イタリア・オペラの王道をゆくプリマ 〜ディミトラ・テオドッシュウ讃

イタリア・オペラの王道をゆくプリマ
〜ディミトラ・テオドッシュウ讃
加藤浩子(音楽評論家)
ディミトラ・テオドッシュウは、昨今は稀になった、イタリア・オペラの王道をゆくプリマである。
ギリシャ生まれ。幼い頃からオペラ歌手になる夢を抱いたものの、実際に勉強を始めたのは20代と
いう遅いスタートながら、1994年にマルチェロ・ヴィオッティ国際コンクールで優勝して以来、20年以
上にわたって世界の一流歌劇場で主役を歌い続けている。身体が楽器であるオペラ歌手は、クラシ
ック音楽のアーティストのなかでも全盛期をキープすることが難しい職業だが、テオドッシュウの活躍
ぶりはめざましい。
彼女が引っ張りだこになるのには、もちろん理由がある。まずテオドッシュウは、高度なテクニックと、
強くドラマティックな声の両方を兼ね備えたソプラノである。強くドラマティックな声といっても、ワーグナ
ーのオペラに向いた太く朗々とした声ではなく、あくまでイタリア・オペラ向きの、明るく、情感豊かな声
であるところがテオドッシュウの魅力だ。加えて、装飾的な旋律や息の長い旋律を美しく歌える、いわ
ゆるベルカントの完璧な技術を持っている。
実は今、この両方を持っているソプラノは極めて少ない。ベルカントの技術を持ち合わせている歌手
は大勢いるが、その多くは繊細で軽い声の持ち主なのだ。ベッリーニの《ノルマ》や、ドニゼッティの《ア
ンナ・ボレーナ》、ヴェルディの《ナブッコ》といったベルカントオペラの名作のヒロインは、ある程度強い
声でなければ歌えない。テオドッシュウは、この手のベルカントオペラからプッチーニのようなリアリティ
に富む作品まで、幅広いレパートリーを完璧に歌いこなせる稀有な歌手なのである。
とはいえ、テオドッシュウの声の魅力は、強さ豊かさにとどまらない。同時に情感にあふれ、人物の感
情を反映させるニュアンスに富んでいる。何より素晴らしいのは、弱音が美しく、よく通ることだ。テオド
ッシュウの澄んだピアニッシモが、劇場の豪華な空間に舞い、客席を震撼させる瞬間を、筆者は何度
も目撃してきた。
だが最終的にテオドッシュウが客席を惹きつけるのは、体当たりで役になりきる潔さと、劇的な素質
にあるように思う。テオドッシュウとともに、私たちは彼女が歌い演じる人物の人生と感情を体験するの
だ。ヴィオレッタの愛と犠牲、トスカの情熱、ノルマの高潔さ〜彼
女の舞台がいつも大きな満足感をもたらしてくれるのは、作品に
奉仕する巫女にも似た、そんなテオドッシュウの才能ゆえだろう。
テオドッシュウはしばしば、同じギリシャ生まれのマリア・カラスに
なぞらえられるが(そして本人もマリア・カラスが自分の理想だと
語っているが)、強靭でいながら生身の人間の感情を映し出す
声、高度なベルカントの技術、驚異的なレパートリーの広さ、役
柄が憑依する才能で、たしかに2人は共通しているのだ。
今回のテオドッシュウのリサイタルのプログラムには、イタリア・
オペラのとびきりの名曲が並んでいる。1曲のアリアにその作品
のエッセンスを、そしてヒロインの真情を込めて心を揺さぶるテ
オドッシュウの体当たりの歌唱を、この機会にぜひ体験していた
だきたい。