五十嵐レポート - 三菱UFJ投信

五十嵐レポート
2008 年度
第8号
三菱UFJ投信株式会社 発行
2008年11月11日
当「レポート」の内容は 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社調査部長の
五十嵐 敬喜 によって作成されております。
五十嵐 敬喜(いがらし たかのぶ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社調査部長
株式会社三和銀行(現株式会社三菱東京UFJ銀行)資金証券為替部(ニューヨーク)勤務などを経験。
テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」にゲストコメンテーターとして出演のほか、各種テレビ・
ラジオ等に出演。新聞・雑誌等へのレポート、コメント掲載等も多数。
お客様資料
新大統領が最初に取り組むべき経済政策
大統領選に大勝したオバマ候補
アメリカの大統領選挙は民主党のバラク・オバマ氏が勝利しました。共和党のジョン・マケイン候補
は、党大会で保守色の強いサラ・ペイリン氏を副大統領候補に指名したあと、世論調査で一時的にオバ
マ候補を上回る局面もありました。しかし、9 月 15 日のいわゆるリーマンショックを契機にして再びオ
バマ候補にリードを許し、本選では選挙人の獲得数において圧倒的な差をつけられて惨敗しました。
全く無名で経験もなく、おそらく見識も十分ではない(失礼!)ペイリン氏が副大統領候補に指名さ
れたことには首を傾げざるを得ませんが、一時的ではあれ、それで支持率が跳ね上がったことも驚きで
す。場合によっては、将来アメリカ大統領になるかもしれない人を選ぶわけです。つくづくアメリカ人
は楽観論者だと思う次第です(つまりこれを機にマケイン候補を支持するようになった人々の多くは、
マケイン氏に足りない保守性が補われることを評価したのであって、ペイリン氏が大統領になるかもし
れない事態はほとんど想定していないと思われるからです)。
一方、オバマ新大統領(就任は来年 1 月 20 日)はカリスマ性を感じさせる人物です。アメリカ初の
黒人大統領だといっても、実際には白人とのハーフであり、それだけ選挙民の抵抗感も小さかったので
はないでしょうか。一般に演説がうまいかどうかが評価の大きな部分を占めるのはいかにもアメリカ的
ですが、確かに彼は巧みだと思います。「目前の困難に打ち勝つためには、皆さんの助けがぜひとも必要
だ。党派も人種も宗教も超えて、一致団結して一緒に頑張ろう。 Yes, we can! 」と彼の口から言われ
ると、奮い立つ人は少なくないでしょう。「国が何をしてくれるかではなく、国のために何が出来るかを
問いたまえ」と言った J・F・ケネディを髣髴とさせる気がします。
大きく落ち込むアメリカ経済
しかし、アメリカ経済が直面している経済危機はきわめて大きいと言わざるを得ません。最近の経済
指標は、先週末に発表された 10 月の雇用統計がその一例ですが、足元で経済が大きく落ち込んでいる
ことを示唆しています。10∼12 月期のGDP成長率が前期に続いてマイナスとなるのは確実で、2 四半
期連続マイナスという「リセッション(景気後退)」の条件を満たします。
そもそも景気はなぜ大きく悪化しているのでしょうか。住宅のせいだと思われがちですが、住宅投資
の減少は今に始まったことではなく 06 年の初めから続いています。成長率を落ち込ませている主因は
個人消費と設備投資です。その原因がサブプライムローンの問題かと言えば、これを借りて困っている
○当資料は、投資家のみなさまに対して参考となる情報の提供を目的として、三菱 UFJ 投信が作成したものです。○当資料の内
容は、作成基準時点のものであり、将来予告なく変更されることがあります。また、将来の市場環境や運用成果等を示唆ないし保
証するものではありません。○当資料は、信頼できると判断した情報等に基づき作成しておりますが、その正確性、完全性を保証
するものではありません。○当資料中のグラフ・数値等は、過去の実績・状況であり、将来の市場環境等や運用成果等を示唆・保
証するものではありません。また税金・手数料等を考慮しておりませんので、実質的な投資成果を示すものではありません。○当
資料は、特定の有価証券等の勧誘を目的とするものではありません。
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五十嵐レポート
人は、国全体から見ればごくわずかに過ぎません。サブプライムはあくまでもきっかけに過ぎなかった
ということです。その結果として引き起こされた金融危機の下で、家計や企業が資金調達できなくなっ
ているのです。
資金繰りが窮屈になると、家計や企業は支出を抑制せざるをえません。家計については、ホームエク
イティローン(住宅を担保とする使途自由のローン)が借りにくくなったり、クレジットカードの利用
枠が縮小したりしているとみられます。また自動車ローンの審査が厳しくなって、販売が大きく落ち込
んでいます。企業についても、銀行の貸出態度が厳しくなったり、社債の発行が困難になったりしてい
ます。
実体経済が一段と悪化すると、金融部門の痛み方はさらにひどくなります。その結果が実体経済にま
た跳ね返るのは言うまでもありません。金融と実体経済の負のスパイラルが加速するシナリオです。
家計のバランスシート調整
実体経済を落ち込ませているかもしれないもうひとつの要因は、家計のバランスシート調整です。家
計の自由になるお金(貯蓄=可処分所得−消費)に対する負債残高の比率は今や 40 年分にまで膨れ上
がっています(下図)。
家計の債務償還年数の日米比較
(データ期間:1980 年∼2008 年)
(年)
45
40
35
日本
米国
30
25
20
15
10
5
0
80
82
84
86
88
90
92
94
96
98
00
02
(注) 債務償還年数=借入/総貯蓄。米国の08年は1-6月期の数値。
(出所) 内閣府 米商務省 米FRB
04
06
08
(年)
図から読み取れるように、この比率は 10 年前には 15 年分、15 年前には 10 年分でした。ここ数年で
負債は急激に増えたのです。総資産額が負債額を大きく上回っているのは事実ですが、資産の持ち手と
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負債の持ち手が違っていればどうでしょうか。その場合には、もっぱら負債を持っている(負債超過)
家計には、借り入れを減らす強いインセンティブが働くと言えるでしょう。
借り入れを減らす原資は貯蓄(可処分所得−消費)です。返済ペースを速めようとすれば貯蓄額を増
やす、すなわち消費を減らさざるを得ません。アメリカの家計が本気で負債の削減に取り組み始めたの
であれば、消費の低迷は相当長く続く可能性があるのです(注)。
(注)
直近の負債比率が大きく低下しているのは戻し減税が行われたためです。可処分所得が一時的に跳ね上がったために、負債残高
/(可処分所得−消費) で計算される負債比率が急低下したのです。減税の効果がなくなる翌期に比率が再び上昇するのは明ら
かです。負債比率を安定的に下げるためには、負債そのものを減らす必要があります。
新大統領に求められる経済政策
オバマ新大統領の最初の課題は、アメリカ経済が、実体経済と金融の悪循環に陥るのを回避すること
です。そのためには実体経済と金融の両面にテコ入れすべきです。実体経済面で言えば、家計のバラン
スシート調整が避けられないのであれば、早期にそれを終わらせる必要があります。減税によって家計
の可処分所得を増やすことはその有力な手段だと考えられます。
また、家計の消費が落ち込んで総需要が縮小すれば、企業部門にとっても、経済全体にとっても悪影
響が及びます。そこで政府が歳出を増やして景気を下支えする必要もあるでしょう。痛みの激しいイン
フラを修復するといった事業は、雇用の増加にも寄与することが期待できます。
一方、金融については、金融機関を「貸し渋り」や「貸し剥がし」に向かわせない対策が必要です。
すでに始まっている公的資金による資本投入は必要な政策ですが、問題なのは果たして投入額が適当な
のかどうかが分からない点です。過大であればモラルハザードを引き起こしかねませんし、過小なら効
果は期待できません。
この問題を解決するには、金融機関が持っている不良資産を買い取ってやる必要があります。持って
いればさらに値下がりしかねない不良資産をオフバランスすることができれば、金融機関は追加損失を
出さずに済みます。その上で、なお資本が不足するのであれば、足りない分を投入してやるわけです。
そうすることこそが金融機関の経営に対する市場の不安を解消する最も適当な方法でしょう。
この点に関して補足すると、証券化商品の買い取りに際して、金融機関に追加的な損失が発生する可
能性は小さいと思われます。すでに巨額の評価損が計上されているからです。しかし、住宅ローン等を
オフバランスする際には、さらに損失が膨らむ可能性が大きいと思われます。ローンの貸倒引当金はロ
ーンが満期を迎えるまでの将来にわたる損失見込額をカバーしているわけではないからです。したがっ
て、金融安定化法で認められた 7000 億ドルで十分なのかどうか、現時点では不明だと言わざるを得ま
せん。
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日本の外貨準備で米国債を買い支えよう
いずれにしろ、アメリカ経済の負のスパイラルを回避するためには相当のお金が必要であることは明
らかです。国債の発行額は大幅に膨らみます。現状 4500 億ドルに上っている単年度の財政赤字が 1 兆
ドルを超えるのは確実だと見られています。1 兆ドルという金額は 14.4 兆ドルのGDPの約 7%に相当
しますから、今後アメリカの財政赤字が、単年度で見て 7∼10%の水準で数年続く可能性もあるという
ことです。
しかし幸いなことに、アメリカの債務残高対GDP比率は足元で 44%程度と、先進国の中でも低い水
準です。150%を軽く超えるわが国と比較するのが適当であるかどうかはともかく、アメリカでも高齢
化が進み、年金財政が問題化するまでには数年の余裕があるのは救いです。財政政策も動員して、経済
と金融の両面から経済を支えるべきでしょう。
その際、日本は何をすべきなのでしょうか。足元で実体経済が悪化している最大の要因は輸出の落ち
込みです。その意味では景気対策として財政資金をつぎ込んでみても、痛みを和らげる効果はあっても
景気を浮揚させる力はないでしょう。海外経済が持ち直すことが、日本にとっては何よりの景気対策だ
と言えます。
そこで、わが国の「外貨準備を使って米国債を購入する」ことを提案したいと思います。とはいえ、
およそ 100 兆円の外貨準備のうち、預金の形で運用されていて自由になる額は 10 兆円程度です。新た
に米国債を購入する資金としては足りません。
したがって私が言うのは、外貨準備を増やして、その増加分を米国債の購入に充てるということです。
具体的には、為替市場で円売りドル買い介入をし、そこで得たドルの運用として米国債を購入するので
す。結果として、多くの人が心配する「ドルの大幅下落」に歯止めをかける効果も期待できます(それ
が目的ではありません)
。
日本は 03 年の 1 年間に 20 兆円相当、翌 04 年の 1∼3 月期に 15 兆円相当の円売り介入を実施したこ
とがあります。合計すれば軽く 3000 億ドルを超える金額です。今が非常時であると考えれば、もう一
度そうした行動を取ることは可能でしょう。もちろん、国内金融市場への影響をコントロールするため
に、細心の注意を払うべきであることは言うまでもありません。
短期間に米国債を大量に購入したり、為替市場で大規模かつ人為的な介入を行うことは、決して望ま
しいことではありません。しかし、アメリカが大量の国債発行に追い込まれることは避けがたいという
見通しがあって、それを放置すれば金融為替市場を通じて日本にも悪影響が及ぶことが確実なのであれ
ば、それを防ぐ手立てを講じることもやむをえないのではないでしょうか。
(三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング調査部長
五十嵐敬喜)
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