子宮頸部上皮内腫瘍(CIN)に対するレーザー治療

青森臨産婦誌 第 25 巻第 2 号,2010 年
青森臨産婦誌
原 著
子宮頸部上皮内腫瘍(CIN)に対するレーザー治療
重 藤 龍比古・山 内 愛 紗・松 倉 大 輔
藤 井 俊 策・佐 藤 重 美
むつ総合病院産婦人科
Treatment of cervical intraepithelial neoplasia (CIN) with laser vaporization
Tatsuhiko SHIGETO, Aisa YAMAUCHI, Daisuke MATSUKURA
Shunsaku FUJII, Shigemi SATO
Department of Obstetrics and Gynecology, Mutsu General Hospital
散術の適応とはせずに,円錐切除術もしくは
は じ め に
子宮全摘術の適応とした。
子宮頸部上皮内腫瘍(cervical intraepithe-
対象
lial neoplasia; CIN)は 20 ∼ 30 歳代に好発す
レーザー蒸散術の治療対象となったのは,
るため,治療を行う際には妊孕性温存や産科
20∼49 歳 の CIN3,CIN2 の 症 例 で あ っ た。
予後への影響も考慮しなければならない場合
最高齢は 49 歳の CIN3(高度異形成)であっ
が多い。CIN に対する妊孕性温存を目的と
たが,コルポスコピーで病変が狭かったため
した治療にはレーザー蒸散術と円錐切除術が
にレーザー蒸散術を行った。CIN2 の症例は
ある。手術の簡便さ,侵襲の低さという点で
2 年以上細胞診・組織診異常が継続していた
は蒸散術が優れているが,術後の病理検査が
ため,レーザー蒸散術の適応となった。受診
できないという診断上のデメリットがある。
の契機は,子宮頸がん検診で細胞診異常を認
我々は平成 20 年 1 月から平成 22 年 12 月ま
めたもの,妊娠を契機に発見されたもの,外
での 3 年間で 34 件のレーザー蒸散術を行っ
陰部掻痒感等の他の主訴で受診し初診時の細
たので,その成績を報告する。
胞診で異常を認めたものが症例の 9 割以上を
占めた。
対 象 と 方 法
レーザー蒸散術の方法
CIN の治療方針
レ ー ザ ー 蒸 散 術 は, 外 来 で の 通 院 治 療
むつ総合病院産婦人科では,CIN3(上皮
で,炭酸ガスレーザー手術装置であるレー
内癌および高度異形成)症例,および 2 年以
ザリー 15Z®(エムエムアンドニーク社,東
上存続する CIN2(中等度異形成)症例をレー
京)を使用して施行した。患者を開脚仰臥位
ザー蒸散術の適応としている。除外基準とし
とし,ブラッククスコを用いて子宮腟部を
て,病変が可視領域にない症例,細胞診およ
同定し,3 % 酢酸で子宮腟部を加工してコル
びコルポスコピーで浸潤癌を疑う症例,さら
ポスコピーを施行した。病変と移行帯の外
に組織診で腺侵襲が高度な症例はレーザー蒸
側 3 mm 程度に蒸散範囲を決定し,10 W の
― 39 ―
(111)
青森臨産婦誌
表1 臨床的背景と再発症例
術前診断
症例数
再発例(%)
中等度異形成
高度異形成
上皮内癌
3
17
14
0(0) 1(5.9)
3(21.4)
計
34
4(11.8)
図1 症例1の治療前のコルポスコピーと病理組織像
左:後唇を中心に白色上皮と一部にモザイクを認める。
右:上皮の全層を異型細胞が置換し,腺侵襲(矢印)もみられる。
continuous wave で約 5 mm の深さまで蒸散
妊娠分娩歴:0 経妊 0 経産
した。蒸散時の発煙により視野が妨げられる
現病歴:平成 20 年 5 月,不正性器出血を主
ため,クスコのブレード間から吸引チューブ
訴に受診した。出血は中間期出血と思われた
を挿入,固定し排煙を行った。出血に対して
が,同時に施行した子宮腟部細胞診で class
は defocus に照射し凝固止血を行い,縫合止
Ⅲa(中等度異形成疑い)であった。定期的
血を要した症例はなかった。蒸散術の所要時
に細胞診を行いフォローアップしていたが,
間は 10 分程度であった。
平成 20 年 11 月,細胞診で class Ⅲb(HSIL,
術後は,翌日と 1 週間後に来院してもらい,
高度異形成疑い)となり,コルポスコピーを
創部の確認ならびに消毒を施行した。1 ヶ月
施行した。腟部後唇に M1 の所見を認め,同
後に創部の治癒を確認してから,細胞診によ
部から組織を採取し上皮内癌の診断となった
(図 1)
。
るフォローアップを行った。
治療経過:平成 21 年 2 月にレーザー蒸散術
成 績
を施行した。しかし,平成 21 年 5 月より細
一部の症例は追跡期間が短いが,全 34 例
胞診異常が出現し,コルポスコピーで外子宮
中 30 例(88%)が再発なく経過した(表 1)。
口に W2,M1 の所見を認め,同部の組織診
再発した 4 症例と,コルポスコピー下生検で
で高度異形成の診断となった。平成 21 年 7 月,
は高度異形成であったが円錐切除術を選択
再度レーザー蒸散術を施行し,頸管内を中心
し,術後の組織診で微小浸潤癌だった 1 症例
に焼灼した。その後,定期的に細胞診を行い
を以下に提示する。
フォローアップしているが,再発は認めてい
症例 1
ない。
21 歳
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図2 症例2の治療前の病理組織像
左:上皮の全層に異型細胞を認め上皮内癌の診断。
右:腺侵襲も認めた。
図3 症例2の2回目の蒸散術前のコルポスコピー
図 4 症例 2 の 2 回目の蒸散術前の病理組織像
12 時から 3 時を撮影。モザイクの所見を認める。
表層を除いた上皮は異型細胞に置換され,高度異形成の診断。
症例 2
M2,P2 の所見があり(図 3),組織診で高
37 歳
度異形成の診断となり(図 4)
,平成 20 年 9
妊娠分娩歴:0 経妊 0 経産(初回レーザー蒸
月再度レーザー蒸散術を施行した。しかし,
散術後,自然分娩)
半年後の平成 21 年 4 月には,再び細胞診で
現病歴:平成 19 年 12 月,月経不順を主訴に
HSIL(高度異形成疑い)となった。コルポ
前医を受診した際に施行した子宮腟部細胞診
スコピーで 1 時に P1 と思われる所見を認め
で class Ⅲb,
組織診で上皮内癌の診断(図 2)
たが,組織診では異常は認めなかった。フォ
となり,当院に紹介となった。
ローアップ中に妊娠が成立し,平成 22 年 4
治療経過:コルポスコピーで全周性に W1∼
月に自然分娩した。妊娠中の細胞診では異常
W2 の所見を認め,びらん面がかなり広い状
は認めなかった。産褥一ヶ月健診での細胞診
態であった。平成 20 年 1 月,レーザー蒸散
は ASC-H であり,平成 22 年 10 月に施行し
術を施行した。フォローアップは前医で行っ
た細胞診では HSIL となったが,コルポスコ
て い た が, 平 成 20 年 8 月, 細 胞 診 で class
ピーは異常所見を認めなかった。以上の経過
Ⅳ(上皮内癌疑い)となり,当院を受診し
から,頸管内病変が疑われたため,平成 22
た。コルポスコピーでは 1 時∼ 7 時にかけて
年 12 月に子宮頸部円錐切除術を施行した。
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青森臨産婦誌
図5 症例3の細胞診所見
図6 症例3のコルポスコピー
N/C 比大,濃染核を有する傍基底型細胞が認められる。
可視範囲内に異常所見は認めず,移行帯も見えず,ACF-a
(Unsatisfactory colposcopic findings without abnormal
colposcopic findngs)の診断。細胞診の結果から頸管内病変
が疑われた。
切除組織の病理組織診で,頸管内の狭い範囲
に高度異形成病変を認めた。その後の細胞診
頸管内に腺侵襲を伴う高度異形成病変を認め
では異常を認めていない。
た(図 7)。
症例 3
47 歳
症例 4
妊娠分娩歴:3 経妊 2 経産
31 歳
現病歴:平成 15 年 8 月に子宮頸がん検診で
妊娠分娩歴:1 経妊 0 経産
class Ⅲa となり当院を受診した。組織診で
現病歴:平成 19 年 8 月子宮頸がん検診で細
は,中等度異形成であったためフォローアッ
胞診 class Ⅲa となり当院を受診した。再検
プとなった。平成 19 年 11 月に施行した細胞
した細胞診では class Ⅲa,組織診で高度異
診で class Ⅲb,コルポスコピーでは 12 時に
形成の診断となった。他院で 3 ヶ月毎のフォ
W1,P1 の所見を認め,同部の組織を採取し
ローアップを行っていたが,平成 21 年 7 月
高度異形成の診断となった。
の細胞診で ASC-H,腟部 7 時からの組織診
治療経過:平成 20 年 1 月にレーザー蒸散術
で上皮内癌の診断となり当院へ紹介となっ
を施行した。しかし,術後の細胞診で class
た。
Ⅲb となり,コルポスコピーでも前回と同
治療経過:コルポスコピーで広範なびらん
じ部位に W1,P1 の所見を認めたため,平
の辺縁に W1 W2 の所見(図 8)を認めたた
成 20 年 6 月再度レーザー蒸散術を施行した。
め,外来でレーザー蒸散術を試みた。しか
しかし,5 ヶ月後の平成 21 年 1 月には細胞
し,疼痛が強く出血も認めたため,平成 21
診異常(HSIL)となり(図 5)
,再検でも高
年 10 月に腰椎麻酔科にレーザー蒸散術を施
度異形成を疑わせる異型細胞が繰り返し出現
行した。接触出血もあり,蒸散中もレーザー
した。平成 21 年 12 月,コルポスコピーで明
で凝固しながら止血を行った。術後 4 ヶ月の
らかな病変を認めなかったが(図 6)
,外子
細胞診で ASC-US,平成 22 年 12 月の細胞診
宮口から採取した組織は軽度異形成であり,
で HSIL となり,コルポスコピーでは全周性
経過から頸管内に高度異形成以上の病変の存
に W1 2,Go2 を認め,組織診では高度異形
在が疑われたため,平成 22 年 5 月に腹式子
成の診断(図 9)であった。異型上皮が厚く,
宮全摘術を施行した。術後の病理組織診では,
レーザー蒸散術後すぐに細胞診異常が出現し
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図7 症例3の摘出標本
図8 症例4のコルポスコピー
頸管内に存在した SC-junction に高度異形成の所見を認めた。
広範囲なびらんの外縁に白色上皮を認める。びらん面は易出
血性であった。
図9 症例4の再発時の病理組織像
表層の細胞には分化傾向を認めるが,上皮は厚く核の極性も乱れており,
上皮内癌も疑われる。
ていたことを考慮し,近日中に子宮頸部円錐
織より高度異形成の診断となった(図 11)。
切除術を行う予定である。
治療経過:コルポスコピーの所見が強く,組
織診で腺侵襲も認めたため,レーザー蒸散術
症例 5(レーザー蒸散術を行わなかった症例)
は行わず,平成 22 年 8 月に子宮頸部円錐切
30 歳
除術を施行した。術後の病理組織診では,ほ
妊娠分娩歴:3 経妊 1 経産
ぼ全周にわたり高度異形成∼上皮内癌の病変
現病歴:平成 21 年 11 月に妊娠 13 週,子宮
が存在し,4 時から 8 時で腺侵襲が著明で一
腟部細胞診異常(HSIL,高度異形成疑い)
部に微小浸潤癌を認め,子宮頸癌Ⅰa1 期の
として当院に紹介され,平成 22 年 5 月に自
診断となった(図 12)
。切除断端は陰性であ
然分娩となった。妊娠経過中に再検した細
り,現在外来でフォローアップ中である。現
胞診は HSIL,産後一ヶ月健診での細胞診も
在まで細胞診異常は認めていない。
HSIL であった。平成 22 年 7 月のコルポス
コピー施行で全周性に W2,M2 の所見を認
考 察
め(図 10),1 時,6 時,8 時より採取した組
CIN2,CIN3 の 34 症例に対しレーザー蒸
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青森臨産婦誌
図 10 症例5のコルポスコピー
全周性に厚みのある W2,M2 の所見を認める。
図 11 症例 5 の術前の病理組織像
左:上皮の 2/3 以上を異型細胞が占めており高度異形成の診断。 右:腺侵襲の所見も認め,上皮下の深い領域での腺侵襲も疑われた。
図 12 症例5の円錐切除術の摘出標本
左:著明な腺侵襲を認める。
右:一部で基底膜を越えた間質への浸潤も認めた(矢印)
。周囲には炎症細胞の高度の浸潤を認め,
腺侵襲部内には壊死した腫瘍細胞もみられる。
散術を行い,術後の経過観察で 4 例(11.8%)
る。頸管腺の 99.9% は深さ 5 mm までの領域
に細胞診異常が認められた。この結果は,
に分布するとされており 2),Jordan ら 3)は,
Dey ら の 報 告
1)
の 12.1% と ほ ぼ 一 致 す る。
再発率は蒸散の深さと関連があるとされてい
蒸散の深さが 4 mm 未満では 63% に再発が
みられたが,5 mm では 10% まで低下した
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と報告している。しかし,蒸散の深さは多く
ナリシスでは,早産や低出生体重児の頻度は
は目測で確認されていること,適切に蒸散さ
円錐切除術で優位に増加するが,レーザー蒸
れていたとしても約 1 割に再発を認めること
散術ではこれらの頻度の上昇は認めなかった
から,術後のフォローアップは必須となる。
と報告されており,侵襲の少なさや簡便性に
レーザー蒸散術の再発例に対しては,円錐切
加え,妊娠予後の点からもレーザー蒸散術は
除術や子宮全摘術が推奨されており,再発し
将来妊娠を希望する CIN に症例に対して好
た 4 例のうち 3 例は最終的に円錐切除術,あ
ましい治療法である。したがって,長期予後
るいは子宮全摘術を選択した。
に関するデータの蓄積や,再発リスク因子の
蒸散術では手術による組織標本が得られな
同定が今後の課題になるであろう。
いので,術前の細胞診,コルポスコピー,組
織診などによる高い診断精度が要求される。
1)
Dey P, Gibbs A, Amold DF, Saleh N, Hirsch
PJ, Woodman CB. Loop diathermy excision
compared with cervical laser vaporization for
the treatment of intraepithelial neoplasia : a
ridomised controlled trial. Br J Obstet Gynecol
2002; 109: 381-385.
術前の組織診で高度異形成や上皮内癌と診断
されたものの中には少なからず微小浸潤癌や
浸潤癌が含まれていることから,蒸散術の施
行には十分慎重であらねばならない 4−7)。今
回の我々の症例では,再発 4 例のうち 3 例が
上皮内癌であったことを考えると,上皮内癌
2)
Anderson MC, Hartley RB. cervical crypt
involvement by intraepithelial neoplasia. Obstet
Gynecol 1980; 55: 546-550.
への蒸散術の適応はとくに慎重であるべきと
考える。子宮頸癌治療ガイドラインでも,0
3)
Jordan JA, Woodman CB, Mylotte MJ, Emens
JM, Williams DR, Maclary M, Wade-Evans
T. The treatment of cervaical intraepithelial
neoplasia by laser vaporization. Br J Obstet
Gynecol 1985; 92: 394-398.
期の症例に対する治療法としては円錐切除術
が推奨されている。症例 5 では,コルポスコ
ピーの所見が強かったこと,組織診で腺侵襲
が認められたことから,レーザー蒸散術を回
避し円錐切除術を施行した。術後の病理組織
4)
植田政嗣,植木 實.子宮腟部円錐切除術(Laser
法).産婦人科の実際 2001; 50: 1551-9.
診で微小浸潤癌の診断となったが,どの程度
5)植田政嗣.子宮頚癌の治療 CIN のレーザー治療
はどのように行うか?.産婦人科の実際 2003;
52: 1655-63.
のコルポスコピーの所見で円錐切除術にすべ
きか,腺侵襲の深さは何 mm を基準にする
かなどの客観的指標は確立されていない。主
6 )蔵本博行,脇田邦夫,泉 貴文,岩谷弘明,佐
藤倫也.子宮頸部腫瘍に対する保存療法として
の各種レーザー療法.産婦人科の実際 1995; 44:
931-5
観に頼るところが大きく,再現性に乏しい。
したがって,現時点では高度異形成までの
病変で腺侵襲を認めない例や,長期間にわ
たって中等度異形成相当の細胞診異常が続く
例が,良い適応になると考えている。一方,
術前の組織診で腺侵襲の著明な例,コルポス
コピーで病変が十分に観察できない例,頸管
回る例などには,診断的治療として円錐切除
術を選択すべきと思われる。
近年,若年者の CIN 症例が増加してきて
Lancet 2006; 367: 489-98.
おり,治療するにあたって妊娠予後も考慮し
なくてはならない。Kyrgiou ら
7 )脇田邦夫,蔵本博行,佐藤倫也,金井督之,今
井 愛,西島正博.レーザー手術(円錐切除術
と蒸散法)̶とくに子宮頸部早期癌に対する―.
産婦人科の実際 1998; 44: 931-5.
8)
Kyrgiou M, Koliopoulos G, Martin-Hirsch P,
Arbyn M, Prendiville W, Paraskevaidis E.
Obstetric outcomes after conservative treatment
for intraepithelial or early invasive cervical
lesions: systematic review and meta-analysis.
内病変が疑われる例,細胞診が組織診断を上
8)
参 考 文 献
のメタア
― 45 ―
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