物理的な事物・現象に対する興味・関心を高める教材の開発 − 新学習指導要領における物理Ⅰ「電気」の学習を通して − 広島県立廿日市高等学校 島田 俊明 【要約】 本研究は,新学習指導要領における物理Ⅰ「電気」の学習を通して,物理的な事物・現象に対す る興味・関心を高めるための教材を開発し,それを用いた授業を行い,アンケート調査,概念地図 法及び自由記述法などの調査結果について,分析及び考察したものである。文献研究から,興味・ 関心を喚起させるためには,生徒の既有経験を生かすこと,また,物理的な事物・現象に対する興 味・関心を高めるためには,日常生活に結び付いた家庭用電気製品を素材とした教材を用いた授業 を行うことが有効であること,などがわかった。これらに基づいて授業を計画し,実施した結果, 本教材を用いて授業を行うことにより,生徒の物理的な事物・現象に対する興味・関心が高まるこ とが示され,この教材の有効性が確認された。 【キーワード】 教材開発,興味・関心,物理,教育統計 1 主題設定の理由 所属校は,生徒数1300名を超える大規模校であ り,昨年度より学力向上対策重点校に指定されてい る。大部分の生徒は進学を希望しており,学習意欲 も 高まっている。 物理選択者は,物理に関する基本的な知識や計 算力はあるものの,物理的な事物・現象に対して興 味・関心がある生徒は少ない。その理由は,私の授 業が,生徒に対し知識を一方的に教え込むことが多 く,物理的な事物・現象の不思議さに出会わせ,面 白さを体得させることができていなかったためで あると考えた。 生徒に物理的な事物・現象の不思議さに出会わせ, 面白さを体得させるためには,物理学が人間生活と 深くかかわっていることを認識させることが必要 である。そこで,新学習指導要領の物理Ⅰ「電気」 の学習において,日常生活にかかわりの深い家庭用 電気製品を素材にした教材を開発することにした。 この教材を使用した学習を通して,生徒が物理的な 事物・現象に対する興味・関心を高めることができ ると考え,本研修題目を設定した。 科に対する興味を持つ生徒数の割合が減少してい ることを指摘している。日本の児童生徒についても, 小,中,高等学校と学年が上がるにしたがって,理 科に興味を持つ生徒数の割合は減少している。 特 に,日本の高等学校においては,興味がないという 生徒数の割合が,興味があるという生徒数の割合を 上回っていることを,わが国の特徴として指摘して いる。 松原は,日本の高校生について,物理が好きな生 徒数の割合が低いことを報告している。さらに,理 系選択者についても,物理が嫌いな生徒数の割合が 多くなっていることを指摘している。 ところで,図1は,中学校理科と高校物理に対す る好嫌度について,所属校の生徒に対する調査の結 果(現3年の理系選択クラス60名,平成11年度,平 成12年度に実施)と全国の理系の大学生に対する調 査の結果を比較したものである。 63 ポイント減少 所属校 所属校 24 ポイント増加 全国 2 問題の所在 国際教育到達度評価学会(IEA)の国際理科教 育調査やTIMSS−Rは,世界的な傾向として, 年齢の増加に伴って,「理科嫌い」の生徒数の割合 が増加していることを報告している。さらに,国際 理科教育調査では,学年が上がるにしたがって,理 ‑ 41 ‑ 全国 -30 -20 -10 0 好嫌度(ポイント) 図1 10 20 中学校理科 30 40 高校物理 理科の好嫌度の比較 50 ここで,好嫌度とは好きと答えた人数の割合から 嫌いと答えた人数の割合を引いた値で,次の式で表 される。 好嫌度=(理科または物理が好き−理科または物 理が嫌い)と答えた人数×100/全体の人数 この結果によれば,全国の大学生の好嫌度は,中 学校理科の45ポイントから高校物理の−18ポイン トへと,63ポイント減少しているのに対し,所属校 の生徒の好嫌度は中学校理科の19ポイントから高 校物理の43ポイントへと,24ポイント増加し,全国 の傾向と著しく異なっていることがわかる。 私はこの理由を,授業中に宇宙空間での物理現象 や新素材の紹介といったトッピクスを挿入するこ とや,生徒の発表を評価し,自主的に授業に参加で きるよう取り組んできたことなどによって,生徒の 物理の授業に対する嫌悪感の払拭を図ってきた成 果であると思っている。 ところで,所属校において,物理が好きであると 答えた生徒(40人)に対し,その理由を調べてみた。 図2は,その割合を表したグラフである。その結果, 5% 10% 5% 5% 15% 60% 対教師にかかわるもの テストの点がとりやすい 暗記することが少ないから 実験があるから 身近なことが多く興味がある 物理的なものの考え方が好き 図2 所属校における物理が好きな要因 好きな要因が,「対教師にかかわるもの」,「テスト の点がとりやすい」の2項目を合わせて75%を占め ており,「身近なことが多く,興味がある」と答え た生徒は全体の10%であった。 すなわち,私が行っている授業では,生徒に物理 的な事物・現象に対する興味・関心をあまり持たせ ていなかったことがわかった。つまり,物理に興味 がある,と答えた所属校の生徒の割合が低いことは, 前述の国際理科教育調査における,高校三年生の理 系の生徒で,理科に興味を持つ生徒の割合が低いこ とと同様な傾向を示しており,そこに私の授業の問 題があることが明らかになった。 デューイは,こどもの興味・関心に基づいて,教 育課程の編成をすることを強調している。また,下 山は,学習意欲を高めるために,学習への方向付け の重要性を述べ,まず初めに,興味・関心を生かす ことを挙げている。さらに,昭和 62 年の学習指導 要領で新しい学力観が打ち出され,指導要録の観点 別学習状況評価において,「自然事象への関心・意 欲・態度」の観点が,「科学的思考」,「観察・実験 についての技能・表現」及び「自然事象についての 知識・理解」の観点より先に書かれるようになった。 このように,興味・関心は,学習への方向付けや, 教育過程の編成及び新しい学力観の下で,重要な要 素であることがわかる。 また,日置は,「興味・関心は対象と経験との間 に生じてくるもので,対象と経験との間に『ずれ』 すなわち,『少しわかるが,よくわからない状態』 を起こすことが大切であり,既有の経験をよく考慮 して,興味・関心を考えていくことが必要である。」 (注1)と,生徒に興味・関心を喚起させるためには, 既有経験を生かすことが重要であると述べている。 今回の研究の教材開発には,この「ずれ」を生徒 の日常生活の中から見つけ,活用していく必要があ る。本研究では,「よく知っているが,実はわかっ ていないもの」として,電子レンジを教材として使 用することにした。 (2) 興味・関心の評価法について 私の研究においては,興味・関心という情意的領 域を評価する必要がある。クラスウォールらは,情 意的領域を従来の認知的な技法を使って評価する ことは可能であるとし,表1のように内面化のカテ ゴリーを「受け入れ」,「反応」,「価値付け」,「組織 化」,「個性化」に分類し,この順で深化していくと 述べている。 (注2) 3 文献研究 (1) 興味・関心の重要性について ‑ 42 ‑ 表1 クラスウォールのカテゴリー カテゴリー 受 け 入 れ 反 応 価 値 付 け 組 織 化 個 性 化 意味 ある現象に注意すること。気付くこと。 気付くだけでなく,能動的に何かする こと。 一貫した態度で反応し,その現象につ いて価値を見つけ出すこと。 自分の抱いている価値観を体系化し, 価値の間の関連に注目し,優先順位を つけること。 いろいろな場面でとる行動に対して影 響を与える一つの体系あるいは哲学へ と体系化すること。新しい価値と一致 して,一貫した行為をすること。 (3) 日常生活と結び付いた教材の必要性について 大宮は,物理の教科書における「電気分野」の説 明方法を,理論的説明,実践よりの説明,機械・器 具の説明の3種類に分類し,それぞれの説明方法の 全説明方法に対する割合の増減について,明治21 年から平成5年まで調べている。その中で,昭和45 年の学習指導要領の改訂以降,実践よりの説明や機 械・器具を使った説明の割合に比べて,理論的説明 の割合が増加していることに注目している。このこ とが物理嫌いの増えた要因のひとつではないかと 指摘し,電気分野での実物教育の重視を説いている。 また,下條は,物理嫌いの原因として,知識偏重, 探究の少なさ,日常生活から遊離したカリキュラム 内容,学習内容と生徒の認知レベルの不一致,など を挙げ,物理学習をおもしろくさせるためには, 「日常と結びついた内容の盛り込み」を授業で行う 必要性を説いている。 ところで,物理における学習指導要領の大項目の 順序について,昭和35年の改訂前までは,最初の大 項目は「電気」であったが,以後,現行の学習指導 要領まで「力学」になっている。ところが,新学習 指導要領「物理Ⅰ」の大項目は,再び「電気」から 始まっている。その内容には,「生活の中で用いら れている電気や磁気の性質を観察,実験などを通し て探究し,それらへの関心を高めるとともに,基本 的な概念や法則を理解させ,電気の性質と日常生活 とのかかわりについて認識させる。 」 (注3)とある。ま た,中学校理科の第一分野の大項目は,視覚や聴覚 に直接訴える具体的な物理現象である,「光と音」 から始まっている。 以上の文献研究から,私は高等学校の物理の学習 において,中学校の教育過程を踏まえた上で,日常 生活に関わりの深い事物・現象である,電気や磁気 に関する内容,具体的には家庭用電気製品を用いて, 観察や実験をすることによって,生徒の物理に対す る興味・関心を喚起し,高めることができるのでは ないかと考えた。 4 研究の仮説 日常生活に関わりの深い家庭用電気製品を素材 とした教材を用いた学習活動により,生徒の物理的 な事物・現象に対する興味・関心を高めることがで きるであろう。 5 実態調査の方法 (1) 研究授業前の実態調査 平成 13 年5月 18 日,所属校において,2種類の 調査を実施した。対象は,普通科3年物理選択1 組,3組の2クラス合計 62 名である。 ア 興味・関心を評価するアンケート(調査1) 興味・関心の評価をするため,クラスウォールの カテゴリーの分類を参考に質問内容を作成し,アン ケートを実施した。 表2は,カテゴリーと質問内容(略称)を示した ものである。以下,本論文では,各カテゴリーの質 問内容を表2で示した略称で呼ぶこととする。アン ケートは4段階評定尺度法によって実施し,「は い」を4点, 「どちらかといえばはい」(以下〔はい △〕)で表す。 )を3点,「どちらかといえばいいえ」 (以下〔いいえ△〕で表す。)を2点,「いいえ」を 1点とし,その得点により興味・関心の評価を行っ た。 表2 カテゴリー カテゴリーと質問内容(略称) 質問内容(略称) 私のまわりには物理に関連している事物や現象でいっぱ いです(受1) 受け入れ 物理に関する疑問を持ちます(受2) 「電子と原子」 「電場の学習」に興味を持ちました(受3) 物理に関する不思議な事物・現象についてもっと知りた いです(受4) 反 応 物理に関してわからないことは誰かに質問します(反1) 物理に関して生じた疑問を調べます(反2) 物理は好きな教科です(価1) 価 値 付 け 物理の勉強は自分にとって価値があります(価2) 楽しく物理の学習をします(価3) 組 織 化 物理の学習を進んでします(組織) 個 性 化 イ 将来物理に関することをもっと勉強したいと思います (個性) 概念変化を調べるアンケート(調査2) 日常生活と物理的な事物・現象との関連を調べる ために,「日常生活」を鍵概念として,そこからイ メージされる単語(因子)を自由に書かせ,それら を線で結合させる,概念地図法による調査を実施し た。 (2) 研究授業後の実態調査及びその他の調査 研究授業後に,研究授業前と同じ生徒を対象に, 調査1,調査2及び自由記述法による調査を実施し た。 また,分析には,所属校で以前に行われた,コン ピュータの使用経験や進学意識についてのアンケ ート調査(以下,既存調査という。)を利用してい る。 ‑ 43 ‑ 6 研究授業について (1) 日時:平成 13 年6月 19 日〜6月 22 日 (2) 対象:広島県立廿日市高等学校 普通科3年物理選択2クラス 62 名 (3) 単元:物理ⅠB「電流と電子−電流回路−」 (4) 授業の目標 ○ 日常生活を支えている様々な技術には,物理学 の成果,特に電気や磁気に関することが大きく関 わっていることを観察や実験を通して気付かせ る。 ○ 家庭用電気製品と物理の関係を学び,物理的な 事物・現象に対する興味・関心を高める。 (5) 開発した教材の特徴と学習指導案 前述の文献研究に基づき,教材の開発を行った。 本教材の特徴は,以下の5点である。また学習指導 案については,下記を参照のこと。 ○ 身近な家庭用電気製品である電子レンジを用 いて演示実験を行い,日常との「ずれ」を利用す ることで,生徒の興味・関心を喚起すること。 ○ ワークノート(A4カラー版,全5ページ)を 作成し授業を行うこと。 ○ 家庭用電気製品(電子レンジ,電磁調理器,電 熱器)を用いた実験を行い,それらの特性や仕 組みについて考えさせること。 ○ 家庭用電気製品が物理と深い関わりがあるこ とを示すこと。(プレゼンテーションソフトを利 用した教材を作り,電磁調理器の仕組みを説明す る。) ○ 調べたい家庭用電気製品の種類や仕組みなど の内容を,ハイパーリンクにより自由に選択する ことができるパソコン教材を作成し,家庭用電気 製品と物理の関わりについて,生徒自らが調べ学 習を行うこと。 パソコン教材を使った授業風景 7 研究授業の分析と考察 研究授業における教材の評価について,5(1), (2)の調査結果を用いて検証する。ただし,以下事 前,事後とはそれぞれ,研究授業前の調査,研究授 業後の調査を表す。また,文中,各図中の*,** は各検定において5%,1%の危険率で有意差が認 められることを示している。 (1) 本教材の評価 ア 調査1による評価 ① 各カテゴリーの分析 図3は,各質問項目と質問項目ごとの事前と事後 を比較したχ2値との関係を表すグラフである。こ こでχ2値は,事前と事後の偏りの大きさ,つまり 各質問項目の高まりを表している。 学習指導案 学習活動と主な内容 導入 第一時 展開 まとめ 導入 第二時 展開 まとめ ・生徒に,日常生活には家庭用電気製品 が多くあることに気付かせる。 ・電子レンジに蛍光灯を入れ,光らせる 演示実験で興味・関心を喚起させる。 ・電子レンジの使用法を考えさせる。 ・電子レンジ,電磁調理器,電熱器を使 って実験を行う。 ・どの器具が,最も有効な家庭用電気製 品だといえるか推論させる。 ・電磁調理器の特性について着目させる。 ・器具の仕組みを理解しておく必要があ ることに気付かせる。 ・電磁調理器で白熱灯を光らせる演示実 験で注意を向けさせる。 ・電磁調理器と物理学の関連について理 解させる。 ・家庭用電気製品と物理の関係について, 生徒がパソコン教材を使用して,調べ 学習を行い,その関わりについて知る。 ・ワークノートを記入させる。 指導上の留意点 評価 ・座席表で座席を指示する。 ・家庭用電気製品への興 ・自分にとって,身近な家庭用電気製品はなにか, 味・関心 多くの意見を出させる。 ・問題の把握 ・ワークノートを記入させ,発表させる。 ・発問に対する発表活動 ・机間巡視する。 ・使用後の器具は熱くなっているので,やけどに 注意するよう指導する。 ・生徒から多くの意見を出させる。 ・電磁調理器に着目させる。 ・次回はパソコンを使用するので,情報教室に集 まるよう指示する。 ・見えにくい場合は,教卓付近に生徒を集めて説 明する。 ・実物を分解して,その内部を見ながら説明する。 ・生徒の使用経験の有無を考慮し,二人組みを作 り,一種類のみ調べるよう指示する。 ・身の回りにある物理にかかわる事物・現象に気 付かせ,探究する姿勢を持たせるようにする。 ‑ 44 ‑ ・実験の計画性 ・実験の創意工夫 ・実験の技能 ・実験への積極性 ・記録の正確性 ・ワークノートをまとめる ・問題の把握 ・活動に対する積極性 ・探究への意欲 ・記述の正確性 ・物理に対する興味・関心 35 30 20 2 χ 値 25 15 10 5 0 受1 受2 受3 受4 反1 反2 価1 価2 価3 組織 個性 ** * ** ** 図3 ○ * ** 質問項目 * ** ** * 各質問項目の高まりを表すグラフ 「受け入れ」 図3を見ると,「受け入れ」は,4つの質問とも 有意に高まっていることがわかる。 ところで,表3は,生徒一人一人の事前と事後の 得点変化を調べ,得点の増減と質問項目をマトリッ クスにした生徒数の度数分布表である。受2は,1 点減少した生徒数が5人,2点減少した生徒数が3 人の合計8人で,他の質問項目に比べ多い。私は, この理由を,事前における興味・関心の評価が高か ったこと,教材が,結果を与えすぎていたため,生 徒にさらに疑問を持たせる内容になっていなかっ たことが原因である 表3 度数分布表 と考えている。また, 受1 受2 受3 受4 受3は,他の質問項 0 0 0 目に比べ,変化無し 3点減少 0 2点減少 0 3 0 0 の生徒数が 18 人で少 5 1 3 なく,1 点増加した生 1点減少 0 変化無し 33 33 18 36 徒数が 32 人で多い。 1点増加 18 15 32 18 その理由は,質問内 2点増加 7 6 6 3 容が,「電気」の単元 3点増加 4 0 5 2 に限られていたこと, 事前の興味・関心の 評価が低かったこと,物理を受験科目としているこ と(詳細は後述)の3点が要因ではないかと考えて いる。 ○ 「反応」 図3より,反1については,有意な変化を見せて おらず,本研究の中で最も特徴的な質問であること がわかる。事前に「はい」と答えていた生徒が事後 に「はい△」 「いいえ△」 「いいえ」という回答に変 わった生徒数は7名で,調査1の全質問の中で最も 多いことがわかった。この結果を,私は事前と事後 の間に生徒の自主性が育ったので,誰かに質問せず, 自分で調べるようになった,と考えた。また,この 考えによると,先ほどの7名の生徒群は「組織化」 が高まるはずであるが,この生徒群の組織の得点は 減少していた。さらに,各質問の総得点も下がって おり,自主性が育ったと結論付けることはできなか った。そこで,これらの生徒群について,今回実施 した調査結果すべてについて,相関関係を調べ,多 変量分析を行ったが,有意な因子を見いだせず,本 研究でこの理由を明らかにすることはできなかっ た。 また,反2については,有意な高まりを示してい るにもかかわらず,事前で「はい」「はい△」と肯 定的に回答した生徒のうち,25%が事後,「いいえ」 「いいえ△」の否定的な回答に変わっていた。私は この生徒群特有の特徴があるだろうと考えた。そこ で,この生徒群一人一人について,反1と同様の分 析を行った。すると,生徒群全員の家庭にコンピュ ータがあり,ワープロやインターネットを使用して いることがわかった。つまり,コンピュータに対す るレディネスが高い生徒には,今回のパソコン教材 以上に,興味深く,分かりやすいものを既に家庭で 経験している可能性が高く,今回の教材ではもの足 らなさを感じていたと考えられる。 ○ 「価値付け」 図3を見ると,3つの質問とも,有意に値が高ま った項目であることがわかる。その中で,価2は高 まりが最も小さい。この質問は,事前調査で2クラ ス間の平均に有意差(**)があった質問である。そこ で,クラスごとに検定を行った。その結果,1組に ついてはt検定で有意差(**)が出たが,3組はウ イルコクソンの検定を行った結果,有意な差は現れ なかった。 ところで,図4は価2の回答の割合について,ク ラス別に示したグラフである。これを見ると,事前 は,3組の「はい」と答えた生徒の割合が,1組と 比べて高い値を示していたことがわかる。また,3 組の事前と事後について,スピアマンの順位相関係 ‑ 45 ‑ 1組事前 1組事後 3組事前 3組事後 0% はい 図4 10% 20% はい△ 30% 40% いいえ△ 50% 60% 70% 80% いいえ 価2のクラス別回答の割合 90% 100% 割合(%) 数の検定を行ったところ,相関係数が 0.7(**)の高 い相関関係があった。この結果は,事前と事後を比 べて,生徒一人一人の興味・関心の評価が変わって いないことを示している。さらに,事後における1 組と3組の回答の分布が類似していることから,本 教材を用いた授業では,価2について,ある程度ま で値が高まると,それ以後,変容をさせにくいと考 えられる。 ○ 「組織化」,「個性化」 クラスウォールによると,「組織化」,「個性化」 は深化の最終段階であって,興味・関心の範疇では なく,主に適応の範疇とされている。しかし,組織, 個性は本研究の狙いである,「物理的な事物・現象 に対する興味・関心を高める」質問内容である。図 3を見ると,組織,個性ともその値は有意に高まっ ていることがわかる。 ② 各カテゴリーの深化の順序性 本教材における深化の順序を調べるために,次の ような解析を行った。カテゴリーごとに,値が増加 した生徒の総得点を質問数で割ることで,カテゴリ ーの平均増加点とした。また,値が減少した生徒に ついても同様に計算し,その値の絶対値を平均減少 点とした。図5は平均増加点の大きいカテゴリーか ら順番に並べかえ,平均増加点,平均減少点及び合 計点の値を示したものである。なお,合計点とは平 質問内容が不的確であったことが挙げられる。しか し,これらの理由を考慮しても,「反応」が「組織 化」,「個性化」よりも後に深化することは不自然で ある。私は,高校生における,深化の順序は「価値 付け」が「反応」より先に深化する可能性があると 考えている。 イ 調査2による評価 概念地図については,「家庭用電気製品」と「物 理的な事物・現象」の因子を関連付けている場合に ついて,ノバックらの理論に基づき得点化して分析 を行った。すると,事前から事後で有意(*)に得点 が上がっていた。このことから,本教材を用いて授 業を行うことにより,「家庭用電気製品」から生じ た「物理的な事物・現象」の概念は,拡大,深化し たことがわかった。 次に,概念地図から得られた因子の相関を分析し た。図6はその結果を模式的にまとめたものである。 日常生活 事前,事後で 有意な増加なし 事前,事後 で有意に 増加(**) 家庭用電気 製品 事後で相関あり(*) 得点 45 40 35 30 25 20 15 10 5 0 学 校 事後で負の相関(**) 物理的な事物・現象 図6 受け入れ 価値付け 平均増加点 図5 組織化 カテゴリー 個性化 平均減少点 反応 合計点 本教材における深化の順序 均増加点から平均減少点を減じた値である。 図5から,表1で示したクラスウォールの深化の 順序と異なり,「受け入れ」,「価値付け」,「組織化」, 「個性化」,「反応」の順に深化されることが読み取れ る。この中で「反応」が最後に深化することになる ところに特徴がある。この理由としては,教材に生 徒の主体的な行動を十分に取り入れることができ なかったので,能動的な態度を養えなかったことや, 概念地図から得られた因子の相関 すると,事前から事後の相関について, ○「日常生活」から「家庭用電気製品」への概念の関 連付けには有意な増加はなかった。 ○「物理的な事物・現象」に関する項目数は,有意 (**)に増加していた。 の2点がわかった。 また,事後については,「家庭用電気製品」から「物 理的な事物・現象」に有意な相関があった。 これらの結果より,「日常生活」から「物理的な事 物・現象」への概念の関連付けは,「家庭用電気製 品」から生じるだけではなく,他の因子からも生じ るようになったことがわかる。すなわち,本教材を 用いた授業を行うことにより,生徒は,家庭用電気 製品を想起することなく,日常生活の中の様々な事 物・現象を物理的にとらえるようになったことを示 ‑ 46 ‑ していると考えられる。 さらに,事後における「学校」と「物理的な事物・ 現象」に負の相関(相関係数 0.32**)があることが わかった。これらの結果から,本教材を用いて授業 を行うことにより,「物理的な事物・現象」に関す るイメージは,必ずしも,「学校」から想起されなく なったことを意味していると考えている。 ところで,私は,研究授業の内容によれば,「日 常生活」から「家庭用電気製品」への概念の関連付け は,事前から事後に拡大するだろうと予測していた。 しかし実際は有意差が認められなかった。この理由 について,今回の教材として使用した「家庭用電気 製品」に問題があるのではないかと考えた。 図7は,研究授業において,パソコン教材で生徒 が何を調べたかを表したグラフである。これを見る 電子レンジ 5% ラジオ 5% コピー 8% 蛍光灯 3% 気製品と物理の関連」について記述している生徒は 34 人と半数以上に及び,研究授業によって日常生 活の事物・現象を物理的な事物・現象としてとらえ るようになったと考えられる。 生徒の感想のうち代表的なものを,以下に示す。 (表現は生徒の記述どおり。) ○物理の勉強をしていて,ドップラー効果や力学は身 の回りの現象であるなと思っていたけど,身の回り にある電気製品に今まで習った物理と関係がすごく あるとは思わなかった。物理を勉強することは大切 だと改めて思った。 ○今までにないキレイな資料とコンピューターを使っ た授業なので新鮮味があった。 ○世の中すべて物理で解決できそうな気がした。 ○今までの物理は「物理だけの世界」で勉強してきたの だなーと感じる授業だった。現実と物理にはめちゃ深 な,つながりがありまくるものだとわかった。でも少 し家庭科を思い出させるものがあった。 ○この授業を一年のときにやれば,物理好きな人がふえ るだろうと思う。 ○もっといろいろな電気製品のしくみをもっと知りた いと思った。扇風機の羽根を5枚ぐらいにしたらどう なるのか。 電話 37% ワークノートにおける生徒の感想文 扇風機 8% エアコン 10% 図7 テレビ 24% (2) 生徒がパソコン教材で調べた 家庭用電気製品 と,生徒にとってより身近な「家庭用電気製品」と は,「電話」や「テレビ」であることがわかる。私 は,「家庭用電気製品」の中で「調理器具」を用いた が,もっと生徒に身近な素材を取り上げていれば, 「日常生活」から「物理的な事物・現象」への概念 変化がはっきり起こっていただろうと考えている。 ウ 自由記述法における評価 生徒の感想を分析してみると,9人の生徒が演示 実験における「意外性」をあげており,これは日置 の述べている,「ずれ」に相当すると思わる。 次に,パソコンの使用についての肯定的な意見の 生徒が 14 人いたのに対し,否定的な意見の生徒は 一人もいなかった。また,本教材の新鮮さをあげて いる生徒が6人いた。このことから,プレゼンテー ションソフトを利用した説明,パソコン教材を使用 した調べ学習は,興味・関心を高めるには有効な授 業方法であると思われる。 さらに,「物理と日常生活の関連」や「家庭用電 興味・関心の高まりに影響を与える,教材以 外の要因 ア 「日常生活」から想起される「物理的な事物・ 現象」 興味・関心と日常生活から想起される物理的な事 物・現象との関係を調べたところ,事後について調 査1の総得点と調査2の物理的な事物・現象に関す る項目数の間には,やや強い相関(相関係数 0.68 **)があった。 つまり,興味・関心の高い生徒は,日常生活を物 理的な事物・現象と関連付けていると考えられる。 イ 受験科目としての物理 物理を受験科目にすると答えた生徒について,調 査1との相関関係を調べたところ,全質問の中で受 3だけに,有意(**)に相関が認められた。 つまり, 受3については,本教材が興味・関心を高めるのに 有効であったとともに,物理を受験科目とすること が,外発的動機付けになって興味・関心が高まった と考えられる。 ウ コンピュータ 既存調査と調査1との重回帰分析を行ったとこ ろ,「インターネット使用経験」と組織の間に有意 (*)に正の相関があった。 ‑ 47 ‑ この結果から,進んで学習しようとする生徒ほど, インターネットをよく使っていることがわかる。 ただし,これだけではインターネットを使用すれば, よく学習するようになるとは言えない。 一方,パソコン使用経験については,各カテゴリ ーとの間に有意な相関がないことから,今回の教材 の有効性とは無関係であると考えている。 エ 好嫌度 物理と日常生活を関連させた記述(自由記述法か ら抽出)と,調査1との重回帰分析を行ったところ, 受3(**正),反1(*正)及び価1(*負)に有意な相関 が見いだされた。この結果から,物理に関する疑問 を持つようになり,誰かに質問するようになった生 徒は,物理が好きでなくても,日常生活から物理的 な事物・現象を見いだすようになっていくことがわ かる。これは,物理が好きだから日常生活の諸現象 を物理的に見るのではない,と考えることができ, 興味深い。 8 成果と課題 (1) 成果 身近な家庭用電気製品を用いて,物理的な事物・ 現象に対する興味・関心を高める教材ができた。ま た,分析の結果,次のことがわかった。 ア 身近な家庭用電気製品を導入に用い,対象と経 験との間の「ずれ」を利用することで,生徒の物 理に対する興味・関心が喚起され,高まることが わかった。 イ 家庭用電気製品を使った実験,コンピュータを 使用しての説明やコンピュータによる調べ学習 を行うことは,興味・関心を高めるのに,有効で あることがわかった。 ウ 家庭用電気製品を素材とした教材を用いるこ とにより,日常生活の中の様々な事物・現象を物 理的にとらえるようになることがわかった。 (2) 課題 ア パソコン教材については,コンピュータ,とり わけインターネットをよく使用している生徒に とっては,初歩的な印象を与え,興味・関心を高 めるには,さほど有効であったとは言い難い。動 画を取り入れ,クイズ形式の内容にするなど,教 材の工夫が必要である。 イ 生徒の興味・関心をさらに高めるには,生徒 にとって身近な材料や家庭用電気製品を用いた 実験を行うことが必要である。 ウ 今回の研究授業では,大項目の順序が,「電 気」から始まることの有効性を確認できなかっ た。2学年の生徒に本教材を用いた授業を行う ことで,その有効性を検証したい。 【引用文献】 (注1) 武村重和・秋山幹雄(編)『理科 重要用語 300 の基礎知識』明治図書 2000 p.146 (注2) 辰野千尋『新しい学力観に立った学習評価基 本ハンドブック』図書文化 1993 p.68 (注3) 文部省『高等学校学習指導要領解説 理科編 理数編』大日本図書 平成 11 年 pp.65‑66 【主な参考文献】 (1) 国立教育研究所『理科教育の国際比較』第一 法規 平成5年 (2) 下野洋「第三回国際数学・理科教育調査−第 二段階調査−(TIMSS‑R)」国立教育研究所 平 成 12 年 (3) 松原静郎「理科嫌い・理科離れの現状」理科 の教育 6月号 東洋館出版社 1994 (4) 国立教育研究所「大学一般教育における自然 科学系科目受講者の科学的態度に関する調査 研究」科学研究費報告書 平成4年 (5) 下山剛『学習意欲の見方・導き方』教育出版 1985 (6) 大宮輝夫「理科(物理)に興味を持たせる取り 組み」理科の教育 12 月号 東洋館出版社 1999 (7) 下條隆嗣「『物理嫌い』と日本の物理教育」 理科の教育 6月号 東洋館出版社 1993 (8) J.D.ノバック&D.B.ゴーウィン:福 岡敏行&弓野憲一(訳)『子どもが学ぶ新しい学 習法−概念地図法によるメタ学習−』東洋館 出版社 1992 (9) 岩井勇児『児童生徒理解の統計法』福村出版 1992 (10) 柳井久江『4Steps エクセル統計』オーエム エス出版 2000 ‑ 48 ‑ ‑ 49 ‑
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