機能間能力ギャップにみる外部組織の活用論理

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研究ノート
機能間能力ギャップにみる外部組織の活用論理
―― 産 業 間 比 較 に 向 け た 試 論 的 展 開 ――
東 正 志 中 道 一 心 富 野 貴 弘 目次
Ⅰ はじめに
Ⅱ 先行研究レビュー
Ⅲ 販売・生産・開発の諸機能間の能力ギャップと外部組織活用の論理
Ⅳ 外部組織活用の実態―自動車・自転車・デジタルスチルカメラ―
Ⅴ おわりに
Ⅰ はじめに
現代の製造業企業にとって,外部組織を如何に活用するかは競争力を左右す
る大きな要因である。これまでこの点に着目した研究は,自動車産業をはじめ,
エレクトロニクス産業において,着実に積み重ねられてきた。しかしながら,
意外なことに,外部組織の活用の多様性や産業間比較を意識的に行った研究は
そう多くない。
そこで,本稿では,完成品生産における外部組織の活用(ライセンス生産,ノッ
クダウン生産,委託生産,OEM,ODM),特に委託生産,OEM,ODM が如
何なる要因によって実行されるのかについて分析するに当たり,そのフレーム
ワークを論理的に提示する。そして,実際の企業行動と照らし合わせるために,
高知論叢(社会科学)第99号 2010年11月
94
高知論叢 第99号
三つの産業(自動車,自転車,デジタルスチルカメラ)で行われている外部組
織の活用例を紹介する。
結論を先取りすると,各企業が有する生産,販売,開発の諸機能間(生産力
と販売力,販売力と開発力,開発力と生産力)には能力ギャップが必ず存在し,
不足能力や過剰能力として顕在化する。そのとき,企業は外部組織を活用する
ことによって相対的に不足する能力を補ったり,逆に,相対的に過剰な能力を
4
4
4
4
4
4
4
4
外部組織に提供したりすることで,相対的に短期間で能力ギャップを解消する
ことができる。つまり,外部組織を活用したり,外部組織として活用されたり
する要因は,諸機能間の能力ギャップの解消にあるというのがわれわれの現段
階での結論である1。
本稿の構成は以下の通りである。Ⅱにおいて,生産における外部組織の活用
はどのように分類されているのか,さらに外部組織を活用する側,活用される
側がどのような意図をもっているのか,こうした問いに先行研究ではどのよう
に答えているのかをみていく。Ⅲでは,われわれが主張する生産・開発・販売
の諸機能間におけるギャップによって,どのような外部組織活用の形態があり
うるのか,そしてその論理は何なのかについて概観する。さらにⅣにおいて,
自動車,自転車,デジタルスチルカメラにおける外部組織活用の実態を確認す
る。最後に,各事例から明らかになった活用の実態を類型化し,産業ごとの外
部組織活用形態の異同を確認するとともに,完成品生産における外部組織の活
用に関する基本的な論理を試論的に提示する。
Ⅱ 先行研究レビュー
1 外部組織活用形態の類型
本報告で取り上げるのは,主に委託生産及び,OEM(original equipment
manufacturing= 相 手 先 ブ ラ ン ド に よ る 製 品 供 給 ),ODM(original design
manufacturing= 自社設計・開発による相手先ブランドでの製品供給)である。
1
後述するように,諸機能間の能力ギャップを看過するという選択肢もある。
機能間能力ギャップにみる外部組織の活用論理
95
これまでの研究では,委託生産及び OEM は企業間提携(alliance)の一分類と
して取り上げられている2。提携といった場合には,販売協力,技術ライセンス,
共同開発,共同生産,合弁会社,資本参加など OEM や委託生産の他にも多様
な形態が存在している3。こうして提携の一分類として OEM は位置づけられて
いるが,石井[2000],鈴木[2002]ではパートナー企業間の機能的連関の強弱と
価値活動(研究開発・生産・販売など)での分業という点で OEM や委託生産
は共同開発や共同生産と大きく異なるとしている。共同開発や共同生産の場合,
パートナー企業間の機能的連関は強く,研究開発や生産といった価値活動内で
両者のタスクが重なり合う部分が多い。他方で,OEM の場合はパートナー間
の機能的連関は薄く,分業は研究開発・生産・販売といった価値活動ごとに設
計されるケースが多い。
さらに秋野[2008]では,OEM・委託生産・下請の3つのパターンに焦点を絞り,
その違いを委託企業の関与度で分類している4。秋野[2008]では,OEM には市
場での売買取引と製造の請負という 2 つの性質を踏まえる必要があることが指
摘され,その両方を包括的に捉えるために,上記 3 つパターンを広義の OEM
としたうえで,市場取引に近い形態を狭義の OEM,委託企業の設計・仕様に
基づいた生産のみを受託企業が行う場合を委託生産,製造請負にもっとも近い
形態のものを下請としている5。
以上のように,本論で焦点を当てる外部組織活用形態である OEM・ODM・
委託生産については,一般的には「提携」の一分類とされている。その上で,
3 つの類型を細かく分類するのは,パートナー企業間の機能的連関の強弱や委
託企業による受託先企業への関与の度合いであるということがわかる。
次節では秋野[2008]で提示された広義の OEM が行われている場合において,
委託側・受託側にはどのような意図があるのかを整理する。
2
鈴木[2002]195ページ,石井[2000]35-36ページを参照。
石井[2000]38-43ページ,安田[2006]44ページを参照。
4
秋野[2008]88ページを参照。
5
秋野[2008]87-88ページを参照。
3
96
高知論叢 第99号
2 外部組織活用の動機と産業による違い
では,なぜ自社ブランドで開発・生産・販売を行う企業が外部組織を利用す
るのであろうか。また同時に,自社で開発・生産を行う能力があるにも関わら
ず,他社ブランドでの供給を行うのであろうか。表 1 は OEM 利用・供給のメ
リット・デメリットについて供給側と調達側に分類してまとめたものである6。
簡潔にまとめると,供給側のメリットは販売網や広告といった点でコスト・
リスク削減が達成できる反面,自社独自のマーケティングのノウハウやチャネ
ルの構築などができにくくなり,自社ブランド展開の障壁となりうるというデ
メリットがある。他方で,調達側にとって OEM の活用は,研究開発投資や設
備投資の抑制,生産変動の調整弁としての役割をもち,供給側と同じくコス
ト・リスクの削減が強調される。デメリットとしては,当該分野における自社
の独自技術の育成が困難になることや技術・仕様が供給側に流出する恐れが挙
げられている。このように,供給側・調達側双方にメリット・デメリットを踏
まえた上で,具体的な産業や企業を事例とした OEM や委託生産に関する先行
研究ではどのような点が強調されているのであろうか。
先述した石井[2000]は,自動車産業における提携プロジェクトを協働型(共
同開発・共同生産・生産委託)と OEM 型にわけ,それぞれの特徴を明らかにした。
本論との関わりからいえば,生産委託,OEM において,それぞれ共通した事
項としてコスト削減を動機としたプロジェクトが多く,相違点としては生産委
託にはパートナーからの開発・生産分野における学習を狙ったものがあるのに
対し,OEM では皆無であることが指摘されている。しかし,中原[2003]
[2007]
では,PC 産業において OEM・ODM を通して台湾企業が世界市場に受け入れ
られる商品を生み出す能力を得たことを指摘し,小池[1997]でも OEM 受注を
受託側の学習の機会ととらえ,台湾の自転車 2 社を事例として,OEM を学習
機会として活用した受注企業の成長プロセスを提示している。また,他の先行
6
近藤
[2004]
では委託生産とOEM の相違点には着目されておらず,外部組織に生産を任
せるという観点から OEM という表現がなされているため,ここでは先述した秋野
[2008]
のいう広義の OEM という解釈で, 委託生産・OEM の双方に一般的に当てはまる事項
として表 1 をみていく。
機能間能力ギャップにみる外部組織の活用論理
97
表1 OEM における供給側・調達側のメリット・デメリット
供 給 側
調 達 側
メリット
デメリット
・一度に大量の受注が可能であるため,規模の経
済性が発揮できる。
・販売を相手任せにできるため,販売網の構築や
広告・宣伝などをしなくてよく,投資額を大幅
に抑えて販売量を増やすことができる。
・受け入れ側が供給側に対して自社仕様規格
(specification)に基づく製造を委託して,製
造工程についても仔細に管理・指導する場合に
おいては,受け入れ側より技術や情報を得るこ
とができる。
・支払いが即金のため,資金繰りに有利である。
・受注生産であるため,在庫リスクがない。
・事業の早期立ち上げができる。
・商品提案をする場合,部品メーカーに比べて利
益率は高い。
・相互 OEM 供給を行う場合では,商品のライン
ナップを維持したまま投資先の選択と集中を行
えるので,投資効率を高めることができる。
・VTR の規格競争におけるメーカー間連携のよ
うに,自社の開発した,あるいは自社の属する
陣営の規格をデファクトスタンダードにするた
めの手段になる。
・自社で生産をしなくとも低
コストで調達でき,需要変
動によるリスクも少ない。
・新規事業の市場への迅速な
アクセスが可能となる。
・研究開発投資および設備投
資を抑えることができる。
・製品のラインナップを維
持・拡大することができる。
・VTR の規格競争における
メーカー間連携でみられた
ように,流通チャネル,ブ
ランドを持ちながら商品に
対する生産決断が未定の場
合,OEM 供給を受けなが
ら状況判断することができ
る。
・自社ブランドの普及と定着が図れない。ブラン
ドイメージの向上につながらない。
・特に不景気になったときなど,受け入れ側より
一方的な契約破棄をされる危険性があるため,
生産性が不安定になる可能性がある。
・マーケティングやチャネルなどに関するノウハ
ウの蓄積ができない。
・当該製品に関して自社ブランド製品の販売網の
構築あるいは育成が困難である。
・技術開発などの従業員の意欲がそがれる。
・技術進歩があった場合に OEM 契約の中で新技
術による製品も供給するように義務付けられて
いる場合は,技術革新による優位性を独占する
ことができなくなる。
・OEM 供給はしばしば取引特定的投資(transactionspecific investments)を抱えるために,取引
先の事後的な機会主義というリスクに晒されや
すい。これは結局交渉力(bargaining power)
の弱点を意味し,利益を圧迫する原因になりか
ねない。
・自社独自の技術を育てるこ
とができない。
・パートナーの都合で十分な
供給量が得られなかったり,
提携が終了したりして,安
定供給を確保できない可能
性がある。
・供給側が独自に生産・販売
した場合競合が起こる。
・供給側に対して自社仕様規
格(specification)に 基 づく
製造を委託して,製造工程
についても仔細に管理・指導
するタイプの場合,
自社の技
術が流出するおそれがある。
・当該製品について,自社生
産を OEM 調達に切り替え
た場合,現実には生産撤退
になり,長期的には生産空
洞化による体質悪化の影響
も考えられる。
出所:近藤[2004]442‐443ページを参照し,作成。
98
高知論叢 第99号
研究とは立ち位置が異なる研究として,山田[1992]がある。そこではエレクト
ロニクス分野の 8 製品分野と建設機械の合計 9 製品分野を事例として,製品ラ
イフサイクルに応じた戦略的 OEM 活用の実態を明らかにされている。そこで
は,先に挙げた先行研究とは異なる視点が盛り込まれており,OEM 活用はコ
スト・リスク削減以外という動機だけではなく,たとえば自社が推進する技
術・製品規格を普及させるために OEM 受注を行う事例などが挙げられており,
OEM のもつ戦略的意図が強調されている。
Ⅲ 販売・ 生産・ 開発の諸機能間の能力ギャップと外部組織活用
の論理
これまでにみてきたように,外部組織活用の形態は多様であるが,往々にし
て活用の動機とされるのが,企業が抱えるコストやリスクの削減ということに
集約される。われわれも外部組織活用の基本的な動機としては同様に考えてい
るが,企業にとってのコストやリスクは企業がどのような条件下におれている
かによって,中身が異なる。われわれは,個々の企業が抱えるリスクを,販売・
生産・開発という企業内部の諸機能間の能力ギャップが生み出す需給ギャップ
を解消するための手段として,外部組織の活用を位置づける分析視角を導入し
たい。
企業があらかじめ計画した販売量・生産量を完全に達成することはまずあり
得ない。仮に生産実績が販売実績を上回った場合には,過剰在庫を抱えたり,
設定した売価を下回る価格で販売するという方法で両者のギャップを埋めよう
とする。反対に,販売実績が生産実績を上回った場合には,販売機会の損失を
容認しているということがいえる。また,ある一定の生産量,販売量でもって
費用を回収する製品を開発した場合,目標を達成できない事態や設定した量よ
りも大幅な需要が発生しているという事態が起こると,原価割れのリスクが発
生したり,販売機会の損失が生じるといったことが想定される7。こうした事態
7
ここでいうコストとは,製品開発にかかるコストや新たに導入した製造設備に要した
コストなど,新製品投入によって生じたコストである。
機能間能力ギャップにみる外部組織の活用論理
99
は特に珍しいことではない。最近の食品業界での出来事をみると,2010年 8 月
には日清食品の「カップヌードルごはん」が発売後わずか 4 日で,予想外の販
売量となり,製品供給体制を拡充するために販売停止ということが起こった8。
これは,販売力が生産力を上回るという事態が実際に起こったと解釈できる。
日清食品は2010年 9 月27日から発売を再開しているが,販売停止を決定してか
ら自社の販売力に見合うように生産能力を再編成する(生産能力を拡張する)
ことによって,販売力と生産力のギャップを解消したのだろう。われわれはこ
うした機能間の能力ギャップを埋め合わせるための選択肢のひとつとして,外
部組織を活用することだと考える9。
では,販売・生産・開発という諸機能の間にギャップが生じることによって
企業にはどのようなリスクが発生し,リスクに対してどのような手段が考えら
れるのであろうか。表 2 はそうした場合について示している。
表2 機能間ギャップと生産・販売・開発戦略
比 較 対 象
ギャップの状況
生産・販売・開発戦略
販売力>生産力
OEM 発注
販売機会損失を受け入れる
販売力<生産力
OEM 受注
過剰生産/生産力の余剰を受け入れる
生産力>開発力
OEM 受注
過剰生産/生産力の余剰を受け入れる
開発力<生産力
開発受注/ OEM 発注
開発力の余剰を受け入れる
開発力<販売力
ODM 受注/開発受注
開発力の余剰を受け入れる
開発力<販売力
ODM 発注
販売機会損失を受け入れる
販売力と生産力
生産力と開発力
開発力と販売力
出所:筆者作成。
8
なお,2010年 9 月27日から発売再開している。
日清食品が生産力の増強のために,自社の生産拠点で対応したのか,外部組織も活用
したのかは分からないが,技術的な制約がなければ,外部組織の活用は選択肢としては
存在したはずである。
9
100
高知論叢 第99号
生産・販売・開発戦略とは,機能間ギャップを解決する方法である。そこで,
はじめに確認して欲しいことは,機能間ギャップが生じている状況を受け入れ
るという選択肢が共通して示されていることである。機能間ギャップに対処し
ないことは一見非合理にみえるが,必ずしもそうとは限らない。たとえば,需
要に対して過少な供給しかできない状況(販売力が生産力を上回っている状況)
を維持することで,顧客が一種の飢餓感から当該製品を求め続けるという状況
を完成品企業が作り出したいのかもしれない。他にも,強力な販売チャネルや
ブランドを持ちながら,当該製品分野で開発力が販売力を大幅に下回っている
ときに,安易に ODM 調達を行うのではなく,持続的な競争力の獲得のために
地道に自社の開発組織を鍛えるステップバイステップの学習を選択する完成品
企業もあるだろう。
以上のような戦略的判断を企業は往々にして行っているが,その選択もまた
選択肢のひとつであったのではないか。外部組織を活用したり,外部組織とし
て活用されたりする選択肢も論理的には存在したはずである。そこで,以下で
は,諸機能間に能力ギャップを認識したとき,企業はどのように外部組織と関
係を結ぶことによって,ギャップを埋めようとするのかを整理してみよう。
表 2 をみると,それぞれ販売力が過剰の場合は外部組織から OEM あるい
は ODM 発注によって製品供給を受けるという選択肢があり,逆に販売力が
相対的に過小のときには,余剰が生じている機能を外部に供給する (OEM /
ODM 受注,開発受託)という選択がある。生産力がその他の機能より相対的
に過剰である場合は,OEM あるいは ODM を受注することで他社に製品供給
を行い,逆に過小だと OEM あるいは ODM 発注,または開発受託という形で
販売力,開発力とのギャップ埋めるという選択肢がある。最後に開発力がその
他の機能より相対的に過剰な場合は,開発受託や ODM 受発注を行うことで余
剰能力をフル活用しようとする選択肢があり,逆に開発力が相対的に過小であ
ると,OEM 受注,ODM 発注によってそのギャップを埋めようとする選択肢
がある。そして,表 2 にある機能間ギャップの状況の組み合わせを考えると,
表 3 のように論理的に 8 通りのパターンが存在する。
しかし,販売・生産・開発の 3 つの機能を同時に比較することは,理解を非
機能間能力ギャップにみる外部組織の活用論理
101
表3 販売・生産・開発機能間ギャップのパターン
類型
販売力と生産力
生産力と開発力
A
>
>
開発力と生産力
>
B
>
>
<
C
>
<
>
D
>
<
<
E
<
>
>
F
<
>
<
G
<
<
>
H
<
<
<
出所:筆者作成。
常に複雑にし,混乱をきたす上に, 8 通りものパターンを一足飛びに提示する
のは現実的ではない。そこでわれわれは,表 3 の状況を 3 つの見方に分けるこ
とによって,ひとまず機能間能力ギャップという現実の類型化を行う。 3 つの
見方とは,販売力を中心に見る方法,生産力を中心に見る方法,そして,開発
力を中心に見る方法であり,ひとまず,それらを「販売力視点」,
「生産力視点」,
「開発力視点」と呼んでおこう。販売力視点は,販売力と生産力,販売力と開
発力という販売力を中心として,その他の機能との能力ギャップの状況により,
どのような外部組織活用形態がありうるのかの論理を導出する視点である。以
下,「生産力視点」
,「開発力視点」は,生産力とその他の能力,開発力とその
他の能力のギャップを分析することで,それぞれの視点における外部組織の活
用形態があるのかの論理の導出を試みる視点である。本稿ではこれら 3 つの視
点の中で「販売力視点」に焦点をあてて,機能間能力ギャップの分析と外部組
織活用の論理を試論的に展開していく。
図1は,「販売力視点」での機能間能力ギャップと外部組織の活用形態を表
している。われわれは諸機能間の能力ギャップを 2×2 のマトリクスを用いて
類型化を行った。以下ではそれぞれの類型をみる視点を説明していく。
類型Ⅰ 販売力>生産力,販売力>開発力
販売力が生産力,開発力のいずれの機能よりも高い能力を有している場合
102
高知論叢 第99号
図1 販売力視点による機能間能力ギャップと外部組織活用形態
販売力との比較
開発力との比較
販売力>開発力
販売力>生産力
販売力<生産力
OEM 発注
ODM 発注
OEM 発注
ODM 発注
開発受託
類型Ⅰ
販売力<開発力
OEM 発注
ODM 受注
開発受託
類型Ⅱ
類型Ⅲ
OEM 受注
ODM 受注
類型Ⅳ
出所:筆者作成。
を想定している類型である。販売力が生産力より高いと,当該企業は販売機会
ロスを看過するか,余剰の販売力を活かすために外部組織に OEM / ODM 発
注を行うことでギャップを埋めるという選択肢がある。販売力より開発力が低
いと,同様に販売機会ロスを看過するか,ODM 発注あるいは開発委託するこ
とで両者のギャップを埋めるという選択肢がある。したがって,諸機能間の能
力ギャップが類型Ⅰにある企業では OEM / ODM 発注,開発委託が外部組織
を活用する際の企業行動となるだろう。
類型Ⅱ 販売力>生産力,販売力<開発力
販売力は生産力より高いが,販売力は開発力よりも低いという類型である。
生産力に対して販売力が過剰な状態にあるため,販売機会損失が生じ,販売
力に対して開発力が過剰な状態であるため,開発力を十分に反映した販売量
を確保できていない状況にある。したがって,販売機会損失を回避するため
に外部組織を活用する場合は,販売力に応じた生産量を外部組織から OEM 発
注によって調達することになるだろうし10,外部組織から活用される場合には,
10
現実的には ODM 発注を行う場合もあるだろう。しかしながら,論理的には,販売力
を上回る開発力を持っている状況で ODM 発注を行うことは,さらなる開発力の余剰を
生み出すことになる。したがって,機能間能力ギャップを埋めながら ODM 発注を行う
場合には,開発受託を行うか,自社開発した製品を OEM 発注するなど能力間ギャップ
の解消処置を組み合わせることになるだろう。
機能間能力ギャップにみる外部組織の活用論理
103
ODM 受注,開発受託を行うことになる能力ギャップを持つ類型である。
類型Ⅲ 販売力<生産力,販売力>開発力
販売力に対して生産力が過剰な状態で,さらに開発力に対して販売力が過剰
な状態である類型となる。この場合,当該企業が外部組織を活用するには,開
発力の低さを補うために,他社が開発した製品を調達する ODM 発注か,開発
委託を行うかという選択肢があり,外部組織に活用される場合には,余剰の生
産力を埋めるために OEM 受注するという選択肢を持つことになる類型である11。
類型Ⅳ 販売力<生産力,販売力<開発力
販売力に対して生産力が過剰な状態にあり,さらに販売力に対しては開発力
が過剰な状態にある類型である。こうした機能間能力ギャップを持つ企業は外
部組織として OEM / ODM 受注を獲得することによって,能力ギャップを解
消する選択肢をもつことになる。
以上のように,分析しようとする企業の機能間能力ギャップを把握するこ
とによって,彼らがどのような生産・販売・開発戦略(OEM / ODM 受発注,
開発受託/委託)をとることになりそうなのか理解することができる。さらに,
外部組織の活用を行っていない企業の場合,機能間能力ギャップを把握してお
けば,その意図を推測することも可能になる。たとえば,類型Ⅰの状況にある
企業が OEM / ODM 発注を行っていないとすれば,それは顧客にある種の飢
餓感を持たせることからブランドロイヤリティを高めようとしているのかもし
れないし,生産力や開発力を徐々に高めることによってその組織能力を未来の
競争力の源泉にしようと考えているかもしれないなどという推測である。
それでは,実際の企業を題材に,機能間能力ギャップが企業行動としてどの
ように表われているかについて概観してみたい。
11
類型Ⅱと同様に,現実的にはODM受注を行うことになるかもしれない。しかしながら,
その場合, 販売力に対する開発力の能力ギャップはさらに拡大することになり,ODM
受注すると同時に,他方では,ODM 発注するという組み合わせの必要性が生じる。
104
高知論叢 第99号
Ⅳ 外部組織活用の実態―自動車・自転車・デジタルスチルカメラ―
1 自動車産業における外部組織の活用
トヨタ自動車は彼らが持つ日本国内及びグローバルな販売力に比べて,生産
力,開発力が低い(類型Ⅰ)。トヨタ自動車は日本国内ではボディーメーカー
と呼ばれる受託生産会社に完成車の生産委託を行うとともに(表 4 )
,2011年秋
から軽自動車をダイハツ工業から OEM 調達することになった12(図 2 )。
先に確認したように,トヨタ自動車も委託生産や軽自動車の OEM 調達を行
わずに,自ら生産力や開発力を高めることで,長期的には自社で機能間能力
ギャップを解消する選択肢を持っていただろう。しかし,トヨタ自動車はその
選択を行っていない。その理由はいくつもあるだろうが,われわれはふたつの
理由に注目したい。ひとつは,生産力および開発力においてトヨタ自動車が取
り組むべき重要な課題が既存の製品分野(軽自動車や現行の普通乗用車)以外
に存在するということであり,それはハイブリッド車や燃料電池車など次世代 表4 トヨタの委託生産台数(2007年)
委託生産台数(台)
構成比(%)
トヨタ車体
741,578
8.7
関東自動車工業
577,158
6.8
トヨタ自動織機
368,000
4.3
セントラル自動車
125,988
1.5
日野自動車
200,909
2.4
ダイハツ工業
391,104
4.6
38,000
0.4
富士重工業
トヨタ自動車九州
443,131
5.2
委託先メーカー合計
2,885,868
33.8
トヨタ全体
8,534,700
100.0
出所:田[2009]表 2 を借用。
12
軽自動車の OEM 調達においては,日産自動車,富士重工業,マツダも行っている(図 2 )。
機能間能力ギャップにみる外部組織の活用論理
105
図2 軽自動車をめぐる国内自動車メーカーの関係
トヨタ自動車
ダイハツ工業
自社生産で販売
富士重工業
三菱自動車
ダイハツ工業から供給を受けて販売
自社生産で販売
日産自動車
スズキ
スズキと三菱自動車から供給を受けて販売
自社生産で販売
マツダ
本田技研工業
ダイハツ工業から供給を受けて販売へ
スズキから供給を受けて販売
自社生産で販売
出所:asahi.com「トヨタ,軽自動車に参入 ダイハツから来秋 OEM 供給」2010年 9 月
28日を参考に作成。
を担う自動車に対する生産力や開発力の向上である。つまり,こうした製品分
野への傾注が,既存の製品分野での外部組織の活用につながっていると考える。
もうひとつの理由は,ボディーメーカーが持つ生産のフレキシビリティが高
いことにある。トヨタ自動車はグローバルな需要変動に柔軟に対応する施策と
して,「グローバル・リンク生産体制」を導入している。これはグローバルな
需要動向の変動に対して,生産のフレキシビリティが相対的に低い海外生産拠
点を安定稼動させる一方で,国内のボディーメーカーや自社工場が変動分を吸
収することによって,トヨタグループ全体としての稼働率や生産能力の底上げ
を狙うものである。
2 自転車産業における外部組織の活用
自転車産業では非常に広範に OEM / ODM の受発注が行われている。表 5 は,
2009年に自転車産業振興協会によって実施された自転車の試買テストのチェッ
クを受けた自転車の一覧である。この一覧で注目すべきは納品業者と製造業者
の欄である。両者が一致するのは,サイモト自転車,武田自転車,敷島自転車,
杉村商店,アサヒサイクル,ブリヂストンサイクルの6ケース(全30ケース)
106
高知論叢 第99号
である。その他の自転車の生産は製造業者が不明とされているものを除いて,
納品業者と製造業者が一致しないということであり,つまり,日本自転車産業
では広範な形での外部組織の活用が行われていることを示している。それでは,
以下では,日本のナショナルブランドメーカー(NB メーカー),あさひ,ジャ
イアントの順にそれぞれ諸機能間の能力ギャップが如何なる状況にあり,その
結果,どのような行動を採っているかをみよう。
日本の主な NB メーカーには,ブリジストンサイクル,パナソニックサイク
ルテック,丸石サイクル,宮田工業(現ミヤタサイクル,以下ミヤタサイクル
とする)などである。これらの NB メーカーは毎年のモデルチェンジを行うと
いう点では自社に開発力を有しており,販売台数のほとんどが自社ブランドで
ある点から,販売力︿開発力という状態であることが総じていえるであろう。
また,外部企業から完成車を OEM 発注によって調達している事実から,生産
力は販売力に対して不足しているという状態であり,類型Ⅱに分類できる。
個別企業に目を移せば,表5でも確認できる通り,パナソニックサイクルテッ
ク,丸石サイクルが外部組織から完成車を調達している。パナソニックサイク
ルテックは GIANT PHENIX13から,丸石サイクルは天津富士達集団有限公司
から完成車の OEM 調達を行っている。日本最大の NB 完成車メーカーである
ブリヂストンサイクルは,最近まで一部のマウンテンバイクを台湾の美利達か
ら OEM 調達していたが,2010年に入って両者の提携関係は解消され,美利達
は新たにミヤタサイクルと提携関係を結んでいる。
次に,PB メーカーの動向をみよう。完成車を外部組織から調達するのはメー
カー間だけではなく,小売企業がメーカーから PB 商品として完成車を調達す
るパターンがある。この場合,小売企業は販売力を持つのみで,開発力や生
産力は生産力に対して不足しているため,類型Ⅰにプロットされる14。ただし,
発注の際,基本的な製品企画を行うことは可能であり,メーカーにその製品企
13
台湾の完成車メーカーのジャイアント社と中国の完成車メーカー鳳凰との合弁企業で
ある。
14
なお,渡辺他[2009]では,小売業が製造業化しつつある事例が指摘されており,より
詳細な調査によって,小売業の生産・開発への関与の度合いを示す必要がある。
機能間能力ギャップにみる外部組織の活用論理
107
表5 自転車試買テストの概要
価格帯
車種 №
ブランド
仕 様
原産国
業態
購入価格
納品業者
(税込)
9,980 アサヒサイクル㈱
シティ車
折りたたみ車
低 価 格
1 SANTOS
26型ダブルループ形
2 CARROT
27型ダブルループ形
中国 量販店
中国 大型自転車
専門店
3 Chack Town
26型ダブルループ形
中国 量販店
9,980
4 YSE WE CAN
5 LARGEHETTO
6 SOUTHERNPORT
SATG
7 CAPTAIN
SHINING
26型ダブルループ形
26型ダブルループ形
20型 H 形
中国 量販店
日本 量販店
中国 量販店
9,980
9,980
8,800
20型 L 形6段変速
中国 量販店
12,800
8 and you
20型 H 形
中国 大型自転車
12,980 ㈱モービック
専門店
9,980
製造業者
納入状態
天津科技有限公司 完全組立
寧波興隆車業
関西商事㈱
完全組立
有限公司
美輪運動機材
(大倉)
シドーサイクル工業㈱ 有限公司
完全組立
㈱エンドウ商事
富士達集団有限公司 完全組立
サイモト自転車㈱ サイモト自転車㈱ 完全組立
コーナン商事㈱
不明
完全組立
美輪運動機材
(大倉)
パール金属㈱
完全組立
有限公司
GEKKO CO.,LTD
完全組立
シティ車
中 価 格
9 COMPACT
FOLDING BIKE
20型 H 形
中国 量販店
10 HEMIS
16型 H 形
11 My Pallas
20型 H 形
中国 大型自転車
11,980 ㈱あさひ
専門店
中国 ネット
9,800 ㈱池商
12 Raychell
20型 H 形
中国 ネット
11,300 大友商事㈱
13 Missouri
27型ダブルループ形
13,800 武田自転車㈱
武田自転車㈱
完全組立
14 SOFFITTO
26型ダブルループ形
中国 専門
小売店
日本 専門
小売店
不明
完全組立
天津盛世通自行車 完全組立
有限公司
18,800 敷島自転車㈱
敷島自転車㈱
完全組立
15 corsage
27型ダブルループ形
中国 量販店
19,800 ㈱丸石サイクル
16 Madore
26型ダブルループ形
14,800 ホダカ㈱
天津富士達集団
有限公司
GIANT CHINA
完全組立
16,800 ㈱カワムラ
不明
完全組立
17 KAWAMURA
18 FIELD RUNNER
高
価
格
折りたたみ車
中
19 HUMMER
20 CHEBROLET
21 Spank
中国 量販店
26型ダブルループ形 中国 専門
小売店
20型 H 形6段変速
中国 専門
小売店
20型H形 6 段変速フロ 中国 大型自転車
ント・リヤサスペンション
専門店
16型 H 形6段変速
中国 大型自転車
専門店
20型 L 形6段変速
中国
量販店
リヤサスペンション
20型 H 形6段変速
中国 量販店
22 DAHON metro
WRANGLER 20型 H 形6段変速
23 Jeep
SE
20型 H 形6段変速
24 Kaepa KIA20
リヤサスペンション
25 CARIBOU LIGHT 20型 H 形6段変速
シティ車
高 価 格
26 WEST SIDE
26型スタッガード形
27 Simple
29 Andante
26型スタッガード形
内装3段変速
27型スタッガード形
内装3段変速
26型ダブルループ型
内装3段変速
30 ann
26型ループ形
28 STYLISH Pulido
12,800 大日産業㈱
TIANJIN GAMMA 完全組立
BICYCLE
不明
完全組立
完全組立
19,800 相互自転車製造卸協同組合 大陸自行車有限公司 完全組立
33,800 上尾工業㈱
見誠自行車有限公司 完全組立
21,980 ジック㈱
GEKKO CO.,LTD
17,800 武田産業㈱
豊和車料有限公司 完全組立
37,800 ㈱アキボウ
大行車業有限公司 完全組立
中国 ネット
24,800 GS ジャパン㈱
GEKKO CO.,LTD
中国 ネット
34,800 ㈱国際貿易関西
浙江力霸皇集団公司 完全組立
完全組立
完全組立
中国 ネット
25,725 ㈱サカモトテクノ
日本 大型自転車
23,980 ㈱杉村商会
専門店
専門
中国 小売店
30,000 ㈱サカモトテクノ
ALTON CO.,LTD
完全組立
㈱杉村商店
完全組立
日本 量販店
アサヒサイクル㈱ 完全組立
22,800 アサヒサイクル㈱
天津科林有限公司 七部組立
日本 大型自転車
39,800 ブリヂストンサイクル㈱ ブリヂストンサイクル㈱
専門店
パナソニックサイクル GIANT PHENIX
中国 大型自転車
33,800 いテッ
専門店
ク㈱
完全組立
完全組立
出所:自転車産業振興協会ホームページ(http://www.jbpi.or.jp/)
『平成21年度自転車試買テスト結果報告書』
9 ページを借用。
108
高知論叢 第99号
画を提案することで完成車の調達ができる。例えば,日本の自転車専門店大手
のあさひ(店舗名:サイクルベースあさひ)では,年間販売台数65万台の中で
PB 率は50%であり,ODM 調達を活発に行っている。
最後に,海外メーカーに目を向けてみよう。ここでは世界最大の完成車メー
カーであるジャイアントについて考えたい。ジャイアントは年間500万台を超
える自転車を生産している。しかし,彼らはそれのすべてを自社ブランドで販
売という訳ではない。ジャイアントでは,金額ベースで OBM と ODM の比率
が 70対30となっているという15。つまり,世界最大手の完成車メーカーであれ
ども,自社ブランドだけでは自社の生産能力を埋めるだけの販売量を確保でき
ないことになる16。その意味では,販売力に対し,生産力に余剰がある状態であ
るといえよう。では開発力と販売力の関係はどうなっているのであろうか。ジャ
イアントの有する製品ラインナップは,レースに使用される超高級ロードバイ
クから軽快車までである。このうち少なくとも,自社ブランドの車種に関しては,
毎年モデルチェンジを行い,さらに主要部品であるフレームやサスペンション
においては業界内でも先進的な開発を行なっていることから,非常に高い開発
力をもっていると考えられる。しかし,自社開発の製品で全販売台数を達成し
ている訳でないことから,販売力が開発力を上回っているといえる。すなわち
ジャイアントは類型Ⅳに分類される。では,ジャイアントはどんな企業行動を
採っているのだろうか。表 5 でも確認できるように GIANT CHINA がホダカ
に,GIANT PHENIX がパナソニックサイクルテックに供給している。自社の
余剰の供給力と開発力を活かして日本市場における中価格帯から高価格帯の製
品において OEM / ODM 供給を行っているようである。
3 デジタルスチルカメラ産業における外部組織の活用
それでは,最後にデジタルスチルカメラ産業の事例をみていこう。デジタルス
チルカメラ産業では,販売力を増強しない
(できない)
ままの状況で,生産力や開
発力を高めることによって成長してきた日本企業と台湾企業(例えば,Ability,
15
台数ベースに換算すると OBM の占める比率はやや低下する(聞き取り調査による)。
なお,全部自社ブランドであるべきだと主張するものではない。
16
機能間能力ギャップにみる外部組織の活用論理
109
Altek,Asia Optical,旧 Premier,三洋電機など)がある。旧 Premier や Asia
Optical,三洋電機は自社ブランドでの製品展開を行っているが,生産力や開
発力に対して販売力が著しく不足している。同様に,その他の企業は販売力の
強化そのものを意識していないような状況のため,これらの企業は類型Ⅳに分
類される。この企業群はグローバル市場で販売力を持つメーカー(オリンパス,
カシオ計算機,Kodak,Samsung,ニコン,富士フイルムなど)やローカル市
場で一定の販売力を持つメーカー(AGFA,Praktica,Vivitar など)に対して,
ODM 供給を行うことによって,生産力や開発力に対して圧倒的に不足する販
売力を補っている。それでは,グローバル市場で販売力を持つメーカーはどの
ような状況だろうか。
ここでは Kodak と富士フイルムを取り上げてみたい。まず,Kodak はフィ
ルムカメラ時代からグローバル市場において強力な販売力を持つ企業である。
その一方で,カメラ本体の生産力の強化については業界において相対的に消極
的であったが,中国の生産拠点(コダックエレクトロニクスプロダクツ上海:
KEPS)を増強してきた。しかし,販売力との比較においては能力不足が生じ
るばかりであった。デジタルスチルカメラにおいては,Kodak は基礎的な研
究開発を含め製品開発についても積極的に行ってきたが,1995年に幕開けする
民生用市場における新製品競争には遅れがちであり,販売力に対して開発力が
不足するという事態であった。つまり,類型Ⅰに分類される状況にあった。そ
こで,Kodak はフィルムカメラ時代にも OEM 調達を行ってきたチノンとデジ
タルスチルカメラの共同開発を1994年から開始し,その後,OEM/ODM 調達
を行い,チノンの財務状況の悪化に伴い1997年に子会社化,2004年にはコダッ
ク・デジタル・プロダクト・センター(KDPC)と合併させることで生産力お
よび開発力の補強を行った17。しかしながら,2006年に KDPC は KEPS ととも
に Flectronics に売却され,1990年代から高めてきた生産力と開発力を手放す
ことになった。その結果,先に確認したように販売力が生産力や開発力に比べ
絶対的に不足している ODM 企業からの調達によって,Kodak は生産力と開
17
Kodak とチノンとの取引関係の実態については,島谷[2007]が詳しい。
110
高知論叢 第99号
発力を補っている18。
さて,富士フイルムをみよう。富士フイルムは一時期を除き,OEM/ODM
調達せずに,国内生産拠点や中国生産拠点の生産力を増強してきた。しかしな
がら,2008年に国内生産拠点を閉鎖するとともに,中国拠点もこれ以上の増強
を行わない方針が出されると,販売力に対して生産力が不足する状況になった。
また,デジタルスチルカメラ時代をいち早く予見してきた富士フイルムは競合
他社に比べて強力な研究開発部門を維持し続けてきた結果,販売力を上回る開
発力を持ち続ける状況になっている。現在の富士フイルムは,類型Ⅱに分類で
きる。では,富士フイルムは一体どのような行動を採っているのだろうか。ひ
とつは ODM 企業への思い切った発注であった。富士フイルムは実売価格89ド
ルを切る「A170」という機種を2009年 7 月に投入する19。自社開発・自社生産
から自社ではほとんど何も手掛けない ODM 発注へと舵を切ったのである。も
し,本当にそうならば,過剰な開発力はより一層の余剰が生まれ,能力ギャッ
プは深刻になるように思える。しかしながら,余剰の開発力を次世代の機能開
発に振り向けることによって近い未来の競争力の源泉にしようとする取り組み
も散見できる。このことは短期的には機能間能力ギャップを解消できないが,
もう少し長いサイクルで考えれば能力ギャップを解消していることになるかも
しれないのである。
4 小 括
以上のような個別事例をまとめると,図 3 のようになる。時には諸機能間の
能力ギャップを解消することなく看過していることもあるだろうが,各社の特
徴的行動においては,いずれの事例でも売力視点が想定する外部組織の活用形
態になった。ただし,いくつかの発見事項もあった。例えば,トヨタ自動車や
富士フイルムの事例で見たように,長期的な視点に立って不足する能力を次世
代の製品分野に投入する選択や,過剰な能力を即時的に OEM / ODM や開発
18
なお,2008年時点ブランドメーカー別世界シェアで第 5 位の8.7% を獲得している。
台湾企業 Altek への発注であると報じられている(『日経エレクトロニクス』2009年 9
月21日号)。
19
機能間能力ギャップにみる外部組織の活用論理
111
図3 機能間能力ギャップと外部組織の活用実態
販売力との比較
販売力
販売力>生産力
OEM 発注,ODM 発注
販売力<生産力
OEM 発注,ODM 発注,
開
> 発力 販売力
開発力との比較
・トヨタ自動車の委託生産
開発受託
・国内自動車メーカーによる
軽自動車の OEM 発注
・PB メーカーの ODM 発注
・コダックの ODM 発注
類型Ⅰ
類型Ⅲ
OEM 発注,ODM 受注, OEM 受注,ODM 受注
・ジャイアントの OEM 発注
開発受託
開
< 発力
・NB メーカーの OEM 発注 および ODM 受注
(Premier, Altek など)
・富士フイルムの ODM 発注 ・台湾企業
と三洋電機の ODM 受注
及び次世代機能開発
類型Ⅱ
類型Ⅳ
出所:筆者作成。
受託で使用するのではなく,未来の競争力を育てるために使用する選択もある
ということが分かった。事業運営上,非常に当たり前のことではあるが,諸機
能間能力ギャップに着目することでよりよく意識できるポイントだろう。
Ⅴ おわりに
本稿の課題は,完成品生産における外部組織の活用について,特に委託生産,
OEM,ODM が如何なる要因によって実行されるのかについて,それを分析
するためのフレームワークを試論的に提示することであった。本稿では,諸機
能間の能力ギャップに着目し,常に生じるギャップの存在が外部組織を活用し
たり,外部組織に活用されたりする動機になるとともに,その形態をも規定す
ることを示した(図 1 )。しかしながら,試論的展開であるため残された課題
は非常に多い。ここでは,われわれがすぐに克服すべきと考えるふたつの課題
を示しておきたい。
まず,ひとつ目に各能力の測定とその比較に客観性を持たさなければならな
いだろう。Ⅳでみていたように生産力と販売力との比較であれば,客観的に示
112
高知論叢 第99号
すことはある程度可能である。なぜなら,生産力は抱える生産設備や労働者数,
それに稼働時間から生産能力を導くことができ,販売力についても流通チャネ
ルの状況やブランド力から例年これくらいの販売量が見込むことができるとい
う概算を掴むことができ,それらを比較すればよい。しかし,開発力を測定す
る段階になると,比較は複雑になる。開発力を新開発製品数やラインナップの
広さなどで測定すると,それに応じた生産力や販売力はどのようなものを測定
すればよいのだろうか。もし,測定するものが見つかったとしても,その比較
から発見できる機能間の能力ギャップが外部組織と活用論理に影響を及ぼすの
かも疑問がある。本稿では,諸機能の能力をどのようなものか定義せずに議論
をスタートしたが,それはこうした問題があったからであり,本格的な産業間
比較を行う際には,この点はクリアしておくべき課題になり,すぐに検討に入
るべき課題である。
つぎに,本稿では,販売力視点を中心に検討してきたが,生産力視点や開発
力視点も存在する。これらの視点を導入して,Ⅳで分析した事例をみた場合,
図 3 と同じように能力ギャップからみたときに論理的妥当性のある事例として
分析できるのだろうか。また,販売力視点,生産力視点,開発力視点は,とり
あえず「視点」と呼んだのであるが,それぞれの視点は異なる何かをよりよく
見せるものなのだろうか。この点,ひとつ目の課題とともに早急に検討すべき
課題であろう。他にも多くの課題を抱えているが,ふたつの課題に早速取り組
みたい。
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