配布資料

「科学と人間」講義(11 年夏学期)
【第2回: 優生学とナチスの人種衛生政策】(2011 年4月 22 日)
1.優生学
*優生学
人間の遺伝的「劣化」の防止ならびに「改良」を行い,遺伝的に「優れた」人間を増
やそうとする学問。優れた人間集団の維持,育成のためには,[
]の排除
と優等形質の保護が不可欠だとする考え。
*成立と拡大
19 世紀/20 世紀転換期に[
]で成立。
1910 年代を境に[
]が中心に。
★ドイツでは「
」の名で広まる。
― [
](positive) ― …「優良な」遺伝形質の増殖を目指す。
― [
](negative) ― …「劣等な」遺伝形質の抑制・排除を
*優生学〔政策〕―
目指す。
2.ナチ・ドイツ (1933 年 1 月 30 日-1945 年5月8日)
*「ナチ(ス)」(Nazi(s))
Nationalsozialist の略称=蔑称。「
」の意。
ナチ党やナチ党員一般を指す。
*ナチ党
・正式名称=「国民社会主義ドイツ労働者党」(Nationalsozialistische Deutsche
Arbeiterpartei)
・1920 年に誕生。1921 年以降,A・ヒトラー(1889-1945 年)が党首。
・反自由主義,反議会主義,反共産主義,民族主義,反ユダヤ主義などを標榜。
・1933 年 1 月政権を掌握。
*地方自治を廃止,全権委任法により国会の権限を剥奪,ナチ党以外の政党を解散させ
る。
*秘密国家警察(Gestapo)が市民生活を監視。
*ユダヤ人の市民権を剥奪→追放→隔離→大量虐殺(Holocaust)
★犠牲者総数 560-586 万人(推定)
3.ナチ・ドイツによる「消極的」優生政策―強制断種 (1933-39 年)
★ナチスにとってドイツ民族は,最も優秀で支配的地位にあるべき北方人種(「アーリア
人種」)に属するが,自ら「
」でなければならず。
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「科学と人間」(今井担当分)№1
→①他の人種〔民族〕に対して
※ナチスの人種主義政策―
→②ドイツ民族の中の「劣等」遺伝子保持者に対して
→ドイツ人でも,子孫に悪い影響をもたらす者,ナチズムの規準に合わない者は,
排除されねばならず。
1933 年3月: 全権委任法可決・施行
…政府に議会の承認や批准なしに法律や条約を成立させる権限を付与。
1933 年7月: 「
」(=「
」)制定
・対象…遺伝性精神病(精神分裂症,躁鬱病など),遺伝性精神薄弱,
遺伝性癲癇,その他の遺伝病(先天性の盲目と聾唖,重度身体
奇形,重度アルコール依存症など)の患者,病的遺伝資質の保
因者と見なされた人々
・運用
i) 医師や社会福祉施設関係者による申請(=告発)
ii)「遺伝健康裁判所」(=裁判官 1 名+医師2名によって構成)におけ
る非公開の審理による断種の可否の決定
★実際には,ナチス体制にとって好ましくない人々も,「精神薄弱」
などと「診断」されて対象に!
~ナチ社会における社会規範からの逸脱は,遺伝的素質による
「精神薄弱」に起因するとされた。
※身体・精神障害者,アルコール依存症患者,左翼勢力,常習
的犯罪者,労働忌避者,浮浪者,売春婦,同性愛者など
…ナチスにとっては,ドイツ民族「衰退」の危険な兆候
★断種決定の場合は,本人や家族の意思に反しても手術
1934 年: 断種の開始
→1939 年 8 月までに推定約 30 万人に対し実施。
1935 年: 「断種法」の補足法
妊娠6ヶ月までの女性が「遺伝病」と判断された場合→強制妊娠中絶
4.ナチ・ドイツによる「消極的」優生政策の急進化―「安楽死」作戦 (1939-45 年)
★「障害者」や「反社会分子」(犯罪常習者,労働忌避者,浮浪者,売春婦,シンティ・
ロマ[いわゆるジプシー]等)を治癒の見込みのない遺伝的疾患によるものと見なし,
a)ドイツ民族の中の「劣等分子」を除去するため
b)「社会的負担」(=医療費・社会保障費)軽減のため
c)「医学的研究」のため
と称して,組織的に殺害もしくは人体実験の対象とする計画
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1939 年2月-: 精神科の医師・学者たちの積極的な協力の下,秘密裡に計画・準備
8月: 「障害児」の届出を義務付け
9月: ドイツ軍…ポーランドへ侵攻(第二次世界大戦開戦)
断種を一時停止,成人の精神「障害者」の選別を開始
→成人精神「障害者」に対する「安楽死」作戦(暗号名: ≪T4 作戦≫)へ
国内の精神病院にガス(CO ガス)室を設置
1940 年1月: ≪T4 作戦≫開始
★国家機密化,医師による鑑定と選別,シャワー室を偽装したガス室の使
用,犠牲者の金歯の回収など
→そのまま強制・絶滅収容所におけるユダヤ人などの殺戮へ継承。
1941 年: ≪T4 作戦≫の対象…強制収容所の労働不能者へ拡大
同年8月: ≪T4 作戦≫が一部の国民や教会関係者に知られ,カトリック教会の司教
から公然と批判の声→ヒトラー,作戦中止を命令。
★この間にドイツ国内6ヶ所の精神病院のガス室で殺害された成人の精神「障害者」
(一部ユダヤ人も含む)=7万人強
★強制収容所の労働不能者に対する「安楽死」,≪T4 作戦≫の枠外で一部既に実行さ
れていた「障害児」に対する「安楽死」は継続。
※多様な「障害者」や「反社会分子」へと対象を拡大。
→最終的には,精神薄弱者・精神病者の他,奇形児,先天性障害児,
肢体不自由者,聾唖者,目の不自由な人,癲癇患者,結核患者等々も対象に。
※殺害手段も多様化:
CO ガスの他,大量の麻薬や睡眠薬の注射,殴打,強制収容所における強制労働,
極端に偏った栄養素のみを与える食事等々。
★こうして,多様な「障害者」や「反社会分子」(他民族を対象とした「安楽死」も含
めると推定 20 万人)が,「価値のない生命」,「生きるに値しない生命」として組織
的に殺害されていった。
※ポーランド,ソ連のドイツ占領地域においても,精神病院解体,「ガス自動車」
による窒息,銃殺,殴打,薬物注射によって多数の「障害者」を抹殺。
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「科学と人間」(今井担当分)№2
参考文献
山本秀行『ナチズムの時代』[世界史リブレット 49](山川出版社, 1998). (90pp.)
木村靖二(編)『ドイツの歴史』,
第 20 章: 山本秀行「選ばれた者の社会―ナチ社会」,
第 21 章: 山本秀行「絶滅戦争―第 2 次世界大戦」(pp.203-218).
矢野久/A・ファウスト(編)『ドイツ社会史』(有斐閣コンパクト, 2001),
第9章: 木畑和子「マイノリティ」(pp.235-252).
石田勇治『過去の克服
ヒトラー後のドイツ』(白水社, 2002),
プロローグ「
《過去の克服》とはなにか」,
第一章「克服されるべき《過去》―人種主義・戦争・ホロコースト・強制労働 」(pp.5-42).
小俣和一郎『ナチス もう一つの大罪―「安楽死」とドイツ精神医学―』(人文書院, 1995),
第二章「ドイツ第三帝国の成立と安楽死計画の立案」,
第三章「T4作戦」,
第四章「ガス室を備えた精神病院」(pp.35-108).
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