カトラジ!はじめました

カトラジ!はじめました
杉野希都
社会の入口に立つ青年
福音宣教6月号(オリエンス宗教研究所刊)に於いて、長く教会の青年活動をされてい
た方が「ユーキャット 若者のカテキズム」と題し、若者向けにカテキズムをまとめた「ユ
ーキャット」の紹介記事を掲載されました。文中では青年たちを取り巻く日本の教会の状
況を紹介し、社会で生きる青年たちの立場を中心にカテキズムを捉えなおすことで、更に
豊かに、また地に足のついた信仰観が、青年たちの間で育まれていく事例が紹介されてい
ました。そして巻末では、
「大切なのは、ユーキャットを広めていくことではなく、教区を
中心とした共同体において、社会の入り口に立った青年が、勇気をもっていますぐ愛を実
践することです。
」と締めくくられています。
日本の教会共同体でその信仰を育まれながら、今まさに社会の入り口に立っている青年
という世代。彼らが、この現代社会で愛に渇望している人々に福音を伝えていく、またそ
んな一歩を踏み出そうとする青年たちを共同体が支えていく為には、どんな方法があるの
でしょうか?今多くの司祭、青年、信徒の方々が模索しているものの中から私は今回、青
年たちによる青年の為のインターネットラジオ「カトラジ!」の試みを、ご紹介したいと
思います。
カトラジ!誕生のきっかけ
そもそものきっかけはとある居酒屋で、かつて教区の青年活動を支えてきたアラフォー
世代の方の「カトリックのインターネットラジオやりたいんだよね」という発案に、青年
活動が一段落しつつあるアラサー世代たちが「いいですね」と、お酒が入った状態で盛り
上がっていたという、何気ない一幕だったと聞いております。
当初の企画内容はカトリックの名前は出すものの、どこかの公認や支援を受けるわけで
もなく、誰かの自宅に仲間内で集まって、パソコンに繋げたマイクの前で深夜放送のよう
な緩いトークを展開しネット上に発信する。カトリック教会非公認の海賊版の立場がウリ
で、もしどこかに怒られたら「やっぱりダメだったか」とすぐにやめるという(笑)
、それ
はそれで非常に楽しそうな企画ではありました。
ただこの時に、今の「カトラジ!」に繋がる大きな二つのエッセンスが示されていまし
た。一つは、ある程度教区の教会青年活動を経てきたアラサー世代以上の青年たちに、こ
れまで自分たちに伝えられてきた福音や、育まれてきた信仰を、教会内で分かち合うだけ
ではなく、何かしらの形で外に伝えようという気概があるということ。
もう一つは、個人が持ちあわせているパソコンと周辺機器だけで、自宅で放送局を開設
しようと思えばすぐに出来てしまうという、インターネットラジオの手軽さです。この時
代に於いて、青年たちが社会に向って神の愛を発信する土壌というのは、実は完全に出来
上がっていたのです。
この居酒屋でのやり取りの場に私は居合わせていなかったのですが、後にその場に居た
友人たちから話を聞き、日常生活の中で何となく実現の可能性を模索していました。
海外の動き
そんなことがあった数ヵ月後、たまたま私はローマである大会に出席していました。そ
れはメディアを使って福音を伝えることを掲げる SIGNIS という団体の世界大会であり、
そこには世界中のカトリックメディアの関係者が集まり、各国の状況を報告しあっていま
した。
大会のテーマが
「新世代と作るイメージ」ということもあり、
この時は SIGNIS JAPAN
(カトリックメディア協議会)の中で最も若手であった私も参加させて頂き、たくさんの
ことを学ばせて頂きました。
ローマ滞在中に衝撃を受けたことの一つが、私よりも若い20代前半の世界の若者たち
が、カトリックメディアの最前線を担っていたことです。ケニア、ミャンマー、マレーシ
ア、カンボジア、インドネシアといった国々の若者たちが、SIGNIS やそれぞれの国の教会
の支援を受けながら、自分たちの国の状況を外に伝え、自国内でも活動している。国や地
域によっては、カトリックメディアの活動をするには苦しい場所もあるでしょう。だが彼
らの目は輝いていました。自分たちがそれぞれの場所で受け継いできた信仰を、仲間と手
を取り合いながら、広めることに携える喜びに溢れていました。見ていて、あーなんかと
っても楽しそうだなと(笑)
。
また世界大会では、様々な新しいカトリックメディアの発信方法が紹介されていました。
例えばブラジルのようなカトリックが盛んな国では、教会の支援によるラジオ局の番組が
非常に多い。それらは今の日本の一般のラジオ番組と同じように、独自のアプリが開発さ
れ、どんな番組もいつでもどこでもスマホで聴けるようになっている。
逆にアフリカのようなインターネットが隅々に行き届いておらず、且つ集うのが困難な
ほど広大な地域では、一定の範囲をカバー出来るラジオのアンテナを新たに設置、点在さ
せることで、それぞれの地域での共同体作りを助けたり、福音を発信することに役立てて
いる。
世界の青年たちの台頭と、発展するカトリックのラジオ。この二つを目にしたことは、
頭の片隅に置いていた「カトラジ」を呼び起こすのに、十分過ぎるものでした。
カトラジ!とは?
10 代~30 代の青年たちが集まり、カトラジを始めるにあたり、まず行ったのは 3 つの目
的の設定でした。
① 福音宣教
これに関しては敢えて説明する必要はないと思います。
② 青年を対象とした、神の国の実現の為の空間作り。
ここではカトラジの発信対象を設定したのですが、それをキリスト者、非キリスト者に
関わらず、広く「青年」と設定しました。これは前述のように、もはや教会内で信仰を分
かち合うだけではなく、社会の同世代も青年たちに福音のメッセージを届けようという試
みです。また近年、雑誌などでキリスト教が特集されることは多くなりましたし、若者た
ちと親和性の高い映画やアニメ、有名どころで言うと「新世紀エヴァンゲリオン」などキ
リスト教文化の「キーワード」に触れる機会も非常に多くなりました。しかしどこかオカ
ルト的要素が強く、カトリックが何か誤解されているのではないか?とう危惧が青年たち
の共通認識としてあり、現代のクリスチャンとしてもっと原点の部分を発信する役割が、
自分たちにはあるのではないかという意識が、外への発信の動機に繋がっている部分もあ
るようでした。
「神の国の実現の為の空間作り」というフレーズは、何か大げさなもののように聞こえ
ますが、これは単純にネット上に福音のメッセージを発信する行為そのものを指す言葉で
もあります。近年フランシスコ教皇も呼びかけておられるとおり、現代の若者たちにとっ
てネット上の空間というのは、今や生活空間の一部です。いわゆる“デジタル大陸”と呼
ばれるその空間の中に、救いのメッセージの下に集う福音に満ちた場所を作り出すこと。
また、いずれは直接的な福音宣教であるミサを始めとするフェイス・トゥ・フェイスの
場に繋げることや、教会に来れなくても、社会の中で愛を実践していくことこそが、
「神の
国の実現の為の空間作り」に繋がっていくと、私たちは考えました。
③ 宣教を試みる青年の、福音的センスの養成。
この「カトラジ!」プロジェクトの二つの柱が、
「発信」と「養成」です。あらゆる面で
まだまだ未熟な私たち青年に、技術養成だけでなく霊的養成を絶えず行える環境が必要で
した。こういったことを行う為には、人材面、経済面、技術面など、あらゆるサポートが
必要となります。今から考えると、全くのゼロからのスタートから、本当に多くの方に助
けて頂きながら、
「カトラジ!」は始まりました。
SIGNIS JAPAN を通じてバチカンの「世界広報の日基金」からの助成金を申請し、活動
資金を確保するところから、サンパウロにスタジオ提供と技術養成をして頂き、ドンボス
コの方にコンプライアンスの策定を支援頂き、霊的養成の面で東京教区の青少年委員会に
後援になってもらい、サレジオ会の佐藤直樹師に顧問司祭に就任して頂きました。
「発信」と「養成」を切り離さないこの方針は、当初構想されていた海賊版と違い、結
果として多くの方を巻き込むこととなりましたが、青年たちにとって多くの学びとなりま
した。現在も多くの方の支援のもとにカトラジは続いており、青年たちは紛れもなく教会
の一員として活動させて頂いています。
この目的に沿って、青年たちから簡単な番組の企画を集めたところ、実に七十個以上の
アイディアが集まりました。実際に形になったものとなると限られてきますが、青年たち
の未熟ながらも、普段の生活の中で信仰を伝えることを模索している様子が垣間見えた気
がしました。その後、実際に放送されたものを幾つかご紹介させて頂きます。
・お悩み相談室
青年リスナーからのお悩みに、司祭と青年たちが向き合っていく、カトラジ!の中でも一
番シンプルかつ、深みのあるコーナー。
・今夜の一曲
これまでの教会青年活動で制作された曲、また修道会などから発表されている曲をご提供
頂き、ご紹介するコーナー。
・カマラジ
岩手県釜石市にある被災地支援を行う NPO 法人「カリタス釜石」で働く青年スタッフが、
現地の今をお伝えするコーナー。
・カトリック大喜利
その名の通り、聖書のエピソードを題材に大喜利を展開するコーナー。
ここに挙げたものはほんの一例ですが、真面目なコーナーから、少しくだけたコーナー
まで、この様々な青年たちの信仰との向き合い方は、カトリックの強みである「多様性の
中の一致」を想い起こさせるものでした。
これらのコーナーを引っさげ、未経験のことに対する恐怖と楽しみを内包しながら、去
年の 9 月に日本初の青年たちによるカトリックラジオは、放送を開始しました。
困難と喜び
「カトラジ!」は放送直後から大変な反響があって、その一つ一つの声がスタッフの励み
となりましたが、やはり番組制作に関しては素人の集団で、三十分の番組を毎週放送する
というのは非常に困難なものでした。
どんなに効率化を図っても、ここ約一年で起きたトラブルは挙げるとキリがないですし
(笑)、クオリティが維持出来ないままの放送、収録が間に合わなかったコンテンツの発生、
放送開始が遅れるなどのアクシデントが頻発しました。
一番厳しかったのが、どの工程に関しても不慣れな為、番組制作にかかる時間が読みき
れず、スタッフそれぞれの学業や仕事との両立が難しかった点です。これまで教会の青年
活動というのは、学業や仕事の合間にある意味片手間でやっていて、
「できなかったらまた
今度」というのがある程度通用する部分が大きかったのですが、教会外のリスナーの方々
とかかわっている意識や、助成金を頂いている意識、毎週一回必ず放送があるという現実
が青年たちを苦しめました。これらは全て本来、カトラジ!の意義や強みとなる要素のは
ずなのですが、やはり初めての試みというのは、それらが全て不安やプレッシャーとして
降りかかります。そういった部分を仲間内でカバーしきれずに、想い描いていた通りのも
のを放送出来ない現実や、日常の中での制作の苦しみは、いつしか「カトラジ!」そのも
のに魅力を感じられないスタッフも続出し、
「もうやめようよ」いう声も、ちらほら聞かれ
るようになりました。
それが現在では、コンテンツ制作の簡素化と、スタッフたちの熟練度が上がってきたこ
ともあって、1年を迎えるにあたって配信も安定しつつあり、産みの苦しみがある程度解
消されつつあります。この苦しさの中で、スタッフたちがこれまでカトラジ!を続けてき
た理由の奥底には何があるのでしょう?
放送開始前に、カトラジのスタッフたちは日本FEBC(キリスト教放送局)で、キリ
スト教メディアのノウハウについて研修を受けています。そこでは既に、放送を続けるこ
とが何らかの理由で苦しくなってくる可能性が示唆されていたのですが、それを乗り切る
為のものとして「喜び」を感じることを教えられていました。リスナーからの声が返って
来る喜び、今この時代に自分たちが、神の愛を多くの人に伝える機会を与えられている喜
び。
こなさなければならない作業が増えれば増えるほど、こういったものを想い起こすこと
は難しくなっていくものだと思います。しかし最近の青年たちの収録風景や、
「カトラジ!」
に対する希望を口にする青年たちを見ていて、放送開始前に教えられた「喜び」の意味を
思い出すようになりました。
実は私もここしばらくは自分の仕事の多忙さから、カトラジの運営を周りのスタッフに
だいぶ助けられていますし、代表としての運営能力の不足から、若いスタッフたちに必要
以上に産みの苦しみを抱えさせてしまったのではないかと、悩む時期がありました。です
がそれを友人に話したところ、「お前は何者だよ」と怒られてしまいました(笑)。私が考
える以上に、今カトラジ!を盛り上げているスタッフ一人ひとりが、自分の中でその意義
を感じ、喜びを見出している。その気持ちを汲まずに、失礼だと。
私たちカトラジ!は一つの組織かもしれませんが、発信しているものは紛れもなく、一人
ひとりの青年の中に育まれている信仰なのだと、今痛切に感じています。
カトラジ!はじめました
先日、「お悩み相談室」の収録にイエズズ会司祭の片柳弘史師に出演頂き、私も久々に若
いスタッフたちと、現場の収録に参加したのですが、こんなお悩みがリスナーの方から寄
せられていました。
「職場でカトリックの信者であることを上司にちゃんと伝えたいと思っています。タイミ
ングが掴めなかったり、本当に言うべきなのか悩んでいます。どうすれば良いでしょうか?」
片柳師からは、「自分がカトリック信徒であることを敢えて名乗るよりも、その生き方を
みせることの方が大事なのでは?」というようなアドバイスがありました。
そうなのだと思います。今回、社会の入り口に立った青年たちが、神の愛を実践していく
一つの事例として、
「カトラジ!」を紹介させて頂きましたが、本来は個人ののもっとシン
プルな行動、日常の中で隣人を愛していくことこそが、福音の真髄なのでしょう。
ただ、そういった青年たちを共同体としてどう支えていけるのか?情報手段がこれだけ発
達した時代に、青年たちは信徒として何を語ればいいのか?そんなことを模索する機会を、
カトラジ!として作っていければいいと考えていますし、カトラジ!を媒体として多くの
方に、神の愛が伝わればと願っています。
ここに至るまで色んなことがありましたが、受け継がれてきた信仰の歴史から見れば、や
はりまだまだ始まったばかりです。
「カトラジ!はじめました」と、現代の若い世代の声を
届ける活動は続きます。皆さま、これからもよろしくお願い致します。
ネット版をお読み頂いた皆様
改めまして、カトラジ代表の杉野と申します。いつもカトラジ!を応援頂きありがとう
ございます。この原稿は、
「福音宣教8・9月号」
(オリエンス宗教所刊)として7月中旬
に掲載されたものです。その後のカトラジ!は、
「夏休みカトラジ!」と銘打ち、青年活動
をある程度経験してきたアラサー世代の社会で生きる青年たちが、いつもの学生たちに代
わり、夏休み期間限定で番組を担当させて頂きました。
教会での活動を通じ、青春時代に自分の信仰観と向き合ってきた“オトナ”たちが届け
る番組は、いつもとは違う深みのあるものになったと思います。
また同時に、いつものカトラジ!を担ってくれているMCはじめ若い世代の活気や、等
身大の葛藤ともあわさって、
「青年」という世代の中でも幅広く、また多様性に富んだもの
をお届けする素地が出来てきたのではないかと考えています。
お陰様でカトラジは9月20日をもって、2年目を迎えさせて頂きます。この1年、本
当に少しずつではありますが、聞いてくださるリスナーの皆様に、またスタッフの中にも
福音が広がっていく光景を見させて頂きました。
その「喜び」一つ一つに感謝しながら、これからも歩ませて頂きたいと思います。ここ
までの長文へのお付き合いありがとうございます。皆さまこれからも変わらぬ励まし、お
祈りをよろしくお願い致します。
カトラジ!代表
杉野 希都