Trend and Market of AM (Additive Manufacturing) Technology

技術�����
AM(付加製造)技術の動向と市場
㈱ アスペクト
1.AM(付加製造)技術の動向
1.1
AM 技術とは
早
野
誠
治
粉末材料をレーザーで溶融させながら選択的に付
加堆積させる方法
米国オバマ大統領の 2013 年の「3D プリンタによる
1980 年の小玉秀男氏による特許出願から始まった
モノづくり大国復権宣言」、またニール・カーシェン
Additive Manufacturing
(AM、
3D プリンタ、
付加製造)
フェルド氏の「Fab」
(ものづくり革命)やクリス・ア
技術は、人類の加工技術としての第三番目の加工法と
ンダーソン氏の「Makers」が出版されたことが、3D
して発明された。第一の加工法である除去加工がマイ
プリンタの知名度を上げることになった。更に、マス
ナス加工、第二の加工法である成形加工を変形加工と
コミも当該技術を 3D プリンタとして報道したことで、
いうのであれば、AM 技術はプラス加工と言い換える
AM 技術は 3D プリンタとして広く認識されることに
ことができるだろう。
なったが、3D プリンタは AM 技術の単なる愛称であ
この AM 技術は、日本国内では光造形法や積層造
る。しかし、3D プリンタを敢えて定義するのであれば、
形法と呼ばれていた。また、欧米では Rapid Proto-
3D プリンタとは結合剤噴射法や材料押出法を用いた
typing と呼ばれていたが、2009 年 1 月にフィラデル
個人向け普及版 AM 装置のことを指している。
フィアで開催された ASTM 国際会議において、当該
なお、米国での 3D プリンタによる銃製造の報道や
技術の呼称は Additive Manufacturing(AM)技術に
日本国内での銃製造事件により、だれでも簡単に銃が
統一された。
作れるような間違ったイメージが植え付けられたよう
そして、AM 技術の定義もプラス加工法を用いてコ
に思う。しかし、ものづくりは簡単なものではなく、
ンピュータ上のモデルから立体を作るプロセスである
また日本では銃の製造や所持は違法行為であることを
ことが規定された。また、その後に開催された会議で、
再認識するべきである。そして、銃の製造や著作権の
AM 技術は以下の 7 つの分類に分けられることも規定
侵害等の AM 装置の不正使用が、新しいものづくり
された。
装置の普及や正当な応用開発を妨げる行為であること
・液槽光重合 ‑ Vat Photopolymerization
を訴えたい。
槽の中の光硬化性樹脂を UV レーザー等で選択的
に硬化することで付加する方法
・シート積層造形法 ‑ Sheet Lamination
紙などのシート材料を切って積層する方法
・結合剤噴射 ‑ Binder Jetting
AM 技術の動向
1995 年からの AM 業界の全世界レベルでの大きな
潮流は、5 万ドル以下の装置を市場に投入することだっ
た。 普 及 版 装 置 と し て Stratasys 社 の Genisys が 投
粉末材料に糊を選択的にインクジェットで塗布す
入され、Z 社も Z402 をデビューさせた。それ以降も
ることで付加積層する方法
EnvisionTec 社などが次々と廉価版装置を市場に投入
・材料押出 ‑ Material Extrusion
させた。特に 2009 年に Stratasys 社の材料押出法の特
材料を押出ノズルから選択的に付加堆積させる方法
・材料噴射 ‑ Material Jetting
材料をインクジェットで選択的に付加堆積させる
方法
許が終了して以降は、50 万円を切る個人向け 3D プリ
ンタ装置が、数多く市場に投入された。これが、3D
プリンタブームの牽引役となった。
一方、欧州では AM 装置で最終製品を製造しよう
・粉末床溶融結合 ‑ Powder Bed Fusion
として活発な研究が進められている。背景としては、
粉末材料をレーザーや電子ビームで選択的に焼結
Fraunhofer 研究所を中心に 2000 年頃から行われてい
溶融させ付加積層する方法
た粉末床溶融結合技術や指向性エネルギー堆積技術の
・指向性エネルギー堆積 ‑ Directed Energy Deposi-
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研究が実を結びつつあり、7 社もの粉末床溶融結合装
置メーカーが装置を発売していること、指向性エネル
tion
40
1.2
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技術�����
ギー堆積技術も実用化段階に入っており多くの注目が
そして MakerBot 社を吸収合併した。3D Systems 社
集まっていることがあげられる。具体的には、粉末床
は、Z 社や Phenix Systems 社を吸収し、AM 技術の
溶融結合法を用いて金属粉末を溶融・焼結することで
多様化を M&A により実現しようとしている。
直接部品を製造する研究が進み、既に欧州を中心に入
また、オバマ大統領の一般教書演説以降に研究機関
れ歯やクラウンの製造や宝飾品の製造が盛んに行われ
NAMII(National Additive Manufacturing Innova-
るようになったことである。更に、ジェットエンジン
tion Institute)が設立され、積極的に 3D プリンタ実
の金属部品製造への応用研究開発も進みつつあり、将
用化への道を構築しようとしていることも大きな動向
来はジェットエンジン部品の 50% が AM 技術を用い
として挙げられる。
て作られるだろうと言われている。
NAMII は全米 15 か所からなる研究所ではあるが、
更に、粉末床溶融結合技術に使用可能なポリアリル
AM 技術そのものを研究開発する組織ではない。開発
エーテルケトン(PAEK)系として知られるポリエー
された各種の AM 技術を実用化するには、シーズと
テルエーテルケトン(PEEK)やポリエーテルケトン
ニーズが一致していない問題や実用化までには時間が
ケトン(PEKK)といわれるスーパーエンプラ材料の
かかってしまうという問題がある。NAMII は、AM
粉末が手に入れやすくなり、これら材料で小ロットの
装置メーカーとユーザーを結び付け、問題と課題の明
最終製品やスペアパーツを直接製造しようとする研
確化と実用化を加速するのである。すでに、装置メー
究が進んでいる。その研究開発活動の一つに、Direct
カーや材料メーカーとユーザー、研究所で個別のプロ
Spare があった。
ジェクトが立ち上がっており、応用開発や実用化への
MIM や切削加工で製造される金属部品を、AM 技
プロセスの第一歩が踏み出されている。なお、NAMII
術を用いて製造し、スペアパーツとして使用しようと
は米国内の同等名称の組織と区別するために新たな愛
する研究であり、2012 年に Direct Spare が組織され
称「America Makes」とマークが付与された。
た。しかし、最近になって共同研究組織である Direct
米国での AM 技術動向の更なる注目点は、主要な
Spare は分裂、崩壊したそうである。参画した各社の
米国特許が失効し始めたことであろう。Stratasys 社
利害と足並みがそろわなくなったということなのだろ
の材料噴射法の基本特許ともいえるノズル構造に関す
うが、プロジェクト自体は意味のあるものだったと思
る特許が 2009 年に失効したことで、個人向け AM 装
う。もし、AM 技術で製造された部品がスペアパーツ
置(3D プリンタ)を開発するベンチャー企業がたく
として利用できるのであれば、金型やスペアパーツの
さん誕生している。このようなベンチャー企業は、中
保管が必要なくなり、コストの大幅な削減をもたらす
国、台湾、シンガポール、インドでも登場している。
ことは明らかであるからだ。
しかし、ワークエリア周囲を囲い保温するという材料
米国での動向といえば、2013 年の金融緩和策の打
噴射法の周辺特許が未だ有効であるため、装置の品質
ち切りに伴い、大量の資金が米国内に還流した。こ
は高いとは言えない。2 〜 3 年後には個人ユーザーも
の資金により 3D プリンタバブルが米国内で発生した
その性能に幻滅して、購入された 3D プリンタの大半
ことを背景として、Stratasys 社と 3D Systems 社の
は倉庫やごみ箱行きとなっているかもしれない。
2 社が積極的に M&A を行い、統合化と寡占化が進み
つつある。Stratasys 社は、Objet 社や Solidscape 社、
ま た、3D Systems 社 の 液 槽 光 重 合 法 の 重 要 な 特
許やテキサス大学の粉末床溶融結合法の基本特許が、
2014 年 2 月に失効した。もちろん、前述の材料押出
法と同様に一部の周辺特許が未だ有効であるため、ク
図1
Direct Spare
図2
America Makes マーク
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技術�����
ローン装置を米国で製造したり、販売したりできるわ
けではないが、市場への参入障壁となってきた特許の
失効が米国内外での競合他社の登場を促すことは間違
いなく、今後の展開から目が離せない。
中国でも 3D プリンタブームが起きている。液槽光
重合装置を 2 社がリリースしたとか、粉末床溶融結
合装置を 3 社が開発しているとか色々な噂が流れてお
り、材料についてもクローン材料が安価に市販されて
いると聞く。Terry Wohlers 氏が主催するシンポジウ
ムの情報では、現在おおよそ 30 社が AM 装置開発を
手掛けているといわれている。その多くは、廉価版の
3D プリンタであると思われるが、中国政府や中国の
(出所:Wohlers Associates, Inc.)
図3
地方政府の資金や補助金を得て開発が進められている
企業向け AM 装置の販売台数
ものもあり、決して侮れない。
AM 技術の発祥の地である日本は、液槽光重合法に
ら 7 種類の AM 装置を評価すると、結合剤噴射装置
注力しすぎたことから、欧米に比べ AM 技術の多様
と材料押出装置、材料噴射装置の 3 種類の AM 装置
化と応用開発に遅れを取ることとなった。ようやく経
の存在感がその他に比べ圧倒的に高い。
済産業省の大型プロジェクトが、2014 年からスター
これは、他の AM 装置がレーザーやガルバノメー
トした。本プロジェクトにより遅れを取り戻すだけで
ターミラー等の高額部品を使用しているのに対し、イ
なく、AM 技術で世界を再びリードできるレベルにな
ンクジェット等の比較的安価なデバイスを使用してい
るには、
「AM 装置 + ソフトウェア + 材料 + アプリケー
ることから装置の販売価格を安く抑えることができ価
ション」一体の開発が求められていると思う。今後の
格競争力を持てたことが理由である。
プロジェクト成果に期待したい。
しかしながら、このことがただちに液槽光重合装置
が衰退していることを意味しているわけではない。液
槽光重合装置の用途は透明な樹脂で模型が造形でき
経済産業省のプロジェクト概要
金属 3D プリンタ装置の開発 ‑ 37 億円
・粉末床溶融結合法 + 電子ビーム
・粉末床溶融結合法 + レーザー
・指向性エネルギー堆積法
・鋳型用 Binder Jetting
ることであり、面粗度が他の手法に比較して勝って
いることから、将来においてもその用途が失われる
ことはない。このため、ハイエンド液槽光重合装置
は、減少傾向を示してはいないが、増加傾向にもない。
EnvisionTec 社や DWS 社の 500 万円程度の廉価版液
槽光重合装置がデビューし、ハイエンド液槽光重合装
置の市場を侵食しているからである。液槽光重合装置
でさえも、高額部品を使用していない安価な装置が
2.AM 技術の市場
シェアを拡大してきているのである。
ここで AM 装置を価格帯から定義しておく。個人
まず、1988 〜 2012 年の世界における AM 装置の販
向け AM 装置(3D プリンタ)は百万円を下回る装置
売台数を以下の図 3 に示す。1991 年までは底に張り
群とする。そして、企業向け AM 装置は百万円を超
付いたような横ばい傾向であったが、1992 年から黎
える装置群とするが、1 千万円を超えるものはハイエ
明期を脱し、市場が立ち上がり始めたのが見て取れる。
ンド AM 装置とし、百万円〜 1 千万円を廉価版 AM
2003 年からは本格的な普及期に入り、一段と普及
装置とする。
速度が加速し始めるが、これは各種廉価版装置の登場
によるところが大きい。
また、2008 年から 2009 年はリーマンショックによ
る経済の落ち込みの影響が色濃く出ているのがはっき
り見て取れるが、あくまでも一時期のものであり販売
台数の伸びが堅調であることがわかる。
さて、Terry Wohlers 氏の販売台数の統計データか
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2.1
AM の市場規模予測
2013 年 12 月に Terry Wohlers 氏のシンポジウムで
図 4 の AM 装置の市場規模予測が発表された。
Terry Wohlers 氏の言うところの AM の市場とは、
装置販売、材料販売、保守そしてサービスビューロー
の売上を合計したものである。このグラフから推測さ
技術�����
2.3
廉価版 AM 装置
現在最も注目すべき廉価版 AM 装置から市場の傾
向を振り返ってみよう。1995 年当時、シート積層装
置や材料押出装置等の安価な装置も登場し始めた。同
時期に、IBM 社のワトソン研究所では市場価格が 5
万ドルの装置が AM 市場を開拓すると考え、材料押
出装置の開発を行っていた。材料にはペレット材を採
用し、ランニングコストを低く抑えることも念頭に置
かれていた。
その後、この IBM 社で開発された装置が、Stratasys
社から Genisys として販売された。この廉価版装置の
上市により AM 装置は、2003 年以降に本格的な立ち
* Y 軸:百万
(出所:Wohlers Report 2013)
図4
AM の市場規模予測
上がりを見せた。販売価格が、2003 年当時 3 万ドル(300
万円)台と破格の安値であったことが需要を喚起した
といえよう。
れるのは、2013 年が 2,500 億円、2014 年は 3,000 億円
更に、すぐに出力し意匠検討する文化が定着し始め
程度の規模ということである。2013 年の Stratasys 社
たことや精度と高精細化にかなりの改善があったこと
と 3D Systems 社等の AM メーカーの売上がおおよそ
が市場の立ち上がりを後押ししたといえる。残念なこ
700〜800 億円であるのに対し、サービスビューロー
とは、当初計画にあったペレット材の使用が見送られ
の売上は 1,500 億円と約 2 倍である。つまり、AM 事
たことである。
業は装置を販売するメーカーよりもそれを使って付加
5 万ドルを切る低価格装置は、材料噴射装置や結合
価値を付与するサービスビューローの方が収益と利益
剤噴射装置でも登場する。インクジェットを用いて材
を出せるという構造なのである。
料や結合剤を噴射することで造形する装置である。材
一方、AM 装置を用いることで発生したアプリケー
料噴射装置とは Solidimension 社(現在 3D Systems 社)
ションである補聴器ビジネスや歯列矯正ビジネスは、
の SD300 3D、Objet 社の EDEN や 3D Systems 社の
Terry Wohlers 氏の表には含まれていない。これらの
InVision である。結合剤噴射装置としては、Z 社の結
アプリケーション・ビジネスを含めると 2016 年に 2.7
合剤暗射装置 Z402 である。これらの製品ラインアップ
兆円規模の産業になるのではないかとコンサルタント
には 2 千万円近い価格のものも存在するが、意匠検討・
会社のマッキンゼーが予測している。
組付け評価・機能評価用に用いられているものである。
2.2
速に販売数量を増やした。その中でも、材料押出装置
前述したように、2003 年から廉価版 AM 装置が急
究極の AM 技術は存在しない
1988 年に市場に投入された液槽光重合装置は、AM
が全体の 5 割を占めている。Z 社(現在 3D Systems)
市場を立ち上げる原動力となったことは間違いない。
の結合剤暗射装置 ZPrinter もカラー出力という特徴
しかし、残念ながら液槽光重合装置はすべての要求を
を生かし、かつ速く比較的安価であることで順調に販
満足させる究極の AM 技術ではない。また、その他
売台数を伸ばしてきた。最近になって伸び悩みの傾向
の AM 技術の中にも究極の AM 装置は存在しない。
が見えるが、理由として、材料が石膏であることから
1990 年代は、液槽光重合装置しかない時代であっ
意匠検討用以外の用途が限られていること、また材料
たために、特別に精度を要求しないものでさえも、高
噴射装置がカラー版を開発し市場に投入したこと等が
価な装置を導入し、高い光硬化性樹脂を使って造形し
考えられる。
ていたのである。したがって、液槽光重合装置はマス
一方、廉価版液槽光重合装置は、造形速度が遅いこ
ターモデル造形や機能試作、組付評価のすべてで利用
とを理由に販売台数が伸び悩んでいた。しかし、名工
されてきた。しかし、他の造形技術が成熟化しつつあ
の代わりに宝飾用として登場した DigitalWax は、ニッ
り、材料も多様化した。そして、安価な製品の登場し
チ市場に焦点を絞り販売台数を伸ばしている。また、
てきたことにより、ユーザーの用途に応じた AM 装
EnvisionTec 社の Digital Micromirror Device(DMD)
置が選択されるようになっただけである。結局のとこ
を用いた廉価版の液槽光重合装置 PerFactory は造形
ろ、装置価格が安い方が導入しやすいし、材料価格や
速度も速く、欧州で販売台数を伸ばしている。
ランニングコストが安ければ装置を使用する機会が増
えるということなのである。
Stratasys 社の材料押出装置は、造形速度が遅いこ
とが最大の欠点であるが、装置価格が安価であること、
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ABS や PC、PPSF の高機能エンジニアリング・プラ
一方、老舗の 3D Systems 社も Bits From Bytes 社や
スチックを使用できること、オフィス環境での使用が
Cube 社を傘下に収め、個人向け AM 装置ビジネスに参
可能であることから、今後とも主力 AM 装置として
入している。これらは、ヤマダ電機等の量販店やアマ
君臨するのは間違いない。
ゾン、楽天でも購入できるようになった。AM 装置が、
より身近になったということなのだろう。図 5 に個人
2.4
個人向け AM 装置(3D プリンタ)
向け AM 装置(3D プリンタ)の販売台数を示す。
個人向け AM 装置(3D プリンタ)の発生は、先に述
べた 2009 年に Stratasys 社の創業者である Scott Crump
なお、Terry Wohlers 氏の言うところの個人向け
AM 装置とは、5,000 ドル以下の装置のことである。
のノズルに関する特許が失効したことによる。特許の
失効を待って、材料押出装置のキット販売を米国の Bits
From Bytes 社と 3Dstuffmaker 社の 2 社が開始した。
2.5
ハイエンド AM 装置
高精度であること、微細性に優れていることをア
このキットを購入して自分で 3D プリンタを組み立てて
ピールすることで、1990 年代液槽光重合装置は AM
使うことができるのだが、押出ノズルとノズルを制御す
装置市場でトップの座を守り続けてきた。しかし、
るプリント基板のみを購入して製品化を図るベンチャー
EnvisionTec 社等の廉価版液槽光重合装置の登場によ
企業が登場してきた。この新たなベンチャービジネスの
り、ハイエンド液槽光重合装置の販売は 2002 年を境
旗手として登場したのが、MakerBot 社である。
として停滞傾向に転じている。
MakerBot 社の Replicator が市場に投入されると、
廉価版 3D プリンタが形状確認や意匠検討、組み付
3 年で約 15,000 台を販売し、フォード自動車も各エン
け評価といった試作用途をカバーできるようになり、
ジニアに一台ずつ採用すると決定した。そのすぐ後
ハイエンド AM 装置に求められる用途・機能がそれま
に MakerBot 社は、Stratasys 社により買収されてし
でと同じとは行かなくなったのである。このような競
まう。しかし、個人向け AM 装置を新たなパソコン
合環境の変化に対して、造形の高速化や材料の透明性
と位置付け、名乗りを上げるベンチャー企業には枚挙
を高めることで独自の用途を確保することで、ハイエ
にいとまがない。その背景には、クラウドファンディ
ンド液槽光重合装置は生き延びている。また、ニッチ
ング(Crowd Funding)の存在がある。パソコン時代
市場への専用機を開発した事例もある。3D Systems
には存在しなかったクラウドファンディングにより
社の Viper HA 装置は、補聴器専用の特殊樹脂を搭載
資金調達が容易になり、ベンチャービジネスに乗り
し、カスタムメイド補聴器の製造装置として販売され
出す若者たちが全世界で登場したのである。例えば、
ている。
Kickstarter と呼ばれるクラウドファンディングで 3
また、液槽光重合装置よりも高精度・高機能モデル
人の若者が約 1 億 5 千万円の資金を得て、ROBO 3D
が造形できる EDEN や CONNEX の様な材料噴射装
と呼ばれる超低価格 3D プリンタを発売した。このよ
置では、光硬化性樹脂にフィラーを混入することで物
うなことが米国や欧州だけでなく、シンガポールや中
性を改良したり、2 種類の材料の混合比率を塗布する
国、台湾そして日本等の全世界で発生している。
量で物性を変更できるようにしたりすることで高機能
化が図られた。その結果、ハイエンド AM 装置の中
では、材料噴射装置が圧倒的主流となっている。しか
35508
し、光硬化性樹脂を用いている以上、材料噴射モデル
は造形後にも重合反応が発生し経時変化する。した
がって、試作品の領域を超えて製品として使用するに
24265
は限界がある。
直接製品を造形しようとするラピッド・マニュファ
クチャリング(Rapid Manufacturing)に対応しよう
としているハイエンド AM 装置もある。結合剤噴射
装置である ExOne 社の S‑Print や Voxeljet 社の VX
5978
355
66
1816
は、すぐに鋳込みが可能な鋳型を直接造形できるよう
になり明確な用途が確保された。このため、今後少し
ずつではあるが普及していくのだろう。
粉末床溶融結合装置は、エンジニアリング・プラス
(出所:Wohlers Associates, Inc.)
図5
44
SOKEIZAI
個人向け AM 装置の販売台数
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チックや金属を材料とできることから最終製品を造形
できるラピッド・マニュファクチャリング装置として
技術�����
最も注目されている技術である。粉末床溶融結合装置
ロット製品への応用開発が継続された。既存のものづ
は、材料噴射装置に次いで普及が進んでいるといえる。
くりを代替えするのではなく、何かに使えないだろう
しかし、製品価格や造形品の面粗度と物性、そして後
かと考え、使えるように研究開発する真摯な姿勢を継
処理に課題が残っており最終製品として使用できる分
続したということである。
野や製品に限りがある。粉末床溶融結合装置でスー
人体や医療に関する応用開発を行うことで大きなビ
パーエンジニアリング・プラスチックを材料として使
ジネスとなった事例をあげてみよう。シーメンスは
用できるようになると、本格的な普及期に入るのでは
AM 技術をカスタムメイドの補聴器製造に応用し、欧
ないだろうか。
州で 1,000 万人のユーザーを持つ大きな市場を形成し
また、金属粉末を材料とする粉末床溶融結合技術
た。カスタムメイド補聴器は、高付加価値製品であり、
は、2010 年代に入って目覚ましい進歩を遂げている。
1 個の価格が 30 〜 40 万円もするのである。また、米
使用できる金属材料もチタンからマルテンサイト、コ
国 Align Technology 社は、AM 技術を Invisalign と
バルトクロム、アルミと一気に増えており、今最も
呼ばれる歯列矯正用マウスピースの製造に応用し、全
注目されている技術であり、当にブレイクしようと
世界で 1,700 万人を超えるユーザーを得ている。歯列
している。
矯正は日本では 100 〜 120 万円もするので非常に高価
最後に指向性エネルギー堆積装置も金属部品造形が
ではあるが、透明なマウスピースによる歯列矯正は、
できることから、ラピッド・マニュファクチャリング
他人に矯正していることを気づかれにくい点が高付加
装置として注目されている。しかし、普及はこれから
価値なのである。
であろう。
最近、粉末床溶融結合加工と切削加工を行う松浦機
械の LUMEX や指向性エネルギー堆積加工と切削加
このように、今までには存在しなかった用途や付加
価値を生み出すことで、市場を形成する時代が到来し
たと言えよう。
工を組み合わせた複合装置にも注目が集まっている。
粉末床溶融結合加工や指向性エネルギー堆積加工で精
度が出せないところを切削加工と組み合わせることで
高精度な金属部品を造形しようとする装置は、今後ハ
イエンド AM 装置市場の主役となるのだろうか。
3.結言
日本では AM 技術を製品に応用できる航空機、宇宙、
武器等の小ロット産業は規模が小さく、自動車や家電、
エレクトロニクス等の大量生産産業では AM 技術を
2.6
AM 技術の応用
AM 技術の応用事例を振り返ってみよう。1990 年代
は、真空注型のマスターモデルとしての用途である。
活用できなかった。これが、日本での AM 技術の多
様化を阻害し、応用開発を停滞させたのである。
将来、日本の高い人件費では国際競争力は失われて
液槽光重合法の造形品は精度・面粗度に優れていたこ
いくだけであり、大量生産から高付加価値ビジネスに
とから、シリコンでの型取りに適していたのである。
シフトしなければ日本は生き残れないと思う。しかし、
しかし、光硬化性樹脂では、物性・価格の面から製品
欧米と比較して日本では AM 技術を応用した高付加
として直接使用するには限界があった。
価値な新しいビジネスは生まれて来てはいない。
その後は、試作用途に絞られ開発された AM 装置
もし、ユーザーと AM 技術の開発者を一つにまとめ、
が人気を博したことにより、最終製品の造形研究はな
材料、シーズ、ニーズを議論し合える NAMII のよう
おざりにされてきた。しかし、一部の企業や研究所で
な組織ができるのであれば、日本発の新しい事業の創
は地道な基礎研究が行われ、医療への応用開発や小
生も夢ではないと思う。
Vol.55(2014)No.8
SOKEIZAI
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