知的創造空間研究会 報告書

知的創造空間研究会 報告書
目
次
1.知的創造空間研究会の概要
2.創造性科学論(井口)
3.チームのためのオフィス空間(岸本)
4.知的創造の実際の問題点(長谷川)
5.知的創造のための空間(W.F.E.Preiser、宮本)
6.発想支援システム(堀)
7. クリエィティブな活動とオフィス空間(三浦)
8. まとめ
資料 用語集
1995年11月
1.
知的創造空間研究会の概要
1.1 研究会の目的
オフィスのOA対応、快適性追及が一段落し、知的生産性に関心が向けられ始めた。文部省(科学研究)で
も研究開発などの知的行為を支援する集団の創造をサポートする技術の研究に着手している。
本研究会は、人間の創造的活動を活発化する空間の特性を研究することを目的に、竹中工務店技術研究
所の基礎研究部が発起人となり、大学と民間企業の関係者に呼びかけ、1994年10月から約1年間の期間実施
した。オフィス、研究施設、教育施設などの新しい計画条件の設定に活用を目指している。
1.2 知的創造空間
創造的思考とは、「新しくて価値のある着想を生み出すような思考。問題自体の発見と解決方向の枠組みの
設定、見当づけのなかに優れた価値が含まれることが特徴。」(新版心理学事典)と紹介されている。
下表は研究会に先立ち、知的創造の産物と、それが産み出される空間を整理したものである。
新技術
特許
研究論文
知的創造の産物
放送番組
映画
ソフトウェア
芸術作品
絵画
小説
詩
広告のコピー
知的創造の空間
オフィス
ソフトウェア工場
研究所
会議場
放送局
スタジオ
‥‥‥‥‥‥‥
電車の中
散歩
1.3 知的創造空間研究会メンバー
平手 小太郎
宮本 文人
穐山 憲
大石 恵
井口 哲夫
渡辺 厚
田中 兵衛
岸本 章弘
松村 徹
W.F.E Preiser
宇治川正人
浅沼 龍一
武藤 浩
望月菜穂子
(95.2.22現在)
東京大学建築学科 助教授
東京工業大学文教施設研究センター 助教授
東京工業大学大学院
東京大学大学院
東レ経営研究所 主任研究員
情報伝達研究所 代表取締役 所長
コクヨ株式会社研究本部 オフィス研究所 所長
コクヨ株式会社研究本部 オフィス研究所
株式会社ニッセイ基礎研究所
シンシナティ大学 教授
竹中工務店技術研究所 主任研究員
竹中工務店技術研究所 研究員
竹中工務店技術研究所 研究員
竹中工務店技術研究所 研究員
1
アトリエ
書斎
1.4 活動経過
第1回 1994年10月4日(竹中工務店 技術研究所)
「主旨説明とメンバー紹介」
「モデル地下オフィス実証実験について」(宇治川)
利用者による環境の評価に基づいて、改善を繰り返した地下オフィス快適化の概要
「創造性科学論」(井口)
創造性研究の歴史、現代の課題(集団の創造性)、今後のテーマ創造経営
→・形式化と本質思考 ・楽しみの人生と嘆きの人生 ・藻場 ・カフェテリア効果
第2回 1994年11月9日(コクヨ オフィス研究所)
「オフィス空間とインフォーマルコミニュケーション、チームのためのオフィス空間」(岸本)
本研究会の検討のフレームワーク試案の紹介。インフォーマルコミニュケーションを活発化させる仕
掛けの実験。コラボレーションのための空間のあり方と事例。
→・ケイブ&コート ・ディスプレィドシンキング ・Max2 ・ノンテリトリアル
第3回 1994年12月12日(ニッセイ基礎研究所 AV会議室)
「事例紹介」リコー中央研究所の自然木の机の導入と効果、シャープ幕張ビルの設計ポリシー
「新しいオフィスの提案」(浅沼)
オフィスワーカーが仕事の形態や場面に応じて働く場を自由に設定できるオフィスの提案
「創造のプロセスと行動のマトリクス」
知的創造活動のプロセスと行動、環境の関連をマトリクスに整理した内容を紹介
第4回 1995年1月10日(竹中工務店技術研究所 サテライトオフィス)
「事例紹介」国際文化研究センター(京都)
「特性要因図について」
マネジメント、行為、人、空間、情報環境の5要素を大骨とする特性要因図を作成し、マネジメントと
空間の中骨の項目についてメンバーが重要度を評価した。
第5回 1995年2月7日(竹中工務店技術研究所 サテライトオフィス)
「知的創造活動に関わる要因の重要度の集計結果」
空間の中では自席まわり、ついで会議室の重要度が高い。マネジメントは項目の構成を見直す。
第6回 1995年3月8日(竹中工務店技術研究所 サテライトオフィス)
「知的創造の実際の問題点」(長谷川圭司氏;月刊「研究開発マネジメント」副編集長)
月刊「研究開発マネジメント」の視点は、管理制度、モチベーション、創造促進策、創造のプロセス、
メンタルマネジメントなど。
研究開発のマネジメントの主要な問題点は、テーマ設定・評価、モチベーション・教育、効率の3点。
第7回 1995年4月28日(竹中工務店技術研究所 サテライトオフィス)
「知的創造のための空間:仕事場の人間化にむけて」by W.F.E.Preiser(訳 宮本先生)
知的創造の定義、関連する環境要因(空間のヒエラルキー、境界、実質主義、想像性の刺激、統
制、感覚)の整理、研究所の事例(建築的工夫)など。
第8回 1995年7月6日(東京大学先端科学技術研究センター)
発想支援システムの概要紹介およびデモ(知識工学研究室 堀浩一助教授)
第9回 1995年8月3日(竹中工務店技術研究所 サテライトオフィス)
「作業集団の行動に基づいたオフィス環境の記述」(穐山)
コミニュケーションとプライバシーとは対立するばかりでなく、両者が共に高い水準がある
2
「ビジュアルシンキングについて」
言葉を並び替えることは、軸を見つける、空白を意識する効果がある
第10回 1995年9月4日(竹中工務店技術研究所 サテライトオフィス)
「クリエィティブな活動とオフィス環境」(博報堂 三浦光一氏)
3
2.創造性科学論
2.1 はじめに
井口 今日は、創造性の問題をこれまでどのように考えて
きたのかとか、あるいは創造性と環境の問題をどうとらえる
べきなのかとか、こういったことについて話をしてほしいとい
う依頼がありました。しかし、私自身は、まだ環境と創造性
の問題については、去年あたりからやっと手をつけ始めた
ばかりです。その中の一端は、今年、この研究会のメンバ
ーである穐山さんと産業組織心理学会で発表する機会も
あったんですが、まだ皆さんにお話しできるような状態では
ないと思っています。
そこで、一昨年私がまとめた『創造性科学論』から、これ
までの創造性研究をレビューして、今後どういうスタンスで
調査研究していくべきなのか、お話したいと思います。
あえてタイトルに『創造性科学論』と書いたのは意味があり
まして、従来までは創造科学、つまりサイエンス・オブ・クリ
エーションという感じで、サイエンス・オブ・クリエイティビテ
ィではなかったというのが、まずこの著作の動機です。つま
り、何か物をつくり出すために、そのアイデアであったり、そ
れをたくさん出す方法はないだろうか。そのメソッドとして、
例えばKJ法とかNM法が非常に普及した時期がある。そう
いうメソッド中心の創造性の問題への取り組み方ではなく
て、創造性の科学という立場から論じてみようじゃないかと
いうことです。
最後に、第V章のところでは実証的な研究ということで、
ある会社で行った調査を紹介する形の中で、ここで4Pモ
デルと呼んでいる概念モデル、つまり創造性を発揮するた
めの領域として4つ大きいものがある。それはパーソン、プ
レース、プロセス、プロダクトで、全部Pから始まるということ
で、4Pモデルというように名付けたわけですが、その4Pモ
デルに基づいて、実践的な創造性を開発していく諸施策
を企業内で行うことができるのではないかということが、この
著作の最終的な結論になっています。あるいは結論という
より、これから調査研究するための入り口として、こういった
考え方から切り込みを入れていくことができるのではないか
ということが、この本のあらましになっております。
配布資料の中に「創造性科学の目的」ということで、表
21があります。「それぞれの持つ強みを発揮させ、個々の
自己実現を図るとともに、結果として企業組織の業績達成
と国家・人類の福祉向上に資する」。そういった一つの目
的に立って、この創造性の開発を実践的に育んでいく方
法をつくり出していきたいというのがスタートラインになって
います。
現時点では、環境面からのアプローチというのがまだ欠
けているわけですけれども、特に企業現場の中では、リー
ダーの役割というものが非常に大きな役割を持っていまし
て、この考え方に基づいてまとめたのが『図解リーダーシッ
プ』という著作です。また今月の中旬には『図解創造性発
揮のマネジメント』を出す予定になっております。私自身は、
マネジメントの施策の中で、どのように切り込みを入れてい
けるのか、それを中心に調査研究を進めてきた。ところが、
実際にマネジメント施策だけで足りるのかというところに環
境の問題などにも踏み込む必要がありまして、そこから先
ほどの穐山さんとの共同研究などにもつながっていくわけ
です。
4
そのときの実証的なデータとして、私が4~5年前に東工
大の助手をしておりましたときに、創造性開発講座というの
がありまして、そこで企業の創造性開発に関する実態調査
というものをかなり大がかりにやりました。特に研究開発部
門、デザイン部門。これはインダストリアルデザイン、つまり
企業の中の造形的な役割を担っているデザイナーあるい
は研究者と言われる方が典型的に知的創造を主業務とし
て行っている方々で、そういう方々の創造性を発揮できる
要因が見つかれば、それが当然創造性発揮のための一つ
の手がかりになるだろうということから、調査を行いました。
その対象のサンプルは、科学技術庁が毎年行っている
科学技術功労者表彰で、毎年大体30名ぐらいの受賞者が
あるんですが、その受賞プロジェクトを過去5年間さかのぼ
りまして、それらの方々に対してのインタビュー調査及びア
ンケート調査を行いました。
そこから結論的に出てきた要因というのが5つありました。
1つは目標設定という問題,それから情報の流れ,どのよう
な刺激を与えるべきなのかという創造性発揮のための刺激、
励ましという問題、そして創造的態度という、この5つの要
因が非常に重要だということが浮き上がってきました。
そういったものをベースにして、『図解 創造性発揮のマ
ネジメント』では具体的な方法論を述べさせていただいて
います。今お話の始まりに先立ちまして,私自身のやって
きたことを簡単にご説明させていただきました。
2.2 日本における創造性開発の歴史
『創造性科学論』の目次はI章からV章までありまして、II
章が創造性に関わる研究の歴史です。私は環境の問題も
含めて、この創造性の問題を構造化してとらえる一つのス
タンスとして、創造性科学論ということを提唱しておりまして、
それを述べているのがIV章です。
日本における創造性開発の歴史は大きく4つぐらいに分
けられます。II章の表1、表2、表3、表5が参考になると思
います。1つは1918年から1945年という戦前の段階で、日
本が工業化に向かって走り始め、最終的には戦争によっ
てポシャってしまいますが、その段階に代表的な方というこ
とで言えば、『勘の研究』というもので大きな著作をまとめら
れた黒田亮という方がいらっしゃいます。こういうプレ創造
性研究と言われるような研究がなされた時期です。
それから1945年から1968年ということで、戦後この創造
性の問題が取り上げられるのは、日本の高度成長と軌を一
にしておりまして、そういう中から特にKJ法とかNM法とか、
あるいは梅棹忠夫氏の京大型があろうと思います。その頃、
氏の『知的生産の技術』がベストセラーになりました。その
中で出てきたものは、いわゆるメソッド、方法論ですね。特
にアイデア発想の方法論として創造性の開発ということが
論じられてくる。それが特に生産現場の改善改良の手法と
して位置づけられ、それが全国的に企業現場に導入され
る道筋をつくったんだろうと思います。特にTQCは全国的
な展開を見ましたので、TQCの七つ道具の中にもこういう
メソッドの類が入る。特にKJ法あたりはそういう位置づけと
して用いられてきた。
その後、1968年から1981年は、その後の時代を受けて、
まだメソッドというものが生きているような状況の中で、こうい
ったものが進んでくるわけです。表6は日本生産性本部が
「人間と創造性の開発」というプロジェクトを組み、そのとき
にまとめられた概念規定です。これは、1980年代以降の
創造性の問題を考える前段階として非常にいい調査研究
だったと思います。
ここでは「組織における本人の仕事の真の目的を主体
的にとらえ、それを達成するように、独自の発想に基づい
て、革新的に行動すること」とか「創造的マネジメントとは、
組織に所属する全成員に対し、〈やる気〉=内発的意欲=
を醸成し、しかもこれを持続的に活動させうる組織風土を
作り上げ運営することでなければならない」と述べている。
ここら辺のところは、ある意味では今日の状況を先取りする
ような形でとらえられたものもあるんですが、実際的にはメ
ソッドの延長線上のものからはなかなか抜け変わらないま
ま、1980年ということで終わったと思います。
表7に「第三期における創造性開発の要点」として 1か
ら 4までまとめ、その中にも 3に生産性本部のことを取り
上げてあります。ただ、最後のところに書きましたが、集団
思考との関わりの中から、日本的集団主義とか日本的経
営との間に接点が見出され、これが第四期における「企業
のパラダイムの創造」問題と合わせて、経営学との学際的
研究を招来させる可能性が出てきたということがあると思い
ます。
特に集団でどう考えているかということですね。個人の思
考ということを切り離していった場合に、創造性の研究者の
大家でいらっしゃる穐山貞登先生が、個人思考というもの
は集団思考のソロであると述べられている。ソロというのは、
1人で演じるというときの独奏ですね。チェロの独奏とかいう
ときの独奏ですが、そういう観点から見たときに、集団思考
と個人思考というのは不可分の関係のものであって、本来
は切り離して見るべきものではないんだろうと思います。た
だ現実には、集団的に3人寄れば文殊の知恵的に、できる
だけ多くのアイデアを出して、そこからよりよい解決策を見
出していくというような位置づけがなされてきたんだろうと思
います。
こういったものが第四期以降には、日本的経営の土台
が大きく変わってくる中において、集団的に考えることも確
かに大事ですけれども、まずそれの基礎となる個人の思考
をどうとらえるか、その問題が改めてクローズアップされてき
ているように思います。その点は表9のところに3点述べて
ありますが、特にハウツー的な発想ではなくて、何をつくる
のかといったコンセプトエンジニアリング的な観点から見て
も、創造性開発の対象としてテーマというものが非常に大
きな意味を持ってきていることがわかります。 3で述べたよ
うに「情報創造を主体的に行っていく『自己組織』を目指し
た創造的経営の確立」というものが待たれているということ
が言えるのです。
今までの創造性開発の調査研究を簡単に振り返ってし
まうと、こういうふうにまとめられると思います。
2.3 現代の課題 -集団の創造性
従来の創造性に関する研究では、発散的思考とか収束
的思考という言葉が出てまいりますけれども、こういったとこ
ろの部分で、一番手っ取り早く手のつけられる個人の創造
性からその研究に入っている。だから、集団レベル、組織
レベルでどう創造性をはぐくんでいくのかということは余り
手がつけられてこなかったということが言えるんだろうと思
います。
5
ですから、個人の創造性ということだけで言ってしまうと、と
りつく島がないといいますか、あの人は創造性が豊かだけ
れども、あの人はないとか、そういうことであるならば、調査
研究の対象にも非常になりにくい部分があるわけで、今、
私が考えていることは集団、組織の創造性の発揮、そのた
めの環境的な要因とか、いろいろなものを探っていく、そう
いう必要性を感じています。その1つの考え方が先ほど言
った4Pモデルというような考え方、そこから派生してくるい
ろいろな諸施策というものを今考えているわけです。
また、創造的態度あるいは創造的特性と言われるものに
ついて、私は、東工大の学生、アメリカのドレクセル大学の
学生を対象に約3,000名ぐらい調査を行いまして、特性的
にどんな要因が出てくるのかとやりましたところ、因子分析
の結果として挙がってきた要因が4つあります。1つは問題
解決力と言われるようなもの、それから独自性、柔軟性、持
続性と4つ出てまいりました。今ここにアンケート調査の形
でもって16問設問がされたものがあります。これは、ある会
社で新入社員の教育のときに調査を行って、どれだけの創
造的特性を持っているかどうかというのを事前に見て、そ
れに応じた教育の方法論を考えるためにつくっているもの
ですが、そういった特性的な部分だけを取り上げてみても、
じゃ、それを発揮させるにはどうしたらいいかという具体的
な方法論というのはなかなか出てこない。
東工大で行った調査の中で出てきたものを見てみると、
幾つかの物の考え方というものが非常にキーになっている。
それをまとめたものを今ハイ・ステップ法というふうに呼んで
いるんですが、これはアイデアを創出するための方法論で
はなくて、思考の一つのパターンということです。
これは、すぐれた研究者とかデザイナーに共通するモノ
の考え方というものを抽出しましたところ、出てきた考え方と
いうのが5つに集約されました。それを実際にどのような形
で考えていくか、身につけさせていくかということになると思
いますが、それを企業内教育という形ではなくて、むしろ上
司と部下のOJTの現場の仕事の中で、本質を理解する考
え方が根づくやりとりを実際にリーダーが持たなければなら
ないと思っています。
今お渡ししている資料の中に本質思考から始まって複
眼思考とか多面思考とかありますが、今後こういったものを
一つの切り口に、新しい創造性開発の考え方ができるんじ
ゃないかと思っています。特に環境との絡みで見ていった
場合に、例えば各オフィススペースというのは、非常にクロ
ーズド化されたスペースと、非常にオープン化されたスペ
ースというのもありますよね。ほかの部屋にいる人が来ても
自由に議論ができたりとか、そういう形の中の一つのスペ
ースづくりということと、実際に自分の考え方を温めて、そ
れをよりいいものにしていくときの関係性を見た場合に、そ
ういうモノの考え方をうまく根づかせるということが非常に重
要だと思います。
ただ、これまで多くの研究者の方々とお会いして感じた
のは、そういう思考の一つの共通性ということもさることなが
ら、人生態度的なものが非常に大きい要因になっていまし
て、ここに「楽しみの人生」とか「嘆きの人生」と書いてある
んですが、自分の戦略を持って生きているという、その目
的観を持った人生を歩んでいるか否かというところが知的
能力以前の問題として本当に大きい要因になっているん
です。皆さん多分このことを前提条件として創造性の発揮
を考えていないですけれども、本来はここからスタートしな
いといけないような感じですね。優秀な大学を出て、優秀
な企業に入って、優秀な研究者と呼ばれる方の中でも、目
的とか戦略といったものが非常に欠けている方もいらっし
ゃいます。だから、そういったことをどう考えていくのかとい
うことですね。これは教育ということでは身に付かなくて、多
分これは感化の問題なんだと思うんですね。だから、それ
は上司なり同僚なりから感化を受けて、そういったものが身
についていく世界のもので、その辺のところが一つの大き
な課題だろうと思っています。
先ほど言った4Pモデルですけれども、資料の図4、図5
をごらんいただくと、わかりやすいと思います。どんな感じ
でそれぞれの要因がつながっているかというと、所産的要
因と環境的要因の間に強い相関があって、こういうつなが
りでもって、この4つの要因が関係を持っている図なんです
けれども、そのときに一番のコアになっているのは過程的
要因と言われるものです。これは図3のところにパーソンか
らプロダクトまでいろいろと書いてありますが、特にプロセス
ということで、思考方法あるいは情報処理過程、こういった
ものが非常に重要な要因を占めている。ここら辺のところか
ら具体的な方法論を構築しなければいけない。じゃ、それ
を環境との絡みで考えた場合どうなるんだろうか。これは
我々の今後の課題であって、まだ皆さんにご提示できるも
のはないと思います。今後、皆さんとの議論を深めながら、
また進めていきたいと思います。
2.4 まとめ
最後にお話ししてきたことを一つの言葉で言えば、従来
の日本の経営が効率的な経営を重視してきたのとは反対
に、これから創造経営という一つのマネジメントの展開方法
というものがあるんじゃないかと考えています。そして、環
境とどうリンクさせていくのかということが重要なテーマとなり
ますね。だから、創造経営を考えるときの基本的なスタンス
というもの、組織観とか人間観とか、そういったところも見直
さなければいけないということで、表18のところに創造性開
発の基本的立場というものをまとめております。
それらの中で、人間観ということでは、「自己実現をする
主体」ということですね。それから組織というのは、「個人の
行動を促進もすれば制限もする」ものだ。できるならば制限
しないに越したことはないですよね。比較的自由裁量を与
えて、個々人が自由闊達に自分の能力発揮ができるような
状況にする必要がある。そのためには、必要最低限度の
一番理念的な部分で明確な方針というものが与えられて
おればいいのであって、結果としてそこから外れない行動
というものが出てくるんじゃないかと思います。
次に、仕事の本質というのは、「個々人の自己表現並び
に創造活動のための媒介手段」ではなかろうか。そして環
境の役割は、そういう「能力とか欲求からなるパーソナリティ
ーにある影響を与え、組織目標を達成するための行動を
左右するもの」であると位置づけたらどうなるだろうか。余り
物質的な環境だけを想定して、それをブレークダウンして、
あれとあれがあれば充分だというような感じのモノの見方で
いった場合、ともすると小さいことだけを見て、大局的なも
のが欠けてしまう場合があるんじゃないか。そういう意味で、
環境の役割というものを幅広くとらえていくことも必要かなと
いうふうにも思っています。
2.5 質疑
6
(1)P4モデル
浅沼 P4モデルのパーソン、プロセス、プレースというのが
人の資質だとか思考過程、組織・環境というのはわかるん
ですけれども、プロダクトというのがよくわからないんですが、
目標というか、成果品、イメージみたいなものなんですか。
井口 ここの言葉では商品としての物とかサービス及び経
験・思考・行動様式というふうに挙げてあります。実際には、
これらの中身を特にそういったものを生み出す要素というこ
とで考えた場合に、これは4つの要素に分けられる。マネジ
メントレベルから見たとき、プロダクト的な要因というものを
例えば効率性とか拘束度とか、あるいは目標管理とか、こう
いったような要素というものが、このプロダクトというものを指
向する会社なのか、そうでないのか。そういったものを見る
要素として位置付けています。これと反対に過程的要因の
ところは、例えば創造性とか自由度とか満足度とか自己啓
発とか、多分プロセスとプロダクトというマネジメントのベクト
ルというか、方向性というものがどちらに振れているのか。
つまりリザルト(結果)のマネジメントなのかプロセス(過程)
のマネジメントなのかみたいなところですね。こういったとこ
ろをプロダクトという言葉の中に含めて考えたらどうかなと
思っています。
宮本 P4モデルはPが4つそろって、わかりやすいモデル
なんですけれども、今の時代は知識みたいなもの、情報と
言ってもいいのかもしれませんけれども、それがすごく重要
に感じるんですけれども、そういうのはこのモデルの中には
組み込めないんですか。もう既にどこかに入っているんで
しょうか。
井口 これは思考方法とか情報処理過程と書いてあること
の中に、実際に先ほど言った問題を発見して、それを解決
する過程の中で、個々人の情報活動を4つのプロセスに分
けて考えられるんじゃないか。ですから、ハイステップ法と
呼ぶ資料2で紹介してるものがあるんですけれども、つまり
目標設定から情報加工まで4つのステップが組まれている
んですけれども、この辺のところがプロセスの中にあるので
はないか。そのとき、それぞれの思考というのがいろいろな
意味で働きを持っていって、あるアウトプットを生み出すた
めに有効な働きをしているのではないか。
これまで研究者とデザイナーの調査では、100人に対し
てのインタビュー、あるいは800人を超えるアンケートを行
って、その中で特に本質思考的な部分がアウトプットの質
に非常に大きな影響を及ぼしているということがありまして、
その辺のところをいかに育んでいくかということが大きな課
題だと思っています。
(2)本質思考
宇治川 今の本質思考に関連するんですけれども、私が
やっている魅力工学でも、専門分化して、自分の与えられ
た領域をやればいいやという人が増えてくると、全体として
わけがわからないような方向に行っちゃって、魅力が薄れ
てくるということがあって、専門分野ではあるんだけど、専
門分野から全体に物申すという人が出てこないとプロダクト
がよくならないという話が出ています。
井口 本当におっしゃるとおりだと思います。ですから、一
昨日も花王のフロッピィディスクを開発した岸根さんという
研究者の方、今研究室長をされていますけれども、その方
ももともと機械屋さんなんですよね。全くのド素人集団みた
いなところからはじめて、逆にいい成果をおさめているんで
す。しかし、それは異質な者の目とかいうところで成功を持
っているような気がします。だから、情報の付加価値を高め
るというのは、専門領域でたこつぼに入った人だけでなくて、
ちょっとそこから外れた領域の人がいい意味でのアドバイ
スをして、あるいはサポートをして、そこで新しい切り口が
見えてきているというのは東工大の調査の中でも本当に多
かったです。
(3)「楽しみの人生」と「嘆きの人生」
松村 私はニッセイ基礎研究所という、人文系の調査機関
ですけれども、これをつくるときから携わっていまして、通算
8年になります。私の経験で、いろいろもやもやしていたの
が、きょうのお話で大変よくわかったというのは、1つは、研
究所は日生日比谷ビルの2フロアを使っていますけれども、
いわゆるニューオフィス的という言葉が出てきたときに、ちょ
うど景気もよかったので、割とお金をかけてニューオフィス
にしました。本当に広い机で、8年前で、情報機器もワープ
ロを現業部では部に1台とか、それを取り合っていたような
状況で、そのときに1人1台ラップトップで持とう。それだけ
通すのでもえらいことになったんですけれども。
何を言いたいかと言いますと、ハードの環境といいます
か、これは無茶苦茶に整備したわけですね。デスクとロー
パティションとタスクライトとか全部締めて40何万円。ところ
が、日生の本体の事務屋さんが使っているのは5万円。お
まえらはこれだけ使って、どんな生産性を上げられるんだ
みたいなことを言う役員もいて、床のカーペットはぜいたく
だとか、ハードについてはものすごく批判されたわけです。
あとシンクタンクと言ってましたから働き方も違う。特に私
ども都市開発部というのは、もともとゼロスタートなので、か
なり自由裁量で、みんな走っていける。そういうマネジメント
を当初とりました。もともと私は、そういう組織論が好きだっ
たんですけれども、非常にジャーナリスティックな取り上げ
方でやられているニューワーカーみたいな、こういう働き方
がカッコいいビジネスマンみたいな、要するに、いいオフィ
スで、自由裁量を持って、やろうと思えば非常にクリエイテ
ィブなことができるという組織であり、オフィスだったんで
す。
ところが、日生からの出向者はずっと保険屋さんできた。
私も含めてですけれども、日生からの出向者はほとんど本
体に帰りたがったわけですね。嫌だ、嫌だと。だから、ハー
ドを整備した、オフィス環境を大変よくした、自由裁量もあ
った、何をやってもいいよと。それだけの環境を与えて、僕
なんかワーッとなって突っ走って、後ろから一発刺されまし
たけどね。そういう環境を生かせない。それがさっきおっし
ゃった楽しみの人生か嘆きの人生か。ただ、それは多分後
天的、特に会社へ入ってからの後天性みたいなところだと
思うんですよね。そういう人間をつくってしまった。
一方でプロパー採用した。要は、そういうコンサルティン
グをやっている人たちを採用したんですけれども、この人
たちがまさにポジティブ思考で、考え方が非常に違うんで
すよ。それがまた議論するとぶつかっちゃって、何だ、おま
えらはという話になるんですね。そんな経験がありましたの
で、さっきのいろんなお話というのは、それをきれいに解い
てくれたなということです。
ただ、自由裁量と言いましたけれども、所詮親会社の風
土というのをそのまま持ってきていますから、本当に自由裁
量かというと、全然そうじゃないところもありまして、かなり制
約がある。そういう意味では、そこまでは取っ払っていない。
その中で人間もできていますからね。さっき来るとき絵を描
いていて、オフィスのハード的なところ、設備も含めて、ある
いはオフィス内サービスみたいなものも含めて、何をもって
7
創造性と言うのかはまた議論しないといけないんでしょうけ
れども、それにどれだけかかわりがあるのかなと思って描い
たら、まず組織の制度とか、そういうのが非常に大きくて、
人という素材も大きくて、あとオフィスというのがあって、立
地とかいうのもありますから、オフィス環境というのを1とす
れば、人材が5で、組織が10ぐらいかなと。何となく感覚的
にそんなふうに思います。
井口 最後のお話の中で言わせていただければ、宮城音
弥さんという心理学者の方が創造性と社会性は逆相関の
関係にあると言われているんですね。つまり創造性の高い
人は、社会的にはどちらかというと片端の人が多いというお
話で、没交渉で、ある数学者の方が片足に長靴を履いて、
片足は下駄を履いている、それで歩いていても全然何も感
じなかったみたいな話につながっていっちゃう面が一つあ
るんですよ。
ただ、今の知的創造とか情報創造という話になったとき
には、これはコミュニケーションの世界なんですね。だから
社会性が欠けている人にとって、じゃ、どうしてその創造性
が発揮できるのかというと、今の時代の創造性というのは多
分個人の創造性ではないんだと思うんですよ。つまり、い
ろいろな仲間とか周りを巻き込んで、そこからいいネタを探
し込んでこれるような人が多分創造性豊かな人にこれから
はなれるんじゃないかなと。
それから、先ほどお見せしたものは、元日本軽金属の副
社長をされていた上田正臣さん、今、私の主宰しているクリ
エイティブマネジメント研究会の顧問をお願いしている方
です。この方は興銀の専務までやられた方です。日本軽
金属が第二通産省と言われるようなひどい経営をやって、
銀座の本社ビルをリクルート社に売却した、あのとき会社の
建て直しに尽力された方なんです。1に前例、2に前例、3、
4がなくて、5に前例という会社だったんです。そのとき上田
さんが言われたのは、「楽しみの人生」と書いてありますが、
もうちょっと難しい言葉で言えば、「現状打破の戦略」を持
っている人と、「嘆きの人生」の人は「現状維持の戦略」を
持っている、どちらかしかいないんだと。この会社を本当に
良くしようという場合であれば、前者に立つしかないわけで
すね。だけれども、ほかの人はみんな後者だったわけです
ね。だって、うちでは今までこうやってきたとか、工場で安
全性とか何とか言っても、1週間後に行くと、またもとに戻っ
ている。ほとんど現状維持なんですね。だから、戦略性とい
うのは何も経営企画の戦略という意味じゃなくて、人として
の生きざまとしての戦略性というものが多分陰を落としてい
るんだろうと思います。ですから、このハイ・ステップ法をつ
くるときにも、上田さんからかなりご教授をいただいたんで
すけれども、この辺のところの本質的なモノの見方ができる
かどうかということが一番のポイントであるわけです。ご参考
までに申し上げました。
3.チームのためのオフィス空間
3.1 知的創造空間考察のフレームワーク試案
岸本 空間をデザインする側から考えたときに、単なる生
産性ではなくて、知的創造空間ということになりますと、創
造をするのは空間じゃなくて人間であるということを考える
と、人間そのものの問題がかなり重要になってくるわけです。
そこで、単純に言えば、より創造しやすく、あるいは創造的
になれるように人の関係をつくっていけるように、空間で多
少なりとも支援ができないかなということではないかと考え
ています。ですから、こういう空間に入れば人間は創造的
になれるんだというのではなくて、創造的な人がより創造的
な行動を起こすときに、それをうまくサポートしてくれるよう
な空間というのは当然ある程度あるんじゃないかというアプ
ローチで考えています。以前からそういったことを考え始め
ていたものの枠組みを紹介します。
単純に言えば、創造的な人というのは、一方で常に情報
収集だとか知識の蓄積が必要だろうし、問題意識を持ちな
がら常に考えていないとだめだろうなと。実際に作業をする
ときは、一方で非常に集中して物を考えたり、あるいは刺
激を受けるような、新しい情報を提供してくれるような、いろ
んな人たちと交流したり、さらには議論を戦わせたりとか、
そういった活動が、できるだけそのときそのときのニーズに
おいてタイムリーに、あるいはスムーズに移行できるように、
さらにそういうことに必要な作業や必要な情報だとかツー
ルがいつも身近にある、すぐ手に届くところにある、そんな
感じのことを考えてみました。
この資料は「ワークタイプ:R&D型グループワーク/コラ
ボレーション」と書いてありますけれども、オフィスと広くとら
えた場合に、それぞれの職種、あるいはそれぞれの作業
の形態に合った創造性といったものがあるだろう、一番典
型的な研究部門のようなものから考えたら一番考えやすい
と思います。
例えば研究というプロセスを考えたときに、一番左の欄に
ワークフェイズと書いてありますけれども、いろんな段階が
ある。例えば特定の研究プロジェクトが始まる前のある種の
準備段階みたいなものは、だれと一緒に研究しようかという
パートナーを発見する段階であったり、あるいはどんなテ
ーマを取り上げようかという問題/テーマの発見であったり、
「それって重要だよね」とお互いに感じられるパートナーと
バックグラウンドを共有するような段階。そういったところに
なると、当然そこに必要な要件というのは、いろんな人たち
との交流をできるだけ支援してあげる、あるいはそういう情
報ができるだけ公開されているようなことが必要なんじゃな
いか。
それをどう空間で支援していくのか、ハードというのは空
間と情報技術と考えたときに、例えば交流がよりやりやすい
ようなオープンなエリアとか、その交流のためにつくられた
空間にどれだけ多くの人を集めてこれるか、あるいはどれ
だけそこに長くいさせられることができるかみたいなところ
で、マグネットという言い方をしていますけれども、そういう
ものとか、いろんなタイプが出てくるだろう。
空間と情報技術だけじゃなくて、それをうまく機能させる
ための使い方、マネジメント/サービス、あるいは使う人が
それをちゃんと効果的に使えるようなルールだとかマナー
が当然必要になってくるだろうということで、それが作業段
8
階だとか、あるいは実際にまとめる段階だとか、さらにそれ
をプレゼンテーションしている段階だとか、ワークフェイズ
みたいのがこの後考えられると思うんですけれども、そうい
うふうにまとめてみました。
その中にカタリストとか、ディスプレイド・シンキングとか、
いろいろ書いてあります。この辺のものをずっと見ていった
ときに、一つには、研究部門にいますと、1人で十分にプラ
イバシーがとれて、どんな割り込みも入ってこずに、電話も
かかってこずに、集中して仕事のできる場所、あるいは集
中して仕事のできる時間、そういったものをコントロールで
きるような場所と、それからあれがほしい、これが見たい、こ
の人と話がしてみたい、あるいはだれかと話しているときに
新しい情報が提供される、ちょっとしたヒントが生まれるみ
たいな、いわゆる交流の部分ですね。大きく言えば、そうい
う閉じこもる空間と交流する空間みたいなものと、それぞれ
の空間に合った情報のアクセスビリティといいますか、そう
いったものがあるだろう。
1) ケイブ&コート
そういった感じで見ていきますと、例えば空間/情報技
術の下の段の作業段階のところに適業適所のセッティング
という言葉が出てきますけれども、それぞれの仕事、それ
ぞれの作業に合わせて、それぞれの場所を移動する。『ケ
イブ&コート』というコンセプトがアメリカで少し前からありま
して、単純に言えば、ケイブというのは洞穴ですし、コート
は中庭ですし、結局、中庭の周りを洞穴が囲んでいるとい
うふうなイメージなわけですね。必要に応じてケイブに閉じ
こもる。コートに出てきて交流をする。
もともとこれが考えられた一番最初は、アメリカのマネジャ
ーたちは、とにかく大きな部屋に1人で閉じこもって、お互
いに交流をしない。これはよくないということで、もっとコミュ
ニケーションさせようと、それぞれの個室をもっと小さく、最
小限のケイブにしてしまって、余った空間をみんなで真ん
中へ供出してコートをつくろう、そうすると、別に新しくコート
をつくらなくてもスペースは変わらないんじゃないか、と経
営コンサルタントが言い出した。
2) アクティビティ・セッティング
もう一つ別の分野では、例えばアクティビティ・セッティン
グという言葉が使われていますけれども、これもそれぞれの
アクティビティ(活動)に合わせたセッティングがあって、そ
のセッティングの間を人間がむしろ移動すべきだと。一方
ではコミュニケーションしなきゃいけない、一方ではコンセ
ントレーションしなきゃいけない、そういういろんな相反する
ニーズがうまくバランスがとれたような、そんなオールマイテ
ィーなワークステーションなんて考えようと思うのがそもそも
の間違いだといったことで、それぞれの仕事の場所に合わ
せて移動しよう。場合によってはグループ全員が一つのセ
ッティングされた空間を共有して、それがもうちょっと行きつ
いたときになると、結局、だれも固定席を持たないという状
況になるんですね。そういういろんな例が最近少し出てき
ています。
それは見方を変えれば、例えばノンテリトリアル・オフィス
という、だれもテリトリーを持っていないオフィスだとか、ある
いは日本ではフリーアドレスという言葉が使われたこともあ
てもいいし、その方が安上がりというのがありますから、空
間とサービスとルールみたいなものをトータルで考えた方
がいいんじゃないかということを最近考えています。
りましたし、この後、そういうタイプのものを少しお見せしよう
という形で考えています。
この中の個々の言葉については、耳新しい言葉もあると
思いますけれども、このECIFFOの中にも、まさにこういう
タイプの空間というのが実際に取材されておりますので、そ
の辺も含めて、あと一部、最近の変なオフィスの写真も含
めて、スライドでお話しします。
3.2 インフォーマル・コミュニケーション
3) ディスプレイド・シンキング
一つだけ、ディスプレイド・シンキングというのは、別に全
然大層なことじゃないんですけれども、要は思考過程を提
示するということです。例えばこの研究所でも、空間よりも、
むしろルールとかマナーの方が重要でして、単純に言えば、
一番奥の部屋にプロジェクトのためのスペースにホワイトボ
ードがあります。共有スペースなので、使わないときはちゃ
んと片づけていきなさいという規則にはなっているんです。
ただし、ホワイトボードに書かれたものだけは常に残しなさ
いと。そうすると、その場にいなくても、別の人がそこへ行っ
たときに、ああ、あいつは最近こんなことをやっているのか
と、そういったものがコミュニケーションを一々しなくても、あ
る程度伝わるんじゃないか。今何をやっています、どんなこ
とを考えています、こんなアイデアを持っていますというの
をできるだけディスプレイして、公開しておこうということで
すね。次に来た人がそのホワイトボードを消すなんていうこ
とは、あっという間にできることですから。
それがどこまでうまくいくかというのは、かなりルールやマ
ナーの方で、まさにそういう姿勢を持っているかどうかという
ことが結構大きい。ちょうど移転してきた当初に、だれかが
打ち合わせした後で、翌週打ち合わせするような内容が残
っていたのがありまして、私がじっと見ながら、それに別の
色のマーカーでコメントを書き加えたことがあったんです。
一週間後ぐらいに何か反応があったかなと思って見ていく
と、いや、これはこれこれこうこうだから、これでいいんです
という答えがまた書いてあったりする。だから伝言板の中で
もコミュニケーションする。例えばパソコンネットワークの中
では、そんなことが電子的に実際に行われているわけです。
そういったことも空間で物すごくいろんなことを考えるよりも、
そういうことさえ用意しておいてあげて、むしろお互いにル
ールとかマナーを共有していればできるということも結構あ
るんじゃないかということですね。
4) max2
それとルール/マナーの一番右下のところに、max2と
書いています。よくディップス(DIPS)という本が書店に並
んでいますけれども、あそこで言っているのは、人間が集
中してできる時間というのはマキシマム2時間だよということ
らしいんです。逆にうちのある部署でも、例えばマックス2タ
イムみたいな形で、あるいは今自分はマックス2の時間に
いますから話しかけないでください、電話しないでください
ということをディスプレイしておいて、ああ、あいつは今ちょ
っと忙しいから、集中しているから話しかけないでおいてや
ろう、そういうルールをつくってやる。
最近ですと福武書店ではクワイエットタイムという言い方
をして、要は朝の2時間と午後の2時間は電話しない時間
だよと決める。日本のオフィスというのは、なかなか空間的
にプライバシーが保てない場合に、そういうルールと時間
でお互いにプライバシーを保つようなやり方をしよう、こん
なやり方も当然あるだろう。何でもかんでも空間でやらなく
9
次のページは作成した日付が1991年ですから相当古い
ですけれども、私が実際に調査したものの論文のサマリー
です。特にアメリカで研究開発部門において、インフォー
マル・コミュニケーションというのが非常に重要な役割を果
たしているという認識が物すごく高まっていまして、そのた
めに研究所なんかの建築で、インフォーマル・インターラク
ション・エリアと言われる場所をつくっていく建築が、この時
期は非常に多かったんです。実際につくったはいいけれど
も、ある部分では非常にうまくいっているのに、ある部分で
はなぜかほとんど使われていない。じゃ、それは何なんだ
ろうといったところから始まりまして、そもそも場の物理的な
構成だとか、そういったもの自体にも、どれだけ遠くから人
を引き寄せる機能がある、あるいはどれだけ長くそこに引き
とめる能力がある、さらに言えば、そこに集まった人たちが
お互いに会話を始めるようなきっかけを与える能力・特性と
いうのは、当然物理的なものがあるんじゃないかといったと
ころからスタートしていまして、1ページ目の一番下にありま
すけれども、2種類ほどの会社、これはどちらもアメリカです
けれども、通信会社のR&D施設とコンピュータ会社のR&
D施設について、それぞれそういう場所をつくっていました
ので、実際に調査をやった例です。
3.2.1 人を引き寄せる魅力
特にここでかかわりがあるのは3ページ目ですね。距離と
頻度と両方あるわけですけれども、どれだけ遠くから人を
引き寄せる能力があるか、どれだけ頻繁に人を引き寄せる
能力があるかというのが場の属性によってかなり違うという
ことで、もとのグラフはもっと細かくなっていますが、それを
大まかにまとめてみますと、例えばこのグラフの中で■のと
ころですね。フルサービス・エリアと書いてあります。これは
オフィスの片隅にあるようなインターラクション・エリアなわけ
ですけれども、フルサービスと書いてありますのは、例えば
コピー機がある、トイレの近くである、ごみ箱が置いてある、
プリンターが置いてある、コーヒーがある、シンクがある、冷
蔵庫がある、お茶がある、イスとテーブルがある、ホワイトボ
ードがある、何でもあるというところですね。
そういった部分と、一番下のミニマムというのは、コピー機
とテーブルとイスしか置いていない。建築的には非常に似
たスペースでしたし、その周辺にどれだけ人の席が実際に
あるかというのは非常に似たスペースだったわけなんです
けれども、単純に言えば、たくさんいろんなものがあるスペ
ースというのは、特にそこから実際に歩く距離を全部はか
ってみたわけですけれども、距離が近い人ほど物すごく頻
繁に訪れるようになっている。ところが、離れると本当に訪
れなくなっている。
一方で、性格の違う例えばライブラリーとかダイニングと
いうのは、特にライブラリーというのがそうですけれども、近
くてもそんなに頻繁に訪れるわけじゃないけれども、結構
遠くなってもコンスタントに人が訪れる。そういった形で、そ
ういうエリアを実際に計画するときに、距離に対してどれだ
け敏感に反応していくかということで、距離感度の高いもの
というのは、ちょっと遠くなると急速にそこを利用する頻度
が減るようなものは、むしろある一定間隔で分散させた方
がいいんじゃないか。あるいは距離感度の低いもの、余り
距離に影響を受けないものというのは、一つの施設の中に
複数つくるよりも、できるだけ少なくした方が、より多くの人
たちがそこに入るんじゃないか、そういうふうなことをやった
ことがあります。
宇治川 250フィートというと約80メートルですね。
岸本 そうですね。もともとが留学中に書いた修士論文な
ので全部英語になっていますけれども。
しているの、何かビルの検査でもやっているのか」と言われ
ました。あんたらがちゃんと仕事をしているかどうか見張っ
ているのよということを言っていたんですけれども。1回そこ
で何となく顔見知りになりますと、3日目ぐらいになりますと
「おっ、まだやっているね」とか言って、また声をかけてくれ
る。「どうだい、うまく進んでいるか」と声をかけてくれる。そ
れは一番下の人間関係ですね。こっちから見て一々聞い
ていないので、この人たちはもともと知り合いで、ここで会っ
たからスッと話が始まったなと思われる部分というのはかな
りあるわけです。
3.2.2 インフォーマル・コミュニケーションの性質
2) わざと便利にしないこと
それとファンクショナル・インコンビニエンスというのは機
能的な非便利性です。便利でないことがむしろ機能してい
るということで、特にコーヒーポットなんかがそうだったんで
すけれども、自動販売機のようにサッと来て、お金を入れて
スッと持っていけるようなものじゃなくて、本当にコーヒーポ
ットが置いてある。そうすると、なくなると、その列で当たっ
た人はつくり直さなきゃいけないわけですね。余りそれに時
間がかかると、みんな帰っちゃうという可能性もあるんです
けれども、ぎりぎり我慢できる程度で、そんなに不便さを感
じない程度であれば、むしろ不便にしておいてやった方が、
例えば順番を待っているとか、あるいは物すごく狭いから、
ちょっとごめんとか言って譲り合っているとか、そういった中
でちょっとした会話が生まれて、それがもとで、ああ、そう言
えばこの間の何とかという話になって、2人でその場所から
去っていくようなことが結構起こっているんですね。
ここの部分というのは、単純に言えば、まずその場所にど
れだけ人を引きつけることができるかということなんですけ
れども、実際にそこに人が来たからって必ずしもコミュニケ
ーションが起こっているとは限らないだろうということで、3
ページの下は、それぞれの場所で2時間ごとぐらいにずっ
と観察したものの結果です。通過者、訪問者、エンカウンタ
ー、インターラクションと書いてあります。通過者というのは
単純にその場所を通過した。訪問者はその場所で立ちど
まり、あるいはその場所に来て何かをした。エンカウンター
というのは人と人が出会った。インターラクションというのは
人と人とが出会った後、実際に何らかの声を交わしたという
ことです。細かく観察して、その結果を大まかに統計的に
分析しますと、単純に言えば、一番左の上、通過する人が
多いほど出会いも多い。これは統計的にも相関関係は強
かったけれども、右上のグラフですけれども、通過する人と
インターラクションというのはそんなに相関関係がなかった。
出会うけれども、必ずしも話をしているわけじゃない。
左下にいきまして、通過する人の量と、そこに実際に立ち
どまる、その場所を訪れる人の関係というのもそんなに強
い相関関係はない。だから通り過ぎる人は単に通り過ぎる
だけのことも結構あるということですね。
ところが、実際にそこへやってきて何かした人同士は結
構会話があった。それでインターラクションとビジターは高
い相関関係があったということです。
実際にどんなきっかけで会話をしているのかなとか、ある
いはそこでどんなことをやって、どれだけ長くとどまっている
のかなというのが4番目のグラフです。これも観察された頻
度だけで言っているんですけれども、頻度として見た場合
には、コーヒーをとりに来るとか、コピーをとりに来るとか、そ
ういった頻度は物すごく高いんですけれども、一方で、そ
の行為自体は、右のグラフを見ますと、平均時間が物すご
く短いわけですね。だから頻繁にそこを訪れる理由という
のが、実はそれぞれのものは意外と滞在時間が短い。逆
に雑誌か何かが置いてあって読み始める、あるいは食べる
とか、そういう行為が始まりますと結構長くその場所に滞在
するということです。
1) 会話のきっかけ
実際にいろいろ観察していますと、会話のきっかけとして
大きく3つぐらい言えるんじゃないか。触媒、カタリストと名
づけたものは、例えば雑誌があるとか、掲示物、外界の景
色、普段と何か違ったものというのは、私自身もその前にじ
っと長いこといるものですから、あいつは何をしているんだ
という話になりまして、1日目はだれも話しかけてこなかった
ですけれども、またいるなということで、2日目になると「何を
10
3.2.3 調査の結論
ですから、こういうインターラクション・エリアをつくったとき
に、そういった空間がインフォーマルなコミュニケーションを
促進させるためには、まずとにかく出会わなきゃいけないと
いうこと。出会う確率を高める要因というのは、距離が近い
ところにあるとか、非常に人通りの多いところにあるとか、そ
こへ行かなきゃいけない強い誘引する要因があるとか、あ
るいは長くそこにとどめる要因があるとかいうことはあるんだ
ろうけれども、さらにそれを実際にコミュニケーションという
行為にまで持っていくには、必ずしもそれだけじゃ足りない
よということで、とりあえずこの実験で出した結論というのは、
インフォーマル・インターラクションのエリアの計画に関して
は、まず人々が出会う確率を高めましょう。さらに通り過ぎる
人たちをできるだけ中に導きましょう、単に通り過ぎでは不
十分のようです。ですから、立ち寄るための何らかの理由
を提供しましょうと。さらに、そこに長く引きとめて、話題を提
供するために、いろんなことをやっていきましょうと。
例えば、このときにふっと思ったんですけれども、よく日本
でリフレッシュ・エリアをつくって、せっかくつくったのにだれ
も使っていないじゃないかと言っているエリアというのは、
単純に言えば、実はイスとテーブルしかなかったりとかいう
場合がありますし、やっぱりそういうところには絵が必要だと
かって、絵をかけたりすると思うんですけれども、場合によ
っては10万円の絵を買ってかけておくよりも、1万円の絵を
10枚用意しておいて、例えば1週間単位で変えてやると、
普段と何か違ったものというのがあるわけですね。今度の
絵はおれは嫌いだとか、おっ、何か変わったねといったこと
が、ちょっとした会話のきっかけにできるんじゃないか、と思
います。これはあくまでアメリカの研究施設でやった2つの
例でしかないので、必ずしも一般化できるかというのは、そ
うではないと思いますけれども、そういったことは現にやっ
ていました。
3.3 チームのためのオフィス空間
もう1つ、オフィスの新しいタイプとして多いのは、テレコミ
ューティングだとかノンテリトリアルだとか、いろんなことが最
近出ていますけれども、それぞれの一人一人の居場所を
決めずに、仕事の内容に合わせてどんどん動くとかいう部
分と、一方で、会社としてそんなにスペースをむだに使わ
せておくわけにはいかないということですけれども、オフィス
のタイプとしては、そういう流れがありまして、オフィスにか
かわる部分で、ビジネスの話のところでチームで仕事をす
る。特に欧米がそうですね。グループワークだとかチームワ
ークだとかいったことが盛んに言われておりまして、もともと
創造性は一人一人個人に由来するものだと考えていた人
たちが、もっと協力して、お互いに触発することで、1+1が
2じゃなくて3になるような仕事のやり方をしていくべきなん
じゃないかということが物すごく出てきています。実際にそう
いったことを意識した空間というのもオフィスではつくられ
始めていまして、それをお手元の今回の新しいECIFFO
で、この1冊のテーマとして取り上げたわけです。
3.3.1 ECIFFOの特集
なぜ今チームなのかといったことを私なりにまとめたもの
ですけれども、米国企業、ヨーロッパも割とそうみたいです
けれども、一方でチームに物すごく注目し始めていまして、
もっとコラボレーションしなきゃいけないんだという方向に向
かっています。彼らと話をすると、日本人は既にグループ
で仕事をしているという単純な認識を持っている人たちも
結構いるのですが、それに対して、おれたちはもう既にグ
ループとして仕事をしていると、なかなか自信を持って言え
ないところがあって、いや、あなた方の言っているようなコラ
ボレーションをやっているとは思わないと。
1) コラボレーション
僕の個人的な感覚では、彼らが目指そうとしているコラボ
レーションというのは、まさに1+1が2じゃなくて3になるよう
な、あるいはお互いが物すごく触発し合うような関係だと思
うんですけれども、日本人の一般的な集団作業というのは、
情報をお互いに共有するというレベル、シェアしているとい
うレベルは、かなり彼らよりは高いとは思うんですけれども、
逆に、いつも一緒にいるおかげで、いわゆるディベートが
下手な日本人とよく言われるのと同じように、なかなか攻撃
ができない、あるいは疑問を呈することができない。だから、
そこからさらに次のステップへ新しくなっていくことができな
い。それができる状態が多分彼らの目指しているコラボレ
ーションじゃないのかなと思ったときに、必ずしもコラボレー
ションをやっていないということを説明するときに、いつも苦
労するんですけれども、基本的に、一方では就社から就職
へとか、個人の生活をもっと大事にしようということで、より
個人に注目するような方向に、ここ数年、多分日本は向か
っていると思いますし、ゼネラリストからどんどんスペシャリ
ストにならなきゃいけないと。
だから単純に言えば、一人一人分かれて仕事をするんじ
ゃなくて、もっと一緒に仕事をしようよと言っている人たちと、
11
ただ一緒に同じことをやるんじゃなくて、もっと一人一人が
個性を持って仕事をしようよと言っている方向です。方向と
しては反対の方向を向いているようなイメージがあるんで
すけれども、もともといる場所が違うので、実はそのちょうど
中間あたりに向かっているんじゃないかなということです。
5ページの漫画のところは、イメージとして、アメリカ人は
どんどん壁を壊していこうとしている中で、日本人は個人の
周りにもうちょっと壁をつくろうよという動きがあると思いま
す。
そういったことを空間の側から考えてみると6ページにあ
るような感じで、一言で言ってしまえば、プライバシーとコミ
ュニケーションをどこまでうまくコントロールできるような空間
をつくってあげるかということなんじゃないかなということと、
もう1つは、2段目にあります適業適所の空間とツールの選
択、それぞれの作業に合わせて、それぞれの適した場所
へ行くという形で、空間だとかツールが選択できるようなや
り方がいいんじゃないかというイメージだと。
先ほどちらっと言いましたケイブ&コートのイメージという
のも7ページに出ていますし、7ページの図4というのは、ど
ちらかと言えば、アクティビティ・セッティングと言われるもの
のイメージですね。仕事の内容を見てそれぞれの場所に
移動する。
もう1つ、最近は情報技術というものが結構進んでいます
から、今回この号で取り上げたケーススタディというのは、
全く異なる2種類の企業がありまして、1つはシャイアットデ
イという米国の広告代理店ですね。ここはもともとはデパー
トメント制度になっていたものを、基本的に広告代理店とい
うのは、それぞれのクライアントに対して、いろんなプロフェ
ッションを持った人たちがチームをつくってやっていくやり
方になっているので、もうデパートメント制度そのものを廃
止して、チームのための空間をつくって、個人の居場所は
決めないというやり方になっています。結果的に、いわゆる
ノンテリトリアル・オフィスになっているわけなんです。
一方でマイクロソフトという会社は、制度の上ではビル・ゲ
イツは非常に強いですけれども、現実には開発チームは、
例えばマーケティングからプログラマーから、いろんな人た
ちがそれぞれのチームをつくって、そのチームが担当した
ソフトウエアを所有するという制度になっているようです。と
ころが、実際の空間は、全員がきっちりした個室を与えられ
ていまして、そのかわりEメールカルチャーといいますか、E
メールが物すごく進化していまして、バーチャルな空間の
中でコラボレーションをやっているというタイプです。
3.3.2 DEC・フィンランド
これはDEC・フィンランドのオフィスですね。彼らもこれを
つくったときに、まさに自分たちのやっていることはオフィ
ス・オブ・ザ・フューチャーという言い方をしていました。彼
らが一番重要視したのは、基本的に仕事をしているように
見えることじゃなくて、本当に生産的に仕事をすることだ
と。
あともう1つ言っていたのは、快適過ぎると仕事の生産性
が落ちるとか、生産性を上げるために快適過ぎちゃいけな
いという証拠はどこにもない、だから、おれたちはおれたち
のやりやすいやり方でやるんだということで、ソファに寝転
がったりとか、いろんな人がいるわけですけれども、だれの
席も決まっていなくて、例えばこの人のように、読むときはこ
んな姿勢の方がやりやすいという人はこうすればいいし、
でも、書き物をするにはやっぱりテーブルも要るというとき
はテーブルの場所へ行けばいい。
北欧の典型的なオフィスというのは全員が窓つきの個室
に入っている。もともと彼らもどうもそうだったようです。いき
なりここまでいきますと、一方では非常にスペースの節約に
もなりますし、例えばマニュアルであるとか、電話帳である
とか、そういういろんな共通の資料を全部手の届く範囲に
納めることで、物すごく節約にもなるというやり方をしていま
した。
場所を決めないということができるようにするために重要
になってくるのがコンピュータで、どこからでも同じように情
報にアクセスできることと、もう1つは携帯電話ですね。たし
かもう5~6年たっていると思うんですけれども、この当時で
は、いわゆるオフィスの中に携帯電話を採用した、かなり大
規模な例だと聞いています。
ほとんどのものは手づくりでやられていまして、1つのビル
の中の一部分だけ、これをやっているんですね。自分たち
でやり始めたということです。
それぞれ一人一人のメールボックスと携帯電話とワゴンと
いう、この組み合わせなんですね。当初はこれを持って引
っ張り回すということを考えていたと思うんですけれども、実
際はほとんど引っ張り回さないみたいですね。
ちょっとした文化の違いでそれが起こると思うんですけれ
ども、例えば日本IBMのフリーアドレスなんかは、逆に、ま
ず場所を確保しようということで、みんなが引っ張り出したり、
そこへ行くから、自然発生的にそれぞれの場所が決まって
いくというので、フリーアドレスにならなくなるというのがあり
ましたけれども、彼らの場合はうまくいったようで、逆に物を
ほとんど動かす必要がなくなって、狭いオフィスですから、
その都度その都度必要な書類だけを出して、その場所へ
行って仕事をするというスタイルは割と定着していたようで
す。
この辺にバーのようなカウンターがあったり、あと打ち合
わせコーナー的なものがあります。パソコンとかも動かしや
すいように、天井から大きなコードを持ってきている。厄介
なのは人間工学はどうなるんだというのがどうしてもあると
思うんですけれども。
単に自分たちが好きなものを持ち込んでいるんですね。
向こうの人独特の太陽に対するあこがれが感じられるのか
なと、ふっと思ったりするんですけれども。
これが一番おもしろいですね。彼らのお気に入りの打ち
合わせコーナーらしくて……。丸いのはグローブチェアと
いう名前だと思います。本当に入ってしまうと、カプセルの
中へ入ったような気分になります。ビデオなんかで見ると、
実際にいい年したおじさんがゆらゆら揺れているというのは、
なかなか楽しい風情だったと思います。
それから1年ぐらいだと思いますけれども、多少刺激を受
けて、今度はDECスウェーデンですね。これも大きなビル
の中のある一部分だったんですけれども、まず朝来るとこ
の部屋に入りまして、これを彼らはガレージと呼んでいるん
ですけれども、ここにあるように、一人一人のワゴンだけが
アサインされていまして、それ以外のものは全部共通で、こ
こから必要な書類だけを乗っけて、これを押してオフィスに
行く。
こういうオフィスなんですね。基本的に何もない。天井に
パソコンとかがぶら下がっている。きょうはこの場所で仕事
をしようとなると、リモコンをパチッと押すとパソコンがおりて
くるわけですね。これができた理由の1つに、天井は相当
12
懐が深いんですけれども、もともとは工場のビルだったのを
オフィスに改装しているので、階高が相当高かったというの
もあるようです。ちょっと仕事をするだけだったら立ってや
ればいい。この人は、実はこの部門のボスなんですね。こ
の人が一番リーダーシップをとった人で、そういう人がいな
いと、なかなかそこまでは進まないということはあると思いま
すけれども。
宇治川 それで床の上に何もないんですか。
岸本 何もない。
宇治川 適当におりてきて、それぞれ使って……。
岸本 リモコンを離せば、その場所でピタッととまる。だから、
ある意味では、人間工学的にはいいのかもしれませんね。
それぞれの体格に合わせて高さが決められるということな
ので……。
田中 左の奥の方にイスも用意されていましたよね。
岸本 こういう使い方ができるわけですね。
松村 今ずっと出てきておりましたのは、会社の業種業態
で言うとどこになりますか。
岸本 この人たちは、いわゆるSEだとか、そういう……。だ
から、かなり外出も多い人たちだと思います。
松村 じゃ、総務とか営業ではないんですね。
岸本 じゃないですね。先ほどのシャイアットデイの中にも
出てきましたけれども、完全にノンテリトリアルにはできなく
て、やはり経理だとか、そういった部門というのは固定席を
持っているやり方になっているようです。
この場所に2~3日通っていたんですけれども、この人は
毎日ここにいましたね。この部門で唯一固定席を持ってい
るのが秘書なんですね。秘書だけ一番窓際の一番大きな
デスクを持って、かつ一段高いところにいるんです。結局、
みんながあっちこっち動き回るので、どういう状況にあるか
見えなきゃいけない。管制塔みたいなものですね。ですか
ら、ここへやってくる人の目線の高さが合うぐらいということ
で、この床上げしているのはフリーアクセスフロアでやって
いましたけれども、別に配線の必要がないので、床下収納
に使っていまして、秘書の机の上にはフリーアクセスの割
付図があるんですけれども、それに全部書類の名前が書
いてありまして、ピッカーで上げると本当に箱が入っていま
した。
ここにちらっと見えますけれども、この人はパソコンをこっ
ちへおろしている。先ほどのワゴンにはね上げ天板がつい
ているんですね。それとこれを組み合わせると、それなりに
机上面らしきものは十分確保できるということです。
片隅にこういうラウンジのようなスペースがありまして、そこ
で打ち合わせだとかする。朝一番にやってきてみんながや
るのは、まずこのコーナーに集まって、いろいろ食べ物を
持ち寄って、そこで朝食をしながらコミュニケーションを始
める。それで仕事にかかるということですね。
これもかなり手づくりでやっていまして、彼らが実際にこれ
ができたばっかりの初期の絵はがきをつくっているんです
けれども、絵はがきを見ると、このスロープにはこういう滑り
どめがないんです。ただの木製なんですね。かなりスロー
プが強かったですから、つくった当初は、それでやってみ
たら意外と滑ったということで多分貼っているんじゃないか
と、ひそかに判断しているんですけれども、結構いろんなこ
とを細々やっています。ですから、例えばこのテーブルの
形も、初期のものはこういう形になっていますけれども、最
近のものはもうちょっと大きいものになって、不定形になっ
て、要はマウスを使うスペースができるとか、そういった形で、
作業を引きこもってやりたいときは、それを閉めて、ほかに
行ってやるというイメージですね。
これはちょうど真ん中の部分ですね。各コーナーに行くと、
ディスプレイとプリンターだとか、ドッキングステーションがあ
ったと思うんですけれども、そういったものはその場所に固
定されています。アームで持ち出した形になっていまして、
このデスクは、実は先ほどの入り口のところからコロコロッと
持ってきたものですね。通常の日本でよくある、先ほどのフ
ィンランドでもあったようなワゴンよりは一見大きいんですけ
れども、これだけのものを持ってくるわけですね。これはデ
スクの上に乗っているんじゃなくて、向こうからアームで吊り
出してあるわけです。彼がここで実演してくれたんですけ
れども、これを移動させるときというのは折り畳めるということ
で、この天板を外して、ここへピタッと乗っけますと、こういう
ふうに折り畳める。ピタッと折り畳んでしまうと一切何も見え
なくなって、ここに鍵をかければしまえますね。ちょうど小さ
なワゴンを2つ合わせたぐらいの大きさになります。その状
態で運んでいく。だから片づけられない人はだめですね。
とりあえず机の上に乗っけておけという人はしまえない。で
も、なかなかよくできていましたね。
細かく観察していくと、実際に自分たちでやっているせいも
あって、かなりトライ&エラーを繰り返してやってきているな
と。
-- さっき立ったままで操作しているやつがそういう形
をしていましたね。
岸本 この人がボスですね。だから部下からの報告を受
けるときなんかは、こんなところへ行かなきゃいけない。
この造形的な部分も、聞くところによると、スウェーデンの
人たちにとっては、ある種のバナキュラーな造形が使われ
ているということですけれども、納屋の扉のようなところをあ
けるとホワイトボードがあって、みんなはイスをここへ持ち寄
って、そこで話ができる。
ストーリーの中に、当初彼らの中で、自分たちがどういう
仕事のやり方をやっていくべきかみたいなことの話し合い
が始まって、要求事項がまとまってきたころにデザイナーに
設計を依頼したそうですね。ところが、ことごとくそのデザイ
ナーから上がってきたプロポーザルは拒否せざるを得なか
った。彼が言うのに、デザイナーというのは、いわゆるオフ
ィスらしいオフィスしかデザインできないんだということがよく
わかったと言っていました。
我々にとっては耳の痛い話ではあるんですが、逆にそれ
だけ、ある意味では、つくり始めた当初は飛んでいたんで
すね。ですから、デザイナーたちにイメージがわかなくて、
そこまでジャンプできなかったという感じですね。
話題に上がっていました例えば電話帳なんかは、まさに
これだけで済んでいる。いろんな共通のフォームなんかも
全部1カ所にまとめている。デザイナーが入っていないせ
いもあるでしょうけれども、かなり手づくりになっています。
先ほどのラウンジとは反対側のコーナーに一応個室の小
さいのをつくってあります。プライバシーが必要になったと
きとか、静かなところで電話をしたいとかいったときは自由
にこの中を使えばいいというやり方ですね。
その部屋の中にはこんなのもありました。ちゃんとご丁寧
に、そこだけ緑色のカーペットに張りかえているんですね。
パターをカチンとやりながら気分転換をするんだとか、ある
いは物思いにふけるんだと言っていましたけれども。
1) ルールや習慣
宇治川 片づける習慣というのは、日本でもそういうのがで
きるところとできないところときっとありますよね。
岸本 ありますね。特に真ん中のDECスウェーデンの人が
物すごく強調していたのは、いろいろ案内してくれた後で、
確かにこの空間はおもしろいと思う、物すごくインパクトがあ
ると思うけれども、本当に重要なのはこの裏にある話だと。
例えば、毎日ワゴンを必要なときだけ持っていくようにしよう
とすると書類を片づけなきゃいけない。実際に推進役にな
ったボスのプレゼンテーションの中で、彼は結構挑戦的な
質問をする人でして、あなた方は例えば書類の扱い方を
知っていますかなんていうことを聞くわけですね。結局、本
来書類はどうやって扱うべきなのかとか、まさにワークスタイ
ルそのものの、パーソナル・エフィシェンシー・プログラムと
呼んでいましたけれども、そういうプログラムをつくりまして、
それを実際にみずから受けて、それを卒業できて初めてあ
の空間が使いこなせるんだということをやっていまして、そ
れをやらないと絶対それを使いこなせないということで、む
しろそれの方に1年とか、物すごく時間をかけている。本当
に時間がかかるのは人間を変えることであって、お金とアイ
デアさえあれば空間はすぐ変われる。でも、どんなにお金
をかけても人間を変えるのはとにかく時間がかかるから、そ
れが一番重要なんだよということを盛んに強調していました。
だから、そういったことを一方でやりながら、結局、彼らがそ
ういうふうにやりたいと思って、自分たちのやり方を変える
ためのプログラムを全部組んで、それができたときに初め
てこの空間が生きるみたいな関係を物すごく強調していま
した。
3.3.3 エリクソン
これが一番新しいんですけれども、先ほどのDECスウェ
ーデンの通りを隔てて斜め向かいぐらいに建っていますエ
リクソンですね。エリクソンは通信関係の会社で、電話シス
テムだとか、そういったものをつくっています。この部署の
人たちは、どちらかというと、プロジェクト対応で通信システ
ムだとか、そういったもののプロポーザルをつくっていくよう
な人だったと記憶しています。今までの2つのノンテリトリア
ルとはちょっと違うんですけれども、なかなか写真が難しく
て、どうやっても全貌が把握できないんですけれども、とり
あえず、まず入り口のところにこういう形で人数分だけ携帯
電話が並んでいる。そこで取って、個人用のワゴンを押し
て場所を選ぶ。
平面的に言いますと、こういう長い空間のところに壁がこう
いうふうにつくってありまして、ここに引き込みのドアがあり
ます。これを閉じて、これを閉じる、あるいはこれを閉じて、
これを閉じて、こっちを閉じると、ここに個室ができるとか、
あるいはこれを閉じて、ここに個室ができるとか、そういうタ
イプになっていまして、それぞれの場所にデスクだとか棚
がしつらえてあって、どこの場所を選んでもいい。何人かで
2) 新しいオフィスの目的
あとはエリクソンもそうですけれども、彼ら自身そういうネッ
トワーク絡みの仕事をしている人たちでもありますし、一方
では情報技術をとことん生かせば、本当にバーチャルにな
れるという空間をデモンストレーションしたい人たちですか
ら、どこかで無理している可能性もありますけどね。自分た
ちのつくった空間をそのままパンフレットにして、彼らもオフ
ィス・オブ・ザ・フューチャーと呼んでいましたけれども、
13
我々の技術を使ってすればこんなオフィスができますよ、
お問い合わせは下記までというパンフレットをつくっていま
した。そういう動きが最近結構あるんですね。
DECフィンランドのところで非常におもしろいエピソード
だと思ったのは、そのオフィスを見に来たアメリカ人が、や
っぱりこんなことができるのは、おまえたちがヨーロッパ人
だからだと言ったんですね。今度ヨーロッパ人がそこに来
たときに、やっぱりこんなことができるのは、おまえたちがス
カンジナビア人だからだと。今度フィンランドの人が見に来
たときに、やっぱりこんなことができるのは、おまえたちがも
ともとアメリカの企業だからだと。DECというのはアメリカの
企業ですから。結局、みんな何か理由をつけたがって、自
分にはない理由があるんだという思いで言っているような
エピソードというのは物すごくおもしろかったですね。だか
ら、そんなことができるはずがないと。ある意味では、よく企
業文化で、これはうちの文化に合わないよという言い方は、
よく考えると、文化という言葉で逃げているんじゃないかと
思うんですね。確かに文化に合わないことをやったら本当
にうまくいかないんですけれども、それを逃げに使っちゃい
けないんじゃないかなみたいなことをふっと感じさせる、で
も、やっぱりみんな逃げに使いたいよねという感じのおもし
ろいエピソードだと思いました。
-- だけど、これはフィンランドでスタートして、スウェー
デン、随分競争しているような感じがします。そんなことは
ないですか。
岸本 たまたま一番ラディカルだったのがこれなので、彼
らは同じことをやっても結構ラディカルなのかということで、
やっぱりスカンジナビア人だからと言われる部分は多少あ
るんじゃないかなと思うんです。
宇治川 日本だとニューオフィスのブームといいますか、そ
ういう動きもあって、オフィスをこういうふうにしたというのが
売り物になるという面がありましたよね。北欧でもそういうよう
な背景というのはあったんですか。
岸本 余りそういったことは……。ただ共通して言えるのは、
空間のサプライアーではないけれども、DECにしてもエリク
ソンにしてもツールのサプライアーですよね。彼ら自身とい
うのは、例えばIBMなんかでもそうですけれども、よく考え
ると、自分たちでいろんな実験をして、それを新しい売り物
にして売っちゃう土壌といいますか、それは結構あるのか
なと思いました。例えば先ほど天井からパンタグラフで下げ
ていましたけれども、あんなものは初めどこにもなくて、いろ
いろ探してきて、いろんなものをつくったらしいんですけれ
ども、いつの間にかそのカタログをつくっていましたから。
ただ、彼らが物すごく重要だと言っているのは、家具屋が
あれをやりますと、とにかく何か新しい家具をというところか
ら始まると思うんですけれども、彼らは、まずビジネスの視
点が先にありまして、どんな働き方をすべきなのか、どんな
可能性があるのかというのを考えて、それに沿ってやって
いるということと、それぞれの部門の中に、かなり上の人で、
それの推進者がいるんですね。だから外から言われてやっ
たとかいうこともなくて、実際これ以外に、DECスウェーデ
ンのを見て、それのアイデアを採用した別の会社、ティリア
という電話会社があるんです。そこも見せてもらったんです
けれども、全部ノンテリトリアルだなと思ったら片隅に個室
がありまして、これはだれの部屋だと言ったらボスだと。何
でボスだけ個室を持っているの、それはだめだなということ
を言ったんですけれども、やはりそこからなかなか抜けられ
ないとか、そういったことが結構ありました。
14
3.3.3 ソルーションとプロセス
実際にこれらも含めて、一連のコーネル大学が主催して
いるマルチクライアントプロジェクトがありまして、データをと
ってきた中で、トータルで言うと、最近になって出てくる問
題で、こういったオフィスのイノベーションがどういうきっか
けでいったかというので、ソルーションから入っている。い
わゆるノンテリトリアルにするんだとか、それでもってスペー
スを節約しようとか、ソルーション・オリエンテッドで入ってい
るか、あるいはビジネスのプロセス・オリエンテッドで入って
くる。答えはわからないけれども、おれたちはこんなプロセ
スで、こんなやり方でやりたいよねというのでやった場合と、
満足度と不満足の差を比べているのがあるんですけれども、
ソルーション・オリエンテッドで入った部分は、満足度の高
さと不満足の高さの割合がほとんど変わらない。プロセス・
オリエンテッドで入ったものは満足度が非常に高い。そうい
う結果があらわれている。だから、そうか、こんなユニークな
ことをやらなきゃいけないんだというソルーションから入ると、
やっぱりだめですね。本当は自分たちは何がしたいのか、
自分たちの仕事のやり方をどう変えたいのか、その結果た
またまノンテリトリアルだったとか、結果としてソルーションが
ついてくるやり方をしないとだめなんじゃないかと言われて
います。
DECの人たちが本当に強調していたのは、何回も強調し
ていましたけれども、重要なのはこの後ろにあるよ、人間と
いうのはそう簡単に変われないよ、でも、自分たちは何とか
変わりたいんだという意識があって、初めてその空間がつ
いてくる、あるいはその空間を使いこなせるみたいなことを
盛んに強調していましたし、それはやっぱりそうだろうなと。
ちょっと家具屋も反省しなきゃいけないなということを感じて
います。プロセスの重要さを訴えることというのは結構難し
いですし、そのプロセスにかかわるコンサルティングだとか、
あるいはプロセスそのものを計画してあげることでお金を払
ってくれる国じゃないので、難しいだろうなと思います。でも、
やっぱりこの方向しかないんじゃないか。ノンテリトリアルか
どうかというのは別ですけどね。
彼らが一様に目指しているのは、もっと生産的でありたい、
もっと創造的でありたいといったことから、それぞれのソル
ーションを導き出しているというところがすごいなという感じ
を受けています。その辺が日本人の目指す創造性だとか、
我々に合った創造的なワークスタイルと必ずしも一致しな
い部分はあると思いますけれども、それがだめなんじゃなく
て、どういうふうにやって、どんなプロセスで彼らは彼らなり
の答えを見つけていったのかということは、かなり参考にな
ると思います。
3.4 討議
3.4.1 ノンテリトリアル
穐山 特にDECのノンテリトリアルの話は聞いたことがあっ
たんですけれども、まさかこれほどとは思わなかったんです
が、ノンテリトリアルという発想そのものというのは、要する
に、テリトリーであるとかパーソナライズされたスペースを個
人が持ってしまうと、どうしてもその人の方法論でしか物が
解決されない。したがって、もっとグループとか、そういった
集団というものを考えていこうということだと思うんですが、
ついているんです。外線が入ってくると、そのランプが光る
んですね。コール2回までは青で、3回鳴ると黄色がつい
て、5回鳴ると赤がつくんだと。現状は全部同時について
いましたけれども、もともとそういうアイデアだったんですね。
絶対赤はつけちゃいけない、コール5回までにとるんだぞ
とか言って、結構そんなことを考えて……。
田中 今NTTの番号案内がそれをやっているんですね。
赤になる前にとらなきゃいけないということを徹底していま
すね。
岸本 だから、こっちの場合はチームで仕事をするというこ
とを物すごく重視していますけれども、彼らの場合は、必ず
しもチームで何かをやる人たちというのとはまたちょっと違う
要素も当然ある。規模の問題に関しては、それをどこまで
できるのかな。単純に言えば、例えばあそこに秘書というの
がいましたけれども、秘書は一段高いところにいるという理
由は、自分の部門の人たちが見えなきゃいけないというニ
ーズが現実にあるわけで、それが目の届かないところに行
っちゃ困りますよね。だから、そうした形で単位はできてくる
んだと思うけれども、もともとある単位と隣の単位との間にイ
ンフォーマルな単位ができるとか、そういうことは結構重要
視しているんじゃないかなと思いますね。
あるいはオフィスの中では、それに類することを全部物理
的に実際の空間の中でやらなくても、例えばメールシステ
ムのようなものを使ってやるとか、要はそれぞれの空間のそ
れぞれの集団の仕事のやり方、それから場合によってはリ
テラシーの問題もありますから、そういったものに合った道
具をどれだけうまく選択できるか、そういう方向で考えてい
くのがいいんじゃないかなという感じがして、一概にどれは
いいけれども、どれが悪いってなかなか言えなくて、結構そ
れぞれに合ったやり方があるなと。そうすると、何をつくるか
じゃなくて、どうやってつくるかというプロセスをきっちり踏ま
ないと、それぞれに合った答えが出せないんじゃないかな
と。
だから、よくレクチャーをやるときは、これからは何をつく
るかじゃなくて、どうやってつくるかが大事なんですよとか、
これからのオフィスは一般解はなしと、いきなり書くと、何だ、
初めから答えを出しているんじゃないと言われる。いや、そ
ういう意味じゃなくてと、いつも言うんですけれども、どうもそ
うやらなきゃいけないんじゃないかなと。そうすると、最近、
家具屋とか建築事務所のプログラミングというのを織り込ま
ねばいかんなとか思ったりするわけです。
田中 規模としては、ここに取り上げていますシャイアットデ
イが150人ぐらいだったんじゃないかと思います。
岸本 シャイアットデイは結構いましたね。実際にオフィスと
してしつらえているワークステーションの数だとかも全社員
の60%ぐらい。彼らの場合は、これがやりたかったけれども、
なかなかできなかった理由というのは、テクノロジーの面も
結構あったと言っていましたけれども、先ほどのエリクソン
が開発した新しい電話システムがあって、それがあって初
めてできたという言い方をしていました。いつ仕事をしなき
ゃいけないというのもだれも決まっていないし、どこで仕事
をしなきゃいけないというのも決まっていない。だから家で
仕事をしている人たちもいますね。この中に1人だけ、メデ
ィアバイアーの人が出てきますけれども、クライアントのた
めにテレビだとか、そういう広告の枠をとる交渉をする人た
ちですね。その人たちは最初の打ち合わせを除いて、むし
ろ電話でやった方がやりやすい。結局、手元のデータを相
手に見せずに自分で見ながら、いろいろ交渉していくとい
今度はそれをセッティングしてしまうと、また限られた集団
だけになってしまって、そこの自由なフレキシビリティーが
落ちてしまう。したがって、それらを全部合わせたときに一
番考えられるということは、ノンテリトリアルでありながら、要
するに自由に身の回りが動きながら、自然発生的にグルー
プができてみたり、あるいは別のグループに入ってみたり、
1人の人間をいろんなグループが抱え込んでみたりという
ような、そんなすごいダイナミックな空間として考えたんじゃ
ないかと思うんですが、その点について、本当にそういうも
のでいいのかどうかということを聞きたいんです。
あともう1点は、もしそういう発想であると、あるノンテリトリ
アルなスペースの規模というのが出てきてしまうんじゃない
か。要するに、100人、200人の規模になってしまったら、こ
れは収拾がつかなくならないのかということを感じる。多分
これは50人とか60人ぐらいの規模なんじゃないかと思うん
ですが、それはどうでしょう。
岸本 一番数字がはっきりしているのはスウェーデンです
ね。あれはたしか15~16人の規模だったね。あの部門だ
けやっている。その後どうなるかなと思って、この間行った
ら、それが広がっていまして、彼らが影響を与えて、あのビ
ル自体は何百人かいるんですけれども、そのワンフロアの
部分が、全く同じやり方ではないんですけれども、影響を
及ぼして、2年前に行ったときには、あの部分と、それを見
て、おれたちも何かやってみようよ、でも、あそこまでは無
理だねということで、とりあえず個室を取っ払って、ちょうど
日本のオフィスみたいにみんなで集まって、でも、部門部
門の間にはかなり高い什器があるという部分が一部できて
いた。それと、まさに旧来の全員が個室にいるという部分が
残っていたんですけれども、ワンフロア全部が、彼らのよう
に天井から吊るすというやり方じゃないんですけれども、床
からでかいポールが立っていまして、そこに天板が張りつ
いている。それが上下する、あるいは回転もする。使わない
ときは上まで上げると、その下は通れるんです。一人一人
がワゴンを持つというやり方に広がってきてはいますね。
一方では彼ら自身も、DECスウェーデンが始まったきっ
かけの一つには、おれたちは余りにもスペースをむだ遣い
しているんじゃないかというのが要因としてはありました。実
際もともと使っていたスペースのちょうど半分になりましたか
ら、半分になるということは、単純に言えば賃料が半分にな
るだけじゃなくて、照明器具だって半分の量だし、空調だ
って半分のボリュームでしょうという言い方をしていました。
彼らのもとになったいろんなきっかけの中に、例えば全員
が個室にいて、ある人がその席を外していると、その人に
かかってきた電話というのはだれもとれない。それが顧客
からかかってきた電話だったら本当にとれない。そういった
ことをずっと繰り返しているうちに、いわゆる顧客満足の部
分で、おれたちは相当損しているんじゃないかという、そこ
からスタートしたんですね。だから、常に顧客が自分たちに
必要なときにすぐにつかまえられるような状況をつくるべき
じゃないかということで、この人がとれなくても、この人がち
ゃんととれるような空間にしよう。日本みたいに交換手がい
て回してくれるんじゃなくて、それぞれの番号を持っている
ことって結構ありますよね。大規模な会社のオフィスに電話
しているのに、その人の声が留守番電話で出てくるなんて
いうのがアメリカでも結構ありますけれども、そんなところが
一方であったんですね。
先ほど写真にはなかったですけれども、グループの空間
の中に柱が立っていまして、そこに赤、青、黄色のランプが
15
う仕事らしいんですけれども、物すごく集中して仕事をする
ので、彼女はほとんどの仕事は自宅でやっている。週に1
回とか2回、打ち合わせのときだけにオフィスにやってきて、
オフィスにいるときはほとんど打ち合わせだと。欠点と言え
ば、オフィスの中のゴシップが聞けなくなったことぐらいじゃ
ないとか書いてありましたけどね。
だから、こういうやり方をすべきだとか、ああいうやり方を
すべきだという、もともとあるものに従うんじゃなくて、本当
にどんなやり方が一番いいのか、あるいはそのときどき、日
によっても違うでしょうし、状態に応じてどこまでうまく選択
できるか。それをするために、たまたま結果がノンテリトリア
ルであるという発想をした方がいいんじゃないか。明らかに
スペースは減らせますけどね。結局、日本でフリーアドレス
が一時相当やられて、余り成功したと言われていない。廃
刊直前の『日経オフィス』に「やはり日本の風土に合わなか
ったか、フリーアドレス」とかいう記事がありましたけれども、
でも、最近いっぱい出てきているんですよね。
よく考えると、日本のフリーアドレスはワーカーにとっての
メリットが一切なかったんですね。基本的に、おまえたちは
ほとんど席を外しているんだろう、こういうやり方にすれば
今までと同じように、イコール我慢すれば今までと同じよう
にということであって、それで得するのは会社だけなんです
よ。スペースが少なくて済む、機器が少なくて済む、コスト
が少なくて済む。でも、ワーカーは、よく考えると、自分の席
がないのは我慢すれば、そんなもん我慢できるよねという
ので、結局、我慢しているわけで、そこにメリットが一切ない
わけですね。
だから企業側のメリットだけでなく、むしろ、そういうやり方
にすれば、おまえたちはもっと創造的に、もっとフレキシブ
ルに、もっと生産的に働けるというふうな仕組みをつくって
やる。両方にメリットがなかったら絶対うまくいかないじゃあ
りませんかというので、IBMのUKがかなりそうなんですけ
れども、何年間にわたっていろんな試みをやってきている
わけなんですけれども、その中で、彼らは、スペースをセー
ビングしたことによって浮いたコストを、そのかわり君たちに
最新鋭のテクノロジーを提供しましょう、どっちがいいです
か、自分の席を持っていて、でも、そのかわり機械は余り買
いかえられないよというのと、常に最新のをあげましょう、ど
っちがいいですかという選択をさせたときに、特に営業とか
をやっている人たちは、やっぱり最新のテクノロジーの方が
いいと選んだそうですね。それが結果的にオフィス・コスト
は相当削減できているし、そのコストをテクノロジーの方に
回しても、その人たちが今度生産性が上がればトータルで
はいい。会社の論理と個人の利益、両方の利益をうまくバ
ランスさせたやり方をしないとユーザーが協力してくれない。
それがかなり大きいんじゃないかなと。
3.4.2 ハード
田中 今の話で思い出したけれども、私はIBMに知り合い
がいるんですけれども、最近の一番の問題点はパソコンの
進展についていけない。つまり、余りにもパソコンを普及さ
せ過ぎたので陳腐化していると言うんですよね。だけど、リ
ースがまだ終わらないから買いかえられないということを、
それを供給している会社の人が言っていました。
岸本 確かに5年とか6年って長いですね。今このオフィス
の中に全員マックが乗っかっていますけれども、もう全部廃
番ですからね。それ以上の進展で、新製品を持っているな
16
んていうのは、僕なんかもそうですけれども、個人が持って
いるパワーブックはまだ市場で売られているけれども、デス
クトップなんていうのは全部廃番商品ですね。
宇治川 そういう変化についていくように変えていくこととか
……。
田中 今後はそういうことが考えられなきゃいかんでしょう
ね。
宇治川 さっきの仕事をいろんな場所でするということがう
まくできるように見張っていて、不都合が起きないようにき
ちんと準備していくとか、そういう苦労というか、労力がきち
んと認められて報われるということがないと、日本のオフィス
というのは、そういう役をだれもやろうとしていないまま、つく
ったまま時間だけがたっちゃってということになっちゃうん
ですね。
田中 そこが一番難しい。当社も、これまで1年しかたって
いないんですけれども、景気のいいころは品川なんか毎年
リニューアルをしておりましてね。ですから、順番に回転し
ながら、今言ったように自然にメンテナンスができていたん
ですよね。ところが、ちょっと景気が悪くなって、ここ数年間
リニューアルしなかったんですよ。そうすると、見せられるよ
うな状態が維持されていないですね。これじゃいかんという
ので、実は今やりかけているんですけどね。だから、よっぽ
ど気を使ってそういう意識を持たないと、現状維持は難し
いですね。
宇治川 今の説明の中で、ノンテリトリアルというのは、創造
性というようなところにかかわっている部分と、それから別の
スペースの節約とか、そういうのにかかわっている部分と、
いろんな面があって、創造性というところ、今回のテーマで
言うと、どこまでああいうノンテリトリアルというのがうまいやり
方の方を引き出せるのか、そういう問題はありますよね。
田中 シャイアットデイなんかはまさに創造的な仕事をして
いるグループだと思うんですけどね。ファッショナブルな業
種でもありますから、先ほどのDECとは違って、インテリア
もかなり先端的といいますか、そういうデザイナーを使って
やっているわけです。このシャイアットデイはシャイアットデ
イなりの創造を刺激するための空間をつくっているという気
はしますけどね。
3.4.3 役割と評価
浅沼 日本のチームワークというのは、先ほどお話があっ
たけれども、1+1が3には余りならなくて、不明確な責任分
担と不明確な役割分担で、なあなあでみんな一緒にやっ
てというチームワークのような気がするんですよね。場所的
にも固まっているわけですけれども、なかなかそれが分か
れられないというのも、同じような仕事をしているから情報
交換しやすいとかというのもあると思うんですけれども、あと
1点は勤務評価で、要は居眠りしているんじゃないかとか、
電話で一生懸命やっているなとか、そういうのを上司が見
るということによって評価されるというところじゃないかと思う
んですけれども、そういうところってあるような気がするんで
すよね。だから完全に成果主義になっていない。今言った
ものというのは、SEの方たちがそれの評価ということもかな
り的確にとらえられるという……。
岸本 やり方になっているんだと思います。余り細かいとこ
ろまで聞いていないんですけど。ただシャイアットデイの場
合も、もともとはデパートメント制度でありながら、こっちでチ
ームで仕事をしている、評価はこっちだという形になってい
たのを全部やめて、チームのアウトプットを評価するという
やり方に変わってきています。だから、この手の話になって
くると、評価システムだとかマネジメントそのものに物すごく
かかわり合ってしまって、そっちの方へ立ち入らなかったら
空間をつくっても絶対うまくいかないんですね。
スチールケースのCDC(コーポレート・デベロップメント・
センター)ってあるでしょう。あれができたときに、彼らの会
社そのもの、マネジメントそのものを物すごく変えていくた
めに、長い時間をかけて、なぜおれたちはこれをやらなき
ゃいけないのかという話をいろんな形で、例えば外部の人
を呼んできて講演会をやったりとか、いろいろやったみた
いなんですけれども、あのパンフレットの中に、机に向かっ
てボーッとしているやつを2種類のマネジャーが見ていまし
て、あいつはまたサボッているなというのと、あいつがああ
やっているときはいいアイデアを出してくれるだろうという、
その2種類がありましてね。今は、あいつはまたサボッてい
るなと思われるような環境って、ワーカーは物すごく敏感で
すから、絶対にそうはやらないですよね。だから机の上で
……。
田中 仕事をしているふりをしている。
岸本 している方がいいわけですからね。だから、さっきの
フィンランドのように、仕事をしているように見えることじゃな
くて、本当に仕事をしていることが重要なんだというのは、
言うのは簡単ですけれども、そういうふうに思ってやれるし、
見ている人もそういうふうに判断してくれるしという状況をど
ういうふうに満たさなきゃいけないかというのは並み大抵の
ことじゃないですね。そこまで組織そのもののみんなの考
え方を変えていかなきゃいけないというのも、スウェーデン
の人が言っていたように、時間は物すごくかかるよというあ
たりだと思うんですね。
宇治川 逆に日本ではグループ・ミーティングみたいなの
を結構頻繁にやったり、それからアフター5で居酒屋に行
ったりとか、そういう面でコミュニケーションをとっているとこ
ろがあるでしょう。だから班長さんというか、開発のボスみた
いなのは気心みたいなところで、きょう頑張れよなみたいな
感じで、それでやる気を出させちゃうようなテクニックといい
ますか、やり方をしますよね。
岸本 余りにも仲がいいために許してしまう部分って結構
あるじゃないですか。人の意見を攻撃したら人間が攻撃さ
れたように思ってしまうとかね。よほどうまくいっていないと
議論ってなかなかできないですね。欧米の人たちよりは隣
にいる同士、あるいは同じグループ同士が情報をシェアす
るというレベルは僕は絶対高いと思うんですよ。あと教育の
レベルから言っても、アメリカ人がよく言っていましたけれど
も、日本の大部屋式というのは、例えば新入社員が入って
きたときに、私も実際新入社員で入ったときに何を言われ
たか、人の仕事を見ろ、聞け、真似しろと言われて、そうや
って自然に放っておいても学んでいくわけですね。ところ
が、大学あるいはMBAとか出て、マネジャークラスとしてそ
のままポンと入ってしまって、個室を与えられて、何をした
らいいかわからないというね。そういう人たちだからこそ、き
っちり教育しなきゃいけなくて、彼らは教育熱心な部分もあ
るだろうけれども、日本人だったら教育しなくてもいいレベ
ルまで教育しなきゃいけない。
宇治川 電話のとり方とか、しゃべり方も自然に覚えますけ
れども。
岸本 研修施設だとかにコストをかけている理由は、そこに
もあるんじゃないかなという感じがするんですけどね。仲が
17
良過ぎて強いことが言えない。だからディベートが下手だと
言われる部分も同時に抱えているような感じはしますね。
個を確立するというのは、基本的に、今の情報をシェアして
いるレベルを保ちながら、それぞれがもうちょっとプロフェッ
ショナルなという方向は必要なのかなというイメージはしま
す。
浅沼 個を確立する話で、日本人は常に甘やかされている
というか、過保護という感じがするんですね。こういう環境で
やるのがあなたにとって一番いいんですよ、ああ、そうです
かと言ってやっている。これは合わないよ、好きなところへ
行ってやらせてくれよということはない。与えられたものに
対して、そう言われると、そうでしょうかという感じで……。逆
に、さっきからおっしゃっていただいたのは、あなたはどう
考えるんだ、あなたの一番やりやすいことはどうなんだと問
い詰められていく。それは自分の個を持っていないと…
…。
岸本 それはそれで厳しいと言っていましたね。シャイアッ
トデイのインタビューの中にも、朝、列をつくったという話を
してくれた人の中に、その後に出てくるのは、逆に今度の
新しいやり方だと、朝起きたとき、単純に機械的にまず会
社へ行ってと、そこから始めればよかったのが、きょうは会
社へ行く仕事があるんだろうか、どこでやったらいいんだろ
うか、そこから考えなきゃいけない、毎日それを考えなきゃ
いけないというのは、ある意味で厳しいことだと思うという言
い方をしていましたね。とりあえず行って、とりあえず座って、
とりあえずタイムカードをパシンとやって、さあ、きょうは何を
しようかなと考えるのと、きょうはあの仕事をするからあっち
へ行こう、きょうは家で仕事をしようとか、そこから決めてい
かなきゃいけない。
浅沼 選択の幅が広がるというのは、それだけあなたはどう
考えるんだ、どうしたいんだということをはっきりさせる。
岸本 雑誌なので、基本的に前提は大人であることと書い
ていますけれども、やっぱり大人にならなきゃできないよね
という感じで……。取材には別の人間が行ったんですけれ
ども、写真を見ていると、物すごくファンシーな空間であっ
て、みんな自由な格好をしているんですけれども、結構顔
はマジなんですよね。マジだなという印象を持ったんです。
浅沼 自己管理というのがあるんじゃないでしょうか。
岸本 どこまでうまく管理しているかを評価しているわけじ
ゃなくて、上げた成果を評価しているという部分はかなりあ
るんじゃないですか。
渡辺 「革新さもなくば死を」という会社の標語がすごいで
すね。
岸本 入社するとTシャツを配られるんですよ。そこにイノ
ベート・オア・ダイと本当に書いてある。
渡辺 やっぱりこの覚悟ですよね。非常に格好よく仕事を
しているように見えるけれども、アメリカの場合、各人の脅
迫観念というのはここまで来ていますね。組織に所属する
ときにはね。
田中 ワコールさんが麹町に新しいオフィスをつくられて、
あそこはファッションの会社ですから、そういうものに携わっ
ている人はそれなりの格好をして会社へ行くわけですね。
逆にネクタイをしてくるなと言われて、困ったのは経理の人
だそうですよ。行くと、みんなそれぞれが個性的な格好をし
ていますけれども、こういう決まり切った格好の方が考えな
くて済むところがありますからね。
渡辺 そういう意味では、職種、業務の特性による類型化
といいますか、知的創造活動というものが組織の中でどう
論が大半になっていくんじゃないか。ということあたりをここ
で、10年後、20年後を見通しませんともったいないというか、
あるいは今していただくと次のまちづくりに大変に役立つと
なと。お願いをしたいところであると思います。
岸本 特にこの辺の話をやっていますと、空間をやってい
る人間よりも、いわゆるメディアとか、そちらの人たちは、も
っとこれだぜとか言って、そこへ行くまでに今からどういう経
路をたどっていくのという経過がいまいち表現されないとい
うのが結構大きいんじゃないかなと。確かにそこへ行くだろ
うけれども、例えばシャイアットデイというのは、ここへ行く直
前というのは全員が全く同じ、物すごくフラットな組織で、庶
務の女の子からプロのクリエーターやディレクターまで、ど
れをとっても同じワークステーションで仕事をしている。物
すごくフラットな組織で、平等の空気が既にあったわけで
すね。その次の一歩としてここへ行ったので、そこへ行って
いないんだったら、まずそこへ行くところがあるでしょう。そ
ういうステップがそれなりにあるんじゃないかといったときに、
そのステップのイメージが余りにもきっちり示されていない
から、今現実はこうなんだから行けるわけないじゃないの
と。
でも、ここにいる人しか次のステップを言えないと考えたと
きに、トランジッションの部分までちゃんとイメージをつくっ
ていく、あるいはそのステップそのものをプロセスとしてうま
く整理するということが結構重要なんじゃないか。下手する
と、いきなりそこへ行くと失敗する。一たん失敗すると、やり
方がまずくて失敗したにもかかわらず、この答えがまずい
んだという烙印を押されると、その答えが二度と浮かび上
がれない。
昔からよく思うのはテレビ会議ですか、第1期で普及し始
めたころに、やっぱりうまくいかないよと。あれは使い方が
悪かったかもしれないし、あるいは使える人に与えていな
かったかもしれないのに、テレビ会議というのはやっぱりだ
めなものだという烙印を一たん押されて、長いこと浮かび上
がってこれなかったような気がするんですけれども、最近や
っとまたピクチャーテルだとか普及してきましたけれども。そ
れから京セラの人が言っていましたけれども、とにかくテレ
ビ会議という名前を使いたくないんですよ、何かいい名前
はありませんかと言われたことがあるんですね。結局、テレ
ビ会議というのはそういうものだというイメージがついている
じゃないですか。だから、うまくプロセスをやっていかないと、
ソルーションでいくと、それそのものが全く別の理由からうま
くいかなかったにもかかわらず否定されてしまって、それに
失敗の烙印を押されるみたいなことが起こりそうな世界とい
うのは常にあるから、プロセスの問題とソルーションの問題
とは厳密に分けて、さらにそこへ行くための道筋といいます
か、ステップが特に空間をつくって提案する側にとっては
物すごく重要なんじゃないかなというイメージは最近感じて
います。
いうふうにパターン化されるのか、それと同時に、自己紹介
が遅れて申しわけないんですけれども、私どもは、どちらか
というと、皆さんの領域で言うとプログラミングに近いところ
で仕事をしておりますけれども、私どもは皆さんと違って、
ほとんど組織に所属しない人間ばかりで、ネットワークで仕
事をしているんですね。今も神戸市役所で、まさにこの部
分のまちづくりをどうするかということで、1つはマルチメディ
アの産業をどういうふうに集めたまちにしていくかという、ま
さしく今どこでもやっているような時代の波に乗った話なん
ですけれども、もう一方は、私はもともとはフェース・ツー・フ
ェースの情報伝達の方なものですから、コンベンション、い
わゆるミーティングというものをどういうふうにやっていくか。
それの施設づくり。ネットワークで遠隔でコラボレーションを
やるのと、集まってコラボレーションをやるのと、両方のまち
づくりを今やっておりまして、きょう目からウロコだなと思い
ましたのは、この辺の整理の仕方なんですね。
3.4.4 これからの組織 スモール・カンパニー
それから、きょうこういう状況を拝見して、まさしくこういうイ
メージになっていくんだろうなと、つくづく思ったんですけ
れども、それは次の時代に知的創造活動をやっていくグル
ープとか組織がどういうふうになっていくんだろうか。特に
マルチメディアでクリエイティブなワークをやっている連中
を私どもがコーディネートしなきゃいけないんだけれども、
国内でもまさしくこの状況なんですね。仕事については完
全に成果主義ですから。しかし、そういう連中を取り扱って
いますと、こういうオフィスしか成り立たないと逆に思うわけ
ですね。ところが、それに対応できるものがなかなかない。
例えば、今、幕張の非常に大きな20万平米の超高層ビ
ルの中にクリエーターを1人送り込んだんですね。やっぱり
フロアとして使えないんです。間仕切りしただけでも居心地
が悪いし、デベロッパーさんの方も、正直言って、そういう
連中に貸すことを想定したことがなかった。逆にデベロッパ
ーさんは、そういう研究をしたいので、ただで貸したいという
ことで、我々に実験をさせているわけなんですけどね。そう
いう意味では、まさしくそういう萌芽が日本の社会にも明ら
かにあらわれている。それをどういうふうにとらえていけば
いいのか。それはあくまでも今と同じように、5年後10年後
でも非常にマイナーな世界なのか、あるいはアメリカのよう
に、まさしくそういうスモール・ビジネス、スモール・カンパニ
ーというものが当たり前のように標準になってしまうのか。つ
まり知的創造活動の職種としてはですね。このあたりを皆さ
んの中である程度シナリオをつくっていただくと、メジャー
になるかどうかは別としても、かなりの領域を占めるんじゃ
ないか。
それから企業内で、例えばマイクロソフトのように非常に
大きな企業だけれども、総務・経理は別としまして、実は中
は完全にスモール・カンパニーの集まりだというような組織
18
4.知的創造の実際の問題点
長谷川圭司(研究開発マネジメント誌副編集長)
して、若手が自由な発想で研究テーマを検討するという場
を持たれております。特に異分野の研究者同士というのが
1つの特徴になっておりまして、これが特に若い研究者の
活性化につながっている。これは取材をさせていただいた
んですが、そうおっしゃっておりました。
4.1 より良い知的創造空間を作るアプローチ
(1)物理的環境(アプローチ1)
①ファシリティマネジメント
②裁量労働制、フリータイム制
松下電器の技術部門を対象にしたアンケートによると、
「画一的平等から合理的公平への転換」、「時間管理から
成果管理への移行」などを肯定的に考える組合員が半数
を越えるそうです。
③グループウェア
東芝のグループウェアの研究開発と適用事例を報告した
ことがあります。
④研究補助者の不足
研究者一人当りの研究補助者の数は、日本0.54人に対
して、ドイツ1.5人、フランス1.4人、イギリス1.2人となってい
ます。
(4)思考・発想支援システム、創造のプロセス研究
(アプローチ4)
①コンピュータが人間の創造的な思考活動を支援する
人間の思考パターンには、例えば発散的思考、収束的
思考、アイデア結晶化、評価、検証というものがありまして、
この中でコンピュータにできることはコンピュータにやらせ
ようという研究が進んでおりまして、この著者の国藤さんは、
かつて富士通にいらした方ですけれども、そういった研究
も始められているようです。
それから、コンピュータを中心とした研究開発支援ツール
ですね。例えばコンピュータによる分子・材料設計、科学
技術情報・知識体系データベース、こういったものがありま
す。
また、研究開発の分野ではないんですが、例えば広告、
アートに近い分野でのネーミングをするに当たって、いろ
んな言葉をコンピュータに入れておきまして、順列・組み合
わせで、この場合は社名のネーミングなんですが、従来人
間の考えていたよりもずっと短時間で効率的に、あるネーミ
ングができるようになったということがあります。
順列・組み合わせは、1つの思考パターンだと思うんです
が、こういうことで解決できる問題も私の仕事の場合にも結
構あるのではないかと思います。コンピュータができるとこ
ろはコンピュータに任せるというのが1つの創造性の向上
策ではないかと思います。
②創造のプロセス研究
研究・技術計画学会の平澤先生という方が何年か前から
研究開発における思考過程の分析というのを学会で発表
されております。例えば、研究開発の場合の仮説形成・問
題解決の種類が表の縦軸になっているんですけれども、こ
ういうものを決めまして、分野・テーマ目標との関係を見て
おります。例えば物理学においてはテーマ内の現象発見
という、これは実際の研究者にインタビューをされた結果、
表をまとめられたということなんですけれども、こういった人
間の思考パターンと実際の成果についての関係について
研究をなさっている方がおられます。
その次は現在連載中のものなんですが、「創造のプロセ
スに迫る」というタイトルでやっております。高松さんという、
ある化学の会社におられた方が、創造へ至るルートをいろ
いろ調べておられまして、ここにありますのは歴史上重要
な発見がどういうルートで、だれによって発見・発明された
かということを表にしたものなんですが、創造ルートを見ると
偶然とか模倣というのが多くて、理論的アプローチで理論
的にこうなるからこうだと出てきたものはほとんどないに等し
いということで、偶然、模倣、言ってみればチャレンジする
ことが大切だということを主張しておられる方です。このよう
に研究開発における創造のプロセス、過程、思考パターン
といったものをある分類に従って調べていらっしゃる方も何
人かおられます。
(2)モチベーション、活性化策(アプローチ2)
ソニーの専門職制度、三菱電気のグループマネージャ
ーによる動機づけ向上策、などの事例があります。
(3)創造促進策(アプローチ3)
・各種創造技法
ブレーンストーミングやKJ法など、各種技法があります。
・各種刺激策
同一のテーマを複数のチームに担当させ、賞金を出して
競わせた例もあります。
・コミュニケーション
コンピュータ・ネットワーク等の技術進歩のおかげで、各
人のニーズに即して、より個別的なコミュニケーションが可
能になってきたという状況があります。
コミュニケーションのパターンと特許に関する実績との関
係を見てみると、平均的な実績を上げている者と、平均以
上の高い実績を上げている者とのグループを比較した場
合、日本の場合、平均以上の実績を上げる者の方が全体
的なコミュニケーション頻度が高いという結果が出ておりま
す。
このような調査をやっておられるスコットさんの論文の中
で、アメリカのマイクロソフト社の例を挙げてまして、ここの
キャンパスは、広い庭、広場、空間があって、建物もコミュ
ニケーションがとりやすいような形に配置されていて、無計
画で有機的な雰囲気と表現されていますが、廊下と会議
室とスケジュールから成るコミュニケーション創造にかわっ
て、キャンパス全体にコンピュータ・ネットワークが張りめぐ
らされ、庭、広場、空間というものが有効に活用されるよう
につくられている。コミュニケーションが最も重要な研究開
発のインフラになっていると指摘されております。
・相互啓発
企業内教育として、従来OJT、Off-JT、自己啓発というも
のが三本柱として考えられてきたわけですが、それに加え
て社員相互の啓発の場というものが新たに重要視されてき
ています。
・東芝の「若手長中計」活動
これは長期・中期計画活動と言うんですが、全社的な長
中期計画というのは当然あるわけなんですが、それと並行
19
のタイプによりパーソナリティーあるいは能力、思考すると
ころも違ってくるのではないかということで、人間のタイプを
調べていくことも1つあるのではないかと思います。
その下に兄弟型というのがありますが、16世紀以降起き
た28の科学革命を分析の対象としたところ、そのうち23は
上にお兄さんかお姉さんがいる弟によってなされた。既成
の概念を覆すようなチャレンジ精神は、保守的な兄よりは
革新的な弟の方があるのではないかというデータもありまし
て、なかなかおもしろいなと思いました。
それから、この間占いのコーナーで見つけたんですが、
カオロジィ、形質人類学という学問があるそうなんですが、
その人のルーツ・祖先をたどっていくことによって、かなり
明確な基準でタイプ分けができるのではないか。研究者に
はこういう顔のパターンが多いとか調べていらっしゃる方も
いるそうなんです。
『研究開発マネジメント』誌では、どっちかというと会社の
システムですとか組織の問題を取り上げることが多いんで
すが、こういったパーソナルな面から攻めていくのも1つあ
るのではないかと思っております。
その下の部分は「科学の研究は科学的に進むか」という
タイトルで、この桜井さんは大学の先生ですけれども、書い
ていただいたことがあります。この方の趣旨としては、創造
の過程、プロセスといったものは極めて個人的というか、そ
れぞれ違ったもので、その研究成果というのは、当の学者
によって語られるときは、既に研究の現場で実際に起こっ
ていたことはほとんどすべて忘れられてしまい、客観性を
持った説明だけが残るということになって、実際どういう過
程でもって発明・発見がなされたか、そういう考えが出てき
たかということを体系化するのは難しいんじゃないかという
ことを言っておられます。
とは言っても、個々の発明・発見の事例を具体的に一件
一件調べて、その事例を研究するという方向での研究アプ
ローチは必要ではないかと私は思います。例えばノーベル
賞を受賞した成果について、こういう過程でもって、この人
はこういうことを発見したというのは、何冊か本にはなって
いますけれども、若い研究者の方がそういう創造のプロセ
スを知ることによって、こういう過程を通れば自分にもこうい
うことができそうだとか、創造とはこんなものなんだとか、そう
いうことがわかることによって1つの心のよりどころになるよう
な気がしています。そうした人間の思考のパターンを研究
して、コンピュータができることはコンピュータにやらせると
いうのが4つ目のアプローチではないかと思います。
4.2 研究開発において課題となっていること
(5)メンタル・マネジメント、人間学
(アプローチ5)
研究開発部門におられる方は、いろんなストレスとかプレ
ッシャーがかかる方が多いのではないかと思われますが、
精神的障害を取り除いてあげるということも創造性発揮の
ために必要な1つの視点ではないかと思います。
「危ない橋は渡らない」管理者層に対して、若年・中堅層
は「ストレスの淀み」となっている。これは皆さん、なるほどと
思われることも多いかと思います。
クリーンルームで働く方々は多少病的な心理的対処行動
を示しやすい等の調査結果が報告されているという例もあ
ります。
その下の企業内メンタルヘルス活動の現状ということで
すが、これは東芝の勤労部の安全保健センターの方が調
べていらっしゃることですが、現在では、従来の精神不調
に陥った従業員個人への対応から、組織全体へとメンタル
ヘルスケア活動の視点が転換していて、メンタルヘルスと
いうのは企業力向上の一側面として位置づけられ始めて
いる。東芝ではそのような考えがオーソライズされているよ
うです。東芝では、ラインアプローチ、専門スタッフアプロ
ーチ、スタッフアプローチという3段階でもってメンタルヘル
スの問題について対処されているようです。例えばコンピュ
ータ技術者は仕事量の負担感と競争・解雇不安が年齢の
上昇に伴って有意に増加するという結果も見られているそ
うです。このようにメンタル・マネジメントという観点から創造
性の問題にアプローチするのも1つあるのではないかと思
います。
それから人間学ですが、これはまだ当雑誌では取り上げ
たことはないんですが、例えば血液型ですとか、占いの1
つと勘違いされるようなものもあるかもしれないんですが、
結構おもしろいデータが出ておりまして、東大工学部の金
属工学科と金属材料学科という2つの学科があるんですが、
ある年度のここの血液型の分布率を調べたところ、かなり
偏りがあって、要するに人間にはいろんなタイプがあり、そ
20
実は雑誌を創刊するに当たって、どういうテーマで特集
を組んだらいいか、どういうネタを提供すれば皆さんがおも
しろく読んでいただけるかということで、企業のR&D担当
者にアンケート調査を行ったことがあります。これは自由回
答で回答していただきまして、私の方で適当に分類したわ
けです。
まず、テーマ設定・評価が断トツで1番になっておりまして、
実際この間研究開発テーマ作成という特集をやったんで
すが、今までの中では一番と言ってもいいくらい反響があり
ました。ですから、テーマ設定をどうしたらいいか、どう評価
したらいいか、これが研究開発をやっておられる方、研究
企画をやっておられる方の一番の問題意識であるというこ
とが言えると思います。
2、3、4、5番目は教育・育成・能力開発、活性化・動機
づけ、組織づくり、人材確保ということで、実際このような言
葉でもって書いてこられる方が多くて、じゃ、これを具体的
にどう記述していったらいいかというのはまた悩むところな
んですが、大抵動機づけとか活性化とか、そういう単語で
書いてこられることが多くて、ということは、ご回答いただい
た皆さんも、具体的にどういうアプローチをしたらいいか余
りわかっていないのではないか。極めて抽象的な表現で回
答される方が多かったものですから。多分皆さん悩んでは
いるんでしょうけれども、具体策あるいは具体策のヒントとな
るようなものも余りお持ちではないのかなと思っています。
6番目に効率アップ、これは早く成果を出すとか、そういう
ことだと思います。それからR&D効率の定量化で、何とか
定量化して効率を評価できないか。効率ということがもう1
つの問題意識として大きくあると思います。
その下の成果の評価法は研究成果の評価法です。もう1
つ、人間の評価法というのもありますけれども。この辺まで
が件数としては割と多いところです。
テーマ設定・評価、教育、活性化、組織、人材、抽象的
な表現ではありますけれども、広い意味で言えば知的創造
空間ということになると思いますが、そういうものに関するも
のが2つ目に大きくありまして、それから効率アップ、また効
とか、目的とか目標を失っている、現実と合わなくなってき
ているとか、そういうことが多いということなんでしょうか。
もともと研究所をつくるとか、研究開発のセクションをつく
る時には、何か目的があったはずですね。そういうものが
だんだん見えなくなってきているということなんでしょうか。
長谷川 それが1つあると思います。
宇治川 そういう大きな方向での問題と、それから大きな目
標はあるんだけれども、具体化していく上で……。
長谷川 この場合は具体化していく上でのことの方が多い
と思います。将来が予測できないということで、これはだれ
にもわからないことだと思うんですけれども。
宇治川 テーマ設定で悩んでいるということは、余り焦って
ないという面もあろうかと思うんです。一方で半導体とか電
子関係では、そんな悠長なことを言っている状況ではなく
て、目標がしっかり定まっていて、みんなで何とかやらなく
てはいけないと必死でワーワー取り組んでいるようなところ
もあると思うんですね。
当社はゼネコンですから、研究所をつくるとか新しくオフ
ィスをつくるということからすると、そうやって必死に戦争を
しているところの方が、これからもどんどん研究所をつくっ
ていくような気がするんですけれども、そこら辺になると大
分様子が違うのかなというふうにも思うんですね。
長谷川 これは業種別に分類していないのでわかりません
が、そういうことがあるかもしれないとは思います。
宇治川 当社では昨年、基礎研究部という組織をつくった
んですけれども、そういうところが増えているというのも背景
にあると思います。基礎研究的な取り組みをする場所が世
の中にふえてきて、そこのマネジメントが非常に難しいとい
うことがありそうな気がするんです。
長谷川 よく書かれているのは、基礎研究の場合は全く別
の開発とは違う考え方でやりなさいと。
率の評価法というのがもう1つ大きなテーマとしてあるかと
思います。
以下は細々したものがあるんですが、大きくは今言いまし
たテーマ設定、知識創造空間、効率というところが皆さん
の関心ではないか。それが問題意識としてあるということは
わかったんですが、具体的にどういう解決法があるか、ある
いは解決のための事例があるかということは、その都度この
雑誌の中で小特集のような形で、これをいろいろブレーク
ダウンしながら企画を組んでいるというのが現状です。
4.3 質疑
(1)研究開発において課題となっていること
宇治川 『研究開発マネジメント』誌の創刊はどういうことが
きっかけだったんですか。
長谷川 私どもは、現在雑誌としては『研究開発マネジメン
ト』と人事部門向けの『ニュー人事システム』という2冊を出
しています。それ以外はいわゆる単行本です。単行本と言
っても書店では販売しておりませんで、企業あてにダイレク
トメールでご案内して、企業単位で買っていただくという本
というよりマニュアルに近いものが多くて、その中で、この雑
誌を創刊する2~3年ぐらい前、『研究開発マネジメント体
系』『研究開発マネジメント実務必携』というタイトルのもの
を2冊出したことがあります。そうしましたところ非常によく売
れました。また、商業誌として販売している雑誌で、この手
の競合誌はそれまで1冊もありませんでした。当社はダイレ
クトメールで販売していますので、研究開発部門の方のリ
スト等を持っていまして、それで月刊化にしても、ネタはい
っぱいあるし、いけるのではないかということで創刊して、
50号まで何とか続いているということです。
宇治川 これは主に民間の方ですね。
長谷川 民間です。
(4)物理的環境の内容
宇治川 一番最初は物理的環境という項目になっていま
すけれども、私たちの感覚からすると、ここにあるのは物理
的環境とはいわなくて、別な要素かなとも感じるんですけど
ね。例えば建築の立場から言うと、どういう空間をつくるかと
か、どこにつくるかとか、どのくらいのスペースを与えている
かとか、そういうことも物理的環境の中に入ったり、それから
コンピュータを使えるかとか、そういうことも入ってくるのかな
と思うんです。
フリータイム制など制度は総務とか人事の仕事になって
きて、普通我々の方では物理的環境には含めません。た
だ、以前、井口さんからお話を聞いた時にも、分野によっ
て環境とか物理的環境のニュアンスは違うなと感じました。
長谷川 これは私がきょうの発表のために便宜的に分類し
たにすぎないんですけれども。
宇治川 建築的なといいますか、非常に狭い意味でのフィ
ジカルな物理的環境ということは余り話題にならないんでし
ょうか。
長谷川 読者の声としても明確に上がってきたというのは
余りないですし、逆にこちらの編集部の方でそういう題材が
拾えていないというのもありますし、もし研究開発分野で、
こういう物理的環境で仕事をすると効率が上がるということ
があれば教えていただきたいんですが、そういうのは実際
いろいろ研究されているわけでしょうか。
宇治川 いや、そういうあたりがこれから非常に大事になる
だろうなという問題意識だけはあるんですけれども。ただ、
(2)相互啓発と異分野交流
望月 相互啓発というのは、ほかのOJT、Off-JT、自己啓
発と企業内教育としてという形が具体的にイメージできるん
ですが、相互啓発というのは具体的にどういう形のものな
んですか。
長谷川 例えば小集団による勉強会。これは若い人、有志
だけ集まってというものもあるでしょう。それから社内塾。た
しか三菱電機さんの何とか塾というのがありましたね。ここ
にありますので後ほどごらんいただければと思うんですが、
研究論文発表会、社内学会、社内技術交流会。
望月 もう1つ、よく異分野と言われるんですけれども、異
分野も互いに全く理解できない分野が多分あると思うんで
すね。今、幾つかうまくいっている例があるとおっしゃって
いましたけれども、具体的に違う分野の人たちがどういった
レベルでコミュニケーションをとっているのか。
長谷川 その辺については、具体的に何の専門の人と何
の専門の人がということは取材できていないんです。ここに
あるんですけれども、その具体的なところまではわかりませ
ん。
(3)テーマ設定
宇治川 テーマ設定が非常に問題となっているということ
は、裏返すと何のためにそういう研究所とか研究開発する
場所をつくったかということがだんだん忘れられてきている
21
たいだぞと。その過程は、その人には何を言っているのか
全然わからなくて、答えだけがポンと返ってくるみたいなこ
とがあって、不思議な体験だと言っていました。
宇治川 まだ日本では余り多くないんでしょうね。でも、大
学は留学生がふえて国際化は進んでいますよね。外国人
の比率は高くなっていますよね。
平手 多いところはもう半分ぐらいです。今、日本人の半分
ぐらいじゃないですか。その辺が上限だろうという状況で、
定員化するとすればそのあたりが目安になるということです
が、結構多くなっています。
そもそもこういうことをやり出したきっかけは、我々の研究所
自体が2年ぐらい前まで都心にありまして、非常に交通の
便がよく、対外的なやりとりというのはやりやすいし、本社と
も近いしということなんですけれども、個人の執務スペース
とか実験スペースは恵まれていないとか、十分与えられな
い。
一方、郊外の研究所にしますと、逆にそういうのは非常に
ゆったりでき上がるわけですけれども、ほかとの接触とかニ
ーズとのかかわりとか、そういう面で非常に遠くなってしま
う。
こもってやるタイプの仕事は進むんですけれども、いろん
な人とコンタクトしながら進めていく研究は逆にやりづらくな
る。そういう中で知的創造ということを考えたら、これから一
体どういうことになっていくんだろうかという問題意識があっ
たんですね。しかし、情報ネットワークを使ってコミュニケー
ションするというのも進んでいますから。
長谷川 1回たしか「地方の研究所の可能性」というタイト
ルで……。
宇治川 立地の問題についてですね。
長谷川 立地の問題で特集をやったことがありますね。そ
れを取り上げたことはあります。
宇治川 それから大分昔の話ですけれども、筑波研究学
園都市ができたときは都内からたくさん移転しましたね。そ
ういうのを見ても、多少そういう中に閉じこもってしまうような
傾向が出てきた人もいますし。
長谷川 そうですね。筑波についてもちょっとした企画を組
んで特集をやったことがあります。その筑波の特集を組ん
だときは、実際筑波で研究管理をしていらっしゃる人に原
稿を書いていただいたことがあるんですが、内容まではよく
覚えていないんです。
宇治川 だけど、あそこは公立といいますか、公共の研究
機関が多いんですね。民間もないことはないですが。
長谷川 そうです。だから、たしかその辺の人に書いてい
ただいたと思います。具体的な問題等については余り触れ
られていなかったような気がします。
(6)創造のプロセス
宇治川 「科学の研究は科学的に進むか」というので、科
学者の語ることよりやっていることを見なさいというのがあり
ますね。大学でも工学部なんかは徒弟制度に近いような、
あるいは研究室単位で先輩から後輩に伝わっていく部分
が結構多いんですけれども、人文系とか新しい大学という
のはそういうところを払拭して、プール制にした試みもあり
ましたね。そういう点で、この偉大な研究者のやることを見
よというのは、そういうことに近いことがあるのかなと思うんで
すけどね。実際に目の当たりにして何をやっているかを見
るというのは非常に大きな影響を与えると思いますね。
長谷川 その上にあります創造へのプロセスの研究とか、
その前のページの東大の平澤さんがやっておられる、ある
分類法に従って体系的に思考の過程を調べるということと、
ここで桜井さんが書いていらっしゃるのは、レベルの違いと
いうか、多少次元の違いはあるかとは思うんです。人間の
思考プロセスとか、あるいは発明・発見へ至った過程がど
の程度体系的に説明できるかというのは、ちょっと疑問の
点もあるとは思います。
(5)国際化
宇治川 国際交流的な問題というのはまだ出てきていない
んですか。
長谷川 交流というと例えば?
宇治川 コンピュータ会社の研究所では外国の方も一緒
に研究開発に取り組まれている例が多いんですけれども、
そういった問題が出てくるのではないか。
長谷川 コミュニケーションギャップのようなものですか。
宇治川 まあ、そうでしょうね。
長谷川 それが問題になっていて困っているというお話は
余りなかったんですけれども。
宇治川 まだ少数なんでしょうね。私が知っているのも超一
流の方のコンピュータメーカーでしたから、一般化している
という状況ではないと思うんですね。
岸本 アメリカあたりで結構そういうのがあるみたいですね。
米国のコンピュータ会社でアルバイトをしていたころに、ソ
フトウェアの開発会社はアジアからの、特に中国とかの留
学生が物すごく多いんです。そうすると話をするときに、彼
と話すときだけは英語で話をしていて、向こうで中国語でワ
ーワーと言って、じゃ、こうだと、また来る。僕らだと、例えば
日本人が何人かいて、もしアメリカ人と話していたら、だれ
かが代表で話をして、こっちで日本語でこう言っているみ
22
(7)『研究開発マネジメント』の内容
平手 これは創刊号からのバックナンバーですか。
長谷川 はい、そうです。
平手 内容的に見てみると、きょうお話しされた内容は、前
半は比較的ハード的な側面で、後半はソフト的な側面です
けれども、全体としてこの特集の中身もソフト的な側面に移
行しつつあるのかなという感じを受けたんですけれども、そ
んなことはあるんですか。この号あたりには立地とか、そう
いう結構ハード的なことが最初の方はあって……。
長谷川 意識してはやっていないんですが、多少そういう
面があるかもしれないです。
田中 興味のあるテーマというのは最初におわかりになっ
ていても、取り上げたのは最近ですね。
長谷川 いや、2号目で1回やっているんです。50回もや
っているとタイトルのつけ方が難しいんですね。ですから、
タイトルは違っていても、中身的には以前やったものと重
複している。
田中 重複してもいいんですよね。
長谷川 いいんですけれども、何年サイクルでやるとか、切
り口を変えて原稿をつくるということですね。
宇治川 立場によっても違うと思いますけど、研究開発でも
管理職の上の方になると、何をやるのかということが非常に
大事になってくると思いますね。でも、きょうは、このテーマ
設定と能力とか動機とか組織という面と、効率と、この3つ
がポイントであるという点は大変参考になりました。
井口 アプローチは1から5と5つ挙げていますよね。例え
ばアプローチ1の問題とアプローチ3をつなげた場合に問
題を取り上げることができるかとか、多分今後の企画の中
身というのは、そういうところから従来の取り上げ方と違った、
つまり複合的な取り上げ方が出てくるんだろうと思うんです
けれども、その辺で何か提案はないですか。例えば、さっ
き宇治川さんから、アプローチ1の場合だと、ここで言って
いるのは純粋なフィジカルな物理的環境じゃない、どちら
かというと就労環境的な面が非常に多いと。逆に言うと、物
理的環境という言葉本来のものが余りこの中にはないわけ
ですよね。その問題というのは、特にこの研究会では、コミ
ュニケーションの問題が、物理的環境のありようによって、
すごくシナジー的に相互交流が行われたりとかいうことが
物理的環境をいじることで変わるんじゃないか、また変わる
はずだから、全体としても1つの仮説を立てて、それを調査
してみようじゃないかというのがこの研究会のありようなんで
すけれども、その辺で何か感じている点はないですか。
長谷川 そういった点は確かにあると思います。
宇治川 例えばカフェテリア効果というのがあったんですけ
れども、本来の執務スペースとか実験室とか、そういう場所
以外に、お茶を飲んだり、お昼を食べるとか、そういうあたり
を工夫することによってコミュニケーションが活発になるとい
う説があるんですね。それからリコーの研究所にお伺いし
たときは木の大きなテーブルがあって、あれはいつでも、だ
れでも使っていいんですよということで、上から見て空いて
いるか空いていないかわかる。その木の机を入れるときは
大変苦労したけれども、皆さん使っていらっしゃいますと。
そういうお互いを結びつけるような仕掛けが物的にもできる
と思うんですね。また、そういう会議をやりなさいというマネ
ジメントの施策としてもやれると思うんですね。
長谷川 今、井口さんがおっしゃったことは、いろいろ考え
れば出てくると思います。
井口 そういう切り口を新たに付加していただけると、前に
もやったのが2年後、3年後に同じようなテーマで出てくると
いうのではなくて、また違う切り口で、同じテーマの策定で
も、例えばコミュニケーションをある問題点に置いたときの
問題とかあると思うんですよ。通常でいくと研究所、研究部、
研究室という単位になって研究員がいるという仮定の中で
いくと、大体下から上にテーマを上げていって、最終的に
例えば1,000くらい上がってきたのを似通ったものをくっつ
けたりとか、そういうようなことをして300ぐらいにおさめるみ
たいなことになってきますね。そうすると、収れんさせていく
ときに、小さな集団組織の単位から上に上げていって、最
終的に決めていくという、そのスタイルだけじゃなくて、別の
スタイルでやっている会社はないかとかね。例えば若手の
ジュニアボード的な話がここにありましたよね。ああいうのは
出てくるんだけれども、それは正規のものとは別のものみた
いな味の素的なもので言われるんだけれども、正規じゃな
いんですよね。どちらかというと言わせてやれみたいなとこ
ろがある。それはそれでいいと思うんですけれども、そうじ
ゃなくて、正規なところをいじるような方向性というのはない
んだろうか。
長谷川 そうですね。あれば掲載するんですけれども。
井口 なかなかないですよね。
長谷川 ないですね。
岸本 一般的に僕らが言っている空間の影響度、貢献度
みたいなもので、内容を見ても実際に使っている人たちが、
こうなってから結構こうなったよという話は余りなくて、つくっ
ている側が一生懸命こんな感じがあるだろうという部分が
23
結構あると思いますけれども、少なくともここに今出てきて
いるいろんなテーマに、これと物理的環境はどうかかわる
のかみたいなことを一個一個チェックしていくと、例えばメ
ンタル・マネジメントなんていうところがありますけれども、ス
トレスの問題を組織のシステムとして、例えば心理学者だと
か、あるいは精神分析みたいなマネジメントをしてカウンセ
リングをやってやろうという部分もあるかもしれない。一方で
ストレスがたまっているのを例えばこういうふうにしたらストレ
スがちょっとでも和らぐとか、あるいはこういうにおいがあっ
たらストレスがきっと和らぐんだと。一時、香りの研究という
のがあちこちで出てきたことがありましたね。これそのもの
にダイレクトにアプローチできなくても、空間がこんなことが
できるよといったことが幾つかあったと思うんですけれども、
それをもう1回ザーッと見ていくと、コミュニケーションのとき
には、空間部分ではコミュニケーションのこんな側面にか
かわれるなとかいったものをそれなりにチェックする。
極端に言えば、例えば人間のタイプというのがあるから、
どんなタイプの人間をどういうふうに並べたらいいかとか、
物理的にどう配置したらいいか、あるいはうまく組み合わせ
が変えられるような空間の構造だとか、そんなところをやっ
てみると新しい空間のあり方が探せるかもしれないと思いま
すけれども、それを探すのは空間をつくる側の話なのかな
と。実際に使っている人からこんな空間にしてほしいという
のは出てこないんですか。スペースがないとか、暑いとか
寒いとかいうのは出てきますけれども、問題として起こらな
い限り、なかなか意識されないという部分ではありますか
ら。
井口 これは思いつきですけれども、例えば研究補助者の
数字がありますよね。日本とドイツを比較すると、3対1ぐら
いでドイツ方が多いですよね。例えば同じ日本企業の中で
も、この辺の数値の高い企業とか低い企業とか、この辺の
数値は把握できるのか。できたとしたら、テーマの中に例え
ば効率の問題がありましたけれども、そういう会社というの
は効率が高いという結果が出ているのか出ていないのかと
かね。組織的に言うと、本来業務に重点化してやった方が
よりアウトプットの質は高まるという考え方があって、例えば
設計の部門だけを独立会社化してやっているような会社と
かありますよね。じゃ、そういうのは実際に本当にいいのか
というふうに見てみると、単に研究補助者を何人つけるかと
いう話と効率の問題ともつながってくるとか、その他の要素
ともつながってきて、つまり補助者が多いということは今度
スペースにも関係しているわけだから、当然普通の研究所
よりはスペース的には多くとってくることになりますけれども、
そういう幾つかの要素がつながって見れるような……。
宇治川 補助者の問題というのは人事制度と密接に絡ん
でいます。当社でも、昔は研究補助者がいましたが、高齢
化したときに処遇の問題が起きるんです。それで今では、
人材派遣業から雇っています。それは、研究補助者の数
には表われないけれども、実質的には、研究補助者がいる
という状態です。今は景気の関係で派遣されている人材も
大分削減しました。この研究補助者と研究員というのは、
国も違えば恐らくここで言っている中身も違うでしょうし、そ
れから優秀な人が使っているうちはいいんですけれども、
優秀でない人だっていっぱい使うでしょうから単に補助者
がいるから能率が上がるともならない面があるんですね。
日本の中でも、どこの会社でも同じような仕組みでやって
いるわけではない。大分事情が違うと思います。
5.知的創造のための空間:仕事場の人間化に向けて
Wolfgang F.E. Preiser
宮本文人 訳
概要
この論文の目的は、設計され、構築された環境、特に、オフィス環境において知的創造を促進する要素を取
り上げ、分析し、吟味することである。「知的創造のための空間」とは、快適で、刺激的で、誘発的な空間であ
る。
この論文では、知的創造活動を支援する空間の計画、プログラム、設計の際に、留意すべき主要な事項に
ついて概要をまとめている。概念的には、居住性の枠組(Preiser, 1983, 1986)が、知的好奇心をかき立てる環
境の決定的要因について検討するための基礎となっている。さらに、環境デザインのサイバネティクス、すなわ
ち、環境デザインの相対論的な概念の枠組(Preiser, 1990, 1991)が、この論文の理論的な基礎となっている。
5.1 はじめに
5.1.1 関連する概念:
人間-環境系の関係は、空間的のようなあいまいな環境についての性能上の特性を3つの居住レベルに結
びつける構成概念となっている。
レベル1 健康/安全性/予防措置
レベル2 機能性/効率性
レベル3 心理的、社会的、文化的レベル、美学的なものを含む
居住性の枠組とその構成要素について、著者は既往の文献において定義し、説明している(Preiser,1983)。
先に言及した居住性のレベルは相互に関連し、ある意味で福利となるものである。すなわち、レベル3が伴わ
なければ、レベル1を達成しても、満足できる、知的好奇心をかき立てる環境とはならないだろう。これらの概念
の中から選ばれた実例を操作することや、それらを設計上のパラメータ・指針に翻訳することは、将来の研究
目的となるだろう。
例えば、ここ25年にわたる環境設計の文献(Pastalan,1974)の中でみられる関連する概念は、限定されるわ
けではないが、以下のものを含んでいる。
すなわち、
・ 変動
・ パーソナルスペース
・ 複雑さ
・ プロセミックス
・ 過剰な刺激
・ ソシオフーガルとソシオペタル
・ テリトリー
・ ヒューマンスケール
・ 領域上の境界
・ 空間密度
この論文の結論と同様、予想される結果に基づき、今後の環境設計研究を行う上での研究議題が決められ
るだろう。
5.1.2 用語の定義:
まず最初に、ランダムハウスの辞典(1987)に従い、2つの用語、すなわち、「知的」と「創造」について定義し
なければならない。
・「知的」 形容詞
1.a 知性のある、あるいは、知性に関係する
b 感情的というよりも合理的な
2.知性に訴える、あるいは、知力を働かせる
3.a 高い知能をもつ
b 知的なものに向けられる
名詞
知識人
・「創造」 名詞
1.作り出す行為、あるいは、存在を生じさせる行為;創造する行為;生むこと
2.創造されること
3.創造される、あるいは、創造されたもの
24
4.創造物、特に、創造的芸術作品
知的であるということは、当然、常に変化している環境における問題や出来事に対して新しい洞察、新しい方
向性、潜在的に新しい解決をもたらす関連性を、心の中で作り出すことに関わっている。
創造あるいは創造力という用語は、
a.既成の事実、パラメータ、資源に基づき新しいものを作り出こと、それは、革新的な方法で結合され、築か
れるものである。
あるいは、
b.全体として新しい、今まで経験されていないものを作り出すこと、定まった問題に対して想像力に
富
んだ解決をもたらすものである。
5.1.3 知的創造に携わる人々の例:
これらの中には、実験科学者、作家、コンピュータープログラマー、デザイナー、一般に問題の解決者が含
まれる。しかし、教師、管理者、創造的仕事の翻訳者/適用者は、この中には含まれない。
一方、芸術家は創造的な努力を行うが、これらは合理性をつかさどる脳の半分によるというよりは、感情をつ
かさどる脳の残りの半分により駆り立てられる。特に、感情に関わる脳の残りの半分は、一般的に言われている
ように、感覚的、芸術的、創造的思いつき/精神的なものを生み出す役割を担当している
(Esser, 1976)。
結論として言えば、知的な創造行為や創造力に対する環境の性能基準や設計特性を定めたりする場合に
は、基本的には、合理性をつかさどる脳、そしてその機能を高める環境におけるパラメータに主眼を注ぐべき
であろう。あるいは、ある知的研究課題と発展的解決のための問題空間を見つけ、積極的に解決への糸口を
絞っていく場合に、頭脳の両側が反復的な方法で関連をもつことが可能であろうか(Preiser, 1991, 1994)。
5.2 知的創造の環境的パラメータ
5.2.1 社会的地位と空間的ヒエラルキーの分類
創造的環境は、現実の権力構造や組織上の階層などが最小限に押さえられる程、あるいは、それらが一時
的に解体される程、開放的と感じられるであろう。その結果、アイデアの開かれた交換が生ずる。このようなこと
に対する一つの前提条件として、‘行動する場のレベル’がある。そこでは、どんな参加集団も、互いに威圧さ
れたり、劣等感を感じてはいけない。例えば、ある伝統的な文化の規範や礼儀によりある座席形状が形作られ
るということを認識すれば、このことが既成事実として存在することがわかる。会社における会議室のテーブル
の場合、例えば、(アメリカ合衆国では)このことは次のようなことを意味する。すなわち、ある位置につく人達の
場所は、権力構造あるいは権力の階層の中で支配的な地位にあることを示している。法人の会議室の端は、
通常会議の議長が着席する場所であり、議長の片腕となる人物は右側に着席する。そして、テーブルの廻りに
いる人に関する限り、時計と反対廻りに進むに従い、その人の力が次第に弱くなる。同じ列に沿ってみると、上
座に着席する人ほど、下座に着席している人よりも権力をもっているようにみえるであろう。着席位置と会議室
の入り口との関係からみた近さは、また非常に重要である。したがって、人々の占める位置は、知的な仕事を
創造しようとしている知的集団の社会的力学に関係するので、極めて重要であり、非常に慎重に扱わねばなら
ない。空間が人間行動に及ぼす影響については、著者が表1のように概要を整理している(Preiser,1990)。
25
表1 空間が人間行動に及ぼす影響
空間の概念
行動の概念
1.テリトリー空間
支配の階層性;地位の表現
2.パーソナルスペース
プライバシー;引きこもることを通して個人の全体性と安全の確保
3.空間の境界
テリトリーの防衛;社会的秩序、安全性、統制
4.プロセミック空間(近接空間)
コミュニケーション;価値のあるものへの接近性
5.空間の密度
混雑度;物の分布
6.空間の尺度
仕事に関連する機能性;匿名性(例えば、高層建築物における)
7.ソシオフーガルとソシオペタル空間 人々の離散あるいは吸引
5.2.2 境界の分類:
どんな種類の境界も、自由に考え、知的交流を行う上で大きな障害となる。このパラメーターは、組織におけ
る同僚や上司への‘接近性’という概念と関わる。それは、ある特定の仕事場面においてプロセスや結果につ
いて、管理者や責任者よりも時にははるかに知識が豊富な部下との開かれた意見交換も意味する。このように、
境界を取り払うことは、単に接近するための物理的な境界あるいは制限を取り払うだけではなく、それに伴い自
由な意見交換の流れを必然的に生み出す。情報技術は、例えば、ファックスやEメイルを使うことによって、物
理的に接近を制限するものを、くぐり抜ける新しい手段を提供してきた。しかし、文献での報告によると、既に、
過度のEメイルは多量の情報を送ってくるので、多忙な受信者は注意を払わなくなり、反対に非生産的な結果
をもたらしている。
5.2.3 形式主義に陥らないこと:
形式ばらない座席の配置は、人々をくつろがせ、社会心理学的な意味での快適さをもたらす。コーネル大学
のフランク・ベッカーによると(Powers,1993)、「快適な時には、人間は生産的になり、より効果的に情報を伝達
する。机と椅子に寝椅子やリクライニングの機能を備えるという考えは、本当ではないかのように思われてきた
かも知れないが、それは試みられ、うまく機能している。」 そして、さらに、「足をあげて安楽椅子に座っている
人々、ポーチにあるブランコにのって会合を行っているグループ、あるいは、電話をもって寝椅子に横になりな
がら業務の電話を行っている人々をみるのに慣れていない。仕事場というより家庭のように思われる。しかし、こ
のオフィスは、底辺から生産性を高めるために設計された。」
5.2.4 想像性をかき立てること:
閉鎖的な、退屈な、刺激のない環境は、創造的な活動や生産に導くものではない。実際、あるタイプの光や
色は有益な効果をもっており、極度に活動的な人の気持ちを静め、正常な機能に戻すのに使用することがで
きる。これは、オット博士(1973)の主張によると、昼光色蛍光灯の効果の一つであるといわれている。
さらに、いわゆるピンク色の部屋は、興奮した暴力的な人を静めるのに使われてきた。しかし、調査によると、
長時間にわたり過剰にピンク色に接していると、反対の効果をもつ、すなわち、人を狂暴にするかも知れない。
このことが意味していることは、どんな環境であろうとその中にいれば、季節や光の変化に従属する時間の機
能、人間のバイオリズム、24時間周期で回帰する規則的な生物学的サイクルのリズムと、ある部分で関係をも
つということである。
5.2.5 環境的統制:
場所の選択や望んでいない侵略からの保護は、知的創造を育む事務所空間の設計では、最も重要なパラ
メータである。その理由は、全ての人にとって「何もないことが最もうまく機能する」ということ(Preiser, 1978)、す
なわち、どんな解決であっても全てうまくいく訳ではないということである。かなり忙しく、騒然とした環境でもうま
く機能できる人々もいるが、一方では、同じ仕事をするのに、プライバシー、視線や音などからの遮断を必要と
する人々もいる。同じ仕事を行うのに多様な要求をもつ人々を扱っているということを認識すれば、利用者にと
って重大な人間的要求に関わることであるが、オフィス環境の整備、あるいは、再整備の際には、ある程度の
選択性と柔軟性が備わっていなければならないことが分かる。最も重要なことは、仕事環境を人間的なものに
するという問題である。
26
5.2.6 全ての人間の感覚的様相に関連すること:
聴覚、視覚、触覚、臭覚などを含む人間の感覚的様相(Maren, 1991)は全て、知的創造的環境の生成と関
連する。例えば、東京にある鹿島建設の本社は、働く人の脳を刺激し、最終的には、創造性と生産性をさらに
高める目的で、勤務時間のある一定の時間に4種類の香りが、コンピュータにより予めプログラム化されて供給
されるという特色をもっている。残された問題は、設備に組み込まれた香りの噴射システムの支援下で行われ
たものであることを、正しい調査データにより立証できるかということである。一般的な環境デザインのパラメータ
(Preiser, 1990)の概要を、全ての人間の感覚的様相に関連したものに限り、表2に抜粋して示す。
27
表2 環境デザインパラメターの概要
利用者の要求 (心理的快適さと満足度)
環境デザインパラメータと解決法
あらゆる感覚的様相において自然なものと
関係をもちたいという要求
内部環境における自然の素材、植物などの使用
照明環境においてバイオリズムやサイクル
に心理的に関係したいという要求
昼光の演出、あるいは、昼光色蛍光灯を、もっとよい
のは、実際の昼光を与える
音の反響に対する対策
雨、風、動物界の自然の音を体験したいと
いう要求
適度に人間を刺激する必要性
心理的な気晴らしのために、‘屋外’に接
していたいという要求;変化する刺激が要
求される
音響上表面が柔らかい材料を用いる
記録された、ランダムな音を連続的に演奏して、自然な
音を出す
環境ディスプレイをコンピュータでプログラム化して、
組み合わせて用いる
活動の場面間や屋外に向かって窓やガラスを設ける;
必要ならば、変化する色やディスプレイ(雲や小鳥)で
疑似的に見せる
例えば、季節の植物などから、自然の匂い
を体験したいという要求
パイプの配送システムを通して、芳香や香りを代用した
り、導入したりする
自然の素材、様々な表面のテクスチャー、
堅さや研磨の程度が異なるものに触れた
い、体験したいという要求
有機的な材料を使用する
個人のプライバシーを統合した空間にした
いという要求
侵入から人を護るために、空間、音響、照明、臭覚など
について障壁を工夫する
空間の配置において文化的感じがするとい
う要求
使用者の空間に対して文化的差異の基準を考案する
個人やグループ間でのコミュニケーション
に対する要求
社会的な相互作用のために文化的差異を考慮した距離や
配置に従う場面を用意する
全体論的な意味で人間の知覚に基づく審美
的配慮に対する要求
文化的な関連をもつ形態、空間、次元、材料、分節的な
場面を用意する
柔軟性、適用性、すなわち、追加される可
能性に対する要求
使用者による充填や完成を許可する
仕事と生活環境を同一視する必要性、すな
わち、人間化する必要性
容易に変更する方法を用意しておく(例えば、自由に変
えられる家具、交換できる表面、など)
様々な目的と活動に対する保証
多様な使い方や使用時間の交替制に対するデザイン
仕事空間計画とデザインプロセスを同一視
する必要性
環境プログラミングとデザインのプロセスにおける使用
者の関連と積極的な参加
28
5.3 革新的、創造的環境の例
5.3.1 科学研究所のデザイン
近年における世界的な競争の中で、例えば、製薬あるいは癌研究における科学研究所は、優れた科学者を
引き付け、留める努力を行っている。よい給料とは別に、これらの科学的労働者は、最も創造的で生産的にな
れ、しかも、同僚とアイデァの交換が簡単に行えるような、その時点でのある技術的水準に達している環境を期
待している。研究所を人間的なものにしようとする流れがみられるが、それらはワシントン州シアトルにあるフレ
ッド・フッチンソン癌研究所に見られる特色を持っている。
a.全体的な平面計画・配置:
研究所は建物の外延部にあり、建物のコア部分には研究所の共用支援スペースがあり、リング状の廊 下
に取り巻かれている。コアの領域には、一組のドアを通して両側から接近できるようになっている このように、
コアは建物の反対側に行く近道として使うことができる。
b.オープンなデザイン:
デザイン上のコンセプトは、オープンであることを要求しており、相対的に高い水準の照明効果をもち、外
部が眺められる。
c.モデュール化されたベンチワーク?:
モデュール化され、調整可能なベンチワークが備え付けられており、必要な時に変更できるようになってい
る。棚の正面にはキャビネットの扉がない。全ての棚はオープンで、簡単に使える。ベンチトップは黒色であ
る。
d.打ち解けた職員の会議空間:
非公式の会議場所が廊下の端にいくつか設けられており、すばらしい眺めと椅子が用意されている。このこ
とは、科学者達は非公式に会い、アイデアを交換することを促している。もっと十分に設備が整ったスタッフラウ
ンジには、コーヒーの機械があり、電子レンジ、冷蔵庫、小さな簡易台所があり、椅子と会話やアイデアを記録
するための黒板もある。また、外への眺望を確保するようにデザインされている。
e.窓割り:
外部に面した窓は、大きく、床上1フィートから立ち上がっており、オープンな感じを増加させてい る。
f.自然の照明:
玄関ホールには、ドアの間接的なガラスパネルを通して、間接的に自然の光が入るようになっている。eg.
人工照明:
昼光色蛍光灯は、32ワット、3500オクトロンの設備を使用している。
h.天井高さ:
床からつり天井までの高さは、約9フィートある。建物のインフラへのアクセスを容易にするために、隙間空
間があり狭い通路が確保されている。
i.床材料:
オフィスはカーペット敷で、研究所とサーキュレイションは塩化ビニール樹脂の床仕上げになっている。ビニ
ールタイルは、生物上危険な、あるいは、放射性の廃棄物がこぼれる危険性があるため推奨で きないことを
記しておきたい。
j.安全性:
磁気カードのシステムを使って、高度な安全性が確保されている。
研究所環境を人間的なものにするためのデザイン上の特色は、オハイオ州のシンシナティにあるマリオン・メ
リル・ダウ2製薬研究所でも同様にみることができる。研究所空間のオープンさが強調され、通常の照度(80
lux)よりも高くなっている。;昼光と眺望へのアクセス;非公式に集まり、知的交換ができる多様な社会的スペー
スがある。
5.3.2 アイデア生産室(発想空間)
著者は、フィラデルフィアにあるエアズ&サンズ広告代理店のアイデア生産室に対する評価研究に参加した。
この参加型オブザーバー研究の結果は次のとおりである。
a.伝統的な会社の会議テーブルは、効果的なコミュニケーションやアイデアの交換には障害となる。約24フ
ィートの長さで、6フィートの幅がある広いテーブルの廻りに着席している人達の間では、テーブルは障害として
機能した。多くの場合、遠くにいる人達は互いに、論点に貢献する重要なアイデアを 身近にもっていたかも知
29
れないが、簡単にコミュニケーションできなかった。このことは、アイコンタクトの欠如と、互いの言うことが聞けな
いことによる。
b.さらに、当時、代理店で使われていた技術が、すなわち、限られた容量しかもたないテープレコーダーで、
テープレコーダーが止まると、会話が止まり、アイデアを交換する衝動やはずみが突然停止する。
c.極めて重要なものは、フリップチャート、チョークボード、電子的にイメージを貯蔵できるボード、あるいは、
電子ノートであろうと、主要なアイデアをすばやく記録するメディアである。
このような限られたケーススタディから得られる助言は、会議室のテーブルを個別に可動できるワークステー
ションにすることであった。これらは、いつでも他の参加者との小さなグループの会議への再配置できる。それ
らは、電動にすることも可能であるし、簡単に新しい場所に動けるように軽いものにするべきである。それらには、
また、筆記できるように表面がなっており、メディアの接続端子を備わっており、データベースや他の適当な資
料にアクセスできなければならない。
5.3.3 シンクタンク:
創造的な環境という一般的な例として、いわゆる「シンクタンク」がある。これらは、様々な観点と学問から知的
に模擬的検討を行うと共に、交雑受精のようにアイデアの交換を育むように計画されたものである。「タンク」と
いう用語は、多分、孤独、没頭、あるいは、他の世界からの離れていること、それがもたらす分裂に関係する。
「シンキング」は、最も重要な創造的行為の一つであり、生産的でしかも進歩的であるために、一定の環境的パ
ラメーターを必要としている。
参考文献
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Preiser, W.F.E. (Ed.), 1976. Psyche and Design. Orangeburg, NY: ASMER, Inc.
30
6.発想支援システム
6.1 研究の概要
堀 きょうは交通の不便なところを雨の中どうもありがとうご
ざいます。いろんな分野の方がいらっしゃるということを伺
っていたんですが、思ったよりも建築系・オフィス系の方が
多いので、むさ苦しい建物で非常に恥ずかしい思いをして
います。
この建物の向こう半分が都市工学系で以前は伊藤滋教
授の研究室でございまして、こちらが大須賀教授という人
工知能系のコンピュータ屋の研究室です。建物の半分、向
こう側は非常にきれいな部屋になっている。カーペットが敷
いてあって、壁もきれいにしてあったんです。
こっちは計算機屋の夜中もずっとカップラーメンを食べな
がら仕事をしているというような、むさ苦しい研究室です。
緑が豊富という意味では環境はいいんですが、その分ボ
ウフラもたくさんおりまして、最先端の研究所というよりは、
渦巻きの蚊取線香があるということです。
私、先ほどちょっと申しましたように、もともとのバックグラ
ウンドは電子工学で、人工知能でありまして、計算機に言
葉を理解させるという研究テーマでドクターを取ったんです
が、その後、文部省直轄の国文学研究資料館に就職いた
しまして、国文学研究のための人工知能システムを4年間
やりました。
国文学の世界は我々工学の世界と非常に違っています。
論文検索システムは欲しいとおっしゃるんです。国文学の
こういう論文を探したい。でも、キーワードはつけられない
んだよねとおっしゃるんです。
あれは作品なんだから、自分のキーワードでまとめるわけ
にいかん。あの先生の言う「もののあわれ」と僕の言う「もの
のあわれ」は全然違うんだから、同じキーワードにして欲し
くないということをおっしゃる。
そういうきちんとキーワードで切れないような、もやもやっ
とした世界でも扱えるような国文学の情報検索システムを
国文学研究資料館で考えていたというのが背景にありまし
て、そういう創造活動に昔から興味がありました。
その後、東大の中に先端科学技術研究センターという組
織が1988年にできまして、そのときに私はここに移りました。
もともと私どもの研究室は、人工知能のシステムを使って、
製品のモデルを計算機の上でつくる。そこから自動的な設
計の支援をしようということで、だんだん私の興味が物をつ
くる上流工程の方に移ってまいりまして、新しい製品を思
いつくというような着想や発想段階で、芸術に近いようなレ
ベルで、もやもやっとしたところから新しいコンセプトをつく
っていく。そういうところを計算機で支援できないかというこ
とをやってまいりました。
もう6~7年これをやっているんですが、最初のころは非
常に怪しげな研究であるとみなされていました。最近、創
造性にかかわるような領域の研究が世界中でだんだん盛
んになってきております。主としてアメリカなんですが、み
ずから創造するコンピュータという研究をやり始めている人
たちがいるんです。私どもは、それはやらない。計算機が
創造してくれても、ちっともうれしくはない。あくまでも人間
が創造的な仕事をするという段階で、どういう新しい道具が
人間にとって有効な刺激を与えてくれるだろうかということ
を考えています。
31
いろんなシステムを作ってきたんですが、代表的なもので
例題として取り上げたのはこういう問題でして、新しい自動
車の開発のコンセプトをつくるという段階で、実際に自動車
を細かく設計する前に、たくさん議論をして考えられる。例
えば何物にもかえがたい華があるというような商品コンセプ
トですと、次はどういう車をつくろうというのを議論されて、そ
れに沿ってできていく。そういう次の車のコンセプトをつくる
というところで、計算機が何らかの支援ができないだろうか
ということを考えています。
そういう仕事の背景を申しますと、従来の計算機科学とか
人工知能の研究は、知識が非常に明確に体系化されたも
ので、みんなが共有できているものがあるに違いないから、
それを計算機の上に乗せれば計算機も賢くなるだろうとい
うのが人工知能の基本的な考え方だったんです。新しい
車のコンセプトをつくるときには、プロの方がもやもやっとい
ろんなことを考えていらっしゃるわけですね。アイデアのも
とのようなものが漂っていて、そこから新しいものを結晶化
して出していくという過程があるみたいであるということで、
じゃ、そういうもやもやっとしたところの中から何か新しいア
イデアを生んでいくという過程を支援する道具ということを
考えました。
基本的には、何かもやもやっと持っているアイデアのもと
みたいなのを部分的に計算機の上に、キーワードの空間
みたいなもので反映してもらって、それを見ていると新たな
発想が促進されるという形で、発想を促進しようというシス
テムをつくりました。まず実際にごらんいただいて、それか
ら不足している点を補って、またディスカッションをさせてい
ただく方がよろしいかと思います。 6.2 質疑
宇治川 計算機による発想支援の研究を、知的創造空間
の研究に活かすには、1つはオフィスとか現業の中にシス
テムを取り入れて、それを知的創造の空間としていいもの
にしていくというやり方があると思います。
もう1つは、この発想支援システムの研究の中でわかった
知見というものを、空間のつくり方に翻訳して、それを生か
していこうというのがあると思います。
例えば、さっきの行き詰まり、はまり込みをどう打開するか。
それは、いろんな刺激とか、そういうものがあるというのを空
間的な問題としてとらえ直したらどうなるかというものと、2通
りの対応の仕方があって、そういうものをうまく使っていけれ
ばいいかなと思ったわけです。
きょう拝見していて、視覚的なコミュニケーションが発想の
問題に深く関わっている。そこら辺が大事だなと思いました。
6月18日に認知科学会で堀先生がお話しになりましたが、
その後の発表も、やはり視覚化という問題を紹介した例で
した。
両方に関連する問題で、どうして視覚化が発想支援にか
かわっているのかというようなやりとりがありまして、二次元
で平面上にいろいろ考えていくと、何か軸というのがおの
ずと浮かび上がってきて、それが新しい見方とか切り口に
なっていくのではないか。そういうやりとりがあったんですけ
れども、やはり視覚化の問題は非常に大事だなということを
感じましたね。
堀 軸を発見することと、ぽっかり空白が浮かぶこと。その
空白の方が刺激になるというのは意外に大きなことです。
MDSを使うことは非常に古いもので、自動車屋さんもたく
さんやっていらっしゃいますし、感性工学のいろんな文献
もあるんですが、MDSの結果を勝手に動かしてもらう。そ
れを実験結果の方に返すというところが僕らが予想した以
上に効果があります。
きょうお見せしたようなシステムを押しつけようという気持
ちは全然ありません。先ほど宇治川さんがおっしゃったよう
に、それから望月さんのご指摘もありましたが、創造活動を
行うときには皆さんそれぞれの個性があるわけですね。で
すから、少なくとも計算機屋としては、それぞれの方が一番
欲しい道具を提供する。それぞれの人に合ったやり方で仕
事をしてもらえるような道具を提供したいなと思います。
発想支援システムでよくある質問に「それを使うと今まで
だめだった社員が、いい発想ができるようになりますか」と
いう質問をよく受けるんですが、私自身は「とりあえずそれ
は目指していない」というふうにお答えすることにしていまし
て、もともと発想する能力を持っている人が、さらに気持ち
よく仕事をするように、そのほんの1つの手助けとなる道具
が提供できるようにしたい。
私たちの計算機システムを使った発想支援システムは評
価が難しいんです。使った場合、使わない場合の比較とい
うのは、先ほど申し上げましたように日産で延々会議をして、
行き詰まった後に使ってみると、さらにもう1つ線が見えたと
いうようなのが最大限効果を立証できるところで、使った効
果がよくわからないというところはいつも悩んでいるところで
す。
それが建築空間になると、さらに評価は難しいんだろうと
いうのが私の第一印象ですが、でも、時代的、歴史的淘汰
が効いて、皆さんが気持ちいいと思うのが生き残っていくと
いう形で評価がされるというのが1つにはあるのかなと。コン
ピュータのシステムも、皆さんが使っておもしろいと思うもの
が生き残っていくのではないかなと思います。
宮本 私は建築のデザインの方をしていまして、建築家も、
空間という概念もありますけれども、単純な線1本から発想
がずっと広がってくるものですから、そういう方面で、かなり
使えるのではないかなと思いました。
例えば自動車も、先ほど言葉から入られていましたけれ
ども、自動車の形のいろんな曲線とか見ると、多分曲線1
本の線の雰囲気でデザイナーは発想が出てくるような気が
するんですね。ですから、ああ、そういうのが建築にもあると
いいなという気がして聞いていたんです。
堀 これは自動車屋さんと正式な共同研究ではありません
で、デザインというのは非常に大事なところなので、ほとん
ど個人的な興味の範囲でのお付き合いなんですけれども。
これは計算機で変な自動車の形を出す。こんな車をつくる
ということはないと思うんですが、それで線1本から発想が
出てくる。
そこから思いつくねと線を引かれるんですが、それをくだ
さいと言ったら、線1本引いたら、だれが引いた線かわかる
からだめだとおっしゃった。日産の方とか本田の方から個
人的に教えていただいたんですが、やっぱり線に対するボ
キャブラリーをたくさん持っていらして、日産の方が、「最近
のトヨタの車は二次部分まで連続につながっていて気持ち
悪い」ということをおっしゃっていました。
宇治川 あと、コンピュータで苦手なことを皆さんお感じに
なっているのでしょうか。ただ、もともとが今までのコンピュ
ータでやれないことに挑戦されていますから、コンピュータ
の苦手なところをやられていると思うんですけれども、それ
でも、こういう問題解決というのはコンピュータではなくて、
32
もっと別な問題でやった方がいいのではないかということは
お感じになっているのか。
堀 創造性という非常に大きな枠でとらえたときには、コン
ピュータで支援できることも非常に限られていると思います。
行き詰まったときに、ちょっと発想を振ってみるとか、あるい
は意見の違いをぶつけてみるとかいう、ある程度言葉に近
い段階ですね。さっきお話が出ていたような気分転換だと
かコーヒーブレイクだとか、そういう創造活動の非常に大き
なところに関しては、当然コンピュータはできないのではな
いかと思いますし、幾らインターネットの上で情報が取り出
せるようになると言っても、あれは情報があり過ぎで、あり過
ぎはないに等しいですよね。ですから、かえってあのインタ
ーネットの上に今度は秘密結社みたいのができて、仲よし
グループが幾つかできてくるというような、またフェース・ツ
ー・フェースのコミュニケーションに立ち返るようなところが
あるのではないのかなという気もします。
先ほどお見せしたのは、会議室で共有画面と、それぞれ
の個人用の画面がある。これはアメリカのコラボというシス
テムで、こういうのを気持ちいいと思うかどうかは人それぞ
れでしょうね。これはフェース・ツー・フェースのミーティング
をしながら、自分のメモも書けるし、共有の資料も出せると
いうことで、発表としては非常に画期的で、皆さんが喜んだ
んですが、今、コンピュータメーカーにこういう会議室を持
っている研究所があるのではないかと思いますけれども、こ
れを使ったおかげでうまくいったという報告は余り聞いてい
ないんです。
田中 それは当社でもあります。そんなに使っているという
ことはなく、実験的にやっています。
堀 私自身は、相変わらずアイデアはレポート用紙に書き
ますので、計算機は余り使わないんですけど。
宇治川 あと建築の方で関連するお話をしますと、目的意
識がはっきりしている人は、どんな環境でも文句は言わな
いとか、それを乗り越えるんですけれども、目的意識が低
い人は環境のせいにしがちで、これを直してくれ、あれを
直してくれという。南極観測の越冬隊でも、科学者からは
割と文句が出ないんですけれども、それを補助する実験サ
ポートの人たちの方が、生活環境についていろいろ文句を
言い出すということがあったそうです。
何かに必死で取り組んでいるときは、環境は二の次、三
の次になってしまうような面があるんですよね。ですから、
いい場所をつくったから、いい結果が出るというのは、なか
なか言えないことになっていますね。
田中 ある研究で、空間は創造支援、生産性の問題に関
して余り寄与しないと書いてあるんですけれども、環境の場
合、やっぱりレベルがあるのではないかと思いますね。今
おっしゃったように南極だとか、そういう厳しい環境でもそう
だということですね。それと、やっぱり暑いとか寒いとか、あ
るレベルを過ぎると生産性はダウンするのではないかと思う
んですね。
宮本 クーラーのない研究室に入っていて、その先生に聞
きましたら、やっぱり8月中は何もできなかったと。(笑)
田中 だから、環境、環境と言いますけれども、そのレベル
がある程度のレベルになっておればという点ですね。
堀 イギリスのランチファード大学というところのヒューマン・
コンピュータ・インターラクション研究所のチームがイギリス
で画期的な自転車をデザインしたんです。
マイク・バロースというモノコックの立体成形の自転車をデ
ザインした人なんですが、それの10年間の仕事を追っかけ
た。後で分析して、どういう表現が効いていたかというのを
調べたんです。おっしゃったモチベーションが非常に大き
い。10年間しつこくやって、そればっかり考えている。その
ときに阻害する方の要因は、上から何かやれと言われるの
は非常にマイナスであるとか、それから外部評価というのは
関係ない。自分からのモチベーションが大きい。あと報告さ
れているのは、さっきから話しているビジュアライズだとか、
メモを書いてみるのは非常に大きなフィードバックになる。
それと違う分野の人とのディスカッション。この場合は流体
力学の人たちとのディスカッションが非常に有効であったと
いう報告がされています。
宮本 僕のテーマは学際的と随分言っていますけれども、
学際的になるというのもなかなか難しいですよね。
建築で例えば地盤の先生がいらっしゃいますよね。機械
で同じことをやっていらっしゃる先生がいらっしゃるんです
ね。聞いたらお互いよくわかるらしくて、私なんかは、ああ、
そんなものかと思って聞いていたんですけれども。対象は
違うんですけれども、同じことをやっているという人がいて、
そういう本当に学際的な意味で交流できると、すごくいいな
という気はします。
堀 この同じキャンパスの中に人工物工学研究センターと
いう小さな研究所ができまして、そこに久保田助教授という
若い人がいて、異分野のコラボレーションが創造活動で一
番大事だというので、まず実践をするんだと言って、工学
の人と芸術家とチームをつくって、何でもいいから一緒に
仕事をしようということをやり始めている。NECが絡んで、
実際に前衛芸術をやっている人と構造力学をやっている
人を集めてきて、芸術家に前衛芸術の作品を語ってもらう。
構造力学の専門家がそれを聞いていて何を思うかというの
に一生懸命取り組んで、実際にやっている最中です。
33
宮本 そういう意味で、認知科学みたいのにみんないろん
なことで手を出したがっているというのはありますね。私も
認知心理学は入っているんですが、人工知能は本を読ん
でいる段階なんですけれども、そういうアイデアをいただい
たり、見せていただいたりしたら実感としてわかりますので、
随分いいのかなという気はしているんです。
堀 仕事をする空間ということで言うと、一番の阻害要因は
電話だと思っています。私は電話が大嫌いで、今度から名
刺に電話番号を書かないようにしようかなと。
最近、はやり出しているのは、ワークステーションと電話
回線を融合しましょう、コンピュータネットワークと電話回線
を融合しましょうという研究でして、そうすると、コンピュータ
ネットワークと電話回線が一緒になってしまって、電話をか
けようと思うと、相手のワークステーションの上にベルがビ
ーッと出てきて、テレビ電話に相手が出てきたりするわけで
すね。これはたまらないなと思うんです。
ワークステーションに自分が論文を書いたり、プログラム
をつくっている最中に電話が割り込んでくるわけですね。
宇治川 先ほど今後の実証実験ということでご紹介した会
議室のアイデアの中でも、外から電話がつながらないとか、
民間企業だと役員とか社長の電話がないことはないので、
そこら辺が区別できるような仕組みとか、そういうアイデアも
ないことはない。確かに一番阻害しますね。Eメールは、そ
ういう点が減るというの効果はあるでしょうね。
宮本 ファックスしか受け付けない、電話は出ないという先
生もいらっしゃいますね。
堀 ファックスがふえてきましたね。
宇治川 秘書がいればいいんでしょうけど。
これで、私たちの方で考えてきた内容は終了しました。き
ょうは、どうもありがとうございました。
7.クリエイティブな活動とオフィス空間
三浦光一(博報堂スペースデザイン事務局)
7.1 クリエィティブ・オフィス
三浦 ご紹介にあずかりました三浦でございます。専門家
の前でこんなことを話すのは非常に面映ゆいんですが、逆
に建築とかオフィス・デザインとかの部外者の立場からの思
いつきとご解釈いただければありがたいと思います。
今日の話は、私の経験に基づいた話でして、果たして現
在の潮流に合っているかどうか、あるいは実現可能かどう
かはわからないんですが、直感的にこういうものがあるので
はないかというふうに考えております。
私がこんなことを考えた動機は、3年前に従業員200人ぐ
らいのコンピュータ・ソフト会社の新オフィスのコンサルテー
ションをやらせていただきまして、建築家の方と組みまして、
約3年間、いろんな業務の問題とか組織の問題とか、社長
さんともディスカッションしながら、いわば本来創造的でな
い職場をどう創造的に見せるかということを中心にやりまし
た。
その話をいただいたときは、ちょうどバブルの絶頂期でし
て、どうやって人手を確保するかということを目的に、社員
の定着率を良くするためのオフィス環境づくりを提案してほ
しいということでした。コンピュータ・ソフトと一言で言いまし
ても、私が担当させていただいたのは、俗にプログラミング、
計算センターですね。ですから、本来余り創造的でないん
ですが、そういった職場を、もう少し創造的に見せる方法は
ないだろうかと研究させていただきました。ところが、その研
究と提案が終わる頃にはバブルが崩壊し、そのプロジェク
トはストップして、研究成果だけ膨大な資料で終わってしま
ったということです。
きょう皆さんの前でお話しすることも、急遽まとめたような
わけで、もし皆様方が何か感ずるところがございましたら、
今後とも研究開発を進められたらいいのではないかと思い
ます。
・ニュー・オフィスとクリエイティブ・オフィス
ニュー・オフィスとクリエイティブ・オフィスとは無理に区別
したわけではないんですが、今、ニュー・オフィスというのは、
従来の視覚的快適なオフィスと考えています。一方、仮称
クリエイティブ・オフィスと名づけたんですが、これは心理的
な快適さで、満足感を与えるオフィスという意味です。多分
適合する業種は、シンクタンクとか企画部署、設計部署、コ
ンピュータ・ソフト開発部署、あるいは編集とか広告、デザ
イン、映像等々ですね。こういった部署ではないかと思いま
す。
・プロジェクトワーク
私は就職して、すぐコマーシャル制作を担当させられまし
て、二十数年間コマーシャル制作をやってきました。です
から、私は一般の職場を知らないわけです。
普通の企業の形態は、部があって、課があって、1つの
組織単位である。それに対して、私どもも含めたクリエイテ
ィブ部門というのは全く違います。私は入社以来、いまだか
つて上司の言うことを聞いたことがない、また上司も命令し
たことがない。広告代理店というのは、1人1人が零細企業
の集まりなんですね。これは企業内零細企業と呼んでおり
34
ます。というのは、得意先が全部違うわけです。私がトヨタ
自動車を担当していると、隣は日産自動車を担当している
というように、1人1人が得意先が違うわけですね。業種も
違う。食品を担当している人もいれば、こっちでは不動産を
担当している。仕事の流れや作業が全部違うので、組織と
して対応しにくいのです。
それから、昔は1人で作業をしていたんですが、高度成
長と同時にプロジェクト主義になりました。例えば車のキャ
ンペーンですと、大体20人から30人のスタッフが常駐にな
ります。社内の制作部門-制作もコピーライター、デザイナ
ー、写真、クリエイティブ・ディレクター、CMプロデューサ
ー、マーケティング、場合によってはSP、PRと全部違う社
内の部門で、中には本部も違いますし、大阪から来たりし
ます。私どもの仕事は、通常は部・課単位というのは一切
ありません。ほとんど仕事単位で、今まで顔も見たこともな
い人たちがいきなり集まって仕事をするというシステムで
す。
ですから、クリエイティブなオフィスについて、私がイメー
ジしておりますのは、現在の部・課単位の組織で行う仕事
ではなく、プロジェクトを中心に行う仕事に適しているので
はないか。
・就労形態
これは時代性が異なってくるのかなと思うんですが、まず、
終身雇用制がなくなるだろう。それからリストラで各社肩書
を廃止するとか、能力主義を持ってこようとかいうこと、私ど
もの会社も間もなくスーパー・フレックスタイムと申しまして、
出勤・退社は全く自由になります。というのは、オンライン化
されまして、企画部門は今までのように会議室に入って一
緒にやらなくても、各自端末でやり合えばいいということで、
バーチャル・オフィスという概念が、ここ数年に実現するで
あろう。今、その準備をしております。これは当然ながらコ
ンピュータのネットワーク、あるいはインターネットの発達に
よって可能になるだろう。
私どもの会社は、賃貸オフィスにおりますので、会社とし
ては人件費よりも1平米でもスペースを減らしたいという意
向でして、きちっと机の前に座っていなくて、極端に言えば、
自宅でもオンラインでいいのではないかと本気で考えてお
りまして、そういう時代が来るということを痛感しております。
来年あたりからスーパー・フレックスタイムを実現して、出
勤簿なし、勤務時間は自己申告制で8時間。ただし、これ
は個人を信用するしかない。ずるしてもわからない。そのか
わり残業したければ家でやってくださいという制度です。や
はり時代はスーパー・フレックスタイムとか能力主義、肩書
の廃止、あるいは途中入社は全部ヘッド・ハンティングによ
って専門職を集めてくる。従来の企業のゼネラリスト、2年
ごとに部署が変わって、経理から営業をぐるぐる回っていく
という組織から、次第にアメリカ型の能力中心の職能的な
企業形態になりつつあるであろうということは、こじつけでは
なく予想されることです。ですから、クリエイティブなオフィ
スというのは、多分そちらに適合したオフィスではないかと
思っております。
従来のオフィスは、機能とか快適さ、作業能率を追求して
おります。テレビのコマーシャルに登場するすばらしいオフ
ィスは、あくまで従来型の部や課を単位に構成されたオフ
ィスではないだろうかと思います。部課制はあくまで厳然と
残るわけですね。営業部門とか経理部門とかは、そのよう
な形で残ると思いますが、業態によっては半分ぐらいはそ
うではなくなると思います。
そうすると、仮に機能性の追求ということに1つの目的が
置かれるとするならば、多分クリエイティブ・オフィスというの
は個性の尊重であろう。部・課制廃止となると、個性の尊重
という概念が出てくるのではないだろうか。
私どもの会社でも幾つか実験をやりまして、基本的にど
んな形をとるかというと、全員身分差をなくします。壁際に
向かって各自の机を配置して、真ん中にドンと作業テーブ
ルを置くという形をとりました。
私は前に21世紀デザイン室という部署におりまして、ここ
はバブルの片棒を担いだ部署でしたけれども、そのときに
は一切肩書はございませんでした。部・課長制なし。室長
がいて、ディレクター、シニア・ディレクターだけで、そのと
きに机の配置で実に苦労したんですね。机と机を全部独
立させ、その間隔を均等にする。それから仲の悪い人同士
はなるべくくっつけないようにとか、机と机の間の幅を物差
しで計って、きちっとやっていた。そして、真ん中に大きな
作業テーブルを置いてやっていた。
一部のデザイン・オフィスでやっていますが、みんな壁に
向かって座るわけですね。壁に向かった空間は自分の個
の空間です。真ん中のテーブルが共同の作業。今、多分
どの業種でもそうですが、個々の机は端末が置かれていま
す。情報は全部自分で管理するわけです。しかし、デザイ
ンの作業は1人ではできない。A氏とB氏は部と課が違って
いても、あるプロジェクトを一緒にやるときには、真ん中のテ
ーブルでディスカッションする。情報は全部個人が管理す
るということが基本になっていると思います。個人の空間を
パーティションで区切ってみたり、いろんなことをやりまし
た。
これをコンピュータ・ソフト会社に提案したんですが、まず
SEの待遇をどうしようかということですね。プログラマーとS
Eという身分がございます。それから、もうちょっと高度なシ
ステム開発ですね。頭を使う仕事と手を使う仕事をどのよう
に分けようかということで、実は社長も非常に頭を痛めてい
た。なぜかというと、これで下手をやると、なぜあいつだけ
特別にという嫉妬が出てくる。同じ給料でありながら、職種
が違うために机の配置をちょっと変えただけでも社内にあ
つれきを起こす。これをどう解決するかということが非常に
難しい。
ですから、前提として、クリエイティブ・オフィスというのは
プロジェクト中心のオフィス業務に適しているであろう。
・仕事と遊びの混在
それからオフィスに必ずビリヤードが置いてある。あるい
はプールバーがある。こういうのが1つの基本形になってい
ました。仕事と遊びを一緒にした空間なんですね。どうもク
リエイティブ・ワークというのはその方がよさそうだと。それか
ら、裸足がいいようですね。
・アイディアの生まれる場所
私は合計300本ぐらいコマーシャルフィルムを作ったので
すが、いいものをつくったとき、あれはどこで考えたんだろう
というと、やっぱり差がありますね。私どもの会社には地下
に小さな会議室がいっぱいあって、そこで考えたものはろ
くなものがないですね。残念ながら、やはり表に緑があると
か、そういう空間の方がいいアイデアが出てくる。アイデア
を生み出す心理的な要素って大きいですね。案外いいア
イデアが出たのはトイレの中というのは、よく言われるんで
す。
ハワイの風土で考えたものがありまして、これはやっぱり
いいのができました。プールサイドの映像です。あるカメラ
マンとプリンセスカイウラニホテルで寝転がりながらいろい
ろ考えた。やっぱりアイデアとそれを生み出す環境というの
は非常に関係がありますね。部長がいて、課長がいて、こう
いう単位で机の前に座っていた場合、ほとんど生まれな
い。
・録音スタジオと遊び心
東京の音楽の録音スタジオは、地価が高いせいか、どこ
でも1時間幾らという時間単位です。ところでテネシー州ナ
ッシュビルは音楽の都です。カントリー・ウエスタンの本場
です。ここのスタジオは林の中にあって1つのスタジオが1
軒の木造の家になっているんですね。そういうスタジオが
ダーッと広がっている。
リンゴ・スターが愛用のスタジオに行ったんですが、非常
にリラックスできるんですね。1戸建ての丸太小屋です。ス
タジオの中になぜかバスケットボールのネットが張ってあり、
ミュージシャンが来て、バスケットをやりながら演奏し、録音
する。まことに気分がいい。森がありまして、ちょっと録音す
ると表へ出て、またやるというような環境です。ロサンゼルス
のスタジオにもバスケットボールのネットが置いてありまして、
ミュージシャンが来る前に、みんなバスケットをやっている。
こういう遊び心ですね。音楽の関係者は、だから、いい音
が撮れるんだと言うんです。日本だと1時間何万円ですか
ら、早く録れ、早く録れということで、ぎりぎりですね。やはり、
共通項としての遊び心が必要なのではないかと思います。
私は、こういう概念のオフィスというのが今後あってもいい
のではないかと思います。
そうなってくると、これは一種の法則性を考えていかない
と、ただやみくもにごちゃごちゃしているだけでは恐らく会
社の機能を果たさない。ですから、このクリエイティブ・オフ
ィスというのは、多分今申しました業種あるいは職種に適し
ているということが1つと、エッセンスをうまく盛り込めば、働
く人にとって心理的な満足感を与える環境がつくれるので
はないかと考えております。それをどのような法則性でやっ
ていったらいいかというのは、今後まだ課題が幾つかあると
思うんですが、どうやら時代はそのような方向に向かいつ
つあるのではないでしょうか。
・めちゃくちゃな机配置
私は20年ぐらい前、よくアメリカへ撮影に行きまして、ロサ
ンゼルスとかサンフランシスコの小さなプロダクションとか、
映像関係の会社とか、あるいはCG制作会社を訪問しまし
た。ほとんどガレージ・ファクトリーです。
なぜか共通項がありました。まず机の並べ方がめちゃくち
ゃです。各自バラバラになっている。それが個性の表現な
んですね。この間、本で読んだのですが、ビル・ゲイツが作
ったころのマイクロソフトという会社はめちゃくちゃだった。
24時間働いていて、部屋の中を裸足で歩き回ったり、そう
いうごちゃごちゃなことをやっていた。私が訪問したのもそ
ういう会社が多かったですね。
35
ィスというのは、まず原則、昼休みは勝手にとれる。逆にと
れない場合もあるし、朝、人が来ないときですね。そういう
環境になりますと余り必要ない。それから、オフィスの中で
飲み食いも自由にできるのは非常にいいですね。これはリ
ラックスできる。いかにリラックスさせるか、あるいはいかにス
トレスを解消させるか。そこからうまくアイデアとか開発とか
何かを生み出してくるということです。これは経営者側の英
断がないと、なかなかできないのではないだろうかと思いま
すが、その要素を少しずつ取り入れたらいいと思います。
・ウッディな感覚
共通したキーワードを探していきますと、まず内装では、
どうも床は木材の方がいいのではないか。幾つかのオフィ
スを思い出してみると、そう言えば木が多かったなと思いま
す。やっぱりウッディな感覚が何かをつくる。多分クリエイテ
ィブ・オフィスというのは、オフィシャルな仕事・事務というも
のではなく、個人の趣味が生かされた要素を取り入れたも
のであって、居住性をよくしていく。ですから、ここに書きま
したように、背広、ネクタイが似合わないで、やっぱりカジュ
アルな服装が似合うということとか、靴を履いているよりはス
リッパか裸足の方が快適だと思います。
・寝転がってブレーン・ストーミング
ここで昔を思い出したんですが、私どもの業界に杉山登
志さんという天才的なクリエーターが昔いました。自殺しま
した。私は、この方と仕事をしたときに、彼らがどうしてああ
いうアイデアを生み出すのかというふうに思ったんですね。
けれども、なかなかアイデア・ブレーンストーミングに入れて
くれなかったんですが、あるとき、覗かせてもらいましたら、
何とみんな寝転がって考えていた。じゅうたんが敷いてあ
って、みんなゴロ寝しながらやっている。私の知っていると
ころでも、ブレーンストーミング・ルームを畳の間にして、掘
りごたつを掘っているところがあります。こたつに入って和
室でくつろぐと、案外いいアイデアが生まれてくるということ
で、どうやら寝転がるとか昼寝スペースが多いと思います
ね。そういう自由度がどうもいいのではないかと思います。
・ストレス解消
もう1つ、プロジェクト主義のいい点というのは、変な話で
すけれども、仕事の始まりは、各部署から出てきまして、そ
れこそ若いのも年輩もいっぱいいるんですが、まず最初は、
初対面のあいさつから上司の悪口が1時間ぐらいあって、
それで、さあ、やろうかと。こういうことは、いつもなんですね。
これはストレス解消に非常にいいんですね。
幾ら環境が美しく快適でも、後ろに上司がいて、きちっと
座っていたらたまらん。だからプロジェクト室をうまく作れば、
そこでストレスが解消される。余計な福利厚生よりはるかに
いいというのは事実ですね。大体みんな集まると上司の悪
口をさんざん言い合って、続いて得意先の悪口を言う。そ
れで、さあ、仕事をやろうということですね。
僕は、いつも快適環境と言うんですけれども、ストレスをど
う解消させるかというのは実は大きな要素でありまして、否
定するわけではないんですけれども、視覚的な美しさとか、
空調とか、音響とか、いろいろなテクノロジーを入れるのは
大変いいことだと思うんですが、そこでストレスが解消され
るかというと、されないと思うんですね。
ストレスを解消できるのは、ゴロ寝できるとか、好き勝手な
ことを言って、そこから何かを生み出していく。もう1つは上
司の悪口が自由に言える。これが一番大きなストレス解消
ではないかなと思いまして、意識的に上司の悪口を言える
空間を作ろうではないかということがクリエイティブ・オフィス
の1つのポイントです。
・食事とスポーツと仕事
通常、福利厚生施設の中で、食堂というのが基本的にあ
りますね。それからスポーツ施設。これはどこの企業も当然
ながら作業空間と全く切り離されている。アフターファイブ
あるいは昼休みに使用する。ところが、クリエイティブ・オフ
・スポット照明(タスクライティング)
それから照明も、蛍光灯照明よりもスポット照明になって
くると思います。日本人はどちらかというと蛍光灯が好きで
すね。アメリカのオフィスは、蛍光灯より、各自スポット照明
でやっています。フレックスタイムになりますと、残業する人
もいれば、勝手に帰ってしまう人もいて、蛍光灯でバーッと
照らすのはもったいない。やはりそれぞれの机のところだ
け照明していけばいいのではないかと思います。
これからは、端末とかコンピュータのあることが前提になり
ますので、目の疲れということを考えた照明がいいと思いま
す。ここらはまだ工夫の余地があるのではないかと思いま
す。
また、資料管理のあり方も変わってくるのではないかと思
います。オフィス・レイアウト上、一番便利なのは、資料室
がオフィスの中に同居しているということですね。いろんな
資料を出し入れするということ。これは図書館機能というふ
うに区別して離れているよりも、むしろ資料をうまく生かす。
これは、いわゆる書類のファイリングではなくて、むしろ積
極的に資料を絶えず手元に置いて読めるライブラリー機能
が必要なのではないか。
それから、四角いテーブルより丸いテーブルがいい。大
型のテーブルで、大体3組ぐらい作業ができましたね。プラ
ンニングしたり、ミーティングしたりする。他の人が来ても同
時に使える。そういう多目的な大きなテーブルというのは非
常に有効でしたね。
当然ながら、背広というのは余り似合わない。
岐阜県のセッコウエンという鋳物会社はニュー・ファクトリ
ーで有名です。ここは、床はフローリングですけれども、意
識的に段差をつけているんです。どこの部屋に行っても、
会議室の目線の上に窓がありまして、必ず山と空が見える。
どこから見ても空が見えるように設計しています。緑があっ
て、広々としているような環境は非常にいいのではないかと
思います。
それからアメリカ西海岸のオフィスだと、基本的に平屋が
多いですよね。土地が豊富ですから。天窓を大抵とってい
ますけれども、これはなかなか気持ちがいい空間になって
います。
一方、ニューヨークの方ですとロフトですね。ガレージを
使って、打ち放しのコンクリートの部屋でやっている。私の
知っている東京の竹芝桟橋にあるところは、倉庫をそのま
ま使いまして、オフィスとスタジオとプールバーと一緒くたに
なっていまして、中でローラースケートができるぐらい広い
んです。ある有名なカメラマンが社長をやっている会社で
すけれども、そこは考えられていますね。それから天井が
高い。ただし、空調費がかかってしょうがないと言っていま
した。そういうやり方もあるということです。
・クリエイティブ・オフィスの商品化
36
きょうはクリエイティブ・オフィスとはいかなるものかという
概念だけお話しさせていただいています。
いずれ商品化を考えてみたいなと思っているんですけれ
ども、商品化というのは、ある提案ができればということです。
今後、日本の経済がどういう方向に行くのか。企業の形態
と言ってもいいですね。ここを検証してみると、会社の組織
のあり方が少しずつ変わってくるのではないだろうかと考え
ています。
それから地価の問題で、コンピュータを前提にすれば、
少なくとも企画部門とか設計部門は都心にいる必要はない。
いわゆるリゾート・オフィスという概念がここで生まれてくる
かもしれない。あるいはそこから進んで、バーチャル・オフィ
スみたいな形になってくるかもしれない。その環境というの
は当然クリエイティブ・オフィスの方がいいのではないか。
営業部門は東京の本社にいて、企画設計部門は軽井沢
に置くということもあり得ない話ではない。ちょっと疲れたら
森でも散歩する。これはとてもいい発想が生まれると思いま
す。
私どもの業界も、将来はなるのではないかと思いますね。
インターネットとかコンピュータの発達で、一々会社へ来な
くてもいいという延長ですからね。かと言って、各自自宅に
いてやっていたら、なかなかうまくいかない。少なくともクリ
エイティブな部門、調査部門は、もっと地価の安いところへ
置こうというと、割と自由なオフィスが作れるという気がしま
す。ですから、クリエイティブ・オフィスが一体どういうもので
あるかという概念規定とか時代背景、あるいは経済環境を
検証していって、そこから事例の調査、情報の収集、分析・
整理で法則性を抽出する。
そこから建築・インテリア素材・照明、オフィス・デザイン、
オフィス・インテリアの開発、あるいはその他のいろんなソフ
トの開発。私どもの場合はコンサルティング業務ですが、実
際にどういう形で施主あるいは得意先を設けていけるかと
いうと、やはり業務分析ですね。私どもも依頼された得意先
へ行きまして、みんなの作業の流れを半日見ていれば、ど
こに問題があるかというのが大体わかりますね。それぞれ
の業態に合わせた作業がどういうふうにされて、どこに問題
があるのか。もう1つは、さっき言いましたように心理的なス
トレスがどこにあるのかということをきちっと分析した上で、
ある提案ができるのではないか。それからプロトタイプの設
計とかデザインができるのではないかと思っています。
・バーチャル・オフィス
あとは余談になりますけれども、バーチャル・オフィスにな
るだろうということを言っていまして、私どもの会社は、あと5
~6年先に実現すると思いますが、そうなったとき、多分企
業は崩壊するのではないかとみているんですね。私どもの
業界ですと、コピーライターとかデザイナーとかカメラマンと
かリサーチャーというのがいます。これは職能組合なんで
す。だからインターネットをつないでしまいますと、極端に
言えば、電通のクリエーターが仕事をもらってきて、コピー
は博報堂に頼もう。会社を無視して、全部そういうことがで
きるのではないか。
だからバーチャル・オフィスなんかを本気で考えたときに
は、会社が成り立つのかどうかというのは疑問ですね。これ
は意外と早く、10年もたったらそういう形が来るのではない
でしょうかね。ですから、従来型のオフィスというものが今後
どう変わってくるのか。私見ですが、単に快適を追求する
以前に、相当いろんな問題が出てくるのではないだろうか
と考えております。
7.2 討議
・将来の企業組織
宇治川 今、バーチャル・オフィスとかコンピュータの情報
ネットワークが会社の崩壊につながるのではないかという
お話がありました。さっきプロジェクト化という話題が出まし
たけれども、今でもアメリカの仕事の仕方は、小さな会社や
事務所をどこかが組織して、小さな会社同士を結びつけた
プロジェクトというような運営をしていますよね。三浦さんが
おっしゃった会社の崩壊というのは、そういう形態でもある
んですか。
三浦 おのずと機能別の小さな会社に分かれていく。分社
化していって、それがネットワークされてくると、オフィスの
概念ががらっ変わってくると思います。だから、少なくとも都
心に大型オフィスを必要としなくなってくるかもしれないで
すね。ヘッドクオーターだけあれば、手足の部分はよそに
あったって構わないですからね。
余談になりますけれども、今、東京の13号地で東京都と
通産省が肝入りでタイム24というコンピュータ・ソフトを集積
するビルをつくっているわけですね。私もここの社長さんと
か専務さんにお会いしましたけれども、これがほとんど用を
なさなくなると言っていましたね。コンピュータ・ソフト業界
は東京にいる必要が全くないわけですね。というのは、1時
間で幾らという時間単位の業務ですから。だから、何で地
価の高い東京に集まらなければいかんのかということが1
つ。
それから2階が全部大型ホスト・コンピュータのスペース
なんです。私も設計を見せてもらったんですが、これは直
しようがない。恐らくこれが完成するころには大型ホスト・コ
ンピュータは要らないはずです。ほとんど小さいものでネッ
トワークができるんですから、これがデッド・スペースにな
る。
それからコンピュータ・ソフト業界もかなり早く新しい形態
に向かいますので、高度情報化ということであれをつくった
んですが、あれを企画したころ、ちょうど日本経済のバブル
の絶頂期に考えた構想が、あれほどまた必要なくなったの
はないですね。
コンピュータ情報処理協会の理事をやっている社長にお
伺いしたんですが、うちは入らないよと。都心の高いオフィ
スに1時間幾らという作業でやるコンピュータ・ソフト業界が
入る必要は全くないのではないか。あれは一種のアンテ
ナ・ショップ的な機能を持たせようということでやったらしい
んですが、今やネットワークで、情報は何もあそこにいなく
たって手に入るということです。だから、一極集中型の超高
層オフィスという概念がだんだん要らなくなってくるのでは
ないかと思いますけどね。
・情報収集
望月 先ほどリラックスするというところを非常に強調された
と思うんですけれども、例えば博報堂さんのお仕事は、こ
れからはやるものであるとか、世の中にある、いろんな状況
の動きみたいなものを肌で感じているというところがすごく
重要ではないかと思いますけれども、バーチャル・オフィス
であるとかリゾート・オフィスになったときに、情報というもの
の重要性は……。
37
三浦 そこら辺が1つ問題は問題でしょうけどね。ただ、今、
情報と言ったって、東京にいて歩き回らなければ情報が集
まらないかどうかということですよね。かつてはそうだったと
思うんです。ちょっとアンテナを持っていれば、そんなに必
要ないのではないかと思いますね。要は、こういう仕事って
個人ではできないんですね。設計もそうだと思うんですね。
1人で孤立していたら多分設計というのはできない。いろん
な情報が飛び交っている。だから、確かに都心にいなけれ
ばいけないだろうという議論も成り立ちますけれども、ネット
ワークをうまくやれば、それも半分ぐらい解消できるのでは
ないでしょうか。それから、いろいろ出てくる映像の情報と
か出版情報とか、これによってかなり触発されるし……。そ
うは言っても、月1回や2週間に1回は東京へ出てくるでし
ょう。田舎にこもりっ切りというわけにいかないと思うんで
す。
もう1つ、クリエイティブという仕事は、本人のアンテナがよ
ければ、どこにいても大して関係ないんですよ。東京を歩
き回らなければ本当に情報が集まらないかというと、そうで
もないんですね。ちょっとしたアンテナがよければ……。例
えばアメリカなんかは必ず産業別に都市が分かれていま
すよね。ニューヨークは金融とか、ロサンゼルスは映画産
業、ナッシュビルは音楽産業と全く分かれています。これで
それぞれが最先端の仕事をやっているわけですね。ニュ
ーヨークに全部集まっているかというと、そうではないです
ね。日本は、どうも残念ながら東京に全部集まっている。東
京にいなければ何もできないということは事実は事実です
ね。一番不便なのは人脈なんです。人と人との打合せがな
かなかできないということがポイントで、情報はどこにいても、
かなり手に入れていますけどね。
リゾート・オフィスと言っても、極端に遠くというわけにはい
かないでしょうね。現実は東京のヘッドクオーターに対して
八王子とか神奈川県、そちらぐらいだと思います。関東で
すね。北海道へ持っていっても、逆に情報コストがかかっ
てしょうがないでしょうね。
岸本 リゾートといいますと、すぐにそこで仕事をすることば
っかり考えますけれども、そこで同時にほとんど住むように
なるんですね。だから感覚的には、都市に住んでリゾート
へ仕事をしに行くという状況が場合によってはあるわけで
す。昔、カリフォルニアかどこかでエレクトロニック・ビレッジ
みたいなプロジェクトがあったんです。大都市からそこまで、
全然信号のない場所で40分か50分の場所なんですけれ
ども、そこにテレコミューターばっかりを想定した住宅街が
あるんですね。たまたまその記事を「ふーん」と思いながら、
その後、いろんな文献を調べても全然出てこない。たまた
まその著者がそこの仕事をやっていたので聞いてみたら、
あれはなくなったんだと。
なぜだめだったかというと、そこで仕事をするというのはい
いんですけれども、その家族が例えば近くに学校がないと
か、買い物に行く店がないとか、いわゆる普通の生活圏と
して必要なもの、あそこへ遊びに行きたい、ここへ行きたい、
あれが見たい、映画が見たい、そんなのが一切ないわけで
す。テレコミューティングすれば、どんなに遠くに離れてい
ても仕事はできると言いますけれども、普通の生活ができ
るかというと、意外とできなかったりする。逆に都市で遊び
たいという感覚が一方であるんですね。でも、仕事をすると
きは、都会の喧騒を離れて静かなところでしたい。だから、
朝、通勤したら船か何かで、昼ごろには見晴らしのいい海
の上で、また帰ってくるとか、そんなのがいいのではないか
38
と思ったりするんだけど、意外と逆のものって同時にあるな
と。
三浦 そうでしょうね。遊びは都会、仕事はリゾート、これが
理想でしょうね。
岸本 あるいは時期をずらしたり、トレーラーハウスとかボ
ートハウスみたいに動いている。
三浦 弊社でも今年12月からペーパーレスをやるらしいん
ですよ。役職者は、決済は全部ウィンドウズでやる。それか
ら現金の出し入れ、売り上げ計上、出勤・退社は全部各自
の端末で入れるということです。ですから、もう女子社員が
要らなくなってくる。女子社員は全部総合職に転換となりま
す。ペーパーレスになれば離れていていいんですよね。決
済から全部できてしまうわけですよね。ヘッドクオーターに
役職者が何人か座っていれば、決済の判こから全部できる。
書類も電子メールで全部出すということですから、会議が
ほとんど要らなくなる。ただし、極端に言えば、パソコンをい
じれない人はやめてもらうと言っています。
・クリエイティブ・オフィスの対象
田中(仁) 今のお話の大部分は、クリエイティブな仕事を
している人たちを対象にした話なんですけれども、クリエイ
ティブな仕事をしている人間って一体労働者のどれぐらい
おられるんですか。
三浦 これはこういうことなんですよ。ヒントはクリエイティブ
な人たちのやっている環境から得た。ただし、この概念をう
まく広げていけば、一見クリエイティブでない業種にも適用
できるのではないかと思っているんです。ですから、先ほど
言いましたコンピュータ・ソフトの業態も、そうクリエイティブ
ではないわけですね。
田中(仁) そうすると、ルーチンワーク的な作業空間も、
このようになればルーチンワークの生産性も上がるはずで
あると。
三浦 少なくとも営業部門は、こういうシステムは要らない
ですね。それから経理部門も多分こういうのは要らない。だ
から全社がこうやる必要はないと思うんです。業種によって
は全社なんですけどね。ただ、企業内のある部門、例えば
企画部門、宣伝部、あるいは設計部署、シンクタンク的な
業務、研究所、こういった業務には適用する。それから一
部、こういった要素をうまく取り入れればルーチンワークに
も適用できる。では、どちらが効率がいいかというのは、ま
だ結論は出せませんが、少なくともストレス解消の場をうま
くつくってあげれば、心理的に快適か、そうではないかとい
うふうに思いますけどね。
・業績の評価
田中 これは恐らく仕事の評価の問題だろうと思うんです
ね。先ほどプロジェクトで仕事をされると。多分私の想像で
は、忙しい人は非常に忙しくて、余り能力のない人は仕事
が来ないのではないかという感じがするんです。忙しい人
は自分のできる範囲の仕事をして断るのではないかなとい
う気がしたんです。
三浦 ですから、これは完全に今日的なんですね。将来、
日本の企業は多分こうなってくるだろう。だからリストラです
ね。配置転換あるいは子会社出向ということになる。だから、
これは当然、能力給の導入が前提になります。厳しいで
す。
田中(仁) 仮にアウトプットで給料が評価される能力給と
いう評価になるとしたら、10倍どころの差ではなくて、もっと
にやる。アメリカは全部失うんです。そうすると、ひどい話は、
業界で言うと、例えばJ・ウォルター・トンプソン社という一番
がいますでしょう。仮に二番手のマッキャン・エリクソン社に
移った。その社員が全部そっちへ行ってしまうわけですよ。
売り込みに行くわけですね。負けたけれども、おれはフォ
ードを10年やっていたよと。そうすると、ちょうどいいやと雇
ってしまう。こういうことらしいですね。
宇治川 学会の発表も、自分をアピールする場所だという
話も聞いたことがありますね。研究発表をするのは自分を
売り込むためである。日本と大分違いますね。
できるようになるんですよね。実際、本当のアウトプットの差
というのは10倍より、もっと多いでしょうね。
三浦 日本的な温情主義がまだ残っていますから、そうは
言ってもというところがある。
田中(仁) でも、そのあたりで、先ほどいろいろとお話があ
るように、組織を離れてのネットワークの中で、本当のクリエ
イティビティを発揮していくんだというときに、日本の歴史が
千年かかって、やっと能力の平坦化を図ってきたのに、ま
た千年、二千年前の文化に戻るのかなという感じがする。
人類の歴史って、どっちかと言ったら能力の平坦化を図る
ための歴史だったような感じがするんだけど。
・教育と自己啓発
宇治川 日本の普通の会社の中では、そういうことをやると、
教育の問題というのが出てくるんですよね。今までは先輩
のやることを見ながら学んでいたのに、個人主義とか、業
績主義になってくると、いきなり一人前として扱われるから、
どうやって能力を高めていく術を身につけるのかということ
が大事ですね。
三浦 極論すると、育てるよりヘッド・ハンティングだというこ
とにだんだん走るかもしれないですね。
田中(仁) そういうぐあいになってくると、どこが育てるんで
すか。
宇治川 自分しかないでしょうね。
三浦 企業がそれだけの初期投資をしなくなるわけです。
かつてはどこも育てていましたね。ところが、もうそんなゆと
りはない。ヘッド・ハンティングで済ませてしまおうとか…
…。
岸本 アメリカはそうですね。だから、自分でお金をためて、
学校に戻って資格を取るという連中と、社会そのものが勤
めることのできる技術をつけさせようとしている公共の訓練
と、両方あるのではないですか。あれがいいとは、だれも思
っていないんでしょうけれども。
宇治川 アメリカに駐在した私の友人の供が中学校のクラ
ブ活動に入った。トライ・アウトと言うんですけれども、江夏
が受けたみたいに、クラブに入るために試験をして、ピッチ
ャーを10人の候補から3人選ぶ。それで採った人は試合
に出る選手なんです。選ばれなかった人はクラブに入れな
くて、自分でどこかのコーチに習いに行って、うまくなり、次
のトライ・アウトでほかの人よりすぐれたピッチングをすれば
採ってもらえる。アメリカの学校のクラブ活動というのは試
合をする組織であって、練習の場ではないんですね。プロ
野球ももちろんそうなんですけどね。会社も恐らく同じ原理
で動いているのでしょうね。
田中(仁) それは文化的に稚拙な国がそうやっているの
であって、日本が稚拙な国に後戻りする必要があるんです
かね。
宇治川 それをしないで済むように一生懸命日本の社会を
つくってきたんだけど、それで済まなくなりそうだということ
なんでしょうね。
・転職
三浦 また逆にアメリカは、転職のうまいシステムがあるん
ですよね。実際、アメリカの場合は一業種一社というのが厳
然とあるわけですね。例えばフォードをやっているエージェ
ンシーがプレゼンテーションで負けたとしますね。そうした
ら全員クビになるんですね。これはプロジェクトごとに人を
雇っていますから、フォードのアカウントで何十人というふう
39
・軽いスポーツ
宇治川 三浦さんは、ビリヤードとかプールバーとか、そう
いうのが置いてあるところが多いとおっしゃいましたけれど
も、日本でも大学の研究室だと、ピンポンをやりに行ったり
とか、そういうちょっとしたレクリエーションや気分転換はあ
りますね。
三浦 そうですね。アメリカではなぜかビリヤードなんです
よ。1つのシンボルでしてね。ビリヤードでなくてもいいんで
すよ。卓球台があったり。この意味は、ちょっとリラックスで
きる空間がオフィスの中にあるということが前提だと。
宇治川 そういうのが空間を仕切らずに仕事場の中にある
ということですね。
三浦 そうですね。だから、この考えは、少しでもリラックス
できる空間をオフィスに持ち込もうではないかということが
前提になっています。それには、いずれ少しずつ部・課長
制が崩壊するであろうという前提なんです。
・アイディアの生まれる状況
宇治川 先程、寝転がってブレーンストーミングをやるとい
う話がありましたけれども、寝転がってやると恐らく本音しか
言わなくなるんでしょうね。
穐山 逆のパターンもありますよね。ストレスの極限まで行
けば本音しか出てこなくなる。2日ほど徹夜した後の設計
事務所なんていうのは本音しかないと言いますから。
その状態のクリエイティビティって絶対信用できないもの
ですよね。(笑)
宮本 だけど、それは仕事の段階によって違うのではない
ですか。初めの発想の段階は、せっぱ詰まったところよりも、
ゆったりしたところがいいし、最後の詰めになるとストレスが
かかって集中した方がいいから、その段階段階によって変
わってくるような気はしますけどね。
穐山 アルバイトでいろんな設計事務所に行ったときに感
じるのは、夜中に仕事ができないのは非常につらいんです
ね。朝まで泊まりきりでやらなければならないという状況が
ありながらも、それができないようながんじがらめの場所と
いうのは非常につらい。アルバイトに応援をもとめられるの
は、せっぱ詰まっていて、猫の手もかりたいという状況が多
いですから、1人当たりの仕事も普通の量の3倍ぐらいある
わけですよね。そういう状態だと、宿泊できないというのは
非常にやりづらい。常に環境をよくしていこうという発想が
片一方にありながらも、日本的な平等ではあるけれども、自
由がない。どっちを先に取るかみたいな、そういうのをたま
に感じるときもありますね。
田中(仁) クリエイティブというのは自由なんかと同じような
言葉で、本人がつくり出すものであって、他人が導くもので
はないということがクリエイティブの裏側には必ずあると思う
んですけれども、それと同時に、失敗したときは自分の責
ら本やら、とにかくすごいんですよ。それが1人1台パソコン
時代になると、データベースがかなり楽になりますね。
任というか、クオリティが高まらなかったら自分の責任だよと
いうものがワンセットになっている。
先ほどの話は、組織がというよりは、自分が一番やりやす
い環境をセッティングしていくという意味にかなり近いです
ね。そのかわりに全部自分が責任をとる。きのうまで集団で
の行いが正しいと言われていた人間が、突然にきょうから、
おまえ、個人で自主的に責任を持って走れと言われても、
なかなか走れないのではないかなという感じもします。
・クリエイティビティと蓄積
宇治川 私は、最近、サッカーでクリエイティブなプレーと
いう表現が使われるのがなかなかおもしろいなと思ってい
るんです。あれは、練習でやってきたやり方では対処でき
ない状況の中で、少しひねってみる。それがうまくいったと
きにクリエイティブなプレーと言われますね。かなり練習を
して、その人の技量が高いところで、新しい組み合わせが
できたところにクリエイティブな部分があるような気がします
けどね。
平手 今もてはやされているイチローとか野茂とかは、みん
なその関連だと思いますね。教育のところで思い出したの
は、たまたま今週、大学院の入試をやっているんですけれ
ども、だんだんと大学院の入試でも、大学入試と同じように
問題集が出ていたりする。昔ならば大学入試が終わりで、
その後は創造的なことができたのかもしれないけれども、
今は大学院の入試にも、知識とか、いわゆる答えのあるも
のを導き出すというトレーニングの延長上を走っているわけ
ですね。大学紛争世代の人を見ると、そちらの人は講義と
か、ほとんどなかったとは言っても、かなり優秀な方が多い
んですよね。そういう目で見ると、逆行しているかなというよ
うな印象は否めないですね。教育制度自体も言葉だけ踊
っていて、実際にやっていることは、今までやってきた知識
を重視する教育をただ延長しているにすぎないという気が
しますね。
穐山 クリエイティビティは知識なし、ストックなしで動くもの
なのかなというのがひっかかっていたんですよ。ストックが
あって、ある意味では、ストックの中で行き詰まったときに打
破できるかできないか。
平手 だから、その方法論を全然教えていないんですね。
知識のベース自体は教えても、結局、それをどう使いこな
していくかということを訓練する場がないまま終わってしまう
かなという危惧がある。
宇治川 音楽の世界でも、フリー・フォームという、まるっき
り形式に囚われないでたらめみたいなのが前衛というときも
あれば、そのうち、そういうのは前衛ではないというふうにな
ってきて、何らかの形式ができて、それをどういうふうに発
展させていくかということがクリエイティブになっていきます
よね。
三浦 僕らの仕事ですと、何が一番大事かというとデータ
ベースなんですね。例えばデザイナーがグラフィックデザ
インをやるときに、データベースを山ほど持ってきます。そ
れで広げていくと、その絵の中からいろんな触発を受けて、
Aの絵とBの絵を組み合わせたら何かが生まれる。僕らは、
今、日本で出てくる新聞広告は、ああ、ネタはあれだと大
体わかりますね。元来クリエイティビティーってゼロからで
はなくて、データベースから生まれるものなんですね。
今までは情報源が本ですから大変なんですよ。僕らも引
き出しに入り切らないくらい、どこからか持ってきたコピーや
40
・手作業とコンピュータ化
平手 そのときに、いろんなものをつくるのは当然切り張り
とか、そういう世代ですよね。それを経ているか、それとも全
くコンピュータの中だけでやっている人たちのクリエイティ
ビティーがどうかというときに、そういう昔の手作業を知って
いるがゆえに非常に便利で、そういう手作業からまた別な
発想法みたいなものが出てくる。実際に昔やっていた人は
そういう目で見れるかもしれないけれども、コンピュータの
中だけで作業をするという人たちは、その発想が当然で、
もう1つ前の手作業から生まれてくるようなものが身につい
ているかどうかというのは、疑問を持っていると言えば持っ
ている。
宇治川 設計でもそうですね。いきなりCGのウォークスル
ーみたいなのがパパッとできてしまうような環境にいる人と、
粘土とかスチレンボードからつくってやっていた人と違いが
出てくるのかどうか。
田中(仁) 実際、設計をやって何年かたてば、自分が設
計したものができ上がって、でき上がったらその中を歩い
たり外から見たりするから、現実感というものはわかるでしょ
うけれども、もしコンピュータの中で透視図を描いて、その
中を人間が歩いてみて、その空間の大きさを最初から認知
できているような人がもしいたとしたら、それは天才を超え
ているのではないかと思うんですよね。でも、手で描いてい
る連中というのは、幾ら稚拙であっても、これに対してこの
大きさであるというようなスケール感を最初からトレーニング
されるわけですね。
岸本 設計みたいな作業は、どんなやり方をしていても、
基本的に、でき上がったものの結果からまたフィードバッグ
されないと、できないという感じはありますね。
宮本 最近、統計ソフトとか、いろんな便利なソフトができ
過ぎているんですよね。学生を見ていると、結果しか見て
いないんですよね。途中の段階でデータがどうなっている
かとか、本当はこれはどういう解析なのか、ちゃんと知らな
いんですよね。いろんな分析をやっているんですけれども、
まともにちゃんと理解してやっている人が少ないですよね。
岸本 それってコンピュータより前からではないですかね。
特に数学の受験勉強をやっているとき、この問題は、この
公式を使ってというのがいっぱいあるではないですか。私
は、なぜかそれが嫌いで、公式を全然覚えられなかったん
ですよ。
コンピュータがやってくれるか、自分でやっているかの違
い。でも、公式というのは、何がどうなっているのかわから
ずに、みんなやっているのかなと。
・環境への主体性
穐山 例えばプールバーとかビリヤード、フローリングでペ
ンダントの照明をつける。そういうものは全部オフィスをきれ
いにしようというか、働きやすいようにセッティングしていこう
という発想だと思うんですけれども、そのセッティングをして
いくこと自体が、ブラック・ボックスではないですけれども、
必要以上のセッティングになってしまって、アクティビティを
拘束しているというか、そういう傾向が出てきてしまうという
ことはないんでしょうか。
三浦 あるでしょうね。というのは、今まで自然発生的にや
ってきているわけですね。どうしてもみんなが「ここがいい
わ」と言って、あるから便利だと。別にビリヤードをやらない
けれども、ビリヤードがあって、たまにはやってみるのもとい
うので生まれてきたので、これを強制的にやることは、また
問題が出てくるかもしれないですね。ですから、今、ビリヤ
ードと言ったのは、ビリヤードでなければいけないのではな
くて、ここから原理原則のヒントとするならば、そういうリラッ
クスできるアイテムがオフィスに要るのではないかということ
なんですよね。
・データベース
田中 私が昔お世話になったデザイナーの人は、グラフィ
ック・デザインの本って結構豪華本が多いですが、必ず同
じ本を2冊買って、1つは切り刻んで、いわゆるデータベー
ス化したんでしょうね。1つは本として持っている。それは経
済力があったからできたんだろうと思うんですけどね。だか
ら、やっぱりそれはそういう世界なのかもわかりませんね。
建築なんかでもそうでしょうね。
三浦 たまたま私はコピーライターで、コピーライターはデ
ザイナーに比べるとお金がかからない。何をやっていたか
というと、本屋へ行きました。本の題名をずっと毎日見てい
るんです。それが意外に触発される。要するに、言葉のデ
ータベースをそろえるのはいろんな方法があります。作詩
家の方とお話ししていても似ていますね。コピーライターと
いうのは地獄なんですよ。できないときは本当に地獄です。
大体原稿用紙1冊書くんです。いいのが浮かばないと本当
に苦労します。要するに、時代のキーワード探しなんです
ね。今どんなキーワードが時代にフィットするかを探してい
るわけですから。デザイナーはまだ楽ですよ。写真を集め
て、お金はかかりますけれども。ところが、コピーライターと
いうのは本当にそれができないからデータベース探し。
41
私はコピーライターでCMをずっとやっていまして、CM
の場合はどんなデータベースかというと、ビデオなんです
ね。うちは、おかげで600本の映画のビデオを持っていま
す。ミーティングするとき、「ほら、あの映画のあのシーンで、
あれだ」と言うと、「ああ、あれ、あれ」と言って、大体わかる
もので、そういうことをやる。だから、案外クリエイティビティ
ってデータベースだと思うんですね。
私は、クリエイティブオフィスを何とか商品化できないかな
と考えているんですけれども、設計のいろんな要件の中に、
データベースをどれだけうまくストックできるスペースとか方
法があるかということが案外ポイントになるような気がします
ね。
田中(仁) 今の商品化に、水を差すようなことではないん
ですが、それぞれの癖があって、人がつくった資料というの
は大体使い物にならないんですね。もう1つ、自分がつくっ
た資料は余り人に渡したがらない。私は、インテリア・デザ
インのセクションのリーダーをやっていたときに、みんなで
力を合わせてやろうとしたけれど、全然うまくいかないんで
すよ。本当においしい資料の共有化というのはなかなかで
きないですね。
宇治川 分類の仕方とか、まとめ方、体系の組み立て方が
違うんでしょうね。
三浦 デザインとか建築事務所というのは、こんなことを言
われなくてもわかっている。私は、クリエイティブオフィスの
商品化をデザイン事務所向けにやるつもりはないんです。
むしろ普通の業態のオフィスに対して、何か新しいエッセ
ンスとして、こういうのができないかということです。
宇治川 時間が来ましたので、きょうはここまでにします。
8.
まとめ
8.1 知的創造空間に求められるもの(要求品質)
本研究会での意見や討論をもとに、知的創造空間に関わる問題を整理し、下記連関図を作成した。
行動
社会
フレキシブル
に対応できる
定型業務から
問題解決型
部課長制からプ
ロジェクト制へ
頻繁にミーティ
ングができる
組織による
創造活動
能力主義
知識、認識
の共有
活発に情報が
伝達できる
目的意識
終身雇用から
人材流動化
すぐ話し込める
社員から専門家へ
個人の尊重
インフォー
マルな交流
非目的的な出
会いがある
自分のライフ
スタイル
遊びを通じて
仲良くなれる
社則から
自由裁量へ
規則、慣習、
常識の破壊
本質主義
とらわれない
環境
リラックス
できる
自分勝手に
空間を作れる
いろいろなもの
が置ける
遊び心
仕事の場で飲み
食いができる
集中できる
邪魔されない
気分転換
良い眺めを
見られる
蓄積情報の
組み替え
新鮮な外気を
取り入れられる
知識や情報の入
手、組み替え
多角的な視点
試行錯誤
過去の資料情報を
効率良く得られる
すぐアイディアを
試すことができる
情報を視覚的に示
すことができる
外部情報の入手
情報アクセス
情報のネット
ワークが使える
組織外の人に
すぐ会える
課題の明確化
大きな書店が
身近にある
教育研修
成果を厳しく
求められる
図1 知的創造空間の背景と空間に求められるもの
その連関図に沿って、知的創造空間の背景と、空間に求められるもの(要求品質)を紹介する。
(1)定型業務から問題解決型へ
42
新しいものを産み出す仕事は、役割や権限と情報処理が定型化された部課長制の組織よりは、問題に
応じて機動的に対処できるプロジェクト制の組織が適している。また、個人的な技量(職人芸)で対応した
時代を経て、現代は組織で対応する段階を迎えている。そのために、一時的に存在するプロジェクト組織
にオフィス空間がフレキシブルに対応できること、メンバーの知識や情報の共有や交換、伝達がスムーズ
に運ぶための装置や設備(ミーティングや打ち合わせの空間、電話など)が必要とされる。
また、部や課を超えた交流から、新しい人間関係が築かれるために、非目的的な出会いや交流を活発に
する空間的な仕掛けを具体化している例も多い。
(2)能力主義
プロジェクト制のもとでは、勤続年数(経験)よりは問題解決能力が重視され、雇用形態は、終身雇用か
ら流動化する方向に変化してゆくであろう。それにつれて、従業員サイドも、社員としての使命感より、問
題解決の専門家としての指向や自覚が強くなると思われる。それに伴い、空間の使い方に関しても、従来
は会社の規則として定めていたものが、個人としての考え方や方法が尊重され、働く人の自由裁量に委
ねられる傾向に変化してゆくであろう。オフィス用具やレイアウトにも各人の主張が反映されるが、そのた
めには現在の一人当り面積を増加させる必要がある。
(3)本質主義
創造行為は、常識や固定観念を打破する行為でもある。組織の論理を優先させる官僚主義や、形式主
義の組織からは創造が生まれにくい。規則や習慣、常識に囚われないことが良いことであるという職場の
雰囲気(組織風土)が創造的な発想の土壌となる。
会社の規則を狭め自由裁量範囲を拡大すること、自分のリラックスできる環境(姿勢や道具、雰囲気)を
作れることが望ましい。
人は他人に命令されたときより、自主的に取り組む場合のほうが、創意工夫が活発化する。その意味で
遊び心を尊重する雰囲気は、アイディアや思いつきも育みやすい。
(4)知識や情報の入手、組み替え
創造という思考は、従来の知識や情報の組み合わせに代わる新しい知識や情報の入手と組み替えの
作業である。従って、蓄積された情報を組み替えること、外部の情報を入手することが容易にできるような
環境が求められる。
蓄積された情報を組み替えるには、集中できること(邪魔されない)、気分転換しやすいこと、過去に蓄
積した資料や情報を取り出せること、アイディアを試すことができること、などが該当する。
また、言葉を並び変えたり、アイディアを図化することによって、新しい発見をしたり、多数の人間が情報
を共有することができる。このような情報の視覚化(ディスプレイド・シンキング、ビジュアル・シンキング)は
黒板やホワイトボードの設置、大型作業用テーブル、コンピュータの発想支援システムなどが関わってい
る。
外部の情報の入手には、人、情報ネットワーク、会合などが手段となる。施設の立地置や交通の便、情
報通信設備の充実が求められる。紙の情報は、図書館だけでなく、書店の中を歩き回ることが効果的と
いう人も多い。
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言葉を空間に配置
行き詰まり
・人は、新しい概念を形成
しようとしても、しばしば
行き詰まり、何もできない
状態になる。
・ことばを空間に並べて表
示すると、ことばとことば
の間の隙間の空間が、発想
促進に有効な刺激となるこ
とがある。
ディスプレィドシンキング、
ビジュアルシンキング
・認知マップの作成
・作業中の資料をホワイト
ボードに残し、他人にみて
もらう
出会い
別の領域の概念
はまり込み
・概念の形成には、形成の
方向のようなものがあり、
一つの概念形成の流れには
まってしまうと、そこから
脱出できなくなる。
・別の領域のことばが刺激
となって発想が促進される
ことがある。
新しい視点
・つくりかけの概念をいっ
たん壊してみると、一つの
方向から脱出し、新しい視
点から同じ世界を見直して
、新しい概念を形成できる
ことがある。
・別の領域の人に相談する。
・別な領域の方法論を導入す
る。
・資料や文献探索
・書店の中をうろつく。
気分転換
・体を動かす。
・窓の外を眺める。
・喫茶、他人と雑談。
・雑踏や自然の中を散策する。
図2 創造的な思考と対策
(5)課題の明確化
使命感が強ければ、悪い環境は障害になりにくい。逆に、どのように環境を整備しても、課題が明確化
され、成果を厳しく求められなければ、優れた創造は生まれにくい。
8.2 知的創造空間の具体化
また、既存の事例や研究会での検討で紹介された具対策を表1に示す。
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表1 具対策の例
ねらいの具体化
出会いのきっかけになる
思考・展開ができる
求心性のある室配置
回遊性のある室配置
動線の交差、統合
マグネット
必要性の生じる場
カタリスト
見知らぬ人とのきっかけ
ディスプレイドシンキング
視覚化
ディスカッションしやすい
声をかけやすい
コミュニケーションのきっかけ
集まりやすい
情報が入手しやすい
集中できる
リラックス・気分転換できる
気持ちよい
生活空間としての快適性
議論しやすい
自由なことがいえる雰囲気
文字情報入手の簡易性
人からの情報
共通認識
空間づくり
雰囲気作り
邪魔されない
休息・生理的満足
均一でない空間
コミュニケーション・活動的
選択の可能性
場に縛られない
オフィスへの愛着・関心
時間に縛られない
縛られない雰囲気
個性の表現
施設開放などのイベント
執務者参加型の環境づくり
小集団活動
差別意識の払拭
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具体的な対策・仕様
アトリウム、中庭
コーヒーメーカー
コピー、喫煙エリア
掲示物
情報ネットワーク、電子メイル
大きなテーブル、作業台
ホワイトボード
発想支援コンピュータシステム
机配置
パーティション
打合せコーナー
机の形(円形)
ホワイトボード
NW化されたコンピュータ
図書館
レファレンスサービス
身近にある資料
スライディングウォールによる個室化
照明
メイルによる電話の減少
クワイエットタイムなどの決まり事
自然光が入る(天窓)
寝転がれるソファ
景色がよい(外に緑がある)
視野が開けている(高い天井)
スポット照明・目が疲れない
フローリング・木の家具
裸足・スリッパ
異なる内装のリフレッシュスペース
和室
無秩序なレイアウト
段差のある床
運動ができる
ビリヤード・パターゴルフ・バスケット
良い雰囲気の食堂
携帯電話、コンピュータ
ワゴン
フレックスタイム
自由な服装
バラバラの机配置
机を壁際に寄せ、中央に大テーブル
連関図の右側には、環境への要求が示されているが、その順にしたがって、既存の事例や検討結果を
紹介する。
・フレキシブルに対応できる
大きな部屋を可変の間仕切りで仕切ったり、一時的なプロジェクトルームにプロジェクトチームを収容し
て、対応している例が多い。また、各自の机や場所を定めないノンテリトリアルという考え方もフレキシブル
な使い方を可能にする。そのために、携帯電話や書類のワゴンが用いられる。
・頻繁にミーティングができる
会議室や打合せのスペースが不足しないことが必要条件である。また、思いついたときにミーティングを
するスペースとして、大型のテーブルが有効である。
・活発に情報が伝達できる
対面型の情報伝達は上記項目に該当する。それ以外では、掲示板、電話やFax、電子メールなどの装
置の整備水準が関わっている。また、集会や会議体などの組織運営上の状況も関連が強い。
・すぐ話し込める
出会った人間同士がその場で話し込めたり、ミーティングの場所を利用できることで、後者は「頻繁にミ
ーティングができる」と同じ対応である。前者のためには、廊下が広いとか、ところどころにポケット的な空
間や、簡単なベンチを配している例もある。
・非目的的な出会いがある
建物内では、回遊性を持たせた廊下の配置、求心力のある食堂や図書室、中庭や喫茶スペースの配
置を工夫している例がある。また、コーヒーサーバーやコピー機のように人を吸い寄せる力のあるものをマ
グネットと呼んでいる。これらを意図的に効果的に配置することも効果的である。
喫茶メニューを工夫して、そのスペースに人が集まるよう努力している例もある。
また、立地的には、繁華街に近いことも、待ち合わせや出会いと関連があり、夜のつきあいが仕事に発
展することもある。
・遊びを通じて仲良くなれる
本研究会では、ビリヤード、パターゴルフ、バスケットボールなどを、仕事場に設けている例が報告され
た。クラブ活動や厚生施設も人的交流を深めるのに役立つ。
・自分勝手に空間を作れる
デスクまわりにピンナップを貼ったり、観葉植物を置いたり、特別な椅子を使ったり、オフィス空間をお仕
着せでなく、個人の好みに合わせられることである。空間の特性よりは、規則で個人の自由裁量範囲を明
確化することが重要。
・いろいろなものが置ける
業務を進める上で、書類やサンプルを近くに数多く置きながら、取り組むことが効果的な場合や、仕事
のスタイルがある。デスクまわりの空間の面積が広いことが必要条件である。また、「自分勝手に空間を作
れる」とも関連がある。
・くつろげる
配置計画の上では、動線を工夫して、個人の空間と共用の空間とを区別し、個人の五感に無用な刺激
を与えないことが求められる。高密度に席があると、他人との距離が近くなり、くつろぎにくい。
空間の仕上げや家具什器では、モダンな緊張させるものより、なじみやすい色彩や材質が適している。
木製家具など天然素材のほうがなじみやすい。
照明は、執務空間とのメリハリをつけることが必要である。執務空間に高照度で均一な照明を用いてい
るなら、スポット照明などで少し暗めの照明にしたり、暖かみのある色の電球を使うなど、緊張を解きほぐ
すような計画が望ましい。
この項目も、「自分勝手に空間を作れる」と関連がある。
・仕事の場で飲み食いができる
規則によって規制している場合、設備的に困難な場合もある。内装としては、床の汚れの対策、平面計
画では給湯室の充実、設備や装置では自販機、冷蔵庫の設置などがある。
・邪魔されない
個人のデスクに他人が近づきにくいこと、聴覚や視覚に不本意な刺激が伝わらないことが対応策である。
従って、動線や区画の検討により、個人の領域と共用部分とを明確に分離する、個人あたりの面積を広く
確保することが望ましい。
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また、電話も業務を中断させる。ファクシミリや電子メールの整備も効果的である。電話を取り次がない
時間帯を設けている例もある。
・長時間没頭できる
上記項目とも関連は深い。他に、深夜でも帰宅できるような通勤の便、仮眠室の設置、食事や喫茶のサ
ービス、というような時間を気にしなくて済むような条件も有効である。
疲労しにくい照明や家具、24時間運転が可能な個別制御のできる空調など。
・行き詰まり箇所の発見
・知識組み替え
・良い眺めを見られる
立地的には緑地の周辺が良い。配置計画では眺望を考慮して窓や部屋の向きを配慮する。窓の大きさ
も眺望に大きく関わる。
・新鮮な外気を取り入れられる
窓サッシの方式による。外気が汚染されている地域では新鮮な外気は得られない。また、空調の換気
回数も関連している。
・過去の資料情報を効率良く得られる
資料保管の方式や、その容量、常日頃のメンテナンスが関連している。
・すぐアイディアを試すことができる
試作や実験がいつでも可能な状態がよい。オフィスが24時間稼働できるような設備システム、入退室の
管理システムなどがある。
・情報を視覚的に示すことができる
会議室、打ち合わせ場所でのホワイトボード、OHPなどの視聴覚器材が関連している。掲示板も視覚的
な情報の伝達媒体である。
・情報のネットワークが使える
情報機器および通信ネットワークの整備状況による。ただし、情報機器を身近に使うためにはデスクが
広いことも必要条件である。
・組織外の人にすぐ会える
交通の便がよいこと。
・大きな書店が身近にある
交通の便がよいこと。
・成果を厳しく求められる
空間の物理的条件ではない。目標管理や人事評価をはじめとする運営上の問題。
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資料
知的創造空間
用語集
知性 広義:感覚・連想・記憶・想像・表象・理解・判断・推理・創造等の知的な性能。狭義:
知覚された資料を整理・統一して新しい認識を生み出す働き。
知的作用
思考
知性のうち、とくに概念化、判断および推理の働き。
考えること、思うこと、すなわち考える働きあるいはその過程。
考える内容、考えた所産は考え、あるいは思想という。
発散(拡散)的思考
思考。⇔収束的思考
さまざまな可能性について多くの答えを出し、その中から良い回答を探す
収束(集中)的思考 与えられた情報からあらかじめ定められた妥当な情報を導き出す活動。例)
数学の証明、知能検査。⇔発散的思考
意思決定 問題解決の状況において、実行可能な選択肢(代替案)の中から最適と思われるもの
を選択すること。
発想
いろいろなもの、事柄、関係などを思いつくこと。
創造的思考 新しくて価値のある着想を生み出すような思考。問題自体の発見と解決方向の枠組
みの設定、見当づけの中に優れた価値が含まれることが特徴。
創造性テスト 流暢性、柔軟性、独創性、綿密性、再定義の各テストを通して、創造性を測る。
ギルフォード Guilford,J.P.(1959)による。
a ha体験 思考の過程で突然あらわれる洞察によって課題状況の構造が明瞭になり、疑問の余地
のない解が見いだされる体験。「ああ、わかった」
ワラスの創造的思考過程 Wallas,G.(1926)は、創造的な思考の過程は、以下の4段階に分けら
れるとした。①準備期:課題環境からの情報収集時期。②あたため期:集められた情報を操作、
変形したり、過去経験と照合する等模索の段階。③啓示期:突然、問題に対するアイディアが得
られる。④検証期:当初の課題が、啓示期に明瞭になった新たな構造の中の一部として把握され
るように変形される。
藻場 大型海藻類が密生する場所。藻場には沿岸動物の稚仔や成魚などが集まり、魚族の資源保
持に重要な役割を果たしている。
カフェテリア効果 カフェテリアのような自由にくつろぎ、人が交流する場所が、新たな人間関
係、ミーティング、情報交換を産み、創造活動を活発化すること。
ケイブ&コート ケイブは洞穴、コートは中庭。中庭の周りを洞穴が囲むように、交流の場を中
心に個人のプライバシーの高い空間を配置する方式。
ディスプレィド・シンキング
Max2
思考過程を提示すること。
人間が集中できるのは最大2時間程度であること。
発想支援システム
コンピュータにより人間の発想活動を支援するシステム。
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ビジュアル・シンキング
視覚や視覚化を伴う思考。
知能構造 知能を相関分析の技法を用いて諸種の因子に分析し、それらを一定の理論モデルに従
って分類、表示したもの。
知 性
思 考
記 憶
認 知
評 価
生 産 *既知の情報を利用して
新しい情報を作り出す
収 束
拡 散
*唯一の正解に到
達する思考過程
*創造的に多様な
解決方法を求める
知的能力の構造(Guilford,1959)
言葉の並び替え 新しい概念を形成しようとしても、行き詰まってしまい、進展させられない状
態になることがある。そのような場合に、ことばを空間に並べて表示し、それらをグループ化し
たり、ある視点から並び変えたりすると、発想が促進されることがある。また、別の専門領域の
ことばが刺激となることがある。
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