No.91 東アジアの経済と銅産業 (第三部) 担当

No.91 東アジアの経済と銅産業
(第三部)
担当研究員
主任研究員 小林 浩
〃
麻植 邦敏
〃
島田 正典
〃
阿部 一弥
〃
北
良行
〃
松尾 壽二
作成時期:平成13年11月
要
旨
東アジア経済(韓国、台湾、香港及び ASEAN 諸国)は、1970 年∼1997 年
までの主要 6 ヶ国の GDP 成長率が年率 7.3%という長期的に非常に高い成長
を示し、これに伴い銅産業も拡大、発展してきている。1997 年に始まったア
ジア通貨・経済危機及び 2001 年に入ってからの世界同時不況の影響を受けて、
景気後退の状態にあるが、長期的には世界経済の状況及び各国政府の施策如何
にもよるが、再び高い成長が充分期待できる。
この地域の銅鉱石・地金の生産量及び銅地金の消費量(以下 WBMS 統計によ
る)の 1990 年∼2000 年までの伸びをみると、全世界の伸びが鉱石生産が約
1.47 倍、地金生産が 1.36 倍、消費が 1.40 倍であるのに対し、東アジア地域
の伸びはそれぞれ 2.80 倍、2.40 倍、2.53 倍となっており、いずれの分野でも
世界平均の約 2 倍近くの伸びとなっている。2000 年時点の東アジアの消費量
は 193 万トンである。
この地域の銅産業は、鉱石生産では世界有数の産銅国であるインドネシア、電
線・伸銅の生産分野で先進国の水準にある韓国、台湾を擁しているが、残りの
国は未発達か発展途上にあり、各国間では大きな格差・差違が認められるもの
の、全体として、今後大きな発展が期待される潜在力の大きな地域である。
(銅鉱山)
東アジアの鉱物資源で、
世界的な地位を占めるものは、インドネシアの銅(鉱
石生産量世界 3 位)、ニッケル(同 4 位)、マレーシアの錫(同 7 位)をあ
げることができるが、一方、国内総生産に占める鉱業の割合を見ても、1998
年ではインドネシア 13.3%、マレーシア 8.1%、ベトナム 6.7%、フィリピン
3.8%と銅鉱産業を有するインドネシアを除くと、他の国々における鉱業の占
める役割は小さい。
銅鉱山に関しては、インドネシアでは 1972 年西パプア・ニューギニア島の
イリアンジャヤ州の Ertsberg 鉱床より出鉱が開始され、その終掘を迎えた
1988 年(Ertsberg 露天掘りは 1989 年終掘)に Grasberg 鉱床が発見され、
生産開始後、その生産規模は大幅に拡大していった。1990 年にジャワ島の東、
スンバヤ島にて Batu Hijau 鉱床が発見され、2000 年より出鉱が開始された。
マレーシアではカリマンタン島サバ州にあった同国唯一の銅鉱山、Mamut 鉱
山が 1999 年に閉山し、現在、同国の生産はない。ミャンマーではカナダ企業
の Ivanhoe による Sabetaung & Kyisintaung 鉱床 で SX-EW 法による生産
が開始され、現在、その南にある Letpadaung 鉱床でも SX-EW 法による開発
が検討されている。フィリピンでは、1996 年に San Antonio 鉱山が廃さい流
出事故で操業を停止し、1997 年には、Dizon 鉱山でピットが台風の被害を受
け、操業を中断している。Lepanto 鉱山は、周辺で金鉱床開発のため、銅鉱
石の採掘を中断している。反対に Manila 鉱山は、金・銀を生産していたが、
1997 年末より銅生産を開始した。また Sipalay 鉱山も採掘コスト高と品位低
下により、2000 年に休止している。
このように東アジア地域の銅鉱山は、インドネシアを除けば盛況ではない。
インドネシアも Grasberg 鉱山は、コスト競争力があり増産基調にあるが、環
境問題や地域紛争を抱え、Batu Hijau 鉱山は初期投資が大きく、現在の銅価
では非常に厳しい操業を強いられている。
(銅製錬)
東アジアにおける銅の消費は、1997 年から始まったアジア経済危機の影響
を大きく受け、1998 年は、銅消費は大幅に落ち込んだ。現在、韓国、マレー
シアと経済危機の影響が少なかった台湾は数量的にはそれ以前の消費に戻っ
ているが、インドネシア、フィリピンはその回復は遅れている。年率 9.6%の
消費の伸びを示す中国とは対照的である。
現在、東アジアで稼動している主要製錬所は、韓国の温山製錬所、フィリピン
の PASAR 製錬所と 1999 年より生産開始したインドネシアの Gresik 製錬所
の 3 製錬所である。
フィリピンの PASAR 製錬所は 1983 年に設備能力 138,000
トン/年が完成し、1993 年に 172,000 トン/年に増強した。韓国の温山製錬所
は 1979 年に設備能力 80,000 トン/年が完成し、その後、増強工事が行われ 1999
年に 360,000 トン/年になり、1999 年日鉱金属を中心とする日本企業が 46%
の権益を所有する LG-Nikko Copper Inc が設立され、現在、2002 年完成を目
指して、設備能力 510,000 トン/年へ増強中である。また、インドネシアの
Gresik 製錬所は三菱マテリアルを中心に、1998 年に設備能力 200,000 トン/
年が完成し、2000 年よりフル稼働している。
(銅加工産業=電線・伸銅)
1.韓国
現在、韓国国内で電線を生産している企業は 200 社余りで、中小企業の割合
が非常に高く、少数の大企業が市場を支配する寡占状態となっている。需給構
造を見るとワイヤーロッドの輸入はごく僅かであり、ほとんど国内で生産され
ている。内需が約 7 割、輸出が約 3 割と外需依存度が高い。
韓国の伸銅産業は、電線産業に遅れること 10 余年、1960 年代後半に始まり、
豊山金属をリーディング・カンパニーとして発展してきた。電線と同様、中小
企業の割合が高い。需給構造を見ると、輸入はごく僅かであり、ほとんど国内
生産でまかなわれている。輸出比率は、品種間にばらつきがあるが、全体とし
て 2∼3 割程度である。
2.台湾
台湾では電気銅の生産はなく、銅地金及びスクラップの輸入から、電線各
種、伸銅製品等が生産され、その一部が輸出されている。電気銅の輸入は1993
年の48万トンから、1999年には65万トンまで増加した。しかし、2000年には
63万トンに減少し、2001年は5月までで22.7万トンで、年間55万トンと換算さ
れ、前年比7万トンの減少が予想される。電線メーカーは大手8社あり、伸銅
企業は銅板で4社、銅箔は6社ある。総じて1999年が好景気であったが、その
後、生産量が落ち込んでいる。
電線メーカーはおよそ 200 社存在するといわれるが、ワイヤーロッドから一
貫生産しているのは、華華、太平洋電線など過去 8 社で、2000 年の生産は 63.5
万トンであった。電線ケーブルの生産量はは販 10 年の間に年率平均 4.6%の
伸びを見せ、すでに国内需要量を超過している。このため、各企業路を中国大
陸や東南アジアに求めており一、今後も中国本土へ販売の割合が多くなると予
想される。方、台湾国内向けには光ケーブルや超高圧電線、極細エナメル線な
ど付加価値のある製品開発に取り組る。んでい
伸銅製品のうち、生産量が最大なのは銅棒・線で、全体の約 48%を占め(銅
棒 10 万トン、銅線 2 万トン、2000 年)、自給率は 92%である。これに続く
のが銅板で、一貫生産メーカーは 4 社あり、伸銅品生産全体の約 37%を占め
(9.3 万トン、1998 年)自給率は 66%である。電解銅箔メーカーは 4 社あり、
生産量は 3.1 万トン(1998 年)で、自給率は 57%であった。銅管は最も弱い
分野で、生産はわずか 5 千トン前後(1998 年)、自給率も 15%に過ぎない。
3.タイ
タイの電線メーカーの数は約 50 社で,銅量換算での年間生産量はアジア危機
以前は 10∼15 万トンあったが、現在は 8∼9 万トンの水準にある。タイには
日系の電機・電子メーカーや自動車メーカーが多数進出していることもあり、
古くから多くの日系電線メーカーが進出し、重要な地位を占めている。日系電
線メーカーは生産能力からみてタイ電線産業全体の約 65∼70%のシェアを占
めていると推定される。タイの電線産業は通貨危機が発生するまでの約 10 年
間は、飛躍する経済に支えられて年率約 30%の伸びで拡大してきたが、その
後の景気停滞・後退で需要は大きく減退し、危機以前の水準に回復するには、
4∼5 年はかかるものと予想される。この景気停滞に加え通信分野での需要が
銅導体ケーブルから光ケーブルへ、そして固定電話から携帯電話へとシフトし
たため銅電線の需要は全体的に低迷していて、現在供給過剰の状態にあり過剰
設備が深刻な問題となっている。しかし、タイには古くから多くの日系を初め、
外資系の電線メーカーが進出しており、東南アジア地域ではマレーシアととも
に質量ともに優位にあり、域内関税引き下げによって、ASEAN 自由貿易地域
での電線産業の拠点としての地位を確保する可能性が高い。
タイは東南アジア地域では伸銅品、とくにエアコン用銅管の主要製造国である。
日系のエアコン・冷蔵庫メーカーがタイを中国と同様にこれら製品の海外生産
拠点と捉えて生産拡大の方向にあり、今後とも大きな発展が期待される(2000
年のエアコン生産台数は約 370 万台で、中国、日本、韓国に次ぐ地位にある)。
現在、エアコン用銅管は、Furukawa Metal、MMC Copper Tube 及び
Outokumpu Hitachi Copper Tubes の日系3社によって生産され、年産約 4
∼5 万トンの規模である。棒メーカーは ATACO を始め数社あるが、板・条の
メーカーはない。
4.フィリピン
フィリピンにおける電線メーカーの総数は大小あわせて約 30 社で、年間の生
産能力は現在約 4.8 万トン程度であるが、最近の生産は 1.8∼2.2 万トン/年程
度である。これは景気後退及び海外からの輸入品(主として中国、インド、韓
国及びインドネシア)の増加により、低水準の生産を余儀なくされているため
である。現在、輸入品はフィリピン全体の需要の約 40%を占めるほどになっ
ており、フィリピン電線業界にとって深刻な問題となっている。大手電線メー
カーは Phelps Dodge Philippine、American Wire & Cable、Columbia Wire
& Cable 及び Philips Wire & Cable の 4 社であるが、Phelps Dodge は数年前
からワイヤーロッドや通信ケーブルなどの製品の製造を中止しており、米国の
親会社が電線部門から撤退する動きもあり、ほとんど活動していないのが実態
で、フィリピン電線産業の停滞状況を象徴している。フィリピン電線産業で特
徴的なことは自動車用電線の比重が高いことで、電線輸出全体の 90%以上を
自動車用電線・ハーネスが占めている。日系の電線メーカーは3社が進出して
いるが、いずれも輸出保税地域である“経済特別区”で、自動車用電線及びハ
ーネスの生産に特化し、製品のほとんどは日本を初めとする海外に輸出してい
る。
フィリピンでは銅板条・銅管の本格的な生産は行われていない。ほとんどは
海外からの輸入に依存している。フィリピンには日本及び欧州から多数のリー
ドフレーム製造メーカーが進出しているが、素材の条は主として日本、ドイツ
から輸入されている。銅管はマレーシア、オーストラリア、韓国などから輸入
されている。国内では装飾品や日用品を製造するための棒メーカーが数社存在
する。
5.インドネシア
インドネシアの電線メーカーのパイオニアは Pt. Terang Kita であり、同社は
1962 年に製造を開始している。インドネシアの電線産業はアジア通貨・経済
危機以前においても、生産能力の 50∼60%ぐらいの稼働率であったが、現在
の状況はさらに悪く、多くのメーカーは操業を停止したり、または稼働率を一
層低下させており、全体として 20%ぐらいのレベルにある(APKABEL=電線
工業会での情報)。 日系電線メーカーはインドネシア国内需要低迷のため、
海外への輸出に方向転換している。従来、主として国内向けに生産してきた地
場メーカーは輸出に転換しようとしても簡単ではなく、品質を改善する必要が
あり、現実は厳しい状況にある。多くの電線メーカーは政府の電力、通信プロ
ジェクトの需要に大きく依存しているが、現在、大型の電力、通信プロジェク
トは一部再開されたものもあるが、多くは延期されている。このため全体的に
非常に厳しい状況である。その中で、ある日系メーカーが年間生産能力 18 万
トンのワイヤーロッド生産設備を今年中に稼動させようとしており、東南アジ
アにあるグループ会社に供給し、残りを日系メーカーを中心に販売しようとし
ているのが注目される。
インドネシアでは、黄銅管及び銅棒・黄銅棒を生産しており、これらの銅棒、
黄銅管から日用品を加工生産している。黄銅の溶融・加工と銅棒等圧延加工等
の伸銅産業の比較的容易な分野及びコネクターの加工組み立てなどが主流で
ある。銅管・銅条は生産されていない。
6.マレーシア
マレーシアの電線メーカーは、マレーシア統計局によると 1997 年 8 月時点
の総数は 64 社、1999 年で 32 億リンギである。マレーシアもインドネシア、
タイ同様に過剰設備が深刻な問題となっており、現在、電力会社の TNB から
業界再編の提案があり、マレーシア国内の電力ケーブルメーカーを 3 グルー
プ程度に再編しようとしている。
マレーシアでは主として銅管、黄銅板及び銅棒・黄銅棒、銅箔を生産してお
り、その他リードフレームの製造を行っている。エアコン用銅管メーカーには
日系 2 社を含む 4 社(MetTube、Kobe Copper Malaysia、Sumikei Malaysia
及び Outokumpu Copper Malaysia)があり、合計で年約 4.3 万トン前後を生
産しているが、日系メーカーは日本より輸入された素管の二次加工が中心であ
る。その他に、黄銅板からコネクター、ワイヤーハーネス、黄銅管から水道用
の金具・バルブの加工生産も行われている。川上分野である溶融と、精密加工
を含む川下分野といった伸銅産業全般にわたって活動している。
7.シンガポール
シンガポールの電線産業の大手はほとんどが外資による現地法人企業による
もので、日本からの進出企業の活動が中心である。台湾系メーカーが大手とし
て 1 社ある。シンガポールでは通信ケーブル(光ファイバーケーブルを含む)
や高圧電力ケーブルは輸入に依存していて、同国内での生産は巻線、低圧電力
ケーブル、ビルディングケーブル及び電子ワイヤーが主である。電線生産量と
しては年約 5 万トンである。
シンガポールでは、溶融を伴う伸銅品の生産、銅管の二次加工を行っていない
が、精度が必要なリードフレーム向けのスリッティング加工を行っている。こ
の他には圧延・鍛造を主とした伸銅加工とワイヤーハーネス・コネクタ加工組
み立てをしており、川下分野に密着した活動といえる。
8.ベトナム
ベトナムの電線産業は南北が統一された 1970 年代半ばに生まれ、当初中国を
モデルとして国営企業が中心となって発展し、その後地元資本による民間企業
及び外資企業が設立され、現在に至っている。現在、メーカー数は総数約 70
社(北部に約 30 社、南部に約 40 社)あるといわれている。経営形態として
は、国営企業、民間企業及び外資企業に分けられる。従来、国営企業が主力で
あったが、1980 年代末に導入された所謂ドイモイ(刷新)政策の下で、市場
経済化が進み、その影響で民間及び外資企業の力が強くなっている。現在の電
線生産量は年間 3∼3.5 万トンと推定され、トップ・メーカーは国営の CADIVI
で、通信ケーブルを除くほとんどの品種を生産しており、全国の約 20%のシ
ェアを有している。他に大手としては電力ケーブル分野で LG Vina Cable(韓
国・ LG 電線系)及び Taya Electric Wire & Cable(台湾・大亜電線系)、
そして通信ケーブル分野では Vina Daesung Cable(韓国・大成電線系)及び
民間の SACOM がある。日本の古河電工が国営の CADIVI と合弁でベトナム
最大のワイヤーロッド・メーカーCFT Vina Copper(年産 約 5.4 万トン)を
所有している。
ベトナムには本格的な銅管や銅条を製造するメーカーはなく、海外からの輸入
に依存している。
9.香港
香港は1997年7月1日中国の特別行政区となり、同時に香港特別政府の憲法で
ある基本法も同日から施行されたが、経済面では従来通りの形態・取引が認め
られている。香港は関税がないことと、港湾設備、航空機の便や通信設備など
のインフラが完備していることにより、東南アジアと中国(特に華南経済圏)
との接点として重要な役割を果たしている。とくに、中国と直接貿易が行えな
い台湾企業にとっては、重要な拠点となっている。このため、GDPの85%を
金融や流通のサービス産業が占め、工業は全体とし14%に過ぎない。電線・伸
銅産業についても小規模な企業があるだけで、専ら中国を主取引とする輸出入
業務が中心となっている。
(電線・伸銅品の貿易)
東アジア経済の拡大に伴い、日本及び中国を含むこの地域の電線(ワイヤーロ
ッド、巻線及び被覆電線)の貿易量は増大した。1990 年から 1999 年につい
てみると、この間アジア経済・通貨危機を経験しているが、輸入量は約 5 倍
に輸出量は約 2 倍に増えている。ワイヤーロッドと巻線は、輸出は台湾、輸
入は中国及び香港が圧倒的に多い。ASEAN 地域では両品目で、輸出、輸入と
もマレーシア、シンガポールが多い。一方被覆電線では、大口の輸入国は大口
電力・通信プロジェクトの有無により、年毎に変動あるが、輸出については、
日本が首位にある。
伸銅品については、板,管、棒の順に輸出入量が多く、日本、韓国及び台湾
(主に棒)が主要輸出国で、台湾及び香港が主要輸入国である。日本・韓国を
含む東アジアの域外からはドイツからの板条、オーストラリアからの銅管の輸
出が目立つ。
(東アジアの銅産業の将来)
“世界経済の成長センター”と呼ばれた東アジアの経済は、1997 年のタイ
に発した所謂アジア通貨・経済危機により大きな後退・挫折を余儀なくされた。
この危機が残した大きな教訓は、成長センターとしてのアジア各国も構造的な
脆弱性を持っており、今後、さらなる持続的成長を達成するには、この脆弱性
を除去する構造改革を実行する必要があるということである。これは政治体制
の安定、経済民主化の推進、金融改革、規制緩和と撤廃、各種インフラの整備
などであり、早期に確実に行うことが要請されている。東アジア各国はもとも
と教育レベルが高く、良質で豊富な労働力を有していること、また高い貯蓄率
を誇っていることを考えると、構造改革が成功すれば、かつての世界の成長セ
ンターとしての活力が戻る可能性が高い。
近い将来の東アジア経済を考えるとき、非常に重要な要因として(1)AFTA
(ASEAN 自由貿易地域)の成立と、(2)強力な中国の出現、をあげること
ができる。前者は 2003 年から域内の関税を 5∼0%(但し後からアセアンに加
盟した国―ベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジアは 2003∼2007 年まで
猶予)に引き下げ、2010 年(後から加盟した国は 2015 年)には域内関税を
完全撤廃しようとするもので、人口 5 億人の大きな統一市場が形成されるこ
とになる。これが実現すればこの地域の経済地図は確実に大きな変貌を遂げる
ものと予想される。即ち、各国がそれぞれに同じ産業を規模の小さい形で所有
する形態から、域内の加盟国間の競争を経て、棲み分けや分業体制が実現し、
それぞれの国が得意な産業に集約・特化されることが期待される。また、例え
ば日系企業などが、域内に複数存在する同一製品の生産を効率化するため、そ
の拠点を集約・強化する動きも活発化するであろう。
日本を含む東アジアの各国が恐れる大きい問題は、中国経済の急膨張とそれに
伴う競争激化による混乱である。現在、安価で豊富な労働力を背景に様々な中
国製品がこの地域に流れ込んでいるが、同時に東アジア各国と中国の輸出構造
(品種・市場)が類似しているため、海外市場での競争も激しくなっている。
また、近く中国は WTO に加盟する(本年11月カタールのドーハで開催され
た閣僚会議で中国の加盟が承認された。今後中国国内での批准手続きを経て年
内にも正式加盟が実現する見込み)が、これによってインフラや法規上の投資
環境が整備されれば、海外からの直接資本投資が東南アジアよりも中国にへと
一段と流れが加速することが考えられる。しかし単にこれを脅威と受け止める
だけでなく、人口 13 億人の大きな市場の出現と捉えて、中国との共存関係を
深めることが必要である。
こうした環境の中で東アジアの銅産業の将来を考えると、(1)鉱山・精錬
分野においては、鉱石・地金を域外に依存する状況に変化は見られないと考え
られる。鉱石生産ではインドネシアはすでに世界第 3 位の産銅大国になって
いるが、将来ともこの地位を確保すると考えられるが、フィリピンやミャンマ
ーでの鉱石産出量が大きく伸びることは期待できそうもない。また、域内の地
金生産能力も、タイに中断中の新規精錬所建設案件があるが、当面、既存精錬
所の増強が中心になると思われる。(2)銅加工産業(電線・伸銅)において
は、現在、アジア危機・世界同時不況の影響を受けて需要は大きく後退し、一
部の国を除いて供給過剰が大きな問題となっているが、世界経済が回復すれば、
いずれ生産も順調に伸びて行くものと考えられる。しかし、今後の発展は域内
のすべての国で一様ではない。即ち、すでに先進国の水準にある韓国・台湾で
は国内需要の大きな伸びは期待できず、輸出や中国進出の方向にさらに進むも
のと予想される。東南アジアでは電力、通信、住宅や各種インフラの整備に伴
い、銅加工産業も拡大・発展すると期待されるが、AFTA の成立に伴い大き
な変貌が起こる可能性が大きい。既に加盟国間での競争・淘汰が始まっており、
最終的に、現在、この地域の銅加工産業の中心となっているマレーシア・タイ
などに集約される可能性が高い。これらの国では、生産力を増やしある程度の
国際競争力を持った大企業の誕生も予想されるが、残された企業は地場のロー
カル市場を中心とする小規模か、ある特定の分野に特化する専門メーカーとし
ての道を歩むことになるかも知れない。電線・伸銅ともこの地域では、外資企
業、とくに日系企業の占める役割は大きく、これらの外資企業の将来戦略がこ
の地域の将来を左右することが充分考えられる。前述したように、日系企業の
多くは現在、東南アジアの複数の国で、同一製品を製造しているが、AFTA
の成立が現実のものになることに伴い、これを一つの拠点に集約・強化する動
きが強まるのではないだろうか。