人手不足感の真相

情報メモ NO.26-40
人手不足感の真相
~労働市場に押し寄せる人口減少の波濤~
2014 年 7 月 15 日 調査部
担当 鈴木 潤
TEL:03-3246-9370

12 年末からの日本経済の回復は雇用・所得の改善に波及しつつあり、企業からは人手不足の声が
上がり始めた。振り返ってみると、04~08 年頃の景気回復期(以下では前回と呼ぶ)にも雇用環境は
改善していたはずだが、今回(12 年末からの景気回復期)のような人手不足感は生じていなかった
印象がある。雇用環境にどのような変化が生じたのか、労働統計各種によりその原因を探った。
1. 月次景況観測の雇用 DI

商工中金の「中小企業月次景況観測」における雇用状況 DI をみると、14 年 6 月に+8.4 と 13 年以降
不足感が強まっている【図表 1】。DI の変化を業種別に要因分解すると、前回は製造・非製造業のど
の業種も概ねプラス寄与であった。一方、今回は、製造業は長らくマイナスであり、非製造業(特に建
設、卸・小売、飲食・宿泊)がプラスを牽引している。
(%)
【図表1】 雇用状況DIの業種分解
15
10
10
5
5
0
0
-5
-5
-10
-10
不足
-15
-15
-20
-25
04/01
【図表2】 補正した雇用状況DI
(%)
15
-20
過剰
07/01
その他の非製造業
不足
(年/月)
10/01
13/01
飲食店・宿泊業
過剰
-25
04/01
卸・小売業
(年/月)
07/01
建設業
10/01
製造業
13/01
全産業
(資料)商工中金「中小企業月次景況観測」



ここで、雇用 DI を従業者数の構成比率で補正1を行うと、 DI は既に 07 年のピークを超えており、今
回の人手不足感の強さを物語る【図表 2】。
公表している DI と補正した DI を比較すると、両者は足元で乖離している【図表 3】。この乖離は、不足
感が非製造業に偏っていることで生じたものであり、特定業種で際立っているために人手不足を訴え
る声が大きくなったと考えられる。なお、前回は、製造・非製造業とも偏りなく雇用の過剰感の解消が
進んだため、2 つの DI に大きな乖離が生じていない。
同様の傾向は日銀「短観」でも確認される。雇用の不足感は非製造業を中心に増しており、特に建
設、宿泊・飲食などはかつてないほどに DI が低下(短観では DI の低下が雇用の不足を表す)してい
る【図表 4】。
1
中小企業月次景況観測の対象企業 1,000 社は、製造業 450 社、
非製造業 550 社で構成されている。
中小企業従業者数における製造業の比率は、約 23%(11 年度)と乖離があるため、DI 算出において
ウェイト付けを補正したもの。
-1-
(%)
【図表3】 公表DIと補正DIの比較
(%)
40
15
【図表4】 「短観」雇用DIの推移
全産業
製造業
建設
運輸・郵便
宿泊・飲食
過剰
補正DI
10
20
5
不足
0
0
-5
-10
公表DI
不足
-20
-15
構成比の違い
による乖離
-20
過剰
-25
01/01
04/01
07/01
-40
04:1
10/01
13/01
(資料)商工中金「中小企業月次景況観測」
(年/月)
06:1
08:1
10:1
12:1
(注)全規模・全産業の雇用DI
(資料)日本銀行「短観」
14:1
(年/四半期)
2.経済統計にみる労働供給



以下では、前回よりも人手不足感を強めている要因を、経済統計によって労働市場の供給・需要の
両面からみていく。
供給面では、リーマン・ショックと東日本大震災の 2 度の経済危機を経て、就業者数は約 200 万人減
少(6,450→6,256 万人)した【図表 5】。経済環境の悪化に対して、企業は労働時間の短縮や賃金の
引き下げにとどまらず、人員削減を進めた。その結果、受注の増減に対応するための労働力のバッ
ファー(余力)は失われてしまい、景気回復期には労働資源が不足する事態を招いている。現在の景
気回復で内需の増加や国内生産が活発化しているにも関わらず、就業者数は約 100 万人の増加に
とどまっている。
一方、失業者数はリーマン・ショックにより約 120 万人増加(240→364 万人)したが、その後は減少傾
向を辿り、足元では 233 万人まで減少している。現在の水準は、既に前回ボトムを下回っており、労
働力の供給制約に近づいている【図表 5】。
6,450
【図表5】 就業者と失業者
(万人)
(万人)
6,450
400
就業者
364
失業者(右)
6,400
350
6,358
6,350
300
6,300
250
240
6,250
04/01
233
6,256
05/01
06/01
07/01
08/01
09/01
(資料)総務省「労働力調査」
10/01
11/01
12/01
200
13/01
14/01
(年/月)
-2-



労働力人口(働く意思と能力を有する人の数で、具体的には 15 歳以上の就業者と完全失業者の合
計)は、98 年をピークに減少している【図表 6】。特に 15~29 歳の若い労働力は、ピークから約 30%
減と大きく落ち込んでおり、団塊世代の大量退職と共に労働力人口の減少要因となっている。
供給制約への接近は、労働力人口比率と失業率に表れている。労働力人口比率は低下を続け、足
元では若干上昇してはいるものの低水準にある。完全失業率は、5 月に 3.5%と前回ボトムを下回
り、完全雇用に近い状態にある【図表 7】。
自然失業率2を試算すると、バブル崩壊以降に自然失業率は上昇し、足元では 3.5%と現在の完全失
業率と等しい水準にある【図表 8】。現在の労働市場は完全雇用がほぼ達成された状態にあり、就業
者の増加を伴って、これ以上に失業率が低下することは望みにくい。
(百万人)
70
【図表6】 労働力人口
労働力人口
(百万人)
(%)
25
61.0
15~29歳(右目盛り)
67.9
団塊世代の
大量退職期
6
60.8%
65.8
65
【図表7】 労働力人口比率と失業率(%)
5.5%
60.5
5
60.0
4
20
16.4
若者の減少
が顕著
60
3.6%
15
59.5
労働力人口比率
11.2
55
80 83 86 89 92 95 98 01 04 07 10 13
(資料)総務省「労働力調査」
6
(年)
(年/月)
失業率(右)
59.0
2
04/01 06/01 08/01 10/01 12/01 14/01
10
(注)労働力人口比率は、12カ月移動平均。労働力人口比率=
(就業者+完全失業者)/15歳以上の人口
(資料)総務省「労働力調査」
【図表8】 完全失業率と自然失業率
(%)
3.5%
3
59.4%
(%ポイント)
4
完全-自然(右)
5
自然失業率
3
完全失業率
4
2
3
1
2
0
1
80/01 83/01 86/01 89/01 92/01 95/01 98/01 01/01 04/01 07/01 10/01 13/01
-1
(注)自然失業率は、内閣府「今週の指標No.926 近年の失業率の変動について」を参考に、筆者の推計による
(資料)総務省「労働力調査」、厚生労働省「一般職業紹介状況」
2
(年/月)
自然失業率とは、完全雇用が達成されている時の失業率で、構造的・摩擦的失業率とも呼ばれる。構
造的・摩擦的失業とは、労働者の地域や職種の移動が困難であるために、求職者が職探しに時間をかけ
ることで生じる。自然失業率の推計方法については、後段の【参考図表】を参照。
-3-


完全雇用の状況は、失業理由にも表れている。リーマン・ショックの直後は「非自発的な離職」が「自
発的な離職」を大きく上回っていたが、景気回復に伴って解雇等が少なくなり非自発的な離職の減少
が続いた。足元で両者は逆転し、非自発的な離職者数は前回ボトムを下回っている【図表 9】。
以上のように、労働供給サイドでは、若者を中心に労働力人口が減少し、完全雇用が達成されつつ
ある。そのため、従業員に余力を持たない企業が追加で雇用を確保しようとしても集まらず、人手不
足感につながっている。
160
【図表9】 失業の理由
(万人)
159
非自発的な離職(解雇等)
140
景気変動に関わらず、
常時一定程度は発生す
るため、波が小さい
120
景気後退期に差が
生じやすい
自発的な離職(自己都合)
100
80
景気変動によって変動
するため、波が大きい
60
04/01
05/01
06/01
80
07/01
景気回復期に差が
生じやすい
08/01
09/01
10/01
11/01
76
12/01
13/01
(注)6ヵ月移動平均値
(資料)総務省「労働力調査」
14/01
(年/月)
3.経済統計にみる労働需要


労働需要サイドでは、求める労働力の質に変化が生じている。人件費の削減を志向する企業は、非
正規雇用に傾斜し、労働者数に占めるパートタイム比率は約 25%まで上昇している【図表 10】。
特に、宿泊・飲食、生活関連サービス、卸・小売などの非製造業でパートタイム比率が高く、これらの
業種では正規雇用を求める労働者とのミスマッチが発生していると考えられる【図表 11】。
(%)
26
【図表10】 パートタイム比率
【図表11】 業種別パートタイム比率
建設
※13年平均
25.1%
製造
24.5%
24
金融・保険
運輸・郵便
全体平均
医療・福祉
不動産・
物品賃貸
22
その他
サービス
卸・小売
20.9%
生活関連
サービス・娯楽
20
04/01 06/01 08/01 10/01 12/01 14/01
(資料)厚生労働省「毎月勤労統計」
(年/月)
宿泊・飲食
(%)
-4-
0
20
40
60
80




建設業と飲食・宿泊業は、人手不足感の強い代表業種であり、新規求人数も増加している【図表
12】。しかし、両業種を比較するとパートタイム比率の乖離など、大きな違いがある。
飲食・宿泊業の賃金は、リーマン・ショック時に正規雇用が削減され、アルバイトなどの非正規雇用に
置き換わったため、急速に低下した。飲食・宿泊業では現在でも非正規・低賃金が続いており、求職
者が増えない状況にある【図表 13】。
かたや建設業でも、公共事業の減少やリーマン・ショックを経て人員削減が進められたが、日雇いや
期間工などの非正規雇用が減少したことで、平均賃金は上昇したとみられる。近年、工事受注が増
加しても、専門技術職という性格上、すぐに補充できない状況にある。
このように需要サイドでは、必要とする労働力が非正規雇用に偏っているため、労働者が希望する
条件に合わない(ミスマッチ)ことに加え、建設業のように技術を備えた職人を確保できないことが、
人手不足感につながったものとみられる。
【図表12】 建設と飲食・宿泊の求人
【図表13】建設と飲食・宿泊の平均給与
(万円)
(千人)
(万円)
38
100
15
建設
建設
飲食・宿泊
飲食・宿泊(右)
80
37
14
36
13
60
40
20
35
12
04/01 06/01 08/01 10/01 12/01 14/01
04/01 06/01 08/01 10/01 12/01 14/01
(注)12ヵ月移動平均値
(資料)厚生労働省「一般職業紹介状況」


(年/月)
(注)12ヵ月移動平均値
(資料)厚生労働省「毎月勤労統計」
(年/月)
以上の通り、経済統計を観察すると、労働需給両面での要因が重なったために、今般の人手不足感
が醸成されたと考えられる。即ち、①供給面では人口減少に伴う労働者の減少と、②需要面では非
正規労働者への傾斜と特定業種(建設・サービス業など)での逼迫感である。
これらの要因は以前から存在していたが、リーマン・ショックと東日本大震災という大きな経済ショック
を経験したことで、その度合いが強く表れるようになったと思われる。
≪供給面の変化≫
≪需要面の変化≫
景気後退期の人員削減
⇒労働力のバッファーの喪失
非
製
(
造
条
業
件
で
の
の
不
ミ
一
ス
致
)マ
ッ
チ
労働力人口の減少
完全雇用(=労働力の供給制約)
に接近
-5-
非正規雇用への傾斜(低賃金)
建設業などで技術者不足
特定業種での逼迫感
4.労働市場の展望



今後の労働市場を展望するにあたっては、労働需給の変化に加えて、変化が生じる期間の長短に
係る視点が必要であろう。
供給サイドの変化として、短期的なものは中小企業への求職が増える可能性がある。新規求人数は
従業員 300 人以上の大企業では現在も減少しており、増加しているのは 299 人以下の中小企業であ
る。特に 29 人以下の企業で求人が多く、ミスマッチ要因が解消されれば、中小企業での雇用が増加
することにつながる【図表 14】。長期的な変化は、女性や高齢者が労働市場へ更に流入することであ
る。その上でなおも供給不足であれば、外国人労働者(移民)の議論が本格的に進むことになろう。
需要サイドの変化として、短期的に正規雇用比率と賃金の上昇がある。有効求人倍率は 5 月に 1.09
倍と上昇を続けているが、内訳をみるとパートタイムの新規求人数は前回ピークを超えており、今後
はパートタイム以外の求人が増加する余地がある【図表 15】。加えて、完全雇用に近づいている中で
は、企業側に人員確保の意識が生まれ、雇用形態の変化圧力がかかる。既に、大手企業の一部で
は、パートやアルバイト従業員を正規雇用化する動きが発表されている。
【図表14】 規模別新規求人数
(寄与度分解)
【図表15】
(10万人)
(前年比、%)
50
7
40
新規求人数と有効求人倍率 (倍)
1.09
1.08
6
1.2
1.0
30
6.0
5
20
0.8
5.1
10
4
0.6
0
-10
-20
30~299人
-30
2.8
3
300人~
3.2
2
0.2
1.9
~29人
-40
合計
06:1
(年/月)
1
0.0
04/01 06/01 08/01 10/01 12/01 14/01
-50
04:1
0.4
3.1
08:1
10:1
(注)四半期平均値
(資料)厚生労働省「一般職業紹介状況」
12:1
14:1
(年/四半期)
パートタイム
パートタイム以外
有効求人倍率(右)
(注)新規求人数は、6ヵ月移動平均値
(資料)厚生労働省「一般職業紹介状況」
【図表16】 建設業の給与(寄与度)
(円/時間)
960
(前年比、%)
【図表17】 アルバイト時給
(円/時間)
930
4
2
950
920
940
910
930
900
0
-2
-4
賞与等
時間外
基本給
合計
全体
-6
920
10/01
-8
フード系(右)
890
11/01
12/01
13/01
(注)3ヵ月移動平均値。三大都市圏の平均時給。
14/01
10:1 10:3 11:1 11:3 12:1 12:3 13:1 13:3 14:1 (資料)㈱リクルート・ジョブズ「アルバイト・パート
(資料)厚生労働省「毎月勤労統計」
(年/四半期)
-6-
募集時平均時給調査」
(年/月)



賃金上昇も既に始まっており、大手企業でベアが再開されたことが報じられている。賃金の押し上げ
圧力は業種によって異なり、建設業では賞与や時間外手当の増加で労働者に分配している【図表
16】。一方、飲食業などではアルバイトの時給が上昇している【図表 17】。
需要サイドの長期的な変化をみる場合、建設や飲食業などの内需型と製造業を中心とした外需型企
業では異なる対応となる。内需型企業では女性や高齢者の活用が進み、外国人労働者へと広がり、
外需型企業では海外移転が加速することが考えられる。円高の時期に、海外の安い労働力を求め
て海外進出が増加し、その後は市場の近くに製造工場を配置して現地生産化が進んだが、今後は
国内で不足する労働力を海外に求めて、製造部門の海外移転が広がることになるだろう。加えて、
企業は機械化・自動化による生産性の向上に努めるなど、効率的な経営が広がるだろう【図表 18】。
6 月に発表された政府の「新成長戦略」では、改革の大きな柱の一つとして雇用に関する改革が挙げ
られた。政策の多くは労働供給を増やすことに加えて、需要サイドの企業にも変革を求める内容であ
る【図表 19】。これらの改革が確実に進められることで、労働市場の不均衡が解消されることを期待
したい。
【図表18】 変化のイメージ
【図表19】 新成長戦略(雇用・生産性の向上)
供給サイド
○女性の更なる活躍促進
・学童保育の拡充
・女性就労に中立的な税・社会保障制度等の実現
○働き方の改革
・働き過ぎ防止のための取組強化
・時間ではなく成果で評価される制度への改革
・多様な正社員の普及・拡大
・予見可能性の高い紛争解決システムの構築
○外国人材の活用
・外国人技能実習制度の見直し
・製造業における海外子会社従業員の受入れ
・特区における家事支援人材の受入れ
・介護分野における外国人留学生の活躍
○企業が変わる
・サービス産業の生産性向上
・ロボットによる新たな産業革命の実現
(資料)「日本再興戦略」改訂2014
中小企業の
雇用増加
短
期
的
外国人労働者の増加
(移民の受入れ)
長
期
的
女性・高齢者の労働
市場への流入・活用
外国人材の活用
正規雇用の増加
賃金上昇
海外移転の加速
生産性の向上
需要サイド
【参考図表】 自然失業率の推計方法
① 雇用失業率と欠員率を次式により求める。
雇用失業率=完全失業者/(完全失業者数+雇用者数)
欠員率=(有効求人数-就職件数)/(有効求人数-就職件数+雇用者数)
② ①の結果を利用して次式を推計する。
Ln(u)=α+βLn(v) (u:雇用失業率、v:欠員率)
③ ②の推計結果を用いて次式により構造失業率を算出する。uとvが等しくなるときの失業率を構造雇用失業率と呼び、u*とすると
Ln(u*)=(Ln(u)-βLn(v))/(1-β)
構造失業者数をUとすると、定義により構造雇用失業率u*と雇用者数EEを用いて、
u*=U/(U+EE)×100 (%)
となる。これをUについて解くと、
U=EE×u*/(100-u*)
就業者ベースに換算した構造失業率u**は就業者数Eを用いて、
u**=U/(E+U)×100 (%)
となる。
(資料)内閣府「今週の指標No.926 近年の失業率の変動について」(09年6月29日)
本資料は情報の提供を目的としており、投資勧誘を目的としたものではありません。投資判断の決定につきましては、
お客様ご自身の判断でなされますようにお願いいたします。また、文中の情報は信頼できると思われる各種データに
基づいて作成しておりますが、商工中金はその完全性・正確性を保証するものではありません。
-7-