日本型NPO と社会企業

日本型NPOと社会企業1)
−福祉改革を中心に−
川
口
清
史
はじめに
Ⅰ.「特定非営利活動促進法」以降のNPO
Ⅱ.事業型NPOの発展
Ⅲ.スコットランドにおける「コミュニティ・ビジネス」の失敗
とその後の展開
Ⅳ.社会企業の可能性
おわりに
はじめに
本稿は日本における非営利組織、いわゆるNPOの発展の方向性を探ることを目的にしている。
いわゆるNPOとは、一般的な意味での非営利組織や市民活動団体一般ではなく、「特定非営利
活動促進法」という制度に規定されて組織化され活動する組織である。根底にある問題意識は、
外国のモデルを参考にしつつも、日本独自の法的、政治的、経済的、文化的環境の中での発展
展望の模索である。言うまでもなく、NPOはアメリカのそれをモデルにしたものであり、アメ
リカの経験を取り入れようとする議論が多い。また近年ではイギリスのコミュニティ・ビジネ
スを取り入れる議論も目立つ。むろん、多くの学ぶべき点はあるのだが、日本との相違に十分
配慮しなければならない。
本稿はこうした問題意識の下に、NPOのタイプとしては「寄付型」よりむしろ「事業型」に
注目し、その事業も必ずしも完全な市場対応ではなく、より公共部門と連携した「社会企業」
の可能性について提起するものである。
Ⅰ.「特定非営利活動促進法」以降のNPO
幅広い市民活動団体に法人格を認める「特定非営利活動促進法」は1998年12月の施行以来4
年半を経て、2003年6月には1万2千をこえる団体が法人格を取得した(2003年7月31日段階
−201−
政策科学 11−3,Mar.2004
63.4%
保健・医療・福祉
社会教育
37.4%
まちづくり
32.5%
文化・芸術
25.3%
環境保全
26.0%
災害救援
8.1%
地域安全
7.4%
人権擁護
14.2%
国際協力
24.0%
男女共同
8.9%
子ども健全育成
31.6%
連絡助言
33.5%
0.0
20.0
40.0
60.0
80.0
100.0
%
図1 法人格を取得したNPOの分野別構成(複数回答);平成12年末現在
出所;国民生活審議会総合企画部会「最終報告資料」
の認証は12359団体となっている;内閣府資料)。いわゆるNPOは日本社会にほぼ定着しつつあ
るように見える。法人格を取得した市民団体の団体の分野別構成は、2000年末時点で図1の通
りと報告されている。
「特定非営利活動促進法」自体は2003年5月改正され、表にある分野に「情報化社会の発展」、
「科学技術の振興」、「経済活動の活性化」、「職業能力開発または雇用機会の拡充支援」、「消費
者の保護」5分野が加わり、新たに17分野となった2)。
分野別にみた一つの特徴は,「保健・医療・福祉」分野が多いことである。法人格を持って
いない組織を多数含む経済企画庁委託調査の「平成12年度市民活動団体基本調査」においても
43パーセントと(択一回答)最も多くを占めていた。もちろん福祉分野はボランティア活動の
歴史が長く、かねてより行政も支援してきたことがその要因としてあげられるが、加えて近年
の高齢化社会に伴う市民の高齢者支援活動の活発化によるところが大きい。
アメリカのNPO研究者ハンスマンは非営利組織の類型化を意思決定と資金源泉の二つの視点
から行っている(Hansmann,1987)。意思決定の類型は組織内で自立的に行われる「企業型」、
組織を構成するメンバーの民主的な手続きをとる「会員型」に分けられる。また資金源泉につ
いては、生産するサービスの販売収入を主とする「商業型」と寄付、助成金を主とする「寄付
型」に分けられ、2×2の合計4つの象限に分類される。
日本の非営利組織について言えば、意思決定方式からの分類は、内容的には同じだが、「財
団型」と「社団型」と表現する方が理解が容易であろう。この意思決定方式に関わる全国的な
調査はまだない。ただ、数多くのケーススタディ(筆者自身によるものも含め)を見る限り、
大半のNPOが会員制と会員による民主的意思決定方式、つまり「社団型」をとっており、少数
−202−
日本型NPOと社会企業(川口)
の設置者による意思決定「財団型」をとるところはきわめて稀である。意思決定のありようが
NPOの活動のあり方を規定するという状況にはないと考えられる。
他方、資金獲得のありようは、日本の場合についても、NPOの活動ありようを決定的に規定
する。図2はNPO法人の収入構成を表す。その特徴をみると、先の会員制をとっているところ
が多いことと関連して、会費収入が全体の30パーセント近くを占めること。また、介護保険関
連のNPOを中心に自主事業収入も30パーセントと大きな比重を占めている。寄付金は協賛金や
助成財団からの助成を含め20パーセント近くに及んでいる。
(単位:%、N=1,408団体(うち有効回答数1,096)
合計
(1,096)
31.3
福祉以外
(770)
29.1
26.5
7.2
12.9
34.4
4.0
6.7
2.1
5.1
1.5
6.4 2.8 6.8
14.3
2.4
1.5
5.3
1.4
福祉
(322)
0%
43.3
10%
20%
9.7
17.0
30%
40%
50%
60%
9.0
70%
6.9
80%
6.4
1.5
90%
自主事業収入
会費・賛助会費等
寄付金・協賛金等
行政の委託事業収入
行政の補助金等
助成財団の助成金等
民間の委託事業収入
融資金
利息
その他
4.7
100%
図2 NPO法人の収入構成(2002年)
出所:経済産業研究所「NPO法人アンケート調査結果」
ここから見える日本型NPOの一つの論点は、「寄付型」NPOの可能性である。13パーセント
と言う寄付金の占める比率は、それ以前の経済企画庁の2000年市民団体調査結果における1パ
ーセント台からは飛躍的な増加に見える。もちろん経済企画庁調査は対象が小規模な市民団体
中心であり、単純な比較はできないが、同時に、時期的な特殊な事情も見ておかなければなら
ない。この時期介護保険認定事業者として多くのNPO法人が設置されたが、介護保険事業立ち
上げに伴う開業資金や保険事業収入支給に至る期間のつなぎ資金を会員からの出資に仰ぎ、そ
れを寄付金として処理したケースが少なくない。寄付金収入が今後ともこのレベルで推移する
かは全く不確実であろう。
NPO法の制定過程を通じ、そしてその後の運動においても、税制は一つの焦点であり続けて
きた。98年の「特定非営利活動促進法」制定段階では法人税の公益法人並みの非課税、収益事
業(その他事業)については公益法人等とは違って軽減措置なしで出発した。とりわけ議論に
なったのは寄付税制である。NPO支援の市民運動とそれに呼応した諸政党の取り組みの結果、
2000年(平成12年度)「特別公益増進法人」と類似した「認定NPO法人制度」が制定され、一
定要件を得たNPOに対する個人、法人の寄付金に対応する所得への減税が認められるようにな
−203−
政策科学 11−3,Mar.2004
り、続いて2003年(平成15年度)にはこの要件が緩和された。
寄付税制を中心にしたNPO支援税制は、NPO法制定以前から今日に至るまで、NPO支援運動
の中心的課題であり続けている。しかしながら、寄付を収入の中心に据えるNPOは必ずしも増
えてはいないし、アメリカのようにNPOの一つのタイプとして成長していく様子は見えない。
それは単に大蔵-財務省の頑迷な租税中心主義による寄付税制抑圧に原因があるとは思われな
い。問題の根源は、公的分野の財源をどうまかなうか、であって、寄付税制とは、そこにどの
程度直接資金源泉である個人や企業の意向を入れるか、という問題である。こうした根本問題
での社会的合意がない中で多少の優遇税制を実施したとしても、寄付が飛躍的に伸びるとは考
えられない。アメリカにおいて寄付がNPOの主要な資金源泉となり得ているのはもちろん直接
的には寄付税制によるのだが、その制度の基盤としてこうした社会的合意が歴史的に造られて
きたことをみておかねばならない。これはヨーロッパ諸国においてもみられないことであり、
きわめてアメリカ的特徴といえる。日本においても、寄付税制はNPOの財源確保において有利
に働くことは疑いないが、それがN P O の財源として大きな柱に育つ状況にはないし、また、
NPOにだけ特別に有利な税制を実現させる根拠もない。
むしろ税制全般について言えば、法人税についても、公益法人並みの原則非課税が公益法人
制度の転換の中で揺らいでいる。政府は、公益法人について、現在の設置の厳しい許認可とそ
の引き替えとしての原則非課税を改め、設置については基準をクリアすれば認める準則主義を
とるとともに、原則課税として減免税については個別審査という方向を打ち出している。これ
は元々公益法人制度をなくし、NPO法人も含めた非営利法人として一本化しようとする方向で
あったものが、論議の過程で中間法人、続いて特定非営利活動法人が除かれ、公益法人のみに
絞られた、という経緯もあり、いずれNPOも原則課税に移行する方向として強い反発を受けて
いる。
今次の公益法人改革が公益法人の不祥事と財務省の財政基盤を広げようとする思惑の中で始
まったものであり、決して市民活動を推進しようとするために進められたものではない、とい
う経緯から、今次改革については白紙撤回すべきとの主張にも一理ある。しかしながら同時に、
様々な非営利法人制度が歴史的経緯から一貫性なく造られてきた現状はすでに整理すべき段階
にきていることは明らかであり、その際、設置の準則主義は譲れない原則となるであろう。そ
こでは自ずから法人税の課税・非課税の根拠がその活動内容から問われることになり、個別認
定でないとすれば、どのような客観的な基準があり得るか問題となる。営利性にこそ課税の根
拠があるという主張はその一つの方向であろう(浜辺 2003)
Ⅱ.事業型NPOの発展
この4年あまりのNPOの活動の中で、一つの大きな(最大とも言いうる)変化は2000年度の
介護保険の成立であろう。介護保険においてNPOはこれまで公的機関と社会福祉法人に独占さ
れていた公的福祉サービスの、在宅サービスに限定してではあるが、供給者として位置づけら
−204−
日本型NPOと社会企業(川口)
れた。これはNPOが行政サービスの担い手として認定されたという制度的社会的位置づけにと
どまらず、事業体として位置づけることによってNPOの収入構造に大きな変化をもたらした。
介護保険市場は4兆円といわれ、社会福祉法人、社会福祉協議会が依然として大きなシェアを
占め、民間営利センターの参入もあるが、NPOや協同組合も一定の地歩を占めている(NPO、
生協など各協同組合の福祉分野での活動状況については、川口 2002年 b)。
平成14年度(2002年)の厚生労働省老健局調査によると、訪問介護事業の調査事業所238の
うち約4分の1の53が、NPOや生協、農協を含む「その他」となっている。(社会福祉協議会
と社会福祉法人が128と半数を占め、以下、営利法人39,医療法人23,地方公共団体5)また、
他の居宅介護事業では、訪問入浴介護が60事業所中8事業所(13.3%)、訪問看護ステーショ
ンが105事業所中23事業所(21.9%),通所介護が187事業所中の10事業所(5.3%),居宅介護支
援が241事業所中25事業所(10.4%)がそれぞれ「その他」となっている。
個々のNPOについてみれば、全国的な調査はまだないものの、我々のケーススタディからは
年間事業高が2億∼3億に達する福祉NPOも決して珍しくはなくなってきている。我々の調査
した介護事業を展開する福祉NPOはいずれも地域で信頼を得、事業的にはさらに発展する勢い
を見せていた。NPOや生協がこの分野で社会福祉法人や社会福祉協議会、あるいは民間企業に
伍して発展しているのには根拠がある。第1に居宅介護事業は多くの資本金を必要としないこ
とがある。これは、ややネガティヴな表現だが、参入の前提条件として重要である。第2に、
同じことの別の表現であるが、この分野は人的資本こそ最大の必要資源であり、NPOや生協は
モラールの高い働き手に恵まれている。第3に、要求される労働は、高い専門性というより、
生活体験やクライアントに対する深い理解と交流であり、福祉NPOや生協の担い手となってい
る市民層にふさわしい。第4に、これもネガティヴであるが、登録ヘルパーという柔軟な雇用
システムは事業基盤のないNPOが制度化された事業体と対抗する上で不利な状況を作らずにす
んでいる。
こうした傾向は、社会福祉の構造転換が図られる中でさらに拡大していくことが展望される。
現行介護保険事業においても、移送サービスなどNPOの参入が可能な分野への拡大が見通され
る。また高齢者介護にとどまらず、障害者介護においてもすでに2003年4月より措置制度から
自己選択を重視する支援費制度へと移行した。この支援費制度においては、保険制度ではない
ものの、介護保険と同様、クライアントが民間事業者を選択してサービスを受けるようになる。
ここでも居宅介護事業についてはNPOや協同組合が十分な競争力を持って参入することが考え
られる。
こうした介護保険制度や支援費制度の下での事業活動は、消費者の自由な選択の下でサービ
スを提供し対価を得る、という側面では市場活動ではあるが、サービスの種類と価格を管理さ
れており、完全な市場ではない。こうした分野は医療などこれまでも存在しており、「準市場」
と呼ばれることもある。「準市場」における非営利セクターの活動についても多くが語られて
おり、日本においてもそうした状況が生まれてきたと評価できよう。
こうした準市場とは別に、先の図2からも明らかなように、行政や公共セクター資金のNPO
−205−
政策科学 11−3,Mar.2004
に占める比率は高い。ここでも団体に対する一般的な助成は財政危機の中で削減され、何らか
のサービス事業に関わる補助や業務委託が徐々に増えてきている。これまでも多くの行政サー
ビスが、行政改革や財制再建の方針の下に公益法人等に業務委託されてきた。それらは必ずし
も行政改革や財政節減につながらなかったし、逆に、これらの行政サービスを市民や議会のコ
ントロールから遠ざけ、高級官僚(地方官僚も含め)の天下りの温床となってきたという批判
も強い。今次の公益法人改革もこうした批判を受けた改革という側面がある。現在進んでいる
NPOへの委託や助成は当然こうしたこれまでの公益法人のそれとは異なった理念、方法で行わ
れなければいけない。イギリスにおいてボランタリー・セクターへの委託が「コントラクト・
カルチャー」と呼ばれる新たな問題を引き起こし、今日ブレア政権の下で「コンパククト」と
呼ばれるあたらな関係作りが進んでいることはすでに別稿で述べた(川口 1999)。ここで問
題にするのはその関係論や行政側の位置づけ政策ではなく、NPOそのものの自立的な事業力量
である。自立的といってもそれは必ずしもいっさい行政から支援を受けるべきではない、とか、
市場のみで活動するべきであると言ったことを意味するわけではない。公的な制度そのもを一
つの資源として事業に生かしていく力量が問題なのである。
Ⅲ.スコットランドにおける「コミュニティ・ビジネス」の失敗とその後の展開
今日事業型NPOのあり方としてコミュニティ・ビジネスへの注目度が高い。もちろんコミュ
ニティ・ビジネスが分野としても用語としても確立しているわけではなく、様々な事例が紹介
されているレベルである。とりあえず、「コミュニティに基盤をおきコミュニティのため社会
的な問題を解決する活動」(金子 2003)と見たとき3)、その実態は、多くが今述べてきた行
政の補助や支援と深く関わっている。
コミュニティ・ビジネスの成功事例として、あるいは発祥の地としてよく引き合いに出され
るのがスコットランドであるが、そのスコットランドでは「コミュニティ・ビジネス」という
スキーム自体はすでに放棄されている。スコットランドの中心都市グラスゴーは19世紀以降発
達した重工業都市として知られている。グラスゴーの発展を支えた石炭、鉄鋼、造船等は1960
年代以降、国際競争の激化と産業構造転換で急速に衰退し、自動車やエレクトロニクス、サー
ビス業などへの転換も期待通りには進まず、この40年近く一貫して高い失業率に苦しんでいる。
高い失業は、経済的困窮、犯罪、薬物乱用、不健康といった「貧困の連鎖」を生み出すのだが、
とりわけグラスゴーではそれが地域ぐるみ、コミュニティぐるみで現れるという特徴があっ
た。
グラスゴーは1960年代から70年代にかけて、都心部のコミュニティを周辺部に新たに開発し
た「ニュータウン」に移住させる政策をとってきた。高層の集合住宅は多くが公共機関やハウ
ジング・アソシエーションによって建てられ、様々な経済的不利益者のための社会住宅も含ま
れていた。ここに住んだ多くの労働者が産業基盤の喪失の中で職を失い、労働者階級の町が失
業者の町になったのである。
−206−
日本型NPOと社会企業(川口)
コミュニティ・ビジネスと呼ばれるものはまず1970年代にスコットランドの農村部で、交通
手段、商店といったコミュニティが所有するサービスとして出発した。1970年代後半からグラ
スゴー都心部を含め、ストラスクライド全地域に広がっていく。そして1980年代はじめからは
イギリス政府の地域再生資金「アーバン・プログラム」による資金供給が、コミュニティ・ビ
ジネスモデルを推進するためにつくられた組織ストラスクライド・コミュニティ・ビジネスの
下に始まる。このスキームによって1990年代はじめまでに数百のコミュニティ・ビジネスがつ
くられ、コミュニティ・ビジネスという理論モデルがイギリス全体に強い影響を与えた。この
スキームではそれぞれのコミュニティ・ビジネスは設立後7年以内に財政自立し、コミュニテ
ィ所有に移行することになっていたが、その7年を迎え、資金提供が打ち切られた段階でその
ほとんどが事業を停止し、消滅した。、2000年には生き残ったものはごくわずかにすぎない。
アッシュ・アミンらダーラム大学のグループはその失敗の原因を次のように挙げている
(Amin, et al. 2002)。第1に資金提供の基準がより全体的で地域全体をカバーするプログラム
に向かったこと、そしてビジネス開発についてはローカル・エンタープライズ・カンパニー
(LEC)が責任を負い、地域再生より民間セクターの開発を重視したこと。
第2に、コミュニティ・ビジネスの側が資金提供者の期待に応え得なかったことが、より重
要な点としてあげられる。コミュニティ・ビジネスのスキームでは成功は貨幣的なレベルでの
み評価されたが、1980年代以降の分析や評価では多くのコミュニティ・ビジネスが財政的には
持続的ではなく、コスト的には不効率で雇用創出と言うより移し替えでしかなかった。多くの
ボランタリー組織が「コミュニティ・ビジネス」と名乗ってこのスキームの下で資金を獲得し
たことが背景としてある。
第3に、1990年代半ばにスコットランドの地方自治制度が変わり、従来の県−市・町という
二層構造から一層構造へと転換したことの影響である。単一自治体となって、いわゆる基礎自
治体がより広域を対象とするようになったことで、地域再生政策は小規模のコミュニティベー
スの活動より大規模な住宅開発を中心としたアプローチへと重点が移った。加えて、自治体財
政の収支ギャップがさらに広がって財政危機が進行し、支出削減がコミュニティ活動や第三セ
クター、ボランタリー組織にまで及んだことである。
直接には行政の側の政策転換が原因ではあるが、コミュニティ・ビジネスというモデル、つ
まり、コミュニティが所有し、コミュニティのニーズに応え、財政的に自立した事業はビジネ
スモデルとしては確立しなかったと言うことを意味する。
コミュニティ・ビジネスとして生まれながらも生き残り、今日も注目されているほとんど唯
一といってよい組織にゴーヴァン・ワークプレイス(Govan Workplace)がある。ゴーヴァ
ン・ワークプレイスは廃棄された工場跡や学校跡、造船所跡を譲り受け、地域企業のための事
務所や作業所を開発、運営する。現在90企業500人に及ぶ雇用があり、そのうち57パーセント
は地域住民である。ゴーヴァン・ワークプレイスはコミュニティの総体的な再生を目指すので
はなく、様々な活動のスプリングボードとして、確実で財政自立したコミュニティ所有資産と
なるように長期的な計画で取り組みを進めてきた。資金調達は公的部門からではなく、むしろ
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政策科学 11−3,Mar.2004
民間金融機関のローンを主としていた。こうしたグラスゴーでは異例の方針をとったことが逆
に生き残った要因でもあった。
コミュニティ・ビジネスに代わって今グラスゴーで注目されているのは、むしろコミュニテ
ィを超えるより広域に展開する、大規模で専門的で、より公共部門に密着して展開する事業で
ある。
そうした事業の一つにキャッスルミルク経済開発機関(CEDA)がある。キャッスルミルク
もグラスゴー郊外に建設された労働者のニュータウンで、同じように高い失業とそれに伴う貧
困の連鎖、地域の経済的社会的落ち込みに悩んでいる。CEDAはコミュニティ・ビジネスモデ
ルの後にスコットランド地方政府の企業局がつくった7つの媒介組織、ローカル・ディベロッ
プメント・カンパニー(LDC)のひとつで、その傘下に保育所、廃品回収業、中古自転車回
収・修理・レンタル・販売事業等多様に展開している。その一つの非営利子会社にキャッスル
ミルク・エレクトロニック・ヴィレッジがある。これは地域の失業者に情報技術の研修をする
とともに、周辺会社のデータ入力やソフト作成の取引を行っている。そこでは開かれた市場で
の民間企業との競争があるが、同時に公的部門にも二重の意味で深く関連している。その一つ
は、親組織であるCDEAが1980年代後半の設立の経過から、一貫して継続的に公的資金の提供
を受け、その結果、安定した経験のある専門的マネージメント組織を持つことができていると
言うことである。そして、この失業者に技術研修を行う事業は、ブレア政権の「労働のための
福祉」政策として展開されている、媒介的労働市場(ILM)プログラムの下にある。
媒介的労働市場政策は、失業者に働きながら職業訓練を受けさせ、その後主流の市場にある
企業への終業につなげていくことをねらったもので、失業者を職業訓練に吸収したことによっ
てイギリスの失業率を劇的に低下させた。しかし、職業訓練を受けなければ失業手当を止める
という強制的性格や、1年後の訓練の後企業に就職できず再び失業者になる比率が圧倒的に高
いという批判も強い。同時に、このプログラムの受け皿として非営利の社会的経済部門を広げ
たことも事実である。
ワイズグループ(Wise group)はそのILMと密接に関わりながら事業展開している組織として
して知られている。その事業展開はグラスゴーに限らず、全国的であるが、グラスゴーだけで
900カ所の職業訓練所を持ち、年間事業高が2000万ポンド(40億円弱)を超える。ILMプログ
ラムの下でワイズグループは長期失業者に週給120ポンドを支払いつつ、1年間の職業訓練を
する。その訓練は教室だけでなく実際に働きながらも行われ、社会住宅の改良や自然保全など
グラスゴー市民への有用なサービスを提供している。長期失業者たちは、狭い意味での職業技
術だけでなく、社会的な交際や規律についても学ぶ。最近はさらに対象を広げ、一方ですぐに
就業できる人材に対し、市場化しやすい分野、たとえばコールセンターなどの訓練をする事業
を始め、また他方で知的障害者を有給職と自立生活を可能にする移行プログラムを始めたりし
ている。
保育所とシングルペアレントに対する支援事業として1980年に始まったワンプラス(One
Plus)も1987年に公的資金が打ち切られるとともに、若い女性やシングルペアレントへのカウ
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日本型NPOと社会企業(川口)
ンセリング事業などに事業を拡大、近年はこのILMプログラムと連携し、失業中の若年女性を
保育事業で職業訓練し、その後ワンプラスもしくは自立の保育事業に従事させる事業を展開し
ている。ワンプラスの場合はワイズグループとちがって、依然としてコミュニティに基盤をお
いた展開であるが、同時にまた、ゴーヴァン・ワークプレイスとも違って、スコットランド企
業局と密接に連携し、公的資金を導入した展開となっている。
ハウジング・アソシエーション(および住宅協同組合)も住民参加型のグラスゴー再生事業
モデルとして注目されている。グラスゴーには77のハウジング・アソシエーションおよび住宅
協同組合があるが、いずれも住宅の供給や改善にとどまらず、コミュニティ全体の再生に向け
た様々な活動を展開している。その一つ、クイーンズクロス(Queens Cross)・ハウジングア
ソシエーションは、グラスゴー北部のもっとも失業と貧困の集積する地域で1976年以来活動し
ている。2100戸の賃貸し住宅の経営、130戸の共有住宅、1100戸の他者所有住宅の管理、ハウ
ジングサービス、および持家住宅の導入等による混合的なコミュニティ形成、といった住宅関
連事業に加えて、1989年にクイーンズクロス・ワークスペースを設立し、コミュニティ全体の
再生に取り組んでいる。このワークスペースでは2000年段階で85事業、650人の雇用、4千500
万ポンドの事業高という経済活動が開発されたが、同時に、職業訓練センター、コミュニテ
ィ・クラブ、ユースクラブ、環境保全・緑化活動、コミュニティ安全・犯罪防止といった多様
な活動を展開している。このコミュニティ支援活動だけで50人のスタッフが活動している。資
金的には、ハウジング部門の利益が投入されるほか、EU資金、宝くじ、グラスゴー市、スコ
ットランド住宅局等の公的資金に依拠している。組織的にはハウジング・アソシエーションが
非営利会社、ワークスペースがスコットランド政府認定のチャリティ団体である。
このようなコミュニティビジネスモデルに代わる新しい取り組みの特徴は、規模の大きさ、
専門的マネジメントの確立、自律性、自立性、そして公的部門との連携、である。自律性は専
門的マネジメントが確立してこそ可能であったし、専門的マネジメントの確立は一定規模があ
るからこそ可能になったものであろう。逆に言えば、コミュニティ・ビジネスの問題は、規模
の小ささからくるマネジメントの非確立と、経済的合理的根拠のない財政自立といえよう。こ
れらの新しい取り組みをモデル化した用語は必ずしもない。むしろ、コミュニティ・ビジネス
も含め、「社会企業(Social Enterprize)」と総称される。
Ⅳ.社会企業の可能性
社会企業の実践と理論は大陸ヨーロッパにおいて数年前からより大規模に展開されている
(川口 2 0 0 1 )。その理論活動はE U の支援を得たE M E S ネットワークによって展開されてる
(Borzaga, C. & Defourny, J. 2001)。その事業は、保育所、高齢者介護、障害者自立支援といっ
た社会サービス分野、長期失業者や障害者、麻薬患者等労働市場から排除されている人々に職
業訓練し労働市場へと送り出していく労働統合(work integration)、様々なコミュニティ・サ
ービスなど多様な分野にわたっている。
−209−
政策科学 11−3,Mar.2004
その事業組織の形態も多様で、各国の制度や歴史に応じて、様々な形態の会社組織、労働者
協同組合等の協同組合、非営利組織、アソシエーションなどである。取り分け注目すべきは、
この社会企業のモデルとも言うべきイタリアの社会的協同組合である。1991年に法制化され、
今日まで発展してきているイタリアの社会的協同組合は、そこに働く労働者の雇用と利益を実
現する協同組合であると同時にその事業を通じて社会問題を解決するという二重の目的を持
ち、その意思決定も組合員だけではなく多様なステークホルダーが関わる革新的な事業組織モ
デルである(川口 1999)。
社会企業の経済的・企業的規準および社会的次元での規準についてドゥフルニは前掲書で次
のように整理している(pp16−18)。
経済的規準
財・サービスの生産・販売の継続的活動
一部のNPOと違ってアドヴォカシーそのものを目的としない
高度な自律性
公的な支援を受けることはあっても、自発的につくった人々が自立的に統治する
経済的リスクを負う
公的組織と違って、その設置者、労働者が資金に最終責任を負い、リスクを負う
最低限の有給労働者
NPOと同じくボランタリーな労働にも支えられるが、同時に、活動を支えるために最低
限の有給労働者が必要となる
社会的規準
コミュニティ・特定グループの利益を明白に目的とする
地域レベルでの社会的責任の促進という側面を持つ
市民グループによって始められる活動
コミュニティもしくは特定グループの人々の集団的活動の結果であり、それがいろいろ
な形で維持されなければならない
資本所有に基づかない意思決定
一人一票など株式所有に応じた投票ではないこと
活動対象者も含めた参加
顧客やステークホルダーを含めた参加、さらに地域社会の民主化につながる活動を重視
する
利潤分配の制限
非分配制約組織だけでなく、限定された利潤分配組織を含む
以上のような社会企業の規準は、現在日本で論議されているコミュニティ・ビジネスと矛盾
しないし、むしろより実践的に多くの示唆に富んでいる。事業型NPOとの関連では、多くの
NPOが事業開始に当たって直面する困難、事業開始資金の調達とその形式、事業継続性の担保
−210−
日本型NPOと社会企業(川口)
等を解決していく方向性も示唆している。非分配制約、公益性、ボランティアといったNPOの
特徴は、しばしば事業展開上は障害となることがあり得る。事業型NPOをさらに発展させてい
くためには、むしろ社会企業と言うより大きな枠組みの下で展開する方が発展的であろう。ド
ゥフルニ(Defourny)は社会企業概念は、従来の非営利セクターと協同組合セクターとの境界
論議を超えて、第三セクター全体のコア概念としてセクター全体の発展を促す発展的概念であ
るとしている。
おわりに
以上、本稿で提起したことは以下の諸点である。
1.日本におけるNPOの発展の兆しは「寄付型」NPOではなく「事業型」NPOに見ることがで
きる。
2.したがって、「寄付税制」の拡充は必ずしも戦略的課題ではなく、税制面からの支援につ
いて言えば、むしろ法人税課税からの支援を追求するべきであろう。
3.事業型NPOは完全な市場においてではなく、介護保険に見られるような、公共的部門と関
連した「準市場」での展開が中心である。
4.近年注目されている事業型NPOの発展方向としてのコミュニティ・ビジネスについても、
「コミュニティ」や完全な市場での自立した「ビジネス」にこだわることは、イギリスで
の経験からも困難であろう。
5.ヨーロッパで議論されている「社会企業」はより広い視野と展望が可能であり、今後の検
討を要する概念である。
以上をふまえて、社会企業という観点からの日本の市民参加型の事業展開を検討していく必要
がある。
注
1)本稿はトヨタ財団助成研究の一部の成果である。
2)特定非営利活動促進法の別表は以下の通り
別表(第二条関係)
一 保健、医療又は福祉の増進を図る活動
二 社会教育の推進を図る活動
三 まちづくりの推進を図る活動
四 学術、文化、芸術又はスポーツの振興を図る活動
五 環境の保全を図る活動
六 災害救援活動
七 地域安全活動
八 人権の擁護又は平和の推進を図る活動
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政策科学 11−3,Mar.2004
2
九 国際協力の活動
2
十 男女共同参画社会の形成の促進を図る活動
2
十一 子どもの健全育成を図る活動
2
十二 情報化社会の発展を図る活動
2
十三 科学技術の振興を図る活動
2
十四 経済活動の活性化を図る活動
2
十五 職業能力の開発又は雇用機会の拡充を支援する活動
2
十六 消費者の保護を図る活動
2
十七 前各号に掲げる活動を行う団体の運営又は活動に関する連絡、助言又は援助の活動
3)金子はコミュニティビジネスの特徴として以下の5つを挙げている。
「ミッション性」
「比営利追求性」
「継続的成果」「自発的参加」」「非経済的動機による参加」
参考文献
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