【特集I/障害者の新たな職域開発】 (PDF 6790KB)

視
点 ・ 論
点
障害者の職域開発の今後の方向と課題
東京成徳大学大学院
客員教授
木村
周
1 「仕事と組織」を真の意味の人間中心に再設計すること
職域開発とは、
「障害者を雇用し、又は雇用しようとする事業主に対
して、雇い入れ、配置、作業補助具、作業の設備又は環境その他障害者
の雇用に関する事項について、助言・指導を行うこと」
(障害者雇用促
進法第18条)である。すなわち、障害者のための職域開発のためには事
業主が行う人事・労務管理全般の運営、さらには企業の経営方針にもか
かわる広範かつ多様な対応が必要である。
その中心をなす対策の一つは、
「仕事に人を合わせる」のではなく、
「人
に仕事を合わせる」を基本とする「職務再設計」である。この考え方は、
すでに1960年代からOECD(経済協力開発機構)の「積極的労働力政策」
の一環として高齢者、障害者の雇用促進策として提示され、各国で国の
政策や事業所の取組みとして行われてきた。職務再設計は当初は人間の
身体・生理的側面に注目し、仕事を細分化、反復化、標準化するなど仕
事の技術的な作業工程、作業方法の再設計に重点がおかれた。しかし、
その後働く人のモチベーション、職務満足など人間の心理的な側面を含
んで、人間中心の再設計として拡大し、ジョブ・ローテーション、職務
拡大、職務充実などの職域開発に発展してきた。
すべての働く人にとって、今日「働くことの意味」、
「快適な職場」、
「安
全で健康な組織」などが改めて問い直されている。職域開発の観点を、
企業の中の仕事や個人、グループ、組織から、さらには家族や地域社会
までも含んで考える必要があるのではないだろうか。これまでの障害者
に配慮した職域開発の多くの研究と実践の結果によると、「適材適所と
意欲を引き出す雇用管理」とともに「企業、学校、関係支援機関、家族、
地域の連携」が強く求められていることにもそれが現れていると考えら
れる。世界規模の金融不況を契機として、正規・非正規社員の格差、雇
用を維持するためのワーク・シェアリングなどが議論されている。障害
者の持っている広い意味の職業能力のみによって
「人に仕事を合わせる」
職務再設計が、新しい人間観、仕事の評価基準、再設計の対象や方法に
衣替えして、新たに今日的な対策が求められている。それが障害者の職
域開発を促進すると私は考える。
職リハネットワーク 2009年3月 №64
1
2
生涯を通じた障害者のキャリア形成支援を充実すること
今日、すべての働く人に対する生涯を通じたキャリア形成支援、すな
わち「キャリア・コンサルティング」が能力開発の柱として広く行われ
ている。キャリア・コンサルティングとは「個人が、その適性や職業経
験等に応じて自ら職業生活設計を行い、これに即した職業選択や職業訓
練等の職業能力開発を効果的に行うことができるよう、労働者の希望に
応じて実施される相談その他の支援をいう」
(第7次職業能力開発基本
計画)
。それを行うのがキャリア・コンサルタントである。それに必要
な知識とスキルなどが詳細に定められて企業、就職支援機関、学校など
で実践されている。
キャリア形成支援の基本は、障害者も障害を持たない人も同じである
から障害者支援にあたる人はキャリア・コンサルタントでもあって欲し
いと私は考える。というよりは、障害者に対する職業リハビリテーショ
ンや障害者職業リハビリテーション・カウンセリングの中に「障害者の
生涯を通じたキャリア形成支援」すなわちキャリア・コンサルティング
の知識とスキルを取り込むことである。その場合、次のような障害者の
キャリア形成支援が、その他の対象者と異なる点、特別に留意すべき点
があると考える。
①コンサルティングの中で、クライエントのニーズの決定に重点をお
くこと
②リハビリテーション・プランを計画し、実行すること
③職業訓練を計画し、提供すること
④診断や治療よりも、職業紹介や就職などの具体的な目標に結び付け
ること
⑤ステップ・バイ・ステップの組織的、継続的(systematic)な援助
計画と支援が必要であること
これは職業評価、職業指導、職業準備訓練及び職業訓練、職業紹介、
保護雇用、フォローアップを一連の過程の中で行う「職業リハビリテー
ション」そのものである。障害者のための職域開発を進めるためには、
職務再設計をはじめ企業の側に求めるだけではなく、障害者個人に対す
る支援、すなわち職業リハビリテーションの「厚さと広がり」が今日改
めて求められていると考える。
3
障害者の職業能力、
職業に対する思いこみや偏見を打破すること
障害者の職域開発は、受け入れる企業の業種、職務、規模など、障害
者の障害の種類、程度、職業能力などにより大きく異なる。一般論は成
り立たない。私がこの2年かかわった「知的障害者の事務的職業への雇
2
職リハネットワーク 2009年3月 №64
用拡大」研究から1、2点を触れて本稿を終わる。
近年、知的障害者の雇用は増加しているが、その大半は生産工程・労
務及び一部のサービス・販売の職業に限られ、事務的職業に就職してい
るのは就職者の数%に過ぎない。「企画・立案・管理、書記業務、各種
事務用機器操作など」という事務的職業の定義や仕事の内容に対する高
度な仕事という思いこみによって事務的職業への就労が進まないのでは
ないかというのが本研究の目的の一つであった。結果は、次のとおりで
あった。
①企業の中で事務的職業と呼ばれている仕事の内容、すなわち「職務」
レベルで調べると、メール仕分け、データ入力、封入・封せん、シ
ュレッダー、郵便物発送、物品整理など24職務が抽出された。
②調査対象事業所の20%弱、知的障害者の8%が、これら事務的職業
に就労していた。
③「職務の定型化、職務再設計」、
「業務の流れの図示・視覚化」
、
「マ
ンツーマンの指導」、
「ジョブコーチなど指導者の配置」などきめの
細かい創意・工夫が行われていた。
④知的障害者の事務的職務への就労について、事業主の満足と今後の
方針は「安心して仕事を任せられる」70%、
「今後も増員していき
たい」50%であった。
⑤このような動きは、ここ5年前ぐらいからで、そのきっかけはハロ
ーワーク、障害者職業センター、就労支援センターなど公的機関の
働きかけによる職業実習、トライアル雇用の効果が高い。
「知的障害者の職業能力に対する思いこみから、
いわゆる定番業務(清
掃、クリーニング、メール・サービスなど)だけに追いやっているので
はないか」
、「偏見を打破しないと雇用は進まない。そのキッカケはやら
せてみることだ」、
「障害者のための仕事などどこにもない。障害者の能
力を見極め真の適材適所を作ること」などの事業主、障害者の言葉は、
「障害者の職域開発」の基本に触れる言葉に出会った思いがする。
(注)職域拡大等研究調査報告書№270「知的障害者の事務従事者の雇
用の実態に関する調査」は、平成21年3月に独立行政法人高齢・障
害者雇用支援機構雇用開発推進部から発行されている。
職リハネットワーク 2009年3月 №64
3
特 集
Ⅰ
障害者の新たな職域開発
農業分野における障害者就労に関する支援方策の検討
−農作業事例集づくりを通じて−
独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構
農村工学研究所
農村計画部
集落機能研究室
特別研究員
農村計画部
集落機能研究室
特別研究員
農村計画部
集落機能研究室長
技術移転センター
移転推進室
専門員
特定非営利活動法人農と人とくらし研究センター
1
はじめに
代表
山下
片山
安中
工藤
片倉
仁
千栄
誠司
清光
和人
には至っていない。その理由として、①農家に
障害者就労に関しては、
「障害者基本計画」
とって障害者の受入れの仕方や接し方が分から
に基づく後期の「重点施策実施5か年計画」が
ないので不安が多い。就労しているところを見
平成19年12月に障害者施策推進本部により決定
たことがない。②障害者側からは、農家・農業
され、平成20年度より実施されている。そこで
へアプローチする方法がわからない等があるこ
は、福祉から雇用への流れを踏まえ、障害者の
とを、農業分野での障害者就労の事例調査の中
雇用・就労に係る施策を一層重点的に行うこと
で感じている。
としている。こうした施策を背景に、障害者の
そこで農村工学研究所では、農林水産省から
雇用は着実に進んでいるが、精神障害者等の雇
の受託事業「平成19年度農村生活総合調査研究
用促進等、課題点も多い。
事業」の一環として農業分野における障害者就
一方、農山漁村に目を向けると、中山間地域
労の支援方策について調査研究を実施した注)。
をはじめ、高齢化・過疎化により労働力不足が
具体的には、①障害者の農作業を紹介する手引
顕在化している。
「21世紀新農政2008」では、
書(図1)の作成、②農業分野への就労を支援
集落営農を支える人材の確保や農業法人等への
するサポーター制度(静岡県)の事例の把握、
雇用による就農の促進に向けた支援を行うとと
③障害者支援者と農業関係者との交流会の開催
もに、女性、高齢者、障害者等の多様な人材が
手法の検討を行った1)。
活躍できる環境づくりを推進することとし、障
本稿では、農業経営への障害者就労の受入れ
害者の能力発揮が期待されている。特に、障害
において、障害者が行う農作業の作業内容や障
者と農業(農園芸作業)の相性の良さに関して
害への配慮・指導方法のポイントを整理した
「作
は、動植物相手の作業は情緒面でプラスがある
業事例集づくり」による支援に関する検討結果
こと、また、農業側にとって①体力の必要とさ
について紹介する2)。
れる作業を頼める、②比較的、単純作業を担っ
てもらえるといったメリットがあることが知ら
れている。
2
手引書作成について
手引書作成にあたり、農業分野での障害者就
このように、農業分野においては、関心の高
労の受入れ事例を選定し、障害者が行う農作業
い地域から少しずつではあるが、障害者就労を
に関して、
「作業内容」と「作業を覚える際の
受け入れる事例が増えてきた。しかし、現状と
障害への配慮」や「指導方法のポイント」等に
して農業分野での障害者就労は、急増する状況
ついて聞き取り調査と実地調査を実施した。そ
注)本研究は、農研機構農村工学研究所が農林水産省経営局より受託した「平成19年度農村生活総合調査研究事業」の一部
であり、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構 障害者職業総合センター研究部門と共同で行っているものである。詳細
については、参考文献1)を参照のこと。
4
職リハネットワーク 2009年3月 №64
図1
農作業に関する事例集の記述例
の際、調査対象に関して、障害者については障
害の種類や程度は特定せず、現状での農業分野
23事例が得られた。
作業内容をみると、出荷調整、収穫、草刈り、
での受入れ実態に合わせた。また、就労の受入
給餌、畜舎の清掃等があり、農業分野における
れ先については、販売を目的に農業生産を行っ
障害者の参加しやすい作業の1つとなってい
ている農業経営体(一部授産施設を含む)と、
る。なお、表は今回の作業事例集の作成意図に
それらの農業経営体と協力しあいながら就労体
より障害者が行っている農作業の多様性をアピ
験訓練を行っている就業支援機関とした。調査
ールするものであり、障害者ができる農作業の
概要について表1に示す。
限界性を示すものではない。
一方、作業担当の特徴は、大抵の場合、農作
表1
調査概要
業の現場では担当者と障害者は組作業で作業に
従事していた。さらに、障害の種類や程度に関
しては、中度の知的障害や精神障害のある人が
多い傾向がみられた。
3
農作業事例の抽出とその特徴
はじめに、今回の調査研究において抽出した
農作業事例について表2にまとめた。
就労体験訓練での農作業を含めた作目の特徴
をみると、野菜関係が7事例(うち施設野菜6
事例、露地野菜1事例)、果樹類が2事例、花
やきのこ類が5事例(すべて施設栽培)
、畜産
が4事例、畑作業が4事例、その他1事例の計
専用カッターを用いたチンゲン菜の根切り作業
職リハネットワーク 2009年3月 №64
5
表2
4
抽出した農作業事例
障害への配慮・指導方法のポイント
なくても徐々にできるようになる場合が多い。
次に、障害者の受入れ先の農園経営主や指導
③障害者によっては判断が必要とされる作業が
担当者からの聞き取りで得られた作業事例にお
不得手な場合がある。その場合でも、判断が必
ける障害への配慮や指導方法のポイントについ
要な作業と必要ではない作業に作業分割するこ
てみた。その結果、「障害者の担当能力に関す
とにより、障害者が担当できる作業を作り出せ
るもの」、
「障害への配慮に関するもの」、
「作業
る、等のポイントを抽出した。
の工夫に関するもの」の3つの特徴が得られた
(表3)。
一方、
「障害への配慮」に関するポイントに
ついてみる。①精神障害者の場合、精神状態や
まず、
「障害者の担当能力」に関する障害特
体調によっては突然仕事を休む場合もあり、雇
性への配慮・指導方法のポイントについてみる。
用者は、同じ作業をできる人を複数人雇用して
①作業能力は障害者個人により様々であり、障
いれば、過度な期待で障害者を緊張させずに、
害者だからといってできない作業は原則として
障害者の能力発揮を導くことができる。②障害
ない。そのため、時間をかけて本人の能力との
の内容や程度によっては、指示が異なる場合も
適応性をみることが求められる。②最初はでき
ある。③長く従事することは仕事や職場への慣
6
職リハネットワーク 2009年3月 №64
表3
障害への配慮・指導のポイント
れと同時に、疲れがでる場合もある、等のポイ
と目で確認できると同時に、雇用者も障害者の
ントを抽出した。なお、これらの障害特性に関
仕事の速さを知ることができる。②フタ閉め作
する配慮については、農場の経営主や作業指導
業の際に、ダンボール製のタワーで支えるだけ
の担当者からの聞き取り結果であり、福祉分野
でフタが倒れず作業がしやすくなる。③障害者
ではよく知られた特徴も、農業者には初めて知
と健常者がペアで作業することにより、障害者
ることが多いということも調査を通じて感じら
は自分の能力やペースで作業できる、④収穫の
れた。
際、初めから根を切り落とす収穫方法をとるこ
続いて、
「作業の工夫」に関するポイントに
ついてみる。①作業ケースに担当者の名前を書
とにより障害者が作業しやすい体系を作る、等
のポイントを抽出した。
くことにより、担当者が自分が作業した分をひ
職リハネットワーク 2009年3月 №64
7
収穫、草刈り、給餌、畜舎の清掃等を中心に作
業を行っていることがわかった。その際、比較
的小規模な作業場で農園経営者や従業員が障害
者と一緒に組作業を行っており、そのため障害
者が参加できる作業が多くなっていた。
また、障害者が作業に困ったり気分が悪くな
る等の不都合が生じた際にも、周りの者がすぐ
に気づくといったナチュラルサポート体制が作
られていた。さらに、水耕野菜の収穫における
専用カッター台の製作等、作業の工夫により障
名前の書かれたコンテナ
害者の作業領域の拡大が行われていた。
最後に、今回の農作業事例に関する手引書づ
くりを通じて、同じ作目でも農作業内容や方法
は事業所(農家)毎に異なることから、作目毎
の一律的な作業モデルを作ることには限界性を
感じた。その一方で、今回得られた農作業にお
ける障害への配慮や指導方法のポイントについ
ては、農作業に限った特徴でないものも多く、
支援の際には農業分野以外で支援してきた人の
力を十分に活かすことができるという期待を感
じた。なお、この期待については、農作業であ
フタを支えるダンボール製のタワー
るが故に、例えば、収穫のちょっとしたタイミ
ングや切り方で商品価値が変わることもあり、
障害者と農業現場との仲介者が支援する際、戸
5
まとめ
本稿では、農作業に関する事例集づくりを通
じて、農業分野における障害者就労に関する支
惑うことが予想される。しかし、これも農業現
場に多く接することで解決できる問題であろ
う。
援方策を検討した調査研究について紹介した。
今後、農業分野での障害者就労をさらに進め
その中で、農業分野で障害者が行っている作業
ていくには、障害者に対する支援とともに農業
の特徴に関しては、障害程度では中度の知的障
経営(農業者)に対する支援が不可欠であると
害や精神障害のある人が中心となり、出荷調整、
考える。
参考文献
1)農村工学研究所、平成19年度農村生活総合調査研究事業報告書④「農業分野における障害者就労の支援方策の検討」
、
2008年
2)農村工学研究所、平成19年度農村生活総合調査研究事業報告書「農業分野における障害者就労の手引き−作業事例編−」、
2008年
8
職リハネットワーク 2009年3月 №64
特 集
Ⅰ
障害者の新たな職域開発
自動車部品の組立を手がける雇用型の就労施設の組織編成
−就労継続支援事業A 型(雇用型)R 工場における分業と協業−
高崎健康福祉大学健康福祉学部
1
はじめに
准教授
眞保
智子
を行う福祉的就労施設は、障害者を従業員とし
本稿は、知的障害者に支援を行いながら雇用
て「雇用」するため「福祉的」といっても労働
し、全国平均を上回る賃金を支払う施設の事例
法規が適用され、最低賃金法の適用も受ける。
から、知的障害者の職業能力を開発する仕組み
付加価値の高い製品やサービスを提供できなけ
について考察する。障害者がもつハンディを援
れば補助金があっても施設を維持していくのは
助者が補いながら障害者を「雇用」する形態の
難しい。先行研究から福祉的就労を提供する施
「保護的雇用」
1)
は、2006年4月に施行された
障害者自立支援法以前は、
「福祉工場」と呼ば
れていた。
設について以下の課題2)が指摘されている。
①継続的な就労の場とするためには、障害種
別や法の相違ではなく、労働能力に応じた就労
本稿では、社会福祉法人進和学園(以下「社
と処遇による再編成が望まれている。②福祉工
会福祉法人S」という。)が設置する労働法規
場は障害者が働く場としての有効性が認められ
の適用を受け「雇用」を行うしんわルネッサン
るが、数が少ないこと、経営能力に困難を抱え
ス(以下「R工場」という。)を対象とするが、
ていること、設備投資や営業スタッフなどの配
同一建物にある就労継続支援事業B型(非雇用
置が望まれている。③中間施設ではなく、継続
型)であるWセンターにも触れる。保護的雇用
的就労の場となっている現状は、マンパワーの
1)障害者職業総合センター(2007:17-55頁)調査研究報告書NO.76『障害者の多様な就業形態の実態と質的向上等の課題
に関する研究』では、一般企業における雇用・就業以外の障害者の多様な就業形態の実態を把握するために「保護的雇用」
として福祉工場、雇用以外として自営・授産施設・小規模授産施設・小規模作業所(法定外施設)等に対して全国アンケ
ートを行い、また、運営に工夫し成功をおさめている施設への訪問調査をもとに分析している。アンケート結果から企業
との連携により安定した仕事量を確保している点を成功要因としてあげているところが多いとしている。先行研究になら
い本稿においても「保護的雇用」と表記することとする。
2)福祉的就労については、独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構の障害者職業総合センターの研究部門に研究の蓄積が
ある。障害者職業総合センター(1994:74-85頁)調査研究報告書NO.4『障害者労働市場の研究(1)
』は「障害者の就業実
態と職業領域の拡大に関する基礎的研究」のために設置された「障害者就業動向研究会」(座長:一橋大学高田一夫教授)
の成果をまとめたもので、翌年に続編である障害者職業総合センター(1995:47-57,89-125頁)調査研究報告書NO.12『障
害者労働市場の研究(2)』が発表されている。障害者職業総合センター(1994:74-85頁)では、福祉的就労の現状と課題が
分析され、福祉的就労を提供する施設体系が、障害の種別、法的根拠の相違から体系化されている現状を指摘し、継続的
就労の場とするためには、障害種別ではなく労働能力に応じた就労と処遇による再編成が課題としている。障害者自立支
援法による施設は、障害種別の垣根が外れたわけではないが、労働能力について意識した体系に近い。この研究では保護
的雇用を行う福祉工場については、数が少ないため保護的雇用として独自に言及せず、授産施設など福祉的就労に含めて
論じられている。しかし福祉工場は、当時から平均で14万円程度の賃金となっており、障害者の働く場として有効性が認
められている。課題として、福祉工場の絶対数が少ないこと、市場競争の中での経営能力に困難を抱えていること、経営
の近代化、機器設備の改善、営業スタッフの配置が指摘されている。障害者職業総合センター(1995:47-57,89-125頁)では、
本来は一般雇用につなげる訓練を行う中間施設として設立された授産施設や作業所が、中間施設ではなく、継続的な就労
の場となっている点に注目し、かかえている問題をマンパワーの視点から分析している(第3章)
。福祉的就労施設の幹部
やスタッフには、障害者の社会的援助だけでなく、企業等からの発注の確保、品質の維持、納期の遵守、など企業経営の
能力が求められているとして、こうした能力をもったスタッフの育成が必要であると指摘している。
職リハネットワーク 2009年3月 №64
9
不足があり、特に企業等からの発注確保、品質
されているのか見ていく。
結論を先取りすれば、
の維持、納期の遵守といった企業経営の能力を
組織の編成や仕事の組み立て方次第では、より
もったスタッフの育成が求められている。
よい仕事を確保し、知的障害者も付加価値をも
本稿は、全国平均を上回る賃金を支払うこと
ができている施設について、先行研究で指摘さ
つ製品の製造に携わることが可能となるという
一つのモデルが見出された。
れている点について、どのような仕組みが構築
2
施設の概要(2006年度末データ)
① 施 設 名
②
③
④
⑤
⑥
⑦
⑧
所 在 地
従業員数
利用者数
指導員数
規
模
製
品
労働時間
⑨ 賃
金
⑩ 工
賃
社会福祉法人S R工場(就労継続支援事業A型:雇用型)
知的障害者通所授産施設 Wセンター(就労継続支援事業B型:非雇用型)
神奈川県
R工場
:知的障害者 26 名(平均年齢 32.0 歳)
Wセンター:知的障害者 73 名(平均年齢 33.3 歳)
R工場
:8 名 Wセンター:18 名
鉄骨造一部鉄筋コンクリート造 3 階建
自動車メーカーH社の部品の組立加工
R工場
8:15 から 17:15(実働 7 時間 40 分)
Wセンター 8:45 から 16:30(実働 6 時間 25 分)
(R工場)平均月額 16 万 3000 円(ボーナス 3.5ヶ月分含む)
(最高 23 万 1000 円 最低 13 万 4500 円)
(Wセンター)平均月額 4 万 9300 円(最高 7 万 8700 円 最低 2 万 3300 円)
(注)組織変更もあり現在は定員も若干異なるがそのままとした。2008年度の賃金はさらに上昇していることを
申し添える。組織の経営力と従業員、訓練生の技術向上を反映していると考えられる。
3
社会福祉法人Sの沿革
社の製作所(静岡県)の二輪車部品を組立てて
R工場、Wセンターを運営する社会福祉法人
いた。現在は主に埼玉県と三重県の製作所の四
Sは、1958年に神奈川県で初めて個人が開設し
輪車の部品を手がけている。社会福祉法人Sが
た知的障害児入所施設である。当初は個人宅を
株式会社研進(以下「K社」という。)を通じ
開放して開設され、入所していた児童が成長し
てH社に納入している完成部品(ブレーキホー
たことにより1966年に知的障害者更生施設に転
ス・ウォーターバルブ・キャニスターなど)は、
換している。その後規模を拡大し現在では、更
320種類にのぼり、H社の四輪車の23のモデル
生施設、授産施設、福祉工場、福祉ホーム、グ
で年間約111万台の完成車に搭載され、国内は
ループホーム、生活支援センター、生活・就労
もとより北米・欧州・アジアなど世界中に送り
支援センター、授産品販売店など25箇所の知的
出されている。
障害者施設を有している。知的障害者の利用者
数は、約400名、職員数は約200名となっている。
4
K社について
1974年に就労継続支援事業A型(雇用型)、R
社会福祉法人Sが、H社の納入業者に求めら
工場の基礎となる知的障害者授産施設進和職業
れる品質と納期そして価格の基準を満たして30
センター(以下「S職業センター」という。)
年以上もの長期に渡り取引を続けてこられたの
を開設した。このときに社会福祉法人Sの理事
は、社会福祉法人Sと自動車メーカーH社の橋
であったIM氏が自動車メーカーH社の社員で
渡し役であるK社の存在が大きい。K社は、社
あった関係から、H社の協力のもと同社の部品
会福祉法人SのR工場内に事務所を置く。初代
の組立加工を受託することになった。当初はH
社長は、H社の社員であった経験を持ち、当時
10
職リハネットワーク 2009年3月 №64
図1
社会福祉法人S・K社・H社ならびに部品メーカー・物流業者との契約関係
の社会福祉法人Sの理事でもあったIM氏(故人)
方で部品の一体化により単純な作業が減ってき
である。K社はH社と「基本覚書」を締結し、
たことから、リスクを取って部品の買取りをす
H社とその部品メーカー約60社から部品を購入
る仕組みに変えた。こうしたこともK社の存在
する売買契約を結んでいる。部品メーカーから
により可能となったといえる。
部品を購入し、それを組立、加工したものをH
社が買い取る。社会福祉法人SとK社の間では、
加工賃のみを決済する無償契約を結んでいる
(図1)。
5
組織機能の分業と協業
知的障害者が働くために、障害がもたらす困
難さを支援しながら雇用する保護的雇用であっ
K社の役割は、H社との取引、部品メーカー
ても、生産された製品が市場で競争力を保つに
からの部品購入などに伴う資金繰りを含めた資
は、取引先が要求する品質・納期・価格の水準
金管理、H社との価格交渉、物流経費等の費用
をクリアしなければならない。しかし「障害者
の負担、在庫品・仕掛品・輸送中の製品のリス
の支援」を重視する社会福祉の側面と生産活動
ク管理、品質向上のための生産工程の改良等の
を継続的に行うために求められる「効率性の追
品質管理などである。福祉施設の授産品目とし
求」を重視する企業経営の側面の両方が求めら
て組立などを行う場合、一般的にはメーカーや
れるのが保護的雇用の現場である。この両方を
中間業者から無償で提供された部品を組立加工
ともに満たすために社会福祉法人Sならびに保
し、その加工賃を受け取る、いわば下請け形式
護的雇用を行うR工場で行われているのが組織
が多い。社会福祉法人Sも20年ほど前までは、
機能の分業と協業である。
そうした契約形態であった。しかし無償で提供
社会福祉法人が運営する旧法の福祉工場や障
される部品は、取引先もリスクを考えて高価な
害者自立支援法で規定された就労継続支援事業
部品の加工は依頼してこない。下請け形式では
A型:雇用型のような保護的雇用の現場におい
単価が低く、付加価値の少ない作業となる。一
て、多くは同一の組織で社会福祉の側面と企業
職リハネットワーク 2009年3月 №64
11
表1
社会福祉法人SとK社の分業と協業
経営の側面を担っている。それ故、経営的側面
積されているからである。K社はH社と「基本
が弱く、したがって従業員に払う賃金も低水準
覚書」を交わし、それに基づいて部品メーカー
となっている施設も多い。しかし本事例では、
60社と包括的な売買契約を締結し、受発注をH
これを互いの得意分野を分業し、施設概要で示
社のIMPACTシステムによって行っている(図
したとおり全国平均を上回る賃金の支払いを可
1、表1)
。
能にしている。
営業管理で難しいのは、やはりH社との価格
保護的雇用を行うR工場を主に社会福祉の側
交渉である。加工賃だけならば一般企業に比べ
面から支援するのが、設立母体である社会福祉
て人件費の部分で優位性がある。知的障害者を
法人Sである。施設利用者であり従業員でもあ
支援する社会福祉法人Sの職員の人件費は自立
る知的障害者の対人関係や健康上の問題などに
支援費などで賄えるからである。ただし一般企
ついて援助を行い彼らの雇用継続を可能にして
業よりも大きなハンディもある。それは物流コ
いる。一方で企業経営の側面を支援するのが、
ストがかかることである。企業であればH社の
先に述べた社会福祉法人Sとそこが運営するR
埼玉や三重の製作所の近くに拠点をおき、この
工場と自動車メーカーH社との橋渡し役を担う
コストを抑えることができる。しかし、社会福
K社である。
祉法人が運営するR工場は、拠点を動かすこと
社会福祉法人Sで行われている授産事業に対
が難しい。価格交渉の際に物流コストをどのよ
する経営管理は6つに分けられる。営業管理、
うに折り込むのか、緊張感の高い交渉と難しい
資金管理、購買管理、リスク管理、生産・工程
経営判断を求められる仕事となっている。
管理、人的資源管理である。たとえば、自動車
社会福祉法人には税金が使われている。その
メーカーが使用する部品は誰もが自由に購入で
ため運営上大きなリスクを負うことを避けなけ
きるものではない。部品とはいってもそこには
ればならない。部品であってもR工場が扱うも
自動車メーカーと部品メーカーのノウハウが蓄
ので最も高額なキャニスターは、単価が1万円
12
職リハネットワーク 2009年3月 №64
を超え、他の部品も合わせ年間の部品購入費は
ある。H社の指導とこぐま会のメンバー、R工
42億円に上る。この資金繰りをK社が引き受け
場の知的障害をもった従業員、K社の従業員、
ている。同様の理由で、これら金額の張る部品
社会福祉法人Sの職員と全スタッフの取り組み
の在庫・仕掛品・輸送リスクもK社が引き受け
でISO9001認証を2007年3月に取得している。
る。万一災害・事故等により部品が減失すれば、
人的資源管理では、仕事の内容と従業員それ
それは全てK社の負担となる。このリスクを取
ぞれの障害特性をよく知る社会福祉法人Sの指
るからこそ、価格の高い部品で加工賃が高い仕
導員がR工場の知的障害をもった従業員の作業
事も発注される。このため災害などに配慮した
能力の評価、工程での持ち場決定に係わってい
構造の建物で操業し、細心の注意を払っている。
る。各分野の作業について、それぞれ能力に応
知的障害者を支援しながらの保護的雇用を行
じて各人の「力量」を数値で評価している。こ
う場とはいえ、部品はK社を通じて直接H社に
の評価は賃金に反映される。賃金には「力量」
納品する。社会福祉法人SのR工場、Wセンタ
の他に、コミュニケーション能力や協調性とい
ーは部品メーカーの下請けではない。納品した
った能力も加味され、結果として賃金は、施設
部品は、H社の厳しい検査を受ける。品質・納期・
の概要で述べたとおり個人差が大きい。品質向
価格がH社の要求する水準に達していなけれ
上のためのキャンペーンなどを企画し、従業員
ば、いずれ仕事はこなくなる。そのため品質と
のモチベーション向上のための工夫を行ってい
納期を担保する生産工程を用意することが鍵と
る。
なる。自動車メーカーは余分な在庫を持たない。
この人的資源管理については、社会福祉法人
「1-3」と呼ばれる納期の水準、今日組立てて
SとK社で協業が行われている。社会福祉法人S
いる部品が明後日には例えば三重の製作所で完
は、施設利用者であり従業員でもある知的障害
成車となる。これを守れることが最低条件であ
者の身だしなみ、対人関係や健康上の問題など
る。
について援助を行い、R工場であれば雇用の継
そこで知的障害者の特性や能力を効果的に生
続を、Wセンターの利用者であれば訓練の継続
産に反映するために、「1人1工程」として1人が
を可能にしている。また、R工場の従業員、W
担当する作業は、製品ごとにその生産方法の分
センターの利用者の作業能力を評価し、持ち場
析を行い、単純化している。H社からの加工図
の決定、賃金の決定を行っている。その結果、
[組立図]に基づき、設立母体である社会福祉法
賃金に個人差が生じているのである。個人の能
人Sが独自に「標準作業表」と「写真入りのマ
力が反映された賃金となっており、これが励み
ニュアル(見本)
」を製作している。毎月就業
になっている。
後に行われる不具合の検討会であるQC委員会
「ミスゼロキャンペーン」などモチベーショ
による原因究明と対応策の検討もあり、H社の
ン向上の工夫では、表彰者を決定するための評
「搬入品質実績報告」では、2007年3月末で連
価も同様に行われている。表彰項目を「環境整
続16ヶ月不具合ゼロとなっていた。このQC委
備」
「貢献度」
「新アイデア」
「不良品の発見」
員会は、K社の従業員と社会福祉法人Sの職員
などとして、個人を丁寧に観察し、評価してい
で行っており、H社からの品質と納期、価格の
る。表彰状を出すが、どのような点が評価され
要求に応えられる工程の検討は、互いの協業に
たのか具体的にフィードバックされる。例えば
よってなされている。
環境整備であれば、
「掃除機の中をきれいに掃
また計測・制御機械メーカーY社のボランテ
除してくれます。同じラインの作業者によく声
ィアグループ「こぐま会」が40年以上、冶具製
をかけ、次の作業の段取りを進めてくれます」
作などで社会福祉法人Sを支援している。元社
となり、新アイデアであれば、「作業効率をあ
員でK社の技術顧問のKY氏は、Y社の元社員で
げるための冶工具の提案をしてくれます」や不
職リハネットワーク 2009年3月 №64
13
良品の発見では、
「重大なメーカーの不良を発
見し感謝のお言葉をいただきました」などであ
組みがそれを支えていた。
含意として、知的障害者の雇用継続に、異な
る領域の専門家の存在が有効ではないか。専門
る。
管理の6つの領域のうち、営業管理、資金管理、
家の1つはその職場の仕事をよく知るベテラン
購買管理、リスク管理の4つはK社が担い、生
である。本事例であれば、冶具については、K
産・工程管理、人的資源管理の2つは主に、社
社の技術顧問のKY氏、H社との交渉は、K社の
会福祉法人Sが担うが、それぞれの組織の特性
代表取締役であるIT氏、専務のS氏となる。し
を活かし協業が行われている。
かし生産工程については、もっぱら社会福祉法
人Sの職員が担当するが、上記K社の従業員と
6
まとめ
−知的障害者による付加価値を
もつ製品の製造を可能にする仕組み−
の協働である。もう1つの専門家は、知的障害
者の特性をよく知る人材である。本事例におい
障害者職業総合センターで指摘されているよ
ては、社会福祉法人Sの職員である。障害者職
うに、障害種別ではなく労働能力に応じた就労
業総合センターでも指摘されているように、社
と処遇は、本事例においても障害をもった従業
会福祉を専門とする人材だけでは経営管理の面
員、授産施設の利用者である訓練生にとって働
が弱くなりがちとなる。しかし企業人だけでは
く意欲を高め、付加価値をもつ製品の製造を可
従業員である障害者の生活背景まで含めた人的
能にする要因の1つとなっていた。障害者白書
資源管理は手薄となる。
(平成19年度版)によれば、雇用されている知
障害者の障害特性を見極め、彼らがもってい
的障害者の賃金の平均月額は12万円、福祉工場
る仕事能力とその能力の向上が図れる仕事との
では、8万9000円、訓練生として工賃を受け取
マッチングのためには、前述した異なる領域の
る授産施設では、1万3000円である。本研究事
専門家が密接に関わることが有益である。企業
例のR工場も授産施設Wセンターも平均を上回
を定年退職した高齢者などが、これまでの仕事
る賃金・工賃を支払うことができている。Wセ
経験を障害者の就労支援にいかす仕組みづくり
ンターの訓練生は、身近にいるR工場の従業員
を望みたい。
を見て、R工場で雇用されることを目標に仕事
社会福祉法人S
就労継続支援事業A型:雇
をしているという。障害者の支援を行う社会福
用型
祉法人Sの職員が、働く知的障害者をよく観察
取締役であるIT氏、専務のS氏、職員、従業員
し、作業能力や対人関係対処能力などを含めた
の皆様に厚く御礼を申し上げたい。
R工場の所長のK氏、株式会社Kの代表
仕事能力を適切に評価し、賃金に反映させる仕
参考文献
菊野一雄・八代充史編(2007)『雇用・就労変革の人的資源管理』第4刷 中央経済社:193-217頁
障害者職業総合センター(1994)『障害者労働市場の研究(1)』調査研究報告書NO.4:74-85頁
障害者職業総合センター(1995)『障害者労働市場の研究(2)』調査研究報告書NO.12:47-57,89-125頁
障害者職業総合センター(2007)
『障害者の多様な就業形態の実態と質的向上等の課題に関する研究』調査研究報告書
NO.76:17-55頁
内閣府(2008)『障害者白書平成19年版』
眞保智子(2008)
「特例子会社における知的障害者の職業能力創出と本業への貢献について―特例子会社IS社の事例から―」
『高
崎健康福祉大学紀要』第7号:123-139頁
14
職リハネットワーク 2009年3月 №64
特 集
Ⅰ
障害者の新たな職域開発
過疎高齢化産業低迷地域における地域振興型障がい者就労支援
−地域振興と障害者雇用促進をミッションとした社会的企業の取り組み−
財団法人正光会 社会復帰施設平山寮
管理者
特定非営利活動法人ハートin ハートなんぐん市場 マネージャー
1
はじめに
愛媛県南宇和郡愛南町(以下「当地域」とい
須田
中野
竜太
良治
ットワークの中で当地域の振興と障がい者の雇
用促進を目的とした事業が展開されている。
う。
)は愛媛県の最南端に位置し、人口は約
26,000人、10年で4,500人以上の人口減少が進ん
2
南宇和郡における地域住民ネットワー
でいる。高齢化率は30%を超え、深刻な過疎高
ク活動の歩み
齢化の問題を抱えている。主要産業である農業
当地域のネットワークの特徴としては、社会
(柑橘類)
、漁業、海産業(養殖、真珠など)
復帰施設平山寮の活動を原点とし、地域精神保
が低迷している上に、大企業の撤退と下請け会
健医療福祉活動を核とした住民ネットワークが
社の倒産が相次ぎ、有効求人倍率は地方都市で
構築されていることが挙げられる。当地域の基
ある宇和島市を含めても0.5倍前後と全国平均
盤となるこの住民ネットワークの要点をまとめ
の約半分程度で、障がい者雇用はおろか、地域
る(表1)
。
住民の雇用の場も大幅に減少している産業低迷
地域である。
自家用車でハローワークまで1時間、地域障
1960年代〜1985年
住民ネットワークの芽生
え
害者職業センターまで3時間という地理的条件
平山寮で医師と精神障がい者が共に全力で、
から障がい者が就労支援サービスに直接アクセ
社会復帰に向けて取り組んだ。地元に密着した
スしにくい現状がある。また、町内の障がい者
活動内容(養豚や海産業、農業など)が住民と
の就労に関するサポート体制としては、社会適
関係者をつないだと考えられる。このころのネ
応訓練事業協力事業所が1箇所と就労継続支援
ットワークはとても強力な「個人と個人」のつ
B型事業所が1箇所のみで、B型事業所に関し
ながりが基本だった。その上に闘牛関係、畜産
ては工賃が月額1万円を満たしていないのが現
関係、農業関係など様々な「人と組織」のつな
状である。
がりが形成された。
しかし、当地域では1970年代から地域精神保
1986年
フォーマルネットワークの構築
健医療福祉活動を核とした住民ネットワークが
御荘保健所が強力なリーダーシップをとり、
構築されており、医療、福祉、行政、農業、漁
「考える会」を組織化。広い視点で精神衛生を
業、事業主、起業家、教育関係者、障がい当事
とらえ、医療保健福祉の専門職以外に、家族会
者など様々な人材が「共に生きる街」を目指し
や老人施設、心の健康に関心のある住民も含め
て協働し活動を続けている。障がい者も医療福
た。関係機関が業務の中に位置づけたフォーマ
祉職もボランティアも同じ地域住民として活動
ルネットワークで、会長は保健所長が担った。
を重ね、支援する側―される側という関係を作
1989年
りださないよう工夫を重ねてきた。この住民ネ
インフォーマルネットワークの発足
官民一体とデザインした「進める会」の組織
職リハネットワーク 2009年3月 №64
15
表1
南宇和郡における地域住民ネットワーク活動の歩み
化。当事者も専門職も地域住民もすべて、会員
として、音楽、劇、キャンプなどのイベントと
という同じ立場の位置づけをしたインフォーマ
定期活動、
リサイクルショップ事業、
環境保全、
ルネットワーク。特筆すべきは南宇和ライオン
竹炭製造などが開始された。障がい者も支援さ
ズクラブが中心的に参画したこと。会長は住民
れる人ではなく、同じ立場で共に活動する仲間
代表として町長、副会長は南宇和ライオンズク
として参画。楽しさ、やりがいで多くの住民を
ラブ会長と地元精神科病院院長。事務局は御荘
惹きつけ続けた。
保健所が担った。
1993年
当事者グループの立ち上げ
多くの住民支援者が支えとなり、当事者が地
またこのころから、高齢者の地域ケアを担う
団体、障がい児の支援などさまざまな団体が組
織化し、
「組織と組織」
「個人と組織」がつなが
域の中で組織化。定期的な余暇活動などを実施。
ることで急速にネットワークが拡大した。
1996年
2006年
インフォーマルネットワークの拡大
と具体的活動(市民活動)の展開
これまでの活動で意識の高まった地域住民
が、
主体的に活動を開始。
「福祉リサイクル活動」
16
職リハネットワーク 2009年3月 №64
これまでのネットワークを基盤とし
たNPO法人の立ち上げ
これまでの「個人と個人」
「個人と組織」「組
織と組織」のつながりを絶やさず積み上げてき
たネットワークの基盤の上に、
「福祉リサイク
民活動を生み出し、市民活動からNPO法人に
ル活動」から事業部を切り離しNPO法人を立
よる事業展開という経過をたどっている(表
ち上げる。地域住民4名(海産業、漁師・精神
2)
。また官主導、官民一体、民主導、の多様
保健福祉ボランティア、起業家・経営者、会社
な組織が重なり合ってネットワークを構築し、
員)
、家族1名、障がい者3名、医療福祉関係
一貫して支援する側―される側という構造を生
者2名の理事構成。
み出さない、徹底したノーマライゼーションの
平山寮の活動を原点とし、地域精神保健医療
福祉活動からフォーマルネットワーク、インフ
理念が貫かれていることが当地のネットワーク
の特徴である。
ォーマルネットワークを発展させ、具体的な市
表2
3
設立までの経過
事業概要
現在、当法人はエコテリアなんぐん市場(就
○特定非営利活動法人ハートinハートなんぐん
市場
労継続支援A型事業、観葉植物のレンタル事業)
役
とエコヴィレッジなんぐん市場(指定管理者制
起業家、漁業者、当事者、経営者、医療職、
員
10名
度による「山出憩いの里温泉」の受託運営事業)
福祉職など10年以上共に活動してきた多業種メ
の2事業部を展開し、障がい者14名(知的4名、
ンバーにて構成される住民組織。役員報酬はな
身体1名、精神9名)地域住民14名(町営から
し。定期的に理事会を開催し、事業方針、事業
の引き継ぎ職員10名、新規雇用4名)合計28名
計画等について協議を行っている。
を雇用している(表3)。
職リハネットワーク 2009年3月 №64
17
表3
事業概要
〈レストラン受付〉
4
事業の特徴
一般企業ではなく、福祉的就労の場でもない、
〈観葉植物の配達〉
指定管理者制度を活用したことで、NPO法
人(受託側)
、自治体(委託側)双方にメリッ
第3の働き方を模索する、地域振興と障害者雇
トがあり、官民協働の仕組みとなっている(図
用促進をミッションとした事業型NPO(社会
1)
。
的企業)を運営するにあたり、様々な仕組みが
張りめぐらされている。
18
職リハネットワーク 2009年3月 №64
安定した運営基盤確立の仕組みとして、収益
事業(指定管理者制度による観光福祉施設の受
図1
指定管理者制度の活用
託運営)の他に公益事業(障害者自立支援法に
あたり発生する利用料の減免措置を実施、障が
おける就労継続支援A型事業)を活用し、障が
いの有無にかかわらず雇用条件を統一している
い者雇用における経営リスクの軽減を図ってい
(図2)
。
利益の再投資の仕組みとして、法人形態を特
る。
支援する側―される側という関係性ではな
定非営利活動法人にし、役員報酬を作らない。
く、住民として(労働者として)対等な関係性
地域振興策の仕組みとして、地元農産物、海
を堅持する仕組み(ノーマライゼーションの仕
産物の活用による地産地消の促進や利益再投資
組み)として、サービス管理責任者以外に福祉
による地域住民の雇用創出に取り組む。
専門スタッフを配置せず、職場環境に就労継続
地域住民参画の仕組みとして、地域住民を主
支援A型事業を持ち込まないことを徹底してい
体とした運営委員会を設置し定期的な協議を行
る。また同様に、採用手順をハローワーク経由
う。
に統一し、就労継続支援A型事業を活用するに
図2
企業体質強化の仕組みとして、
税理士事務所、
障害者自立支援法の活用
職リハネットワーク 2009年3月 №64
19
社会保険労務士事務所、観光コンサルタント、
(4)地域住民へのノーマライゼーションの普
WEBデザイナー、など専門家へのアウトソー
及啓発効果
シングを実施している。
このように、障がいのある人の働く場の創出、
地域の人々の働く場の創出、利益を再投資して
働く場をさらに拡大する仕組み、地産地消によ
る地域産業の活性化、ノーマライゼーションな
どをキーワードに、地域振興と障がい者の働く
場の創出を共に進めていく社会的企業をめざし
ているのが、この取り組みの特徴である。
障がい者の働く姿を地域住民が見聞きするこ
とで、以下のような効果が生まれてきた。
①接客に携わる障がい者が常連のお客様と親
しくなり、親密な関係が築かれた。
②近隣の指定管理業者が障がい者雇用に取り
組みはじめた。
③地域の住民や業者の忘年会や新年会などで
積極的に使っていただけるようになった。
上記のように、徐々にではあるが地域全体へ
5
現状
(1)仕事内容
の普及啓発効果も見られる。
(5)地域振興の取り組み
現在、観葉植物レンタル事業において障がい
山出憩いの里温泉運営事業において、宴会場
者が担当している業務はグリーンの配達育成管
(いろり小屋)を整備し、忘年会・新年会・歓
理、営業、集金、経理事務などである。山出憩
送迎会などを積極的に営業している。土曜日、
いの里温泉運営事業においては清掃、受付、調
日曜日には昼・夜のヘルシーバイキングが定着
理、レジ、経理事務、営業などである。どの業
し、家族連れなどで賑わっている。宴会におい
務においても障がい者のみで行うのではなく、
てもバイキングにおいても地元産の食材にこだ
一般従業員と共に働く仕組みを整えている。
わり、当地特産の媛っ子地鶏、御荘カキ、地元
(2)一般従業員と障がい者の関係性
地区の朝採れ野菜、カツオ、アマゴなどを積極
一般従業員と障がい者の関係性も、事業開始
的に活用している。お米に関しては地元地区農
当初から少しずつ変化が見られる。一般従業員
家と年間契約を結んでいる。このように地産地
もはじめのうちはどのように接したらよいか分
消に取り組むことで地域産業の活性化に取り組
からず戸惑うことも多かったようだが、現在は、
んでいる。
活動を共にすることで障がいについての正しい
(6)経営
理解が進み、同じ職場の仲間という意識に変化
観葉植物レンタル事業に関しては、積極的な
している。
営業活動によりレンタル契約先件数は事業開始
(3)支援の現状
当初の6倍、売り上げが3.5倍と徐々に伸びて
障がい者に対する作業の支援は一般従業員が
担っている。常に一緒に作業をすることで、教
え方にも工夫がみられるようになった。また、
いる。開始当初は赤字であったが現在は経営的
にも改善されつつある。
山出憩いの里温泉運営事業に関しては、重油、
先輩の障がい者が一緒に作業をしながら新人に
ガス、食材など業者に対し入札を実施、不採算
仕事を教えるピアジョブコーチ的支援も行われ
部門の整理、原価率の管理などコスト管理を行
ている。先輩は教えることを通じエンパワメン
い、宿泊料金の改定やレストラン部門のバイキ
トされ、新人は安心感が得られる。休日や仕事
ングの導入など売上増加への取り組みを実施し
が終わってからは、もっぱら町内の地域活動支
た。町営時代と比べ売り上げは150〜160%と急
援センターに集い、レクや茶話会形式で当事者
激に伸びている。しかし、想定外の物価価格の
同士が支えあい、仕事のストレスを発散してい
変動(重油・食材等)が大きく経営に響き、法
る。
人全体としてもさらに事業の見直しを図る必要
がある。
20
職リハネットワーク 2009年3月 №64
6
今後の課題
動法人たる所以でもある。
(1)経営基盤の強化
原価率や人件費率などコスト管理の徹底、宿
7
まとめ
泊稼働率の向上やレストラン部門の平日営業の
指定管理者制度や障害者自立支援法など分野
改善、加工品販売による売上げ増など健全な経
を超えた様々な制度を活用することによって、
営基盤に向けた取り組みが必要不可欠である。
当地域のような過疎高齢化産業低迷地域におい
(2)障がい者も含めた職員の育成
ても地域振興と障がい者雇用促進をミッション
障がいの有無にかかわらず従業員全体にサー
ビス業のプロとして資質の向上と意識改革が必
とした社会的企業の取り組みを始めることがで
きた。
要不可欠である。現場の責任者による実務内で
しかしこの取り組みはまだ緒に就いたばかり
の教育の実施、外部講師による定期的な研修会
で、今後継続的にミッションを果たしていくこ
の実施など、学び成長する機会をシステムとし
とが使命となる。そのためにはこの取り組みが
て構築する必要がある。
経営的に成り立つことを実証することが必要不
(3)地域振興策
可欠である。並行して地域振興の側面と障がい
更なる地産地消の促進に加え、交流人口の増
加や地元産物の加工品販売など、地域への経済
者雇用促進の側面の両方から効果を測定してい
くことも必要であろう。
効果の波及を目指し、活動を進めていくことが
必要である。経営が安定してきたら、利益を再
投資し設備投資や事業拡大など更なる地域振興
策にあてる。
障害者雇用と地域振興という目標を掲げたこ
謝辞
最後に、日頃より我々の活動にご理解ご協力
いただいている、地域住民の皆様、全国各地の
支援者の方々に厚く御礼申し上げます。
の取り組みの大きな特徴であり、特定非営利活
引用文献
※1 平成18年度厚生労働省 障害者自立支援調査研究プロジェクト「過疎高齢化、産業低迷地域における障害者就労支援
の実践的研究」実施報告より
参考文献
渡部
嵐:社会復帰施設「平山寮」
職リハネットワーク 2009年3月 №64
21
特 集
Ⅰ
障害者の新たな職域開発
コンビニエンスストアでの障害者雇用(精神障害者)から
社会福祉法人養和会
障がい福祉サービス事業所エポック翼
職業指導員/ 第 1 号職場適応援助者
岩本
隆
平成19年10月31日、障害者雇用を目的とした
コンビニエンスストアファミリーマート(以
下「ファミリーマート」という。
) がオープン
した。
鳥取県米子市にある医療法人・社会福祉法人
を母体とする養和会グループの一部として、フ
ァミリーマート養和病院前店
の設立が計画さ
れた。車椅子でもレジ操作ができる高さや広さ
もあり、店内通路やウォークイン(冷蔵室・飲
料などの保管や補充するスペース)も広く車椅
図1
鳥取県障害別雇用数
子でも作業ができる広さを持ち、障害種別を問
わず雇用する店舗として考えられたのである。
そういった中、平成19年10月より第1号職場適
また、同時にこの通路の広さは、車椅子や老人
応援助者(以下「法人ジョブコーチ」という。
)
車での買物等、客の便利性も考慮しているとの
3名で行った法人単独の支援と、鳥取障害者職
ことである。全国展開するファミリーマートで
業センタージョブコーチ(以下「センタージョ
このような障害者雇用向けの店舗は初めてのケ
ブコーチ」という。
)2名とのペア支援を同時
ースであった。
に行った結果をもとに、コンビニエンスストア
平成18年に厚生労働省が発表した全国の障害
者雇用状況では28万4千人の雇用障害者のうち
(以下「コンビニ」という。
)での障害者雇用
の可能性をいくつかの視点から考える。
精神障害者は2千人とされている。我が居住地
である鳥取県は59万人程度の人口(全国都道府
今回支援の対象になった3名を紹介する。
県最低人口)だが、近年の精神障害者の雇用状
青木さん(仮名)
:30代女性、統合失調症。
況を見ると表1、図1のような状況で、障害別
就職するにあたっての課題はスタッフ間のコミ
割合では比較的多くなっていることがわかる。
ュニケーションがうまくとれないことにある。
数ヶ月前まで他の職場で働いていた。
表1
鳥取県障害者雇用数
別所さん(仮名)
:40代女性、統合失調症。
就職するにあたっての課題は、作業の習熟に時
間がかかることである。少しおっとりした性格
ということもあり、他のスタッフと業務全般の
習得にどのくらい差がでてしまうのか心配する
ところでもあった。
22
職リハネットワーク 2009年3月 №64
清水さん(仮名)
:20代女性、適応障害。数
チとの確認の中で「なかなか覚えることができ
ヶ月前まで他の職場で働いていたが、職場内の
ない」と、焦りや戸惑いを訴えるようになって
人間関係が原因で辞めている。ただし、その職
きたのである。これは当初から予想していたこ
場では障害は伏せて働いていたとのこと。そう
とでもあり、店長・マネージャーと法人ジョブ
いう点からも就職するにあたっての課題はスタ
コーチの共通理解のもと
ッフ間のコミュニケーションの取り方であっ
ことを何度も伝える支援を行った。オープン当
た。
初は「宅配便の扱いに不安がある」と訴えるこ
焦らなくてもいい
青木さんと別所さんは早目に採用が決まった
とが多かったが、その業務に関わる頻度が増え
こともあり、法人ジョブコーチでの単独支援が
ることで慣れ、後には「なんとかできました」
決まった。清水さんは県内で行われた障害者合
「できるようになりました」と嬉しそうに話す
同面接会から段階を踏んで採用に結びついたと
ようになった。
いう経過もあり、また採用までの時間もなくセ
ンタージョブコーチとのペア支援を行うことに
なった。
一方、全体のスタッフが店に慣れてきた頃、
スタッフ間のコミュニケーションに不安があっ
オープン9日前のスタッフ全体の研修から採
た青木さんに少しずつ問題点が確認されるよう
用となり、この日からジョブコーチ支援も開始
になった。 自分が受け持った仕事は自分がす
した。ファミリーマート養和病院前店の男性店
る
長・女性マネージャー(以下「店長・マネージ
手」
「1人で仕事を抱えて全体の業務がまわら
ャー」という。
)以外当初のスタッフは15名で
ない」
「協調性がない」などという声も上がる
あり、全員が専門の研修スタッフ2名の下で研
ようになってきた。この状況を打開するために
修を受けることとなった。
店長・マネージャーからの声掛けを充分にして
という気持ちが強く、周りからは「自分勝
研修は挨拶の練習、店の基本的なマニュアル
もらうこととし、厳しく指導する店長、それを
を覚えること、身だしなみや接客する姿勢・レ
フォローするマネージャーといったような役割
ジ操作など、内容の詰まったものであった。専
で対応した。店長は必要な範囲で青木さんに注
門の研修スタッフが直接教えることもあって、
意をし、その反応を見ながらマネージャーがフ
この研修でのジョブコーチ支援は店のマニュア
ォロー、助言することで青木さんのやる気を低
ルや基本項目等が確実に習得できているかの確
下させない対応を行った。その結果青木さんに
認や他の人とのコミュニケーションが取れてい
対する店長・マネージャーの姿勢そのものが柔
るかなどが中心となった。
軟になり、問題が大きくなる前に対処できるよ
身だしなみや挨拶、接客時の基本姿勢など3
うになった。また、周りのスタッフからの提案
名の研修は順調に進んでいたが、レジ操作に入
で、仕事を均等に分ける担当表を作成したこと
ってから進捗状況に少しずつ差がでてきた。
は青木さんだけではなく、店側にとっても業務
コンビニのレジ操作は、バーコードを通して
金銭の受け渡しをするだけではなく、宅配便の
改善に繋がっている。
清水さんはオペレーション全体に対して呑み
受付、代行収納、チケットやカードの取り扱い
込みも早く、 できる
気が付く
と店側から
等多岐にわたっている。喫茶店のレジの経験は
の信頼も早くから受け、予定にはなかった早朝
あるが、こういった多機能のレジを使いこなす
からのシフトを店側の要望で受け入れることに
ことへの不安が大きくなったのが別所さんだっ
なった。時間は午前6時〜12時であり、当初4
た。青木さんや清水さんは一般の方と同じくら
〜5時間程度の勤務予定が6時間に延びたこと
いのペースで習熟していったこともあり、別所
もあり喜んで早朝のシフトに入るようになっ
さんは研修の間での休憩や研修後のジョブコー
た。
職リハネットワーク 2009年3月 №64
23
また、課題にしていた
コミュニケーション
ジョブコーチからの支援や他の機関(支援セン
も他のスタッフとアドレス交換をしたり、店長・
ター)の協力も得られるような体制を整えてい
マネージャーとの会話も多く(特に早朝のシフ
った。朝早くからのシフトでの欠勤は他のスタ
トがマネージャーと2人での勤務ということも
ッフへの影響も大きく、その対応に当初店長・
ある)、問題なく勤務していた。
マネージャーは慌てて出勤したり、他のスタッ
しかし、ある時期から生活面での問題がきっ
フへ依頼したりと余裕があまりなかったが、最
かけになり欠勤が多くなった。清水さんの支援
近は急な休みへ対応する体制を常に整えてい
はセンタージョブコーチとのペア支援というこ
る。清水さんは欠勤が多くなり仕事と生活のバ
とで、鳥取障害者職業センター(以下「鳥取セ
ランスが取れない時期もあったが、本人の生活
ンター」という。)
との連携を充分にとった上で、
環境を変えようとする努力により、現在は生活
本人へ電話連絡を取り、出勤する気持ちを確認
面も安定しつつあり、急な欠勤はほとんどなく
をしながら相談を繰り返した。
なっている(表2、図2)
。
また、問題が生活面ということで、センター
表2 実働勤務日数
図2
24
清水さんの出勤状況
職リハネットワーク 2009年3月 №64
図3
青木さんの出勤状況
は、精神障害を持つ方で接客関係の仕事を希望
する方にコンビニは向いているのではないかと
いうことである。昨今コンビニの従業員(パー
ト・アルバイトを問わず)は入れ替わりが多い
と聞く。今回3名のうち、2名は1年以内に他
の職場で働いていたこと、もう1名は一般就労
の経験はあるが10年以上も働いていなかったこ
となど考えると、3名とも順調に継続できてい
ることは、コンビニが適応しやすい職場なので
図4
別所さんの出勤状況
はないかということである。
精神障害を持つ方のコンビニでの就労は実際
青木さんは研修期間の10月を除くと欠勤のな
どのくらい進んでいるのかはわからないが、今
い月がない(表2、図3)
。これは子供が小さ
後もっと伸展していく要素があることを感じて
く病弱なためであり、青木さん自身のことでの
いる。精神障害を持つ方によく言われる課題と
欠勤は少ない。
して、①あまり長く働けない、②急な欠勤が多
別所さんは欠勤数が少ない(表2、図4)。
い、③コミュニケーションが苦手、等が挙げら
5月の欠勤は本人の病気(風邪)と子供の受診
れ、この3点は就労するにあたって大きな壁と
等が重なったためであり、欠勤がないことには
なるケースが多い。しかし、①に関しては本人
店側からの信頼も厚く、評価も高い。
の働ける時間数で対応し、②については障害特
性と本人の性格を理解した上で想定内であれば
3名とも平成21年1月で14ヶ月が順調に過ぎ
対応は可能であろう。③については障害特性の
ている。出勤率に個人差はあるが、当日欠勤は
理解に加え、作業内容を振り分けたり、明確な
少なく、店側も「シフトの対応はできるので大
指示を出すこと、特にコンビニという小さい規
丈夫」と欠勤への対応に関しては問題ないと話
模だからこそ上司からの指示が直接でき、スタ
している。最近では、他のスタッフ(障害者雇
ッフ間の問題発生の防止になる。勿論、この背
用以外)のシフトの代理として急遽出勤したり、
景には事業所や支援に関わる者の理解と協力が
勤務時間を延長したりしており、店長・マネー
あってのことだと考える。
ジャーも「助かっている」と喜んでいる。また、
業務外でも、別所さんの持っている雰囲気(お
事業所が障害者を雇用する場合、障害者の特
っとりした性格)に対してマネージャーは「癒
性を理解し、その特性に合った仕事を探すこと
されている」と言われ、当初オペレーション習
が重要といわれている。最近では書類のシュレ
得が問題になっていた別所さんだったが、勤務
ッダー処理、仕分けや配達など単純作業を集約
状況からも現在は全体を通して見れば一番安定
する工夫が紹介されているが、これは大きな企
感があると言える。
業で有効であり、我が地域では大きな企業も少
三者三様にその方の特性はあるが、支援を開
なく、
そうした仕事が少ない現状にある。ただ、
始して8ケ月を過ぎる頃からこの3名だけで昼
今回のこのコンビニの事例では、店舗の規模は
のシフトを任される場面も多く見られるように
小さいが、全国の店舗数は40,000件といわれて
なり、現在のフォローアップ支援時にも店側と
おり、1店舗あたり1〜2人の障害者を雇用す
本人達の前向きな姿勢を窺うことができる。
ればかなりの雇用率アップに繋がると考えられ
る。全国展開するコンビニは幾つかあるが、そ
今回のジョブコーチ支援を通して感じたこと
れらには必ず独自のマニュアルが存在し、マニ
職リハネットワーク 2009年3月 №64
25
ュアルの中からその人にできる職務を考えてい
最後に、障害者雇用の現場に必要な対応とし
くことで障害者の職域の幅が広がっていくので
て、支援者がいかに障害や症状を把握した上で
はないかと考えられる。
支援方法を考え対応できるかが重要ではないか
また、この店舗では精神障害を持つ方以外に
と思う。ただし、
気を付けないといけないのは、
車椅子使用者が商品陳列や商品の整頓・一部の
あまり枠にこだわりすぎないこと、 柔軟
レジ操作などの職場体験を行っており、様々な
考えていくことで
障害者が働ける可能性も充分に考えられる。
ろうか。
26
職リハネットワーク 2009年3月 №64
道
に
は広がるのではないだ
特 集
Ⅰ
障害者の新たな職域開発
知的障害者にとってのデータ入力業務の可能性
−アビリンピック「パソコンデータ入力」の経験から−
障害者職業総合センター 特別研究員
全国障害者技能競技大会競技委員会専門委員
1
はじめに
岡田 伸一
法人高齢・障害者雇用支援機構と開催都道府県
障害者職業総合センターでは、職場のIT化
との共催で実施されている。その第1回は昭和
が進む中で、知的障害者もパソコンを利用でき
47年度にさかのぼり、国際アビリンピック開催
ればその職域を拡大できるのではないかと考
年度を除いては原則として毎年度開催されてお
え、筆者を中心に知的障害者のためのパソコン
り、平成20年度の千葉大会で30回を数える。こ
利用支援マニュアル『仕事とパソコン』や、パ
の間に7回の国際アビリンピックが開催され、
ソコンデータ入力トレーニングソフト「やって
その直近の第7回大会は平成19年11月に静岡市
1)
みよう!パソコンデータ入力」を開発した 。
で開催された。
さらに、同ソフトを活用して、平成17年度から
アビリンピック(全国障害者技能競技大会)の
知的障害者対象の技能競技「パソコンデータ入
力」を実施している。
ここでは、アビリンピックにおけるパソコン
データ入力競技のこれまでの経験をふまえ、知
的障害者のデータ入力という職域の可能性につ
いて考えてみたい2)。
2
アビリンピック
アビリンピック(全国障害者技能競技大会)
は、障害者の職業能力の向上と、その職業能力
の社会への周知を図り、障害者の雇用促進と地
位向上に資することを目的に、現在は独立行政
第30回千葉大会の開会式風景
千葉大会 2008なの花アビリンピックinちば は、
「拡
げよう働くよろこび・笑顔の輪」をスローガンに当機構と
千葉県の共催で、平成20年10月24日から3日間千葉市
の幕張メッセを会場に開催され、約3万9千人が来場した。
1)これらについてはウェブサイトをご参照いただきたい(http://www. nivr.jeed.or.jp/research/kyouzai/kyouzai.html)
。
「や
ってみよう!パソコンデータ入力」は、このサイトから簡単に無償でダウンロードできる。同ソフトには、アビリンピック
のパソコンデータ入力競技と同様のモードもあるので、読者の皆さんも本競技に挑戦されてみてはいかがだろうか。同ソ
フトの簡易マニュアルも用意されている。岡田伸一「あなたも「やってみよう!パソコンデータ入力」
」、
『第16回職業リハ
ビリテーション研究発表会発表論文集』p.284-287、障害者職業総合センター、平成20年。PDF版はウェブサイトから入手
可能(http://www. nivr.jeed.or.jp/vr/vrhappyou16-essay.htmlの「ポスター発表」を選択)
。
また、
「やってみよう!パソコンデータ入力」の基本コンセプトや開発の経緯については、障害者職業総合センター調査
研究報告書No.77『「やってみよう!パソコンデータ入力」の開発−知的障害者のパソコン利用支援ツールの開発に関する
研究−』をご参照いただきたい。
2)選手の中には発達障害を持つ人もいる。したがって、本稿では、彼らも含め知的発達に障害を持つ人たちにとっての可
能性を論じている。
職リハネットワーク 2009年3月 №64
27
アビリンピック全国大会の出場選手は、原則
象の技能競技種目に加えられた。その結果、知
として各都道府県で開催された地方大会の金賞
的障害者を対象とした競技は、縫製、木工、喫
受賞者(優勝者)となっている。そして、国際
茶サービス、パソコンデータ入力の4種目とな
アビリンピックへの派遣選手は、前回の国際ア
った。
ビリンピック以降の全国大会金賞受賞者等から
パソコンデータ入力の競技内容は、以下の3
選考される。ちなみに、第8回国際アビリンピ
課題からなる。
ックは平成23年に韓国のソウルで開催される。
①アンケートはがき入力課題(30分)
したがって、その前に開催される千葉、茨城、
データ入力業務の中では、各種アンケート結
神奈川の3国内大会が、ソウル大会派遣選手の
果の入力作業が多い。本課題では、図書の読者
選考の場となる。
アンケートを想定して、読者の個人情報や感想
等をキーボードとマウスを使って入力する。い
3
パソコンデータ入力競技
かに素早く正確に入力できるかがポイントとな
パソコンデータ入力は、平成17年度の第28回
っている(図1)。
山口大会から、アビリンピックの知的障害者対
図1
アンケートはがき入力課題の見本
読者アンケートはがき(左)の記載内容をパソコン画面上の入力フォーム(右)に1枚ずつ入力していく。入力にあたって
は、文字サイズ(半角/全角)やスペースの有無などに関する「入力ルール」を守らねばならない。
②顧客伝票修正課題(30分)
データ入力業務では、ミスチェックが必須で
がポイントとなっている。
③帳票作成課題(30分)
ある。多くの職場では、入力データを入力担当
職場では、表計算ソフトExcelを使って、定
者とは別の者が再度ミスチェックして、高い品
型的な見積書や請求書等の帳票が作成されてい
質のデータに仕上げている。本課題では、デー
る。本課題では、あらかじめ指示された記載項
タ入力の定番の一つである顧客伝票を取り上
目、その書式(フォントのタイプやサイズ)、
げ、その入力済みデータのミスを発見し修正す
配置(セル位置)
、計算式により帳票のひな形
る。いかにミスを見逃さず正確に修正できるか
を作成し、
その上で具体的なデータを入力して、
28
職リハネットワーク 2009年3月 №64
表1
帳票を1通印刷する。Excelの基本操作の確実
都府県別選手出場状況
な知識と、細部にわたる指示を忠実に実行でき
る注意力がポイントとなっている。
これら3課題の採点のポイントは、正確さで
ある。職場では、作業速度と正確さが求められ
るが、その中でも正確さがより強く求められる。
たとえ作業が速くても、ミスが多ければ、その
修正に時間がかかるし、最悪の場合はミスが残
り、高品質のデータ(商品)とはならない。そ
こで、本競技のアンケートはがき入力課題と顧
客伝票修正課題では、作業枚数からエラー枚数
を差し引いた正解枚数を得点とし、また3課題
の総合得点が同点の場合は、アンケートはがき
入力・顧客伝票修正の両課題の平均正解率の高
い選手を上位としている。なお、はがきや伝票
に、1箇所・1文字でも間違いがあればエラー
枚数となる。
図2は、前述の3課題のうち、データ入力作
業の基本となるアンケートはがき入力課題につ
いて、3大会の正解枚数と正解率の平均値を示
したものである。このグラフからは、ほぼ回を
追って成績が向上していることがわかる。また、
3大会別の各選手の正解枚数について、分散分
析を試みたところ、山口大会と千葉大会の間に
5%水準で有意差が認められた。このような結
果から、導入から4年が経過し、その間に開催
された国際アビリンピック静岡大会における日
本選手の活躍もあって、本競技も徐々に周知さ
れ、またパソコンデータ入力の能力開発の取組
みも進み、その結果として選手たちの技能も着
千葉大会におけるパソコンデータ入力の競技風景
実に向上してきたのではないかと考える。
全20種目の技能競技が、幕張メッセの広いホールを仕
切って実施され、パソコンデータ入力競技には18選手が
出場した。
本競技の全国大会の都道府県別の選手の出場
状況を示したのが表1である。選手を派遣する
都府県は、山口大会12、香川大会16、千葉大会
18と年々増加している。また、当初は新種目と
いうことで暫定的に1都府県から複数選手の出
場があったが、千葉大会からは規定通り1都府
県1選手の出場となった。なお、地方大会の開
催状況等をみると、次回茨城大会では、さらに
図2
3大会のアンケートはがき入力課題の
平均正解枚数と平均正解率
5県から8県の増加が期待できる。
職リハネットワーク 2009年3月 №64
29
4 第7回国際アビリンピックにおける快挙
第7回国際アビリンピック静岡大会では、国
72.6%であり、図2で示した千葉大会の20.7枚、
83.3%に及ばない。
内大会のパソコンデータ入力に該当する競技と
して「データベース作成・基礎」が新設された。
これは、前述のアンケートはがき入力と顧客伝
票修正の2課題を英語化したもので、各課題は
60分と国内大会と比べタフな競技になっている3)。
画面は英語で、また、基本的には競技指示も英
語である。さらに、選手の障害種別には特に規
ᱜ⸃₸ /
定はなく、知的障害者のほか、車いす使用者等
図3
からは、山口大会の金賞受賞者橋本良弘さん(横
ᱜ⸃ᨎᢙ㧔ᨎ㧕
もちろん、入力・修正するデータ及びパソコン
の身体障害者、精神障害者等が出場した。日本
/
/
9
9
9
メダリスト(M1〜M3)とデータ入力実務
従事者(W1〜W3)との比較
河ファウンドリー株式会社勤務)、香川大会の
金賞受賞者豊川和弥さん(株式会社東京リーガ
ルマインド勤務)、同銀賞受賞者秋田拓也さん
5
自らの職域拡大に挑戦する知的障害者
本稿執筆にあたり、豊川さんと橋本さんの近
(株式会社ニッセイニュークリエーション勤務)
況をフォローしてみた。そこからは、自らの職
の3人が出場した。そして、見事、豊川さん金
域を広げ、職業人として成長する知的障害者た
賞、橋本さん銀賞、秋田さん銅賞と、日本選手
ちの姿がうかがえた。
が3賞を独占した。この快挙は、NHK総合テ
豊川さんは、国家資格や各種資格取得のため
レビの「クローズアップ現代」をはじめ、いく
のスクールを経営する株式会社東京リーガルマ
4)
つかのテレビや新聞等でも取り上げられた 。
図3は、上記メダリスト(M1〜M3)と、
インドの財務部に所属し、財務データの入力が
主な職務である。国際アビリンピック以降、い
データ入力の実務従事者3名(W1〜W3:人
ろいろな仕事に挑戦して、
今ではファイリング、
材派遣会社のデータ入力業務登録者で、いずれ
社内便、日報振り分けなども担当している。さ
も健常者)の上記全国大会のアンケートはがき
らに、日商簿記2級にも挑戦したいと意欲満々
入力課題(30分)の正解枚数と正解率を示した
である5)。
ものである。なお、実務従事者については、10
橋本さんが勤務する横河ファウンドリー株式
名に約2日間の練習を行った後に競技を行い、
会社(横河電機株式会社の特例子会社)は、そ
上位3名の結果を示したものである。このグラ
の業務を年々拡大し、現在は各種データ入力を
フでは、正解枚数、正確率のいずれについても、
はじめ、名刺・ゴム印作成、銘板設計・制作、
メダリストが実務従事者を上回っており、課題
封入発送作業、資源リサイクル回収及び解体作
に対する習熟の差を考慮しても、メダリストの
業、シュレッダー作業、その他各種請負業務と
実力のほどがわかるであろう。また、実務従事
多岐にわたっている。同社は、従来から一人の
者10名の正解枚数と正解率の平均は、18.8枚、
社員が多くの仕事を担当できるようにと、いろ
3)「データベース作成・基礎」
の競技課題はウェブサイトから無償でダウンロードできる
(http://www. nivr.jeed.or.jp/english
/researches/reports/db̲sample.html)
。
4)平成20年2月20日NHK総合テレビ「クローズアップ現代」で、
「秘められた能力を引き出せ〜広がる知的障害者の雇用〜」
として、3選手の活躍ぶりなどが詳しく報道された。同時期、NHK総合テレビの「ゆうどきネットワーク」でも取り上げら
れた。
5)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構「2008なの花アビリンピックinちば〜第30回アビリンピック」、『働く広場』、
2009年1月号。
30
職リハネットワーク 2009年3月 №64
いろな仕事に挑戦し、できる仕事を増やす「多
③生産現場等の手作業では、その不器用さのた
能工化」を図ってきた。橋本さんも、主業務の
めに、うまく職場に適応できなかったが、パソ
名刺作成(データの入力・レイアウト・印刷・
コン操作では、その不器用さが問題とはならな
裁断・箱詰め・発送)のほか、パソコンデータ
い知的障害者が少なくない。
入力、封入作業、ファイルリサイクル業務など
④多くの知的障害者は、パソコン操作が好きで
のサブ業務も行い、最近では紙産業廃棄物の回
ある。
「好きこそ、ものの上手なれ」といわれ
収作業にも従事している。さらに、昨年からは、
るように、おのずと好きなパソコンの訓練や仕
新入社員に名刺作成業務の指導をするようにと
事に対するモチベーションは高くなるだろう。
の会社の指示を受け、目下、人材育成に挑戦中
そして、知的障害者も、一人で、あるいは協力
である。なお、先輩による後輩指導は、橋本さ
して、技能を習得し、その職域を広げていく可
んに限ったことではなく、同社では「多能工化」
能性を持っている。
の一環として広く行われている。また、業務の
⑤ExcelやAccessなどのアプリケーションソフ
中でわからないところは、お互いに教え合い、
トでは、データの分割や結合が容易である。そ
どうしてもわからない場合に責任者に相談す
のため、作業者の技能に合わせ、比較的簡単な
る。ちなみに、同社の障害を持つ社員は全員知
部分のみを担当させ、最終的に他の部分と結合
6)
的障害者である 。
することもできる。また、これらのソフトは、
入力画面の作成・変更が容易で、わかりやすい
6
知的障害者にとってのパソコンデータ
入力業務の可能性
入力手順にしたり、注意事項を画面に表示する
ことも可能である。
データは、IT社会におけるいわば「血液」
である。その血液をつくるデータ入力業務に対
このようにパソコンを使うことにより、いわ
する需要は大きく、今後増大することはあって
ゆる作業改善や職務再設計がしやすくなる7)。
も減少することはないであろう。これまで述べ
加えて、最近パソコンの価格は低下している。
てきたアビリンピック等の経験も含め、以下の
その意味で、パソコンデータ入力業務のための
点から、知的障害者も、このような重要なデー
設備投資は低廉である。
タ入力業務の一翼を担うことができる人材では
ないかと考える。
7
おわりに
①知的障害者の中にはこだわりの強い人も少な
以上、知的障害者も、データ入力の技能を習
くない。そのようなこだわりは日常生活ではマ
得できること、データ入力の技能に加え事務的
イナスとなることもあるが、ことデータ入力業
作業などへと自らの仕事の幅を広げられるこ
務においては入力の正確さにつながり、職業上
と、また習得した技能を仲間に指導できること
の大きな強みとなる。
などから、データ入力業務は知的障害者にとっ
②データ入力業務では、ミスや作業量が客観的
て有望な職域の一つであることを述べてきた。
で曖昧さがなく、知的障害者にとっても作業目
もちろん、
このような知的障害者の職域の開発・
標や注意点が明確で、
その能率改善も図りやすい。
拡大は、障害者自身の努力の賜物ではあるが、
6)横河ファウンドリーへのヒアリング及び朝日新聞平成20年9月4日朝刊の「発達障害とともに(下)〜自信高め仕事向上〜」
から。
7)判断力や応用力に欠けるとして、データ入力業務での知的障害者の雇用や配置に消極的な企業も少なくないと聞く。そ
のような指摘の適否はともかく、本来データ入力業務では、入力するデータに曖昧さを残さず、データ仕様を厳密に規定
しておくことが、能率的なデータ入力作業を可能にするのではないだろうか。すなわち、データ入力業務では、多くの場合、
判断力や応用力を必要としない定型的な処理が求められ、またそのように作業改善すべきだと考える。
職リハネットワーク 2009年3月 №64
31
併せて、雇用企業をはじめ、能力開発校、障害
職場定着をめざして、日々努力を続けておられ
者就業・生活支援センター等の多くの関係機関
る8)。このような地域における取組みの成果が
の理解と支援があって、はじめて実現するもの
アビリンピックの地方大会を経て9)、全国大会
である。現在も、全国各地で、障害者自身が、
に結実するといえる。その意味からも、これか
企業が、そして能力開発機関や就労支援機関が、
らも地域と手を携え、多くの職業人を輩出でき
知的障害者のデータ入力業務、あるいはパソコ
るアビリンピック「パソコンデータ入力」をめ
ンも利用した事務業務による雇用機会の拡大、
ざしたいと考えている。
8)独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構の委託により、
(財)雇用開発センターが平成19年7月に実施した2,000社に対す
る「知的障害者の事務従事者の雇用の実態に関する調査」では、1,222社(61.1%)から回答があり、そのうち739社(60.5%)
で知的障害者を雇用していた。さらに、739社のうち、
知的障害者が事務的職務に従事しているのは137社(18.5%)であった。
この137社に、今後の事務的職務での知的障害者の雇用の可能性を質問したところ、
「増員していきたい」が65社(47.4%)
、
「現在の人員で適当」63社(46.0%)と、今後にかなり期待が持てる回答であった。また、職務内容では、メール仕分け65
社(47.4%)、データ入力63社(46.0%)
、封入・封緘61社(44.5%)が主要なもので、データ入力のウエイトは大きかった(川
村宜輝ほか「知的障害者の事務従事者の雇用の実態に関する調査」
、
『第16回職業リハビリテーション研究発表会発表論文
集』、p.186-189、障害者職業総合センター、平成20年)
。
9)障害者の新しい職域を地域に根付かせていくためには、アビリンピック地方大会の役割が重要である。例えば、平成20
年12月13日に開催された千葉県障害者技能競技大会のパソコンデータ入力競技では、全国大会出場(第31回茨城大会)を
めざして、能力開発校2校、高等特別支援学校1校、企業(特例子会社)1社から12名の選手が真剣に課題に取り組んでいた。
32
職リハネットワーク 2009年3月 №64
特 集
Ⅰ
障害者の新たな職域開発
個別の就労支援技術としての職場開拓
−カスタマイズ就業の取組から−
障害者職業総合センター 研究員
1
はじめに
地域において様々な障害のある人の就労ニー
2
春名由一郎
障害のある人を完全な職業人にするた
めの職場開拓
ズに対応する取組が拡大している。重度化、多
「カスタマイズ就業」においては、たとえ労
様化している障害のある人の就労ニーズに対応
働市場にある大部分の仕事に就くことができな
するためには、障害者雇用に理解のある企業の
いほどの重度の障害がある人でも、たった一つ
雇用努力に頼るだけでなく、それ以上の幅広い
でも当人にとってのぴったりの仕事さえ見つけ
職場開拓が必要である。
ることができれば完全な職業人となれると考え
そのような中で、現在、障害のある人の就労
る。ただし、それはいわゆる「障害者の適職」
ニーズに対応することの延長として、障害特性
という画一的なものではなく、一人ひとりのキ
を考慮した仕事内容の調整や配慮が重視される
ャリアや希望等を重視するものである。個別の
ようになっている。それは一人ひとりの障害の
職場開拓によってマッチングと就労を成功させ
ある人の状況に合わせた「仕事内容のカスタマ
た米国の多くの事例から一部を紹介する。
イズ」となることも多い。そのような障害のあ
(1)自閉症がある青年へのペットサロン内事
る人の個別支援の延長としての職場開拓は、職
業の開拓
業リハビリテーションにおける最も専門的で重
自閉症の「特性」に合わせ、最初は倉庫の物
要な支援の1つと位置づけられるものとなって
品整理の作業をしていたが興味が持てず、効率
いる。
も悪く、ついには何もできないと決め付けられ
そこで、本稿では、個別の就労支援技術とし
雨の中で看板もちをさせられていた青年。カス
ての職場開拓について体系的な検討が行われた
タマイズ就業チームは、彼が動物好きであるこ
米国の「カスタマイズ就業」から、その具体的
な内容を紹介することとする。個別の職場開拓
とは、求職者について1人ずつ取り組むもので
あり、企業の人材ニーズと障害のある求職者の
キャリアの方向性の接点において、無理なく安
全に企業の事業に貢献できる仕事のあり方を作
り出すことである。詳細は2007年に「カスタマ
イズ就業マニュアル」等1、2)でまとめたので参
考にされたい。本稿では、その中から特に職場
開拓に関連する部分を中心に紹介し、個別の就
労支援技術としての職場開拓の可能性を示すこ
ととする。
ペットサロン内事業の開拓
職リハネットワーク 2009年3月 №64
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とに気づき、開店間近の犬用サロンにドライヤ
模事業「エイボンエンジェルズ」を立ち上げ、
ーや上下可能台を支援制度で購入し持ち込んで
セールスレディーをサポートする仕事を新規開
仕事をすることで交渉し、職場実習をしてみる
拓した。ジョブコーチが訓練を担当し、インタ
ということになった。すると、仕事をすぐにマ
ーネットでの注文や計算もできるようになり、
スターし、サロン内の独立事業主として、朝は
セールスレディーの電子注文の手伝いもできる
一番早くから夜遅くまで誇りを持って仕事をす
ようになった。売り上げの10%がマージンとし
るようになった。
て入るようになっている。
(2)知的障害のある女性への図書館の案内係
(5)防音設備会社におけるカタログ発送業務
の仕事の開拓
の創出
福祉作業所を利用している、知的障害のある
在宅生活ではなく、人との関わりがもてる社
女性に就労希望を尋ねたところ、
「市長になり
会参加として就業を希望した女性。開拓した防
たい」との返事が返ってきた。その人は、施設
音設備会社において、カタログや見本発送は、
の行事で市長を表敬訪問したことがあり、その
これまで社員が他の業務の傍らで行っていた業
時、市長の部屋は天井が高く広々しており、多
務であったが、彼女の能力に合わせて、問合せ
くの人たちが出入りして、市長はその人たちと
からの発送先のデータ入力、宛名ラベル貼り、
引っ切りなしに対応していた。その人の当時の
カタログや見本の封筒詰め、発送等を集めて1
作業では、狭い施設の中で決まったメンバーで
人で担当する新たな仕事を創出した。ラベル貼
新しい人にも会うこともめったになかった。天
井が高く広々としている図書館に交渉して、そ
の案内係の仕事の職場開拓に成功した。
「市長」
という言葉通りではなかったとしても、彼女に
とって理想の仕事である。
(3)高次脳機能障害のある女性とドッグトレ
ーナーの仕事のマッチング
脳外傷で記憶障害が生じた女性。周囲からは
障害があると思われないが、記憶障害のために
仕事ができないでいた。彼女の好きな仕事で、
記憶が必要ない仕事を探し、犬のトレーナーの
仕事に就いた。既存の仕事であり、特に新たな
セールスレディのサポート業の開拓
仕事を開拓したわけではないが、このような高
次脳機能障害のある人の仕事としては、まさに
開拓と同じ意義がある。あまりにその仕事がう
まくできるので、雇用主は別の仕事を頼もうと
するが、それは困難なことを注意している。
(4)知的障害がある女性2人による小規模事
業の開拓
知的障害がある人の施設において友達同士の
女性2人。1人はお化粧が大好き。もう1人は
字が読めるが、対人関係が苦手。化粧品のセー
ルスレディー用の注文商品の袋詰めの仕事にニ
ッチ(すき間)のニーズがあることから、小規
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職リハネットワーク 2009年3月 №64
カタログ発送業務の創出
り作業には特製の補助具を作成して使用してい
図書館員は上司に提案し、事務員の仕事が設け
る。作業スペースは、職員の休憩室の隣に設置
られた。
され、職員との交流が行えるようになっている。
―問2「臨時従業員を雇った方がよい忙しい時
間帯や曜日があるか」
3
「隠れた労働市場」へのアプローチ
例:食料雑貨店で特定の時間帯や曜日が非常に
個別の職場開拓が効果的なのは、
「隠れた労
忙しかった。店の方針では顧客の車まで食料雑
働市場」があるからである。企業の人材ニーズ
貨品を運ぶことになっていたが、最も忙しい時
のうち実際に求人が出されているのは一部に過
間帯には無理な場合があった。雇用専門家は、
ぎず、多くは具体的な職位として明確化さえさ
最も忙しい時間帯の短時間雇用を提案し、仕事
れていない。
「地域には障害のある人の求人が
が新設された。
ない」と、失われた機会に注目するよりも、そ
―問3「従業員の職務で、個別の仕事として実
のような潜在的な人材ニーズの中から職場開拓
施した方が効率的に行えそうなものがあるか」
を行うことで、より多くの機会と選択肢を見出
例:ある大型ホテルの総支配人は、不足してい
すようにすることが、カスタマイズ就業では重
る客室係の追加を考えていた。雇用専門家は客
視されている(図1)。
室係たちを観察し、客室のベッドからシーツを
はがしてリネン類を洗濯室に届ける労働者を1
人雇うよう提案した。このポストの新設によっ
て、客室係のスタッフはリネン室との行き来に
時間をかける必要がなくなり、全体的効率や生
産性が高まった。
―問4「日常的に残業手当や臨時労働手当を支
払っているか」
例:あるメーカーは営業スタッフ用の販促資料
図1
求人が生まれる4段階での雇用実態(米国)
一式をまとめるために、受付係に残業手当や休
日出勤手当を支払っていた。雇用主は会社のコ
(1)隠れた労働市場を発見するための質問
隠れた労働市場、あるいは、企業の潜在的な
スト削減を検討した末、この職務を遂行するパ
ートタイムの販売促進アシスタント職を設ける
人材ニーズは、事業効率や従業員のパフォーマ
ことに決めた。
ンスの改善、コスト削減の取組と関連しており、
―問5「生産を維持できているか、それとも予
全ての雇用主にとって身近で大事な問題であ
定より遅れているか」
る。次のような質問によって明らかにされた企
例:ある小企業は4人の労働者を雇い、堅木の
業の人材ニーズと、求職者の能力・興味・支援
カヤックを手作りして、キットを組み立ててい
ニーズの接点から、個別の職場開拓の可能性は
た。ところが、ウェブサイトを開設すると注文
生まれる。
が急増した。会社は注文をこなしきれず、スタ
―問1「従業員は、主要専門分野以外の雑務を
ッフが残業するようになった。雇用主は、キッ
担当していないか」
トを組み立てるために人を雇えば業務が改善す
例:法律事務所の弁護士等は、法律図書館での
るだけでなく、製作スタッフたちが最善を尽く
書類探しとコピーのために訴訟準備のための貴
す時間的余裕も生まれるだろうと考え、この有
重な時間を削っていた。このことを知った雇用
益性を認めた。
専門家は「書類探しとコピーの仕事のポストを
―問6「もっと頻繁に実施すべき仕事や現状で
作ればよいのではないか」と話を持ちかけた。
は実施が滞っている仕事があるか」
職リハネットワーク 2009年3月 №64
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例:あるホテルは、建物全体の階段の吹き抜け
を使う(障害者関連用語は避ける)
。その場に
の真鍮飾りをいつもきれいにしておきたいと考
合った服装をし、自分のサービスについて準備
えていたが、この作業は定期的に行われていな
に時間をかけたプロとしての資料を用意する。
かった。おまけに、エレベーターも定期的に掃
④
的確な質問をする
除されていなかった。雇用主に「継続的にこの
前述(1)のような内容について、従業員、
清掃作業をする人を雇わないか」と持ちかけ、
マネージャー、顧客及び有益な情報源になりそ
仕事が新設された。
うな他の誰かと話をすることが必須である。
(2)企業への訪問調査
⑤
職場の観察
個別の職場開拓は、企業側の観点からみて職
事業の実施状況を理解するため、職場の見学
位の新設による業務改善である。職場開拓の提
を依頼する(商品の販売方法、入荷する商品/
案が、企業の負担となる無駄な職位の追加とし
供給品/材料の受領手順、登録など)
。基本的
て受け取られないように注意する。そのために
な職務記述書及び組織図を入手する。職務の範
は、いきなり職場開拓の売り込みをするのでは
囲に注意を払い、従業員が本来の任務にもっと
なく、企業の人材ニーズへのマーケティングに
専念できるようにするための、切り分けたり分
基づき、そのニーズに対応する新しい職位の提
担したりできるような仕事内容に留意する。実
案を行うようにする。その時の留意事項には次
際の業務を見学しながらポイントとなる質問を
のようなことがある。
していくうちに、職務のカスタマイズの機会が
①
発見できる場合がある。
訪問調査の申し込み
求職者の希望に沿う可能性のある雇用主候補
をリストアップし、最低でも5名の雇用主に連
4
専門的支援技術としての個別の職場開拓
絡し、会社の経営や仕事内容について20分程度
障害のある人の個別の職場開拓は、個別の就
話を聞きたい旨や、職場見学をしたい旨依頼す
労支援と一体的な取組である(図2)
。企業の
る。求職者の雇用を依頼するのではなく、あく
訪問調査時には、特定の障害のある人が想定さ
までも各企業の経営や仕事についての調査であ
れている。個別支援によって、開拓すべき具体
ることを明確にし、依頼内容は実行しやすいも
的な仕事内容や働き方、職場の条件をある程度
のにする。
明確にしておくことによって、的を絞った効果
②
的な職場開拓が可能になる。逆に、職場開拓は
訪問前の準備
訪問先の企業の言葉で話せるようにする。例
個別支援と一体的に行われることで効果的にな
えば、Webを利用して会社について調査する
るため、地域の各種専門支援者のチームワーク
(仮想訪問)
、既存の職務記述書を調べる、会
が不可欠である。
社の組織構造を調べる(誰がどこで何をしてい
(1)障害のある人の援助付きのキャリア支援
るのか)
、会社の特殊用語(業界用語)と部署
特に従来の就業支援が困難であった重度の障
名を調べる、プレスリリースを読む、類似の会
害のある人について、
「軽作業」
「事務職」
「ウ
社で働いている友人/親戚/隣人に話を聴く、
ェブデザイナー」等の紋切り型の就労希望に沿
業界とその問題について情報を得るため新聞の
って職場開拓を行っても成功は難しい。求職者
経済欄を読むということを訪問調査の前に行っ
が「キャリアの方向性」を明確にできるように
ておく。
支援することによって、職場開拓の可能性を検
③
討すべき雇用主候補を効果的に絞り込むことが
訪問の心構え
雇用主の時間を尊重して手短に済ませ、15分
可能になる。
「キャリアの方向性」とは、本人
から20分もあれば十分と考える。企業の人材ニ
が様々な職種を選ぶ際に底流となっている価値
ーズに対応するサービスとして、ビジネス用語
観や興味分野を反映しているものである。大ま
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職リハネットワーク 2009年3月 №64
図2
カスタマイズ就業の全体的取り組みにおける職場開拓の位置づけ
かなキャリアの方向性の中には、エントリーレ
業の不安にも対応できる具体的な条件を、専門
ベルから、より高度な仕事までを含み、職業選
支援者側から提案する必要がある。個別の職場
択の幅を大きく広げることができる。先述の事
開拓は、職務内容、勤務条件(日数や時間)、
例では、
「市長になりたい」という希望から、
「広
通勤の条件、職場内の物理的環境、職場風土、
い場所で多くの人と応対する仕事」という「キ
同僚や上司の性格・協力度等、様々な条件を特
ャリアの方向性」を見出すことで、
「図書館の
定した提案から開始される。
案内係」という具体的な職場開拓につなげるこ
とができている。
そのような個別の条件を提案するためには、
丁寧な個別支援の取組が前提となる。一人ひと
また、障害のある人には通常の方法では十分
りの障害のある人が、日常生活や地域生活の中
に意思表示ができない人がいることも考慮する
で、どのような障害をもちながら生活を送って
必要がある。このような課題に対応するため、
いるか、また、使っている支援機器、家庭、学
カスタマイズ就業では「ディスカバリー」とい
校、地域においてどのような配慮があるか、周
う援助付きのキャリア支援を重視している。日
囲の人たちはどのように本人に接しているかと
常場面での様子の観察や、友人や家族からの聞
いうような情報を集め検討することによって、
き取り等、様々な方法を活用して、どんな障害
その人がどのような条件でなら無理なく仕事が
のある人であっても、その人の「キャリアの方
できるか、また、どのような支援が必要になる
向性」を理解できるような専門的技術が提案さ
かということを明確にすることができる。さら
れている。
に、就労支援や職場開拓の経験者なら、職務再
(2)無理なく安全にできる仕事の条件の検討
設計の技術やジョブコーチ支援やナチュラルサ
企業に対して障害名や「できないこと」だけ
ポート構築支援のノウハウ、多様な就労形態に
を伝えて、企業側の職域開発や配慮の努力に期
関する地域やスキルの選択肢、また、多くの働
待することは、特に重度の障害のある人の場合
き方や職場内支援や地域支援の構築の選択肢を
困難である。個別の職場開拓のためには、障害
示すことができるであろう。
があってもその人が企業の人材ニーズに貢献で
(3)的確なコミュニケーションと調整
き、さらに、雇用管理や安全配慮についての企
個別の職場開拓では、障害のある人、企業の
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雇用担当者、職場や地域の関係者の間で、「企
てアピールすることができ、企業への無理な依
業の事業に貢献する職業人として、障害があっ
頼の必要がなくなる。
ても無理なく安全にキャリアを発達させる」こ
とに必要な個別的条件の明確化と、その条件を
5
おわりに
現実化していく具体的な職場開拓や個別支援が
米国においてカスタマイズ就業の実施のため
並行して進む。特に職業経験が少なく、職業生
の地域パートナーシップの中核は、我が国のハ
活上の配慮の方法も不明という段階からキャリ
ローワークにあたるワンストップキャリアセン
アをスタートする必要がある人の場合は、いく
ターであった。米国には障害者雇用率制度がな
つかの初歩的な職業経験を通して、キャリアの
いが、企業と求職者のマッチングを支援する機
方向性や障害への対処方法を明確にすること
能自体が重視された。我が国においても、地域
で、
キャリアアップしていくことも重視される。
障害者就労支援事業(チーム支援)でハローワ
もし、職場開拓が「職業能力が低く雇用管理
ークが中心となる枠組が既にある。現在、地域
上の問題がある人」の雇用を企業に依頼するも
において個別の職場開拓は、就労支援の大きな
のであるならば、その取組は根本的な部分で困
位置を占めるようになっている。我が国におい
難にならざるをえない。しかし、カスタマイズ
ても、障害のある人の個別支援を行う地域関係
就業で開拓される個別の職場においては、障害
機関と、ハローワークとの効果的な連携によっ
のある人が企業の事業に貢献し、雇用管理や安
て、個別の職場開拓がより効果的に行える可能
全配慮上の企業の心配や不安が解決されてい
性がある。
る。支援者も、障害のある人を「職業人」とし
参考文献
1)障害者職業総合センター(2007):米国のカスタマイズ就業の効果と我が国への導入可能性.調査研究報告書No.80.
2)障害者職業総合センター(2007):カスタマイズ就業マニュアル.資料シリーズNo.36.
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