平成 12 年 11 月 17 日 中小企業診断士・高田 秀之 ネットビジネス最前線 情報産業としての不動産仲介業∼(有)カワナ・ネットワークの取組み∼ 1.不動産業の位置付け 1998年のわが国のGDPはおよそ497兆円(名目)。この内不動産 業の生産額は約65兆円となっており、GDPに占める不動産業の割合は、 1割を超えている。これは、製造業やサービス業全体よりは小さいが、業種 を細分化して見た場合、鉄鋼・自動車・電機等の業界よりは大きなものにな っている。 不動産業を他の産業と比較した場合の特徴としては、①従業員一人当たり の付加価値額が1,657万円(全産業=734万円)と極めて高い。②自 己資本比率が−1.8%(全産業=20%)と極めて低い。③中小零細性が 著しい。④参入退出率が高い。などの特徴を有している。また、不動産業界 の経営指標は、他業種に比べ変動が激しく、倒産件数や負債額などに示され るように、好不況の差が顕著であるという傾向もあり、また、言うまでもな く「バブル経済」の影響を最も強く受けた業界でもある。 表−1 業種別生産額と国内総生産 1991年 1992年 1993年 1994年 1995年 不 動 産 業 50,215 54,121 58,239 60,865 62,290 建 設 業 46,865 48,809 51,114 51,664 50,331 製 造 業 128,789 127,643 121,427 117,253 119,261 サ ー ビ ス 業 69,493 75,268 79,191 80,372 82,332 金 融・保険業 25,460 24,698 23,109 24,839 24,331 全 産 業 合 計 481,090 493,697 495,155 499,162 504,804 (参考)国内総生産 458,299 471,064 475,381 479,260 483,220 資料:経済企画庁「国民経済計算年報」より、(社)不動産協会作成。 (単位:10億円) 1996年 1997年 66,112 68,926 51,361 49,507 122,525 123,475 87,855 90,017 23,597 25,367 520,832 530,280 500,309 507,851 2.不動産業の現状(不動産賃貸仲介業) 一言に「不動産業」といっても大変幅広いものがあり、法令上の定義など はないが、一般的には、①不動産分譲業、②不動産賃貸業、③不動産流通業、 ④不動産管理業、などの総称である。 不動産業界の中には、これらの業務 を総合的に行っている、売上高が数千億円の総合不動産会社(デベロッパー) から、個人で開業している年商数百万円の不動産会社まで、幅広く存在して いる。 1 宅地建物取引業法の免許を受けている事業者は約 14 万ほどであるがで、そ の大半を占める小規模事業者の大部分は、不動産流通業を専門に営んでいる。 資本力をあまり必要とせず、むしろ地元との繋がりが大切なため、昭和 40 年 代以降、大手不動産業者などが参入するまでは、地域密着の小規模事業者の 独壇場であった。 図−1 宅地建物取引業者数の推移 個人 宅地建物取引業者数の推移 法人 160,000 140,000 120,000 業 100,000 者 80,000 数 60,000 40,000 20,000 年度 年 平 成 10 5年 平 成 年 元 成 平 和 昭 昭 和 60 55 年 年 年 昭 和 50 45 和 昭 昭 和 40 年 年 0 資料:建設白書 不動産流通業の歴史は古く、その昔は「周旋屋」と称し、貸地や貸家の管 理を行う「差配」と並んで、不動産業の原点とも言われる。昭和27年に免 許制による事業法として、「宅地建物取引業法」(宅建業法)が制定されて 以降、不動産取引の安全性確保や不動産流通業の近代化への取組みがなされ てきた。 昭和 55 年には、宅建業法が改正され、一般及び専任媒介制度が創設された。 依頼者が他の業者に重ねて媒介や代理を依頼することのできない専任媒介制 度については、業界 8 団体の認定する「流通機構」に売買等の情報を出来る だけ登録し、情報公開による成約の促進に向けた努力をすることとされた。 ここで、情報の共有化と業者のネットワーク化による不動産流通システムが 第一歩を踏み出した訳である。 昭和 61 年には指定流通機構相互間の連携を可能とする REINS(Real Estate Network System)と呼ばれる不動産流通標準情報システムが開発され、指定 流通機構への登録義務付け等により、情報化の推進がなされた。さらに、平 2 成9年4月の宅建業法改正により、専属専任媒介契約に加えて専任媒介契約 についても指定流通機構への登録が義務付けられ、平成10年度ではレイン ズの年間新規登録は60万件にも及んでいる。 以上のように、不動産売買仲介に関しては全国レベルでの情報流通インフ ラの整備はできた。しかしながら、賃貸仲介についてはこのような情報流通 インフラ整備の動きはなく、従来と変わらず、一般的には店頭での情報掲示 や住宅情報等の雑誌媒体、チラシ等による集客営業が主体となっている。 表−2 一事業所当り平均従業者数 一事業所 事業所数 従業者数 当り平均 (人) (構成比) (構成比) 従業者数 全産業 9.3 6,717,025 100.0% 62,781,240 100.0% 不動産業 3.2 292,358 4.4% 934,106 1.5% (100.0%) (100.0%) 建売業・土地売買業 7.4 19,248 (6.6%) 141,484 (15.2%) 代理・仲介業 3.9 50,374 (17.2%) 195,656 (21.0%) 不動産賃貸業 4.4 39,845 (13.6%) 176,886 (18.9%) 貸家・貸間業 1.7 157,822 (54.0%) 268,370 (28.7%) 不動産管理業 6.1 25,069 (8.6%) 151,710 (16.2%) 資料:総務庁統計局「事業所統計調査」(平成8年) 3.(有)カワナ・ネットワークの紹介(http://www.kwnet.co.jp/) (1)(有)カワナネットワーク開業の経緯 「あなたのこだわりを教えて下さい。出来る限りのお手伝いをさせて頂きます」 「…皆様の感性を共有できる会社です。」 このコメントは今回紹介する(有)カワナネットワークのホームページに 掲載されているメッセージである。同社は、不動産の賃貸仲介・管理業を中 心業務として不動産全般の企画・コンサルティングを手がけている。従来型 の不動産営業スタイルではなく、インターネットの活用により安定的に業績 を伸ばしているところに特徴をもつ会社でもある。 (有)カワナネットワークのビジネス・コンセプトは従来の「不動産屋」と は大きく異なったものであると言える。単なる仲介業に留まらず、目指すと ころは「不動産の企画・管理業」である。現在のところは自社の管理物件に も限りがあり、顧客のニーズに全て応えることは出来ないため、自らの目で 見て推奨できるものは、他社物件も含めて賃貸仲介を行っている。 明確なコンセプトを持った新しい不動産業、その秘密は、代表者の川名浩 氏の経歴から窺い知ることが出来る。川名氏は早稲田大学を卒業された後、 3 マーケティング会社に勤務された。川名氏と不動産の出会いは、川崎市にお ける複合ビル開発プロジェクトに関わったところから始まったそうである。 このプロジェクトにおいてはオフィス空間と商業施設部分を連携させるコ ンセプトメイクを担当し、設計事務所やゼネコンとのコラボレーションが、 建築・不動産事業との出会いとなった。その後、不動産賃貸業(貸ビル業) を営む会社に転職し、バブル景気の中で、海外の著名な建築家の設計による ビル建設等をに携わり、それを契機として不動産ビジネスの独立開業を思い 立ったという。 (2)インターネットの活用 4 年ほど前に独立開業をしたが、川名氏はインターネットに初めて触れた時 期より、「不動産事業とインターネットの親和性」を感じていたと言う。WEB の特徴である、画像による情報発信と双方向性は、不動産の物件紹介に極め て役立つものだということだ。また、最近増えてきた SI(スケルトン・イン フィル)住宅への展開も可能では?という考も早くから持ったという。 独立開業してビジネスプランを検討している時に、使いやすいホームペー ジ作成ソフトが発売されたことを知り、ホームページの開設を思い立った。 自らの WEB サイトの立ち上げ期間は極めて短く、年末年始の数週間の中で、 現在のホームページとほぼ同様のコンセプトを持ったものを作成している。 必要なデータはどんどんデジタル化してストックしていたので、それを加 工してホームページを作成していくことはそれほど苦ではなかったという。 また、このデジタル化した物件情報のストックは、「不動産賃貸・管理業」 の特性をうまく活かし、効率的な利用を図っている。 具体的には、 ①一度賃貸が決まった物件でも、数年後には入居者の退去によりまた新規募 集が始まるため、ストックしておいた情報の再活用が出来る。("for rent" に切り替えるだけ) ②管理受託業務においても、物件の詳細な画像データを活用することにより 迅速かつ的確な対応ができる。(管理物件の補修等へのスピーディな対応) ③デジタル化した情報ストックの活用により、新規物件の開発の参考データ を導き出すことができる。(新規物件の企画の参考) といったところである。 (有)カワナネットワークのホームページの作成・メンテナンスコストにつ いては、レンタルサーバーの利用(SSL 対応)と常時接続のための OCN 加入が 主なもので、低コストの運営となっている。コンテンツ作成は全て川名氏に よる自作のもので、i モードへの情報配信も含めて、きめ細かい更新を行って いる。また、「掲示板」や「リクエストシート」への対応など、随時更新に よりメンテナンスされている。 4 ここで、この「リクエストシート」について少し触れると、これは簡単な アンケートのようなものではなく、内容も細かく、希望物件がより具体的に わかるように工夫されている。また「年収」等の個人のライバシーに関わる ような情報も記入することになっているため、情報のセキュリティに配慮し SLL サーバの利用による安心感もアピールしている。 「マーケティングからの発想」これは当たり前のことのようであるが、従 来の不動産賃貸仲介業の中では中々見られなかった発想である。(有)カワ ナネットワークは、代表者である川名浩氏自身がマーケティング会社での経 験を持ち、さらに経営パートナーであり、奥様でもある川名満喜子氏が、外 資系コンサルティング・ファームに勤務されていたことも、新しい発想の一 因になっているのではないかと思われる。 同社においては、インターネットが営業の基幹になっている。先進的な取 組みにより、業界紙のみならず一般の雑誌でも取り上げられており、「Hanako」 等で紹介された時などは、月刊のアクセス数が7千件近くに達したという。 具体的には、賃貸仲介営業については、成約の50%以上がインターネット によるものである。また、驚くべきことに、この 9 月・ 10 月については、既 存顧客からの紹介等を除くとほぼ100%がインターネットによるものだと いうことだ。 顧客紹介による成約が多いのも同社の特徴であるが、それもネットによる 情報提供にプラスして、リアルの部分でのきめ細かいフォローが高い満足度 を提供しているためであると思われる。 目下のところの課題は、リクエストシートと e-mail への返答で、繁忙期に は 1 日に 50 件を超える数に対応しなければならないという。また、期待を込 めてメールを送ってくる顧客の要望に十分に答えられる管理物件が少ない、 ということが残念だという。 ただ、繁忙期であっても川名氏と奥様の二人だけで対応が出来るのは、ネ ット中心の営業で飛び込み客がいないため、効率的な活動ができるからだと 思われる。 (3)不動産企画管理 同社の特徴は、賃貸不動産の企画開発にもある。川名氏によると「建築と 不動産の間のギャップを埋めること」「インテリアデザイナーとのコラボレ ーション」等を視点として、より市場性のある物件開発を行っている。 そのノウハウの原点となっているのは、先に説明した「リクエスト・シー ト」にある。「今マーケットで求められている住宅はどのようなものか?」 ということを常に認識し、それをベースとして「顧客の顔が見える」商品化 を行っている訳である。 5 近年「デザイン・マンション」或いは「デザイナーズ・マンション」と呼 ばれる賃貸住宅が人気である。明確な定義はないが、建築家の設計によるデ ザイン性の高いマンションを言う。テレビドラマなどでも、こういったマン ションに住む都会的な生活が、若者の人気となっている。しかしながら、現 在のところニーズに対して供給が極めて少ないため、空室があればすぐに埋 まってしまうという状況にある。 (有)カワナネットワークが得意とする物件は、こういったデザイン・マ ンションが少なくない。同社では、リクエスト・シートによりユーザーニー ズをしっかりと押さえているため、100%稼動(満室)になる賃貸住宅を 企画することについては、確かな自信をもっている。残念ながら、なにより も新規の開発物件が少ないということが最大の悩みでもある。 4.不動産仲介業の今後 (有)カワナネットワークのホームページには、地元である東中野駅周辺の 商店街マップが試作されている。物件の情報に加えてその周辺の「街の情報」 を提供していくことは、そこに住もうとする人への有益な情報提供にもなる。 不動産業の原点である「周旋屋」の時代は、その地域に密着し、大家と店 子それぞれのニーズを結びつける仲介役を行っていた。これからの不動産仲 介業も、地域に根ざし、顧客の声にしっかりと耳を傾け、きめ細かい情報提 供によりニーズに合った物件情報を提供していくことが重要だと思われる。 「インターネットの時代」は、時間と空間を越えてこの本来的な役割を実 践することができるようになったのではないだろうか。「ハイテクであり、 ハイタッチでもある」言い古された表現ではあるが、(有)カワナネットワ ークは、「情報産業としての不動産業」を明確に意識し、これからの時代の 不動産業をカタチにしている先進的企業だといえる。 以 参考資料:「現代の不動産業」 社団法人 不動産協会 「建設白書」(平成12年度) 建設省 6 上
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