環境ホルモンについて クボタ資格・技術コンサルタント 代表 久 保 田 芳晴 1.野生動物の生殖異変 世界各地において野生動物に生殖異変が起きています。例えば、日本沿岸に生息するイボニシ やレイシガイのメスのほとんどに輸卵管とともに輸精管・ペニスが形成(インポセックス)され、 多摩川のコイのオスの精巣に卵の出現やオスのビテロゲニン血中濃度の上昇が見られています。 外国では、イギリスのローチやニジマスにも多摩川のコイと同じ現象が見られ、米国のミシシッ ピワニ、セグロカモメ、フロリダヒョウなどにもいろいろな生殖異変が発見されています。これ らの主な生殖異変を表1に示します。 表1 世界各地の野生動物の主な生殖異変 生 物 場 所 ホルモン撹乱作用 原因物質 イボニシ、レイシ日本沿岸 ガイ メスのインポセックス トリブチルスズ、トリフェ ニルスズ サケ属 甲状腺異常、オスの二次性徴欠如、早熟 未特定 北米五大湖 ローチ、ニジマス イギリス オスのピテロゲニン血中濃度上昇、精巣発育不ノニルフェノールと推定 全 ピル中の女性ホルモン コイ 多摩川 オスのビテロゲニン血中濃度上昇、精巣発育不ノニルフェノールなど複 全 数、の化学物質が関与 マコガレイ 東京湾 オスのビテロゲニン血中濃度 ミシシッピワニ アポプカ湖( 米 オス:ペニス矮小化、血中テストステロン量低下、湖内に流入した DDT 等 国フロリダ州) 精巣機能不全 と推定 メス:血中エストラジオール濃度上昇、卵胞での異 常卵・多胞、卵巣の退行 幼体:低孵化率、死亡率上昇 未特定 ヤマギシ、ミサイギリス、北ア産卵数減少、繁殖期遅延、産卵失敗、卵の小型 DDT,DDE と断定 ゴ、ハイタカ、ミメリカ 化、破損卵の増加 ヤマガラス、ヨー 卵内での死亡 ロッパヒメウなど アメリ力オオセグ サンタバーバラオス:メス化、固体数減少 ロカモメ 島 ( 米国カルフメス:レスビアン固体出現、生殖器の退行 ォルニア州) 未特定 セグロカモメ 北米五大湖 甲状腺異常(肥大、上皮組織過形成など) DDT の可能性 ハクトウワシ 北米五大湖 低孵化率 PCB,DDT の可能性 アジサシ、カモメ 北米五大湖 オスの両性生殖器官具有化 PCB,DDT との説 カワウソ、ミンク 北米五大湖 繁殖激減 魚餌中の PCB の可能 フロリダヒョウ 米国フロリダ州 オス:精子数減少、停留精巣メス:不妊 性、エストロゲン様作用 をもつ農薬との説 これらの異変が発生する原因は、ある種の化学物質に起因するものと考えられています。 2.環境ホルモンとは 現在製造されている化学物質の数は87000種以上あると言われています。それらの物質の中には 性ホルモンとよく似た性質を持つものが少なくありません。一般にホルモンは脳下垂体や甲状腺 等の内分泌腺と呼ばれる臓器から分泌され、細胞分裂を促すなど体全体の機能を調節する働きを 持つものです。このうち女性ホルモン(エストロゲン)は女性や動物のメスの卵巣から分泌され、 排卵や発情、女性らしい体つきの形成に関わり、男性ホルモン(アントロゲン)は精巣から分泌さ れ男性生殖器の発達などに重要な役割を果たしています。これらの性ホルモンは、ある年齢にな ると分泌されて細胞核の中のレセプターと結合して機能を発現する仕組みになっています。 ところが女性ホルモンと類似の作用をするビスフェノールA、ノニルフェノール、DDTなどの化 学物質がこのレセプターと結合して正常な発育を撹乱させると考えられています。(図1参照)また、 DDTの分解物質であるDDEやビンクロゾリン等は男性ホルモンのレセプターと結合して発育を阻害 します。ホルモン作用を阻害するこれらの化学物質を正しくは内分泌撹乱化学物質と言いますが、 一般に分かり易い「環境ホルモン」と呼んでいます。 ○エストロジェン類似作用のメカニズム ER(エストロジェンレセプクー) :エストロジェンと結合して、遺伝子(DNA)を活性化させる 図1 内分泌撹乱化学物質(環境ホルモン)の作用メカニズム 現在、環境ホルモンと考えられている化学物質は次の約70種類です。 ●殺 虫 剤:DDT,クロルデン、エチルパラチオンなど 26種類 ●除 草 剤:シマジン、アミトロール、アトラジン、PCPなど 10 〃 ●殺 菌 剤:HCB,メチラム、ビンクロゾリン、マンネブなど 8 〃 ●樹 脂 原 料:ビスフェノールA、スチレンなど 8 〃 ●船 底 塗 料:トリブチルスズ、トリフェニルスズ 2 〃 ●界面活性剤:ノニルフェノール、オクチルフェノール等 数種類 ●そ の 他 :ダイオキシン類、PCB,ベンゾピレンなど 約10種類 3.環境ホルモン問題の各分野の取組み 3.1 各 省 庁 の 取 組 み 環境省をはじめ、経済産業省、厚生労働省、文部科学省、国土交通省及び農林水産省がそれぞ れの観点からこの環境ホルモン問題の実態調査や試験法の開発、リスク評価等の検討をして、定 期的に内分泌撹乱化学物質問題関係省庁課長会議で次の内容の審議を行い総合的な対策を推進し ています。 内分泌撹乱作用を有する物質の把握、試験方法の確立、環境汚染の実態調査、環境中の挙動・ 作用メカニズムの解明、人の健康影響評価、環境リスク評価等 3.2 環 境 ホ ル モ ン 学 会( 日 本 内 分 泌 撹 乱 化 学 物 質 学 会) の 活 動 国立環境研究所が中心になり平成10年6月に環境ホルモン学会が設立され、年に3回の研究発表 会と1回の国際シンポジウムを開催して、国内外の研究者に発表する場を与え、賛同者たちに広く 公開しています。 3.3 茨 城 県 の 環 境 ホ ル モ ン 実 態 調 査 茨城県では平成11年度に公共水域における水質及び底質の調査を行っています。その結果を表2 に示します。 表2 茨城県の公共水域における環境ホルモン実態調査結果(平成11年度) 水質調査結果(最大値:μg/l) 区 分 農 ノニルフェノール 薬 フタル酸ジ-2-エチルヘキシル 以 外 フタル酸ジ-n-ブチル の ピスフェノール A 項 目 4-t-オクチルフェノール シマジン トリフルラリン 農 カルバリル 薬 マラチオン マンゼブ 底質調査結果(最大値:μg/kg) 県調査 全国調査 県調査 全国調査 0.96 21 不検出 4900 0.8 9.9 1100 210000 0.9 2.3 270 2000 0.32 1.7 6 67 0.07 13 9 45 0.3 0.21 10 不検出 不検出 0.05 不検出 不検出 不検出 0.39 不検出 不検出 不検出 0.32 不検出 不検出 不検出 不検出 不検出 100 (注1)全国調査の欄は、環境庁及び建設省が平成10年度に実施した一斉調査の結果を示す。 (注2)μg(マイクログラム):100万分の1グラム 4.市民にもできる環境ホルモン対策 環境ホルモンと考えられる微量な化学物質が人間にどのような影響を及ぼすかについては分か りませんが、化学物質をできるだけ摂取しないようにした方がよいでしょう。環境新聞社が提案 している環境ホルモン対策を以下にお知らせします。 (1)プラスチック容器に入れた食べ物を電子レンジで温めない。 (2)食品保存はガラス製か陶器製の容器を用いる。 (3)動物性の脂肪はできるだけ避ける。 (4)野菜をよく洗う。 (5)化学物質の使用を全体的に減らす。
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