45号 - 社会医療法人北楡会|札幌北楡病院

エルム第45号
発
行/特 定 lヽ 療 法 人
北楡 会 札 幌 北 楡 病 院
編
集/広 報 委 員 会
責11者 /1
71
発行 日/平 成23115月
透
16日
この度 の東日本大震災で被災をされました皆様には心よりお見舞いを申 し
上げます とともに、亡 くなられた方々に哀悼の意を表 します。
被災地の透析患者 さんを
北海道に受け入れました
毎年 5月 には北 海道
も桜 の季節 とな り、 日
本 としては遅咲 きの春
とい うことで した。
多 くの 人が内陸 に移動 しましたが、仙台
では透析 も困難が生 じ、思 い切 って北海道
へ の透析息者 さんの移送 を決定 され ました。
東北 と北 海道 は透析療法学会で これ まで
に2回 交流 があ り、お互 いの顔 も判 つてお り
を迎 えます。新人歓迎
ま した ので 、あ とは行政 との 交渉 で した。
会や花見な どで盛 り上
げる頃ですが 、今年 は
日本透析医会、厚 生労働省、内閣 rfを 通 じ
て航空 自衛隊が動 き、80名 の 透析患者 さん
そ うはい きませんで し
を千歳 まで運ぶ 事 がで きま した。 そ の 後 、
札幌 とその l辺 の 透析施設 に入院 させ て い
た。東 日本大震災では
地震、津 波、原発事故
と トリプ ルバ ンチ に見舞 われ 、 日本 全国が
大衝 撃 を受けて い ます。
東北太平洋岸 は津波 で 人破 しま した。透
析施設 も例外 ではな く透析治療がで きな く
lp・
ただ き透析治療 を継続す る事 がで きました。
今後 は東北 の復興、 また、われわれ とし
ては透析施設 の安定 を願 わず にはお られ ま
せ ん。毎 日の 日常業務 を こな しつつ 、皆様
とともに元気 な日本 の復活 を期待致 します。
な り、多 くの 人が海岸地方か ら内 Ft_の 透析
施設 に移動 しま した。 しか し、受 け入れ側
も物 資 、人的動員が不足 し、 1日 に2時 間 の
透析 で 食餌 もわずか しか支給 されなか った
鶴 さ
副院長
●関連記事が本誌 4-5ペ ージにあります。
な医療 を提供 し考
‐
:'乳者さんの権利 を尊重 し、分 か りやす い医療 を行
子
患者 さんの安全 を保障
久本田和丘
0し て治療歴
病 院紹介 シ リーズ
の最近 笏
化器
0-― 一一多発 艦骨麓層 に関連 して
血液悪性 腫瘍 に対す る薬物 療法 の進歩 は
目覚 ま しい ものが あ り、新 しい抗 がん剤 の
開発、造血幹細胞移植成績 の改善、抗が ん
剤治療 の 補助療法 の進歩 な どによ り、かつ
ては難治 と考 え られて きた病気 の治療成績
も改善 しつつ あ ります。 多発性 骨髄腫 は 、
自血 病 や悪 性 リ ンパ 腫 と並 んで頻度が高 い
血液悪性 腫瘍 で 、 白血球 の一 種 で あ る形質
細胞が腫瘍化 して発症 します
(図 1)。
1960年 代 よ リメルファランとプ レ ドニ ン
を用 い たMP療 法 が試 み られ標準的治療 とな
りま したが、病気が高齢者 に発症す る事 や 、
抗 がん剤 の感受性 が 自血 病 や リ ンパ 腫 に比
べ低 いこ とか ら、病初 はMP療 法 が有効 な場
合 で も再発・ 再燃す ることが 多 く、生存期
間 は診断後 か ら平均約 3∼ 35年 、再発後 か
ら約 1∼ 15年 とされて きました。
1980年 代 に 自家末梢 血 幹細胞移植 を併用
した大量化学療法が行 なわれるようにな り、
移植が可能 な60オ 台前半 まで の患者 さんで
は無憎悪生存期間 (病 気 の進行が停止 し治
療 が不要 となる期 間)の 延長が期待で きる
よ うにな りま した。 しか し、移植が受 け ら
れな い高齢 の息者 さんが 多 く、移植後 も多
くは再発が認め られるため、最近 はサ リ ド
図2
移植後再発 に対す る新規薬用の効果
国 1 骨贅■綱胞
特徴 としては、
1)骨 髄 で腫瘍細胞 が増殖 し貧血 をきたす
2)M蛋 白 と呼 ばれる異常免疫 グロプ リンが
血液中で増加 し腎臓 な どの 内臓機能が低
下する
3)骨 に溶骨性腫場 を形成す るため、病的骨
折や高 カルシウム血症 をきたす
など多彩 な症状 を呈す る疾患です。
●
1‐
■●●口 1月 )
―
Bbod (200)
マ イ ド、 ボルテゾ ミブ、 レナ リ ドミ ドな ど
の新規薬剤 と呼 ばれる抗 が ん剤 による治 療
に期待 にかけ られて い ます。実際 、移植後
の再発時 に これ らの薬剤 を投 与す ることに
との比 較試験 ではDcxaの 奏功率 が 18%で あ
ったのに対 し、Borは 43%と 優 れてい ました。
また、BOrと Dexaの 併用 による奏功率 の増加
が 認 め られてお り、通常併用 で投与 されて
よ り、生存期 間 の 延長が もた らされる こと
が明 らかにされてい ます (図 2)。
い ます 。副作 用 と して は 、末梢 神 経 障害
現在、再発 難治性 の 多発性骨髄腫 に適
応が認め られて い る これ ら新規薬剤 の特徴
につい て以下 にご紹介 します。
肺障害 などがあげ られ ます。治療 開始後 の 、
帯状疱疹 の合併 に注意が必要 です。
1)サ リ トマ イ ド (サ
3)レ ナ リ ドミ ド (レ ブラミ・ド
レ ド●)
サ リ ドマ イ ド (以 下Thalと 略す )は 1957
年 に鎮静 睡眠作用 を もつ 内服薬 として発
売 され ま したが、催奇形性が問題 とな リー
旦製造 中止 とな りま した。 1990年 代 に多発
性骨髄腫 に対す る有効性 が 明 らか とな り治
療薬 と して復活 しま したが、過去 の反省 か
ら薬 害防止 のためTERMSと 呼 ばれる薬剤管
理 シス テ ムの もとで安全性 に配 慮 しなが ら
投与 が再開 されま した。治療効果 としては、
再発 難治性骨髄腫症例 に対 しThalを 単独
投与 した場合、奏功率 (治 療 に よ り少 な く
と も血 中で50%以 上、尿 中 で90%以 上 、治
療 の 目安 とな るM蛋 自量 が 減少す る割合 )
は25-30%。 ス テ ロ イ ド剤 のデキサ メ タゾ
ン (以 下Dexaと 略す )と の併用 では、奏功
率 が41-65%に 増加 します。従来の抗が ん
剤治療 との比較試験 では3年 生存率 は60%と
抗が ん剤治療 の26%よ りも優 れてい ました。
副作用 と して は 、末梢神経 障害
(し
びれ )、
便秘、眠気 、静脈血栓症 (血 行 障害 )な ど
があげ られ ます。
2)ボ ルテゾミブ
(し びれ )、 便秘 、下痢 、血球減少、薬剤性
●)
(ベ ル ケイ ド
ボルテゾ ミプ (以 下Borと 略す )は 、細胞
内 のプ ロテアゾ ー ム と呼 ばれる蛋 自分解機
構 の働 きを阻害す ることによ り、腫瘍細胞
死 を 引 き起 こ します 。 注 射薬 で あ り、再
発 難治性骨髄腫症例 を対 象 とした臨床試
験 では単独投与 での奏功率 は2743%、 Dcxa
)
レナ リ ドミド (以 下Lcnと 略す )は 、Thal
の誘導体 と して 開発 された内服薬 で 、Thal
と比較 して強 い免疫賦 活作用、抗炎 症作用
を発揮 します。再発 難治性骨髄腫症例 を
対象 としたLcn+Dcxa併 用療法 とDexa単 独療
法 の 比 較 で は 、奏功 率 、平均 生 存 期 間 で
Len+Dexaが 優 れ て い ま した (奏 功 率
;
Len+Dexa 60 6%vs Dcxa単 独 219%、 平均生
存期 間 ;し cn+Dcxa 38 0ケ 月 vs Dcxa単 独
316ケ 月)。 Lcnは Thalと 同様 にRcvMa∝ と呼
ばれ る薬剤管理 システムの もとで投与 され
て い ます。副作用 としては、血 球減少、感
染症、末梢神経障害 (し びれ)、 静脈 血 栓症
(血 行障害 )な どが あげ られ ます。
これ ら新規 薬剤 は、それぞれ単独 での治
療効果 はやは り限 界 があるため、新規薬剤
同士 あるい は従来 の抗 が ん剤 との組み合わ
せ に よる多剤併 用療法が検 討 されてお り、
今後 さらに治療成績 の 向上が期待 されて い
難治性 の 多発性骨
髄腫 のなが 保険適応 として認 め られて い ま
ます 。 また、現 在再発
すが、骨髄腫 の初 回治療 として も検討が進
め られてお り、今後 これ らの薬剤 を中心 に
骨髄腫 の新 たな薬物治療 が 開発 されてい く
もの と考 えられます 。
内科・血液内科 統括診療部長
小林
直樹
どん車が混 んで きました。 これでは会議豹 ‖は厳 し
いかなとあせ って きます。午後411t頃 に天王洲アイル
栗 日本 大 震 災 の と きに
札幌北楡 病 院
副院長
久本 田和丘
東北地方太平洋沖地震 と気象庁 より名前 をつ けら
れた災害 は、その後、津波被害 と原子力発電所被害
も加わ り地震 とは別 に、政府 は東 日本大震災 と名前
をつ けました。
平成2年 3月 ‖日金曜 日の地震当日に私は東京で会
議 があるため東京 モ ノレールに乗 ってい ま したが、
午fr2E48分 整備場駅で停車 いた しました。 モノレー
ル列車 の横揺 れがあ り「あ ―揺れてい るな」程度 し
か思 い ませんで した力 一部 の 人たちはあわてて駅
'、
に降 り立ちました。半分 くらいの 人たちはまだ座席
に座 ったままで、本 を読 んだ りしてい ました。
1週 間 ほ ど前 に娘の い る岩手 で 地震があ つたので 、
携帯電話 を力■ナましたがつ なが りませんで した。 メ
ールで「地震あ り、そ っちは大丈夫 ?」 と入れてお
きましたが、これは届 きました。
札幌 の 自宅 へ の携帯 もつ なが らず、 メールで安否
を聞 くと盛岡は停電 とただ事 ではない ようです。数
分た って もモ ノレール は動 かず 、乗務員の指示 で駅
に降 ろされ ました。駅 も高 い ところにあるので階段
をお りて改札 回の近 くまで降 りましたが、人が多 か
ったため一時的 にと駅外 に出 して くれま した。整備
場近 くには航空会社関係 の ビルが建 ってお り、多 く
の人が ビル外 に出て不安げに何かを話 してい ました。
その間にも余震はグラグラときてお り、電柱 など倒
れてこないか心配で 見上げ てい ました。携 帯 で情報
をとってい る人がい て、地震 は東北沖 が震源地 でか
なりひどい ようです。地震発生 は午後 時 分、 した
ルに乗 って
がって地震で揺れてい る2分 間はモ ノレー“
いたので した。整備場 一帯は埋め立て地で津波 が来
まで来て ビルの情報案内板 を見ると、新橋まで90分
の渋滞 と出て い ます。 これでは着 いた として も会議
終了 の時間です。万 一 、モ ノレールカ勁 けば と思 い
タクシー を降 りて天王洲 アイル駅 に行 きました。途
中の ビルか らは水道管 の破裂で 3階 付近 か ら水 が ジ
ヤージヤー と流れ出て 1階 の歩道 を水浸 しに してい
ます。幾分遠 い ところか らは火 災力宅 こったら しく
黒 い煙が上空に流れてお り、なにか しら映画でみた
シー ンカヽ
思い出されました。
駅 では何組かの 人たち力■k札 口付近で モノレー ル
の再開通 を待 ってい ました。携 帯電話 力樋 じないの
で駅にある公衆電話力瀬 りです。 コ インをもって掛
け ようとしま したが駄 日で した。 カー ド専用 です 。
近 くの売店 で買 お うとす ると売 り切れで した。なん
とな く淡 い不安感力漕 をもたげて きます。 まわ りに
数人の男女 グルー プが い ました。その 中の一 人の女
性が カー ドを使 って電話を してい たので、かけおわ
った時 に使 った分 はお支払 いすると言 ってカー ドを
借 りま した。 会議場 に電話 をすると同 じ状況 の人た
ちが い るよ うであ と一 人の参加 で 会議 は成立するけ
れど、今回は不成立 、再度開催 との事 で した。
これか らはやること力`
あ りません。 日帰 りの予定
で したか ら午後 7時 Ю 分 の航空券が とってあ り、改
札口に張 ってある羽田空港 は閉鎖中の知 らせが 変 わ
るのを待 つ だけで した。 もちろんモ ノレール もス ト
ップの ままで したが、駅駅 と違 って それはど混雑 は
あ りませんで した。待 つこ と約2時 間、最初か ら段 ボ
ールや敷物 の うえで待って い る人、そ して本 を読 ん
でいる人、音楽 をイヤホーンで聞 いてい る人、お し
ゃべ りで過 ご してい る人 とさまざまで したが、状 況
は一 向 に変 わ りませんで した。午後 6時 、 ここで札
たら一飲みか との不安 もよぎりま した。Rも 高速道
路 もス トップ したとい うことも判 りました。
幌 への帰宅 をあ きらめ ました。ホデル を探そうと思
会議 は午 l14時 予定 ですが午後3時 を過 ぎてもモ ノ
レール は一 向 に動 く気配 は な く、 タクシー だけは散
した。品川行 です。全 くのろのろで した力ヽ あ とか
発的に整備場駅近 くにも走つてお り、待 っている人
たちは少 しずつ タクシーに乗 って移動 を始めました。
災害 の時 には天気 も影響 されるようで、一時的 に雲
が多 くな り雨 も降 って きま した。
ったのです。モ ノレール駅下にはパ スが走 ってい ま
ら考 えると携帯電話が通 じな くて も公衆電話 を使 っ
て何 とか早 めに予約 を してい たら、宿泊が で きたの
か もしれ ません。で もあ とか らの話ですが、ある企
業が社員のために早 々 に市内のホテルは予約 してい
私 も午 l13時 15分 にはモノレー ル をあきらめ、近 く
に来た タクシー を止めて東京駅近 くの会議場 へ 向 か
たとも聞 きました。 これは定かではあ りませ ん。
階段 をお りて品川駅行 きのパ スに乗 りました。あ
い ました。運転手は裏道 を知 ってい るからと言 つて
まり混んではな く、後ろか ら5ヽ 6列 目の席 に座 りま
比較的 スムースに都心 に向 かい ましたが、途中どん
した。近 くに外国人女性 1人 を含む女性陣力も名ほど
乗 り込 み 、私 の後方に座 りました。時折英語交 しり
の言請か後ろか ら案 して つに■に人 り、辰災甲であ
じ1よ うくして、ホアルのスタツフか姜曇場 C便 にな
る緊迫感 はあ りませんで した。 しか しバスはほ とん
ど動 きません。何人か力堤 転手 に降 りたい 旨を告げ、
って もよい 旨教 えて くれ、 シー ツと毛布 を貸 して く
降 りて歩 き出 しました。 バスは置 いて きは り状態で
す。たまらず私 も降 りるつ もりにな り、後方 の女性
に品 川 と浜松 町 どち らが 近 い か を聞 きま した。
れ ま した。私が入 つた時は毛布がな くな ってお り、
シー ツを敷 いて シー ツを上に力ヽナ、横 になる ことに
な りました。近 くにい た男性 はパ ソ コンを使 つて情
3人 が一斉 に浜松町 はちょっと遠 い と答 えて くれ
報 を得 て い ました。その 人がホテ ルで 出 して くれた
ペ ッ トボ トル を 1本 持 って きて くれ ました。その夜
ました。 モ ノレール沿線 だったので私は浜松町の方
は固 い床 の上で余震 を何回か感 じなが ら眠つた り目
が近 い と思 ったからです。運転手に自分 も降 りる こ
が さめた りです。深夜、 しか しなが ら新幹線列車 が
とを告げ、教 えられた道 を歩 きました。歩 いてい る
走 っているの力'見 えました。
2、
人が多 くい る中、 自転車 は車道 を走 り、人、車 を追
朝611、 とな りの男性がモノレールは動 くとい う情
い越 しす いす い進 んで行 きました。 よ うや く私 は30
報 を教えて くれ、一番 で出て行 きましたが、私は7時
過 ぎに洗面所 で いつ もカバ ンに入れてい る とゲ剃 り
分位で品川駅港南口につ きました。
私の 緊追感 はまだ十分 ではな く、以前何 回か行 っ
たこと力`
あるカイロプラクテ イックの店力 るので、
と歯 プラシで準備 をしてモ ノレールで空港へ 行 きま
そ こに行 きました。周辺は人力=多 くコンピニ も人力`
てい ました。 しか し空港 は 人だらけです。空席待 ち
並 んでいました。東京だからかと思 ってい ましたが、
大変な ことになっていたのです。
本当はもう東京中力`
とか、どこ行 きと力河 列か力眼 くうねってい ました。
2、 3ケ 所並 び換 えました。 どこに並 べ ばよいか 良 く
カイロで腰 を治療 し、品川駅 高輪口 に出 ました。 カ
わか りません。その うちアナウ ンスでオL幌 行 きは…
イロの店で「何 かあったら午後8時 まで空けてい るか
と聞 こえたので そちらに行 きました。表示で札幌行
ら寄 って ください」 と言 われたのですが、大 きな意
きが空席あ りか らな しに換わ りました。 しか しその
味 があったのです 。 びっ くりする くらい大勢 の 人が
まま自分の番 まで待 ち、席 を頼むと空席があ りまし
歩 いて大移動 を してい たのです。車 も大渋 滞、かろ
た。みると全体 どこの空港行 きもほ とんど満席 の表
うじて自転車が早め に移動 して い ました。 この 日、
示 で した。朝食は空港で食べ たと思 い ますが、よく
自転車力飛 ぶ ように売 れたよ うです。普段 も混雑 し
覚 えてい ませ ん。
'あ
した。 モノレールはJRが まだ動 いて ないせいか空 い
てい る品川駅周辺 ですが 、 これはただ事 ではあ りま
飛行機 に乗 ると空席が目立 ちます。思 うに陸路 の
せ ん。品川 プリンスホテルに行 きましたが ここも行
進断により空港 まで来 られなかった人が 多かったの
列、宿泊不可能 です。別 のホテル も無理で した。
どこか小 さい所 で もと思 い 、 プ ロプ ロ と歩 く人達
で しょう。 こ うして私 の場合 は、比較的運が よ く札
に混 ざつて北品川方向に向か い ました。居酒屋や喫
茶店な どにも人がた くさん入ってい ました。 ウィー
幌 に戻れました。 これが私の ミニ災害 日記です。
その後 のニュー スで大震災であることが少 しず つ
わかって きました。阪神淡路大震災後、 い ろいろな
クリーマンシ ョン、小 さな旅館 など数件みかけ まし
所 でその対応策が考 えられてい ましたが、透析に携
たが、みんな表 に本 日清員 と貼紙が してあ ります。
わつている私 は、透析患者 さんのことを考 える必 要
当 日歩 くこと150Ю 歩、 またモ ノレールの 天王洲 ア
があ りました。北海道透析医会、札幌透析医会、北
イル方向 に行 きました。午後8時 頃、 ビル内の飲食店
海道透析療法学会が合同 してその件 につい て至急対
はいっぱいです。無理 とは思 い なが ら第一ホテ ル東
策 を練 り、その後80名 の透析患者 さんを空輸 し、札
京 にたどり着 きます。 ここ も同様です。 レス トラン
も飲食は、飲み物 とケーキ、つ まみ しかあ りません。
幌市内の透析施設 に送 り届け ました。
さす力■こ空腹 を覚 え、 ビール とピーナ ッツ、ケー キ
2個 を注文 しました。そんなもの しかあ りませんで
した。 レス トラ ンは午鶴
終了、残 ったピーナ ッツ
をポケ ッ トに入れ フロン トの椅子 で座 る しかあ りま
せん。 トイレと水 はホテルにあるので 、何 とかなる
と思 ってい ました。少 しず つ私 の よ うな人が ホテル
に増 えて きま した。座 り込 む人連 もでて きました。
今 も原発問題は長引 い てい ます。 多 くの犠牲者 に
ご寄 せ て
ス タ ー ト′
から
″らな
森
祐香
私 は息 者 さん の気持
ち を常 に理 解 しよ う と
努 め 、気持 ちに沿 つた
援助 を行 える よ うな看
/
護師 を目指 したい です。
患者 さんは思 つているこ とを全て表現 す
ることはな く、 また、 表現 した くて もで き
ず にい ることが あ る と思 い ます。看護 師 と
して、息者 さんの言動 に隠 れて い る本 当 の
思 い を把握 で きる よ うに、 よ り息者 さんの
臨床実習で 、自分 の したい事 が うまく出
来ず に悩 んだ り様 々な場面で看護 の難 しさ
を実感 しました。実習 で感 じた り学 んだ り
得 た ものが多 くあ り、同時 に 自分へ の課題
も知 ることが出来たので、その学びを今後
しっか りと生か してい きます。
看護師 としてこの北楡病院で勤務す るこ
とは、私が看護師 としての目標 を達成す る
ために、 また学びたいこ とを勉強す るため
に最 も適 した環境であるので 、物事 に積極
的 に取 り組 み 自分 自身 を高めてい きたい と
思 い ます。
こ とを知 りた い 、 とい う気持 ちを持 つて一
人 ひ と りの患者 さんに接 す ることが大切 で
あ る と考 えます。そ のため 、 日に見 える こ
とだけではな く、広 い視野 を持 って、患者
さんの 全体像 を捉 え られる よ うにな り、息
者 さん一 人 ひ と りに とっての最善 の看護 が
提供 で きる よ うな看護 師 になれる よ う努 め
て い きた い で す。 また、常 に疑間 を持 ち、
わか らない こ とはわか らない と言 え、 自分
の 意見 を持 って 成長 で きた らと思 い ます。
探求心 を忘 れず に頑張 りたいです。
小林
愛
看 護 学 校 を卒 業 し、
自分 が どの よ うな看護
師 を目指 した い と考 え
て い るのか 明確 にな り
ま した。 私 は今後看護
師 と して働 くにあ た り
患 者 さんが感 じて い る不 安 や心 配 は な に
か、 どの ような看護 を必 要 としてい るのか
考 える ことがで き、息者 さんに寄 りそうこ
とがで きる看護師 を目指 したい と考 えてい
村井
優香
看 護 学 生 と して 辛 い
実 習 を経 て 、 国家試 験
に 合格 し、 ず つ と 目指
して い た 看 護 師 に なれ
た 今 、正 直喜 び よ りも
不安 の方 が大 きく感 じて い ます。学生の と
きとは違 い、 自分が持 つ責任が よ リラ
にきく
なる事 で、今 まで以上 に気 を引 き締めた行
動 を してい きたい と思 い ます。
ます。
自分 の考 える看護 を実践 で きるように、
日々学習 を重ね、わか らないことを解決 で
きる よ うに先輩方 に質問 や相談 を行 い成長
してい きたい と思 い ます。 また、自己管理
を行 い体調 を崩す ことの ない よ うに してい
きたいです。新人看護師 には、学生 のころ
とは違 い医療職者 としての責任 が重 くなる
ため、看護師 と して働 く自覚 と責任 を持 ち
なが ら日々の看護 にあた りたい と思 い ます。
平成23年 3月 2日 (水 )、 みんなで何 日も前 から準備 をした手作 りのお楽 しみ会がひらかれま
した。ひな祭 りの由来 について調べたことを発表 した り、文字や写真 を使 ってならびかえクイ
ズをしたり、 とつても楽 しい会になりました。
また、今回は琴 の演奏 もあ りました。琴の音色が響 くと一瞬でひなまつ りらしい雰囲気 にな
りました。演奏 して くれた大島みづ きさんは、
「中学校一年生から琴を始めました。 とても緊
張 しましたが、みんなに喜んで もらえて うれ しいです」 と笑顔 で語 つて くれました。ぜひまた
演奏を聞かせて ください ♪
J
琴の油奏 して くれた大島 さん ♪
院内 9箇 所 に「ご意見箱」を設置 して
い ます。寄せ られる投書は、設備や環境
への要望や、職員の対応への苦情や感謝
などさまざまです。記名で頂いたご意見
へ は個別 に回答さしあげていますが、無
記名や連絡先が書かれていない場合 は、
院内の掲示板 引鴇鯛■ 外来外待合室)
にて回答 しています。
“
こうして欲 しい !ど うしてなの ?
こ意見お寄せ下さい。
I東 棟】
・ 外来外待合室 ・ 公衆電話コーナー
・1病 棟デイルーム
・2、 備 棟ナースステーション
西棟】
【
・ AOC前 ・ 5病 棟 デイルーム
・ 6、 7病 棟 ナ ースステ ー ション
外来診察担 当一覧
月
り
‖ オ
f 工
‖
藤
小笠原
今 井
田
午前
交代医師
藤
山
村 高 野
桐
小 笠原
11
濯
署 1寸
伊
横
川
片
※4
太
藤
内川
伊
午後
嶋
灌
l
ロ オ
腎臓内科
土
皆山
田
山野井賀
Li
木 平今佐
太
中
11:1:」 1
“
伊
藤
儀
間
'畢
伊
藤
黒
科
米 川 久 本田
古井/飯 田
(鳳 遇
交代
寺橋
野
小土
目
黒江
※5(隔 週で午前/午 後 お らかの診象となります)
目堀
置田
上坂
外
Jヽ 林値)
午前
桐哺
│:::__lll
井
午後
野端
小 笠原
※1今 井 中 田
井 端
●尿 Panll
循環暑内科
※4
Jヽ林(戯
嶋
午前
平江
田
中
午後
井賀
午前
金
木
L
△7件
今
午後
野
佃
免疫僚法
予約1)
(完 全
水
藤古
佐
工 長・
村桐
高
山野井 川端
午前
木平今山江
働山端
午後
川片
消化器内科
椰木井
内 科
血液内科
原井 田内 野 藤 野
笠
小今太皆今 ‘星
午前
火
戊2314サ 11 ■ ′
F'
(ヤ
後膨 谷
(鳳 週
交代
坂
田
)
久木 田
※6堀 江
交代医師
)
外fl
烙尿呂n
“
IIn移
整形外科
(※ 2)
(※ 2)
東
.1止
田
安
小児科
三 浦 (,30∼ )
三 浦 (,30∼ )
小
高
本(1) 4淋 仰
ヽ
」林(粉 鈴木/佐 野
側 交代
71Ч
林 (非 5)
東
橋
/1ヽ
安 田
林 (邦 )
│
※3小 林 (良 )
(血 液外来)
高
橋
安
田
安 │■ 交代医師
※3′ ‖
lヽ
(良
)
スリープ外来
中
尾
中
ベイ
ンクリニゥク
(彙 全予約J)
口
ヽ
口
関
(完 全予
関
口
,召
,▼
関
ロ
)
尾
関
ロ
関
口
関
"J)
ロ
※1 内科 :火 ‖
r日 午後 の 今り
「 は 1,lXl∼ 1000セ カ ン ドオ ピニ オ ン外 来で完 全 予約制 で す
‖欠印
※2 T搬 移植外科 、泌 14N器 科 は原則 と して 予約診療 に な ります .
※3 小 り
こ科 :木 曜 日は ml液 外 来 金曜 日の 午 後は長期 フ ォ ロー ア ップ 外 来、 セ カン ドオ ビニ オ ン外
※4
※5
※6
◇
来の ため完 全 予約‖1で す
消 化器内科 :木 曜 日111を の I讐 医師 は 1,CXl∼ 10∞
ビ ロ リ菌 1,用 外来 (予 約制 )で す
価環 器内科 は診療時‖│が 午前 と午後隔週 で 人れ 替わ ります .来 院 前 にお 問 い 合わせ くだ さい
外科 1金 曜 日午前用江医 llIIは 930∼ 1130フ ソトケア外来 で完 全 l約 静│で す。
矢印
「の 淵
に よ り変 更 となる場 合 がご ざい ます ので 予め ご j承 くだ さい。
`合
く
外来予約
電話受付〉 平 日のみ
予約
午前
午後
9時 00分 ∼12時 00分
13時 30分 ∼16時 00分
用 ダイヤル TEL 011‐ 865‐ 0201
注 :● 料の予約は 011・ 8650111(病 院代豪■鮨です)
● 1約 の際 に受診本卜
、氏名、生年月 Hを お知│ら せ ください。
● HI‖ ‖、祝 Hは 診療 をしてい ません。
● Iilr‖ は F約 診療 を行 ってい ませ ん。
● F約 がな くても診察を受けることがで きます。
● 診療 の際 に、前後の忠 竹さんの状態 で、多少時亥Jが 変わることがあ ります。
4Z卜ご C■
lゴ≧
「
子供 のころか ら自他 ともに認 める無精者で、
家ではじっとしていることが多い。冬 は自宅に
帰 るとこたつの中に入つたままだ。もし人間に
生まれていなかつたらきっとアマゾンに生息す
るナマケモノだったにちがいない。
数年前、就職を機 に一人暮 らしとなった。ア
パー トはなるべ く狭い部屋 を選んだ。手を伸ば
せば全てのものに手力堀 くからだ。
動かないで済むための便利 グッズを見つける
職場の先輩からメールが来た。スノーボー ド
で転倒 し足 を骨折 したので しばらく休 むとのこ
とだ。 この先輩 は快活でカッコよく職場の誰か
らも人気の先輩だ。
お見舞いに何 を持 つていつたらよいのか思い
つかず、便利 グッズの予備の箱 をその まま持 つ
て行 った。
思 ったより元気そうで手術 をして一カ月もか
からず職場に戻れるとのことだった。
数日がたつた頃先輩から「文字通 りかゆい所
とす ぐに手に入れた。初めは1∞的 シヨップなど
で安い ものを買 っていたが、品質にもこだわる
に手が届 く見舞いの品ありがとう。 どれも気が
利いていてとても重宝 しています」 とい う内容
のメールをもらつた。
ようになった。そ して見つけた時は同 じものを
一度に2∼ 3個 購入するようにした。
思い力ヽナない言葉 に自分の性格が少 しでも人
の役 に立った気が してとても嬉 しくなった。
一番重宝 しているのはマ ジックハ ン ドだ。初
めはおもちゃ屋さんで買 つてみたが、使用頻度
退院間近、休み中の仕事の資料 などを届けに
が高 く安物 はす ぐ駄 目になつた。数千円も出せ
ばかなり精巧なものがあ り便利なことは言うま
行 つた。元気な先輩が明るく迎えて くれた。で
も私の持 つて行 った便利 グッズが置いてない。
でもない。慣れてきて寝たままで靴下や下着 を
着替えることも可能になつた。
次に便利 な物 は手鏡。 これがあれ哺須を向け
なくていい。手鏡を持 つていない頃、読みたい
本が頭の上の方 にあることを思い出した。す こ
し身体 をずらして探せばいい ものをそのまま顔
だけ捻 つたものだから肩が 「グギつ」 と鳴つて
しばらく痛みが取れなくなった。
身の回りに電化製品は多い。それぞれを使 う
たびにコンセン トにつなぐのは面倒だ。私 はタ
コの形をしたテーブルタップを持 つている。頭
のところにコンセン トの差 し込み口があ り、数
本の足の先の部分 に電化製品の差 し込みロカ対
いているのだ。文字通 リタコ足配線のタップだ。
他 に身近 に物 を吊るせる S字 フック。先が山
がるス トロー。夜でも照明スイッチまで歩かな
くて良い ように小 さな懐中電灯。集めるのが趣
味 になったようだ。
これらをこぎれいな箱 に一まとめにして予備
のセットも作 つた。
「Itっ ていないのかな ?実 はたい して喜ばれなか
ったのかな ?」 す こしさみしい気持ちになった。
そ こに、見た事 もない きれいな女性が病室 に
入 つて きた。だいぶ親 しそうだ。まるで奥 さん
のような雰囲気で私 に挨拶 をして先輩の身の回
りの世話をした。そ して売店に買い物 に出て行
った。
先輩は笑顔で彼女 を見送 りながら私 に「ごめ
んな。彼女が来る時は君 にもらった便利 グッズ
は隠してお くんだ。彼女 は私 にわがままになっ
てほしいみたいだからな」 とのろけた。
家に帰 り、いつ もの弁当屋 で買 つた弁当 を、
いつ もと同じようにレンジで温めて食べた。湯
気が出ているのにその 日は冷たく感 じた。そし
ズを
て、
ずっ
舞。
防災訓練 の取 り組み につい て
当院では年2回 、火災 を想定 した避難コ1練 を実施 してい ます。4月 は新人教育 の一環 として
新入職員 も参加 して『昼間の火災Jを 想定 した訓練、H月 は「夜間の火災Jを 想定 して (財 )
札幌防災協会 の指導 の下で検証訓練 を行 つてい ます。消防法 ・建築基準法 などの規制に よ り
り 者 ご ま
る 署 き
火災 などの災害が発生 しに くい構造 になってい ますが、今回の大震災 の ようにいつ何時想定
外 の災害が発生す るかわか りません。
副1練 は通常業務 の 中で実施す るため全員参加 と言 う訳 にはい きませ んが、院内の全部署 よ
編集後記
「春 になったら植 えようと思つてね、チュー
リップの球根を何百も縁側 に準備 してさ、楽 し
みにしてたんだよ。そおしたら津波で全部流さ
れちゃってさ。二か月もしたらこのあた リー面
にチユー リップカ渫 くかもしんねえなあ」震災
特定医療法人北楡会
:
にあわれてから二三 日後の取材に応えた言葉で
す。自分が日本人であることを忘れて「 日本人
てこんなときでもなんて素晴 らしい感性 を持つ
ているのだろう」 と思いました。
松浦
札幌北楡病 院
診療科 目 :外 科 腎 臓 移 植 外 科 内 科 血 液 内 科
消化器内科 腎臓内科 循環器内科 泌尿器科
小児科 整形外科 麻酔科 放射線科 歯科
所 :札 幌市 白石区東札幌 6条 6丁 目 5番 1号
住
TEL:OH(865)011l FAX:0!1(865)9634
通 :地 下鉄 自石駅 5番 出口か ら環状通 り
交
北の方へ徒歩 5分 左手
ー
ホームベ ジ
ノ`ソ コン httP1//W躙 ″hokuyu aoth org
ドコモ
http″ www hokuyu aoOl org/1
:
au
h中 w― hokuyu
│″
aoul org/ez
ソフ トノ`ンク h"pi″ www hOkuyu‐ aon ory,