交周波数無音検出処理に関連する皮質活動:脳磁図による検討

交周波数無音検出処理に関連する皮質活動:脳磁図による検討 ∗
○光藤崇子 1 ,廣永成人 2 ,森周司
(
1
2
九大院・工学院・システム情報, 九大院・医学院・脳研)
はじめに
1
1
2.2
刺激と装置
刺激は音刺激作成ソフト(J software)によってサン
私たちが日常的に耳にする様々な音は複数の周波数
プリング周波数 44.1 kHz で作成された。先行音と後
成分から構成されており,聴覚系はそれらの音を時間
続音はそれぞれ 300 msec の 800 Hz あるいは 3200 Hz
軸に沿って処理している。本研究では,聴覚における
の純音であった。先行音は立上り/立下り 20 msec/3
音の途切れ(無音)の検出と音の周波数の関係につい
msec とし,後続音は立上り/立下りをいずれも 3 msec
て生理学的検討を行う。単一の周波数に対する聴覚系
とした(Fig. 1).
の時間分解能は高く,無音前後の音(先行音と後続音)
周波数内条件では,先行音と後続音の周波数は同一
の周波数が同じ場合(周波数内無音検出),1∼5 msec
とし,交周波数条件では,先行音と後続音の周波数は異
程度の無音区間が存在するだけで,音が途切れたこと
なり,周波数の組み合わせは 800/3200 Hz と 3200/800
に気づく [1]。周波数内無音検出閾値はヒトの音の時間
Hz であった。2 つの音の間に挿入される無音の長さ
的変化に対する感度を測る方法として従来よく用いら
は先行研究 [5] の無音検出閾値の測定結果を参考に 0
れている。しかし先行音と後続音の周波数が異なる場
msec(no gap), 30 msec(交周波数無音検出閾値), 80
合(交周波数無音検出)
,例えば周波数が 2 オクターブ
msec(交周波数無音検出閾上)とした。実験は 240 試
離れた 2 音の間に存在する無音の存在に気づくには 50
行 4 ブロックで構成され,各周波数組み合わせに関し
msec 以上が必要となる [2]。先行音と後続音の周波数
てこれら 3 種類の無音長の刺激が各約 80 試行ランダ
の差が広がるほど無音検出は難しくなることが知られ
ムに呈示された。先行音と後続音を一対とし,刺激間
る [2].
間隔(Inter-stimulus intervals:ISIs)は 1.5 sec から 1.8
周波数内無音検出については多くの心理音響学的・
sec であった。周波数内,交周波数の刺激の呈示順は
電気生理学的研究が報告されているが(たとえば [2],
被験者間でカウンターバランスを取った。刺激呈示は
[3], [4]),音の時間的変化に周波数変化が加わった場
パソコン上の呈示用ソフト (Neuroscan, STIM2) によ
合にその感度が著しく低下する交周波数無音検出に関
り制御された。刺激は増幅器 (Marantz PS3001) とイ
しては未解明な点が多く,これまでのところその時空
ンサート型イヤフォン (Etymotic Research, ER-3A)
間的脳内機構を生理学的に検証している研究はない。
を介して参加者の右耳に単耳呈示された。全ての周波
本研究では,周波数の異なる音に対する一次聴覚野内
数組み合わせの先行音と後続音の音圧は 1/2 インチの
の活動領域(トノトピー構造)に基づき,領域内での
コンデンサーマイクロフォンを備えた騒音計(Brüel
周波数内,交周波数の音系列中に挿入される無音に対
and Kjær, models 2250 and 4192)によって測定さ
する神経活動の時間変化を高時空間分解能な脳磁図
れ,82 dB SPL の音圧になるよう調整された。参加者
(magnetoencephalogram:MEG)を用いて検討した。
は開眼安静状態で刺激を受動聴取し,座位で MEG 計
測を行った。
方法
2
2.3
実験参加者
2.1
成人健常者 10 名男性 5 名:年齢 23-52 歳)が実験
MEG 計測
実験に先立ち事前に参加者全員の MRI の撮像を
行った。刺激呈示間の参加者の脳活動を 306 チャンネ
ル全頭型 MEG(Neuromag)にて記録した。計測前
に参加した。全ての参加者は聴力に異常がなく,本研
に 4 つのソレノイド型コイルにて頭部位置を確認し,
究で使用した刺激の聴取に困難は無いと報告した。
各参加者の頭皮形状及びコイル位置を 3D ディジタイ
ザーにて測定して MRI との頭部位置合わせに用いた。
∗
Cortical activity associated with the detection of temporal gaps in tones:a magnetoencephalography study.
by MITSUDO Takako, HIRONAGA Naruhito, MORI Shuji (Kyushu University)
Institute (MNI) 305) に変換し,グループ解析を実施
した。また各 iROI 上の活動変化も標準化した後全
参加者間で平均し波形解析を行った。活動波形の振
幅と潜時の評価のため,統計解析ソフト IBM SPSS
statistics 21 を用いて分散分析を行った。
結果
3
3.1
Fig. 1
活動領域解析
Waveform (top) and spectrogram (bottom)
Figure 2 に左半球の先行音に対する聴覚反応活動
of a stimulus of 800-Hz leading marker and 3200-Hz
源推定結果を示す。 参加者 10 名の活動領域を標準脳
trailing marker. A 30-ms gap was inserted in the
に重畳した結果,800 Hz の活動領域はヘッシェル回
middle of the two markers.
(Heschl’s gyrus) の前部,3200 Hz の活動領域は後部
に推定された。
計測中はオンラインフィルタとして 0.1 - 330 Hz の帯
域通過フィルタを用いた。
2.4
データ解析
MaxFilter を用いて外部ノイズを消去後,1 - 100
Figure 3 に左半球の後続音に対する聴覚反応活動源
推定結果を示す。800 Hz の活動領域は先行音の影響
を受けにくいのに対し,3200 Hz の活動領域は広範囲
に散らばるように現れ,先行音の周波数が異なると活
動ピークの位置が変化する傾向が示された。
Hz の帯域通過フィルタと 60 Hz の帯域遮断フィルタ
Figure 2,3 より,800 Hz に対する活動領域は実験
を適用した。刺激毎に 80 - 85 回程度の加算平均波形
参加者間での推定領域の再現性が高いが,3200 Hz に
が得られた。本研究ではトノトピー構造に基づく一次
対する活動領域は参加者間でばらつきが大きく,再現
聴覚野の反応領域を確認するために,脳活動源推定と
性も低いことが確認された。
して皮質上での脳磁活動の広がりを評価するのに適し
た最少ノルム法(Minimum Norm Estimates:MNE)
を採用した。MNE は頭皮上の白質/灰白質に設定さ
れたグリッドポイントを用いて高空間解像度にて信号
源を推定する手法であり,近年の Neuromag 306 チャ
ンネル型 MEG センサでは広く用いられている手法
である。信号源からセンサ感度を評価する順問題とし
ては境界要素法による単一層(mono-layer)モデルを
用いた。dynamic Statistical Parametoric Mapping
Fig. 2
Activations of 800-Hz (left) and 3200-Hz
(dSPM)法により刺激呈示前 100 msec から 0 msec
(right) leading markers. Activations of each ten par-
の脳活動を用いてデータを標準化し,z 値を最終的な
ticipant was superimposed onto the standard brain
活動評価値として求めた [6]。聴覚反応は聴覚刺激呈
(MNI305).
示耳の対側で高まることから,加算平均データを用い
て左半球の反応を dSPM 法で推定し,活動源の評価
3.2
活動波形解析
を行った。freesurfer 提供の領域分割を参照しながら
Figure 4 に後続音のピークに対する活動領域から
一次聴覚野に ROI を設定し,ROI 上の振幅の変化並
抽出された活動変化の参加者 10 名分の平均を示す。
びにセンサーチャンネルから目視検査により頂点潜
周波数内条件では後続音のオンセット反応は生じてい
時を同定した。全ての周波数と無音条件ごとに先行音
ないのに対し,交周波数条件では無音なし条件におい
ならびに後続音のオンセット反応の頂点潜時での一次
ても明確なオンセット反応が生じた(Fig. 4,(A) 緑
聴覚野の反応を評価した。参加者毎の先行音と後続音
)∗1 。また,周波数内条件では先行音と後続音の活動変
頂点潜時における脳活動マップに着目し,目視検査に
より inspection ROI(iROI)を設定した。iROI 上の
活動は全て標準脳 (fsaverage; Montreal Neurological
∗1
周波数内条件の無音 0 msec 刺激については,音の中央には
立上り/立下りは設けず,立上り/立下りが 20 msec/3 msec
の連続した音系列を用いた。
オンセットに有意な無音長の効果はみられなかった
(F (2, 18) = .54, p < .59, ηp2 = .06)。
Fig. 3
Activations of trailing marker superimposed
onto the standard brain (MNI305). The top two
panels show activations for 800 Hz, while the bottom
Fig. 4
two panels are for 3200Hz.
The averaged regional activations (RAs) of
ten participants. The top two panels show RAs for
the within-frequency conditions, while the bottom
化のパタンが類似しているのに対し(Fig. 4,(A))
,交
two panels are for the between-frequency conditions.
周波数条件では周波数の組み合わせによって活動変化
The colors of each line indicate gap duration; green
に顕著な違いがあり,800 Hz に対する活動は 3200 Hz
= 0 ms (no gap), red = 30 ms, blue = 80 ms.
に対するものよりも高振幅となった(Fig. 4,(B))。
周波数内,交周波数それぞれの領域活動の頂点振幅
について,周波数組み合わせ(2 水準)と無音長(周
4
考察
波数内:2 水準,交周波数:3 水準)を独立変数とする
本研究では,時空間分解能に優れた MEG を使用し
2 要因分散分析を行った結果,周波数内では後続音の
て周波数の同一な,あるいは異なる連続音中に挿入さ
振幅に周波数による有意な差はみられなかったのに対
れた無音に対する一次聴覚野内の神経反応を計測し
ηp2
= .002),交周波数で
た。活動領域解析では,800 Hz と 3200 Hz の純音に
は 800 Hz に対する活動の頂点振幅は 3200 Hz のもの
対して強く反応する一次聴覚野の領域は異なり,800
よりも有意に大きいことが示された(F (1, 9) = 27.02,
Hz の活動領域はヘッシェル回の前部に高い再現性を
し(F (1, 9) = .02, p < .90,
ηp2
= .75)。なお,周波数内条件においては
持って現れ,3200 Hz の活動領域は参加者間でばらつ
無音長の違いによる頂点振幅に有意差がみられ,無音
きが大きいものの主にヘッシェル回後部に推定された
30 msec に対する活動の頂点振幅は 80 msec よりも大
(Fig. 2,3)。この結果は聴覚皮質におけるトノトピー
p < .001,
きかった(F (1, 9) = 5.82, p < .04,
ηp2
= .39)。交周
構造を詳細に検討した fMRI での観察結果とも一致し
波数条件での無音長の違いによる頂点振幅には有意差
ている [7]。3200 Hz の後続音オンセットに対応する
は無かった(F (2, 18) = 2.17, p < .14,
ηp2
= .19)。
活動領域は先行音の周波数の影響を受けて変動する傾
また,周波数内,交周波数それぞれの領域活動の頂
向が観察され,先行音周波数が 800 Hz の場合,3200
点潜時についても,先行音,後続音それぞれについ
Hz の場合と比べて活動領域が前側に遷移して推定さ
て周波数組み合わせ(先行音:4 水準,後続音:2 水
れた (Fig. 3,(B))。参加者の反応の中には,先行音
準)と無音長(周波数内:2 水準,交周波数:3 水準)
が 800 Hz の場合に 3200 Hz 後続音オンセットに対し
を独立変数とする 2 要因分散分析を行った。その結
て 800 Hz と同一の領域が活動する例もあり,時間的
果,後続音の周波数内,交周波数いずれの条件におい
に近接したタイミングで異なる周波数に対して一次聴
ても頂点潜時に無音長による有意差が認められた(周
覚野が活動する交周波数条件のような事態では,皮質
2
波数内:F (1, 9) = .41, p < .00, ηp = .98,交周波
数:F (2, 18) = .35, p < .00,
ηp2
= .98)。先行音の
トノトピー構造が不安定になることも考えられる。
iROI 上の活動変化からは,後続音オンセットに対し
ても先行音オンセットと同様に明確なピークが確認さ
れた。中で,周波数内条件と交周波数条件では無音な
し条件における後続音のオンセット反応に顕著な違い
があり,周波数内無音なし条件ではオンセット反応が
生じないのに対し,交周波数無音なし条件においては
明確なオンセット反応が生じた。特に交周波数条件で
3200 Hz と 800 Hz に対する後続音オンセットの iROI
内の活動強度に有意な差があることが示され,周波数
内,交周波数で皮質活動の時間変化パタンが異なるこ
とが明らかとなった。
交周波数での無音検出の時間分解能が低下すること
については,チャンネル間処理という概念による説明
がなされている [2]。ヒトの聴覚機構は,内耳蝸牛の基
底膜から始まる周波数地図を概念化した,複数の周波
数チャンネルの集合で表現される [8]。先行研究によれ
ば,周波数内無音検出は同一周波数チャンネルに流れ
る音の不連続検出である。一方,交周波数無音検出で
は先行音と後続音が異なるチャンネルで処理されるた
5
まとめ
聴覚皮質における無音の検出と音の周波数差との
関係を調べるために,時空間解像度にすぐれた脳磁図
(MEG)を用いて実験を行った。実験から,(1)単一
の周波数に対する一次聴覚野の反応領域(トノトピー)
に複数のパターンがあること,(2)無音前後で周波数
が同じ場合と異なる場合とで,後続音のオンセットに
相当する神経反応に特徴的な違いがみられることが示
された。
■謝辞
本研究は,科研費基盤研究 (A)(課題番号:
25240023),平成24年度一般財団法人カワイサウン
ド技術・音楽振興財団研究助成(ともに研究代表者森
周司)および平成25年度九州大学教育研究プログラ
ム・研究拠点形成プロジェクト(P&P)
(研究代表者
光藤崇子)の補助を受けた。
参考文献
め,二つのチャンネルでの音の終わりと始まりの相対
的な時間差を監視する必要がある。交周波数無音検出
[1] Plomp, J. “Rate of Decay of Auditory Sensa-
での高い閾値は,このチャンネル間処理の時間分解能
tion,” Acoust. Soc. Am., vol. 36, pp. 277-282,
を反映するとされる [2]。
本研究で得られた iROI 上の活動変化の結果では,
周波数内条件では無音区間の存在は後続音オンセット
反応の有無と対応づくと考えられる。この場合,聴覚
系は音の不連続性を判断しさえすれば無音の有無を処
理することが可能である。一方で交周波数条件では,
無音なしの条件でも後続音に対し明確なオンセット反
応が生じることから,無音を検出するためには連続す
1964.
[2] Phillips, D. P. “Auditory gap detection, perceptual channels, and temporal resolution in speech
perception,” Journal of the American Academy
of Audiology, vol. 10, pp. 343-354, 1999.
[3] Lister, J.J., Maxfield, N.D., Pitt, G.J. “Cortical
evoked response to gaps in noise: within-channel
and across-channel conditions,” Ear Hear, vol.
る2つのオンセット反応の相対的な差の弁別が必要と
28, pp. 862-78, 2007.
[4] Ross, B., Schneider, B., Snyder, J.S., Alain, C.
なると考えられる。本研究の結果は,これまで説明概
“Biological markers of auditory gap detection in
念とされてきたチャンネル間処理に関するひとつの生
young, middle-aged, and older adults,” PloS One
理学的証左を示したと言える。
なお,本研究の無音長は,先行研究 [5] を参考に知覚
的無音検出閾値,閾上となるように設定されたが,一
次聴覚野における反応は物理的な音のオンセットに対
応した潜時帯に現れた。そのため,現段階では,一次
聴覚野内では無音に対する知覚(無音の存在に気づい
たか否か)に対応する神経反応は確認できていない。
今後は心理物理測定により個人の無音検出閾値を決
vol. 9, e10101, 2010.
[5] 中野孝徳.交周波数無音検出と聴性脳幹反応の関
係,九州大学システム情報科学府修士論文,2009.
[6] Dale, A.M., Liu, A.K., Fischl, B.R., Buckner,
R.L., Belliveau, J.W., Lewine, J.D., Halgren, E.
“Dynamic statistical parametric mapping: combining fMRI and MEG for high-resolution imaging of cortical activity”, Neuron, vol. 26, pp. 55-
定し,その長さに基づいて設定された無音長によって
67, 2000.
[7] Formisano, E., Kim, D.S., Di Salle, F., van de
MEG 測定を行う等の検討により,無音検出に対応付
Moortele, P.F., Ugurbil, K., Goebel, R. “Mirror-
く脳活動を確認する必要がある。
symmetric tonotopic mapsin human primary auditory cortex”, Neuron, vol. 40, 859-869, 2003.
[8] 日本音響学会. 音響工学講座 6 聴覚と音響心理. 東
京: コロナ社; 1978.