価
(ア) スクリーニング
ベッドサイドで簡便に嚥下機能を評価するためのスクリーニングテストとして
多数のものが報告されているが,当院では,反復唾液飲みテスト(repetitive
saliva swallowing test:RSST)( 図 4 ), 改 訂 水 飲 み テ ス ト(modified water
swallow test:MWST,図 5 )
,食物テスト(food test:FT,図 6 )
[ 8,9,10]
を行っている.スクリーニングテストでは,不顕性誤嚥(silent aspiration)を見
逃す危険性に注意が必要である.不顕性誤嚥とはむせのない誤嚥を指すが,少量
の誤嚥ではむせない場合や誤嚥してからむせるまでに数十秒かかる場合も含む.
食事中にむせることがないが肺炎を繰り返していたり,MWST 2 点の場合に強
く疑われる.
(イ) 画像検査
スクリーニングにて嚥下障害が疑われた場合は,より詳しい評価を行う.
嚥下機能の詳 細な評 価は,嚥下内視 鏡 検 査(videoendoscopic evaluation of
swallowing:VE)
,嚥下造影検査(videofluoroscopic examination of swallowing:
VF)がゴールデンスタンダードである(図 7 ,図 8 )
.VE はベッドサイドでも簡
単に評価可能であるが,嚥下の瞬間は咽頭収縮によってレンズが粘膜と接触する
ために画面が真っ白になる(white out)ので誤嚥の有無は嚥下後に気管内に食塊
があるかを確認する . 水や一般的なお茶などは食紅で緑か青に着色すると観察し
やすい.一方,VF は被曝の問題があるが,口から胃までの全経路が観察でき,嚥
下の瞬間も観察できることが利点である.口腔期の評価を目的とする場合や不顕
5 . 嚥下障害への対応 139
図 4 反復唾液飲みテスト
(RSST)
喉頭隆起,舌骨に手指を当て,空嚥
下を指示する.喉頭隆起が指を越え
上方に,舌骨が指を乗り越え前上方
に上がり,また,戻ることで喉頭挙
上を知ることができる.空嚥下を 30
秒間に何回できるかを数える.30 秒
間に 3 回未満の場合に問題ありと
する.
図 5 改訂水飲みテスト
Modified Water Swallowing Test:
MWST
手技・冷水 3 ml を口腔底に注ぎ,嚥下を命じ
る.
・嚥下後,反復嚥下を 2 回行わせる.
・評 価基準が 4 点以上なら最大 2 施行
繰り返す.
・もっとも悪い場合を評点とする.
判定 1 .嚥下なし,むせる and/or 呼吸切迫
基準 ������������������������
2 �����������������������
.嚥下あり,呼吸切迫(������������
Silent aspiration の疑い)
3 .嚥下あり,呼吸良好,むせる and/
or 湿性嗄声
4 .嚥下あり,呼吸良好,むせない
5 . 4 に加え,反復嚥下が 30 秒以内に
2 回可能
図 6 食物テスト
Food Test:FT
手技・茶 さじ 1 杯のプリンを舌背前部に置
き食させる.
・嚥下後,反復嚥下を 2 回行わせる.
・評 価基準が 4 点以上なら最大 2 施行
繰り返す.
・もっとも悪い場合を評点とする.
判定 1 .嚥下なし,むせる and/or 呼吸 切迫
基準 2 .嚥下あり,呼吸切迫(������������
Silent aspiration の疑い)
3 .嚥下あり,呼吸良好,むせる and/
or 湿性嗄声 and/or 口腔内残留中
等度
4 .嚥下あり,呼吸良好,むせな い,
口腔内残留ほぼなし
5 .4 に加え,反復嚥下が 30 秒以内に
2 回可能
140 第 3 章 FIT program を高める環境
図 7 嚥下内視鏡
嚥下前:口腔内に食塊あり
嚥下:食塊が咽頭,食道へ通過
図 8 嚥下造影
性誤嚥を疑う症例には VF を実施する.咀嚼嚥下の際には前述のように,粉砕さ
れた食物は Stage II transport によって嚥下反射開始前に咽頭に移送される.水
分を多く含む食品では食塊は中咽頭を超えて下咽頭まで到達し,嚥下の難易度が
高くなる.したがって,VE,VF では液体,咀嚼物をみるのはもちろん,液体と咀
嚼物の混合物も確認すべきである.VE,VF の特徴を表 3 にまとめる[11]
5 . 嚥下障害への対応 141
表 3 VE と VF の特徴(文献[11]より抜粋)
VE
VF
直接的画像
三次元的画像
咽頭腔内視野
口腔運動観察不能
間接的画像(X 線画像)
二次元的画像
体内構造物同定可能
口腔運動観察可能
嚥下反射時観察不能
視野安定性に問題
嚥下反射運動観察可能
視野安定性は良好
食物加工が不要
被曝なし
造影剤付加が必要
被曝あり
ポータブル,ベッドサイド
ファイバーの苦痛,阻害
遮蔽室,患者の移動
苦痛なし
検査の際,可能であれば VE と VF を組み合わせて使用することが望ましい.ま
ず VE で口腔内の清潔さ,舌運動,軟口蓋の挙上,カーテン徴候,咽頭の唾液貯
留や,声門の動きなどを確認してから VF にて検査食を使用した検査に移る.こ
の時,極少量の誤嚥があった場合,VF 画像だけでは判断が難しいこともある.そ
の際は VE にて喉頭内に造影剤が残っていないか確認したり,レントゲン写真を
とってみると判断に役立つ.
2 . 3 重症度分類
当院では,重症度を摂食・嚥下障害臨床的重症度分類(Dysphagia Severity
Scale:DSS)摂食状態を摂食状態スケール(Eating Status Scale:ESS)を用いて
評価している[12]
(表 4 ,表 5 )
.DSS は 7 段階,ESS は 5 段階の順序尺度で
あり,点数が低いほど摂食・嚥下機能が重症であり,摂食状態が悪いことを示す .
DSS 4 (機会誤嚥)は咽頭残留が著明で臨床上誤嚥が疑われたり,命令嚥下は
問題ないが,咀嚼嚥下では誤嚥することがある.DSS 3 (水分誤嚥)は液体で誤
嚥するものの食形態の調整により十分な経口摂取の可能性がある.DSS 2 (食物
誤嚥)は水分,半固形,固形などあらゆるもので誤嚥を認める.食形態や姿勢の
調整などで直接訓練が可能(かろうじて誤嚥しない)こともあるが,誤嚥の危険
性が非常に高く,専門医療機関で慎重に訓練を行う必要がある.DSS 1 (唾液誤
嚥)は医学的安定性を保つことが重要であり,直接訓練は難しい.DSS は嚥下機
能の予後を推測するにあたっても重要である.たとえば,重度の嚥下障害が持続
する可能性がある脳幹障害の場合,発症から 3 カ月以上たった DSS 1 は改善に
乏しい.DSS 2 以上では集中的なリハビリテーションで改善する可能性がある
142 第 3 章 FIT program を高める環境
表 4 摂食嚥下障害臨床的重症度分類
Dysphagia Severity Scale;DSS
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表 5 摂食状態 Eating Status Scale;ESS
5 .経口摂取のみ(食形態調整不要)
4 .経口摂取のみ(食形態調整要)
3 .経口摂取 > 経管栄養
2 .経口摂取 < 経管栄養
1 .経管栄養のみ
[13](表 6 ).
2 . 4 治 療
(ア)
口腔ケア
訓練を行うにあたって大前提となるものが,しっかりした口腔ケアである.口
腔ケアというのは,物理的に余分なものを取り除き,口の中をいつでも経口摂取
に至れる状態にすることである.嚥下障害患者は得てして口腔内が汚いことが多
い.口腔が汚いと雑菌が繁殖し,唾液にも混ざる.この唾液を誤嚥した場合,肺
炎を発症する危険性があがる.唾液も粘稠なことが多くなる.粘性の唾液は咽喉
5 . 嚥下障害への対応 143
表 6 脳幹病変 DSS の改善度
N=34
DSS の改善の度合い
入院時 DSS 1
入院時 DSS 2 以上
0
1
2
6
8
3
9
0
8
Mann-Whitney U-test p= 0.017
発症から 3 カ月以上たった脳幹病変による嚥下障害患者 34 名で入
院時 DSS 1 と DSS 2 以上での改善の度合いを示す.
頭に絡り,異常感覚なども出てくることがある.
(イ) 機能的訓練(間接訓練,直接訓練,嚥下手技)
訓練には食物を使用しない間接訓練と使用する直接訓練に分類される.ここで
すべてを紹介することはできないため,いくつかを紹介するにとどめる.
thermal-tactile stimulation[14]は氷で冷やした綿棒で前口蓋弓に冷温刺激を
加えることで,嚥下を誘発する.Shaker 訓練[15,
16]は仰臥位で肩を床につけ
たまま頭をつま先が見えるように挙上することを 30 回連続して繰り返す,または
1 分間挙上を保持する.舌骨上筋群の筋力強化を行うことで喉頭の前上方運動を
強化する.さらに食道入口部開大不全症例ではチューブ飲み訓練,バルーン拡張
(引き抜き法)などを必要に応じて追加する.
直接訓練は VF や VE において誤嚥のみられなかった食形態を用いて実施する.
一口量の調整,ペーシングなどに注意する.交互嚥下は咽頭残留がある患者では
固形物と流動物を交互に嚥下することで残留の除去を図る.
嚥下手技としては Mendelsohn maneuver[17,
18]は舌骨喉頭挙上と咽頭収縮
がピークに達した時点で嚥下を数秒間止めて保った後,ゆっくり嚥下前の状態に
もどすよう指示する.supraglottic swallow[19]は息を吸って,しっかり息をこ
らえてから食物を飲み込んで,咳払いを行う.声門閉鎖を意識して行うことで,
嚥下中の誤嚥を防ぎ,喉頭に侵入した食塊を押し出す効果がある.間接訓練と嚥
下手技の主なものを抜粋して表 7 にまとめる(文献[20]を参考にした)
.
(ウ) 代償手段(姿勢,食物物性,代償的栄養手段)
(a) 姿勢
リクライニング座位(図 9 )や頭頸部屈曲(図 10)などの姿勢調整も,嚥下動
態に応じて積極的に導入する.頭頸部屈曲は咽頭腔が狭まり咽頭残留を減らす効
144 第 3 章 FIT program を高める環境
表 7 間接訓練と嚥下手技(主なものを抜粋)
間接訓練
嚥下手技
嚥下体操
頸部可動域訓練
口唇・舌・頬マッサージ
氷を用いた嚥下訓練
Masako’s maneuver
supraglottic swallow
super supraglottic swallow
Coughing, Forced expiration
or Huffing
顎部突出法
チューブ飲み訓練
Effortful swallow
Shaker’s exercise
Mendelsohn maneuver
バルーン法
Blowing exercise
Pushing exercise/Pulling exercise など
thermal-tactile stimulation
のどのアイスマッサージ
図 9 リクライニング
●口腔送り込障害の代償的手段
-頸部を伸展せずに食塊を咽頭に送る
-重力
-口腔保持障害に注意
●誤嚥の代償的手段
-頸部のリラクゼーション
-食道入口部より喉頭口を高く
-咽頭停滞時間をかせぐ―反復嚥下まで
の時間
-梨状窩の容積に注意.食事動作困難
5 . 嚥下障害への対応 145
果と,喉頭閉鎖を強化して誤嚥を防止する効果がある.咽頭機能に左右差を認め
た症例には,食道入口部の通過が悪い方へ頸部回旋し嚥下する.これにより通過
図 10 頭頸部屈曲
患側を向くことで
食塊は健側を通過
する
図 11 頸部回旋
146 第 3 章 FIT program を高める環境
のよい側を食塊が通過するようになる(図 11)
.頸部回旋や体幹回旋は組み合わ
せることで効果を高めることが可能であるが,組み合わせによっては,患側に食
塊が誘導されて誤嚥の危険性が高まる場合があるとも報告されている[21]
.従っ
て,危険を避けるためには VF や VE で適切に評価をした上で体位組み合わせを
用いることが重要である.
なお,ベッド上でこうした体位を作ろうとすると身体に負担がかかり,不自然
な姿勢になることがある.我々は姿勢調整が簡便で,快適な姿勢を再現性高く実
現することを目的に,嚥下訓練用車いす(swallow chair,東名ブレース,愛知)
を開発し,臨床に応用している.
(b) 食物物性
水分の誤嚥があり,VF で増粘剤の使用が有効であった症例には,飲料に増粘
剤を付加して管理する.一般的に直接訓練や開始食として「ゼリー」が使われる
ことが多い.食形態を考えるうえでは凝集性,付着性,変形性の三要素が重要で,
ゼリーは凝集性が高く,付着性が低く,かつ食道入口部通過時の変形性に優れて
おり,嚥下の難易度は低い.しかし,嚥下反射惹起が著しく遅延している症例で
は,ゼリーが一気に滑り落ちて,嚥下反射の起こらぬままに気管に吸い込まれて
いくことや水分誤嚥の患者で咽頭への送り込みが悪い症例の場合,口腔内でゼ
リーが溶けてしまい,液体成分を誤嚥してしまうこともある.このような症例で
は,ゼリーから開始するのではなく,ペーストから開始した方が安全であると考
える.嚥下障害患の食形態を考えるにあたっては,日本摂食嚥下リハ学会より嚥
下調整食ととろみの分類がまとめられているので参考にされたい[22]
.
食物形態や食事中の姿勢を変更する際には,VF や VE によってその安全性を
確認しながら慎重に行うことが重要である.もちろん DSS 2 の症例などは直接訓
練による誤嚥の危険性が非常に高く,医学的な全身管理がしっかりと行われる必
要があることは言うまでもない(表 8 )
.
(c) 代償栄養手段
リハの効果を最大限に発揮するためには,良好な栄養状態を確保することが必
須である.しかし,摂食・嚥下障害患者では困難な場合が多く,低栄養状態で回
復期に転院してくる患者も多々存在する.よって代替栄養をうまく利用すること
は重要である.下記に回復期で行うおもな代替栄養を説明する.
1 . 中心静脈栄養
内頸,鎖骨下,鼠径の挿入ルートがある.鼠径からの挿入は , 手技的に比較的
5 . 嚥下障害への対応 147
表 8 全身管理の指標
喀痰の増量
発熱
SpO2 の低下:80%台または安静時より 3 %以上の低下が持続
採血(炎症反応)
:白血球,CRP 高値
胸部レントゲン:肺炎像の確認
簡易であるが理学療法,作業療法の妨げになりやすく避けたほうがよい.鎖骨下
は気胸の合併症に注意する必要がある .
2 . 経管栄養法
静脈栄養と比べ,消化管を使用するため生理的であり,消化管の廃用萎縮を押
さえる.よく使用されるものとして経鼻経管栄養法,胃瘻,間歇的経管栄養法が
あり,患者の状態により適切な方法を選択する必要がある.
a. 経鼻経管栄養法
管の挿入が容易に行える.早急に経管栄養を開始したい場合や,経管栄養管理
が短期間ですむ(摂食・嚥下障害が改善する)
と予想される場合に選択される.し
かし,つねに自己抜去の危険性がある.また咽頭,喉頭周囲の衛生保持の問題や,
嚥下運動を阻害する懸念があり,留置の際はなるべく細い管を使用し,咽頭内で
交差しないように同側に挿入するよう注意が必要である.注入時間が長くなると
訓練を行う時間が著しく制限され,褥創の危惧もある.栄養の注入は臥位でおこ
なうと胃食道逆流が増長され,逆流物を嘔吐,誤嚥する危険性がある.注入時は
頭を高くし,注入後 2 時間程度は臥位にならないことを勧める.また,経管栄養
量や速度を急激に増加させると下痢をおこすことが多い.これらの問題を軽減す
る手段として経管栄養の半固形化が推奨される[23,24,25]
.
b. 胃瘻
1980 年 に 経 皮 内 視 鏡 胃 瘻 造 設 術(percutaneous endoscopic gastrostomy ;
PEG)が報告されて以来,急速に普及した.摂食・嚥下障害患者への適応として
脳卒中治療ガイドライン 2009[26]では,
「発症 1 カ月後以降も経口摂取困難な状
況が継続しているときには胃瘻での栄養管理が勧められる(グレード B)
」とされ
ている.昨今ではマスコミ報道などによって「胃瘻 = 悪」であるという風潮もみ
られ,胃瘻造設をためらう患者,家族も多い.しかし回復期では胃瘻は全身状態を
改善させるための手段であり,リハの促進因子と捉えることが大切である.注入に
148 第 3 章 FIT program を高める環境
表 9 リハビリテーションからみた胃瘻
・確実な水・栄養管理ができる.
・嚥下直接訓練が行いやすい.
・呼吸や全身の訓練が行える.
・注入時間が長いとリハビリの阻害因子になる.
・胃食道逆流を防止するための工夫が必要である.
・摂食・嚥下障害が改善しても一定期間保存したい.
関連する問題点は経鼻経管栄養と同じである.胃瘻の特徴を表 9 にまとめる[27]
.
c. 間歇的経管栄養法(Intermittent Catheterization;IC)
IC は日本で発展した経管栄養法である.小児科領域で利用されていた口腔ネラ
ト ン 法 の 手 技 を 木 佐 ら[28,
29] が 成 人 に 応 用 し, 藤 島 ら[30] が OE 法
(intermittent oro-esophageal tube feeding)として紹介したことにより普及した,
食事のたびに口腔から管を挿入して経管栄養を行う方法である.IC の特徴を表 10
に記す[27].IC は栄養注入時のみ管を挿入するため,経鼻経管栄養のように管
に縛られることなく生活でき,管の留置による不快感がない.また胃瘻のような
外科的侵襲もない.間歇的な管の挿入が可能であれば,どのような摂食・嚥下障
害にも検討できる[31]ので,さらに広まることを期待したい.導入時には,透
視下に頸椎変形や,食道憩室,蠕動機能を確認する.頸椎の変形が強い例や憩室
のある例は食道損傷をきたす可能性があり禁忌である.
IC で先端を食道に置くと,生理的な食道蠕動を誘発できるので,胃食道反射が
起こり,直接胃に注入するよりも下痢が少なくなる.500 ml を 30 分以内で投与す
ることが可能である.先端を食道に置くときは VF 下に先端位置と口角からの距
離を計測しておく.われわれはおよそ気管分岐部の位置に置くが,実際にバリウ
ム液を注入してみて食道蠕動や逆流を確認するとよい.食道蠕動が不良な例は,
逆流による嘔吐や誤嚥を防止するために,先端を胃まで挿入して行う.IC は間歇
的であるので,
「誰が管の挿入をするか」を確定するのが重要である.認知機能に
問題がなく,上肢に麻痺のない例は,自己で行うことが通常である.それ以外の
場合は介助者が行う.患者自身が協力的かも重要であり,不用意な体動で管を抜
いてしまう可能性がある場合は行いにくく,重度の意識障害で気道への迷入が判
断しにくいときも施行が困難である.
実施の注意点を示す.口腔より管を挿入,嚥下するのが基本であるので,口腔
衛生には経口摂食と同等に注意をはらう.管は適当な弾性(コシ)のあるものが
5 . 嚥下障害への対応 149
表 10 間歇的経管栄養法の利点・欠点
利点
・注入時以外はチューブによる不快感がない.
・嚥下訓練が行いやすい.
・口腔衛生が保ちやすい.
・注入時間が短い.
・満腹感を得やすい.
・カテーテル嚥下に訓練効果の可能性がある.
・食道の廃用を防止する(胃食道逆流の防止)
.
欠点
・咽頭絞扼反射が強い例に施行しにくい.
・食道機能不良例には施行しにくい.
・注入時に胸腔内圧があがると(咳など)で逆流・嘔吐の可能性がある.
・意志の疎通がとれない例(意識障害)に施行しにくい.
・体幹などに不随意運動があると施行しにくい.
・介助要の場合,やや労力が増す.
挿入あるいは嚥下しやすい.管の選択はなるべく細いものが良いが,軟らかすぎ
るとコシがなく挿入しにくくなる場合がある.12-14 Fr. 程度で使用しやすいもの
を選択したい.咽頭機能に左右差が存在する場合,頚部回旋にて非麻痺側を狙う
と管を挿入しやすくなることが多い.咽頭絞扼反射が強いときには経鼻から行う
こともある.
使用後の管は洗浄と食具用消毒薬(ミルトンⓇなど)と十分な乾燥で管理し,通
常は 2 から 4 週間で交換する.
(エ) 手術
嚥下障害が重度である場合,保存的なリハビリテーションでも改善しないこと
もある.こうした症例に対しては,観血的な手段の検討を要すると考える.手術
には誤嚥防止術と嚥下機能再建術がある.唾液誤嚥症例に対し誤嚥防止術として
喉頭閉鎖術や喉頭摘出術が行われることもあるが,永久気管孔が必要となり音声
を消失する.重度の構音障害や失語が合併し,音声でのコミュニケーションが難
しい場合,音声を犠牲にしても QOL の改善に価値がある場合に選択される.嚥
下機能再建術では輪状咽頭筋切断術,喉頭挙上術が代表的である.輪状咽頭筋切
断術は 1951 年に Kaplan[32]が施行し著明な改善を得られたと報告して以来,外
科的治療として行われている.また喉頭挙上術も 1976 年に Goode[33]の報告以
150 第 3 章 FIT program を高める環境
来,試みられている.棚橋[34]は脳卒中や頭部外傷などによる摂食嚥下障害患
者 35 例に輪状咽頭筋切除と舌骨下顎固定を施行し,27 例で改善をみたと報告して
いる.藤田保健衛生大学でも脳幹病変に起因する重度嚥下障害患者に対して嚥下
機能再建術を 12 例施行(2000 年~2007 年)した.嚥下機能再建術(輪状咽頭筋切
断術と喉頭挙上術を併用)の方法は図 12 に記す.術前後の DSS の変化をみると,
術前は DSS 1 (唾液誤嚥) 3 例,DSS 2 (食物誤嚥) 9 例であった.術後の最終
評価では 2 例が DSS 6 (軽度問題)
, 6 例が DSS 4 (機会誤嚥)
, 3 例が DSS 3
(水分誤嚥)に改善した.改善を認めなかったのは術前 DSS 2 (食物誤嚥)例の
うちの 1 例のみであった(図 13)
.65 歳以上の高年齢では術後の改善が低かった
(図 14)
.このうち帰結が DSS 2 (食物誤嚥)に留まった例は発症後気管が 1,146
日と長かった.
術後リハは,安静度や創部の安定性にあわせて開始する.嚥下訓練だけでなく,
理学療法,作業療法も行い不動による障害を防ぐ.嚥下リハとしては,頭部伸展
頸部屈曲位にて食道入口部を開大させる新しい嚥下パターンを習得するための訓
練を重点的に施行する.顎を前に出すことで,食道入口部を開き,食塊を流し込
むイメージである(図 15)
.適応にあたって注意すべき点を表 11 にまとめた.新
しい嚥下パターンの獲得には,指示理解や姿勢を守るだけの認知が必要である.
また失調があると姿勢保持が困難になる場合がある.
2 . 5 回復期リハ病棟でとくに必要とされること
(ア) チームワーク
摂食・嚥下リハは,チーム医療である.医師,歯科医師,看護師,理学療法士,
作業療法士,言語聴覚士,歯科衛生士,管理栄養士などが協力して行うべきであ
る.たとえば,食事時間中の摂食方法の管理を言語療法士が行うのみならず,看
護師が行ったり,医師および歯科医師も指導を行うなど,多職種の連携のもとに
行われることが望ましい.その際,摂食嚥下障害認定看護師がいるならば,病棟
生活における食事,嚥下方法の指導や一般看護師への教育,各職種間のコーディ
ネートなど多彩な活躍が期待できる.これにより自主トレーニングを含めた訓練
をより多く行えるようになり,機能改善に一役買うことが可能である.もちろん
多職種間での知識の共有,方向性の一致は必須であるため,当院での嚥下カン
ファレンスには多職種が一同に会し,討論が行われる.
(イ) 栄養管理
効率よく,かつ最善のリハビリを行うにはきちんとした栄養が必要である.
5 . 嚥下障害への対応 151
喉頭挙上術 + 輪状咽頭筋切断術
A. 舌骨-甲状軟骨 固定
B. 下顎-舌骨-甲状軟骨 固定
C. 下顎-舌骨-甲状-輪状軟骨 固定
B.
A.
C.
図 12 嚥下機能再建術
図13 手術施行症例の重症度変化
6.軽度問題
1
2
4.機会誤嚥
7
6
3.水分誤嚥
水分誤嚥
2
3
2
1
5.口腔問題
2 食物誤嚥
2.食物誤嚥
8
9
1.唾液誤嚥
4
3
入院時
術前評価時
中央値:51日
図 13 手術施行症例の重症度変化
127日
退院時
106日
最終評価時
152 第 3 章 FIT program を高める環境
術後重症度
術式は図10に準じた
術式A
術式B
術式C
6.軽度問題
5.口腔問題
4.機会誤嚥
3.水分誤嚥
2.食物誤嚥
1.唾液誤嚥
0
//
40
50
60
70
(歳)
図 14 発症年齢と手術後の最終重症度の関係
図 15 術後嚥下パターン
Nutrition support team:NST とも協力して栄養と水分を十分に補給して全身状
態を改善,維持させながらリハを行うことが重要である.回復期でのリハビリは
嚥下訓練のみならず歩行や ADL 訓練も積極的に行われる.必要栄養量が少ない
5 . 嚥下障害への対応 153
表 11 手術適応の検討
-年齢:65 歳以上は予後が悪い
-発症後期間:長くなると予後が悪い
-手術への耐久性があること
-一時的気管切開の必要性に理解があること
-術後の食形態への理解
-術後リハビリ,嚥下パターンの獲得
(摂食意欲 姿勢守れるか 失調の影響 指示理解)
と,リハビリによる消耗もあり嚥下機能の改善も妨げられる.指標としては血清
アルブミン値が有用である.また総リンパ球数も低栄養になると低下するため,
栄養状態の指標になる.また,歩行改善には筋力増強が必要であるのでタンパク
質にも注意を要する.
(ウ) 患者,家族教育
回復期病棟は,患者さんの在宅復帰が至上の使命である.そのためには,本人
の理解だけでなく家族の協力も必須である.本人の嚥下障害に則した食形態や姿
勢,自主トレーニングが自宅でも守れるかどうかで退院後の機能予後が左右され
る.また,重度の嚥下障害が残存する場合,経管栄養であると在宅介護できない
と言われる家族もいる.経管栄養であっても在宅で介護することが可能であるこ
とを説明し,安心できるように十分な指導を行う必要がある.同時にケアマネー
ジャーも参加してもらい,地域連携にも努め,患者さんが安心して退院できる環
境を整えることも必要である.
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日本摂食・嚥下リハビリテーション学会医療検討委員会 : 訓練法のまとめ(改訂
2010)
.日本摂食嚥下リハビリテーション学会雑誌 2010 ; 14 : 644-663
[21] Ota K, Saitoh E, Kagaya H, Sonoda S, Shibata S : Effect of postural combinations
―the reclined seated position combined with head rotation―on the transport
of boluses and aspiration. Jpn J Compr Rehabil Sci 2011 ; 2 : 36-41
[22]
日本摂食・嚥下リハビリテーション学会医療検討委員会 : 日本摂食・嚥下リハ
ビリテーション学会嚥下調整食分類 2013.日本摂食嚥下リハビリテーション学
会雑誌 2013 ; 17 : 255-267
[23]
西口幸雄 : 胃瘻増設患者にみられる胃食道逆流・下痢などの合併症と対策.看護
技術 2008 ; 54 : 17-19
[24]
合田文則 : 胃の運動機能からみた半固形栄養材短時間摂取法.看護技術 2008 ;
54 : 20-25
[25]
蟹江治郎 : 半固形栄養法の適応をめぐって.看護技術 2008 ; 54 : 26-31
[26]
脳卒中合同ガイドライン委員会 : 脳卒中治療ガイドライン,2009
[27]
尾関保則 , 加賀谷斉 , 田中貴志 , 才藤栄一 : 高齢摂食・嚥下障害患者の静脈・経管
栄養.静脈・経腸栄養(第 3 版)
.日本臨床増刊号 2010 ; 601-604
[28]
木佐俊郎 : 摂食・嚥下障害に対する口腔ネラトン法の応用.総合リハビリテー
ション 1991 ; 19 : 423-430
[29]
木佐俊郎 : 脳卒中に伴う嚥下障害に対する口腔ネラトン法を応用した治療と管理.
総合リハビリテーション 1992 ; 20 : 235-239
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藤島一郎 : 脳卒中の摂食・嚥下障害.第 2 版,医歯薬出版,東京,1998
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松田清嗣 : 間歇的口腔食道経管栄養法.Clin Rehabil 2005 ; 14 : 438-442
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Kaplan S : Paralysis of deglutition : a postpoliomyelitis complication treated by
section of the cricopharyngeus muscle. Ann Surg 1951 ; 133 : 572-573
[33] Goode RL : Laryngeal suspension in head and neck surgery. Laryngoscope 1976 ;
86 : 349-355
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棚橋汀路 : 嚥下障害の手術的療法―誤嚥防止効果―.耳鼻 1993 ; 36 : 782-784
156 第 3 章 FIT program を高める環境
6 . 医療福祉連携
Keywords:退院時連携,地域連携シート,地域連携ツール,高次脳機能障害
回復期リハビリテーション病棟では,リハビリテーション終了後の在宅復帰支
援,福祉施設への転所・療養型病院への転院支援など,退院に向けて地域と関わ
ることになる.一方,
「地域包括ケアシステムの構築」が国および県から市町村に
指示され,各地域でシステムづくりが進められている.以下,地域連携の目的,実
際の活動を概説する.
1 . 地域連携の必要性
回復期リハビリテーション病棟に入院する患者の年齢構成は 10 代~90 代と幅
広く,患者および家族の抱える問題は,疾患,後遺症についての悩み(麻痺,高
次脳機能障害,認知症など)のほか,年代層ごとでさまざまに存在している.
一方,高齢化による支援者側の体制上の問題,経済的な問題,医療・福祉サー
ビス資源の格差や充足にかかる問題もある.ニーズの高度化,多様化のなかで患
者や家族の不安感を解消すべく心理的問題の解決を援助するためには,地域との
関係づくりが必要である.
2 . 医療・福祉諸制度の動向
介護保険制度は,創設後約 15 年が経過するなかで,制度普及や資源の定着が進
んだ.県内のどの地域にも福祉サービス提供事業所が存在し,サービス量の地域
格差などの課題はあるものの新設・変更・廃止を繰り返しつつ機能している. 障害福祉サービスは障害者総合支援法により変更・整理され,相談支援事業所
の設置など,相談機能が整備されつつある.個々の事例に応じて,労働者災害補
償保険制度,生活保護制度など様々な制度が存在するが,適切な時期に適切に利
用するための支援が必要である.
3 . 退院支援の流れ
1 .入院時から主治医,看護師,医療ソーシャルワーカー(MSW)等が情報把
握を行う.患者,家族の抱える問題,社会復帰にむけたニーズを聞き取り,課題
6 . 医療福祉連携 157
を整理する.
2 .在宅準備や次の生活拠点の確保にむけて,介護保険など活用可能な制度の
申請を提案し,準備を行う.
3 .多職種で連携し,患者の病状,患者・家族の希望,家族の介護能力,利用
可能なサービス,支援体制,経済的問題などに十分に配慮して,退院先を調整,決
定する.在宅退院,病状は安定しているものの医療処置が必要で在宅での療養も
困難な場合は,医療療養型施設,介護保険による施設サービスなどを利用する.
4 .退院に向け,地域の関係機関との連携体制を構築する.
4 . 退院援助時の留意点
回復期リハビリ開始時から 2 週間後,4 週間後,8 週間後など定期的に身体状
況を把握し,リハビリの進捗状況を評価することが重要である.住環境の情報収
集に当院では自宅訪問に代わる情報収集ツールとして「家屋状況チェックシー
ト」を使用して医師,看護師,各療法士,MSW 等で情報共有しており,自宅訪
問の有無にかかわらず活用している.
その上で,以下の点に配慮する.
・患者ごとの問題点を的確に捉えて整理する.(全職種)
・各職種間で情報共有し,改善のための優先順位を決める.
・それぞれの職種の専門性(療法士であれば,身体機能面を配慮した住宅改修
の提案など)を活かしたプラン提示を行う.
・現状の改善のみならず,将来的な視点で支援計画を策定する.
(全職種)
・計 画実施後の相談窓口など長期支援を睨んだ支援体制を想定しておく.
(MSW 等)
在宅復帰後に社会との接点を持ち,活動性を維持する目的で通所リハビリに繋
げる場合には,退院後 3 カ月間の短期集中リハビリを活用したい.退院後の療法
士による訪問リハビリを導入する場合には,入院中に詰め切れなかった部分を申
し送る,目的(訪問したときの訓練そのものを期待するのか,訪問時の能力評価
から自主訓練などの指導につなげて欲しいのか,等)
を明確にするなどにより,効
果が高まるであろう.
5 . 関係機関との連絡調整システムやツール
地域社会での連携の強化が求められるなか,当院の関わった地域連携活動が生
158 第 3 章 FIT program を高める環境
表 1 高次脳機能障害支援経過手帳の内容
高次脳機能障害とは(疾患特性)
発症・受傷時の治療の状況,治療歴
症状の経過(発症~ 1 年 6 カ月まで,1 年 6 カ月以上)
既往歴
障害者手帳の取得の有無,年金などの状況
支援の記録,本人の特性
支援機関一覧
図 1 高 次脳機能障害支援
経過手帳(表紙)
み出したシステムやツールをいくつか紹介する.
5 . 1 高次脳機能障害支援経過手帳
平成 13 年度より厚生労働省が全国 12 拠点で実施した「高次脳機能障害モデル
事業」のなかで,三重県では藤田保健衛生大学七栗サナトリウム,松阪中央総合
病院,三重県身体障害者総合福祉センターがシームレスに連携する三重モデルを
作り上げた[ 1 ].この 3 施設と三重大学,三重 TBI ネットワーク(家族会)
,障
害福祉にかかわる関係機関から構成される委員会は現在も三重県高次脳機能障が
い者生活支援事業相談支援体制連携調整委員会と名を変えて活動中である.
高次脳機能障害は「目に見えない障害」とよばれ,記憶,注意,遂行機能障害
などの認知機能面と意欲発動性の低下,感情コントロールの低下,共感性の低下
などの社会的行動障害など症状も多岐にわたり,その程度も人によりさまざまで
ある.この症状を新たな病院,施設に伝えるのは家族,本人にとってかなり難し
い.そこで上記委員会では障害に対する情報,支援経過などをとりまとめる「高
次脳機能障害支援経過手帳」
(図 1 高次脳機能障害支援経過手帳の表紙)を作
成し,患者,家族の説明負担を減らすことにした.内容の概要を表 1 に示す.発
症・受傷時の状況から治療の経過については主治医が記載し,その後支援を行っ
た医療・行政・福祉など各機関が支援したその内容を適宜記載する想定である.
この手帳の有用性は,インテーク時間の短縮,説明のわかりやすさの両面から検
6 . 医療福祉連携 159
証された[ 2 ]
.
5 . 2 三重県脳卒中リハビリテーション機能連携事業
当院は,平成 13 年度から中勢地域リハビリテーション広域支援センター事業
(名称変更が複数回あり,最後は脳卒中リハビリテーション機能連携事業)を受託
し,維持期を担う介護職種に対する人材育成を行ってきた.人材育成は,リハビ
リ的視点での介護技術向上にむけた介護職員に対する事例検討と実技を合わせた
研修会として実施している.この研修方法は介護負担を有意に軽減させることが
証明されている[ 3 ]
.
また地域リハビリにかかわる医療・福祉・行政機関とのネットワーク(連絡調
整会議)を活かした意見交換の成果として,回復期リハビリテーション等の病院
から維持期への連携ツールとして情報連携シート(図 2 )
[ 4 ]を作成した.こ
のシートは基本情報,家屋改造・福祉用具,ADL,疾患,機能障害,コミュニ
ケーション,リハビリ情報から構成されている.患者・家族が退院後に持ち歩い
て医療・福祉機関に見せ,さらに書き込んでもらうことを想定している.たとえ
ば改造では「改造が必要な理由」
,
「やり残した内容,問題点」などを,リハビリ
情報では今後すべきリハビリ内容(またはやり残したこと)を書くように明示的
に設定してある.このシートは脳卒中連携パスで ADL 等の情報を伝達されても
患者自身が移ってくればわかることだったりする課題への一つの解決策と位置づ
けられる.
当院回復期リハビリ病棟から地域に退院した患者にこのシートを試用してアン
ケートを行ったところ,受取者からは受け取りたい情報が伝えられたとした回答
が寄せられ,記載者側からは記載の分担が難しい,時間がかかるなどの反応で
あった.記載のための説明を加えるなどの改定を行い,多職種が理解しやすい
ツールとして,地域(病院,施設,在宅)のつながりの強化に活用中である.
文 献
[1]
白山靖彦,園田 茂,太田喜久夫 : 高次脳機能障害者に対する医療・福祉連携モ
デルの構築 - 1 .三重モデルの概要.総合リハビリテーション 2004 ; 32 : 887-892
[2]
Sonoda S, Shirayama Y, Tanabe S, Shimomura K, Suzuki S : Validity of the
progress notebook in supporting patients with higher cortical dysfunction. Jpn
J Compr Rehabil Sci 2014 ; 5 : 93-96 .
[3]
白山靖彦,園田 茂,永井将太,坂本利恵,櫻井しのぶ : 志摩市における地域リ
160 第 3 章 FIT program を高める環境
ハビリテーション介入研究.総合リハビリテーション 2007 ; 35 : 495-499
[4]
三重中勢での地域リハビリテーション.
Available from URL : http://www.fujitahu.ac.jp/~rehabmed/nanakuri/cbr/(2014 年 4 月 1 日引用)
図 2 地域連携シート
6 . 医療福祉連携 161
162 第 3 章 FIT program を高める環境
6 . 医療福祉連携 163
164 第 3 章 FIT program を高める環境
6 . 医療福祉連携 165
166 第 3 章 FIT program を高める環境
6 . 医療福祉連携 167
168 第 3 章 FIT program を高める環境
6 . 医療福祉連携 169
170 第 3 章 FIT program を高める環境
機能障害・能力低下の実態
第4 章
【第 4 章の執筆者紹介】
渡邉 誠(藤田保健衛生大学七栗サナトリウムリハビリテーション部)4.1 節
村井 歩志(藤田保健衛生大学七栗サナトリウムリハビリテーション部)4.1 節
横田 元実(藤田保健衛生大学医療科学部リハビリテーション学科)4.2 節
平野 明日香(藤田保健衛生大学病院リハビリテーション部)4.2 節
1 . 機能障害の経過 173
1 . 機能障害の経過
Keywords:脳卒中,回復期リハビリテーション,運動麻痺
脳卒中ガイドライン 2009[ 1 ]には,リハビリテーションプログラムを実施す
る際,日常生活動作,機能障害,患者属性,併存疾患,社会的背景などをもとに
機能予後,在院日数,転帰先を予測し参考にすることが勧められる(グレード B)
とある.この節では脳卒中における機能障害の中核ともいえる運動麻痺の経過を
示す.いくつかの先行研究を紹介したあと,当院回復期リハビリテーション病棟
(以下,回復期リハ病棟)のデータを用いて回復期リハビリテーションを受けてい
る患者の運動麻痺の経時変化のトピックスを紹介する.
1 . 先行研究による運動麻痺の経過
運動麻痺を追跡した研究の歴史は 1950 年代に遡る.Twitchell[ 2 ]は,121 例
の脳卒中片麻痺患者を対象に運動麻痺の経過を追跡し,規則的な順序を発見した.
観察された順序は,後に Brunnstrom[ 3 ]が 6 段階に分け,Brunnstrom stage
となった.1980 年代には,発症後期間と運動麻痺回復の程度との関係,運動麻痺
回復が終了するまでの期間に関心が向いた.本邦では,二木[ 4 ]が脳卒中患者
523 例 の う ち 1 カ 月 以 上 持 続 す る 片 麻 痺 を 有 し た 患 者 184 例 を 対 象 に
Brunnstrom stage を用いて運動麻痺の経過を分析している.その報告は,初期の
完 全 回 復 例 が 上 下 肢 と も 約 3 割 存 在 す る, 運 動 麻 痺 回 復 の 予 後 は 発 症 時
stage 1 ・ 2 ,3 ,4 ~ 6 の 3 群に区分できる,年齢は発症時 1 ・ 2 の患者に限っ
て影響し,とくに上肢で著しい,というものであった.海外の経時研究では,
Copenhagen Stroke Study が有名である.Jørgensen ら[ 5 ]は,
947 例の脳卒中
患者の機能障害を Scandinavian Stroke Scale(以下,
SSS)を用いて追跡した.そ
の結果,80%の回復に必要な期間は 4.5 週,95%の回復に必要な期間は 11 週であ
り,重症例ほど回復に長期間を要すと報告した.Nakayama[ 6 ]らは,421 例の
脳卒中片麻痺患者の SSS 上肢・手指機能の経過を追跡し,プラトーに達した割合
は,軽症例では 2 週以内に 80%, 6 週以内に 95%であり,重症例では 6 週以内
に 80%,11 週以内に 95%と報告した.その他,Duncan[ 7 ]らは,初発の脳梗
塞患者 104 例を対象に Fugl-Meyer Assessment を使用して運動麻痺の経過を追
174 第 4 章 機能障害・能力低下の実態
図 1 脳卒中後の回復パターン(Langhorne P ら 2011 より引用
[9]
)
跡した.回復は発症 30 日間に著しく,軽度の障害は最初の 1 カ月でほぼ回復し,
中等度・重度の障害は発症後 90 日までに回復し,発症後 180 日でプラトーに達す
るとした.同じく,Duncan ら[ 8 ]は 2000 年にも 459 例の脳卒中患者を対象に
Fugl-Meyer Assessment の結果を発症後 6 カ月まで追跡している.
いずれの報告も発症から 3 カ月間での回復が著しく,その後 6 カ月までは緩や
かな回復があり, 6 カ月以降はほぼプラトーになる,軽症例ほど早い期間にプラ
トーに達し,重症例では長い期間を要す,というものである.一方,近年では,使
用依存性可塑性の理論に基づき,発症後 6 カ月以降にも運動麻痺が回復するとい
う報告がある.よって,近年の運動麻痺の回復過程は図 1 のように考えられており,
加えて,年齢・運動麻痺の重症度・認知機能等を含めて考える必要があるだろう.
前述した先行研究は今日も広く参考にされているが,本邦で使用する際はいく
つかの注意点がある.それは国や時代によって提供するリハビリテーションは異
なる点,急性期~維持期での治療方法が統一されていない点などである.
2 . 当院 FIT program による運動麻痺の経過
ここからは,回復期リハ病棟における運動麻痺の経過を示す.運動麻痺の経過
を報告した論文は散見されるが,回復期リハ病棟入院期間中の運動麻痺を追跡し
た報告はごく少ない.
評価には,脳卒中治療ガイドライン 2009 にてグレード B とされている Stroke
1 . 機能障害の経過 175
表 1 SIAS 麻痺側運動機能における入院時と 8 週時の平均値
K-M
F-F
H-F
K-E
F-P
*
*
*
入院時平均値(中央値) 1.5±1.5
( 1 ) 1.1±1.5
( 0 ) 1.9±1.6
( 2 ) 1.8±1.5
( 2 ) 1.4 ±1.6
(1)
*
*
*
*
8 週時平均値(中央値) 2.0±1.5
( 2 ) 1.4±1.6
( 1 ) 2.7±1.5
( 3 ) 2.6±1.5
( 3 ) 2.0 ±1.7
(2)
*
*
*
*
すべての項目で入院時と 8 週時に有意差があった.K-M と H-F・K-E,F-F と F-P に有意差が
*
あった.
p < 0 .05
1.2 1.0 0.8 平
均 0.6 利
得 0.4 †
*
†
*
†
*
†
*
K‐M(n=876)
F‐F(n=887)
H‐F(n=868)
K‐E(n=879)
F‐P(n=884)
0.2 0.0 入院時
2w
4w
6w
8w
図 2 入院時満点を除外した SIAS 麻痺側運動機能の項目別における 2 週ご
との平均利得
2 週時から 8 週時にかけて H-F・K-E が F-P・K-M・F-F に有意に高く,F-P・K-M は F-F
より有意に高かった.
*
H-F・K-E が K-M・F-F・F-P より有意に高い.p < 0.05
†
K-M・F-P は F-F より有意に高い.p < 0.05
Impairment Assessment Set(以下,
SIAS)
[10]の麻痺側運動機能を使用した.評
価期間を回復期リハ病棟入棟中に限定し,理学療法 , 作業療法を原則週 7 日実施し,
歩行や ADL を主体に 1 日中活動的に過ごした脳卒中片麻痺患者のデータである.
まず,麻痺そのものに関する検討(部位別,重症度別,発症後期間別,診断名
176 第 4 章 機能障害・能力低下の実態
別)を示し,その後,運動麻痺改善とその他の機能障害との関係について示す.
a)入院時から 8 週時までの経過
村井ら[11]は FIT Program を実施したテント上に一側性病変を有する初発
脳卒中片麻痺患者を対象とし,入院時から 2 週ごとに SIAS の麻痺側運動機能 5
項目である上肢近位 Knee-Mouth(以下,K-M),上肢遠位 Finger-Function(以
1.2 1.0 §
*
0.8 平
均 0.6 06
利
得 0.4 04
§
*
1.2
1.2 §
*
F‐F(n=482)
(
)
†
*
H‐F(n=226)
H
F(n 226)
K E(n=263)
K‐E(n=263)
F‐P(n=427)
02
0.2 **
1.0 K‐M(n=302)
0.0 **
K‐M(n=271)
**
0.8 平
均 0.6 利
得 0.4 04
F‐F(n=215)
(
)
H‐F(n=185)
H
F(n 185)
**
K E(n=135)
K‐E(n=135)
F‐P(n=124)
02
0.2 0.0 入院時
2w
4w
6w
8w
2w
入院時
(a)入院時0点層
(a)入院時0点層
4w
6w
8w
(b)入院時1点層
(b)入院時1点層
1.2 1.2 §§
10
1.0 ††
1.0 K‐M(n=122)
08
0.8 平
均 0.6 0.6
利
得 0.4 F‐F(n=55)
H‐F(n=206)
(
)
K‐E(n=213)
(
)
F P(n=108)
F‐P(n=108)
0.2 0.0 K‐M(n=96)
08
0.8 平
均 0.6 06
利
得 0.4 F F(n=44)
F‐F(n=44)
H‐F(n=101)
K‐E(n=129)
K
E(n 129)
F P( =91)
F‐P(n=91)
0.2 0.0 入院時
2w
4w
6w
8w
2w
入院時
(c)入院時2点層
( ) 院時 点層
(c)入院時2点層
4w
6w
8w
(d)入院時3点層
( ) 院時 点層
(d)入院時3点層
12
1.2 10
1.0 K M(
K‐M(n=85)
85)
0.8 平
均 0.6 利
得 0.4 F‐F(n=91)
H F(n=150)
H‐F(n=150)
K‐E(n=139)
FF‐P(n=134)
P(n 134)
02
0.2 00
0.0 入院時
2w
4w
6w
8w
(e)入院時4点層
( )入院時 点層
(e)入院時4点層
図 3 SIAS 麻痺側運動機能 5 項目の入院時 0 点から 4 点に層別化した 2 週ご
との平均利得
*
H-F・K-E は K-M・F-F・F-P より有意に高い.p < 0.05
†
F-P は F-F より有意に高い.p < 0.05
§
(a)入院時 0 点層
K-M・F-P は F-F より有意に高い.p < 0.05
(b)入院時 1 点層
**
H-F・K-E・F-P は K-M・F-F より有意に高い.p < 0.05
(c)入院時 2 点層
††
H-F は K-M より有意に高い.p < 0.05
§§
H-F は K-M・K-E より有意に高い.p < 0.05
(d)入院時 3 点層 すべての項目で有意差なし.
(e)入院時 4 点層 すべての項目で有意差なし.
1 . 機能障害の経過 177
100%
100%
80%
60%
5点
80%
4点
60%
3点
40%
2点
1点
20%
0点
5点
4点
3点
40%
2点
1点
20%
0点
0%
0%
発症後4w
6w
8w
10w
発症後10w
12w
14w
16w
図 4 発症後期間別の K-M 経時変化
下,F-F)
,下肢近位 Hip-Flexion(以下,H-F),下肢近位 Knee-Extension(以下,
K-E)
,下肢遠位 Foot-Pat(以下,F-P)の結果を追跡した.この報告では,運動
麻痺は回復期リハ病棟入院時から 8 週時にかけて有意に改善し,上肢項目よりも
下肢項目,遠位部よりも近位部が有意に改善した(表 1 ,図 2 ).このように部
位別に改善の程度が異なることを知る必要がある.
b)入院時得点層別の入院時から 8 週時の経過
村井ら[11]は,a)と同じ初発脳卒中片麻痺患者を対象とし,入院時の SIAS
得点別に経過を追跡した(図 3 )
.上肢項目よりも下肢項目,遠位部よりも近位
部が改善する傾向は,軽度麻痺患者より重度麻痺患者で顕著であった.このよう
に先行研究と同様に重症度により回復の程度が異なり,加えて部位別にも経過が
異なることがわかる.
c)発症後期間別の経過
村井ら[12]は,回復期リハ病棟入院からではなく,発症からの期間をもとに
した研究も行っている.FIT program を実施したテント上一側性病変を有する初
発脳卒中片麻痺患者を対象とし,発症後 4 週から 10 週まで在棟した群(E 群)と
発症後 10 週から 16 週まで在棟した群(L 群)に群分けし,SIAS 得点層毎の経時
変化を追跡した.例として,図 4 に K-M 0 点の E 群(n = 191),
L 群(n = 181)
の経過を示す.この報告により,先行研究と同様,発症後早期の方が運動麻痺の
改善が高いことが示された.他の得点層,運動項目も同様の傾向を示した.
d)脳梗塞と脳出血の経過
脳卒中運動麻痺の経過についての報告のなかで,診断名の違いに着目した報告
は少ない.村井ら[12]は,上記対象を回復期リハ病棟に入院した脳卒中片麻痺
患者を発症後期間別(E 群: 4 ~10 週群,L 群:10~16 週群)に脳梗塞と脳出血
178 第 4 章 機能障害・能力低下の実態
100%
100%
00%
脳梗塞群( 89)
脳梗塞群(n=89)
脳出血群(
脳出血群(n=121)
)
80%
脳出血群(n=92)
脳出血群(n
92)
K-M
K 改善割 合
K-M
K 改善割 合
80%
脳梗塞群(n=70)
60%
40%
20%
60%
40%
20%
0%
発症後4w
6w
8w
10w
0%
発症後10w
12w
14w
16w
図 5 脳梗塞と脳出血の K-M 改善割合
に群分けし,両群の運動麻痺経時変化を比較している.その結果,K-M 0 , 1 ,
2 , 3 点の層では,発症後 4 から 10 週の期間では脳出血群が脳梗塞群より有意
に改善していたが,発症後 10 から 16 週の期間では両群に差はみられなかった(図
5 ).他の運動項目でも同様の傾向を示した.不可逆的な血行途絶の要素が強い脳
梗塞と,血腫の吸収や脳浮腫の消退により脳細胞へのダメージに可逆的要素のあ
る程度大きい脳出血の違いが現れたのであろう.このことから,運動麻痺の経過
を予測する際は,発症後期間が早期の場合,脳梗塞と脳出血の違いに留意する必
要がある.
e)感覚障害と運動麻痺改善との関係
感覚障害を有すると目的の動作が行えず,介入に難渋するケースがある.渡邉
ら[13]は,回復期リハ病棟に入院した患者のうち,脳卒中発症後 4 週から 10 週
まで在棟した初発脳卒中片麻痺患者を対象に感覚障害が運動麻痺改善に与える影
響を検証した.その結果,4 週時 SIAS K-M 0 点,すなわち完全麻痺であった層
の発症後 8 週,10 週時点でのみ感覚障害なし群が感覚障害群より有意に運動麻痺
が改善していた(図 6 )
.他の運動項目も同様の傾向を示した.完全麻痺になる
と随意運動が困難なため,感覚障害があると麻痺側をどのように動かすのかイ
メージしにくく,訓練効果が得られにくかったと考えられる.一方,随意運動が
少しでもみられれば,視覚など他の感覚で麻痺側の動きがイメージできるため,
運動麻痺改善に感覚障害の影響が出なかったのであろう.
f)感覚障害と認知機能と運動麻痺改善との関係
感覚障害や認知機能低下などの機能障害は併存しがちである.阻害因子が併存
1 . 機能障害の経過 179
100%
100%
感覚障害群(n=73)
感覚障害なし群(n=42)
60%
40%
*
*
*
20%
0%
発症後4
発症後4w
100%
6
6w
8w
8
10w
10
(a) K-M 0点の改善割合
感覚障害群(n=53)
感覚障害群(
)
感覚障害なし群(n=71)
感覚障害なし群(n
71)
60%
40%
20%
0%
8w
6
6w
8
発症後
発症後4w
(b) K-M 1点の改善割合
10w
10
感覚障害群( 35)
感覚障害群(n=35)
感覚障害なし群(n=198)
80%
K-M改善割合
80%
K-M改善割合
K-M改善割合
80%
60%
40%
20%
0%
発症後4w
8w
10w
6w
(c) K-M 2点と3点の改善割合
図 6 感覚障害あり・なし群の K-M 改善割合
した場合に,相乗的に阻害するのか,一つ阻害因子があれば他の因子の影響は少
ないのか,その関与の仕方は解明されていない.機能障害が合併したケースの運
動麻痺経過を知ることは臨床上重要であると考えられる.渡邉ら[13]は,感覚
障害と認知機能低下が運動麻痺改善に与える影響を脳卒中発症後 4 週から 10 週
まで回復期リハ病棟に入院した初発脳卒中片麻痺患者を対象とし検証している.
その結果,K-M では,感覚障害・低認知群は他の 3 群に比べ 8 ,10 週時の改善
割合が有意に低く(図 7 a)
,F-F は,感覚障害なし・高認知群のみ他の 3 群より
10 週時改善割合が有意に高かった(図 7 b)
.下肢項目においても同様の傾向を示
した.このことから,近位部の運動麻痺は感覚障害と認知機能低下を合併した時
のみ運動麻痺改善率が低下し,遠位部の運動麻痺は,感覚障害もしくは認知機能
低下のどちらかがあれば運動麻痺改善率が低下すると解釈できる.これは,近位
部は大まかな運動であるため,感覚障害や認知機能低下のどちらかがあっても訓
練で大きな支障とならず,また ADL の中でも使われやすいが,遠位部は細かな
運動となるため感覚障害か認知機能低下があると運動麻痺改善の訓練の支障とな
180 第 4 章 機能障害・能力低下の実態
感覚障害・低認知(n=49)
感覚障害
低認知(n 49)
正常・低認知(n=42)
正常
低認知(n 42)
100%
感覚障害・高認知(n=18)
感覚障害
高認知(n 18)
正常・高認知(n=24)
正常
高認知(n 24)
感覚障害・低認知(n=62)
感覚障害
低認知(n=62)
正常・低認知(n=30)
正常
低認知(n 30)
100%
正常・高認知(n=70)
正常
高認知(n 70)
80%
F 改善割 合
F-F
K-M改善割合
K-
80%
感覚障害・高認知(n=38)
感覚障害
高認知(n=38)
60%
40%
20%
60%
40%
20%
0%
発症後4w
6w
8w
10w
0%
(a) K-M 0点の改善割合
発症後4w
6w
8w
10w
(b) F-F 0点の改善割合
図 7 感覚・認知それぞれの群別の改善割合
り,また ADL 場面でも使用を避けられてしまうためであろう.
3 . ま と め
脳卒中後の平均的な経過を知ることにより,治療プログラムの計画立案が容易
になる.また平均的な経過と比較することにより,担当患者の機能回復の進行の
程度がわかる.1980 年代頃から脳卒中患者の研究対象が機能障害から能力低下・
活動制限に移行し,運動麻痺の経時研究は少なくなっている.リハビリテーショ
ン提供システムや麻痺に対する治療法が変化しているため,現在のリハビリテー
ション環境での,すなわち回復期リハ病棟での運動麻痺の平均的な経過を示すこ
とが大切と考えられる.運動麻痺の経過は,運動麻痺の重症度や発症後期間に加
えて,部位,診断名,運動麻痺以外の機能障害からも影響を受ける.FIT program
の効果を含めた当院のデータは本邦の回復期リハ病棟の臨床に役立つであろう.
文 献
[1]
篠原幸人,小川 彰,鈴木則宏,片山泰朗,木村彰男 編,脳卒中合同ガイドラ
イン委員会 : 脳卒中治療ガイドライン 2009.協和企画,東京,2009
[2]
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[6]
Nakayama H, Jørgensen HS, Raaschou HO, Olsen TS : Recovery of upper
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千野直一,椿原彰夫,園田 茂,道免和久,高橋秀寿 : 脳卒中の機能評価 SIAS
と FIM 基礎編.第 1 版,金原出版,東京,2012
[11]
村井歩志,渡邉 誠,佐々木祥,奥山夕子,園田 茂 : 回復期リハビリテーショ
ン病棟における脳卒中片麻痺患者の運動麻痺重症度別の経時変化.リハビリ
テーション医学 2014 ; 51 : 439-444
[12]
村井歩志,渡邉 誠,奥山夕子,佐々木祥,園田 茂 : 脳卒中片麻痺患者の発症
後期間・診断名別の運動麻痺経時変化(JJCRS,投稿中)
[13]
渡邉 誠,村井歩志,佐々木祥,奥山夕子,園田 茂 : 脳卒中運動麻痺改善に与
える感覚機能と認知機能の影響(リハビリテーション医学,投稿中)
182 第 4 章 機能障害・能力低下の実態
2 . 装具と歩行
Keywords:脳卒中,歩行能力,下肢装具
回復期リハビリテーション場面では患者の歩行能力が大きく変化する.脳血管
障害(脳卒中)のテント上病変による初発の片麻痺患者は,リハビリテーション
治療を受けることで約 7 割が屋内修正自立以上の歩行を獲得するとされる.その
過程で下肢装具が頻用されることも多くの臨床家が実感しているところである.
しかしながら,実際に,歩行能力や下肢装具・補助具がどのように変化してい
くのかを眺めた報告は少ない.そのため,FIT プログラム研究では,下肢装具使
用や歩行能力の経時的変化について報告してきた[ 1,2,3,
4 ].ここでは,
FIT プ
ログラムにおける実際の歩行能力,歩行パターン,下肢装具,歩行補助具の経過
的変化について概観する.
2004 年 4 月~ 2009 年 10 月に七栗サナトリウム回復期病棟で FIT プログラムを
受けた初発脳血管障害片麻痺者 1,083 例を対象とした.その属性を表 1 に示す.
検討にあたっての症例選択は,はずれ値的症例を除外するため,テント上病変例
で在院期間が 28~180 日,運動失調症状がないものとした.入院時から 2 週ごと
に 12 週目まで,および,退院時データを比較した.12 週以前の退院(最短 4 週)
もあるため,例数は,経過に従って 4 週後から徐々に減少する.集計に際し,12
表 1 基本属性
FIMW
FIMW
FIMW
FIMW
FIMW
FIMW
FIMW
1 点群
2 点群
3 点群
4 点群
5 点群
6 点群
7 点群
171
210
248
229
139
25
61
平均年齢(歳) 66.0 ±12.6
71.6±10.7
66.9±11.2
64.3±12.2
65.4 ±13.4
65.4 ±13.3
60.4±15.0
60.3±12.0
平均発症後期間(日) 38.3±17.3
43.1± 20.1
38.6±14.6
36.6±16.8
38.8 ±17.9
36.4 ±18.4
31.2±11.1
36.8 ±14.2
平均在院日数(日) 72.7 ±25.9
入院時歩行能力
症例数(例)
全体
1 ,083
89.1± 24.6
90.4± 21.9
78.2±20.3
63.2±18.7
49.5±15.8
43.5±11.1
44.1±15.7
635:448
85:86
115:95
161:87
129:100
88:51
12:13
45:16
原疾患(例)
脳梗塞
536
73
93
120
113
83
16
38
脳出血
497
89
106
122
104
49
9
18
くも膜下出血
50
9
11
6
12
7
0
性別(例)
男:女
麻痺側(例)
右:左
536:547
67:104
103:107
124;124
107:122
71:68
18: 7
5
46:15
2 . 装具と歩行 183
週以前の退院例については,その時点以降を退院時データで補完した.
歩行能力は担当の理学療法士が歩行練習時に FIM(Functional Independence
Measure)に準じて 7 段階で判定した(以下,FIMW とする)
.なお,FIMW 5
点水準は,屋内歩行レベルおよび監視レベルとした.
歩行パターンは歩行能力同様,理学療法士が歩行練習時に判断し,歩行不能,
三動作後ろ型,三動作揃い型,三動作前型,二動作後ろ型,二動作揃い型,二動
作前型に分類した.後ろ型とは非麻痺側下肢が麻痺側下肢の手前に接地すること,
揃い型とは非麻痺側下肢が麻痺側下肢と並んで接地すること,前型とは非麻痺側
下肢を麻痺側下肢より前方に出して接地するということを意味する.
下肢装具は,長下肢装具(KAFO),支柱付き継手付き短下肢装具(U-AFO:
後方平板支柱型短下肢装具[ 5 ]を含む)
,継手無しプラスチック短下肢装具
(P-AFO),継手付きプラスチック短下肢装具(JP-AFO),簡易型短下肢装具
(Semi-AFO)に分類し,使用していない場合は「未使用」とした.下肢装具の
「未使用」には,下肢装具を必要としなかった良好例「なし」と立位・歩行練習が
不可能で使用しなかった不良例「未実施」がある.
歩行補助具は,平行棒,歩行器,四点杖,T 字杖および「未使用」に分類した.
下肢装具と同様に「未使用」には,これらを必要としなかった良好例「なし」と
立位・歩行練習が不可能で使用しなかった不良例「未実施」がある.
表 2 入院時と退院時の歩行能力の分布
退院時歩行能力 FIMW(例)
合計 中央値
1 点 2 点 3 点 4 点 5 点 6 点 7 点 (例) (点)
入院時歩行能力
FIMW 1 点群
40
34
28
28
40
FIMW 2 点群
0
14
10
30
116
FIMW 3 点群
0
0
3
13 106
FIMW 4 点群
0
0
0
4
67
FIMW 5 点群
0
0
0
0
27
FIMW 6 点群
0
0
0
0
FIMW 7 点群
0
0
0
0
1
0
171
3
37
3
210
5
107
19
248
6
95
63
229
6
37
75
139
7
0
2
23
25
7
0
0
61
61
7
退院時の FIMW 1 ~ 7 群の歩行能力の分布を示している. 184 第 4 章 機能障害・能力低下の実態
1 . 歩行能力の経過(表 2 ,図 1 ,図 2 )
全体として,歩行自立(FIMW 6 ,7 点)例は,入院時 7.9%(86 例),退院時
48.3%(523 例)であった.また,屋内自立レベルまで入れると退院時 81.2%(879
例)となった.同様に,入院時 FIMW 5 点以下が退院時 FIMW 6 点以上になっ
た例は,43.8%(437 例),入院時 FIMW 4 点以下が退院時 FIMW 5 点以上になっ
た例は,76.2%(654 例)であった.回復期の片麻痺患者の歩行能力は大きく変化
する.
入院時歩行能力で層別化すると,入院時歩行 FIMW 1 点群 171 例,FIMW 2 点
群 210 例,FIMW 3 点 群 248 例,FIMW 4 点 群 229 例,FIMW 5 点 群 139 例,
FIMW 6 点群 25 例,FIMW 7 点群 61 例であった(表 2 )
.入院時歩行 FIMW 1
点群は,他群に比べ,年齢が 71.6 ± 10.7 歳と高齢で,発症後期間が 43.1 ± 20.1 日
と長かった.在院日数は全体では 72.7 ± 25.9 日であったが,群別では,入院時歩
行 FIMW 1 点群と 2 点群が約 90 日と長く,歩行自立度が高くなるほど短くなり,
7 点群では 45 日弱であった(表 1 )
.
入院時歩行 FIMW 1 点群で,退院時に歩行自立(FIMW 6 点以上)に至った
ケースは 1 例のみで,退院時歩行能力 FIMW 1 点 23.4%,2 点 19.9%,3 点 16.4%,
4 点 16.4%,5 点 23.4%と FIMW 1 ~ 5 点がほぼ均等に存在した.その退院時歩
行 FIMW の中央値は 3 点であった(平均値 2.9 点)
.
入院時歩行 FIMW 2 点群では,退院時 5 点例が多く(55.2%)
,中央値も 5 点
(平均値 4.8 点)で 3 点の改善が見られた.
入院時歩行 FIMW 3 点群は,退院時には 43.1%が 6 点,42.7%が 5 点となった.
退院時歩行 FIMW の中央値は 6 点(平均値 5.5 点)で入院時歩行 FIMW 2 点群
同様 3 点の改善が見られた.
入院時歩行 FIMW 4 点群では,退院時 6 点に至った例が多く(41.5%),退院
時歩行 FIMW の中央値は 6 点(平均値 5.9 点)であった.69.0%が退院時に歩行
が自立( 6 ,7 点)していた.
入院時歩行 FIMW 5 点群では,54%が退院時に歩行が完全自立となった.退院
時歩行 FIMW の中央値は 7 点(平均値 6.3 点)であった.
入院時歩行 FIMW 6 点群では,92.0%が退院時に歩行が完全自立となった.退
院時歩行 FIMW の中央値は 7 点(平均値 6.9 点)であった.
以上,入院時と退院時の比較では,総じて歩行 FIMW に明らかな改善が見られ
た(表 2 ,図 1 )が,入院時歩行 FIMW 1 点群では床効果の混在によって,入
2 . 装具と歩行 185
図 1 歩行能力の推移
回復期リハビリテーション病棟に入院した 1 ,083 例の入院から退院までの歩行能力の推
移を図示した.入院時の歩行能力を元に FIMW 1 ~ 7 点の 7 群に分け,各群の歩行
FIMW 平均値の推移を実線で表した.実線先の数字は,退院時歩行 FIMW 平均値と平均
在院日数(括弧内)を示している.三角形は各群の歩行能力の帰結を表している.n は各
群の人数である.
図 2 2 週ごとの歩行能力分布
186 第 4 章 機能障害・能力低下の実態
院時歩行 FIMW 4 ~ 6 点例では天井効果の混在によって,入退院間変化が入院時
歩行 FIMW 2 , 3 点群に比べ小さくなったと推測された.
また,経時的変化(図 2 )として 2 週ごとの歩行 FIMW の増減を眺めると,低
得点(FIMW 1 , 2 点)の減少と高得点(FIMW 7 点)の増加は初期に明らかで,
それらの間(FIMW 3 , 4 , 5 , 6 点)の変化は中期以降,とくに,FIMW 5 , 6 点
の変化は後期で生じた.
2 . 歩行パターン(図 3 )
入院時は二動作歩行(各型合計 38.7%)よりも三動作歩行(各型合計 52.1%)
が多かったが,退院時には二動作歩行が 64.7%となった.三動作歩行では入院時
には揃え型が 30.9%と一番多く,前型 17.7%,後ろ型 3.5%であったが,退院時に
は揃え型は 13.9%にまで減少した.
全体として,歩行パターンは 8 週目までの変化が顕著であった.
3 . 下肢装具の使用状況(図 4 )
下肢装具は,入院時 60.2%,退院時 54.8%と高率に使用していたが,内容は経
過とともに大きく変化していた.入院時には KAFO が 25.8%と高かったが,6 週
目には 8.0%と減少し,退院時には 3.6%であった.一方,U-AFO は入院時 24.7%,
退院時 28.3%と全期を通して使用されていた.
全体として,使用装具の変化は 10 週目まで顕著であった.
4 . 歩行補助具の使用状況(図 5 )
歩行補助具使用率は入院時 77.2%,退院時 61.8%であった.歩行補助具の使用
率は入退院時ともに下肢装具よりもやや高かった.
入院時の平行棒使用率は 35.5%と高率で,杖(四点杖,T 字杖)使用率は 36.0%
であった.平行棒の使用は 4 週目には 9.0%と減少し,退院時は 4.7%であった.
杖使用者は 2 週目には 48.2%に増加し,退院時は 53.9%(四点杖 19.9%,T 字
杖 34.0%)であった.
歩行補助具使用には 8 週目までの変化が明らかであった.
5 . 装具と歩行
麻痺性疾患における装具の効用は自由度制約を通した運動の単純化にある[ 6,
2 . 装具と歩行 187
図 3 2 週ごとの歩行パターン分布
図 4 2 週ごとの下肢装具分布
7 ].すなわち,随意性が低くなった麻痺肢では,多自由度の制御は困難となり,
動作不安定や課題達成困難という問題を呈する.そこで,装具を用いて麻痺肢の
自由度を制約し運動を単純化することで,ある程度,効率や多様性を犠牲にして
も安全で再現性の高い運動を可能にする必要がある[ 8 ]
.
近年,多くの継手付き短下肢装具が開発,発表されている[ 9 ]
.選択肢が増え
た分,患者に適した装具の選択に注意が必要となる.
188 第 4 章 機能障害・能力低下の実態
図 5 2 週ごとの歩行補助具分布
装具の選択や足継手角度など条件の設定において必要な判断因子は,麻痺の重
症度や痙縮,変形,体格,使用場所,立位保持能力,歩行能力など多岐に渡る.
「自由度制約」の観点から下肢装具について考えると,下肢装具を用いて達成す
べきことは, 1 )立位の安定性確保, 2 )歩行の安定性確保である.具体的には,
立位保持であれば,下肢~骨盤~体幹~頭頚部の静的アライメントの確保と麻痺
側下肢への十分な荷重を可能にすることである.歩行であれば足関節を単軸( 3
自由度→ 1 自由度)にすることで側方不安定を排除し,運動を進行方向(底背屈
運動)に一意化した上で,トウクリアランスの確保による遊脚相の容易性,十分
な支持性の確保による立脚相の安定性を得ることにある.
底背屈機能について,短下肢装具では, 1 )遊脚相のトウクリアランスを確保
するための背屈位保持(初期角度設定)
, 2 )立脚相には heel rocker を再現する
ための遠心性の背屈補助(底屈制動)
, 3 )立脚中期~後期にかけては ankle
rocker を妨げない自由な背屈運動,4 )膝の支持性が低下している症例では立脚
中期の膝伸展補助(背屈制限)の 4 点が求められる.これらの制動力や制限角度
の設定 4 点は,個々の症例で異なるとともに,同一症例でも回復の過程において
変更が必要となる.とくに, 3 )と 4 )は,相反した機能であり,患者の能力に
よる使い分けが必要となる.
今回示した歩行能力,歩行パターン,使用下肢装具,使用歩行補助具の経時的
変化(図 4 ,5 )は,歩行能力の変化に応じて装具や補助具が選択調整される臨
2 . 装具と歩行 189
床を表したものである.その中にあって,
U-AFO が入院~退院まで高頻度に使用
されていたのは,歩行練習の経過に応じた足継手条件(調整機能付き後方平板支
柱型短下肢装具では足継手角度と支柱の可撓度)を適宜,調整できるため,機能
や能力が大きく変化する回復期リハビリテーションにおいて使用勝手がよかった
ためであろう.
文 献
[1]
平野明日香,横田元実,才藤栄一,柴田斉子,園田 茂,奥山夕子,菊池 航,
杉浦 翼,井元大介 : 回復期脳血管障害患者の下肢装具と歩行補助具の使用状
況調査.日本義肢装具学会誌 2013 ; 29(特別号): 170(抄録 ; 第 29 回日本義肢
装具学会学術大会,佐賀)
[2]
菊池 航,横田元実,近藤和泉,才藤栄一,平野明日香,杉浦 翼,井元大介,
園田 茂,奥山夕子,柴田斉子 : データーベースを用いた装具療法の再考~入院
時歩行能力別経時的変化~.日本義肢装具学会誌 2012 ; 28(特別号): 193(抄録
; 第 28 回日本義肢装具学会学術大会,愛知)
[3]
杉浦 翼,横田元実,近藤和泉,平野明日香,才藤栄一,園田 茂,奥山夕子,柴
田斉子 : データーベースを用いた装具療法の再考~入院時重度歩行障害者の経時
的変化~.日本義肢装具学会誌 2012 ; 28(特別号): 194(抄録 ; 第 28 回日本義肢
装具学会学術大会,愛知)
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最強の回復期リハビリテーション
― FIT program
2015 年 7 月 31 日 第 1 版発行
編 集 園 田 茂
発行者 藤田保健衛生大学リハビリテーション部門
発行所 一般財団法人学会誌刊行センター
〒 113-0032 東京都文京区弥生 2 - 4 -16
学会センタービル 1 F
TEL. 03-3817-5821 FAX. 03-3817-5830
ISBN 978-4-905648-99-4
電子書籍組版 三美印刷株式会社
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