トヨタと現代、両社の世界での攻防に注目せよ

林廣茂の経済・経営コラム 42
トヨタと現代、両社の世界での攻防に注目せよ
西安交通大学管理大学院客員教授
林廣茂
020612
トヨタの反転攻勢、現代の躍進
2012 年、トヨタ自動車の全世界での反転攻勢が始まった。目標販売台数は史上最多
の 958 万台で 11 年比+20%、目指すのは GM と VW を超えて世界一の奪還だろう。現代自
動車は、700 万台(前年比+6%)を目標に第 5 位のポジションの盤石化とさらに上を
狙うための雌伏の 1 年にすると宣言した。トヨタは現代を、現代はトヨタを、それぞれ
最大のライバルとしているに違いない。世界 3 位と 5 位の日韓のトップ企業同士による
世界中での攻防が、自動車市場の世界の勢力図をどう変えていくのか。
トヨタにとって、本当に「お気の毒」な 3 年間だった。アメリカに端を発した全世界
での数百万台のリコールは身から出た錆(さび)だが、GM 復活の時間稼ぎとなった「プ
リウス」の技術欠陥への言いがかりとも言えるようなアメリカでのトヨタたたきによっ
て、トヨタの品質神話が大きく傷ついた。それが癒える間もなく、東日本大震災とタイ
の大洪水の影響で国内外の部材の供給網が寸断され、全世界で完成車の供給が不足した。
この機会損失も含めて、世界での販売台数は、10 年の 842 万台から 11 年には 795 万台
へ 47 万台減少した。3 年間続いた世界一のポジションから 3 位に下がった。過去最高
だった 07 年の 937 万台からは 142 万台も減った。今年は完全復活を期している。
一方の現代自動車は、08 年のリーマン・ショックのネガティブ・インパクトも軽微
で済み、07 年の 397 万台から 4 年間連続成長し+263 万台の販売増を積みあげて、11
年には 660 万台を販売した。10 年からは世界 5 位につけている。欧米ではトヨタやホ
ンダの低迷をしり目にシェアを伸ばし、BRICs では、高い成長を連続実現して、トヨタ
とホンダを引き離した。
マーケティングの成功と失敗を分けた要因
トヨタのスピードのなさ。トヨタの全世界での近年の不振は、上のような「お気の毒」
要因や、超円高・ウォン安の為替要因がその大きな理由だが、それ以上にトヨタの現地
対応・現地目線での商品開発やマーケティングが不足だったこと、そしてその革新のス
ピードの遅れが本質的な原因だと思っている。なぜなら、トヨタの真逆の成功例が、現
代であり日産(ルノー日産)なのだ。
日産のフットワークの軽さ。日産は、現代と同じく、リーマン・ショック後にも全世
界で販売台数を伸長させ、世界 4 位に登った。とくに BRICs での伸長が著しい。東日本
大火災やタイの大洪水による SCN の分断の被害を受けたが、日産とルノーが協力して、
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いち早く全世界の SCN を最適化させて、10 年の 671 万台の販売を 11 年には 740 万台へ
押しあげた。中国では 100 万台を突破して、日本勢のトップに立ち、GM と VW に次いで、
現代と 3 位争いの最中である。ブラジルでも、現代とアジア勢の中での首位を争ってい
る。初めて車を買う消費者が大多数の中国では、支払い可能な値段付けはもちろんのこ
と、それに加えて、競合社に比べて「大きく・立派」に見えることが必要だ。車はステ
ータスであるのが中国の消費者の心理である。安くて便利がブラジルの消費者のニー
ズ・ウォンツだ。日産はその消費者に、いち早く丹念に対応して成長している。
現代の二面作戦。現代は近年、先進国市場向けと新興国市場向けの二面戦略を展開し
て成長を続けている。欧米ではそれまでは、「日本車の二番手モデルで価格を安く」の
戦略で日本勢の足元を切り崩すことに専念していたが、そのゲリラ戦略から脱皮して上
級移行に転換した。つまり、「日本車と同等かそれ以上の品質と同等の値段」でしかも
「見映えするデザイン」を前面に出して正面攻撃をしかけ、トヨタやホンダを追い詰め
つつある。欧州では既にトヨタのシェアを上回り、ホンダや日産を引き離している。ア
メリカでは、トヨタとの差を縮めながら、日産を抜きホンダと肩を並べた。
新興国では、現代が日産の現地対応・現地目線戦略の先達である。現代に学んだ日産
が、日本勢の中で一番成長のスピードが速いのだ。トヨタやホンダは現代の後塵を拝し
ている。
トヨタの攻勢戦略の成否はいかに?
アメリカで。ハイブリッド車(HV)や電気自動車(EV)が、アメリカでは日本ほど神
通力を持たない。それでもトヨタの最大の優位性は HV と PHV(プラグインハイブリッ
ド)にある。GM やフォードが間もなく発売する HV との競争が始まるだろう。また、量
販車である「カムリ」「カローラ」の新モデルで、デザインの新規性や技術の優位性で
現代の「ソナタ」や「エラントラ」に移った消費者を引き戻さなければならない。アメ
リカ勢(とくに GM)、欧州勢(とくに VW)、そして現代も環境分野と量販車分野で、トヨ
タの巻き返し戦略に強力に対抗してくるに違いない。
中国やインドで。中国では、入門車で「購入しやすい価格で、かつ、大きくて見栄え
のあるデザイン」を投入して、徹底した広告・販促支援が必要だ。納車待ちではなく、
販売店頭からすぐ運転して帰りたい消費者がほとんどだから、つねに配車しておくこと
が肝心だろう。インドでは現地開発の小型車「エティオス」の人気が鍵だ。
ブラジルで。ブラジルでは、これまでの高所得層をターゲットにした、250 万円も
する「カムリ」ではなく、中間層が求めている初めての車を、つまり、彼らが「欲しい」
車種を 1000 ㏄クラスで「支払い可能な」値段は 150 万円標準で、提供する必要がある。
現代はこの現地の消費者が求める車種を、現地の人たちが買える値段で提供し、大量の
広告投下量で知名度を高めシェアをのばしている。トヨタが、一刻も早く現地の消費者
を理解した戦略へ転換すること期待している。
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