博士(薬学)高橋芳樹 学 位 論 文 題 名 チトクロームP4 501 Alの発現抑制の 分 子機構に関する研究 学位論文内容の要旨 薬物 代訓酵 素の中 でも中 心的な 役割を 担ってい るチト ク口ー ムP450は 、薬物の 解毒化 や活 性 化を触 媒する だけでな く、が ん原物 質の代 謝的活性化をも触媒することが知られている。こ れ ら の代謝 にかか わるP450が 生体内 で誘導 される と、が ん原物質 は反応 性中間 体の生 成が亢 進 す る ため 、 そ の 発が ん 性 が 増す 。 P450の 誘 導 現象 の 中でもCYPIA1の誘導 はべン ゾ(め ピ レ ンなど のがん 原物質の 代謝的 活性化 を促進 し、発がんを引き起こすことから毒性学的に重要 な 意味を 持って いる。本 酵素は 3・メチ ルコラ ンスレ ン(MC)など の芳香 族炭化水素(Ah) によっ て 誘 導 され る 。 す なわ ち 、 Ahが 細 胞 内 に入 る と ま ず細 胞質中 のAh1」セ プター (AhR)と結 合 す る 。次い でAhRは核 内に移 行し、 Arntとヘテ 口ダイ マーを 形成す る。こ の複合 体は5'-上 流 に 存 在 する XREに 結 合 しC}′ PJAJ遺 伝 子 の 転写 を 活 性 化す る 。 A山 に よる CYPlA1の誘 導に は 顕 著 な動 物 種 差 が存 在 し 、 ウサ ギ に お いて は 幼 若 期でCYPlA1が誘導 されるが 成熟期 では 誘 導 されず 、Ahに対 する発 がん感 受性も 低い。こ れまで この分 子機構 は全く 解明さ れてい な い 。 そ こで 本 研 究 では 、 ウ サ ギに 見 ら れ るCYPlA1の 誘導 の抑制 の原因 を明らか にする こと を 目 的 と し た 。 ま ず ウ サ ギ 成 獣 の 肝 臓 に 発 現 す る AmRお よ び Arntの cDNAを 単離 し 、 AhR お よ び Amt夕ン パ ク 質 を発 現 さ せ 、A山R/Amt複 合 体 が XREに 対 し 結 合活 性 を 示す かどう か 解 析 し た 。 そ の 結 果 、 MC存 在 下 で は AhR/Amt複 合 体 は XREに 対 し 強 い 結合 活 性 を 示す こ と が 分 かっ た 。 し たが っ て CYPlAユ が誘導 されな いウサ ギ成獣の 肝臓に おいて も正常 に機能 し う る AhRお よ び Arntが 充 分 に 発 現 し て い ると 考 え ら れた 。 そ こ で新 た に CYPlA1の発 現 の 抑 制 の 原 因 と な りう る 2つ の 可 能性 を 考 え た。 す な わ ち、 CYPlA1の 誘 導的 発 現 が DNAの メ チル化 により 抑制され ている 可能性 、そし てウサギ成獣の肝臓に転写抑制因子が存在するた め に 誘 導さ れ な い 可能 性 の 2つ で あ る。 ウ サ ギ 成獣 に 見 ら れた CYPlA1の 誘導 抑 制は培 養細 胞 に お いて も 認 め られ た 。 すな わち、 CYPユA1の 誘導は ウサギ腎 臓由来 RK13細胞 では認 めら れ た が、ウ サギ肺 由来R9ab細 胞では 全く検 出され なかっ た。ウサ ギ成獣 に見ら れた現 象と同 様 、 R9ab細 胞 に お い て も AhRや AmtmRNAが 発 現 し て い る こ と も 分 か っ た 。 そ こで 、 ま ず 培 養 細 胞に お け る 発現 抑 制 機 構を 明 ら か にし 、 ウ サ ギ成獣 に見ら れるCYPlA1の 誘導抑 制を そ の 分子機 構で説 明でき るか検討 した。 ウサギ CけJAJ遺 伝子の51―上流 領域には メチル 化を 受 け る 可能 性 の あ るCpG配 列 が 数 多く 存 在 し てい た 。 そ こで CyPJAJ遺 伝子 の メ チル化 によ る 発 現 抑 制 の 可 能 性に 注 目 し た。 そ の 目 的の た め に 、脱 メ チ ル 化剤 と し て 知ら れ て い る 5―aZa−2 t−deo xylli 出ne(AZ aC)存在下でR9ab 細胞を培養し、CYPl AlmRN Aの発現を解析した。 そ の 結 果 、 MCに 非 応 答 性 で あ っ た R9ab細 胞 に お い て も RK13細 胞 と ほ ぽ 同じ レ ベ ル まで C ̄卿 1A] が発 現 し て くる こ とが 分かっ た。脱メ チル化 剤はCYPlA1の構成 的発現 よりも むし ろ 誘 導 的発 現 に 効 果が 見 ら れた ことか ら、XREの ような Cy.PJAJ遺 伝子の 活性化 に関与 する 領 域 が ヌチ ル 化 さ れて い る と推 測され た。亜 硫酸ナ トリウ ムによ る脱ア ミノ反応 とPCR法 を ― 219 - 組 み 合 わ せ た 方 法に よ り XREのメ チ ル 化 の状 態 を 調 べた と こ ろ 、RK13細胞 で は XREのヌ チ ル 化 はほ と ん ど 起こ っ て い なか っ た の に対 し 、 CYPユAユ が誘導 されな いR9ab細胞 ではXRE3 お よ びXRE4が高 度 に メ チル 化 さ れ てい た 。 ま た、 XREがメチ ル化さ れると AhRノArnt複 合体 は XREに 結合 で き な くな る こ とも見 い出し た。し かし、 ウサギ の幼若期 および 成熟期 ともに XREの ヌ チル 化 は ほ とん ど 見 ら れな か っ た 。次 に 、 AhR/Anlt複 合体に よるCYPIA1遺 伝子の 活性 化を抑 制する 転写因 子がウ サギ成 獣の肝臓 に存在する可能性についてゲルシフトアッセイ に よ り 解 析 し た 。そ の 結 果 、ウ サ ギ 成 獣の 肝 臓 に おい て XRE3お よ びXRE5に対 し 構 成 的に 転 写 因子 が 結 合 して い る こ とが 分かっ た。そこ で、こ の因子 がXREのコ ア配列 を認識 してい る か どう か を 調 べる た め に XREのコ ア配列 中に変 異を導 入した プローブ を用い てゲル シフト アッ セイを 行った ところ 、この 因子は 変異を導 入した XREに対 し全く結 合しないことが分かっ た 。 こ の こ と か ら 、 XREに 構 成 的 に 結 合 し て い る因 子 は AhR/Amt複合 体 と 同 様、 XREの コ ア 配列 を認識 してい ること が明ら かとな った。 次に、ウ サギ成 獣より 調製し た核抽 出液中 に Ah R/Amt複 合 体 を加 え 、 実 際に AhR/Amt複 合 体 とXREの 結 合 がこ の 因 子 によ っ て 抑 制さ れ る か ど う か 検 討 し た 。 そ の 結 果 、 Ah R/Amt複 合体 は こ の 因子 と XRE上 で競 合 し 、 多量 の AhR/Amt複 合 体を 加 え な い限 り AhR/Amt複合 体の充分 な結合 活性が 得られ ないこ とが分 かっ た 。次 に、XRE3の配列 を既知の 転写因 子の結 合配列 と比較 した。 興味深 いこと に、ウサ ギの XRE3の 配 列 はマ ウ ス の メタ ロ チ オ ネイ ン Iプ 口 モ ータ ー に み られ る upstraam stimulatory factor l(US F】)の結合配列と重複していることが分かった。事実、USF1 の抗体を用いたゲルシ フ トア ッセイ ではUSF1のスーバ ーシフ トバン ドが検 出され た。ま たチミ ジンキ ナーゼの プ口 モ ー ター の 上 流 にXREを 4個 連 結 し たレ ポ ー タ ープ ラ スミ ドを構 築し、 ルシフ ウラーゼ アッ セ イ を行 っ た と ころ 、 USFユ を トラ ン ス フ ウク ト し な い場 合 に は MCに よ り16倍 の誘導 能が 認 めら れたが 、USF1を トランス フェク トする ことで 、その 誘導能 は6.3倍 にまで 低下す るこ と が 分 か っ た 。 こ の こ と か ら 、 USF1が AhR/Amt複合 体 に よ るCYPIAI遺 伝 子の 転 写 活 性化 を 直 接 阻 害 し た 結果 、 ウ サ ギ成 獣 で は CYPIA1が 誘 導 され な い 可 能性 が 考 え られ た 。 ヒ 卜 C YPIAI遺 伝 子の 上 流 に 存在 す る XREの配 列 に は USF1の結合 配列が 保存さ れてし ゝた。 しか し ヒ 卜 で は 多 く の場 合 CYPIA1が誘 導 さ れ る。 こ の 原 因を 調 べ た とこ ろ 、 ヒ トに お い て も USF1に よ る CYPIA1の 発 現 抑 制 の 可 能 性 は あ る も の の 、 多 く の 場 合 、 XREに 対 す る USF1 の 結 合量 が 少 な いた め に CYPIA1が誘 導 さ れ るこ と が 分かっ た。以 上、こ れまで 未知で あっ た CYPIA1の発 現 抑 制 の原 因 を 調 べ、 USF1に よ る 新し い 発現調 節モデ ルを提唱 するこ とに成 功し た。 学位論文審査の要旨 主査 副査 副査 副査 教 授 授 教 授 助教授 助教 鎌滝哲也 有賀寛芳 松本 有吉健一 範高 学位論文題名 チトクロームP45 01A lの発現抑制の 分子機構に関する研究 チ 卜ク □ー ムP450の一 種C-YPIAlは 、が ん原性 多環芳香族炭化水素(AH)の 代謝 的活 性化 を触媒 し、発がんのイニシエーションに関わる。したがって、 C一YPlpdが3‐メチルコランスレン(MC )などによって誘導されると、A Hの反応 性 中間 体の 生成 が亢 進す るた め、 その 発がん 性が 増す こと にな る。 一方 、 AHに よる (: 1T1pdの誘 導に は顕 著な 動物 種差が 存在し、ウサギにおいては 幼 若期 で誘 導さ れる が成 熟期 では 誘導 されず 、成 熟期 では AHに 対す る発 が ん感 受性 も低 い。本 研究では、なぜ成熟ウサギでは誘導が見られないのかを 検討 し、 新し い発現 調節機構を発見した。本研究はがん原物質による発がん 感受 性の 動物 種差、 ひいてはヒトにおける発がん感受性に関して有用な概念 を提 供す るも のであ り、以下に詳述するように極めて優れた研究成果である と評価される。 (1)ウサギにおける既知CYPIA1誘導因子の存在 (ニYPIAJ.の誘導機構は次のように考えられている。すなわち、A Hは細胞質中 の AhRと 結 合 し 、 次 し ゝ で AhR-AH結合物 は核 内に 移行 し、 バー トナ ーで あ るArntとヘ テ□ ダイマーを形成する。この複合体は5t−上流領域に存在する XREと 呼 ば れ る エ ン ハ ン サ ー に 結 合 し て CYPIA1遺 伝 子 の 転 写 を 活 性化 す る。 しかし なが ら、 C YPIA1遺伝 子の活 性化 に必要なこれらの転写因子がウ サギ 成獣の 肝臓 に発現し、かつ正常な機能を有していた。したがって、これ らの 転写因 子以 外の 因子 が成 熟ウ サギ にお ける CYPIA1の 発現 を調節 して い ることになる。 (2) DNAのメ チル 化に よる CYPIA1誘 導発現の抑制 - 221一 ウサギにおいてCYPIA1が誘導されない原因として、DNAのヌチル化によっ て誘導が抑制されている可能性がある。CYPIA1の誘導はウサギ腎臓由来 RK13細胞では認められたが、ウサギ肺由来R9ab細胞では全く検出されな かった。検討の結果、R9ab細胞においてもAhRやArnt mRNAが発現してい ることが分かった。R9ab細胞のDNAを脱メチル化処理するとRK13細胞とほ ぼ同じレベルまでCYPIA1が発現した。ウサギCYPIA1遺伝子の51ー上流領 域にはメチル化を受ける可能性のあるCpG配列が存在している。そこで、 CYPIA1の 誘導に 関与するXREのヌチル化の状態を詳細に解析した結果、 RK13細胞 ではXREのメチル化はほとんど起こっていなかったのに対し、 R9ab細胞では高度にヌチル化されていた。しかし、ウサギの幼若期および 成 熟 期 と も に XREの メ チ ル 化 は ほ と ん ど 見 ら れ な か っ た 。 (3) CYPIA1遺伝子発現抑制因子の解明 ウサギ成獣の肝臓に、AhR/Amt複合体によるCYPIA1遺伝子の活性化を抑制 する転写因子が存在する可能性について検討した。まず、ウサギの肝核抽出 液の 中 に 、 ウ サ ギ CYPIA1の 誘 導的 発 現 に 関 与 する XRE3、XRE4およ び XRE5に結合する因子が存在することを見出した。ウサギ新生仔における、 この因子の存在量は少なかったことから、成熟ウサギにおけるCYPIA1の発 現抑制の原因因子となっている可能性が期待された。次に、この因子を同 定するためにXRE3の配列を既知の転写因子の結合配列と比較した。興味深 いことに、ウサギのXRE3の配列はマウスのメタロチオネインIプ□モ一夕ー にみられるUSF1の結合配列と重複していることが分かった。いくっかの実 験的証拠から、USF1がAhR/A皿t複合体によるCYPlA1遺伝子の転写活性化 を直接阻害する結果、成熟ウサギではC1沖1pdが誘導されない可能性が考え られた。 (4)ヒ卜におけるUSF1とCYPIA1の誘導 USF1による発現抑制がヒトでも見られるか否か検証した。ヒ卜CYPIA1遺 伝 子の 上流に 存在 するXREの配列にはUSF1の結合配列が保存されている が 、ヒ トでは CYPIA1が 誘導 される 。USF1に よる CYPIA1の発現抑制の可 能 性を HepG2細 胞を 用いて 検討 した 。HepG2細胞 におけるUSF1の結合量 はウサギと比ぺて非常に少なくTCDFで細胞を処置することによりUSF1の 結合配列を含むXREに対してもAhR/Arnt複合体が結合することが判明した。 し かし 、USF1をHepG2細胞 に過 剰に 発現さ せた 場合 にはC ̄rPIAl mRNA の 発現 が抑制 され た。 これ らの結 果か ら、 ヒ卜 においてもUSF1による CYPIA1の発現 抑制 の可能性はあるものの、XREに対するUSF1の結合量が 少 なく 、XREも メチ ル化されていないためにCYPIA1が誘導されると考え られた。 以上、これまで未知であったCYPIA1の発現抑制の原因を明らかにし、 USF1による新しい発現調節モデルを明らかにした。本研究はC ̄YPIA1の発 現調節機構に関して新しい重要な概念を提案した。本論文『チ卜ク□ーム P4501Alの発現抑制の分子機構に関する研究』に含まれる研究成果は薬学に おける基礎および応用のいずれにおいても優れており、博士(薬学)の学位 を受けるに充分値するものと認めた。
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