新潟大学人文学部 2015年度卒業論文概要

新潟大学人文学部
2015 年度卒業論文概要
メディア・表現文化学プログラム
メディア論分野
目 次
阿部 伸久
SNS の広告効果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
1
五十嵐ゆい
流行歌からみる現代の若者像 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
2
今 村 拓 也 「YouTuber」とメディア論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3
井森 啓介
ビール CM と快楽的消費 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
4
上 田 結 那 「かわいい」の多面性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
5
内田 和紀
災害とモバイルメディア . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
鵜野 梨奈
地方紙における子ども向け新聞の役割 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
遠藤 大輔
Twitter を用いた広告活動の現状と広告手法の考察 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
8
菅野 大輔
消費生活に見る現代的価値観の形成 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
9
倉根 琢真
バラエティ番組における音楽演出の効果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10
桑原 朋之
図書館における電子書籍活用 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11
小林 佳代
椎名林檎における女性表象 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 12
佐藤 瑞季
ラジオ放送局の変容:秋田県の事例から . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 13
佐藤 悠里
現代日本における動物のイメージ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 14
鈴木英里子
TV-CM におけるステレオタイプとその受容 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 15
曽 田
緑
ファストファッションと現代人の自己演出 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 16
友金 彩佳
ネットレーベルの存在意義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 17
中原亜莉紗
青少年のアイデンティティ形成におけるインターネットの影響 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 18
中 村
笑
自治体の関わり方から見るコミュニティ FM の現状と課題 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 19
長井 大樹
ポピュラー音楽とジェンダー . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20
二階堂紗弥
ムーミン物語におけるスクルット . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21
仁科すみれ
三谷幸喜映画の魅力の分析 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22
長谷川萌衣
地域と読者を繋ぐフリーペーパーの特性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 23
福原 香純
携帯カメラの視覚文化論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 24
古頭 侑也
デジタル環境の進展に対する新聞社の動向について . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 25
松本 和希
テクノ・ミュージックの再定義 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 26
森
翔 吾
コミュニティ放送局の開局に至る動向の考察:FM うおぬまを例に . . . . . . . . . . . . . . . . 27
安川 真生
ライブ配信サイトの比較分析 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 28
SNS の広告効果
阿部 伸久
1 章では、情報化社会が進みスマートフォンの普及により私たちの情報に対する接し方が変化していること
について触れた。その変化の中心にいるのが SNS であると考えた。また SNS の中でも Facebook を中心とし
て、他の SNS にも触れながら企業が利用している SNS には広告効果があるのかという本論の問題提示を述
べた。
2 章では、SNS の特徴を中心として論を進めた。他媒体との比較から始まり、インターネットで情報をどれ
だけ受け取り、またどれだけ消費しているかについて述べた。さらに情報の取捨選択には、人間関係が一つ基
準となっているのではないかという考えも提示した。
3 章では、年々増加しているインターネットショッピングに SNS が影響しているのではないかと述べた。
SNS により商品の口コミを消費者同士がやり取りして、商品が直接見えないインターネットショッピングの
不安感を払拭してくれている。消費者と企業のコミュニケーションは企業コミュニティサイトにて見受けられ
る。そこでは企業と消費者との密なやり取りが見られる。
4 章では、近年問題にされている SNS の炎上や依存度の高さといった、SNS の負の面について述べた。炎
上は SNS の最大の特徴である拡散能力の高さや情報モラルの低さが原因となっている。またその裏には面白
い投稿をしたいからといった気持から過度な悪ふざけが見られる。依存度の高さにより目に見えないところで
のつながりが強まり、いじめに発展するケースが見受けられる。
5 章では、SNS によって社会的認知を図った利用について触れた。ブランドを利用してその社会的認知にあ
やかって自らを周囲に認知してもらうことが考えられた。また企業コミュニティサイトで見られる密な企業と
消費者のやり取りは、消費者に企業へ貢献したという気持ちを抱かせ、消費者に帰属意識を持たせる。また位
置情報を利用することで、自分の所在を明らかにする。これは先に述べた社会的に高評価につながるというよ
りかは、単なる存在証明をして周囲に認識してもらう特徴が強い。
6 章では、これまでの各章を踏まえて SNS では宣伝性の強い投稿は軽視され、他者とのつながりを重要視
される傾向にあるという考えに至った。したがって SNS の広告効果は薄いという結論を持って本論の締めと
した。
1
流行歌からみる現代の若者像
五十嵐 ゆい
携帯電話や携帯電話に関連した歌詞が昔よりも増えたと感じた。すでに「恋愛ドラマとケータイ」において
谷本奈穂が歌詞のなかでの携帯電話の役割や意味づけについての研究をしているが他のアーティストの楽曲で
は携帯電話がどのように描かれ、どのような意味づけがなされているのか気になった。そこで本論文では若者
に支持されている西野カナの歌詞を取り上げ、なぜ若者から共感を得ているのかを明らかにするとともに歌詞
のなかの携帯電話がどのような意味付けをしているのかメディアに関する研究を交えながら考察した。また若
者に支持されている西野カナの楽曲を分析することによって若者の実相を明らかにできるのではないかと考
える。
第一章では見田と谷本の先行研究を取り上げ流行歌がどのような分析をされてきたのか述べ、本稿が目的と
するものとの違いを明らかにした。
第二章では西野カナが若者から人気を得ている理由を分析した。その際、かつて若者の間でブームとなった
携帯小説の「共感性」と「日常性」が西野カナの書く歌詞と類似していると考えた。携帯小説の特徴として、
飾らない親しみやすい文章であるためメール感覚で誰でも気軽に読めること、筆者自身の体験談を書いている
ものが多く日常とかけ離れていないことが挙げられた。そして西野カナの書く歌詞もまた周りの体験談や自身
の経験を交えているので歌詞にはリアリティがあり、手紙のようなわかりやすい文なので携帯小説と同様に多
くの若い女性から人気を得ている。これらのことから「日常性」と「共感性」はケータイと密接にリンクする
若者の心をつかむうえで不可欠な要素であることを明らかにした。また携帯電話は日常を表すものであるとい
う谷本の言葉を引用して、西野カナの歌詞にも多く携帯電話に関する言葉がでてくることから携帯電話が日常
において切っても切り離せないものであり日常をもとめる若者から共感が高く人気を得ている理由であると述
べた。
第三章では実際に西野カナの歌詞をもと歌詞のなかで携帯電話がどのような役割を果たしているのか明らか
にした。その結果、携帯は相手との愛情を測るものであり目に見えない拘束力があるもの。また携帯電話に
よって空間・距離が変化し、自身と携帯電話の境界線が曖昧になっているということを明らかにした。西野カ
ナはこのような若者が日常で感じていることを歌詞のなかに取り入れており、そのことが人気を支えている理
由であると結論付けた。
2
「YouTuber」とメディア論
今村 拓也
昨今のスマートフォン、タブレット端末の大衆化が進んだ影響により、放送メディアの世界においても「You
Tube」や「ニコニコ動画」といった動画配信サービスが、テレビやラジオと同じくらいに、ポピュラーになり
つつある。さらに「You Tube」においては、自ら出演、編集した動画を投稿し生計を立てる、You Tube 上の
タレントのような存在である「ユーチューバー」が日本で増加しているのだ。日本一の再生回数を誇る「ユー
チューバー」では、13 億回をもアクセスされている。本論では、どうして「ユーチューバー」がここまで躍
進したのか、という疑問を提起することで、「ユーチューバー」たちの持つ、独自のメディア論というものを
探っていった。
第 1 章では、
「ユーチューバー」がどのような存在であるのか、という点に焦点を当て、動画投稿における広
告収入の仕組みや、You Tube アナティリスクを利用した情報収集の方法についてまとめた。その後、「ユー
チューバー」の愛馬大介氏の編集方法のこだわりについて焦点を当て、動画本編の編集のこだわりのほかにも
「サムネイル」や「タイトル」にもこだわりを持って動画制作をしているということがわかり、「ユーチュー
バー」のメディア論として、自らの個性を前面に押し出した「こだわり」が重視されると考察された。
第 2 章では、
「ユーチューバー」が支持される理由・魅力を考察すべく、日本一の再生回数を誇る「HIKAKIN」
氏の「こだわり」と「魅力」について焦点をあてた。そこで、芸能人よりも身近で、でもスクリーンの中で活
躍する存在であるという絶妙な距離感というものが、人々に支持される魅力であると考察された。さらに同章
において、
「ユーチューバー」を支えるマネジメントプロダクションである「uuum」のビジネスの手法や、ス
テルスマーケティングと「ユーチューバー」自身が持つ独自の、ビジネス論についても論じた。
以上のことから、「ユーチューバー」のメディア論とは、「ユーチューバー」当人たちの「楽しいこと」や
「好きなこと」への探求そのものであり、収入は二の次であり、自分の「好きなこと」を純粋に楽しんでいる姿
に、視聴者たちは惹かれているのであると考察し、結びとした。
3
ビール CM と快楽的消費
井森 啓介
現在日本では様々な種類の酒が人々に親しまれている。その中でもビールは、外国由来の酒であるにも関わ
らず日本中に普及しており、その飲酒文化はもはや日本の文化として定着している。これほどまでに馴染んで
いる外国文化は、飲食品というくくりをはずしたとしてもそう多くはないように思われる。ではなぜ、どのよ
うにしてビール文化は日本に定着したのであろうか。
ここで、消費者の購買行動にもっとも影響を与えるものとして、広告が挙げられる。多くの商品市場では、
企業によって企画化された商品が市場に広まり、その結果、消費者のニーズが多様化した。しかし消費者の
ニーズに応える製品を開発しても、その製品の情報を消費者に伝えられなければ製品は売れない。したがっ
て、企業にとっては、消費者に対して、製品の情報を効果的に伝えることが重要となってくる。インターネッ
トの普及などにより情報が蔓延した現代において広告活動は非常に強い影響力をもっており、ビール文化が定
着したことは、この広告と無関係ではないはずである。
本稿では、ビールの歴史とその宣伝の歴史を追うことで、日本人の酒との関わり方の形成、変化と、なぜ
ビールが人々に受け入れられ広まったかを解き明かしていきたい。
第 1 章では、そもそもビールとは何か、ビールの定義について言及し、ビールと発泡酒や第三のビールとの
違いを明らかにした。またビールを発酵法、色、産地などで簡単に分類し、世界のビールの主流はピルスナー
タイプと呼ばれるものであると述べた。
第 2 章では、ビールが日本に伝来した経緯と日本の飲酒文化の変遷をまとめた。日本化学の開祖である川本
幸民が日本で最初にビールの試醸を行ったことや、アメリカ人の醸造技師であるコープランドが商業的な製造
をはじめたということがわかった。また、大手ビール会社の歴史を追いかけながら、それに伴う飲酒文化の変
遷について言及した。
第 3 章では、ビールの広告の歴史をたどり、飲酒文化がどのように定着したかを述べている。美人画ポス
ターの登場やテレビ CM の台頭などについて触れている。昔は、ビールは男の飲み物である、という風潮があ
り、広告のモデルも男性タレントを用いたものが多かったが、ニーズの多様化に伴って女性も起用されるよう
になったことや、しだいに視聴者のフィーリングに訴えかける広告が増えていったことなどについて述べた。
第 4 章では、現在のビール市場の動向について考察した。
ビール広告は個々の企業の思惑というよりは、社会事情に翻弄され、反映し続けた歴史であると結論づけ
た。また、ビール広告はビール文化の定着だけでなく、広告・宣伝手法の発展にも大きな役割を持っていたと
いうことについても述べた。
4
「かわいい」の多面性
上田 結那
今日、「かわいい」という言葉は我々の日常生活の中で蔓延している。身の回りのものには、何に対しても
見境なく「かわいい」という言葉で形容する女性が増え、今や「かわいい」は、一種の便利な相槌に成り下
がっているという現状にある。言い換えれば、「かわいい」という言葉の意味が希薄化してしまっているとい
うことである。しかしその一方で、現代における「かわいい」が持つ意味の広さは、もはや従来のそれが覆い
きれないところにまでおよび、その意味は大きく多様化しつつあるともいえる。本論文は、こうした「かわい
い」を取り巻く様々な現象に注目し、「かわいい」という言葉が抱えている意味の希薄化や多様化について考
察する。そして、「かわいい」が持つ多面性について、様々な角度から論じることを目的とする。
第 1 章では、
「かわいい」の多面性を論じる前提として、
「かわいい」という言葉の意味や概念をはっきりと
捉えるべく、九鬼周造の『「いき」の構造』に倣い、内包的構造と外延的構造とにわけて分析した。
第 2 章では、現代における「かわいい」という言葉が意味する幅が広くなっていることに着目し、現代人が
「かわいい」と感覚する境界線が昔と比べていかに変動しているか、また、従来の「かわいい」とは一味違っ
た、現代的な「かわいい」ものに見られる特徴とは何かを、具体例を挙げつつ考察した。
第 3 章では、現代の「かわいい」を語る上で欠かすことのできない「キッチュ」という概念を取り上げ、そ
の意味を明らかにした。また、
「キッチュ」が現代の「かわいい」に与えている影響や、両者の関係性について
も追及した。
第 4 章では、世界中で愛される日本の「かわいい」文化の象徴として、
「キティちゃん」と「原宿ファッショ
ン/きゃりーぱみゅぱみゅ」の 2 つに注目し、それらがなぜ世界で人気を誇っているのか、それらに含まれる
「かわいい」の要素とは何かを考察した。
第 5 章では、論文のまとめとして、現代における「かわいい」の概念がどのように誕生・拡散していった
のかを推察した。世界に誇る日本の「かわいい」文化は、今後ますます成長・発展していくことが予想され
る。しかしその発展の裏側では、「かわいい」という言葉そのものが、従来の意味機能を失った単なる万能語
になってしまうという懸念があることを忘れてはならないという問題を提唱し、本稿の締めくくりとした。
5
災害とモバイルメディア
内田 和紀
2011 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災の直後、避難した人々を対象に行ったアンケートによると、避難
する際に持ち出した所持品のトップが「財布や重要書類」をおさえて「携帯電話」であったという。つまり自
身に危機が迫った時に私たちは携帯電話をはじめとするモバイルメディアのような「情報」とつながるための
ツールを頼りにする傾向がある。
第二章ではモバイルメディアツールに情報を求めるようになった経緯を 1995 年の阪神淡路大震災からたど
る。当時の情報不足は現代のモバイルツールの技術発展に大きく貢献し、国民に浸透していく。
第三章ではモバイルメディアが災害にも対応した技術である「緊急地震速報」や「災害伝言板サービス」を
開発する経緯についてそれぞれ順をおっていく。モバイルメディアは持っているだけで安心・安全が保障さ
れ、危機的状況を事前に把握することができ、
「人」
、
「情報」から寸断されない個を実現することができた。そ
れはあたかもいずれくる「終焉の日」に備え、神が導きをくだす「聖書」のような存在となった。
第四章では 2011 年の東日本大震災によって、
「聖書」的な役割を担っていた神話が崩壊してしまった問題を
ソフト面、ハード面ともに考えていく。また、それと同時に人間が「情報」を与えられたときにそれをどう解
釈するのか考えながら、通信事業会社や行政自治体が次なる緊急事態にどう備えているのかを見てみる。災害
による被害と技術開発は、私たちに IT、通信技術のあり方を再検討させた。
第五章では東日本大震災の中から SNS の役割ついて注目した。災害時の SNS は使用するエリアや環境、使
い手の知識や経験などが災害時に活用できる度合いに大きく影響をしていることが明白であった。つまり、今
後必要となってくるのは、ソーシャルメディアの活用がより一般的になったと仮定して、その普段からの「実
用性」をどこまで個人、あるいは企業が防災に対応したシステムや体制を構築できるかである。
阪神淡路大震災から東日本大震災に向けて「個」を情報から寸断しない技術開発に大きく力を入れていた
が、思うような結果は出なかったと考えられる。その中で、SNS は震災の中で注目されうるツールであった。
今後の新たな災害にモバイルメディアを使って対抗するならば、ユーザーはモバイルメディアと SNS によっ
て実現される、自分の情報を誰かのために伝え、自分に必要な情報を取り込む、
「公助」のための「自助」を認
識し、情報との接点を自ら創出する必要がある。
6
地方紙における子ども向け新聞の役割
鵜野 梨奈
現在, 新聞の購読者数は年々減少しており, 特に若者の新聞離れが著しいと言われている. この新聞離れを食
い止めるための手段の一つとして, 新聞社は若年層に新聞に親しんでもらう取り組みを強化している. 本稿で
は, その中でも子ども向け新聞に着目し, 特に地方紙の子ども向け新聞が受け手と送り手の双方に対して果たし
ている役割を明らかにした.
第一章では先行研究から子ども向け新聞とはどういうものか, その定義と歴史を説明した. さらに日本新聞協
会に加盟する 104 社の新聞社に問い合わせを行い現在の発行状況をまとめた.1870 年代に最初の発行が始まっ
た子ども向け新聞は現在では全国で 71 紙創刊されていることが明らかとなった.
第二章では子ども向け新聞の発行数の増加に大きく関わっている NIE 事業の概要と現在の問題点について
まとめ, 子ども向け新聞が行おうとしているアプローチとは違う子どもへの新聞接触の機会創出が学校現場で
実践されていることを述べた.
第三章では全国有料紙と地方無料紙の記事内容をそれぞれ分析し, 現在の子ども向け新聞は記事への子ども
の参加率・登場数が非常に高く, そのことが多くの機能を果たしていることがわかった.
第四章では子ども向け新聞を発行している全国の新聞社に対しておこなったアンケートの回答を元に, 制作
者の意図と取り組み, 読者の反応から現在の子ども向け新聞の価値を考察した.「子どものための新聞」だけで
なく, 地域や高齢者にとっても価値のある新聞という側面を持ち, 本紙以上に読者と近い存在であることが読み
取れた.
地方の子ども向け新聞は子どもにニュースや教養を提供するだけでなく, 地元への愛着を育み, 日々の生活の
活力となり, 自分も社会の一員であることを感じさせてくれる. さらに祖父母との交流のきっかけとしても役割
を持ちながら, 中高年世代の新聞を読む助けにもなっている. 読者との双方向の交流を実現し新聞というメディ
アの持つ一方向的な側面を少しずつ変容させるきっかけとなりうると結論付けた.
7
Twitter を用いた広告活動の現状と広告手法の考察
遠藤 大輔
本論文では、商品やサービスを提供する企業・団体が SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を用
いて広告を打ち出して広告活動を行うとき、その成果をより大きなものにするためにはどのような点に留意し
ながら活動を行っていくべきか、SNS の代表例として Twitter を取り上げ、実例を交えながら考察を行った。
第一章ではまず、このテーマの概要と設定理由について記述し、本論文でどのようなことについて考えてい
くかを明確にした。そして目的を達成するための本論文におけるテーマの分析方法についても記述し、「より
多くのリツイートを受けるアカウントの価値創造」を、考察を行う前の予想される結論とした。
第二章では、本論文で使用される「広告活動」「広告」「インターネット広告」などといった語句について定
義を設定し、インターネットやインターネット広告の誕生・発展した経緯について、本論文においてインター
ネット広告と SNS がどのような関わりを持つかということに注意しながら簡単に紹介を行った。
第三章では、本論文において SNS の代表例として取りあげた Twitter について紹介し、その誕生とサービ
スの変遷について記述した。次に Twitter が他の SNS に比べて特徴的に感じられる機能・性格について考え、
Twitter が広告活動に利用されるのに適した特徴を持った SNS であるということを明らかにした。
第四章では、Twitter において現在どのような手法で広告活動が行われているのか、広告手法を分類し、そ
の種類別に実例を複数取り上げた。次にそれぞれの例について、各企業・個人がどのような点について意識し
ながら広告活動を行っていると考えられるか、細かく分析と考察を行った。そして、本論文において取り上げ
た広告活動の実例から、Twitter が広告活動を行うに関して適していると考えられる要素を考察し、「情報の
リアルタイム性」 「ユーザー間の繋がりのある程度の緩さ」
「情報の信頼性と真偽判断」の三つを Twitter 独
自に見られる要素として提示した。
第五章では、本論文で論じてきた「Twitter で広告活動を行う際、商品やサービスを最大限アピールするた
めに意識するべきこと」について、フォロワーとしてユーザーに長くフォローされ続けるようなアカウントの
価値を創造することが大切であると結論づけ、実際に広告活動の効果を測定し、実際にアカウントの価値創造
が効果にどう反映されているか、Twitter での広告技術が向上した後に企業が新規に Twitter を用いた広告活
動を開始する場合、広告技術の向上した Twitter 空間のなかで新規企業がその広告活動の効果を発揮していく
ためにはどのようなことが求められるかなどといった、今後の課題について提起した。
8
消費生活に見る現代的価値観の形成
菅野 大輔
いつの時代においても我々人間は自分たちの生活をより快適なものに、という欲望を満たすために消費を
行ってきた。つまり、消費とは人間の生活に不可欠な行為なのである。その中で我々は消費の対象となるモノ
の生産における技術を、時代の経過と共に向上させてきた。その結果、消費社会と呼ばれる、社会の中で消費
が目立つ存在となる時代が現在やってきた。そこで筆者は今までにはない社会の中で行われる消費に焦点をあ
てることで、この時代における特有の人間の価値観が出現するのではないかと考えた。
本論では、まず第 1 章で分析していく問題の提起を行う。
第 2 章では消費社会における消費によって、人間の消費意識がどのように変化しているのかを分析した。消
費社会における消費への意識は「人並み化」を目指した上昇志向にあった。その人並み化が普及されたことに
よって、消費意識は上昇志向から「ちがい」があるという差別化に移行した。また、上昇志向によって形成さ
れる人間のアイデンティティは、画一されたものになっていた。そこに差別化されたモノの消費によって、そ
のモノの選択によって様々な自己を形成できるというアイデンティティの多元化がなされた。
第 3 章ではモノが有している性質的要素が、消費社会によって変容したそのプロセスと新たな性質について
論じた。消費社会におけるモノはデザインという機能と形態を自由に調節し、魅惑的かつ合理的に結び付ける
操作が行われるようになった。それによりモノはそれを区別、同定させる構造的要素の他に非構造的要素を付
加された。その非構造的要素によって生まれた差異は、モノが本来存在していたとされる機能的位相、非機能
的位相からモノを逸脱させ、超機能的位相へ移行させた。この「超機能的なモノ」に変容したモノは非構造的
要素を多く備えている。そのため表面上は機能性及び意味が充実しているように見えるが、本質的な部分には
ほとんど関与しない空虚な存在となっていた。
結論となる第 4 章では、これまでの章でみてきた事例から、消費社会を生きる人間に現れたとされる特有の
価値観について述べられている。どのような場面において作用している価値観なのか、行動の部分からそれら
を位置づけていった。
9
バラエティ番組における音楽演出の効果
倉根 琢真
現在のバラエティ番組には効果音や音楽といった、音を用いた演出が多用されている。これらの音響演出は
面白い映像コンテンツを作る上で必要不可欠である。しかしながら、音響演出は番組を面白くする一方で、使
い方を誤ると視聴の妨げになることもある。本論では、このような背景の中で改めてバラエティ番組の音響演
出の位置づけを問い直す事を目的とし、番組内で用いられた音響演出の定量的な調査・分析を行った。
第 2 章では、調査の前段階として音響演出とはどのようなものかをまとめた。まず、演劇から放送にいたる
までの音響演出の技術的な変遷を述べ、音響演出の表現の幅は拡大の傾向にある事を示した。次に、音響演出
と映像との関わりについて述べ、現在のバラエティ番組で用いられている音響演出の手法をまとめた。
第 3 章では、幅広い年代から選んだ 4 つのバラエティ番組を調査・分析した。音響演出の判別がつき易く長
年放送されているジャンルであるコント番組から、『ドリフ大爆笑』『ダウンタウンのごっつええ感じ』『笑う
犬』
『パワープリン』の 4 番組を対象に、各番組 20 本程度のコントを調査した。結果として、2 章で述べたよ
うな演出手法の多様化が見られ、笑いの場面とは関係の無い音響演出が多用されてきている事が分かった。
第 4 章では、ここまで考察を踏まえ、バラエティ番組における音響演出の位置づけを述べ結論とした。結論
は以下の通りである。
現代のバラエティ番組における音響演出の多くは笑い以外を目的に使われるという特徴がある。音響演出は
笑いに辿り着くまでの前段階の雰囲気作りであり、直接笑いの場面と結びつく事は少ないのである。しかし、
もちろんバラエティ番組自体の目的は笑いである事が多い。その中で、直接笑いとは結びつかない音響演出を
加えるかどうかは、制作者の選択に任される。そのため、技術的進歩により音響演出としてできる事が増え、
その手法も多様化した現代において、「音入れ」の作業は難しくなったのである。
10
図書館における電子書籍活用
桑原 朋之
電子書籍の普及と共に出版業界で変化が起こっており、その波は書籍の貸し出しなどの業務を行っている図
書館業界にも波及しており、電子図書館事業に着手する図書館が現れてきている。本論ではこの電子図書館に
ついて様々な方向から論じていく。そうした業界の動きに対して出版社は危機感をもって対峙している。電子
図書館が普及している米国では、代表的な出版社が自社のコンテンツを電子図書館に提供するに当たり、コン
テンツの価格を高く設定することや、貸出回数に制限を設けるという対応をしており、日本での電子図書館事
業の普及についても各出版社は類似した対応をとることが予想される。
また、電子図書館の普及に伴い、従来の図書館の役割も変化を迫られる。その中で、図書館は電子図書館に
は無い形で利用者に提供できるサービスが期待される。それは、「図書館」という空間を活かしたもので、利
用者同士の交流を促す働きである。利用者の図書館展示への参加などの事例から、利用者同士のコミュニケー
ションの場としての図書館は確かな需要があると考えられ、電子図書館が一般的になった後も、図書館が無く
なることはないと思われる。
国立国会図書館も電子図書館事業に取り組んでおり、その事業は電子化資料の作成、貸出の他にもメタデー
タによる管理、分類の策定にも及び、電子展示の手法なども含めて、今後の日本における電子図書館の基準と
なることが期待される。
電子図書館は電子書籍を主なコンテンツとして扱うため、電子書籍に見られる利点やリスクについても理解
する必要がある。電子図書館の利用者にもたらす恩恵は電子書籍と言うメディア形式によるものが大きい。し
かし、リスクの面でも電子書籍の特性によるものがあり、中でも、いわゆる海賊版と呼称される違法コピーに
よる出版業界への被害は大きく、電子図書館においても類似するリスクは考えられることである。
最後に、図書館と電子図書館の関係について電子図書館の持つ地域性から論じていく。電子図書館はそのコ
ンテンツの特性から、広範な利用者を対象にしているように思われる。しかし、画像や音楽も扱うことが可能
である点や、スペースの制限がないことから各図書館でサービスや資料に特色を出しやすく、地域の文化を発
信する役割を担うことが出来る。この場合、地域の文化は図書館が蓄積してきた資料によると考えられ、その
点において電子図書館と図書館の間には役割の分担がなされていると考えられる。
電子図書館と図書館は上述のように相互に優れた点があり、対立的ではなく協力的な関係が構築されること
が考えられる。本稿では、後の電子図書館の普及に伴い、現状と課題について検討し、よりよいサービスの提
供について論じる。
11
椎名林檎における女性表象
小林 佳代
1998 年にデビューした椎名林檎はデビュー当初より、自身の抱く女性像をたびたび口にしてきていた。
2014 年のソロ名義 5th アルバムリリースの際のインタビューでは、自身の作る曲は全て女性向けであり、男
性のために曲を書いたことは一度もないしこれからも恐らく書けないだろうと発言していた。このことから椎
名の書く曲には椎名自身がもつ女性像が描かれているという仮説を立てた。本論文では、楽曲の歌詞とライブ
で椎名が着用する衣装とその衣装で歌われた楽曲を分析し椎名の女性像を考察した。
第 1 章は序論とし、椎名が抱く女性像が明確に存在することを提示した。
第 2 章では、1998 年のデビューから 2015 年までの楽曲を取り上げ、ソロ活動前期(1998 年-2003 年)、東
京事変活動期(2004 年-2012 年)、ソロ活動後期(2008 年-2015 年)の 3 つの時期に分類し、当時の椎名のイ
ンタビューでの発言などを基に歌詞を分析し、椎名の成長と共にその女性像は、男性に翻弄され社会的なアイ
デンティティを持たない女性が、
「女性」という性を利用することで人生を謳歌するようになるとし、デビュー
当初から女性像が徐々に変化していることを指摘した。また、他者へ提供した楽曲も取り上げ、同様に分析を
行なった。
第 3 章では、衣装パフォーマンスからみる女性像として、「女性らしさ」を強調するウェディングドレスと
キャミソールを衣装に用いたライブを取り上げ、分析を行なった。ウェディングドレスという幸せを象徴する
純白のドレスを身に纏っているが、その衣装で演奏する楽曲の分析から、好きになってはならない相手との恋
を嘆き、相手への一途さを表す為にウェディングドレスを着用していることを指摘し、キャミソールは女性
特有の下着であるが、演奏楽曲が愛しい相手と結ばれるように足掻く女性の姿を歌ったものだったことから、
キャミソールは女性像の性的イメージの強調であることを指摘した。
第 4 章を論の結びとし、女性という性を男性に決定づけられ、女性は男性社会に埋もれてしまい女性上位の
時代はないと嘆いていた椎名が、2015 年のライブでは「女性上位時代到来」と大きく謳い、椎名の持つ女性
像が大きく変化していることを結論づけた。
12
ラジオ放送局の変容:秋田県の事例から
佐藤 瑞季
現代ではインターネットが人々に身近なものとなり、ラジオをはじめとする既存のメディアは比較的遠い存
在のメディアとなったのではないだろうか。しかし、ラジオは災害時における必要性が最も高いメディアであ
ることも事実である。
本稿ではラジオ放送全体的な変化を踏まえて、秋田県内のラジオ局の変遷を制作者側へのインタビュー調査
をもとに考察した。
まず第 1 章では、ラジオというメディアの歴史の変遷について述べていく。1920 年、リスナーの登場によ
りラジオは普遍化された。国家のメディアとして 4 つの役割が示された。ラジオは時代に利用されていた。ま
たここではコミュニティ放送の制度化についても述べた。
第 2 章では、2010 年代のラジオ局の変化をまとめる。インターネット配信の登場により、ラジオの聴取形
態の変化が起こった。また、難聴地域解消のため AM が FM 放送で聴取できるようになった。このような変
化についてまとめた。
第 3 章では、秋田県内のラジオ局についての概要や、調査を行った 4 局のラジオ局の概要などについての説
明を行った。また、ラジオ局がある地域の特徴も述べた。
第 4 章では秋田県におけるラジオの変遷を分析していく。はじめに開局時期を 3 つに分類しその変遷を論じ
た。その後、ラジオ局の取り組みやそのラジオ局の分布についても分析を行った。
秋田県においてラジオの役割は災害対策というより地域活性の手段であることがわかった。インターネット
配信で日本全国や世界に存在をアピールすることもできるが、地域へ向けた取り組みを行い、地域重視であ
ることに変化はなかった。秋田県は少子高齢化が著しい地域でもある。ラジオ放送局はラジオの存在及び聴
取方法の認知度の低さに加えて、聴取者に高齢者が多くいることを意識している。少子高齢化の一手段とし
て、その中でも人口が多く高齢化率が低い地域でしか経営は難しいという現実が明らかとなり、本稿を締めく
くった。
13
現代日本における動物のイメージ
佐藤 悠里
私たち人間と動物は,狩猟採集から今日に至るまでさまざまな時代や地域において多様に関わってきた.番
犬や猟犬などのパートナーとして,時には権力の象徴として,その役割は時代によって変化してきた.2011
年 3 月の東日本大震災に際して,ペットを救うべきか否かについて論争が起きたことは記憶に新しい.「捕鯨
反対問題」をはじめとした「動物愛護」
「アニマルライト」が叫ばれ,しばしば問題になっていることを鑑みて
も,動物が社会の一員として捉えられてきていると考えることは自然である.人間と動物の関係に対する研究
は今まで数多くなされてきたが,1970 年代からは,特に人間にとっての「癒し」としての役割が注目を浴び
ている.近年では「ペットブーム」「アニマルセラピー」という言葉も浸透しており,もはや現代において動
物は「家畜」
「愛玩動物」という存在に留まらず,「家族」の一員だという地位に足元を固めつつある.
本論文の構成は次のようになっている.まず第 1 章では人間と動物の関係がどのような現状なのかといった
時代背景と,そこから今回の論文がどのような点で有用なものなのか,その目的を述べる.次に第 2 章ではこ
れまで行われた人間と動物に関する先行研究を紐解き,さまざまなアプローチによって,現状を明らかにす
る.そして第 3 章では,先行研究からわかることに新しい視点を加え,そこから考察を行う.最後に,以上の
ことを踏まえた上で今後の展望・課題を述べる.
14
TV-CM におけるステレオタイプとその受容
鈴木 英里子
メディアに登場する女性には「エプロン姿、優しい、依存的」などの特徴が描かれやすい。これらは、女性
に対するステレオタイプイメージといえる。特に CM は短い視聴時間で高い説得効果を生み出すために、ス
テレオタイプ的表現が用いられやすい。1986 年の男女雇用均等法の施行を契機に、「キャリアウーマン」や
「共働き家庭」など非伝統的な性役割を担う女性もメディアに登場するようになってきたが、そのような女性
のサブタイプに対しても、ステレオタイプ的表現がなされると考えられ、それが偏見に繋がる可能性が問題と
して挙げられる。本稿では、探索的データ解析を用いて、ステレオタイプ的女性が登場する CM に対する視
聴印象調査、分析を行った。そこから、性役割態度差、現代の女性に対する固定化されたイメージ、現実のと
の相違点等について考察した。
第 1 章では、メディアとジェンダーステレオタイプに関連する先行研究から、ステレオタイプの特性、メ
ディアに描かれる女性像とその特徴をまとめた。
第 2 章では、視聴印象調査の概要、調査に使用した SD 法についての説明、CM の選定理由とその分析、質
問項目についてまとめた。
第 3 章では、データをもとに因子分析を行い、それぞれの CM の代表的なイメージについて分析した。ま
た、性役割分業意識についての調査結果をまとめ、SD プロフィールをもとに、性差、性役割分業意識差につ
いて分析を行った。因子分析の結果、「人間的あたたかさと好感度」に関する因子、「ビジネス的価値観」に
関する因子が抽出できた。専業主婦 CM は「あたたかい、愛想の良い」、キャリアウーマンは「有能な、新し
い」
、ワーキングマザー CM は「貧しい、感情的な」といった印象が抱かれていた。
第 4 章は、調査データとその分析に対し、現代の女性の就業状況などの資料をもとに考察を行った。
男女雇用均等法の施行以降、CM に登場する女性は多様化していったが、サブタイプごとに共通した表現が
なされ、それぞれに共通したイメージが抱かれやすいことが明らかになった。CM において専業主婦は「あた
たかく」表現され、好意的な印象が抱かれる。キャリアウーマンは「新しく、有能に」表現され、ワーキング
マザーは「貧しく」表現されている可能性がある。また、現実のワーキングマザーは、ポジティブな就業意識
を持って働いていることが調査から判明し、CM に描かれるワーキングマザー像とずれがあることがわかっ
た。無意識のうちに専業主婦に好ましいイメージを植え付けることで「女性が男性の補佐的役割を担う」とい
う現行の社会システムを肯定している危険性が考えられる。
15
ファストファッションと現代人の自己演出
曽田 緑
ファストファッションとは、流行を採り入れつつ低価格に抑えた衣料品を、大量生産し、短いサイクルで販
売するブランドやその業態のことである。安くて早い「ファストフード」になぞらえた造語で、日本では 2009
年の流行語大賞にも選ばれた。世界的不況の下、ファッション業界でも世界的規模で大手グローバルチェーン
が寡占し、売り上げを伸ばしている。日本のブランドとしては、ユニクロ、GU、しまむら、海外ブランドで
は GAP(米国)、フォーエバー 21(米国)、H&M(スウェーデン)、ZARA(スペイン) などが代表的である。
本論文は、現代人のファッションを取り巻き、人気を博しているファストファッションと、現代人の自己演
出について考察する。考察する上で、ファストファッションは個性を提供しているのだろうかということも考
察の観点の 1 つである。本論文でメインで取り上げたファストファッションのブランドはファーストリテイリ
ング社のユニクロと GU である。この 2 つのブランドにはそれぞれインタビューも行った。インタビューす
ることで文献だけではわからない実際に働いている人の貴重な情報も得ることが出来た。
第 1 章では、現在のファストファッションの状況を述べる。第 2 章では、ファッションの歴史やファッショ
ン業界について述べる。ファッション雑誌の歴史や物流の仕組みにも触れる。また、ファストファッションと
いう概念の説明やファストファッションには欠かすことのできない SPA モデルについても言及する。第 3 章
では、ファストファッションの中でも代表的で知名度も高いファーストリテイリング社のユニクロと GU につ
いての概要を説明する。第 4 章では、ユニクロと GU での実際のインタビューを通して明らかになったこと
を述べる。そして最後に第 5 章では、現代のファッションの状況とインタビューを通して明らかになったこと
についてまとめ、本論文の結論を述べる。なお、付録としてユニクロと GU それぞれのインタビューの文字起
こしを加えた。
ファストファッションが大きく成長していることには、ファッションの歴史的な流れの中でファストファッ
ションが登場したことと、現代の時代背景の相乗効果によってなのではないかという結論に至った。また、イ
ンタビューの中では 2 つの各ブランドは個性を提供している意図はなかったが、提供側の意図していないとこ
ろでも、ファストファッションは大なり小なりの個性を提供していることがインタビューの中でわかってき
た。その大なり小なりの個性というものを本論文では「プチ個性」と定義し、現代人はファストファッション
の中で、自己演出として「プチ個性」の演出合戦が行われているという結論である。
16
ネットレーベルの存在意義
友金 彩佳
ネットレーベルとは、インターネット上での楽曲配信を主として活動を行う音楽レーベルのことを指し、
2000 年代前半の開始から現在に至るまで、独自の音楽文化を形成してきた。しかし、2007 年に登場した
SoundCloud や Bandcamp といった音声ファイル共有サービスが普及したことで、より手軽に楽曲配信を行
えるようになるなど、ネットレーベルを取り巻く環境が大きく変化した。つまり、代替となり得るサービスが
登場したことで、ネットレーベルの存在意義が失われてしまったのである。
しかしこのような変化の中でも、ネットレーベルは今なお存在し、その活動を続けている。これに携わる人
物たちはネットレーベルの存在に何を見出し、何を意義として活動し続けているのだろうか。そこで本稿で
は、実際に現在も活動を行っているネットレーベルである Maltine Records と Ano(t)raks を取り上げ、これ
らの主宰者へのインタビューを元に、今日におけるネットレーベルの存在意義について考察を行った。
第 1 章では、ネットレーベルについて考察を行う前提として、ポピュラー音楽についての理解を深めるべ
く、クリス・カトラー、キース・ニーガスのそれぞれの論を紹介した。
第 2 章では、日高良祐の論を参考に、ネットレーベルの歴史について振り返ったのち、ネットレーベルを取
り巻く現状を説明した。そしてそれらを踏まえて、ネットレーベルの存在意義はどこにあるのか、という問題
提起を行った。
第 3 章および第 4 章では、前章で述べた問題について考察を行うべく、事例研究を行った。第 3 章で取り上
げた Maltine Records は、国内におけるネットレーベル黎明期である 2005 年に活動を開始しており、ネット
レーベルの活動基盤を作り上げた存在であることや、国内外問わず注目度が非常に高いことなどから、日本の
ネットレーベルを語る上では欠かせない存在であると考え、これを事例として選定した。
第 4 章で取り上げた Ano(t)raks は、他のネットレーベルが電子音楽を主流とする中では珍しく、インディー
ポップ というジャンルに特化しているという特徴があったことや、前述した音声共有サービスをプラット
フォームとして使用しており、これらの音声ファイル共有サービスとネットレーベルとの関係性について考察
するのに適していると考えたことから、これを事例として選定した。
最後に、前章での二つの事例研究を元に、両者の活動についてのまとめを行った。その後それらを踏まえた
上で、両主宰者が共通して最も意識しているのは「良い音楽を 1 人でも多くの人に届けたい」というキュレー
ターとしての役割であり、そこから汲み取れる、「自分たちが今までにないものを提供できる」という自負こ
そが、ネットレーベルの存在意義に繋がっているのだと結論付け、本稿のまとめとした。
17
青少年のアイデンティティ形成におけるインターネットの影響
中原 亜莉紗
アイデンティティを形成する時期を迎える青少年は、多様な手段を用いてコミュニケーションをとり、他者
との繋がりの中で自己を確立するヒントを得ようとする。そして急速な普及を遂げ、現在も新たな進化を遂げ
るインターネットは青少年にとって日常的な存在であり、インターネット上でのコミュニケーションも定番と
化している。しかしそこでは SNS を通じた知人との繋がりの構築や日常生活の公開など、
「インターネットは
匿名的」という従来の認識とは矛盾した行為が見られ、匿名性の喪失が進みつつある。本稿では、そのような
新しいタイプのインターネット文化に接触する青少年にとって、そのインターネット文化が彼らのアイデン
ティティ形成に与える影響性を考察する。
まず第 1 章では、日本国内におけるインターネットの歴史を記した。また 2000 年代中頃で変容したネット
文化や、変容したことでネット文化に新たに発生した「身体性」という要素に注目し、従来のインターネット
の要素であった「匿名性」と相反する「身体性」のあるものが現在の人々に必要とされているということに言
及した。
第 2 章では、日常の現実世界とインターネットの仮想世界で異なる姿を持つユーザーに焦点を当てた。ま
ず、他者との識別を行う要素である「名前」と「プロフィール」がインターネット上でどのように表現されて
いるかによってユーザーを複数のタイプに分類し、それらの要素に「識別性」が含まれる限り、ユーザーの
「匿名性」が薄まることを示した。そして Facebook を例に挙げながら、近年増加する傾向のある匿名性の薄
いインターネットサービスの利点と欠点を指摘し、アイデンティティ形成を助長する対人コミュニケーション
の要因に結びつくとして、インターネットの匿名性の必要性を主張した。また、アイデンティティは社会的な
役割と結びつくことで定着するため、大人と比較して社会的な役割をまだ認識していない青少年たちのアイデ
ンティティが未形成で自己に迷いがある状態は当然であることを明らかにしている。
そして第 3 章では、インターネットが青少年に与える影響について考察を行った。他者との繋がりを実現さ
せるネットサービスが青少年期を引き延ばしている要因と仮定し、青少年のアイデンティティ形成が危機を迎
えていると主張した。そこでは青少年期が引き延ばされることで、心は子供のまま成長した大人として独立で
きず、社会に溶け込めなくなる危険性を指摘している。そしてそれを回避する手段を対面コミュニケーション
とし、青少年のアイデンティティ形成にはコミュニケーションが必要不可欠であり、「自分」を他者と共有さ
せることが解決への糸口であると結論づけた。
18
自治体の関わり方から見るコミュニティ FM の現状と課題
中村 笑
県域よりも小さい単位を対象に、地域に密着した放送をするために誕生したコミュニティ FM は、年々数を
増やしている。しかし開局状況を分析すると、自治体の資本金が入った第三セクターの局数は、急激に増加し
た後に減少するという極端な変化を遂げてきたことがわかった。これを受けて本論文では、出資以外のどのよ
うな点でコミュニティ FM と自治体が関わり、それによる効果や影響は何か、現状と課題を明らかにした。
第 1 章では、放送内容や開局状況などコミュニティ FM とは何かを確認した。
第 2 章では、コミュニティ FM と自治体がどのように関わっているのかを明らかにするために行なった聞
き取り調査について説明をした。本論文では、新潟県内の 4 つのコミュニティ FM と新潟市内の 3 つの課に
聞き取り調査を行なった。
第 3 章では、設立のきっかけとなった人物、自治体からの資本金の有無がコミュニティ FM の設立に影響
を与え、自治体が関わっている方が順調に設立できると述べた。また第三セクターの局の開局について、災害
時の情報伝達手段として注目されて増加したが、通常時に自治体はあまり効果を感じられず、放送に苦労した
ことも減少の要因の 1 つと述べた。
第 4 章では、多くの局でアナウンサーが自治体からの原稿を読み上げているが、自治体職員の出演は第三セ
クターの局の方が多いことがわかった。自治体職員が出演することで、情報伝達能力の向上や人間関係形成と
いった効果が得られる。
第 5 章では、災害放送にはコミュニティ FM と自治体の連携が重要で、災害協定や緊急割り込み装置の導
入は年々進んでいるが、まだ導入されていない地域はあり、導入されていても活用する意識が低いという問題
があるとわかった。
第 6 章では、難聴地域を解消するには中継局が必要だが、費用がかかるわりに効果が見込めず、自治体の協
力も得られないために、設置が進んでいない現状が明らかになった。
第 7 章では、コミュニティ FM は市町村合併によって同じ町となった地域のことも放送するように意識を
変えたが、合併後も担当の課は引き継がれているため、コミュニティ FM と自治体のつながりには大きな変化
はなかったことがわかった。また、放送エリアが狭く難聴地域も残っているコミュニティ FM では町全域を
カバーできないという問題が合併前からあり、その問題は市町村合併によってさらに悪化してしまったことも
わかった。
最後に第 8 章では、コミュニティ FM と自治体が関わることで効果が得られるのに、自治体が放送エリア
の狭さを理由に活用しないという現状があるため、コミュニティ FM は小さい単位を対象に地域密着の放送
をすることが自らの役割と強く意識して放送を行ない、自治体にコミュニティ FM の有効性を証明していく
ことが課題である、と結論付けた。
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ポピュラー音楽とジェンダー
長井 大樹
私たち人間は、男性であるか女性であるかの 2 種類に分類される。男性と女性の間にあるその特徴的な差か
ら、男性であるか女性であるか、男性的であるか女性的であるか、という二項対立的な考え方は、人間の社会、
文化、生活などには常について回っている。
特に文化に於いては、ジェンダーは重要なファクターであり、それは音楽という領域においても例外ではな
い。その音楽ジャンルは男性的か女性的か、そのグループはどうか、その楽器はどうか、ということを私たち
は感じ取っている。しかしそれは意識的に判断しているわけではない。様々な要因から無意識のうちに感じ
取っているのである。
この論文では、日本のポピュラーミュージックをジェンダーという観点から考察し、私たちが無意識に判断
している音楽のジェンダーと、そう人々が判断する要因となるものを明らかにすることを目的とし、さらにそ
れを明らかにすることの意義を求めるということを目的とした。
第 1 章では、日本に於いてロックミュージックが男性的であるということについて、そのように人々が判断
する要因を考察し、今後の日本に於けるロックとジェンダーの関係についても、日本に於ける近代のフェミニ
ズム的思想の広がりを踏まえて言及した。ロックの辿ってきた歴史と、日本に於ける性差別意識がその要因で
あるとした。
第 2 章では、男性性と女性性が混在しているように見える「男女混成バンド」「ヴィジュアル系バンド」を
取り上げ、具体例を示しながらそのジェンダーと、そう判断される要因を明らかにした。具体的には、「男女
混成バンド」の性は主にボーカリストの性に因って決まるとし、「ヴィジュアル系」の性は、女性的シンボル
を男性的領域に持ち込んでいるため、男性であると結論付けた。
第 3 章では、第 1 章と第 2 章を踏まえ、日本のポピュラー音楽のジェンダーと、人々がジェンダーを判断す
る要因を明らかにした意義を述べ、今後の音楽とジェンダーについても、時代の移り変わりによるフェミニズ
ム的思想の広がりを絡めて述べた。どんなに性差別意識が薄くなっていっても、男と女という二項対立は人間
文化にはついて回り、文化とジェンダーという切り離せない関係についてこれからも考えてゆくことが、これ
からの文化の発展のために意義があると結論付けた。
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ムーミン物語におけるスクルット
二階堂 紗弥
ムーミン物語には、孤児、よそ者、嫌われ者、放浪者という孤独を連想させるキャラクターが数多く登場す
る。トーベ・ヤンソンはそういった周囲にうまく溶け込めない孤独な者たちを「スクルット」と呼び、スク
ルットな読者に向けてムーミン物語を書いた。本稿では、トーベ・ヤンソン原作のムーミン物語を研究対象と
して、ムーミン物語における「スクルット」という孤独の表象に着目し、トーベ・ヤンソンの描く孤独の表象
や、孤独に対するアプローチの多様性を考察した。
第一章では、本稿における「孤独」の定義づけをした。トーベ・ヤンソンの書いたスクルット的孤独は、必
ずしも寂しい悲しいといった暗い感情を引き起こすものではなく、むしろ孤独である喜び、孤独が生み出す創
造性や自由といった前向きな感情を引き起こすものとして書かれることが多い。そこで本稿では、津田和壽澄
の「孤独」の定義を用いた。津田は寂しい悲しいといった消極的な孤独を「ロンリネス」
、孤高・自由といった
積極的な孤独を「ソリテュード」とした。以降、この定義のもと考察を進めている。
第二章では、ムーミン物語における特徴的な孤独性を考察するために、具体的にスクルット的なキャラク
ターを挙げ、そのキャラクターの物語における役割やその孤独性についてふれた。放浪者としてソリテュード
的孤独を楽しむスナフキン、孤児というロンリネス的孤独をもつムーミンパパ、社会と全く関わりを持たない
無関心から引き起こるロンリネス的孤独を帯びるニョロニョロ、他に対して閉鎖的という外面にロンリネス的
孤独性を帯びながらも、その状況に満足しているソリテュード性を併せ持つトフスランとビフスラン、誰から
も好かれず、誰も好かない絶対的ロンリネスな存在であるモラン、信条としているものを揺るがされたときに
ロンリネス性を強く表すホムサ・トフト、以上 6 種のキャラクターを例として挙げた。
第三章では、前章でとりあげたキャラクターと、作者トーベ・ヤンソンとの関連性に着目し考察した。トー
ベ・ヤンソンが数多くのスクルット的キャラクターを描いたのは、彼女の人生において、社会的に少数派に属
し孤独である状況が多かったことが理由であると考えられる。物語内での孤独性を考察した前章とは異なる視
点から分析することで、物語外に隠されたスクルットたちの孤独性を探った。そして、トーベ・ヤンソンの描
く孤独の表象やそのアプローチの多様性を見出した上で、ムーミン物語におけるスクルット的キャラクターは
トーベ・ヤンソンの孤独な人生を反映したものであり、彼女にとって孤独は必要不可欠な構成要素として日常
的に存在するものであったと述べ、本論を結んだ。
21
三谷幸喜映画の魅力の分析
仁科 すみれ
三谷幸喜(1961∼)は、日本の劇作家・脚本家・映画監督である。現在三谷が監督・脚本を務めた映画は 7
本発表されており、本論文では三谷の初監督作品である 1997 年の『ラヂオの時間』から、2011 年の『ステキ
な金縛り』までの 5 本を研究対象とし、三谷映画の魅力を分析した。
第一章では研究対象となる 5 作品の登場人物とあらすじを紹介し、第二章からの分析の資料とした。
第二章では、三谷映画の世界観について分析した。三谷映画の世界観はリアルとアンリアルの混合である。
三谷映画におけるアンリアル(ファンタジー)とは、気の抜けた日常ではなくかしこまった非日常のことであ
る。1 作目や 2 作目では物語の大枠の設定におけるファンタジー要素が弱く、3 作目から作品数を重ねるごと
にファンタジー要素は強くなっている。1 作目から最新作まで継続してアンリアルな登場人物は登場し続けて
いるが、理詰めでストーリーが進行されたり現実的な人間模様が描かれたりと、しっかりとリアルな要素も盛
り込まれている。また、法廷のような閉鎖空間はアンリアルな要素として、長回しという撮影方法はリアルな
要素として働いていることも説明した。
第三章では、三谷映画の登場人物について分析した。三谷映画の最大の魅力は個性豊かな登場人物であると
し、それらはどのようにして作られているのかということを述べた。登場人物たちには全員に役割が与えられ
ており、必ず見せ場がある。ネタの為だけに出てきたかと思われた人物が後々活躍することもよくあり、カメ
オ出演する人物にもしっかり伏線が隠されていることもある。加えて三谷は当て書きによって役者の魅力も引
き出している。三谷は観客の知らない役者の魅力を伝えたいという思いで当て書きをしており、出演者も三谷
に新しい自分を引き出されたと話すことが多い。三谷は幼い頃から数多くの映画を観ており、明確なイメージ
を持って撮影に臨んでおりさらにそのイメージをしっかりと役者に伝えることができる。また役者の集中力を
切らさない長回しという撮影方法も、役者の魅力を引き出す一つの要因となっており、登場人物を魅力的なも
のにしている。
また、三谷映画の登場人物たちはよく嘘をつくということについて考察した。三谷映画には作品ごとに必ず
嘘をつく人物が登場する。そして、自分を偽ったり自分の希望を抑圧したりするために嘘をつくとその後のこ
との運びがうまくいかず、自分の夢を叶えるために嘘をつくと良い結果となるという法則性を見出した。嘘は
つかずとも本当の自分を偽る人物も登場するが、その人物たちは自分を偽ることをやめた結果、ハッピーエン
ドへと繋がることになっている。三谷は「嘘」や「偽り」を通して人間の愚かしさや弱さを描いており、その
人物たちが夢を叶えたり夢に向かう覚悟を決めたりする過程を描くことで、特別な才能を持たない観客たちを
応援しているのだと結論付けた。
22
地域と読者を繋ぐフリーペーパーの特性
長谷川 萌衣
今日、人々の書籍、雑誌離れが進み、無料で手に入るフリーペーパーが注目されてきている。同じ地域情報
を扱う媒体として、有料タウン情報誌とフリーペーパーの関係性を考えるためには、フリーペーパーの持つ特
性を正しく理解する事が必要である。この論文では、第 2 章では情報の受け手、第 3 章では媒体、第 4 章では
情報の送り手の 3 つの視点からフリーペーパーの特性を探り、地域にどのような役割を果たしているかを考察
した。
第 1 章では、山本茉莉 (2008) の『新・生活情報誌』や日本生活情報誌協会のホームページを参考にし、フ
リーペーパーについての説明やその歴史、現在の状況などをまとめた。
第 2 章では、幾つかの既存のメディア接触調査の結果をまとめ、人々がフリーペーパーや有料誌にどのよう
に関わっているのか、また、人々がフリーペーパーについてどう考えているのかについて考察を行った。人々
がフリーペーパーに関心を持つようになってきている事や、人々は無料である事やクーポンがついていると
いったお得さからフリーペーパーを読んでいるのではなく、フリーペーパーに地域に密着した情報の掲載を求
めている事が分かった。
第 3 章では、フリーペーパーと有料タウン情報誌を発行形態や内容などの様々な観点から分析を行い、フ
リーペーパーの持つ強みについて考察した。フリーペーパーが読者に合わせて柔軟に内容や誌面を変化させる
ことが出来る事や、有料誌よりも自由な発想で、気軽に発行することが出来る事、また、読者も気軽に手に取
ることが出来る事が強みに挙げられる。その為、有料誌に比べてより地域に密着した情報掲載が出来る事が分
かった。
第 4 章では、街角こんぱす株式会社、株式会社けんと放送、株式会社ジョイフルタウンに行った聞き取り調
査の結果をまとめている。フリーペーパーと有料タウン情報誌の共通点、相違点が幾つか明らかになっている
が、フリーペーパーで情報掲載をする事により、よりたくさんの人に情報が届く事、また、フリーペーパーは
配布場所や配布方法を自由に選択できるため、読者を想定しやすい事が分かった。
第 5 章では、今までの内容をまとめた。フリーペーパーには気軽さがあり、多様な冊子が誕生し、多様な情
報が読者に届けられる事、よりローカルな情報を届けられる事が特性である。その為、読者と地域の間にフ
リーペーパーが入り、地域の住民である読者にその地域の情報を発信している。このように、フリーペーパー
は読者と地域を繋ぐことが出来る媒体として、その強みを発揮することが出来る。
23
携帯カメラの視覚文化論
福原 香純
身体との距離という点から見て、携帯電話は人と近いメディアである。携帯電話はその持ち運びやすさゆえ
に、鞄や衣服の中に入れられ、人と共に行動することが多い。携帯電話のカメラ機能は、その携帯性から記念
に撮る写真だけではなく日常のなんでもない場面まで撮影し、保存することを可能にした。本稿ではそれらの
写真はどのように使われているのか、コミュニケーションにおける携帯電話の写真について、若者の利用を中
心に考察した。
第 1 章では、前段階として携帯電話がどのように発展し、パーソナルな空間に入ってきたのかを追う。電話
というコミュニケーションツールが共同体で使用するものから各々の家庭に入り、そして個人に所有されるよ
うになったことで、携帯電話が日常的に使用され身体に近いメディアになってきたことを確認した。
第 2 章では、カメラ付き携帯電話が登場したところから、普及するまでを概略的に示した。利用者が写真で
コミュニケーションする楽しさを知っていたという背景もあり、カメラがその後標準的な機能となるまでに受
け入れられたことがわかった。また、カメラの性能の向上が求められ、「ケータイカメラ」はデジタルカメラ
のような画質、様々な補正機能を備えるようになっていく。加えて、料金制度の改革や、知人や他人とコミュ
ニケーションする環境が整えられる(SNS が登場し流行する)ことによって写真は撮られる機会を増やした
として、カメラ機能の発展と使われ方について述べた。
第 3 章では、若者の利用について注目し、近年利用率の伸びている SNS から 3 つを取り上げ、写真で交流
をすることの楽しさ、また適切ではない写真によって損害が出ることについて述べた。
第 4 章では、地域の写真館に取材を行い、携帯電話のカメラについてその視点からの意見を求めた。デジタ
ルカメラの頃から見られた客足の減少は携帯電話のカメラによって強まったと感じていることがわかった。ま
た、写真を印刷して共有するという行為も、携帯電話によって簡単にできてしまうことがその原因なのではな
いかという意見を得られた。
以上から、携帯電話の写真コミュニケーションは、深く浸透していることがわかった。SNS の例では写真利
用の広がりが見られ、その写真によるやりとりは情報の受け手の解釈に委ねられる部分が大きいものだった。
携帯電話のカメラを使ったコミュニケーションは、言葉よりも写真による説明に依存したものであると結論付
けた。
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デジタル環境の進展に対する新聞社の動向について
古頭 侑也
近年、ニュース、情報の取得については、様々な情報ツールがある。たとえば、パーソナルなニュース等の
取得においては、WEB 等での情報の取得、また、個人間での情報の共有については FACE ブック、ミクシイ
等なども活用されている。そうした時代のなかで、ニュース、情報伝達の仕組みの中で、特に紙メディアを多
く使っている新聞も時代に合わせた対応も必須であると考える。そこで本稿においては地方紙である新潟日報
と全国紙である読売新聞へのインタビューを元にデジタル環境が進展している中で新聞社がどのようにその環
境に対応してきたか、また対応したことによる効果について考察した。
第 1 章ではデジタル環境の進展に対する新聞社の取り組みと考察点について述べている。全国紙である読売
新聞と地方紙である新潟日報にインタビューを行ったことを述べた。
第 2 章では全国紙の読売新聞と地方紙の新潟日報、それぞれが行っているデジタル戦略の状況やこれまでの
推移について整理した。
第 3 章では直近のデジタル戦略の事例として読売新聞社が実施している高齢者向けタブレット提供の状況に
ついて取り上げ、整理した。
第 4 章ではインタビューや参考文献を元にオンラインサービスを始めたことで起こった変化について(1)
購読者層の変化、
(2)広告の変化、
(3)速報性の変化、
(4)高齢者のマルチメディア対応の可否(導入)
、
(5)
マルチメディア時代における紙メディアの役割 という 5 つの項目に分けて仮説をたてた。各項目で紙媒体の
新聞を基本に据えつつも、デジタルサービスによって新聞の利便性が高められていることが分かった。
第 5 章では総括として(1)デジタル環境が進展しても紙媒体の新聞の役割は大きいこと、(2)新聞のオン
ラインサービスの長所と課題、
(3)最後に という 3 項目で締めくくった。デジタル環境が進展しても、新聞
社が紙媒体を中心に据えたデジタル戦略を進める理由について考察した。新聞社から出される情報は常に正確
性が求められる。紙は一度世の中に出回ってしまえば、残り続ける。一回一回新聞を刷るごとにその正確性が
出るようにスクリーニングをかけて間違いがないか複数の人間の眼で特に紙の新聞はチェックされている。こ
のことから紙媒体での報道は新聞社が出す情報の正確性に寄与しているといえるだろう。だから、デジタル環
境が進展しても紙媒体が果たしてきた役割は大きい。一方で紙媒体の弱点を補う形でデジタルの長所である速
報性や利便性を活かしたオンラインでの情報提供や SNS、タブレット貸し出しサービスなどの施策が行われ
てきた。結論として紙媒体を中心に据えつつも、紙媒体とデジタルの両輪で情報提供をしている形態が新聞社
のデジタル環境の進展に対する取り組みとして述べることができた。
参考資料として読売新聞と新潟日報へのインタビュー内容についても記載した。
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テクノ・ミュージックの再定義
松本 和希
テクノ・ミュージックと呼ばれる音楽がある。シンセサイザーや打ち込みのリズムによる機械的な音色が特
徴であり、日本ではイエロー・マジック・オーケストラ(Yellow Magic Orchestra、以下 YMO)が “テク
ノ・ポップ”と呼ばれる音楽として確立した。これは 1980 年前後のことであるが、2000 年代半ばあたりから
現在にわたって、日本のテクノ・ミュージックは再び注目されることとなる。現在では中田ヤスタカのプロ
デュースによる Perfume やきゃりーぱみゅぱみゅが、J-POP におけるテクノ・アーティストの代表である。
これらの国内テクノ・ミュージックについて本論文では、technology を語源とする「テクノ」という言葉に
着目して、テクノ・ミュージックがそれ自身をテクノ・ミュージックたらしめる本質的な要素を追究した。
1 章では、テクノ・ミュージックと日本文化との関係に触れながら、なぜ「テクノ」と呼ぶことで他の電子
音楽と区別されているのか、曖昧な点を指摘した。そして「テクノは思想だ」とする一説を受けて、テクノ・
ミュージックに表れているであろうミュージシャンの「テクノ精神」の存在を仮定した。
2 章では、テクノ・ミュージックの元祖である YMO の歴史を振り返り作品を検証した。初期・中期・後期
と分けられる活動段階のうち、特に初期および中期の作品を重点的に取り扱い、1980 年のテクノ・ブームと
テクノ・ミュージシャンとしての YMO の姿勢とが互いにどう作用し合ったのかを明らかにした。
3 章では、現在日本で最も影響力のあるテクノ・ミュージシャンである中田ヤスタカを取り上げた。彼が
プロデュースする Perfume、きゃりーぱみゅぱみゅといったプロジェクトおよびメイン・ユニットである
CAPSULE という 3 つの柱について、それぞれの活動と相互関係を検証することで、中田の音楽制作に対す
る意識を明らかにした。
4 章では、本論文の表題に示したとおり、テクノ・ミュージックという音楽に対してあらためて定義づけを
行った。具体的には、2 章および 3 章にて明らかにした YMO および中田ヤスタカのテクノ・ミュージシャン
としての姿勢を 1 章にて仮定したテクノ精神と位置づけ、それぞれの思想が各時代のテクノ・ミュージックの
本質を決定づけているとした。テクノ・ミュージックとはテクノロジーや音楽そのものに対する制作者の関心
や問題意識が音楽として表されたものであり、日々変化していくテクノロジーや多様化する音楽の表現様式と
関連した流動的な性質をもつこの音楽を、1 章にて言及した日本文化の流動性を表す象徴として位置づけるこ
とで本論文を締めくくった。
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コミュニティ放送局の開局に至る動向の考察:FM うおぬまを例に
森 翔吾
コミュニティ放送制度は 1992 年に始まり、現在 300 局近い放送局が存在する。本論文ではそのコミュニ
ティ放送局の一つである、新潟県魚沼市の FM うおぬまを研究対象とし、コミュニティ放送局開局までの動き
を追う。その動きを追うことでコミュニティ放送局が開局に至るまでにどのような障害があるのか、また、コ
ミュニティ放送局を開局する意義について明らかにし、「新しいメディアを作るとは」どのようなことなのか
を考える。
第 1 章では、考察に入る前段階としてコミュニティ放送局の説明を行った。コミュニティ放送局とは市町村
単位のラジオ局であり、認知度が高まったきっかけとして阪神・淡路大震災時に被災者に向けて情報を発信し
たことが考えられる。また、新潟県内でも中越地震や中越沖地震の際に被災者に情報を与えたことを論じた。
第 2 章では、FM うおぬまの可聴エリアである魚沼市についての説明を行った。2004 年の 11 月に 6 町村が
合併して誕生してできた市であるが、市としての市庁舎がなく旧町村の庁舎を利用していることや、合併後に
市が行ったアンケートで合併前と変化を感じる人が多くないことなどから、市としてのまとまりが薄いことを
示した。
第 3 章では、エフエム魚沼株式会社取締役局長である覚張秀都氏、魚沼市で活動する NPO 団体魚沼交流
ネットワーク理事井口勉氏へのインタビューを元に、FM うおぬま開局までの動向をまとめた。FM うおぬま
開局の理由は、中越地震の際に情報を発信できるものがなく、ラジオの必要性を感じたためである。また、開
局までに生じた障害として、「コミュニティ放送局の必要性の是非論」、「設立準備会の意識の不一致」、「魚沼
市の地域性」の 3 点があったことを示した。
第 4 章では、第 3 章でまとめた障害を「コミュニティ放送局の経営難」、「コミュニティ意識」の 2 つに分
け、それぞれ文献を用いながら一般論へ展開した。「コミュニティ放送局の経営難」では、ラジオに対する接
触率や広告費の低下、また、コミュニティ放送局が増加する一方で赤字が続いているという厳しい現状を示し
た。「コミュニティ意識」では、コミュニティ放送が地域の問題を提議するという「問題設定機能」の役割を
果たした時、既存の枠を超えたコミュニケーションが生まれ、そこに新たなコミュニティが形成される可能性
があるということを示した。
本論文では、コミュニティ放送局を設立する中で、
「コミュニティ放送局の経営難」
、
「コミュニティ意識」の
2 点が進行を妨げる原因の 1 つであり、「コミュニティ意識」に関してはその地域のコミュニティを形成でき
る可能性から、コミュニティ放送局を設立する意義であると結論付けた。FM うおぬまが誕生してからの魚沼
市のコミュニティ意識の変化は今後の研究課題とした。
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ライブ配信サイトの比較分析
安川 真生
PC やスマートフォンの普及と発展、通信環境の向上により人々は以前よりも手軽に情報の発信や受信を行
うことが出来るようになった。ブログや SNS、Youtube などの動画投稿サイトなど、今個人で何か電子情報
をやり取りしようとした時、このようなサービスの存在のおかげで、困るということはまず無い。さてこのよ
うな状況の中で近年勢いを増しているサービスがある。それがライブ配信というサービスである。ライブ配信
とはストリーミング技術を用いてリアルタイムで行う動画配信のことである。テレビの生放送をインターネッ
ト上で行っていると言っても良い。ニコニコ生放送や Ustream、Youtube Live、Twitch、TwitCasting など
数多くのライブ配信サイトの充実、通信環境の整備により、PC やスマートフォンがあれば誰もが自宅にいな
がら気軽に世界に向けて動画配信を行うことが出来るようになった。そのような時代だからこそ私は人々に自
分にとって最適な配信サイトを理解してもらうために本論文を執筆した。そこで本論文ではライブ配信サイト
の機能面、仕様の特徴、実際の配信内容について調査、比較し特徴を探った。
第一章ではニコニコ生放送と Ustream、Youtube Live、Twitch の 4 つのライブ配信サイトの画質や放送時
間など、機能面や仕様といった点をまずまとめ、アカウントとコメントの関係性、広告と有料サービスの関係
性の以上 2 点について詳しく比較分析した。その結果として各配信サイトが配信者と視聴者に求めている配信
の在り方を明らかにした。また逆に利用者が各配信サイトに求めていることも明らかにした。
第二章では本章では実際に各サイトで配信されている内容、およびその配信者についての調査を行った。ま
ずは各サイトごとの放送のカテゴリを一覧にし、その中で特徴的な部分や同様に見られる部分をあぶり出し比
較した。その結果第一章に加えてさらに各サイトに適した配信内容といったものを明らかにした。
次の第三章では結論として以上の比較分析から得られた結論をもとにニコニコ生放送と Ustream、Youtube
Live、Twitch の 4 つのライブ配信サイトの特徴を明らかにし、各配信サイトの適した利用方法を結論付けた。
配信者側、視聴者側の両方の観点から最適なサイトはどれなのかを明らかにした。
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