金属材料学 - Kyoto Univ

金属材料学
Structural Metallic Materials
2015(H27)年度講義資料
3回生後期
担当教員:辻
木曜・2時限
伸泰(材料工学専攻
柴田曉伸(材料工学専攻
連絡先:辻
物 312 教室
教授)
准教授)
工学部物理系校舎南棟8F・828 号室(内線 5462)
[email protected]
柴田
工学部物理系校舎南棟8F・827 号室(内線 5468)
[email protected]
講義資料 URL:
下記の研究室 HP から【教育】→【金属材料学】へ
http://www.tsujilab.mtl.kyoto-u.ac.jp/
第2回講義以降は、上記 HP から講義資料(PDF)をダウンロードし、各自プリント
アウトして持参してください。
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
第1章 緒言
金属(metals)
・合金(alloys)は、我々の身の回りをはじめ、社会の様々な場面で多用さ
れている。金属材料の特徴の一つに、その多様性がある。そもそも周期表中の元素の 5 分の
4 が、金属元素である(図1.1)
。これらはそれぞれ特徴的な物性・特性を有している。さら
に合金を考えると、そのバリエーションは無限である。一方、同一の金属元素、あるいは同
一化学組成を有する合金であっても、種々の多様な特性が発現する。それは、金属・合金に
は内部組織(microstructure)があり、それが材料の特性を大きく左右するためである。
図 1.1
周期表中の金属元素(黄色と緑色)
金属は自由電子を介した金属結合により特徴づけられ、固体金属は、自由電子の海の中に、
金属陽イオンが3次元的に規則正しく配列している。しかし、実在の金属結晶は完全結晶
(perfect crystal)ではなく、種々の格子欠陥(lattice defect)を内包している。格子欠陥に
は0次元の点欠陥から、1次元の線欠陥、2次元の面欠陥、3次元の体積欠陥まで種々の種
類がある(表1.1)。これらの格子欠陥が集合・配列して、金属材料の内部組織を形成して
いる(図1.2)
。同一組成の金属・合金であっても様々な特性を示すのは、この内部組織(材
料組織(microstructure))が異なるためである。従って、材料組織と物性・特性の間の関係
性を理解するとともに、材料組織の形成機構・過程を知ることは、金属材料学における一大
重要課題である。
1
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
表 1.1
種々の格子欠陥
点欠陥(0次元)
原子空孔、格子間原子、不純物原子(侵入型固溶原子、置換型固溶原子)
線欠陥(1次元)
転位、点欠陥の一次元配列
面欠陥(2次元)
結晶粒界、双晶境界、積層欠陥、逆位相境界、異相界面、表面
体積欠陥(3次元)
析出物、第二相、ボイド、クラック
図 1.2
種々の格子欠陥と材料組織
2
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
金属は一般に、種々の化学反応(主に還元反応)を利用して鉱物(金属の酸化物、硫化物
など)から精錬され、化学組成(chemical composition)を調整される。実際に用いること
のできる形状・形態の金属材料を製造する手法には様々なものがあるが、大型バルク金属を
得るためには、ほとんどの場合、液体金属を鋳造(casting)し、それを塑性加工(metal
working)する手法が用いられる。典型的な例として、鉄鋼材料の製造工程を図1.3に示す。
これらの工程の目的は、第一義的には製品としての形を作ることにある。しかし各工程で、
凝固(solidification)、塑性変形(plastic deformation)、回復・再結晶・粒成長(recovery,
recrystallization and grain growth)、相変態(phase transformation)
、析出(precipitation)
などの冶金学的現象が生じ、それに伴って各段階で特徴的な材料組織が形成される。逆に言
えば、これらの熱加工プロセス(thermomechanical process)を積極的に用いることにより、
材料組織、ひいては材料の特性を制御することができる。これが、組織制御の意義であり、
考え方である。
図 1.3
種々の鉄鋼材料の製造工程
熱加工プロセスにより材料組織を制御するためには、それぞれの過程でどのような組織変
化が生じるかということを理解し、予測しなければならない。その際重要となるのが、対象
とする金属・合金の平衡状態図(equilibrium phase diagram)である。図1.4、図1.5に
示すように、例えば鋼(Fe-C 合金)とアルミニウム合金(Al-Cu 合金)では、状態図の様相
が大きく異なる。合金系ごとに、与えられた組成、温度、圧力の元での安定状態(安定相)
を示してくれるのが平衡状態図であり、状態図は材料組織を読み解く地図である。ただし、
現実の材料は、必ずしも平衡状態図が示す通りの相構成(組織)を持たない。これは、状態
図が無限の反応時間後の平衡状態を表すものであるのに対し、現実のプロセス(特に温度の
上げ下げ)が有限の時間内で行なわれるためであり、材料はしばしば、非平衡組織を示す。
これらも含めて理解するためには、平衡状態図(熱力学論(thermodynamics))だけではな
く、材料組織形成の速度論(kinetics)も理解する必要がある。
3
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図 1.4
Fe-C 系平衡状態図(実線:Fe-Fe3C 系、破線:Fe-黒鉛系)[1]
図 1.5
Al-Cu 系平衡状態図[2]
本講を受講する学生諸子は、すでに合金の熱力学、平衡状態図、格子欠陥、固体中の拡散、
相変態・析出・再結晶などの固相反応に関する講義を受講してきているはずである。本講義
は、それらのともすれば断片的になりがちな知識を材料組織制御という観点から有機的に連
携させ、速度論的考え方も導入した上で、現実のプロセスや材料と対比させながら、金属材
料組織学をより深く理解できるようになることを目的としている。
4
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図 1.6
図 1.7
様々な金属組織:Al-Si 合金の共晶組織(光学顕微鏡)
様々な金属組織:圧延された Fe-Cr 合金の加工組織(光学顕微鏡)
図 1.8
様々な金属組織:加工された純 Cu の転位セル組織(TEM)
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図 1.9 様々な金属組織:加工された純 Cu における小角粒界と転位の格子像(高分解能 TEM)
図 1.10
様々な金属組織:Fe-Cr 合金の再結晶途中組織(光学顕微鏡)
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図 1.11
図 1.12
様々な金属組織:0.4%C 鋼のフェライト・パーライト組織(光学顕微鏡)
様々な金属組織:0.2%C 鋼のラスマルテンサイト組織(左)と 1.8%C 鋼のレンズ
マルテンサイト組織(右)
(光学顕微鏡)
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図 1.13
様々な金属組織:0.2%C 鋼のラスマルテンサイト組織の SEM/EBSD 方位像
引用文献
[1]
鉄鋼材料
[2]
アルミニウムの組織と性質、軽金属学会 (1991)
講座・現代の金属学
材料編4、日本金属学会 (1985)
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第2章 凝固に伴う組織形成
2.1. 現実の凝固組織
この章では、図1.3に示したような一般的なバルク金属材料の製造工程において最初に行
われる鋳造プロセスに伴い生じる凝固組織を考える。凝固(solidification)とは、液体金属が
固体になる相変態(phase transformation)のことであり、当然それに伴い固体の材料組織が形
成される。また、後に述べるように凝固組織中には種々の不均一や欠陥がしばしば形成され
る。こうした欠陥を含む初期凝固組織が、後々の材料特性にまで影響することがある。
図2.1に、Fe-19%Cr 合金(フェライト系ステンレス鋼)連続鋳造片の横断面マクロ組織を
示す。鋳型の四辺から凝固が開始し、中心の最終凝固位置に向かって、熱流方向に沿った粗
大な凝固柱状晶組織が形成されている。立方晶金属の場合には、凝固柱状晶(columnar crystals)
の成長方向は結晶学的な<100>方向に一致し、柱状晶の部分は強い{001}凝固集合組織を有す
る。
図2.1
Fe-19%Cr 合金(フェライト系ステンレス鋼)連続鋳造片の横断面マクロ組織
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2.2. 古典的核生成理論
2.2.1. 核生成
ここで、融液中から固体の凝固核が生じる過程を熱力学的に考える。母相の中に非常に小
さな新相の粒子が核(nucleus)として生じる現象を,核生成(nucleation)という。液体中
でも固体中でも、原子は温度に応じて熱振動している.こうした状態下,種々の大きさの微
小な新相の種(エンブリヨ:embryo)(新相の組成と構造を有する微小体積)が、熱的揺ら
ぎ(thermal fluctuation)によってある確率で生じると考える.
2.2.2. 均一核生成
ここではまず、もっとも単純な純金属の凝固反応(液相-固相変態)
L → β
(2.1)
を例にとって,母相(液相 L)中に均一に固相(β)の核が生じる均一核生成(homogeneous
nucleation)を考える.図2.2に示すように、母相(液相)中に半径 r の球状のエンブリヨ
が熱的揺らぎによって生じるとする.以下の議論は、気相や液相からの結晶成長を念頭に置
いたもので、古典的核生成理論(classical nucleation theory)と呼ぶ。
図2.2
母相(液相)と新相の単位体積あたりの自由エネルギーをそれぞれ GL, Gβとする。いま、
凝固点 Tm 以下の温度 T における過冷状態では、新相が生じた方が系の自由エネルギーが低
下するから,GL >Gβである。両者の差、ΔGV(=Gβ—GL(<0))を、核生成の駆動力(driving
force)という。このとき、系の自由エネルギーは,
だけ低下する.一方,新相が生じると,母相(液相)との間に異相界面(固液界面)が形成
される.異相界面では原子の配列が乱れているから,それに伴って自由エネルギーが増加す
る.異相界面の形成による自由エネルギーの増加分は,
4  r2 
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である(σは単位面積あたりの界面エネルギー)から、上記のエンブリヨが生じることによ
る自由エネルギー変化の収支は,
(2.2)
となる。これを r の関数として示したものが,図2.3である。
図2.3
核(エンブリヨ)の半径と自由エネルギー変化の関係
自由エネルギー変化はある半径 r*で極大値を持ち,
(2.3)
(2.4)
である。この r*を、成長可能な臨界核半径(critical radius of nuclei)と呼ぶ.すなわち、
r*以下の大きさのエンブリヨが生じたとして,これに原子が1個さらにくっつくと、自由エ
ネルギーは増加してしまう.したがって、r*以下の大きさのエンブリヨは収縮して消滅しよ
うとする.一方,r*以上の大きさのエンブリヨが生じた場合には,これにさらに原子がくっ
つき半径が大きくなることによって、自由エネルギーは増加する。すなわち、臨界核半径 r*
以上の大きさのエンブリヨは,成長することができる.(2.3)式より,r*は核生成の駆動力が
大きいほど小さくなる.Δg*を、核生成のためのバリアと呼ぶ.
凝固の場合、駆動力ΔGV は温度の関数である。凝固点 Tm では駆動力はゼロであり、そこ
から温度が下がり液相が過冷(supercooling)されるほど、ΔGV の値は負に大きくなる。こ
こでΔGV は、以下のような式で表すことができる。
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(2.5)
ここで L は、凝固潜熱(latent heat of solidification)である。(2.5)式を(2.3), (2.4)式に代入
すると、
(2.6)
(2.7)
これらより、臨界核サイズ r*と、核生成のバリアΔg*の両方が、温度 T の低下とともに減少
することがわかる。その様子を、図2.4に示す。冷却速度を増大させるなどによって母相を
過冷し、駆動力を大きくするほど、微細な新相を核生成させることができる.
図2.4
ここで示した核生成の考え方は、後に議論する相変態の速度論にも関係してくる。
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2.2.3. 不均一核生成
新相の核生成は、多くの場合は均一核生成ではなく、融液からの場合は鋳型との界面、表
面、介在物との界面等、固体母相中では表面、粒界や転位といった格子欠陥上で生じる。こ
れを不均一核生成(heterogeneous nucleation)と呼ぶ。ここではまず例として、固体中の
粒界上の不均一核生成を図2.5に模式的に示す。このように核生成することによって、母相
αの粒界が一定面積消失することが分かる。粒界など格子欠陥はもともと自由エネルギーの
高い場所であるから、この分だけ自由エネルギー的に有利となる。
図2.5
粒界上の不均一核生成
凝固の場合の、鋳型壁における不均一核生成の様子を図2.6に示す。ここで、液相、固相
の両方が、鋳型壁に対して十分“ぬれ性”がよいものとする。この場合、固液界面エネルギ
ー(γSL)よりも、固体の表面エネルギー(γSI)の方が低ければ、不均一核生成は有利であ
る。これらエネルギーと、液体の表面エネルギー(γIL)とのバランスにより、ぬれ角(θ)
が決まる。
 IL   SI   SL cos 
図2.6
(2.8)
鋳型壁における不均一核生成
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2.3. 種々の状態図の合金において形成される凝固組織
二元系状態図には、図2.7に示すような4種類の基本的な形、すなわち、全率固溶型、 共
晶型、包晶型、偏晶型がある。共析型、包析型、偏析型は、これらの高温相が固体になった
ものである。
図2.7
二元系状態図における4種類の基本形
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2.3.1. 全率固溶型合金における平衡凝固と非平衡凝固
まずはじめに、全率固溶型合金における平衡凝固を考える。この型の状態図を示す現実の
合金として、例えば図2.8に示すCu-Ni系がある。
図2.8
Cu-Ni系平衡状態図
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まず、図2.9に示すような一般的な全率固溶型状態図(A-B系)を考える。平均組成 XB0
の合金を無限にゆっくり冷却した場合の平衡凝固に伴う組織変化を、やはり図2.9に模式的
に示す。
図2.9
全率固溶型合金A-B系の平衡状態図と、平衡凝固に伴う組織形成の模式図
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同様の組織変化を、Cu-35wt%Ni合金に対して示したものが、図2.10である。
図2.10
Cu-35wt%Ni合金の平衡凝固に伴う組織形成と状態図との対応
図2.9や図2.10に示したような平衡凝固では、最終的には平均組成 XB0 またはCu-35%Ni
を有する均一な固相が生成する。しかし、凝固途中では、状態図からわかるように初期には B
(Ni)濃度の高い(B(Ni)-rich な)固相が生成し、一方で液相の B (Ni)濃度は平均濃度よ
り低くなる。温度が低下するに従って、液相中のB(Ni)濃度は液相線(liquidus line)に沿っ
て減少し、固相中の B (Ni)濃度は固相線(solidus line)に沿って減少して、最終的には平
均組成の固相となる。この濃度変化は、液相および固相中の拡散(diffusion)により生じるが、
現実の凝固は有限の冷却速度下で生じるため、特に固相中の拡散が追いつかず、図2.11に示
すような平衡状態図からのずれと、最終組織における濃度不均一を生じる。最終組織の濃度
不均一を図2.12に模式的に示す。これを凝固編析(segregation)という。 偏析は、材料の均
一性を損なうという意味で嫌われる。これを取り除くためには、高温で長時間保持する均一
化処理(homogenization)が行われる。拡散を活発化するために、塑性加工を組み合わせるこ
ともよく行われる。
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図2.11
Cu-35wt%Ni合金の非平衡凝固に伴う組織形成と状態図との対応
図2.12
A-B合金の凝固偏析により形成される組成プロファイル
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2.3.2. 共晶型合金における凝固組織の形成
図2.13に、共晶型合金A-Bの平衡状態図を模式的に示す。この型における特徴は、三相共
存温度(共晶温度)が存在することである。
図2.13 共晶型合金A-Bの平衡状態図
図2.13における温度 T6 を、共晶温度という。この温度では、液相から2種類の固相(α
相とβ相)が同時に晶出する。すなわち、共晶反応(eutectic reaction)は、
L (Xe)
⇄
α(X1) + β(X2)
(2.9)
と表すことができる。
組成 Xe を共晶組成と呼ぶ。共晶組成以下の組成の合金を亜共晶(pro-eutectic)合金、共
晶組成以上の組成の合金を、過共晶(hypo-eutectic)合金という。 亜共晶合金、共晶合金、
過共晶合金の凝固に伴う組織形成を、それぞれ図2.14に模式的に示す。
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図2.14 亜共晶合金、共晶合金、過共晶合金の凝固に伴う組織形成の模式図
共晶反応では、α相とβ 相に合金元素の分配が行われる必要がある。これを効率よく行う
ために、共晶組織は薄い板状のα 相とβ 相が交互に並んだラメラ構造(lamella structure)を
示す場合が多い。図2.15に、Pb-Sn系を例にとり、凝固界面近傍におけるPbとSnの分配の様
子を模式的に示す。ラメラ構造をとることにより、短距離の原子の異動(拡散)によって組
織が効率的に形成されうることが分かる。そのほかにも、共晶組織には図2.16のような形態
があり得る。
図2.15
Pb-Sn共晶組織の凝固界面近傍における元素分配の模式図
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図2.16 種々の形態の共晶組織
共晶型状態図を示す現実の合金系として、図2.17、2.18、2.19に示す、Cu-Ag系、Pb-Sn
系、Al-Si系などがある。Pb-Sn合金は、はんだ合金としてよく知られている。また、Al-Si合
金は典型的な鋳造アルミニウム合金である。Pb-Sn系亜共晶合金、および共晶合金の凝固に伴
う組織形成の様子と状態図の対応を図2.20、図2.21に示す。また、Al-Si系亜共晶合金、共晶
合金、過共晶合金の実際の凝固組織を図2.22に示す。
図2.17
Cu-Ag系平衡状態図
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図2.18
Pb-Sn系平衡状態図
図2.19
Al-Si系平衡状態図
22
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図2.20
図2.21
Pb-Sn亜共晶合金(Pb-40wt%Sn)の凝固に伴う組織形成と状態図の対応。
Pb-Sn共晶合金(Pb-61.9wt%Sn)の凝固に伴う組織形成と状態図の対応
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図2.22
Al-Si系亜共晶合金、共晶合金、過共晶合金の実際の凝固組織
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2.3.3. 包晶型合金における凝固組織の形成
包晶型の状態図を図2.23に模式的に示す。
図2.23
A-B二元系包晶型状態図
温度 T4 における包晶反応(peritectic reaction)は、
L (d) +α(b)
⇄
β(c)
(2.10)
と表すことができる。
図2.23の組成 X1, X2, X3 を有する合金の凝固に伴う組織変化を、図2.24に模式的に示す。
現実の合金においては、低炭素鋼(Fe-C合金)が包晶反応を示す(図2.25)。
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図2.24 亜包晶、包晶、過包晶合金における凝固組織の形成を示す模式図
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図2.25
Fe-C系平衡状態図
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第3章
加工と回復・再結晶・粒成長に伴う組織形成
金属材料の特徴のひとつとして、展延性に富むこと(plasticity)があげられる。すなわち、
金属は外力に対して高い強度を示しつつ、脆性破壊(brittle fracture)することなく塑性変形
(plastic deformation)によって応力を緩和する。これが、構造物として金属材料を安心して
使うことのできる大きな理由である。また、展延性を利用することによって、金属材料は様々
な形状に加工することができる。一般的な金属・合金の製造工程では、金属の塊が厚板・薄
板・棒・線・パイプ等の素形材として一次加工される。そして必要に応じて、素形材はより
複雑な形状に二次加工される。いずれの加工(metal working)においても、塑性変形に伴っ
て金属材料の内部組織が変化し、特性も大きく変化する。一般的には、金属は変形とともに
硬化し、これを加工硬化(strain-hardening, work-hardening)という。
加工(塑性変形)を受け加工硬化した材料には、転位をはじめとする種々の格子欠陥が蓄積
される。これらは材料の自由エネルギーを増加させる。したがって加工を受けた材料は、格
子欠陥を減少させてその自由エネルギーを下げようとする。特に加工材を原子の拡散が十分
起こる高温に持ち来した場合には、そうした反応が促進される。その際に生じるのが、回復
(recovery)
、再結晶(recrystallization)
、粒成長(grain growth)と呼ばれる過程である。一連
の過程を総称して、復旧(restoration)と呼ぶ場合もある。またこれらを生じさせるような熱
処理を、焼鈍(annealing)と呼ぶ。回復・再結晶・粒成長に伴う材料の組織変化と、強度・
延性の変化を模式的に示したのが図3.1である。一般に回復と再結晶の進行に伴い、加工硬化
した材料の強度は低下(軟化)し、一方延性が回復する。本章では、加工(塑性変形)に伴
う金属の内部構造及び特性の変化と、加工材の焼鈍に伴い生じる回復・再結晶・粒成長によ
る組織と特性の変化を論じる。
図3.1
回復・再結晶・粒成長に伴う材料の組織変化と、強度・延性の変化
28
3回生「金属材料学」 緒言
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3.1. 種々の加工法
(a)単純な加工(変形)と加工度
材料の単純な変形(加工)法として、図3.2に示す引張(tensile deformation)、圧縮
(compression)
、剪断(shear)
、ねじり(torsion)などがある。これらは実際の金属加工法
というよりは、状況を単純化した試験法として用いられる場合が多いが、現実の塑性加工は
こうした単純な変形モードの組合せによりなっている。
図3.2
(a)引張、(b)圧縮、(c)せん断、(d)ねじり
例えば室温での引張試験により得られる典型的な金属の応力ひずみ曲線を図3.3に示す。最
初は弾性変形(elastic deformation)していた材料が、降伏(yielding)後塑性変形(plastic
deformation)を生じるが、塑性ひずみ(plastic strain)の増加とともに変形応力(flow
stress)は増大する。これが加工硬化(strain-hardening, work-hardening)である。金属
材料の塑性変形は、多くの場合転位(dislocation)のすべり運動によりもたらされる(注:
転 位 す べ り の ほ か 、 双 晶 変 形 ( twinning ) や マ ル テ ン サ イ ト 変 態 ( Martensitic
transformation)によっても塑性ひずみはもたらされるし、高温ではクリープ変形(creep)
によっても塑性ひずみが生じる)
。加工硬化の理由は、大まかに言えば、塑性変形に伴って転
位をはじめとする格子欠陥が結晶中に蓄積され、それによって引き続く転位のすべり運動が
阻害されるためである。
29
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図 3.3
金属材料の典型的な応力ひずみ曲線
図3.3から分かる通り、加工量が大きいほど金属は硬化する。従って、変形により与えた加
工度(塑性ひずみ量)を知ることは、金属の組織と状態を把握する上で非常に重要である。
図3.1で示したような単純変形の場合、加工度(塑性ひずみ)は以下のように表される。
・ 引張
公称ひずみ (nominal strain, engineering strain)
e
L L 0
L0
(3.1)
L0:初期標点間距離
L:変形後の標点間距離
真ひずみ(true strain)
  ln
L
L0
(3.2)
30
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・ 圧縮
公称ひずみ
e
h 0 h
(3.3)
h0
h0:圧縮前の試験片高さ
h:圧縮後の高さ
真ひずみ
h
h0
(3.4)
x
 tan
h
(3.5)
   ln
・ 剪断
公称ひずみ

h:立方体要素の高さ
x:剪断方向の変位
θ:剪断角
相当ひずみ(equivalent strain)
【微小ひずみの場合】
 

(3.6)
3
・ ねじり
公称ひずみ

 

2  r 

2   r 


h
h
(3.7)
h:円柱の平行部長さ
r:円柱の半径
θ [rad]:ねじり角
相当ひずみ(equivalent strain)
【微小ひずみの場合】
 

(3.8)
3
31
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(b)代表的な金属加工法
図3.4に、代表的な金属加工法(一次加工法)である鍛造(forging)、圧延(rolling)
、押
出(extrusion)
、引抜き(wire-drawing)を模式的に示す。
図3.4
種々の代表的な金属加工法
(a) 鍛造、(b)圧延、(c)押出、(d)引抜き
32
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
圧延、押出、引抜きの場合の加工度の表し方を以下に示す。鍛造では、型(die)の形状に
依存して、部位により加工度が複雑に異なる。
・ 圧延
圧下率(reduction in thickness)
r
h 0 h
(3.9)
h0
h0:初期の板の厚さ
h:圧延後の板の厚さ
相当ひずみ(von Misesの条件で平面ひずみ変形とした場合)
  
2
h
ln
3 h0
(3.10)
・ 押出
断面減少率(reduction in area)
RA 
A0  A
A0
(3.11)
A0:押出前の断面積
A:押出後の断面積
押出比
e
A0
1

A 1  RA
(3.12)
相当ひずみ
   ln
A
A0
(3.13)
・ 引抜き
断面減少率(reduction in area)
RA 
A0  A
A0
(3.14)
A0:押出前の断面積
A:押出後の断面積
相当ひずみ
   ln
A
A0
(3.15)
33
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
種々の冷間加工度CW(室温等低温での加工度)を与えられたときの低炭素鋼の応力ひずみ
曲線の変化を図3.5に示す。加工により加工硬化が生じ、材料の変形応力は増加する。一方、
一般的に加工材は引張試験時の均一伸び(uniform elongation)が大きく低下し、それに伴
って全伸び(total elongation)も減少する。圧延等の加工法により大きな塑性加工を施し
た後に引張試験を行なうことにより得られる、種々の金属材料の降伏応力、引張強さ、引張
延性の変化を図3.6に示す。
図3.5 種々の冷間加工度(CW)を与えられた低炭素鋼の応力ひずみ曲線の変化
34
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
図3.6
種々の金属材料の降伏応力、引張強さ、引張延性と加工度の関係
35
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2015 年度 担当:辻・柴田
3.2.加工(塑性変形)に伴う変形組織の形成
金属材料の塑性変形は、ほとんどの場合転位のすべり運動によりもたらされる。塑性剪断
ひずみγと、転位密度ρ、バーガースベクトルの大きさb、転位の平均移動距離 x の間には、
以下の関係が成り立つ。
bx
(3.16)
これは、マクロな塑性ひずみとミクロな転位の運動とを結びつける重要な式である。
単結晶試料において、全ての転位が試料表面に抜け出て消えれば、塑性変形の前後で転位
密度は変化しない。しかし現実には、転位同士は弾性相互作用し、また異なるすべり系の転
位が切り合うなどしてお互いをトラップし合い、結晶粒内に蓄積される。ましてや現実の多
結晶材料においては、粒界を越えて転位がすべり運動することはないし、粒内にも介在物や
第二相、あるいは固溶原子等があり、それらによっても転位が蓄積される。室温等の低温変
形では、塑性ひずみの増加とともに結晶粒内に蓄積される転位密度は増加する。これが加工
硬化(strain hardening)の原因である。図3.7に、加工材中に蓄積された転位の透過電子顕
微鏡(TEM: transmission electron microscopy)写真を示す。
図3.7
70%冷間圧延されたFe-19wt%Cr合金中の転位のTEM写真
単結晶の剪断変形応力τと転位密度ρの間には、
   b 
(3.17)
α:0.5程度の値の定数
μ:剛性率
b:バーガースベクトルの大きさ
36
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なる関係がおおよそ成立する。これを、ベイリー・ハーシュ(Bailey-Hirsch)の式といい、
加工硬化を表すものである。種々の加工硬化の研究により、ρはすべり面上の林転位の密度
と考えるのが適当とされている。
塑性変形によって導入され、粒内に蓄積された転位がどのように存在するかを考える。図
3.7における転位は、比較的均一に分布している。しかしこれは、活動すべり系の限定された
特殊な結晶方位の結晶内で観察されたものであり、また転位密度も比較的低い。1本1本の
転位は弾性場を有しており、転位同士はお互いに力を及ぼし合う。したがって蓄積された転
位は、全体の弾性エネルギーができるだけ小さくなるような配置をとろうとする。図3.8に、
典型的な転位セル(dislocation cell)組織を示す。転位密度の比較的低い部分(セル内部)
と、転位が壁上に集積して転位密度の高い部分(セル壁:cell wall)が観察される。これは
転位ができるだけ低エネルギー形態をとろうとした結果である。転位の移動度がより大きい
場合には、転位が網目状の二次元構造(サブバウンダリー(sub-boundary)、または小角粒
界(low-angle boundary))に再配列したサブグレイン構造が形成される。図3.9に、1200℃
で40%熱間圧延されたフェライト系ステンレス鋼(Fe-19wt%Cr合金)におけるサブグレイ
ン組織を示す。
図3.8
室温で引抜き加工された純銅の転位セル組織
37
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図3.9
1200℃で40%熱間圧延されたフェライト系ステンレス鋼(Fe-19wt%Cr合金)のサブ
グレイン組織
図3.10には、室温で相当ひずみ0.12まで圧延された純アルミニウムの転位組織(TEM写真)
を示す。転位が低エネルギー構造をとろうとして、ある種の組織パターンが形成されている。
FCC金属の転位下部組織の発達に関する系統的な研究の結果、変形組織は図3.11に模式的に
描くような、grain subdivision機構により形成されることが明らかとなっている。Grain
subdivisionとは、変形によって導入される転位境界により、結晶が細かく分断されて行く過
程のことである。ここで変形により導入されるバウンダリーは、IDB(incidental dislocation
boundary)とGNB(geometrically necessary boundary)の二つに大別される。IDBとは、
偶発的要素によってお互いトラップし合った転位が低エネルギー構造をとろうとして形成さ
れるものであり、図3.8に示したセル境界や図3.9に示したサブバウンダリーはこれにあたる。
一方、結晶のすべり変形は本質的に不均一であり、同じ方位を有する同一結晶粒内であって
も、隣接領域間で活動すべり形の量や組合せが異なることは普通に生じる。この場合、隣接
領域は異なる結晶回転を起こし、方位差が生まれる。こうした方位差を幾何学的に補う役割
を果たしているのが、GNBである。図3.9においては、左上から右下にかけて直線的に伸び、
38
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配列したシャープなバウンダリーがGNBであり、GNBで挟まれた領域内の不定形なセル境界
がIDBである。GNBの方位差は塑性ひずみの増加とともに増大し、大きな塑性変形の後には、
非常に大きな方位差を有する、粒界(grain boundary)と区別のつかないGNBが、変形によ
って多数導入される。
図3.10
室温で相当ひずみ0.12まで圧延された純アルミニウムの転位組織(TEM写真)
図3.11
塑性変形に伴うgrain subdivision(変形組織の形成)の様子を示す模式図
上記ではTEMレベルで観察される転位組織を示してきたが、変形材には、よりマクロなレ
ベル(例えば光学顕微鏡レベル)でも様々な変形組織が観察される。それらの多くは帯状形
39
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態をしていることから、変形帯(deformation bands)と総称される。図3.12には、マトリクス・
バンドと分類されるタイプの変形帯を、図3.13には、剪断帯(shear band)と呼ばれるタイプ
の変形帯の光学顕微鏡写真を示す。こうしたマクロな変形組織も、図3.11に示したgrain
subdivisionの大枠内で理解することができる。
図3.12
70%冷間圧延されたFe-19wt%Cr合金に観察されたマトリクス・バンドタイプの変形
帯の光学顕微鏡写真と、対応する領域に現出したマイクロファセットピットのSEM写真。フ
ァセットピットより、この変形帯が{001}方位を持つ帯状領域と{111}方位を持つ帯状領域が
交互に並んだものであることが分かる。
図3.13
50%冷間圧延されたFe-36wt%Ni合金に観察された剪断帯の光学顕微鏡写真
40
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2015 年度 担当:辻・柴田
3.3.加工(塑性変形)材において生じる回復・再結晶・粒成長
3.3.1.
加工により蓄積されるエネルギー
塑性変形によって結晶中に導入される格子欠陥は、空孔(vacancy)
、格子間原子(interlattice
atom)などの一次元の点欠陥、転位に代表される二次元の線欠陥、積層欠陥(stacking-fault)
や粒界などの面欠陥と、様々なものがある。ここでは、通常の塑性加工において最も多量に
導入され、材料の自由エネルギーを上げる効果の大きい転位の蓄積によるエネルギーを考え
る。転位論・材料強度学で習っているように、単位長さあたりの転位のエネルギーは、μb2 [J/m]
と表される(μ:剛性率、b:バーガースベクトルの大きさ)。従って、加工により転位密度
ρ [m-2] となった結晶中に蓄積された(転位による)エネルギーは、
E   b2 
[J/m3]
(単位体積あたり)
(3.18)
E   b 2  Vm
[J/mol]
(1モルあたり)
(3.19)
あるいは
Vm:モル体積
と表せる。これが回復・再結晶の駆動力である。
3.3.2.
回復
図3.14
回復の素過程
41
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加工された金属の温度をゆっくり上げて行ったとき、比較的低温で再結晶に先立って生じ
る過程が回復である。様々な回復の素過程(機構)を図3.14に模式的に示す。空孔等の点欠
陥は、低温でも容易に動きうる。空孔と格子間原子が出会うと両者は消滅するし、転位、粒
界、表面等に移動(拡散)することによっても消滅し、熱平衡濃度まで減少しようとする。
これらが最も簡単な回復の一過程である。
同じすべり面上にある正負の転位が出会えば、これらは合体消滅する。また、転位ループ
の消滅によっても転位は消滅する。らせん転位は交差すべりすることができるから、正負の
転位が同じすべり面上に移動して合体消滅することが比較的容易である。これらの過程は、
低温での変形中にも起こりうる。変形中にこうした機構により生じる回復を、動的回復
(dynamic recovery)と呼ぶ。一方、異なるすべり面上に存在する刃状転位は、上昇運動(climb
motion)を起こさない限り合体消滅できない。上昇運動は、原子の体拡散(lattice diffusion)
を必要とする。回復過程を最も律速するのは、刃状成分の上昇運動である。なお、拡散が生
じうる高温で変形を行った場合には、上昇運動を伴う動的回復が起こる。
転位は合体消滅できなくても、弾性場をできるだけ打ち消し合う安定位置に配列しようと
する。2本の転位が安定配置になったものを、転位双極子(dislocation dipole)と呼ぶ。より
広範囲に転位が並ぶ場合、それをポリゴン化(polygonization)という。曲げ変形を受けた単
結晶におけるポリゴン化を、図3.15に模式的に示す。これも回復の重要な素過程である。
図3.15
曲げ変形を受けた単結晶におけるポリゴン化
42
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複雑に絡み合った転位も、できるだけエネルギーの低い構造になろうとする。そうして形
成されるものが、図3.8に示した転位セル組織であり、さらに再配列が進んだものが、図3.9
に示したサブグレイン組織である。材料は、与えられた温度、時間、応力のもと、できるだ
け回復を進めようとするのである。その様子を、図3.16に模式的に示す。
図3.16
回復の進行に伴う転位組織の変化
転位双極子の消滅に基づく回復の速度論(kinetics)を考えてみる。距離 x だけ離れた2本
の正負の平行な刃状転位間に働く力は、転位論より、
F
 b2
2 x
(3.20)
である。転位の上昇速度がFに比例するとすれば、双極子間の距離は、
43
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dx
  c1 F
dt
(3.21)
に従って減少する。(3.20)と(3.21)より、
dx
c
 2
x
dt
(3.22)
この考えに基づき回復速度を得るためには、双極子が互いに相互作用を及ぼさないとした上
で、初期の双極子の高さを知る必要がある。Li (1966)は、実験結果に基づいて双極子サイズ
の分布を仮定し、以下の式を導いた。
d
  c1  2
dt
(3.23)
または、
1


1
0
 c1 t
(3.24)
ρ0:回復開始前の初期転位密度
いずれの素過程を考えても、回復速度を最も律速するのは、刃状成分の上昇運動(原子の
体拡散)であろう。
回 復 に よ っ て 例 え ば 刃 状 転 位 が 再 配 列 す る と 、 図 3.17 の よ う な 小 角 粒 界 ( low-angle
boundary)が形成される。ここで、配列した転位のバーガース・ベクトルの大きさをb、転位
の間隔をh、両側の結晶の方位差(小角粒界が受け持つ方位差)をθとすると、これらの間に
は、
sin

2

b
2d
(3.25)
なる関係が成り立つ。θが小さいときには、

2

b
2d
すなわち、

b
d
(3.26)
である。
44
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なお、Read and Shockley (1950)によれば、このようなバウンダリーのエネルギーEθは、
E  E 0   A  ln  
E0 
(3.27)
b
4  1   
 b 
A 1  ln

2  r0 
のように表される。ここで、r0は転位芯の半径(b〜5b)である。これによれば、方位差θが
大きいほど、バウンダリーのエネルギーEθは大きくなる。
図3.17
刃状転位の配列により形成される小角粒界(対称傾角粒界)
45
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3.3.3. 再結晶
加工された材料をさらに長時間、あるいは高温で保持すると、ひずみのない新しい結晶粒
が形成され、それが加工マトリクスを蚕食して成長していく。これが再結晶(recrystallization)
である。光学顕微鏡スケールで組織を観察した場合の、回復・再結晶・粒成長に伴う組織変
化を、図3.18に示す。
図3.18
光学顕微鏡のスケールで観察した場合の、回復・再結晶・粒成長に伴う組織変化を
示す模式図
46
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(a) 再結晶の核生成
図3.19に示すように、再結晶の進行には、新しい結晶粒が生成し成長していく場合(核生
成・成長(nucleation & growth)
)と、既存の粒界が移動することにより転位密度を減らす場
合(ひずみ誘起粒界移動(strain induced boundary migration: SIBM)またはバルジング)の二
つの機構があり得る。バルジング機構は、核生成が生じにくい低加工度の場合によく観察さ
れる。
図3.19において、加工マトリクスの転位密度をρ1、再結晶粒内部の転位密度をρ2とすると、
再結晶粒が成長することによる自由エネルギーの減少は、
(3.28)
と書ける。多くの場合、ρ1>>ρ2 であるので、
(3.29)
これが、再結晶の駆動力(driving force)である。
図3.19
再結晶の素過程
47
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塑性変形により蓄積される転位密度は、最大で1015〜1016 m-2 とされている。いま、凝固核
の生成のところで考えた古典的核生成理論に基づき、加工マトリクス中に球状の再結晶粒が
形成されるものとして、上記の最大転位密度に基づく駆動力から計算すると、成長可能な臨
界核半径は、r* ≅ 100 nm の大きさになる。しかし後述する理由から、再結晶粒はマトリク
スに対して大きな方位差を有している必要があり、このような多数の原子の集団が、熱的揺
らぎによって一斉に方位を変えることは考えにくい。また、図3.19上のような再結晶粒が縮
小・消滅すると、その部分の転位密度が増加することになり、焼鈍中にそのような反応が起
こることは考えにくい。したがって、再結晶の「核」生成は、凝固等の相変態・析出の場合
のように原子の熱的揺らぎによって生じるのではなく、再結晶核になるべき領域が、加工組
織中に既に存在している(潜在核)ものと現在は考えられている。これはすなわち、再結晶
の駆動力が、相変態の場合よりも相対的に小さいことによるものである。また、再結晶現象
が見出された時代は、金属組織の観察手段が光学顕微鏡しかなく、そのために核生成
(nucleation)という用語が用いられたものと考えられる。
(b) 再結晶界面(粒界)の易動度
図3.17に示したような、小角粒界の移動を考える。方位差(θ)が小さい場合、転位の間
隔(h)は大きく、粒界の移動はほぼ転位のすべり運動と同義である。すなわち、非常に小さ
な方位差の小角粒界の易動度(mobility)は大きい。一方、図3.20のような小角粒界が右方向
に大きく動くためには、転位の上昇運動(climbing)が必要となる。従ってこうした小角粒界
の移動は体拡散(lattice diffusion)によって律速され、このようなバウンダリーの易動度は、
方位差が非常に小さい場合に比べてかなり小さいと言える。
図3.20
小角粒界の移動
48
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これに対して、大きな方位差を有する大角粒界(high-angle boundary)は、もはや転位の配
列では記述できず、一般的には図3.21のような構造を持つと考えられる。この移動は、粒界
を飛び越えた原子の移動により実現され、これは一種の粒界拡散(grain boundary diffusion)
である。一般に体拡散、転位芯拡散(pipe diffusion)
、粒界拡散のしやすさは、
(体拡散)<(転位芯拡散)<(粒界拡散)
という順番になる。すなわち、非常に方位差の小さい場合を除けば、大角粒界の易動度は、
小角粒界のそれよりも大きい。
図3.21
大角粒界の構造と移動
前述したように、回復現象を最終的に律速するものは、刃状転位の上昇運動、すなわち体
拡散である。再結晶が回復よりも速く進行するためには、再結晶粒を取り囲む粒界は、易動
度の大きな大角粒界である必要がある。すなわち、再結晶粒は、周囲の加工マトリクスに対
して十分大きな方位差(例えば15°以上)を有する必要がある。これは、再結晶現象を考え
る場合の極めて重要な条件である。
再結晶核となるべき領域が変形組織中に潜在しているとして、それらがどのような構造を
とっており、また焼鈍中にどのようにして再結晶核となるのかはよくわかっていない。仮に
(古典的核生成理論に基づく考え方が正しくないにせよ)再結晶の臨界核(再結晶した直後
の粒)の半径が100nmであり、再結晶完了時の平均粒径が20μm(半径10μm)だとすると、
49
3回生「金属材料学」 緒言
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その体積差は100万倍(106倍)であって、加工組織の中で潜在核を探し出すことが至難の業
であることが分かる。一方、変形組織中に、局所的には非常に大きな方位差を有する領域が
形成されることが、最近分かり始めている。図3.10に示したgrain subdivision機構を考えても、
局所的に活動すべり系の組合せ・量が異なれば、方位差が形成される。実際、再結晶粒は変
形帯、剪断帯近傍や、粒界近傍、あるいは第二相とマトリクスの界面近傍等、不均一変形(す
なわち活動するすべりの場所による不均質)が生じやすい場所から優先的に生成することが
よく知られている。
(c) 再結晶の速度論
加工材を一定温度で焼鈍した場合、焼鈍時間と再結晶率の関係は、一般に図3.22のように
なる。ある程度の大きさになって認識される再結晶粒(核)の生成には、一定の潜伏期
(incubation period)が必要である。
図3.22
再結晶のkinetics
図3.22のような速度論(kinetics)を記述するために、よく知られたJohnson-MehlおよびAvrami
による取り扱いを述べる。この取り扱いは、過飽和固溶体からの析出(precipitation)や、拡
散型の固相変態(例えば、Fe-C合金におけるγ→α変態や、パーライト変態等)にも適用で
きる。
いま形成される再結晶粒の形状が球形であるとし、生成後は一定の成長速度Gで成長する
ものと仮定する。潜伏期τののちに生成した再結晶粒の時間 t における体積 v t,   は、
50
3回生「金属材料学」 緒言
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v t,   
3
4
 G 3 t   
3
(3.30)
で与えられる。
ここで問題となるのは、複数の再結晶粒が成長に伴い互いに衝突するが、衝突後の再結晶
体積の取り扱いである。全体の体積を1とする。今仮に、粒同士の衝突が生じても、各粒は
そのまま成長を続けるとし、重なり合った部分の体積をもすべて含めた再結晶体積を考え、
これを拡張体積(extended volume) Vex と定義する。また、すでに再結晶した部分におい
ても新しい粒の生成が可能であると仮定し、時間 t における単位体積あたりの核生成速度を
N(t) とすると、拡張体積は、
Vex 
 v t,   N  d
t
(3.31)
0
で表される。
真に再結晶した部分の体積をVとすると、全体積が1であるから、まだ再結晶していない
部分の体積は、1  V である。時間 t から dt だけ経過した間の拡張体積 Vex の増分 dVex のう
ち、まだ再結晶していない部分に存在する確率は、( 1  V) であるから、真の再結晶完了部分
の体積Vの増分dVは、
dV  1  V dVex
(3.32)
となる。これを積分すると、
V 1 expVex 
(3.33)
となり、拡張体積 Vex と真の再結晶体積Vの間の関係が導かれる。
核生成速度N(t)(単位体積、単位時間あたり)が時間に依存せず一定(N)と仮定すると、
(3.30), (3.31)より、拡張体積 Vex は、
Vex 
4
 N G3
3
 t   
t
3
0
d 

3
N G3 t4
(3.34)
したがって、再結晶体積は、
 

V 1 exp N G 3 t 4 
 3

(3.35)
と表すことができる。これを、Johnson-Mehl-Avramiの式という。ここでは全体積を1とし
ているから、(3.35)式におけるVは、再結晶率を表すことになる。これはより一般的には、

V 1 exp A t n

(3.36)
のように表すことができる。ここでA, nは定数であり、nはAvrami exponent(Avrami定数)

1 
と呼ばれる。異なる温度で焼鈍した場合の再結晶のkineticsを測定し、ln ln
 を lnt に
 1  V 
対してプロットすれば、その傾きよりnを実験的に求めることができる。
51
3回生「金属材料学」 緒言
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(d) 再結晶に及ぼす種々の条件・要素の影響
(3.29)式で示したように、再結晶の駆動力は、加工により導入される転位密度で決まる。低
温変形の場合、多くの場合加工度(塑性ひずみ)が大きいほどより加工硬化が生じる、すな
わち転位密度が増すため、再結晶の駆動力は大きくなる。図3.23に、種々の引張りひずみを
与えたアルミニウムを350℃で焼鈍した場合の再結晶曲線を示す。加工度(塑性ひずみ)が大
きいほど、再結晶が速く生じている。また、一般に加工度が大きいほど、再結晶完了時に得
られる再結晶粒の粒径は細かくなる。これは、核生成密度が増すためである。なお、加工度
が非常に小さい場合には、再結晶が生じず、回復だけで軟化が進行する場合がある。
図3.23
種々の引張りひずみを与えたアルミニウムを350℃で焼鈍した場合の再結晶曲線
再結晶は、原子の拡散により支配される現象である。従って、焼鈍温度が高いほど、再結
晶は短時間で生じる。図3.24に、60%加工されたFe-3%Siの再結晶曲線に及ぼす焼鈍温度の
影響を示す。なお、焼鈍温度が高くなると、次節で述べる粒成長も起こりやすくなり、得ら
れる粒径は一般的に増大する。図3.25に、銅の加工度と焼鈍温度、得られる再結晶組織の粒
度の関係を示した再結晶図を示す。
52
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図3.24
60%加工されたFe-3%Siの再結晶曲線に及ぼす焼鈍温度の影響
図3.25
銅の再結晶図
ある金属の加工材を1hr焼鈍した場合に再結晶が完了する下限の温度を、再結晶温度
(recrystallization temperature)という。表3.1に、種々の金属の再結晶温度と融点を示す。
多くの純金属の再結晶温度は約0.4Tmであるが、合金の場合には0.6Tm以上になる場合があ
る。なお、再結晶温度は純度にも影響されるし、先に述べたように加工度にも影響される(図
3.26)。したがってこれは、材料の物理的な特性を示すものではなく、工業的な目安と考えた
方が良い。
53
3回生「金属材料学」 緒言
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表3.1
種々の金属・合金の再結晶温度
Recrystallization Temperature
(TR)
Metal
°C
Meting Point (TM)
TR / TM (K/K)
K
°C
K
Lead
-4
269
327
600
0.45
Tin
-4
269
232
505
0.53
Zinc
10
283
420
693
0.41
80
353
660
933
0.38
120
393
1085
1358
0.29
475
748
900
1173
0.64
370
643
1455
1728
0.37
450
723
1538
1811
0.4
1200
1473
3410
3683
0.4
Aluminum
(99.999wt%)
Copper
(99.999wt%)
Brass
(60Cu-40Zn)
Nickel
(99.99wt%)
Iron
Tungsten
図3.26
鉄の再結晶温度に及ぼす冷間加工度の影響
54
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
種々の金属・合金の軟化曲線は、図3.27に示す2つのタイプのどちらかを示す。Alやα-Fe
は、低温で回復が大きく進行し、加工により増加した硬さがある程度低下した後に、再結晶
が開始する。Cuや黄銅、オーステナイト系ステンレス鋼等の場合、回復による軟化はほとん
ど起こらず、ある焼鈍温度以上で再結晶が進行する。前者を回復型といい、後者を再結晶型
という。両者の違いは、回復が起こりやすいか否かである。積層欠陥エネルギー(stacking fault
energy)が中程度以下のFCC金属・合金は、後者の再結晶型軟化曲線を示す。これは、転位が
ショックレー部分転位に分解し、純粋ならせん転位がなくなる結果、交差すべりによる回復
が起こりにくくなるためである。FCC構造ではあるが積層欠陥エネルギーが非常に高いAlで
は、転位が拡張せず、らせん転位の交差すべりによる回復が顕著に生じる。α-FeなどのBCC
金属は、そもそも転位が拡張しにくく、らせん転位の交差すべりが十分生じる。また、FCC
に比べると原子構造が疎であるため、相対的に拡散が生じやすく、刃状転位の上昇運動によ
る回復も生じやすい。
図3.27
回復型と再結晶型の軟化曲線
純金属中に不純物が存在していたり、合金元素が添加されると、回復・再結晶の進行が遅
らされる。これは、転位や再結晶界面(粒界)に不純物元素・合金元素が偏析し、転位・粒
界の移動速度が小さくなるためである。これをドラッグ(drag)効果という。
マトリクス中に析出物や介在物、第二相が分散している場合には、それらの大きさによっ
て再結晶に与える影響が異なる。粗大な粒子(約1μm以上)が変形前に存在している場合、
粒子の周辺で不均一変形が生じ、再結晶粒が発生しやすくなるため、再結晶は促進される。
一方、微細な粒子が分散している場合には、粒界移動に対するピン止め効果が生じて、再結
晶は抑制される。
55
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
(e) 高温変形時の回復・再結晶
金属を0.3〜0.5Tm以上の高温で変形した場合、原子の拡散運動が活発に起こるため、変形
中および変形直後に回復・再結晶が進行する。変形中に回復・再結晶が生じた場合、それら
を動的回復(dynamic recovery: DRV)および動的再結晶(dynamic recrystallization: DRX)と呼
び、加工後の静的な高温保持中に起こる静的再結晶(static recrystallization)などと区別する。
動的回復または動的再結晶が生じる場合、高温変形中の応力-ひずみ曲線は、図3.28のような
特徴的な形状を示す。なお、図3.29に示すように、多パス圧延等の多段加工を熱間で行った
場合、加工パス間で再結晶が生じても、それは静的再結晶であることに注意すべきである。
動的再結晶は、加工中の再結晶であるため、生じた再結晶粒がすぐにまた塑性変形を受け、
粒内に加工組織(高い転位密度)を有することが特徴である。また、動的再結晶は、加工が
継続している間、繰り返し生じ、定常状態に至る。
図3.28
動的回復、動的再結晶型の応力ひずみ曲線
図3.29
多段熱間加工時に生じる現象の名称
56
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
3.3.4. 粒成長
(a) 粒成長の駆動力
再結晶が完了すると、図3.18に示したように、材料組織は転位密度の低い(107〜108 m-2程
度)
(多くの場合等軸形状の)結晶粒組織に覆い尽くされる。この段階で、加工により蓄積さ
れた転位に基づく自由エネルギーの増加分は解消される。しかし、粒界エネルギー分のエネ
ルギー上昇はまだ残っており、これを下げようとして、結晶粒の粗大化、すなわち粒成長(grain
growth)が、再結晶完了後の焼鈍中に生じる。計量形態学より、任意の形状の結晶粒組織に
対し、単位体積あたりの粒界密度Sv [m2/m3]は、三次元的な平均切片長さLと、
SV 
2
L
(3.37)
なる関係を示すことが知られている。平均粒径Dと平均切片長さLの間には、D=AL(A:結晶
粒の形状に依存する定数)なる関係が成り立つから、D≅Lとすれば、平均粒径Dの結晶粒組織
の粒界エネルギーは、
(3.38)
σ:粒界エネルギー [J/m2]
または
(3.39)
Vm:モル体積
となる。これが粒成長の駆動力である。
粒界エネルギーσの単位は、[J/m2] = [Nm/m2] = [N/m] と書くことができ、単位長さの粒界
三重線に働く張力と考えることができる。いま、粒界エネルギー(張力)σが、どの粒界で
も等しいとすると(実際には、粒界の性格(方位関係、方位差、粒界面)によって異なると
考えられる)
、図3.30に示すように、3つの粒界が互いに120°の角度をなして交わったとき、
粒界三重線(点)で張力(粒界エネルギー)は釣り合う。従って、二次元では結晶粒が正六
角形形状を持っていれば、それは安定である。一方、周囲の粒の数が5以下、あるいは7以
上の場合、三重点近傍では張力(粒界エネルギー)を釣り合わせようとして120°の角度をな
そうとするが、その結果図3.30のように粒界は湾曲する。この湾曲をなくそうとする方向に
も張力が作用するから、小さな粒は縮小するように、大きな粒は膨張するように、力が働く
ことがわかる。これが、局所的な力(張力=粒界エネルギー)の釣り合いにもとづく粒成長
の理解である。
57
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
図3.30
粒界三重点における張力(粒界エネルギー)の釣り合いと、粒形状の関係
(b) 粒成長の阻害因子
材料中に不純物原子(溶質原子)が存在すると、しばしば不純物原子は粒界に偏析する。
これは、その方がエネルギー的に安定だからである。図3.21に示した粒界の隙間に、サイズ
の異なる不純物原子(溶質原子)が存在する場合を想像してみよ。こうした場合、粒界が移
動するためには、不純物原子も一緒に移動する必要がある。したがって、不純物原子(固溶
原子)が存在する場合、粒成長速度は遅くなる。これを、固溶原子によるドラッグ効果(solute
drag)という。
次に、マトリクス中に半径rの球状の第二相原子が分散している場合を考えよう。図3.31の
ように、平面上の粒界が、第二相粒子の中心を通るように交わっているとする。これにより、
πr2 だけの粒界面積が減少している。粒界が第二相粒子から離脱するためには、の面積の粒
界を作り出さないと行けない。これは当然、エネルギーの増加を招く。したがって、粒子と
粒界の間には、粒界移動を妨げようとするピン止め力が働く。
今、図3.31の右のような位置関係に粒子と粒界があるとする。粒界がx方向に微少量dx移動
した場合、粒界エネルギーの増加分にもとづく自由エネルギーの増分は、
Ppin 

d
 y2 
dx

(3.40)
である。これが、粒子1個あたりのピン留め力である。ここで、 x 2  y 2  r 2であるから、
Ppin   2  x 
(3.41)
粒界が粒子とどの位置xで交わっているかは分からないから、平均的な粒界と交わっている粒
子1個あたりのピン留め力は、
Ppin 
1
r
  2 x   dx    r 
r
0
58
(3.42)
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
いま、単位体積のマトリクス中に、半径rの球状の第二相粒子が、体積率fで分散している
とする。すると、単位体積中の粒子の数N [個/m3]は、
f
4
 r3  N
3
(3.43)
より、
N
3f
4  r3
(3.44)
単位面積の平面状の粒界を考えると、その両側の距離r以内に存在する粒子は、粒界と交わる。
その個数nは、
n  N  2r 
3f
2  r2
(3.45)
である。(3.42)と(3.45)より、単位体積あたりのピン留め力 [J/m3] は、
(3.46)
と導ける。この機構による粒界移動の抑止効果を、Zener drag といい、(3.46)をZenerのピ
ン止め力という。(符号がマイナスなのは、移動を妨げる−x方向の力だから)
図3.31
粒界と第二相粒子との交わり
粒成長の駆動力と、Zenerのピン止め力が釣り合う場合(
と(3.46)より、
2 3f 

D
2r
59
)を考えよう。(3.39)
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
よって、
Df 
4r
3f
(3.47)
これが、Zener drag下で予想されるマトリクスの最終粒径であり、第二相の体積率と大きさだ
けで決まる。ただし、現実の合金中の分散粒子のうち、析出物は一般に熱処理とともに後述
のオストワルド成長を起こすため、ピン留め力も徐々に低下する。
(c) 粒成長の速度論
平均粒径Dと焼鈍時間 t の間には、経験的に、
Dn  k t
(3.48)
D n  D n0  k t
(3.49)
あるいは
なる関係が成り立つ。ここで、D0は初期粒径、kとnは材料と温度に依存する定数である。n
の値は、純金属や単相合金ではおよそ2、分散粒子を含む場合は3、二相合金では4とされ
ている。
(さらに深く勉強する場合の参考文献:西澤泰二、鉄と鋼、70 (1984), pp.1984-1992.)
60
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
(d) 通常粒成長と異常粒成長
図3.18に模式的に示したように、粒成長には、組織全体が平均的に成長していく通常粒成
長(normal grain growth)と、少数の特定の粒が周囲の結晶粒を食って爆発的に大きくなる異
常粒成長(abnormal grain growth)の二種類がある。両者の区別は、図3.32に示すように、焼
鈍時間の増加に伴う粒径分布の変化による。異常粒成長のことを、二次再結晶(secondary
recrystallization)と言う場合があり、その場合は、前節で示した(普通の)再結晶のことを一
次再結晶(primary recrystallization)と呼ぶ。異常粒成長は、析出物や強い集合組織等により、
粒成長が抑制されていて、かつ一部でそうしたピン止め力が外れる場合に生じる。トランス
の鉄心材料として用いられるFe-3%Si合金(ケイ素鋼板)においては、異常粒成長を利用して、
鉄損の少ない(011)[100]方位(Goss方位と呼ばれる)を強く発達させる、集合組織制御が行わ
れている。
図3.32
通常粒成長と異常粒成長の区別
61
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
第4章
相変態による組織形成
4.1.相変態の分類
相変態にともない、各相の結晶構造や化学組成の変化が生じる。その過程が原子の拡散
(diffusion)で起こるか否かによって、相変態は拡散型相変態(diffusional transformation)と
無拡散変態(diffusionless transformation)に分類することができる。
拡散型相変態には、以下の種類がある。
(1)
同素変態(polymorphic transformation)(図 4.1.(e))
(2)
析出(precipitation)
(図 4.1.(a))
(3)
共析変態(eutectoid transformation)(図 4.1.(b))
(4)
規則変態(ordering transformation)(図 4.1.(c))
(5)
マッシブ変態(massive transformation)(図 4.1.(d))
図 4.1
二元系合金において生じる種々の拡散型相変態
62
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
図 4.1 は、二元系状態図における各相変態のタイプを示している。それぞれ、温度の低下
に伴って熱力学的な相の安定性が変化し,旧相から新相への相変態の駆動力(driving force;
=自由エネルギー差)が生じ,相変態を起こそうとするのである。
第2章で示した金属・合金の凝固(solidification)も拡散を素過程とする液相から固相への
相変態である。なお、第3章で詳述した、塑性変形を受けた材料を焼鈍(annealing)した場
合に生じる再結晶(recrystallization)も、原子の拡散を素過程とし、組織変化を伴う固相反応
であるが,通常は相(結晶構造や化学組成)の変化を伴わないため、相変態には分類しない。
以下に,各タイプの拡散型相変態の特徴を記述する。
(1) 同素変態
同素変態とは、純金属など一成分系において生じる相変態であり,当然のことながら化学
組成の変化は生じない。もっとも良く知られている同素変態は,fcc-Fe(オーステナイト)と
bcc-Fe(フェライト)の間のそれである(図 4.2)
。
図 4.2
fcc-Fe(オーステナイト)と bcc-Fe(フェライト)
(2) 析出
析出反応(図 4.1(a))は、以下の式で表すことができる(α、βなどは各々異なる相を表す)
。
α’ → α + β
(4.1)
ここで、α’はその温度等において準安定な過飽和固溶体(supersaturated solid solution)であ
り、αはα’と同じ結晶構造を有するが平衡に近い化学組成を有するより安定な相,βは析出
相である。
63
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
(3) 共析変態
以下の式で表すことができる。
γ → α + β
(4.2)
共析反応は, 図 4.1(b)のような特徴的な状態図の形状を示す.後に示す炭素鋼のパーライト
変態は,代表的な共析変態である.凝固の場合の共晶変態と同様に、ラメラ状組織がしばし
ば形成される。
析出および共析変態においては、母相とは異なる組成の新相が生成する。したがって、こ
れらの相変態には一般に長距離の原子拡散(long range diffusion)が必要である。ただし、ラ
メラ組織を形成する共析変態においては、界面に沿った原子分配によって、変態界面が前進
する。言い換えると、拡散距離をできるだけ小さくしようとして、ラメラ組織を形成するの
である。一方,以下に示す規則変態およびマッシブ変態においては、数原子距離程度の短範
囲の拡散(short range diffusion)によって相変態が進行する。同素変態も,長範囲の拡散は必
要としない.特に,同素変態とマッシブ変態においては,母相/新相の相界面(interface;
interphase boundary)における原子の拡散ジャンプのみで相変態が進行することができる.
(4) 規則変態
規則・不規則変態においては、平均的な組成は同一であるが,二種類以上の原子が規則的
に配列するか,ランダムに配列するかが変化する(図 4.1(c)).
α(disordered) → α’ (ordered)
(4.3)
規則変態が生じるのは,異種原子間に引力の相互作用が働く場合(相互作用パラメーターΩ
が負の場合)である。合金中の成分原子の配列の規則性の度合いを表すパラメーターを規則
度(ordering parameter)といい、これには長範囲規則度と短範囲規則度がある。
(5) マッシブ変態
マッシブ変態とは、2つ以上の成分を有する合金系における,母相と同じ組成を有する別
の結晶構造の新相への相変態である(図 4.1(d)).
β → α
(4.4)
64
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
4.2.拡散変態の速度論
4.2.1.核生成
母相の中に非常に小さな新相の粒子が核(nucleus)として生じる現象を,核生成(nucleation)
という。固体中の原子も,温度に応じて熱振動している.こうした状態下,種々の大きさの
微小な新相のタネ(エンブリヨ:embryo)が、熱的揺らぎ(thermal fractuation)によってある
確率で生じると考える.
(a)均一核生成
ここではまず、もっとも単純な同素変態
α → β
(4.5)
を例にとって,母相中に均一に核が生じる均一核生成(homogeneous nucleation)を考える.
以下の議論は、気相や液相からの結晶成長を念頭に置いたもので、古典的核生成理論(classical
nucleation theory)と呼ぶ。
母相と新相の単位体積あたりの自由エネルギーをそれぞれ Gα, Gβとする。いま、ある過冷
状態では、新相が生じた方が系の自由エネルギーが低下するから,Gα>Gβである。両者の差、
)を、核生成の駆動力(driving force)という。母相中に半径 r の球
ΔGV(=Gβ—Gα(<0)
状のエンブリヨが熱的揺らぎによって生じるとする.このとき、系の自由エネルギーは,
だけ低下する.一方,新相が生じると,母相との間に異相界面が形成される.異相界面は原
子の配列が乱れた面欠陥の一種であるから,それに伴って自由エネルギーが増加する.異相
界面の形成による自由エネルギーの増加分は,
4  r2 
である(σは単位体積あたりの界面エネルギー)から、上記のエンブリヨが生じることによ
るトータルの自由エネルギー変化は,
(4.6)
となる。これを r の関数として示したものが,図 4.3 である。
65
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
図 4.3
核(エンブリヨ)の半径と自由エネルギー変化の関係
自由エネルギー変化はある半径 r*で極大値を持ち,
(4.7)
(4.8)
である。この r*を、成長可能な臨界核半径と呼ぶ.すなわち、r*以下の大きさのエンブリヨ
が生じたとして,これに原子が1個さらにくっつくと、自由エネルギーは増加してしまう.
したがって、r*以下の大きさのエンブリヨは収縮して消滅しようとする.一方,r*以上の大き
さのエンブリヨが生じた場合には,これにさらに原子がくっつくことによって、自由エネル
ギーは増加する。すなわち、臨界核半径 r*以上の大きさのエンブリヨは,成長することがで
きる.(4.7)式より,r*は核生成の駆動力が大きいほど小さくなる.駆動力(自由エネルギー
差)は過冷度の増加とともに増大するから,冷却速度を増大させるなどによって母相を過冷
するほど微細な新相を核生成させることができる.Δg*を、核生成のためのバリアと呼ぶ.
均一核生成速度 Nhom は、
(4.9)
と表すことができる.ここで,ωは原子の振動数などを内包する因子,C0 は単位体積あたり
の原子の数,ΔGm は原子1個あたりの原子の移動のための活性化エネルギー,k はボルツマ
ン定数,T は絶対温度である.
(4.9)式における前半の項(拡散項)は、温度が高いほど大きくなる.一方,駆動力ΔGV は
66
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
負の値を持ち,温度が低下するほど(過冷度が大きくなるほど)その絶対値が増大する.す
なわち、図 4.4 に示すように,核生成速度は平衡変態点以下のある中間的な温度で最大値を
持つ.したがって、(対数)時間-温度軸上に例えば相変態の開始時間をプロットすると、変
態曲線は C 型の曲線となる(図 4.5:後の TTT 図、CCT 図と関連)
。
図 4.4
核生成頻度と温度の関係
図 4.5
変態曲線(C 曲線)
(b)不均一核生成
新相の核生成は、多くの場合は均一核生成ではなく、母相中の表面、粒界や転位といった
格子欠陥上で生じる。これを不均一核生成(heterogeneous nucleation)と呼ぶ。例として、粒
界上の不均一核生成を図 4.6 に模式的に示す。このように核生成することによって、母相α
の粒界が一定面積消失することが分かる。粒界など格子欠陥はもともと自由エネルギーの高
い場所であるから、この分だけ自由エネルギー的に有利となる。
67
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
図 4.6
粒界上の不均一核生成
4.2.2.相変態の速度論
図 4.7 に、材料を等温で保持したときに生じる固相変態の速度論(kinetics)としてよく観
察される、S 字型の曲線を示す。相変態の開始に先立って、新相が観察されない段階がある。
これを潜伏期(incubation period)と呼ぶ。
図 4.7
相変態でよく見られる S 字状の変態曲線
図 4.7 のような変態速度を示す固相変態の変態率 f は、次式に示すような関数となる。

f  1  exp  k t n

(4.10)
ここで k と n は、各相変態固有の、時間に依存しない定数である。この関係は、ジョンソン・
メール・アブラミの式(Johnson-Mehl-Avrami equation)と呼ばれる。
変態速度 r として、相変態が 50%完了するのに要する時間 t0.5 の逆数を取る。
r
1
t 0.5
(4.11)
多くの場合、変態速度は次式で表される。
68
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
 Q 
r  A exp

 R T 
(4.12)
ここで A は定数、R は気体定数、Q は個々の相変態の活性化エネルギーである。反応速度と
温度がこうした関係を満たす過程を、熱活性化過程(thermally activated process)という。
4.3.等温変態線図と連続冷却変態線図
高温相を平衡変態温度以下のある温度に過冷し、その温度で等温保持したときの変態の進
行 を 示 す 図 を 、 等 温 変 態 線 図 ( isothermal transformation diagram ) ま た は TTT 線 図
(time-temperature-transformation diagram)という。図 4.8 に、鉄鋼材料を例にとって、ある温
度における等温変態のカイネティクスと TTT 線図の関係を示す。既に述べたように、TTT 線
図は C 型の曲線となる。
図 4.8
炭素鋼における変態の kinetics を示す S 字曲線と、TTT 線図の関係
69
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
現実の熱処理においては、一定温度に材料を保持することは少なく、高温に熱した材料を
有限の速度で室温まで冷却する。ある一定速度で材料を冷却した場合の相変態の進行を表す
図を、連続冷却変態線図(continuous cooling transformation diagram; CCT 曲線)という。図 4.9
に、共析鋼の連続冷却曲線を示す。オーステナイト→パーライト変態開始のノーズよりも短
時間側を通過するような冷却速度で冷却した場合、オーステナイトがマルテンサイト開始温
度まで持ち来され、全面マルテンサイト組織が得られる。この冷却速度を上部臨界冷却速度
という。一方、マルテンサイト変態点到達前に全体が拡散変態を起こし、マルテンサイトの
体積率が 0%となるような冷却速度を、下部臨界冷却速度と呼ぶ。
図 4.9
共析鋼の CCT 曲線
70
3回生「金属材料学」 緒言
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4.4.鉄鋼材料における重要な拡散型相変態
4.4.1.はじめに
鉄鋼材料は,もっとも多量に使われている、構造用金属材料の代表と言える存在である.
鉄鋼材料がもっとも有用な金属材料である理由の一つは、熱処理によって鉄鋼材料の組織と
性質を様々に変化させることができる点にある.鉄鋼材料の熱処理は,通常、高温相である
オーステナイト(fcc)相にすることから始まる.オーステナイトから生じうる代表的な相変
態として,フェライト変態,パーライト変態,ベイナイト変態を紹介しておく.
鋼(steel)とは、炭素量が 7wt%以下の Fe-C 合金のことである.Fe-C 合金(鋼)の二元系
状態図を図 4.10 に示す.炭素は鉄よりも非常に小さな原子であるので,鉄の結晶格子中で侵
入型(interstitial)に固溶する。状態図から分かる通り,オーステナイト相(γ:fcc)とフェ
ライト相(α:bcc)とでは、固溶することのできる炭素の量が大きく異なる.このことが,
鋼における種々の相変態を特徴づけている.
図 4.10
Fe-C 系二元系状態図(Fe-Fe3C 系)
Fe-C 二元系におけるもっとも特徴的な相変態は,727℃において生じる共析変態(パーラ
イト変態)である。パーライト変態の詳細は,後に述べる.共析変態組成は 0.77wt%C であ
り、共析組成の鋼を共析鋼(eutectoid steel)、これより少ない量の炭素を含む鋼を亜共析鋼
(hypo-eutectoid steel)、これより炭素量の多い鋼を過共析鋼(hyper-eutectoid steel)と呼ぶ.
71
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
また実用的には,0.02〜0.2wt%の炭素を含む鋼を低炭素鋼,0.30〜0.50%C を中炭素鋼,0.50
〜2.0%の C を含む鋼を高炭素鋼と呼ぶことがある.亜共析鋼,共析鋼,過共析鋼をそれぞれ
オーステナイト単相域から徐冷した場合に生じる標準組織を模式的に示したものが,図 4.11
である。
図 4.11
種々の炭素鋼における標準組織の形成過程を示す模式図
4.4.2.フェライト変態(析出)
亜共析鋼をオーステナイト(γ)化後,温度を低下させると、状態図上でγ+αの二相域
に入る.ここでは以下の,フェライト相(α)の析出が生じる.
γ’ → γ + α
(4.13)
二相域で生じるフェライトを、初析フェライト(proeutectoid ferrite)と呼ぶ.フェライト変態
(析出)は、オーステナイトの粒界(grain boundary)や、転位下部組織(オーステナイトが
塑性変形を受けた場合)などの格子欠陥上で生じる(不均一核生成).フェライト相中では,
炭素をほとんど固溶することができないため,フェライト相の析出に伴い炭素がオーステナ
イト中に掃き出され,オーステナイト相中の炭素濃度は A3 線に沿って濃化していく.温度が
A1 点(共析温度)に達したとき,オーステナイト相の濃度は共析組成に達しており,この温
度以下ではもはやオーステナイトは熱力学的に安定に存在することができず,フェライトと
セメンタイト(Fe3C;θ)に分解する.
低炭素鋼においては、てこの原理からも分かる通り,A1 点に達したときに残留しているオ
72
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
ーステナイトの量は少なく,最終組織の体積の大部分はフェライト相となる。従って,フェ
ライト相の結晶粒組織を微細にすることが,こうした鋼の強度や靭性を向上させるために重
要となる.フェライト相の微細化は,母相オーステナイト相の結晶粒を微細にしたりオース
テナイトを加工して転位下部組織を導入し,不均一核生成サイトを導入すること、あるいは
オーステナイト域からの冷却速度を大きくして過冷度(supercooling)を大きくし,変態の駆
動力を増大させて核生成頻度を高めることによって実現できる.こうした冶金学的原理に基
づくフェライトの微細化を,Nb などの微量合金元素の添加と、熱間圧延・冷却行程の制御に
よって実現したのが,図 4.12 に示す厚鋼板の制御圧延(controlled rolling)である。制御圧延
は,鋼の加工熱処理(thermomechanical controlled processing: TMCP)の最大の成功例の一つで
あり,フェライト粒径最小5mm の、強度と低温靭性に優れた鋼が実際に製造されている.
図 4.12
制御圧延の概念図
4.4.3.パーライト変態
共析組成を有するオーステナイト相が A1 点以下に持ち来されると,次の共析反応(eutectoid
reaction)が生じる.
γ → α + θ
(4.14)
ここで、フェライト相(α)と、鉄の炭化物であるセメンタイト相(θ:Fe3C)とは、図 4.13
に示すように,薄い板状に交互に並んで生じ,ラメラ組織(lamellar structure)を形成する.
フェライトとセメンタイトのラメラ組織を,パーライト(Pearlite)と呼び,このことから炭
素鋼における上記の共析変態は,パーライト変態(pearlitic transformation)とも呼ばれる.こ
のような特徴的な形態で反応が進行するのは,界面を通じた原子(炭素)の拡散を素早く起
こすことができるためである.共析鋼をパーライト変態温度で等温保持した場合の組織変化
73
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
を、図 4.14 に模式的に示す。
図 4.13
図 4.14
パーライトの SEM 組織
共析鋼の等温変態に伴うパーライト変態
パーライト組織は,比較的軟質なフェライト相と,硬い炭化物相とがサブミクロン間隔で
配列した一種の複合組織でもあり,優れた機械的性質を示す.例えば,高強度を示すピアノ
線は,共析鋼のパーライト組織を線引き加工して作製する.パーライト組織の強度は,ラメ
ラ間隔(λ)が小さいほど高くなる.ラメラ間隔は,過例度(ΔT)に比例して微細になる.
(4.15)
74
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
4.4.4.ベイナイト変態
共析鋼の TTT 線図を図 4.15 に示す。炭素鋼においてオーステナイト相を TTT 曲線のノー
ズ温度以下まで過冷し,等温保持すると,パーライトとは全く異なる形態の新相が生じる.
これをベイナイト(Bainite)と呼ぶ。ベイナイトは,焼き戻しマルテンサイト(tempered
martensite)と類似の形態を示す場合が多い.すなわち、転位などの高密度格子欠陥を有する
微細なフェライト基地中に,炭化物が析出している.ベイナイト変態の本性に関してはまだ
まだ不明な点が多いが,炭素の拡散を引き金として,鉄原子に関しては無拡散で構造が変化
しているとする考え方がある.
図 4.15
共析鋼の TTT 線図
ベイナイトは,鋼種によっては連続冷却によっても得られ,マルテンサイトほどは硬くな
いがパーライトよりは硬質で,マルテンサイトのようには脆くないことから,高強度を実現
する非調質鋼として用いられることが増えている.また Si 含有鋼などではベイナイト変態に
伴って室温でもオーステナイトが残留し(残留オーステナイト;retained austenite)、これが変
形 時 に 加 工 誘 起 マ ル テ ン サ イ ト 変 態 を 起 こ し て い わ ゆ る TRIP ( transformation induced
plasticity)効果を生じ,高い延性・靭性を示す場合もある.
75
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
4.5.Al 合金における時効析出
鉄鋼材料と異なり,Al 合金においてはマトリクス相全体の相変態は通常生じない.一方,
Al 合金においては種々の時効析出が生じ,それを利用して強化を行うことができる。Al 合金
の比重は鉄鋼よりも非常に小さいので,時効硬化を利用することによって、比強度に優れた
有用な軽金属として、Al 合金を用いることができる.
図 4.16
Al-Cu 合金の状態図と溶体化熱処理
ここでは、典型的な時効析出型合金である Al-Cu 系を例にとる.時効熱処理(aging)は、
まずマトリクス(fcc-Al 相)を過飽和固溶体にすることからはじまる。図 4.16 のように材料
をα単相領域に昇温して溶体化(solution treatment)を行い,急冷して過飽和固溶体とする.
これを比較的低温に保持すること(時効:aging)によって、時効析出物がマトリクス中に生
じる.過飽和固溶体の時効過程においては,安定相の析出に先立って,平衡状態図上には現
れない様々な準安定相が生じることが多い.Al-Cu 合金においては,まず GP ゾーン(ゾーン
とは,母相結晶格子上に溶質原子 Cu が濃縮した集合体のこと)がまず現れ,その後,準安定
相(θ”、θ’)を経て、最終安定相θ(Al3Cu)が生じる.GP ゾーンは,GP-I と GP-II にさ
らに分類される.各相の構造を図 4.17、図 4.18 に模式的に示す.
76
3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
図 4.17
Al-Cu 合金における析出相
図 4.18
GP-I と GP-II
GP ゾーンあるいは準安定相,安定相の時効析出に伴って,Al-Cu 合金の硬度は図 4.19 のよ
うに変化する.このように時効に伴い材料の強度が増すことを,時効硬化(age hardening)と
いう。時効による硬化は果てしなく続くのではなく,ある時間でピーク硬さを迎えた後,軟
化が生じる.これを過時効(overaging)という。過時効段階では,析出物の粗大化が生じて
いる.
77
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図 4.19
Al-Cu 合金の時効熱処理に伴う硬さの変化
4.6.無拡散変態とは
4.6.1.定義:
拡散による原子の各個運動を伴わない相変態を、無拡散変態という。その機構より、合金
であっても相変態前後の母相と生成相の化学組成は同じである。また、規則度も変化しない。
変態前に隣に位置していた原子は、変態後も隣に位置する。これを、「原子の1対1対応
(atomic correspondence)がある」という。拡散を必要としないので、極低温でも相変態が生
じる。
4.6.2.無拡散変態の種類
図 4.20 に、無拡散変態における原子の動きの種類を示す。
(a) 膨張・収縮のみを示す場合:錫(Sn)の体心正方晶(bct)からダイヤモンド構造への相
変態など
(b) シャッフリング:チタン合金におけるβ相(bcc)からω相への相変態など
(c) マルテンサイト変態:原子面の一様なずれ、すなわち剪断変形を伴う相変態を、マルテ
ンサイト変態(martensitic transformation)といい、生成相をマルテンサイト(Martensite)
と呼ぶ。
78
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図 4.20
無拡散変態における原子の動き
種々の合金系におけるマルテンサイトを表 4.1 に示す。
表 4.1
種々の合金計におけるマルテンサイトの結晶構造
79
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4.6.3.マルテンサイト変態
マルテンサイト変態の特徴として、次の6項目をあげることができる。
(1) 単相から単相への相変態で、化学組成の変化がない
(2) 母相とマルテンサイト相の原子の間に1対1対応がある
(3) 表面起伏と形状変化を伴う
(4) 母相とマルテンサイト相の間に一定の結晶方位関係が存在する
(5) マルテンサイト相は母相の一定の結晶面(晶癖面:Habit Plane)に沿って生成する。
(6) マルテンサイト相内には高密度の格子欠陥が存在する
ただし、(2)以外の特徴は、拡散型相変態においても現れる場合がある。したがって、上記の
項目はマルテンサイト変態の必要十分条件ではない。マルテンサイト変態は、
「各生成・成長
によって起こる、剪断を主体とし、結晶格子が変形する無拡散変態」と定義することができ
る。
原子の1対1対応
マルテンサイト変態においては、母相と生成相(マルテンサイト)の間に、原子の1対1
対応または格子対応(lattice correspondence)が存在する。fcc → bcc マルテンサイト変態にお
ける格子対応を図 4.21 に示す。これをベイン(Bain)の対応という。このように考えると、
隣接原子は相変態後も変わらず、しかも fcc から bcc への変化時の原子の相対的変位量が最小
である。ベインの対応によると、fcc 母相の結晶面 (hkl)f および方向 [uvw]f と bcc マルテン
サイト相の面 (hkl)b および方向 [uvw]b の間には、次の関係が成り立つ。
 hkl b
1
  hkl f
2
1 1 0


1
1
0
;




0 0 2
1 1 0


 hkl f   hkl b 1 1 0


0 0 1
1 1 0u 
u  1 1 0u  u 
 
    1 
  
v
1
1
0

1
1
0
;
v

v




  
    2 
v 



w
b 0 0 1
w
f 
w
f
w
b
0 0 2
80
(4.16)
(4.17)
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図 4.21
ベイン(Bain)の格子対応(fcc → bcc マルテンサイト変態における格子対応)
。小
さな黒丸は、炭素鋼における侵入型炭素原子の位置。
表面起伏と形状変形、晶癖面
母相試験片の表面を鏡面に平坦研磨しておきマルテンサイト変態させると、表面にマルテ
ンサイトに対応した起伏が生じる。これを表面起伏(surface relief)という。これはマルテン
サイト変態が剪断変形を伴う相変態であり、マクロな外形変化(形状変化:shape deformation)
を起こすことによる。図 4.22 のようにあらかじめ試験片にけがき線を入れておくと、けがき
線は母相とマルテンサイトの界面(晶癖面:habit plane)で連続している。このことは、マル
テンサイト変態時に無ひずみ・無回転の結晶面が存在し、晶癖面がそれに対応することを示
している。すなわち、マルテンサイト変態における晶癖面は、不変面(invariant plane)であ
る。不変面を有する形状変形を不変面変形、またそのひずみを不変面ひずみ(invariant plane
strain)という。鉄合金の場合、晶癖面として {111}, {225}, {259}, {3,10,15} などが観察され
ている。これらの面は、母相側の結晶面である。晶癖面が高指数の面となるのは、後に示す
格子不変剪断変形が生じるためである。
81
3回生「金属材料学」 緒言
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図 4.22
マルテンサイト変態に伴う表面起伏と晶癖面
結晶方位関係
マルテンサイト相と母相の間には、特定の結晶方位関係が存在する。例えば鉄合金の fcc →
bcc マルテンサイト変態においては、次の2種の方位関係が有名である。
Kurdjumov-Sachs の関係(K-S 関係)
111 fcc / / 011 bcc , [0 1 1]fcc / / [1 1 1]bcc
Nishiyama-Wasserman の関係(N-W 関係)
111 fcc / / 011 bcc , [1 01]fcc / / [001]bcc
ただし両者には、5.3°の差しかない。両者の中間の結晶方位関係として、Greninger-Troiano
の関係(G-T 関係)も観察されている。これは (111)fcc と (011)bcc が互いに1°傾き、[0-11]fcc
と [1-11]bcc が2°ずれている関係である。このほかに、fcc → hcp マルテンサイト変態にお
いては、
庄司—西山の関係
111 fcc / / 0001 hcp , [1 10]fcc / / [1120]hcp
が観察され、bcc → hcp マルテンサイト変態では、
Burgers の関係
101 bcc / / 0001 hcp , [1 11]bcc / / [1210]hcp
82
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がある。これらの結晶方位関係では、N-W 関係と G-T 関係を除いて、両相の原子配列の最も
密な面と密な方向同士が平行となっている。
内部格子欠陥
マルテンサイトの内部には、転位や変形双晶などの格子欠陥が高密度に含まれる。マルテ
ンサイト変態は剪断変形を伴って起こる(鋼の fcc → bcc 変態の場合には体積膨張も起こる)
が、周囲が母相や生成相に拘束された状態で剪断変形を起こすためには、図 4.23 に示すよう
に、できるだけ外形が変わらずにすませるための補足的な塑性変形が起こらなければならな
い。これを格子不変剪断(lattice invariant shear)という。これが転位のすべり運動により生じ
れば転位が、双晶変形によれば双晶が、マルテンサイト中に多数残存するのである。
図 4.23
格子不変剪断の必要性
83
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4.6.4.マルテンサイト変態の熱力学と速度論
Fe-C 系マルテンサイトを例にとって、マルテンサイト変態の熱力学を考える(図 4.24)
。
左は Fe-C(Fe3C)二元系状態図、右は各温度における組成-自由エネルギー曲線である。合金
の平均組成を Co とする。温度 T1 では、γ相は安定である。T2 では、Co より濃度の低いα相
を生じるための駆動力(RS)はあるが、母相と同じ濃度のα相の自由エネルギーは母相より
高い。T3 で、濃度 Co のγ相とα相の自由エネルギーが等しくなる。T4 においては、拡散によ
って組成分配を生じ C 濃度の低いα相を生じるための駆動力(RS)も、濃度変化無しに相変
態する駆動力(PQ)も存在する。一般に同一温度では RS > PQ であるが、温度が低くなると
拡散が困難となり、拡散変態は起こりにくくなって、拡散を必要としない変態、すなわちマ
ルテンサイト変態が PQ を駆動力として生じるようになる。温度 T3 を、組成 Co における T0
温度という。マルテンサイト変態の駆動力は、T0 以下で発生する。
図 4.24
γ相と同じ濃度のα相を生じるための駆動力
同一組成のγ相とα相の温度-自由エネルギー曲線を図 4.25 に模式的に示す。マルテンサイ
ト変態の駆動力は T0 以下で発生するが、実際のマルテンサイト変態は、駆動力がある大きさ
に達するまで過冷されなければ相変態が起こらない。マルテンサイト変態が実際に生じる、
T0 以下に過冷された温度を Ms 点という。Fe-C 合金の Ms 点における駆動力は、1200 J/mol
程度の大きさを有する。このように大きな駆動力を必要とするのは、マルテンサイト変態の
核生成が大きな弾性ひずみエネルギーを伴うためである。しかし、T0 以下 Ms 以上の温度で
も、母相に応力をかけ塑性変形させると、マルテンサイト変態が生じる。これは、マルテン
84
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サイト変態に必要な駆動力の一部を、機械的に供給していると考えることができる。
図 4.25
同一組成のγ相とα相の温度-自由エネルギー曲線
母相を冷却して Ms 点に達しても、母相全体が全てマルテンサイトにはならない。図 4.26
に示すように、温度低下に伴ってマルテンサイト量は徐々に増加して変態終了温度(Mf 点)
に達する。マルテンサイト変態を起こした材料を加熱すると、T0 点を超えて大きく過熱され
てはじめて逆変態が生じる。逆変態の開始温度を As 点、終了温度を Af 点という。逆変態も、
条件によっては無拡散型で生じ得る。
図 4.26
Fe-20%Ni 合金の冷却・加熱に伴う熱膨張曲線
85
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マルテンサイト変態は、T0 点以下に大きく過冷されてはじめて生じる。また、T0 点以下で
は常に拡散型相変態の駆動力の方が高い。すなわち、冷却時にマルテンサイト変態が生じる
か否かは、冷却速度に依存し、拡散変態との競争となる。ある化学組成の鋼のマルテンサイ
ト変態しやすさを、焼入れ性(hardenability)という。例えば合金元素を添加した鋼は、拡散
変態を起こすのに時間がかかるようになり、焼入れ性は高くなる。鋼に焼きが入るかどうか
は、CCT 曲線によって理解することができる。部材に焼きが入る(マルテンサイトになる)
か否かは、熱伝導にも支配されるため、部材の大きさにも依存する。焼入れ性を評価する試
験法として、ジョミニ焼入れ試験がよく知られている(図 4.27)
。
図 4.27
共析鋼の焼入れ性と CCT 曲線の対応
86
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4.6.5.鋼のマルテンサイト
鉄鋼材料におけるマルテンサイトは、高強度を与える組織として実用的にも極めて重要で
ある。
(a)結晶構造、炭素の固溶と組織・形態
炭素鋼マルテンサイトの結晶構造は、低炭素では体心立方晶(bcc)と考えてよいが、図 4.28
に示すように炭素量の増加とともに c 軸が大きくなり、a 軸は少し小さくなって、体心正方晶
(bct)となる。軸比(c/a)は、炭素量の関数として、
(c / a)  1.000  0.045  wt.%C
(4.18)
で表される。
図 4.28
オーステナイトおよびマルテンサイトの格子状数および軸比と炭素量の関係
フェライト相(bcc 鉄)は本来、炭素をほとんど固溶しない。しかしマルテンサイト変態は
拡散(炭素の分配)を伴わないため、鋼のマルテンサイトは炭素の過飽和固溶体である。炭
素原子は、鉄中で侵入型に固溶する。オーステナイト相あるいはフェライト相において炭素
が固溶しうる位置を、図 4.29 に示す。これらを八面体位置(octahedral site)という。bcc 鉄中
で、×、□、△の位置に無秩序に炭素原子が配置すると、格子は立方晶となる。しかし、マ
ルテンサイト中では炭素はある特定の八面体位置(例えば×のみ)に配置する。これが正方
87
3回生「金属材料学」 緒言
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晶性の原因である。
図 4.29
オーステナイト、フェライト中の固溶炭素原子の位置
マルテンサイトは原子の1対1対応を持って生じる。したがって、図 4.30 に示すように、
拡散型相変態生成物と異なり、マルテンサイト晶は母相オーステナイトを越えて生成するこ
とはない。つまり、マルテンサイト相のサイズは母相結晶粒のサイズで規定され、母相粒界
組織は相変態後も残存する。
図 4.30
マルテンサイト変態における母相粒界の残存
鋼のマルテンサイトは、化学組成や変態温度によって、ラスマルテンサイト(lath martensite)、
レンズ(プレート)マルテンサイト(lenticular (plate) martensite)、薄板状マルテンサイト(thin
88
3回生「金属材料学」 緒言
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plate martensite)などの種々の特徴的な形態を示す。各形態の典型的な組織例を図 4.31 に示す。
こうした特徴的な形態は、マルテンサイトの結晶学的特徴と結びついている。図 4.32、図
4.33 には、FE-SEM/EBSD 法を用いて測定された、ラスマルテンサイトおよびレンズマルテン
サイトの結晶学と形態の相関性を表す実験結果を示す(Kitahara et al.: Mater. Characterization,
54/4-5 (2005), pp.378-386. ; Kitahara et al.: Acta Mater., Vol.54, No.5 (2006), pp.1279-1288.)。
図 4.31
鉄合金マルテンサイトの典型的な形態。(a)ラスマルテンサイト、Fe-7%Ni-0.22%C、
(b)ラスマルテンサイト、Fe-18%Ni、(c)レンズマルテンサイト、Fe-29%Ni-0.25%C、(d)レンズ
マルテンサイト、Fe-33%Ni、(e)薄板状マルテンサイト、Fe-31%Ni-0.23%C、(f)薄板状マルテ
ンサイト、Fe-30%Ni-0.42%C
89
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図 4.32
Fe-0.13%C ラスマルテンサイトの FE-SEM/EBSD 測定結果
90
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図 4.33
Fe-30%Ni レンズマルテンサイトの FE-SEM/EBSD 測定結果
(b) 炭素濃度との相関
炭素鋼の Ms 点は、炭素濃度の増加とともに低下する(図 4.34)
。また、マルテンサイトの
形態も、炭素量とともに変化する。すなわち、低炭素鋼ではラスマルテンサイトが、高炭素
鋼ではレンズマルテンサイトが生成する。
図 4.34
炭素鋼における Ms 点およびマルテンサイトの形態と、炭素量の関係
鋼の化学組成と Ms 点との間には、例えば次のような経験式が提案されている。
Ms [℃] = 550 – 361(%C) – 39(%Mn) – 35(%V) – 20(%Cr) – 17(%Ni) – 10(%Cu) –
5(%Mo +%W) + 15(%Co) + 30(%Al)
91
(4.19)
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マルテンサイトの強度も、炭素量によって変化する。図 4.35 に、炭素鋼のオーステナイト
およびマルテンサイトの硬度と炭素量の関係を示す。
図 4.35
炭素鋼のオーステナイトおよびマルテンサイトの硬さと炭素量の関係
マルテンサイトは、ある与えられた化学組成の鋼において、最も高い強度を示す組織であ
る。鋼のマルテンサイトが高い強度を示す理由として、以下の項目を挙げることができる。
 炭素の過飽和固溶体である(固溶強化)
 高密度の格子欠陥(転位など)を含む(転位強化)
 一種の微細組織を有する(結晶粒微細化強化)
 Ms 点が高い場合には、冷却時に微細炭化物が析出する(析出強化)
すなわち、マルテンサイトにおいては金属材料の強化機構が全て含まれている。
92
3回生「金属材料学」 緒言
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(c)マルテンサイトの焼き戻し
鋼のマルテンサイトは高い強度を有するが、一般的に焼入れままのマルテンサイトは脆く、
そのまま実用に供することはできない。マルテンサイトの靭性を向上し、また硬さを調節す
る目的で、A1 点以下の種々の温度で保持する焼き戻し(tempering)熱処理が一般に行なわれ
る。
図 4.36 に、種々の炭素鋼のマルテンサイトを焼き戻した場合の、硬さの焼き戻し温度依存
性を示す。焼き戻しにおいては、過飽和に固溶している炭素の炭化物としての析出、回復に
よる転位密度の現象、マトリクスの再結晶が生じる。
図 4.36
種々の炭素鋼のマルテンサイトの硬さの焼き戻し温度依存性
0.2%C 鋼および 0.4%C 鋼マルテンサイトの焼き戻しに伴う種々の機械的性質の変化を、図
4.37 に示す。炭素鋼は、300℃近辺での焼き戻しにより衝撃値が低下する。これを低温焼き戻
し脆性または 300℃(500°F)脆性という。低温焼き戻し脆性のため、通常鋼を 200〜400℃
の範囲で焼き戻しすることはないが、ばね鋼などで弾性減を高くしたいという特殊な場合で
は、この温度範囲でも焼き戻しが行なわれる。焼入鋼を 500℃付近で焼き戻しするか、この
温度域で徐冷することにより脆化する場合がある。これを高温焼き戻し脆性あるいは単に焼
き戻し脆性(temper embrittlement)という。
93
3回生「金属材料学」 緒言
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図 4.37
0.2%C 鋼および 0.4%C 鋼マルテンサイトの焼戻しに伴う種々の機械的性質の変化
Mo や Cr などを含む鋼のマルテンサイトを焼き戻した場合、図 4.38 に示すように、中間の
焼き戻し温度で再硬化する場合がある。これは合金炭化物の析出によるものであり、焼き戻
し2次硬化(secondary hardening)という。
図 4.38
0.35%C 鋼の焼き戻し軟化抵抗に及ぼす Mo 添加の影響
94
3回生「金属材料学」 緒言
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4.6.6.マルテンサイトの応用例
(a)1.加工誘起マルテンサイトと TRIP 効果
Ms 点より上の温度でも、塑性変形に伴ってマルテンサイト変態が起こることを述べた。こ
の現象を、加工誘起マルテンサイト変態(deformation induced martensitic transformation)とい
う。加工誘起マルテンサイトが生じると、変態誘起塑性(TRIP: transformation induced plasticity)
という現象が起こり、材料の延性や靭性が著しく向上する場合がある。その機構を図 4.39 に
示す。材料を引張試験すると、ある程度の均一伸びを示した後にくびれが発生し、変形がく
びれ部に集中して破断に至る。試験温度が Ms 点以上 Md 点(加工誘起マルテンサイト開始温
度)以下にある材料の場合、くびれが生じるとその部分の応力が高くなり、加工誘起マルテ
ンサイト変態が生じる。鋼のマルテンサイトは硬いので、くびれ部ではその後変形が進展し
なくなる。その結果、材料の延性が向上するのである。また、クラック先端の応力集中部で
加工誘起マルテンサイト変態が起こる場合には、クラック進展が抑制されて靭性が大きく向
上する。
図 4.39
TRIP 効果
(b)熱弾性マルテンサイトと形状記憶効果
マルテンサイトの成長には2つの様式がある。ひとつは、図 4.40(a)に示すように、冷却時
に生じたマルテンサイトが瞬時に最終の大きさに達し、更に冷却してもこのマルテンサイト
は成長せず、母相の別の場所から新たなマルテンサイト晶が次々に生じて変態が進行して行
くもので、これを非熱弾性マルテンサイトという。この場合、マルテンサイトと母相の間の
界面(interface)は移動する能力を持たず、過熱時に生じる逆変態は、マルテンサイトの界面
や内部で新しく核生成が起こることによって進行する。通常の鉄鋼材料のマルテンサイトは、
このタイプである。
もう一方のタイプを、熱弾性(thermoelastic)マルテンサイトという。この場合、図 4.40(b)
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3回生「金属材料学」 緒言
2015 年度 担当:辻・柴田
のように、一旦生成したマルテンサイトは温度の低下に伴って徐々にその厚みを増して行く。
また、加熱すると界面の移動により収縮して、母相に戻る。このタイプの場合、Ms 点と As
点の差は数十度以下と小さい。
図 4.40
非熱弾性マルテンサイトと熱弾性マルテンサイト
形状記憶効果(shape memory effect)や超弾性(superelasticity)は、熱弾性マルテンサイト
によって担われる。それぞれのメカニズムを図 4.41 に示す。形状記憶合金として、Au-Cd、
Cu-Zn、Ni-Al、Ti-Ni、Fe-Ni-Co-Ti、Fe-Mn-Si などが開発されている。
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図 4.41
形状記憶効果と超弾性
(c)高靭性セラミクス
マルテンサイト変態は、金属・合金に限らず、表 4.2 に示すように種々の無機化合物や鉱
物、セラミクスにおいても起こる。ジルコニア(ZrO2)におけるマルテンサイト変態は、強
靭化に役立つ。ジルコニアは高温から立方晶、正方晶、単斜晶の三種の固相状態を取る。こ
のうち正方晶→単斜晶(950℃)、単斜晶→正方晶(1150℃)の結晶構造変化がマルテンサイ
ト変態により起こる。ジルコニアに Y2O3、CaO、MgO などの酸化物を添加すると、高温の立
方晶が室温まで安定に存在するようになる。これを完全安定化ジルコニアという。また、こ
れら酸化物の添加量を少なくすると、立方晶 ZrO2 の中に単斜晶あるいは正方晶の ZrO2 粒子
が分散した組織となり、これを部分安定化ジルコニアという。部分安定化ジルコニアは大き
な破壊抵抗を持つ高靭性セラミクスとして知られている。これは、TRIP 効果によるもので、
クラック先端において正方晶 ZrO2 が単斜晶にマルテンサイト変態を起こし、応力集中が緩和
される。
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表 4.2
無機化合物、鉱物、セラミクスにおけるマルテンサイト変態
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